デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

2章 交通
2節 鉄道
1款 東京鉄道組合
■綱文

第8巻 p.543-556(DK080044k) ページ画像

明治11年3月18日(1878年)

曩ニ鉄道払下条約取消ノ許可アリタルヲ以テ、是日第四十回会議ヲ開キ前会決議ニ基キ将来ノ目的ニ付審議ス。栄一転換ノ事業トシテ海上保険業ヲ創ムル事ヲ勧ム。衆議之ヲ容レ、其準備調査ヲ栄一ニ委嘱ス。而シテ爰ニ同組合解散スルニ当リ栄一ニ慰労金千円ヲ贈ル。


■資料

鉄道回章留(DK080044k-0001)
第8巻 p.543 ページ画像

鉄道回章留 (渋択子爵家所蔵)
    ○
刻付
乾第五号輪札ヲ以啓申仕候、去ル十一日第四号ヲ以御悃願書御指令及ヒ来ル十八日御休会等之義御報知申上候処午後更ニ御会議ヲ要スヘキ事情ニ推移リ候間来ル十八日ハ定式御会議相開キ可申候条同日午後一時迄ニ御来会可被下候、輪札刻付御順達周尾ヨリ御還付可被下候也
  明治十一年              渋沢栄一
      三月十四日午後十一時三十分


鉄道組合会議要件録 第三巻(DK080044k-0002)
第8巻 p.543-546 ページ画像

鉄道組合会議要件録 第三巻(株式会社第一銀行所蔵)
    第四十回定式会議 明治十一年三月十八日於第一国立銀行開設
                 会員
                     蜂須賀茂韶代理
                      林厚徳
                     徳川慶勝代理
                      井上喬
                     松平頼聡代理
                      三宅十郎
                     大村純熙代理
                      佐藤甚兵衛
                     伊井直憲伊井直安代理
                      金田師行
                     毛利元敏代理
                      難波舟平
                     榊原政敬代理
                      加藤直栗
                     池田章政代理
                      水原久雄
                     九条道孝代理
                      朝山常順
                     毛利元忠代理
                      柏村信
 - 第8巻 p.544 -ページ画像 
                      池田茂政
                     前田利嗣代理
                      北川亥之作
                     松平茂昭松平慶永代理
                      武田正規
                     久松定謨久松勝成代理
                      管良明
                     前田利同代理
                      佐々高柯
                     伊達宗城代理
                      西園寺公成
                      伊達宗城
                     池田輝知池田徳潤代理
                      川崎真胤
                     毛利元徳代理
                      笠原昌吉
                      亀井玆監
                 総理代人 渋沢栄一
                  以上
                 欠席   山内豊範
本会ノ開設ハ昨年十二月十九日鉄道組合連署シテ大蔵工部両卿ニ開稟セシ「東京横浜間鉄道御払下条約取消ノ儀悃願書」本月九日指令アルニ由リ、前会ノ決議ニ基キ将来組合転換ノ目的ヲ確定スヘキ為メナリ因テ総理代人ハ前会已後ノ事情ヲ演述シ、而シテ商議決定スル所左ノ如シ
    第一節
総理代人告テ曰、頃日悃願書ノ指令アルニ因テ先ツ一己ノ意ヲ以テ大蔵卿ニ其底意ヲ内稟セシニ果シテ推測ノ如ク今日大蔵省ニ在テ度支必迫ニ際シ預シメ其還付ノ遅速ヲ約スヘカラス、能ク熟案シテ後回諭スヘシト云、当下若シ強テ其期ヲ扣求セハ何等ノ即諭アルヲ知ルヘカラスト雖トモ、敢テ之ニ及ハサリシ、抑昨年第三十九回会議ノ盟約スル所ニ拠レハ此組合ノ旧資金ハ決シテ各自ノ私費ニ用ユヘカラスシテ共同再挙ノ為メニ保存スヘキ者ナリ、而シテ已ニ今日悃願ノ旨ヲ允准セラルヽヲ得ルヲ以テ宜シク再図ノ目途ヲ立テサルヘカラス、且其大蔵卿ニ内稟セシトキニ当リ卿ノ言ニ曰ク、今日共同再挙シテ保険ノ如キ事業ニ就ケハ大ニ時勢ニ適フノ要務タルヲ以テ官厚ク之ヲ賛成スヘキナリ、然レトモ亦退テ鉄道組合ノ如キ興廃アルヲ回憶スレハ窃ニ此再挙ニ於テ十分ノ信安ヲ与フヘカラサル者アリ、是ヲ以テ今日諸子ノ為メニ望ム所ハ其熟慮精議万一失ナキヲ以テ百折撓マサルノ鋭意ヲ持スルヲ要ス、然ラサレハ官厚ク之ヲ賛成セント欲ト雖トモ得ヘカラス、因テ此言ヲ諸子ニ報セント欲スト、対ヘテ曰、小子現ニ旧鉄道組合ノ総理代人タルヲ以テスレハ敢テ其再挙ヲ勧ムルノ任ヲ有セスシテ、且小子モ亦之ヲ欲セサルナリト、故ニ今日ノ要務ハ諸君カ再挙ノ経画ニ於テ鋭意必成ノ目的ヲ持シ、之ヲ大蔵卿ニ回報シテ而シテ其保佑ヲ蒙ムルヘキカ、若シ或ハ諸君心裡ニ危疑スル所アレハ軽シク再挙ニ着手セサルヘシ、到底此両案ヲ決定セサルヲ得ス、因テ之ヲ議案ト為シ、須ラク熟慮決定スヘシ
 伊達宗城曰、大蔵卿ノ用意総理代人ノ直言両ツナカラ我輩ノ為メノ薬石ナリ謝忱スルニ堪ヘス、然レトモ再挙ノ如キハ各熟慮精議ニ由
 - 第8巻 p.545 -ページ画像 
テ決意確着スルヲ以テ更ニ又商量スルヲ須ヒス、要スルニ再挙ノ事業ヲ経画シ、略其方法ヲモ設ケ、以テ大蔵卿ニ稟候スヘシ、而シテ各位モ亦此ニ於テ異議ナカルヘキヲ信ス
 林厚徳曰、再挙ノコトハ前会ニ於テ異議ナキ決答ヲ述ヘタリ、然レトモ其事鉄道ニアラスシテ全ク他業ニ転就スルヲ以テ、一タヒ主家ノ命ヲ聴カサルヲ得ス、故ニ速ニ倫敦ニ問候スヘシト雖トモ、其間公議スヘキノ要務ハ聊カモ猶予ヲナサス、諸君ト共ニ商量シテ其前途ニ従フヲ要ス
総理代人曰、伊達公ノ言フカ如キハ、則大蔵卿等ノ忠告ハ之ヲ辱ケナシト為スト雖トモ、自カラ已ニ百折不屈ヲ以テ意ヲ決スレハ願ハクハ以テ念ト為ス勿レト云ニ似タリ、其然リ而シテ今要スル所ハ今回ノ指令アルニ因テ直ニ既納金額還収ヲ申請スルカ、又ハ再挙ノ目的ヲ開稟スルカノ両案ヲ一決スヘキニ在リ、各位宜シク之ヲ議定スヘシ
 松平頼聡代理三宅十郎ハ伊達宗城ノ議案ニ同意シ、前田利嗣代理北川亥之作ハ前会ノ約束ニ従テ再挙ノ考案ヲ精議スヘク、且其目的ハ預メ聞ク所アリ、宜シク之ヲ研究スルヲ要スト云、衆概ネ此両答議ニ同意ナルヲ以テ、再挙ヲ計画スヘキコトニ帰着セリ
    第二節
右ノ如ク決議スルニ因テ総理代人ハ再挙ノ事業ヲ指明シテ曰、昨年鉄道組合ノ将ニ倒レントスルニ際シテ、其転行ノ為メニ方案ヲ立ツル者三アリ、一ハ海上保険事業ト為ス、是今日ノ国勢ニ於テ要用タル者ナリ、二ヲ株式取引所ト為ス、是亦今日理財ノ要具タル者ナリ、三ヲ北上川開墾野蒜築港ノ挙ト為ス、是容易ナラサルノ大土木ナリト雖トモ泰西請負ノ例ニ傚ヒ施行スル時ハ、年利六分ヲ以テ政府ニ委托シ、土木局ニ於テ築造スルヲ得ヘキ者ナリ、以上三事業ノ内、海上保険ヲ以テ㝡得策ト為ス、蓋他ノ二事業ハ之ヲ行フニ於テ敢テ難ンスル者ニ非ス、惟タ独リ保険ハ資本優勝ノ力アル者ニアラサルヨリハ之ヲ創建シテ而シテ又之ヲ維持スル能ハス、若シ我共同ノ旧資本ヲ転用シテ之ニ充ツルヲ得ハ、公私共ニ喜フヘキ者ナリ、然ルニ保険ノ挙ハ昨年来三菱商会ニ在テ盛ンニ独行ヲ唱ヘ、一時其論ニ傾カントスルノ形勢ヲ表ハシタリ、此際小子ハ欧米ノ実例ヲ引テ三菱自カラ摂スルノ不利ナルコトヲ痛論シ、而シテ之ヲ大蔵卿ニ陳述セリ、爾後(昨年冬)大蔵卿ノ言ニ、三菱ノ自挙ハ稍中止ニ属スルニ因テ、今鉄道組合ニ在テ之ヲ挙行スル者ハ如何ト、今也株式取引所ハ小生等結社ヲ以テ之ヲ創立セリ北上川ノ土木ハ政府ニ在テ籌款挙行アルヲ聞ケハ、今日ノ再挙スヘキ事業ニ於テハ到底保険ノ事ニ止ル者ナリ、然而シテ保険ノ事業ハ今日緊要ノ国勢タリト雖トモ、亦一朝ニシテ巨利ヲ占ムヘキ者ニアラス、且其業経ハ法律ニ関渉シ極メテ厳格ナル者ナリ、故ニ若シ能ク其目的ヲ失セスシテ耐久ノ効アルニ至テハ、実ニ驚クヘキノ大利ヲ占収スル者アリ、前年ニ在テ「ジヤアージンマテリン」ノ如キハ四百弗ノ一株ヲ以テ其半季純益百五十弗ノ優利ニ出ツルコトアリシ、然レトモ此等ノ利益ハ㝡老業ノ結果ニシテ固ヨリ一朝ニ望ムヘカラサル者ト雖トモ亦惟タ参考ノ一端ニ足ルヘキナリ、思フニ此同盟ハ他ノ商賈ニ異ナルヲ以テ売買ノ事業ニ関係スル能ハサレハ、到底保険ノ如キ事業ニ就ク
 - 第8巻 p.546 -ページ画像 
ヲ至当ナリトセンカ、各位以テ審案スルヲ要ス
 北川亥之作曰、保険ノ事業尤望ムヘシ、願クハ其方法ヲ聴クヲ要ス柏村信曰、保険ノ事業ハ其可ナルヲ覚ヘタリ、且旧資ヲ還収スヘキ好手段タルヲ得ヘシ、然ルニ保険ノ字面ノ如キハ能ク其実際ヲ悉ササル者ハ恐クハ之ヲ危疑セサルヲ得ス、願クハ尚一会ヲ開設シ、而シテ其安危得失ノ如何ヲ熟議シテ以テ挙措ヲ決定スルヲ要ス、是ヲ以テ今日未タ決答ヲ為ス能ハス、然而シテ他日其一会ヲ設クル於テハ或ハ投票ヲ行ヒ、以テ其多数ニ従ヒ決行スルモ妨ケナシト為ス
 伊達宗城曰、柏村ノ言寔ニ然リ、吾人耳慣レサル保険ノ字面ニ於テハ其実際ノ如何ニ危疑セサルヲ得ス、又前日大蔵卿ニ面晤セシトキ卿ノ言ニ、組合ノ事業今日一掃跡ヲ留メサルハ失体ナラスヤ、幸ニ海上保険ノ如キ草創ノ事業アツテ、且尤モ今日ノ要務ト為シ、而シテ三菱会社ノ之ヲ営業スルハ適当セサルヲ以テ、吾同盟ノ代テ挙行スルヲ得ハ卿ニ於テモ必ス揄揚スヘシト云、因テ思フニ吾輩保険ノ字面ニ危疑スルハ蓋其情実ヲ明カニセサルカ為メナリ、故ニ保険ノ業ヲ創立スヘキコトニ決定スルヲ要ス
 伊達宗城代理西園寺公成問《(伊達宗徳)》テ曰、若シ保険ノ業ヲ開カントナレハ其資本ハ大約幾許ヲ要スヘキヤ、而シテ資本ニ余贏アレハ公債証書ヲ収買シテ貯存スヘキ者カ
総理代人答テ曰、小子未タ資本ノ計算ニ至テハ之ヲ熟知セスト雖トモ到底資本額適度ヲ確定シ、而シテ又保険ノ件数ヲモ予計セサルヘカラス、試ニ仮計ヲ設クレハ大約五万円ヲ以テ資本トスルニ足ルヘシ、而シテ若シ其懸念アル者ハ外国ノ保険会社ニ転委スルヲ得ヘシ、要スルニ創建ノ順次ハ先ツ会社ノ地基ヲト定シ、人員及ヒ事務ノ程度ヲ経画シ、以テ其大体ヲ設立スヘシ、而シテ鉄道旧資四十余万円ノ内五万円ハ之ヲ現資トナシ、其余ハ公債証書ニ換ヘテ貯存スレハ可ナリ
 池田章政代理水原久雄曰、未タ保険ノ何タルヲ知ラス、願クハ其方法ノ調整アルヲ待テ之ヲ熟案セント欲ス
総理代人各位ニ問テ曰、諸君ノ公議ニ基キ先ツ保険ノ方法ヲ調整スヘキヲ以テ、其適当ナル人ニ嘱シテ外国ノ例規ヲ反訳セシムヘキカ
 衆皆此問議ノ如ク着手センコトヲ要ス
総理代人曰、然レハ其適当ノ人アルニ因テ目下先ツ反訳等ニ従事セシメ、他日保険会社成立ノ日ニ至レハ、更ニ之ヲ薦挙スルヲ要ス、其人ハ即チ益田孝ノ舎弟某氏ナリ、今之ニ嘱スルニ於テハ鉄道月費残余ノ内ヨリ相当ノ謝礼ヲ付スルヲ要スル者ハ如何
 衆皆之ヲ領諾シ、而シテ其方法調整ニ付之ヲ明解演説アランコトヲ要求セリ
    第三節
「東京横浜間鉄道御払下条約取消ノ儀悃願書」允准アルニ因テ今日限リ鉄道組合ヲ廃解シ、而シテ従前総理代人ニ委托セシ所ノ月費金銭余ノ内千円ヲ慰労トシテ総理代人ニ謝餽スヘキコトヲ諸位ヨリ総理代人ニ陳述シ、総理代人ハ之ヲ辞スヘカラスシテ領受セリ、此ニ於テ鉄道ノ事務全ク廃絶ス

 - 第8巻 p.547 -ページ画像 

渋沢栄一書翰 大隈重信宛(明治十一年)二月二五日(DK080044k-0003)
第8巻 p.547 ページ画像

渋沢栄一書翰 大隈重信宛(明治十一年)二月二五日
                     (大隈侯爵家所蔵)
謹白、頃日来拝謁之上奉願之事共有之、既ニ一昨日も中山より申上置今朝ハ益田同行参邸之覚悟ニ御坐候処、朝来風邪気ニて何分雨中外出仕兼候ニ付、無拠参上不仕候、尤も益田同行奉願候事ハ、同人今朝申上候ニ付、既ニ御高旨も拝承仕候得共、小生銀行奉願候件々ハ恐悚之至ニ候得共左ニ申上候
華族鉄道組合ヘ御下金之義ハ何卒御聞届被下、且右金を以海上保険会社創立之事御許可被下度候事○外三件略
右等之件々ハ何卒早く御許允之程奉願候、何れ不日快方次第昇邸尚可奉願候得共、不取敢書中前段達尊聴置度 匆々頓首敬白
  二月廿五日 渋沢栄一
    大蔵卿閣下
   ○東京海上保険会社ノ創設ニ関シテハ本書第七巻(第五五七頁)所収「東京海上保険株式会社」ノ項参照。



〔参考〕鉄道会社会議要件録 第一巻・第一―六頁(DK080044k-0004)
第8巻 p.547-548 ページ画像

鉄道会社会議要件録 第一巻・第一―六頁
                  (株式会社第一銀行所蔵)
    小引
一鉄道建築ノ議ノ華族会中ニ創起シタルハ明治六年三月二十三日麝香間列席中ノ各位ヨリ太政官エ上申シタル願書ニ其端ヲ現スト云ヘトモ、其之ヲ致ス所以ノモノハ蜂須賀氏ノ遠ク英国ヨリ其起念ヲ同列各位ニ通知セシニ胚胎セリ、然リ而シテ此議萎微振ハサリシニ、今歳明治八年ニ至リ伊達・池田ノ両氏又前議ヲ更張シテ曩ニ同盟セシ各位ヲ会同シ、遂ニ其建築方法ヲ渋沢・前島ノ両人ヘ托スルコトヲ決シ、既ニシテ其方法ノ草定セシニヨリ三月廿七日ヲ以テ発起各位ノ集会ヲ催シ、尋テ両三次ノ会同ヲ為スト云ヘトモ、事業ノ洪大ナルト費金ノ巨額ナルヨリ集議完了スル能ハサリシカ、幸ニ井上氏ノ忠告アリテ、会議第四回ニ及ンテ新築ノ目的ヲ転シ、既成ノ軌道其他ノ家屋地所物件マテ買下ヲ上願スヘキニ決議シ、爾来同望ノ華族増々焉ニ加リ、其徴集金額モ略満員シ、買下ノ願書ヲ上申セシヨリ更ニ亦半歳ニシテ其集会モ第十二回ニ至リ始テ此願請ノ目的ヲ達シ払下ノ指令ヲ得タルハ、蓋此立会ノ企望遠且ツ大ナルヨリ之ヲ観レハ、敢テ稽緩ト云可ラスト云ヘトモ、抑又之ニ従事スル者ニ於テハ其間亦タ隔靴掻痒ノ憾ナキ能ハス、而シテ能ク斯ニ達スル所以ノモノハ、素ヨリ政府ノ特典ニ頼ルト雖トモ、同盟各位奮発ノ効亦少シト為ス可ラス、是レ乃チ此編ノ成ル所以ノ原因ナレハ、今其概略ヲ叙列シ、以テ此議ノ沿革ヲ瞭然ナラシム
一此編ハ固ト此立会ノ会議要件録タレハ、随テ議シ随テ録シ、其編次固ヨリ此立会ト共ニ終局ス可ラサルモノナリ、而シテ今第一回ヨリ第十二回ニ迄リ之ヲ編成シテ第一巻トスル者、蓋年紀ニ界限アリ、事項ニ段落アル所以ナリ、然則此立会ノ連綿タルニ従ヒ此編ノ継テ第二第三ヨリ第十百巻ニ至ルハ固ヨリ限ル所ニ非ス、而シテ其巻ヲ
 - 第8巻 p.548 -ページ画像 
畢リ編ヲ次クカ如キハ尚事項ト年紀トニヨリテ適宜之ヲ纂輯スヘシ
一此編ハ素ト此立会中ノ私録ニシテ、敢テ之ヲ官ニ捧ケ、又ハ世ニ公スル者ニ非スト雖トモ、編中纂輯スル所ハ都テ立会中ノ公議ニヨリ輿論ノ決案ヲ随録セシモノナレハ、則之ヲ立会中ノ典章トナシ、凡ソ此会ニ連ル者ハ其要款ヲ恪守セサル可ラス
一編中毎会議事ノ要件ヲ録スルヲ主ト為スト雖トモ、其間上申書及誓約書見込書往復書翰ニ類スルモノアリ、是則会議ノ沿革ト決案ノ次第トヲ明ニスル所ノモノタレハ、敢テ其体裁ヲ論セス秩序シテ之ヲ編次ス、蓋シ其事実ヲ重ンスル所又則要件録ノ主旨タリ
一編中会同ノ人名録ハ其名刺ヲ投スルノ遅速ニヨリテ之ヲ随記シ、固ヨリ其先後スル所、位階ノ差等ト金額ノ多寡ニ拘ハラサルナリ、他日立会ノ集議ヲ以テ其順次ヲ決セハ随テ之ヲ更正スヘシ
 小引畢


〔参考〕東京鉄道組合会議要件録 第二巻・第四―七頁(DK080044k-0005)
第8巻 p.548 ページ画像

東京鉄道組合会議要件録 第二巻・第四―七頁
                  (株式会社第一銀行所蔵)
小引
此要件録第二巻ハ明治九年一月ニ起リ八月五日政府ト約ヲ修ムルニ止ル、其間会数九回、議ヲ定ムル三十一件、今試ミニ其事跡ノ標幹タルモノヲ挙クレハ、即チ肝煎ノ権限ヲ定メ、以テ同盟ノ連合ヲ綜理シ、総理代人ノ権限章程ヲ立テ、以テ組合ノ事務ヲ整治シ、会議ノ規則ヲ設ケ、以テ議論ノ紛雑ヲ防止シ、担保金額ヲ更定シ、以テ上納ノ計算ヲ詳カニシ、七年ノ出納ヲ籌画シ、以テ会計ノ得失ヲ明カニシ、政府ノ特允ヲ得、以テ同盟ノ志望ヲ達シ、両卿ノ約款ヲ要シ、以テ立会ノ根礎ヲ定ムル等是ナリ、然而シテ定款未タ議了セスト雖トモ、已ニ其数章ヲ撰ミ、申合規則ハ未タ議ヲ起サスト雖トモ、亦発案ニ係ル、夫レ第一巻ノ小引ニ所謂年記ニ限界アリ、事項ニ段落アル者蓋斯篇ヲ輯ムル所以ナリ、而シテ其要点ノ星聚スルヤ此ノ如シ、他日数篇ノ中其標幹タルヘキ者、果シテ斯編ニ在ル歟
凡例
一斯編ハ会議日誌ヲ纂輯スル者ト雖トモ、諸草案議定ノ条ノ如キハ大ニ刪斧ヲ施シ一々其原案ヲ改定スル者ヲ載セス、只某案ヲ議定シ又ハ某稿ヲ撰定スト記載シ而シテ編末ニ於テ其結局セシモノヲ載出ス
一政府ト修約セシ条款ノ如キハ其発案ヨリ結局ニ届ル実ニ第十三会議ヨリ第廿一会議ニ亘リ、其間数回ノ更正ヲ加ヘ、随テ再三稿案ヲ改ム、然レトモ今一々其更正ヲ記サス、而シテ編末ニ於テ其三月十日東京府ニ上申セシ文牒ト八月五日大蔵工部ノ両卿ト修約セシ条款而已ヲ掲載ス
一第一国立銀行トノ約款ノ如キモ、亦再定ニ係レリ、然レトモ只其結局ノ者ヲ以テ編末ニ出タス
一毎会出席人名ノ順序ハ、総テ当日着到簿ニ従テ之ヲ記ス
    以上


〔参考〕林厚徳渋沢栄一文書(DK080044k-0006)
第8巻 p.548-549 ページ画像

林厚徳渋沢栄一文書        (株式会社第一銀行所蔵)
 - 第8巻 p.549 -ページ画像 
 (別筆)
   明治十一年六月十三日
貴札拝見仕候、陳者昨年七月旧鉄道組合ヘ借用致し候金弐拾壱万四千円返却延引罷在候処、右者当半季御計算之御都合御座候ニ付、返済期限可申上旨承知仕候、旧鉄道組合之儀者昨年中政府ヘ懇願之上廃業致し、既納年賦金之儀者政府之御都合ヲ以テ御還付可相成積ニ有之、未タ其期限不相定候得共、近日旧組合同盟協議之上、尚又政府ヘ上申御還付之儀等決行可致積ニ付、貴行ニ対スル借用金之一事者右決行之日償却期限確と可申上と奉存候、就而ハ当六月半季御計算ニ於而ハ利子御収入之積ニ御心得置被下度候、此段一応回答申上置候也
                    林孝徳《(林厚徳)》(印)
                    渋沢栄一
    第十五国立銀行
        貸付方御中


〔参考〕鉄道組合会議要件録附録(DK080044k-0007)
第8巻 p.549-556 ページ画像

鉄道組合会議要件録附録(株式会社第一銀行所蔵)
    鉄道組合会議要件録附録
鉄道組合会議ハ明治八年三月廿七日ノ会議ヲ以テ更ニ之ヲ第一次会ト為シ、十一年三月十八日第四十次会ニ至リ組合ヲ廃解スルノ議ニ決セリ、則其第一回ヨリ第十二回ニ至ル会議ノ事項ハ要件録第一巻ヲ以テ之ヲ誌シ、第十三回ヨリ第二十一回ニ至ルハ第二巻ヲ以テ之ヲ誌シ、第二十二回ヨリ第四十回ニ至ルハ第三巻ヲ以テ之ヲ誌ス、而シテ廃解ノ後尚会議スル所ノ者ハ、専ハラ海上保険会社開創ノ事ニ係ルト雖トモ、然レトモ未タ其鉄道組合ノ基本ニ由ラスンハアラサルヲ以テ、今之ヲ要件録附録トナシテ此編ヲ成シ、以テ鉄道組合ノ始末ヲ明ニシ、併セテ海上保険会社ノ濫觴ヲ誌ス
○明治十一年五月十三日、旧鉄道組合同盟第一国立銀行楼上ニ会同シ海上保険会社ヲ開設スルヲ商議ス、此会ニ赴ク者ハ亀井玆監代理羽野中道・榊原政敬代理塩谷正直・池田暉知代理川崎真胤《(池田輝知)》・大村純熙代理山川前曜《(山川前耀)》・松平慶永同茂昭代理武田正規・松平頼聡代理三宅十郎・久松勝成同定謨代理池内久親・徳川慶勝代理鈴木重永・伊井直憲同直安代理金田師行・池田章政代理三谷峻・毛利元敏代理難波舟平・毛利元忠代理柏村信・前田利嗣代理北川亥之作・山内豊範代理前野久米・伊達宗城・蜂須賀茂韶代理林厚徳・伊達宗徳代理西園寺公成・渋沢栄一共々十八名、池田徳潤・九条道孝・池田茂政・前田利同・毛利元徳ハ欠席ヲ告ク、此会ヤ曩ニ鉄道組合解体ノ際更ニ海上保険会社創立ノ挙ヲ謀リ而シテ渋沢栄一ニ委托シテ其方法ヲ考案ス、因テ同氏ハ之ヲ経画シ其草案ノ成ルヲ告ク、第一創立要旨、第二営業方法、第三予算、第四保険ノ主義即チ通商貿易辞書抄訳、第五上海楊子江保険会社保険状訳是ナリ、而シテ同氏ハ創立要旨以下三件ノ主意ヲ仔細ニ演説シ、畢テ謂テ曰ク、諸君此五目ノ書件ヲ熟覧セハ則保険事業ノ大意ヲ了解スルヲ得ヘシ、且今日之ヲ議定スヘキ者ニアラサレハ諸君能ク考察ヲ下タシ、若シ質問スル所アレハ益田克徳ヨリ答弁スヘキナリ、伊達宗城曰、計画書ヲ熟覧シ然後質問スル所アルヘキヲ以テ目下其可否ヲ言フヲ得ス、北川亥之作曰、願クハ此書件ヲ印刷シ各其一二部ヲ得テ熟
 - 第8巻 p.550 -ページ画像 
覧スルヲ要ス、衆皆此説ニ同セリ、渋沢栄一曰、諾速ニ印刷ヲ命シ諸君ニ頒ツヘシ、而シテ小子不日大坂ニ赴キ略々二十日間ヲ以テ帰京スヘキヲ以テ、諸君ハ其印本ヲ得レバ能ク得失ヲ審案シ其可否ヲ決議シ小子ノ帰ヲ俟テ之ヲ回報スヘシ、然ルトキハ更ニ政府ニ請フテ既ニ允准セラルヽ所ノ旧鉄道組合年賦納金ヲ収還シ其金額ヲ以テ資本ヲ預備スルヲ要ス、林厚徳曰、今日寡君西游ニ在ルヲ以テ小子自ラ能ク新案ヲ可否スルヲ得スト雖トモ、亦嘗テ考ル所ヲ以テスレハ今新案ノ如キハ実ニ鉄道事業ヨリ転遷シ惟々其方法ヲ異ニスル者ナレハ敢テ之ヲ新事業ト謂フヘカラサルヲ以テ当時已ニ游処ニ申報セリ、而シテ今此計画ヲ議定スルニ至テハ復タ之ヲ申報シテ指示ヲ領セサルヲ得ス、然ルニ今諸君ノ核議ヲ以テ官府ニ稟請セントスルニ当リ、敞家ノ為メニ完全ナラサルハ深ク恐謝スルニ堪ヘス、且私ニ以為ク、寡君此挙ニ於テ十ニ七八不可ヲ言フヘカラス、蓋今日ノ挙アル大蔵工部両卿ノ特旨ヲ以テ指令セラルヽニアラスンハ畢竟旧鉄道組合ヨリ政府ニ対スル約款ノ内三項ヲ撰テ処分スルニ至ルヘシ、苟モ然ラハ何ソ今日ノ再挙アルヲ得ンヤ、小子肝胆ヲ吐露スル此ノ如シ、願クハ諸君諒察セヨ、北川亥之作曰、凡ソ立会ノ資本ハ銀行ニアラサレハ其責任ヲ定限スヘカラサル者カ、渋沢栄一曰、小子之ヲ要路ノ人ニ聞ク、責任有限ノ如キハ資本ノ略々一倍ヲ要スト、是未ダ其確論ナルヤ否ヲ詳ニセス、北川亥之作曰、今此会社ヲ開創スルニ当リテ其株金ヲ以テ公債証書ニ換ヘ之ヲ政府ニ委頼シ而シテ其株高ヲ踰ヘテ営業スルヲ禁止スルトセハ如何渋沢栄一答テ曰、凡ソ責任ヲ設クル者ハ其信憑ノ為ニスルヲ以テ敢テ斯ノ如キ束縛ヲ行ハサルモ可ナリ、試ニ他ノ貸借ヲ以テ視ヨ、敢テ政府ヨリ干渉スルヲ得ヘキヤ、縦令干渉セント欲スルモ得ヘカラサルナリ、株式ノ如キモ亦然ルニアラスヤ、故ニ敢テ厳制セサルヲ善トス、又曰、今林君ノ陳ル所ハ小子嘗テ之ヲ聞ケリ、然ルニ今若シ林君ニシテ蜂須賀家ノ応募額ヲ決定スヘカラストセハ為メニ此同盟ノ株高ヲ増募シテ其大本ヲ決定セサルヘカラス、之ヲ決定スルハ諸君協議ノ如何ニ在ルノミ、小子玆ニ再ヒ諸君ノ委托ヲ受ク、只諸君ニ求ムル所ハ其確実渝ハラサルニ在ルノミ、諸君若シ因依シテ此事業再中止スルニ至レハ何ヲ以テカ前日ノ請願ニ対スルノ面アランヤ、是ヲ以テ今諸君ノ為メニ図レハ暫ク蜂須賀君ヲ置キ其補欠ヲ他ニ集募スヘクシテ妨クル所ナカルヘシ、且此際諸君心裡ニ一髪ノ間隙ヲモ生スレハ小子復タ委托ヲ全フスルノ目的アルナシ、願クハ諸君之ヲ領セヨ、林厚徳曰、敞家今核議ニ与カラサルハ蓋前日大蔵卿ノ諭示ヲ領スルヲ以テ務テ鄭重ニ従フ所ナリ、故ニ若シ諸君敞家ノ核答ヲ俟タス衆情ニ従テ目的ヲ立テント欲セハ敞家大ニ安キヲ得ヘシ、若シ敢テ敞家ト挙措セント欲セハ則復タ前議ヲ執テ対ヘサルヲ得ス、甚タ以テ困却スル所ナリ、北川亥之作曰、敢テ蜂須賀君ノ核答ヲ求メス宜シク衆議ヲ以テ決定シ其上申ニ臨テ決答ヲ聴クヘシ、伊達宗城ノ議モ亦此ニ類ス、柏村信曰、暫ク蜂須賀家ヲ措テ他ノ同志ト決議スヘシ、渋沢栄一曰、宜ク先ツ今日告クル所ノ書類ヲ熟読シ而シテ実際着手ニ臨ミ蜂須賀君ノ挙措ヲ決スヘシ、今林君ノ陳ル所ニ依レハ同家ノ確答ハ蓋十ノ七八協同ニ出ツヘキヲ信スルニ因リ、旧資ヲ還収シテ起業公債ヲ収買シ及海上保険会社
 - 第8巻 p.551 -ページ画像 
ノ創立ヲ申請スヘキハ明日ヲ以テスルモ妨ケナシト雖トモ暫ク内議略定ノ日ヲ待テ彼此一併上申スル者ハ如何、衆皆此議ニ同セリ、又曰既ニ此ノ如ク決定セハ諸君前議ニ従ヒ今日ヨリ凡ソ二十日間ヲ期シテ之ヲ熟案シ小子帰ルノ日ヲ俟テ回報セラレンコトヲ要ス、衆皆領諾セリ
○同年六月六日、伊達宗城盟主ト為リ旧鉄道組合ノ同盟ト第一国立銀行楼上ニ会シ、海上保険事業第二ノ会議ヲ開キ、渋沢栄一ノ計画ニ従テ海上保険会社ヲ創立スヘキコトニ決定ス、此会ニ赴ク者ハ大村純熙代理山川前曜《(山川前耀)》・毛利元敏代理難波舟平・毛利元忠代理柏村信・蜂須賀茂韶代理林厚徳・山内豊範代理前野久米・榊原政敬代理塩谷正直・松平慶永松平茂昭代理武田正規・久松勝成久松定謨代理池内久親・池田茂政池田章政代理水原久雄・前田利嗣代理北川亥之作・徳川慶勝代理井上喬・九条道孝代理朝山常順・前田利同代理佐々高柯・井伊直憲井伊直安代理原田庄蔵・亀井玆監・伊達宗城・毛利元徳代理笠原昌吉・池田暉知代理勝部静男《(池田輝知)》・松平頼聡代理三宅十郎・伊達宗徳代理西園寺公成・員外益田克徳共々二十一名、池田徳潤ハ欠席ヲ欠《(告)》ク
○同十八日、又第一国立銀行楼上ニ会シ前会ノ議ヲ続テ核議スル所アリ、此会ニ赴ク者ハ池田暉知代理小倉穀豊《(池田輝知)》・九条道孝代理朝山常順・大村純熙代理山川前曜《(山川前耀)》・井伊直憲井伊直安代理金田師行・久松勝成久松定謨代理池内久親・松平茂昭代理武田正規・松平慶永代理鈴木準造山内豊範代理広瀬実栄・松平頼聡代理三宅十郎・蜂須賀茂韶代理林厚徳・徳川慶勝代理井上喬・毛利元敏代理難波舟平・池田茂政池田章政代理水原久雄・前田利同代理佐々高柯・前田利嗣代理北川亥之作・毛利元忠代理柏村信・榊原政敬・亀井玆監・伊達宗城代理西園寺公成・渋沢栄一・益田克徳共々二十一名、伊達宗城・毛利元徳・池田徳潤ハ欠席ヲ告ク、渋沢栄一起テ諸位ニ報道シテ曰ク、前会ニ於テ採録スル所ノ書類ヲ示シ、海上保険会社事業ノ考覈ニ供シ約スルニ諸君此書件ヲ熟閲シテ挙措ヲ決定シ小子ノ帰京ヲ俟テ回示スヘキヲ以テス、然ルニ諸君ハ本月六日ニ於テ前会開呈スル所ノ方案ニ依テ海上保険ノ事業ヲ挙行スルヲ決議シ已ニ之ヲ回示セラルヽヲ以テ、尚其着手ノ順序ヲ議定スルヲ要ス、是ニ於テ諸氏ハ渋沢栄一ニ委托シテ総理代人ニ任シ並ニ其委任状ヲ交付ス、同氏ハ委任状内始終賛成ノ字ヲ除クノ外其委托ヲ領諾シ、乃チ議シテ曰ク、已ニ海上保険会社ヲ創立スルヲ決定セハ此事業ノ大要ヲ上申シテ准許ヲ請ヒ、及ヒ旧資本金ヲ以テ起業公債ヲ収買シ保険会社ノ資本ニ充ツヘキカ為メ、既納金額ノ還付ヲ請フヘシ、諸位皆本議ニ同シ、而シテ渋沢氏該文案ヲ起草シ更ニ衆議ヲ以テ定ムヘキコトニ決定セリ、北川亥之作、渋沢栄一ニ問テ曰ク、今此再挙ニ当リ敝家ノ旧資本額ヲ増加セント欲ス之ヲ得ヘキヤ、答テ曰、敢テ得ヘカラサルニアラサルナリ、而シテ此合本ノ法ハ旧結社ノ如ク各資本額ニ奇零数ヲ剰サヽルヲ可トス、仮ニ其資本ヲ五十万円ト定ムルトキハ即チ七万円余ノ不足ヲナシ、此不足ハ此同盟ヨリ増募シ或ハ他ニ就テ之ヲ募リ、到座其両法《(当)》ニ依ラサルヘカラス、然ルトキハ其五十万円ノ内旧資四十二万円許ヲ増加シテ以テ四十五万円トナシ、而シテ此増額ヲ前田家ヨリ出金シ、尚其足ラサル所ノ五万円ハ之ヲ他ニ就テ募集セハ可ナリ、然レトモ此計算ノ如キハ前議申請ヲ准セラルヽノ日
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ヲ待テ議シ、或ハ他日別会ヲ開テ議スルモ可ナリ、衆皆之ニ従フ、渋沢氏諸位ニ告テ曰ク、此立会ノ定款及規則ノ如キ小子已ニ腹稿アリ、猶之ヲ議定スルノ境ニ至ラサルヲ以テ起草セス、諸君之ヲ諒知セヨ
    海上保険会社企業之儀ニ付御依頼書
 今般貴殿ニ及御委頼御取調被下候海上保険営業方案之儀、拙者共各熟読審案致候処、右着手之目途計算之得失等着々精確援拠審明尽ク其大意ヲ領会致候間、去ル六日拙者共会同各意見ヲ述ヘ、商量熟議之上、該事業ヲ以テ方今公私必要之挙ナルコトヲ確認シ、因テ先般特准ヲ受クル所ノ旧鉄道組合之資本金ヲ以テ、都而御取調之方案ニ依リ実際施行可致積決定候間、貴殿総理代人ニ立チ、右創設之事務一切御調理之上、始終御担任被下候様仕度、就而は拙者共一同其確実ヲ表スル為メ記名調印致候条、無御異議領諾有之度候、此段及御委頼候也
   明治十一年六月十八日         同盟二十五名連印
    渋沢栄一殿
○同月卅日、総理代人渋沢栄一ハ本月十八日ノ決議ニ因リ旧鉄道組合既納金還与願書海上保険会社創立願書ノ文案ヲ作リ、輪札ヲ以テ廻議ヲ経、七月廿日此両牒ヲ上申セリ、其文左ニ列ス
    海上保険会社創立之儀願書
 私共同盟ニ於テ明治九年三月中、東京横浜間鉄道御払下之儀相願候処、御特典ニ依テ御聞済被成下、爾来年賦金上納仕候処、昨年禄券之制度被仰出候ニ付従前計算之方法難相立、百方考案ヲ尽候上、昨年十二月中大蔵卿工部卿両閣下ヘ上申仕、特別之御評議ヲ以テ鉄道御払下御条約御解棄、既納金額六十四万弐千円之分御回付被成下度旨奉懇願候処、幸ニ情由ヲ洞悉セラレ、三月九日願之趣旨御採用該金額ハ大蔵省ノ御都合ニ由リ追テ御回付可被下旨御指令有之、一同奉感戴候、右者実ニ非常ノ御恩典与相心得、又此金額之儀ハ私共ニ於テ実ニ容易ナラサル所ノ集合金ニ付、何卒此金額ヲ転用シテ上ハ国家公益ノ一分ヲ謀リ、下ハ各生計ノ資用ニ供シ申度、因テ新事業創設之儀篤ト商量仕候処、海上保険之業尤方今之急務ニ而且経済之要具興産通商ノ途ニ於テ欠クヘカラサル者ト奉存候、殊更本邦近来航海ノ業大ニ開ケ、通商ノ便利方産之運輸等昔日ニ幾倍スルヲ不可計、此時ニ当リ保険ノ業有テ之ト相連繋スル時ハ益其功用ヲ奏スヘク、就而ハ其条例ノ如キハ未タ御頒布不相成候得共、別冊要旨ノ目的ヲ以而右会社創立仕度候間、御准允被成下度候、尤会社定款及申合規則等ハ追々撰定、毎件御允聴ヲ経テ施行可仕候間、仰願クハ由来情実御諒察之上、早速御許可被成下度候、依之別冊相添連署上申仕候也
   明治十一年七月廿日         同盟連署印
    内務卿 伊藤博文殿
    旧鉄道組合既納金御回付之儀願書
 私共同盟旧鉄道組合之儀、一昨年禄券之制度被仰出、尋テ第十五国立銀行創立ニ際シ俄ニ資本給用之算ヲ失シ、百方弥縫之計相尽シ候得共、畢竟ニ維持之目途難相立候ニ付、不得止事同年十二月中右条
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約御解棄之儀相願候節、由来転換之情態ヲ曲陳シ、将来再図之目的ヲ設ケ特別之御処置ヲ以テ既納金額六十四万二千円一時御回付被下度旨奉願候処、本年三月願之通御聞済被成下、但該金之儀者御省之御都合ヲ以而追而御回付可被下旨御指令相成候ニ付、前書再図之儀種々商議ヲ尽シ、此程遂ニ決議ヲ以而海上保険会社創立之方法経画仕、別冊写之通東京府庁ヘ懇願仕候ニ付、右御回付之金額ヲ以テ目下該事業之資本ヲ立テ、及前回懇願之節申上候昨年第三季上納額第十五国立銀行ヨリ借用之分方今償却之期ニ相臨候間、旁以既納金額目今一時御回付被下度候、尤該金額之内四十万円ハ右営業資本ノ為メ起業公債ニ充用シ、残弐拾四万弐千円ノ分ヲ以而第十五銀行之元利等償算可仕候ニ付、其四十万円之分ハ御省之御切符ニ而御渡被下残額之分ハ通貨ニ而御回付被下度候、依之内務卿閣下ヘ之上申書写相添、此段奉悃願候也
  明治十一年七月廿日             同盟連署印
   大蔵卿 大隈重信殿
○同年八月十三日、海上保険会社創立ノ同盟第一国立銀行楼上ニ会同ス、此会ニ赴ク者ハ九条道孝代理朝山常順・井伊直憲井伊直安代理金田師行・榊原政敬代理塩谷正直・大村純熙代理山川前曜《(山川前耀)》・前田利嗣代理北川亥之作・松平慶永代理鈴木準造・松平茂昭代理武田正規・久松定謨久松勝成代理河東坤・山内豊範代理広瀬実栄・徳川慶勝代理井上喬池田茂政・池田章政代理水原久雄・松平頼聡代理三宅十郎・毛利元徳代理笠原昌吉・毛利元忠代理柏村信・池田暉知代理勝部静男《(池田輝知)》・蜂須賀茂韶代理林厚徳・亀井玆監・総理代人渋沢栄一、共々十九名、前田利同・池田徳潤ハ欠席ヲ告ク、渋沢栄一起テ諸位ニ告テ曰、海上保険ノ事業ニ於テハ嘗テ三菱会社ニ在テ開創センコトヲ図リ、当時我同盟モ其事業ヲ企図スルヲ以テ同社モ未タ其実際ニ着手スルニ及ハス、而シテ我同盟ハ漸次之ヲ経画シ近日既ニ開設ニ向フヲ以テ、曩日余ハ岩崎氏ニ議シ、我ト同盟シテ謀ランコトヲ奨メタリ、因テ本日同社員小野義真氏来テ加盟ヲ告ク、乃チ我同盟ノ実況ヲ報シ且同社ヨリ出タスヘキ資本ヲ定メテ以テ資本総額ヲ定メ、及株主ノ員数役員ノ設置ヲ議定スヘキコトヲ議ス、小野氏答テ曰、役員ヲ設置スル如キハ敢テ与議スルヲ求メス、唯資本額ニ於テハ目下ノ景況ニ就テ之ヲ看レハ、五十万円トナスモ尚多キヲ覚フ、然リト雖トモ集合ノ便宜ニヨリテ或ハ増多ニ至ルモ亦異議スル所ナシ、唯同社ハ其全株高ノ三分ノ一ヲ有センヲ欲ス、新ニ株主ヲ募ルモ別ニ異議アルナシト、此ノ如キ核議ヲ得ルヲ以テ、諸君宜ク其得失ヲ審案シテ此議ニ応スルヤ否ヲ決定スルヲ要ス是ニ於テ諸位各相審議シテ決定ヲ得ル所左ノ如シ、第一各有スル所ノ旧鉄道資本額ヲ減削セサルヲ得ハ、新ニ設立スヘキ株高ノ三分ノ一ヲ以テ三菱会社ニ有セシムルモ妨ケナシ、第二此主旨ニ従テ株金ヲ増設シ加盟ノ情由ヲ併セテ稟牒ヲ作リ之ヲ再申シテ前稟牒ヲ回付セラレンコトヲ請フヘシ、第三此稟牒ハ総理代人起稿シ輪議ヲ以テ決定スヘシ
○同月十九日、前会ノ決議ニ従ヒ再申文案ヲ草シ、輪札ヲ以テ議定シ九月七日本書ヲ東京府庁ヘ上申ス、其文左ノ如シ
    海上保険会社創立之儀願書
 - 第8巻 p.554 -ページ画像 
明治九年三月中九条道孝外廿四名之同族盟約致シ東京横浜間鉄道御払下之儀相願候処、御特典ニ依テ御聞済被成下、爾来年賦金上納仕候処、禄券之制度被仰出候ニ付、従前之計算方法難相立、百方考案ヲ尽シ候上、昨年十二月中大蔵卿工部卿両閣下ヘ上申仕、特別之御評議ヲ以而鉄道御払下御条約御取消、既納金額六十四万二千円之分御回付被成下度旨奉懇願候処、本年三月願旨御採用被成下、該金額は大蔵省之御都合ニ由リ追而御回付可被下旨御指令有之、一同特恩ニ浴シ奉感激候間、何卒此金額ヲ転用シテ上ハ国家公益ノ一分ヲ謀リ、下ハ各生計ノ資用ニ供シ申度、因テ一事業之儀篤与勘考仕候処本邦近来航海之便大ニ開ケ運輸通商ノ利昔日ニ数倍スルニ従ヒ、其事務ノ繁旺ナルモ亦昔日ノ比ニアラス、此時ニ当リ海上保険之事務ヲ開設致候ハヽ必時勢ニ適当シ、一層実益之途相開ケ可申与存、今般三菱滊船会社長岩崎弥太郎ト協議ヲ経、一同結社之積決議仕候、就而は未タ条例御頒布ニは不相成候得共、先ツ別冊要旨之目的ヲ以テ右会社創立仕度候間、御允准被成下度候、尤会社定款及申合規則等ハ、追々撰定毎件御允准ヲ経テ施行可仕候間、仰願クハ由来情実御諒察之上早速御允准被成下度候、依之別冊相添連署上申仕候也
  明治十一年九月七日         旧同盟二十五名及
                    岩崎弥太郎連名
   東京府知事 楠本正隆殿
 再申、向ニ願書ニ添ヘ上呈仕候別冊要旨之内、営業方法第一款株主之部ニ資本金ハ五十万円ト相認候処、右は再議之上凡ソ六十五万円ニ相改候間、此段更ニ御聞置被下度候也
○九月廿八日、旧鉄道組合ノ資本ヲ処理スルカ為メ総理代人ヨリ輪札ヲ発シ議シテ曰、爰ニ第一国立銀行ニ委頼スル所ノ旧鉄道組合資本金ヲ処理スルニ当リ、起業公債募集額減殺法アルヲ以テ一併之ヲ計算スルニ、本年七月以来数次同行ニ委頼スル金額ハ、合計六万三千弐百七十弐円八十銭壱厘概算書《(マヽ)》《(マヽ)》別ニ載ストナス、今此内五万円ヲ以テ更ニ定期預トナシ、壱万三千弐百七十三円八十弐銭壱厘ヲ以テ当坐預トナシ、而シテ他日此当坐預金ヲ以テ海上保険会社創立ノ諸費用ニ供スヘシ、起業公債減殺ノ法ハ詳ニ別紙計算書ニ載スル所ニシテ、其割戻ノ為メ還収スル弐十五万弐百十八円九十六銭《(マヽ)》ハ則保険会社資本ノ基礎タル者ナレハ、此金額ヲ以テ時価ノ高低ヲ計リ、金禄公債証書ヲ数次ニ採買スヘシ、其間此金額ヲ同行ニ委頼シ年六歩ノ利息ヲ収メ、而シテ本年ヲ期シテ収買スヘシ、此議ニ異見アラハ附箋ヲ以テ議シ、然ラサレハ同議ト為ス、輪札一周シテ皆異議ナキニ帰シ、遂ニ発議ノ如ク処理スルヲ得タリ
    概算書
 金九千三百五十六〇壱銭三厘      明治十一年決算之残
 金四万八千六百四十壱円〇九銭六厘   同八月既納金還附ニ付計算之残
 金五千弐百七十六円七十壱銭弐厘    同九月迄之利足
  合計六万三千弐百七拾三円八十弐銭壱厘
    内
   金五万円 第一国立銀行ヘ定期預但期限六ケ月利足年七歩弐厘之約束
 - 第8巻 p.555 -ページ画像 
 差引
  金壱万三千弐百七十三円八十弐銭壱厘 当坐預
    ○
   起業公債減却方勘定書
 引受高
 一 額面五拾五万円
   此実額四拾万円
  此賦当高拾六万三千七百円    但百円ニ付三拾弐円七十三銭四厘七毛九
  此実額拾三万〇九百六拾円
 差引割戻高
  額面三拾三万六千三百円
   此実額弐拾六万九千四拾円
  右ニ対スル九月分利足
   金千三百四拾五円弐拾銭
 二口金弐拾七万〇三百八拾五円弐拾銭
    内金壱万五千〇六拾六円弐拾四銭 割戻高ニ対スル請戻利息
  差引残
   金弐拾五万五千三百拾八円九拾六銭
 右者起業公債割戻金前書之通御渡可申候也
                    第一国立銀行
 華族廿五名総代
 渋沢栄一殿
○十二月十二日、東京府知事楠本正隆ヨリ指令シテ、九月廿日申請スル所ノ海上保険会社創立ヲ准ス、其批文ニ曰、書面願之趣聞届候事、但条例頒布之節ハ創立証書等取調更ニ可願出事、其翌日総理代人ヨリ輪札ヲ発シテ此指令ヲ諸位ニ照知セリ
○十二年九月廿二日、旧同盟廿五名相商テ上野公園精養軒ニ宴ヲ張リ渋沢栄一氏ヲ饗応ス、是ヨリ先キ烹茶文房具ノ贈アリ、是宴ト与ニ同氏カ鉄道事業ノ為メニ拮据スルニ酬ユルナリ、是日午後五時、同盟諸位先ツ到リ、渋沢氏来ルニ及テ宴ヲ開ク、宴半ニシテ蜂須賀茂韶氏起テ衆ニ代リ渋沢氏ノ功労ヲ謝シ、並ニ慶詞ヲ宜ヘ、畢テ諸子ト倶ニ杯ヲ挙ケ祝賀ス、松平慶永・伊達宗城両氏モ相賡テ各陳叙スル所アリ、勝部静男氏主君ニ代リ渋沢氏ノ功労ヲ賛揚シテ且謝シ且祝ス、渋沢氏起テ答辞ヲ作テ曰、寅テ諸君ノ高詞ヲ領シ感激已ムナシ、即チ蕪詞ヲ裁シテ諸君ノ盛意ニ対ヘント欲ス、小子頃厚貺ヲ辱フシ、又今日ノ盛饗ヲ蒙ムル、何ヲ以テ是隆遇ニ当ルヲ知ラス、顧フニ凡ソ人ノ賞与スル所アルハ必其効労ナカルヘカラス、若シ其効労ナキモノヲ以テ之ヲ賞ス此ヲ之濫ト曰フ、今諸君厚貺ヲ賜ヒ及ヒ盛饗ヲ設ケテ以テ小子ノ鉄道事業ニ拮据スルニ酬ユルノ挙ヲナス、小子其従事スル所ノ跡ヲ考ルニ、約款既ニ解キ資本既ニ転シ、規則章程ノ如キモ亦一空故紙トナリ、一モ存スル者アルナシ、今之ヲ効労ナキモノトスルモ可ナリ、而シテ諸君ハ尚之ヲ賞与スル者ハ是諸君小子ニ濫与スル所アルカ、宜ク弁セサルヲ得サルヘキナリ、蓋諸君カ小子ヲ賞スルハ其事ヲ以テセスシテ其志ヲ以テスルニアリ、請フ往事ニ溯テ之ヲ述ヘン、小子初テ諸
 - 第8巻 p.556 -ページ画像 
君ノ委托ニ因リ鉄道事業ノ為メニ拮据セシ者ハ本ヨリ名利ヲ図ルニアラス、亦其事業ノ必成ヲ期セス、惟諸君ノ合同訂盟シテ大ニ為スアラントスルノ精神ヲ煥発スルヲ喜ヒ、竟ニ諸君ニ許スニ総理代人タルヲ以テセリ、是時ニ当テ諸君ハ東京ヨリ青森ニ達スルノ鉄道築造ノ挙ヲ倡フ、小子其成功ノ期シ難キヲ恐レテ頻ニ之ヲ痛論シテ、東京横浜間ノ鉄道ヲ購求シ、漸ヲ以テ大業ヲ図ランコトヲ期シタリ、而シテ諸君能ク其利害ヲ察シテ竟ニ購求ノ議ヲ決ス、爾来盟款章程ヲ定メ、毎月会集シテ以テ計画商議ヲ尽クシ、遂ニ其情願ヲ政府ニ稟請シ、幸ニ特准ヲ賜ヒ政府ト約款ヲ訂立スルヲ得ル、諸君ノ光栄実ニ異数ト謂フヘシ、然而シテ其約款ヲ践行スル未タ数歳ナラス、忽チ禄制ノ更改ニ遭ヒ籌算尽ク画餅トナル、然リト雖トモ諸君鋭意屈セス、小子ニ詢ルニ更ニ禄制ニ従テ籌弁スルヲ以テス、是ニ於テ小子ハ三籌画ヲ案シテ再三審議スル所アリ、而シテ不幸ニシテ皆行ハレス、終ニ望ミヲ鉄道ニ絶ツニ至レリ、此ヲ以テ之ヲ看レハ、今日鉄道事業ニ於テハ寸毫ノ効ヲ見スト雖トモ、其合同訂盟ノ情益鞏固ニシテ渙散セス、遂ニ其分納スル所ノ金額ヲ回収シ、之カ資本ニ由テ更ニ海上保険会社ヲ開弁シ、因テ以テ今日アルニ至ル者ハ実ニ其精神ノ貫徹スルモノト謂フヘシ、是レ固々諸君百折撓マサルノ気力アルニ由ルト雖トモ、小子ノ忍耐能ク其間ニ従事シタルモ亦、以テ聊裨補スル所アリト謂フモ不可ナルナシ、然則諸君今日小子ニ与フルニ隆儀ヲ以テスルハ、自カラ其志ニ許シテ其労ヲ慰スル所ナリ、果シテ然ラハ、豈恭ク重貺ヲ受ケ、喜ンテ高宴ニ陪シ、諸君ト倶ニ觴ヲ飛ハシ、酔ヲ罄クシ、以テ高遇ヲ蒙ムラサルヘケンヤ、願クハ諸君能ク共同ノ誼ヲ厚フシ、更ニ此精神ヲ拡伸シテ、偉功ヲ将来ニ期シ、以テ上下ノ望ニ副ハンコトヲ、言畢テ諸位一斉拍手相慶ス、是ヨリ歓飲数刻十点鐘ニ及ヒ散場ス