デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

2章 交通
2節 鉄道
2款 日本鉄道株式会社
■綱文

第8巻 p.581-590(DK080046k) ページ画像

明治31年4月6日(1898年)

是ヨリ先、同会社ニ於テ職員ノ公金私消、定款改正認可申請ノ却下及従業員ノ罷業等諸事件アリテ社長小野義真以下理事委員検査委員一同其責ヲ負ヒテ辞任ス。是日臨時株主総会開催サレ委員ノ補欠選挙ヲ為ス。栄一議長ニ推サレタルガ、株主中ニ改革派アリテ遂ニ投票ニ依リテ決ス。栄一再ビ理事委員ニ当選ス。


■資料

(日本鉄道株式会社)実際報告 第三三回〔明治三一年六月〕(DK080046k-0001)
第8巻 p.581-582 ページ画像

(日本鉄道株式会社)実際報告  第三三回〔明治三一年六月〕
  明治三十一年前年度事業報告書
臨時総会 三十一年二月八日通常総会畢テ後、臨時総会ヲ開キ、左
 - 第8巻 p.582 -ページ画像 
ノ議案ヲ決議シ、二月九日其認可ヲ逓信大臣ニ出願セシニ、詮議相成難キ旨ヲ以テ三月十五日願書却下相成タリ
 第一号議案○略
 第二号議案○略
 第三号議案
  定款第四十九条ヲ左ノ通改正スルコト
   第四十九条 株主ノ議決権ハ其所有株数百株ニ付一個トス

同盟罷業 本年二月廿五日機関方及火失等同盟罷業ヲナシ、為メニ区間ニ由リテハ列車運転停止ノ已ムヲ得サルニ至リタルコトアリシト雖モ、幸ニ郵便物ノ逓送旅客ノ交通ヲ全ク絶ツニ至ラスシテ三月二日ニ至リ全線復旧運転スルヲ得タリ
○下略

理事委員検査委員補闕選挙 三十一年三月十八日理事委員検査委員一同辞職致度旨申出アリタルニヨリ、四月六日神田美土代町青年会館ニ於テ臨時総会ヲ開キ、理事委員検査委員ノ補闕選挙ヲ行ヒ、理事委員ニ毛利重輔、浅野長勲、山本直哉《(山本直成)》、渋沢栄一、二橋元長、久米良作西園寺公成、足立太郎、白杉政愛、角田林兵衛、菊地長四郎、深川亮蔵ノ諸氏、検査委員ニ渡辺福三郎、久野昌一、林賢徳ノ三氏当選、孰レモ即日上任シ、且同月八日理事委員ノ互選ヲ以テ毛利重輔氏社長ニ当選、亦即日上任セリ
理事委員辞任 足立太郎、白杉政愛両氏ハ三十一年四月八日事故ヲ以テ、深川亮蔵氏ハ同月九日、浅野長勲氏ハ六月二日病気ノ故ヲ以テ孰レモ辞任セリ
  ○日本鉄道株式会社定款第四十九条ハ従前左ノ如シ。(明治二十七年三月七日改正、四月八日認可ノモノ)
    第四十九条 株主ノ議決権ハ其所有株数百株ニ付一個トス、然レトモ一人ニシテ二十五個以上ノ議決権ヲ有スルコトヲ得ス、但委任ヲ受ケタル者ト雖モ自己及委任者ノ議決権ヲ合シテ亦二十五個以上ヲ行フコトヲ得ス
   三十一年二月八日株主総会ニ於テソノ改正ヲハカリ「然レトモ一人ニシテ二十五個以上ノ議決権ヲ有スルコトヲ得ス」以下ヲ削ラントセルハ同社大株主タル第十五銀行一派ノ主張ニシテ、中小株主等ハ之ニ反対ノ意見ヲ持セルモノタリ。(後出、山田英太郎談話筆記参照)


日本鉄道株式会社沿革史草稿 第二編・第一九一―二一四頁(DK080046k-0002)
第8巻 p.582-584 ページ画像

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中外商業新報 第四八二七号〔明治三一年三月一七日〕 【日本鉄道会社正副社長…】(DK080046k-0003)
第8巻 p.585 ページ画像

中外商業新報  第四八二七号〔明治三一年三月一七日〕
日本鉄道会社正副社長の辞職以来同社重役(理事委員渋沢氏以下九名)間には唯に今回の同盟罷工事件のみならず、株主総会に於ける権利の規定其他社務の不振に関する世間の非難漸く盛なるを以て、此際一先重役一同退職して会社の面目を一新し、同時に社務の振興を謀るべしとの議勢力ありて、結局遠からず重役の総辞職に決するなるべく、社長後任者の決定次第臨時総会を召集するに至るべしといふ


中外商業新報 第四八三四号〔明治三一年三月二五日〕 【日本鉄道会社長小野義…】(DK080046k-0004)
第8巻 p.585 ページ画像

中外商業新報  第四八三四号〔明治三一年三月二五日〕
日本鉄道会社長小野義真及同副社長毛利重輔の両氏辞任せしより、有力なる理事委員及大株主等は其候補者の選定に就て苦心奔走する所あり、先づ現任鉄道作業局長松本荘一郎氏に其後任たらんことを相談せしも、氏固辞して受けず、尋て富田鉄之助氏に相談せんかとの議ありしも立消となり、更に又大磯の夜雨荘に俗塵を避けて弾琴読書に余念なき前大蔵大臣渡辺国武子を起たしめて其後任に推選せんと欲し、某氏を介して懇談せしも同子亦事故に托して承諾せす、今や理事委員及大株主等も適当なる候補者なきに就て殆んと持余せりと云ふ、日本鉄道会社長の位置たる我実業社会の第一流を占めて名誉及所得ともに比類稀なる好地位なるに拘らず斯く皆其候補たることを辞して受けさるは之を解するに苦しますんはあらす、斯の如く適任と覚しき面々には一々懇談に及びしも皆之に応せさるより遂に小野氏の後任には毛利氏を推し、毛利氏の後任には白杉政愛及足立太郎氏等を撰任せんとするものある由なれとも、此等の諸氏亦多年小野氏と共に腐敗の空気中に棲息せしものなれは、到底老朽腐敗の会社中に刷新を加へんことを望むべからず、今後同候補者の撰定如何に成行くべきにや


中外商業新報 第四八三六号〔明治三一年三月二七日〕 【十五銀行にては来る六…】(DK080046k-0005)
第8巻 p.585 ページ画像

中外商業新報  第四八三六号〔明治三一年三月二七日〕
十五銀行にては来る六日日本鉄道会社重役改選に付き左の候補者を列記して各株主に通知し、尚同日出席せざる向には十五銀行に宛て委任状を送られたき旨をも併せて通知したりと云ふ
    理事委員
 浅野長勲  渋沢栄一   小野義真  毛利重輔
 二橋元良  草野政信   山本直成  菊池長四郎
 久米良作  白杉政愛   足立太郎  長谷川謹助
    検査委員
 林賢徳   渡辺福三郎  久野昌一


中外商業新報 第四八四一号〔明治三一年四月二日〕 【日本鉄道会社の正副社…】(DK080046k-0006)
第8巻 p.585-586 ページ画像

中外商業新報  第四八四一号〔明治三一年四月二日〕
日本鉄道会社の正副社長以下理事委員検査委員一同は先に責を引て総辞職を為し、其後株主臨時総会の召集日決定したるを以て大株主間にて重役候補者(三月廿七日の本紙参照)を選定し、一般株主の協賛を求め居る由なるが、右予選顔触に満足せざる一派の株主は右の予選を以て単に十五銀行等の考案に成れるものと為し、攻撃するものある由
 - 第8巻 p.586 -ページ画像 
なるも、今事に当りし有力なる某重役の談話を聞くに、始め日本鉄道会社に於て機関方同盟罷工事件起り、其結末を告げざるに二月八日の臨時総会に議決せる定款改正否認の事あり、正副社長は先づ辞任を申出で、次て理事委員会に於て此際重役の重職は株主に対し憚るべきことなりとの議起り、結局重役総辞職といふに決したるが、此辞職を如何に解釈すべきかとの問題は会社業務の刷新上単に形式の辞任に止むるの不可なるを認め、株主多数の推薦に任し各自の都合にて進退せざることに決し、而して其後渋沢栄一氏は社長の人選に奔走し、先つ松本荘一郎氏の就任を求めたるも氏は之を固辞せるより、渋沢氏は更に他の重役に謀り、総代として其後数回の交渉を遂けたるも松本氏は到底動すべからざるを以て断念し、転して嚮に内閣の椅子を占めたりし某々二三の貴顕に謀る所ありしも何れも承諾せられざるより已を得ず現在重役外に新なる社長候補者を求むることは断念せざるべからざるに至り、総会に余日もなきを以て兎に角大株主を会し新任の重役候補者を選定するの運に至りたる次第の由なるが、是より先従前の重役組織は日本鉄道会社の如き大会社に欠く所あり、即ち業務事情の疏通せさることの如きは其大なるものなるを以て重役には営業常務に鞅掌するものを加へざるべからず、之を実施するには正副社長以外に部長を置き、重役をして部長を兼ねしむべしとの説あり、松本氏も是等の事を助言せられたることあり、結局新に部長を他に求むるよりは現任課長中より適任者を進めて重役の班に加ふべしとのことゝなり、予選中には白杉、足立、長谷川等の新顔を見るに至り、殊に大株主予選会には十五銀行は社中第一の大株主にて従て利害の関係大なるべけれど、其割合に多数の重役候補者を出すことは却て世間の物議を惹起し、会社の不利益となり、従て大株主たる十五銀行も不利益を蒙むるべきを以て此際注意せられたしと勧告するものあり、十五銀行も之を容れ、従前同行の推薦し来りし池田章政・清田直・弘田久助三氏は再び其選に上らず、従来理事委員たりし林賢徳氏を検査委員に転ぜしむるに至り、十五銀行は理事委員には浅野長勲・草野政信・山本直成三氏を再選するに止め、其他渋沢栄一・小野義真・毛利重輔三氏再選し、菊池長四郎・久米良作・渡辺福三郎・久野昌一四氏の新顔を加へ、且部長主義実施の必要より白杉政愛・足立太郎・長谷川謹介三氏を理事委員に推薦せんとするに至りたる者なりといふ、斯の如く今回の予選には社長候補の人選、重役組織の変更、十五銀行の譲歩等種々の攻究尽力に出でたるものにして決して一派の人々が攻撃するが如き軽々の予選にあらさるも、株主中他に適任の社長候補を出すの目的あり、又社務革新上他に人材を求め得るとせば先に予選を行ひたる大株主は喜んで協議に与り、適材を重役として推選するに吝ならざる考の由にて、唯総辞職以来予選迄の経過を知らす漠然たる攻撃を為すは会社の為めに取らざる所、是れ株主の顧慮を要する所なるべしと語れり


中外商業新報 第四八四一号〔明治三一年四月二日〕 【日本鉄道会社の株主中…】(DK080046k-0007)
第8巻 p.586-587 ページ画像

中外商業新報  第四八四一号〔明治三一年四月二日〕
日本鉄道会社の株主中同社の重役改選に就き十五銀行其の他大株主の予選せる重役候補者は会社の業務刷新に充分ならずと為し、長岡護
 - 第8巻 p.587 -ページ画像 
美・曾我祐準・渡辺治右衛門等諸氏の発起にて株主有志同盟会を組織し、事務所を華族会館に置き、先頃第一回の会合を開き改革に関する意見書を起草し、是を株主に廻付し、今二日午後一時より同所に於て有志株主の集会を為し、改革の第一着手として予選候補者中数人の変更を十五銀行に交渉することゝなり、委員を挙げ長岡護美・曾我祐準・辻新次・渡辺治右衛門・吉田丹次郎・若尾幾造の六氏当選し、去る三十日に十五銀行に就て左の意味の交渉を開きたりといふ
 (一)十五銀行は同盟会の交渉に応するや否、(二)予選候補者は失当なるを以て中二三人は絶対的に排斥すべし、(三)予選を撤回して更に候補者を挙ぐること、(四)若し交渉に応ぜざる時は臨時総会を延期せられたし、(五)候補者選定には重役以外に調査委員を挙ぐへし
右の交渉に対しては十五銀行は昨一日の日本鉄道会社定例理事委員会に於て協議を遂げ、何分の挨拶を為す筈なりといふ


中外商業新報 第四八四二号〔明治三一年四月三日〕 【日本鉄道会社株主有志…】(DK080046k-0008)
第8巻 p.587 ページ画像

中外商業新報  第四八四二号〔明治三一年四月三日〕
日本鉄道会社株主有志同盟会は別項に記載する十五銀行の回答書に接したるを以て、昨二日午後二時より華族会館に於て大会を開きたるに会員二百余名出席し、長岡護美氏会長席に着き、軈て交渉委員曾我子爵より同盟会趣意書に就て説明する所あり、引続き去月三十日交渉委員と十五銀行との間に於ける交渉の状況及十五銀行は別項記す如き回答書を送付し来りたる事等を報告し、夫より協議に移りたるに十五銀行の決心斯の如くなる以上は最早交渉の必要なしとて断然独立の運動を為すことに決し、引続き重役候補者に関する意見を述べたる向もありしが、堀越寛介氏より日本鉄道会社の臨時総会迄には最早余日を有せざる今日衆議に依て之を決せんは反て時日を費やすの恐あれは重役予選委員八名を選挙して之に一任すべしとの動議ありて異議なく之を可決し、会長は二条公爵・伊達男爵・曾我子爵・本荘子爵・渡辺治右衛門・若尾幾造・日下義雄・長岡護美八氏を指名して午後四時二十分散会せりといふ


中外商業新報 第四八四六号〔明治三一年四月八日〕 【日本鉄道会社臨時総会…】(DK080046k-0009)
第8巻 p.587-589 ページ画像

中外商業新報  第四八四六号〔明治三一年四月八日〕
日本鉄道会社臨時総会は予期の如く一昨六日神田青年会館に於て開会せられたるが、改選重役候補者に就て十五銀行派と改革派の交渉不調となりし結果激烈なる競争を惹起せし為め、当日は株主の来会者非常に多数にて、特に委任状は殆んと挙て蒐集し、会場に持参せられたる為め是れが調査に長時間を要し、午後五時三十五分に至るも調査結了せざるより兎に角会議を開くことゝなり、出席人員三百三十名、委任状六百六十四枚、此総権利個数五千五百四十と注せられ、撃柝数声席定まるや渋沢栄一氏重役一同に代り今回の重役総辞職は会社の一大不幸にして重役の深く憾とする所なるも、其玆に至らしめたる原因に就ては多言するを好まず、偏に株主諸君の諒察を乞ふと陳べ、柴原某其他三四の株主より単に通知書にある定款改正否認の一事を以て総辞職を為すは穏当ならず、他に理由なきやとの質問起り、渋沢氏は総辞職
 - 第8巻 p.588 -ページ画像 
の原因たるべきものは通知書に明記せる定款改正否認の外他事あるなきも、此事たる表面上の理由にして猶裏面の理由ともいふべき社務不振其他種々徳義上の責任を含蓄せることは断言するを憚からず、唯重役各自が此責任に対する考の深浅は自然同じからざるものあるべけれど、兎に角此二個の理由に基因することと認容せられたしと説き、結局重役一同の辞任を許容し、直に投票を行ふことゝなり、選挙会長には満場一致にて渋沢氏を推し、会議に入り某株主より今回の選挙は如何に解釈すべきやの質問出で、渋沢会長は事法律問題に属し、頗る判定に困む所なるが、会社は研究の末補欠選挙と為す考なりと述べ、議論沸騰して甲論乙駁容易に已むべくも見えざりしが、結局渋沢氏が調査の顛末を明にし、当初有力なる二法律家の意見を徴したるに、一は明に補欠なりと断じ、他は改選ならんと申越し、会社顧問の法律家二名は補欠と解釈し、逓信省の法律家も補欠と解する説なるを以て会社は補欠と判定せる旨を陳べ、曾我祐準子之を賛成し、此問題は株主の意向により決定し置くべきものなるを以て採決すべしと説き、満場一致にて補欠選挙に確定し、投票に移らんとせるに二三株主より前任重役に対する質問あり、日下義雄氏は朗読したきものありとて二三の新聞紙に見えたる改革派の意見書を朗読し、且つ両派の競争は勢の已み難きに出でたるも、可成は折合ひ円満の選挙を為さんと陳べたるに満場拍手之を迎え、暫時休憩交渉を開くことに決し、少時にして開会、曾我氏起て交渉の不結果にして始めより絶望し居りしことを陳べ、事爰に至りては投票に依り勝敗を決するは勢の免れざる所なるを以て、直に投票せんと主張し、且曰く、此選挙に依り推選せらるゝ重役は両派何れより出づるを問はず、吾々株主をして今回の如き騒動を惹起しむることなからんことを希望すと、時に討論終結の声場の四隅に起り、会長の宣告を待たず三々五々投票を為し、開票の結果案外に株主の満足すべき重役の当選せらるゝを見たり、時に午後十二時頃なりし
当選者左の如し
総権利数 五千四百九十五(○十五銀行派△改革派◎両派の推選せる者▲十五銀行代表)
  五、四八〇      ◎毛利重輔(再)
  五、四七〇      ▲◎浅野長勲(再)
  五、四三七      ▲◎山本直成(再)
  五、四〇九      ◎渋沢栄一(再)
  五、三九四      ◎二橋元長(再)
  五、三六四      ◎久米良作(新)
  二、七八八      △西園寺公成(新)
  二、七三〇      ○足立太郎(新)
  二、七一二      ○白杉政愛(新)
  二、七一二      △角田林兵衛(新)
  二、七一〇      ○菊池長四郎(新)
  二、七〇六      △深川亮蔵(新)
(以上十二名理事委員当選、次点二、六七七浜口吉右衛門、二、六六五清田直、二、六六四長谷川謹介、二、六三九草野政信、当選無資格二、八〇六阿部泰蔵)
  五、四九八      ◎渡辺福三郎(新)
 - 第8巻 p.589 -ページ画像 
  五、四八八      ▲◎久野昌一(新)
  二、八八二      ▲○林賢徳(新)
(以上三名検査委員当選、次点二、四八六安川繁成)
  ○東京経済雑誌第九二二号(明治三一年四月九日)第七六八頁ニ右ト同一ノ記事ヲソノ総会彙報ニ掲グ。


山田英太郎氏談話筆記 昭和九年七月六日於白金台町山田邸(DK080046k-0010)
第8巻 p.589-590 ページ画像

山田英太郎氏談話筆記            昭和九年七月六日於白金台町山田邸
                    佐治祐吉・山口栄蔵筆記
日本鉄道の定款は明治十四年頃出来たもので、当時もとより商法の規定はなし、岩倉公の内意をうけて元老院で草案を作つた、即ち山口尚芳氏が主として之を作つたのだが、実は白耳義の会社の定款の翻訳だつた。その中にかう云ふ条項がある。
 株主ノ議決権ハ百株ニツキ一票トス、但シ二十四票ニ至ツテ止ム、百株ニ満タサル株主ハ百株ニ満ツルマデ連合シテ一票ヲ投ズルコトヲ得(発言権ハナシ、投票権ノミ)
これは誠に面白い規定なんで、今はこんな規定は何処にもありやしない、此頃の様な各会社の状態だと、寧ろかう云ふ規定があるとよいと思ふのだか。これによると大株主と雖も二千四百株までしか議決権の行使が出来ぬ、それ以上の大株主の専横は押へられる。下のものは聯合すればよい。つまり中堅株主の利益を擁護したもので、国家でも会社でもこれでなければいけない。
で、十五銀行は三〇万株も持ちながら二十四票しか持たない、これが不服。この但書をとらうとして定款改正の議を起した。
と云ふのは明治二十三年商法が制定になつて、その中に
  本条(十一条)ノ株主議決権は一株一票トス但十株以上ニハ制限ヲ付スルコトヲ得
施行条例に
  従前ニ於テ投票ニ制限ヲ設ケタルモノハ従前ノ定款ヲ用ウル限リソレニヨル
とあつた。この施行令の条文は全く日本鉄道会社のためにおかれたものだつた。
十五銀行派のものはよつて定款を改正し、一株一票にしようと云ふ、社長小野義真は十五銀行派の傀儡なのだからこれに従ふ、逓信省へ願つて認可を請ふ、これが認可される見込があるかどうかで、株主総会で大議論になつた。
小野社長は松本荘一郎に会つたところが認可する内約を得たから、大丈夫だからと云ふ、全く松本荘一郎は認可するつもりでゐたのですが、私達改革派の反対はもとより猛烈。議論の紛糾したために逓信省でもとうとう認可しないことになつた。このために責任を問はれて重役総辞職となつた。
重役総辞職の原因は他にまだ二つ。
一は官金費消問題。これは日清役の軍用の鉄道輸送料の官金を鉄道運輸部で費消した責任問題で、その使途は株式をやつて一まうけしようとしたのが外れて穴をあけた。その会計不始末があるので容易に会計
 - 第8巻 p.590 -ページ画像 
調査が行はれない、数ケ月どころではない数年間も放つてある始末、これを改革派で攻撃した。足立太郎が運輸課長、吉川義幹が調査係長でしたか。
(当時は本社と云ふのは庶務、会計だけ。運輸課と云ふのが膨大になつて本社の外にあつて、実権をもつてゐた、)
私のことを改革派の検事と呼んだ、事実司法関係と聯絡をとつて調べたものです、足立太郎の妻君が三越で買物して豪語したなんてことまで調べてある、株主総会の帰りに法制局長官を訪れて報告する、又東京弁護士会の会長鳩山和夫氏にも陳情して大いに会社改革の輿論の喚起に努めた。
当時私は貴族院の三曜会、土曜会等の顧問の様なことをしてゐたので三曜会の近衛篤麿公土曜会の谷将軍等の後楯があるので大いにやつつけた。近衛公には個人的縁故もあつて信任せられたが、この改革問題には最も力をつくされた。
も一つの原因ともなつた従業員のストライキ問題、これも内幕を話すと私が糸をひいたのだ。当時のストライキは此頃のと違つて、日本流の凄しい乱暴さ、ストライキの指導職工等は匕首を呑んで生死の騒ぎとうとう郵便車が青森にゆかぬことになつて、この責任をどうするんだといふんで小野社長等の重役総辞職、内閣(重役会)が代つたわけです。
この改革騒ぎに対しては渋沢さんは全然中立、あゝ云ふ玲瓏たる人物私達も屡々訪れて陳状したが、困りましたなアと云ふ位。
で、重役改選の時、渋沢さんだけはどうしても再選しなくてはいけない、何かあつた時調停していたゞくには是非必要な方だからと、松本荘一郎氏も極力主張されたが、これには私共も同感、それで両派から推されて再び取締役になられた。