デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

2章 交通
2節 鉄道
1款 東京鉄道組合
■綱文

第8巻 p.529-536(DK080042k) ページ画像

明治10年11月29日(1877年)

前議ニ依リ栄一華族督部長岩倉具視宛内稟書案ヲ草シ輪議ニ付ス。文草縷々鉄道組合ノ歴由ヲ述ベ而シテ組合維持ノ方策トシテ具視教誨ノ如ク第十五国立銀行ヨリ連季上納金借人レ満期完納ノ上ハ衆華族ノ共有ト為スベク裁理アラン事ヲ陳請ス。十一月七日之ヲ上ス。然ルニ具視禄券実値ノ低下ニ因リ同行資本ノ減少ヲ招来シ上納金連季貸付ノ儀ハ応ジ難キ事情アルヲ以テ組合ニ於テ然ルベク処分スベキ旨回指アリ。爰ニ於テ是日衆議竟ニ鉄道払下条約ノ取消ヲ政府ニ請願スルニ決シ、年賦既納金資途ノ良策ニ付テハ之ヲ栄一ニ托ス。


■資料

旧鉄道組合書牒物件交付目録(DK080042k-0001)
第8巻 p.529 ページ画像

旧鉄道組合書牒物件交付目録 (株式会社第一銀行所蔵)
八月十八日○明治十年第三十七会議ヲ開ク○岩倉公ヘ申請スヘキ議ヲ起ス
九月廿一日 精養軒ニ小集シテ岩倉公ヘノ申請文ヲ討論ス
十一月七日 右府公ヘ同盟より申請文ヲ上ル○廿七日右申請付箋ヲ以テ下ル○二十九日第三十八会議ヲ開ク○鉄道ノ事業ヲ廃絶シ更ニ他挙ニ及ハンコトヲ議ス


鉄道回章留(DK080042k-0002)
第8巻 p.529-531 ページ画像

鉄道回章留 (渋沢子爵家所蔵)
    ○
坤第一号ヲ以テ啓申仕候、然者去ル十八日第三拾回定式御会議ニ於テ御決定之通岩倉右府公江御内申可相成、別紙輪議規則ヲ以テ及御廻達候条御異議無之、各位ハ副牋議目書ノ左傍ニ於テ御調印、御異議有之分ハ同牋江御付票ヲ以テ早々御輪達周尾より御返却可被下候也
  明治十年八月廿八日午後〇時十五分
                      渋沢栄一

    ○
   鉄道組合転案維持之儀ニ付内稟
拙者共同盟ヲ以テ東京横浜間鉄道御払下之儀ハ昨年来政府江上願仕、其後昨年尚又及懇願幸ニ御殊典ヲ以テ願之通御払下条款御結約被成下候、後幾クモナク禄券御発行被仰出候ニ付、一旦胸算ヲ失シ候処、元
 - 第8巻 p.530 -ページ画像 
来鉄道御払下之儀ハ当時禄制之廟議ヲ窺測不仕候得共、畢竟家禄ニ頼ツテ竣功可仕決心ニ御座候間、更ニ同盟熟議ノ上禄券運用之方法予メ相設ケ、以テ御条約之通リ年賦上納金額無滞相納メ候積計算相立テ申候、此時ニ当リ台下仁愛ナル御高案ヲ以テ同族一般ノ禄券ヲ集合シテ一大資本ヲ作リ以テ銀行ヲ創ムヘク鉄道モ買フヘク又其新築ヲモ起スヘキ旨御教誨有之候、拙者とも同盟鉄道組合ノ如キハ嘗テ朝意ヲ奉戴シ、已ニ実業ノ目途相立候ニ付、右御教誨ハ服銘仕候得共、禄券併合之儀ハ何卒御高案外ニ被差擱度旨切ニ回稟仕候得共、遂ニ同族挙テ御高案之通ニ一定致シ、加之拙者共既有鉄道代価年賦上納方之義モ前書併資ノ銀行ヨリ御貸渡可被成旨数条ノ御下案有之、其段御示シ御座候ニ付尚又同盟会同之上熟案商議致シ右御考案ニ基キ斟酌別案ヲ設ケ同族銀行創立事務取調所ニ対シ照会回稟仕候後、荏苒相過キ、既ニ第拾五国立銀行開業ニ至リ、尋テ鉄道組合第三季上納之期ニモ相迫リ候ニ付、右別案要望之儀該銀行ヘ稟議致シ候処、最前相設ケ候鉄道事業考案之儀ハ銀行創立ノ前ニ係ル所ニシテ、当今銀行ノ業務ニ由リ前案ノ目的ハ相期シ難シ、併第三季ノ上納ハ幾ント期限相迫リ不得止場合ニ付、一時貸借之儀ハ該判致《(談カ)》スヘク而シテ其前案ニ係ル要求ノ項ハ熟議ヲ経テ他日回答可有之旨ニテ即チ第三季上納金額丈ケ組合ヘ借受上納相了シ、右借用之儀ハ此上鉄道組合ノ興廃ニ拘ラス本年十二月ヲ限リ組合興廃ノ決議ト与ニ之ヲ償清スヘク、万一其期ニ於テ相滞候ハヽ拙者共該銀行ニ有スル株金ニ対シ領収スヘキ割就金《(賦カ)》ニテ償却スヘキコトノ証書ヲ差入置申候、此際又別案要求ノ件懇々申入置候処、爾後何等談判モ無之ニ付、此程尚又該銀行ノ情況内稟致シ候処、到底行ハレ難キ様ニ被相察申候、依テ近日同盟相会シ覈金商議仕候得共他ニ求ムヘキ良策モ無之、固ヨリ該銀行ト与ニ此目的ヲ達スヘキハ蓋台下ノ御教誨ニ基ク所ニシテ已ニ今日ニ至リ候上ハ一ニ台下ノ御明談《(断カ)》ニ従ヒ興廃致シ候外志望無御座候、抑此組合事業ノ儀ハ政府モ非常ナル御殊典ヲ賜リ内外皆其異凡ノ挙ヲ欽羨罷在候程ニ付其得失ハ独リ拙者共一身ニ止マラス候間、内外公衆ノ為メニモ貫達不致候テハ同族ノ信義ヲ満天下ニ失シ、同族ノ事ハ皆如此ク児戯ニ等シク同族ノ栄誉ハ皆如此ク浮雲ニ類シ、同族ノ事ハ皆如此ク信用スヘカラサル者ト譏嘲セラレ候時ハ、竟ニ台下ノ御清徳ヲモ玷汚致スヘクト実ニ寒心ニ不堪奉存候、然ルニ前陳ノ如ク鉄道事業永続之条案(即衆族共有)ハ該銀行創立前ノ目的ニテ今日銀行ノ当面義務ヲ以テ前案ノ如ク取計兼候ト申一段ニ至リ殆窘迫仕候処、一体拙者共答モ該銀行創立ノ儀ニ協同致シ候ハ実ニ前顕御高談ノ旨ニ基キ一挙両全ノ策ニ従ヒ候事ニ付、今日該銀行ハ拙者共ニ対シ其要求ニ応スルニ於テ不俟論事ト奉存候処、却テ右ノ縁由ヲ放擲シ、今日ハ銀行当面ノ務メニ由リ其要求ニ応セサル等ノ事情ハ恐クハ台下ニ於テ御領承無之而已ナラス又疑フラクハ該銀行之諸員ハ未タ台下最前御創意之根源ヲ承悉致サヽル事ニハ有之間鋪ヤ、果シテ如斯齟齬ニ相渉リ居候儀ニ候ハヽ、速ニ台下ヨリ該銀行ノ諸員ヘ本元ノ情由ヲ垂示被成下、自他一同本元ノ目的相達シ矛盾撞着ノ処置無之候様仕度奉存候、此段謹テ内稟併セテ懇願仕候也
  明治十年八月 日             同盟連署印
 - 第8巻 p.531 -ページ画像 
    岩倉右府公台下


工部省記録 第五巻(DK080042k-0003)
第8巻 p.531-532 ページ画像

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鉄道組合会議要件録 第三巻(DK080042k-0004)
第8巻 p.532-535 ページ画像

鉄道組合会議要件録 第三巻 (株式会社第一銀行所蔵)
    第三十八回臨時会議 明治十年十一月廿九日於第一国立銀行閣内開之
                 出席人名
                     大村純熙代理
                      佐藤甚兵衛
                     井伊直憲井伊直安代理
                      金田師行
                     榊原政敬代理
                      加藤直栗
                     徳川慶勝代理
                      井上喬
                     久松勝成久松定謨代理
                      池内久親
                     毛利元徳代理
                      笠原昌吉
                      九条道孝
                     池田章政代理
                      三谷峻
                      伊達宗城
                     前田利同代理
                      中島定恒
 - 第8巻 p.533 -ページ画像 
                     前田利嗣代理
                      北川亥之作
                     毛利元忠代理
                      柏村信
                     松平頼聡代理
                      三宅十郎
                     伊達宗徳代理
                      西園寺公成
                     蜂須賀茂韶代理
                      林厚徳
                      亀井玆監
                      池田徳潤
                     池田輝知代理
                      勝部静男
                 総理代人 渋沢栄一
                  以上
                 欠席   松平慶永
                 同    松平茂昭
                 同    毛利元敏
                 同    池田茂政
                 同    山内豊範
                  以上
右一同午後三時ニ於テ場ニ上ル、総理代人ハ去ル七日肝煎ヨリ督部長ニ内稟シテ頃日附箋回指アリシ牒署ヲ展ヘ、且之ニ由テ本日ノ臨時会議アル所以ヲ各位ニ報道シ、次ニ左ノ回示文ヲ上読ス
  書面之趣銀行創立以後毎季之上納金額弐拾壱万四千円宛貸継満期皆納之上ハ同族一般ノ所為《(有)》ニ可致目途ヲ以テ、金禄公債証書之儀ハ全額銀行ヘ可差入旨再三及説諭組合中同意有之候処、豈図ラン銀行開業之際禄券証書実価低減従テ資本金百万円有余之減少ニ付今日ニ至リ前件之通貸継等難相調不得止次第ニ候条、猶亦組合中ニ於而篤ト協議ヲ経テ可然処分有之度候事
   明治十年十一月        督部長 岩倉具視
    鉄道組合中
次ニ伊達宗城・林厚徳ハ此回指令アルニ際シテ、督部長ヨリ内示セラレシ事情ヲ報道スルコト左ノ如シ
 伊達宗城云、去ル廿七日督部長ニ其邸ニ趨謁ス、時ニ督部長云「第十五国立銀行ニ於ル蜂須賀及ヒ鍋島ノ如キハ未タ加入ヲ肯ンセサルヲ以テ方今照議ニ係レリ、而シテ鉄道組合ノ如キハ前日其禄券ノ半額ヲ加入シ、半額ヲ以テ組合ノ事業ヲ保タント請ヒ遂ニ行ハレスシテ已ニ全額ヲ加入セリ、夫レ蜂須賀・鍋島等ノ如キ者アツテ各其意ヲ達セントスルニ当リ、此組合ハ却テ其目的ヲ失シテ今日ニ至ルハ頗ル不公平ニ似タリト雖トモ、其両氏ノ如キモ未タ必シモ加入セサルニアラスシテ実ハ応答電信ニ依ルヲ以テ快ク定了セサル所ナリ
 然而シテ組合存廃ノ案ニ至テハ屡精思熟慮ヲ経テ今回附箋スルカ如ク実ニ第十五銀行ノ資本額ニ於テ百万円ノ減額アルヲ以テ頓ニ目途ヲ失シ、前日ノ策ニ出テサル所豈謝惧ナカランヤ、今若シ組合ニ於テ更ニ毎季上納額ノ三分ノ二ヲ調達スヘキ計算アラハ其一分ヲ勉メテ第十五銀行ニ弁達セシムヘシ」ト、此事ヤ前日已ニ伊達宗城ニ内示アリト雖トモ、到底応シ難キヲ以テ之ヲ答ヘタリ、此ニ因而復タ
 - 第8巻 p.534 -ページ画像 
林厚徳ト倶ニ之ヲ謝絶シ、且林厚徳ハ自家一己ノ情ヲ以テ縦ヒ其三分ノ一ト雖トモ猶之ヲ弁シ難キコトヲ陳シ、而シテ今回ノ回指ニ因ツテ更ニ組合中ノ臨時会議ヲ設クヘキコトヲモ開稟セリ、因テ督部長ハ已ニ此ノ如クナレハ自今其方向ニ従ヒ、抽精拮据スヘキヲ以テ其会議ノ事情ヲ稟報セヨト云、是ヲ以テ見レハ督部長ハ此組合ノ為メ自今之形勢ニ従ヒ、努メテ揄揚アルヘキハ吾輩之ヲ信認セリ
此ニ於テ総理代人ハ存廃一決ヲ以テ左ノ議問ヲ発ス
 今ヤ督部長ノ回指ヲ領シ及ヒ両君ノ陳報ヲ審カニセリ、夫レ此組合ノ今日ニ至ル者ハ実ニ禄券ノ制ニ胚胎シテ終ニ其上納金額ノ途ヲ失シ、之ヲ督部長ニ訴ルノ窮議ニ出テタリ、而シテ之ヲ今此回指ヲ領手セリ、因テ問フ各位ハ尚此回指ニ付テ再ヒ鑽求スル所アラントスルカ、将タ前回窮議ノ極点ニ従ヒ存廃ノ処分ヲ定メント欲スルカ、敢テ之ヲ明断センコトヲ要ス
 伊達宗城云、再ヒ之ヲ鑽求スルモ到底成効ヲ見ルヘカラスシテ却テ第四季ノ上納ニ臨ミテ窘蹙ヲ取ルノミ、如カス決然廃解ニ就クヘシ、雖然此組合ノ今日地ヲ払テ消絶スルニ忍ヒサレハ此旧資ニ依テ更ニ一事業ヲ継営センコトヲ欲ス、此意ヲ以テ已ニ督部長ニモ内稟セリ
 林厚徳曰、旧資ニ依テ後計アルニ至テハ伊達公ト同案タリ、若シ要スル所アレハ自家勉メテ組合ノ為メニ督部長ニ趨走稟扣ノ労ヲ厭フヘカラス
 勝部静男云、今旧ニ溯シテ考案スルモ益アルナシ、且彼此考較スルヲ考案ト謂フ、既已ニ他計ナシ、又何ソ考案ヲ須ヒン、惟タ已矣耳ノ一言ニ帰ス、今督部長ノ回指ハ其已矣耳ノ処断ヲ以テ政府ニ申請スルニ便アルカ如シ、然而シテ其解約ニ当リ三条ノ明文アリト雖モ其更ニ株主ヲ募ルハ殆ト難事タリ、又官私共有ハ未タ半額ヲモ上納セサルヲ以テ之ニ就キ難シ、乃チ公債証書ノ項ニ止ルカ如シト雖トモ幸ニ督部長ノ組合ノ為メニ後策ヲ揄揚セラルヘキノ言アレハ当公債証書ニモ止ルヘカラス、敢テ後計ノ案ヲ以テ申請スヘシ
 北川亥之作ノ答議モ較勝部ニ同シク且専ハラ旧資ニ依テ後策アランコトヲ論ス
 九条道孝ノ答議ハ全ク伊達宗城ニ同シ外各位ノ答議ハ前ノ数種ノ望大同小異タルノミ
右答議畢テ後総理代人ハ各位ニ向テ此鉄道組合中廃ノコトヲ聴了シ、且其申文ヲ草スルニ大蔵・工部両卿ニ具稟スルモノヲ公牒ト為シ、督部長ニ呈スルモノヲ私牒ト為シ、而シテ文草脱稿ノ日ハ更ニ臨時会ヲ開キ之ヲ決議スルカ或ハ輪議ヲ以テ之ヲ決スヘキカヲ問フ、伊達宗城ハ毎々輪札稽滞スルヲ以テ臨時会ヲ開キ決議センコトヲ請フ、因テ文章脱稿ノ日臨時会ヲ《(開キ脱カ)》報告スヘキコトニ決定ス
    第二節
総理代人ハ前回柏村信ノ発議ニ係ル考案二ケ条ノ其一ハ当日已ニ公表スル所ニシテ、其議ハ必シモ本日ヲ要セサルモ其旨ハ復タ大ニ今回ノ申請ニ気力ヲ与フルモノナレハ須ラク之ヲ熟案シ、他日ヲ以テ之ヲ撰議スヘシト云、此時更ニ意ヲ陳フル者アリ、左ノ数名ノ如シ
 - 第8巻 p.535 -ページ画像 
 伊達宗城云、今此事業ヲ廃スルハ真ニ切歯ニ堪ヘサルノミナラス総理代人ニ対シ深ク慚愧スル所ナリ、而シテ事已ニ玆ニ至ル、要スルニ上申ノ旨ヲ貫達スルヲ急務トシ、而シテ再ヒ後計ヲ総理代人ニ委托スヘシ
 北川亥之作云、後計ノ在ル所今日ニシテ聞クヲ要ス、且今日ノ申請ニ於ル固ヨリ旧資ヲ惜ムカ為メニアラサレハ幸ニ其旧資ニ依テ後計ヲ得ハ聊以テ体面ヲ修整スヘシ、是敢テ総理代人ニ希望スル所ナリ
 勝部静男云、八月ノ会ニ欠臨シ柏村氏ノ考案ヲ聞カスト雖トモ今日伊達公ノ言固ニ然リ、而シテ此組合ノ解体ニ於ル時勢ノ然ラシムル所ト雖トモ実ハ廿六名ノ深ク以テ総理代人ニ赧謝スス《(衍)》ル所ナリ、夫レ此ノ如キ時況ニ際シテハ其公債証書ニ帰スルモ又何ソ之ヲ辞セン、然レトモ若シ幸ニ申請貫達シテ旧資ヲ還存スルコトヲ得ハ幾許カ赧面ヲ償フヘシ、果シテ然ラハ復タ総理代人ノ考案ヲ煩ハシ他日会議ヲ開テ議センコトヲ要ス、而シテ又予メ言フヘキ者アリ、申請幸ニ貫達シテ旧資ヲ再ヒ還収スルノ日、自家倘シ意外ノ費アルトキハ恐クハ後計ノ盟ニ入リ難シ、請フ之ヲ愿セラレンコトヲ
 西園寺公成云、意外ノ費アルニ至テハ自家亦勝部ノ言ノ如シト雖トモ、自家ノ如キハ今日ニ於テハ之ヲ後計ニ供スルコトヲ明言シテ企望スル所ナリ
総理代人ハ此ニ回答シテ云、各位等シク後計ノ念ヲ蓄ルハ情固ヨリ然ルヘキナリ、且此念慮アルヲ以テ其申請ニ就テ十分ノ気力ヲ有スヘシト雖トモ、惟タ此ニ藉ツテ専ハラ申請ノ力ヲ鋭ニシ而シテ其計画ニ周ネカラサルトキハ徒ラニロ実ニ属スルノ恐ナキ能ハス、如此モノハ各位ノ為メニ取ラサル所ナリ、因テ小子宜シク後計ノ為メニ考慮ヲ尽シ他日之ヲ撰議スヘシ
右会議畢テ六時下退散ス


竜門雑誌 第二六二号・第三―四頁 〔明治四三年三月二五日〕 【所が明治九年と思ふ。…】(DK080042k-0005)
第8巻 p.535-536 ページ画像

竜門雑誌 第二六二号・第三―四頁 〔明治四三年三月二五日〕
 所が明治九年と思ふ。丁度士族の禄制が定まつた。それと同時に華族へも矢張其の食禄相当に金禄公債で渡すといふことになつた。そこで華族方の財産に異状を生じた。しかのみならず前には出来ないと思つた奥州への鉄道が、岩倉公が何でも斯でも遣らせるといはれて日本鉄道会社の組立を鋭意計画された。そこで華族さん方は、日本鉄道会社へも資本を出し、京浜鉄道の年賦金をも納むるといふことは家政上甚だ困る。どちらか一方にして貰ひたいといふことを岩倉公へ申出した。岩倉公は敢て京浜鉄道の契約を毀し主義といふのではないがそんなら京浜の方を解除して日本鉄道の方へ資本を出せと言はれた。私は是に於て如何にも残念と思ひましたから、然らば京浜鉄道は民業で遣りますから、華族さん方は御止めなさい。私が民間で資本を募つて遣りますと主張したけれども、元来華族方へ契約した事だから民間へは許可せぬと言はれて、到頭京浜鉄道の年賦約定は、日本鉄道会社へ資本を出す為に解除されて仕舞つた。既に政府へ納付済になつて居る八十万円許りの金額は如何にしたかといふと、これは多く海上保険会社へ注入された。今日でも海上保険会社に華族方の株主の多いのは其の
 - 第8巻 p.536 -ページ画像 
故である。又大阪紡績会社の設立にも、私が勧めて株を持たせるやうにした。○下略