デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

2章 交通
2節 鉄道
11款 北越鉄道株式会社
■綱文

第9巻 p.70-75(DK090007k) ページ画像

明治34年4月27日(1901年)

是日、栄一長岡ノ当会社本社ニ於テ社員一同ニ対シ社務整理ニ関スル一場ノ訓誡演説ヲ為シ、夜越後地方各銀行者及ビ其他ノ関係者ヲ招宴シテ社債応募ヲ勧誘ス。翌二十八日各課長ニ再ビ社務整理ニツキ意見ヲ述ベテ注意ヲ与フ。

又、三十四、五年ニ於テ屡次ニ亘リ英人数名ト北越鉄道外債募集ニツイテ会談セリ。


■資料

渋沢栄一 書翰 松井吉太郎宛 ○(明治三三年)一二月三一日(DK090007k-0001)
第9巻 p.70 ページ画像

渋沢栄一 書翰 松井吉太郎宛 (松井三郎氏所蔵)
 ○(明治三三年)一二月三一日
○上略 北越鉄道も何分利益不充分ニて困却いたし候、渡辺氏ハ過日貴方へ被参候ニ付御面会と存候、明年ハ亦社債募集之筈ニて心配罷存候
老生も明年春ニハ貴方へ罷出可申と心掛申候、浜・鍵富其他諸君へも宜敷御伝声可被下候
右歳末之一書申上度、如此御坐候 匆々不一
  十二月三十一日
                      渋沢栄一
    松井吉太郎様
            梧下

渋沢栄一 書翰 松井吉太郎宛 ○(明治三四年)一月一七日(DK090007k-0002)
第9巻 p.70 ページ画像

 ○(明治三四年)一月一七日
拝啓、益御清適御坐可被成奉賀候、過日ハ再度尊書被下、北越鉄道会社株主総会ニハ老生繰合せ出席致候方、社債募集之事共都合を得可申云々御申越承知仕候、然処老生義一月早々流行感冒ニて平臥いたし、漸く昨今快方ニ相成候得共、予後之注意専一と医師より被申聞候間、何分貴方へ旅行出来兼候、就而今日渡辺嘉一・久住秀三郎両人抔へも右之段申通置候、又長岡岸宇吉氏よりも同様来書有之候間、是又此際出張仕兼候旨返書仕候、右様之次第ニ付、此処貴地へ出向候都合ニハ相成不申候間御承引被下、岸宇吉氏抔御逢之時ハ宜敷御伝声可被下候、尤も三月頃ニ相成候ハヽ是非一遊之心組有之候間、其辺御含可被下候
本店ハ爾後別条無之候、佐々木氏も一月早々病気之処、両三日前より快方出勤いたし居候、御省念可被下候
右両度之尊書御答旁一書申上候 匆々不備
  一月十七日
                      渋沢栄一
    松井吉太郎様

渋沢栄一 書翰 松井吉太郎宛 ○(明治三四年)三月一一日(DK090007k-0003)
第9巻 p.70-71 ページ画像

 ○(明治三四年)三月一一日
過日ハ尊書被下候処、多忙中御答延引仕候、先頃小生風邪又ハ下痢症
 - 第9巻 p.71 -ページ画像 
ニて毎々引籠候ニ付、御心配被下御慰問被成下忝奉存候、二月末より全快、爾来不相替拮据罷在候、御安心可被下候
北越鉄道社債ニ付而ハ此際稍好時機と御考被成候由、就而ハ早々逓信省之方相済候様尚心添可致候、且来月ハ小生も一寸貴地旅行之積心掛居候、其時日ハ追而申上候様可致候
○中略
  三月十一日
                      渋沢栄一
    松井吉太郎様


渋沢栄一 書翰 八十島親徳宛(明治三四年)四月二八日(DK090007k-0004)
第9巻 p.71 ページ画像

渋沢栄一 書翰 八十島親徳宛(明治三四年)四月二八日
                     (八十島親義氏所蔵)
○上略 而して午前十時より銀行出張所へ罷越、事務を視察し、午後ハ北越鉄道会社へ出張して社員一同ニ面会之上懇々之説示を為し、其夜ハ社債之為地方銀行を招宴し、其席上詳細之演説を為し、今朝ハ又北鉄会社ニ於て事務整理上ニ付愚見申示し、午後之発車ニて三時新潟着、今夕も又当地人士之歓迎会ニ出席、演説致候都合ニて、日々饗宴と演説ニ相暮し候事ニ御坐候
○中略
  四月廿八日新潟ニ於て
                            栄一
    八十島親徳殿


渋沢栄一 書翰 松井吉太郎宛(明治三四年)五月九日(DK090007k-0005)
第9巻 p.71 ページ画像

渋沢栄一 書翰 松井吉太郎宛(明治三四年)五月九日 (松井三郎氏所蔵)
益御清適奉賀候、先頃貴地出張之節ハ容易ならさる御厚配被成下、万謝之至ニ候、御蔭を以て百事都合能、去ル四日無事帰京仕候、御省念可被下候
○中略
北越鉄道会社々債之事も、渡辺氏より之来報ニて先以上出来之由安心仕候、今村氏も出張ニ付尚御打合可被下候、同会社山上氏之事ニ付而ハ帰京後今村氏とも内話之上渡辺氏まて申通置候、自然御相談も有之候ハヽ御添心可被下候
○中略
  五月九日
                      渋沢栄一
    松井吉太郎様


渋沢栄一 書翰 八十島親徳宛(明治三四年)九月二一日(DK090007k-0006)
第9巻 p.71-72 ページ画像

渋沢栄一 書翰 八十島親徳宛(明治三四年)九月二一日
                     (八十島親義氏所蔵)
○上略
北越鉄道会社之義ニ付、キルヒー相認候書状ハ前島氏へ協議し、同意ニ候ハヽ明後日発送致度候、但老生ハ監査役ニ付其名ニて記名之方可然と存候、依而前島・今村又ハ原六郎三人ニテ連名之方可然ニ付、其段早々前島氏へ御申遣被成度候
 - 第9巻 p.72 -ページ画像 
○中略
  九月廿一日
                            栄一
    八十島殿


渋沢栄一 書翰 松井吉太郎宛(明治三四年)一二月三一日(DK090007k-0007)
第9巻 p.72 ページ画像

渋沢栄一 書翰 松井吉太郎宛(明治三四年)一二月三一日
                    (松井三郎氏所蔵)
○上略
北越之営業ハ先以無事ニ経過候哉、併此季も利益配当等ハ出来申間敷と存候、可相成ハ明年外国より低利之社債ニても出来候様企望罷在候其中渡辺氏御逢ニ候ハヽ御伝声可被下候
○中略
  十二月三十一日
                      渋沢栄一
    松井吉太郎様


渋沢栄一 日記 明治三四年(DK090007k-0008)
第9巻 p.72-73 ページ画像

渋沢栄一 日記 明治三四年
一月十八日 晴
○上略 午後四時渡辺嘉一・久住秀三郎両氏来リ、北越鉄道会社ノ要務ヲ談ス ○下略
一月十九日 晴
○上略 英人マヂソン、キルビ、渡辺嘉一氏来リ、北越鉄道ノコトヲ協議ス ○下略
一月二十一日 雨
午前十一時帝国ホテルニ抵リ、北越鉄道会社重役会ニ列ス、蓋シ一昨日マヂソン、キルビ両氏ト会話セシ英国ヨリ資本移入ノ談ナリ ○下略
三月三十日 雨
午前○中略山上満常来ル、北越鉄道会社ノコトヲ談ス ○下略
四月十七日 晴
○上略 午後○中略北越鉄道会社渡辺嘉一氏来ル
四月廿五日 晴
午前六時発ノ上野発滊車ヲ以テ啓行ス ○下略
四月廿六日 曇 大風
午前六時二十分長野ヲ発シ○中略三時長岡着○中略常盤楼ニ抵リ、地方銀行及諸会社員催ス処ノ招宴ニ出席シ、経済ニ関スル一場ノ演説ヲ為シ九時頃散会帰寓ス ○下略
   ○北越鉄道ノ本社ハ明治三十三年九月東京ヨリ長岡ニ移サレタリ。(「日本鉄道史」中篇第五三三頁ニヨル)
四月廿七日 雨
○上略 午餐後北越鉄道会社ニ抵リ、社員一同ヲ会シテ社務整理ニ関スル一場ノ訓誡演説ヲ為シ、畢テ各課長ヲ会同シテ、渡辺・久住・前島諸氏ト共ニ、向後処務ニ関スル意見ヲ述フ、四時帰寓、再ヒ常盤楼ニ抵リ、北越鉄道会社々債募集ニ付、此日越後地方各銀行者其他関係ノ諸氏ヲ招宴スルニ付、其席上ニ出席シテ、同鉄道会社今日ニ至ル迄ノ経
 - 第9巻 p.73 -ページ画像 
歴ヲ述ヘ、且此社債募集ノ必要ヲ説キ、来会者ノ賛同ヲ求メタリシカ一同其意ヲ領シ、勉メテ之レニ応スル事ヲ答フ、依テ饗宴ヲ開テ賓主歓ヲ尽シ、夜十時散会、帰寓ス
四月廿八日 晴
午前数多ノ来訪人アリ、岸宇吉・渋沢某・小畔亀太郎、新潟ヨリ来会セル白瀬・鍵富ノ諸氏来ル○中略十一時過北越鉄道会社ニ抵リ、各課長ヲ会シテ渡辺社長・前島・久住諸氏ト共ニ、再ヒ将来社務整理ニ関スル意見ヲ述ヘ、各員ニ詳細ナル注意ヲ与フ○中略午後三時沼垂停車場ニ抵ル、鍵富三作・浜政弘其他地方重立タル商業家十名来リ迎フ、依テ一同ニ謝辞ヲ述ヘテ ○下略
四月二十九日 晴
午前 ○中略九時渡辺嘉一氏及浜政弘・鍵富三作其他ノ諸氏ト共ニ、万代橋辺ノ停車場位地ヲ一覧ス、堤上ヲ歩シテ沼垂停車場ニ到ル○中略午後五時浜・鍵富二氏ノ招宴ニ応シテ浜氏ノ家ニ抵ル、県官及市長其他ノ諸氏来会ス、饗宴畢テ夜十時帰寓ス
四月三十日 晴
午前 ○中略十一時会津屋ニ抵リ、午餐ス、渡辺嘉一・松井吉太郎・清水泰吉・藤井某等来会ス
   ○栄一五月一日新潟ヲ発シ、新発田・津川・東山・郡山ヲ経テ、五月四日夜帰京ス。
八月十七日 晴
○上略 午後、浅田逓信総務長官ヲ訪ヒ石川島造船所合併ノ件、北越鉄道会社ヨリ伺出テタル鉄道外国人ヘ抵当ノ件、無線電線ノ件等ヲ談話ス
○下略
九月十二日 晴
午前九時北越鉄道会社事務所ニ抵リ、重役会ヲ開ク、前島・今村・末延・原六郎諸氏来会ス、社債募集ノ件及外国ヨリ借入金ノコトヲ内議ス ○下略
九月十六日 晴
午前九時北越鉄道会社事務所ニ抵リ、英国ホルツ会社ヘ社債引受ノコトヲ打電ス、蓋シ当春同会社マデソン氏ト協議セシモノナリ、キルビー氏モ来リテ此事ニ関シ尽力ス、前島・末延・原・今村ノ取締役来会ス ○下略


渋沢栄一 書翰 松井吉太郎宛(明治三五年)一月一六日(DK090007k-0009)
第9巻 p.73-74 ページ画像

渋沢栄一 書翰 松井吉太郎宛(明治三五年)一月一六日 (松井三郎氏所蔵)
  (別筆)
   明治卅五年一月十六日
新潟
 松井吉太郎様
拝啓、冱寒之候益御清泰奉賀候、陳ハ小生義北越鉄道会社監査役在任候ニ付テハ、同社ノ決算期ニ際シ、本月総会迄ニ同社ニ就キ帳簿其他ノ検査可致筈ノ処、遠隔地且多用中ノコト故罷出兼候ニ付、甚御迷惑乍ラ、貴下ニ小生代理トシテ同社ニ就キ御検査方御依頼致度存候間、時節柄御苦労ノ至ニ候ヘトモ、何卒御承引被下度候、尤代理相立候ハ変則ノ義ニハ候ヘトモ、同社渡辺嘉一氏ニモ委細申通置候間、御承知
 - 第9巻 p.74 -ページ画像 
上一通リ御検査被成下候ハ仕合奉存候、此段御依頼申上度、如此御坐候 敬具
                     渋沢栄一 (印)


渋沢栄一 日記 ○明治三五年(DK090007k-0010)
第9巻 p.74 ページ画像

渋沢栄一 日記
 ○明治三五年
一月廿日 晴
午前○中略帝国ホテルニ抵リ、北越鉄道会社重役会ニ出席ス ○下略
一月廿五日 晴
○上略 午飧後商業会議所ニ抵リ○中略四時キルビー氏来リ、同車シテ英国公使マクドナード氏ヲ公使館ニ訪フ、北越鉄道会社々債ノコトニ関シ種々ノ談話ヲ為シ ○下略
四月十四日 晴
○上略 四時半兜町ニ抵リ、北越鉄道会社渡辺嘉一氏・岸精一氏ニ面会シテ鉄道ニ関スル法律ノコトヲ談ス ○下略
七月十二日 晴
午前○中略十時ジヨンホルチ会社ホーナー氏来ル、九州鉄道・北越鉄道ノ社債ニ関スル要務ヲ談ス ○下略
七月十四日 晴
○上略 十二時過陸海軍人会合スル倶楽部ニ抵リ、サー、ウエリヤム、ビセツト氏ニ会見ス、共ニ午餐ヲ為シテ、九州・北越両会社々債ノコトヲ談話シ ○下略
七月廿二日 曇
○上略 十二時サー、ウエリヤム、ビセツト氏来リ、鉄道抵当社債ノコトヲ協議ス、市原盛宏通訳シテ、将来制定セラルヘキ法律案ノ逐条ヲ調査シ、九州鉄道ニ関スル手続ト北越鉄道ニ於ルノ手続トハ、鉄道会社ノ信用上多少ノ差違アルニ付種々ノ説明ヲ為ス、同氏充分之ヲ領意ス談話中共ニ午飧シテ午後三時過辞シ去ル ○下略

渋沢栄一 日記 ○明治三六年(DK090007k-0011)
第9巻 p.74 ページ画像

○明治三六年
一月九日 晴
○上略 午前○中略十一時鉄道協会事務所ニ於テ、北越鉄道重役会ヲ開ク、前島・大倉・末延・原六郎・渡辺嘉一氏来会ス ○下略
五月十九日 晴
○上略 午前○中略十時北越鉄道会社重役会ニ列シテ、社債始末ニ関シ渡辺社長・久須美監査役ト協議ス ○下略
六月十九日 晴
午前○中略十時半北越鉄道会社重役会ニ鉄道協会ニ出席ス ○下略


渋沢栄一 書翰 松井吉太郎宛(明治三六年)一月一〇日(DK090007k-0012)
第9巻 p.74-75 ページ画像

渋沢栄一 書翰 松井吉太郎宛(明治三六年)一月一〇日 (松井三郎氏所蔵)
其後ハ打絶へ御疎音いたし候得共、貴台益御清適御勤務之由抃賀之至ニ候、拙生無異、昨年之欧米旅行も先以無滞相済、帰京後不相替匆忙ニ罷在候、御省念可被下候
銀行営業ハ一般之不景気ニて、利足引下候為思ふ様ニ無之候得共、昨季之計算ハ頗る上出来ニて、大慶此事ニ御座候、当季ハ別而利足引下
 - 第9巻 p.75 -ページ画像 
候様可相成歟と痛心仕候、乍去斯る時季ニ無理に貸出抔相勤候ハ却而損害之種子と相成候ものニ付、精々注意有之度と、本店ニ於ても申合居候義ニ御座候、貴方も同様御用慎可被下候
北越鉄道会社も此時期を利用して、高利之社債借替之事取行申度と、先頃来渡辺氏も心配中ニ御座候、昨日も東京ニて右ニ関する手続協議之為メ、重役会相開き種々打合申候、又玆ニ一事御願申上候義者、同会社昨季之決算ニ付帳簿上監査之事ハ、何分拙生出張仕兼候間、例之如く久須美氏ヘ相願候得共、同氏も一人ニてハ差支可申ニ付、何卒貴台も助手として御出張被下、夫々御監査被成下度候、右者表立候事ニハ無之候ニ付、御迷惑ハ察上候も何卒御繰合御出席可被下候、右拝願まて一書申上候 拝具
  一月十日
                      渋沢栄一
    松井吉太郎様


今村清之助君事歴 (足立栗園著) 第三八八―三八九頁〔明治三九年九月〕(DK090007k-0013)
第9巻 p.75 ページ画像

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