デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2021.9.1

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

1章 金融
1節 銀行
7款 金融関係諸団体 2. 関東銀行会
■綱文

第7巻 p.185-193(DK070030k) ページ画像

明治34年12月3日(1901年)

是日第九回集会開カレシガ、栄一会長トシテ幹事銀行ノ選挙等ノ件ヲ協議ス。右集会終了ノ後、続イテ関東銀行会及ビ東京銀行集会所組合銀行ハ連合懇親会ヲ開キシガ、栄一幹事総代トシテ挨拶ヲ為ス。


■資料

銀行通信録 第三二巻第一九四号・附録第一―ニ頁〔明治三四年一二月一五日〕 第九回関東銀行会(DK070030k-0001)
第7巻 p.185-186 ページ画像

銀行通信録  第三二巻第一九四号・附録第一―ニ頁〔明治三四年一二月一五日〕
    ○第九回関東銀行会
第九回関東銀行会は明治三十四年十二月三日(火曜日)午後二時より東京銀行集会所に於て第九回の集会を開けり、当日来会したる銀行は四十一にして出席人員四十四名に上れり、今之を列記すれは左の如し
  第一銀行頭取     (幹事) 男爵渋沢栄一
  同行副支配人            西脇長太郎
  第二銀行支配人           山県量次
  第三銀行庶務部長心得   (幹事) 河東田経清
  肥後銀行頭取            高橋長秋
  第十銀行々員            細田武雄
  十五銀行頭取       (幹事) 園田孝吉
  同行支配人             伴野乙弥
  第十九銀行頭取           黒沢鷹治郎
  二十銀行支配人           山口荘吉
  二十七銀行取締役          安藤三男
  三十銀行取締役兼支配人       原代九郎
  三十五銀行副支配人         鈴木金平
  第三十六銀行取締役         柴田弥市
  三十九銀行支配人          渡辺永綱
  四十銀行支配人           秋田宗四郎
  土浦五十銀行頭取          一色範叙
  村上銀行頭取            佐藤伊助
  横浜七十四銀行頭取         大谷嘉兵衛
  八王子第七十八銀行副頭取      関谷源兵衛
  八十四銀行支配人          山田丈太郎
  第八十五銀行支配人         前野真太郎
  八十九銀行取締役          森一馬
  第九十八銀行取締役兼支配人     天野吉辰
  第百銀行取締役兼支配人  (幹事) 池田謙三
  水戸百四銀行頭取          佐藤奉
  田中銀行取締役           池上伴造
  三菱合資会社銀行部長   (幹事) 豊川良平
  第百二十銀行頭取          河副亀次
  百三十八銀行頭取          坪井源三郎
 - 第7巻 p.186 -ページ画像 
  百三十九銀行専務取締役       太田孫次右衛門
  横浜正金銀行頭取     (幹事) 相馬永胤
  同行副頭取             三崎亀之助
  三井銀行理事       (幹事) 波多野承五郎
  安田銀行営業部長          中根虎四郎
  川崎銀行主事            安藤浩
  東都家寿多銀行頭取         家寿多豊次郎
  鴻池銀行東京支店支店長       松村両平
  浪速銀行東京支店取締役       山中隣之助
  七十七銀行東京支店取締役      大野清敬
  百十三銀行東京支店取締役      鈴木重恒
  信濃銀行東京支店取締役       小川昌夫
  浅草銀行頭取            今井喜八
  信濃商業銀行東京支店支配人     井口広光
午後三時十五分一同着席、本会幹事第一銀行頭取男爵渋沢栄一君議長席に着き、先づ一同に対し謝辞を述べ、且つ幹事銀行協議の結果別に議案を提出せざることに決せる旨を報告し、夫より
 一株式会社長岡銀行入会申込許諾の件
を議に付せしに全会一致異議なく許諾することに決し、次に
 一幹事銀行の選挙
に移りしに、是亦全会の希望にて投票を用ゐず再任することに決し、幹事銀行亦承諾を表せり
右終て議長は一同に向つて動議提出若くは業務上に関する意見陳述を促がしたるに、山中隣之助君(浪速銀行取締役)は手形用紙一定の必要及商事裁判を敏速にするの希望を述べ、議長は之に対し手形用紙は東京交換所に於て調査の上選定したるものあることを告ぐる所あり、豊川良平君(本会幹事三菱合資会社銀行部長)は商事裁判を敏速にすることに就ては特に建議又は請願等を為さず、単に本会の希望として之を決議し置くべしと述べ、異議なく其動議は可決せられたり、次に佐藤奉君(水戸百四銀行頭取)は本会に対する希望を述ぶる所あり、午後四時二十五分閉会せり
閉会後会員一同は東京銀行集会所庭内に整列して撮影せり


銀行通信録 第三二巻第一九四号・附録第二―八頁〔明治三四年一二月一五日〕 関東銀行会及東京銀行集会所組合銀行連合懇親会(DK070030k-0002)
第7巻 p.186-193 ページ画像

銀行通信録  第三二巻第一九四号・附録第二―八頁〔明治三四年一二月一五日〕
    ○関東銀行会及東京銀行集会所組合銀行連合懇親会
関東銀行会開会を機とし同会及東京銀行集会所組合銀行は適合して十二月三日午後五時より銀行倶楽部に懇親会を開けり
当日は内閣各大臣、日本銀行正副総裁、各理事、各局長等を招待せしに、病気又は事故の為め来臨せられざりし大臣其他も少なからざりしが、桂内閣総理大臣、清浦司法大臣、芳川逓信大臣、菊地文部大臣、平田農商務大臣、阪谷大蔵総務長官、高橋日本銀行副総裁、山口同行理事、中山、木村、伊藤、因藤の各局長及土方秘書役の臨席あり、之に当日の来会者八十三名を加へ主客合して九十六名に及べり、来会者は前記関東銀行会列席の諸氏及左の諸氏なり
 - 第7巻 p.187 -ページ画像 
    新潟銀行東京支店支配人      藁品槍太郎
    第十銀行東京支店支店長      山本彦吉
    十二銀行東京支店支店長      山村為介
    第十九銀行東京支店支配人     内藤尚
    三十五銀行東京支店支配人     井上好雄
    三十九銀行東京支店取締役     長尾三十郎
    四十銀行東京支店支店長      根岸盛太郎
    四十一銀行東京支店支配人     益子右馬助
    八王子第七十八銀行東京支店取締役 松尾謹次
    帝国商業銀行支配人        島甲子二
    東海銀行頭取           吉田幸作
    中井銀行副支配人         菅沼慶蔵
    加島銀行東京支店支店長      星野行則
    掛川銀行東京支店取締役      山崎覚治郎
    東京銀行支配人          草刈隆一
    明治商業銀行頭取         安田善弥
    商栄銀行取締役          高羽惣兵衛
    京橋銀行支配人          柴田貞勝
    麹町銀行頭取           田中武兵衛
    横浜銀行東京支店取締役      馬場金助
    第三十六銀行東京支店支配人    柳内策之助
    丁酉銀行取締役兼支配人      清水宜輝
    万世銀行副支配人         上田保三郎
    今村銀行頭取           今村清之助
    左右田銀行頭取          左右田金作
    東京明治銀行取締役兼支配人    杉山義雄
    両羽銀行東京支店取締役      千阪高雅
    六十三銀行東京支店支配人     迫田七郎
    住友銀行東京支店支店長      吉田真一
    第十四銀行東京支店支配人心得   飯村亮輔
    森村銀行支配人          諸葛小弥太
    扶桑銀行専務取締役        北村英一郎
    土浦五十銀行東京支店副支配人   塚本万輔
    横浜正金銀行東京支店支配人    川島忠之助
    長岡銀行専務取締役        渋谷善作
    東京銀行集会所書記長       戸田宇八
    東京交換所監事          山中譲三
    東京興信所長           森下岩楠
    同理事              堀井卯之助
午後六時四十分食堂を開き、宴酣なる比幹事総代男爵渋沢栄一君本会を代表して左の挨拶を為したり
    渋沢幹事総代の挨拶
 閣下、諸君、今夕は関東銀行会の例会でございまして殊に東京の銀行は勿論関東と申しまする中にも越後信濃が加はつて居る、其会員
 - 第7巻 p.188 -ページ画像 
が皆此処に会同致しましたのでございます、此会同を機会に総理大臣閣下始め各国務大臣諸公を御案内申上げまして一夕の御講話を願ひたいと存じまして幹事共が此宴会を開いた次第でございます、幸に総理大臣閣下を始め各国務大臣閣下及び日本銀行の諸公にも御出でを忝ふしましたのは会員一同の此上もない悦びでございます、会員一同を代表して玆に謝辞を申述べる次第でございます、元来此の関東銀行会といふものは別に意味ある会でございませぬ、最初国立銀行の沢山あつた頃より継続して毎年一回宛集会し来つて居ります併し我々銀行者としては追々経済界の進運に伴て世の中の仕事は多くなつて参りますから或は無用に寄合ひますこともございますけれども、又場合に依ては大に協議して其向々に向つて意見を呈するとか言論を試みるとか云ふこともないとは申されませぬので遂に斯かる会を企てゝ居りますのでございます、此度抔は左までの議案もございませぬので別に関東銀行が大に会し大に議することはございませなんだのでございます、併し果して左様に会が無事であるから世の中が平穏無事だとも申上げられませぬので当年来段々吾々銀行者抔も大いに注意せねばならぬこともございますから其辺に付ては銘銘皆心を労し将来を戒めつゝ居ります、幸に今夕政府当局の方々の尊来も得て居りますから尚又此食事後に追々何の辺にも申上げ得られることが出来得らるゝことゝ思ふのでございます、例へば鉄道の伸張を望みますれば逓信大臣も御居でなさるし又法律上甚だ手形裁判が遅いと言へば司法大臣が御居てゞございまして充分御望みを充たすことが出来る、又教育が兎角浮華に走りまして実業教育が欲しいと言へば此処に菊地さんが御出でになります、唯大蔵大臣の御出でのないのは吾々には最も――何だか饅頭に砂糖がないやうな嫌がします、併し総務長官が御出でになつて居りますから必ず吾々に満足を与へらるゝことゝ思ひます、何も別に議論を申上げる訳ではございませぬ、唯御出でを戴いたのは有難いと云ふことを此会を代表して臨場の閣下諸君に申上ぐるに過ぎませぬのでございます
右に対し来賓内閣総理大臣子爵桂太郎君は左の答辞を述べられたり
    桂内閣総理大臣の答辞
 諸君、今晩は私始め私の同僚が関東銀行会の御催しに係る所の此盛宴に御招きを戴いたと云ふことは私は勿論私共一同の感謝に堪えぬ次第でございまする、殊に此関東銀行会は独り東京の銀行の重役諸君に拘はらず、東国及び越後其他の地方の諸君も此席に御一緒に在つて、此諸君と共に此会堂に此歓を尽すことを得まするのは殊更に悦ぶ所である、依て私は諸君に望む、どうか此関東銀行会の斯の如く一致せられて益々其目的を達し、愈々隆盛ならむことを希望致します、諸君の御健康を祝します
次に来賓大蔵省総務長官法学博士阪谷芳郎君及日本銀行副総裁高橋是清君の演説あり、今其筆記を左に掲ぐ
    阪谷大蔵総務長官の演説
 閣下及び諸君、今夕は私も御盛宴に御招きに与りまして有難く御礼を申上げます、尚大蔵大臣も御臨席の筈でございましたが明日支那
 - 第7巻 p.189 -ページ画像 
公使が帰国致されまするに就きまして無拠差支が起りまして、甚だ残念ながら欠席致しますから私より宜しく諸君に御断りを申上げるやうにといふ伝言でございます、何うぞ悪しからず御了承を願ひます、唯今幹事総代から致して大蔵大臣の御臨席のないのは牡丹餅に砂糖が足らぬと云ふ御言葉でございますが私には砂糖の代理は出来兼ねますかも知れませんが黄粉位の代理が出来れば宜いと信じます聊か御望みに任せまして財政の方針に付て諸君に少々申上げて置きたい考へます、此度政府に於て御計画になりました財政の方針を簡短に申上げますれば総ての事を犠牲にして金融の緩和を需めると云ふことであらうと考へます、此事は数年来我が金融界の情況に鑑みられまして種々御審議の末どうしても財政並に経済の整理と云ふことの目的を達して行かなければならぬ、それに付きましては多々今日為さねばならぬ急要なる事業がある、けれども暫く此急要なる事業は他日に延ばしても此金融機関の緩和即ち順潮に向ふことを期せなければならぬと云ふ一点に方針が帰着致してあるのであります、此事に就きましては多言を要せず不日議会に現はれます所の予算を御覧になりますと云ふと能く御分りになりますことでございますが今其要を掴むで少しく申上げて置きたいと存じます、来年の予算は二億七千八百万円といふ総計でございます、然しながら其内に於て如何なる事が計画されてあるかと云ふことを申上げたい、此歳入の中には公債を募集すると云ふ定額の千七百万円からの金額は全く除かれてあります、即ち来年に於きましては公債の募集を除かれてあります、又歳出の方を御覧になりまするといふと公債の経常部の償還が千二百万円あります、それから臨時部の方に於きましては公債の臨時償還並に清国事変費の償還と致しまして三千八百万円が見積つてございます、而して尚ほ国庫の予備金と致しましては例年の通りに三百万円の予備金が見積つてあるのみならず砂糖税の諸払戻の準備として二百万円を今年から減じてあります、尚ほ之に加ふるに歳入の鞏固を保つが為めに煙草の専売収入やそれから郵便電信の収入それから酒の収入に於きましてザツト四百万円からの収入を内輪に見込んでございます、私は殆ど十八年以来予算の編成に従事して居りますが今年の予算の編成は財政の当局者としては殆ど満足を表せなければならぬ、凡そ社会の事は甚だ複雑なるものである、仲々傍観者が彼是れ批評なさる如くに容易に出来るものではございませぬが先づ今年度の如くに財政の当局者が満足を表しますことは希なりと称して宜からうと思ひます、今申上げました金高に付て算盤を把つて御覧になりまするといふと公債の募集を止めたのが千七百万円、経常部の公債の償還が千二百万円、臨時に公債を償還し及び清国事変費に補塡しますのが三千八百万円、其外に予備金が五百万円歳入を内輪に見積りました分が四百万円からありますから此位充分に財政の計画を達しましたことは先づ希なりと云ふことは私は余り誇大なこととは存じませぬ、而して歳出の部に於きましては学校の設立であるとか或は製鋼所の設立であるとか万已むを得ませぬものは之を加へてありますが総ての方針の帰着致します所は即ち此金融
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を緩和せねばならぬと云ふことを眼目と致してあるのでございます併しながら私は諸君に向て此財政が敢て手軽であると云ふことを訴へるのではない、決して手軽とは思ひませぬ、仲々此当て事と云ふものは外れ易いものであつて恐らくは諸君を満足することは出来まいと信じて居りますが現内閣諸公及び吾々の財政の当局に居ります者の精神なるものは此処に帰着致して居るのでありまして、大なる事は出来ぬにしても其意の在る所は充分に御了解を願ひたいのでございます、尚ほ銀行と財政と申しまするものは御一新始め以来最も密接なる関係を以て発達して居ることは申すまでもないことである小野組、三井の為替方が政府の財政に対して非常なる助けを為して居る、明治九年に銀行条例の改正、十四年に正金銀行の設立、十五年に日本銀行の設立、十六年に国立銀行条例の再度の改正と云ふことは如何なる目的に出たかと言へば、総て政府の財政を整理し紙幣を整理すると云ふことは諸君の御記臆に存して居ると思ひます、尚ほ又日清戦役後に於きましては或は勧業銀行の設立、農工銀行の設立、又近くは日本興業銀行の設立、是れ又戦後の財政経営と離るべからざる関係を有して居ります、斯の如く銀行業と財政と云ふものは非常に密接したる関係を有つて発達致して居るものであるが故に今後の財政に於きましても亦諸君が充分に財政の方針と相待つて国家の隆盛を賛助せられなければならぬことゝ存じます、近年少しく此銀行の業務に於きましては満足を欠く点がなきにしも非ずと云ふことは申すまでもないことゝ存じます、それに付まきしては政府に於きましても此銀行条例を改正致して充分に監督を厳にすると云ふ方針でございます、是は諸君の代表者からして既にそれぞれ御建議になつたを採用して今法律の取調中になつて居りまして今年の議会には提出致す積りであります、どうか此銀行条例の改正の目的は即ち諸君の業務の健全なる発達を希望するものであるといふことを御了解なさつて、又政府の力のみならず銀行者自から或は事務員の養成とか、或は西洋各国の為替其他事務取扱方の方法を詮議するやうなことを致されて、此政府が銀行条例を改正せんとするの目的と相待て、充分銀行自身の改良と云ふことを御計画あらんことを祈ります、而して諸君の業務の健全に発達すると共に此政府の財政の健全と云ふことが加はりましたならば、前途国家の発達の上に於て甚だ有望なりと云ふことを断言し得られやうと考へるのでございます、私は諸君が代表せられる銀行の益々隆盛ならんことを祈り併せて諸君の御健康を祝します
    高橋日本銀行副総裁の演説
 閣下及各位、今夕は関東銀行会及東京銀行集会所組合銀行連合懇親会の御招を受けて参列しましたるは光栄と存じます、聊か謝意を表する為め余が平素銀行業者の心得べきこととして自分の感ずる所の一端を述べまして諸君の御参考に供さうと存じます
 諸君も御承知の如く近年我国に於て銀行の数の増加は著しきもので殊に日清戦争後に於て新銀行の設立せられましたものが甚だ多くあります、素より銀行の増加は経済社会の膨脹に従ひまして必要上生
 - 第7巻 p.191 -ページ画像 
れました事情も御座りましよう、去りながら比等新設銀行の中には鞏固なる基礎完全なる組織を具へないもの尠からぬ様に覚へます、此の如き不鞏固不完全なる銀行が続々設立せられました原因の一つは世人か銀行業務と云ふものは極めて単純又容易にて何人にても之に当ることが出来得ると誤想した事であらうと考へます、即ち毫も此業に関しまする素養と経験とを持たないものが軽々しく銀行業者として責任ある地位に立ちまして己れは勿論世間の人も之を怪まないと云ふ有様でありました、然れども銀行業は本来専門の知識と熟練を要するものでありまして決して近頃世人の想像したる如き単純容易のものではありませぬ、而して其技倆を具へざる人即ち其任に適せざる人をして之に当らしむるの結果は甚だ恐るべき破綻を生ずるの危険の有りまする事は此春の恐慌によりまして世人も覚知したであらうと思ひます、それで既に銀行業者として其事に従事して居るものは深く省みまして其地位の重要なる事に鑑み之に負かざる様にせねばならぬと存じます
 抑々銀行業者は専門の知識と熟練とを要すると云ふは何故かと申すと若し単に相当の担保品を提供するものには資金を融通すると云ふことで銀行の能事了れりといたしますれば銀行の業務は誠に単純で無雑作でありましよう、併しながら此う云ふ簡単な思想で銀行業に従ひますものは一朝金融界の事変に出逢ひますれば恐らく困難に陥る事を免れません、銀行業者としては常に其の貸出したる資金の跡を跟け如何なる用途に使用せられ経済界に於て如何なる働きを為しつゝあるかを絶へず注意せねばなりません、経済界の趨勢を察せずして不注意に資金を放下したり或は不確実の事業に資金を供給せし為めに失敗したる銀行の例は近く御同様に目撃しました通りで御座ります、又本年夏以来独逸にて銀行の破綻の続々報道せられましたのも多くは資金の放下其途を得なかつたためで、現に破綻銀行中の最も大なるものである彼の「ライプチッヒ」銀行は全く不確実なる一工業会社に資金を融通し之が固定したる為めであるそうであります、去れば銀行業者は先づ経済界の大勢に通じ次に其顧客の従事する事業の性質を熟知して始めて活溌に且つ完全なる営業の仕振をなす事が出来るのであります、既に顧客の従事する事業の性質を悉知しますることが必要なりといたしますれば自然諸種の事業に対し各各専門の銀行を生ずる訳であります、例へば某銀行は主として製糸業の為めに資金を供給し某銀行は専ら紡績業の為めに資金を供給すると云ふ如きであります、勿論銀行の分業は柱に膠して瑟を鼓すると申す如くに必ずしも之に拘泥すべきではありません、場合によりては融通の自在なるを便利とする事もありませうが貸出資金の用途に注意して営業の方針を定むる以上は諸種の事業に対して各専門の智識を要し専門の銀行を生ずると申すことは自然の勢だらうと信じます、私が常に思ひますに、凡そ銀行が貸出を為すに主として担保の性質に注意する程度から主として資金の用途に注意する程度に遷ると云ふ事は銀行業の一つの進化であります、尤も確実なる担保品をのみ抵当として貸出を為しましたら安全なる事は疑ひありませぬ
 - 第7巻 p.192 -ページ画像 
がそれでは到底活溌に営業をなし充分に益を収め経済界を裨益すると云ふことは望み得られまいと思ひます、さればとて資金の使途を慎密に考へずに徒らに仕振を活溌に派手に遣るといふことは是は亦頗る危険の事であります、顧客を知り顧客の事業を知り相当の範囲を見極めて信用を与へ融通を為すといふことになつて始めて安全に活溌に営業するといふ銀行の本色を表はすことが出来るものと考へます、今我邦の銀行者は貸出をなすに主として資金の使途に注意すべき程度に達しましたので、是は吾々が数回面白くなく且つ不廉なる価を払ひて得来りたる経験からして之を自覚し亦進んで此に達した訳であると信じます、中央銀行が既に其通りであります、他の諸銀行に於ては一層然らざるを得ない事と思ひます、併し乍ら私が主として資金の使途に注意せよと申しますのは必ずしも担保を顧みるなと申す意味でないことは御承知を願ひたい、万一の場合に於て銀行の利益を保護する為めには成るべく確実なる担保を設定せしむるは素より当然の事であります、只担保を主とせず資金の使途の確実なることを能く認めて貸出をすることが必要とするので所謂主客の地位を明にしたいのであります、私は貸出と担保との関係に就き申上ましたる序に一言中央銀行の見返品制度のことを申上たう御座ります、此制度に就きましては随分種々の議論も承ります、或は数種の株に限りて見返品と致しまするは少数の会社を特別に保護するものであるとの論や、或は見返品制度は担保を主としたる抵当貸の性質を帯ぶるものであるとの論を聞きました、去り乍ら元来日本銀行条例が公債証書及政府発行の手形及政府の保証に係る証券に限り抵当とする事を許しましたるは、蓋し最も確実なる担保により日本銀行株主の利益を保護するの趣意に出たるものでありまして、証券の発行者たる会社等を保護するの趣意でないことは明なることでありまして、見返品を数種の株に限りましたも矢張り此趣意に外ならないのであります、そうして見れば見返品制度は小数の会社を保護するの嫌ありと申すのは理由の無いことになると信じます、又担保を主としたる抵当貸は中央銀行の業務に不似合との議論は丁度私が先刻申したる資金の使途に注意することが銀行業務の上で要件とすべきであるといふの趣意に符合致しますが、今日に於きましては担保の性質に重を置きて議論しまするは最早時勢後れの誹があろふかと存じます、何ゆへと申せば今日の銀行業は担保の性質よりも資金の使途に主として目を注ぐべきの程度まで進んだものと思ひますからであります
 以上貸出資金の使途を考へて営業すると申すことは私が銀行業務上の心得として今日の時勢に最も適切であると信じまして敢て諸君の御参考までに述ましたが、此外徳義上銀行業者の充分考へねばならぬことは外ではなく銀行の役員たるものは自己の財産と銀行の業務とを厳重に区別を立てて専ら銀行の利益を計るといふことであります、此る《(の)》事柄は余りに平凡の様に聞へますけれども平凡なる丈け実際には能々注意せんと兎角忽になり易い、銀行の失敗が往々役員の不正とか公私混淆とか云ふことから生じますることは吾々が屡々耳
 - 第7巻 p.193 -ページ画像 
にしますることであります、一般商工業に徳義の必要であることは申すまでもなけれども銀行業に至りまして殊に其必要があります、何ゆへと申せば銀行の不始末は顧客の業務に其財産に直接に大なる影響を与へまして延て一般経済界の動揺を来すことは決して他の業務の比でありませぬ、銀行業は所謂社会業務で半ば公職の性質を帯ぶると申すは此事だろうと存じます、銀行業者が自重するといふ責任は誠に社会的でありますと考へます
 却説前申す通り昨冬以来の恐慌は金融界に取りては苦痛でありまして、我々銀行者は甚だ面白からざる且廉ならざる経験を致しましたが此経験を採りまして将来の薬となし病を除き去ることが出来るならば此経験は決して不廉でなく、銀行業の発達に裨益を与ふることと信じます、長く清聴を煩したるを謝し重ねて今夕の懇篤なる招待を謝しまする
午後九時三十分より賓主共に別室に移り懇談に時を移し午後十時過散会せり