公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2022.3.15
第6巻 p.451-461(DK060133k) ページ画像
明治31年11月29日(1898年)
是ヨリ先豊川良平、日本銀行兌換券保証準備無税発行額制限拡張ノ件ニ付キ、委員ヲエラビテ之ガ調査ニ当ラシムルコトヲ建議ス。即チ委員等屡々委員会ヲ開キテ右ニ付キ討議ス。是日委員長園田孝吉右ノ経過ヲ栄一ニ報告ス。
集会録事 自明治二十六年一月(DK060133k-0001)
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集会録事 自明治二十六年一月 (東京銀行集会所所蔵)
○第百八十六回定式会録事○明治三一年一一月一五日
夫ヨリ豊川良平氏ハ日本銀行兌換券保証準備無税発行額制限拡張ノ件ニ関シ其利害ヲ審究スルカ為メ当組合銀行ニ於テ特別委員ヲ選定シ、之レカ調査ヲ附托センコトヲ建議シ、且其理由ヲ詳述シタルニ、満場異議ナク之ニ同意シ、特別委員ノ数及其選定ハ会長ニ一任シタルヲ以テ、会長ハ委員ヲ十名トシテ左ノ諸氏ヲ指名シ、且正副会長ハ従来ノ慣例ニ依リ委員会ニ列席シテ其決議ニ加ハルコトニ決議セリ、其委員人名左ノ如シ(イロハ順)
池田謙三 波多野承五郎 大野清敬 吉田幸作
園田孝吉 長尾三十郎 山川勇木 山口荘吉
佐々木勇之助 島甲子二 以上
夫ヨリ晩餐ノ後同八時散会セリ
第一銀行 佐々木勇之助○外三九名氏名略
建議
一日本銀行兌換券保証準備無税発行額制限拡張ノ件ニ関シ其利害ヲ審究スル為メ当組合銀行ニ於テ特別委員ヲ選定シ之カ調査ヲ附托スル事
右及建議候也
明治三十一年十一月十五日 建議者 豊川良平
理由
今回開会ノ農商工高等会議ニ議員ヨリ「金融ヲ円滑ニシ利子ヲ低廉ナラシムルノ方策ニ付建議」ノ提出アリ、其第一ハ、日本銀行兌換
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銀行券保証準備無税発行額制限拡張ノ事ニシテ、現今ノ保証準備兌換券発行制限額八千五百万円ヲ一億弐千万円ニ増加セントスルニ在リ、而シテ其第二ニ、保証準備無税発行額増加ニ伴フ日本銀行ノ義務ヲ列記シテ之ヲ建議セリ、右建議ハ特別委員ニ附托セラレ其報告ヲ経タルニ拘ハラス本会議ニ於テハ議決ニ至ラサリシモ、本員ハ農商工高等会議々員ヲ仰付ラレ、同会議ニ出席シテ特ニ右ノ問題ニ付テハ特別委員ノ一人トナリ、委員会ニ於テ当局者ニ対シ種々質問スル所アリ、且ツ多少ノ意見ヲモ陳述セシカ、此問題タル本邦幣制上ノ大問題タルノミナラス、果シテ其議ニシテ実行サルヽニ於テハ其銀行業ノ上ニ及ホス利害ノ関係頗ル重大ナルモノアリト信ス、当組合銀行ニ於テ予メ特別委員ヲ選定シ、其利害ヲ審究スルハ目下ノ急務タルコト勿論ナリ、是レ此建議ヲ提出スル所以ナリ
銀行通信録 第一五七号・第一七九四―一八〇四頁〔明治三一年一二月一五日〕 日本銀行保証準備兌換券無税発行額制限拡張ニ関スル特別委員会(DK060133k-0002)
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銀行通信録 第一五七号・第一七九四―一八〇四頁〔明治三一年一二月一五日〕
○日本銀行保証準備兌換券無税発行額制限拡張ニ関スル特別委員会
前記十一月十五日開会第百八十六回定式集会○東京銀行集会所組合銀行定式集会の決議に基ける、日本銀行保証準備兌換券無税発行額制限拡張に関する特別委員会は、十一月廿二日午前十時より其第一回を開き、副会長豊川良平氏及特別委員池田謙三、波多野承五郎、大野清敬、吉田幸作、園田孝吉、長尾三十郎、山川勇木、山口荘吉、佐々木勇之助の諸氏(会長渋沢栄一氏、委員島甲子二氏欠席)出席して、先つ園田孝吉氏を委員長に推選し、会議を開きしに豊川良平、山川勇木両氏より左の意見書を提出せられたり
豊川良平氏意見
第一、保証準備兌換券発行制限額は今日果して拡張の必要ある乎
頃日開会せられたる農商工高等会議に「金融を円滑にし利子を低廉ならしむるの方策に付建議」の提出あり、其第一は日本銀行兌換銀行券保証準備無税発行額制限拡張の事にして、現今の保証準備兌換券発行制限額八千五百万円を一億二千万円に増加せんとするにあり
其建議は特別委員に附托せられて、其審査報告を経たるも本会議にては遂に議決に至らざりき、此問題たる目下世間の歓迎する所なるも、本邦幣制上の一大問題たるを以て、余は農商工高等会議に於て特別委員の一人として聊か意見の一端を開陳せさりしにあらずと雖ども、此に当組合銀行に於て該問題に関する特別委員会を開かるゝに臨み、更に所見の梗概を述へて敢て委員諸君の判断を請はんとす余の見る所を以てすれは将来は姑く之を舎き、今日に於て果して該建議に云ふ如く日本銀行兌換券無税発行額制限拡張の必要ありや否やを疑はさるを得す、之を拡張すへしと唱ふる論者は曰く「農商工業大に進み外国貿易の如きも増進を為し通貨の需要亦増加せさるを得す」と、然り我商工業の漸次進歩し、外国貿易亦増進せるは事実なり、然れとも通貨果して今日に於て欠乏せるか
若し夫れ通貨果して欠乏せりとせは物価豈今日の如く昂騰せんや、
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貿易豈今日の如く逆勢を呈せんや、一両年来物価騰貴して輸入超過の勢甚しきや寧ろ通貨の減縮を希望するものすらありき、然るに今や農商工業の進歩及ひ外国貿易の増進を理由として通貨の需要増加せりと為し、保証準備兌換券の発行制限額を拡張して而も三千五百万円の巨額を増加し、急に今日兌換券発行総額(一億七千万円)の二割を増加せんとす、余は其大早計にあらさるやを疑はさるを得さるなり、蓋し今日の保証準備兌換券発行制限額は八千五百万円にして通貨の需要多きに臨み之を増発せんと欲すれば法律の撿束なきを得す、然るに若し一朝其制限額を拡張して三千五百万円を増加し、一億二千万円と為さんか、則ち一億二千万円の兌換券は平常毫も撿束を加へらるゝなくして、正貨準備を置くことなく之を発行し得ることゝなるか故に、勢其発行額を増加して常に其極度に至らしめさるを得す、或は従来動もすれは制限外兌換券の発行ありしを理由とし今日の保証準備兌換券の発行制限額低きに過くと為して曰く「制限外兌換券には五分以上の課税あり之か為め自然金利の騰貴を促かし金融の流通円滑ならす」と、然れとも若し此説に従ふときは兌換券の発行高は常に極度に膨脹せらるゝを免かれすして、寧ろ制限外兌換券の市場臨時の急需に応して之を発行し、而して其発行に対して課税(五分以上)あり、一旦市場静穏に復せんか、其発行を制限以内に収縮せさるを得すして増発は却て回収を促かし、紙幣増発の弊をして久しきに亘らさらしむるの妙用あるに如かさるへきなり、或は又保証準備兌換券発行制限額を拡張し、之と同時に一方に於て日本銀行に課税を為さんとするの議あるも、若し保証準備兌換券発行制限額拡張と共に巨額の課税を加ふるが如きことあらんか、日本銀行は輙ち兌換券発行額をして其拡張の限度にまて達せしめ、復た其発行に余力を存せしむるか如きことなかるへく、兌換券発行額は常時に於て膨脹の極度に達し、而かも伸縮の妙用を具せさる一種の税附兌換券は、常に流通場裡に存在するの状態を呈することゝなるへきなり
之を要するに余は今日に於て保証準備兌換券発行制限額を拡張するの要なく、寧ろ今日の制限額を存続し、不時の急需に対しては伸縮の妙用を具する制限外発行に依るに如かさるを信するものなり
第二、保証準備兌換券発行制限額拡張の結果
今日に於て保証準備兌換券発行制限額を拡張するの必要なきこと以上述ぶるが如し、蓋し正貨の増加に伴ふ兌換券発行額の増加は自然の勢なりと雖、保証準備兌換券発行制限額の拡張に至りては正貨の増加に伴ふものにあらずして、其結果兌換券発行総額に対する正貨準備の割合を減少せしむるを免かれず、今若し保証準備兌換券発行額三千五百万円を増加せんか、遂に正貨準備兌換券三千五百万円を減少して、其減少せる空隙を保証準備兌換券を以て塡充するに過ぎざることゝなるべきなり、顧みるに、日本銀行兌換券保証準備発行制限額七千万円を八千五百万円に増加したるは去る、明治二十三年五月十七日の法律なりき、当時日本銀行兌換券発行の実況は
明治二十三年五月十七日に終る一週平均高
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円
正貨準備 五一、四五七、七〇九
保証準備 二二、一五九、三五三
総計 七三、六一七、〇六二
なりしに、爾来保証準備兌換券の発行額増加し、其年の十月末には
明治二十三年十月廿五日に終る一週平均
円
正貨準備 四三、八三四、五五九
保証準備 三二、五二六、〇二〇
総計 七六、三六〇、五七九
となり、即ち保証準備凡そ千万円を増加せると同時に正貨準備七百六十万円を減少して、兌換券発行総額に対し七割を占めたる正貨準備は減して五割七分となりたり、以て保証準備兌換券発行額増加の結果兌換券発行総額に対する正貨準備の割合を減少して結局正貨準備兌換券の減少せる空隙を保証準備兌換券を以て塡充するに過ぎざることゝなるを知るべきなり、蓋し兌換券発行額の増加は正貨準備の増加に伴はざるべからずして、正貨準備の増加に伴はざる兌換券発行額の増加は、兌換制の基礎を鞏固にする所以にあらず、何となれば兌換制の基礎鞏固なると否とは兌換券発行総額に対する正貨準備の割合の多少にありて分るゝものなればなり、且つ兌換制の基礎を鞏固にせんとせば啻に兌換券発行総額に対する正貨準備の割合を多からしむへきのみならず、十分に保証準備其物を精選して其準備となるべき証券は必要に応し正貨に代ふるを得るものを択はざるべからず、若し然らずして保証準備兌換券発行制限額増加と共に其準備を精選せず、株券附手形の如きものを取らんか、兌換券発行総額に対する正貨準備の割合を減少するが上に更に一層の危険を加ふるものと謂はざるべからず、此故に各国皆其兌換制の基礎を鞏固にする為め、兌換券発行に対する正貨準備の割合を増加することを勉めざるなく、近刊倫敦経済雑誌に依るに露西亜帝国銀行の紙幣発行額に対し殆んど十四割の準備金を保有するが如きは姑く例外とし、仏蘭西銀行は八割六分、独逸帝国銀行は七割九分、墺洪帝国銀行は七割七厘、英蘭銀行は六割四分八厘の準備金を保有せり(明治三十一年九月末現在)我国の如きは両三年来兌換券の発行高頻りに膨脹せるに拘はらず、正貨準備の其割合に減少せずして兌換券発行総額に対し今日猶約五割に当れるは、是れ償金の回収ありて貿易の逆勢を呈せるに拘はらず巨額の正貨輸入せられ、政府は其現送せる正貨を日本銀行に預け入れて之を兌換の準備に供せしめしに依るものなり、然りと雖ども斯の如き変則豈久しきを得へけんや
抑も紙幣過発の結果懼るべきものあることは、明治十年西南の役当時に於ける不換紙幣濫発の爾後数年間経済社会に及ぼせる影響を顧みは之を知るに於て余あり、当時の紙幣は不換なりしと雖ども兌換制の下にありても濫に其発行額を増加して兌換券発行総額に対する正貨準備の割合を減少せしむるは幣制の基礎を薄弱にし、経済社会を紊乱して将来に大患を貽すを免かれず、之を近時外国の例に徴するも西班牙中央銀行の如き、今を距ること六年前西暦千八百九十二年七月に於ける兌換券発行額は八億五千万「ペセタ」なりしに、本
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年四月に於ける発行額は十三億五百万「ペセタ」の巨額に上り、其正貨準備は法定額(発行紙幣総額の三分の一)を欠くに至れるも、猶政府は之を二十五億「ペセタ」にまで増加せんとせしより、其価格の下落は底止する所を知らず、其極遂に政府は金貨の払出を停止せしめしのみならず、亦銀の輸出をも之を禁ずるの已むを得ざるに至り、仏国の一「フラン」と同価なりし一「ペセタ」は降て二分ノ一「フラン」に落ちたりと云ふ、是れ最も甚しきを極めたる例なりと雖も、今や我国に於ては償金も漸く尽きんとし、復た是を以て正貨準備の減少を補充すること能はず、然るに此際大に保証準備兌換券発行制限額を拡張せば、正貨準備の兌換券発行総額に対する割合は愈々減少して之を補充すること漸く困難となるべく、遂に外債募集の外其途なきに至るの虞なしと謂ふべからず、然れども斯る策に依りて得たる準備は一方に於て補充すれは一方に於て減縮し、到底其目的を達せさるへきのみならす、其結果巨額の負債を国庫に貽すに過きさるへきなり、米国の如きは西暦千八百九十四年より千八百九十六年に至る三ケ年間に前後四回二億六千二百万弗の国債を募集して、以て準備を補充したることありしか、我国に於て若し斯る場合に遭遇せりとするも果して斯る方策を取りて其目的を達し得へしと為すか、果して然らは我兌換制の基礎は遂に殆うからさるを得さるに至るへきなり、南米智利の如き金貨本位を採用して僅に三年を経過せるに過きさる今日、既に智利銀行をして一時其支払を停止せしめ、且つ八分利附金貨払の大蔵省証券二千万弗を発行するの已むを得さるに至れり、金貨本位を行ふて未だ幾もなき我国の如き、豈之を戒めさるへけんや
第三、結論
之を要するに、余は今日に於て保証準備兌換券発行制限額を拡張する必要を認めさるのみならす、之か拡張の結果は兌換券発行総額に対する準備金の割合を減少せしむへく、兌換制の基礎を鞏固にし一国の信用を保維する所以にあらすと信す、殊に今後愈内外資本共通の途を開き、我国の国債其他有価証券をして国際的価値を有せしむるの必要あるのみならす、国債、地方債若くは社債等を海外市場に募集するの場合に会することあるも、斯の如きは焉そ外に対する信用も厚ふして其目的を達するを得へけんや、今日に於て保証準備兌換券発行額制限拡張の議は余の取らさる所なり
因に記す幣制固ならす流通紙幣に対する正貨準備の割合少なき各国公債の倫敦市場に於ける市価左の如し(本年十月一日倫敦経済雑誌による)
西班牙四分利附公債 四二 五/八
亜爾然丁国五分利附鉄道公債 七〇
巴拉西国四分半利附公債 五四
智利国四分半利附公債 七一
然るに幣制鞏固に流通紙幣に対する正貨準備の割合多き各国の公債は大抵九十以上にして往々百以上に上れるものあり
(別表参看)
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世界各国銀行紙幣発行高準備高割合表(三十一年十月一日倫敦経済雑誌に拠る)
世界各国硬貨在高、保証準備紙幣発行額割合表
備考 一本表は倫敦銀行雑誌に拠る
一北米合衆国は千八百九十六年十一月其他は千八百九十六年一月現在なり
一日本は特に明治三十一年九月末日の現在高を掲く
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倫敦に於ける各国公債の市価(九月三十日に終る一週間)
山川勇木氏意見
農商工高等会議々員より建議に係る、日本銀行兌換券保証準備無税発行額制限を壱億弐千万円に増加の件は兌換制度を危殆ならしむる者と認めす、随て吾銀行業の上に禍害を及ほすことなし、尤も本案実施の上は兌換銀行券条例中制限外税付発行の件を刪除し、且つ右増加発行額に対する保証準備の有価証券は、必す英米仏の如き金貨通用の外国に於て容易く売買し得る者に限るとの制裁を加ふへし
但し本議は組合銀行に於て其可否を決議し之を銀行通信録に載せて発表せんことを希望す
理由
本案兌換券保証準備無税発行額の制限を増加するの得失は、之か為めに兌換制度の基礎を危殆ならしむるや否やの一点に係れり、若し其基礎を危殆ならしむるの恐れありとせんか、国家の経済上蓋し之より怖るへきはなくして、一般の農工商業及ひ我銀行業に禍害を及ほすの極めて大なるや固より論を俟たす、故に発行制限の拡張断して之を行ふへからさるなり、然れとも若し之に反して兌換制度の鞏固を妨くるの恐れなしとせんか、発行制限の拡張は兌換紙幣の利用を完ふする所以にして、唯至当と云ふの外なきのみ、而して発行制限拡張の為めに兌換制度の安危に及ほす影響の如何を判せんには、先つ本邦必需通貨高幾何なるやを調査して、紙幣の総額右必需の高に超過するなきや否を明にせさるへからす、玆に必需の高と云ふは如何なる事情に於ても常に世間に流通し、仮令恐慌等の場合に遭遇するも決して引換を要求せらるゝことなき本邦不可欠の高を指すものなれは、今発行制限を拡張して紙幣増発を許すも其総額にして右不可欠の高に超過することなく
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んは更に兌換制度の鞏固を害するの患なきなり、然らは則ち本邦必需の通貨高は果して幾何なる乎、是最も困難なる問題にして之を確言するに由なしと雖も、熟ら既往の実験に徴し、又本邦経済上の発達に照して之を考ふるに、本案の制限拡張は兌換制度の鞏固を害するの患なきを信するなり、蓋し本邦の紙幣流通高を新金貨に換算して連年相比較するに、明治十年以降其最も少きは明治十四年にして、尚ほ一億五千余万円を下らす、而して多きは二億三四千万円に上るを見るなり、故に八千五百万円の制限を増して一億二千万円となすも、本邦実際の通貨必需高に超過するなきを知るへし、且つ現制の如く制限外税付発行を許すときは、其税付なるか為めに回収を促すの効力あるへきも、苟も民間の金利にして税率よりも高きときは税付発行を維持して発行者に利益あるへし、要するに税付発行は正金の準備を有せさること制限内の発行と異なる所なきものなるに、既に此税付発行は兌換制度の鞏固に害なしとして、金融の状況之を必要とすると認むる毎に其発行を許す以上は、適当の度まて無税発行の制限を拡張するも果して何の異なる所かあらん
又試みに本邦人口増殖の割合を見るに、明治二十八年を以て十二年に比すれは一割八分強を増し、十ケ年前に比するも尚ほ一割二分弱を増せり、又輸出入総額増進の割合を見るに、明治三十年を以て十年に比すれは二倍六割二分弱を増し、十ケ年前に比するも尚ほ一倍四割強を増せり、其他種々の統計亦我国力の発達を証せさるはなし、故に本案の制限拡張は我国力に照して過当ならさるを認むるなり、而して既に斯く制限を拡張する以上は税付発行は之を廃止するを要すへし、顧ふに税付発行は英国の如く事情止むを得さるに及んて兌換を停止せさるへからさるの患を避け、法律上臨機処分の余地を存するの精神に出つへしと雖も、一方発行制限を確定しなから一方之か破壊を公許するは決して穏当なりと云ふへからす、又英国の如きは近隣諸国皆金貨国なるか故に保証準備の証券を金貨に換ゆること容易なりと雖も、我国は東洋に隔在して此事甚た難し、故に万一の蹉跌に備る為め此際増加発行額に対する保証準備の証券は彼の金貨国に於て容易に売買し得るものを択みて之に充てしむるの制裁を加ふること必要なるを信するなり而して両氏は交々其提出の理由を陳述し、之に対し各員より質問発言ありしが、猶重て会議を開き十分の審議を遂ぐることとなり、正午十二時散会し、更に同月廿九日午後五時より第二回の会議を開きしに、副会長豊川良平氏及委員悉く出席(会長渋沢栄一氏欠席)して審議の末採決せし処、拡張を要せすと為す者二名に対し、拡張を要すと為す者九名なりしも、拡張を要すと為す者の中に於ても意見区々に分れ、遂に一に帰すること能はずして特別委員会は閉会せられ、特別委員長園田孝吉氏は左の如く特別委員会の経過及結果を会長に報告せり
日本銀行保証準備兌換券無税発行額制限拡張に関する特別委員会結果経過報告
日本銀行保証準備兌換券無税発行額制限拡張に関する特別委員会経過及結果別紙の如くに有之候間此段及報告候也
明治三十一年十一月 特別委員長 園田孝吉
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東京銀行集会所会長 渋沢栄一殿
日本銀行保証準備兌換券無税発行額制限拡張に関する特別委員会経過結果報告
明治三十一年十一月十五日当組合銀行月次会に於て日本銀行保証準備兌換券無税発行額制限拡張に関する利害得失を審査する為特別委員を設置することを決議せられ、其結果本員等十名は特別委員に指名せられ、且つ正副会長は従来の慣例に依り特別委員会に列席するのみならず、其決議の数に加はらしむることに決議せられたり
特別委員会は明治三十一年十一月廿二日午前十時より其第一回会議を開きしに、渋沢栄一、島甲子二を除く外各委員尽く出席し、先づ委員長を選定せしに本員其選に当り、直に議事に移りしに、豊川良平は保証準備無税兌換券発行額制限拡張を非とするの意見書を提出し、次に山川勇木は保証準備無税兌換券発行額制限を一億二千万円に増加し、制限外発行を禁止し、且つ右増加発行額に対する保証準備の有価証券は必ず英米仏の如き金貨通用の外国に於て容易に売買し得るものに限るとの制裁を加ふべし、との報告案を提出して各其意見を陳述し、之に対し各員より数回の質問発言ありしも、本件は我兌換制度上の重大問題たるを以て猶会議を重ね各員十分に意見のある所を陳述し、周到の討議を尽すことゝなりて当日は散会せり
尋で明治三十一年十一月廿九日午後五時より第二回の委員会を開きしに、渋沢栄一を除く外各委員尽く出席して質問討論を重ね、各員十分に其意見を陳述して復た余す所なきに至りしを以て、先づ拡張を要するや否やの点に付き採決せしに、全員十名中拡張を要すと為すもの六名にして即ち過半数に達せしも、拡張を要すと為すものゝ中に於ても意見区々に分れ、遂に一に帰すること能はざりしを以て已むを得ず各意見に付て一々採決せしに其結果左の如し
甲、拡張を要すと為す者
一、日本銀行保証準備兌換券無税発行額制限を拡張して一億二千万円とす、但し将来万一危急の際を慮り制限外税附兌換券発行の現制は之を存するものとす 園田孝吉
大野清敬
二、日本銀行保証準備兌換券無税発行額制限を拡張して一億二千万円とし、制限外税付兌換券発行の現制は之を廃すべし
山川勇木
波多野承五郎
吉田幸作
三、日本銀行保証準備兌換券無税発行額制限を拡張して一億円とす
但し制限外税附兌換券発行の現制は之を存するものとす
山口荘吉
島甲子二
長尾三十郎
四、日本銀行保証準備兌換券無税発行額制限を拡張して一億円とす
但し制限外税附兌換券発行の現制は之を廃すべし
池田謙三
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乙、拡張を要せすと為す者
一、日本銀行保証準備兌換券無税発行制限額は拡張の必要を認めす
但し制限外税附兌換券発行の現制は之を存し、其税を一ケ年百分ノ七以上とす 豊川良平
佐々木勇之助
斯の如く委員会に於て意見の一致を見る能はざりしは遺憾とする所なりと雖も、亦斯の如き重大の問題に対し議論の数派に分れたるは已むを得ざるの数にして、以て各員が十分に意見を陳述し周到の討議を尽したるを知るに足るべし、依て各員意見の要点を列記して本会の結果を明にす
右及報告候也 特別委員長 園田孝吉
銀行通信録 第一五七号・第一八四八―一八四九頁〔明治三一年一二月一五日〕 保証準備兌換券発行制限額拡張問題(DK060133k-0003)
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銀行通信録 第一五七号・第一八四八―一八四九頁〔明治三一年一二月一五日〕
○保証準備兌換券発行制限額拡張問題
保証準備兌換券発行制限額拡張問題は、農商工高等会議に建議案の提出ありしより、当組合銀行の議に上り委員会の報告を見るに至りしが(東京銀行集会所録事欄参照)大阪商業会議所にては去る三日の総会に於て本問題に対し左の建議を為すことに決議したり
我が日本銀行が保証準備に対し無税にて発行し得る兌換銀行券発行額の制限は、明治二十三年に於て八千五百万円と定められたる以来今日に至るまで毫も変更せられず、然るに明治二十三年の国情殊に経済事情を以て今日の経済事情に比すれば、其の間非常の変更を来し、国民として経営する事業範囲の大小よりするも、其の業務取引の疎密よりするも、其の増進の度合の著大なるは朝野の明に認めて疑はざる所なり、即ち内地農商工業の発達、外国貿易の増進を始めとし、人口の増加、物価の騰貴、生活程度の上進、交通機関の通達、辺陬地方の開発等百般の事情互に因となり果となりて通貨の需要を増加し、到底八千五百万円の制限にては社会の必要に応ずる能ざるに至れり、勿論右制限外に五分税附兌換券を発行し得るの道ありと雖も、此の制限外兌換券の発行は元と一時金融市場の必迫に対する応急手段として必要なるものなれども、決して平時に於て常用すべきものにあらざるなり、然るに今日の実況は無税発行制限の狭小に失するため、此の応急的一時的なる制限外発行の制は殆ど常用せられて五分税附兌換券終に跡を市場に絶つの期なからんとす、是れ豈に我が国金融の整理発達上黙過すべき所ならんや、是を以て本所は政府に於て此の際速に兌換銀行券条例を改正し、保証準備に対する無税発行額の制限を一億二千万円に拡張せられんことを切望す
然り而して斯の如く保証準備無税発行額の制限を拡張すれば、即ち日本銀行の特権を拡張するものなるが故に、日本銀行は国家に対し金融機能の発達上従前に比して更に其の義務を増大せざるべからず是を以て我が政府は右制限を拡張すると同時に日本銀行をして左に掲ぐる事項に付き十分実行の責務を負はしめざるべからず
一従前よりも一層力を用ひて外国為換手形の割引に従事し、出来得る限り利率を低廉にし、以て海外貿易の発達を図らしむる事
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二同じく、一層力を内地商業手形の割引に用ひ、対人信用の発達を促進するに努めしむる事
三内地商工業の重要地にして未だ日本銀行支店若しくは出張所の設立なき所には漸次之を開設して、普通銀行に対する高等金融機関の作用と利用とを完からしむる事
四保証準備の有価証券は漸次外国市場に於て自由に売買し得べき所のものに引き換ふるの方針を取らしむる事
此等の責務たる、中央銀行として今日既に日本銀行の実際に施行しつつある所なりと雖も、今後保証準備発行額制限の拡張と共に一層力を此等責務の遂行に用ひしめ、新に得たる特権の増加力は専ら之を商工業界のため金融調理の道に充用せしむるを必期せざるべからざるなり、是れ本問題に関し政府及び日本銀行に於て予め認諾し置くべきは勿論将来に於て是非とも十分に実行せられんことを切望す
又東京商業会議所にも会員北村英一郎、武田忠臣二氏より
日本銀行保証準備兌換券発行制限額拡張並に課税問題の可否を調査し建議請願する件
の提議あり、去る三日の総会にて委員に附托されたり
猶神戸商業会議所にても不日総会を開きて此問題を討議する筈なりといふ
集会録事 自明治二十六年一月(DK060133k-0004)
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集会録事 自明治二十六年一月 (東京銀行集会所所蔵)
○第百八十七回定式集会録事○明治三一年一二月一五日
副会長豊川良平氏会長席ニ着キ、会議ニ先タチ○中略前会ニ於テ特別委員ニ附托シタル日本銀行兌換券保証準備無税発行額拡張ニ関スル委員会ノ経過結果ヲ報告シタルニ、之ヲ議題トシテ本会ノ議ニ附スヘシトノ説アリシモ、結局多数ヲ以テ委員会ノ報告ニ止ムル事ニ決シ、会長ハ組合銀行ヲ代表シテ右委員並民法調査委員ノ労ヲ謝シ○下略
銀行通信録 第一五九号・第二三四頁〔明治三二年二月一五日〕 日本銀行兌換券保証準備発行額制限拡張に関する法律案の両院通過(DK060133k-0005)
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銀行通信録 第一五九号・第二三四頁〔明治三二年二月一五日〕
○日本銀行兌換券保証準備発行額制限拡張に関する法律案の両院通過
日本銀行兌換券保証準備発行額制限拡張に関する法律案、即ち政府が第十三議会に提出したる兌換銀行券条例中改正法律案(前号の銀行通信録六頁参照)は昨年十二月二十四日衆議院を通過して貴族院に送付せられしが、同院にても本月六日を以て同案を可決したり
法令全書 明治三二年 法律第五十五号(官報三月十日)(DK060133k-0006)
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法令全書 明治三二年
法律第五十五号(官報三月十日)
兌換銀行券条例第二条第二項中「八千五百万円」ヲ「壱億弐千万円」ニ改ム