デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

  詳細検索へ

公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

2章 交通
2節 鉄道
18款 西成鉄道株式会社
■綱文

第9巻 p.193-198(DK090020k) ページ画像

明治29年2月8日(1896年)

是ヨリ先、大阪港付近ニ西成鉄道ヲ敷設スル計画進メラレ、二十七年十月仮免状下付セラレ、是日免許状下付セラル。栄一発起人タリ。


■資料

青淵先生六十年史 (再版) 第一巻・第九八四―九八七頁 〔明治三三年六月〕(DK090020k-0001)
第9巻 p.193-194 ページ画像

青淵先生六十年史 (再版) 第一巻・第九八四―九八七頁〔明治三三年六月〕
    第十六節 西成鉄道会社
西成鉄道株式会社ハ、明治二十九年ヲ以テ設立シタルモノニシテ、其線路ハ大阪府下西成郡川北村大字南天保山対岸ヨリ、同郡下福島村・野田村・上福島村ヲ経テ、曾根崎村官線鉄道梅田駅ニ聯絡ス、其目的ハ専ラ旅客及貨物運輸ノ業ヲ営ムニアリ、而シテ其資本額ハ壱百拾万円タリ、今其創立趣意ヲ按スルニ、曰ク
 抑我カ日本国ハ東亜ニ於ル一大商業国ニシテ、我カ大阪ハ其中心ナリ、而シテ其繁栄ハ、維新以来、国富ノ膨脹ニ随伴シテ、年々歳々著シキ速力ヲ以テ増進セリ、最近五箇年間ノ統計ニ依ル時ハ、人口ノ増加スルコト毎年平均八千六百五十二人、輸出入貨物ノ増殖スルコト五百六拾三万余円トス、此ノ趨勢ニ依テ進昌スルトキハ、今後五十七年ノ後ニ於テ、其人口現在ニ倍蓰シテ百四十四万余人ノ員数ニ達セン、而シテ又其富力ノ膨脹ハ実ニ莫大ナルモノニシテ、輸出入貨物ハ大約三億万円ヲ下ラサルニ至ラン、豈盛ナリト謂ハサルヘケン哉、然ルニ其規模設計ハ、三百年前豊太閤ノ初メテ覇府ヲ此ノ地ニ建置セシ時ニ於テ画定シタルモノニ基キ、漸次発達シテ現時ノ盛況ヲ呈スルニ至レリ、故ニ今時文明ノ世運ニ際シ、汽船・鉄道・電信等ノ如キ運輸交通ノ機関整備シテ、旅客ノ往復、物貨ノ運送ハ多々益々便シ得ルノ時ニ於テ、独リ海陸連絡ノ要衝ニ当リ百貨集散ノ鍵鑰ヲ司ル所ノ我カ大阪ハ、未タ以テ大ニ其連絡ノ方便ヲ増補シテ之ヲ実施スルコト能ハス、専ラ旧馴ヲ襲用シ、単ニ運河ノ一大運搬力ニ依頼シテ、目前焦眉ノ急ニ応スル姑息ノ計画ヲ施スノミニ汲々タリ、数年来澱川改修・天保山築港ノ企図アリシト雖モ、未タ以テ此ノ公共事業ノ実行ヲ見ルニ至ラス、況ンヤ之ニ依テ生スル利便ニ於テオヤ、故ニ海陸ノ各地ヨリ輻輳スル所ノ大数ノ貨物及ヒ旅客ノ再ヒ各地ニ向ツテ輸出スルモノハ尽ク艀舟ニ転載シ、或ハ馬車・人力車ニ依テ、汽車・汽船ノ連絡ヲ計ラサル可ラス、其不利不便実ニ尠少ナラサルコト、識者ノ夙トニ識認スル所ニシテ、築港ノ計画アルニ至ルモ亦大ニ理由ノ存スルモノアリト雖トモ、之カ実行ノ期ハ未タ以テ確知スルコト能ハス、然ルニ本市ノ商業ハ日ニ月ニ駸々トシテ繁栄シ、百貨ノ集散ハ癒々頻繁ニ趣キ、安治川富島町繋船所ハ常ニ数十ノ汽船輻輳シテ、貨物積卸旅客乗降ノ為メ徒ラニ貴重ノ
 - 第9巻 p.194 -ページ画像 
時間ヲ空費シ、梅田・難波等ノ停車場ハ貨物充溢シテ、屡々運輸ノ時期ヲ愆リ、而シテ又之ニ通スル運河ハ、時ニ或ハ艀舟ヲ以テ充満スルカ故ニ、水路梗塞シテ運送ノ渋滞スルコトアルハ現時ノ状態ナリ、故ニ今ニシテ海陸ノ連絡ヲ径捷ニシテ、百貨集散ノ敏速ヲ計ルニ非ラスンハ、滔々トシテ輻輳スル所ノ貨物ハ、漸次渋滞シテ代謝スルコト愈々遅緩ナルニ至リ、其反応ニ依テ、侵々トシテ進歩スル本市ノ繁栄ハ頓ニ活気ヲ失ヒ、其充溢スル所ノ貨物ハ終ニ神戸港ヲ経テ集散スルニ至ランコト、火ヲ見ルヨリ炳明タリ、如此現時ノ状態ヲ観察シ、将来ノ繁栄ヲ考究スルトキハ、海陸連絡ノ捷路ヲ開キ百貨集散ノ敏速ヲ計ルコト、目下ノ最大急務ニシテ、一日モ忽カセニスヘカラサルコトヲ自覚スルニ足ラン、此ニ於テ吾輩同志者相謀リ、川北村大字南天保山対岸ト官設鉄道梅田駅ノ間ニ複線鉄道ヲ布設シ、川北村大字南ノ河岸ニ接シ一大停車場ヲ設置シ、船渠及ヒ汽船繋留所ヲ造築シ、又大ニ倉庫ヲ造営シテ、毎日二万噸ノ貨物ヲ容易ニ集散シ、又瞬時間ニ数千ノ旅客ヲシテ安全ニ汽車・汽船ノ間ニ移乗セシメントスルノ目的ヲ以テ、予メ規模ヲ定メ、一昨年十一月其筋ニ向ツテ鉄道布設ノ免許ヲ請願シ、昨年十月ニ至リ其仮免状ヲ下附セラレタルヲ以テ、実地測量ヲ施シ、工事ヲ設計シ、工費ヲ予算シ、又営業収支ニ関スル精密ナル調査ヲ遂ケ、本事業ニ伴フ直接ノ経済ヲ詳カニセリ、之ヲ要スルニ、本事業タルヤ、個人的単独事業トシテ最モ有利ナル企業タルノミナラス、公共ニ対シ間接ノ利益ハ更ニ是ヨリ大ナルヘシ、実ニ一挙両全ノ計画ニシテ、其竣功ノ日ニ於テ、百貨集散ノ利便ニ随伴スル所ノ結果ハ、大ニ本市繁栄ノ程度ヲ高進シ、商業ノ面目ヲ革新シ、漸次社会ノ必要ニ促カサレテ、更ニ規模ヲ拡張シ、数年来本府ノ一大問題タル天保山築港ノ実施ヲ見ルニ至ルコト期シテ待ツヘシ云々
青淵先生ハ同会社ノ発起人ニシテ、線路ハ落成ヲ告ケ開業セリ、然シナカラ大阪築港未タ落成セサルヲ以テ、今日ニ於テハ未タ充分ノ利益ヲ見ルニ至ラサルナリ


日本鉄道史 中篇・第五五二―五五五頁〔大正一〇年八月〕(DK090020k-0002)
第9巻 p.194-195 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

〔参考〕今村清之助君事歴 (足立栗園著) 第四一一―四一七頁〔明治三九年九月〕(DK090020k-0003)
第9巻 p.196-198 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

〔参考〕岩下清周伝 (故岩下清周君伝記編纂会編) 第二編・第二六―二七頁〔昭和六年五月〕(DK090020k-0004)
第9巻 p.198 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。