デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

2章 交通
2節 鉄道
1款 東京鉄道組合
■綱文

第8巻 p.412-413(DK080027k) ページ画像

明治8年12月23日(1875年)

鉄道組合曩ニ官ニ請ヘル京浜間鉄道払下ノ聴許ヲ得タルヲ以テ、是日築地精養軒ニ祝賀ノ筵ヲ催ス。栄一及井上馨・前島密亦列席シ、栄一答辞ヲ述ブ。


■資料

鉄道会社会議要件録 第一巻・第一二五―一三二頁(DK080027k-0001)
第8巻 p.412-413 ページ画像

鉄道会社会議要件録 第一巻・第一二五―一三二頁
                  (株式会社第一銀行所蔵)
東京横浜間ノ鉄道払下ケノ許可アリシニ付、此立会ノ華族諸公ハ明治八年十二月廿三日ヲ以テ築地精養軒ニ集リ(令扶ヲ以テ代理出席セシメシモノモアリタリ)此立会ニ関係アル井上馨・前島密・渋沢栄一モ亦来会シ午後第六時ヨリ賀筵ヲ開キタリ、伊達従二位ハ同盟中ノ総代トシテ左ノ祝詞ヲ述タリ
人ノ世ニ在ル各其力ニ食セサル可カラス、而シテ一己ノ為メニ謀ルハ衆ト共ニスルニ若カス、衆ト共ニスルハ天下ノ洪益ヲ謀ルニ若カス、曩ニ蜂須賀茂韶君英京竜動ニ在リテ我同列華族ト力ヲ協セテ、鉄道ヲ建築スヘキノ議アリ、我輩カ見解ノ之ト符合スルヲ以テ遂ニ其議ニ合シ、前島・渋沢両君ニ詢リ、規則方法ヲ稿シ略々其緒ニ就クニ至ル、然ルニ井上君ハ更ニ的実ノ言ヲ以テ新築ノ鉄道ヲ得ルハ既成ノ鉄道ヲ有ツニ若カサルノ説アリ、難易得失ノ較計頗ル周密ニシテ我輩大ニ其言ニ感シ、則チ速ニ局面ヲ換ヘ之ヲ我政府ニ上願シ、政府之ヲ許可セラルヽニ至レリ、抑モ此立会ニ於テ前島・渋沢・井上君前後幹旋誘導《(斡)》ノ力ハ実ニ我輩ノ晨夜鶏声タリ、冀クハ此同盟ニ於テ諸規則ヲ確守スルハ猶鉄道ノ堅牢ナルカ如クシテ名誉ヲ後世ニ伝ルモ亦滊車ノ運転止マサルカ如クナランコトヲ、乃チ此祝宴ヲ開キテ以テ三君ニ謝シ、併テ各自カ相約スル所ヲ開陳スルナリ
  明治八年十二月廿三日
右祝詞畢リテ後、渋沢栄一ハ左ノ答辞ヲ述ヘタリ
我儕此鉄道立会ニ関渉セシヲ以テ幸ニ此盛宴ニ列スルノ栄ヲ有ス、聊カ蕪詞ヲ呈シテ此祝筵ヲ賀シテ以テ立会諸公ニ答謝セントス
夫レ祝辞ハ瓊音瑶声ヲ以テ偏ニ其美ヲ賛スルヲ以テ常トスト雖トモ今我儕此立会ヲ頌賛スルハ敢テ浮夸ノ言、虚搆ノ説ヲ以テセス、却テ朴質梗直ノ詞ヲ以テ先ツ此鉄道竣功ノ沿革ヲ叙シ向来此立会ニ望ム所ヲ明ニスヘシ、惟ルニ此鉄道建築ノ業ハ維新後創草ノ際ニ刱リ其費途ヲ外国ニ徴求セシヨリ当時ノ論者多ク之ヲ非トシ譏謗百出論弁鼎沸セリ幸ニ当路ノ諸公断然其見解ヲ変セス鋭意此業ニ従事セシニヨリ落成開業ノ後ニ於テハ其議論頓ニ消除シテ反テ其至便ヲ称賛シ此事業ノ普ク全国ノ要地ニ及ハサルヲ恨ムニ至ル、顧フニ此立会中ノ諸公ニ於ルモ其時ニ当テハ或ハ又此論者ト同慨ヲ寓セシ者ナシト云可ラス、然ハ則此論者ハ前ニ愚ニシテ後ニ賢ナルカ抑亦其見解ノ当路諸公ニ及ハサルカ、然リ是レ怪ムニ足サルナリ、凡ソ事既ニ変スルノ後ヨリ見レハ変セサルノ前ニ異ナルナシ、而シテ能ク之ヲ変セシムルモノハ其機ニ投シテ結果ヲ得ルニ在ルナリ、明治己巳年華族諸公ノ各其封土ヲ返上ス
 - 第8巻 p.413 -ページ画像 
ルヤ亦是レ時機ニ際セシノミ、今日ヨリ之ヲ回顧セハ其運為実ニ思想ノ外タルヘクシテ其間必ス愕クヘク革メ難キノコト一ニシテ足ラサル可シ、然リ而シテ世道順ニ帰シ今日ノ適正ヲ得タルハ国家奎運ノ致ス所ト雖トモ抑モ当路諸公斡旋ノ力ニ頼ラサル可カラス、然ハ則今此立会ニ於テ既成ノ鉄道ヲ購取シ結社其業ヲ営マントスルモ之ヲ昔時ニ稽フレハ均シク奇怪ノ事ナリト妄測スヘキモ、今日ノ賀筵ニ於テ賓主共ニ祝盃ヲ挙ケ以テ此挙ノ国家経済ニ適シ立会諸公カ後日ノ至計ヲ得ルヲ称賛シテ一人敢テ之ヲ怪ムモノナキニ至ルハ開明ノ運歩駿足ナル実ニ驚クニ堪ヘタリト云ヘシ、故ニ我儕ハ此立会ニ望ムニ能ク世運ノ変遷ヲ観察シ其卓見ヲ動カサスシテ此鉄道事業ノ精確悠久タランコトヲ我儕ハ此祝辞ヲ畢ラントスルニ臨ミ、尚左ノ一言ヲ呈シテ此立会諸公ヲ警セント欲ス、今夫レ此立会タル其願請既ニ成リ其資本モ全ク徴集ノ実アレハ事業緒ニ就テ其期程ヲ誤ラサルハ固ヨリ疑ヲ容レスト云ヘトモ、世運ノ進捗スル既ニ前ニ述ルカ如クナレハ、将来運歩ノ迅速ナル更ニ何ノ点ニ達スルヤ、猶昔時ノ今日ニ於ルカ如クナルヘシ、冀クハ此立会ニ於テモ苟モ成事ニ安息セスシテ益々企望ヲ拡伸シ、能ク機ヲ察シテ其声誉ノ人後ニ落チサランコトヲ、是レ我儕ノ更ニ此立会諸公ニ望ム所ナリ
  明治八年十二月廿三日        渋沢栄一 謹白