デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

2章 交通
2節 鉄道
29款 鉄道国有問題
■綱文

第9巻 p.546-563(DK090058k) ページ画像

明治31年12月7日(1898年)

是ヨリ先、五月三十日東京商業会議所ハ副会頭中野武営ノ名ヲ以テ私設鉄道ヲ国有ト為スノ議ヲ政府ニ建議請願セシガ、議会解散シ内閣更迭セシ為是日栄一、同会議所ヲ代表シテ同件ニツキ内閣総理・大蔵・農商務・逓信各大臣並ニ貴衆両院議長ニ宛テ再ビ建議請願ス。


■資料

日本鉄道史 中篇・第七九七―八〇二頁〔大正一〇年八月〕(DK090058k-0001)
第9巻 p.546-547 ページ画像

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東京経済雑誌 第三七巻第九二六号・第九五三―九五五頁〔明治三一年五月七日〕 ○私設鉄道買上の議(DK090058k-0002)
第9巻 p.547-549 ページ画像

東京経済雑誌 第三七巻第九二六号・第九五三―九五五頁〔明治三一年五月七日〕
    ○私設鉄道買上の議
私設鉄道買上の議は近来株屋の間に発したる一問題なりしが、板垣伯が上野精養軒に於て実業家を招待し、之を勧誘するに至りたるは驚くべき事件と云ふべし
 - 第9巻 p.548 -ページ画像 
余輩は実業家が或は民設鉄道買上論を唱へ、或は官設鉄道払下論を唱ふるを怪まざる也、何となれば彼等は単に其資金の欠乏と潤沢とにより打算するものなればなり、抑々金融の必迫し、公債株券の下落するや、実業家の身代は日に収縮し、銀行に差入れたる抵当価格は減少し日に頭金を要求せらるゝを以て非常に困窮を極むるかため、若し政府にて此際民設鉄道を買上げ、其低落せる株券を高価に買上げたらんにはいか計り好都合ならんとの意見は自ら彼等の心中に発すべきものならずや、故に余輩は実業家が此際民設鉄道買上論を主張するを以て、強ち無理なりとは信ぜざるなり、之に反し、金融緩和し公債株券騰貴し、其身代自ら巨額となり其銀行に差入れたる抵当は自然に膨脹し頭金は返済せらるゝこととなるに及びては、彼等は低価なる株券の益々世に多からんことを希望するが為めに、若し官設鉄道にして払下になり、其株券の株式市場に顕はれ之を低価に買入たらんには如何に利益あらんとは想像するなるべし、故に余輩は此際に於て彼等が官設鉄道払下論を主張するも強ち無理とは信せざるなり
然りと雖も政治家の之に対して意見を立つるに至りて別に論拠なかるべからず、余輩は今日に当りて最早官設民設の得失を述ぶるの必要なきを知る、余輩は日清戦争は官設民設の利害を十分に証明したることを信ず、余輩は民設鉄道は軍隊輸送上に妨害あるべしと信じたるものも、今日に至りては民設の却て官設に増したる種々の便利あることを認むるに至りしことを信ず、然らば則ち今日に当りて民設買上の必要果して那辺にある乎
思ふに国民協会が従来官設鉄道を主張したる所以は、日爾曼の国家主義を半解したるに出づるものゝ如し、夫れ日爾曼の国家主義は侯国若くは自由都市に反対して発したるものなり、日爾曼帝国は素と侯国若くは自由都市の独立の為に分裂して四隣殊に仏国の侵略を蒙れり、故に侯国及び自由都市の権力を制限して以て有力なる中央政府を立てざるべからずとは其所謂国家主義の発する所以なり、彼の自治制を布き侯国の力を殺きて以て中央政府と下層行政との関係を親密にし、教育を強迫にして以て国内人民の知識と感情とを同一にし、以て直接に中央政府を思はしめ、鉄道を官有にして以て交通機関の咽喉を中央政府の掌中に扼するが如きは凡て日爾曼帝国統一の目的を達するの主意に出でたるものなり、去れば日爾曼の国家主義は我邦の廃藩置県論に類するものなり。廃藩置県は日爾曼に於て行ふ能はざるなり、故に乃ち国家主義あるなり、然るに既に廃藩置県の行はれたる日本帝国に於て此国家主義を主張するは其事既に秋扇に類す、而して近時俄に民設買上を主張するに至りては恐らく実業家の人気に投ぜんとするの野心なしとは云ふべからざるべし、然りと雖も余輩を以て之を見るに民設買上論の如きは天下の至拙なるものなり、何となれば其事行はれざればなり、抑々自由党の調査する所に拠れば、民設鉄道買上代金は凡一億五千万円乃至二億万円と云ふにあらずや、自由党は素とより外債を起して之を買上ぐべしと云ふと雖も、我国庫の現況は自身すら如何にして此難関を通過すべきやに苦むものならずや、故に苟も外債を起さば先づ官設鉄道を始め其他の工事を速成すべし、如何ぞ民設鉄道を買上
 - 第9巻 p.549 -ページ画像 
ぐるの暇あらんや、且つや仮りに一歩を譲り欧米金融市場に於て十分に巨額の資金を得たりとするも、余輩を以て之を見るに民設買上の事の如きは行ふべからざるものなり、蓋し民設鉄道買上の方法二あり
 第一 過半数の株式を株式市場に於て買占め、株主総会に於て政府買上を可決し、多数を以て少数者を圧して買上ぐる事
 第二 全株主の満足するまでの高価を以て其株券を買上ぐる事
右第二の方法を行ふことは国民の決して許さゞる所なるべし、何となれば国家の資金を以て一会社の株主に私することなればなり、然れども第一の方法に至りては殊に至難なりとす、政府の官吏として株式市場の仲買を使用し株券を買占むることの行ふべからざるは勿論、多数を以て少数を圧することは必ず訴訟沙汰となるべし、去れば立憲政治の官吏としては、此二法共に行ふべからざるなり、思ふに国会の未だ開設せられざるに当りては、官吏として此の如き事を断行したるものもあるべく、断行して而して賄賂を受けたるものもあるべしと雖も、今日に当りて官吏にして此の如き事を行ふときは、清廉潔白を以て信用を社会に博するものと雖も、決して弾劾を免かるべからざるなり、故に自由党及び国民協会にして如何に民鉄買上を主張するも、当局官吏は決して之を取扱はざるべし、抑々自由党及び国民協会は当局官吏にして其の意に従はざれば、之を放逐してまでも其意見を実行せんとの決心を有するや否や、果して然らば若し当局官吏にして自由党及び国民協会の意見に従ひて此の如きことを断行せば、余輩国民は当に此の如き官吏を放逐すべきなり
故に鉄道の官有民有は其議論に於て如何なる理由あるにせよ、今日に於ては民有鉄道を買上げ官有となすことは至難中の至難なるものにして、即ち行ふべからざるものゝ次位に立つものと見て可なり


東京経済雑誌 第三七巻第九二六号・第九九一―九九二頁〔明治三一年五月七日〕 ○板伯招待会(DK090058k-0003)
第9巻 p.549-550 ページ画像

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東京経済雑誌 第三七巻第九二六号・第九六一―九六二頁〔明治三一年五月七日〕 ○再び鉄道国有は改正条約の実施に必要なりとの説を駁す(DK090058k-0004)
第9巻 p.550-552 ページ画像

東京経済雑誌 第三七巻第九二六号・第九六一―九六二頁〔明治三一年五月七日〕
  ○再び鉄道国有は改正条約の実施に必要なりとの説を駁す
先に余輩は京都商業会議所の発表せる鉄道国有は改正条約の実施に必要なりとの説を駁したるに、積極生(高柳松一郎氏)は京都商業会議所の為に答弁書を余輩に寄せ、余輩が京都商業会議所の鉄道国有論を見るに、民有鉄道の弊害を論じて、官有鉄道の利益を説ける所は、世間普通の鉄道国有論者に異ならずと雖も、改正条約実施の為に鉄道国有を決行せざるべからずとの点は耳新く聴く所なりとて、特に鉄道国有は改正条約の実施に必要なりとの点を観察したるに対し、経済記者は鉄道国有論の全篇を熟読せず、最も粗慢なる批評を下せりと述べ、更に京都商業会議所鉄道国有論の趣旨を説明して曰く
 京都商業会議所が此の際鉄道国有論を主張する所以のものは鉄道は本来の性質上之を国有と為すべきものなる耳ならず、目下経済界の萎微を救済するの方法たる外債を募るの一法として之を主張するものにして、改正条約実施の際鉄道株式を外人に買占めらるゝを恐るるが為なり
京都商業会議所に歴々の人物が列席せらるゝことは余輩の認むる所なりと雖も、目下経済界の萎微を救済する為に鉄道国有論を主張するが如きは、夫の株式下落すれば私設鉄道の買収を主張し、株式騰貴すれば官設鉄道の払下を唱道する投機者流の浮動説と何ぞ択ばんや、是れ余輩が京都商業会議所の鉄道国有論を世間普通の鉄道国有論に異ならずとして之を一笑に付したる所以なりとす、然るに今や如何なる風の吹廻にや板垣伯の如き政治家も亦之を主張するに至りたるを以て、余輩は首項に之を詳論したれば、就て見らるべし
余輩は外資の輸入に対しては聊か異議なきのみならず、切に之を希望するものなり、而して従来之を論弁せしこと其の幾回なるを知らずと
 - 第9巻 p.551 -ページ画像 
雖も、本誌九百十二号(一月二十九日)の紙上に於ては外資輸入の方法を詳説して之を示し、又近時償金残額の一時に皆済せらるゝこととなるや、其の幾部分を以て公債を買入れ、以て資金を市場に供給すべき旨を述べたり、故に余輩は京都商業会議所の外資輸入には異議なしと雖も、私設鉄道買収論は空論として之を排斥せざるべからず、其の理由亦首項に明かなれば就て見らるべし
私設鉄道の買収は空論にして、実際の問題にあらざる以上は、仮に百歩を譲りて私設鉄道を買収し、海内の鉄道を挙げて国有と為すは改正条約の実施に必要なりとするも、今日に於ては最早施すべきの術なきを如何せんや、然れども京都商業会議所及び積極生の杞憂を解くは、既に余輩の義務となれるを以て、尚聊か弁明する所あるべし、京都商業会議所は曰く
 蓋し現時我が邦の如き低廉なる、而も必ず他日に望ある鉄道株式は彼の資産豊富なる二三の外商の為に大に買収策を講せらるゝの懼あり、若し不幸にして事玆に至らば、鉄道事業利益の壟断は即ち運賃の引上となり、輸兵の障害と為り、将た鉄道行政上の煩雑となるや当然の事とす
積極生は曰く
 新条約実施後鉄道株式の暴落すること生じ、若し今日の如く暴落甚しき者に至りては払込金の何分の一と云ふが如き低廉の相場に位するに於ては、巨万の資金を有する外人にして之を買占めんと欲せば恂に容易のことなり、慧眼猶太人の如きは現に其準備を為しつゝあるにあらずや、内地雑居の後果して外人の巨資を之に投ずるものあるべきや否やは今日より之を論ずるは只臆測たるに過ぎずと雖も、余輩は株式暴落の際必ずや此事あるべきを確信するものなり、其果して杞憂たるや否やは遠きを俟たずして事実となりて露はるべし、よし鉄道株式を買占めらるゝことありとするも、経済記者は政権我にあり、我国家は之を支配するの権を有するを以て毫も予防するを要《(せ脱)》ずと云ふと雖も、是れ浅薄なる観察にして経済記者の言としては余りに気楽すぎたる考にあらずや、記者の云ふが如く悉く外人の株式を有する鉄道なればとて之を支配するの権我にあるは国家主権の上より勿論のことにして、余輩と雖も認むる所なり、然れとも鉄道株の多数が外人の有に帰するに於ては時々鉄道の行政上尠からざる煩雑を惹起すは勿論、若し外人にして重役の地位を占むるものあるに至りては必ずや意外の支障を感ずることあるを免れず、況や一朝彼我交誼破れ開戦の際に於ては軍事上大なる障害たるなからんや
余輩は決して我が私設鉄道の外人の手に落るを信せずと雖ども論者の想像せるが如く仮定するも何ぞ恐るゝを要せんや、夫れ無上の権力を有する者は国家なり、故に運賃を過度に引上げば法令を以て引下げしむ可し、否如何に引上げんとするも私設鉄道条例に既定の制限あるを以て引上ぐること能はざるなり、戦時と平時とを問はず我が国家の命令を奉ぜざれば之を処分するは易々たるべきのみ、敵国に侵入して其鉄道を運転したる例は普仏戦争の時に在り、又台湾に於ては我が軍之を実行したり、戦時にして而かも敵国に在りても之を運転することを
 - 第9巻 p.552 -ページ画像 
得況や我が内地に於てをや、積極生は開戦の際に軍事上障害ありと云ふと雖も敵国の外人は国外に退去せしむることを得れば、何ぞ我が障害を為すを得んや、然れども若し害ありとせば前記の如く漠然たる言語を用ひずして逐一例を挙げて示すべし、余輩は之を説破すべきなり


東京経済雑誌 第三七巻第九二七号・第一〇一〇―一〇一一頁〔明治三一年五月一四日〕 ○京都商業会議所の私設鉄道買収法私案(DK090058k-0005)
第9巻 p.552-553 ページ画像

東京経済雑誌 第三七巻第九二七号・第一〇一〇―一〇一一頁〔明治三一年五月一四日〕
    ○京都商業会議所の私設鉄道買収法私案
京都商業会議所に於ては、其の主張する鉄道国有の議を実行せんか為に、去六日臨時会議を開き、私設鉄道の買収に関し左の決議を為せり
    私設鉄道買収法私案
 一、国防上及経済上必要なる全国の私設鉄道を凡て買収すること
 一、買収年限を五ケ年とし枢要なる中央縦貫線より始め漸次必用なる線路に及ぼすこと
 一、既成鉄道にして開業後五ケ年を経たるものゝ線路及凡ての不動産は其期間に於ける純益を平均したる一年の収入二十倍を以て買上価格とし、又一部開業のものにして五年迄経たるものは該開業線路の純益を平均したる一年の収入の二十倍を以て該線路及不動産の買上価格とす、開業後五年に満たざるもの若くは工事中のもの及び鉄道に属する動産は凡て評価に拠ること
 一、買収方法は各私設線路に対し一会社毎に予め相当代価を定め、協議して之を実行す、若し協議整はざるときは評価会の意見に依りて決す
  会社若し評価会の意見に不服なるときは鉄道会議の裁決を受くることを得
 一、買収の財源は内外国に於て適当なる額の鉄道公債を募集すること
 一、第一期第二期の予定線は政府に於て敷設し、其他特種の性質を有する鉄道の敷設を請願するものは鉄道会議の議を経て許可すること故の如し
 一、政府は鉄道会議の条例を改正して其組織職務及権限を変更すること
 一、買収の方法順序及買収すべき線路の指定期限等を鉄道会議に諮詢し帝国議会の決議を経て予め之を一般に公示し旦つ会社へ其旨を通じ置くこと
 一、評価会及評価の細則は別に之を規定すべし
京都商業会議所が鉄道国有の議を主張する理由は、第一鉄道は本来の性質上之を国有と為さゞるべからず、第二目下経済界の萎微を救済すべき方法たる外債募集の一方法として私設鉄道は之を買収せざるべからず、第三改正条約実施後鉄道株式を外人に買占めらるゝの虞あるを以て、之を買収せざるべからずと云に在り、故に其買収を主張する鉄道は一切の私設鉄道を網羅せざるべからず、然るに前記の私案に拠れば国防上及経済上必要なる全国の私設鉄道を凡て買収することと云ひ一切の私設鉄道を網羅せざるが如くなるは何ぞや
買収価格は五ケ年間に於る純益を平均したる一ケ年の収入の二十倍と
 - 第9巻 p.553 -ページ画像 
定むとせば、大約一ケ年百分の五の利子に相当する資本金と仮定するものなるべし、然れども此の価格にては各私設鉄道会社は決して満足すべからざるを以て、苟も実施の点に注目するものは決して斯の如き法案を看過すべからざるなり、依りて余輩は松方内閣が第二議会に提出せし私設鉄道買収法案を掲げて、前記京都商業会議所の私案を迎ふるに、松方内閣の私設鉄道買収法案の運命を以てせんとするなり
    私設鉄道買収法案
 第一条 凡て公共の用に供する鉄道は国の所有とするの必要を認むるに依り、既成私設の鉄道は第二条以下の方法に依り其会社と協議して漸次政府に買収するものとす
 第二条 私設鉄道を政府に買収するには其会社の興業費支出額又は株券払込現額を超過せざる価格を以てす
  鉄道会社の株券前三箇年の価格を平均し、興業支出額又は株券払込現額を超過するが為めに前項制限の価格を以て買収することを得ざるときは政府と会社との協議に依り買収価格を定む
 第三条 私設鉄道買収の費用に充つる為め政府は五千万円を限り鉄道買収に公債を起すことを得
  此公債は買収の都度之を起し、公債証書を発行して買収を約したる鉄道会社に其買収代価とし額面価格を以て之を交付す
 第四条 鉄道買収公債の利子は一箇年百分の五とす
 第五条 鉄道買収公債に関し本法に規定なきものは総て明治十九年勅令第六十六号整理公債条例に依る


日本鉄道史 中篇・第八〇二―八一一頁〔大正一〇年八月〕(DK090058k-0006)
第9巻 p.553-557 ページ画像

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銀行通信録 第一五九号・第一六六―一七〇頁〔明治三二年二月一五日〕 鉄道国有論の由来(DK090058k-0007)
第9巻 p.557-561 ページ画像

銀行通信録 第一五九号・第一六六―一七〇頁〔明治三二年二月一五日〕
    ○鉄道国有論の由来
我国の鉄道は明治五年に東京横浜間に官線を敷設せられしに始まり、爾来年を逐ふて其哩程延長せられたりと雖も、皆官設に係り、私設の濫觴は明治十四年十一月日本鉄道会社の創立にあり、超て十七年六月に阪堺鉄道会社の創立あり、十九年十二月に伊予鉄道会社の創立ありしが、此頃に至りては金融緩漫の極漸く事業熱を喚起し、私設鉄道の計画を為すもの漸く多きを加へしより、従来私設の出願をば可成的許さゞりし政府も遂に民設許可の方針を取り、明治二十年五月勅令第十二号を以て私設鉄道条例を制定し、旅客及荷物運輸営業の目的を以て鉄道を敷設せんとする者は五人以上の発起にて鉄道会社を組織することを許可することゝしたり、両毛・水戸・山陽・甲武・大阪・讃岐・関西・九州の諸鉄道会社は皆此頃より翌二十一年中に創立せられたるものなり、而して翌二十二年に至りては是等の私設鉄道も其線路の一部若くは全部を開業して其延長殆んど三百哩に達し、其他私設鉄道の計画非常に盛にして政府の線路たる東海道鉄道も同年七月一日を以て全通するに至れり
政府は夙に官設鉄道を計画し、明治十六年十二月に至り二千万円の公債を募集して中仙道鉄道の官設を討画し、越て同十九年七月に至り其計画を変更して東海道に鉄道を敷設することゝし、遂に其業を大成するに至りしも、亦私設鉄道条例を制定して私設をも許可することとなり、従て右の如く私設鉄道敷設の業も発達の緒に就きしものなり、然るに政府は明治二十二年東海道鉄道の全通せる頃に至り、俄然官設鉄道払下の方針を決し、華族を始め一般人民の出資に成れる会社に三千八百万円を以て既成の官設鉄道を挙て払下ぐるの廟議一決したるより民間に於て頗る反対の議あり、其議遂に中止となりしも政府は嘗て自ら百五十六万五千七百三十九円(創業より明治二十二年度に至る)の建設費を投じて敷設せる、北海道手宮幌内間及幌内太郁春別間鉄道を十ケ年賦二十四万七千九百五十円にて其年十一月八日北海道炭砿鉄道会社に払下げたり
然るに明治二十二年の冬より翌二十三年に掛け株式の下落甚しく、鉄道会社は勿論其他一般の新設会社は皆株金の払込未済高を払込ましむること能はず、相率ひて倒潰せんとするの状あり、興業社会の困難名状すべからざるに至り、遂に日本銀行をして日本鉄道会社外十四会社の株式を担保として手形割引の道を開かしむることゝなり、漸く一時の危機を経過し、翌二十四年に至りても各社の困難は依然たりしが、此頃より私設鉄道買上の議あり、同年八九月の交に及び去る二十二年に於て官設鉄道払下の廟議を決せし政府は一変して私設鉄道買収の議を断行することゝなり、其法案を第二議会に提出することに決定せしが、民間商工業者の如きは挙て私設鉄道の買上を熱望し、此事にして行はれずんば経済社会の回復は望なしとまで論じ、川田日本銀行総裁
 - 第9巻 p.558 -ページ画像 
は同年十一月廿五日渋沢栄一・安田善次郎・園田孝吉・中上川彦次郎・山中隣之助の諸氏を日本銀行に招き、此問題に関し議会に向て運動すべき旨を勧告し、尋で東京銀行集会所・東京商業会議所等よりも『政府民有の鉄道を買収し其延長貫通を励図すべきの建議』を為し、十二月十四日に至り政府は鉄道公債法案及私設鉄道買収法案を衆議院に提出したり
政府が両法案を提出したるの理由は、鉄道は公共の用に供すべきものにして収益の多からんよりは寧ろ公共の利益を計らざるべからざるものなれば、其建設及管理は国家の事業となさざるべからず、然るに既成の私設鉄道は現に当初の計画を誤まらず敷設の功を竣成して鉄道の面目を具備するの望なきのみならず、今後之を私設に放任するときは其線路を全国に普及し幹支聯絡して鉄道本来の効用を全ふすること能はざるを以て、玆に国有鉄道の方針を定め、現在の私設鉄道を政府に買収して其管理経営を一途に帰せしめ、且つ全国枢要の地に鉄道を普及するの計画を立つべしといふにありて、両法案の要を記すれば、政府は全国枢要の地に鉄道を敷設し各線の連絡を全ふせんとするには延長約五千二百哩の線路なかるべからずとし、内既成官私設鉄道及敷設中の線路合計千六百哩中私設に係る分を挙て買収し、且つ新に自ら三千六百哩を敷設せんとするにありて、其方法左の如くなりき
 一私設鉄道を政府に買収するには其会社の興業費支出額又は株券払込現額を超過せざる価格を以てし、会社の株券前三ケ年間の価格を平均し、興業費又は株券払込現額を超過するが為に右制限の価格を以て買収するを得ざるときは、政府と会社との協議に依り買収価格を定むることゝし、買収の費用に充つる為め五分利付鉄道買収公債五千万円を限りて漸次発行し、買収を約したる会社に其買収代価として額面価格を以て之を交付する事
 一第一期に敷設すべき線路(八王子甲府間、三原馬関間、佐賀佐世保間、福島青森間、敦賀富山間、直江津新発田間)を敷設し、並軍用停車場及其接続支線を設備する費用に充つる為め五分利付鉄道公債三千六百万円を限り明治二十五年度より九ケ年内に漸次募集する事
之に先ちて衆議院議員等より成れる実業協会、国家経済会及東京経済学協会等は全国鉄道拡張に関し各調査攻究する所あり、衆議院議員佐藤里治氏(実業協会)の如きは、明治二十四年二月二十日第一議会に『鉄道方針及拡張方案取調を継続委員に付托するの動議』を提出し、其動議は議決に至らざりしも鉄道拡張に関する議論は頗る盛なりしに拘らず、前記の政府案は議院中に反対論多く、十二月十六日衆議院に於て第一読会を開き両案とも各十八名の特別委員に付托せられしが、委員会は両案とも之を否決し、廿一日の会議に於て買収法案先づ否決せられ尋で廿六日公債法案第一読会の続を開く筈なりしが、之に先ちて廿五日衆議院は解散せられたり
然るに翌二十五年五月第三議会開かるゝや、同月八日政府は再び両法案を衆議院に提出したり、之に先ちて衆議院議員佐藤里治氏は第二議会に鉄道拡張法案を提出せしが今回再び之を提出し、且植木志澄氏外
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二名より鉄道敷設法案の提出あり、河島醇氏外一名より鉄道拡張法案の提出あり、五月十一日政府提出両案の第一読会を開きて委員に附托せらるゝや、右三種の議員提出案も亦同一委員に併せて附托せられたり、而して右三種の法案は孰れも公債の募集に依りて全国枢要の線路を敷設するにありしが、委員会は政府提出の両案を否認したるも、右三種の法案を基礎として予定線路を定め、内第一期線路を選抜し公債を募集して先つ之を起工することゝし、其線路中私設を許可せるものは買収其他相当の処分を為すことゝし、又議会の協賛を経て其線路中私設を許可することを得るものとして一の法案を立て、之を鉄道敷設法案と称して報告し、六月六日衆議院を通過し、翌七日貴族院の議に上りしに、松方総理大臣は
 衆議院の修正案に拠りますれは実際政府の目的は大抵貫徹し得られますから、政府は此修正案に同意を表します
と述べ、買収の方針を一変して右の方案に同意を表し十三日に至りて該案は貴族院を通過し六月二十日法律第四号を以て公布せられたり、是れ即ち現行の鉄道敷設法なり
斯くて鉄道買上の問題も一頓挫を来したるに爾後金融緩漫を極め再び起業熱勃興の兆あり、然るに明治二十七年に至り民間の議論は一変して官設鉄道払下の議起り渋沢栄一・中上川彦次郎・末延道成三氏は一篇の趣意書を公にし、一億円の資本を醵集して一会社を創立し既成官設鉄道を三千六百万円にて払下げんこと発起し、同年六月十六日帝国ホテルに相談会を開き、以上三氏及渡辺洪基・益田孝・原善三郎・今村清之助・荘田平五郎・山本直成・大江卓・阿部泰蔵・奥三郎兵衛の九氏を挙げて委員とせしが、同月より朝鮮事件起り延て日清戦争となり、此企画亦消滅に帰したりき
斯くて日清戦争となり、翌二十八年平和回復し、尋で事業熱勃興の時代となりしが、鉄道払下等の問題起らさりしが、既にして又金融必迫し、事業界困難を感するに至りてや一変して外資を輸入し私設鉄道を買上ぐべしとの議起り、明治三十一年春に至りては金融必迫救済として幾多の方策を講ずるものありしが、自由党財政問題調査委員会に於ては私設鉄道買上の議起り、同年四月二十七日板垣伯は府下の実業家を上野精養軒に招待し、席上一場の演説を為し時の政府が経済界の困難を救済することを勉めずとて之を駁し、進んで
 今日の如く資本欠乏し事業衰頽するに方りては宜しく大英断を以て根本的積極救済法を講せさるべからず、彼の公債買入の如きは実効を収むるに足らざるべく、結局外資を輸入し資本の欠乏を医し、同時に全国の私設鉄道の幹線即ち日本・山陽・九州・甲武四鉄道を買上くるは最も時務に適切なるを信す、願くは来る五月の議会に建議案と為し、一日も早く実行せんことを望む云々
と演説せり、尋で五月二日府下一派の実業家は板垣伯を帝国ホテルに招待し、伯は再び鉄道国有に関する演説を為し、国民協会及相場師の一派は之より挙て鉄道買上を唱道せるのみならず、京都商業会議所の如きは率先して第十二議会に鉄道国有実業振興の議に付請願を為し、東京商業会議所の如き亦五月十四日を以て其意味の決議を為して其筋
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に建議し、又未成鉄道会社重役は各会社をして払込資本までの社債を募集することを許し、之を償還する能はさるときは政府は其鉄道を国有として代て其社債を償還することゝせんことを議会に請願する等種種の運動ありしが、六月十日を以て衆議院は解散せられ従て鉄道国有問題も一頓挫を来せり、尋で憲政党内閣成りても自由党の素論を実行すること能はざりしのみならす、十月十四日の憲政党創立委員会に於ては、此問題は由自進歩両派の孰よりも第十三議会に提出せざることを約するに至り、経済研究会と称する雨宮敬次郎氏等一派の輩が七月中内閣大臣に向て『鉄道国有の国是を定め国家の必要なる鉄道買上の予約を断行せらるべき事』其他の要求を為したるも全く水泡に帰したりしが、尋で憲政党内閣瓦解し山県内閣組織せられ、憲政党(自由党)は之と提携するや、鉄道国有実行を以て其条件とせるの説あり、十二月十日より再び此問題の調査に着手し、二十五日の代議士総会には其建議案を提出して協議に付するに至れり
之に先ちて十二月八日の衆議院予算委員会に於て松方大蔵大臣は委員の質問に対し、此問題は十分の調査を俟て決すべきものなりと述べしが、同月十一日芳川逓信大臣は各鉄道会社の代表者に対して交渉する所あり、各社の意思は知るべからざるも買上直段の如何に依りては敢て之に応せざることなかるべき姿勢を示せり
明治三十一年一月廿九日憲政党評議員会にては
    建議案
 鉄道は国家最要の交通機関にして其経営管理を統一にするが為めには之を国有に帰するを要す、是れ欧洲諸邦定例の示す所なり、依て全国幹線の私設に係るものは之を買収し其予定線の未設に係るものは速に着手完成し、以て鉄道国有の実を挙げざるべからず、玆に本院は政府に於て適当の法案を定め当期議会に提出せられんことを望む、依て建議す
の建議案を議会に提出することに決し、即日代議士総会に付せしに数名の反対論者ありしも多数を以て之を可決し、爾後各派と交渉を重ぬる所ありしが二月七日に至り憲政党と国民協会との協議漸く纏まりて星亨・佐々友房・長谷場純孝・栗原亮一四氏提出者となり、百十一名の賛成者を具して同日左の建議案を衆議院に提出したり
 鉄道は国家最要の交通機関にして其経営管理を統一するか為には之を国有に帰するを要す、是れ欧洲諸邦実例の示す所なり、依て全国幹線の私設に係る者は時機を図り之を買収し、其予定線の未設に係るものは着手完成し、以て鉄道国有の実を挙くるの道を講ぜざるべからず、玆に本院は政府に於て適当の法案を定め議会に提出せられんことを望む、依て建議す
今之を前に掲げし建議案と対照するに『時機を図り』の文字を加へ『速に』の文字を削り『国有の実を挙げざるべからず』とありしを『国有の実を挙ぐるの道を講ぜざるべからず』と改め『当期議会』とありしを単に『議会』と為す等頗る文意を曖昧にせるものあるを見る
此建議案は二月九日衆議院を通過したるも、政府は之を採用して買収法案を提出すべきや否や、政府其法案を提出して議会之を可決し遂に
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法律となりて実行さるゝに至るべきや否や (二月九日記)


東京経済雑誌 第三九巻第九六四号・第一九九頁〔明治三二年二月四日〕 ○憲政党の鉄道国有建議(DK090058k-0008)
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東京経済雑誌 第三九巻第九六四号・第一九九頁〔明治三二年二月四日〕
    ○憲政党の鉄道国有建議
憲政党本部にては去廿九日午前十時より評議員会を開き、鉄道国有建議案提出に付議事を開きしが、種々の議論あり、結局多数を以て建議案提出の事を可決し、引続き同十一時より代議士総会を開き、出席者七十余名にて、松田正久氏を座長とし、星亨氏より評議員会決議の結果を報告し議事を開しに、征矢野半弥・草刈武八郎・堀家虎造等諸氏の反対論ありしも、結局大多数を以て該建議案を党議として提出することを可決したり、而して衆議員《(院)》に提出すべき鉄道国有の議案は左の如し
    建議案○略ス
    理由
 鉄道国有の国是を定め、其目的を達するに必要なる計画を立て、案を具へて帝国議会の協賛を経べきは、今日の最大急務なり、是本建議を提出する所以なり


東京経済雑誌 第三九巻第九六六号・第三一三―三一四頁〔明治三二年二月一八日〕 ○各鉄道会社の内意(DK090058k-0009)
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東京経済雑誌 第三九巻第九六六号・第三一三―三一四頁〔明治三二年二月一八日〕
    ○各鉄道会社の内意
骨抜との悪評を受けながらも兎も角も鉄道国有建議案は通過したり、今各会社の之に対する意向如何と見るに、朝日新聞の報ずる所に由れば、日本鉄道会社にては従来重役中二派に分れ居り、曾我社長の一派は絶対に買上反対意見を有するに拘らず、商人派とも称すべき一派は価格次第にては随分相談に応ぜざることもなかるべしとの意見なるが去る九日重役会議を開きたる所、同社の最大株主たる十五銀行も商人派と同一のことにて、結局利益配当二十五倍の価格なれば之に応ずることに内定し、猶十五日を以て千株以上の大株主に相談したる筈なり又甲武鉄道は重役連は相当価格なれば買上に応ずべき意見に一致し居るも、不日総会を開くべければ其際更めて株主協議会を開き、一般株主の意向を問ふべく、炭砿鉄道会社に於ても別項総会の後秘密会を開き、先づ何分の決定は当分重役に任することに一決したりと云ふ


東京経済雑誌 第三九巻第九六八号・第四一六―四一七頁〔明治三二年三月四日〕 ○鉄道国有調査委員の任命(DK090058k-0010)
第9巻 p.561-563 ページ画像

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