デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2022.3.15

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

2章 交通
2節 鉄道
27款 東京市ノ市街鉄道
■綱文

第9巻 p.445-456(DK090051k) ページ画像

明治32年11月16日(1899年)

是ヨリ先東京市会、市参事会ノ提出セル市街鉄道敷設特許条件ニ修正ヲ加フ、栄一田口卯吉等ト共ニ其修正セル公納金額ノ市ニ不利ナル所以ヲ力説シ、十月二十五日及ビ十一月二日市参事会ニ臨ミテ市会ニ其再議ヲ求メントス。其議行ハレズ。栄一乃チ市政ノ腐敗セルヲ慨キ是日名誉職市参事会員ヲ辞ス。然レドモ十二月五日再ビ選任セラル。


■資料

東京市公文 市会明治三二年(DK090051k-0001)
第9巻 p.445-446 ページ画像

東京市公文 市会明治三二年       (東京市役所所蔵)
一第九十三号 市街鉄道布設条件ニ関スル件
 右別紙之通修正決議候条此段及報告候也
  明治三十二年十月十九日
             東京市会議長 須藤時一郎
    東京市参事会
     東京市長 松田秀雄殿
(別紙)
 第九十三号
    市街鉄道布設条件ニ関スル件
東京市街鉄道布設出願人藤田重道外十四名ヨリ本市ニ対シ別紙ノ通リ請願書ヲ提出セリ依テ本市ハ左ノ特別条件ヲ付シ申出ノ趣旨ヲ認可スルモノトス
                東京市参事会
                 東京市長 松田秀雄
    市街鉄道ニ関スル特別条件
第一 布設線路及軌道ノ件○略ス
第二 原働力ノ件
 - 第9巻 p.446 -ページ画像 
  原働力ハ圧搾空気式蓄電池式架空単複線電気式トス
   但シ架空単線電気式ハ流電洩漏ノ予防充分ナル場合ニ限ル
第三 市ニ対スル公納金ノ件
 会社ハ六ケ月間ヲ通算シ平均一日一哩四拾円以上収入ノ場合ニ至リ左ノ割合ニ依リ市ニ納金ヲ為スヘシ
      一日一哩平均収入    営業総収入ニ対スル割合
    一金四拾円以上五拾円未満      一百分一
    一金五拾円以上七拾五円未満     一百分二
    一金七拾五円以上百円未満      一百分三
    一金百円以上百弐拾五円未満     一百分四
    一金百弐拾五円以上百五拾円未満   一百分五
    一金百五拾円以上百七拾五円未満   一百分六
    一金百七拾五円以上弐百円未満    一百分七
    一金弐百円以上弐百弐拾五円未満   一百分八
    一金弐百弐拾五円以上弐百五拾円未満 一百分九
    一金弐百五拾円以上         一百分十
第四 布設道路幅員ノ件○略ス
第五 道路橋梁ニ関スル義務ノ件○略ス
第六 乗車賃銭ノ件○略ス
第七 発車度数及営業時間ノ件○略ス
第八 営業期限ノ件○略ス
第九 工事着手及竣工期限ノ件○略ス
第十 年限後処分ノ件
 営業期限満了ノ後ハ相当価格ヲ以テ東京市之ヲ買上ルコトヲ得
第十一 市ノ監督ニ関スル件○略ス
  ○十月十九日東京市会ニ於テ先ヅ市街鉄道ノ市有民有ノ可否ニ付キ三十八名対十八名(出席五十七名)ヲ以テ民設ニ決シタル後、次ニ特許条件ノ討議ニ入リ、市参事会提案ノ原案ノ第二、第三、第十ノ各件ヲ修正シ第十一ヲ削除シ原案第十二ヲ第十一ト改メタリ。(原案ハ本巻明治三十二年十月十四日ノ項第四二六頁所載東京市公文ヲ参照)(東京市会議事録「第三四巻第二四号明治三二年」ニ拠ル)
  ○明治三十二年十月十四日ノ項参照。


東京市参事会議事録 明治三二年(DK090051k-0002)
第9巻 p.446-447 ページ画像

東京市参事会議事録  明治三二年
十月二十五日(水曜日)
 本日臨時総会開催
 欠席 鳩山和夫・佐藤助役
十一月二日(木曜日)晴天
 本日午前十時開会 臨時総会市街鉄道ニ関スル件ニ付
 出席
 欠席 鳩山和夫・佐藤助役
 第一一九三二号 市街鉄道ノ義ニ付内務大臣ニ稟申○外八件略ス
  ○猶議事録ニヨレバ十月二十日・二十四日・二十七日・三十日ノ各日市参事会開カル、但シ栄一欠席ス、議事録ノ外ニ速記録アリシナルベケレド今東京市役所ニ存セズ。(市参事会議事ハ秘密トシ速記トルモ印刷セズ)ソノ
 - 第9巻 p.447 -ページ画像 
議事内容ハ次掲東京経済雑誌ヲ参照。


渋沢栄一 日記 明治三二年(DK090051k-0003)
第9巻 p.447 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治三二年
十月十七日 晴
○上略 四時深川区役所ニ抵リ区会議員ノ協議会ニ列ス、市街鉄道ノ許否ニ関スルナリ、畢テ深川宅ニ帰宿ス○下略
十月廿五日 晴
○上略 午後一時東京市役所ニ於テ市参事会ノ議席ニ列ス○下略
十月廿八日 曇
○上略 三時兜町ニ帰宿ス、田口卯吉氏、大橋新太郎氏来リテ市街鉄道ノコトヲ談ス○下略
十月三十一日 曇
○上略 午後東京市役所ニ於テ参事会ヲ開ク、市街鉄道ノ議アリシモ決定ニ至ラス、十一月二日ヲ約シテ散会ス○下略
十一月二日 晴
朝九時日本橋倶楽部ニ於テ水力電気会社創立委員会ヲ開クニ列ス、十時東京市役所ニ於テ参事会ヲ開キ市街鉄道ノ事ヲ議ス、星・高山等ノ調査セル計算書ハ市ニ不利益多キコトヲ詳細ニ陳弁シ、計算上ノ得失問題ニ於テハ一人ノ多数ヲ以テ勝ヲ制セシカ、再議ニ付スルノ如何ニ就テ採決スルニ及ンテ長谷川深造氏ノ同意セサリシ為メ、一人ノ少数トナリテ敗ヲ取リシハ頗ル遺憾ナリトス、蓋シ斯ク明亮ナル道理ト計算トヲ縷述スルモ尚同意者ノ少数ナルハ他ニ原因アルヘキコトニテ、此一事ニテモ世道人心ノ腐敗歎息スルニ堪ヘタリ、午後二時第一銀行ニ於テ重役会ヲ開ク、夜兜町ニ帰宿ス
  ○コノ時市街鉄道会社側ノ市会議員買収運動盛ンニシテ其会社株式百株宛ヲ各賛成議員ニ贈レリトノ風評専ラアリ。(東京経済雑誌「第四〇巻第一〇〇二号明治三二年一〇月二八日」)


東京経済雑誌 第四〇巻第一〇〇三号・第九九七―九九八頁〔明治三二年一一月四日〕 ○東京市会と東京市参事会(DK090051k-0004)
第9巻 p.447-448 ページ画像

東京経済雑誌  第四〇巻第一〇〇三号・第九九七―九九八頁〔明治三二年一一月四日〕
    ○東京市会と東京市参事会
十月十九日東京市会は東京市参事会の原案を修正して大いに公納金を減少したるを以て、二十四日市参事会の総会に於て此決議を内務省に送達せんとするに当りて、市参事会員田口卯吉氏は『此決議は永く累を東京市民に遺すものなり、且東京市会の決議は決して東京市民の意見に合するものと認むるを得ず、故に若し市参事会に於て東京市会を解散するの権あらば、宜く之を行ふべき事なれども、市参事会には此権なきを以て、宜く市会をして再議せしむべし』と主張したり、是に於て議論紛然として起りたれば、長谷川深蔵氏の説に依り、翌二十五日を以て更に総会を開き之を決することゝ為せり、かくて翌二十五日に於ては鳩山氏を除く外は悉く出席し、田口氏は前説を反覆し、星氏は之を駁撃し、渋沢氏は更に市会が動力の事に関し東京市が之を承諾することを削除せるを非難し、鈴木信任氏も亦星氏の説を攻撃し、議論仲々激烈なりしか、終に長谷川深蔵氏の説に依り『東京市参事会の決議額と東京市会の決議額とは公納金に於て幾何の相違を生するや』
 - 第9巻 p.448 -ページ画像 
を調査せんが為に、調査委員五名を選挙して之をして調査せしむへしとの議に決して、終に五名の委員を選挙したりしに、田口・星・高山・安川・長谷川の五氏当選せり、此五名の委員は翌二十六日より一週間内に調査の成蹟を報告すべしとの条件を附せられ、翌二十六日を以て集会し調査の材料を東京市に要求したりしに、市役所は大に従前の計算を改め、市会の決議額と参事会の決議額と大差なきことを示せしかば、玆に一場の波瀾を生し、兎に角に田口氏に於て十分に調査し、三十日までに報告書を作りて諸氏の同意を求むるに決したりし
  ○田口卯吉ノ調査報告書ハ東京経済雑誌「第四〇巻第一〇〇四号明治三二年一一月一一日」ニ載セタリ、今ソノ梗概ヲ記セバ左ノ如シ。
  (1)今次ノ調査ニツキ市役所ハ委員ニ対シ嚮ニ参事会ニ提示セル計数(第一計算)ト異ル計数(第二計算)ヲ示シタリ、ソノ結果ハ市参事会ノ原額(公納金)ト市会ノ修正額トノ間ニ大差ナキニ似タリ、然ルニコハ(第一計算)ニ於テ、会社総収入一日一哩平均七十五円未満ノ場合営業費ノ割合ヲ六割トシ、収入増加セバソノ割合ヲ逓減セルニ比シ、(第二計算)ニ於テハ一率ニ六割ヲ以テセルニヨル相違ナルヲ発見セリ、コハ不当ノ計算ニシテ収入増加スレバ営業費ノ割合ハ却テ減ゼザルベカラズ。
   故ニ委員ニ於テハ総収入ニ対スル営業費ノ割合ヲ
    一日一哩平均四〇円以上七五円マデノトキ…………五割五分
    〃     七五円以上ノトキ………………………五割
   ト査定シテ至当ナリトス。
  (2)右ノ割合ヲ以テ公納金額ヲ計算スレバ、

図表を画像で表示--

 一日一哩平均収入金額  市参事会決議公納金年額  市会修正決議公納金年額   差引一ケ年間ニ於ケル市ノ損失高                     円                        円 四〇円以上ノトキ       八八、〇〇〇      二九、二〇〇       五八、八〇〇 七五円以上ノトキ      五六二、五〇〇     一六四、二五〇      三九八、二五〇 一二五円以上ノトキ   一、一七〇、八三三     四五六、二五〇      七一四、五八三 二〇〇円以上ノトキ   二、〇八三、三三三   一、一六八、〇〇〇      九一五、三三三 



   是ニ依レバ市会ノ決議ハ東京市ヲ損スルコト甚シ。
  (3)更ニ委員ハ今後三十年ニ通ジテ平均スレバ、此鉄道ノ収入ハ一日一哩百二十五円ヲ標準トスルヲ至当ト考フルヲ以テ、之ニヨリ三十年間ノ公納金額ヲ比較スレバ
                          円
     第一計算ニヨレバ    四三、二一〇、〇〇〇
     第二計算〃       二二、五〇〇、〇〇〇
     調査委員ノ計算〃    三二、六二五、〇〇〇
     市会ノ決議額〃     一三、六八七、五〇〇
   ニシテ市会ノ決議額ハ三十年間ニ於テ市ニ対シ三千二百万円乃至一千二百万円ノ損失ヲ与フルモノナリ。
  (4)ナホ四十円以下ノトキ公納金ヲ徴収セザレド、諸会社ノ実例ヲ以テセバ一哩一日収入四十円以下ニシテ、配当一割以上ナルモノアリ。
  (5)市役所ノ計算ニ於テハ積立金準備金等ヲ年々ノ利益中ヨリ減ジ公納金ヲ少額ニ示セルモ之ハ誤謬ニシテ、積立金ハ資本ノ四分ノ一ニ達スレバ積立ツル必要ナシ。
  ○後述栄一ノ調査ハ右田口卯吉ノ調査報告ヲ参考トスベシ。


東京経済雑誌 第四〇巻第一〇〇四号・第一〇六三―一〇六四頁〔明治三二年一一月一一日〕 ○街鉄余聞(DK090051k-0005)
第9巻 p.448-449 ページ画像

東京経済雑誌  第四〇巻第一〇〇四号・第一〇六三―一〇六四頁〔明治三二年一一月一一日〕
    ○街鉄余聞
渋沢栄一氏の市参事会に於ける演説は有力なりしものなりしと云へり、氏は計算に於ては全く田口氏と同一の精神にて、星氏が営業費を
 - 第9巻 p.449 -ページ画像 
六割と見積るの過当なることを述べ、之を一日一哩四十円及び五十円の場合にて五割五分と算し其以上を五割と算せり、又積立金を全然会社の所有と見做すの不当なることを述べ、其三分の一は正当に東京市に属するものたることを主張せり、唯々積立金の二割は資本の欠損を償却するものとなるべきことを算したるが為に、田口氏の計算に於ては市会の決議は市参事会の決議に比し、一ケ年七十万円の損失ありと算したるに、渋沢氏の算法に於ては五十万円の損失ありと算したり、従ひて田口氏の計算に於ては三十ケ年に二千百余万円の損失となりしが、渋沢氏の計算に於ては一千五百万円の損失となれり、渋沢氏の此計算は他の市参事会員をして、反対する能はさらしむるの勢力ありしものにして、渋沢氏は之れが為に市会の決議は「東京市に非常の損失を与へたるものたるに付再議せしめざるべからず」と断定せられたるなり
芳野鈴木立田の三氏は熱心なる市有論者なり、殊に東京市会の腐敗を痛歎せられたる人々なり、計算に於ては専ら渋沢田口二氏の計算に信用を置かれたり、而して三派が壮士を用ひ鈴木氏を恐喝したりし為に却て反動を生し、益々其行為を非認したりしと見えたり
長谷川深造氏は計算に於ては田口氏の説を信し殊に渋沢氏の演説を聞き益々東京市会の決議の損失あることを認めたる人なり、世間或ひは氏が再議説に反対したるを以て三派に買収せられたるか如く云ふものありと雖も、氏は初めより再議説に同意を表したる語を発せざりき、蓋し弁護士たるを以て「公衆の利益を損する」とは此場合に適用すべからずと固信したるなり、然れども既に市に損失ありと認めたる以上は何とか救治策なかるべからず、此策なくして単に再議説に反対したる為に世の非難を受くるに至りしなり
星亨氏の剛情なることは此際に於て大に顕はれたり、彼の市会の決議額は市参事会の決議額に比して非常に損失あること顕著なるに、尚ほ飽くまで剛情を張り透して強弁を試みたることは尋常の人の能くする所にあらざりき、元来七と三分の一とは星氏の主張せし所にして、田口氏等の反対したりし所なりしなり、然るに今や田口氏は七と三分一を固守し星氏は市会決議を主張す、議論の変遷奇と云ふべし、然れども田口氏は決して七と三分の一に甘んずるものにあらず、而して星氏は成るべく会社に軽からんことを欲す、是れ両氏の相反する所か、佐藤助役が断乎として市有論を固持し市長及び他の助役が民有論となりし間に立ちて屈せざりしは、殊に異観なりしなり、唯々議論の最喧しかりし際には市用を帯びて伊豆地方に赴きたり、是れ惜むべき事にてありしなり
市街鉄道問題の喧しかりしときは三派が壮士を市参事会員に向けたるは最も驚くべきことにてありき、去れば各警察署は凡て市参事会員に護衛巡査を付したりき、市の行政機関に対して壮士騒ありとは近頃の珍事なり


東京経済雑誌 第四〇巻・第一〇〇五号 〔明治三二年一一月一八日〕 ○第一一一四頁 ○市街鉄道問題と渋沢氏(DK090051k-0006)
第9巻 p.449-450 ページ画像

東京経済雑誌  第四〇巻・第一〇〇五号 〔明治三二年一一月一八日〕
 ○第一一一四頁
 - 第9巻 p.450 -ページ画像 
    ○市街鉄道問題と渋沢氏
此回の市街鉄道問題に関して、始終強硬の態度を執りたりしは渋沢氏なりしと云へり、氏は十月廿三日の市参事会に於て田口氏が再議説を唱へたりし時は欠席したりしが、之を聞きて快哉を唱へたりとぞ、爾来氏は一本鎗に此方針を執れり、他の会員には往々折中説を出すものありしが、氏は毫も之を容れざりし由なり、又再議説の破れし後は直に辞職を決心せり、氏曰く余は決して明道伊川などの如き儒流にはあらず、随分酸いも甘いも知るものなり、然れども今回の東京市会の如き腐敗を見るに至つては甘んじて身を其中に混ずるを得ずと、立田、鈴木両氏も亦正直強硬の人なり、東京市か此人を失ひたるは大損と云ふべし
  ○栄一ノ市参事会ニ於ケル演説速記存セズ。又市参事会ニ提出セル公納金ノ計算表亦東京市参事会所蔵記録中ニ見当ラズ。次掲田口卯吉ノ錦輝館ニ於ケル演説ヲ参照スベシ。

東京経済雑誌 第四〇巻・第一〇〇五号 〔明治三二年一一月一八日〕 ○第一〇七六―一〇七八頁 ○錦輝館に於ける東京市街鉄道 市有期成同盟会大会に於て(田口卯吉演説)(DK090051k-0007)
第9巻 p.450-452 ページ画像

 ○第一〇七六―一〇七八頁
    ○錦輝館に於ける東京市街鉄道
     市有期成同盟会大会に於て (田口卯吉 演説)
○明治三二年一〇月一四日ノ項所引ニツヾク 斯くて市参事会の此決議は原案となりて、之を東京市会に提出したりしに、十月十九日の東京市会は、諸君の既に前弁士より御聞及の如く、非常に之を軽減したり、是れ実に彼の三派が最初に希望したりし方案なり、其内情に至りては実に言語同断の事なりしなり
此決議は市長より三派の同意を得て十月二十四日の市参事会に提出し内務省に送達することゝなれり、此場合に於て余は憤慨の余り少数なりとは知りしながらも「此東京市会の決議は特に東京市の利益を今日に損するのみならず、永く累を子孫に遺すものなり、余は東京市会の決議は東京市民の意志にあらざるを知るなり、故に若し参事会に於て市会を解散するの権力あらは余は之を断行せんことを希望す、然るに市参事会には此権なし、故に余は市制六十四条に依り市会をして之を再議せしめんことを主張す」と述べたり、玆に於て一大紛論を発したりしが、終に当日は出席者少数なりしを以て、翌二十五日に此議を延期したり、斯くて二十五日に至りては又々一大議論となりしが、終に「此事重大なるを以て調査委員五名を選挙し之をして市会の決議と市参事会の決議との間に幾何の相違あるやを調査せしめん」との議に決し之に期するに一週間を以てしたり
此五名の調査委員は翌二十六日を以て会合し、調査の材料を東京市役所に徴めたりしに、市役所は別に計算を立て市会の決議と市参事会の決議額と大差なきことを証せんとせり、即ち左の如し
    市会議決及市参事会提出案納金比較表
  一日一哩収入     市参事会提出額     市会決議額         増減
                   円          円          円
 四拾円以上ノトキ          ―     二九、二〇〇     二九、二〇〇
 五拾円以上ノトキ          ―     七三、〇〇〇     七三、〇〇〇
 七拾五円以上ノトキ   一六一、〇〇〇    一六四、二五〇      三、二五〇
 - 第9巻 p.451 -ページ画像 
 百円以上ノトキ     三三一、三三三    二九二、〇〇〇(一)  三九、三三三
 百弐拾五円以上ノトキ  五〇一、六六六    四五六、二五〇(一)  四五、四一六
 百五拾円以上ノトキ   六七二、〇〇〇    六五九、〇〇〇(一)  一三、〇〇〇
 百七拾五円以上ノトキ  八四二、三三三    八九四、〇〇〇     五一、九一七
 弐百円以上ノトキ  一、〇一二、六六六  一、一六八、〇〇〇    一五五、三三四
此計算は東京市会の議決か、市参事会の議決と大差なきことを証するものにして、委員に於ても意外の感なきを得ざりき、何となれば最初市参事会が十月十三日に七朱と三分一の公納金を決するに当りて、市役所が余等に示したる計算は実に左の如くにてありしなり
     納金額比較表
  一日一哩平均収入   市参事会議決額      市会議決額      差引増減
                   円          円          円
 四十円以上             ―     二九、二〇〇     二九、二〇〇
 五十円以上             ―     七三、〇〇〇     七三、〇〇〇
 七十五円以上      三一四、三〇〇    一六四、二五〇(一) 一五〇、〇五〇
 百円以上        六三七、九三三    二九二、〇〇〇(一) 三四五、九三三
 百廿五円以上      九六一、五六六    四五六、二五〇(一) 五〇五、三一六
余は初めより純益により公納金を徴収せんとの意見を主持したりしを以て、収支の計算の如きは全く不問に措きたりしが、余が東京市会の決議は東京市に損失ありとの意見を述べたる所以は、一には市役所の此計算に拠りたると、二には四十円以下の収入にて一割以上の配当を為す鉄道会社の極めて多きを認むるに因りてなり、然るに此調査の材料を徴するに当りて右の如き新計算を示し市会の決議と市参事会の決議と大差なきことを証したるは豈に咄々怪事にあらずや、是に於て星氏は「市会の決議は市参事会の決議と大差なき以上は直に調査を決了せん」ことを主張したれとも、余は十分に調査し自ら報告書の草按を作らんことを請ひて約するに次きの月曜日即ち三十日を以てしたり
余は此調査に於て十分に市役所の計算の誤謬なることを指示したり、東京市二百哩の市街鉄道に於て一日一哩七十五円の収入ある場合に於て其営業費を六割と改算したるの不当なること及び其積立金を年々巨額に積立て以て純益を少額としたるの不当なること等は余の調査書に明記したる所にして、此調査書は既に世に発表したれば、思ふに諸君は既に一読せられたるならん、故に余は玆に喋々せず、唯々余は此計算を立つるに当りて星亨氏と前後三日間弁論を試みたり、計算の事ゆゑ其正否は直に判然すべき筈なるに、星氏が飽くまで反対したるに就いては余は其剛情なるに感服するの外なかりき
是に於て調査委員会は大躰に於て「東京市会の決議は東京市に損失あることを認む」と云ふに決し、余の調査書は参考として市参事会に提出することゝなし、安川、長谷川両氏之に賛成し星氏は少数意見として「東京市会の決議は市参事会の決議と大差なきことを認む」と決し別に参考書を作りて市参事会に提出したり、市参事会は十月卅日に開会したりしが当日は之を決する能はず、越えて十一月二日に至りて渋沢氏も亦別に計算書を作て市参事会に於て弁論し星氏等が「市会の決議は市参事会の決議と大差なし」と云ふを駁されたり、渋沢氏の意見は余の計算と大差なし、而して精神を一にするものなり、唯々積立金
 - 第9巻 p.452 -ページ画像 
中欠損に属するものあることを認めたるを以て、余の計算にては市会の決議は一日一哩百廿五円の場合に於て年ことに七十万円の損失ありしを、渋沢氏の計算に於ては五十万円の損失ある割合となしたることなり、是に於て市会の決議は東京市に損失ある明瞭たりしを以て、調査委員会多数の決議は市参事会の多数の同意を得ることゝなれり、此時に至るまで余等同志の意見は常に多数を得たりしなり、然るに再議の問題に移るに及ひて不幸にして一名の少数にて敗を執れり、是れ市制第六十四条に於ける「公衆の利益を害す」と云へるは此の如き場合を示すものにあらずとの意見に基くなり、然れとも是れ所謂法律の文字を死読するものにして既に其事の東京市に害あることを認むる以上は如何ぞ救治の策なかるべけんや、譬へば此物は身躰に害ありと決しながら尚ほ食ふべしと決するものありや、既に害あることを決する以上は之を食はざるの手段は十分に尽さゞるべからざるなり、況んや公衆の利益と云へるは英語のパブリツク、インテレストの訳語にして則ち公共の利益の意義なること著明なるをや、然るに其言の行はれざりしは遺憾の至りにして深く余の微力を恥づるの外なきなり○下略
  ○市制第六十四条左ノ如シ。
   市参事会ハ其市ヲ統轄シ其行政事務ヲ担任ス
   市参事会ノ担任スル事務ノ概目左ノ如シ
   一、市会ノ議事ヲ準備シ及其議決ヲ執行スル事若シ市会ノ議決其権限ヲ越エ法律命令ニ背キ又ハ公衆ノ利益ヲ害スト認ムルトキハ市参事会ハ自己ノ意見ニ由リ又ハ監督官庁ノ指揮ニ由リ理由ヲ示シテ議決ノ執行ヲ停止シ之ヲ再議セシメ猶其議決ヲ更メザルトキハ府参事会ノ裁決ヲ請フベシ○下略
                     (官報明治二一年四月二五日付ニ拠ル)


東京経済雑誌 第四〇巻第一〇〇四号・第一〇五八―一〇五九頁〔明治三二年一一月一一日〕 ○市街鉄道条件再議説の否決(DK090051k-0008)
第9巻 p.452-453 ページ画像

東京経済雑誌  第四〇巻第一〇〇四号・第一〇五八―一〇五九頁〔明治三二年一一月一一日〕
    ○市街鉄道条件再議説の否決
田口卯吉氏提出の市街鉄道特許条件再議問題の為め召集せられたる臨時東京市参事会は、去二日午前十時より開会せしに、出席者は渋沢、田口、鈴木、安川、立田、芳野、星、稲田、石垣、高山、長谷川、松田、朝倉、浦田の十四氏にして、松田市長議長席に着き、去三十一日に引続き調査委員の報告に就て審議したるに、田口氏の論旨市会の納附金に対する決議が収入の多少に拘はらず営業費を収入の六割と算定し総収入の割合に依りて公納金を課するを不可とし、之を市参事会の決議即ち純益の一部を納めしむるの方法に比すれば、市の利益を減損すといふに在るを以て、先づ市会の決議は市参事会の決議に比すれば市の利益を減損するや否やに就て採決したるに、其の結果左の如し
    市の利益を減損すと認むるもの
 渋沢 田口 鈴木 芳野 安川 立田 長谷川
    市の利益を減損せずと認むるもの
 星 稲田 石垣 高山 朝倉 浦田
即ち一名の多数にて市の利益を減損すといふに決したるにより、引続き再議に附すべきや否やを採決したるに、其結果左の如し
    再議を可とするもの
 渋沢 田口 鈴木 芳野 安川 立田
 - 第9巻 p.453 -ページ画像 
    再議を不可とするもの
 長谷川 星 稲田 朝倉 浦田 石垣
斯の如くして再議説は遂に一名の少数にて否決せらるゝや、鈴木信任氏《(鈴木信仁)》より左の建議案を提出したるも、賛成者は芳野、立田、田口、安川 鈴木の五氏に過ぎずして消滅し、午後二時三十分散会したるが、市会決議の特許条件は直に東京府知事に向け送附せられたり、而して之が為め所謂御内示問題を生じたるの事情は社説欄内記する所の如し
    建議案
 東京市市街鉄道の儀は市民の交通機関たるを以て市親ら之を経営し普く全市に及ぼし其賃銀を低廉にして以て繁昌地と僻陬地との交通を便にすると同時に、其利益を市に収めて以て市区を改正し港湾を新設し道路下水を改築するの費途に供せんとするの計画は、明治二十一年市区改正の設計を協賛するの際に於て既に委員の希望せし所にして委員長芳川子爵の覆申書中にも明に之を開申仕候儀に有之候爾来東京市は常に技師に嘱托し、欧米諸国の事情をも調査罷在り、終に去三十年 月を以て市自ら之を経営するに決し之を請願し、次て三十一年 月を以て更に計画を定め追願仕候儀に有之候処、此程に至り小松原次官は東京市の請願は容易に許可難相成に付三派合併の市街鉄道会社と協議の上市の意見を具申すべき旨御内諭相成候に付、当市参事会は已むを得ずして市の既設物と利益とを害せざる限に於て之を民設に委するの議を決し、之を東京市会に提議候処、東京市会は別紙の如く東京市が正当に収得すべきの利益を削減し、之を会社に与へたるのみならず、斯く会社の利益を増加するに際しては其株券の相場も非常に騰貴致すべきに付、十分に営業満期買上の価格をも確定し置かざれば永遠に市有と為すの機会無之儀なるに、其条款も亦極めて不明瞭に議決仕候を以て、一たび此議決の主意に基き会社に御許可相成候節は特に今後三十年間の市利を減するに止らずして永く累を後代に遺し可申と憂慮仕候、且単線架空式電気鉄道の儀は水道鉄管を腐蝕するの虞あるを以て民設会社に於て建設致候場合に於ては十分に設計を審査し、其無害なることを確信候上に於て承諾を与へ可申心得に候処是亦削除致候に付ては、市有財産を保護致候点に於ても甚懸念に不堪候、畢竟東京市民の意見は決して此の如きものに無之と存候間、宜く本市百年の利害を審査せられ至当の御詮議あらんことを希望仕候、依て別紙調査書相添具申候也
  明治三十二年十月二日
          東京市参事会 東京市長 松田秀雄
    内務大臣 侯爵 西郷従道殿


東京市会議事録 第三五巻・第二六号〔明治三二年〕(DK090051k-0009)
第9巻 p.453-454 ページ画像

東京市会議事録  第三五巻・第二六号〔明治三二年〕
 明治三十二年十一月二十二日午後四時二十分開議
  出席 一番 秋虎太郎氏○外四十八名略ス
  闕席 拾人
  闕員 壱人
   五十四番中島又五郎氏議長席ニ着ク
 - 第9巻 p.454 -ページ画像 
一議長ハ開会ヲ報シ、先ツ須藤議長旅行中ニ付代テ本席ヲ保ツヘキ旨ヲ告ケ次ニ書記ヲシテ市参事会ヨリ送致セル左ノ通牒ヲ朗読セシム
  一名誉職市参事会員並市会議員立田彰信氏辞職ノ件
  一名誉職市参事会員渋沢栄一、田口卯吉、鈴木信仁ノ三氏辞職ノ件
  一市公債償還抽籤執行立会員選定ノ件
 右朗読終ルヤ、議長ハ先ツ立田渋沢両氏辞職ノ理由ニ対シ、之カ認否ヲ諮リ、更ニ異議ナキヲ以テ別ニ表決ヲ要セス、正当ノ理由アルモノト決定スヘキ旨ヲ報シ、尋テ田口鈴木両氏辞職ノ件ニ移リシニ一番秋虎太郎氏ハ田口鈴木ノ両氏ハ自己ノ所信ヲ論シ、其容レラレサルヲ見テ決然辞職セシハ、毫モ非難スヘキ点ナキ所以ヲ詳陳シ、以テ承認スヘシトノ意見ヲ提出シ、二番横山富次郎氏ハ之ニ反対シ、両氏ノ辞表タル取モ直サス市会ヲ蔑視シ、合議制度ノ徳義ヲ抛棄セシ行動ト云ハサルヲ得ス、依テ本辞表ノ理由ハ不当ナリト述ヘ○中略討議ノ末二十人ニ対スル二十八人ノ起立ヲ以テ二番ノ意見通リ田口鈴木両氏ノ辞職ハ正当ノ理由ナキモノト決定セリ
○中略
一二番横山富次郎氏ヨリ曩ニ本会ノ決議セシ市街鉄道ニ対スル特別条件中、公納金ノ件ニ関シ、市参事会ニ於テ再議説ヲ提出シタル主唱者田口鈴木両氏ハ勿論渋沢立田二氏ノ辞職ヲ見ルニ至リシ今日ニ当リ、其同論者タリシ芳野安川両氏ノ尚ホ市参事会ニ依然タルハ怪訝ニ堪ヘサル所ナリ迚、両氏処決ノ希望ヲ述ヘシニ、○中略五十七番安川繁成氏ハ本員ハ決シテ「かぢり付主義」ニアラス、実ハ赤坂区ヨリ今暫クノ間就職ヲ請フトノ依頼ヲ受ケ、已ムヲ得ス其儘経過シ来レルモノトス、仍テ番外ニ請求セラルル迄モナク、本員ハ玆ニ改メテ申告セン乃チ議長ニ対シテハ市会議員、市長ニ対シテハ市参事会員ヲ辞スヘキ旨、口頭ヲ以テ届クヘシト述ヘ、直ニ退席セリ○下略
    ○附録
   辞任ニ付届
拙者都合有之、市参事会員辞任致候間、此段及御届候也
  明治三十二年十一月十六日
                      渋沢栄一
    東京市参事会
     東京市長 松田秀雄殿
  ○立田彰信ノ辞表ハ十一月十五日付「拙者義追々老躯且持病多ニ付」ヲ理由トシ、田口卯吉・鈴木信仁ハ十一月十五日付連名ニテ辞職届書トシテ「拙者共儀本年十月十九日東京市会ノ市街鉄道ニ関スル決議ハ、大ニ本市ノ利益ヲ殺キ、之ヲ会社ニ与ヘ候モノト認メ候ニ付、市参事会員トシテ其事ニ従フニ忍ヒス候間、辞職仕候」トソノ理由ヲ表明セリ。(東京市会議事録第三五巻第二六号附録)


東京市会議事録 第三五巻・第二七号明治三二年(DK090051k-0010)
第9巻 p.454-455 ページ画像

東京市会議事録  第三五巻・第二七号明治三二年
 明治三十二年十二月五日午後第四時十分開議
  出席 一番 秋虎太郎氏○外五十四名略ス
 - 第9巻 p.455 -ページ画像 
  闕席 三人
  闕員 弐人
○中略
一名誉職市参事会員ノ補欠選挙ハ欠員五名中其任期ニ差異アルヲ以テ之ヲ区分シ、市制第四十四条ニ拠リ一名ツヽ投票セシメタルニ左ノ如ク当選セリ
  明治三十六年六月任期満了ノ部
            第一回当選 三十点 横山富次郎氏
            第二回当選 三十一点 江崎礼二氏
            第三回当選 二十七点 峯尾勝春氏
  明治三十四年六月任期満了ノ部
            第四回当選 四十七点 末吉忠晴氏
            第五回当選 四十六点 渋沢栄一氏


竜門雑誌 第一三九号・第五一頁 〔明治三二年一二月二五日〕 竜門社記事 青淵先生(DK090051k-0011)
第9巻 p.455 ページ画像

竜門雑誌  第一三九号・第五一頁 〔明治三二年一二月二五日〕
    竜門社記事
○青淵先生 去十一月中東京市参事会員を辞任せられたる同先生は、本月五日の市会に於て満場一致を以て再選せられしが、養育院の関係上特に就任を承諾せられたる由。
  ○本資料第二編所収、東京市養育院明治三十四年六月十四日ノ項参照。



〔参考〕東京市街鉄道問題ニ関スル請願書 第一七―二一頁(DK090051k-0012)
第9巻 p.455-456 ページ画像

東京市街鉄道問題ニ関スル請願書  第一七―二一頁
    内務大臣ヘ提出シタル請願書
 東京市ノ自治躰ニ於ケル行政及議事ノ両機関近来ノ行動ヲ見ルニ、営利ノ私立会社ト結托シテ市ノ権利ヲ損シ市民ノ公益ヲ害スルコト挙ケテ言フ可カラズ、故ニ私共今般東京市公民多数ノ意見ヲ代表シ左ニ市参事会及市会ノ改造ヲ懇願仕候、謹テ惟ルニ去ル明治二十一年四月法律第一号ヲ以テ公布セラレタル市制ハ地方共同ノ利益ヲ発達セシメ、衆庶臣民ノ幸福ヲ増進セシメントノ 聖旨ニ出ズ、私共臣民日夜 聖旨ヲ感戴シ、立法ノ精神ヲ全フセンコトヲ力メザル可カラズ、而シテ市会ハ市制第三十一条ノ権域ニ拠リ、市参事会ハ同制第六十四条ノ権限ヲ守リ、共ニ本市ノ権利ヲ保護シ、市民ノ幸福ヲ希図セザル可カラザルハ言ヲ俟タザル所ナリ、然ルニ従来本市ノ交通機関タル市街鉄道ハ市自ラ経営スルコトヲ議決シ、市参事会ヨリ其敷設ヲ出願中ナルニ拘ラズ、近頃市参事会及市会ニ於テ私立会社ヲシテ之ヲ敷設セシムヘキコトヲ議決スルニ至リタル顛末ハ左記ニ列挙スルガ如キ次第ニ候
一東京市長松田秀雄ハ従来東京市街鉄道ヲ市ノ事業トシテ経営スヘシトノ市会ノ議決ヲ執行シ、昨年八月及十一月ノ両度其敷設ヲ出願シ本年二月更ラニ自ラ私立会社ヲ許スノ弊害ヲ詳陳シ、速ニ市ノ事業ノ許可ヲ促カス稟申書ヲ提出シタルニ拘ハラス小松原内務次官ノ内示ヲ受ケタリト称シテ遽ニ其説ヲ反覆シ、市参事会及市会ニ臨ミテ内務省ハ市有ヲ許サヽル故ニ市ハ目下出願中ナル東京市街鉄道会社発企人ト協議シ特約条件ヲ定メテ出願スベシ、然ルトキハ速カニ許
 - 第9巻 p.456 -ページ画像 
可セルラベキ方針ナリト称シ、終ニ東京市街鉄道会社ニ許スノ議ヲ速決セシメタリ、而シテ市街鉄道ヲ私立会社ノ敷設ニ許スハ交通機関ノ効力ヲ全フセズシテ且ツ本市将来ノ巨大ナル収入ヲ失フベキコトハ本年二月松田秀雄自ラ稟申書ニ明言スル所ナリ、而シテ之ヲ私立会社ニ許可セラレンコトヲ欲シ、会社発企人ハ市参事会及市会議員ノ間ニ権利株ヲ贈与シ壮士ヲ使役シ百方運動スル所アリタリ、故ニ市長ガ其ノ旧来ノ意見ヲ反覆シ故サラニ内務次官ノ内示ト称シテ私立会社ニ許スニ至リタルハ、市長ノ職権ヲ利用シテ私立会社ノ利益ヲ図リ市ノ権利ヲ損シ市民ノ公益ヲ害スルコト甚シキモノナリ
一市参事会及市会ハ昨年以来市街鉄道ハ市有事業トシテ敷設ノ議ヲ決シ、且ツ其経営方法ヲモ決議シテ内務省ニ申請シタルニ拘ハラズ、近時ニ至リ市参事会及市会議員ノ大部分ハ皆東京市街鉄道会社発起人中ヨリ同社ノ権利株一人ニ付百株以上ヲ収受シ、甚シキ者ニ至テハ曾テ同社ノ発企人ト為テ成立ニ力メ、之ニ反対スル市参事会員及市会議員ニハ壮士ヲ使役シテ脅迫シ、終ニ之ガ為メニ殴打セラレタルモノアリ、此ノ如ク権利株ノ贈与ト壮士襲撃ノ脅迫ニ由リテ多数ノ市参事会員及市会議員ヲ圧伏シ、且ツ松田東京市長ガ内務次官ノ内話ヲ矯メテ内務省ノ内示ト称スルヲ奇貨トシ、遂ニ旧来ノ議決ヲ反覆シ、本年十月六日及十三日ノ市参事会ト同月十九日ノ市会ニ於テ東京市街道会社ノ敷設ヲ許スベキコトヲ可決シタリ、其ニ此等ノ議決ト其ノ稟申ハ決シテ市民ノ意思ヲ代表シタルニアラスシテ、宛カモ東京市街鉄道会社株主会議ノ行動ニ異ナラサルナリ、市参事会及市会ハ実ニ此ノ如キ不正不当ノ議決及執行ヲ以テ市ノ権利ヲ損シ市民ノ公益ヲ害セントスルモノナリ
一市長市参事会及市会ノ行動此ノ如クナルニ慨歎シ、市参事会員中市民ノ重望ヲ属スル渋沢栄一、田口卯吉、立田彰信、鈴木信仁等ハ去ル十月十九日ノ市街鉄道ニ関スル市会ノ議決ハ市ノ利益ヲ殺キテ営利会社ニ与ヘントスル不正不当ナル者ナルガ故ニ其ノ執行機関ノ員ニ備ハルヲ慊シトセズ、中ニハ公然之ヲ理由書中ニ明記シ終ニ本月十五日同時ニ辞職届ヲ提出シタリ、勢ヒ此ノ如クナルガ故ニ今ヤ東京市ノ行政及議事ノ両機関ハ全ク其ノ運用ヲ逆転シツヽアルナリ
 前述ノ事情ニヨリ目下東京市ノ行政及議事ノ両機関ハ寧ロ市ノ公益ヲ害シ、且ツ之ヲ放任セハ将来如何ノ暴状ヲ働ラクカ知ルヘカラズ是レ私共市民ノ日夜憂惧ニ堪ヘザル次第ニ候間、何卒閣下ノ御英断ヲ以テ速カニ現任ノ市長及市参事会員ヲ解職シ市会ヲ解散シテ真正ニ地方共同ノ利益ヲ発達セシメ、衆庶臣民ノ幸福ヲ増進セシムヘキ完全ナル組織ニ改造セシメラレンコトヲ切ニ悃願仕候 誠恐謹言
  明治三十二年十二月四日
               東京市街鉄道市有期成同盟会
                  委長《(マヽ)》 加藤斌
                  各区委員     連名
    内務大臣 侯爵 西郷従道閣下