デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2022.3.15

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

1章 金融
2節 手形
2款 東京手形交換所
■綱文

第7巻 p.243-263(DK070038k) ページ画像

明治14年10月12日(1881年)

第一国立銀行外八行連署ヲ以テ大蔵省ニ出願シ手
 - 第7巻 p.244 -ページ画像 
形法規ノ制定ヲ請フ。翌十五年十二月十一日太政官第五十七号ヲ以テ為替手形約束手形条例布告セラル。


■資料

東京銀行集会所第三回半季考課状 (自明治十四年七月至同年一二月)(DK070038k-0001)
第7巻 p.244 ページ画像

東京銀行集会所第三回半季考課状 (自明治十四年七月至同年一二月)
               (東京銀行集会所所蔵)
十月十二日大蔵卿ヘ商人手形流通ノ儀ニ付第一銀行外八行連署ヲ以テ出願シ未タ裁可ヲ得ス


中外物価新報 第四九三号〔明治一五年四月一九日〕 東京商況(DK070038k-0002)
第7巻 p.244 ページ画像

中外物価新報 第四九三号〔明治一五年四月一九日〕
    ○東京商況
大蔵省の銀行局にては中央銀行の手形条例を創定せられん為め、諸銀行の巨臂たる渋沢・三野村・中村・西原・安田・種田の諸氏を会し、局長加藤君之か議長となり議定の上、先頃其草案を参事院に差出され目下同院にて会議中の由なりと時事新報に見へしが、今又聞く所に拠れは是まて政府に於て制定せられし諸般の条例には其条項中或は実際に適せさる者もありて不都合なるに付、今回の手形条例にはそれ等の欠典なき様純全確的の法例たらしめんと欲せらるゝにより、銀行の実務に長ぜし人即ち渋沢・三野村等の諸氏を会し緻密に其意見を討問せられ、其意見は啻に之を該条例の参案に供へられし迄にて、既に本案も大成し大蔵卿より之を参事院に呈出せられたるなりと云ふ


法令全書 明治十五年 太政官布告 第五十七号(十二月十一日 輪廓附、司法卿連署)(DK070038k-0003)
第7巻 p.244-247 ページ画像

法令全書 明治十五年
  太政官布告 第五十七号(十二月十一日 輪廓附、司法卿連署)
為替手形約束手形条例別冊ノ通制定ス
右奉 勅旨布告候事
(別冊)
為替手形約束手形条例
  第一章 為替手形
   第一節 為替手形ノ性質及ヒ法式
第一条 為替手形ハ振出人ヨリ支払人ニ当テ記載ノ金額ヲ受取人又ハ其所有権ヲ受ケタル人ニ払渡サシムル証券ヲ謂フ
第二条 為替手形ニハ左ノ件々ヲ記載シ、振出人記名調印ス可シ
 一 金額
 二 振出ノ年月日及ヒ場所
 三 支払ノ期限及ヒ場所
 四 支払人ノ氏名
 五 受取人ノ氏名
 六 受取人又ハ其所有権ヲ受ケタル人ニ支払フ可キ旨
第三条 為替手形ハ一ノ為替ニ付キ同文ノ手形二通又ハ三通ヲ振出スコトヲ得、此場合ニ於テハ各通ニ番号ヲ附シ、内一通ニ対シ支払ヲ為シタル時ハ他ノ各通ハ無効タル可キコトヲ記載ス可シ
第四条 為替手形ノ金額ハ五円以上ニ限ル者トス
 - 第7巻 p.245 -ページ画像 
  第二節 支払期限
第五条 為替手形ノ支払期限ハ左ノ如ク区別ス
 一 一覧払
 二 定期払
 三 一覧後定期払
第六条 一覧払ノ手形ハ其呈示ヲ受ケタル時直ニ支払フ可キ者トス
第七条 定期払ノ手形ハ手形ニ定メタル期日ニ支払フ可キ者トス
第八条 一覧後定期払ノ手形ハ一覧済ノ日ヨリ其日数ヲ起算シ、手形ニ定メタル期日ニ支払フ可キ者トス
第九条 一覧払ノ手形及ヒ一覧後定期払ノ手形ハ振出ノ日附ヨリ三ケ月以内ニ之ヲ呈示ス可シ
第十条 定期払ノ期限ハ振出ノ日付ヨリ、一覧後定期払ノ期限ハ一覧済ノ日ヨリ、六ケ月以内ト為ス
  第三節 為替資金
第十一条 振出人ハ支払人ニ対シ為替資金ヲ交付スルノ義務アル者トス
第十二条 振出人ヨリ支払人ニ対シ貸方計算アル時ハ之ヲ以テ為替資金ニ供用スルコトヲ得
  第四節 裏書
第十三条 為替手形ハ裏書ヲ以テ其所有権ヲ移転スルコトヲ得
第十四条 裏書ニハ買受人又ハ譲受人ノ氏名及ヒ年月日ヲ記載シ、売渡人又ハ譲渡人氏名住所ヲ記シ調印ス可シ
第十五条 裏書人ハ振出人及ヒ自己以前ノ裏書人ト共ニ自己以後ノ裏書人及ヒ手形所持人ニ対シ相連帯シテ償還ノ責任ヲ負フ者トス
第十六条 手形ノ裏面ニ余白ナキ時ハ補箋ヲ為シ裏書ヲ為スコトヲ得
  第五節 保証
第十七条 振出人・裏書人及ヒ支払人ハ他人ヲシテ手形ノ支払ヲ保証セシムルコトヲ得
 保証人ハ其保証ノ旨ヲ手形又ハ別紙ニ記載ス可シ
第十八条 振出人・裏書人ノ保証人ハ本人義務ヲ欠タル場合ニ於テ本人ニ代リ他ノ義務者ト相連帯シテ償還ノ責任ヲ負フ者トス
第十九条 保証人支払ヲ為シタル時ハ本人ニ代リ其権利ヲ有スル者トス
   第六節 引受
第二十条 定期払手形及ヒ一覧後定期払手形ノ所持人ハ支払人ニ其引受ヲ求ムルコトヲ得
第二十一条 支払人手形ノ支払ヲ引受ケタル時ハ其旨及ヒ年月日ヲ手形ニ記載シ記名調印ス可シ
第二十二条 支払人手形ノ支払ヲ引受ケタル時ハ振出人身代限ノ処分ヲ受ケタル場合ト雖モ其取消ヲ為スコトヲ得ス
第二十三条 支払人手形ノ支払ヲ引受ケサル時ハ所持人ハ引受ノ拒ミ証書ヲ受ク可シ
第二十四条 所持人拒ミ証書ヲ受ケタル時ハ其旨ヲ電信書留郵便其他証拠トナル可キ手続ヲ以テ振出人又ハ裏書人ニ通知シテ、為替金額
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及ヒ諸費用ニ相当スル抵当又ハ保証人ヲ以テ保証ヲ立テシムルコトヲ得
 通知ヲ受ケタル裏書人ハ振出人又ハ自己以前ノ裏書人ニ対シ所持人同一ノ処置ヲ為スコトヲ得
第二十五条 振出人又ハ裏書人ノ内既ニ相当ノ保証ヲ立タル者アル時ハ其以後ノ裏書人ハ保証ヲ立ルノ義務ヲ免ルヽ者トス
   第七節 支払
第二十六条 手形ニ貨幣ノ種類ヲ記シタル時ハ其貨幣ヲ以テ支払フ可シ
第二十七条 手形所持人ハ支払期限ニ於テ其支払ヲ請求ス可シ、若シ定式ノ祝日、祭日或ハ慣習ノ休業日ニ当ル時ハ其翌日之ヲ請求ス可シ
第二十八条 手形所持人支払金ヲ請取ル時ハ手形ニ領収ノ旨ヲ記載シ記名調印シテ金額ト引換ヘ支払人ニ交付ス可シ
第二十九条 一ノ為替ニ付キ手形数通アル時ハ支払人ハ其引受ヲ記載シタル手形ニ対シ支払ヲ為ス可シ
第三十条 支払人期限ニ至リ手形ノ支払ヲ為サヽル時ハ手形所持人ハ支払ノ拒ミ証書ヲ受ク可シ
第三十一条 支払ノ拒ミ証書ヲ受ケタル者ハ其旨ヲ電信書留郵便其他証拠トナル可キ手続ヲ以テ振出人及ヒ各裏書人ニ通知ス可シ
   第八節 拒ミ証書
第三十二条 支払人手形ノ引受又ハ支払ヲ拒ム時ハ手形ニ附箋ヲ為シ其旨及ヒ年月日ヲ記載シ記名調印ス可シ、之ヲ拒ミ証書ト為ス
第三十三条 支払人拒ミ証書ヲ作ルコトヲ肯セス、又ハ其住所分明ナラス、又ハ不在ニテ代理人ナキ時ハ所持人自ラ其始末ヲ記シ、記名調印シテ郡区役所若クハ戸長役場ノ証印ヲ受ケ、拒ミ証書ニ代用スヘシ
第三十四条 支払人身代限リノ処分ヲ受ケタル場合ニ於テハ、支払期限前ト雖モ手形所持人ハ拒ミ証書ヲ受クルコトヲ得
   第九節 償還ノ要求
第三十五条 手形所持人支払ノ拒ミ証書ヲ受ケタル時ハ、其日附ヨリ十五日以内ニ、振出人・裏書人ノ中一人若クハ数人ニ対シ為替手形ノ金額期限後ノ利子及ヒ拒ミ証書並ニ通知ノ費用ノ償還ヲ要求スルコトヲ得
第三十六条 第三十五条ノ要求ニ対シ、償還ヲ為シタル裏書人ハ、其日ヨリ十五日以内ニ、自己以前ノ裏書人又ハ振出人ノ中一人、若クハ数人ニ対シ自己ノ償還シタル金額、及ヒ其利子ヲ要求スルコトヲ得
第三十七条 振出人ハ為替資金ヲ支払人ニ交付シタルノ故ヲ以テ償還ノ要求ヲ拒ムコトヲ得ス
第三十八条 要求ヲ受ケタル者ハ拒ミ証書ヲ附シタル為替手形及ヒ証拠ヲ添ヘタル計算書ト引換ヘニ非レハ償還ヲ為スニ及ハス
第三十九条 第九条ノ呈示期限、第二十七条ノ支払請求期限及ヒ第三十五条・第三十六条ノ要求期限ヲ怠リタル者ハ、裏書人及ヒ為替資
 - 第7巻 p.247 -ページ画像 
金ヲ交付シタル振出人ニ対シ要求ノ権利ヲ失フ者トス、但引受ヲ為シ若クハ為替資金ヲ受ケタル支払人又ハ資金ヲ交付セサル振出人ニ対シ、第九条・第二十七条ノ期限ニ係ル者ハ振出ノ日附ヨリ起算シ第三十五条・第三十六条ノ期限ニ係ル者ハ拒ミ証書ノ日附ヨリ起算シテ、三ケ年間償還ヲ要求スルコトヲ得
   第十節 紛失
第四十条 手形所持人手形ヲ紛失シタル時ハ直ニ新聞紙其他ノ方法ヲ以テ其手形ノ流通ヲ止ムル旨ヲ広告シ、又電信書留郵便其他証拠トナル可キ手続ヲ以テ支払人ニ通知シ、其支払ヲ止メシム可シ
第四十一条 手形紛失人ハ振出人ニ紛失ノ旨ヲ証シ、代手形ヲ請受ケ各裏書人ヲシテ再ヒ之ヲ裏書セシメ、更ニ其手形ヲ流通スルコトヲ得、但振出人ハ手形紛失人ヲシテ保証ヲ立テシムルコトヲ得
第四十二条 手形紛失人代手形ヲ受ケ得サル時ハ、支払期限ニ至リ支払人ニ対シ真正ノ所持人タル旨ヲ証明シ支払ヲ請求スルコトヲ得、但支払人ハ手形紛失人ヲシテ保証ヲ立テシムルコトヲ得
  第二章 約束手形
第四十三条 約束手形ハ振出人記載ノ金額ヲ受取人又ハ其所有権ヲ受ケタル人ニ自ラ支払フ可キ旨ヲ約束シタル証券ヲ謂フ
第四十四条 約束手形ハ定期払ニシテ金額ハ弐拾五円以上ニ限ル者トス
第四十五条 為替手形ニ付キ定メタル規則ハ第三節・第六節其他約束手形ノ性質ニ反スル条目ヲ除クノ外、之ヲ約束手形ニ適用ス可シ
  第三章 通則
第四十六条 第三十五条・第三十六条ノ要求期限ハ路程ニ要スル日数八里毎ニ一日ノ猶予ヲ与フルモノトス、第三十五条・第三十六条ノ要求期限及ヒ第九条呈示ノ期限、外国ト関係スルモノハ其路程ニ要スル相当日数ノ猶予ヲ与フルモノトス
第四十七条 第一節・第四節及ヒ第四十三条・第四十四条ノ規程ニ合セサル手形ハ裏書ヲ以テ所有権ヲ移転スルコトヲ得ス


東京銀行集会所第六回半季考課状 (自明治一六年一月至同年六月)(DK070038k-0004)
第7巻 p.247 ページ画像

東京銀行集会所第六回半季考課状 (自明治一六年一月至同年六月)
               (東京銀行集会所所蔵)
    同盟銀行集会決議及報道ノ事
○上略
一又同会○二月五日委員会ニ於テ太政官第五十七号布告為換手形約束手形条例御頒布ニ付、大蔵卿閣下ヘ送金手形ノ名称ヲ以テ従来本為換ト称ヘタル手形取扱ノ儀ヲ稟候スヘキコトヲ議決シ、而シテ該件ハ目下急施ヲ要スヘキ儀ニ付衆議ヲ待タスシテ直ニ進達スヘキコトヲ為シタリ
○中略
    諸御達並願伺届ノ事
一二月九日大蔵卿閣下ヘ送金手形名称之義ニ付稟候セシ処、五月廿八日付ヲ以テ伺之趣聞届候旨指令セラレタリ
 - 第7巻 p.248 -ページ画像 

集会録事 従明治十五年第一月(DK070038k-0005)
第7巻 p.248 ページ画像

集会録事 従明治十五年第一月 (東京銀行集会所所蔵)
明治十六年二月五日午後第四時当集会所ニ於テ委員集会
      出席員
                      渋沢栄一
                      原六郎
                      原善三郎
                      安田善次郎
                      山中隣之助
       已上
         但川村氏ハ事故アリテ出席セス
○中略
      第三
太政官第五十七号布告為替手形約束手形条例公示ニ付テハ、従来用ヒ来リタル送金ノ為メ使用セシ手形ノ類ハ爾来送金手形ノ名称ヲ以テ取扱致度段、大蔵卿ヘ経伺スヘキコトト為シタリ
       已上
右談話決了、午後第九時三十分退散


集会録事 従明治十五年第一月(DK070038k-0006)
第7巻 p.248 ページ画像

集会録事 従明治十五年第一月 (東京銀行集会所所蔵)
    ○定式集会録事
明治十六年二月十五日月番第七十四国立銀行・第八十九国立銀行支店盟主トナリ、同盟第二十八回ノ定式集会ヲ万町柏木ニ於テ開設シ、談竣テ晩飧ヲ了シ、午後第八時下退散セリ、詳録左ノ如シ
○中略
      第二
旧冬太政官第五十七号御布告ヲ以テ為替手形約束手形条例頒布ニ付テハ、従来本為替ト称ヘタルモノハ取扱上不都合不尠ニ付、去ル五日委員集会ノ議決ニヨリテ大蔵卿ヘ経伺シタル旨ヲ陳ヘ、其全文ヲ朗読セシメ而シテ其御指令ヲ得ハ速カニ之ヲ報道スヘキコトヲ約ス


諸達願並指令綴込 自明治十一年至明治三十三年(DK070038k-0007)
第7巻 p.248-249 ページ画像

諸達願並指令綴込 自明治十一年至明治三十三年(東京銀行集会所所蔵)
    手形名称之儀ニ付伺
今般太政官第五十七号御布告ヲ以テ為換手形約束手形条例御頒布相成尋テ御省第八号ヲ以テ右手形ノ書式御告示相成候処、右条例ニヨリテ推考仕候ニ、此為替手形ハ所謂商人手形ノ儀ニシテ、即チ甲ヨリ乙ヘ物品ヲ売渡シ其代金ヲ丙ヨリ受取リタルトキカ、又ハ甲ヨリ丙ヘ仕払フヘキ金アリテ乙ヨリ受取ルヘキ金アルトキ乙ヲシテ丙ニ仕払ヲ為サシムル等ノ時ニ発行スヘキ者ト奉存候、然ルニ従来銀行営業上ノ習慣ニ於テ本為替ト唱ヘ候手形ノ儀モ一般ニ為替手形ト称シ取扱来リ候得共、右手形ノ成立ハ官府ノ命令又ハ人民ノ依頼ニヨリ甲ノ地方ヨリ乙ノ地方ヘ金員ヲ送付スル為メニ発行致シ候モノニシテ、均シク為替手形ト称スルモ其原因ニ於テハ全ク別段ノ目的ニ出テ候モノニ付、已ニ出納局ヨリハ大蔵御省ノ為替方ニ国税金等ノ送納ニ使用スル為替手形
 - 第7巻 p.249 -ページ画像 
ハ以来送金手形ト称スヘキ旨御達モ有之、御省ニ於テモ此区別ハ御明示相成候儀ニ付、右送金為替即チ従来本為替ト唱ヒ取扱来リタル手形ニモ追テ相当ノ御規則御制定可相成儀トハ奉存候得共、夫迄ノ間単ニ為替手形ノ名称ノミニテハ彼此相混淆スルノ恐モ有之、銀行ノ営業上ニ差支モ不少候ニ付、向後右送金為替ノ分ハ其名称ヲ送金手形ト相改メ、従来ノ習慣ニ従ヒ取扱申度奉存候ニ付、右名称替ノ儀奉伺候間、至急何分ノ御指揮被成下度候也
  明治十六年二月九日         銀行集会所
    大蔵卿 松方正義殿
(朱書)
第三百七十四号
伺之趣聞届候事
  明治十六年五月廿八日
               大蔵卿 松方正義



〔参考〕東京経済雑誌 ○第一四五号・第一一―一四頁〔明治一六年一月一三日〕 為替手形約束手形条例 第一(DK070038k-0008)
第7巻 p.249-251 ページ画像

東京経済雑誌
 ○第一四五号・第一一―一四頁〔明治一六年一月一三日〕
    為替手形約束手形条例 第一
商業上の信用は手形の流通に成る、手形にして流通せざる、豈に商業上の信用あらんや、蓋し民信なければ立ず商業亦信用なければ一月も立つ能はざるなり、合衆国の政事家ダニール、ウヱブストル氏は嘗て信用を賛して曰く、「米国をして独立せしめたる其勢、海軍より陸軍より強きものは信用なり」と、信用の社会に欠くべからざる以て知るべし、然るに我国従来信用の有様極めて微々たり既に商業あり、豈に信用なしと云はんや、唯々其有様の甚た遅鈍なるを如何せんや、余輩常に之を歎く、故に嘗て欧米諸国に行はるゝ手形の性質を討究し、且つ其習慣法を編輯して世に公にせり、当時東京の富豪亦た大に之を振作するを勉むるものあり、詳に使用の方法を示して之を鼓舞せり、然れども我東京商業の今日の組織を為すもの一日にあらず、故に有志の士力を之に致すと雖も大に功績を見る能はざりしは遺憾と云ふべし
蓋し手形を使用して商業取引を決済するの便益なるは、決して現時我国商家が取引する方法の類にあらざるなり、今ま試みに之を対比して以て其得失を明にせん、夫れ我国各地製造主が貨物を都会の問屋に輸送するや、多くは皆な二ケ月若くは三ケ月以上の仕切にて其代金を仕払ふの約にして、其期限内には貨幣を受取る能はざるなり、然り而して都会の問屋か其貨物を小売商人に売渡すに於ても、多くは判取帳を以て取引を行ひ、其期限に達するまでは空しく天を仰ぎて其仕払を待つを常とす、故に此際更に仕込を為すを得ず、更に仕込を為さんと欲せば、貨物若は公債証書を抵当として銀行より貨幣を借入ることなり其取引豈に亦遅緩ならずや、欧米の商業に至りては全く之に異なり、各地の製造主が貨物を都会の問屋に送るや勿論二ケ月以上の仕払約束に出づると雖も、直に之に宛てゝ為替手形を振出し、日附後何ケ月に至りて何々銀行若くは何之誰に仕払ふべしと記載して之を銀行に割引
 - 第7巻 p.250 -ページ画像 
せしむるか、又は何之誰に売渡すことを常とす、而して問屋の小売商人に貨物を売渡すに於ても又判取帳を以てすることなく、直ちに相当の期日を定めて手形を振出し、銀行に割引せしむるか、或ひは之を以て直に負債を償却するを例とす、故に其貨物を買受けたるものに於ては全く我国と同一にして、二三ケ月後に其代金を払ふて可なりと雖も貨物を売渡したるものにありては直に貨幣を受取り、之以て更に原質物を買ひ込み、若くは貨物を仕入るゝ等の目的に使用するを得るなり然り而して為替手形の償弁に付ては仕払人は勿論、振出人・裏書人と雖も聯帯の義務あるものたるを以て、銀行の之を割引するに於て別に抵当品を要することなく、全く信用を以て之に貨幣を貸与して安全なりとす、是れ亦た其便利の一端なり
されば巧みに為替手形を使用して以て商業を営むものは、多く資本を所有するを要せざるなり、譬へば一問屋あり、一千円の貨物を買ふときは之に三ケ月払の為替手形を振出さしめ、若くは自ら三ケ月払の約束手形を振出して以て之に払ふべし、而して其貨物を一千二百円を以て小売商人に売渡すときは即ち小売商人に宛て三ケ月払の為替手形を振出すか、小売商人より三ケ月払の約束手形を受取るなるべし、故に此為替手形若くは約束手形を銀行に持参して割引せしむるときは、即ち三ケ月の後に至りて彼の製造主に対する負債を償弁するに十分なるべし、此方法にては一銭の資本なきも信用ある商人ならんには、能く一千円の商品を売買し、利益を得るの計算なり、之を彼の空しく仕払を待つの方法に比すれば、其便利得失果して如何ぞや、
西洋に融通手形と称する者あり、銀行者の最も嫌忌する所なり、其性質如何と云ふに、其体裁は更に尋常の為替手形と異なるなし、唯々其手形を発する所以は、商業取引上より発せしものにあらずして、全く一時の融通の為めに発せしものなり、譬へば玆に甲なるものありて一時貨幣に必迫せり、此人銀行に行きて貨幣を得んと欲するも信用なきを以て之を得る能はず依りて其乙なる友人の銀行に信用あるものに依頼して、三ケ月払の為替手形を仕払ふことを承諾せしめ、之に宛てゝ為替手形を払出《(振)》し以て銀行に割引せしむるものなり、此の如き方法なるを以て、乙なるものは素より甲に対して負債あるにあらずして、全く一時其信用を貸して甲を救はんとの精神に出でたるものなれば、其三ケ月内に甲より乙に其貨幣を払ふにあらざれば、銀行に対して為替手形を仕払はざることなり、而して彼の甲なるもの多くは三ケ月内に其貨幣を乙に送附するを怠るものなるを以て、常に不渡の事多しとす是れ銀行者の之を嫌忌する以所なり、熟ら現時我国銀行者の貨幣を貸付するを見るに全く此融通手形なるものなり、我国の銀行者は唯々貸付を為せり、割引を為さゞるなり、彼の貸付なるもの其借主自身の信用を以て貨幣を借る能はずして、之に次ぐに抵当を以てし、之に次くに証人を以てし、以て能く貨幣を借り得るものなり、故に其期限に至りて貨幣の入る目的あるにあらず、其証人は固より其期限に至り貨幣の仕払を覚悟するものにあらず、其抵当は固より容易に売捌き得べきものにあらず、彼の融通手形と何ぞ大差異あらんや、是を以て其期限に至れば多くは皆な延期を請ひ、更に其期限に至れば更に延期を請ひ
 - 第7巻 p.251 -ページ画像 
此の如くして終に滞貸となり、死債となることなり、ギルベルト氏嘗て判取帳の弊を論して曰く、「凡そ判取帳の取引を以て貨物を売渡したる者は、其期日に至りて強いて督促し難きの情実あり、故に其仕払遅怠し易し、然れども為替手形に至りては、其取引に関係なき銀行若くは他人より之を督促するを以て、大概は精密に仕払ふものなり」と蓋し人情自ら此の如きなり、今ま我国の貸付法は融通手形の性質ありて、而して実に判取帳の如く厳に督促し難きの情実あるものなり、抑も之を致す何の故ぞ、実に手形使用の方法行はれざるが為めならずや是を以て東京の富豪は之を憂ひ、嘗て之を振起するに於て最も精神を尽したりき、余輩当時其事の終に行はれさりしを見て、私に悟る所ありき、蓋し我東京の地たるや輦轂の下にありと雖も、其商業専ら小売を以て立つものにして、卸売商業を営むものに至りては極めて微々たり
抑も小売商業は其金額の小なるが為めに、為替手形を振出すに便なるものにあらず、加ふるに封建の余習未だ全く脱せずして、其平生営む所の取引は、其所有する資本を以て十分に運転し得るか為めに、強いて手形を振出して貨物を買込むことを勉めず、徒らに小売商人より貨幣の集まるときを待ちて、之を各地の製造主に仕払ひ、以て商業を営めり、是れ今日の有様を致す所以なり、之を改むること豈に難からずや、余輩嘗て地方の職場を巡遊せしに、到る処凡て手形の流通極めて活溌なることを目撃せり、是に於て私に思へらく、我東京商業をして手形の流通を活溌ならしめんには、東京をして一大市場たらしめざるべからず、現時東京の市場と称すべきは、米商会所・株式取引所を除くの外は、魚鳥青物等の市場にして、以て手形を振出すに便なるものにあらず、手形の流通をして東京に盛ならしめんと欲せば、先づ東京をして一大市場たらしめざるべからざるなりと、是に於てか数多の物産を東京に引くの必要なるを信し、或ひは船渠開設の必要を論し、或ひは限月売買の利益を述べしことありき、近日我政府亦た手形流通の必要なることを感せられ、先きに日本銀行を創立せらるゝや、割引法を起すを以て其目的の第一となし、今ま又た手形条例を制定せらるゝに会す、余輩私に其の意の美なるに感するなり、唯々恐る、東京商業の組織を一変せしむる源因を起さゝる以上は、其目的終に達するを得す、其法制終に遂くるを得ざることを

〔参考〕東京経済雑誌 ○第一四六号・第四二―四四頁〔明治一六年一月二〇日〕 為替手形約束手形条例 第二(DK070038k-0009)
第7巻 p.251-253 ページ画像

 ○第一四六号・第四二―四四頁〔明治一六年一月二〇日〕
    為替手形約束手形条例 第二
 懐ふに、政府か最も手形流通の隆盛を期せらるゝ地は、我国何れの都会なるか、豈に其れ東京の地ならざるなきを得んや、然り而して、現時の景況たる、東京は我国に於て手形の最も流通せざるの地なり、試みに内地に入りて生糸若くは織物の市場を見よ、其人口財産嘗て東京の百分一にも及ばざるの地と雖も、手形の流通極めて活溌なるを見るにあらずや、然らば則ち東京に於て手形の流通せざる所以のもの、其原因なくんはあらず、未だ以て一条例の能く其実効を奏すべきに非るなり、蓋し手形の流通は商賈が貨幣に窮するに発するものなり、我れ数多の商品を買はんと欲すれども貨幣なし、而して之を売らんと欲
 - 第7巻 p.252 -ページ画像 
するものは直に貨幣を要せり、是れ即ち手形流通の必要を見る所以なり、此の如き場合は、貨物大に輻輳し、其売買最も活溌を要する時にあらざれは発せざるの事情ならずや、現時東京の商業たる、売る者に於て未た此の如く貨幣の切迫を見ず、故に一二の之に切迫するものありと雖も、強いて手形を要求するを以て身代の薄弱を示すか如く思惟して、之を要求せざるなり、是れ豈に貨物輻輳せざるの致す所にあらずや、故に我東京をして手形を流通せしめんと欲せば、貨物を玆に輻輳せしめ、商賈をして売買の資本に困却せしめさるべからず、之を為す法あり、一は市場を興立するなり、一は船渠を開設するなり、市場を興立するは一私人の任なり、且つ之を企つる甚だ難し、船渠を開設する亦た一私人の任なりと雖も、港湾を修するの責は政府の宜しく当るべき処なり、我東京湾の修せざる久し、為めに商業の阻隔せらるゝ一日にあらず、是れ豈に当局者の当に焦慮すべき処にあらずや、余輩は敢て船渠を開設せば直に貨物輻輳すべしと云ふにあらず、我東京市場の組織為に大に変改するにあらされば、貨物港中に入ると雖も未だ市場に入るべからざるなり、然りと雖も、船渠あるにあらされば、市場の組織決して変改せず、故に船渠を開設するは即ち手形を流通せしむるの重なる源因ならざるべからす
然りと雖も、此回発布せられたる為替手形約束手形条例は手形の流通を将来に盛んならしむるに於て、幾分の裨益あるか、余輩は此条例に於て解すべからざるもの多きを以て、先づ其疑問を掲けて而して後其結果を推測すべし、抑も此回の為替手形約束手形条例は如何なる手形類を含蓄するやを問はざるべからず、蓋し英米に於て為替手形の法たる、殆んと流通手形の凡てに関する習慣法を含蓄するものなり、然る所以のものは、凡そ流通する手形に二種あり、一は他人に命して貨幣を仕払はしむるもの、一は他人に向ひて仕払を約するもの是なり、玆に前者は為替手形にして、後者は約束手形なり、されば為替手形・約束手形とは稍々流通手形の総称なるが如き跡あり、而して其不渡若くは引受書等の手続たる、二者全く同一なるを以て、為替手形の法は一二の取除を以て、銀行切手・銀行為替・振出手形・銀行紙幣及ひ其他殆んと凡て流通手形に関する諸事に及ふことなり、此回発行せられたる為替手形約束手形条例は、果して此の如きものなるや否や、我国の借用証文の如きは欧米に於て嘗てなき所なれども、其性質を云へは実に約束手形なるものなり、此回の条例果して之を含蓄するや否や、我国に於て現時行はるゝ処の切手・銀行為替・振出手形の如き、前二者は為替手形に属し、後一者は約束手形に属するものなり、此回の条例之を支配するや否や、若し之を此条例の外に置くときは、更に夫々の条例を設けざるべからざるの事情あるべし、而して之を此条例内に包括せしめんか、其文中更に之を包括せしむるか如き文字なし、試みに其一二を述んに、現時行はるゝ振出手形は即時払則ち一覧払なるものにして、其金額は百円以上に限れり、然るに此回の条例第四十四条に約束手形は定期払にして金額は二十五円以上に限る者とすとあり、然らは則ち振出手形より発する紛紜は此条例の支配する所にあらざるべし、切手並に郵便為替の如きは、如何なる小額と雖も之を振出すを得
 - 第7巻 p.253 -ページ画像 
然るに条例第四条に為替手形の金額は五円以上に限る者とすとあり、然らば切手並に郵便為替の如きは此条例の支配する所にあらざるべし殊に現時我国金融上の多分を占めたる借用証文の如きは、此条例の支配を受けざること毎条明かなりとす、然ば則ち、第五十七号の布告たる、特に為替手形と約束手形と称する一種の手形に関する者にして、其他に及ふ者にあらずと想察せざるべからざるなり、条例の主意果して然るや否や、余輩は寧ろ此手形の凡てに及はんことを希望せざるべからず
是に因て之を観るに、現時我国に行はるゝ手形にして此条例の支配を受くるものは、各地の間に行はるゝ商人為替及ひ銀行為替の両手形及ひ各地市場に行はるゝ手形の類なるべし、然れとも商人為替は五円以下と雖も振出すもの極めて多し、銀行為替に至りては所謂持参人払の者にして、其受授に裏書を要せしことなかりき、然るに此回の条例たる略式裏書《プランク・インドルスメトン》を許さずして、凡て正式裏書《フール・インドルスメント》を用ひ、然らさるものは譲与を禁止せられたり、余輩私に懼る、少しく手形流通を妨碍するの結果あらんことを、然り而して、各地市場に行はるゝ手形に至りては、実に約束手形に属するものなりと雖も、此種の手形は第二類の印紙の貼用すべきものなるを以て、現時に於ては極めて奇異なる形状を呈し、皆な裏書なくして受授するものなり、今ま之を二十五円以上に限り、且つ裏書せしむるに至りては、実際上大に困難を蒙むることあらん歟、要するに持参払若くは略式裏書の如きは、此条例中に明許せられんことを望まさるべからず
此条例の下にありて最も困難を感すべしと思惟せらるゝは、仕払を厳密にすること是なり、従来我国の習慣たる、仕払期限は極めて厳密ならさる也、然らば拒却したるかと云ふに必すしも然るにあらずして、唯た猶予を請ふものなり、而して厳に之を要求するが如きあらは、実に失礼を加へたるか如きの景況あり、去れは受取人に於て、其手形の仕払期日に貨幣を受取り得すと雖も、直に拒み証書を受取ることは事情甚た難事なるべし、故に此事に関して他日訴訟の発するあらば、法廷の之を裁判するに於て、或は英国の情理裁判の如きものを要するに至らんことを思ふなり
余輩の見る所以上の如くなるを以て、余輩は第一に、我政府が為替手形約束手形条例を発行する以上は、更に手形流通の源因を作出せられんことを希望せざるべからず、第二に、此条例施行の後定めて従来の習慣に衝突する所あるべきを以て、時々改正を加へて、其習慣を発達せしむるの挙措に出でられんことを希望せざるべからず、果して然るを得ば、手形の我国に流通する未だ難しとせざるべきなり


〔参考〕日本銀行沿革史 第一巻・第七―八頁(DK070038k-0010)
第7巻 p.253-254 ページ画像

日本銀行沿革史 第一巻・第七―八頁
十四日○明治十六年三月諸官衙附属工場手形割引ノ取扱ヲ開始ス、曩ニ明治十五年十二月ヲ以テ為替手形約束手形条例ヲ公布セラレタルモ、当時我国商業社会ノ状態ハ尚現金取引時代ニ在リテ手形及小切手取引ノ発達ハ容易ニ望ム可カラサルモノアリキ、因テ手形割引ノ模範ヲ示サン為メ、先各官衙ノ工場ト人民トノ間ニ於テ約束手形或ハ為替手
 - 第7巻 p.254 -ページ画像 
形ノ取引ヲ開キ之ヲ本行ニテ割引スルノ途ヲ開カンコトヲ欲シ、大蔵卿ノ許可ヲ得テ玆ニ之ヲ開始シタルナリ


〔参考〕明治財政史 第一三巻・第六九一―七〇八頁〔明治三八年二月〕(DK070038k-0011)
第7巻 p.254-263 ページ画像

明治財政史 第一三巻・第六九一―七〇八頁〔明治三八年二月〕
手形ニ関スル法規ノ制定ハ国立銀行ト密接ノ関係ヲ有セリ、蓋シ本邦手形ノ取引タル従来専ラ商人間ノ信用ニ一任シ、特ニ法律規則ノ其効力様式等ヲ規定セルモノ絶エテ之ナカリシカハ、授受ノ間不測ノ損害ヲ被ルモノ少カラス、為メニ其流通常ニ円滑ナル能ハス、而シテ政府ハ国立銀行創立以来其営業ノ実際ニ鑑ミテ手形取引ノ額頗ル僅少ナルヲ認メ、窃ニ之カ発達ノ方法ヲ講シ、先ツ手形ニ関スル法令ヲ定メテ其取引ヲ確実ニシ、以テ一般商業及ヒ銀行営業ノ上ニ一大便益ヲ附与センコトヲ望メリ、然レトモ縦令政府ニテ之カ規定ヲ充分ナラシムルモ、当業者ニシテ若シ手形ノ事ニ冷淡ナルニ於テハ、法令ヲ施スニ所ナク、政府ノ苦心亦水泡ニ帰スルノ不得已ニ至ルヤ必セリ、且ツ夫レ信用ニ基ク手形ノ取引ハ一朝ニシテ其隆盛ヲ期ス可カラサルモノアリ依テ大蔵省ハ明治十三四年ノ頃、東京府下ノ重ナル国立銀行ニ向テ手形ノ取引ヲ慫慂シ、又之カ発達ノ方法ヲ考究セシメ、徐ニ時機ノ成熟ヲ促セリ、是ニ於テ乎東京第一国立銀行等率先シテ事ニ従ヒ、或ハ手形ノ効用ヲ説キテ商人間ニ其授受ヲ奨励シ、或ハ裁判上ノ疑義ヲ質シテ流通ノ障礙ナカラシメントシ、種々力ヲ尽セリ、就中明治十四年十月第一国立銀行頭取渋沢栄一ヨリ銀行課長岩崎小二郎ニ宛テタル書面ニ添付セル参考書ノ如キ、最モ能ク当時ノ事情ヲ窺フノ資料タルヘシ依テ之ヲ左ニ掲ケン
 過日ハ昇堂奉妨清閑候、拝願之手形取引ニ付法律上之懸念ハ左ニ略記之通リ候間、何分御審案御教示奉祈候
  第一 約束手形又ハ為替手形ハ、明治九年第九十九号御布告ノ成文律ニヨリテ、仕払ノ義務ヲ有スル人ノ急迫ニ際シテ遁辞ヲ為スヲ得ルノ患ハ之レナキヤ
 此件譬ハ約束手形ヲ振出シタル人又ハ為替手形ノ名宛人タル者若シ日限ニ至リテ其仕払ヲ為シ難キヨリシテ、却テ此御布告ニ藉リ「己レ直ニ其義務ヲ負サル人ニ対シテ払方ヲ為スノ理ナシ、譲替ヲ承諾セス、故ニ其効ナシト」借用証書ト手形トヲ混同シテ拒辞ヲ設クルトキハ、手形ハ右御布告外タル明文ナキニ付、均シク貸借ノ証書ト看做ス抔ノ判断生スル恐レハ之レナキヤト申意味ニ候、但為替手形ハ甲(振出シテ金ヲ受取ル人)乙(引受ケテ割引ヲ為シタル人)丙(手形期日ニ金ヲ仕払フヘキ人)ノ三人ニ限ル取引ナレハ、モシ一旦乙ニテ割引ヲ為シテ後丙ニ送リ其承諾ヲ乞フニ当リ丙若シ承諾セサレハ、乙ハ其手形ヲ直ニ甲ニ戻シテ割引セシ金額ヲ返却セシムルニ付差支少シト云トモ、尚ホ此手形数人ニ交渉セシトキ、丙ノ金ヲ仕払フヘキ義務アル者、其交渉中名前替リタルヲ以テ前ノ御布告ニ引付ケ、之ヲ拒ムノ辞柄ヲ生スルノ患アランカト存候
  第二 為替手形ノ仕払人其払方ヲ怠リタルトキ割引ヲ為シタル銀行ハ其手形振出人ヲ第一ノ義務者トスヘキヤ、又ハ名宛人ヘ手形ニ仕払承諾ヲ為シタル分ヲ第一ノ義務者トナシ、不足アレハ振出
 - 第7巻 p.255 -ページ画像 
人ニ及フノ順序ナルヘキヤ
 此件法律ノ明文ナキ様ニ存候ニ付、銀行若シ振出人ヲ相手取リ其償却ヲ要求スルトキ、名宛人ヲ身代限リニ為シタル上ニテ其不足ハ引受クヘシ抔ノ辞ヲ以テ其遷延ヲ謀ルノ恐アリ、是等ハ従来ノ裁判法ニテハ如何相成ルモノニ候ヤ、若シ慣行ノ裁判法ハ承諾セシ名宛人ヲ銀行ヨリ原告シテ身代限リヲ為シテ後ナラテハ振出人ニ掛合フヲ得サルトセハ、銀行ハ大ニ懸念ヲ増スノ理アリ、何トナレハ最初手形割引ヲ引受クハ多ク振出人ノ信用ヲ以テ取扱フモノナレハナリ
 之ニ反シテ、直ニ其不渡リノ手形ヲ以テ振出人ヲ義務者ト為スヲ得ルトスルモ、銀行ヨリ名宛人ヘ掛合弥々不渡リトナリタル時ニ振出人ニ通知スル訳ニ付、其間多少時日ヲ要ス故ニ、此時日遷延ヲ苦情トシテ振出人ハ其義務ヲ免ルヽノ辞柄ヲ生セサルヲ得ス、「譬ヘハ八月十五日限リノ手形不渡リト為リテ振出シ人ヘ銀行ヨリ掛合日時ハ二十日トナリタルトキ日限後レノ苦情ヲ振出人ヨリ申出ルノ類」然リト云トモ、若シ不渡リノ即日ニ銀行ヨリ振出シ人ニ通知スルハ極メテ難事ニテ、且ツ取引上得意先ヘノ慈愛ヲ失フノ恐アリ、故ニ其裁判法ノ帰スル所ヲ前知スルヲ要用トス、過日呈電覧ノ書面中副証書ノ雛形相添
  此懸念ニ付テ相設候得共、此副証書ヲ展転交通スヘキ手形ニ附スルハ余日不文明トノ説モ有之、手数モ亦不少候故、或ハ手形表面ニ記入セハ如何ト再案セシ儀ニ御座候
 右之外尚ホ連接之事アリ奉伺儀モ数多可相生ト奉存候得共、是迄手形取引相成候ハ隔地間ニハ(東京ト大阪トノ類)追々相進居、未タ一度モ面倒ハ不相生候得共、若シモ相生シ候ハヽ如何ト目前ノ懸念モ有之、其上当府下ニ拡伸ノ望有之ヨリ篤ト、現在ノ裁判ニテモ此辺ニ可相成或ハ法理ハ斯々ナレトモ尚ホ法律ノ明文ヲ要スヘキ等、高案御垂示之程偏ニ奉祈候 頓首謹言
                      渋沢栄一
    王乃老閣
   渋沢君ノ問ニ答フ
    第一 立法ノ原因
 凡ソ法律ナルモノハ何ニ由テ之ヲ設立セシヤト問フモノアラハ、事柄アリテ其事柄ヲ保護スヘキ規程無ケレハ其事柄アリテ其事柄ヲ安全ニ鞏固ナラシムルヲ得サルニ因リ法律ヲ設立セリ、ト答ヘサルヲ得サルヘシ
    第二 習慣ハ成文法ノ基礎
 事柄ノ為メニ法律ヲ設クルコトハ、多クハ其事柄ヲ取扱ヒシ経験ノ慣行ヨリシテ終ニ成文ノ法律トナルコトハ各国普通ニ行ハレシ成迹ニシテ、人ノ疑ハサルコトナルヘシ
    第三 裁判ノ一定ニ帰シ難キ原因
 此ニ一難問アリ、其訳ハ甲乙等ノ各国(欧米各国)ニ於テハ久シク慣行セシ事柄ニシテ且ツ成文ノ法律モ全備シタレトモ、丙国(日本ノ類)ニテハ其事柄ノ行ハレシコト日猶ホ浅ク、人民モ其事柄ヲ熟知スルモノ少ナク、事理蒙昧ノ中ニ挙行スルノ場合ニ当リ、其事柄
 - 第7巻 p.256 -ページ画像 
ヨリ生スル争訟ニ付キ、裁判ノ結果ハ如何ナル方向ニ帰着スヘ《(キ脱カ)》ヤノ問是ナリ
 右ニ答フニハ、裁判ノ結果一定ニ帰著スルコトヲ保シ難トノ言ヲ以テセサルヲ得ス、如何トナレハ左ノ如シ
  第一 丙国ニ於テ曾テ成文律ナキ時代アレハ何事モ自然法ノミニ依拠シ、成文律ノ為メニ束縛セラルヽコトナケレトモ、甲ノ条件ニハ成文律アリテ乙ノ条件ニハ成文律ナク、却テ之カ為メニ裁判上許多ノ疑難ヲ生スルコト少ナカラサルコトアリ
  第二 成文律ナキ事件ハ法官頭脳ノ作用ニ依リ審判ヲ為スヲ以テ裁判セシ結果ノ一定ニ帰スルヲ保シ難シ
  第三 丙国ニ於テ経験慣行少ナキ事柄ハ之ヲ取扱フ人民モ其意思多岐ニ迷ヒ易ク、其争訟ヲ裁判スル法官モ亦意思多岐ニ迷ヒ易ク、而シテ右ノ如キ多岐ナル意思アルニ乗シ奸詐モ亦其間ニ行ハレ易シ、故ニ明敏老練ナル法官ニ非サレハ裁判ノ失当ヲ来スヲ以テ、裁判ノ結果ハ如何ナルヘキヤヲ保シ難シ
 右ノ如キ理由ナルヲ以テ本案質疑サレシ点ニ付裁判一定ノ結果ヲ得ント欲セハ、為替法ノ成文律即チ商法ノ一部分ヲ設立スルコトヲ除キテハ、恐クハ他ニ満足スヘキ企望ヲ達スルノ道ナカルヘシト信ス若シ又タ小生ニ於テ裁判セハ其裁判ノ見込ハ如何ントノ問アラハ、小生ハ約束手形ニモセヨ又ハ為替手形ニモセヨ、各々其手形ノ性質ト双方授受ノ意志トニ従ヒ、事実ニ適当セシ裁判ヲ為サント欲スルノミ
    第四 原告人カ訴訟ノ被告ヲ定ムルコトハ前後ノ順序アルノ場合
 第二ノ貴問、為替手形ノ被差出人カ承諾ヲ為セシ上ノ不渡リ金ナレハ、其承諾人ニ対シ訴訟ヲ為シ其裁判済ノ後ニ非サレハ差出人ニ掛クルコトハ出来サルヘシト信ス
 右ハ不便利ナル裁判ノ手続ナレトモ、此ノ如キ習慣ナル故ニ、成文律ヲ用ヒ之ヲ改正セサレハ便利ナル方法ニ移ルコト能ハサルヘシ
 義務者(本人)ト受人証人トニ対シ訴訟スル場合ニ於テハ厳重ナル成文律アリテ、第一番ニ義務者ヲ相手取リ其裁判済ノ後ニ至ラサレハ受人証人ニ対シ訴フルコトヲ得サル法ナリ、是又不便ト云ハサルヲ得ス
    第五 相手方カ連帯ノ義務者ナレハ何人ヲ相手取ルモ原告ノ選ニ任スヘキコト
 前文ニ掲ケシ如ク不便利ナル習慣法ト成文法トヲ改正スルニハ如何ナル改正ヲ用ユヘキヤト問ハンニ、或ル事柄ニ付テハ権利者等ハ連帯ノ権利ヲ有シ義務者等ハ連帯ノ義務ヲ負フノ法律ヲ設定セサレハ真理ニ適合セシ便益ハ之ヲ得ルニ道ナカルヘシ(仏商法第百四十条見合)
    第六 手形ノ書式
 約束手形ノ雛形ニハ何品若干ノ代価トノミアリテ何品ヲ受取リシコトノ明文ナシ、為替手形ノ雛形ニハ(右ノ金額何々銀行ヨリ正ニ受取候ニ付)トノ明文アリ、何故ニ、両箇トモ同一理ナル手形ニシ
 - 第7巻 p.257 -ページ画像 
テ、為替手形ニ於テ金ヲ払渡スヘキ原因即チ金ヲ受取リシコトヲ記載シ、約束手形ニ於テハ金ヲ仕払フヘキ原因即チ物品ヲ受取リシコトヲ記載セサルヤ、若シ代価トアル上ハ物品ヲ受取リシコトハ論ヲ待タストノ意ナレハ法ニ適セサル意見ナリトス、如何トナレハ、代価ノ引渡シハ物品ヲ受取リシ後ニ為スコトモアリ、物品ヲ受取ラサル前ニ為スコトモアリテ、双方ノ便利ヨリ成リ立ツコト故ニ代価ノ二字ヲ記載シアリトテ之ヲ以テ物品ヲ受取リシ証ト為スコトヲ得ス、故ニ他日ノ異論ヲ予防スル為メニハ、約束手形ヘモ物品ヲ受取リシコトヲ明記シタキコトナリ
 若シ然サリシトキハ、約束手形ハ振出シタレトモ物品ハ未タ受取ラサルニ付、相手方ニ在テ物品引渡シノ約ニ背キシ上ハ物品ノ引渡シヲ為スニ非レハ金ノ仕払ハ為シ難シ、ト云フカ如キ詐偽ヲ為スノ基トナルヘク、又ハ事実ニ於テ真ニ右ノ如キ行違ヒナシトモ断定シ難キニ似タリ(仏国商法第百十条ノ第七項及ヒ第百八十八条ノ第五項見合)
    第七 手形ノ書式
 手形ノ雛形ニハ払方承諾ノコトヲ裏書ニスルノ方法ナレトモ、承諾ノコトハ表面ニ記載シテ、手形持主ノ移転スルコトヲ裏書ニスル方便益ナルヘシト思考セリ(仏商法第百二十二条及ヒ第百三十六条見合)
    第八 手形持主ノ移転スルコト
 手形ヲ所持スル権利者(手形持主)即チ手形ニ記載シアル金額ヲ得ヘキ権利者カ、其所持スル手形ノ所有権ヲ他人ニ移スノ手続ニ於テハ尤モ布告ノ明文アルヲ必要トス、若シ然ラサレハ右ニ付テノ争訟ヲ生スル毎ニ太タ繁雑ナル裁判ノ手続ヲ経サレハ事実ヲ証明シ難キコトナルヘシ(仏商法第百三十六条見合)
   明治十四年七月三十日       玉乃世履記
是ヨリ先キ、東京諸銀行等同盟シテ択善会ナルモノヲ起シ、親睦和合シテ銀行営業ノ便否ヲ討究シ、斯業ノ発達ヲ図リ来リタリシカ、明治十四年七月十二日ニ至リ一同連署シテ左ノ願書ヲ大蔵省ニ差出シ、手形法規ノ制定ヲ請ヘリ
 商人手形流通ノ儀ハ其業務ノ進歩ヲ資ケ所謂高運降盛ノ根軸トモ可相成ノ処、当府下諸商賈ノ取引ハ従来此方法ナキヲ以テ、動モスレハ金融梗塞売買渋滞ノ患有之候ニ付、今般左ノ各等協議ノ上別紙手続書ノ如ク、各其取引先ノ商賈ニ告示シ漸ク手形取引ノ拡伸ヲ企図仕度候得共、尚ホ再案スルニ従前我邦ニハ此手形取引ニ係ル法律完備セサル様奉存候ニ付、右取引ノ間或ハ疑問ヲ生シ常ニ危懼ヲ免レサルノ想有之候、依テ左ニ其理由ヲ略記シテ以テ此法律ノ御施設ヲ奉願候
  第一 手形取引ニ付テ生スル取立ノ権利仕払ノ義務ハ通常ノ貸借ト其性質ヲ異ニスルノ義ヲ明示セラルヘキ事
 明治九年七月第九十九号御布告ヲ以テ貸借証文譲替ノ事ヲ制限セラレ、貸者若シ其貸金ヲ他人ニ譲替ヘント欲スレトモ借者ノ承諾ヲ得
 - 第7巻 p.258 -ページ画像 
其証文ヲ書換サレハ譲替ノ効ナキモノトナレリ、而シテ其布告ニ手形ノ事ハ掲示ナキヲ以テ、或ハ共ニ此範囲内ニ在ルノ疑団ヲ生セサルヲ得ス、然ルニ此手形ハ全ク其性質ヲ異ニシテ、甲乙互ニ其義務ヲ連帯スルヨリシテ其取引ノ便利ヲ生スルモノナレハ、若シ試ニ為替手形ノ如キ約束手形ノ如キ必ス仕払ノ義務ヲ有スル者ノ承諾ヲ待テ之ヲ発付スルヲ得ルモノトセハ、寧ロ其流通ヲ禁スルノ簡ナルニ如カス、故ニ従来商賈取引ノ慣習ニ於テモ、為替手形ヲ振出スニ当リテ先ツ其名宛人ノ承諾ヲ取ルノ例ナシ、然リト雖モ、既ニ貸借上ニ此成文律アリテ而シテ手形ニ付テハ法律ナキニ於テハ、裁判上万一彼レヲ以テ此ニ類推スルノ虞ナキト云フヘカラス、是故ニ自今以後為替手形・約束手形ノ類ハ其交換ノ自由ヲ明許セラルヽ旨ノ御布告有之度候
  第二 為替ノ手形又ハ約束手形ノ不渡トナリタルトキ、其弁償ノ義務ハ先ツ手形ノ割引ヲ依頼セシ者(手形ヲ持参シテ通貨ヲ受授セシモノ)ニ在リテ而後其譲替ノ順ヲ追テ此義務ヲ有スル者ヲ明示セラル可キ事
 為替手形又ハ約束手形ハ商賈間互ニ其取引ノ際ニ交換シ得ヘキモノナレトモ、之ヲ割引シテ通貨ヲ得ルハ多ク銀行ニ依頼スルモノニシテ、而シテ其銀行ハ手形ノ日限ニ至リテ其金額ヲ名宛人ヨリ要求スルニ当リ若シモ不渡トナリタルトキ、先キニ其手形ヲ銀行ヨリ名宛人ニ照会シ仕払ヲ承諾セシムルニ於テハ、現行ノ法律ニ拠レハ金銀貸借ノ借用本人ト引受証人ニ比準シテ、其銀行之カ弁償ヲ要求スルモ先ツ其名宛人ニ係ルヘキモノト思惟ス、果シテ然ラハ此法律ハ手形取引ニ付テハ最モ不便ノモノトス、何トナレハ、銀行者カ為替手形約束手形ヲ割引スルハ其割引ヲ乞フ者多クハ得意先ノ人タルニ付先ツ之ヲ信用シテ特ニ其名宛人ノ誰タルヲ知リ以テ此割合ノコトヲ完結スルモノナリ、然ルヲ若シ銀行ハ先ツ其手形ノ名宛人ノ身柄ヲ察知スヘキモノトセハ極メテ難事トス、是レ其名宛人ハ未タ必ス其銀行ノ得意先タリトスヘカラサルナリ、然リ而シテ此手形不渡リトナリタルトキ、普通貸借ノ例ニ因依シテ之カ裁判ヲ受クルトセハ、銀行ハ其手形面ノ金額回収ヲ遅延セラルヽノ虞アルニ付、常ニ手形割引ノ注意ニ迷フノ恐アリ、故ニ此手形不渡トナリタルトキハ、西洋各国普通ノ制ノ如ク銀行ハ其割引ヲ依頼セシ者ニ係リ、順次追及シテ名宛人ニ至ルノ制ヲ御布告有之度候
 手形取引ニ付テ完全ノ法律ヲ求ムレハ尚ホ数多可有之儀トハ奉存候得共、目下其慣習ニ乏シキ折柄、詳密ノ御制度御施設相成候ハ却テ之ヲ厭フノ虞モ有之候ニ付、差向前陳ノ両項御制定有之候様仕度、此段奉願候也
又別紙手続書ハ左ノ如シ
    稟告
 我東京府下ノ商業ハ近来益々開ケ駸々トシテ旺盛ノ境ニ進ムノ勢アリト雖モ、其取引ノ方法ニ至リテハ未タ整備セサルモノ多シ、諸君ノ詳知セルカ如ク、従来取引ノ方法ハ全ク現金商ヒト貸売商ヒノ二種ニ止マリテ、絶エテ手形取引ノ行ハルヽナシ、会々各国立銀行ノ振出当座小切手ノ流通スルアリト雖モ、其区域極メテ狭隘ニシテ大
 - 第7巻 p.259 -ページ画像 
ニ商業ヲ便益スルニ足ルアリト云フヘカラス、而シテ商家ノ信用ニ基キテ振出スヘキ府内ノ為替手形及ヒ約束手形ノ如キニ至テハ、嘗テ一片ノ流過スルアルナシ、是レ固ニ商業上ノ一大欠典ニアラスヤ大阪ノ如キハ従来手形ノ取引盛ニ行ハレ、商家各其信用ニ因リテ手形ヲ振出ス為メニ能ク小量ノ資本ヲ以テ巨万ノ売買ヲ行フヲ得タリ大阪商業ノ活溌ニシテ金融ノ暢通スル所以ハ全ク之ニ基カサルヘカラス、夫レ東京ハ輦轂ノ下ニシテ、人口ノ多キ貨財ノ富メル海内比ナシ、其商家ノ信用豈独リ大阪ノ下ニアランヤ、然ルニ手形ノ取引彼ニ行ハレテ而シテ此ニ行ハレサルハ抑モ何ソヤ、弊行等窃ニ以為ラク是レ全ク現金商ヒト貸売商ヒトノ習慣然ラシムルモノナリト、何トナレハ従来現金商ヒヲ常トスルカ為メニ、手形ヲ使用セント欲スルモノアレハ忽チ之ヲ誹リテ曰ク、彼レ果シテ貨幣欠乏シタルナラント、貸売商ヒヲ常トスルカ為メニ、手形取引ニ改メント欲スルモノアレハ忽チ之ヲ拒ンテ曰ク、仕払期日ノ厳確ナルハ甚タ営業ニ便ナラスト、是ヲ以テ宜シク信用スヘキ商家ヲシテ終ニ手形ヲ使用スル能ハサラシメタリ、然レトモ貨幣ニ欠乏スルハ手広ク商業ヲ営ムモノヽ常ナリ、何ソ之ヲ以テ誹ルヘケンヤ、仕払期日ノ厳確ナルハ商業上最モ欠クヘカラサルモノナリ、何ソ之ヲ不便トスヘケンヤ今ヤ之ヲ以テ手形取引ノ良法ヲ妨クニ至ル真ニ惜ムヘキナリ、弊行等ノ見ル所ヲ以テスルニ手形取引ヲ行フトキハ左ノ便益アリ
  第一 手形ヲ使用スルトキハ資本ノ増加セルト同一ノ結果アル事
  例ヘハ一問屋アリテ製造人ヨリ品物ヲ買入ルヽニ当リ、現今取引《(金)》ニシテハ現ニ手許ニ貨幣ヲ所持セサレハ取引スル能ハスト雖モ、手形取引ニ於テハ、凡ソ何日ノ後他ヨリ貨幣ノ手ニ入ルヘキモノアリト見レハ則チ其日ヲ以テ仕払期日ト為シ手形(後ニ記スル所ノ約束手形ナリ)ヲ振出シ以テ其品物ヲ買入ルヽヲ得ヘシ、故ニ厚ク信用セラルヽモノハ其資本ニ数倍セル取引ヲ為スコト難カラス、貸売商ニ於テモ此便益アリト雖モ此ハ唯々従来取引ノ主顧トノミ約定スルヲ得ヘクシテ、不時ニ入来ル貨物若シクハ市場競売ノ貨物ヲ買フニ至リテ此法ニ及ハサルコト遠シ、是レ手形取引ノ利益アル一ナリ
  第二 貸売商ニ於テハ其仕払期限内急需アリト雖モ空シク其期限ヲ俟タサル可ラス、然ルニ手形取引ニ於テハ之ヲ利用スルヲ得ルヲ以テ、機ニ臨ミ変ニ応シテ随意ニ資本ヲ運用スヘキ事
  例ヘハ製造人甲ノ問屋ヨリ手形ヲ受取ルモノアレハ、此手形ヲ以テ乙ニ係ル負債ヲ償フヲ得ヘシ、或ハ又銀行ニ至リテ割引シ其金額ヲ以テ当座預ケト為シ、更ニ他ノ買入レニ使用スルヲ得ヘシ又問屋ニ於テハ其買入タル品物ヲ小売店ニ売捌キ、之レニ宛テヽ為替手形ヲ振出シ、銀行ニ至リテ割引シ、其金額ヲ当座預ケトナシ以テ最初買入レノ為メニ振出セル約束手形ノ仕払ニ充ツルヲ得ヘシ、未タ仕払期限ニ至ラサレハ此金額ヲ銀行ニ預ケ、別ニ他ノ目途ニ使用スルヲ得ヘシ、是レ手形取引ノ利益アル二ナリ
  第三 現金商ヒハ勿論貸売商ヒト雖モ其仕払ハ自店ニテ弁スヘキニ付、常ニ貨幣ヲ備ヘ置カサルヲ得ス、然レトモ手形取引ニ於テハ貨幣ヲ銀行ニ預ケ置キテ不便ナキ事
 - 第7巻 p.260 -ページ画像 
  手形取引ニ於テハ聊カモ現金ヲ備ヘ置クヲ要セサルコトアリ、若シ品物ヲ買入レント欲セハ則チ約束手形ヲ以テシ、売掛代金ヲ取立ント欲セハ為替手形ヲ以テスルコト前ニ述ルカ如クシテ、而シテ其手形ハ皆銀行ニ集ルヲ以テ、凡テ貸金モ負債モ銀行帳簿ノ中ニテ決済スルヲ得ヘシ、是レ手形取引ノ利益アル三ナリ
  第四 都テ現金ヲ取扱フコトナク悉ク手形ヲ以テ取引スルトキハ通貨ヲ鑑定シ且ツ計算スルノ労ヲ省キ、火災盗難ノ懼ナク、従テ費用ヲ減スルヲ得ヘキ事
  現時東京商家ノ景況ヲ看ルニ此入費極メテ巨額ナルヲ知ル、洋商等巨大ナル取引ヲ為スモ至テ少人数ヲ以テスルヲ見レハ、親カラ現金ヲ取扱フコトナク都テ手形取引ナルコト知ルヘシ、是手形取引ノ利益アル四ナリ
  第五 手形ノ流通盛ニ行ハルヽトキハ商家ノ名声ヲ伝播シ、信用ヲ厚クシ、其取引ヲ手広クスルヲ得ルコト
  現金商ヒ若シクハ貸売商ヒニ於テハ其取引ハ得意ニノミ止リテ甚タ狭隘ナルモノナリ、然レトモ手形取引ヲ行ヒ商家ノ手形洽ネク諸方ニ流通スルトキハ、自ラ名声ヲ伝播シ、何某ノ手形ナレハ安全ナリト賞誉スルニ至ルヘシ、故ニ大ニ営業ヲ奨励シ且ツ拡張セシムルモノナリ、是レ手形取引ノ利益アル五ナリ
 以上ノ便益アルヲ以テ、若シ諸君ニシテ之ヲ実行セラルヽトキハ、必ス東京府下商業ノ面目ヲ一新スヘシト思惟ス、因テ玆ニ之ヲ施行スルノ順序ヲ述ヘ、諸君ノ参考ニ供ス
 一 十日目払或ハ二十日目払其他適宜ノ約定ヲ以テ品物ヲ買入ルヽ時ハ、左ノ書式ノ如キ手形ヲ造リ其売主ニ交附スヘシ、是レヲ府内ノ約束手形ト云フ

図表を画像で表示約束手形

 [img 図]印紙  約束手形 一金何円    何品若干ノ代価 右物品受取候ニ付書面ノ金額何月何日限リ貴殿或 ハ貴殿ノ差図人ヘ此手形引換ニ無相違仕払可申候 也  明治何年何月何日       蛭子屋鯛助(印)    大黒屋福兵衛殿 



 此手形ヲ以テ期限前ニ貨幣ヲ要スルトキハ、左ノ如キ裏書ヲ為シ、銀行ニ至リテ割引ヲ請求スヘシ

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  表書ノ金額何々銀行ヨリ正ニ請取候間期日ニ至リ  同行ヘ御払渡可被成候也   明治何年何月何日     大黒屋福兵衛(印) 



 一 十日目払或ハ二十日目払其他適宜ノ約束ヲ以テ品物売渡シ、期限前ニ金額ヲ要スル時ハ、左ノ如キ手形ヲ作リ、銀行ニ至リテ割引ヲ請求スヘシ、是レヲ府内ノ為替手形ト云フ

図表を画像で表示為替手形

 [img 図]三類印紙 為替手形 一金何円 何品若干ノ代価 右ノ金額何々ヨリ正ニ受取候ニ付何月何日限此手 以下p.261 ページ画像 形引換ニ右金額何々ヘ無相違御払渡可被成候也  明治何年何月何日    大黒屋福兵衛(印)    蛭子屋鯛助殿 



 一 右ノ約束手形若シクハ為替手形ヲ割引セント欲スルモノハ弊行ニ来議セルラヘシ、弊行ハ相当ノ契約ヲ結フノ後之レヲ承諾スヘシ
 右ノ手続ヲ以テ手形ヲ使用スルトキハ絶エテ現金商ヒ若シクハ貸売商ヒヲ要スルコトナシ、依リテ玆ニ其手続ノ大要ヲ述ンニ例ヘハ一問屋アリ、三十日目渡リ千円ノ他人ノ手形ヲ所持スルニ当リ、現金ニテ貨物ヲ買入レント欲スルトキハ其融通ニ差支ユヘシ、此ノ如キトキハ銀行ニ至リ、拾円ノ割引ヲ以テ九百九拾円ヲ得テ此金額ヲ銀行ニ当座預ケト為シ、翌日九百円ノ小切手ヲ振出シテ以テ貨物ヲ買入レ、三十日目代金払ノ約束ニテ小売店ヘ千円ニ売捌キ、為替手形ヲ振出シ、銀行ニ至リテ此手形ヲ割引シ再ヒ当座預ケトナスヘシ、手形ノ仕払期日ニ至レハ銀行ヨリ小売店ニ向ヒ取付ケヲ為スヲ以テ万一不渡ノ事アルニアラサルヨリハ復タ手形ニ関係ナキナリ、豈亦至便ノ方法ナラスヤ
 現今我東京商業取引ニ於テ、此ノ如キ至便ノ方法行ハレサルハ誠ニ之ヲ遺憾ト云フヘシ、弊行等私カニ之ヲ歎キ、同業同志ノ数行ト謀リ、菲力ヲ顧ミス諸君ト相須テ此良法ヲ誘導セント欲ス、冀クハ諸君弊ヲ捨テ利ヲ取リ以テ実施セラレンコトヲ切ニ望ム所ナリ
                    何々銀行
    甲 手形添書文例         用紙証券罫紙

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      為替手形割引添証書  何某氏何年何月何日附何号ノ手形仕払期限日ニ至リ 万一不渡ノ節ハ相当ノ利息並ニ諸入費トモ相添拙者ニ於テ速ニ償弁可仕候為念添証書如件   明治何年何月何日   何      某(印)     何々銀行御中 



    乙 手形添書文例 用紙証券罫紙

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      為替手形割引添証書  拙者何年何月何日何号ノ手形仕払期日ニ至リ何氏ニ於テ万一仕払不申候節ハ相当ノ利息並ニ諸入費トモ相添ヘ拙者ニ於テ速ニ償弁可仕候為念添証書如件   明治何年何月何日   何      某(印)     何々銀行御中 



斯ノ如ク政府年来ノ希望ハ銀行業者ニ依リテ稍々其端ヲ啓キ、手形法制定ノ機運日ニ漸ク熟スルニ至レリ、而シテ之ト同時ニ他ニ一大原因ノ手形条例ノ頒布ヲ促セシモノアリ、即チ中央銀行ノ設立是ナリ
当時政府ハ日本銀行ヲ創立シ、主トシテ手形割引ノ方法ニ依リテ全国ノ金融ヲ疏通セシメンコトヲ欲シ、大蔵省ニ於テ之カ条例ノ草案取調中ナリシヲ以テ、若シ手形ニ関スル債権債務ノ規定厳正明確ナル能ハサレハ同銀行ノ営業到底確実ナルヲ望ムヘカラス、是ニ於テ乎政府ハ深ク該条例制定ノ必要ヲ感シ、先ツ大蔵省ニ於テ之カ立案ニ従事シ、
 - 第7巻 p.262 -ページ画像 
明治十五年四月其業ヲ終ヘ、同月五日ヲ以テ之ヲ太政官ニ進達セリ、其稟議ニ曰ク「各銀行ノ間ニ相行ハレ候為替手形類ノ儀ハ一般商業取引ノ便益ヲ与ヘ大ニ其業務ノ進歩ヲ資クル者ニシテ、近来漸ク各地商賈ノ間ニモ行ハレ候様相成候処、右手形類ニ関シ候テハ従来別ニ法律ノ準拠スヘキ者無之ニ付、之カ取引ヲナス者ニ於テハ或ハ為メニ損害ヲ蒙ムルナキヲ保シ難ク、聊カ此ニ顧慮スル所アリテ其流通ノ障碍ヲナスモノナシト言フ可カラス、今若シ之カ法律ヲ布キ以テ其取引ヲシテ確実ナルヲ得セシムルトキハ、其流通ノ拡伸スルコト勢必ス今日ニ蓓蓰シ、各銀行営業上ニ於テ便利ヲ与ヘ候ノミナラス一般商賈ノ売買取引上ニ於テモ其便益不尠、旁々以テ右手形類ニ関スル法律ノ制定ハ目下一日モ猶予スヘカラサル緊要事件ト存候ニ付、差向為替手形約束手形条例並附則案別冊ノ通相調候間、至急御裁了之上御公布相成候様仕度」云々然ルニ該条例ハ夙ニ参事院ニ於テ編制中ニ係ル商法ノ一部ニ当ルモノナルカ故ニ、太政官ニ於テハ商法全部完成ノ日ヲ待テ一時ニ之ヲ施行セント欲シ、容易ニ大蔵省ノ議ヲ容レス、荏苒将ニ数月ニ亘ラントセリ、然レトモ手形ニ関スル法律ノ必要ハ日ニ益々切迫シ来リ加フルニ此歳六月日本銀行条例ノ発布アルニ至リテ、該法ノ制定最早一日モ猶予スヘカラサルノ勢トナレリ、依テ大蔵省ハ固ク前議ヲ執リ太政官ニ向テ切リニ手形ニ関スル単行法規ノ発布ヲ迫リ、数回ノ交渉ヲ重ネテ議漸ク決シ、次テ参事院内商法編纂局ノ審議ヲ経、更ニ之ヲ元老院ニ移シテ其協賛ヲ経、終ニ明治十五年十二月十一日太政官第五十七号ヲ以テ之ヲ布告セラレタリ、為替手形約束手形条例即チ是ナリ、依テ大蔵省ハ右条例ノ趣旨ニ基キ為替手形・約束手形ノ書式ヲ定メ翌十六年一月第八号ヲ以テ之ヲ告示シタリ
是ニ於テ乎手形ニ関スル巨細ノ法規全ク具備スルニ至リタルヲ以テ、大蔵省ハ東京商工会及ヒ大阪商法会議所ニ諮詢シテ鋭意手形取引ノ慣習ヲ養成シ、力メテ条例ノ精神ヲ発揮シ其効用ヲ伸暢センコトヲ計リ或ハ特ニ吏員ヲシテ東京大阪等ノ重ナル商賈ニ就キテ親シク之ヲ誘導セシメタリ、爾来復タ日本銀行ハ大ニ手形割引ノ業ヲ拡張センコトヲ欲シ、諸官省附属ノ工場ト普通商人トノ取引上ニ於テ約束手形又ハ為替手形ヲ発行セシメ、之カ割引ヲ為スノ方法ヲ設ケ、明治十六年三月政府ノ許可ヲ得、直ニ各官設ノ工場ニ照会シテ是カ実施ニ著手セリ
当時又大蔵省ハ銀行業者ニ向テ警告シテ曰ク「方今我手形流通ノ景況ヲ察スルニ、往々未タ其利ヲ見スシテ既ニ其弊ヲ発見スルコトアリ、今一二ノ実例ヲ挙クレハ、或商人ハ一時金融ヲ謀ルカ為メニ直接ニ銀行ニ対シテ約束手形ヲ振出スモノアリ、此手形タル一片ノ借用証書ニ代用スルニ過キサレハ固ヨリ真箇ノ約束手形ト為スヘカラス、又或商人ハ商品仕入レノ為メ甲地ニ至リ其仕入元金ニ不足ヲ生スルトキハ乙地ナル自家ノ雇人ニ宛テタル為替手形ヲ振出シ、甲地ノ銀行ニ至リ割引ヲ以テ元金ヲ得ル即チ所謂逆為替ノ方法ニヨリテ一時ノ金融ヲ謀ルモノアリ、此等ハ皆架空ノ手形ニシテ実際ノ売買上ヨリ起リタルモノニ非サレハ往々延滞ニ陥ヰリ易ク最モ危険ノ恐レアリ、而シテ今ノ銀行者ハ間々此等ノ手形ニ対シテ融通ヲ与フルハ殆ント一般ノ慣習トナリ、其手形ノ性質如何ニ至テハ恬トシテ省ミサルモノヽ如シ、今ニシ
 - 第7巻 p.263 -ページ画像 
テ其弊ヲ未然ニ防キ、如此悪習慣ヲシテ社会ニ感染セシメサルハ、豈ニ手形割引ヲ業トスル銀行者ノ責ニ非スヤ、然ラハ則チ銀行者ハ能ク手形ノ性質ヲ甄別シ、務メテ信憑ヲ濫用セス、彼ノ禾ヲ乱ルノ莠ヲシテ市場ニ播種セシムヘケンヤト、以テ其用意ノ如何ヲ知ルニ足ルヘシ斯ノ如クシテ手形ノ取引漸次其風ヲ作シ、爾来一般商工業ノ進歩ニ伴ヒ銀行割引ノ営業亦年ヲ逐テ盛況ニ向ヘリ
   ○明治財政史ハ手形法規制定出願ノ日ヲ明治一四年七月一二日トナシ、前出集会所第三回半季考課状ノ記録十月一二日ト月ヲ異ニス。本書ニテハ出願日ヲコノ考課状ニ採ル。