デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

1章 金融
1節 銀行
6款 択善会・東京銀行集会所
■綱文

第7巻 p.120-123(DK070015k) ページ画像

明治42年1月15日(1909年)

是日銀行倶楽部第七十一回会員晩餐会兼井上準之助送別会坂本町同倶楽部ニ開カル。栄一出席シテ送別ノ辞ヲナス。


■資料

渋沢栄一 日記 明治四二年(DK070015k-0001)
第7巻 p.120 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治四二年
一月十一日 晴寒
○上略六時半浜町常盤屋ニ抵り、井上準之助氏米国行ノ送別会ニ出席ス酒間種々雑話アリ○下略
一月十五日 晴 風寒
○上略午後六時銀行倶楽部ニ抵リ、新年宴会ニ出席ス、食卓上一場ノ演説ヲ為ス、井上隼之助氏《(井上準之助)》米国行送別ヲ兼タルニヨリ送別ノ為メ一言ヲ述へタルナリ○下略


銀行通信録 第四七巻第二八〇号・第二一一頁〔明治四二年二月一五日〕 銀行倶楽部第七十一回晩餐会(DK070015k-0002)
第7巻 p.120 ページ画像

銀行通信録  第四七巻第二八〇号・第二一一頁〔明治四二年二月一五日〕
    ○銀行倶楽部第七十一回晩餐会
銀行倶楽部にては一月十五日午後六時三十分より日本銀行海外支店検査役井上準之助君の送別会を兼ね、第七十一回会員晩餐会を開き、宴酣なる頃早川委員長起て任期満了及来賓に対する挨拶を述べ、之に対して井上君の答辞あり、最後に渋沢男爵来賓委員長に対して一場の挨拶を為し、夫より別室に移り一同歓話の末午後十時散会せり


銀行通信録 第四七巻第二八〇号・第一八七―一八九頁〔明治四二年二月一五日〕 銀行倶楽部晩餐会演説(一月十五日)(DK070015k-0003)
第7巻 p.120-122 ページ画像

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銀行通信録 第四七巻二八一号・第三四九―三五一頁〔明治四二年三月一五日〕 銀行倶楽部晩餐会演説(一月十五日)(DK070015k-0004)
第7巻 p.122-123 ページ画像

銀行通信録  第四七巻二八一号・第三四九―三五一頁〔明治四二年三月一五日〕
  ○銀行倶楽部晩餐会演説(一月十五日)
    ○渋沢男爵の演説
今夕の倶楽部の新年宴会は別してお芽出度い会合と、頗る歓喜に堪えませぬのでございます、私はいつも一月は所謂近県旅行を致すのが例でございますが、格別お芽出度い会で、殊に井上君の御旅行の送別といふことも伺ひました為に、何やらお客様に対して効能を述るやうになつては相済みませぬけれども、大磯から特に帰つて此席へ参列することを得ました次第でございます
此倶楽部の今日に及んで参りましたことに就ては委員長から先刻御申述もございまして、御互に倶楽部員として自尊自重して未来に此倶楽部をして益々重からしめて倶楽部の体面を汚さぬやうに共に倶に精励致さなければなるまいかと思ふのでございます、経済界の中枢に立つて総ての事柄が此処から割出されると若し世間から見られるならば、吾々の責任は実に重うございますけれども国家の為に是れほどの効能は無からうと思ひますから、畢竟其位地に至らしめるのは御互に倶楽部員の否倶楽部員ばかりではない銀行者の用心に帰することゝ考へますると、唯一場の喜に終らずに此喜を何時までも記憶し、継続したいと思ふのでございます
井上君海外御旅行に就きましては、私共最も深く未来に嘱望を致したいと思ふのでございます、此倶楽部で会員の海外旅行の送別を致したのは少なかつたかは知らぬが、私共世の中に経歴が長い為か人の欧米へ旅行するを送つたことは殆んど記憶もしきれぬ位数多くございますが、其初めは多く政府の理事官とか理事員などと称へて何かの調査といふやうな名が附いたやうである、それから留学生、漫遊者、段々海外の旅行をなさるお方が必要的に進んで参つたのでございます、曾て早川君が三十一二年頃大蔵省の理事官として御旅行になる時分に私は斯ういふことを申したやうに覚えて居ります、斯の如き重要の任務を帯びて海外へ旅行するお方を送る日本の経済界は大に祝すべきことであると斯様に申上げたことを記憶して居りますが、併し是は臨時の事である一時的の事である、所が井上君の今度の御旅行は国内に於て相当な学問を修め、学殖才能共に完くして殊に大阪に東京に而も日本銀行の営業局長として任務を尽されて其蘊蓄の余を以て海外に御出向になるのでございますから、昔日の理事官として唯外国の模様を皮相的に調査し、若くは一通りの学科を終つて是から金箔を附けに海外に旅行をする者とは其趣を異にすること殆んど年を同うして論ずることは出来ないであらうと思ふのです(拍手)、それで吾々が井上君に望を属することの深いといふことも決して謂れなきに非ずと思ふのです、殊に亜米利加は日本と貿易上最も親密の関係を有する国である、而して商
 - 第7巻 p.123 -ページ画像 
況も人気も其変化は多い国である、業に既に其為めには艦隊が来れば大に歓迎もせねばならぬ、せねばならぬといふ言葉は何か義務的に聞えますけれども、御互に国を思ふの情から深く考へ審に思ふて其間に処したいと思ひます、斯く国際の関係多い時に方り有為なる井上君が紐育の真中に此経済界の理事者としてお立になるのは其御苦心はお察し申すと余程深いと思ふ、御苦心の深いと思ふ程効能が多いといふことは亦同時に理会されるのでございます、将来米国人の日本に対する感情は如何であるか、此感情に対して相当なる観察力を持ち或る場合には相当なる弁解を持つて、さうして彼の惑を解き或は一歩進んで彼をして啓発せしむるといふことも望まねばならぬやうに考へるのでございます、是は国家の重要事務として、蓋し井上君にも自ら抱負が有らつしやらうと思ふ、大にしては此事を希望すると同時に、吾々銀行者に対しても亜米利加の有様は斯様であるといふことの御通信を願ひます、吾々は唯一概に亜米利加のみを学ぶといふことは宜くないかと思ひますから、亜米利加の状況をお示し下さるにも余程心してお示し下さらぬと、書いた手本が余りに筆が走り過ぎた為に下手な弟子が却て字体を誤るといふことが無いとも云へませぬ、手本の悪いのは左までゝはないが、手本が能書であればある程弟子の書方が六ケ敷うございますから、是は余程御注意下されて亜米利加の真相をお知らせ下さることを願ひたいのであります、御送別の言葉に斯く注文がましい事を申して井上君が怪しからぬと思召すか知れませぬけれども、昔大岡越前守は方々を巡つた時に目安箱を持つて歩いたといふことがある、何でも己れの所へ持つて来いと諸方より注文を受る為である、松平越中守もさういふことしたといふことである、今井上君は亜米利加へ往くに就て、何でも注文があれば言へといふことでありますから、私は先づ一番重要の注文と思ふて一言申した次第であります(拍手)