デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

1章 金融
1節 銀行
6款 択善会・東京銀行集会所
■綱文

第6巻 p.313-320(DK060087k) ページ画像

明治25年12月19日(1892年)

是ヨリ先、日本銀行課税説世上ニ喧伝サル。是日右ノ重要性ニ鑑ミ意見書ヲ作リテ各方面ニ送呈スベキコトヲ決議ス。明治二十八年第八議会ニ於テ日本銀行課税法案衆議院ヲ通過ス。ヨツテ再ビ意見書ヲ起草シ各方面ニ発送ス。シカルニ右ハ後貴族院ニ於テ否決セラレタリ。


■資料

集会録事 自明治二十四年一月至明治二十五年十二月(DK060087k-0001)
第6巻 p.313-319 ページ画像

集会録事 自明治二十四年一月至明治二十五年十二月  (東京銀行集会所所蔵)
    ○臨時会議録事
明治二十五年十一月三十日午後五時ヨリ同盟銀行臨時会議ヲ開キ、委員安田善次郎氏ヲ首メ来会スル者総員四十二名ト外ニ川田日本銀行総裁三野村理事、山本筆頭書記ノ三名臨会セラレタリ
安田委員ハ渋沢委員長病気ヲ以テ欠席ノ事ヲ報導シ、同氏ニ代リ会長席ニ着キ、本日臨時会議ヲ開キタルハ頃日来自由党ノ党議ニ決シタリト喧伝スル日本銀行課税ノ説ハ、其結果ニヨリ国家経済上ニ影響スル処測知スヘカラサルヲ以テ、此際川田日本銀行総裁ヨリノ注意モアリ且其利害ヲ講究スルハ目下ノ急務ナルカ故ニ既ニ前月二十五日我委員会ニ於テ臨時開会スヘキコトヲ決シ、乃チ本日開会シタルヲ以テ同総裁ヨリ委曲談話セラルヘキ旨ヲ述ヘ、而シテ川田総裁ハ左ノ如ク演述セラレタリ
 此頃自由党員中ニ於テ日本銀行ニ課税スヘシトノ論議ヲ提出シ、既ニ其党議トナリタルカ如キ風説新聞紙上ニ散見シ、又知人中ヨリモ其事ニ就キ往々訪問スル者アリ、要スルニ此課税論ハ今日ノ一大問題ナリト云ハサルヘカラス、我日本銀行ハ諸君ノ諒知セラルヽ如ク国家経済上ノ機関トシテ実業社会ノ利益ヲ希図シ、単ニ銀行一箇ノ利害ニ着目スルモノニアラサレバ、若シ課税ノ事ニシテ果シテ国家ニ利益アリト議会モ亦之ヲ可トナスニ於テハ、則其株主諸君ニ分配スル利益ヲ取テ之ヲ政府ニ致納スルノ別アルマテノミ、本行カ国家人民ノ為メニ尽ス所ハ固ヨリ同一ナレハ、官撰ニ由テ総裁タル小生ニ於テ之ニ違背スルノ理ナシトス、然レトモ課税ノ事タル本邦経済上ニ関シ実ニ重大ナルヲ以テ、若シ其課税ヲ要スレハ必ス其課税スヘキ確乎タル理由ナカルヘカラス、今日政党員ノ本行ニ課税セントスル理由ハ果シテ安クニアルヤ、或ハ本行カ利益頗ル多キカ為メニ
 - 第6巻 p.314 -ページ画像 
之ニ課税スヘシト云フ乎、是レ少シク弁セサルヘカラス、本行ハ一昨年度ニ在テハ利益頗ル饒ナリシト雖モ此ノ如キハ決シテ常態ト看做スヘカラス、何トナレハ諸君熟知セラルヽ如ク往年株式ノ潮勢一時劇盛ニシテ無数ノ会社陸続勃興シテ世上ノ資本為メニ固定ニ属スル者甚タシク、延テ二十三年ニ及ヒテ米穀ノ不作ニ遇ヒ、正貨ノ外出莫大ニシテ準備正貨モ四千余万円ニ減少シ、金融ノ必迫日一日ヨリ甚タシク、経済社会ニ不測ノ恐慌ヲ来タサントシ、本行ニ向ヒテ救済ヲ求ムル甚タ切ナリシカ為メニ已ヲ得ス担保ノ区域ヲ広メ、正貨ノ減スルヲ顧ミルニ遑アラスシテ大ニ貸出ヲナシ、遂ニ五分利子ヲ払ヒテ銀券ノ増発ヲ為スニ至リシハ一時権宜ノ策ニシテ、素ヨリ以テ本行ノ快シトセサル所ナリシ、然レトモ是カ為メ本行ハ意外収益ノ饒多ナルヲ得タリ、喩ヘハ一時流行病ノ盛ナリシカ為メニ医師カ意外ノ収入有リタルカ如ク、真ニ偶然ノ僥倖ニシテ平常期定スヘキ事ニアラス、当時株主中ニハ此利益ヲ以テ直チニ分配センコトヲ希望シタル人ナキニアラサリシモ、小生ハ以為此利益ハ一時偶得ノモノナレハ、之ヲ割賦金ニ充ツルヨリハ寧ロ永遠不朽ノ倉庫ヲ建築シ、国家富強ノ基本タル正貨貯蔵ノ場所ヲ造成セント、是ニ於テ遂ニ此利益ヲ基礎トナシ、爾来漸ヲ以テ幾ント百万円ノ金額ヲ支出シ日本銀行新築ノ事ヲ創メタリ、而シテ此新築ニ於テ尤モ費用ヲ要スル部分ハ即チ国家共有物トモ云フヘキ準備正貨及国庫金貯蔵ノ倉庫ナリトス、実際此ノ如キヲ以テ僅ニ一年半年ノ利益ニ因テ本行カ常ニ莫大ノ利益ヲ博スルモノト断定スヘカラサルコトハ昭々トシテ其レ明ナリ、然則本行カ利益多キニ過クルノ点ヨリシテ課税スヘシト云フハ甚タ至当ノ論ニ非サルカ如シ、或ハ独逸・仏国・白耳義等諸邦皆其中央銀行ニ課税スルカ故ニ本邦ニテモ亦中央銀行ニ課税スヘシト云フカ、是レ亦疑ナキ能ハス、元来邦国ハ其文化ノ進度国際上ノ位地貧富ノ程度商売貿易ノ関係等各其趣ヲ異ニシ、其中央銀行カ其国ノ経済社会ニ対スル関係モ亦決シテ一様ナラスシテ其中央銀行ニ課スル税額モ軽重多寡固ヨリ同一ナラサルナリ、況ンヤ開明貧富ノ事情商売貿易ノ関係等全ク相同シカラサル本邦ニ於テ、一概ニ外邦ニ模倣シテ中央銀行ニ課税セザルヘカラストスルノ理アラサルヘシ我日本銀行ノ設立ニ至リシハ一朝一夕ノ事ニアラス、政府ハ維新以来金融壅塞商業衰替ノ有様ヲ憂慮セラレ、明治二年ニ為換会社ヲ設立シ、明治五年ニ至リ米国ノ制度ニ倣ヒ国立銀行ヲ創立シタリト雖金融上未タ充分ノ運用ヲ見ルヲ得サルカ為メニ、遂ニ中央銀行ヲ設クルノ必要ヲ感シ、当局ノ官吏ヲ欧米ニ派遣シ各邦中央銀行ノ制度ヲ精細査明シ、而シテ本邦経済上ノ情態ヲ審察シテ以テ本行ヲ創立セラレタルコトナレハ、本行今日ノ制度ハ固ヨリ軽々組織シタルモノニアラスシテ其設立以来未タ十年ヲ経過セサレハ其国家ノ為メニ施スヘキ事業モ未タ完全ニ至ラサレドモ、黽勉怠ラスシテ今日ニ至リ、稍々其緒ニ就カントスルニ臨ミ忽チ巨万ノ課税ヲ蒙ルニ至ラハ本邦一般経済上ニ影響スル甚タ憂慮ニ堪ヘサル者アリ、現今我経済社会ニ為換ノ便ヲ増シ、手形割引ノ道ヲ開キ大ニ実業上ノ利便ヲ増進セシモノ決シテ小少ニアラサルヲ見ルヘシ、而シテ本行ハ今日ノ
 - 第6巻 p.315 -ページ画像 
情態ニ安ンセス尚将ニ進テ実業上ノ信用ヲ厚フシ、手形ノ発達ヲ図リ、各地金融ノ流通ヲ務メ、一方ハ海外貿易ニ対シテ大ニ其進捗ヲ図ラントス、今日海外取引ノ衝ニ当ル本邦銀行ハ独横浜正金銀行アリテ纔ニ独立ノ形ヲナスト雖、尚他ノ応援ヲ要セサルヲ得サルカ故ニ、則本行ハ年二分ノ低利ヲ以テ一千万円ヲ同行ニ用立テ、国家ノ為メニ海外為替ノ事業ヲ伸達セシムルコトヲ務ムレトモ、是亦現時ノ有様ヲ以テ満足スヘキニアラサレハ、将来尚ホ諸君ト共ニ提携シテ大ニ其発達ヲ図ラント欲ス、之ヲ要スルニ本行ハ国家経済金融ノ枢軸トシテ実業社会ノ為メニ尽スヘキ事業ハ前途尚遼遠ナリト云フヘシ、然ルニ此課税ヲ蒙ルニ至ラハ其目的ノ発達セサルヲ奈何セン、且ツ小生カ特ニ憂慮スル所ハ国立銀行営業ノ年限モ愈々短縮シ明治三十年前後ニハ皆満期トナルヘク、其期ニ至ラハ或ハ私立銀行トナリ或ハ他業ヲ営ミ、若クハ解散スルモノモアルヘクシテ之ヲ要スルニ我経済社会ノ銀行事業ハ一時収縮スルヲ免レサルベシ、此時ニ当リ本行充分ノ実力ヲ備ヘサレハ或ハ不測ノ結果ヲ見ルコトアランカト、今ヨリ窃ニ杞憂スル所ナリ、本行ハ実ニ諸銀行ノ為メニ後見者応援者ノ位地ニ立ツモノニシテ、諸君ハ実業上ニ就テハ本行ヨリモ寧ロ直接ノ関係ヲ有セラルヽ者ナレハ願クハ公平無私ノ心ヲ以テ国家全般ノ利害ヲ熟考深慮セラレ、本行課税ノ事ニ就テ充分ノ意見ヲ示サレンコトヲ切望ノ至リニ堪ヘサルナリ
是ニ於テ安田善次郎氏ハ再ヒ会長席ニ就キ協議スル所アリシカ、本件ハ銀行者ヲ始メ国家経済上ニ関係スル所極メテ大ナルヲ以テ特ニ調査委員ヲ設ケ充分討究スヘキコトニ衆議一決シ、而シテ其委員ハ常委員ノ外三名ヲ選ミ、共ニ其取調ニ従事シ、且不日臨時会議ヲ開キ之ヲ協議スヘキ事ニ相約シ、晩餐ノ後九時下退散セリ
      当日出席員
         第一国立銀行   佐々木勇之助 ○外四〇名氏名略
    ○第百二十八回定式会議録事
明治二十五年十二月十九日、同盟銀行第百廿八回定式会議ヲ開キ、渋沢委員長、園田、安田、山中委員ヲ首メ来会スルモノ二十七名、外ニ客員トシテ日本銀行筆頭書記山本達雄氏来会セラレタリ
渋沢委員長ハ会長席ニ着キ曰ク、前会ノ評議ニ係ル日本銀行課税ニ関スル意見書ハ前議ニ依リ本月五日常委員及本件調査員諸氏ト共ニ種々討議シ、大体ノ主意ヲ定メ其起草ヲ小子ニ托セラレシカ、小子一身上不慮ノ変災アリテ大ニ遅緩セシカ玆ニ成案セリト該案ヲ提出シ、種々協議スル処アリシカ大体異議ナキヲ以テ字句ニ少修正ヲ加ヘテ可決セリ、依テ之ヲ貴衆両院議員、大蔵大臣、日本銀行、東京商業会議所及大坂・九州両同盟銀行ヘ参考ノ為メ配送スヘキコトニ可決セリ
次ニ来二十六年一月年賀会ハ六日ニ開催スヘキコトニ決シ、晩餐ノ後同九時退会セリ、同日議定セシ日本銀行課税ニ関スル意見書ハ左ノ如シ
(別冊)
    日本銀行課税ニ関スル意見書
日本銀行ニ課税スルノ一案ハ今回ノ議会ニ提出セラレタリト聞ケリ、
 - 第6巻 p.316 -ページ画像 
而シテ其課税ノ方法ハ未タ之ヲ詳悉セスト雖モ、当集会所ニ於テ倩ラ之ヲ案スルニ今日中央銀行ニ課税ノ論興レルハ敢テ之ヲ異ムニアラサルナリ、何ントナレハ現ニ欧洲諸邦ノ中央銀行ニハ概シテ課税ノ法アリ、又我国立銀行ニモ皆一定ノ課税アリ、独リ日本銀行ニノミ此事無キヲ以テ人ノ之ヲ見テ不公平ト為シテ此論ヲ唱ルニ至リシモ亦当然ノコトナレバナリ、凡ソ国家ノ特典ニ頼リテ特ニ利益ヲ享有スルモノアレバ随テ之レニ応スルノ義務ヲ負フハ固ヨリ経世ノ常道ト云フベシ、然レトモ日本銀行課税ノ事タルヤ実ニ重大ノ問題ニシテ若シ之ヲ実行スルニ於テハ勢ヒ其営業方針ノ変化ヲ来シ、従テ一般商工業者ニ影響ヲ及ス必ス浅尠ナラサルヘシ、故ニ此課税ハ日本銀行ガ之レヲ被ルト云ハンヨリモ寧ロ一般経済社会ニ課税セラルト云フヘキ実情アルヲ以テ、我輩銀行者ハ決シテ之ヲ等閑ニ付シ去ラスシテ国家全般ノ経済上ニ就テ充分ニ其利害得失ヲ討究シ、正当ノ判断ヲ下サヽルベカラス
今欧洲諸邦中央銀行ノ有様ヲ見ルニ概シテ課税アラサル無シ、然レトモ其課税ノ方法ハ各相同シカラズ、白耳義、独逸ノ如キハ之ヲ其配当利益ニ課シ、英国、仏国ノ如キハ之ヲ発行紙幣ニ課シ、其他和蘭ノ如キ伊太利ノ如キ或ハ利益ニ課シ、或ハ紙幣ニ課シ、其賦課ノ定率軽重ノ程度互ニ相同シカラサルハ何ゾヤ、他無シ各国互ニ其国勢ヲ異ニシ邦土ノ大小文化ノ進度貧富ノ階段商売貿易ノ景情等各相斉シカラサルガ為メニ、国家経済ノ機関タル中央銀行ノ制度モ亦自ラ同一ナルヲ得ズシテ課税ノ方法ニモ軽重差異アルモノナリ、欧洲諸邦ニシテ猶ホ斯ノ如シ、我邦ノ如キ邦土ノ東洋ニ偏在シ且文化ノ程度国富ノ階段商売貿易ノ情況等未タ欧米ト並馳同駆スルヲ得サル国ニ在テハ、其経済社会ノ状態モ頗ル其趣キヲ異ニシ大ニ中央銀行ノ実力ヲ要スルコトナレハ仮令外国ニ慣例アレバトテ漫リニ摸擬是務ムベキモノニ非ルナリ
試ニ欧洲諸邦ノ有様ヲ観ルニ其金融市場ハ各国共通ノ景情ニシテ甲国ノ市場ニ急変アレバ乙国ノ銀行之ヲ救ヒ、乙国ノ金融ニ蹉跌ヲ来セハ丙国ノ銀行之ヲ助ケ、一瞬ノ電音ハ忽チ幾百千万ノ金額ヲ幾千里外ニ運転活動セシムルノ便アリテ、各国ノ間、更ニ其藩屏ナキモノヽ如シ、現ニ一昨年「ベアリング、ブロザー」銀行ノ倒産ニ際シテ英蘭銀行ハ僅ニ三分ノ低利ヲ以テ七千五百万「フランク」ノ大金ヲ仏国銀行ヨリ借出シ、以テ英国金融市場ノ恐慌ヲ鎮静シ驚瀾ヲ未倒ニ挽回セシメタルガ如キ是ナリ、故ニ欧洲ノ中央銀行ハ金融自然ノ潮流ニ乗シテ操縦其宜キヲ得ハ則チ可ナリ、敢テ巨万ノ游金ヲ庫中ニ準備スルノ必要ナシト雖モ、我中央銀行ハ全ク之ニ異ナリテ一朝金融市場ニ急劇ノ変相ヲ現シ国立私立ノ諸銀行ガ囂然急難ヲ訴ルノ際ニ臨テハ、唯自行ノ独力ヲ以テ之ヲ支持スルアルノミ、容易ニ応援ヲ他国ニ求ムル能ハザレバ常ニ経済社会ニ対シテ慎重ヲ旨トシ庫中ニ巨万ノ游金ヲ蓄ヘ不時ノ須用ニ備ヘサル可カラス、現ニ一昨廿三年ノ如キ一時流行ノ風潮ニ依リ無数ノ会社勃興ノ結果ト米価暴騰トノ影響トニ由リ、金融ノ必迫ヲ来シテ殆ンド不測ノ恐慌ヲモ誘起スベキノ勢アリシニ、日本銀行ガ能ク救済ノ策ヲ施シタルヲ以テ僅ニ能ク之ヲ鎮定スルヲ得タリ、若シ然ラサリセバ惨然タル禍害ノ我商工社会ニ醸生セシヤモ亦知ルベカラザリシナリ、而シテ斯ノ如キ厄難ノ将来時々到来スルコトハ経済社会免
 - 第6巻 p.317 -ページ画像 
ルヘカラザルノ通弊ナレバ、今後決テ再起セスト言フヘカラス特ニ本邦ノ如キ商工事業未タ旺盛ナラスシテ重要ノ物産ハ専ラ農産物ニ属スル国土ニ在テハ、一朝米穀若クハ生糸製茶等ノ不作ニ遇ハヾ忽チ金融市場ニ急劇ノ風浪ヲ湧起スベキハ言ヲ待タス、此時ニ当テ中央銀行ガ堅強ノ実力ヲ蓄ヘテ之ヲ救援スルニ非ズンバ何ヲ以テ之ヲ回護スルヲ得ンヤ、我邦中央銀行ノ任務ハ実ニ重大ナリト云ヘシ、此重大ノ任務ニ対シテ相当ノ特典ヲ与フルハ固ヨリ国家ノ要務ニシテ経済上欠クベカラザルモノト信スルナリ、故ニ今日之ニ対シテ更ニ課税ノ義務ヲ負ハシメントスレバ宜シク先ツ現時同銀行ガ享受セル権利ト負担セル義務トヲ対照考察セザルベカラズ
当集会所ハ今日本銀行ニ就テ其権利義務ノ軽重如何ヲ観察スルニ日本銀行ハ正貨準備兌換券発行ノ外、政府発行ノ公債証書証券等ヲ保証トシテ八千五百万円ヲ限リ兌換券ヲ発行スルヲ得ベキ特典ヲ有セリ、然レトモ此内弐千七百万円ハ国立銀行紙幣ノ消却高ヲ限リトシ漸次発行スルヲ得ルモノナレバ、目下発行シ得ベキ額ハ凡ソ五千八百余万円ニ過ギズ、而シテ此内ヨリ更ニ弐千弐百万円ハ政府紙幣交換基金トシテ無利足ヲ以テ政府ニ貸上ケタリ、又タ日本銀行ハ世上金融ノ繁閑ニ従ヒ操縦其宜キヲ失ハサルカ為メニ庫中常ニ壱千四五百万円ノ游金ヲ準備セザルベカラザレバ差引残ル所ハ弐千余万円ナリトス、而シテ更ニ此内ヨリ輸出貿易ノ進歩ヲ謀リ、外国為換ノ便利ヲ進メ正貨ヲ本邦ニ吸収スルガ為メニ、壱千万円ノ金額ヲ二分ノ低利ヲ以テ横浜正金銀行ニ貸付ケタレバ、現ニ実際特典トシテ全ク其利益ヲ享クヘキ兌換券額ハ単ニ壱千万余円ニ過キサルナリ、然リ而シテ日本銀行ハ更ニ国庫金ノ収支一切ノ取扱ノ委托ヲ受ケテ其責ニ任セリ、但シ之ニ対シテハ現時五拾万円ノ手数料ヲ受クト雖モ、実際ノ失費ハ多少之ニ超過スヘシ、且此手数料モ年々逓減シテ来ル明治三十一年ニ至リ、各国立銀行発行紙幣悉皆消却ノ際之ヲ全廃セラルヽモノナレバ爾後日本銀行カ発行シ得ベキ弐千七百万円ノ兌換券ニ対シテハ、国庫金取扱ノ事務ヲ無手数料ニテ一切其責ニ任シテ其権利義務ヲ交換スルモノト云フヘシ
是ニ由テ之ヲ観レバ政府ガ日本銀行ニ与ヘタル兌換券発行ノ特典大ナラザルニ非サレトモ、之ニ対シテ同銀行カ負担スル義務責任ハ更ニ一層重大ニシテ此特典ヲ償フテ尚余マリアルモノト云フヘシ、故ニ此際更ニ課税ノ事ヲ行ハヾ実際日本銀行ハ之レヲ負担シ能ハサルヘシ、然ルニ今欧洲各国ノ顰ニ倣ヒ強テ之ニ課税セント欲セバ、先ツ従来ノ約束ヲ更正シテ取ルベキハ之ヲ取リ与フベキハ之ヲ与ヘ、権利義務ノ権衡ヲ得セシメサルベカラズ、例セバ弐千弐百万円ノ政府貸上ケ金モ相当ノ利子ヲ附与セザルベカラズ、国庫金取扱ノ手数料モ之ヲ下附セザルベカラズ、夫レ斯ノ如クニシテ後始テ課税ノ事ヲ論スベキノミ、然レトモ日本銀行ハ創立以来僅ニ十年ニシテ其営業年限モ未タ半ニモ達セズ、其事務モ近時漸ク整頓シテ始テ実功ヲ経済社会ニ顕サントスルノ今日ニ当リ、何ヲ苦ンデ平地ニ風波ヲ起シ、徒ラニ権利義務ノ交換剰除ヲ為シ、此ノ緻密錯雑ニシテ鋭敏感シ易キ経済社会ヲ動揺セシムルノ必要アランヤ
且夫本邦ノ商工事業ハ決シテ今日ノ状態ニ甘ンスヘキ者ニ非ズ、現今
 - 第6巻 p.318 -ページ画像 
外国為換ノ事ヲ営ム者ハ単ニ横浜正金銀行アリト雖モ其業務未タ隆盛ナリト云フベカラズ、其支店出張所等開設ノ場所モ海外ニ在テハ倫敦里昂及紐育等二三箇所ニ過キズシテ、吾人カ最モ将来ニ希望ヲ属スル支那・朝鮮・印度・浦潮斯徳又ハ濠洲等ニハ未タ支店開設ノ挙アラサレバ、此等各地ノ商業取引ハ今後日本銀行ニ依頼シテ相共ニ提携輔翼シ、其発達進捗ヲ期セサルベカラス、且ツ邦内各地ノ金利モ場所ニ依リテハ尚非常ノ差異アリテ商業上ノ不便少ナカラサレバ此等ノ平均ヲ図ルコトモ日本銀行ノ力ヲ待タサルベカラズ、凡ソ此等ノ事業ヲ成就セシムル為メニハ日本銀行ノ実力ヲ養成セシムルコトノ極テ得策タルヲ見ルナリ、殊ニ我経済社会ノ為メニ一事ノ大ニ顧念スベキハ各国立銀行営業ノ期限モ来ル明治三十年前後ニハ先後相次キテ満期トナルモノナリ、此時ニ至リテ同業者中ニハ或ハ其営業ヲ継続シ或ハ之ヲ継続セサルモノモアラン、是実ニ経済上ノ一変動時期ニシテ意外ノ災厄ヲ我金融市場ニ誘起セサルヤヲ図ルヘカラス、此時ニ当テ日本銀行ノ実力鞏固ナルニ非ズンバ安ンゾ能ク之ヲ救済スルヲ得ンヤ、是レ経済社会ノ最モ眼ヲ注スベキ所ナリトス、故ニ我銀行集会所ハ上来論述セル諸点ヨリ観察シ来リテ日本銀行課税ノ事ハ同銀行ノ組織上不適当ナルハ勿論、国家経済上ヨリ論スルモ甚タ不利益不得策ナルヲ確信スルモノナリ、而シテ日本銀行ニ於テモ篤ク玆ニ注意シテ向後其利益金配当ノ如キハ勉メテ之ヲ制限シ、専ラ積立金ノ増殖ヲ謀リ、益々其実力ヲ鞏固ニシテ国家不虞ノ時ニ当リテ経済社会ノ機軸タル責任ヲ全フセラレンコトヲ望ム
      当日出席員
         第一国立銀行   渋沢栄一 ○外二五名氏名略
      客員 日本銀行     山本達雄
    ○同盟銀行臨時会議録事         (印)
明治二十八年二月二十二日午後四時ヨリ同盟銀行臨時会議ヲ開キ、来会シタルモノ三十三名ナリ
委員山中隣之助氏ハ会長席ニ着キ、本日臨事開会シタル理由ヲ述ヘテ曰、過日衆議院ニ於テ日本銀行課税法案ヲ可決シタルハ諸君ノ知悉セラルヽ所ナルヘシ、該案ニ付キテハ去ル二十五年十二月中モ特ニ会同審議ヲ尽シ、当集会所ハ絶躰的反対ノ意見ヲ草シ、貴衆両院始メ広ク之ヲ発表シタリシハ諸君ノ記臆《(憶)》セラルヽ所ナリ、平穏無事ノ当時ニ在テスラ既ニ之ニ反対セリ、況ンヤ軍国多事ノ今日、斯ノ如キ苛税ヲ同行ニ賦課スルカ如キハ国家経済上頗ル不得策ナリト信セリ、故ニ尚諸君ト協議ノ上更ニ当銀行集会所ノ意見ヲ発表スルハ甚タ必要ノ事タルヘキト思惟シ、特ニ臨時開会シタル所以ナリト告ケ、種々討議スル処アリシカ、之ヲ要スルニ日本銀行課税ノ性質論ハ暫ク措キ、軍国多事ノ今日ニ在リテ課税スルカ如キコトアラハ我国家金融枢機ニ非常ノ恐慌ヲ惹起スヘキハ殆ト火ヲ観ルカ如キモノニシテ、殊ニ今後募集スヘキ軍事公債ノ如キ其影響ヲ受クル決シテ浅少ナラサルヘシ、況ンヤ戦後占領地其他ニ対シ同行ニ尽力ヲ望ムヘキモノ尠ナカラサレハ、夫是ノ条件ヲ明ニシ、委員ヲ選ミ其意見ヲ起草シ、貴族院議員首メ広ク世上ニ発表スヘシトノ説全会一致ヲ以テ之ヲ決定セリ、而シテ其委員ハ
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常委員ノ外原六郎、池田謙三、佐々木勇之助ノ三氏ニ嘱托シ、至急起草ノ上其手続ヲ運フヘキコトト為シ七時閉会晩餐ノ後退会セリ
      当日出席者
         第一国立銀行   佐々木勇之助 ○外三二名氏名略
又右委員諸氏ハ翌二十三日午前九時東京銀行集会所ニ会同左ノ意見書ヲ起草シ、貴族院議員及其他当事者ヘ夫々配付シタリ
      意見書
去ル明治二十五年ニ於テ日本銀行課税案ノ帝国議会ニ提出セラレシ時ニ当リ、我銀行集会所ハ本案ニ関シテ深考熟察スル所アリ、内外国勢ノ異同ヲ考ヘ、日本銀行ノ組織並ニ其享受セル権利義務ノ軽重如何ヲ審カニシ、且ツ同銀行ガ我経済社会ニ及ホシタル既往ノ成績ヲ見テ更ニ将来ノ趨勢ヲ観察シ、此課税案ハ国家経済上ニ対シテ甚タ不利益ナルヲ確認シタレバ一篇ノ意見書ヲ呈シテ諸君ノ瀏覧ヲ煩シタリキ、然ルニ今回課税案ハ再ヒ議会ニ提出セラレ、意外ニモ衆議院ノ通過ヲ見ルニ至レリ、然レトモ我集会所ノ意見ハ固ヨリ前日ニ異ル所無ケレバ敢テ之ヲ今日ニ再述スルノ必要アラズト雖モ、唯現今本邦ノ状体ハ全ク往年ニ斉シカラサル所アルヲ以テ、尚一言ヲ此ニ附加セサルベカラサルモノアリ
抑モ本邦ハ昨年七月外征ノ事起リシ以来連戦連勝国威ノ発揚ト共ニ国勢全ク一変スベキ時ノ機ニ際シ、我経済社会モ亦実ニ空前ノ奇変ニ遭遇シタレバ今後如何ナル状態ニ推移スベキヤ未タ猝ニ予測スベカラズ就中軍事公債ノ如キ一億五千万円中八千万円ハ本年六月迄ニ徴集スルコトト為リタルモ、尚七千万円 但内二千六百万円ハ国度剰余金ヲ以テ之ニ充テラレ又三百万円ハ朝鮮国ヘ一時貸与トシテ振替ラレタレハ以上二口ヲ差引実際徴収スヘキ高ハ四千七百万円ナリノ残額ハ今後逐次ニ之ヲ募集セラルベク、而シテ今回又一億円ノ軍資支弁ノ法案議会ニ提出セラレタレバ是ノ巨大ノ金額モ亦早晩募集ニ至ルベキハ当然ノ事ナリトス、凡ソ是等巨億ノ金額ハ果シテ如何ナル径路ヨリ融通シ得ラルベキヤト云フニ、応募者氏名ノ如何ニ拘ラズ概シテ我諸銀行ノ資金融通ニ由ラサルハ莫シ、我々銀行者ガ此莫大ノ資金ヲ融通セントスルハ本邦ノ経済界今日ノ程度ニ於テ実ニ容易ノ事ニ非スシテ、是非トモ中央銀行ノ助力応援ニ頼ラサルヲ得ス、且ツ皇軍ノ連捷ニ従ヒ敵地ヲ占領スル愈広大ナルベキハ言ヲ俟タズ、国威ノ進達ト共ニ我実業界モ亦宜ク拡張セサルベカラザレバ此占領地ニ向テ我実業者ハ今後大ニ進取ノ策ヲ画セサルベカラズ、而シテ之ヲ実行スルニハ中央銀行ノ助援翼賛最モ其欠クベカラサルヲ見ルナリ、然ルニ此急切ノ時ニ臨ミ、俄然中央銀行ニ課税ヲ施シ、其利益ヲ殺キ、其能力ヲ挫キ、之ヲシテ萎靡不振ノ状ニ陥ラシメ我経済社会ノ枢軸ヲ毀傷シ、我々銀行者並ニ一般実業社会ニ向テ応援ノ力ヲ尽ス能ハサラシムルガ如キハ実ニ不得策ノ甚シキモノナリ、是故ニ我銀行集会所ハ前回意見書ニ於テ陳述シタル理由ヨリシテ課税案ノ不適当不利益ナルヲ確認スルト共ニ、更ニ現今ノ国勢ニ照シ此国家有事ノ際ニ当リテ日本銀行ニ課税スルノ最モ不得策タルヲ確信スルモノナリ、伏テ請フ、大方ノ君子我経済界ノ真相ヲ熟察シ徒ラニ空漠ノ理論ニ泥マズ国家真誠ノ利害ヲ深考熟慮セラレンコトヲ
  明治二十八年二月廿二日         東京銀行集会所
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帝国議会史綱 明治篇 第三五〇頁〔昭和二年五月〕(DK060087k-0002)
第6巻 p.320 ページ画像

帝国議会史綱 明治篇 第三五〇頁〔昭和二年五月〕
  第八回帝国議会
    第六章 雑纂
○各種法律案 議院法改正・選挙法改正・新聞紙条例改正・保安条例廃止・及び日本銀行課税等の各案は直ちに衆議院を通過したりと雖も、貴族院の否決する所と為る。
  ○本巻明治二十九年三月十六日ノ項第三九五頁参照。