デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

明治27年9月15日（1894年）

是ヨリ先、東京交換所組合銀行提出ニ係ル当座小切手記名ノ件、不渡小切手処分ノ件ニ付キ協議ス。是日右ニ付キ決議ス。

集会録事　自明治二十六年一月　　　　（東京銀行集会所所蔵）
　　　　○第百四十四回定式集会録事　栄一印　(印)
明治二十七年八月十五日午後五時ヨリ同盟銀行第百四十四回定式会議ヲ開キ来会シタルモノ総テ三十一名ナリ
渋沢委員長ハ会長席ニ着キ、東京交換所組合銀行提出ニ係ル当坐小切手ニ自記調印スヘキハ明治二十三年十二月当集会所同盟ノ決議ニ依リ規定シタル処ニシテ、既ニ其用法中ニ明記セリト雖トモ、近時往々其姓名ヲ彫刻シテ之ヲ押用スルモノアリ、斯ノ如キハ万一該小切手ヲ窃取セラレ、若クハ其他ノ事情ニヨリ立廻ルコトアルモ、銀行ニ於テ其正否ヲ鑑別スルコト能ハサルヨリ、遂ニ銀行ノ損失ニ帰スルコトナキヲ保シ難ケレハ、各銀行申合可成前年ノ決議ヲ厲行シ、万一已ヲ得サル事情ニヨリ姓名判ノ押用ヲ望ムモノアルトキハ、自今該小切手ニ対シ如何ナル行違ヲ生スルモ其仕払ニ付テハ一切銀行ニ損失ヲ懸ケサルヘシ、トノ一札即別紙ヲ放置キタシト云フニアリトシテ、之ヲ協議ニ付セシニ皆其大躰ハ同意ナリシカ、尚委員ニ於テ文案等ヲ取調ヘ法律家ニ諮問シタル上次会ニ於テ協議スヘキコトニ決定セリ
又東京交換所組合銀行提出ニ係ル不渡リ当坐小切手処分ノ件ヲ提議シテ曰、往年手形取引ノ利便ヲ勧誘シ、其発達ヲ奨励シタルコトアリシカ、近時又一ノ流弊ヲ生シ、預金ナキニ小切手ヲ振出シ、不渡リヲ来サシムルコト往々ニシテ之アリ、斯ノ如キハ取引上甚タ危険ナルノミナラス、漸次他ノ信用ヲモ毀損スルノ恐アレハ、今日之ヲ矯正セサレハ其弊害測知スヘカラサルヲ以テ、交換所組合銀行ハ右等ノ輩ヘハ自今一切取引ヲ為サヽルコトニ決シタリ、就テハ我同盟銀行ニ於テモ均シク之ヲ実施アリタシト云ニ在リ
爰ニ於テ種々討議スル処アリシカ、要之大体ハ原案ニ賛同セリト雖モ充分ノ制裁ヲ設クルニアラサレハ到底之ヲ実施スルモ効力ナカルヘケレハ、前項ト共ニ之ヲ委員ニ托シ、其制裁及実施期限等調査ノ上次会ニ於テ再議スヘキコトニ議決セリ
　　　　○第百四十五回定式集会録事
　　　　　　　　　　　　　　　　栄一印　(印)
明治二十七年九月十五日午後五時ヨリ同盟銀行第百四十五回定式会議ヲ開キ来会シタルモノ三十一名ナリ
渋沢委員長ハ会長席ニ着キ、横浜第七十四国立銀行頭取代理大谷嘉兵衛氏、富山第十二国立銀行東京支店支配人吉田耕三氏、今回ヨリ当銀行集会所会員トシテ出席セラレタル旨ヲ報道セリ
次ニ前会ノ決議ニ係ル当座小切手記名ノ件ニ付其本人ヨリ取置ヘキ証書案ハ岡村法学博士法律事務所ヘ諮問シタルニ、法学士バリストル植村俊平氏ノ意見トシテ、小切手効力ニ関スル注意ノ修正アリ、委員ハ之ヲ妥当ノ修正ト思惟スルヲ以テ爰ニ提出スル旨ヲ述ヘ、衆皆同意ヲ
 - 第6巻 p.375 -ページ画像 
表シ甲号原案ノ如ク確定シ、来ル十月一日ヨリ同盟必実施スヘキコトニ決定セリ
又同上不渡ノ手形小切手処分案ハ、委員評議ノ上乙号ノ如ク起草セリ此案前会ニ於テハ其一旦拒絶セラレタル者ニ対シ万一窃ニ取引ヲ為ス決行アレハ、之ヲ除盟スヘキ制裁ヲ設クヘシトノ説アリシカ、其事ニ至テハ各行ノ徳義ニ任セ、事実上敢テ差支ナカルヘシトシテ之ヲ省略セリ、又本案ニ付一言ヲ要スルコトハ、或商業家カ本日此議アルコトヲ聞キ小子ニ注意セシ要旨ハ、頃日東京同盟銀行ニ於テ手形小切手ノ不渡ヲ生シタルモノニ対シテハ、自今一切取引ヲ拒絶スヘシトノ議アリトノコトナレトモ、目下征清ニ当リ一般金融引締ノ為メ遂ニ不渡ヲ生スルモノ続出スルヤモ知ルヘカラサルヲ以テ、願クハ三日間ノ猶予ヲ与ヘラレタシト云フニアリ、元来手形小切手ノ不渡リハ銀行並商人ニ於テ充分注意スヘキコトニシテ、信用取引ノ円滑ナルヲ欲セハ勢ヒ其約束ヲ堅ク履行スヘキヲ要シ、本案ノ主意モ亦之ニ外ナラサルカ故ニ、或者望ム所ノ実際上ノ如何ハ宜シク衆議以テ決定スヘキ旨ヲ告ケ是ニ於テ本案ノ協議ニ入リタリ、而シテ其大体ハ敢テ異議アラサリシカ、但タ其第一項「仕払資金ナキニ小切手又ハ約束手形ヲ振出シ」云云ハ其為替手形送金手形等ノ不渡トナル場合アルヲ以テ之カ区域ヲ広ロメ「仕払資金ナキ手形又ハ小切手ニシテ」云々ト修正シ、総テノ手形ヲ此内ニ包含スヘシトノ説アリテ異議ナク此修正説ニ可決シ、而シテ其拒絶ノ場合ニ於テ或者ノ望ム処ノ猶予日数ノ如キハ、到底行フヘカラサル事ナレトモ、銀行集会所ヨリ同盟銀行ヘノ通知時間ヲ翌日トナシ、規約第一項中「銀行集会所ハ速ニ其趣ヲ同盟銀行ヘ」云々トアル「速」ノ文字ヲ翌日ト見做シ取扱フヘキコトニ確定シ、来ル十一月一日ヨリ同盟均シク実施スヘキコトニ議決セリ
次ニ委員安田善次郎氏辞任ニ付、規程第三十九条ニ拠リ補欠撰挙ヲ執行セシニ、三井銀行副長中上川彦次郎氏多数ヲ以テ当選セリ
右会事畢リ晩餐後八時下退会セリ
　　　　　　当日出席者
　　　　　　　　　第一国立銀行　渋沢栄一　○外三〇名氏名略
（別紙）
　（朱書）
　甲号
　拙者ヨリ貴行ヘ宛振出候小切手面ノ姓名ハ必ス自記可致筈ノ処、無拠都合有之拙者姓名ヲ彫刻致シ置キ、其名判ヲ押用シテ自記ニ代ヘ調印ノ上振出可申候ニ付御承諾被下度候、然ル上ハ貴行ニ於テ小切手御鑑定上御不便相生シ可申ニ付、其名判ヲ押用致候小切手ニ関シ他日何様ノ損害相生シ候共、又ハ小切手ノ効力ニ関シ故障相起リ候共、総テ拙者ニ於テ負担致シ、決シテ貴行ヘ御迷惑相懸申間敷候、為後日一札仍テ如件
　（朱書）
　乙号
一仕払資金ナキ手形又ハ小切手ニシテ取引銀行ノ拒絶ニ依リ不渡トナリタルモノアルトキハ、之ヲ拒マレタル銀行ヨリ書面ヲ以テ其住所姓名及金額等ヲ銀行集会所ヘ告知スヘシ、銀行集会所ハ速ニ其趣ヲ同盟銀行ヘ通知スヘキモノトス
 - 第6巻 p.376 -ページ画像 
一同盟銀行ハ前項ノ通知ヲ受ケタル者ニ対シ、自今一切取引ヲ為スコトヲ許サス、但追テ拒絶シタル銀行ヨリ本人ノ信用恢復シタル事実ヲ告知シタルトキハ、従前ノ如ク取引ヲ為スコトヲ得ヘシ

銀行通信録　　　第一〇七号・第三三―三五頁〔明治二七年一〇月一〇日〕
○不渡手形処分法ノ協議　東京手形交換所組合銀行ハ九月二十四日午後五時ヨリ東京銀行集会所ニ会同シ、一旦不渡処分ヲ為シタル某社振出手形並小切手ノ件ニ付協議ヲ《（シ）》タリシカ、結局本人取扱上ノ不案内ニ出テタル例証判明シタルヲ以テ一旦取引ヲ停止シタルモ、遂ニ之ヲ解除スヘキコトニ決議セリ、元来手形ノ流通ハ唯一ノ信用ニ拠ルモノナレハ、其支払期日ニハ苟クモ遅疑延滞ノ事ナカラシメンコトニ充分注意スヘキハ、世人ノ既ニ知ル処ニシテ、敢テ警言ヲ竢タスト雖、為念爰ニ其事実ノ大要ヲ掲ケテ以テ参考ニ供ス
　甲某若千円ノ約束手形ヲ振出シ、其手形面ニ指示シタル仕払期日ニ至ラハ、自身カ取引スル処ノ丁銀行ニ於テ自身ノ当座預金ヲ以テ之ヲ仕払ヘキ旨ヲ附記シテ、之ヲ乙銀行ニ割引シタリシカ、乙銀行ハ金融ノ都合ニヨリ此手形ヲ丙銀行ニ再割引シタリ、故ニ丙銀行ハ其仕払期日ニ至リ之ヲ交換所ニ持出シ、丁銀行ニ対シテ其計算ヲ結了シタリ、然ルニ丁銀行ハ甲某ノ預金ナキ事ヲ発見シタルカ故ニ拒証書ヲ付シテ之ヲ丙銀行ニ拒却シタルヲ以テ、丙銀行ハ之ヲ乙銀行ニ対シ支払ヲ請求シタル上、甲某ノ手形不渡トナリタル旨ヲ交換所ヘ告知シタルニヨリ、交換所監事ハ組合ノ規約ニ従ヒ以上ノ事実ヲ具シ、甲某ニ対シテハ自今取引ヲ停止スヘキ事ヲ通牒シタリ
　然ルニ甲某ハ最初丁銀行ヨリ仕払ヲ拒マレタルコトヲ聞キ、大ニ驚キ彼是金策ノ後、其手形ヲ割引セシ乙銀行ヘ現金ヲ持参シタルニ、営業時間後ナリシヲ以テ其翌日右ノ手形ト引換ヘ安心ノ躰ニテアリシカ、何ソ計ラン組合銀行中甲某ニ対シテハ自今取引ヲ停止スヘシトノ報知ニ接シ、復タ其意外ナルニ驚歎シ、即時丁銀行ニ至リ支払ヲ拒マレタル手形ハ乙銀行ニ至リ現金ト引換已ニ其義務ヲ果シタレハ、其事実ヲ調査シタル上解除アリタシト弁明シタルヲ以テ、丁銀行ハ其手続ノ誤リタルコトヲ諭シ、且之ヲ其関係銀行ニ交渉シ事実ヲ取調ヘタルニ、甲某ハ申立ノ如ク自身ノ銀行ニ差入ルヘキ正当ノ順序ヲ誤テ、乙銀行ニ持参シタル事判然シタルヲ以テ、其理由ヲ付シテ丙銀行ニ交渉シ、丙銀行又之ヲ交換所ニ照会シ、遂ニ本会議ヲ開キ之ヲ決スルニ及ヘリ