デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

  詳細検索へ

公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2017.6.13

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

2章 交通
1節 海運
1款 東京風帆船会社
■綱文

第8巻 p.5-36(DK080001k) ページ画像

明治13年8月10日(1880年)

是ヨリ先栄一、益田孝等ト謀リ風帆船会社ノ設立ニ努ム。是日、遠武秀行ヲ社長トシテ創立ヲ出願シ、翌十四年一月営業ヲ開始ス。栄一陰ニ尽力スル所多シ。


■資料

青淵先生六十年史 (再版) 第一巻・第八七五―八七六頁 〔明治三三年六月〕(DK080001k-0001)
第8巻 p.5 ページ画像

青淵先生六十年史 (再版) 第一巻・第八七五―八七六頁〔明治三三年六月〕
東京風帆船会社ハ、明治十三年ノ交、青淵先生・益田孝等相謀リ、資本金参拾万円ヲ以テ創立シタルモノニシテ、其目的ハ一般運輸ノ業ヲ営ムニアリ、海軍大佐遠武秀行社長タリ
同社ハ後チ共同運輸会社ノ組織成ルニ及テ解散セリ


竜門雑誌 第四八一号・第六一頁〔昭和三年一〇月〕 渋沢子爵と郵船会社(伊藤米治郎)(DK080001k-0002)
第8巻 p.5 ページ画像

竜門雑誌 第四八一号・第六一頁〔昭和三年一〇月〕
  渋沢子爵と郵船会社(伊藤米治郎)
    日本郵船会社創立以前の関係
 渋沢子爵が我が国の海運事業に初めて関係されたのは、遠く半世紀前、即ち明治十三年であつた。当時我国の海運事業は三菱汽船会社に独占された形で、一人の起つて之れに対抗する者もなかつた。同会社は台湾征討の時にも、西南役の時にも軍隊及軍需品の輸送を一手に引受け、更らに又た、太平洋郵船会社及彼阿会社等の外国会社を圧倒して、我が近海航路の覇者となり、其の結果運賃率を意の儘に左右するの有様で、商人の不便不利を訴ふる者漸く多きを致すことゝなつた。
 運賃率の牽制 渋沢子は乃ち三菱会社の海運独占と其の輸送賃率が我が国の商業発達に累を及ぼすべき事に留意し、是れが牽制と緩和等を達成せんが為めに、先づ一帆船会社の設立を企画せられた。
 東京風帆船会社創立 乃ち三井系の益田孝氏を説き、同氏をして新潟の鍵富三作、桑名の諸戸清六及伏木の藤井純三等《(藤井能三)》の諸氏を説かしめ三十万円の資本金を以て東京風帆船会社を興し、休職海軍大佐遠武秀行氏を社長として明治十三年に其の創立手続を了した。此の事は実に風帆船の遅緩な航行力を以つてして猶ほ且つ荷客を集め得るの見込みありし事を語るものであり、当時の汽船運賃が如何に割高であつたかを物語るものである。従つて子爵の此の挙は純然たる経済的見地から三菱の最初の競争者として起たれたものと見るべきであらう。


自由新聞 明治一六年二月二五日(海運史料 中巻 第二七九―二八〇頁) 三菱会社ノ弊ヲ論ズ 第廿一(DK080001k-0003)
第8巻 p.5-6 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

岩崎弥太郎 (民友社刊行) 第一三六―一三九頁〔明治三二年三月〕(DK080001k-0004)
第8巻 p.6-7 ページ画像

岩崎弥太郎 (民友社刊行) 第一三六―一三九頁〔明治三二年三月〕
    風帆船会社
於是、他の資本家は三菱会社の専制を憎み、如何にもして之を挫かんとの志ありと雖も、其根底牢固として抜くべからず、到底独力の得て敵しがたきを知り敢て手を出す者なく、偶々之が抵抗を試むる者あれば鶏卵を岩に投ずるが如く忽ちにして破砕す
今卵と為りて砕けたる重なる者は、筑前の人佐野某なるもの明治十三年其汽船高雄丸を以て回漕業を開始せし時の如き、三菱社は直ちに和歌浦丸を以て附船と為し、高雄丸の航行先を逐ふて之に至らしめ、非常低下の運賃或は賃銭なくして競争せしかば、佐野は之が為め遂に廃業したり、其外阿波の商人井上三千太が持船鳳翔丸の如きも同じく三菱社の競争に遇ひあはれ打倒されんとするに方り其船沈没して止みぬ今附船と称するは、他の船舶が出帆するに先きを逐ひ、其荷物の有無に係らず之に附航し、暴りに運賃を引下げて以て其荷主を誘ひ、他の船舶をして其利を失はしむるもの也、而して三菱会社は無事の日常に其収入金より附船費として積金を為したりと云ふ
小なる者は先づ倒れ、大なる者は更に起らんとす、三菱会社の不信切運賃の高貴、船員の傲慢等は一般人の憤る所となり、之が反抗の始るを見るや、機乗ずべしとなし、明治十三年東京に於ては益田孝之が主唱となり、越中伏木の藤井能三、越後新潟の鍵富三作及び伊勢の諸戸清六、下里貞吾等の豪商之に応じて、風帆船会社なるものを東京に設立し、以て海運業を営まんとするや、三菱会社は早くも之を察知して直ちに競争の籌策を案じ、一刻も猶予せす社員用達を四方に派遣し、新聞紙をして百方風帆船会社を抗撃せしめ、特に越中伏木へは当時前田氏の家扶たりし寺田成器(現三菱社員)を遣はし、藤井能三を説きて風帆船会社を離れて別に越中風帆船会社を設立せしめ、また越後新潟へは小野義真・川田小一郎を遣はし、同地の商人に勧めて徒らに望なき海運業を営まんよりは、寧ろ新潟物産会社を起すに如かず、若し物産会社を起さば本社よりは資本として一ケ年低利を以て貸付くべしと、終に物産会社を起さしめ、慶応義塾の出身なる西脇悌二郎を選んで之が社長とならしめたるに、不思議にも大蔵省常平局の御用米買入を申附けられ、越後米操縦の権此より全く悌二郎の手裡に帰し、屡巨万石の米を三菱会社の船に積込み東京に廻送せしために、西脇の名は米市場裡に轟きしと云ふ
一方には人を各地に派して風帆船会社を毀沮せしむると共に、東京に於ては東京株式取引所が多く益田等風帆船会社発起人の機関たるの観
 - 第8巻 p.7 -ページ画像 
ありたるを以て、私かに其資本を利用して風帆船会社を助けんことを恐れ、則ち三菱会社一味同志の名を以て多く株式取引所の株券を買収せしめ、其多数を得たるを料り、俄かに株主臨時会議を催さしめ、党派的投票法を用ひて渋沢・益田等風帆船会社発起人に干係ある役員は悉く之を一掃し、更らに三菱会社一派の徒をして之に代はらしめたり、此の如くして風帆船会社は未だ日光を見ず、暗黒の裡に堕胎し畢りぬ、三菱会社の対外硬亦た猛烈なりと云ふ可し


明治史第五編交通発達史(「太陽」臨時増刊)第二一五頁〔明治三九年一一月〕(DK080001k-0005)
第8巻 p.7 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

明治運輸史 第三編 第二五頁(DK080001k-0006)
第8巻 p.7 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

回議録 第二類会社明治一三年七月―九月分(DK080001k-0007)
第8巻 p.7-10 ページ画像

回議録 第二類会社明治一三年七月―九月分 (東京府庁所蔵)
  知事 書記官 勧業課
渋沢喜作《*》外十八名ヨリ風帆船会社創立之義、組織ノ要旨ヲ掲載シ、別紙之通願出候ニ付、取調候処、創立証書・定款等ハ許可之上可差出ト
 - 第8巻 p.8 -ページ画像 
ノ義ニ有之候得共、設立之方法ハ概ネ別紙ニ要領ヲ掲載有之、右之主義ニ依リ設立相成候上ハ何等差支無之、且ツ発起人ニ於テモ身元相応之者共ニ而、既ニ資本金ノ半額ハ発起人ヨリ差入候筈ニ付、不都合之廉モ有之間敷存候間、左之通御指令相成可然哉、此段伺申候
  書面会社設立之義ハ、追テ一般ノ会社条例制定相成候迄ハ、人民ノ相対ニ任セ候条、此旨可相心得事
 *欄外記事 八月十一日判決済
 (別紙)
   風帆船会社創立願書
私共申合、此度東京府下ニ於テ風帆船会社創立仕候ニ付、別紙創立要旨ヲ以テ具申仕候間、早々御許可可被下候、尤モ会社創立証書及定款等ハ右御許可ノ上ヘ上申可仕候、此段奉願候也
               右発起人
  明治十三年八月十日          渋沢喜作(印)
                     牧口徳太郎
                      代印 木村正幹
                     三井武之助(印)
                     益田孝
                     大倉喜八郎(印)
                     藤井能三
                      代印 益田孝
                     鍵富三作
                      代印 益田孝
                     戸塚貞輔
                      代印 渋沢喜作(印)
                     木村正幹
                     川崎正蔵(印)
                     平野富二
                      代印 木村正幹
                     諸戸清六(印)
                     赤井善平(印)
                     加藤治良七
                      代 渋沢喜作(印)
                     高田信清
                      代 渋沢喜作(印)
                     下里貞吉
                      代 木村正幹
                     高橋七十郎
                     宮路助三郎
                     小林重吉
                     右三名代 益田孝
   東京府知事 松田道之殿

  (別紙)
   風帆船会社創立要旨
第一条 資本金ハ差向金三拾万円ト定メ、百円ヲ以テ一株トシ、株高集合ノ模様ニヨリテハ更ニ之ヲ増加スルコトアルヘシ
第二条 会社ノ責任ハ株高有限タルヘシ
 - 第8巻 p.9 -ページ画像 
第三条 資本金ノ集合方ハ創立ノ時ニ於テ株高ノ弐割ヲ出金セシメ他ノ八割ハ創立後十八ケ月間ノ見込ヲ以テ五回ニ割合出金セシムヘシ
第四条 会社ニ要スル船舶ハ弐千石ヨリ三千石積トス
第五条 右ノ船舶ハ必ス船体保険ヲ為スニ適シ得ヘキモノトシ、会社ノ都合ニ従テ之ヲ新造シ或ハ之ヲ買入ルヽモノトス
第六条 現在船舶所有ノ人ニテ其船ヲ以テ此会社ニ加入ヲ望ムモノアルトキハ、其船舶前条合格ノ者ニ限リ、協議ノ上相当ノ価額ヲ以テ之ヲ買入レ、其代金ヲ資本金ニ充テシムヘシ
  但シ、其船舶前条ニ合格セサル者ニテモ、所持人ノ望ニヨリテハ会社ノ附属船トシテ運用ヲ依頼スルトキハ、会社ハ相当ノ約束ニヨリテ之ヲ引受クルコトアルヘシ
第七条 会社ノ本店ハ東京ト定メ、差向支店ヲ大坂ニ置キ、其他ノ諸港ハ相当ノ代理店ヲ置クヘシ
第八条 会社ノ役員ハ重立タル株主中ヨリ総代四名ヲ撰任シ、其中ヨリ主任者一名ヲ立テ、会社ノ総務ヲ監理セシメ、外ニ支配人及社員ハ主任者及総代ノ評議ニヨリ相当ノ者ヲ撰任スヘシ
第九条 総代ヲ撰任スルノ方法ハ株主中ノ申合ヲ以テ衆望ノ帰スル人ヲ挙用スヘシ、而テ其在任ハ少クモ三ケ年間トスヘシ
第十条 株券ハ総代ノ承認ヲ受ルニアラザレハ売買スルヲ得ス
第十一条 現今発起人ニテ引受ル所ノ株高ハ左ノ通リタルヘシ
 株数     金額     住所                    姓名
 三百株    三万円    東京日本橋区本両替替町十三番地       三井武之助
 二百株    二万円    石川県下越中国伏木港            藤井能三
 百五拾株   壱万五千円  東京深川区深川万年町壱丁目五番地      渋沢喜作
 百五拾株   壱万五千円  東京府下荏原郡北品川宿百六十八番地     益田孝
 百株     壱万円    東京京橋区築地一丁目二十一番地       大倉喜八郎
 百株     壱万円    東京日本橋区箱崎町三丁目壱番地       赤井善平
 百株     壱万円    石川県下金沢区長町新建二十五番地      高田信清
 七拾株    七千円    東京深川区深川清住町十五番地        木村正幹
 五拾株    五千円    東京京橋区築地二丁目四十九番地       川崎正蔵
 五拾株    五千円    新潟県下新潟上大川前町三番地        鍵富三作
 五拾株    五千円    三重県下勢州桑名郡桑名船馬町        諸戸清六
 五拾株    五千円    右同所                   下里貞吉
 五拾株    五千円    開拓使管下北海道渡島国函館仲浜町      高橋七十郎
 三拾株    三千円    東京京橋区築地二丁目二十番地        平野富二
 三拾株    三千円    秋田県下羽後国秋田郡川反町三丁目七番地   瀬川安五郎
 三拾株    三千円    宮城県下陸前国牡鹿郡石ノ巻本町       戸塚貞輔
 三拾株    三千円    開拓使管下北海道後志国小樽郡小樽信番町   牧口徳太郎
 三拾株    三千円    三重県下勢州桑名片町            加藤次郎七
 三拾株    三千円    開拓使管下北海道渡島国函館東浜町七十八番地 宮路助三郎
 弐拾五株   弐千五百円  右同所会所町                小林重吉
                                     弐拾名
合計千六百弐拾五株
 右之通御座候也
 - 第8巻 p.10 -ページ画像 
      ○
    御届
今般蒙御許可候風帆船会社之義、当分之内東京日本橋区兜町四番地ニ於テ事務取扱候ニ付、此段御届申上候也
                    右発起人惣代
  明治十三年八月廿日          渋沢喜作(印)
                    同
                     益田孝(印)
    東京府知事 松田道之殿


廻議録 第二類諸会社明治一四年自一月至三月(DK080001k-0008)
第8巻 p.10 ページ画像

廻議録 第二類諸会社明治一四年自一月至三月 (東京府庁所蔵)
    御届
風帆船会社創立之儀、昨十三年八月中願済相成居候ニ付、今般該社定款取極、私義社長ニ相成、東京日本橋区小網町三丁目廿六番地ニ於テ開業仕候ニ付、則別紙定款相添、此段御届申上候也
                    風帆船会社長
  明治十四年一月廿四日         遠武秀行(印)
                    右家屋持主
                     赤井善平(印)
    東京府知事 松田道之殿
  前書届出ニ付奥印候也
             東京府日本橋区長 館興謙
   ○添付ノ別紙「定款」ハ渋沢子爵家所蔵ノ文書ニヨツテ創立要旨トトモニ次ニ掲グ。


風帆船会社創立要旨並定款(DK080001k-0009)
第8巻 p.10-15 ページ画像

風帆船会社創立要旨並定款        (渋沢子爵家所蔵)
  風帆船会社創立要旨
    第一条
一資本金ハ差向三十万円ト定メ、百円ヲ以テ壱株トシ、株高集合ノ模様ニヨリテハ更ニ之ヲ増加スルコトアルヘシ
    第二条
一会社ノ責任ハ株高有限タルヘシ
    第三条
一資本金ノ集合方ハ創立ノ時ニ於テ株高ノ弐割ヲ出金セシメ、他ノ八割ハ創立後十八ケ月間ノ見込ヲ以テ、五回ニ割合出金セシムヘシ
    第四条
一会社ニ要スル船舶ハ二千石ヨリ三千石積トス
    第五条
一右ノ船舶ハ必ス船体保険ヲ為スニ適シ得ヘキモノトシ、会社ノ都合ニ従テ之ヲ新造シ或ハ之ヲ買入ルヽモノトス
    第六条
一現在船舶所有ノ人ニテ其船ヲ以テ此会社ニ加入ヲ望モノアルトキハ、其船舶前条合格ノ者ニ限リ協議ノ上相当ノ価格ヲ以テ之ヲ買入レ、其代金ヲ資本金ニ充テシム可シ
 - 第8巻 p.11 -ページ画像 
  但シ、其船舶前条ニ合格セサル者ニテモ、所持人ノ望ミニヨリテハ会社ノ附属船トシテ運用ヲ依頼スルトキハ、会社ハ相当ノ約束ニヨリテ之ヲ引受クルコトアルヘシ
    第七条
一会社ノ本店ハ東京ト定メ、差向キ支店ヲ大坂ニ置キ、其他ノ諸港ハ相当ノ代理店ヲ置クヘシ
    第八条
一会社ノ役員ハ重立タル株主中ヨリ総代四名ヲ撰任シ、其中ヨリ主任者一名ヲ立会社ノ総務ヲ監理セシメ外ニ支配人及社員ハ主任者及総代ノ評議ニヨリ相当ノ者ヲ撰任スヘシ
    第九条
一総代ヲ撰任スルノ方法ハ株主中ノ申合ヲ以テ衆望ノ帰スル人ヲ挙用スヘシ而シテ其在任ハ少ナクモ三ケ年間トスヘシ
    第十条
一株券ハ総代ノ承認ヲ受クルニアラサレハ売買スルヲ得ス
    第十一条
一発起人姓名左ノ通リ
                東京    三井武之助
                越中伏木  藤井能三
                東京    渋沢喜作
                東京    益田孝
                東京    大倉喜八郎
                東京    赤井善平
                石川県金沢 高田信清
                東京    木村正幹
                東京    川崎正蔵
                新潟    鍵富三作
                桑名    諸戸清六
                桑名    下里貞吉
                函館    高橋七十郎
                東京    平野富二
                秋田    瀬川安五郎
                石ノ巻   戸塚貞輔
                小樽    牧口徳太郎
                桑名    加藤次郎七
                函館    宮路助三郎
                函館    小林重吉
右之通リニ御座候也
  定款
第一条 当会社ハ風帆船会社ト称スヘシ
第二条 要旨ノ各条及此以下ノ条款ハ総テ会社ノ規則ニシテ、後条ニ掲クル手続ヲ履ムニ非サレハ、之ヲ廃停シ或ハ変更増訂スルコトヲ得ス
第三条 会社ノ資本金ハ三拾万円トシテ、之ヲ三千株ニ分割シ、一株
 - 第8巻 p.12 -ページ画像 
ヲ百円ト定ムヘシ
第四条 会社ノ責任ハ株高限リナルヘシ
第五条 会社ハ二十ケ年ヲ以テ一期トス、然ト雖モ猶満期ニ至リ株主ノ協議ヲ以テ継続スルコトヲ得ヘシ
第六条 本社ハ東京ニ設置シ其余内地及海外支那・朝鮮等ノ要港ヘハ当分ノ内代理店ヲ設ケ、船舶及荷物取扱ヲ為サシム、而シテ支店ヲ要スルトキハ社長・取締役ニ於テ之ヲ決行シテ株主中ヘ報告スヘシ
第七条 当会社設立ノ目的ハ、西洋形風帆船ヲ以テ内外各港ヨリ貨主ノ依頼ヲ受ケ、諸物貨ノ運搬ヲ為スヲ営業トナスヘシ
第八条 会社ニ於テ自ラ売買主トナリ諸物価《(貨)》ノ売買ヲ為スハ勿論、何様ノ場合事故アリトモ買積等ハ一切為スヘカラス
第九条 会社ノ費用ハ勉メテ省略シ、質素ヲ旨トシ、専ラ貨主ノ便利ヲ計リ、運搬・荷物取扱方ノ粗漏ナキニ注意シ、漸次会社ノ盛大ニ達スルヲ目的トスヘシ
第十条 会社ハ時宜ニ応シ後条ニ記載スル手続ヲ以テ総会議ヲ開キ其議決ヲ経ルニ於テハ、有限責任ノ一条ヲ除クノ外、創立要旨及此定款中ニ掲ル処ノ諸条ヲ変更シ或ハ増訂スルヲ得ヘシ
第十一条 臨時総会議ハ其会日ヨリ少クモ三十日前ニ議案ヲ附シ招集ノ報告ヲ為スヘシ、而シテ其会議ニ於テ臨席シタル議員ノ同意多数ヲ以テ確定スルモノトス
  株式ノ事
第十二条 凡ソ会社ノ株主タラント欲スル者ハ其申込書ニ記名調印シ、之ヲ会社ノ本店ニ差出スヘシ、然ル時ハ創立要旨及定款ニ従テ株主タルコトヲ承諾シタルモノト認ムヘシ
第十三条 一会社ノ名ヲ以テ株式ヲ所有スルトキハ該社員中重立タル内ヨリ名前人ヲ定メ置クヘシ
第十四条 会社ノ株主タル者ハ其引受タル株式一個ニ付株券一通ヲ受領スルヲ得ヘシ
第十五条

図表を画像で表示--

  株式雛形   有限風帆船会社株券  風帆船会社ノ定款ヲ確守シ明治十 年 月 日  ヨリ我風帆船会社株式ノ内百円即チ一株ノ株主  タルコト相違ナキ証拠トシテ此株式券状ニ当社  ノ印章ヲ押捺シ之ヲ付与スルモノ也  此株券譲渡ハ要旨第十条ニ準拠スヘシ   明治十 年 月 日  風帆船会社                 社長                   何之誰印              同                 支配人                   何之誰印            殿 



 - 第8巻 p.13 -ページ画像 
第十六条 右ノ株券磨耗スルカ或ハ紛失スルノ故ヲ以テ書換ヲ乞フトキハ、其事実ヲ調査シ、果シテ証明ナル事由アルニ於テハ、相当ノ手数料ヲ受取更ニ株券ヲ渡スヘシ
第十七条 凡ソ株式ノ所有主ハ本社社長及取締役ノ承諾ヲ受ルニ於テハ其株式ヲ譲渡スコトヲ得ヘシ
第十八条 会社ハ株帳ヲ製シ、株主ノ氏名・属籍・宿所・株式ノ員数及ヒ譲渡ノ年月ヲ登録シ、営業時間中望ミニ応シテ之ヲ株主ノ撿閲ニ供スヘシ
第十九条 株主其氏名ヲ変スルカ、或ハ属籍・宿所等ヲ転スルトキハ書面ヲ以テ其次第ヲ会社ニ届出ヘシ
第二十条 会社ハ臨時総会議ヲ開キ其決議ヲ得ルニ於テハ、新株ヲ発行シ資本高ヲ増加スルヲ得ヘシ、但新株ヲ在来ノ株主ニ分配スルカ或ハ之ヲ他エ募集スルカ若シクハ売渡スカノ方法ハ総テ其臨時総会議ニ於テ決定スヘシ
  船舶ノ事
第廿一条 船舶ハ西洋形帆船ニシテ大約二百噸ヨリ千噸積ノモノヲ備フヘシ
第廿二条 船舶堅牢ニシテ保険ヲ附スニ故障ナキモノトスヘシ
第廿三条 船舶ハ内地ニ於テ新製シ亦他ヨリ購求シテ、常ニ能ク修繕ヲ加ヘ、諸器械等必具備スヘキモノトス
 会社役員ノ事
第廿四条 会社取締役ハ三人ヨリ少ナカラス五人ヨリ多カラサルヘシ而シテ其内ヨリ社長一人ヲ推撰ス、但三十株以上所有スル株主ニ非サレハ取締役タルコトヲ得ス
第廿五条 社長・取締役ハ少クモ三年間ノ在任トシ、満期ニ至リ解任スルトモ其在来ノ内ヨリ二人ヲ残スヘシ、但撰挙ノ節在任ノ年限ヲ定メ置クヘシ
第廿六条 社長・取締役ハ在任中タリト雖モ衆議ニヨリテハ解任スルヲ得、但特別約定アルモノハ其約定ニ従フヘシ
第廿七条 社長・取締役ノ撰挙ニ当ル者ハ、当社ノ規則ヲ守リ正実ニ職務ヲ尽シ営業ニ注意スヘキ旨ヲ明記シタル誓詞文ヲ、会社ニ蔵置スヘシ
第廿八条 社長・取締役ハ其所有株式三拾株ヲ会社ニ預リ、在任中ハ売譲ヲ禁スヘシ
第廿九条 社長・取締役ノ月給及ヒ賞与等ハ株主協議ヲ以テ之ヲ定ムヘシ、其他役員・海員ノ月給及ヒ賞与ハ社長・取締役ニ於テ定ムヘシ
第三十条 社長ハ当会社ノ事務ヲ総轄シ、他ノ役員ヲ指揮シ一切ノ責ニ任ス
第三十一条 社長ハ新ニ事ヲ起シ或ハ既成ノ規程ヲ改正シ又ハ之ヲ廃起スル等ノ事ノ如キ、取締役ノ協議ニ由ラサレハ之ヲ専決スヘカラス
第三十二条 社長ハ支配人以下ノ役員及海員ヲ撰任シ、職務ヲ分課シ且給料並旅費ヲ定メ、進退黜陟ヲ司ル事
 - 第8巻 p.14 -ページ画像 
第三十三条 海員ハ不得止ノ外必内国人ニシテ免状ヲ所持シ専ラ実業ニ熟練ナル者ヲ撰抜雇役スヘシ
第三十四条 船舶ヲ購求シ或ハ新造シ若クハ都合アリテ売却スルハ社長・取締役ニ専任スヘシ、但本条ノ事実ニ依リ或ハ破船等ノ為メ船舶ヲ増減セシトキハ必株主ニ報告スヘシ
第三十五条 社印ハ社長・取締役之ヲ監守シ、官衙上申書約定書ノ類ハ社印及社長取締役ノ実印ヲ用ヒ、金銭受領証書類ハ会計社印ヲ用ユヘシ
第三十六条 社員ニ於テ社名亦ハ社ノ役名ヲ以テ自他ノ為メ本務外ノ証書ヲ作リ、又ハ或人ノ為メ証書ニ調印シ、及ヒ保証人トナルヘカラス
第三十七条 本社所有金ヲ以テ本業外ノ商業ヲナシ、或ハ社員自他ノ為メ貸借スルハ厳禁トス
  計算ノ事
第三十八条 社長・取締役ハ総テ明細正実ナル計算簿ヲ製シ、以テ之ヲ会社ニ備フヘシ
第三十九条 総テ計算ノ諸帳簿ハ復記法ニ従テ之ヲ登録シ、会社ノ本店ニ備ヘ置キ、而シテ此帳簿ハ営業時間中望ミニ応シテ之ヲ株主ノ撿閲ニ供スヘシ
第四十条 本社損益計算ハ一ケ年一度トシ、毎年十二月ヲ以テ決算ヲ為スヘシ
第四十一条 各船毎航海概算ヲ立、収入運賃ノ内ヲ以テ船長以下水夫給料並積荷諸掛及航海諸費等ヲ引去リ、損益ヲ明記シ置ヘシ
第四十二条 社長ハ毎季総集会ニ於テ資産明細表及損益計算表ヲ報告シ、之ヲ印刷シテ株主ニ頒布スヘシ
第四十三条 運賃純益ノ内ヨリ資本金ノ十分ノ一ニ当ル金額ヲ引去リ船体保険ノ積金トナシ、而シテ銀行ニ預ケ利子ヲ付シテ増殖ヲ計ルカ又ハ新ニ増船ヲナスカハ、例式総会議ニ於テ株主ノ衆議ヲ以テ決スヘシ
第四十四条 会社一切ノ諸費及船体修繕費〔原価百分ノ三以上ニ当ル大修繕ハ積金ヨリ弁スルモノトス〕ヲ引去リ、残金ヲ以テ純益トス而シテ此純益金ヨリ前条ノ積金及役員賞与金ヲ引去リ、株高ニ割合配当スヘシ、但配当金額株金ノ一割五分以上ノ割合ニ至ルトキハ株主衆議ノ上適宜ノ積金ヲナシ、之ヲ第二ノ積金ト称シ、各船減価ノ補塡トナスヘシ
  総会議ノ事
第四十五条 例式総会議ハ社長・取締役ノ確定シタル日時場所ニ於テ毎年一月之ヲ開クヘシ
第四十六条 当会社ハ社長・取締役ノ見込ニ従ヒ、又ハ人員十名ニ下ラス或ハ其所持ノ株数五分ノ一ニ下ラサル株主ノ求メニ応シ、何時ニテモ臨時総会議ノ招集ヲナスヲ得ヘシ
第四十七条 株主ヨリ臨時総会議ヲ要求スルトキハ、其目的ヲ記シタル要求書ヲ会社ノ本店ニ差出スヘシ
第四十八条 社長・取締役ハ前条ノ要求書ヲ受取ルトキハ直チニ臨時
 - 第8巻 p.15 -ページ画像 
総会議ノ招集ニ着手スヘシ、若シ社長・取締役ニ於テ其要求書ヲ受取タル日ヨリ十四日内ニ右招集ノ手続ニ着手セサルトキハ、右要求人等ハ勝手ニ招集ヲナスノ権アルヘシ
第四十九条 総会議ニ於テ事ヲ議スルニ当テハ、株数総額十分ノ五以上出席スルニ非サレハ何事ヲモ決定スルコトヲ得サルヘシ
第五十条 株主ノ要求ヲ以テ会議ノ招集ヲナシ、集会ノ刻限ヨリ、一時間ヲ過キテ定員〔即チ総株主十分ノ五〕臨席セサルトキハ、会議ヲ解散シ其議案ヲ廃案ト為スヘシ、然レトモ社長・取締役ノ見込ヲ以テ招集シタル場合ニ於テハ其会議ヲ延期シ、其日ヨリ一週間内ニ同場所同刻限ニ於テ再ヒ之ヲ開クヘシ、此会議ニ於テ定員臨席セサルトモ出席ノ株主丈ケニテ決議ヲ取ルコトヲ得ヘシ
第五十一条 凡ソ例式総会議ニ於テハ諸計算表ヲ報告シ、利益金分配ノ事其他諸般ノ議案ヲ議決シ、其余ノ議事ハ専ラ臨時総会議ヲ以テ之ヲ議決スヘシ
第五十二条 株主ハ社中ノ総会議ニ於テ発言投票ヲ為スニ当リ、其所有株数十株迄一株ニ付一説、十一株以上百株迄五株ニ付一説ヲ増加シ、百一株以上十株ニ付一説ヲ増加シ発言スルノ権アルヘシ
第五十三条 総会ノ決議ハ衆議ヲ採ル故ニ、病気其他已ムヲ得サル事故アリテ欠席スル人々ハ必委任状ヲ授ケタル代人ヲ出シ、而シテ此代人ハ社中ノ人ヲ用ユルヲ要ス、若シ代人ヲ出サス決議ノ後ニ至リ更ニ異論ヲ発スルモ一切採取セサルヘシ
第五十四条 株主遠隔ノ地方ニ住スルカ亦ハ旅行ヲ為シ議事招集ノ期ニ会シ難キ懸念アルトキハ、右二条ノ場合ニ於テ差出スヘキ代人ヲ予シメ之ヲ本社ニ届置ヘシ
第五十五条 総会ノ議長ハ社長之ニ当ルヲ常例ト為スト雖トモ、取締役又ハ株主ノ請求ニ依テハ別ニ之ヲ撰挙スルコトアルヘシ
右ノ条々発起人ノ衆議ヲ以テ相定タル証拠トシテ、一同左ニ捺印致候也
  明治十三年十一月
   ○右定款ハ第六条・第十条及ビ第二十条ノ各条文ニ「ソノ都度官庁ノ許可ヲ経ヘシ」ト追補サレ、十四年二月二日許可ヲ得タリ。
   ○上掲創立願書連署ノ発起人ハ渋沢喜作外十八名ニシテ創立要旨ニ記載サレタル発起人二十名中ノ瀬川安五郎ヲ欠ク、理由不明。
   ○社名東京風帆船会社ハ初メ東京ト冠セズ、十五年頃ヨリ東京ト冠セルガ如シ。蓋シ他地方ノ風帆船会社ト混同ヲ避クルタメナラン。


東京経済雑誌 第四〇号〔明治一三年一〇月五日〕 【風帆船会社は愈々三十万…】(DK080001k-0010)
第8巻 p.15-16 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

中外物価新報 第三一一号〔明治一三年七月三日〕 【東京・大坂・桑名・新潟・伏木…】(DK080001k-0011)
第8巻 p.16 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

中外物価新報 第三二九号〔明治一三年九月四日〕 【或る新聞紙に風帆船会社は…】(DK080001k-0012)
第8巻 p.16 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

中外物価新報 第三五四号〔明治一三年一二月四日〕 【嘗て函館港へ向け出帆せし…】(DK080001k-0013)
第8巻 p.16 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

中外物価新報 第三八三号〔明治一四年三月一九日〕 【風帆船会社の業務は日を逐…】(DK080001k-0014)
第8巻 p.16 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

青淵先生伝初稿 第二五章・第一三―一六頁(DK080001k-0015)
第8巻 p.17 ページ画像

青淵先生伝初稿 第二五章・第一三―一六頁
    先生と岩崎弥太郎との軋轢
先生は三菱会社がかく暴慢なる態度を持続するに於ては、患害の及ぶ所測られず、原来同会社が箇人主義を取り、岩崎が専制の下に気儘に経営する時は、国利民福を沮害するに至るべしと思惟したり。先生は持論として商工業は合本組織によりて広く資本を公募し、之を集成して事業を為すことの公益なるを確信し、常に此主義を以て商工業者を指導し、自らも亦之によりて幾多の事業を創始経営したれば、三菱の箇人組織とは主義に於ても一致すること能はざりしなり。此に於て先生と岩崎と意見毎に相協はず、明治十三年八月、岩崎は一日先生を向島の酒楼柏屋に招きて饗応し、紅囲粉陣、頗る綺羅を張れり。宴酣なるに及び、岩崎徐ろに箇人経営の利益を述べ、所謂合本組織なるものが、事業を発展せしむるに足らざるを説きて、先生を同意せしめんとす。先生屈せず、資本を合同して事を為すは、国利民福を進むる所以なるを論じ、幾多の例証を挙げて弁難せしに、岩崎いかでか聴従すべき、口角沫を飛ばせて論駁し、時を移せども互に屈せず、双方共に激して宴席為に白けたれば、先生席を蹴つて去れり。続雨夜譚四ノ一二四かゝる事どもありて、先生と岩崎との交誼日に疎く、感情さへ加はりて、益益相反目せり。其結果にや此頃第一国立銀行破産に瀕し、渋沢之を患ひて自殺を企てたりなどいふ流言頻に行はれたり。近時評論二八九号。(十三年九月四日発行)同二九一号。(同年九月十八日発行又事実に於ても、岩崎は華族の組合が京浜鉄道払下の事業を中止し、其資金を第一国立銀行に定期預となせるを知り、其人人を説きて一時に引出さしめ、以て先生を苦しめんとせるが如き事あり。続雨夜譚四ノ四二。同六ノ一二三。同一二七大隈重信が先生の紙幣整理案に非常なる悪感を抱きたるも、第九章参照坊間には岩崎の讒誣に由れりとさへ伝へたりき。続雨夜譚四ノ一二三。同一二九


雨夜譚会談話筆記 上・第八四―八六頁〔大正一五年一〇月―昭和二年一一月〕(DK080001k-0016)
第8巻 p.17-18 ページ画像

雨夜譚会談話筆記 上・第八四―八六頁〔大正一五年一〇月―昭和二年一一月〕
先生「左様、私が大蔵省をよした○明治六年五月ので銀行○第一国立銀行が早く出来たのも事実であらう。三井の三野村利左衛門と云ふ人は此の世の中は新知識が必要であるとして、自分の後任に私をしようとし、三井の紋服を呉れたりしたが、私は三井の相談相手にはなるが、番頭にはならぬ。然し三井の為めには尽してやらうと思つた。これが私と三井を親しくした原因である。三菱の方は岩崎弥太郎氏が、私の主張する会社組織は駄目だぞと云ひ、自分と二人でやれば、日本の実業の事は何事でもやれると共同を申込んで来た。或る時岩崎氏からお目にかゝり度い、舟遊びの用意がしてあるから、と云つて来た。私は増田屋へ行つて居り、早速行かずに居ると度々使を寄すので、岩崎の居る柏屋へ行くと、芸者を十四五人も呼んで居る。二人で舟を出し網打などした処、岩崎氏は「実は少し話し度いことがあるのだが、これからの実業はどうしたらよいだらうか」と云ふので私は「当然合本法でやらねばならぬ、今のやうではいけない」と云つた。それに対し岩崎は「合本法は成立せぬ。も少し専制主義で個
 - 第8巻 p.18 -ページ画像 
人でやる必要がある」と唱へ、大体論として「合本法がよい」「いや合本法は悪い」と論じ合ひ、はては、結末がつかぬので、私は芸者を伴れて引上げた」
敬「それでは、岩崎弥太郎さんとは大激論をやつて険悪になつたと云ふ程ではないのですね」
先生「険悪になつたのではない。双方考へが異ふのだ。各々長ずる処でやらうといふ程度であつた。向ふは私を説得する積であつたらしいのであるが、説得出来なかつたから、ひどいと云つて怒つて居たとか云ふことであつた」
   ○栄一ト岩崎トノ主義主張ガ相異ナレルニヨリ事業上相反目スルニ到ルベシト雖モ、風帆船会社設立ヲ妨碍セントスル意ヨリ出デテカ当時巷間両者間ニ種々ノ噂ヲ生ゼリ。前掲中外物価新報ハ同社ニ好意的ナルモ次掲団々珍聞・近事評論・近事奇談内幕話等暗々裡或ハ露骨ニ同社ノ設立ニ絡リテ栄一・弥太郎ノ確執及ビ誹謗ヲ報ゼリ。参考トシテ次ニ掲グ。


団々珍聞 第一七三号〔明治一三年八月一四日〕 渋紙大穴の繕ひ(DK080001k-0017)
第8巻 p.18 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

近事評論 第二八九号〔明治一三年九月八日〕 【在野有名ノ紳士渋沢・岩崎・…】(DK080001k-0018)
第8巻 p.18-19 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

近事評論 第二九一号〔明治一三年九月一八日〕 渋沢・福地、二君ノ名声地ニ墜チタルヲ憐ム(DK080001k-0019)
第8巻 p.19-20 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

近事奇談内幕話 (渡井新之介編)(明治文化全集 第二二巻歴史編[雑史編]・第二六九―二七二頁〔昭和四年一〇月〕)(DK080001k-0020)
第8巻 p.20-24 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

財界太平記 (白柳秀湖著) 第七七―八一頁〔昭和四年一月〕(DK080001k-0021)
第8巻 p.24-25 ページ画像

財界太平記(白柳秀湖著) 第七七―八一頁〔昭和四年一月〕
    五 益田渋沢両氏提携して三菱に当る
 品川農商務大輔の声明によつても知られる如く、三井物産が三菱の独占に苦しめられて、外国汽船を雇つて、纔にその用に充てゝ居たことは事実であるが、それと同時に、貨物を三菱の船に託し泣く泣く高い運賃を払つて居たといふことも事実である。
 或る人の話によると、此頃、三井物産の三菱に支払つて居た運賃は一ケ年に七十万円以上にも上つて居たとのことである。それで社長の益田孝氏も、三菱の運賃が余りに高いので、屡人を以て三菱に運賃の割引を交渉させたが、三菱は頑としてその要求に応じなかつたとのことである。
 三井家が呉服店から起つて金融業を主とするやうになり、明治五年には早くも呉服店を荷厄介にする傾向の現はれ始めたことは前に述べた通りであるが、金融業と船舶業との間には何等利害の衝突がなく、三井としては三菱の急激な発展を憎悪嫉視すべき何等の理由もなかつた。但だ三井家は王政維持の大号令が換発されると同時に、明治政府の金穀御用達となり、事実上の大蔵省であつた関係上、明治元年から地租改正が実施されて、新政府の財政上の基礎の定まつた明治六七年頃までに、政府の手によつて施設された諸般の事実には、大なり小なり三井家の息のかゝつて居たことは、争ひ難き事実である。例へば、明治政府には初め廻漕・千里・明光・有効・万里などいふ数隻の汽船があり、三井の手代にして通商司権正であつた吹田久則は、之等の汽船を本として廻漕取扱所を創設したのであるが、此廻漕取扱所が明治
 - 第8巻 p.25 -ページ画像 
四年に至り半官半民組織の郵便蒸汽船会社となつて、三菱会社の第一の競争者となつたことも既に述べた通りである。かやうに三井家の金力は、明治政府を通じて早くから三菱の事業と相接触して居たのであるが、其関係は何処までも間接的であつて直接的ではなかつた。従つて三井家の重役の中に、意識して三菱の急激な発展とその海運事業の独占的傾向とに注意の眼を光らせるものはなかつた筈であるが、三井家の国産方が井上の先収会社を引うけて三井物産会社を創立するに至つては、モウ其関係が間接的でなくなつた。玆に至つて三井・三菱両巨頭の資本主義的尖鋭は、日本の財界に於いて初めて正面衝突をすることとなつた。
 其処で三井物産の益田孝氏はその親友にして当時既に第一銀行の頭取であり、東京株式所の首脳であつた渋沢栄一氏と謀り平素三菱の横暴に苦められて居る地方の富豪(荷主・問屋若しくは船舶業者)を糾合して一大海運会社を起し、之を以て三菱会社の独占権を覆へし、自他の便益を計らうとするに至つた。之が明治十三年中のことで、越中伏木の藤井能三、新潟の鍵富三作、伊勢の諸戸清六・下里貞吉などいふ人々が此の挙に加はり、資本金を三十万円とし、海軍大佐遠武秀行を社長に聘して、間もなく東京風帆船会社の創立を了へた。
 然るに、三菱では之を聞くと社長の弥太郎を始め、川田小一郎・石川七財等の幕僚が大に驚き額をあつめて、東京風帆船会社の成立を妨害し、之を暗に葬らうと取かゝつた。弥太郎は先づ其社員や会社の用達業者を四方に派し、有らゆる方法を以て東京風帆船会社を中傷させた。又、会社と関係の深い大隈系の新聞紙を利用して、盛に東京風帆船会社に対する不利益な記事を掲載させた、例へば第一銀行の渋沢が最近船舶業に手を伸し、三井物産の益田と結託して、東京風帆船会社を経営しようとして居るのは、彼が頃来米相場に手を出し、又、洋銀の売買に失敗して第一銀行に七十万円の大穴をあけたのを塡めようとして焦つてゐるのである、と報道した如きがそれである。
 かやうにして三菱は、一方に間謀を放ち新聞紙に捏造記事を掲げて東京風帆船会社の成立を妨害すると同時に、寺田成器といふものを越中の伏木に派遣し、同地の藤井能三に説き、別に越中風帆船会社を創立させて先づ敵の勢力を割いた。又新潟へは川田小一郎・小野義真等を派遣して同地の商人を説き、漫りに人の為に乗ぜられて経営の困難な海運事業などに投資するよりも、寧ろ物産会社でも起して三菱と提携し、三菱の船舶を利用して利益を収めた方が得策であらう、若し諸君にして物産会社を起さうとするに意があるならば、三菱は低利を以て資本を融通することを辞するものでない、と説かせ、到頭新潟物産会社といふものを設立して、慶応義塾と深い関係のある西脇悌次郎を社長とした。かやうにして、三菱は巧に東京風帆会社の成立を妨害すると同時に、新潟地方の荷主・問屋商人及び資産家を結束して三井物産に反逆を企てさせる一石二鳥主義の作戦に成功した。



〔参考〕回議録 第二類諸会社明治一四年従七月至九月(DK080001k-0022)
第8巻 p.25-26 ページ画像

回議録 第二類諸会社明治一四年従七月至九月 (東京府庁所蔵)
 - 第8巻 p.26 -ページ画像 
    御届
昨十三年八月中当風帆船会社資本金三拾万円ヲ以テ創立之義許可相成候処、既ニ株数該額ニ相満チ候ニ付、今般更ニ資本金ヲ百万円ト定メ差向弐拾万円ヲ増株シ、別紙方法ヲ以テ募集仕候ニ付、此段御届奉申上候也
  但シ定款改正ノ義ハ追テ出願可仕候
                  日本橋区小網町三丁目廿六番地
  明治十四年八月十日
                     風帆船会社会社之印
                     社長
                     遠武秀行(印)
   東京府知事 松田道之殿

(別紙)
明治十四年八月一日株主臨時総会議ノ上決議ノケ条如左
   第一条
一 当会社ノ資本ハ更ニ百万円ト定メ、従前ノ資本額三拾万円ハ既ニ満株相成候ニ付、爰ニ弐拾万円ヲ募集シ五拾万円トナシ、而シテ余ノ五拾万円ノ募集方法ハ其際総会議ノ上之ヲ議定スヘキ事
   第二条
一 新株加入ノ者ハ申込ノ時必ス二割ヲ払込ムヘシ
   第三条
一 新旧株式共利益割合ハ払込金額ト月額トヲ以テ計算シ、其配当ヲ為スヘシ
   第四条
一 新旧共株主ノ都合ニ依リ割払募集ノ通知ヲ待タス総金額モシクハ其幾分ヲ増払込ヲ為セシ者ヱハ其金高及月割ヲ以テ計算シ、利益ノ配当ヲナスヘシ
  但株金総額払込ノ者ヱハ直チニ株券ヲ附与スヘシ
   第五条
一 株金割払期限ハ、社長・取締役ノ協議ニ任スルニ付、便宜期限ヲ定メ株主ヱ通知スヘシ、此通知ヲ得ハ株主ハ無延滞入金ヲナスヘシ
右之通決議候事
                      風帆船会社


〔参考〕回議録 第二類諸会社明治一六年自一月至三月(DK080001k-0023)
第8巻 p.26-27 ページ画像

回議録 第二類諸会社明治一六年自一月至三月 (東京府庁所蔵)
    御届
一当風帆船会社之儀ハ明治十六年一月一日ヲ以共同運輸会社江合併シ、所有之船舶事業共該社ヘ引継、当社ハ廃業仕候、尤現在各地航海中之船舶帰港之上悉皆引渡シ候上ハ残務有之ニ付、右取扱中ハ在来之通営業看板ハ差出シ申候、此段御届申上候也
                日本橋区小網町三丁目弐拾六番地
  明治十五年十二月三十一日     風帆船会社
                支配人
                   赤井善平(印)
 - 第8巻 p.27 -ページ画像 
    東京府知事 芳川顕正殿


〔参考〕中外物価新報 第四二三号〔明治一四年八月六日〕 【又同社○風帆船会社は…】(DK080001k-0024)
第8巻 p.27 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

〔参考〕中外物価新報 第四六九号〔明治一五年一月二一日〕 【風帆船会社は創立以来…】(DK080001k-0025)
第8巻 p.27 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

〔参考〕中外物価新報 第五三九号〔明治一五年八月三一日〕 風帆船会社所有船;北海道運輸会社所有;北海道運輸会社所有(DK080001k-0026)
第8巻 p.27-28 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

〔参考〕日本郵船会社創設記 第一六―一八丁(DK080001k-0027)
第8巻 p.28-29 ページ画像

日本郵船会社創設記 第一六―一八丁
               (日本郵船株式会社所蔵)
左ニ明治十五年八月十五日東京風帆船会社臨時総会決議書ヲ抜載ス
○中略
 八月十五日午後三時築地精養軒ニテ臨時株主総会ヲ開ク、社長ハ先ツ各株主ニ当日総会ヲ開クノ所以ヲ告ケ、且ツ曰ク、余輩カ諸君ノ委托ヲ受ケ職ニ就キシ以来、主トシテ本社営業ノ旺盛ヲ図リ専ラ其職務ニ力ヲ尽シ、已ニ昨年中各位ヘ御相談ノ上在来株高ノ外更ニ二十万円ノ増株ヲ募リシニ、之ニ応スル者案外ニ寡ク、其申込高僅ニ五万円ニ過キス、是畢竟世上一般金融壅塞利子激昂ニ際シ、彼ノ公債証書ノ如キ安全無比ノモノニテモ容易ニ一割ノ利子ヲ得ラルヽ如キモノアルヲ以テナラン、而シテ爾来ハ兎角ニ営業上モ充分活溌ナル能ハサルヲ以テ、自然株高ニ対スル費用重キヲ加フルニ至ラン、若シ何時迄モ此ノ如クニシテ措ク時ハ、各株主ノ利益モ随テ減少スルコトモアランカト、彼此心配ノ余リ種々考慮シテ、政府ヨリ低利ノ資金ヲ借リテ営業ヲ拡張セハ或ハ株主ノ満足ヲ得ルコトアルヘシト思惟シタルニ付、余輩役員協議ヲ遂ケ、当春本社営業保護トシテ資金貸シ下ケノ事ヲ請願シタルニ、当時恰モ北海道運輸会社及越中伏木風帆船会社ヨリモ略ホ同様ナル主意ヲ以テ政府ニ請願スルニ会シタリ、然ルニ政府ニ於テハ予テ海運拡張ノ主義ヲ執ラレタルコトナレトモ、国庫有限ノ資ヲ以テ如此区々数多ノ海漕営業者ヲ漫然保護スルコトハ固ヨリ難ク、良シヤ強テ之ヲ保護スルモ害アツテ益尠カラントノ掛念モ在ラセラレ、遂ニ三会社区々ノ願ハ採聴セラレス、三会社ノ出願人ニ向テ更ニ共同ノ一社ヲ創起センコトヲ勧諭セラレ、即チ去月十四日各社ノ出願人ヲ呼出シ、共同運輸会社創立ノ命令書ヲ下付セラレタリ、其命令書ハ既ニ新聞紙上ニテ各位御詳知
 - 第8巻 p.29 -ページ画像 
ノコトナルヘシト雖トモ、猶之ヲ御通シ申サントテ書記ヲシテ之ヲ朗読セシム、其全文左ノ如シ
○中略
 合併ヲ可トスル者ニ向テ起立ヲ問ヒシニ、非合併説主張ノ株主両名ヲ除クノ外起立ナリシ、右終テ猶衆議ノ上左ノ条々ヲ議決セリ
 一風帆船会社ハ本年中ハ是迄ノ通リ営業シ、来明治十六年一月ヨリ共同運輸会社へ合併スル事
 一前記合併ノ事ニ関シテハ当任ノ役員其取扱委員トナリ、其景況ハ時々是ヲ各株主ニ報告シ、事柄ニヨリテハ更ニ臨時総集会ヲ開テ相談スヘキ事
 一株主中合併ニ不同意者ハ(即チ起立セサルモノ)来明治十六年一月ニ至リ取扱委員ニ於テ其株式ヲ引受ケ、既ニ払込タル金額ヲ払戻スヘキ事
 一当日欠席無通告ヲ云フノ株主ヘハ書面ヲ以テ決議ノ要件ヲ通知シ、合併ノ諾否ヲ問ヘキ事
   ○共同運輸会社ヘノ命令書ニツイテハ第二款共同運輸会社明治十五年七月十四日ノ項(本巻第三七頁)参照。


〔参考〕中外物価新報 第五三三号〔明治一五年八月一七日〕 風帆船会社(DK080001k-0028)
第8巻 p.29-30 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

〔参考〕中外物価新報 第五三八号〔明治一五年八月二九日〕 風帆船会社(DK080001k-0029)
第8巻 p.30 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

〔参考〕中外物価新報 第五三九号〔明治一五年八月三一日〕 風帆船会社(前号の続き)(DK080001k-0030)
第8巻 p.30-31 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

〔参考〕中外物価新報 第五四二号〔明治一五年九月七日〕 風帆船会社(前号の続き)(DK080001k-0031)
第8巻 p.31 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

〔参考〕東京経済雑誌 第一二七号・第一一五九―一一六一頁〔明治一五年九月二日〕 共同運輸会社開社に運ぶ(DK080001k-0032)
第8巻 p.31-33 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

〔参考〕毎日新聞[横浜毎日新聞] 明治一六年六月二九日(海運史料 中巻・第六九三―六九四頁) 【上略先キニ共同運輸会社…】(DK080001k-0033)
第8巻 p.33 ページ画像

毎日新聞 明治一六年六月二九日
           (海運史料 中巻・第六九三―六九四頁)
○上略先キニ共同運輸会社ニ合併シタル風帆船会社ノ一昨年ノ報告ニヨルニ其利益ハ二割二三分ニ当ルノ計算ナリ(此社ハ政府ノ船舶ヲ無代価ニ借用シタル者アリシナレハ、之ヲ通常独立ノ会社ニ比スレハ幾分カ利益多キ割合ナルヘシ、而シテ昨年ハ沖縄丸ノ難破アリシカ為メニ前年ニ比スルニ利益少クシテ僅カニ二分五厘ナリキ)○下略


〔参考〕逓信事業史 第六巻・第九二六―九三〇頁〔昭和一六年二月一一日〕(DK080001k-0034)
第8巻 p.33-36 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。