デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2022.3.15

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

2章 交通
2節 鉄道
29款 鉄道国有問題
■綱文

第9巻 p.630-649(DK090061k) ページ画像

明治41年6月4日(1908年)

是ヨリ先、栄一被買収私設鉄道諸会社側ヨリノ請ヲ受ケ、買収価格ノ協定並ニ鉄道公債価格維持ニ関シ、豊川良平・原六郎・園田孝吉・早川千吉郎等ト共ニ斡旋尽力スルトコロアリシガ、是日首相侯爵西園寺公望ト会見シ、右ニ関スル政府ノ方針ヲ質ス。七月十四日内閣更迭シ、交渉少時中止ス。


■資料

渋沢栄一 日記 明治四一年(DK090061k-0001)
第9巻 p.630 ページ画像

渋沢栄一日記 明治四一年
五月九日 曇 暖
○上略食○午食後仙石・牛場・山田・井上・田中ノ諸氏来リ、各鉄道会社ニ交付セラルヽ公債価格維持ニ関シ種々ノ依頼アリ○下略
五月二十日 晴 暖
○上略午後一時半駿河台ニ西園寺総理大臣ヲ訪ヒ要務ヲ談シ○下略
五月二十三日 曇 暖
○上略午前九時西園寺首相ヲ官邸ニ訪ヒ、堀田逓相・松田蔵相ト同シク鉄道公債ノコトヲ談ス、園田・早川・原三氏会同ス○下略
六月一日 曇 暖
○上略午前九時麻布井上侯ヲ訪ヒ、豊川・早川・園田・原氏等ト鉄道公債ノコトニ関シ種々ノ談話ヲ為ス○下略
六月三日 晴 暖
○上略十二時銀行倶楽部ニ抵リテ午飧○中略園田・豊川・早川・原六郎氏等ト鉄道公債ニ関スル処分法ヲ議ス、畢テ総理大臣ヲ官舎ニ訪ヒ○下略
六月四日 晴 暖
○上略三時西園寺総理大臣邸ニ抵リ、鉄道公債価格維持ノコトニ付種々ノ協議ヲ為ス、松田大蔵大臣・仲小次逓信次官《(仲小路)》・塚田局長列席ス、園田・豊川・早川・原六郎四氏同行、午後五時過退散○下略
六月十日 曇 暑
○上略六時偕楽会ニ抵リテ夜飧シ、九時兜町ニ帰リ、更ニ西園寺総理邸ニ抵リ夜会ニ出席ス○下略


日本鉄道株式会社解散始末 下・第二七一―二七三丁(DK090061k-0002)
第9巻 p.630-632 ページ画像

日本鉄道株式会社解散始末 下・第二七一―二七三丁
                   (山田英太郎氏所蔵)
    第十八章 被買収鉄道会社ノ研究会
被買収鉄道会社カ其買収価価《(格)》ニ関シ政府ト協定スルニ当リテヤ各社何
 - 第9巻 p.631 -ページ画像 
レモ特殊ノ事情ヲ有シ、利害ノ関聯スル所元ヨリ其軌ヲ同フセスト雖モ、各社共通ノ案件モ亦鮮少ナラサルヲ以テ、是等ニ関シ相互ノ意見ヲ闘ハシ研鑚ヲ重ヌルカ為メ、総武・甲武及日鉄ノ三社発起ト為リ、十七会社聯合ノ研究会ヲ開設セント欲シ檄ヲ各社ニ伝ヘ、四十年六月十日其第一回ヲ本社清算事務所内ニ開ク○中略
当時政府ニ於テハ所得税問題ト未開業線問題ハ会社側ノ主張ヲ容ルヽ事トナリタルモ其他ハ一切拒絶セラルヽ有様ナルヲ以テ、之ニ処スル方針ト併セテ鉄道公債ノ価格維持問題ヲ講究スルカ為メ、十一月十三日第四回ヲ上野精養軒ニ開ク、出席者ハ北海道・岩越・北越・甲武・総武・阪鶴及本社ノ代表者ニシテ、凝議ノ末右等ノ問題ニ関シテハ渋沢男ヲ煩ハシテ井上侯爵ニ依頼シ、其力ヲ仮ルコトニ決シ、之ヲ男爵ニ謀リタルニ、其意見ニ依リ更ニ豊川良平・原六郎・園田孝吉・早川千吉郎ノ諸氏ヲ加ヘ、諸氏ヨリ買収価格協定及公債価格維持ノ案件ヲ井上侯爵ニ懇嘱シタルニ、侯ハ之ヲ快諾セラレタルモ、尚直接総理大臣ニ申入ル可シトノ注意アリタリ、此間十二月九日ヲ以テ第五回研究会(出席者、北海道・岩越・甲武・総武・房総・京都・阪鶴及本社代表者)ヲ上野精養軒ニ、同月十一日其続会ヲ本社清算事務所内ニ開キ事件ノ推移ニ従ヒ部署ヲ定メテ各種ノ方面ニ運動セリ、而シテ渋沢男爵ハ十二月三十一日ヲ以テ西園寺首相ト会見シ、備ニ買収価額協定及公債価格維持問題ニ就テ具申スル所アリタリ○下略
   ○渋沢栄一日記明治四十年ニヨレバ、六月十日ニハ関係記事ナク、十一月十三日ニモナシ。但シ翌十四日ニ「午前十時半兜町事務所ニ抵リ東京人造肥料会社重役会ヲ開キ要件ヲ議決ス、日本鉄道会社久米・山田二氏来話ス」トアリ、十二月九日、同十一日ハ日記ニ関係記事ヲ欠キ、マタ「十二月三十一日ヲ以テ西園寺首相ト会見」ト右文中ニアレド、栄一ノ日記ニハ之ニ関スル記事全クナシ。

    第十九章 鉄道公債価格維持問題
明治三十九年二月、政府ガ鉄道国有法案ヲ議会ニ提出シタル当時ニアリテハ戦勝ノ結果、会社勃興、株式沸騰ノ時代ニシテ、諸公債ノ価格亦何レモ高位ニアリ、帝国五分利公債ノ如キモ九十七円ノ時価ヲ有セシヲ以テ、政府カ鉄道買収ニ関スル諸計算ヲ為スニ当リ、鉄道公債ノ時価ヲ九十円ト仮定シ、慢然夫以下ノ低落ヲ予想セサリシカ如シ、然ルニ幾クモナク諸株式ハ急湍直下ノ勢ヲ以テ激落シ、鉄道公債ハ未タ一枚モ発行セラレサルニ諸公債ハ同年内ニ於テ既ニ九十円ニ下落シ、四十年ニ入リテハ之ヲ破リテ八十円台ト為リ、四十一年ニ至リテハ低落ノ勢益々凄クシテ、遂ニ七十八九円ニ暴落スルノ惨状ヲ呈セリ、而シテ鉄道国有法に拠レハ、貯蔵物品及借入金ハ公債時価ヲ以テ買収価額ヨリ控除サルヽモノニシテ、被買収会社ハ買収価額決定ノ上ニ非常ノ損失ヲ蒙ルノミナラス、鉄道公債ノ配分ヲ受クルニ当リ、各株主ノ不利タル殆ント予測スヘカラサルモノアルナリ
惟フニ我国ノ公債ハ日露戦役ノ後一時ニ激増シテ二十三億トナリ、其売物ハ昆々トシテ常ニ市場ニ横溢スルニ当リ、更ニ五億ノ鉄道公債ヲ発行スルニ至ラハ公債ノ下落ハ一層激甚ナラントハ、被買収会社ノ斉
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シク憂慮スル所ナリ、第四回・第五回及第六回研究会ノ如キハ首トシテ公債価格維持問題ヲ考究スルカ為メ開催セシモノニシテ、結局各社ヘ聯合シテ左ノ二条ヲ政府ニ要請スルノ決議ヲ為シタリ
 一 鉄道公債ノ価格九十円以下ニ低落スル場合ニハ政府ヲシテ之ヲ買上ケシムル事
 一 鉄道公債ニ左ノ通リ裏書ヲ為サシムル事
  甲 鉄道公債ハ鉄道益金ヲ担保ト為ス事
  乙 鉄道公債ノ元利ハ金貨ヲ以テ支払フ事
此決議ノ貫徹ヲ期スル為ニ先ツ渋沢栄一・豊川良平・原六郎・園田孝吉・早川千吉郎氏等ノ銀行家ニ謀リ、諸氏ヨリ井上侯爵ニ各社ノ希望ヲ申入レテ一臂ノ力ヲ仮ランコトヲ請ヒ、又渋沢男爵ハ四十年臘末ヲ以テ特ニ西園寺首相ヲ訪問シ、右要領ノ趣旨ニ就テ詳細具申スル所アリタリ
四十一年五月八日、第七回研究会ヲ帝国鉄道協会ニ開クニ当リ、各社ハ仙石貢・山田英太郎・牛場卓蔵・田中源太郎・井上角五郎ノ五氏ヲ公債問題ノ委員ニ選挙シ、委員ヨリ銀行家ニ交渉ノ結果、渋沢栄一・園田孝吉・豊川良平・早川千吉郎・原六郎ノ諸氏ニ西園寺首相及井上侯爵ヲ訪問シテ公債価格維持ニ関スル各社ノ要請ト併セテ公債償還資金増加ノ件ヲ具陳シ、六月三日銀行家諸氏ハ銀行集会所ニ会合シテ将来ノ方針ヲ協議スル所アリタリ、当時政府ハ鉄道会計独立ノ方案調査中ニ属シ、会社側ノ要請ニ係ル公債裏書等ハ容易ニ採納ノ状ナカリシモ、全然鉄道会計ヲ独立セシムル事ト国債償還金ヲ増加セシムル事トハ政府ニ何等カノ考案アルモノヽ如クナリキ、六月十一日第九回研究会ヲ本社清算事務所ニ開クヤ、仙石氏ヨリ多少此間ノ機微ヲ報告シタリ○中略七月十四日西園寺内閣総辞職ノ為メ政府トノ交渉ハ一時中止ノ姿トナレリ


銀行通信録 第四六巻第二七三号・第四六頁〔明治四一年七月一五日〕 ○鉄道公債価格維持問題(DK090061k-0003)
第9巻 p.632 ページ画像

銀行通信録 第四六巻第二七三号・第四六頁〔明治四一年七月一五日〕
    ○鉄道公債価格維持問題
鉄道公債価格維持に関する渋沢男爵以下実業家の陳情運動は六月四日西園寺総理大臣との会見にて一段落を告げたり、而して政府の意向は実業家陳情の趣旨は十分に之を諒し鉄道独立会計案に付調査を進むることゝなりしも、鉄道側に於て尚具体的名案あらば之を示されたしとのことなりしを以て買収鉄道会社の委員たる青山・久米・山田(日鉄)、牛場(山陽)、仙石(九州)、田中・西村(京都)、阪本(北海道)、久須美(北越)、雨宮(甲武)の諸氏は六月十日及十二日の両回集合協議の末結局(一)鉄道公債に生産的裏書を為す事(二)鉄道純益を以て年々公債償却に充つる事の二件を具体的成案として実行を期することに決したり


銀行通信録 第四六巻第二七七号・第六六四頁〔明治四一年一一月一五日〕 ○鉄道公債価格維持問題落着(DK090061k-0004)
第9巻 p.632-633 ページ画像

銀行通信録 第四六巻第二七七号・第六六四頁〔明治四一年一一月一五日〕
    ○鉄道公債価格維持問題落着
買収鉄道会社の清算人は昨年来鉄道公債価格維持の方法として渋沢栄一・豊川良平・園田孝吉・早川千吉郎・原六郎の五氏に托し、同公債に金貨払の裏書を為すこと、及鉄道収益を以て同公債の担保と為すこ
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と等を当局者に交渉中なりしが(第四十五巻二四六頁及八五二頁参照)桂総理大臣は十月五日前記五名を官邸に招集し、本問題に対する政府の意向を内示する所あり、其要領は鉄道公債も他の一般公債と均しく同一政府の発行したる公債にして、之に対し裏書其他特別の取扱を為すは決して穏当の処置と云ふべからず、尤も鉄道公債の価格維持に就ては政府に於ても曩に財政整理案を発表し、毎年五千万円を下らざる限度に於て公債を償還することとしたれば、鉄道公債も之に伴ふて必然其価格を維持し得べく、次に代償公債は成るべく急速に交付することゝし、第一回は明年三四月頃を以て之を交付し、爾後凡そ三回位に分ちて之を交付する考なりと云ふに在りしを以て、渋沢男爵等は十月二十一日清算人の一部を銀行倶楽部に招集して右の次第を伝達する所あり、其結果清算人は同二十六日日本鉄道清算事務所に集会の上本問題に付種々協議を重ね、多少議論ありしも結局当局者の言明に信頼し此際何等の意見をも提議せざる方然るべしと協議一決し、玆に鉄道公債価格維持の問題は愈々落着を告ぐることゝなれり


東京日日新聞 第一一二八二号〔明治四一年五月一六日〕 鉄道公債の維持(DK090061k-0005)
第9巻 p.633 ページ画像

東京日日新聞 第一一二八二号〔明治四一年五月一六日〕
    鉄道公債の維持
公債の激増せる結果として一般の公債は近来大に低落し、之が為めに買収鉄道会社が受くべき公債も同様に低落すべきは免れ難き所なれば鉄道会社の株主に取りては仮令買収価格の予定より増加すべしとするも、公債の低落より生ずる損失甚だしきものあり、左れば渋沢栄一・早川千吉郎・園田孝吉・豊川良平・原六郎の諸氏は買収会社の依頼を受けて種々其の防止方法に就て研究する所あり、政府当局者も多少之を顧慮せざるにあらざるも、当時は未だ各会社の買収価格決定せざる時なりしを以て、先づ買収価格の決定を政府に迫り、公債維持の方法は其の後に研究するも遅からずとの事にて、爾来其儘に打過き居りしが、最近に至りては鉄道会社の重なるものは殆が価格決定せるを以て更に維持方法に就き研究することゝし、去十三日帝国ホテルに於て前記委員諸氏会合して協議する所ありしも、当日は唯だ其維持方に就て政府当局に交渉するに止めて散会したる由、而して其の維持方法に関しては或は鉄道公債に裏書を為すべしとの説もあれど、政府当局に於ては同じ政府の公債に裏書の区別を為すは疑問なりとて反対の意を洩せる事もあり、又右委員諸氏の中にも賛成を表せざるものありて遽かに決し難き問題なれば、結局裏書以外何等か適当の方法を講じて其の維持を図るべしと云ふ


東京日日新聞 第一一三〇二号〔明治四一年六月五日〕 鉄道公債問題(銀行家再度の首相訪問)(DK090061k-0006)
第9巻 p.633-634 ページ画像

東京日日新聞 第一一三〇二号〔明治四一年六月五日〕
    鉄道公債問題(銀行家再度の首相訪問)
渋沢・豊川・園田・早川及び原の五氏は鉄道公債問題に関し一昨三日銀行集会所に於ける協議の結果、昨四日午後三時より再び西園寺首相を永田町の官邸に訪ひ、価格維持に関する政府の方針を糺したるに、首相は鉄道公債に就ては政府に於ても決して等閑に附し居る訳にあらず、常に研究を怠らざる所なれば之に関して諸氏より腹蔵なく意見を
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吐露せられたるは洵に忝けなき次第にして、諸氏の意見は友人として聴取し置くべく、又政府に於ても種々研究して適当の方法を講ずべきも、今日に於ては未だ如何にして其価格を維持すべきかは決定し居らず、従つて玆に其方法を言明する能はざるも、努めて諸氏の意に適ふべき処置に出でたき考なりとの意を述べたる迄にて、之が実行に関する政府の方針に就ては別に語らざりしと、尚ほ当日は松田蔵相・仲小路逓信次官・塚田国債整理局長も列席したり
    鉄道公債と井上侯
鉄道公債の価格維持に関し渋沢・園田・早川・豊川及び原の諸氏は鉄道清算人の依頼を受けて西園寺並に井上侯を訪問して事情を具陳する所あり、更に昨四日右代表委員が維持策に関する最後の言明を得んが為めに再び西園寺首相を訪問したる由は別項記載の如し、而して鉄道公債の価格維持に関し井上侯の右代表委員に語れる所を聞くに、鉄道公債の価格を相当の程度に維持せんとするは無理ならぬ事なれども、而かも、他の公債を差し置きて独り鉄道公債のみ高位に維持するは事実に於て頗る困難なり、鉄道公債を維持するの策を講ぜざるべからず而して一般の公債を維持せんが為めには新公債の発行を禁ずると共に既発公債の償還を為さるべからず、又公債の償還を為さんが為めには過大の事業を中止し、若くは不急の事業を繰延べ、以て償還の財源を求めざるべからず、是に於て是非とも財政の根本的改革を行ふの必要ありとの意を縷々説明し、右代表委員よりも此の意味に於て政府当局に交渉すべきを促したりと云ふ


東京日日新聞 第一一三〇八号〔明治四一年六月一一日〕 鉄道清算人協議会(DK090061k-0007)
第9巻 p.634-635 ページ画像

東京日日新聞 第一一三〇八号〔明治四一年六月一一日〕
    鉄道清算人協議会
既報の如く十七被買収鉄道清算人の代償公債に関する協議会は昨十日午前十時より日本鉄道清算事務所に開会せられ、日鉄・山陽・九州・北海道・甲武・関西・京都・北越の八会社代表者出席し、先づ九鉄の仙石貢氏より例の五銀行家に依頼して鉄道公債市価低落の防止策を政府当局者に交渉せしめし顛末を大要左の如く報告したり
 渋沢・豊川・早川・園田・原の五大銀行家諸氏は屡々当局者を訪問して、鉄道公債は買収の当時に比し非常に低落したるを以て、政府に於ては其市価維持に就て充分の方法を講ぜられたしと要請せしに政府当局者等は右の申出に対しては同情せるも、今日の所別段適当なる考案を有せず、唯鉄道特別会計のことに就ては調査会を設け、研究せしむることゝなり居るにより其の中に於て公債のことも勿論協議する筈なるも未だ定まれる定案なきを以て、鉄道会社側に於ても市価維持に関し、具体的の希望を取纏めて参考に示されたし云々と答へたりと
夫れより右の具体的方法に就き種々協議せしが、議論百出して、曰く金貨支払の裏書を得ること、曰く償還期限を短縮して三ケ年後には償却せしむること、曰く価格の低落せし割合丈けの公債を余分に交附せしむること、曰く鉄道公債に限り年々二千万円宛を買上償却せしむること、曰く一般の公債を整理せしむること等殆んど枚挙するに遑なか
 - 第9巻 p.635 -ページ画像 
りしが、要するに是れ等の方法は何れも一方に偏するか否らざれば鉄道業者の立場を顧みざるものとして全部採用せざることに決し、最後に(甲)鉄道に生産的裏書をなさしむること、即ち書面に鉄道国有公債と書し、裏面に鉄道の哩数、収支計算、鉄道会計の純益を以て元利を償却すること、据置年限を二十五ケ年とし、其の以後は無期限に買上償還をなすこと、外国人にして同公債を所有するものは、横浜正金銀行より其の元利金を受取り得ること等を記載せしむること(乙)買収鉄道の純益金を以つて年々若干額を償還することの二案は講究するの価値あるにより、更に明十二日午前十時より同所に協議会を開き、愈々之を決定することゝなりて午後三時散会せりと云ふ、因に上記甲案は巴奈馬鉄道公債に施せる者を採用したる者なりと


中外商業新報 第七九七〇号〔明治四一年六月二日〕 鉄道公債問題(銀行家の井上侯訪問)(DK090061k-0008)
第9巻 p.635 ページ画像

中外商業新報 第七九七〇号〔明治四一年六月二日〕
    鉄道公債問題
       (銀行家の井上侯訪問)
国有に帰したる鉄道会社に交付する公債を速に下付し、且其価格維持に関し相当の方策を講ぜられんことを各鉄道会社清算人より重なる銀行家に交渉ありし結果、曩に各銀行家は西園寺首相を訪問し、種々具陳する所ありしが、更に渋沢男・園田孝吉・豊川良平・早川千吉郎・原六郎の諸氏は一日午前九時より井上侯を内田山の邸に訪問し、右に関する希望を開陳し、尚侯の所見を聴取する所ありし由、銀行家の希望としては此際公債を速下するも価格維持の方策にして充分講せらるれは市価の低落を来すことなかるべく、今後年々更に二千万円内外の償還資金を既定の政費中より節約し繰入るゝとせば毫も憂ふることなかるべしとの所見をも述べしやに聞く、尚右銀行家は来三日鉄道会社清算人を銀行集会所に招き是等会見の結果を報告する筈なりと云ふ


中外商業新報 第七九七二号〔明治四一年六月四日〕 鉄道公債協議(銀行家の会合)(DK090061k-0009)
第9巻 p.635 ページ画像

中外商業新報 第七九七二号〔明治四一年六月四日〕
    鉄道公債協議
       (銀行家の会合)
買収鉄道の公債問題に付き各鉄道清算人の依頼を受けたる重なる銀行家諸氏は既報の如く西園寺首相及井上侯を訪問し、意見の交換を為したる結果、三日正午銀行倶楽部に渋沢男・園田・豊川・早川・原の諸氏集会、更に今後の交渉方に付き協議を重ねたり、鉄道会社側の希望せる裏書を為すこと、時価九十円以下になる時は九十円にて政府に買上ぐること等は到底実行を望み難き問題なるも、鉄道会計を全然独立せしめ、且国債償還金を増加せしむることは政府にも考案ある如くなれば、結局之が成行を聴取し、銀行側の希望を更に具陳する為め更に西園寺首相を訪問するに決し、之が交渉方を渋沢男に依頼し、同男は直に首相を訪問したり


中外商業新報 第七九七三号〔明治四一年六月五日〕 銀行家首相訪問(鉄道公債に関し)(DK090061k-0010)
第9巻 p.635-636 ページ画像

中外商業新報 第七九七三号〔明治四一年六月五日〕
    銀行家首相訪問
       (鉄道公債に関し)
 - 第9巻 p.636 -ページ画像 
鉄道の買収公債問題に関し渋沢男・園田・豊川・早川・原の各銀行家諸氏は既報の如く三日正午銀行倶楽部に会合し種々協議する所ありしが、其結果四日午後三時より前記諸氏は永田町の首相官邸に西園寺総理を訪問し、首相及松田蔵相列席の上にて面談する所あり、大蔵省より塚田国債整理局長も列し、鉄道買収公債の下付及価格維持に関し希望を陳述し、且政府の考案を聴取したりと


中外商業新報 第七九七四号〔明治四一年六月六日〕 公債問題交渉結果(銀行家首相訪問の)(DK090061k-0011)
第9巻 p.636 ページ画像

中外商業新報 第七九七四号〔明治四一年六月六日〕
    公債問題交渉結果
       (銀行家首相訪問の)
買収鉄道公債下付及価格維持に関し、渋沢男・園田・豊川・早川・原の大銀行家が四日午後四時再度の首相訪問を為したるは既報の如くなるが、尚其結果を聞くに、銀行家は彼の裏書を為すこと、時価九十円以下なるときは九十円にて買上ぐる等の交渉は到底不可能なれば、之が実行を促さずして、専ら鉄道の会計を全然独立せしめ、其収支勘定を明かにし、其収益を以て買収公債の元利を償却するの方法を採り、国債償還金の増加を計る計画を立てられんことを希望し、鉄道を営業的に経営されんことを述べ、之に対し首相は、目下政府に於ても鉄道会計独立案の調査を進行せしめつゝあれば(別項参照)他日相当の解決を見るに至るべしとの意を述べ、尚列席の仲小路逓信次官・塚田国債局長等より鉄道経済に関する意見を陳述し、更に意見の交換を為したりと云ふ、尚公債の速下に付ては右銀行家諸氏全体の希望としては之を迫らざりし由にて、要するに鉄道会計案確立し、公債市価の上騰を確保せらるゝにあらずんば単に公債のみを速下するも却つて財界に悪果を貽すべきを以て、公債市価維持の確立と相俟つて可成速に下付されんことを望むの趣意なりしと云ふ


中外商業新報 第八〇九一号〔明治四一年一〇月一六日〕 鉄道清算人会(DK090061k-0012)
第9巻 p.636 ページ画像

中外商業新報 第八〇九一号〔明治四一年一〇月一六日〕
    鉄道清算人会
鉄道清算人会は十五日午前十時日本鉄道清算事務所に開会、日鉄の青山・久米・山田、炭砿の井上、甲武の雨宮、山陽の牛場、京都の西村、総武の志賀、阪鶴の田、七尾の中村、北海道の荒井、北越の久須其他二三《(美脱)》の諸氏会合し、七月会合以来鉄道公債価格維持問題に関する経過に付調査委員長山田氏の報告あり、次て過日渋沢男其他銀行家の桂首相と会見したる結果に付きて未だ清算人に向て正式の報告なきも、新聞紙上に伝ふるは事実なるべきを以て、之に対する鉄道家側の態度に就き評議を凝したるに、清算人中一、二首相と銀行家会見の結果を喜ぶ向なきに非ざるも、多数は之に満足せざる模様にて議一決するに至らず、依て近々首相と会見の当事者たる片岡・仙石両氏の帰京を俟ち更に再議を開くことに決し、午後二時半散会す


中外商業新報 第八〇九七号〔明治四一年一〇月二二日〕 銀行鉄道家会見(DK090061k-0013)
第9巻 p.636-637 ページ画像

中外商業新報 第八〇九七号〔明治四一年一〇月二二日〕
    銀行鉄道家会見
廿一日午前銀行集会所に渋沢男・豊川・早川・園田・原諸氏の銀行家
 - 第9巻 p.637 -ページ画像 
は鉄道清算人委員牛場・仙石・山田・井上・田中諸氏相会し、銀行家側より先般桂首相と会見の際鉄道公債償還年限、公債交付会社等鉄道公債価格維持方法に付き談合せる結果(既報)を発表したるが、清算人側にありて先づ委員会を開き、其意見を一定したる上再び銀行家と会合を重ぬべきことゝせりと


中外商業新報 第八一〇三号〔明治四一年一〇月二八日〕 鉄道清算人会 鉄債問題一段落(DK090061k-0014)
第9巻 p.637 ページ画像

中外商業新報 第八一〇三号〔明治四一年一〇月二八日〕
    鉄道清算人会
       鉄債問題一段落
被買収鉄道清算人仙石(九州)片岡(関西)久須美(北越)阪本(北海)中村(七尾)志賀(総武)前田(岩越)井上代理某(炭砿)雨宮・三浦(甲武)田中(京都)山田・久米・青山(日鉄)の諸氏廿六日日鉄清算事務所に会合し、鉄道公債価格下落予防問題に関し過般渋沢男・豊川・園田・早川・原氏等の銀行家が桂首相に会見したる顛末に付き協議を重ね、議論多少沸騰せしも結局、既に桂総理は鉄道公債を九十円以下に下落せしめざるの成算ありとの旨を呉々も確言し、加之我内外債を二十七ケ年目には悉く償却し尽すの案さへあるに於ては、現在の事体時宜に鑑み清算人等運動の目的は一応達せられたるものとし、之迄に助力を与へたる右銀行家等の労を多とし、深く其厚意を感謝することゝし、爰に鉄道公債価格維持問題に関する運動は一段落を告たりと


東京経済雑誌 第五七巻第一四三六号・第七一七―七一九頁〔明治四一年四月二五日〕 鉄道公債の交付に就て(日本鉄道株式会社専務 清算人山田英太郎君談)(DK090061k-0015)
第9巻 p.637-639 ページ画像

東京経済雑誌 第五七巻第一四三六号・第七一七―七一九頁〔明治四一年四月二五日〕
    鉄道公債の交付に就て(日本鉄道株式会社専務 清算人山田英太郎君談)
近来世間に政府は速に買収鉄道に対する代償公債を交付すべしとの議論を為す者尠からざるが如し、余輩も亦成べく其速かならんことを希望するに於て敢て人後に落ちずと雖も、去ればとて総ての利害問題を犠牲にしてまでも偏に其交付の早からんことをのみ要求すべきや否やは篤と考へざるべからず、例せば彼の公債裏書問題其他の公債低落防止案の如きは、被買収鉄道会社株主に重大なる関係を有する者なるに之が精細なる調査と最善策との研究を為すこと無くして単に公債交付の速ならんことのみを望むは果して適当の方法なりや否や、故に余輩は勿論其の交付の速ならんことを望むに拘はらず、此等一切の問題を藐視して一概に其交付の速なることを望むこと能はず、惟ふに会社既に鉄道其者の有躰動産を引渡したる以上は、其代償たる公債の交付の速ならんことを望むは、株主一般の至情ならんなれども、今日世間にて公債の速付を云々する者は、寧ろ株主中の極めて少数なる一部若くは融通を主とする一部の人々なるが如し、蓋し株主が公債の速付を希望するは云ふ迄もなしと雖も、さればとて買収価格にして既に其概算を公定せられ、若しくは本式の決定を見たる以上は、毎半期に国有法第十三条の明文に依り、通貨を以て公債利子に相当する金額を交付せらるゝを以て、株主の収入としては公債を所有すると毫も異なる所なし、只元本たる公債を融通せんとする場合に、株券を以て之に代用せんとするは聊か不便利の憾みを存するなれども、之れとても真に不自由を感ずるは株主中の最も小部分に止まるべし、現に日鉄会社の株主
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に見るも、其融通を希望する者は、総株数百三十二万株の内、幾分の幾と云ふ小数に過ぎざるべし、されば沈着なる多数の株主は将来交付せらるべき公債の裏書問題の如き、最も具体的にして利害関係の切実なる問題に関し、十分着実にして緻密なる調査と方案とを講明し、其最善の方法を実現すべく努力するを最も適良なる眼前の手段とするや言ふ迄もなく、且又株主は公債交付の時機として、将た経済上財政上塩梅の余地として兼て国有法が用意し置きたる五年以内に於て、最も適当なる時機を択て、当局者が適宜に之を塩梅するを寧ろ便利として倚頼する所あるなるべし
又融通上の立場より見て、公債の交付せらるゝ迄鉄道株券の融通力を強めて、之に公債同様の融通力を有せしむるに就ては自ら研究の余地なしとせざるべし、随ひて融通上の一途より公債の速付を欲する者の希望を充すこと強ち難事に非さるべく思惟せらるゝなり、其方法としては先づ各社の清算状況を明示して、公債交付の暁に於ける一株当りの数を確定し、其筋と妥協し、以て担保見返の価格と其手続とを公債と同等均一ならしむるにあり、即ち世間在来の実際を見るに何れの会社の株主も買収価格一旦定まれば、先づ一株当り公債が若干なりやといふを明知して聊か安心するが如き状況なれれ《(衍)》ども、抑々此一株当り幾何なるかの数字は頗る精細の査覈を要することにして、太だ面倒なる事柄なるが故に概称して一株当り若干と其価格を定め居れりと雖も会社が国有法上政府に承継せられざる負債を有する場合にありては、公債交付の暁に於て該負債を償却するに足るべき公債を売却して其債務を弁済せざるべからず、是れ一株当り公債の割合を動かす一因也、而して毫末も負債を存せざる会社にありては、比較的一株当り公債額の算出を信頼し得べしと雖も、政府交付の公債は五十円券を最少額とし、一株当り五十円に充たざる端金に相当する公債を売却して通貨に換へ、以て株主に交付せざるべからず、而して此公債を売却するには時価より生ずる差損を見ること勿論なりとすれば、此損失は公債の全部に負担せしめて、之を交付総額の中より控除せざるべからず、是れ一株当り公債の割合を動かすべき第二因なり、会社にして若し政府交付の公債以外に、国有法上政府に引渡さゞりし剰余財産の残留する者ありとすれば、公債交付額以上更に其残留財産を以て前記公債売却より生ずる差損の塡補に充つるか、若しくは株数に割賦するか、何れにも其間の乗除を的確にせざるべからず、是れ一株当り公債の割合を動かす第三因なり、之に加ふるに、会社にして若し買収価格の清算以外一般清算の上に於て訴訟其他の権利義務関係を存する者ありとすれば其関係を明確に断了して以て其公債交付額に於る関係を明にせざるべからず、是れ一株当り公債の割合を動すべき第四因なり
其他種々複雑の関係を存するならんが、凡そ是等の関係を精細に吟味して公債交付額の一株当り割合額を確保する道を求むること遺《(遣)》り方次第にて敢て難事に非ざるべし、現に我が日鉄会社の如きは国有法上政府に承継せられて公債交附額より控除せらるべき負債及び国有法上政府に承継せられざる負債は一厘一毛も之あることなし、却て他日公債交附の暁に於て前記一株当り五十円未満の端金を製造するが為め公債
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を売却するより生ずる差損金を塡補するに於て十二分の現金、別に会社の資本勘定として残存しあるを以て、過般決定せられたる公債総額により算出したる一株当り、旧百二十二円四拾四銭、新八十五円七十一銭の数字は、仮令公債交付期の遅延して数年の後に至るとも亦一厘一毛の差違を生ずることなき確固不動の数なりとせば、今日株式を公債と同様に見做して、其担保見返の方法と価格とを公債同様に取扱ふは、最も其当を得たる者なるべし


東京経済雑誌 第五七巻第一四四二号・第九六七―九六九頁〔明治四一年六月六日〕 鉄道公債価格維持策に就て(DK090061k-0016)
第9巻 p.639-641 ページ画像

東京経済雑誌 第五七巻第一四四二号・第九六七―九六九頁〔明治四一年六月六日〕
    鉄道公債価格維持策に就て
政府が曩に鉄道国有法案を提出したる当時に於ては、公債相場は九十六七円の間にあり、且当局者が軽卒にも鉄道買収公債は九十円以下に低落することなしと明言せるに拘らず、其の後公債は暴落し今日は八十円内外の相場を見るに至りたるが故に、鉄道株主が其の財産の一大損失として憂慮するは敢て怪むに足らざることにして、財政を整理し公債価格の騰貴を謀るの急務たるは余輩も亦常に之を論じて止まざる所なり、然れども徒らに姑息の策に依りて公債価格の騰貴を謀らんとするは、実際に其の好結果を期し難きのみならず、反て大なる弊害を生ぜざるを得ざるなり、故に余輩は独り鉄道買収公債のみに着眼して全体の公債を度外に置くの策は之を排斥せざるを得ざるなり
聞く所に依れば、鉄道株主の代表者は、鉄道買収公債価格維持の方案を立て、重もなる銀行家を介して政府に交渉し、目下頻に政府の回答を俟ちつゝありと云ふ、而して其の方案如何と云ふに、(第一)鉄道公債の相場が九十円以下に低落するときは政府に於て之を買上ぐること(第二)鉄道公債には特に金貨払の裏書を為すこと、(第三)鉄道会計を独立せしめ鉄道公債元利償還の責任を明にすること、(第四)鉄道公債を速に交付することの四箇条にあるが如し、然れども第一乃至第三の方案は何れも其の実行極めて困難なるものにして、余輩は政府が決して之に同意せざるべきを信ずるなり、蓋し政府が時機に投じ公債の買入償還を行ふは固より不可なしと雖も、独り鉄道公債に限りて九十円の価格を保証せんとするが如きは、該公債のみを偏重し全体の公債を偏軽するものにして、政府は内外一般の債主に対する信義上決して行ひ得べき所にあらず、且九十円の価格を維持すと云ふは政府が一部鉄道の現金買収を行ふに異ならずして、今日の財政は之を許さゞるや明なり、又第二の方案は公債元利英貨払の裏書を為すの趣意なるべく之を実行せば多少鉄道公債に対する外人の需要を増加すべしと雖も、之れが為めに自ら我が在外公債の相場に不利なる影響なきを得ざるべし、且金貨資金を海外に備ふるの必要を生ずることにして、今日の場合殊に之を困難とせざるべからず、抑々内債に英貨払の裏書を為し、之をして国際的証券たらしむるは、内外資金の共通を便利にする一手段にして、固より研究の価値ある問題なりと雖も、内債輸出の増加は勿論対外債務の増加なるが故に、今日容易に之を実行する能はざるべし、而して鉄道株主の嘱託を受けたる銀行家に於ても以上の二方案は今日に実行すべからずと為し、最も力を第三の方案に注きつゝあるが
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如し
鉄道会計独立の問題に関しては、前期議会に於て衆議院が建議案を可決したる以来、政府に於て其の得失を調査しつゝありと云へば、結局如何なる名案を見るやも知るべからずと雖も、事務の取扱上及び鉄道員の使用上に関して特例を設くるが如きを外にしては、仮令ひ会計を独立せしむるとも大に今日と異なるの結果を見ること難かるべし、而して衆議院の建議案に於ては鉄道の収益を利子として公債を募集し以て鉄道建設改良の資金を得るを目的としたりと雖も、今日の鉄道収益より鉄道の資本に対する利子を控除し、其の残額を利子として公債を募集するものとせば、募集し得る公債の甚だ少額に止まるは余輩か当時論したるが如し、故に鉄道が資金に窮するは反て今よりも一層甚しからざるを得ず、而し将来収益の大に増加するに至れば、募集し得る公債も亦増加すと雖も、此の事たるや現制の儘にても同様に然るを得るなり、又鉄道の経済を独立せしむる他の目的は、鉄道収益を公債元利仕払の担保と為し以て公債価格を騰貴せしむるにあり、而して鉄道株主の希望は専ら玆に存するが如しと雖も、元来公債価格の高低は財政の強弱に基くものにして、苟も信用の鞏固なる政府ならんには、表向特別の担保を指定するは、名義上恥辱たると共に事実上公債の価格に格別の影響あるものにあらず、鉄道公債は事実上鉄道収益を以て其の元利を償還するものにして、公然担保を指定すると否とは左まで公債価格を上下するものにあらず、然るに我か政府の信用は担保を指定するに非ざれば債主の安心を買ふ能はざるまでに衰頽し、政府も亦其の事実を認めて内債たる鉄道公債に対して担保を指定するありとせんか、万一にも政府の信用此の状態にありとせは、是れ実に我が国の一大事にして、鉄道公債は担保の指定に依り纔に其の価格を維持するあるも、担保なき他の公債は俄然崩落せざるを得ざるなり、今日我が内外の公債は非常に増加したりと雖も、我が政府の信用は決して斯の如き悲境に陥れるものにあらず、故に余輩は政府が断じて担保を指定するの愚挙に出でざるを信ずるなり、且国有鉄道の経営は勿論政府事業なれば、一般財政と鉄道経済とを全然分離して相関係せざらしむるは最も困難なり、鉄道庁が独立独行して毫も政府の検束を受けず、又鉄道経済が如何なる状態にあるも政府か全く棄てゝ顧みざるか如きは到底行はるべからざる所なれば、仮令ひ鉄道経済をして名義上独立せしむるも、事実上に於ては矢張り今日に似たるの成績を示すなるべし
抑々我が公債の甚しく下落したるは、需要供給の理之を然らしめたるものにして、其の供給が俄に需要に超過したるが為めなり、今日内外の債主は敢て我が政府の元利償還力を危むにあらずと雖も、公債の供給増加せば担保の有無に関せず下落せざるを得ざるなり、又極めて重大なる公債不人気の原因は我が財政の前途に関して不安を抱くにあり而して最も此の不安を生ぜしむる者は軍備の過大なる膨脹にあり、欧米の新聞に頻々掲載せらるゝ夫の日米開戦説の如きは余輩より之を見れば唯一笑に付すべきものなりと雖も、是れ欧米人の胸中に鬱結せる疑惑の発現に外ならざるべし、外人は我が軍備過大の膨脹を見て公債の更に益々増加すべきを信じ、将来の戦争を想像しては終に我が政府
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の元利償還力を危むに至るなきを保せず、故に今日最も急務とする所は財政の前途に関する内外の不安を一掃するにあり、之を一掃するは断然歳計に一大節約を加ふるにあり、然らずんば幾千万言を費やして弁解するとも容易に不安を除去する能はざるべし、而して着々公債の償還を実行せば公債は全体に於て騰貴し財政の面目を一新すること至難と為すに足らざるなり、余輩は公債価格の騰貴を謀らんとせば必ず此の根本的手段に出でざるべからざるを信ずるなり、彼の鉄道株主中には内々鉄道国有を歓迎したるもの多かりしが故に、今日公債の暴落に遭ふは自ら招ぐ所なしとせず、而して之か為めに最も迷惑を蒙りたるは他の一般債主にあり、然るに一般債主の利害を顧みずして一に鉄道公債のみを騰貴せしめんとするは、実に不当の甚しきものなり
第四の方案即ち鉄道公債を速に交付することは鉄道国有の当然の結果にして、鉄道株式は今日既に株式にあらざれば、之を存すべき何等の理由なし、故に政府にして鉄道国有を遂行する以上は速に鉄道公債を交付せざるべからざるなり


東京経済雑誌 第五七巻第一四四三号・第一〇四五頁〔明治四一年六月一三日〕 ○国有鉄道公債問題と銀行家(DK090061k-0017)
第9巻 p.641 ページ画像

東京経済雑誌 第五七巻第一四四三号・第一〇四五頁〔明治四一年六月一三日〕
    ○国有鉄道公債問題と銀行家
国有鉄道問題に関し、銀行家総代渋沢・園田・早川・豊川・原等の諸氏は、過般来再三当局者を訪問して意見を陳述したることなるが、本月四日又々総理大臣官邸に於て、西園寺首相・松田蔵相並に仲小路逓信次官・塚田国債整理局長等と会見を遂げ、其結果当初提出したる数ケ条の要求事項の中実行に困雑《(難)》なる金貨払の裏書、九十円以下公債差額の賠償、株主へ交付する端数現金に相当する公債買上等の如きは之を撤回し、単に公債の交付を速かならしむること、及び其価格を維持すること、国有鉄道を特別会計に付し其益金を以て公債の元利を消却すること、現在の鉄道経営法を改良し民業の如く成る可く収益を多からしむるに努むること等に就き希望を述べ、政府側にても是等の諸点に就ては相当調査すべき旨を答へたりと


東京経済雑誌 第五七巻第一四四四号・第一〇八七頁〔明治四一年六月二〇日〕 ○鉄道公債価格維持問題(DK090061k-0018)
第9巻 p.641 ページ画像

東京経済雑誌 第五七巻第一四四四号・第一〇八七頁〔明治四一年六月二〇日〕
    ○鉄道公債価格維持問題
被買収鉄道会社委員たる山田・牛場・仙石・西村・雨宮・久須美・阪本・片岡の八氏は鉄道公債価格維持問題に関し、去る十日日本鉄道清算事務所に会議を開き、仙石氏より、渋沢男を始め豊川・早川、其他の銀行家が本問題に関する運動の経過を報告し、協議の末目下鉄道特別会計に関し調査会も開かれ居ることなれば、此際具躰的の案を立て政府に提出することに決して散会し、越て十二日再び会合の上公債の裏書案及び被買収鉄道の純益金を以て漸次公債の償還をなさしむるの二案に就き詳密なる調査をなすことに決し、山田・仙石・牛場・片岡の四氏を調査委員に選定し、尚委員外に適当なる人を聘し、数月に亘りて充分調査をなすことに一決して散会したり


竜門雑誌 第二三六号・第二八―三〇頁〔明治四一年一月二五日〕 財政経済談(青淵先生)(DK090061k-0019)
第9巻 p.641-642 ページ画像

竜門雑誌 第二三六号・第二八―三〇頁〔明治四一年一月二五日〕
 - 第9巻 p.642 -ページ画像 
  財政経済談(青淵先生)
○上略
    国債の応募と国民実力
且つ政治家軍人のお方々が国民の力の観察に就て、我々が三十七、八、九と引続いて国庫債券の募集に対して、其応募を重ね重ねして来た事を以て、直ちに我国民の力が増したものと観察せらるゝならば、是れは見当違ひで、成程我々さへも驚く位で、六七億の額を五六回に募集したものに着々応じて、特に昨年の春の戦後の始末の募債に就ては、今の西園寺内閣も余程苦心された様で、猶其上に鉄道国有を短かい時間に断行して、五億の公債を出されると云ふ事になつた。
既に外国に十億の公債があり、内債に六七億あり、前後二十三四億の公債のある上に更に五億も鉄道公債を発行するとすれば、勢ひ公債が下る、然るに是れを下げては、海外の関係もある事だからと云ふので最終の公債は、何んでも九十五円で引受ける事となつた。
    第一が二十三四万の損失
我々も実は買ふ観念がしなかつたが、此所では海外の公債を下げてはならぬと云ふので、第一銀行だけでも、三百六十万位応じて二百万円が当つたのであるが、第一銀行一行だけで二十三四万の損失を引受けた訳である、敢て愚痴を云ふ訳ぢやないが、我々が海外の公債の価値を持続せしむるには此所でぐずぐずしてはならないと思つたからで、鉄道国有の如きも、切に我々は其買収をお止め申したけれど、我々の声が低かつた為に貫徹しなかつたは遺憾である。
○中略
    鉄道の国有と政府万能
夫れに鉄道国有の如きは、一歩誤ると政府万能主義に陥り易い、製鉄でも羅紗でも塩でも煙草でも、悉く政府事業や政府専売になつて、税が重く何分民業では立ち往かぬとなれば、皆官業に移して仕舞へば国民の余す所幾何ぞと云はなければならん、今日はさうでない、夫れは唯極端の杞憂に過ぎないが、此先の財政計画如何に依つて、公債は下る欧米の恐惶は続く、銀は下つて支那貿易は悪るいとなれば、此次ぎに来る経済界が憂へられるのです。


竜門雑誌 第二三八号・第七―九頁〔明治四一年三月二五日〕 我経済界の大勢を論じて当局者の猛省を促す(青淵先生)(DK090061k-0020)
第9巻 p.642-644 ページ画像

竜門雑誌 第二三八号・第七―九頁〔明治四一年三月二五日〕
  我経済界の大勢を論じて当局者の猛省を促す(青淵先生)
○上略
 明治三十九年の歳出入予算案の発表せらるゝに際して、余は当局者に向つて呉々も注意を促した。不生産的の事業は出来るだけ節約して生産的事業に専ら力を注ぐ方針を取る様にと注意した。けれども当時未だ戦時同様の有様であり、且つ新内閣成立匆々の際であるから前内閣の予算のまゝを受け継ぐより仕方がないが、その中に十分熟計して新たに戦後の経営を立つるつもりと云ふ返答であつた。余もそれは止むを得ない訳であらうと思つて暫らく当局の人の経営のまゝに任かせて置いた。所が此際に持ち出されたのが鉄道国有案である、余は之れに対しては何うしても黙つて居ることが出ない、極力それに向つて不
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賛成を称へた。
余が鉄道国有に反対したる理由を簡単に述ぶれば、勿論鉄道の統一は必要であらう、外国にもそれに依つて非常なる便利を得て居る例は幾らもある。けれども、日本の現状より之れを考ふれば、未だその時機ではない。第一は鉄道の発達上よりしても、国有として政府が一切の事を遣るよりも民業として之れを民間に任せて置いた方が好結果を得ることが速いのである、年々の歳入を計つて其の中より資本を注入して行く様では到底迅速に十分の発達を見ることは出来ない。民間に任かせて置けば競争も起るし、発明も起る、当然日々に改善して行くから何うしても迅速に発達する訳である。若し統一の必要を認むるならば、政府は特に其制度を立てゝ当業者に注意せしむる様にして宜しいではないか。且つ又之れを国有とした暁には、この経営を商売的に考へずに軍事的に扱はるゝ恐れがある。若しさう云ふことにでもなれば実業発達上大なる沮害である。現に斯様なる一例があつた、秋田県下に鉄道布設せんとする時に、軍人側の人々は能代線を通らずして、人家も極めて尠くない処の仁別線に出やうとした。そこで余は之れに反対した、若し鉄道を布設するに単に軍事上の為めにするのであつて、民間の実業の事は念頭に置かないと云ふ考へならば、何故余の如き商売人をこの相談会に呼んだかと迄云つて争つた。此の時は投票の結果僅かの差を以て余の意見が通つた訳であつたが、要するに鉄道を国有にすることは商売上には増々縁遠くなる傾きがあるから何うしても之れに反対せざるを得ない。然るに一昨年此案が提出せられんとするや政府の側でも飽くまで之れを経済上の立場より論じて居る。決して軍事的精神でなく経済的精神より云つて国有は必要である、民間の実業を発達せしめ、生産力を増し、富を進むる上より云つて各鉄道が個々に別離して居ては不都合であるとの議論を主張して居る。余は此議論が果して実行し得らるゝや否やを疑つたけれども、それよりも一層危険を感じたのは、今日は何うしても時機が宜しくない。今此処で之れを国有して公債を募る様のことを為たならば、戦後の経済は益々乱脈になつて仕舞ふ。そこで成るべく之れを止めさし度いとの考へより、先づ井上侯爵に会つて銀行者仲間の考案及び自分の意見を縷々と述べた、井上侯も自分等の意見は十分諒得せられたけれども、之れは既に元老会議で定まつた訳であるから自分より再び之れを説くことは出来ない、故に君等より直接に総理大臣及大蔵大臣に話したが宜しいであらうと云ふことであつたから、余は更に総理大臣を訪ふて之れを説いた。けれども総理大臣は、此国有問題は今度新内閣を組織するに就ての大条件と為つて居る位で、是非之れは遂行しなくてはならぬとの意見を縷述せられて、何うしても折り合ひは附かぬ。その時我々では丁度第六回の国庫債券二億の金を募らなくてはならぬ場合であつたから此上に鉄道の公債を募ると云ふ見込は到底立たない。そこでは、然らば止むを得ない、政府は政府でお遣りなされ、実業家は実業家で遣つて行きますとまで言ひ切つた。けれども、それでは到底国家は立ち行かぬ訳であるから、今尚ほ戦時中と同様の覚悟で双方割りの善き様に募集することを尽力して呉れよとの相談であるから、然らば此上は公
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債を大に注意してその募集の方法を極めて緩和に遣つて貰ひ度きこと及び経済上不生産的の事業は十分節減して生産的の事業を進める様に四十年度の財政予算には最も注意して貰ひ度きことを云つて分れた。


竜門雑誌 第二三九号・第八―九頁〔明治四一年四月二五日〕 ○国債償還と市場(青淵先生)(DK090061k-0021)
第9巻 p.644-645 ページ画像

竜門雑誌 第二三九号・第八―九頁〔明治四一年四月二五日〕
    ○国債償還と市場(青淵先生)
   左の一篇は青淵先生が東京二六新聞記者の懇請に応し談話せられたる所にして三月廿八日の同紙上に掲載されしものなり
国債償還説の一度び世に発表せらるゝや、金融緩和せらるべしとの噂忽ち高まり、株式市場は一時近来になき好況を呈したれど、さて其償還に就いて冷静に考察し来る時は、折角の希望も大方は空頼に止まりて左迄の効果なきを覚ると同時に、其償還方法も極めて少額宛にして市内各銀行は最も確かなる有価証券を担保としてだに依然貸出を渋りつゝあるが為め、株式市場は玆に又不振の旧態に陥りたるが如く見受けらる。思ふに是等は皆所謂気迷ひの徒が国債償還の声に驚喜して直に金融の緩慢を見るべしと早合点せる結果にして、現在の如く緊縮せる金融界に当つて僅かに一億万円位の融通を得たればとて到底根抵《(柢)》より救済さるべき筈は無なり、殊に其償還額も一億万円の全部にあらざるは最初より明瞭の事にて、総額九千六百余万中、各地に分散せるもの若くは外人の手に渡れるもの、乃至は一公債が単に他公債と借替らるゝに過ぎざるものなど頗る少なからずして、従つて中央市場に散ぜらるゝ金額は案外少額に過ぎざること今更言ふを竢たざるべし。世間の伝ふる所に依れば、事実上外人の手に帰せるもの約二千万円、又帝室其他に同じく約二千万円、即ち約四割強は民間経済とは全く関係なく、残りの五千六百余万中にも借換の分多くして、実際市場を霑ほす金額は二三割を超えざるべしといふ。(尤も精確の事は知り難けれど……)されば此少額を償還せられたりとて直に一般金融の緩和を見るべしと予想するは大に誤れり。蓋し現今の金融界は外部より瞥見せるよりも尚一層惨憺たる境遇に陥りつゝありて容易に恢復せらるべくもあらず。たゞ少額と雖も償還せざるには勝れるを以て大蔵当局が之を決心せるは固より歓迎すべき事たるや勿論なり。
尚一般人気の著しく激奮せる今日に於て、彼の南清「ボイコツト」運動の喧伝せられたる為め紡績株の如きは軽からざる影響を受けたるやに聞けど、是亦余りに神経過敏に過ぎたり。仮りに此「ボイコツト」が実行せらるべしとするも、开は到底長く継続すべき筈なきは言ふまでもなきのみならず、暫時にして彼れ自ら其不便を感じ来り直に其連盟は破らるゝに至るべし。コハ深く憂ふに足らず、然るに、国債償還に故なく湧き立てる人気は南清「ボイコツト」に又故なく畏怖の念を起せるなど決して健全なる状態といふべからず。
要するに現今の金融が真の恢復期に到達するには尚稍々多くの時日を要すべくして即ち近き未来に実現すべしとは予期し難きを覚ゆ。兎角誇大の報道に過まられ、或は自ら作れる幻影に驚き、諸事神経過敏に流るゝは殊に慎むべき事なるべし。
 又本月八日の「やまと」新聞は先生の談話を掲げて曰く
 - 第9巻 p.645 -ページ画像 
政府の償還方法は御上手とでも評する外なく、吾々の鰻会にて決定せし希望は徐々に償還せられたしと曰ふにありて、高歩の借替発行の如きは更に思考だもせざりし処なり、当局者が吾々の説を甘諾せられたるときに於て、実は其償還方法は今回の如くすべしとか、或は如何にすべきやとの問題起りしならば、吾々仲間に於て充分策の得たるものを提供し得らる事のなきに非ず、然るに一次に二千万円の割引償還を為し、又借替発行等の方法を取られしは経済界に少なからざる打撃を与ふるもの也、殊に始めは現金を以て全部償還すると言明せられたるに係はらず更に借替発行をも為《(す脱)》が如き始末にては最も然りとす、兎に角償還は現金を以て為し、別に公債を発行せば希望者は之に応じ又買気を催すに至らん、而して市場に一億円の現金を投下したりとて凡て銀行預金又は事業の放資のみに用ゐらるゝに非ず、必ずや公債を所有する者も出づるなり、然るに償還と云ふ体良き名目の下に割引償還借替発行等を為さるゝは政府の措置として決して穏当にあらざるのみならず、目下の経済界の為め誠に悲しまざるべからず。


竜門雑誌 第二四一号・第四―五頁〔明治四一年六月二五日〕 経済談(青淵先生)(DK090061k-0022)
第9巻 p.645 ページ画像

竜門雑誌 第二四一号・第四―五頁〔明治四一年六月二五日〕
  経済談(青淵先生)
    外資と鉄道
近時海外との金融共通意の如くならず、曾て予想したるが如き外資の流入を見す、是れ諸種の原因あるべく、海外に於ける我公債の俄に増加したるを始めとし、戦後我帝国が軍備の拡張を努めし為め、政治的に不快の感を起し、我国への投資を躊躇せしめしこと、米国恐慌に次で欧洲財界不況のため本邦投資の意の如くならざりしこと等重なるものなれど、更に一大原因の存するは
鉄道国有の事 なり、外資の流入を促がさんと欲するも、安全なる保障を与へずんは危険の所に決して投資さるべきものにあらず、之が為めに曩に鉄道抵当法を設け大に其便を開き、漸く効果の現はれんとしたるに、忽ち鉄道の国有となり、遂に之に因る外資の吸収を見ること能はざりしは甚だ遺憾とす、尤も近時日英水力電気会社計画の如き内外人共同事業の設立を見んとし、其他仏国人の如き漸く我事業に着目しつゝありて、縦令俄に効果現はれずとするも他日必ず事実に現はるゝの期あるべく、決して将来を絶望するの要なし、只安全なる投資物の鉄道国有となり外資輸入上に一頓挫を見たるは惜むべし、而して之れのみならず
鉄道国有の処分 は今尚解決されず朝野の大問題となれるが、鉄道は矢張民有とし、相当なる統一方法を採らば決して差支なかりしに、遂に国有となり、今日の如く諸種の物議を醸し、鉄道本然の能力を十分に発揮されざるは失敗と云はるゝも致方なけん、政府は昨今鉄道を特別会計とし其始末を全ふせんとしつゝあるも、果して完全の解決を見るや疑ひなき能はず、又鉄道の如き事業は要するに人の問題にして必ずしも制度のみ完全なるも立派なる成績を挙げ得らるや否や疑問也役所の事業、役人の仕事としては到底完全を期し難く思はる、是れ識者の考慮を煩さんと欲する所以也
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竜門雑誌 第二四二号・第五一頁〔明治四一年七月二五日〕 ○鰻会(DK090061k-0023)
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竜門雑誌 第二四二号・第五一頁〔明治四一年七月二五日〕
○鰻会 本月八日午後六時より三井集会所に於て重なる銀行家の会合たる鰻会を開催せられたるが、当日の出席者は来賓として松方侯・青淵先生・浜口吉右衛門・山川勇木の諸氏、及豊川良平・松尾日銀総裁・木村日銀理事・早川千吉郎・佐々木勇之助・園田孝吉・相馬永胤・佐々木慎思郎・池田謙三・三村君平の各会員にして、晩餐後豊川良平氏の挨拶に次ぎ、松方侯・青淵先生其他数氏の演説あり、了て一同財政経済の問題に関し互に胸襟を開きて談論する所あり、当日各会員其他出席者の意見は頗る多岐に亘りたるも、帰着する処は左の三点にありと云ふ、尚現下の政治問題に付ては何等談及する所なかりしと云ふ
 国債整理 現下経済界の不振は何によりて然るか、米国の恐慌銀価の暴落等は慥に其の一因に相違なきも、コハ副因とも云ふべき者にして、其主因は我財政の徒らに膨大なるにあり、果して不振の因が財政の膨脹圧迫に在りとせば、財政の刷新即ち公債の整理を断行せざるを得ず、而して其方法としては只出来得る丈多額の償還を行ふにあり、現在の減債基金制によれば利子を支払ひて元金の償還を行ふは僅に三千七百余万円に過ぎずして、如何にも少額なれば更に此三千万円乃至四千万円位を減債基金に繰入れ償還額を多くするは財政上決して不可能に非らざるべし
 鉄道の整理 鉄道の経営に関しては特別会計案成り、頻に改良拡張を計画し居れるも、我鉄道は尚幼稚の域を脱せず、設備等に関し不備の点頗る多ければ、今日巨額の公債を募集して拡張を行ふより寧ろ現在の線路を充分に改良する事蓋し刻下の急務ならん
 関税調査 関税の改正は目睫の間に在り、当局に於ては夫れ夫れ調査中なるも、税率の改正は民間当業者に非常の関係を有せる者なれば、単に調査を当局のみに委ねず、民間に於ても進んで調査を遂げ完全なる改正を期するの要あれば、今後充分調査に尽力すべし



〔参考〕鉄道国有問題顛末概略(DK090061k-0024)
第9巻 p.646-649 ページ画像

鉄道国有問題顛末概略
 鉄道国有問題は明治二十三年に始まり、幾多の迂余曲折を経て明治三十九年三月三十一日鉄道国有法の公布に依り漸く解決せり。斯くの如く長年月に亘りて問題紛糾し容易に解決を見ず、幾度か提出せられしは問題の重要性と、その社会的影響の大なるを語るものなり。然れども、其の重要性を論ずるは主旨にあらざれば、左の如く五項に分ちて鉄道国有顛末の概略を示さん。
  一 松方内閣の私設鉄道買収案
 政府は明治五年東京横浜間に鉄道を敷設し、官設主義を採りたりしが、政府の財政は之を許さず、官設鉄道払下、民間経営に委ぬるが如き方針に出でたり。その後明治十四年日本鉄道起り、続いて私設鉄道条例の発布を見るに及んで、漸く我鉄道政策の上に一定の方針の定まれるを見る。即ち官私併行主義之なり。
 此官私併行主義は爾来十年間殆んど渝はる所なかりしが、明治二十
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三年に至りて経済界は恐慌状態を呈し、一般企業熱冷却し株価概ね低落、金融逼迫の危機を現出せり。玆において財界政府共に之を憂慮し経済界救済方法として私設鉄道買収に着目せるが、鉄道国有問題の端初と云ふべし。而して翌二十四年十一月召集の第二帝国議会に私設鉄道買収法案提出せられたり。この議会開会中東京商業会議所は財界の輿論となれる私設鉄道買収の建議請願を貴衆両院に提出せるなり。
 時の松方内閣は此の案に全力を傾注するところありしも、結局衆議院の容るゝところとならず、第二議会の解散は、此提案の否決に因るところ多かりき。
  二 松方内閣再び買収案を議会に提出
 松方内閣は解散後の新議会(第三回、二十五年五月開会)に於て再び前議会解散の理由となりたる諸問題を提げて之に臨みたり。私設鉄道買収法案、鉄道公債法案も亦前議会へ提出せる案の儘新議会に提出せられたり。該二案は衆議院特別委員会に附託審査せられたるに、右委員会は審議の末、結局政府案と議員提出の諸案とを折衷混合して一案を作成し、名付けて鉄道敷設法案となし、之を議長に提出したり。該案は私設鉄道買収法案の趣旨も亦全然之を排斥せずして政府に其余地を与ふるものなれば、政府に於ても強いて之れを否まず、議院も亦此案の必ずしも国有専掌の主義に出でしに非らざるを見て、差したる異議なく、討議三日に亘りたる後、多少の修正を加へて議会之を可決したり。その内容より見れば、政府の趣旨を汲みたる私設鉄道買収案の変形なること瞭らかなり。
  三 自由党の国有案
 鉄道敷設法制定後数ケ年は、概ね此法の定むるところに随ひ、政府は第一期線の工事に着手し、民間に於ては予定線路の敷設許可を得、官私併行主義の昔に還りて、普及を図るに専らなりき。此間国有を唱導し、買上げを希望する者も絶えざりしが、多くは陸軍々人或は投機師間に於ける声なりしかば、表面上は極めて平穏なりき。然るに三十一年六月自由進歩両党の聯合成りて憲政党内閣の成立を見るや、平生国有を唱ふる商賈等は、之に乗じ其目的を達せんと欲し、自由派に対し運動する所ありたり。是より先東京商業会議所は政府に私設鉄道を国有となすの建議請願をなしたり。
 斯くて、内務大臣板垣退助、逓信大臣林有造は登閣毎に其案を懐ろにし、機を見て正式に閣議に上さんと欲したりしも、大隈首相等の抑制に依りて其実現を見ざりき。間もなく憲政党の分裂となりしも、自由党は尚其希望を捨てず、後山県内閣成立して、内閣自由党間に提携を見るに及び、政府は自由党の政綱を容るゝを条件の一となし、特に鉄道国有主義の実行を誓約せるに因り、第二次山県内閣が第十三議会(三十一年十二月開会)に臨むに当り、三十二年一月初旬星亨等四名より国有建議案の提出を見るに至れり。玆に於て国有問題は三度議会の大問題となれり。自由党は曩に提携せる国民協会の意向の変化に多少の齟齬を生じ、交渉の結果妥協を遂げ鉄道国有建議案を提出せるものなるが、提出者の理由とする所は、鉄道は国家最要の交通機関にして其経営管理を統一せざるべからずと云ふに基き、経済上の利害に関
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しては殆んど顧みざるものゝ如くなりき。これ松方内閣の国有論の論拠と大いに異なる所なり。されど、結局無記名投票の採決となり、百二十七票に対する百四十五票の多数を以て此案を可決したり。
 政府は組閣以来の約束に依り、右の建議案を受くるやその履行の第一着手として直ちに鉄道国有調査会なるものを設け、委員を官民の間に選び、以て国有の利害を調査せしめ併せて私設鉄道買収の方法を討議せしめたり。会は数回の集会を累ねたる末、私設鉄道買収案を編成し、三月十五日を以て政府に報告に及びたり。されど会期既に閉会に切迫し、遂に本問題は此議会に於ては充分の解決を見ずして終りぬ。
  四 山県内閣の国有案
 第十四議会に於ても、前議会中政府憲政党(自由党)間及び憲政党内に紛争ありたりしが、両者の関係は依然提携の途をとりたり。而して帝国党(国民協会)も政府を支持したれば概ね重要法案及び予算案は通過するを得たり。されど鉄道国有問題は全く自由党の意の如くならざりき。即ち、政府は財政の事情を顧み、且つ一方憲政党を牽引する好餌として、容易に其提案を延引し曖昧の中に経過したれば、憲政党は其の緩漫なるに耐え兼ね、更に一案を具し、石黒涵一郎等をして議会に提起せしめたり。之れ官私混合鉄道案なり。此建議案は直ちに委員に附托されたるが、鉄道国有に関する法案提出されしかば、審議未了の儘にて委棄せられたり。
 政府の提案は鉄道国有法、私設鉄道買収法の二案にして何れも鉄道国有調査会の成案に多少の修正を加へたるものとす。星亨等必らず当議会に於て此案を通過せしめむと欲し、奔走至らざるなく斡旋に勉めたれど、憲政党内部に於て既に昨年の国有熱冷却し、代議士総会は修正説、否決説紛々たりき。憲政党の内情斯くの如くなるに、帝国党は絶対反対を唱へて歩調整はず、中立議員も概ね反対態度をとりたり。また衆議院の特別委員会の審議遅々として進まず、その間会期は満了して鉄道国有法案又々消滅に帰したり。
  五 西園寺内閣の国有案
 明治三十八年西園寺内閣《(九)》の第二十二回帝国議会に臨むや、突如として鉄道国有法案を提出し、咄嗟の間に之を成立せしめたり。此案の理由とする所は、鉄道は国家自ら経営すべきものにして、従来之れが私設を特許せしは交通政策上権宜の措置たるに外ならず、今や国家経済の一大発展を計るべき時機にして全国鉄道の管理を統一し、之が機能を発揮し、軍事上及び経済上遺憾なきを期するは刻下の急務なり、と云ふに在りて、日露戦役の直後とて鉄道の国家管理、連絡完備を欲し、主として経済上の理由より軍事上の理由なるが、其骨子は右の理由書によりて明かなるのみならず、当時の財政的立場より観察するもかゝる結論を得べし、外相加藤高明は国務大臣の一人として此法案に職を賭して反対せしも、西園寺内閣は外相を喪ふも初志貫徹せんとし、遂に加藤外相の辞表提出により世人は西園寺内閣に於ける鉄道国有論の重大性に吃驚せしなり。加藤外相去りて数日の後、首相は政友会の主なる役員を官邸に招きて、国有案の内容を示し、又時を別にして日銀正副総裁・先生・安田・早川・相馬・園田・豊川・馬越・井上伯等を
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招待して同じく案の内容を示し、その成立を希望して懇談するところあり、斯くて世論国有論を繞つて賛否区々にして喧々囂々たりき。その間に、私設鉄道三十二会社の買収案が議会に提出され、委員会に附托され、無修正にて議場に上せり。政友会及び大同倶楽部の賛成を得て、否とする者百九名に対し可とする者二百四十三名の大多数を以て二読会に移り、政府の予期の如く無事に衆議院を通過せり。
 然るに貴族院に廻附さるゝや、買収期間、鉄道公債交附期の延長及び原案の三十二会社を十七会社と改めたる修正案を衆議院に廻附したり。衆議院之を難なく可決したれば、三月三十日鉄道国有法公布せられたり。かくて永年の鉄道国有論玆に終熄を告げたり。法律公布後、鉄道公債価格の低落を惧れ、政府に対し、銀行家を仲介者として会社側の交渉屡々行はれしが、四十一年十月五日桂首相の鉄道公債交附の言明ありて、全く鉄道国有論は終結を見たり。