デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2022.3.15

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

2章 交通
2節 鉄道
30款 鉄道民有調査会
■綱文

第9巻 p.680-687(DK090063k) ページ画像

明治27年6月16日(1894年)

是ヨリ先、栄一、中上川彦次郎・末延道成等ト共ニ官設鉄道払下ヲ計画シ、是日民間ノ有力者ヲ帝国ホテルニ招キ、其ノ相談会ヲ開キ調査委員ヲ選ブ。栄一其ノ一員ト為ル。爾後屡々会合シ協議セシモ、日清戦争ノ起ルニ及ビ此事熄ム。


■資料

青淵先生六十年史 (再版) 第二巻・第八八九―八九二頁 〔明治三三年六月〕(DK090063k-0001)
第9巻 p.680-681 ページ画像

青淵先生六十年史(再版)第二巻・第八八九―八九二頁〔明治三三年六月〕
 ○第五十九章
    第十七節 鉄道民有調査会
青淵先生ハ鉄道経営ニ付テハ民有論ヲ主持セリ、明治二十七年五六月ノ交、中上川彦次郎・荘田平五郎・末延道成・渡辺洪基・池田謙三等ト、官設鉄道払下ノ目的ヲ以テ、鉄道民有調査会ナルモノヲ組織シテ諸般ノ調査ニ着手セリ、然ルニ偶々日清戦役起ルニ際シ、不得已一時調査ヲ中止セリ
明治三十一年ニ至リ鉄道国有論起リ衆議院ハ左ノ如ク政府ニ建議セリ

  建議(明治三十二年二月九日)
 鉄道ハ国家最要ノ交通機関ニシテ其経営管理ヲ統一スルカ為ニハ之ヲ国有ニ帰スルヲ要ス、是レ欧州諸邦実例ノ示ス所ナリ、依テ全国幹線ノ私設ニ係ルモノハ時機ヲ図リ之ヲ買収シ、其ノ予定線ノ未設ニ係ルモノハ着手完成シ、以テ鉄道国有ノ実ヲ挙クルノ道ヲ講セサルヘカラス、玆ニ本院ハ政府ニ於テ適当ノ法案ヲ定メ、議会ニ提出セラレムコトヲ望ム、依テ建議ス
政府ハ明治三十二年二月勅令第四十三号ヲ以テ鉄道国有調査会ヲ組織シタリ、本史ノ編纂者タル余○阪谷芳郎モ其調査委員ヲ命セラレタリ、此ニ於テ鉄道国有ノ得失ハ一大問題トナレリ
青淵先生ハ深ク鉄道国有ヲ非トセリ其時事新報記者ニ語ル所左ノ如シ
 軍事上ヨリノ立論テ官有ニスルカ宜シイト云フコトニ就テハ、余ハ軍事ニ掛ケテハ全ク素人テアルカラ彼レ此レハ申サナイカ、日本ノ形勢ハ独逸ヤ仏蘭西抔ト違テ居ル、既ニ違テ居ルトスレハ国防上ノ攻守ニモ自カラ違ハナケレハナラヌ、タカラシテ独逸カ官有テアルカラ日本モ其通リニスルカ可イト云フ論ハ立タナイ、併シ軍人トシテハ参謀本部ノ人々モ陸軍省ノ人々モ鉄道ノ官有ヲ主張スルテアラウ、是レハ当リ前ノコトテ、軍人ハ予テノ持論テアルカラ時機サヘアレハ然ウシヤウトノ念慮テ、今度民間ノ人々カヤツヤト云フカラ軍人ハ其レヲ利用シテ年来ノ本願ヲ達シヤウト云フノテスカラ無理ハナイカ、民間ノ人々ト云フ中ニハ真ノ実業家モ幾分カハアルカ知ランカ、大概株屋連中テアルカラ其レ等ノ人々ハ軍人ヲ利用シ又政
 - 第9巻 p.681 -ページ画像 
治家ヲ利用シテ株ノ値ヲ上ケヤウト云フノカ本心テ、外ニ何モナイ株屋連中ハ随分熱心テアラウカ、私ハ官有論ニハ全ク反対テアル、其レタカラ先年吾々ハ官設鉄道ノ払下ヲ願ヒ出タコトテ今日モ同論テアル、其次第ハ日本ノ鉄道ハ幸ヒニ残ラス官設テナカツタ為ニ今日ノ発達ヲ為シ、延長三千二百哩ニモナツタノテアル、若シ万一ニモ私設ヲ許サナカツタナラハ、恐ラク今日其半数即チ千六百哩ニモナラヌテアラウ、而シテ大体ニ於テ斯フ云フコトヲ考ヘネハナラヌ国ノ進歩発達ニ大関係アル運輸交通ノ機関ハ、軍隊ノ輸送ヲ目的トスヘキカ、将タ商工業ノ平時輸送ヲ目的トスヘキカト云フコトテアル、日本ノ地形ハ前ニモ申シタ通リテアルカラ、戦時テモ違ツテ居ル上ニ、目的ハ確カニ旅客貨物ノ運輸ニ在テ、国ノ進歩発達ヲ期スル外ハナイ、然ウテナイトスレハ、東海道ノ線路ヲ廃シ、首府モ甲州ノ山ノ中ヘ移サネハナラヌト云フコトニナラウ、ソンナ馬鹿気タコトカアルモノテスカ、鉄道ノ目的ハ商工業ノ発達ニ在ツテ、昼夜間断ナク之レニ由ルモノテアルカラ、五十年ニ一度カ百年ニ一度カアル軍事ノ為メニ国ノ進歩発達ヲ妨ゲルヤウナコトカアツテハナラヌ、之ヲ妨ケタナラ軍備ノ拡張モ何ニモ出来ハシナイ、妨ケスニ苟クモ発達サスル手段カアレハ、ズンズン便宜ヲ与ヘテ発達スレハ軍備ノ拡張テモ何テモ出来ル、其レカ充分出来ルヤウニナレハ其国力ニ依リテ戦争ハセスニ済ムコトモアラウ、其レヲ官有ニシタラ国ノ進歩カ鈍クテモ戦争ヲセスニ済ムコトカアラウカ、又外資ヲ入レナクテモ済ムコトカアラウカ、却テ急キ外資ヲ入レサセ、其上ニ国ノ進歩カ鈍イ為ニセストモ宜イ戦争マテモセナケレハナラヌコトニナラウ、斯ンナ可笑シナ咄ハナイ、余ハ先年モ同シコトテ、鉄道官有論ニ全ク反対テアル、云々


時事新報 第三九九三号〔明治二七年六月一三日〕 ○官設鉄道払下の相談会(DK090063k-0002)
第9巻 p.681-684 ページ画像

時事新報 第三九九三号〔明治二七年六月一三日〕
    ○官設鉄道払下の相談会
予て民間の有力者中に官設鉄道払下の計画あることは屡々本紙上に記載したるが、其相談も大に歩を進めたる由にて、発起人の渋沢・中上川・末延の三氏は仮りに会主となり、来る十六日午後五時より内山下町の帝国ホテルに於て右払下出願に関する相談会を開くに付き、左の人々に向つて趣意書を添へ、案内状を送りたり
     荘田平五郎  川田小一郎  小幡篤次郎
     園田孝吉   今村清之助  茂木惣兵衛
     益田孝    豊川良平   渡辺治右衛門
     浜口吉右衛門 吉川泰二郎  渡辺洪基
     阿部泰造《(阿部泰蔵)》   池田茂政    益田克徳
     武田正規   三野村利助  池田謙三
     大久保利和  原善三郎   加藤正義
     山中隣之助  小野義真   奥三郎兵衛
     大倉喜八郎  内田耕作   川崎八右衛門
     藤本文策   近藤廉平   原六郎
     山本直成   水原久雄   朝吹英二
 - 第9巻 p.682 -ページ画像 
     安田善次郎  山本達雄   大江卓
     森村市左衛門
    案内状
拝啓仕候、陳ば此程中より拙者共知人寄々に話合ひ、別紙に記載の趣意を以て官有鉄道払下げの事出願致候ては如何哉との考案有之、自然御賛助を得て事の成就に至り候はゞ国家の慶福不過之と奉存候、右に付一応御相談仕度義有之、御繁忙中恐縮之至りに奉存候得共、来る十六日午後五時、内山下町帝国ホテルへ御来車被下候へば仕合之至りに奉存候、右御案内申上度、如此に御座候 草々頓首
  明治二七年六月九日           末延道成
                      中上川彦次郎
                      渋沢栄一
尚以御来会之有無十四日までに三井銀行中上川彦次郎迄御一報奉願候
    官有鉄道払下の趣意書
近年実業の発達は著しき事実にして、随て運輸交通の次第に繁劇を致すも亦自然の勢なり、海運を始めとして郵便・電信・電話等の進歩を見ても大勢の赴く所を知るに足る可し、殊に鉄道会社の如き前年その事業の振はずして不景気を極めたるにも拘らず今日は漸く新面目を開き、意気揚々として旧時の苦しみを忘れたるのみか勢に乗じて新に起業し、又旧線路を延長すれば随て利益を見さるものなく、唯公衆の需に応ずること能はざるを憂ふるのみ、凡そ天下の事は必要に迫られて進歩するの約束に違はず、鉄道諸会社も其営業の次第に繁忙なるに従て次第に執務の法を整理し、改革又大改革、工風又新工風、次第に歩を進めて其活溌なるは殆んど人の耳目を驚かし、前年創業の時には百事政府の筋に依頼して恰も鉄道局を師とし仰ぎたるものが、今や師弟地を替へて出藍の観なきに非ず、畢竟実業社会の発達に刺衝せられて進歩を共にしたるものと云ふ可し、然るに顧みて官有鉄道の情況如何を見れば、国中最上の好地位を占めながら万般の施設頗る不行届にして隔靴の嘆を免かれず、否な其地位のいよいよ好くして乗客荷物の多きが為めに不便を感ずることも亦いよいよ大なるが如し、現に東海道線路の如き公衆の苦情に迫られて本年四月中より少しく改革を施したれども、固より姑息の窮策にして以て人を満足せしむるに足らざるは無論、些々たる変動の為めに却て業務を擾攪して往々不便を増したるの奇観さへなきに非ず、既成線路にして斯の如し、況んや他の未成線に於てをや、其事業の渋滞して遅々たる幾年を期して成功を見る可きや、当局者に於ても自から知らざることならん、左れば官有鉄道に従事する人は無術懶惰にして事に堪へざる者かと云ふに決して然らず、凡そ此事業に明にして学識に富み、又熟練を積みたる人物の多きは殊に鉄道局に限りて他の能く企て及ぶ所に非ず、今日尚ほ鉄道業の師範局として争ふものなきに、然るに実際を見れば事務の不都合なること前記の如くにして公衆の需に応ずるに足らず、天下の好線路を占めて天下熟練の人物を養ひながら遂に之を利用すること能はずとは、是れぞ所謂宝の持腐れにして其不利固より論を俟たずと雖も、一歩を進めて其然る所以の原因を求れば、官業には自から官業の法規を存して之
 - 第9巻 p.683 -ページ画像 
を動かす可らず、商売上の利害損得を見て之に応するが如き変通の手段は到底許されざるが故に、其弊遂に宝を空ふするに至ることにして誠に是非なき次第なりと云ふ可し、例へば従前今日に至るまで官有鉄道に費したる資本金凡三千六百万円にして一年の純益二百七十万と云へば、薄利にあらざれども其収入は挙げて国庫に納めて一銭金の流用を許さず、然るに今公衆の需に応じて、例へば東海道線を改良し、速力を加へ発車の度数を多くし、新橋神戸間の急行を十二三時間にまで進めんとするには、先づ複線を敷き車輛を増し停車場を改築する等その費用凡千五百万円を要し、此千五百万円の支出は政府の独断に任す可らず、必ず議会の協賛を求るの法にして、議会敢て之を拒むの意なきも政界の風雨穏かならずして予算不成立抔の不幸あらば、鉄道費支出案の如きも其風雨の中に捲込まれて自から消滅の不幸を共にせざるを得ず、況して東北・北陸・又は東京市内高架鉄道の如き其新設を見るは程遠きことならん、一年また一年、あれを望み之を待つ、其間に実業社会は昼夜を捨てずして長足に進歩し、運輸交通の不便を感することいよいよますます甚だしきに至る可し、人の罪に非ず、法規の然らしむる所、立憲政争の今日免かる可らざる運命なりとして黙々に附し去る可きや否や、現に鉄道当局者の言を聞くに、東海道線を今のままに差置くときは、日に月に唯乗客荷物の増加するのみにして、今後半年を過ぎ来年にもならば各停車場には荷物の滞積するのみならず、乗客をも拒絶して之を逐放つに忙しきことならんと云ふ、如何に法規の命する所なりとは云へ、其余弊の為めに民業を妨ること此極度に達しては、吾々日本国民の眼を以て之を傍観するの理はある可らず、右の次第に付き吾々に於ては今の官有鉄道を以て人民の望を満足せしむること能はざるものと認め、之を民有に移して自在に運動するの利益を信し、官有の既成線及び其新設の権利をも併せて払下譲与の事を出願せんことを冀望し、広く国中の有志者に出願の発起を勧告するものなり、其趣向は左の如し
   資本概算
                              円
 官線鉄道払下代             三六、〇〇〇、〇〇〇
 東海道複線布設費            一一、〇〇〇、〇〇〇
 東海道車輛増加費             二、五〇〇、〇〇〇
 新橋、横浜等停車場拡張費         一、二〇〇、〇〇〇
 東北鉄道(福島青森間)布設費      二七、〇〇〇、〇〇〇
 北陸鉄道(敦賀富山間)布設費       六、〇〇〇、〇〇〇
 東京市内(新橋上野間)高架鉄道布設費   五、〇〇〇、〇〇〇
 中山道鉄道(八王子名古屋間)布設費   二〇、八〇〇、〇〇〇
  合計(総資本)           一〇〇、〇〇〇、〇〇〇
   収益概算
                              円
 既設官線鉄道益金             二、七〇〇、〇〇〇
 東海道複線其他改良ニ付増益金         六五〇、〇〇〇
 東北鉄道益金(年三分)            五一〇、〇〇〇
 北陸鉄道益金(年四分)            二六〇、〇〇〇
 中山道鉄道益金(年四分)           八八〇、〇〇〇
 - 第9巻 p.684 -ページ画像 
  合計(総収益)             五、〇〇〇、〇〇〇
    資本総額に対し年五分の割
右は大数の大概を記したるものなれども、甚だしき相違はなしとして仮りに此数字に拠りて計算する既成鉄道払下の代金は三千六百万円なれども、其拡張費並に予定の新設費を合すれば凡一億の数に達し、爰に一大会社を起して之を百円株に分てば百万の株数と為る可し、又目下三千六百万円の資本に対して二百七十万円の純益は年七分五厘に当り、新会社設立の上は直に万般の改良に着手することなれば、払下代金の外に尚ほ資金を用意し、仮りに株金の半額五千万円を募集しても二百七十万円の利益あれば五分四厘の配分を見る可し
資本金一億円の大会社を起し、其金を鉄道事業に卸すとありては忽ち其影響を全国の経済に及ぼし、金融界の秩序を紊乱する掛念ありと言ふ者もあらん、然れども此一億の資金は一時急速に仕払の要あるものにあらず、官有既成鉄道の代価として政府に納むべき三千六百万円の外は追々事業の捗取るに従て幾分づゝの募集を為し、数年の久しきに渉りて払込を完了するものなるが故に、敢て全国金融界の秩序を撼揺するの虞なかるべしと信ずるなり、況んや又政府に於て金融界の動揺に対する相当の予防を為し、鉄道払下代金として此会社より受取るべき三千六百万円を以て其未だ受取らざる前に於て又は既に受取りたる後に於て公債証書を償還せんには、三千六百万円を入れて同時に三千六百万円を出し全国の金融上差引一円金の出入もなかるべきに於てをや、金融界の擾乱は如何様にしても防止するを得べし
今回の払下出願は特に何人又何会社等の私の為めにあらず、日本の実業社会全般の利害を代表するものなれば、単に官有を移して民有に帰すれば以て満足す可し、故に発起人は其人の種類を問はず其人員を限らず、兎に角に記名調印出願して果して目的を達したる上にて役員の選挙を行ふ可けれども、事に慣れたる今の鉄道局の人々は大に変更することなきを要す、出願に付取調等多少の費用を要することなれば、発起人たらんものは創業費として一名に付金十円を官有鉄道払下出願事務所に納む可し、出願許可の上は新会社の会計より無利息にて各人に返附す可し 事若し成らざれば諸費を引去り余るものを返す可し
会社の資本一億円とあれば未曾有の大会社なれども、前に云ふ如く真実公共の事業にして其入社に人の誰れ彼れを問はず発起人さへも人員を限らさる程なれば、株主の申込も必ず多かる可きに付ては、人々の徳心に訴へ、自家の実力に叶ふ丈けの株を所有して利益均分の旨を忘れざること最も大切なる可し
官有鉄道払下出願の事務所は仮りに東京――に設けて各地有志者の発起加入の申込を待つ、但し――年――月――日限り以後の申込は無効たる可し


時事新報 第三九九八号〔明治二七年六月一九日〕 ○官設鉄道払下の相談会(DK090063k-0003)
第9巻 p.684-686 ページ画像

時事新報 第三九九八号〔明治二七年六月一九日〕
    ○官設鉄道払下の相談会
予期の如く去る十六日午後六時より帝国ホテルに於て官設鉄道払下に関する相談会を開きたり、予て案内状を受けたる人々の内には旅行若
 - 第9巻 p.685 -ページ画像 
くは差支へ等ありて来会せざりし向も少なからず、即ち当日の出席者は左の如し
          荘田平五郎   小野義真
          藤本文策    奥三郎兵衛
          渡辺洪基    佐羽吉右衛門
          水原久雄    阿部泰蔵
          武田正規    益田孝
          原六郎     山本直成
          今村清之助   益田克徳
          加藤正義    三野村利助
          森村市左衛門  大久保利和
          大江卓     池田謙三
                  山中隣之助
                  浜口吉右衛門
    仮会主      渋沢栄一    中上彦次郎《(中上川彦次郎)》
             末延道成
先づ渋沢栄一氏は一同に向ひ本会を開くに至りたる所以を述べて賛成を求め、且つ来会諸氏の意見を叩きたるに、小野義真氏は此際既設鉄道の払下を後にし、未設鉄道線たる東北・北陸・中山道等の線路を我我同志者が発起の上敷設し、尚此線路に就ては哩数に応じ政府より相当の補給利子を仰ぐべしと述べ、渡辺洪基氏は之に対して補給利子の下付に就ては議会の協賛を求めざるべからざれば、事の成功は甚だ六箇敷のみならず、仮令相当の利子を得るとするも会計上種々の面倒を惹起すが故に、此事たる会社の得策にあらずと陳じ、山本直成氏は又既設未設共に之を一私立会社の手に移す時は果して五朱以上の利益あるや否やは未だ容易に知るべからず、果して五朱以上の利益を得られざるものとせば今日は已むなく五朱に対する補給利子を仰ぐの外なし尤も斯る請願を為す以上は若し五朱以上の利益を見るに至りたる節は其剰余を国庫に納付すべし、兎に角五朱内外を見安として相当の条件を付して以て事を計らざるべからずとの説を提出したるが、大江卓氏は之を駁し其不当なる所以を論じ、且つ斯る事業を起すには夫位の危険は無論覚悟せざるべからずと述べ、遂に小野・山本両氏の説は成立せず、次ぎに荘田平五郎氏は左の如き意見を陳述せり
 官有鉄道の払下は余の最も賛成を表する処なれども、鉄道の発達は競争の起ると起らざるとにあり、現に仏国と英国との鉄道を比較するも両者の間に甚だしき懸隔あり、即ち一は国内の鉄道を二三会社の専有に属せしめたるを以て其発達は実に遅々たるも、一は国内に数多の鉄道会社ありて互に業務上の競争を為すが故に非常なる進歩を為せり、我国に於ける東海道線路の如きは実に重大なる鉄道にして、今之を一私立会社の手に帰するに当りては我々発起人たるものは其間に一点の私意を挿むが如きことなしと雖も、他日一大有力家の之を利用するものあらんか是れ実に国家の為めに憂ふべき事なり此辺に対する考案なくして軽々之を私設に移さんとせば、我々は我我の子孫に対し不親切の処置を為したりとの譏を免れざるべし云々
 - 第9巻 p.686 -ページ画像 
末延道成氏は荘田氏の説に対して左の如く陳弁せり
 我々の官有鉄道払下を乞はんとするは、之を専有し、且つ今後之に対する其競争線を敷設せしめずと云ふにはあらず、現に今日に於ても名古屋・大坂間の鉄道の如きは既に政府の手に於て敷設されたるにも拘はらず関西鉄道も亦之を敷設せんとし、曩に許可の指令を受けたるにあらずや、是れ蓋し必要よりして起ることなれば、東海道線の如きも其名古屋以西と以東たるとを論ぜず、若し其必要の生じたる場合は我々は我々が今日敷設せんとする複線の外に尚ほ幾条の軌道《レール》を見るに至るも我々は敢て之を妨げんとするにあらず、仏国は一国を六区に分ち其区内の鉄道を一会社の専有に帰せしめたるが故に今日の如き有様を見るに至りたるものなれば、双方の間大に其趣を異にせり云々
其他一株の金額を千円とし株主は一万円以上の株券を所有することゝすべしと論ずるものありしが、矢張百円と為し全国より数多の株主を募集し発起人の持株も大抵十万円以上を超過せざる様にすべしとの説を為すもの多く、結局此大計画を為すに就ては諸般の事項を調査するの必要あれば十二名の調査委員を撰挙し其調査を依嘱することに決し同委員には会主たる渋沢・中上川・末延三氏の外に左の諸氏当撰せり
          荘田平五郎  今村清之助
          奥三郎兵衛  大江卓
          原六郎    山本直成
          阿部泰蔵   渡辺洪基
          益田孝
尚ほ此調査委員中より末延・渡辺の二氏を常務委員に挙げ、午後十一時頃散会せり、就ては来る二十五日帝国ホテルに於て同委員会を開く筈なりと云ふ、又事務所は多分同ホテルに設置するならんとの事なり


時事新報 第四〇〇五号〔明治二七年六月二七日〕 ○鉄道民有方法調査委員会(DK090063k-0004)
第9巻 p.686 ページ画像

時事新報 第四〇〇五号〔明治二七年六月二七日〕
○鉄道民有方法調査委員会 官設鉄道払下相談の為め嚮に会合せし節撰ばれたる委員は一昨二十五日午後五時より帝国ホテルに於て集会を催ふせしに、渋沢栄一・中上川彦次郎・末延道成・渡辺洪基・今村清之助・奥三郎兵衛・大江卓・阿部泰造《(阿部泰蔵)》・荘田平五郎の諸氏出席し、過日発表せし趣意書を論題として官有鉄道を民有に移すに就ての種々の方法を審議せしに、固より同趣意書に掲げある払下げ手続は一種の方法なるも、尚ほ此他にも然るべき方法あるべしとて、即ち委員より各種の方法を述べたる其中には公売説もあり、既設鉄道の価格を時価に引き直し(五朱を目安とし)其代りに未成鉄道線に向つては補給を請ふべしと主張するもあり、其他一二の方法を述べたるものありて、結局此等の説を折衷して一案を起し、重ねて委員会を開きて決定することゝし、案の起草を渡辺洪基氏に托することに決し、尚ほ此会を鉄道民有方法調査会と名づくることゝして、午後十一時頃散会せり


時事新報 第四〇一〇号〔明治二七年七月三日〕 ○鉄道民有方法調査委員会(DK090063k-0005)
第9巻 p.686-687 ページ画像

時事新報 第四〇一〇号〔明治二七年七月三日〕
○鉄道民有方法調査委員会 官設鉄道払下に関する同委員会は昨日
 - 第9巻 p.687 -ページ画像 
午後帝国ホテルに於て開会する筈なりしが、委員中に差支へありて次週まで延期したりと云ふ


時事新報 第四〇一八号〔明治二七年七月一二日〕 ○鉄道民有方法調査委員会(DK090063k-0006)
第9巻 p.687 ページ画像

時事新報 第四〇一八号〔明治二七年七月一二日〕
○鉄道民有方法調査委員会 官設鉄道払下方法調査委員は一昨々日午後五時より帝国ホテルに於て集会したるに、出席者は荘田平五郎・中上川彦次郎・原六郎・益田孝・渡辺洪基・末延道成・阿部泰造《(阿部泰蔵)》・大江卓・奥三郎兵衛の九氏にして、予て渡辺氏に依托したる民有方法の調査書即ち既設鉄道の価格を引直し(五朱を目安とし)其代りに未成鉄道線に向て補給を請ふべしとの説、及公売其他二三の方法に就て協議を遂げしが、右の外に新なる方法を説く人もあり、且つ委員会は本会限りとなし、直に発起人総会を開くべしと論ずるものもありしかども結局今一応末延・渡辺・大江の三氏に調査を托し、其他の委員も各自夫々調査の上次回の委員会に於て更に協議することに決して散会せり



〔参考〕中上川彦次郎君 (菊池武徳著) 第六七―六九頁〔明治三六年七月〕(DK090063k-0007)
第9巻 p.687 ページ画像

中上川彦次郎君 (菊池武徳著)第六七―六九頁〔明治三六年七月〕
    山陽鉄道会社社長
○中略
鉄道民有の主義は蓋し君の持説にして、又君の創唱したる所なり、事は明治廿七年君が既に山陽○鉄道を辞し、三井に入りたる後のことなれども、因みて爰に其次第を略述せん、民間の事業家動もすれば金融の繁忙なるに襲はれて民業自立の精神を固持する能はず、鉄道の如きも国有を希望する者こそ多き中に、君の意見は全く之に反して、夙に官設鉄道払下の計画を抱けり、蓋し其趣意は、我国鉄道事業の尚ほ幼稚なりし時代にあつては政府に依頼して便宜を仰ぎ、鉄道庁に出入して指南を受けたることなれども、爾後商工業の発達と共に運輸機関も日進月歩して師弟地を替へ、私設却て官設に勝るの点あるのみならず、将来の発達進歩を想像すれば官府の吏習の陋なるよりも民業の活溌なるに如かざるや疑ふ可らず、加ふるに政府にては歳計予算の関係上より一改良一拡張も帝国議会の協賛を俟たざる可らざるが故に、当局者が心に思ひながらも実地に行ひ得ざること多く、為めに必要欠く可らざる運輸の機関にして商工業の発達に伴はざるの弊を免れず、国利民福の為め一大欠点たるに相違なければ、速に之を民間に売渡す可し、扨その計算は既成線買受代金三千六百万円、複線布設車輛増加及び停車場の改良拡張に充つるな《(た)》め金千四百七拾万円、新に敷設すべき線路費金四千八百五十万円、合計一億円これを一株百円として百万株の大会社を組織するときは一見恰も金融界に一大変動を来たすが如くなれども、政府が其得る所を以て公債を消却するときは公債の持主が株主と変ずるのみ、爾後は必要に随ひ漸次払込をなすとすれば何等の影響ある可らず、而して株主は五朱以上の利子を受く可しと云ふに在り、乃ち渋沢栄一・末延道成等と共に発起人となり、民間の錚々たる有力者金満家に謀りて同意を求め、鉄道民有調査会なる者を設けたりしが日清戦争の事起りて其目的を達するに至らず○下略