デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

2章 交通
2節 鉄道
11款 北越鉄道株式会社
■綱文

第9巻 p.75-77(DK090008k) ページ画像

明治38年7月(1905年)

北越鉄道株式会社監査役ヲ辞シ相談役トナル。後四十二年六月之ヲ辞ス。


■資料

渋沢栄一 書翰 松井吉太郎宛 ○(明治三八年)四月二九日(DK090008k-0001)
第9巻 p.75-76 ページ画像

渋沢栄一 書翰 松井吉太郎宛 (松井三郎氏所蔵)
 ○(明治三八年)四月二九日
 - 第9巻 p.76 -ページ画像 
益御清適奉賀候、然者此程北越鉄道会社々長渡辺嘉一氏より第一銀行佐々木氏へ被申聞候ニハ、此度老生同会社之監査役辞任ニ付而ハ後任者ニハ是非貴台を煩し度、就而ハ老生より其段貴台へ申通し、且其前ニ同会社之株主と相成居候様手配有之度よしニ付、即老生所持之株式を百個貴台へ書替之都合取斗、手続ハ事務所之者ニ申付、株券も郵送致候ニ付御受取之上、書替手続御取運被下、且追而監査役之後任撰挙之場合ニ御当撰ニ相成候ハヽ、御引受被下度候、但右様申上候も、老生ハ渡辺氏其外ニ対し強而貴台を周旋又ハ依頼抔せし義ニハ無之、只々地方之折合上、会社之為筋と相考候まてニて、貴台とても素より監査役抔御迷惑とハ万々察上候得共、もしも会社ニて一同相望候様ならハ老生も自身辞任之場合ニ付、強而も貴台を御煩申上候まてニ御坐候、其辺ハ渡辺氏へ老生より呉々申通置候間、御含被下、もしも重役間ニ何か面白からさる模様ニても相聞候様ならハ、御断被下候而も差支無之義ニ候、右之段不取敢一書申上度、如此御坐候 匆々不一
  四月廿九日
                     渋沢栄一
    松井吉太郎様
          梧下

渋沢栄一 書翰 松井吉太郎宛 ○(明治三八年)五月一一日(DK090008k-0002)
第9巻 p.76 ページ画像

 ○(明治三八年)五月一一日
過日当方より差上候拙書之御回答として、本月二日附之御状落手、来示一々領意仕候、北越鉄道会社監査役之事ハ、素より貴兄之所望ニも無之、拙生とて敢而渡辺氏へ依頼せし訳ニハ無之、只拙生退任ニ付、彼是と地方之候補者ニ相競候様之事共有之候てハ面白からぬ次第ニ付寧ロ是迄も拙生之手代りニ会社之実際も見及候貴兄ニ付、現重役も株主も異議なきニ於てハ御撰定被成度と申趣意ニ候間、其辺能々御含被下、渡辺氏ハ勿論遠方重立候株主ニハ或ハ御談話中御申通し可被下候
○中略
  五月十一日
                     渋沢栄一
    松井吉太郎様
          拝答
 尚々北越鉄道株ニ付而之証書封入被成正ニ落手いたし候
 本文之事ニ付而ハ鍵富老人ニ別ニ書状さし出不申候得共、貴兄より宜敷御伝声可被下候

渋沢栄一 書翰 松井吉太郎宛 ○(明治三八年)六月二四日(DK090008k-0003)
第9巻 p.76 ページ画像

 ○(明治三八年)六月二四日
   ○本文略ス。
  六月廿四日
                     渋沢栄一
    松井吉太郎様
          梧下
尚々北越鉄道会社之監査役ハ鍵富老人ニ依頼候事ニ相成候由、重畳之義ニ御坐候、右ニ付過日御申越之件々ハ拝承仕候也


渋沢栄一 日記 明治三八年(DK090008k-0004)
第9巻 p.76-77 ページ画像

渋沢栄一 日記 明治三八年
 - 第9巻 p.77 -ページ画像 
七月九日 晴 暑甚シ
午前○中略六時十五分王子発ノ滊車ニテ北越行ノ途ニ上ル○中略三時長野ニ達ス、北越鉄道会社長渡辺嘉一・第一銀行支店長松井吉太郎二氏来リ迎フ ○下略
七月十三日 曇 涼
○上略 午前十一時半長岡着、直ニ北越鉄道会社ニ抵リ、社員一同ニ一場ノ訓示ヲ為シ、多人数ノ歓迎ヲ受ケテ同地若松ニ投宿ス、午飧後休憩シ午後五時長岡銀行ヲ訪問シ、長岡館ニ抵リ、両銀行及鉄道会社ノ催ニ係ル宴会ニ出席ス、酒間一場ノ謝辞ヲ述ヘ、種々ノ余興アリテ夜十一時若松ニ帰宿ス ○下略


日本鉄道史 中篇・第五三六頁 〔大正一〇年八月〕(DK090008k-0005)
第9巻 p.77 ページ画像

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竜門雑誌 第二五三号・第四八頁 〔明治四二年六月二五日〕 辞任書(DK090008k-0006)
第9巻 p.77 ページ画像

竜門雑誌 第二五三号・第四八頁 〔明治四二年六月二五日〕
    辞任書
拙者儀頽齢に及び事務節約致度と存候間、貴社「何何役」辞任仕候、此段申上候也
  明治四十二年六月六日        渋沢栄一
    書状
拝啓、時下向暑の候益々御清泰奉賀候、陳は小生儀、追々老年に及ひ候に付ては、関係事務を減省致度と存し、今回愈々第一銀行及東京貯蓄銀行を除くの外、一切の職任を辞退致候事に取極候に付、別紙辞任書差出候間、事情御了察の上、可然御取計被下度候、尤も右様役名は相辞し候へ共、向後とて従来の後交誼上必要に臨み御相談に与り候事は敢て辞する処に無之候間其辺御承知置被下度候、此段申添候 敬具
  明治四十二年六月六日          渋沢栄一