デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.15

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

2章 交通
2節 鉄道
20款 九州鉄道株式会社
■綱文

第9巻 p.237-265(DK090026k) ページ画像

明治32年9月17日(1899年)

是ヨリ先、九州鉄道株式会社株主ノ一派会社ノ経営方針ニ不満ヲ抱キ、臨時株主総会ノ開催ヲ要求シ、社長仙石貢排斥運動ヲ起スヤ、栄一、岩崎弥之助・益田孝等ト共ニ斡旋調停シ、改革派株主ヲシテ要求ヲ撤回セシメ、是日伯爵井上馨ニ無条件仲裁ヲ依頼ス。


■資料

九鉄二十年史 第一六―一七頁(DK090026k-0001)
第9巻 p.237 ページ画像

九鉄二十年史 第一六―一七頁
○上略
先是高橋社長は戦後会社の営業益好況を呈し、第一期予定線も略ほ完成に近つき、本社の将来も予期するに難からさるを以て、引退の意を決し、社長の印綬を時の副社長仙石貢氏に託して去れり、爾来本社鉄道は創設の時代を過きて整理の時代に進みしかは、新任仙石社長は鉄道の基礎を鞏固ならしむる為め、車輛の増加線路の改築其他諸設備の完成を努めたるを以て、営業費の支出稍々多きを致せるより、三十二年七月大株主堀部直臣、中島茂七、豊田実、上羽勝衛、尾崎三良、魚住伊吉、加藤伊右衛門、山中隣之助、吉田寿八郎、足立孫六、田中新七、佐々田懋、田中屯作、佐藤鋠五郎、根津嘉一郎、沢村大八、中村才馬、住江常雄氏等檄を飛はして臨時株主総会開会の賛成者を募る、其目的とする所は本社株主中より調査委員七名以内を撰挙し、当時俄然営業費を増加し、之れか為め利益配当の低落したる理由を調査し、併せて将来利益増加の見込を定むる件を委任するにあり、世の所謂九鉄改革運動なるもの之なり、之に対して仙石社長は営業費増加の理由を表白し、併せて会社の方針を宣言せり(理由方針等略す)、然れとも不幸にして互いに意志の疎通を欠き、円満の結果を収むるを得す、依て同年九月二十五日を期し、大阪に於て臨時株主総会を開設することゝなれり ○下略
 - 第9巻 p.238 -ページ画像 


渋沢栄一 日記 明治三二年(DK090026k-0002)
第9巻 p.238-239 ページ画像

渋沢栄一 日記 明治三二年
八月六日 晴
午前八時三十分新橋発ノ滊車ニ搭シ、十一時過国府津着、直ニ人力車ヲ僦フテ十二時酒匂松濤園ニ至ル○中略午後三時志立鉄次郎来ル、九州鉄道会社株主間ニ紛議アルヲ以テ、仙石貢氏ノ内意ヲ承テ来レルナリ依テ明後日八日出京シテ再議スヘキコトヲ約シテ帰ル
八月八日 晴
午前六時松濤園ヲ発シ、国府津発六時二十分ノ滊車ニ搭シテ八時過東京ニ着ス「車中今村清之助、松本重太郎九州ヨリ帰京スルニ邂逅ス九州鉄道会社ノコトニ関シ談話スル処アリ」○中略午後三時岩崎弥之助氏ヲ訪フ、九鉄ノコトヲ話ス○下略
   ○欄外ニ「 」ヲ付シタルハ十五日ノコトナリ註記アリ。
八月十日 晴
午前志立鉄次郎氏兜町ニ来話ス○下略
八月十六日 晴
○上略 四時築地瓢屋ニ九州鉄道会社ノコトニ関シテ同志者ノ集会アリ益田孝・今村清之助・松本重太郎・阿部泰蔵・田島信夫・福沢捨次郎・志立鉄次郎・山崎某ノ諸氏ト会話ス。○下略
八月二十日 晴
○上略 午後市原盛宏・志立鉄次郎来ル
八月二十二日 晴
午前浅野総一郎氏来話ス、午後時事新報記者矢野由次郎来ル、九州鉄道会社ノコトニ関シ意見ヲ詢ハル、依テ其要領ヲ説話ス、蓋シ其新聞紙ニ記載スルカ為メナリ○中略午後五時岩崎久弥氏来ル、九州鉄道会社ノコトニ付テ来ル廿四日ヲ以テ深川別邸ニ小集ヲ開クニ付、来会ノコトヲ請求セラル、依テ其出席ヲ約ス
八月二十四日 晴
午前成瀬仁蔵来ル、午後三時大磯発ノ滊車ニテ六時東京着、直ニ深川岩崎氏別邸抵リ、九州鉄道ニ関スル株主ノ会合ニ列ス、井上伯・岩崎弥之助及久弥・阿部泰蔵・中上川彦次郎・益田孝・毛利五郎・今村清之助・志立鉄次郎・山崎某・豊川良平等数氏来会ス、夜食後現重役ノ身上ニ関シ、及反対者ニ応スル所置ニ関シ種々協議セシモ、中上川・益田等ニ充分ノ同意ナキヲ以テ、其要領ヲ得ルニ至ラスシテ解散ス
九月十一日 曇
朝来数多ノ来人ニ接ス九州鉄道会社ノ件ニ関シ種々ノ談話ヲ為ス○下略
九月十三日 晴
朝大江卓氏来ル、九州鉄道会社ノコトニ関シ意見ヲ述ヘラル、午後麻生太吉・今村清之助来ル、雨宮敬次郎来ル、共ニ九州鉄道ノコトヲ談ス、雨宮ハ明日ヲ約シテ帰ル○下略
九月十四日 晴
○上略 午前十一時帝国ホテルニ抵リ、雨宮敬次郎・麻生太吉二氏ト共ニ九州鉄道会社ノ紛議調停ノコトヲ協議ス○中略此夜麻生太吉氏来ル
九月十五日 晴
 - 第9巻 p.239 -ページ画像 
朝岩崎弥之助・久弥二氏来ル○中略午後五時築地瓢屋ニテ開会スル九州鉄道会社重役及賛成員ノ会同ニ列シテ調停ノコトヲ談話ス此夜浜町ニ帰宿ス
九月十六日 晴
午前九時兜町ニ於テ雨宮敬次郎・今村・麻生ノ諸氏ヲ会シテ、九鉄会社紛議調停ノコトヲ談ス、午前十一時麻生井上伯《(麻布)》ヲ訪フテ前項ノコトヲ話シ、且其仲裁ノコトヲ内托ス、午後雨宮再ヒ来リテ今村・麻生ト共ニ仲裁ノコトヲ都テ無条件ニテ井上伯ニ依頼スルコトニ決セシ旨ヲ告ク、依テ伯ニ電話ヲ発シテ、明日麻布ノ邸ニ一同参会ノコトヲ通ス
九月十七日 晴
午前八時麻布井上伯を訪フ、九鉄会社紛議調停ノ為ナリ、参会スル者ハ尾崎三郎《(尾崎三良)》・堀部直臣・山中隣之助・根津嘉一郎・今村清之助・麻生太吉・山崎隆篤・益田孝・雨宮敬次郎ノ十人トス、依テ伯ヨリ双方ヘ対スル忠告的意見ヲ述ヘラレ、種々談話ノ末仲裁ノコトヲ了シ夜六時過帰宿ス○下略
九月廿二日 曇
○上略 四時三井倶楽部ニ於テ催シタル九州鉄道会社紛議調停ノ事ニ関シ会社重役及改革派ノ諸氏ヲ饗宴スル会席ニ列ス、井上伯モ出席セラレテ、懇々談話アリタリ、畢テ仙石・尾崎等ノ挨拶アリテ宴ヲ開ク、余興等頗ル盛ナリ、夜十時帰宿


渋沢栄一 書翰 井上馨宛(明治三二年)九月一六日(DK090026k-0003)
第9巻 p.239-240 ページ画像

渋沢栄一 書翰 井上馨宛(明治三二年)九月一六日 (井上侯爵家所蔵)
  尚々本文之義ハ益田氏より申上候筈と存候得共、小生も一応書中拝願仕候義ニ御坐候也
奉啓、然者過刻申上候御仲裁之一条ハ、弥以双方とも協議相整ひ、所謂善ハ急け之諺ニ従ひ、明朝双方之人々及小生、益田・雨宮等も参席之筈ニて、九時頃まてニ尊邸へ罷出度と存候、就而ハ只今も電話ニて拝願いたし候如く、何卒今夕ハ東京ニ御止り被下、明朝双方之出願御聞届被下度候、参上可致人名ハ多分別紙ニ記載之通と存候、御含まて此段申上候 為拝願如此御座候 匆々謹言
  九月十六日               渋沢栄一
    井上伯爵閣下
                    会社之重役
                 取締役  今村清之助
                 〃    麻生多吉《(麻生太吉)》
                 監査役  山崎隆篤
                      外一人
                    改革派
                      尾崎三郎《(尾崎三良)》
                      堀部直臣
                      山中隣之助
                 調停ニ付奔走セシ人々
                      渋沢栄一
                      益田孝
 - 第9巻 p.240 -ページ画像 
                      雨宮敬次郎

井上伯爵様 至急拝願 渋沢栄一


渋沢栄一 書翰 鈴木熊太郎宛(年未詳)九月十七日(DK090026k-0004)
第9巻 p.240 ページ画像

渋沢栄一 書翰 鈴木熊太郎宛(年未詳)九月十七日 (上村竜太郎氏所蔵)
拝啓、然者九鉄会社ニ相生候紛議調停之事ハ、今日貴社之新聞ニも御記載被下候処、弥其談相運ひ今十七日双方相会し無条件ニて井上伯ニ御仲裁相願候事ニ相成候、就而ハ別紙之趣旨ニて可成早く貴社新聞紙○日報社ニ御記載被下度候、右ハ爾来種々御高配被下候御礼旁前段仲裁依頼之事ニ相成候義申上度、別紙添此段得芳意候 匆々不一
  九月十七日
                      渋沢栄一
    鈴木熊太郎様
   ○別紙ヲ欠ク。


東京経済雑誌 第四〇巻第九八八号・第二〇二―二〇三頁〔明治三二年七月二二日〕 ○九州鉄道会社株主臨時総会を請求せんとす(DK090026k-0005)
第9巻 p.240-241 ページ画像

東京経済雑誌 第四〇巻第九八八号・第二〇二―二〇三頁〔明治三二年七月二二日〕
    ○九州鉄道会社株主臨時総会を請求せんとす
九州鉄道会社改革を唱ふる一派の株主、即ち尾崎三良、足立孫六、田中新七外十五名は臨時総会を請求するの檄文を株主に配付し、賛成を求めたりと云ふ、其の大要左の如し
  九州鉄道株式会社定款第三十一条に拠り、左の目的を以て株主臨時総会を請求せんとす
  九州鉄道会社株主中より調査委員七名以内を選挙し、同会社の近頃俄然営業費を増加し、之れが為め利益配当暴減したる理由を調査し、併せて将来利益増加の見込を定むる件を委托する事
  右臨時総会を請求するの止を得ざる理由を述ぶること左の如し
  物価変動以前の事は姑く措き、明治三十年上半期より三十一年下半期迄既往二ケ年間の九州鉄道営業収支の実況を左に掲ぐ

図表を画像で表示--

  年 度     一日一哩平均収入  収入に対する営業費割合  一日一哩平均営業費額  利益配当金  社長姓名            円         割            円          割 三十年度上半期  二四・八七一    三・七一          九・二〇〇      一・〇〇   高橋新吉 三十年度下半期  三二・一六九    四・七八         一五・三七七      一・〇〇   同 卅一年度上半期  三三・七〇〇    五・六二         一八・九四〇      〇・七六   仙石貢 卅一年度下半期  三六・〇六〇    五・四三         一九・〇三一      〇・七五   同 



  前表に就て見れば、三十年度上下期は前社長高橋氏在職中にして、其上半期間は一哩廿四円余の少額なりしも、其営業費は収入金に対する三割七分なりしを以て、年一割の利益配当をなせり、其下半期は一哩平均収入は進みて三十二円余となりたり、而して営業費亦増加して四割七分八となり、同じく一割の配当を為したり、然かるに卅一年度より高橋氏退て、現社長たれども、仙石氏となりたるに、其上半期に於て一哩平均の収入は三十三円余に進み営業費五割六分二と云へる非常の多額に上りたる為めに、却て利益配当は七分六厘に減ぜられたり、其下半期の収入は更に進みて三十六円一哩平均を得たれども、営業費五割四分二の多きに至り、一日一哩の営業費十九円余の驚くへき多額に上りたるが為めに、利益配当は僅かに七分五厘の少額となれり、但三十年度と三十年度一とは物価其他に於て事情の異れるものありと云んことを思ひ、玆に山陽鉄道の同期間の成績を挙くれは(中略)前二年間其収入は寧ろ減退せるも営業費は
 - 第9巻 p.241 -ページ画像 
殆んど居据、即ち三十年上半季に於て九円八十三銭八厘、卅一年下半季に於て九円九十六銭一厘に過ぎず、随つて利益配当も亦大に減ずるなし、云々
九州鉄道営業費の斯くの如く増加したるに付ては、世間自ら又別に説あり、九州が運賃低廉なる石炭を主要貨物とする以上、営業費の割合に巨額なるは免れざるの数なりと云ふものあり、両社運輸の状況を精査比較せば、此くの如き事情なきを得ざるべきか、去れば一概に営業費減少を責むるは酷と云はざる可らず、然れども九州鉄道の事務整頓して間然する所なしとは何人も云ひ兼ねる所にして、一般営業振の乱雑不規律より云へば、節すべきの冗費も決して少きに非るべく株主が当事者を督励して社務を拡張せしむるは至当のことなり、但しマサカ例の会社乗取主義に出でたるにはあらざらん


中外商業新報 第五二四九号〔明治三二年八月三日〕 九州鉄道会社に対する株主各派の意向(DK090026k-0006)
第9巻 p.241 ページ画像

中外商業新報 第五二四九号〔明治三二年八月三日〕
    九州鉄道会社に対する株主各派の意向
九州鉄道会社株主中堀部直臣、上羽勝衛、尾崎三良、佐々田懋、足立孫六、田中新七及根津嘉一郎氏等一派は同会社長仙石貢氏の行為に慊焉たるものあり、特に同氏就任以来経費増加の傾向あるに就て不満を抱き、近時改革論を主唱して東奔西走大に運動を試み其勢焔日に熾なりと云ふ、されば直接間接に同会社に関係を有するものは言ふも更なり、敢て何等の利害を感せざるものと雖も其改革運動の成行に就ては頗る注意せるが如し、蓋し之が結果として同鉄道株の前途に容易ならさる影響を与ふるものあればなり、由来同鉄道は有望なりと認められ又現に有利なりとして知らるゝものなりと雖も、線路不完全にして乗客及貨主に不便利を感ぜしむることあるは亦掩ふべからさるの事実なり、是に於てか親しく利害を感すへき株主中往々種々の点に就て改良を望む者あるは寔に無理ならさることなりと謂ふへし、既に今回の改革運動起りしに就ても、等しく株主中左の如き種々の希望を示せり
甲は曰く
 ドウモ仙石君は出身が技師だから兎角経済上には一向頓着しないで唯無暗に工事の進行を急いだり、入もしない貨車や客車を備へたりして、経費を節減したり利益の増収を計るよふなことをしないで困る、勿論技師としては適当なる人としても、一会社の経営に任ずる社長としては不適当と言はねばならぬ、吾々共は箇様な人を社長として置くのは不安心でならない(未完)


中外商業新報 第五二五〇号〔明治三二年八月四日〕 九州鉄道に対する株主各派の意向(DK090026k-0007)
第9巻 p.241-243 ページ画像

中外商業新報 第五二五〇号〔明治三二年八月四日〕
    九州鉄道に対する株主各派の意向
乙は曰く
 株主として収入を増加し経費を節減し会社の利益を増加することを望むのは今更言ふまでもないことだが、鉄道の不完全不整頓を等閑にしてまでも之を望むと云ふのは理窟の合はない談だ、マア見たまへ、東京から九州まで行くのに官線を通つて山陽鉄道に乗換ると、乗客の取扱やら貨物の取扱がズツト違つてる、それから九州鉄道に移ると其不完全不整頓はお話にならない、誰でもソウ言つてる、ア
 - 第9巻 p.242 -ページ画像 
アいふ営業の仕方ではトテも繁昌は望めない、モツト工事の進歩を計つて線路を完全にしたり、乗客や貨主に満足を与へるよふに整頓しなければならない、ソコデ仙石君は鉄道の技師仲間では有名なる人物でもある、特に剛直でもある男だから、目下の利益に就て彼是いふ株主等には構はないで、不完全不整頓の廉はドシドシ満足を与へるよふにするだろふと思つて望を嘱したのだ、トコロがやらないな、ドウモ斯様なことでは永久九州鉄道の株を持つてるのは不安心に思はれる、ナゼドシドシ永久の利益を得ることに目を着けて行らないか
丙は曰く
 仙石君も困るだろう、一方の株主は収入を増加して経費を節減し、而して会社の利益を多くして配当を増せと言ひ、一方の株主は目下の利益はドウでも宜い、工事の進歩を計つて今の不完全を満足するよふにせよと言ふ、併し仙石君も種々の情弊が纏綿してる彼の会社を引受けたんだから、ソウソウ多くの株主が望むやふに急に満足を与へるよふにすることは出来ないだろう、勿論鉄道の技師としては有名なる人物だから九州鉄道の不完全は一見して知つても居る、又之を直に満足せしむる手腕も持てるに違いない、又仙石君は技師だから経済上のことは無頓着のよふに見へるがナカナカソウでない、一会社の経営に任する技倆は充分持つてる男だ、然るに急激なる実行を避ける気味があるのは動もすれは種々なる廉に破綻を生する虞があるからだろう、如何に仙石君だからだつてソウ急に何も角も行つ付けることは出来まい、マアマア仮すに年月を以つてしなければなるまいよ
丁は曰く
 九州鉄道会社の社長として仙石君のよふな人物を得たのは実に吾々株主の仕合と言はねばならぬ、鉄道事業に経験があつて而かも性質は剛直であるから最も適当の人物である、恐らく他に求めよふと言つて容易には得られない、或る株主が言ふよふに何でも角でも経費を節減して而して多くの配当をせよと言つて責立つてもソウソウ急に注文するよふに行くものではない、又或る株主が言ふよふに利益にも何にも構はずにコノ不完全の廉もアノ不整頓の処も満足するよふにせよと言つてソウソウ急激のことを望むのも無理だ、勿論営業上から言つても国防上から言つても九州鉄道の完全は計らねばならぬ、乍併目下の利益はドウでも宜ひとは言はれない、吾々は永久九州鉄道株の利益に依つて収入を計るものである、或時は望外の収入を得ることが出来るが、或時は何にも得られないでは実以て困る、今の仙石社長の方針は斯る希望を満足せしむるのには最も適当して居るかと思ふ、余り無理な注文をして仙石君を責立つると、アヽ言ふ男だから己は何処に行つても飯は食へるのだ、ソウ八釜しく言ふなら知らないだけのことだと言つてプイと遁て行くよふなことがあると跡はドンな怪物が入込んで来るやら知れない、ソウなると吾々株主の不利益は言ひよふがない、吾々共は何れにしても急激なる改革運動が功を奏するよふなことがあるなら、已を得ず所有株を売つ
 - 第9巻 p.243 -ページ画像 
て他に安全に利益を得らるゝ株を求むるより外はない
九州鉄道会社に対する改革運動起りし以来、等しく同株主中の意向なりとして世に伝ふるもの大概斯の如し、勿論同鉄道の不完全不整頓なる夙に世人の認むる所、若夫目前の利益を顧みずして永遠の利益を得んと欲せば其完全を期せざるべからず、蓋し経済上の利益なるのみならず国防上亦最も必要なり、本邦の地勢たる常に其守備の厳重を要するは東北地方よりも寧ろ西南地方に在り、故に熊本に小倉に師団の設置あり、佐世保に又軍港の設置あり、其他竹敷及厳原等に砲台の設置ある等、恰も伊国が羅馬以北の地に師団の多くを置きて外強の襲撃に備ふると一般なり、果して然らば九州鉄道の完全は最も必要にして一日も忽諸に付すべからず、若し之を同鉄道に望んで得べからずんば国家進んで之に当るの要あるなり、乍去同会社の経営としては斯る急激なる設備到底事情之を許すべくもあらず、已なく漸を以て其遂行を計るより外なかるべし、何にせよ今回の改革運動は大に注目すべき価値あり、若し其結果にして改革派の勝利に帰せんか想ふに同派に賛成を表せさる他の有力なる株主は勢其所有株を売放つに至り、波瀾に波瀾を生して前途甚だ憂ふべき悲境に陥るが如きことあらん歟(完)


中外商業新報 第五二六二号〔明治三二年八月一八日〕 三井家九州鉄道の改革運動を非とす(DK090026k-0008)
第9巻 p.243 ページ画像

中外商業新報 第五二六二号〔明治三二年八月一八日〕
    三井家九州鉄道の改革運動を非とす
尾崎三良及上羽勝衛氏等の一派は九州鉄道会社長仙石貢氏の行為に慊焉たるものあり、近来改革を名として大に運動する所ありと雖も、元是目前の小利に汲々とし会社永遠の利益に就て企図するものならざるも、多数の株主中深く其事情を究めずして雷同するものなきにあらず始め同一派等今回の運動に着手するや既に岩崎家は全然之に反対すべきを想像したりと雖も、曾て三井家中にては仙石社長に望むに目下の利益を犠牲とし鋭意事業の進歩改良を計り、以て遠大の利益を収むるに努めんことを以てしたることあるより往々之を誤解して同家は今回の運動に賛成せりと認め、又同一派等動もすれば之を口実として同意者を糾合せるが如くなれとも、同家は素より仙石社長の技倆人物を信用し氏に依て会社遠大の利益を収めんとするものに外ならされば、勿論今回の如き運動に賛成すべくもあらず、寧ろ岩崎家と共に其後援となり、氏をして益々事業の進歩改良に努めしめ、而して多数株主と共に永遠の利益を収めんとする決心にして、井上伯及渋沢栄一氏等亦皆同一意見を抱かるゝと云ふ


時事新報 第五六五三号〔明治三二年八月二四日〕 九州鉄道に関する渋沢氏の意見(DK090026k-0009)
第9巻 p.243-247 ページ画像

時事新報 第五六五三号〔明治三二年八月二四日〕
    ○九州鉄道に関する渋沢氏の意見
  昨今経済社会の一問題となれる九州鉄道株主一派の臨時総会請求の件に関し渋沢栄一氏の語る所左の如し
九州鉄道改革の件に付ては私は此程から改革派と称する尾崎君抔にも御目に掛つて其要点だけは聞いたです、且つ其前に檄文やうの物を送られましたからソレも一ト通り見たです、併し精密な計算も取調べて見ぬからして今悉く数字を記臆して爰に申し述べることは出来ませぬ
 - 第9巻 p.244 -ページ画像 
けれども、要するに経費が余計掛ると云ふことが改革派の苦情を唱へる骨子と思ふ
経費に二様あり
併し此経費の余計掛ると云ふに二様ある、鉄道事業内部の処置が其宜きを得ずして無要の冗費を費すから経費が余計掛ると云ふ場合もある又その前に鉄道の修繕とか或は改良とか云ふやうな事が起て之を善くせんければならぬと云ふ必要から費用の余計掛ると云ふ場合もある、此場合を第一に能く観察を下さんければならぬ、只単に経費が余計掛ると云ふて直ちに処作の善悪を判断すると云ふことは余程無理であらうと思ふ
費用増加の原因
既往の事を誹る訳ではありませんけれども、元来此九州鉄道の昔日の仕方と云ふものは、或は創業の際の鉄道でありますからして先づ努めて物を簡略にして費用を節し、而して幾分の収益を増して配当の多からんを勉むると云ふことを会社の主義として仕来つたやうに見えるです、それのみならずモウ一ツ筑豊鉄道と合併したと云ふことも費用増加の一因に相違ない、此筑豊鉄道は別して収入も多いが費用も余計掛る、と云ふものは石炭を運搬するからで、石炭を運搬するに付ては費用の多く掛ると云ふことは免れぬ事実であらうと思ふ、殊に筑豊鉄道には支線が大変多い、支線の多い程費用を増すと云ふことです、此走行哩数なども数字の上に現はしてあると云ふことですが、走行哩数に対して只旅客列車を以て勘定すると荷物列車を以て勘定するとは大層違ふと云ふことも聞て居る、若し九州鉄道の初めの方針の如く利益を増して配当を多くすると云ふ為めに修繕若は改良を跡廻しに為すと云ふ事、及び筑豊鉄道は今申し述べた如き姿であつても、尚ほ消極的に費用を節し取上げた収益は残らず利益配当にすると云ふ方針を執つて行つたならば、甚しきは彼の鉄道をして大に危険に陥らしむるやうになりはせぬか、所謂永遠に真正の利益を得ることが出来ぬやうに成行きはせぬかと云ふ位に心ある大株主は観察を下して居つたらうと思ふのです
今は九鉄改良の途中
夫故に重なる株主は仙石氏を副社長兼技師長として任ずる時分には前社長高橋君とも謀り、創業期に属する間は利益の一点のみに傾くよりは寧ろ追々に事業の完成を先務として永遠の利益を期さなければならぬ、追々に事業の完成を謀つて行くには今までの方針を変へねばならぬと云ふことは既に業に重役の間に於て協議が一致して、其方針で遣りつゝあると斯う云ふことに聞て居る、其事に着手してから未だ一年経たぬ今日、換言すれば鉄道改善の途中であらうと思ふです、然るに此間の経費が多いからと云つて直様に此改革を謀ると云ふ如き企は、申さば大早計ではないか、殆ど無理な注文とまで私は謂はなければなるまいかと思ふ、若し此改革派の人達がさう云ふ事情を知つて、而して其主義は悪い、強ひて申さばドウでも只当坐利益さへあれば宜いと斯う云ふやうな主義で遣ると云ふことであるならば格別ですけれども蓋し此改革を謀ると云ふ人達は決して左様な鼻先考へを以て、鉄道の
 - 第9巻 p.245 -ページ画像 
完全は欠けても構はぬと云ふ如き望を以て改革呼はりをされる訳ではなからうと思ふ、矢張鉄道の為めに将来の堅固、将来の安全を期することは私共と同様な意念であるだらうと思ふです、只その思ひ入に幾らかの差を生じたのではあるまいかと考へられる
仙石氏は技術家なり
斯く申す条元来此九州鉄道も今日の場合処務整斉も行届いて諸経費中に冗費なしと云ひ得るや否やと云ふことに就ては、私共は実地を知らぬものですから細に之を答弁する程には為し得られぬ、併し仙石氏は技術上に就ては私は完全なる人と思ふです、左りながら吏務一切の事に通暁して諸経費の如きも細心に水も洩さず行届いて節減して少しも無駄のないやうに処理して行くと云ふ程、技術に加へてさう云ふ吏務に長じて居る人であるや否やと云ふソコまでの明言は出来兼ぬるです
仙石氏の人と成り
又仙石君とは私は長い交際で且つ近頃別して懇意にして居るから、其人と成りも大抵知悉して居る積りであります、至つて敢為な気象を持つて居て、一寸悪く言ふたならば剛腹不遜と云ふやうに見える弊がある、けれどもそれは其挙動にさう云ふ様子の見えるだけで、其実誠に艶も軽薄もない所謂愛嬌の少ないやうな所が則ち彼の人の極性質の真摯なる所以であらうと思ふ、私は誠に技師としてはあのやうに有りたいと思ふ位であるです、併し技術に加へて今申す通り物に細密に行渡り、若くは人に対して艶軽薄はなくてもがマ少し嫌な事は嫌と分るやうに嬉しい事は嬉しいと人が見得るやうに行為して呉れると宜いけれども、ソコはドウも嬉しかツたやら口惜しかツたやら呑込んだやら呑込まぬやら一寸分らぬと云ふやうな応対挙動のある所から、或は遂に心ならぬ敵を求め心ならぬ誹を来たすやうな事は有りはしないか、蓋しそは人の性質に依る事だから、それが仙石氏の欠点とまでは云はぬけれどもが極無遠慮に彼の人の性来を申さば前に述べた通り、但しそれが誠に或る一方には人に信ぜられ愛せらるゝ所以であらうと見て居るです、何事でも其人の短を知つて其長所はドコまでも利用すると云ふ考へを持たなければ凡て物事の成功は期せられまいと思ふです
所謂改革派の主張と其結果
段々近頃此事に付て改革のお説を聞くと云ふと、我々は只調査するだけの事である、調査すれば何事も能く分るであらう、従て差支ないと云ふ結果を得ればそれで何も論はないのだからして、此調査と云ふことに就て其様に何も顔を赧くして異論を云ふ必要はないぢやないか、調べると云ふことは株主として殆ど権利に属して居ることである、別に改革を謀るの革命を企てる抔と云ふやうな大仰な話ではないと云ふ如何にも改革を主張する御方々は決して世間の人の云ふ如き野心を持つと云ふやうな事もなからうから其通りであらう、けれども仮令大きな会社とは申しながら、調べやうと思へば如何やうにも行つて調べ得らるゝ道があるに、其道に拠らずして特に臨時総会を開くと云ふのは其心は何れにせよ何しろ形蹟の上から云へば所謂現重役に向つて一寸戦端を啓くと云ふやうな姿になりはせぬか、其遣口は如何にも穏ならぬと云はにやならんぢやないか、仮し臨時総会を開いた所が、第一に
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調査委員を置くと云ふことに就て株主中に異論が起ればドウしても投票で決しなければならぬ、果して調査委員を置くと云ふことが多数決になり、調査委員が出来て調査の結果調査委員の報告が何でもないと云ふやうな事になると、臨時総会を請求した御方々が一同の株主に無駄な面倒を与へた訳になる、若し亦或部分は尤だが或部分は斯くもなさゝうなものだと云ふ斯う云ふ説があつたと見る場合には、必ず現任の重役は晏然として其職に安んずると云ふ訳に行かぬ、左すれば少なくも会社の内閣をして動揺せしむるの方針らしいと云ふことは免れない、会社の内閣を動かすと云ふことも相談づくで、若し老朽の人でもあれば仮しや老朽でなうてもが左まで必要のない人を追々減ずるとか又は更へるとかなら是も宜からう、けれとも今申す通り技術上適当の人にして且つ充分なる丹精を為て居るにも拘はらず、アレぢや行けないと云ふ若し改革派の考へであるならば、ドウも其点に付ては私共は全く反対と云はなければならぬ、只仙石の仕方が或る部分には整理が届かないから之を扶けて整理させるやうに為たいと云ふならば、仙石の女房役に極適当な人を附けて、諸経費其他の点に付ても節減し得るだけ節減もし又事務に付ての行届きを謀ると云ふことは、今現に遣りつゝあるでもあらうが尚ほ搗てゝ加へて整理さするが宜い、併し夫だけの事ならば更めて調査委員を設ける必要はない、必要があるならば重なる株主は行つて実況を御覧になれば幾らでも分る、九州鉄道の費用は一哩に付て幾ら掛つて居る、日本鉄道に比較して見ると大変多い官線から見ると大層多いと云ふやうな事は、ドウ云ふ訳で多く掛るかは行つて吟味したら能う分るだらうと思ふ、併し全く鉄道は崩れてしまつても当分利益さへ取れば宜いと云ふ主義ならば是れは方針が全く違うのであるから、其方針の論ならば今の改革派の云ふ所も一応御尤だが、若し其方針の論でないと云ふならば、ドウも前にも申す通り別に調査委員を置くと云ふことを臨時会に向つてお求めなさる必要はなからうと思ふ、右等の理由を以て此調査委員を置くと云ふことに付ては何分御同意を申上げ兼ぬる、否大に不同意を申し而して此会社をしてますます安全堅固なものに進めたいと思ふ、徒に此会社は斯う云ふやうな有様であると吹聴して世の中の人をして会社に向て不安心の念を懐かしむと云ふのは、誠に重立つた株主でありながら、自から自分の面目に毀損を加へるやうなものではなからうかと思ふです
渋沢の関係に仙石氏就任の目的
但し自身は最初九州鉄道には聊かも関係はなかつた、而して筑豊鉄道是も最初の発起には関係致しませぬが、一時堀田正養さんの重役の時分に御懇意から少々第一銀行から金融をしました、其関係よりして遂に三菱会社の荘田君と共に相談役を引受け、而して筑豊礦業鉄道の改革に聊か尽力しました、初めの間は廃滅に帰しさうな有様で会社は余程困難の位置に陥つたです、けれども種々工夫して遂に優先株などを発行して漸く維持の道を立てた、それから段々事業拡張の末終に彼の会社は専ら礦山に関係する鉄道であつた為めに支線の整理、石炭の積取り其他技術上に属することが多いのでドウしても仙石氏の如き技術家が必要であると云ふので○中略決して懇意が厚いから仙石氏に偏して
 - 第9巻 p.247 -ページ画像 
物を云ふ積りでも何でもない、私が若し仙石氏の人と成りが面白くないと云ふ感じを持つならば、或は改革派の人に御同意して至極宜いからお遣りなさいと申すかも知れませんけれども、公の事に私を許さず今申す通り前の仕方は九州鉄道なり筑豊鉄道なり先づ其鉄道の改善を主とせずに一時の収益を先きとして仕事を仕来つたが、是では鉄道を永続させる道でない所から、方針を変へて任に就かしめたるに未だ其成功を見もせぬ中に経費が余計掛ると云ふて、コヽで仙石氏を責めると云ふのは殆ど我が望んだ事を為て呉れたのが気に入らぬと云ふて攻撃すると云ふことになるから、仙石氏も余程辛い事であらうと思ふ、マア自分の意見は其辺でございます、詰り申すと調査委員を設けんとなさるゝ必要はなからうと云ふことに帰着する、只其経費が余計掛るといふのを弥縫するやうに思はれるのは甚だ遺憾です、成程改革派の御方々から寄せられた統計を一覧すると大分数字の上では余計あるように見えるです、細密に見もしませんが、併しそれは鉄道其物の性質から出たや否やを能う見ずして、単に数字だけで攻めるは基本を量らずして其末を咎むる事になりはせぬか
   ○日記明治三十二年八月二十二日条参照。
   ○此談話ハ竜門雑誌(第一三五号第一―六頁明治三二年九月)ニ転載ス。


東京経済雑誌 第四〇巻第九九四号・第五一七―五一八頁〔明治三二年九月二日〕 ○九鉄改革の運動;社長派の申訳;忌むべき会社騒動(DK090026k-0010)
第9巻 p.247-248 ページ画像

東京経済雑誌 第四〇巻第九九四号・第五一七―五一八頁〔明治三二年九月二日〕
    ○九鉄改革の運動
過日来頻に運動し居たる九州鉄道改革派は漸く予定の権利数を得たるを以て、去る八月廿五日愈々臨時総会開会の請求書を本社に差出したる由、総会の目的は既記の如く株主中より調査委員七名以内を選挙し近来同社の俄然営業費を増加し、之が為め利益配当を暴減したる理由を調査し、併せて将来の見込を定むるの件を委托すべしと云ふに在り之に対する一般株主の意向は寧ろ仙石社長をして充分所信を貫かしめんとするに在るが如く、大株主の多数も之に属すと云ふ、改革派果して成功すべきや、否や
    ○社長派の申訳
東京日々新聞は去る八月三十日の紙上、三欄の長文を以て社長派を回護し、改革呼はりの謂れなきを論じたり、改革派の公言必しも皆事実の真相を得ざると共に、日々新聞の記事亦多少の潤色なきを得ざるべし、然れども公平に考ふれば、従来九州鉄道の営業振は実に乱脈を極め居たるに、近来較々鉄道らしき鉄道となりたるは誣ふべからざるの事実なり、此の一事は如何にしても仙石社長の功なり、過とは云ふ可からじ、改革派が一切鉄道の改善と、永久の利益とを念頭に置かず、単に配当を云々するは或は多少不親切の譏を免る可からざるべし
    ○忌むべき会社騒動
別項の如く九州鉄道会社にては、今や一部の株主改革を唱え、躰よき社長不信任案を提出したり、其の結局の如何は差て措き、予輩は深く我経済界の為めに憂慮せずんばあらず
先には日本鉄道、日本郵船会社、日本銀行、勧業銀行等の紛紛あり、今又我国第二の大鉄道会社に此の事あり、会社騒動の病根深く我経済
 - 第9巻 p.248 -ページ画像 
社会を侵蝕せりと云ふべし、
会社騒動、改革呼はりは何時にても多少裏面の事情を包含すれども、表面の理由は重役の無能力、配当の減少等に在り、此の如き事情は株主の好まざる所たるに相違なしと雖も、元来重役は株主の撰挙に由りて業務担当の任に当れるものに過ぎず、之を監視督励するの任は当然株主の選挙せる監査役、及び株主自身に存す、監査役及び株主は須らく情弊の山積せざるに先ちて救済の方法を講ぜざる可からざるなり、然るに会社事業に対する株主の冷淡は争ふべからざる事実にして、平時は全く相関せざるが如く、而して情弊山積するに当りて始めて改革を唱へ、会社に対する社会の人心に不安の念を与ふるを慮からず、此くの如きは我輩の経済社会の為めに惜む所なり、されば株主が常に会社の事業に注意し以て弊害を未然に防止するを得ば甚だ可、若し又万一改革の必要あるに至るも、無益の事端を生ぜざる様、穏当に処理する所なかる可からず、是れ蓋し亦株主自身の利益と一致する所なり、仮に九州鉄道会社にして改革派の云ふが如きことありとせば、其改革は万已むを得ざるべし、然れども吾人は改革派運動の方法を以て其宜に適したりとは信ずる能はざる也


東京経済雑誌 第四〇巻第九九五号・第五四〇―五四二頁〔明治三二年九月九日〕 ○九州鉄道会社改革の議(DK090026k-0011)
第9巻 p.248-250 ページ画像

東京経済雑誌 第四〇巻第九九五号・第五四〇―五四二頁〔明治三二年九月九日〕
    ○九州鉄道会社改革の議
九州鉄道改革の議は、該会社株主等の主張する所にして、会社の重役等は之に対して反対の運動を為し、而して同じく株主中にても重役等に同情を表して之を助くるものあり、是に於て九州鉄道改革の議は延きて世上の一問題となり、甲論乙駁殆ど双方の論点を知るに苦む程なりしが、頃日改革派より株主に配付したる檄文に拠れば、改革を必要とする要旨は左の如し
 曩に我々が臨時総会を開かんとして諸君に賛成を求めしに、幸に多数の賛成を得既に請求書を提出したり、然るに現重役派諸子は我々の調査を防遏するが為めにあらゆる手段を施し、以て之が成立を妨げつゝあるものゝ如し
 重役派諸子が其加担者をして言はしむる言によれば、株式会社には監査役あり、取締役あり、何が為めに調査委員を設くるの必要あるかと、重役を信用する場合に於ては固より然り、然れども我々は不幸にして九鉄の重役を信任すること能はざる今日に於ては、自ら之を調査するの外途無きを奈何せん、本年三月三十一日の会社報告書中第二号中に石炭費金十一万二千五百二十四円八十六銭とあり、而して其第十七号中には石炭代価金十三万九千九百九十三円七十九銭二厘とありて、明かに二万七千円余の差異あるを知らん、抑本年四月の株主総会に於て斯の如き故造の計算を是認したるは、株主も亦不明たるを免れすと雖、監査役たる者取締役たる者何の職責かある斯る信用に乏しき重役に向て焉ぞ之が調査を託すべけんや、現重役派諸子に加担せる人々は我々を目して守旧派と為し、唯利益の増加のみを謀りて、鉄道の使ひ潰しを為さんと欲する如く唱るは抑何等の誤解ぞや、我々が現重役諸子の短所を指摘せざるは、一は現重役
 - 第9巻 p.249 -ページ画像 
を重んずるの徳義と、一は鉄道其物の信用如何を顧慮するためのみ九鉄起工の創めに門司より鳥栖に至るの間山と唱すべき程の山もなき地方に於て、四十五分の一の急勾配を存し、或は四十五磅の小軌条を用ひたるが如き、当時に在ては四朱の配当すら為し能はざりし情況より察し来らば、亦是れを止むを得ざるの措置なるべきも、九鉄の線路は之を山陽鉄道に比して強ち難工事と称すべからず、而して山陽鉄道一哩平均の固定資本は六万五千円余にして、九鉄会社の既成未成線路一哩の平均固定資本は無慮八万円に上れるものゝ如し近頃九鉄会社固定資本一哩平均の俄然高まり来りたるは、職として竜頭蛇尾の結果に由らずんばあらず、佐世保線の如きは左したる難工事とも認めざるに、一哩十五万円余の建設費を投入せり、何か故に斯る過大に失するの資本を転して遠賀川近傍の四十五分一勾配を除去し、百分一以上と為さゞるか、何か故に枢要線路中の四十五磅なる軽軌条を支線閑散の地に移し、六十磅以上のものに改築せざるか、仙石社長は工学博士として我国有数の技術家ならん、然れども私設鉄道会社の社長として零砕の収入を集め、以て大数の利益と為し、細心密慮財政を経綸するの事務に至ては憾むらくは之を適当なりと云ひ難からん、一派の人の言ふ所によれば仙石社長は今や会社改良の途中に在り、今日之を非難するは早計に失すと、然れども仙石氏が社長の任に就て既に一年有半の日子を経過せり、其筑豊鉄道と共に入て九鉄副社長の地位を占てより殆ど二ケ年日浅しと云ふべからず、我々は此間に於て竜頭蛇尾なる工事の設備せられたると、其社長となりて以来役員益々多くして、事務弥々挙らざるを見るのみ、現重役は多数株主の希望せる鉄道国有にも反対せるにあらざる乎との風説は頻々として我々の耳朶を穿つ所なり、然れども我々は斯る風説を信ずものにあらざるも、一方に高利の金を借入れ一方に低利の金を預けつゝあるは蔽ふべからざるの事実にして、我々は之が解釈に苦しむものなり、畢竟九鉄株主は一種の恐怖心に駆られつゝあるものなり、又一派の言によれば我々臨時総会請求発起者を目して会社乗取の野心家なり投機者流なりと称し、而して若し仙石社長引退せば後任に適任者無きを憂ふと雖も、我々は決して会社の重役たらんと希望するものにあらず、而して若し仙石氏の引退するが如きことあらば、其後任に於て仮令現株主中に社長適任の人物を見当らずとするも、之を株主以外に求め来らば適当の器を得んこと難きにあらざるを信ずるものなり、前来述るが如く我々が改革を絶叫するは、他なし消極と膨脹との極端主義を排斥し、温和の中間を進行して為すべきの改築修繕は之を為すに躊躇せず、施すべきの保線は之を為すに吝ならず、九鉄をして健全確実の鉄道たらしめ、以て事業適当の利益配当を為し、各株主をして満足せしむるが如き技能ある人に斯業を託せんことを希望するものなり
余輩は単に改革派の檄文のみに依りて、其の欠点として列挙せる所の事実たることを認め、又重役等に対する不信任の攻撃を以て正当なりと認むるものにあらずと雖も、兎に角改革を施すの必要なることは之を信ぜざるべからず、而して是れ特に九州鉄道に就てのみ言ふにあら
 - 第9巻 p.250 -ページ画像 
ず、我か邦官私の各鉄道に就て言ふものなり、而して改革を経たるものは、日本鉄道にして、九州鉄道の如きも固より多少の改革は既に行はれ、又方に行はれつゝあるべしと雖も、余輩は尚改革を施すべき余地の存するを認め、而して改革は鉄道社会の大勢たるを以て、妄りに此の改革に反対するの不可なることを重役等に告げ、改革は之を重役等に於て行ふと、将た他の株主を重役に挙げて行はしむるとに論なく速に適当なる改革の行はれんことを希望せざるを得ざるなり


東京経済雑誌 第四〇巻第九九五号・第五七〇―五七一頁〔明治三二年九月九日〕 ○九州鉄道会社事件(DK090026k-0012)
第9巻 p.250-251 ページ画像

東京経済雑誌 第四〇巻第九九五号・第五七〇―五七一頁〔明治三二年九月九日〕
    ○九州鉄道会社事件
九州鉄道会社一部株主が改革を唱え、臨時総会の開会を請求したるより、重役も棄て置き難しとや思ひけん、仙石社長の名を以て弁明書を発表し、且つ同氏の意見なりとて、同社施設の梗概を各新聞に掲載せり、今其の大要を録せんに
会社は内事務の整理をなし、外公衆の便利を計る為め、大凡左の如き設備に着手したり
一、危険防止 危険防止としては第一に線路の修築を完全にして、列車の運転を安全ならしめ、第二に停車場を拡張し、回避線を延長若くは新設し、昇降場を拡め、第三に車輛を増加し、客車貨車を新調し、且つ従来の滊関車は小形にして混合列車に使用すべきものなれば、旅客列車、貨物列車を区別すると共に大に大形滊関車を新調したり
二、線路延長 幹線の敷設は殆んど完了して僅に宇土三角線を剰すに止り、又必要に応じて枝線の敷設に力めたり
三、事務の整理 線路の延長、資本金増加と共に会社の事務亦著しく膨大し来れるを以て、総務、運輸、工務、滊車、計理の諸部に於て改善する所少からず、其重なるものは運輸事務所、機関事務所、保線事務所各々四ケ、建築事務所二ケを設けたること、列車発着回数を増加し、夜行列車の運転を開始し、官線、山陽、豊州と大連絡運輸を始め且つ発着時間を正確ならしめたること、専属運輸問屋を廃止したること、滊関車の取扱法を厳重ならしめたること、車輛の酷使を戒むるの方針を取りたること等なり
四、利益の増殖 旅客貨物の運賃を引上げ以て利益の増進を計れり
右の四点は果して予期通に実行され、好結果を呈しつゝありや、厳密の調査をなすに非れば知り難き所なれども、免も角も実蹟上会社に改革の意あるや明にして、確に改善せし点も少なきに非ず、此等の改良工事に対する経費の増加は元之を如何ともすべからざる也、株主たるものは只相当の費用を以て此等の設備をなしつつありや、否やを監視すれば可なりと信ず
次に営業費の巨額なることに対し、仙石社長は九州鉄道の特質上多少免るべからざるの事情ありとし、左の数点を挙げたり
 線路の傾斜甚しきこと、東海道鉄道に於て百分一以上の勾配は全線路の百分の十二、山陽鉄道は百分の二に過ぎざるに、九州鉄道に於ては実に百分の三十一を占む
 枝線多きこと
 - 第9巻 p.251 -ページ画像 
 軌条及車輛の軽弱なこと
 九州地方労働費の高貴なること及び物価の高きこと
 機関車用水の悪しきこと
 旅客貨物走行哩程の短きこと
予輩は尽く仙石社長の弁明が実行され居るや否やを知らずと雖も、免も角も従来の九州鉄道をして稍々鉄道らしきものとするには勢巨額の費用を要し、一時配当をも減ぜざるべからず、故に株主が鉄道の改良を望まざるなれば格別、然らざる以上は多少の利益減少を忍はざる可からざるなり、思ふに改革派の言亦多少の拠る所なきに非ざるべし、株主の去就頗る慎重を要すと云ふべきなり


東京経済雑誌 第四〇巻第九九六号・第五九八―六〇〇頁〔明治三二年九月一六日〕 ○九鉄改革に関する会社当局者の弁明(DK090026k-0013)
第9巻 p.251-253 ページ画像

東京経済雑誌 第四〇巻第九九六号・第五九八―六〇〇頁〔明治三二年九月一六日〕
    ○九鉄改革に関する会社当局者の弁明
○上略 仙石社長は先づ鉄道会社の一般に取るべき方針より説き起して、九鉄の方針及び其の占むる位置に関し述て曰く
 我九州鉄道会社の取る所亦この外に出づる能はざれども、明治廿二年初めて運輸を開始せしより、今日に至るまで未だ著しき改良をなしたることなく、我国大鉄道の内に於て最も劣等の位置を占む
九鉄の位置斯の如くなるを以て、近時鋭意改良に着手したりとて、其の成蹟を列挙せり、今其の要旨を摘記すれば左の如し
 (一)危険防止 線路を修築し、停車場を拡張し、車輛を増加し、列車時間を正確ならしめ、且近来大に職員を増置して十分の監督を為さしむ
 (二)線路延長 枝線敷設は鉄道経済に取て不利益なるを免れずと雖も、一般公衆の便益の為め又競争線の妨害を避くる為め、買収若くは新設に由り枝線を増加したること頗る多し、即ち筑豊、伊万里の両既設線を買収し、小倉、筑紫、鞍手、船越の布設権を譲受け、又本社当初の計画線も漸次成工し、今や僅に宇土三角間を残すのみ
 (三)事務の整理 線路の増長と共に資本も千六百五十万円より四千七十五万円に達したれば、内部の行政機関を改良し、運輸事務所及機関事務所各四ケ処を置き、官線山陽豊州との大連絡を開始し、荷客の取扱を改良し、機関車貨車客車の修繕及使用に注意し、又出納計理を厳にして入札購買法を行ひ、役員賞与は奨励的制度を取れり
 (四)利益の増殖 昨年十月大に運賃改正を行ひ、石炭は一噸一哩二銭より二銭五厘に引上げ、普通貨物は二十哩以上四十五哩迄一割、四十五哩以上百哩迄二割百哩以上三割を引下げ、又旅客運賃は距離逓減法に依り一哩一銭五厘より一哩七厘迄とし、以て大に利殖の途を講せり
更に改革派の攻撃せる諸点に対し弁明して曰く
 (一)線路の傾斜 東海道線は山北沼津間、垂井米原間及馬場京都間に於て四十分一の傾斜あるも、全線に対すれば百分十二に過ぎず、其他の勾配は総て百分一以下なり、山陽鉄道は二本松瀬野間に四十四分一の傾斜あるも、全線に対し百分二に過ぎず、其他は総て百分一以下なり、然るに九州鉄道は数箇処に急勾配ありて、其区域の長
 - 第9巻 p.252 -ページ画像 
き全線百分の卅一を占む
 (二)枝線 山陽鉄道には全くなく、東海道には横須賀、武豊、北陸の三線あるのみ、然るに九鉄には、行橋、伊万里、佐世保、長崎其他数線ありて、車輛走行哩数の比較は実に左の如き平均をなせり
    車輛走行哩表(一日一車平均)
        機関車     客車     貨車
 九州     五八哩    一四五哩    二七哩
 東海道    六三哩    一三二哩    三七哩
 山陽     七三哩    一五六哩    三五哩
  (備考)九鉄に客車のみ割合多きは修繕せずして無理に運転したるが為なり
 (三)軌条及車輛 山陽及官鉄の軌条は普通六十封度強なるも、独り九州は五十封度弱なり、車輛の構造亦た甚だ虚弱なり、是れ比較的多額の保線費を要する第一の原因とす
 (四)物価及労銀 九州は他に比して頗る騰貴し居れり、是れ亦た多く経費を要する所以なり
 (五)機関車用水 九鉄沿線の用水は何れも悪質にして滊鑵を損傷すること速なり
 (六)貨客走行哩 山陽にては旅客二十五哩、貨物六十五哩の走行哩を有するも、九州にては僅に旅客十五哩貨物二十五哩に過ぎず
斯くて社長は左の如く結論せり
 九鉄は其構成上及営業上、官線若くは山陽に比して営業費の増加を要するも、今日の如く収入に比して百分五十五の甚しきに至れるは従来毫も保線営繕等に注意せざりし反対に過ぎず、然れ共今後一年を経過せば、稍々普通鉄道の状態を備ふるに至るべく、収入との割合亦百分五十を超ゆることなかるべし、随て利益配当も漸次増加するや疑ひなし、
九鉄の劣悪彼が如くなれば、其の株主中に改革派の生出したるは当然と謂はざるべからず、而して現任重役諸氏は改革派の攻撃を受けて玆に始めて改良に着手したるものにあらずと雖も、余輩は改革の成蹟及び九鉄の経費多くして利益少なき理由を知るを得たるを喜び、会社の当局者が改革派の攻撃に鑑みて益々改良に鋭意し、以て速に全局の改良を奏せんことを希望せざるを得ず
   ○仙石貢ハ元鉄道技監出身、筑豊鉄道株式会社専務取締役ニシテ同社カ明治三十年九州鉄道株式会社ニ合併セラルヽヤ専務取締役副社長ニ就任(九月二十日)、翌三十一年社長高橋新吉辞任ノアトヲウケテ社長ニ就任ス。(五月三日)
    仙石社長就任前後ニ於ケル同会社営業収入、営業費、利益金及配当ノ対照左ノ如シ。


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   年 度     営業収入            営業費           利益金             配当率                                                         割 二十九年 上    六三八、九四九・七六三    二六六、五六〇・九六一  □    二四、五七一・一四五   、八五                                       ×   三七二、三八七・八〇二      下    七七三、九九五・五五〇    三一四、七六〇・一八六  □     三、四六八・九四七   、九〇                                       △    二五、〇〇〇・〇〇〇                                       ×   四五九、四六七・三六四 三十年  上    九二六、三九六・五五四    三八〇、九二八・五五八  □     八、〇〇四・三一一  一、〇〇                                       △    四二、八〇〇・〇〇〇                                       ×   五四五、四六七・九九六  以下p.253 ページ画像  三十年  下  一、五四七、一三二・七三八    七四〇、二七五・六七四  □    六六、六四四・〇〇〇  一、〇〇                                       △    五八、三五〇・〇〇〇                                       ×   八〇五、八五七・〇一四 三十一年 上  一、七五三、三九四・六三〇    九八六、五八三・九五八  □    二一、九六一・〇六四   、七六                                       ×   七六六、八一〇・六七二      下  二、〇一四、六〇七・四六〇  一、〇九二、一三八・三六三  □     七、一六一・七三六   、七五                                       ×   九二二、四六九・〇九七 三十二年 上  二、一〇五、九二九・九〇二  一、三三八、〇五三・二一一  □     一、一四〇・八三三   、六〇                                       △    四〇、四五〇・〇〇〇                                       ×   七六〇、八七六・六九一      下  二、三〇四、四二七・八八七  一、二九四、八〇二・五九七  □     二、八四七・五二四   、七〇                                       △    二〇、一七五・〇〇〇                                       × 一、〇〇九、六二五・三九〇 三十三年 上  二、四五二、三五八・二三八  一、三〇一、〇三二・八八六  □    二五、八六九・五一四    、七三                                       × 一、一五一、三二五・三五二      下  二、六六三、六九一・三二三  一、三六九、四〇五・一七七  □    三九、〇七九・八六六   、八〇                                       × 一、二九四、二八六・一四六 



         備考 □前期繰越 △特別保護金 ×収支差引利益金
   ○九鉄二十年史第一一二―一一三頁所載表ニ拠ル。


中外商業新報 第五二八七号〔明治三二年九月一六日〕 九鉄問題仲裁諾否の協議(DK090026k-0014)
第9巻 p.253 ページ画像

中外商業新報 第五二八七号〔明治三二年九月一六日〕
    九鉄問題仲裁諾否の協議
雨宮敬次郎氏が彼の九州鉄道改革及非改革両派の間を奔走し仲裁の労を取らんとして尽力せし結果なるにや、非改革及中立両派の重なる株主十数名は昨十五日午後五時より築地の瓢屋に会合し、其諾否及仲裁条件等に就て協議する所ありし由、想ふに非改革派の意向は頑として動かす、改革派にして臨時総会の請求を撤回するにあらすんば、自然の成行に任して決着せしむるより外なしと云ふことに議定せられしならん歟


中外商業新報 第五二八九号〔明治三二年九月一九日〕 九州鉄道紛議の落着(DK090026k-0015)
第9巻 p.253-254 ページ画像

中外商業新報 第五二八九号〔明治三二年九月一九日〕
    九州鉄道紛議の落着
九州鉄道会社株主中の一派が現任重役等の措置に慊焉たらざるものありと称し、同志を糾合し改革の運動を企て、重役派は亦其勢を挫かんと欲して反対の運動を試みたるは近時経済社会の一問題として注目せられたり、然るに改革派は遂に成規の手続を以て本月廿五日株主臨時総会を大坂に開く迄の運を為したりしが、今回之を仲裁に附し、円満なる落着を告げんと欲して両派の間に彼是交渉するものあり、一昨十七日愈無条件を以て其労を井上伯に托することに協定し、而して臨時総会の請求は同時に撤回せられ、且伯の措施に対しては両派とも決して異議を挟まざることに決定し、遂に該紛議は平穏の終局を見るに至れり
元来両派の紛争は若し之を自然の勢に放任し、総会の議に依て終局を告げしめんか、其軋轢をして益々激甚ならしめ独り会社に取て一大不利益なるのみならず、延て我経済社会に影響する所素より尠からさるへし、重役派にして勝利を占めんか改革派は目的の徹底せさるを憤慨し、事ある毎に重役等の過失を拾はんと欲し、総の社会に於て免る可らさる多少の弱点は終に改革派の攫む所となるへし、又改革派にして勢力を得るに至らんか、従来企画し来れる九州鉄道の改良は或は全く廃止せらるるの虞なきに非ず、故に何れにしても紛争の結果は既に会社全体の利益に非さるのみならす、其結果を得る迄の間に於て軋轢の
 - 第9巻 p.254 -ページ画像 
為めに株主間の感情を害し、調査の為めに社内の事務を攪拌し事業進行の上に於て少からさる妨碍たるべきは最も看易きの事情と謂はさるべからず
然るに九州鉄道の性質より論する時は我鉄道中最も有利多望なるは論なく、之を利益の上より見るも米穀の如き石炭の如き我主要なる産物を控へ、経済社会か不況に苦むの時に於ても猶且多くの利益配当をなすに足れり、又一国の方面より観察する時は本邦南端の幹線として軍事上欠く可らさるの地位を有せり、欺の如きを以て軌動、貨車及客車の如き素より非常の堅牢を要し、亳も鉄道其ものゝ性質に愧ぢざるの設備なくんばある可らず、故に従来会社の方針は一に改良に専心し、今日鉄道の不備天下随一と称せらるゝ弊害をば悉く掃蕩せんと欲するに在り、余輩は其方針の素より当を得たるに感じ、改革論の起れるを聞ては会社の方針も或は玆に頓挫せざるやを懸念したり、然るに今仲裁にして円満に纏らんか余輩の懸念も空しく杞憂に属すべく、而も仲裁者の能力に顧る時は円満の奏功亦疑なきなり
井上伯は国家の元老として既に世の尊敬を受くるのみならす、我経済社会に対して特に重望を担ふは何人も疑はさる所なり、故に其地位よりいふも伯の忠言は改革派及重役派とも敬聴すべく、加之伯は資質厳正周密、人に依り事に依り偏倚の私情を逞ふせさるは勿論又能く精細なる調査の結果に基かすんは軽々しく断案を下ささるは何人も首肯する所なり、是を以て今回の仲裁も必すや紛議の起る所を明にし、改革派の主張も将た重役派の主張も其長とすへき点は悉く之を採用し、其短所に対しては亦充分両派の納得を買ふに足るへき解明を下すに至らん、果して然らば従来両派の間に結はれたる感情も玆に氷雪の春風に遇へるが如く忽ち融和の好果を結ふや疑を容れざるべし、余輩は伯が九州鉄道の為め否寧ろ我経済社会の為め老躰を懶しともせずして仲裁の労を快諾せられたるに就ては偏に之を多とせざるべからざるなり


竜門雑誌 第一三五号・第三八―四〇頁〔明治三二年九月一九日〕 ○九州鉄道の所謂改革に就て(DK090026k-0016)
第9巻 p.254-256 ページ画像

竜門雑誌 第一三五号・第三八―四〇頁〔明治三二年九月一九日〕
    ○九州鉄道の所謂改革に就て
九州鉄道は明治二十二年に運輸開通以来兎角世間の非難を受けつゝありしが、会社の当局者も之に対し弁護をも為し得ざりしことは夙に世人の知る処なり、然るに仙石貢氏一度株主の推す処となり入りて社長となるや、鉄道改良に従事し世人をして漸く非難の声を絶たしめたるに、近来尾崎三良・足立孫六・佐々田懋・根津嘉一郎の諸氏は収入の増加せるにも拘はらず営業費の過大なるか為め配当歩合の減少せるは仙石氏の措置宜しき得ざるが為めなりと為し、一味の株主を煽動して調査委員を設くるを名とし、臨時総会を請求し、仙石氏をして辞職せしめんとせり、而して之に応じて改革を遂行することに熱心なるものは熊本県に於ける株主の多数なりと云ふ、仙石氏は技術家なるを以て株主の配当金よりは先つ鉄道の完全を急きつゝあるは当然の事なりとは云へ、氏が前に社長に就かれたる以来同鉄道の為に経営せる処決して尠少ならず、今氏が過般の重役会議に提出されしと云ふ改良方針の大要を掲くれは左の如し
 - 第9巻 p.255 -ページ画像 
         線路の修築を為すこと
         停車場拡張を為すこと
 一、危険防止  車輛の増加を為すこと
         列車の時刻を整理すること
         職員の増置を為すこと

 二、線路延長  本幹線の完成を期すること
         枝線の布設を勉むること

         総務
         運輸
 三、事務の整理 工務
         汽車
         計理

    総務
 一、会社の職制を改正し統一を期すること
 一、処務細則を設け職員執務の方法を明にすること
 一、職員は成るべく従来の社員をして伎倆を磨き事務の熟達を計ること
 一、毎季賞与金の方法を改正して均等分配の傾を避け優等者に厚くするを旨とすること
 一、給与規則を改正し現時の状況に適合せる支給法を採れること
 一、休暇及執務時間等に付ては職員を過度に使用せざるを旨とすること
    運輸
 一、運輸事務所四ケ所を置き列車取扱を敏活ならしむること
 一、列車の発着運行表を作り毎時運転の状況を知悉し臨機の処置を誤らざるの方法を施行すること
 一、電信線を増架し通信の正確を期すること
 一、ポイント取扱を鄭重にせんが為め各駅必ず専務の指示方を配置したること
 一、列車時刻を改正し門司八代及長崎間の直通列車を往復八回宛運転し発着時刻を正確ならしむるを期すること
 一、客車に電灯を使用すること
 一、夜行列車を門司八代及長崎間上下各二回宛運転し山陽線と連絡したること
 一、官線山陽豊州との大連絡運輸を開始たること
 一、旧来のチヱツキを改良して新形のチヱシキ《(ツ)》を調製したること
 一、途中下車の旅客に対し其未乗車区域の賃金を払戻すことを定む
 一、従来の専属運送問屋を廃止したること
 一、会社自ら仲仕を使用し物品の取扱を擲重《(鄭)》ならしめたること
    利益の増殖
 一、石炭運賃を二銭より二銭五厘に引上げたること
 一、特約運賃を其儘とし普通運賃を廿哩以上四十五哩迄一割四十五哩以上百哩迄二割百哩以上三割の引下を為して貨物の吸収を勉めたること
 一、旅客運賃も通じて一哩一銭二厘なりしを距離の遠近により逓減するの改正をなしたること
然るに同鉄道は由来他の鉄道に比して経営に困難なる事情の存するあるを以て、仮令仙石氏にあらざるも到底完全を期し得らるべきにあら
 - 第9巻 p.256 -ページ画像 
ざるなり、然るに一部の株主改革の名の下に同会社を騒擾せしめんとするは吾人の遺憾とする処なり、九州鉄道は鉄道国有のこと実行ともならは先つ第一に買収をもせ《(ら脱)》るべき国家に重要なる一幹線なれは、近時改革云々の事が経済社会の一問題となれるも偶然にあらざるなり、去れど会社の改革、重役の更迭運動等が近時一種の流行物となり経済界を動乱するに至るは吾人の大に採らさる処なり


中外商業新報 第五二八九号〔明治三二年九月一九日〕 九鉄紛議事件落着彙報(DK090026k-0017)
第9巻 p.256 ページ画像

中外商業新報 第五二八九号〔明治三二年九月一九日〕
    九鉄紛議事件落着彙報
▲跡始末の相談会 井上伯に仲裁を依頼して九州鉄道紛議事件落着したるに就ては、今後は何事も双方共隔意なく相談する方然るべしとて、昨日午後両派の人々築地瓢屋に会合し、夫等の協議をなしたりと云ふ
▲重役会議と重役の上京 紛議事件調停に付、来二十二日東京にて重役会議を開くことに決定し、仙石社長を始め其他の重役は何も上京の途に就きたりと云ふ
▲両派の通知書 仲裁成立したるに付、昨日改革派発起人は委任状を送り来りたる株主に対し左の通知書を発したり
 拝啓、然者先般九州鉄道株式会社業務調査の為め株主臨時総会を開き調査委員撰挙致度旨御協議申上、幸に御同意被下御委任状御送附相成、臨時総会請求致候処、爾来拙者等と会社現重役との間に往来して双方調和し円滑の改良を謀る者有之、数回交渉を重ねたる上終に会社現重役及其他の人々と協議致し、此事件の仲裁を井上伯爵に依頼し、会社業務調査の事も伯爵へ一任候に付、曩に会社へ申込候株主臨時総会の請求は撤回致候、会社改良の事に就ては伯爵の裁断に依り好結果を得る事と存候、依て是迄の御懇情を拝謝し、此段御通知申上度如此御座候 敬具
又非改革派に於ても右同様委任状を送り来りたる株主に左の通知書を発したり
 拝啓仕候、陳は此度九州鉄道株式会社臨時総会に付、御委任状私共へ御送附被下居候処、伯爵井上閣下の仲裁に依り臨時総会請求者に於て其請求書撤回被致候に付該委任状不用と相成候間御返却申上候
                          匆々敬具


中外商業新報 第五二九三号〔明治三二年九月二三日〕 九州鉄道に関する懇親会(DK090026k-0018)
第9巻 p.256-259 ページ画像

中外商業新報 第五二九三号〔明治三二年九月二三日〕
    九州鉄道に関する懇親会
九州鉄道会社紛議事件は井上伯の仲裁により落着を告げたるに就き渋沢栄一・益田孝等の諸氏主人となり、昨夜井上伯を始めとし九州鉄道会社今回の事件に関係せる諸氏を有楽町三井倶楽部に招待して懇親の宴を開きたるに、当時の来会者は
 鹿野諄二・片岡義朗・小河久四郎・上羽勝衛・仙石貢・今村清之助斎藤美知彦・加東徳三・佐々田懋・住江常起・東村守節・尾崎三良男・麻生太吉・根津嘉一郎・井上保次郎・中上川彦次郎・安川敬一郎・豊川良平・田中市太郎・山中隣之助・小林作五郎・阿部泰蔵・大
 - 第9巻 p.257 -ページ画像 
江卓・渡辺嘉一・山崎隆篤・堀部直臣・末延道成・阪井等・井上伯渋沢栄一・益田孝・雨宮敬次郎・木村新之助
の諸氏にして先渋沢栄一氏一場の挨拶を述べ、夫より井上伯は今回の仲裁に関し左の如き演説を為したり
    井上伯の演説
 此九州鉄道のことは一部の御方とは御相談は致しましたが、他の大部分の御方とは御話した訳でもありませぬから一応私より申述べて置きたいと考へます
 私が前に九州を巡回致した時にもそろそろ九州鉄道の紛議が起ると云ふことは耳にしたことでありましたが、其時私は実に困つた病気が流行する、之も今日に始つたのではない、彼の山陽鉄道、郵船会社、日本鉄道或は十五銀行、日本銀行と云ふ風に此流行病が随分ありまして困つたことが起るものと感しました、そこで大坂に着きました時、二三の人に斯う云ふ病気の流行するのは何時迄も日本の経済社会の秩序が立たぬことであらうと云ふ話も致しました、夫と申すが第一日本では小資本を集めた合同的の事業が十四五年頃から起つて、此九州鉄道の如き、即ち其合同制の会社として起つたのであり升が、此合同制と云ふ者は即ち欧米に傚つて起つたので、大に国の利益を起すと云ふ場合に成つたのであり升が、一利一害は数の免れざる所で遂に此流行病が始つて来ました、そこで其結果はどうかと云ふと、日本には合同制は適当しない、安心して之に出資か出来ないと云ふことになりはせぬかと思ふので、日清戦役後に於ては官民共に事業の勃興を致して、我国の起業が大に盛大となつたのであり升が、さう云ふ時に当つて此流行病が起ると今後吾々が大に考へなければならぬことがある、御承知の通り今日の欧米の有様は可成資本を合同して往かう尚進んでは国と国との資本迄も合して往こうと云ふ趨勢である、此趨勢は何処に往くか、即ち支那に向つて往くと云ふ有様である、処で例へば英国が支那に対し開放主義を採るとすると、夫は啻に明け放しと云ふ意味ではない、此倉に是丈の宝物がある、夫に吾々の資本を投じて利を得やうと云ふ意向である、そこで又是は英国ばかりでは往かぬ、米国の輸出入を見ると近年著しき輸出超過がある、して見れば米国も中間に這入つて支那に向つて往こうと云ふ傾向である、さて斯う云ふ時に我国に一種の流行病が起つて、経済社会の秩序を紊すと云ふことは実に慷慨すべきことで、私の思ふには此株主の一時の感情、一時の利益と云ふことのみを目的とせず、此固定資本を可成経済社会に利益あるやうにすると云ふ方法を取つて往かぬと、実に不安心で発達も何も望まれぬと云ふことである、そこで此九州鉄道に付ても、渋沢さんなぞにも其意味で御話致したので、夫と申すも我国の経済の有様を見ますると、既に昨年は一億余円の輸入超過である、此結果は日本の正金を夫丈外国へ出すと云ふて宜いので、本年の如きも七月の勘定で四百七十万の輸入超過である、又今後と雖も随分日用品の如き輸入を仰がねばならぬものがある、其結果は正金を外国に出さなければならぬ、然るに一方を見ると金銀等の産出が亜非利加、亜米利加の如く沢山あ
 - 第9巻 p.258 -ページ画像 
るとも思へぬ、さうして見ると結局どうなるかと云ふと、正金が段段少なくなつて是亦経済社会を紊すと云ふことになる、又戦争後日本の事業は進みは致したが、運輸交通にしても実は秩序的に進んでは居らぬ、第一に連絡と云ふものか付いて居らぬ、海と陸との連絡も附いて居らぬと云ふ有様である、夫で日本で製造し得らるゝものも外国の輸入を仰かねばならぬと云ふことになるので、運搬の便が悪いと夫丈労働賃を余計に掛け、時間を徒費すると云ふことになつて其結果其品物が高くなると云ふことになる、昨年私が大蔵省に居るとき調べたのに、材料も高い、賃銀も高いと云ふので非常な騰貴になつて居る、支那から三億の償金は取つたが、今日となれば其購買力が違つて居る、夫故前に積つたものは迚も実行が出来ぬと云ふ有様である、さう云ふ訳で詰り極端のことをすれは其反動力、即ち恐慌が来ると云ふことは争ふべからざるは道理と思ふ、そこで官民共に此所は一時各事業を延べたら宜からうと云ふ考を私は持つた位である、扨さう云ふ日本現今の状態であるに、日本の内輪で互に競争をしてごたごたするのは遂に外国の合同力の競争に抗することが出来ぬと云ふことになると思ふ、そこで九州鉄道の紛擾が非常に大なる関係を経済社会に持とは申しませぬが、一部の秩序を紊ると云ふことは必ずあると信ずるのであります、夫で渋沢さん、益田さんの如き段々之を憂ひられて此事かどちらに勝敗が附ひても誠に困ることであるからどうか円満に局を結びたいと云ふことで色々御話しがあつて、私に仲裁を依頼されました、そこで私は条件を附けると云ふことでは困ると云ふことを申したので、其後十七日に私の宅に会合した時に、此席に御出の人は是迄の悪感情は一切捨てゝ御仕舞になるかと云ふことを御問ひ申して、夫は御異議ないと云ふことで夫から又双方とも皆さんを代表して御仰しやることであるかと云ふことも申した所が、夫は代表と云ふことはないが改革派非改革派の区別なく吾々が何処迄も一身同躰となつて尽しますからと云ふことで、夫では御請けをしやうと申して、夫から又何分公平なる仲裁を願いたいと云はれましたから、夫は困る、公平と云ふやうなことは各の判断に依つて違ふことであるから夫は御請合は出来ぬ、私の目的は九州鉄道の基礎を堅固にし経済的営業をやるやうにしやうと云ふので、皆さんの御希望も其通りであれば其外には何事も御請けは出来ぬと云ふ訳で、遂に無条件で一切御引受をすることになりました、夫で結局重役派改革派と云ふことでなく只一部の株主として御依頼を受けて、夫で私が御尽力致すと云ふことになりました、其後渋沢さん益田さん抔から今日の会を御催しになると云ふことでありましたから夫は丁度宜しうございませう、私も出て皆さんの御意向も篤と承つて見たい、皆さんの内に面白くないと思召す御方かあるならは御腹臓なく御述になることを希望するので、今日は未だ調査に着手しないことでありますから、若し皆さんの内に仲裁の事は面白くないと云ふことなれは、御止めになることを今日なら御承諾致します云々
尋で仙石社長は前日の重役会議の結果、重役一同は井上伯に仲裁依頼
 - 第9巻 p.259 -ページ画像 
のことを異議なく決定したる旨を述べ、尚尾崎三良男は改革派を代表し、是亦異議なきに付き十分の尽力あらんことを望むとの意を述べ、引続き歓語談笑の間に盛宴を張り、散会せしは午後十時頃なりき


東京経済雑誌 第四〇巻第九九七号・第六四三―六四四頁〔明治三二年九月二三日〕 ○九鉄事件の調停(DK090026k-0019)
第9巻 p.259 ページ画像

東京経済雑誌 第四〇巻第九九七号・第六四三―六四四頁〔明治三二年九月二三日〕
    ○九鉄事件の調停
九州鉄道株式会社の株主中に改革派を生じ、来る廿五日を期して臨時総会の召集を請求し、且檄を株主全体に発して会社当局者の処置を攻撃したる事、及び当局者が改革派の攻撃に答弁し、且改革の既に着手せられて着々歩を進めたる事実を示したる事は、余輩既に之を読者に報道したり、而して株主中当局者の処置を是認し、其の施設に拠りて改革の成功を期し、以て改革派に反対せるものあり、是に於て乎株主中に改革派と重役派との二派を生じ、互に賛成者を求めて勝敗を臨時総会に決せんとせり
是に於て渋沢栄一・益田孝及び雨宮敬次郎の三氏は、事態の容易ならざるを察し、両派の間に奔走し、左の如き和解条件を提出して両派の同意を求めたり
 (一)改革派主唱者中若干名をして会社に就き経営全般を実際に調査せしむる事
 (二)会社の重役は右の調査委員に対して懇切に説明する事
 (三)改革派は臨時会の請求を撤回する事
 (四)調査は六ケ月を以て終りを告ぐる事
 (五)調査の結果に就きては改革派も重役も共に井上伯に訴へ其裁断を受くる事
 (六)井上伯の裁断には二派共に異議を唱へざる事
斯くて井上伯に仲裁を依頼したるに、伯は之を承諾せしかば、十七日益田孝・尾崎三良・渋沢栄一・堀部直臣・根津嘉一郎・山中隣之助・末延道成・山崎隆篤・麻生大吉《(麻生太吉)》・雨宮敬次郎の諸氏は早朝より井上伯の邸に集会し、伯を囲みて終日協議を尽したる結果、終に無条件にて伯の仲裁々断を仰き其の裁断には両派共に異議を唱へざることに決したり、是に於て改革派は臨時総会の請求を撤回し、両派とも予て募集せし委任状をば夫々株主へ返付せり、又門司なる九鉄本社へも直ちに両派和解の成りたる事を打電せしかば、仙石社長其の他の重役は直ちに上京の途に就き、二十二日東京に於て重役会議を開き、其の節井上伯は両派の陳述を聴取り、尚必要あれば事実の調査をも充分に遂げたる上にて、公平なる判断を下すべき決心なりと云ふ
余輩は九鉄にも改革の余地は存すべきを信じ、其の改革は改革派の手に於て断行すると、現重役に於て断行するとを問はず、何れにしても速に断行せんことを希望したり、故に仙石社長が示されたる改革の成蹟を読みては深く悦びたり、井上伯の仲裁判断は今日に於て知るべき所にあらずと雖、伯の公平なる、必ずや改革の議を尊重し、現重役をして更に鋭意之を断行せしめ、一般株主に満足を与へしむるの方法に出るは余輩の希望する所にして、又信じて疑はざる所なり、故に余輩は両派和解の成りたるを祝するものなり
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新聞集成明治編年史 第一〇巻・第四三八頁〔昭和一一年二月〕(DK090026k-0020)
第9巻 p.260 ページ画像

新聞集成明治編年史 第一〇巻・第四三八頁〔昭和一一年二月〕
    九州鉄道に大ストライキ
〔九・二二○明治三二年国民〕 同盟罷工後の九州鉄道 ○九鉄に於ける同盟罷工に関しては前号に報道せしが、一昨日即ち同盟罷工の当日午後四時五分発にて門司本社より鉄道局に達せし電報左の如し
 今朝夜行上り下り列車久留米にて常務運転手不在のため行止り、続て各地運転手機関火夫数十名欠勤したるに付き、筑豊線貨物列車を総べて取消し、運転手を繰合せ各地に配布せり。只今では昨夜行下り久留米八代間、上り久留米発八田間及《(マヽ)》び本線客貨物列車と其他地方列車の部分取消したり。直通丈けは此後運転出来る見込、欠勤者は夫々説諭中、明日より客列車丈けは運転し得べきも、貨物列車は矢張り休止すべし、右御届す。
尚当日熊本及福岡より其筋に達したる電報如左
 (二十日午後一時十分熊本発)九鉄会社運転手火夫の一部同盟罷工の傾向あり、本日門司に向け一列車を運転せしも余は運転中止、詳細取調中。
 (同午後二時五十五分福岡発)九州鉄道の久留米駅運転手火夫の一部同盟罷工迯げた。定期の発車出来ず手配中。
 (同午後六時三十四分福岡発)九鉄同盟罷工は久留米の外門司大里も罷工せしに付、説諭方会社より依頼す、今説諭中。
又た昨日午前十時十分発にて熊本監理局より当地滞在中の熊本郵電局長の許に達せる電報左の如し。
 九鉄汽車今日より復旧の見込、昨日は辛ふじて上下各三便を欠かざりし、今日は心配なかるべしと思ふ。
右に依れば昨日に至りては各線の運転とも多分復旧したるべきも、門司の本社より其筋に対しては未だ何とも公電達せずと云ふ。


新聞集成明治編年史 第一〇巻・第四三八頁〔昭和一一年二月〕(DK090026k-0021)
第9巻 p.260-261 ページ画像

新聞集成明治編年史 第一〇巻・第四三八頁〔昭和一一年二月〕
    九鉄道同盟罷工原因
〔九・二二○明治三二年国民〕罷工後の情況は別項に報ずる如くなるが、九州筑豊の合併行はれ、旧筑豊社長たりし仙石貢氏が高橋氏の後に紹いて、九鉄社長となりし以来、九鉄社員と旧筑豊社員との間、及び旧九鉄社員と仙石社長との間は兎角円滑を欠くものあり、仙石社長排斥の一事は旧九鉄社員の間に於て往々聞く所にして、且つ今日の罷工者が旧九鉄社員のみにして、旧筑豊社員が一名も之れに加はり居らざるを見れば、今回罷工の主因は必らず此の両者間の軋轢にあるべし。又た此程長崎附近早岐駅に於て一の出来事あり、同停車場に於ける監督部出張所長某の宅に抜刀して深夜に乱入したる曲者あり、折節某は目を覚まして蹶起し、曲者を取押へんとせしに、曲者は敵はじとや思ひけん、逸足出して迯げ出し、闇にまぎれて其姿を隠したり。某は此の兇事を以て機関方木田仙蔵の指嗾に出でたりとなし、逢ふ人毎に之を喋喋し、木田の如き不都合なる人物は転勤せしむべしと云ひ触らしたりしより、木田は云ふに及ばず、運転手火夫等一同は之を奇怪の事に思
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ひたりしも、未だ発表にも至らざりしかば、其儘に聞流しつゝありしが、過日突然として木田に転勤命令下れり、玆に於て運転手火夫一同憤然として起ち、確然たる証跡もなきに、左遷的転勤を命ずるとは何事ぞと、監督員がかゝる軽忽なる処置を取るに於ては、我々とても何時転免の運命に接するやも測られずと称し、一同連判して監督員に理由を質問する処ありしが、更に要領を得ざるより、更に仙石社長に向けて一片の建議となし、是非木田の転勤辞令を撤回ありたし、と請求する処ありしも、仙石社長は一議にも及ばず之を却下せり、是れ其の近因たるべし。又た近時幹線と筑豊支線とに従事する運転手及び火夫を、近日中に入れ換ゆるの内議ありとの風説あり。又熊本発にて市内某銀行に達せし電報には「大阪総会の結果若し改革派の敗北に帰するが如き事あらんか、其時を期し大に為す所あらんとの計画なりしも、改革派、会社派の争ひも井上伯の仲裁にて平和に局を結ばんとするに至りしより、改革も到底望みなきものと信じ、爆発の機を早めたるなり」との意味もありたりと、何れにするも其の主因は仙石社長に対する不平に在るものゝ如し。


新聞集成明治編年史 第一〇巻・第四三九頁〔昭和一一年二月〕(DK090026k-0022)
第9巻 p.261 ページ画像

新聞集成明治編年史 第一〇巻・第四三九頁〔昭和一一年二月〕
    九鉄罷工落着
〔九・二六○明治三二年国民〕二十二日午後五時四十分発にて門司本社より逓信省宛にて「今日は昨日の如く列車の運転をなし、明後日より全体の運転を開始する見込みなり、「ストライキ」に付ては主動者四名を解雇し他は総て改心謝罪し平穏に復せり」との電報あり。同六時五分発にて長崎県知事より逓信省宛に「昨日電報の九州鉄道会社運転手及火夫同盟罷業の件に付、警察官を派遣したるが、長崎駅に於ては昨夜より、早岐駅の方は今朝より就業する事に説輸落着せり」との電報あり又た翌廿三日には、午後福岡発にて逓信省宛に「九鉄同盟罷工静謐に帰し、本日より業務に就く」とありし由にて、後電は福岡地方一部なるや将た九鉄全部なるや知るべからざれども、二十二日の本社発電と対照すれば、多分二十三日に至り全部静謐に帰したるものなるべし。


東京経済雑誌 第四〇巻・第九九八号〔明治三二年九月三〇日〕 ○第七〇二―七〇三頁 ○九鉄の同盟罷工/○第七三五頁 ○九鉄事件の落着(DK090026k-0023)
第9巻 p.261-263 ページ画像

東京経済雑誌 第四〇巻・第九九八号〔明治三二年九月三〇日〕
 ○第七〇二―七〇三頁
    ○九鉄の同盟罷工
先頃日本鉄道にて同盟罷工起らんとし、東京馬車鉄道にも同盟罷工起らんとし、官設鉄道の中央線には同盟罷工起りたりしが、今又九州鉄道会社にも同盟罷工起れり、即ち同鉄道の列車は去る二十日朝常務運転手不在の為に立往生となり、続きて各地運転手機関方火夫数十名欠勤したるか為に、筑豊線の貨物列車を総て取消し、運転手を繰合せて各地に配布し、漸くにして運転を継続せり、此の同盟罷工の原因に関しては諸説紛々として何れが真なるを知らずと雖、機関方本田某に左遷的転勤を命じたるは不当なり、監督員が斯る不当の処置を敢てする以上は、何時転免の辞令に接するや知るべからずとて一同激昂したること、会社に於て幹線と筑豊支線とに従事せる運転手及び火夫を近日
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中に入換ふるの内議ありと聞きて暴発したることの二事は、直接の原因として唱道せらるゝ所なり、而して其の遠因に至りては、要するに仙石社長に対するの不平にして、其の不平は最も九鉄本来の社員に多きが如し、是れ九鉄と筑豊と合併し、筑豊の社長たる仙石氏入りて九鉄の社長となりたるを以てなりと云ふ
余輩が九鉄の同盟罷工に対して望む所は、一方に於ては会社当局者に向て雇員の使用進退に関し一層の注意を以するに在り、他の一方に於ては同盟工行を企てたる者に対して厳重の処分を行ふに在り、夫れ同盟罷工は何れも害毒を社会に流すものなりと雖も、特に鉄道会社の同盟罷工の如きは、交通を杜絶するか為め害を社会に流すこと最も大なり、此の害を社会に流すことを顧みずして、敢て同盟罷工を企つ、会社の当局者たるもの豈に厳重の処分を施さずして可ならんや
因に記す、九鉄紛議の仲裁を依頼せられたる井上伯は、三井倶楽部に開きたる両派の懇親会に臨み、改革に関する演説を為せり、其の内公平なる仲裁を請ふとの言に対し伯の述べられたる所を抄録すれば左の如し
 何分公平なる仲裁を願ひたいと云はれましたから、夫は困る、公平と云ふやうなことは各の判断に依つて違ふことであるから、夫は御請合は出来ぬ、私の目的は九州鉄道の基礎を堅固にし、経済的営業をやるやうにしやうと云ふので、皆さんの御希望も其通りであれば其の外は何事も御請けは出来ぬと云ふ訳で、遂に無条件で一切御引受をすることになりました、夫で結局重役派改革派と云ふことでなく、只一部の株主として御依頼を受けて、夫で私が御尽力致すと云ふことになりました、其後渋沢さん益田さん抔から今日の会を御催しになると云ふことでありましたから、夫は丁度宜しうございませう、私も出て皆さんの御意向も篤と承つてみたい、皆さんの内に面白くないと思召す御方があるならば、御腹臓なく御述になることを希望するので、今日は未だ調査に着手しないことでありますから、皆さんの内に仲裁の事は面白くないと云ふことなれば、御止めになることを今日から御承諾致します
何人も伯の言に対して異議を唱へざりしと云へば、伯は調査に着手して将来執るべき方針を立てんとするものと見えたり、然れども余り深く調査する時は却て方針を立るに害あるべし
 ○第七三五頁
    ○九鉄事件の落着
一時経済界の大問題たりし九鉄紛議事件は井上伯の仲裁にて双方の協議纏り、臨時総会の請求は撤回せられ目出度協和会を開くに至れり
九州鉄道会社の如き大会社に紛擾を生ずるは深く憂ふべきことにして予輩は真に其の落着を欣ぶ、然れども彼の如く突如として改革の議を唱へ、又突如として調和するに至りては、改革派の意向果して何の辺に在りしか、予等の測知に苦まざるを得ざる所なり、斯くも無雑作に調和すべき程のことならば、始より仰々しき改革呼はりは穏やかならぬ沙汰と云ふべく、若し又真に改革すべき情弊あらば、如何に有力なる人の仲裁あるも容易に手を引くべきに非ず、何れにしても軽率の議
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は免れ難かるべし、予輩は株主が常に会社の事情に注意し、漫に改革騒ぎを生ぜらしめんことを望まざるを得ず


世外井上公伝 第四巻・第六八〇―六八六頁 〔昭和九年五月〕(DK090026k-0024)
第9巻 p.263-264 ページ画像

世外井上公伝 第四巻・第六八〇―六八六頁〔昭和九年五月〕
   第三章 実業の振興
     第二節 鉄道事業
○上略 仙石○九鉄社長は鋭意改良に留意し、内は事務の整理外は設備の改善に努めた結果、営業費の増加、利益配当の減少を招来した。ために熊本地方・東京・大阪等の株主間には之を不満とし、仙石を排斥して会社の改革をなさうとする者さへ起るに至つた。その仙石排斥の一人である足立孫六が、三十二年九月二十一日に至り公の調停出馬を謝した書中にも「我々ガ九鉄会社ノ改革ヲ謀ル之骨子ハ、仙石氏ヲ九鉄之技師長ト為シ、別ニ社長を入ルヽ之一事ニ有之、此事ヲ推行センガ為メニ種々之手段之必要ヲ生シ候訳ニ而云々」といつてゐるのを見ても、仙石排斥かこの紛擾の中心であつたことは明白であらう。
○中略
 そこで東京に於ては同会社の取締役今村清之介及び渋沢栄一・益田孝・豊川良平等が会合して、解決方法に就いて種々考慮を運らした。公はその頃からしてこの事件に就いて深く憂慮し、会社の重役などに対しては屡々自分の意見を洩らしてゐた。当時の九州鉄道会社の定款は、十株以下の株主は投票の権利がなく、又二百株を権利の最高限度と定められてゐたので、二百株以上は総べて二百株の株主と同一の権利を持つことになつてゐた。それで大株主が小株主に対抗するには勢ひ自己の所有してゐる株を分割して、信用すべきものの名義に書換へて、権利を争ふことにせねばならぬ。そして反対側の運動が漸次激しくなるに随つて、大株主側では、之に対抗するために、この手段を取らなければならぬ必要に迫られた。
 そこで兎に角当時の大株主たる三井・岩崎両家の態度を定めて置くのが最も必要であるとして、渋沢栄一・岩崎弥之助・岩崎久弥・中上川彦次郎・益田孝・豊川良平並びに会社取締役今村清之助・同経理課長志立鉄次郎は、公を招請して同年八月に、深川の岩崎別邸に会し、この事に就いて協議した。今村・志立の両人からは会社の事務の真相を述べ、九鉄非難の当を得ない事を縷々説明して一同の諒解を求め、同時に反対派の攻撃に対しての方法を協議する所があつた。
 一方多数の小株主はなほ引続いて会社に対する攻撃の熱度を昂めてゐたが、東京の新聞、就中東京日日と時事とは特に改革派の行動を非難し堅く会社の方針を支持したので、会社側は頗る有利の情勢にあつた。併し改革派はなほ屈せず、遂に同月末に足立孫六・尾崎三良・山中隣之助・根津嘉一郎等十名は自ら発起人となつて、株主百三十余名の委任状を添付して臨時株主総会開催の請求書を提出した。依て会社は、九月二十日に大阪に於て重役会議を開き、引続き二十五日に愈々臨時総会を同地に開いて勝敗を決しようといふ形勢にまで立到つた。
 此処で一寸附言すべきは一般株主の色分である。初め九州に於ける株主中その最も多数の小株主を擁する熊本地方は全部改革派に、長崎
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佐賀・久留米等の地方はその二三割が之に属し、その他は会社側であつた。その関係から、同地方の形勢は大体に於て両派伯仲の間にあつた。故に東京・大阪方面に於ける株主の意嚮は頗る重大であり、初めにはその向背に迷うた者も少くなかつたが、その後上述の如く新聞の支持によつて会社側は次第に有利の地歩を占めるに至つたのである。
 其処でこの趨勢を観た改革派は臨時総会に於て雌雄を決することの不利を悟り、曩の要求を撤回しようとする意嚮に転換して来た。その結果、先づ改革派より若干の委員を出して営業状態及び帳簿の検査をなさしめ、特に会社側の同意を要する事を条件として右総会の撤回を要求し、その調査結了の上は会社側及び改革派より各々意見を公及び松方の両人に提出して善後策を一任しようとの提案をなした。而して会社側に於ては一旦右の提案を拒否したが、その後種々の経緯を経て渋沢栄一・益田孝・雨宮敬次郎は漸くこの事件一切を公に一任して紛擾の局を結ばうといふ議を提出した。之には改革派も同意し、会社側にも異存がなかつたので、愈々公に調停を請ふことになつた。
 九月十六日に渋沢は書翰を公に送り、この事に就いて依頼並ひに打合はせをなした。而してその翌日、双方の関係者及び調停に奔走した渋沢等三人は、公の邸に於て一同連署の上調停を一任した旨の左の依頼書井上公爵家文書 を公に提出した。
   今般九州鉄道株式会社現重役ト株主トノ間ニ生シ候紛議ハ、株主総会ニ依リ其決局ヲ定メ候ハ、将来会社ノ為メ不利益ト相考ヘ候ニ付、玆ニ双方協議ノ上、御仲裁ヲ閣下ニ御依頼申上候、就テハ向後閣下ノ御指図ハ双方トモ決シテ違背仕間敷候、右御依頼ノ証トシテ一同連署候也
   明治三十二年九月十七日麻布井上伯邸ニ於テ
                      渋沢栄一
                      尾崎三良
                      末延道成
                      堀部直臣
                      今村清之介
                      雨宮敬次郎
                      麻生太吉
                      山中隣之助
                      山崎隆篤
                      根津嘉一郎
                      益田孝
     伯爵 井上馨公閣下
   ○右依頼書ヲ含ム井上侯爵家文書未見、依テ上掲書ヲヒク。


時事新報 第五六七九号〔明治三二年九月一九日〕 広告(DK090026k-0025)
第9巻 p.264-265 ページ画像

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冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。