デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

  詳細検索へ

公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.2.19

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

3章 商工業
1節 綿業
4款 大日本紡績聯合会
■綱文

第10巻 p.237-328(DK100028k) ページ画像

明治22年7月(1889年)

孟買綿業視察ノ為、是月政府ハ農商務省書記官佐野常樹ヲ印度ニ派遣ス。当聯合会ハ主トシテ栄一ノ斡旋ニ依リ大阪紡績会社副支配人川村利兵衛、三重紡績会社杉村仙之助ノ両人ヲ選ビテ之ニ随行セシム。是年十二月一行帰朝ス。


■資料

大日本紡績聯合会月報 第三四九号・第三〇―三九頁 〔大正一〇年九月〕 ◎本邦紡績業の回顧(渋沢栄一君)(DK100028k-0001)
第10巻 p.237-238 ページ画像

大日本紡績聯合会月報 第三四九号・第三〇―三九頁 〔大正一〇年九月〕
    ◎本邦紡績業の回顧 (渋沢栄一君)
○上略
 - 第10巻 p.238 -ページ画像 
 併し此紡績の高は沢山であるけれども、紡績の原料である綿はどう云ふやうな有様か、是も一ツ御話する価価がある事柄と思ひます、初め日本には河内木綿とか何とか云ふて、其最寄に出来る綿とか、関東で出来る綿とか、三州で出来る綿などを採つて往つて、敢て困難に思はなかつたので、段々沢山に来るやうになつて居ましたが、要するに其産額は洵に僅かの物で、是等に依つては原料は迚も足るものでない、原料は他から採らなければならぬと云ふので、先づ第一に支那に眼を着けて支那の綿が宜からうと云ふことになり、支那に人を出しまして二十年頃であつたか、二十一年であつたか忘れましたが、段々調べて見ると支那の綿は迚もいかぬ、価も高い、詰り綿は印度が宜からうと云ふことになり、玆に印度綿の研究及び紡績の取調をしなければならぬと云ふので、多分二十一年であつたと記憶しますが、何でも井上さんが外務大臣を罷めて、一時大隈さんが外務大臣になられた時であります、其時□《(で)》ありますから多分二十一年と思ひます、どうも皆記憶で御話するのだから時々間違ひがあるかも知れませぬが、其時分佐野常民さんの弟に佐野常樹と云ふ人がありまして、其人がそれは甚だ必要であるからと云ふので外務大臣から特に命ぜられて、紡績の調査、綿の研究の為に印度の方に出張させられた、それから進んで印度の孟買、マドラス等、各所に参りました、砂糖の研究、採金の研究も致して、段々やつて居りました、ジヤバの砂糖の研究は佐野氏の調べて来たのが原因になつて居ると云ふても過言でないのであります、併し砂糖は御話に関係はございませぬが、此紡績に就て大に御話せぬけれはならぬ事が生じた、即ち綿を一万円ばかり買ふて来た、綿は至極宜いから、綿を印度から買はうと言ふことで是から遂に孟買との貿易が開かれた、チヤールス、ハーボアー、バアーナンと云ふ人が孟買から来ましたから、私は早速それらの人と接触して話をしまして、綿を買う取引の約定を締結したのであります
○下略


大日本紡績聯合会紀要 第三七―三八頁 第七款 海外棉業の視察(DK100028k-0002)
第10巻 p.238-239 ページ画像

大日本紡績聯合会紀要 第三七―三八頁
  第七款 海外棉業の視察
    (甲)孟買視察
明治廿一年聯合総会を開くや棉花輸入税免除は首として唱道せられ、全会員双手を挙げて之を賛したりしが之を請願するに及び列国条約の関係等より容易に通過を得ず、而も内地に於て斯業者の強敵たる孟買紡績業の虚実を偵知するの緊要なるを諭され、彼此の長短を参較し我紡績業前途の計を定めんが為め孟買視察員を派遣することとなり、官に在りては農商務書記官佐野常樹氏簡抜せられて其任に当り新に外務書記官として之に赴くこととなり、同業者中に在りては大阪紡績会社副支配人川村利兵衛氏撰まれて之に当り二十二年の春相携へて航に就きたり、此行実に敵地に入るの故を以て目的の成達予め期する能はざりしなり、而して川村氏は上海以南到処よりして報告を発し同業者に海外棉業上の状況を通知し、爾後淹留数月詳細の調査を終へ同年八月帰朝《(マヽ)》せり、佐野氏は又帰朝復命の後其視る処を述べ刷行せり、印度棉
 - 第10巻 p.239 -ページ画像 
業調査復命書是なり、聞く此行三重紡績会社員杉本仙之助氏相従《(杉村仙之助)》ひぬと、自是我紡績業の立脚地は自から鞏ふして前途に就き深く危惧するを要せざるに至りたり
此視察たるや聯合会より派遣したるものにして己人の私旅にあらず、同業者中私人の孟買視察をなしたる者は二十七年の首、泉州紡績会社取締役中橋和之氏が社員真田文吉氏を随へ之に赴きたるを以て嚆矢とす。爾来棉花商の之に赴くもの少なからざると共に領事館の設置あり又聯合会書記の常駐し週時報告するあるを以て紡績業者中復た同地視察の為め特に上途するもの寡し
  ○尚ホ、ボンベイ棉花輸入問題ニ関シテハ、本巻第三九四頁、明治六年五月ノ項参照。
  ○栄一、明治二十七年星ケ岡茶寮研究会集会席ニ於イテ、当時ノ事情ニツキ演説セルコトアリ。ソノ筆記ハ竜門雑誌第八〇―八四号(明治二八年一月―五月)ニ掲載サレ、尋イデ「青淵先生六十年史」第一巻〔明治三三年二月刊〕(第一〇一七頁以下)ニ収録サレタリ。本資料ニ於イテハ、第八巻所収ノ「日本郵船株式会社」明治二十六年十一月七日ノ項(第一五一頁)及ビ明治二十七年三月六日ノ項(第一八五頁)ニ掲グ。同項参照。


川村利兵衛翁小伝 (大谷登編) 第一三―二二頁 〔大正一五年四月〕(DK100028k-0003)
第10巻 p.239-241 ページ画像

川村利兵衛翁小伝 (大谷登編) 第一三―二二頁 〔大正一五年四月〕
    七 印度視察
 此の時政府に於ても亦、大いに注意を印度棉に向けるに至つた。当時、我邦の紡績業は長足の進歩をなし、到底内地産の棉花のみにては其の需要の一端をも充たすことが出来ず、多く支那棉花の輸入によつて、其の大部分を補給してゐたのであるが、もし万一同国棉花の凶作に会しようものならば、我が紡績業は根柢から大打撃を受けなければならぬ有様である。たゞ是を救ふものは印度棉の他にはない。偶々大日本綿糸紡績同業聯合会に於いても同様の憂慮を抱き、政府に稟請してその調査を請うた。そこで政府は翌二十二年七月、外務省書記官佐野常樹氏を印度に派遣して同国の産棉事情を視察させた。翁は以前から印度棉に深き注意を払つてゐた際であるから、是れを機として、進んで玉木永久氏と共に、それに同行することにし、三重紡績会社の杉村仙之助氏も亦行を共にした
 かくて一行は香港・マドラス・孟買・カルカツタ・錫蘭等で仔細に視察し、翁はそれ等の各地から自社及び日本紡績聯合会に宛てゝ其の視察の結果を報告してゐる。其の報告書は凡そ十数回に亘り、その観察の鋭敏で詳密な事は誠に驚くべきものがある
 右の報告に記す所によると、上海では官民合同紡績所二箇所が新に創立せられんとする事から、綿繰会社の様子などを報じ、香港からは孟買棉花製糸の商況と、孟買製糸の神戸直輸入の途が開かれる為めに香港商人の打撃を蒙つたものゝ多いことを述べ、且つ孟買製糸の直輸入の結果は、勢ひ本邦の製糸とも競争を惹起すべきを以て、其の香港経由によつて糸価に転嫁せられてゐた運賃及び諸雑費を精査して報告すべきことを約してゐる。錫蘭ではコロンボに新紡績会社創立の計画あることを知り、其の計画の詳細を報告し、マドラスでは四箇所の紡績工場及び棉花の農作、その集散の事情を調査して報道し、且つ海運
 - 第10巻 p.240 -ページ画像 
の次第に隆盛に赴くにつれて、運賃の低下する為めに印度製糸に圧倒せられて、我が邦の糸価も漸次下落し、前年我邦製糸十六手が百円以上の高価を告げたことがあつたが、今後は全世界に於ける綿糸界に一大変動があるか、或は我国の輸入関税の改正の時期が来るのでなければ、再びかゝる好況を呈することの無いことを述べて、大いに警告しなほもし糸価が昂騰する様な場合があれば、それは我が綿糸業者を利せずして、却て印度の当業者の利益に帰するであらうと論じてゐる。
孟買・カルカツタにても亦諸方の工場を縦覧し、其の設備、職工の待遇等より、製産品の販売、原棉の購入等に至るまで、実に詳細に調査報告してゐる。翁の報告が政府派遣員の調査の結果と相俟つて、我邦同業者に他山の石として非常に有益な教訓を与へたことは誠に尠くない。故に聯合会よりは大阪紡績会社及び翁に感謝状を贈り、なほ翁には特に記念として縮緬地を贈つてゐる。其の感謝状は大阪紡績会社に宛てゝは
 印度棉花実況調査ノ義ニ付、客歳我聯合会ノ決議ヲ以テ、外務大臣ニ稟請シ、佐野書記官ヲ印度地方ニ派遣セラルヽノ時ニ当リ、貴社自費ヲ以テ、貴社員川村利兵衛氏ヲ随伴セシメラレ、彼地棉花ノ実況詳悉調査ヲ了シ、我同業一般ニ利益ヲ与ヘラレタル事尠少ナラズ是レ聯合会員一同ノ深ク貴社ニ謝スルトコロナリ、依テ本年東京ニ開キタル定期会ノ決議ヲ以テ、本会ノ記録ニ特書シ、永ク貴社ノ功蹟ヲ表明シ、謹テ貴社ニ謝辞ヲ呈ス
  明治二十三年六月五日
             大日本綿糸紡績同業聯合会総代
                  尾張紡績会社
                      岡田令高
                  鐘淵紡績会社
                      駒井英太郎
    大阪紡績会社 御中
といひ、また翁にあてたものには
 貴下、客年佐野外務書記官ト共ニ遠ク印度ニ航セラレ彼地ニ於ケル棉業ノ実況詳細御調査ニ相成候段、本会ノ深ク謝スルトコロナリ依テ聊カ縮緬地ヲ贈呈シテ、本会ノ微志ヲ表ス、莞留セラルレバ幸甚
  明治二十三年六月五日
                大日本綿糸紡績同業聯合会
                      岡田令高
    川村利兵衛殿
とある
 斯くの如く、翁の大阪紡績会社及び聯合会へ送つた報告は翁一代の記念として、又其の識見観察を窺ふべきのみならず、又紡績業史の上に於いても、極めて意義ある史料となるべきものであるから、其の報告の全部は不幸にも今存してゐないけれども、蒐集し能ふ限り、これを本書の奥に附載することゝした
    八 印度棉花の輸入
 翁が夙くから印度棉花の有利なる事に着目し、其の調査の為め西貢
 - 第10巻 p.241 -ページ画像 
に赴いたことは前記の如くであるが、今次の印度に於ける調査報合にも、屡々其の事に言及し、即ち印度棉花は、内地品及び上海品に比較し、外見劣悪であつて、素人黒人共に百斤に付き三五円方下等品と見做すこと必定なれども、工場に於いて実際に消費する時には、屑棉少く、印度にては機械の運転我が邦に於けるよりも烈しいけれども、一向に糸切れのない事を実験し、又実棉は国産品より形小さく、外見宜しくないが、実際は毛筋細く、粘力強い事を報告してゐる
 偶々其の年の九月より我が国に於ける物価は非常な乱調子を示し、棉花の如きは甚だ高価を呈したが、印度にあつて此の報を得た翁は、此の優秀なる印度棉花輸入の最好機会であり、又第一の急務であることを察し、十月の末カルカツタより再び孟買を訪ひ、同地に於いて原棉購入に関する諸種の事情を調査し、原価・割引・運賃・積出し諸懸り・保険料・買付口銭・神戸陸揚費等を詳細に表示して、聯合会に報告し、一方大阪紡績会社の為めにそれを購入しようとした
 翁が孟買に於ける調査は、主として同地の豪商タタ商会の好意ある助力に基くものである。翁は始め香港の日下部商会の紹介状を持つて佐野・杉村両氏と共に、同商会を訪問したのであるが、同商会の有力なる一員アール・デイ・タタ氏と会見して、互に肝胆相照し、一見旧知の如きものがあつた。タタ氏は翁の調査の為めに尽力したばかりでなく、其の購入に関しても鋭意助力して、終に試験的にヒンガン、アコラ、ベンゴール等の種類三十俵を輸入することゝし、玉木氏が之を携へて先発帰朝した
 此の棉花は水圧荷造の為め、渋紙の如く圧搾せられてゐるばかりでなく、葉塵が多く混入してゐたから、会社では大きに驚き、到底紡績用に堪へないものと認めたが、其の十二月、翁の一行が帰朝するに及び、其の説明によりて始めて使用の方法を知り、実際に紡出するに当つて、極めて優良なる結果を得るに至つた。斯くの如くにして、玆に始めて印度棉花輸入の途が開かれ、我が紡績業者の原棉に対する不安の念が一掃せらるゝ事となつた。今日紡績原料の大部分を占むる印度棉花の使用の端緒は、かく翁の手によつて見出されたのである。かくて爾後翁の経営する大阪紡績会社は、専ら印度棉花輸入の衝に当り、タタ商会と契約して、同業者の為めに買次することゝなつた
    九 綿糸の対支輸出
 此の印度棉花輸入は又次の如き効果をも齎した。翌二十三年の末から、米価は頗る昂騰し、金融は逼迫し、財界は為めに暗雲に閉ざさるる事となつた。加之紡績業では製産過多の為め、糸価の大暴落を告げ諸社何れも一大危機に臨んだのであるが、翁は印度棉花を適宜に混和して、孟買糸を凌ぐ良質の左二十手を新に紡出する事を計画した。かくして一方印度綿糸輸入を防圧するに功を奏したのみならず、翌二十四年七月、これを支那に輸出することを企てゝ大いに成功した。此の事は啻に会社の危機を救つたばかりでなく、一には本邦綿糸輸出の権輿であり、一には又後年に印度綿糸の輸入を全く阻止する基礎を固めたものであつて、本邦経済界に対する多大なる貢献といはなければならぬ

 - 第10巻 p.242 -ページ画像 

川村利兵衛翁小伝 (大谷登編) 第九五―一三一頁 〔大正一五年四月〕(DK100028k-0004)
第10巻 p.242-256 ページ画像

川村利兵衛翁小伝 (大谷登編) 第九五―一三一頁 〔大正一五年四月〕
  〔附録第二〕 川村利兵衛翁印度棉花事情視察報告
    一 大阪紡績株式会社宛書信(明治二十二年八月二十六日マドラス発)
拝啓、本月十二日コロンボ発、過ル十七日当マドラスヱ無事着致候、陳バ先便コロンボヨリ号外便ヲ以テ、同地ニ紡績業聊カ計画アル旨、報告致置候処、尚其後同地ノ英商、有名ナル人物ニ交際ヲ得、幸ヒ其人ヨリ全島ノ商況調査スルノ手順ヲ受タニ付、荒増ノ調査仕候、既ニコロンボ市街紡績一ケ所アリ、現今汽鑵等据附中ナリ、全機械ハ本月中着ノ由、建築向キハ荒方出来有之候得共、当時本部新設、建築法等ハ天地ノ相違ニテ、実ニ小生共ノ素人目ヨリ見ルモ、粗末ナル建築ナリ、尚又同会社支配人ヨリ談話ニ相成候予算書、第一号明細書ニ相記シ候
一、マドラス紡績所四ケ所アリ、大抵千八百八十年前後ニ創立致シタル者ナリ、ミユール、リング混合致居候、乍併リングハ当時増錘ノ部分ニシテ、何レモ従来ノ分ハミユールナリ、就テハ昨今漸ク二ケ所紡績縦覧スルコトヲ得、現場一目スルニ、職工男子重ニシテ、女子少ナク、職工業ニ熟練スル事実ニ感心セリ、工場一般ノ取締ハ洋人ニシテ、是又至極行届キタリ、実地見聞シタル丈ケハ、第二号明細書ニ記ス
一、棉花商人ニ面会セリ、英人ニシテ各国ヘ棉花藍靛重モニ輸出スル商人ナリ、両種ノ事ハ第三報告書ニ記ス
一、工場縦覧致ス事中々以テ一応一夕ニアラズ、容易ニ日本人ハ入場ヲ不許、殊ニ営業ノ事情ヲ調査スルニ、甚以テ得難キ処ナレドモ、今日原綿其他諸物品ノ比較ヲ取リ、予算致シタルニ、当地ノ紡績業ノ如キハ、原棉百目ニ付十一銭五厘ト見做シ、工費千五円迄ノ実価ト想像セリ、尚販売ノ事情ハ東洋支那日本輸出致ス迄モナク、当マドラス管轄内ニ重ニ売捌キ致スモノナリ、仮令ハ此製糸東洋ヘ輸出スル点ニ至リテハ、日本支那ニテ八十円余ノ売行キナレバ、随分相当ノ利益アルモノト満足ノ景況ナリ、故ニ紡績業増設ノ見込アルハ疑ナシ
一、職工ノ事情、当地方労働者ハ一体ニ混和ニシテ、上等下等社会ノ差異甚敷、職工タル者ハ一生涯職工ノ精神ニシテ、身分不相応ノ望ヲ不起、故ニ工場ノ如キ食堂等モ不設、弁当持参スルニ、大抵草木ノ草ニ包ミ、工場ノ何処ニテモヘタバリ食スル有様ナリ、猶又職工如キノ住居ハ、我国ノ瓦焼釜ノ如キ住家ニシテ、一方ニ出入口アリ其他諸道具等ハ備ヘ無之、身体ニハ褌一筋腰ニ巻タル者ニテ、一年中充分ノ事ハ足リ、実ニ此辺ノ点ニ於テハ、天然ノ気候タリトモ、簡便ノ生活ナリ
一、当地方棉花ハ、火勢水力等ニテ操業ヲナサズ、一般ニ昔ノ我国河内辺ノ立チ操機械同様ノ者ニテ製スル者故、不相変操綿ニ実越シ多ク、実ニ日本上海品ト外見ノ品位ヲ比較スルニ、素人黒人ニ不関、当地方ノ綿百斤ニ付、三五円方下等品ト見做ス事疑ヒナシ、乍去此処ニ一ツノ疑ヒアリ、現場工場ニ入リ、原棉消費スル処ニ於テハ、
 - 第10巻 p.243 -ページ画像 
屑棉少ナク、ミユール等ニテモ、二十手、廿四手ヲ紡グニ、我国紡績ヨリハ運転モ幾分カ烈敷キト雖モ、一向其ノ割合ニ糸ノ切レ方少ナク、就テハ原棉混合スルモ、別段繊維ノ長キ者ヲ不用、普通ノ棉ニテ、随分諸国ニテハ困難ナル廿四手、廿手ヲ紡出スル事ヲ得ル、実ニ此辺ノ点ニ於テハ、本邦支那両国産綿外見ハ宜敷トモ、其実際品質ニ於テハ幾分カ当地ノ物ヨリ相劣リ候哉ニ愚案仕候、何分ニモ此辺ノ点ニ於テハ、小生共ノ一生経験ニナル事故、充分ノ注意ヲ致調査罷在候
一、紡績業ニ付、当度当地方ヘ実地見聞致シタル処ヲ以テ、小生共ノ意見ヲ陳述仕候、既ニ我国同業者ハ、昨年製糸十六手百円以上ノ高価ニ先行キタルヲ以テ、意外ノ高利ヲ得タルモ、今小生共ノ今日ノ考ニテハ、再ビ我国製糸百円以上ニ騰貴スル事ハ、全世界一般ノ紡績綿糸ノ変動ナケレバ、必ズ無キ者ト決心仕候、是レ何トナレバ、前文ニ記シタル印度大陸製糸、此後追々ニ海運相開ルニ随ヒ、運賃等低廉ニ輸入スル事ハ疑ヒナシ、乍併我国ノ輸入税改正ナル時期ニ至リ、如何ナル幸福ヲ得ルカハ難計候得共、今日ノ景況ニテハ、我国製糸高価ヲ現ハシタル時ニハ、必ズ印度大陸ノ紡績業者ヘ幸福ヲ与フル下拵ヘナリ、尚孟買着、重ナル製糸ノ販売方ハ調査不致テハ確然タル事ハ申上兼候ヘドモ、当地方ニ於テハ、製糸ノ売方、立値ヲ定メ売買スル等ノ点ハ更ニ承ハラズ、大抵当時製スル糸ハ、前約定致シタルト雖ドモ、一般ノ取組ハ買手ノ望ニ任セ約定スル者也
一、小生共此地発足ハ、両三日内発足可致心得ナリ、是ヨリ孟買迄八百哩有之、何モ汽車ニテ、尚孟買迄二ケ処ノ都会アレバ、是ニ多少ノ滞存ヲ致シ、調査可致心得ナリ
一、工場ヲ縦覧スルニハ、前文ニモ申述タル如ク、容易ニ他国人ノ入場ヲ不許、其実ハ会社商務ヲ担当スル者ハ、重ニ土人ナルカ故ニ、洋人ノ手継ヲ以テ縦覧致スモ、跡ニテ土人ヨリ洋人ニ故障ヲ申立候由、既ニ当地ニ於テモ其辺ノ事有之候、尚又商況ヲ調査スルニ、洋人ノ重ナル者ニ逐一事情ヲ尋問スルニ、其洋人ハ事務多忙ニシテ、当方ノ思フ如ク時間ノ暇ナシ、土人ナレバ、必ズ何タル答モ不為意込ナリ、乍併洋人土人ノ差別ナク、官ニ奉職スル人ハ、何時ニテモ諸官省、或ハ農学校、惣テノ官立ノ場所ヘハ、容易ニ案内致呉、殊ニ事務中タリトモ、日本人ハ珍敷故、数刻ノ時間ヲ費シ、至極深切ナル談話モ有之、是等ハ商人大反対ナレドモ、是等ノ人物ニ当方ノ意ニアル事質問スルモ、何ノ答モ不出来、実ニ遺憾ノ至リナリ
一、棉花作ノ事情、印度大陸ハムースーント云フ風ノ時期アリ、其際ハ必ズ雨アリ、重ニ其気候ニ至リテ種蒔ヲナス、当時此地方ハ西南ノムースーンアリ、故ニ当時此辺種蒔ヲナシ、又其風ノ換ル処ハ当時ニアラズ、棉花ノ種類ハ印度固有ノ棉花ト、亜米利加綿ノ両種アリ、印度固有ノ種ハ一エークルニ付繰綿五十封度ノ収獲アリ、亜米利加種ハ操棉百九十封度ノ収獲アリ、是レ等ノ収獲ハ、我国棉花ノ収獲ト比較スレハ、非常ニ僅少ナル者ナリ、尚当時亜米利加種ハ、農学校ニテ頻リニ耕作ノ拡張ヲ農民ニ説勧ムルト雖ドモ、未タ固有ノ種ヲ用ヒ、改良ハ不致由、尚此辺ノ事情ハ未ダ充分ナル調査ハ出
 - 第10巻 p.244 -ページ画像 
来難ク候間、余ハ帰国ノ上報告ニ譲ル、先ハ右コロンボ、マドラス両地荒増ノ報告ニ及ヒ候也
一、派出ノ一行ハ、本日迄壮健ニ罷在候、此段御安心可被下候
        マドラス府アルバニー・ホテルニテ
                    川村利兵衛拝
    大阪紡績会社 御中
     ○コロンボ紡績会社報告(第一号明細書)
 一資本金            四万磅
 一錘数    リング      一万錘
 一織布器            百五十台
 一汽缶             三百馬力
 一火炉             二本
 一建築費            八万ルーピー
 一建築屋根下          一エークル
 一煙筒長サ           百二十尺
 一焚料薪木           代価一噸ニ付三ルーピーヨリ四ルーピー
 一建築費   一錘ニ付大凡ノ割合
    リング          三十五ルーピー
    ミユール         三十ルーピー
 一製糸一封度ニ付工費予算一片  二フアジング
 一煉瓦    一千枚ニ付    十ルーピー
 一コロンボ港ヨリ香港・上海・神戸・横浜行棉花綿糸ノ運賃ピーオー汽船会社汽船ニテ毎一噸ニ付三十ルーピー
     ○コロンボ倉庫会社倉敷
 一俵物或ハ箱物六十立方フヒートニ付一週間二十仙
 一同四十立方フヒートニ付十六仙 一同二十立方フヒートニ付十二仙
 一同十五立方フヒートニ付八仙  一十立方《(同脱)》フヒートニ付六仙
 一同 五立方フヒートニ付四仙也
     ○マドラス紡績所報告(第二号明細書)
 一紡錘             二万三千錘
  内ミユール三十二台、リング三台
 一エキゾース・ヲプンナ     一台
 一シングル・スカツチヤー    三台
 一ダブル・スカツチヤー     三台
 一フハインシング・スカツチヤー 二台
 一カード            五十八台
 一ドローイング         八台
 一スラビング          八台(一台ニ付職工二人)
 一ロービング          二十八台(同一人)
 一インターメヂヱード      十一台(同二人)
 一ミユール           三十二台(同大人小児五人)
 一リング            三台(同大人小児五人)
 - 第10巻 p.245 -ページ画像 
 一綛台             三十六台(同一人)
 一綛絞器            四台
 一荷造器            一台(マンチヱスター エトペル・ハウス会社製)
 一英国人監督一人機関師一名
 一職工惣員           三百五十人
 一事務員            五六人
 一機関手            三人
 一注油方            三人
 一火夫             四人
 現今ノ機械ハヒツク会社製ノ者ニシテ馬力四百三十馬力
 新設機関ハウード会社製ノ者ニシテ同三百馬力
 新設紡錘リング         一万錘
 カードハプラツト製、又ミユール其他大抵同会社製ニテ、撚糸機械一台サムエル・プルークス会社製、リングホワード・ブロウフ会社フレキシプルリング一台、撚糸機械ト同製造ナリ
一、紡糸番数十手ヨリ三十手ニシテ、二十手ヲ以テ平均トナス
一、一日ノ就業時間ハ日出ヨリ日没ニシテ、休業時間三十分間、就業七百五十四分間ニシテ、即チ十二時三十四分間也
一、一日ノ製出額ハ八千七百封度ヨリ九千封度
一、焚料ハ薪ヲ用ユ、一日消費額三十五噸ヨリ五十噸ニ至ル
 薪相場   一噸ニ付      八ルーピーヨリ十ルーピー
 石炭相場  一噸ニ付      十七ルーピーヨリ二十一ルーピー
一、上等屑綿 百十二封度ニ付   十五ルーピー
一、休業日ハ年ニ十三日ニシテ、二週間毎ニ掃除ス
     ○職工月給ノ割
 一通常職工           三ルーピーヨリ十五ルーピー
 一スピンナー          十ルーピーヨリ十五ルーピー
 一カード・ジヨバー       三十ルーピーヨリ三十五ルーピー
 一綛場職工           四ルーピーヨリ五ルーピー
     ○原棉購入事情(第三号報告書)
当マドラス府ノ紡績会社ニテ、原棉買入ハ収獲時ノ好時機ニ一時ニ買入ヲナス、此ノ買入ヲナスニ付要スル資本ハ債券ニテ、年六朱利附キノ債券ヲ発行ス、此レハ政府ヨリノ条例アリテ、夫々規定アリ
而シテ買入レハ棉産地ニ代理者アリテ買次ギヲナス、又棉産地ニハ所謂小金貸シアリテ、農家ニ前貸金ヲナシ、収獲ノ時ニ棉ヲ以テ其ノ返済ニ充ツルト云フ、此ノ金貸シヨリ前述ノ代理者ノ手ニ渡ル者ナリ
又各農家ニ就キ棉ヲ買集メ、大商人ノ手ニ売買スル者アリ、之レヲ買出シ人ト称ス、支那人ノコンプラドト同様ノ者アリ、荷造リハ各棉産地ニテ金輪入リガンニイ包ノ俵トナス、当マドラス管轄内ノ産棉地ノ内ニ、荷絞器ノ備アル地ハ七八ケ所ナリト云フ、又棉花買入ノ時期ハ五六月ヲ以テ好期トス
当地棉花ウヱストルン及ココナダヲ以テ、紡績糸ヲ製出スルニ、棉花ノ減リ壱割七分ヨリ一割八分ナリ
 - 第10巻 p.246 -ページ画像 
 孟買棉ハ二割ヨリ二割五分
 ベンガル棉ハ一割二分
一、棉花相場
 一ウヱストルン棉(本船渡シ)毎五百封度ニ付一百三十ルーピー
 一ココナダ棉  (同)    同     一百十六ルーピー
一、棉花一噸英国倫敦迄運賃英貨一磅十七志六片、但シ一噸ハ五俵乃至六俵半ト云フ
    二 大阪紡績会社宛書信(明治二十二年九月四日孟買発)
拝啓、去月廿四日マドラス発第四号ヲ以テ、同地調査模様、錫蘭調査報告書一号、二号、三号迄、同便ヲ以報告仕候処、順着、夫々御披見被下候義ト奉存候
小生共一行、過ル二十六日午後五時マドラス出発、ベラソーヘ廿七日着、同地紡績所一ケ所アリ、此錘数一万五千、内リング十八台、ミユール七台、織布機一百台、此地ハマドラスヲ去ルコト百三十五哩ノ土地ニシテ、紡績工場ヲ一覧スルニ、一人前ニ付我六銭二厘五毛ヅヽニテ縦覧券ヲ求メ、入場ヲ得タリ、此工場、焚料ハ石炭薪混合セリ、持主ハパーシー人ニシテ、同地方有名ナル金満家ナリ、工場体裁ハ不取締ナリ、此原因ハ監督者土人ニシテ、洋人ハ一人モ無之、工場ニ所々屑綿糸屑ノ散乱スルコト実ニ甚敷、尚我々共工場縦覧中、職工共後ロニ附キ纏ヒ、銭ヲ乞フコトアリ、全体此工場ニ縦覧券ヲ売ル丈ケノコトアリテ、職工ニ至ル迄モ万事不規律ナリ、乍去製糸ハ十手ヨリ二十四手迄製造セリ、同工場持主、本業ハ棉商操屋業兼ニシテ自宅ヘ参リ棉操場ヲ一覧スルニ、数十人婦人共、我国古来ノ真粉操器械ノ形ニテ我国ヨリ少ク大ナルモノニテ製ス、一日一人前製造高十封度ナリ、実棉ハ我国トハ違ヒ、形ハ小サク外見ハ甚ダ宜シカラズ、実際ハ毛筋細ク、粘力強ク見受ケタリ
同工場内ニプラツト製棉操器械我工場新設同様ノモノ二台、外ニ同社製品器械幅一尺二寸器械二十台設置セリ、此地方ニ於テ西洋機械ヲ以テ棉操業ヲナス者ハ、此棉商一人ヨリナキ由、就テハ此商人ニ附テ充分ノ調査可致心得ニテ、態々此処迄立寄候得共、不幸ニシテ主人マドラスヘ我等ト行違ヒ出張致シ、不在中ニテ充分ノ調査モ不出来、無拠同地ヲ夜中汽車ニテ出発仕候
印度大陸棉産地ハ、先便ニモ報告仕候通リ、収入時期一定不致、南方マドラス管轄内ハ当時蒔付ケ中、早場ハ草棉一寸計リニ生立チタル処ナリ、又当孟買地方ハ来ル十月末頃ヨリ、早場ノ分ハ収獲ヲナス由、是又先便ニ申上候、ムースンノ気候ニテ、如此収穫時期ノ異ナルモノ有之候
本年マドラス及ビ当孟買棉花産地ハ、天順雨少ナク、農家一円日々雨待ヲ致居レドモ当分作模様ハ随分上作ト申居候
      孟買棉相場左ニ
  一ベンガル棉   壱カンデーニ付  二百〇一ルーピー
  一セガム棉    同        二百十五ルーピー
  一ベラル棉    同        二百四十ルーピー
  一ベルシヤン棉  同        二百十八ルーピー
 - 第10巻 p.247 -ページ画像 
  一ブローチジン棉 同        二百五十ルーピー
  一ブローチ棉   同        二百二十五ルーピー
  一コムタジン棉  同        二百十三ルーピー
右ハ昨今相場ニ有之、此相場ヨリ買入致ス時ニハ、五歩五厘割引スルモノナリ
  一ルーピーハ我貨幣ノ四十五銭五厘ト見込御算当可被下候
             孟買府アポロ・ホテルニテ
                       川村利兵衛
   大阪紡績会社 御中
    三 大阪紡績会社宛孟買第一号報告(明治二十二年九月四日孟買発)
一、当孟買市内マラバカウスヱ等申処ニ、棉花市場一ケ所アリ、此市場棉商人共有物ナリ、同所ニ広大ナル倉庫数棟アリ、棉花ヲ此所ニ持集ルモノニシテ、売買スルニハ、仲買商ノ手ヲ経テ、一切商内スルモノナリ、仲買手数料ハ、代価ノ五厘方売主ヨリ仲買ニ対シ仕払スルモノトス
一、相場立会方法ハ、一カンデーヲ以テ何程ト云商内方法ナリ、此一カンデー七百八十四封度入ナリ、荷造ハ一カンデー二個ニ荷造リセリ、此一個三百九十二封度入ナリ
一、相場立会時間ハ、午前十時ヨリ午後四時迄、又立会場ニテ売買スルニ、双方手ヲ握リ合約定スル者ニシテ、我国市場ノ如キ、双方ヨリ高声ヲ発シテ立会スルニアラズ、定約出来ノ上ハ、買方ヨリ一カンデーニ付五十ルーピー手附金ヲ渡スモノナリ
一、代金取引ハ荷物引替又ハ産地ステーシヨン受取証書ニテ受引スル事モアリ
一、目方改メ方法ハ正味七百八十四封度入ナレドモ、或ハ受引際数百俵ノ内クジトリヲ致シ、目方改ヲ致ス、此辺ハ我国同一ナリ
一、買入ヲナス時ハ、約定主ヨリ代金ニ対スル五歩五厘方、売主ヨリ買方ヘ割戻シスルモノニシテ、是レハ我国ノ歩引同一ノ者ナレドモ歩引ノ割合ニハ多額ナリ、此地ノ習慣ト云フ
一、棉花相場年中ノ高下ハ一カンデーニ付三十ルーピーヨリ四十ルーピー迄高下ヲスルモノト云フ、水気ハ当地綿花ニハ不用、目方不足弊害ナキ由
一、当地ヨリ香港・上海・神戸迄棉花運賃、一噸ニ付十七ルーピー、保険料一歩、本船迄人足賃、一個ニ付一ルーピー
  但惣テ当地ヨリ支那日本ヘ製糸ヲ輸出スルニ、製糸一封度ニ付我国通貨二厘四毛ヅヽヲ見込ト云フ、尤此二厘四毛ニテ需用地海関税及ヒ依托店手数迄見込タルモノナリ
一、綿糸ヲ売捌ク方法、仮令バ一ケ月間一万ルーピーヲ買フ客人ニハ月末ニ一万ルーピーニ対シ七十五ルーピーヲ戻スコトアリ、此方法ハ当地各同業者ノ一定スルニハアラズ、中ニ一万ルーピーニ対シ七十五ルーピー三分一又ハ五分ノ一ヲ戻ス者モ有之由、是ハ我国ノ割引ヲ各銘ニスルト同一ナリ
一、銀行日歩六朱ヨリ、騰貴スル時ハ一割二歩位迄ノ由
一、当地各紡績業ハ、南方マドラスノ如キトハ違ヒ、債券ヲ発スルモ
 - 第10巻 p.248 -ページ画像 
ノハ僅少ニシテ、此利子七朱ナリ
一、当孟買市内紡績六十九ケ所、錘数百五十九万千三百廿八本、内リング六十一万四千五百九十四本、ミユール九十七万六千七百三十四本、職工数五万二千四百九十人
一、当孟買接近ノ分二十二ケ所、錘数四十一万千六百六十六本、職工数一万三千〇九十人
一、一ケ年中各紡績工場ニ消費スル原棉、三百九十二封度入五十六万三千七百三十俵
一、紡績業資本金、孟買市内ニテ四千九百三十四万二千八百廿五ルーピー
右ハ本日迄調査致報告仕候、何分当地着後日数無之故、充分ノ報告ハ致兼候得共、重便ニハ工場営業ニ対スル報告可仕候也
    四 日本紡績聯合会宛第一号報告(明治二十二年七月十三日上海発)
拝啓、陳者過ル十一日午後六時呉淞着、夫ヨリ小蒸汽ニテ九時無事着任候
一、当港着滞在二昼夜、本日午後十一時香港ヘ向ケ出帆可致候、尚当地商況及ヒ新規二ケ所紡績所創立決定ニ相成聞込タル丈ケ報告仕候
一、織布新局英国マンチエスター製造ノ紡績機械リング一万二千錘、来ル九月当地着
一、元織布局現今建築ニ取掛リ、此工場紡績機械ヲ織布ノ先ニ運転スル計画ノ由、最モ此会社ハ官民ノ成立、総テ支那国旗ノ印ヲ重ニ用ヒ、中々以テ権力甚敷工場ナリ、機械ハ米国ヨリ買入レ、錘数ハ未ダ判然不致候
一、英孟買製糸一万三千俵、当港ニ在荷有之候、左ニ相場
   十二ヨリ二十手迄   五十五六両
一、棉花製造所ハ、当上海楊樹浦織布新局綿操工場一ケ所アリ、日本人三十名、支那人四百五六十人職工ニテ、日本製綿操器械百二十台昼夜営業、此製造高実綿十三万磅製造セリ、現今ハ重ニ大阪紡績会社約定品ヲ製造致居候、職工貸金平均一人十二時間、清銭百八十文ナリ、何レモ男女少年輩ハ少ナク、四十歳以上ノ職工ニテ、甚タ使役困難ノ由、工場管督日本人一名、支那人二名、昼夜詰切ナリ
一、浦東洋式綿操工場一ケ所此アリ、工場洋人三井物産組合ノ会社ニシテ、器械十六台運転致居候
一、棉花現今有物更ニ相場変動ナシ
   一実綿    三両七匁
   一操綿    十一両七八匁
   一同次キ   十一両三匁
   一テール   七十四匁
右ハ当時農家多忙ニ有之故、市場ニ持出少ナク候得共、商人ノ見込ニテハ、未ダ内地ニテ、昨年ノ収穫三割方持囲居見込ナリ、上海産綿地習慣ハ、実綿年中収穫高幾分カ残シ置、農家ノ手元ニ持囲事ハ一体ノ風習ニシテ、自然縁組等ノ際ハ、手元有福ナル処ヲ之レヲ聞合、縁組致ト云フ習慣ナリ、之ハ先年来ヨリ内地調査ノ際、小生共実地見聞致
 - 第10巻 p.249 -ページ画像 
タル処ニ有之候、本年草綿生立見事ニシテ、本邦草綿ヨリ一割方生長宜敷哉ニ見受候
右ハ当地滞在僅少ノ時間ニシテ、充分ノ調査モ出来兼候共、不取敢見聞丈ケノ報告仕候、尚重便ヲ以テ追々御報可仕候也
 尚々本邦出立ノ際、各位御遠路御列席被成下、誠ニ御見送ニ預リ、千万辱、乍末筆御礼奉申上候也
  明治二十二年七月十三日
                上海ニテ 川村利兵衛拝
    日本紡績聯合会幹事 御中

    五 日本紡績聯合会宛第二号報告(明治二十二年七月十七日香港発)
拝啓、先便ニ上海ヨリ第一報ヲ以テ、商況等報告仕候、定メテ順着、夫々御承引被成下候儀ト奉存候、随而小生本日無事当港ヘ到着仕候
一、当港ニ於テ孟買製糸棉花商況左ニ
   ニ十手平均         七十三円ヨリ八十二円五十銭
   西貢実綿  (百斤)    六円十五銭
   孟買操綿上 (同)     十五円ヨリ十六円
   九江操綿上 (同)     十四円五十銭
一、当港当時製糸有荷高一万七千個
聞説、本年三月以降、本邦神戸孟買間ニ、製糸直輸入ノ手順相開ケ候由、従来ハ当香港対孟買糸商組合所有ノ倉庫ニ一ト先入レ置キ、相場ノ時機ヲ計リ、本邦上海等ヘ再輸出致来リ候処、当時ニ至リ、専ラ神戸ヘ直輸入ノ為メ、当港糸商一時ニ其影響ヲ被ムリタルヨリ、同商等ハ目下孟買製造元ヘ、従前ノ通リ当地ニ於而一ト先陸揚ゲ為致候様談判中ニ有之趣、尚ホ孟買神戸間直輸入ノ手順相開候原因ハ、本邦紡績糸ト競争ノ下拵ヘト被存候ニ付、当香港ヲ経テ従来神戸ニ輸入セシ運賃、其他諸掛ト、孟買ヨリ直チニ神戸ヘ輸入スル費用ノ差ハ何程ナルヤハ、調査ノ上重便ニ報告可致候、兎モ角モ、先便申上候上海ニ紡績所新設ノ計画アリ、又孟買糸輸入ノ二件ハ、必ズ本邦紡績同業者ニ大関係ヲ及ボス儀ニ付、不取敢御報知申上候 以上
  二十二年七月十七日
                 香港ニテ 川村利兵衛
    日本紡績同業聯合会幹事 御中

    六 日本紡績聯合会宛第三号報告(明治二十二年八月二十六日マドラス発)
拝啓、過ル十二日コロンボ発、十七日マドラスヘ無事着仕候
一、コロンボ市街ニ紡績所一ケ所、当時創立中ナリ、資本金四万磅、機械ハ浪花紡績製造元ノダルトン・バロウ会社機械ニシテ、不残リング、錘数ハ一万、織布器百五十台ノ計画ナリ
一、マドラス紡績所四ケ所アリ、ミユール・リング混合セリ、機械ハプラツト・ヘサリントン両所ノ機械ニシテ、一ケ所錘数小ナル者ニシテ一万四千、大ナル分ニテ二万四五千、何レモ当時リング増錘中ナリ
一、工場実況ハ、就業時間、日出ヨリ日没迄、夜業ハナサズ、機械ノ運転ハ我国工場運転ノ数ヨリ一回余ハ多ク、製糸ノ番号ハ十二号ヨリ二十四号迄、製糸販路ハ重ニ当管轄内ニ売捌ケタリ、尚此後ニ増
 - 第10巻 p.250 -ページ画像 
設ノ見込アリ
 一マドラス棉花輸出高
   千八百八十八年中   二千二百八十四万〇二百七十二封度
   需用地ハ  英国、オーストリヤ、仏蘭西、伊太利、荷蘭、カルカツタ地方ナリ
一、千八百八十八年印度大陸紡績錘数、織布器数
   一紡績所   九十五ケ所
   一錘数    二百三十万〇二千九百八十二
   一織布器   一万八千四百十五台
一、棉花相場左ニ
   一ウエストルン綿 本船渡シニテ 五百封度ニ付百三十ルーピー
   一ココナダ綿   同      同     百十六ルーピー
   一製糸      平均二十手        百五十二ルーピー二アンナ
右報告ニ及ビ候、余ハ帰朝ニ譲ル
        マドラス府アルバニー・ホテルニテ
                      川村利兵衛拝
    日本綿糸紡績聯合会幹事 御中

    七 日本紡績聯合会宛第四号報告(明治二十二年九月十二日孟買発)
拝啓、陳ハ本月一日一統無事当地滞在罷在候
一、当孟買府ニ於テ、印度一円各工業社聯合会アリ、会長ハサア・デンシヨウ・マノツク・ジー・ペチツト氏、副会長ハジヨージ・コツトン氏、委員十三名アリ、此ノ聯合会ハ紡績業ニ不限、諸工業一般ノ聯合ニテ成立モノトス
一、印度紡績業ハ十中ノ九迄ハ合本会社ナリ、会社重役、頭取ナシ、一会社ニ重役三名ヨリ五名迄アリ、此重役ハ無月給無報酬ニテ、会社ノ大小ニ依リ、一集会毎ニ十五ルーピーヨリ三十ルーピー迄手当トシテ給与スルモノニ止ル、集会ハ毎月一回必ズアリ
 一ヱーゼント一名、是レハ我国ノ支配人ノ如ク、会社工場内、又ハ商務ノ一般、総テノ監督役ニシテ、製糸一封度ニ付四分ノ一アンナ(我七厘ニ当ル)是レヲ会社ヨリエーゼントニ給与ス
一、社員書記役、大会社ハ二百ルーピーヨリ五百ルーピー迄、庶務六十ルーピー、七十ルーピー、簿記方五十ルーピーヨリ七十ルーピー其他同僚ニ属スルモノハ、此ノ割合ニ順ニ、乍併会社一般ニ賞与金ト称スルモノハ更ニナシ、社員月給ノ外ニヱーゼント見込ヲ以テ、同人ノ手元ヨリ本人ノ勉強ニ依リ特別ニ給与スルコトアルトモ、是レハ会社ニ関セズ、ヱーゼントノ意中ニ有之コト、最モ社員ノ進退ハヱーゼントノ特権ニ任スル処ナリ
一、工商ノ区別ナシ、副支配人ト称スルモノナシ
一、職工慰労金賞与金ハ会社ヨリ給与スルコトナケレ共、是又ヱーゼントノ見込ヲ以テ特別ニ給与スルコトアリ
一、当地紡績業ハ、十中ノ八九迄ハパーシー人ニテ成立チ、去ル千八百七十五六年頃、銀貨下落ノ為メ、一時ニ影響ヲ及ボシ、大困難ニ立至リ、其後東洋ニ販路ヲ開キ、回復シタルモノニテ、其困難ヲ凌
 - 第10巻 p.251 -ページ画像 
ギ、漸ク今日ノ盛大ニ到リタルモ、皆パーシー人ノ尽力ナリ、殊ニ其困難ヲ凌ギタル真実々業家ノ熟練者ニシテ、会社全般ノ権利ヲ、欧洲人ニ托スル等ノコトハ更ニ無シ、尚又当地ニ職工学校一ケ所アリ、此学校ヘ聯合会ヨリ年々二千ルーピーノ寄附金ヲナシ、同学校ニテ卒業生ヲ各工場ニ採用スルコトアリ
一、一日就業時間、午前六時ヨリ午後六時迄デニシテ、一時間ノ休業時間ヲ与フ、製造高ハリング新機械ニテ一錘ニ付廿手ニテ半封度ナリ、又旧機械ハ惣テ新機械ニ取替居リ、実ニ盛ナル者ナリ、又紡績工場ニハ惣テ織布器附属シ居リ、又タ莫大小器等据付アル工場モアリ、実ニ棉花ヨリ製造スルモノニシテ、一トシテ備ラザルコトナシ
一、建築ハ二階三階ニテ、木造或ハ塗壁ナリ
一、塵取器械オプンナー及パツチング等ノ部分ニ於テハ、時々発火スルコトアリ、故ニ其部分ニハ消防器ノ備アリ
一、工場内ニ棉花ノ倉庫少シ、棉花ハ市場ニテ購入スルヲ以テ、倉庫少ナクトモ差支更ニナシ、又工場内ニ職工食堂休息所等ノ設ケナシ
一、当孟買紡績製糸一封度ニ付、工費十五パイヨリ二十四パイ迄、(我四銭四厘ニ当ル)併シ二十四パイハ極点ノ高キ分ニシテ、此工費ヲ見ル工場ハ僅少ナリ、大抵我三銭六七厘ニテ通常ナリ
一、当孟買ニテ使用スル石炭ハ、不残英国ヨリ輸入スルモノニシテ、一噸ニ付二十ルーピーヨリニ十四ルーピートス
右今便ニ調査致シタル部分大略報告致候、当地聯合会規則書等モ手ニ入リ有之候間、帰朝ノ上ハ可成明細ノ報告可致候也
            孟買府アポロ・ホテルニテ
                     川村利兵衛拝

    八 日本紡績聯合会宛第五号報告(明治二十二年十月十四日カルカツタ発)
拝啓、陳ハ小生共儀、過ル九月廿八日孟買出発、本月四日カルカツタ着、滞在罷在候、孟買ヨリ中央大陸ヲ経テ、内地各紡績工場一見致シ当道筋産棉地等実地見聞スルニ、棉花畑早場ノ向キ少々吹始メアリシ農家ニ付実際調査致スニ、印度産棉地農家棉花収入ノ際、実棉ヲ野外ニ広大ナル穴ヲ堀リ、是レ以テ我国農家物入場土蔵代用トナスモノニシテ、更ニ農家ニテ自分住居ノ他ハ、農産物持囲場一切設ケ無之、故ニ総ジテ実棉ニ土砂其他汚物ノ混合スルコト多シ
一、内地紡績製糸ハ重ニ其地方ニテ売捌、又ハ織布工場ヲ附属セリ、尤内地中工場ヨリ孟買ヲ経テ東洋諸港ヘ製糸輸出スル時ハ、非常ノ入費ヲ要シ、不算当ナルヲ以テ、工場大小ニ不関、紡績一ケ所ニハ大抵各小都会ニ売捌キ店数ケ所ヲ設ケ有之由、是レニテ製造元ニテ日々売捌店ヨリ売揚ケ報告等ヲ取纏メスルニ、支配人タル者ハ、随分多忙ナルモ、事務員ハ其割合ニ少ナシ
一、カルカツタニ紡績工場五ケ所アリ、当地着後重ナル分三ケ所ヲ一見セリ、内二ケ所ハミユール、一ケ所ハリング、原料ハ重ニベンゴル品ヲ用ヒ、製糸十手廿手迄ヲ製ス、品質孟買製糸ヨリ一二等モ劣レリ、是レハ原棉ニアル者ニシテベンゴル棉花ハ毛筋短ク、我国又ハ上海産ノ棉花ニ似タリ、故ニ工場ニ於テ先々迄モ屑棉多額ニ顕レ尚毛筋短カキ故、為メニ器械運転十六手ニテ三回ナリ、孟買ニ比較
 - 第10巻 p.252 -ページ画像 
セバ余程減ジタル者ナリ、乍去原料価ベンゴル安価ニシテ、一封度我ガ九銭五厘ニ当ルヲ通常トス、製糸工費十五パイ(我カ三銭五厘ニ当ル)製品現今商況孟買製糸東洋不捌ケ、当カルカツタヘ輸入相嵩ミ先行ヲ孟買糸ノ為メ妨害サレ、何レモ製品各工場ニ停滞致居候
一、印度産棉ノ重ニ集ル市場ハ、第一孟買、第二マドラス第三カルカツタナリ、カルカツタニハビルマ産少々輸入アリ、尚又小生モ今日迄ノ調査ニ付、此後我国ヨリ印度棉花ヲ買入スルニハ、詰リ孟買ヨリ他ニ便利無之哉ニ被存候、何トナレバ、印度内地ハ各人種ニテ、語ノ違ヒアリ、英語ハ不通ナリ、重ニ用ヒル語ハヒンドスタン(マホメツト)ナリ、殊ニ固陋習慣ハ甚タ敷故ニ、如何ナル英国人タリトモ、数十年棉花ヲ英国ヘ輸出スルニ、不残孟買ニテ、土人ノ手ヲ経テ買入ルモノナリ
一、去ル八月廿日附聯合月報二通御送附被下、正ニ入手仕候、月報ハ日々増御盛大ニ、諸君ノ御明論、御卓説、且ツ商況等モ御明細ナルコトノ記載ヲ増シ、此月報ハ第一我国実業者タル者ノ資本ト奉存候尚新同業追々計画、又ハ各工場ニ増錘有之趣キ、此後紡績業ニ対シ利益不利益ハ、小生ガ如キ無知無学無芸者ノ目的ヲ申処ニアラズ、何様我国工業日ニ盛ンナルハ大慶ニ被存候
一、去ル八月末、和歌山県下初メ、各地大洪水、死去人不少趣キ、今便本国友人ヨリ来状ニヨリ、何トモ驚入候、棉花作ニハ二三歩ヨリ損害無之由、幸福ノ至ニ被存候
一、小生一行ハ当地調査ヲ経タル後、今一応北方鉄道ニテ北方産棉地ヲ実見ナシ、再度孟買ニ廻リ、同地ヨリ便船ニ乗リ込可申心得ニ有之候、先ハカルカツタ着、大略報告迄 早々以上
     カルカツタ諸相場左ニ
 一棉花 上等     一モンドニ付(八十二封度三分ノ一)十八ルーピー十二アンナ
 一同  中等     同    十七ルーピー八アンナ
 一同  三等     同    十六ルーピー十二アンナ
 一カストル油 上等  同    十五ルーピー八アンナ
 一同     中等  同    十二ルーピー十二アンナ 十二ルーピー二アンナ
 一同     三等  同    十一ルーピー十四アンナ
 一米テーブル・シーター 同   六ルーピー十二アンナ
 一同バルマ 上等   同    四ルーピー
 一同 同  中等   同    三ルーピー十三アンナ
 一米バルマ 三等   同    三ルーピー八アンナ二分ノ一
 一米ムーンジー新米壱等 同   三ルーピー九アンナ二分ノ一
 一同 同 新米二等  同    三ルーピー七アンナ二分ノ一
 一同 同 新米三等  同    三ルーピー五アンナ二分ノ一
 一同 カリー     同    三ルーピー四アンナ
 一同 カヅラ     同    二ルーピー十四アンナ
 一同 メリー     同    三ルーピー一アンナ二分ノ一
 一同 ラリー     同    三ルーピー二アンナ
 一同 デスチルリー  同    二ルーピー十三アンナ
 - 第10巻 p.253 -ページ画像 
 一ガンニー袋一等 長四十四吋 幅廿六吋半  目方一枚ニ付二封度七分五厘
    百枚二付                 二十六ルーピー八アンナ
                         二十九ルーピー八アンナ
 一同  二等   長四十四吋 幅廿六吋半  目方一枚ニ付二封度半
    百枚ニ付                 二十五ルーピー
                         二十七ルーピー八アンナ
 一同  三等   長四十吋 幅廿八吋    目方一枚ニ付二封度二分五厘
    百枚ニ付                 二十二ルーピー
                         二十四ルーピー
 一同  四等   長四十吋 幅廿八吋    目方一枚ニ付一封度七分五厘
    百枚ニ付                 二十ルーピー八アンナ
                         二十二ルーピー八アンナ
 一ヘツシヤン・クロース(孟買糸抔ノ荷造リノ上包ニナルモノ)
                       一ヤードノ目方十ヲンス半、幅四十吋
    百ヤードニ付             十一ルーピー
 一同  一碼ノ目方十一ヲンス、幅四十五インチ
    百ヤードニ付             十一ルーピー二アンナ
 一洋銀百弗ニ付印度貨幣           二百二十三ルーピー
                 カルカツタニテ
                     川村利兵衛拝
    日本紡績聯合会 御中

    九 日本紡績聯合会宛第六号報告(明治二十二年十一月一日孟買発)
拝啓、陳者先便カルカツタ発第五号ヲ以テ、当地調査大略ヲ報告致置候処、順着夫々御承知被下候儀ト奉存候
一、小生共過ル廿四日俄ニカルカツタ出発、廿八日ヨリ再度当地ニ滞在致居候、本国去九月中旬以来、諸物価非常ノ乱相庭、特ニ棉花ノ如キハ意外ニ高価ヲ顕シ、原料御買入方御困難不少儀ト遠察仕候ニ付、差当印度棉ヲ此後本国ヘ輸入スルハ第一ノ急務要用ト相心得、棉花買入ニ関スル大略ヲ報告ニ及候也
一、印度棉花ヲ是迄本国紡績ニ於テ原料ニ使用シタル経験ナク、只印度棉ヲ忌ムノ一点ニ有之候得共、最早本年ノ如キ、目的トスル上海大凶作ナレバ、印度棉ヲ買入致スヨリ他ニ良策無之哉ニ遠察仕候
一、本国製糸価格俄カニ非常ノ引上ケ、上景気ハ同慶ニ奉存候、当孟買ハ格別変動無之候得共、追々上海神戸停滞、荷物不捌ノ為、二弗方乃至引締リ、昨今ハ居据リニ有之候、尚又先々便報告致候来ル十二月ヨリ、当孟買紡績聯合会副会長ノ発議ニヨリ、一週間二ケ度ノ休業ヲ決議ニ相成居候処、現今東洋製糸売行大ニ好景ヲ呈シタルニ付キ、俄カニ昨日会議ヲ開キ、ニケ度ノ休業ヲ取消シ、従前通リニ改正相成候故ニ、此後我国輸入糸日々盛ニ、多額ノ輸入可有之事ト相信ジ候
一、小生共当地滞在中ハ、不及ナガラ、自然棉花ヲ御買入ノ御思召有之諸君ニハ、大阪紡績会社ヘ一応御照会ノ上、御申聞セ被成下候ヘバ、可成丈ケノ尽力ハ可仕候、此段奉申上候
一、当地棉花ノ買入ヲ致スニハ、通常外国輸出棉花商人ヨリ買入致ス時ハ、品位ニ於テ余程上中下ノ区別アリ、総ジテ輸出人ノ手ヨリ買入致スハ、甚不安心ニ有之候、故ニ小生共ハ、内地取引ヲ致ス充分信用アル人物ニ取引ヲ相始メ申度、手順ヲ致居候、尚近日当地ヘ小
 - 第10巻 p.254 -ページ画像 
生共同行為致候者一人、是迄ノ報告ヲ仕、旁以帰朝可致候間、余ハ同人ヨリ実地成行可申上候、先ハ右報告迄 早々以上
     ○印度大陸一ケ年棉花産出高大略
一、九億八千〇七十三万六千封度  収入高
 又五千六百万封度 ペルシヤ、メクラン、ソンミヤニ等ヨリ年々輸入高
 合計十億〇三千六百七拾三万六千封度
  内
  五億八千九百四拾万封度 各外国ヘ輸出高一ケ年分
  二億二千六百八十万封度 印度紡績ニ於テ消費高ナリ
  差引残額二億二千〇五十三万六千封度
 右ハ本日迄調査スルニ、甚ダ困難ナリシ一ケ条ニシテ、大ニ苦心ヲ致シタル義ニ候得共、去千八百八十二年カルカツタニ於テ、棉花共進会ノ際タリトモ、土人領産出高実際調査出来ザリシ程ノ義ニ付、小生ヨリ今日迄報告致スニモ、十分明細ナル事ハ聞得ルニ由ナシ、乍去此全額ヨリ超過致スコト有之トモ、相減ジ候様ノ義万々無之ト信ジ候
一、相庭書別紙ニ封入仕候、棉花一カンデーニ付、大凡印貨二十ルーピー半ヲ加ヘ、神戸着値ニ相成候
     ○棉花相庭左ニ
   十一月二日
  一中 等アコラ  一月渡    二百〇八ルーピー
  一三 等ベンゴル 同      百七十四ルーピー
  一中 等ベンゴル 同      百八十二ルーピー
  一古  カラジア 現物     二百〇五ルーピー
  一新  ベンゴル 同      百八十ルーピー
   十一月四日
  一新 ジヤルガム 現物     二百十七ルーピー
  一同  ベンゴル 同      百八十一ルーピー
   十一月五日
  一新 ジヤルガム 現物     二百十五ルーピーヨリ 二百十八ルーピー
  一古  カラジヤ 同      二百〇三ルーピー
  一中 等ボナガル 五月渡    二百十二ルーピー
現今市場ノ在荷ハ、下等ベンゴル棉八・九千俵有之其他上等品出荷少ナシ、今一週間後ハ数万俵出荷ニ相成可申候也
    ○孟買地方棉花市場ニ現ハルヽ季節ハ左ノ通
  一ヒンガンゲツト        十一月中旬ヨリ
  一ヨウトマル          十一月中旬ヨリ
  一パアシー           二月ヨリ三月ニ掛ケ
  一器械繰コムタ         四・五月
  一イスパニー          十二月ヨリ一月、但此棉ハペルシヤヨリ来ルモノニシテ少数ナリ
  一カンガム           一月
 - 第10巻 p.255 -ページ画像 
  一ジヤルガン          十二月ヨリ一月
  一カランジヤ          一月
  一デクレオス          一月ヨリ二月
  一アコラ            一月
  一モラ             二月ヨリ三月
  一バトバン           三月ヨリ四月
  一ボナガル           二月ヨリ三月
  一ダルワル           四月ヨリ五月
  一バガルコート         三月ヨリ四月
  一ウエスタルン         五月

図表を画像で表示印度原棉神戸着代価仕出シ明細表

 印度原棉神戸着代価仕出シ明細表  原価   割引五分五厘   正価    運賃  積出シ諸掛リ 海上保険料 買付口銭二分ノ割  輸入税  神戸陸揚並車力賃 神戸着値段(一カンデヰ)  諸掛合計但シ一カンデヰニ付  神戸着値一カンデヰニ付  神戸着値百斤ニ付但シ洋銀  摘要                                                               即チ七百八十四封度入                   洋銀ニ換算シタルモノ R  A P  R  A P   R  A P  R A P  R A P   R  A  P  R A  P    R A  P  R A P      R  A P          R  A P             $   C        $  C         印貨ト洋銀トノ為替相場ハ日々浮沈スルト雖モ玆ニ平均参着相場ヲ以テ換算セリ即印貨二百廿五ルーピーヲ百弗トス 170 0 0   9  5  8  160 10  4  8 8 0  1 2 0   1 10  6  3  9  4    5 14 1  1 1 8     182  7 11         21 13 7           〃 81 109       〃 13 994 175 0 0   9 10  0  165  6  0  8 8 0  1 2 0   1 11  4  3 10  8    5 14 1  1 1 8     187  5  9         21 15 9           〃 83 271       〃 14 162 180 0 0   9 14  5  170  1  7  8 8 0  1 2 0   1 12  1  3 12  3    5 14 1  1 1 8     192  3  8         22  2 1           〃 85 435       〃 14 530 185 0 0  10  2 10  179  8 10  8 8 0  1 2 0   1 13  8  3 15  3    5 14 1  1 1 8     201 15  6         22  6 8           〃 89 764       〃 15 266 190 0 0  10 11  7  184  4  5  8 8 0  1 2 0   1 14  5  4  0 10    5 14 1  1 1 8     206 13  5         22  9 0           〃 91 928       〃 15 634 195 0 0  10  2 10  174 13  2  8 8 0  1 2 0   1 14 11  3 13  9    5 14 1  1 1 8     197  1  7         22  5 5           〃 87 599       〃 14 881 200 0 0  11  0  0  1 9  0  0  8 8 0  1 2 0   1 15  3  4  2  5    5 14 1  1 1 8     212  7  5         22 11 5           〃 94 421       〃 16 058 205 0 0  11  4  5  193 11  7  8 8 0  1 2 0   2  0  0  4  3 10    5 14 1  1 1 8     216  9  2         22 13 7           〃 96 255       〃 16 369 210 0 0  11  8 10  198  7  2  8 8 0  1 2 0   2  0  9  4  5  5    5 14 1  1 1 8     221  7  1         22 15 1           〃 98 419       〃 16 838 215 0 0  11 13  2  203  2 10  8 8 0  1 2 0   2  1  7  4  6  9    5 14 1  1 1 8     226  4 11         23  2 1           〃 100 581       〃 17 106 220 0 0  12  1  7  207 14  5  8 8 0  1 2 0   2  2  4  4  8  5    5 14 1  1 1 8     231  2 11         23  4 6           〃 102 746       〃 17 474 225 0 0  12  6  0  212 10  0  8 8 0  1 2 0   2  3  2  4  9 11    5 14 1  1 1 8     236 10  0         23  6 1           〃 105 167       〃 17 886 230 0 0  12 10  5  217  5  7  8 8 0  1 2 0   2  3 11  4 11  6    5 14 1  1 1 8     240 14  9         23  9 2           〃 107 276       〃 18 210 235 0 0  12 14 10  222  1  2  8 8 0  1 2 0   2  4  8  4 13  0    5 14 1  1 1 8     245 12  7         23 11 5           〃 109 238       〃 18 578 240 0 0  13  3  2  226  2 10  8 8 0  1 2 0   2  5  4  4 14  4    5 14 1  1 1 8     250  0  3         23 13 5           〃 111 118       〃 18 898 245 0 0  13  7  7  231  8  5  8 8 0  1 2 0   2  6  3  5  0  1    5 14 1  1 1 8     255  8  6         24  0 1           〃 113 569       〃 19 314   (備考)表中Rハ(ルーピー)Aハ(アンナ)Pハ(パイ)ニシテ十四(パイ)ヲ以テ一(アンナ)トシ十六(アンナ)ヲ一(ルーピー)トス、 又$ハ洋銀(ドルラル)Cハ(セント)ナリ  



 - 第10巻 p.256 -ページ画像 
  一ベンガル           十一月中旬ヨリ
  一ブローチ           二月ヨリ三月 毛足長ケレトモ弾力弱ク日本紡績ニハ不向ナリ
其他尚種々有之候得共、以上列記ノ種類ハ、日本紡績原棉ニ尤モ適当ノ棉花ニ有之候
    ○十一月二日綿糸相場左ノ如シ
  六番   壱封度  五アンナ七パイ
  八番   同    五アンナ十一パイ
  十番   同    五アンナ十一パイヨリ六アンナ八分ノ一
  十二番  同    五アンナ八分ノ七
  十六番  同    六アンナ八分ノ一ヨリ六アンナ五パイ
  二十番  同    六アンナ二分ノ一ヨリ六アンナ四分ノ三
  二十四番 同    七アンナヨリ七アンナ四分ノ一
  三十番  同    七アンナ四分ノ三ヨリ八アンナ四分ノ一
 同日為替相場、洋銀百弗ニ付印貨二百廿六ルーピーナリ
 (備考)一ルーピーハ我四十四銭二厘五毛、一アンナハ我二銭七厘七毛、一パイハ我二厘三毛余ニ当ルナリ


本邦綿糸紡績史 (絹川太一編) 第四巻・第四〇八―四一八頁 〔昭和一四年二月〕(DK100028k-0005)
第10巻 p.256-258 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

玉木永久氏談話(DK100028k-0006)
第10巻 p.258-264 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

〔参考〕川村利兵衛翁小伝 (大谷登編) 第六一―七〇頁 〔大正一五年四月〕 【十四、恩人川村翁を追想して(大阪 横尾孝之亮)】(DK100028k-0007)
第10巻 p.264-267 ページ画像

川村利兵衛翁小伝 (大谷登編) 第六一―七〇頁 〔大正一五年四月〕
    十四、恩人川村翁を追想して(大阪 横尾孝之亮)
 明治二十三年――それは私が初めて内外綿会社の一計算掛として入社した年のことである。その頃よく天神小橋の事務所へやつて来る一風変つた人があつた。その頃としては頗るハイカラな、洋服の上にインパネスを着た、調子の少々エキセントリツクな紳士であつたが、元気よく入つて来るなり、「今日は相場はどうや」と云ふ。如何にも傍若無人の人であつた。此の大いに普通人と異つた態度を示した人は、白面の新米社員たる私に取つては、慥かに一種驚異の眼を以て迎へない訳には行かなかつた。「一体ありや何処の人です」と、私はソツと隣席の同僚に耳打ちした。「あれか、ありや君、大阪紡績の商務支配人で、川村と云ふ人だよ」。そして同僚は最近印度地方の棉業を視察して帰つて来たばかりの新知織であり、棉花通の尤たるものであることを附け加へた。成る程あの人が川村氏かと首肯いた時、それが川村氏の存在を知つた最初であつて、その倣慢な態度なり、ハイカラがつた服装なりに対して、少からぬ驚異の感を懐いた私に取つては、中々忘れ難い印象の一つであつた。
 全体そう云ふ川村氏とはどんな人なのであらうか。驚異と好奇心とに駈られて、私は更にかう云ふことを聴かねば済まされなかつた。氏は大阪唯一の綿問屋松坂屋の徒弟奉公から身を起し、累進して番頭となり、後大阪紡績に入つて、商務支配人となつたのである。当時に於ける棉業界の第一人者であつて、支那へ渡つて綿繰工場の経営までやつたのであつた。
 その頃政府当局者も漸時紡績業の前途に着眼する様になり、従つて原棉の研究に一歩を踏み出そうと云ふ時機に際会して、先づ外務書記官佐野常樹氏を印度へ視察に赴かしむることになつた。此の時役人以外民間紡績業者からも誰か行くことゝなつて、その人選を渋沢子爵に一任された。その結果選り出された棉花通の代表者は、大阪紡績の川村利兵衛氏と三重紡績の杉村仙之助氏とであつた。
 今日でこそ印棉の輸入とか米棉の輸入とか、何でも無い様に云つて居るが、当時にあつて初めて其の途を拓かうと云ふには、中々そんな生やさしい談ではなかつたのである。その当時印度――殊に孟買あたりには日本人の足跡を印した者は絶無であつた。従つてサア出懸けよ
 - 第10巻 p.265 -ページ画像 
うと云つた処で、何等の手蔓も手掛りもない。いくら勇猛なる川村氏でも、是れには一番困つたらしい。何の目当てもなかつたが、兎に角行つて見ようと云ふので、POの船に乗つて香港まで乗り出した。幸なことには其の時香港には大阪出身の商人で日下部平治郎と云ふ人が日森洋行を経営して居たので、先づそれを頼つてその家に泊ることになつた。「実は是れから印度へ棉の研究に出懸けるのだが、一向彼方に便りがないので困つて居る、何か可然手蔓が無いものだらうか」といふ談を聞いて早速日下部氏が引合はして呉れた一印度人があつた。頭には所謂印度式パグリと称する帽子を被つて居た。日下部氏の知り合で、印度の豪商タタ商会香港支店の支配人であつたが、川村氏の希望を一伍一什聴き終つて、曰く「諾《オーライ》」。渡りに船は此事であつて、早速本国のタタ商会本店へ紹介して貰ふことゝなつたので、元気数倍、更にPOの船を進めて孟買へと乗り込んだのである。
 香港からの紹介状によつて孟買で初めて会つたのはタタ商会の主人公アール・デイ・タタ氏であつた。元来タタ氏は非常なる日本贔屓の人であつたので、此の人から得た便宜は中々少からぬものであつた。川村氏が其の使命を全うしたのも、一に同氏の賜であると云つてもよい位である。
 何処でも同じことではあるが、紡績工場の参観は余り歓迎されるものではない。況して初めて来た日本人に対し工場を開放するなどと云ふことは全然出来ない相談と見ねばならなかつた。にも拘らず、タタ総本家の主人公ジエー・エヌ・タタ氏は非常なる雅量を示し、満幅の好意の下に、タタ家経営の工場を公開して呉れたのは寧ろ奇蹟と云はねばならぬ。お蔭で印度紡績工場を十分視察することが出来たのであるが、其の得る処は大したものであつたらうと想像される。玆で目的を達して、更に印度大陸を横断して、カルカツタ方面の視察に出懸けた。
 香港で日下部氏の家へ泊つた時のことである。翌朝起きて見ると、日下部氏は藤椅子に寝て居た。成る程昨夜は気が付かなかつたが寝台が一つしか無いのだと知れた。今晩は僕が椅子に寝ると川村氏は云ふいやそれには及ばぬと日下部氏は云ふ。互に一つの寝台を譲り合つたと云ふ美談もあつた。
 談は横道へ外れたが、カルカツタへ着いた処へ、日本から電信が来た。「ウエスタンと云ふ棉を三百俵買つて積め」とある。それで又もや孟買へ引返して、此電信をタタ氏に見せて相談を持ちかけた。「かう云ふ電信が日本から来たが、一体ウエスタンと云ふ棉かあるのですか、二十番手の糸を引くに違ひないが」と、是れを聞いたタタ氏の驚異は小さくなかつた。正しくウエスタンと云ふ棉はある。あるには違ひないが、日本人の何人がそんな棉の名を知つてゐるのであらうかと、不思議でたまらなかつた。それも其の筈である。後で帰朝して知つたことではあるが、現在東洋紡績の社長である工学博士斎藤恒三氏の発案であつたのだそうで、氏が曾つてマンチエスターに居られた時のこと、二十番手の糸を引くには、ウエスタンを使ふがよいと、誰かが云つたことを耳にした。其の朧ろげな記憶を思ひ出して、電信を打
 - 第10巻 p.266 -ページ画像 
つた迄とある。半分は出任せであつたのだ。その出任せが美事に金的を射貫いて、流石紡績通のタタ氏に驚異の眼を見張らしたことは、当時の日本の為めに、遠き異域にあつて万丈の気を吐いたものであつて大なる手柄と云つてもよい。
 処で愈々取引と云ふ段取りであるが、今日に於ても然りで、況んや素性も知らぬ一現の旅の者が、三百俵の棉を買ひ付けると云ふことは、到底出来さうな談ではなかつたのだ。然るにタタ氏の日本人に対する寛襟は――寧ろ先天的不思議の宿縁でゝもあつたのだらう――非常なもので、川村氏に対しても一見十年の知己の如きものがあり、直ちに三百俵買付を承諾して呉れて、船積の心配迄して呉れたのである。為替を組む方法が分らぬとあつて、それも態々香港上海銀行へ行つて組んで呉れたのである。一つには川村氏の性格とタタ氏と肝胆相照し、一脈の通ずる或物があつたにも依らうが、実に破天荒の出来事と云つてもよいので、川村氏の面目躍如たるものがあると同時に、偏に氏の信望の然らしめたものと言はねばならぬ。是れが抑も日本と印度との間に電信で商取引が出来た嚆矢であつて、今日の左二十手を日本の紡績が紡出するに至つた濫觴である。
 然るに元来餅屋は餅屋で、紡績屋が自ら棉花の輸入をやるのは変則であつて、是れは綿屋をして取次がしむるがよいと云ふのが氏の主張であつた。その結果従来自分が研究を重ねた方策全部を内外綿会社に譲り、自分は専ら産婆役として孟買から印棉の輸入を同社にやらしたのである。それが内外綿会社の印度綿花直輸入を実行した第一歩で、同時に我が国印棉輸入の発端であつた。
 以上の事実に依つて見ても、日印貿易の開拓者たる名誉は双肩に負ふ所であるが、偖内外綿会社にやらして見た印棉の輸入も一向幼稚なもので、更に取扱の手続も分らなかつた。そこで氏の肝煎でタタ氏を招聘して、印度棉の談を聴くこととなつたのである。余程川村氏に惚れ込んだと見えて、タタ氏自身日本へやつて来て、大阪商業会議所に貿易業者や紡績関係者等を集めて、印度紡績の混棉に関する講演会を開いたのである。正に是れ暗夜の灯明であつて、偏へに川村氏の功績に帰せねばならぬ。それは明治二十四年の事であつた。
 超えて明治二十五年から六年へかけてジエー・エヌ・タタ氏が来朝した際の如き、益々親交を重ね両々相俟つて今日の我国紡績業の発展に寄与したものは少くなかつたのである。その中最も顕著にして永く没す可らざるものがある。即ち灘万秘密会議の結果成立した郵船会社対五大紡績会社間に取結ばれた印棉積取約定のそれである。日本紡績の発達を計るには何と云つてもその原料を海外より出来る丈け安く輸入することにある。安く持つて来るには運賃を出来る丈け値切らねばならぬ。一噸十七留比は高過ぎるから、十二留比にせよと云ふのが之等の人の主張であつた。
 そこで川村氏はタタ氏と協議を重ねた末、渋沢子爵のお声がかりの下に、今独占の横暴を逞うして居るPO汽船に対抗して、日本郵船会社に積み取らせようと云ふ計画を樹てたものである。然し当時の日本郵船会社としては、此の強力なるPOと競争して相手を叩き潰す迄行
 - 第10巻 p.267 -ページ画像 
くには容易ならぬ努力を要したこと勿論で、それには出来る丈け有力なる後援者が無くてはならぬと云ふ処から、専ら川村氏の音頭取りで、一方に渋沢子爵とタタ氏と郵船との三者間に協定を進めると同時に、他方紡績側の意見を纏めることに奔走した。
 かくして何処迄もPOと競争せしめて、相手を打破るまで行かうと云ふのであるが、偖愈々となると、色々な意見が出て来るもので、此の国家的大計画も、眼前の小利に眩惑して、反対を唱へる者も少くなかつた。二者の競争は勝手にさして置いて、どちらでも安い方へ積んだらばよいぢやないかと云ふ卑劣な連中もあつた。氏はそんな眼先師を相手にして居ちや百年の大計は達せられないと云ふ見地から、北浜灘万で紡績巨頭の秘密会議となつたのである。此時集まつたのが大阪紡績の川村氏、三重紡績の伊藤伝七氏、鐘紡の朝吹英二氏、内外綿の渋谷正十郎氏及び日本棉花の佐野常樹氏とであつて、何れも当代綿業界の一流揃であつたことは云ふ迄もない。其の結果この有力なる五会社が協力して、一箇年五万俵の印棉積取を日本郵船に保証し、運賃は仮令POがタダにしても、此方へは十七留比を支払ふとし、一方日本郵船はいくら損が行つても、極力孟買般路《(航)》の開拓に努力しようと云ふ秘密約定が出来上つた。
 かうした有力な約定が出来て見れば、群少紡績が何と云つて見た所で追付きそうなこともなく、漸次之れに賛成するものが殖えて来て、終には紡績聯合会全体と日本郵船会社との契約が成り立つたものである。之れが今日存する所の大日本紡績聯合会対日本郵船会社の印棉積取契約の濫觴であつて、初めて日本船による印棉輸入の道を拓き、依つて以て今日に於ける我国紡績業隆盛の主因を為したと云つてよいのである。と同時に、それは皆渋沢子爵、タタ氏と川村との努力の賜であると云はねばならない。


〔参考〕印度棉産及紡績業事情報告書 第一―一七二頁(DK100028k-0008)
第10巻 p.267-319 ページ画像

印度棉産及紡績業事情報告書 第一―一七二頁
    印度紡績事業ニ関スル復命
曩二命ヲ承ケテ途ヲ発スルニ方リ、大日本綿糸紡績同業聯合会ハ調査ヲ要スル事項ヲ列記シテ以テ示サル、乃チ玆ニ調査シ得ル所ヲ録シテ復命セントス、但シ其項ノ順次ハ閲覧ニ便センガ為メ変更スルモノアリ、請フ諒セヨ

  第一 農業ノ部
    産綿ノ総額
 産綿ハ何ノ地方尤モ多額ニシテ全国一ケ年ノ産出ハ大略幾許ナルヤ印度ニ於テ棉ヲ産スルノ地ハ南チンネワーイ地方ヨリ北デイリー地方ニ至リ、東緬甸ヨリ西進度ニ至ル迄数千里ノ間ニ散在シ、各州多少之ヲ出サヽルハナシト雖、其最モ棉ニ適シ多ク之ヲ出スハデカン、トラツプト称スル一帯ノ地、即チカツチ、ジヤブルプール及ゴアノ間ニ連延スル三角形ノ区域中ニ在リ、中央印度、中央州、ベラル、ナイサム及孟買等各州ノ一部其域内ニ属シ、夫ノブロウチ、ヒンガンガツト及オムラワチー等ノ如キ有名ノ棉ハ、皆此地ヨリ出ツ(綿花種類ノ項参
 - 第10巻 p.268 -ページ画像 
看)、綿作地ノ面積ハ毎年伸縮シテ一定セサルノミナラズ各書載スル所各人ノ告クル所多少ノ差アリ、近頃印度政府カ算定スル所ニ拠レハ其平年ノ作地反別一四、〇五一、八〇〇エークルナリト云フモ、其ノ英人ハ種々ノ事実ニ徴シテ以テ一四、二二二、〇〇〇エークルニ上ル可シトナセリ、今其二説ニ拠リ各州ノ反別ヲ表出シ且之ニ附加スル二千八百八十七乃至八年ノ作地反別ヲ以テスルコト左ノ如シ

図表を画像で表示--

  地名          平年綿作地       エークル       千八百八十七乃至八年棉作地(官報)              官報          某私報  孟買         二、五七一、〇〇〇  進度            七〇、〇〇〇   五、四二五、〇〇〇   五、六一五、五二六  孟買進度中ノ土領   二、四四二、〇〇〇  ベラル        二、〇三三、〇〇〇   一、九六〇、〇〇〇   一、九一九、八九四  北西州及オード    一、六七三、〇〇〇   一、六三〇、〇〇〇   一、五二六、〇五四  マドラス       一、六六一、〇〇〇   一、六七五、〇〇〇   一、三九九、八一五  ナイサム       一、〇一六、〇〇〇     九七〇、〇〇〇   一、〇〇〇、〇〇〇  パンジヤブ        八八九、〇〇〇     八六〇、〇〇〇     六四四、五〇〇  中央州          六二七、〇〇〇     六一〇、〇〇〇     五九一、九二〇  ラジプタナ(ァジシヤ共) 五三六、〇〇〇     五五〇、〇〇〇     四六七、二八三  中央印度         二九五、〇〇〇     二九〇、〇〇〇     二九〇、〇〇〇  ベンゴール        一六二、〇〇〇     一六二、〇〇〇     一六二、〇〇〇  アスサム          三九、〇〇〇      四〇、〇〇〇       一、一七四  マイゾル及クルグ                  四二、〇〇〇      四二、六三九                三七、〇〇〇  緬甸                         八、〇〇〇       七、七六五  計         一四、〇五一、八〇〇  一四、二二二、〇〇〇  一三、二三二、四二四 



是ニ由テ視ルニ平年綿作地ノ三割八分余(某氏ノ報告ヲ取ル)ハ孟買進度ニ属シ、次ニベラル、マドラス及北西州オードノ三地方ハ互ニ大差ナク壱割壱分余乃至壱割三分余ノ割合ニ居リ、其ノ他ノ地方ハ較々減ス、更ニ各州綿作地ノ全般耕地ニ対スル比率ヲ索ムルニ大凡左ノ如シ
           全耕地ニ対スル綿作地%(・以上ヲ一位トス)
  地名   八十四乃至五年 八十五乃至六年 八十六乃至七年 八十七乃至八年
 馬徳拉     六・二     六・〇      六・四     五・八
 孟買      八・三     八・七     一一・〇    一一・〇
 北西州     七・二     六・三      七・〇
 オード     一・〇     〇・八      六・〇
 パンヂヤツブ  三・五     五・〇      五・九
 中央州     四・三     四・五      四・九
 ベラル    三〇・二    二八・一     三二・〇
右ニ表ヲ対照スルニ各州綿作地ノ全耕地ニ対スル割合ノ多寡ト綿作地ノ広狭トハ相平行セス、其割合ノ最多キハベラルニシテ孟買之ニ次ク、而シテ各州逐年多キヲ加フルノ状アルヲ見ルヘシ
綿産額ノ正確ノ報告ヲ得ルハ其ノ反別ニ比スレハ更ニ難ク、政府ノ報告ニ拠レハ平年ノ産額無慮八百五拾五万ホンドレツトウヰトヲ以テ実ニ近シトナシ、又某ノ綿業ニ明ナル者ハ九百万余ニ上ルヘシトナス、今ヤ姑ク壱エークルノ産額大凡七一・八封度ト認定スルニ於テハ全州
 - 第10巻 p.269 -ページ画像 
総反別ノ出ス所九百拾壱万七千ホンドレツトウヰト余、即チ二、六〇四、九四八俵(壱俵三本半)ニ達ス可シ、若シ夫レ産額ノ各州別ノ如キハ各州ノ反別及後ニ掲出スル各地産額ノ平均数ニ由リ之ヲ測定スルコトヲ得ヘシ、而シテ其各州ノ輸出額州外ヘノヲ按スルニ概ネ左ノ如シ
  州名           輸出額      州名      輸出額
                    本               本
 孟買         二、〇三九、〇〇〇  パンジヤブ  三二四、五〇〇
 ベラル        一、二一三、〇〇〇  中央州    一五二、二〇〇
 北西州及オード    一、〇九七、〇〇〇  進度     一二七、六〇〇
 ラジブタナ及中央印度   六七〇、〇〇〇  ナイザム    七七、九〇〇
 馬徳拉          四〇一、六〇〇  アツサム    二〇、二〇〇
右ハ一旦孟買、カラチ、馬徳拉及甲谷佗等ノ港口ニ入リ尋テ海外ニ漕出スルモノナリ其各港漕出ノ額ハ輪出事情《(輸)》ヲ論ズルニ方テ詳具スヘシ
    棉花耕作ノ方法
 棉花耕作ノ方法ハ本邦ノ如キ小農法ナルヤ、将タ欧米ト同ク器械耕作ナルヤ、地主小作人ハ何等ノ約束アルヤ、且其農事ニ労役スル者ハ土人ナルヤ、又ハ他国人ヲモ使役スルヤ、其賃銭労働時間等ノ実況ハ何様ナルヤ
印度ノ地制ハ各処一ナラス、農区ノ広狭モ亦随テ異ナル、而シテ綿作地ノ首位ヲ占ムル孟買及ベラルハ幾ント全部、馬徳拉ハ大約三分二、所謂ラヤトワリーノ法ニ依リ、耕作者其土ヲ占有シテ直ニ政府ニ隷属ス、其地区ノ広狭大小固ヨリ千差万別ナリト雖、馬徳拉州ニ於テハ平均八エークル(或ハ曰ク七エークル半)、孟買ニ於テハ北部ハ平均八エークル中部ハ三十二南部ハ二十三通計平均二十二エークル、又ベラルニ於テハ二十エークルノ割合ニ当ル、而シテ此ラヤトワリーノ法ヲ行フノ地方ニ在テモ亦其占有者必自ラ耕作ヲ施サス、他人ヲシテ佃作セシムル者尠カラス、故ニ実際一耕作者ノ占拠スル地区ハ前掲ノ割合ヨリ更ニ小ナルコト必然ナリ
孟加拉、北西州及オード、バンジヤツブ等北方ノ地方ニ於ケル地制ハ南方ノ緒州ト其ノ要旨ヲ異ニシ、実際土地ヲ占拠シテ耕耘ヲ営ム者ノ外、別ニ地主即チ土地所有ノ権ヲ有スル者アリ、其所有地ノ区域甚大ニシテ数万エークルニ出ツルモノ少カラス、然ルモ其実数十ノ人之ヲ分占シ、再三逓佃シテ地主ト耕作者トノ間ニ介在スルモノ啻ニ一二ノミナラス、而シテ其人ヲ経ル愈々多キニ従ヒ地区愈々分散シ、至竟一農者ノ占拠スル圃場ノ大小ハ、之ヲ究悉セント欲スルモ能ハサルニ至ル
要スルニ印度ノ地制ハ各地其沿革ヲ異ニシ現況亦随テ区々ナリ、地主ト小作人ノ関係ノ如キハ愈々錯雑ニシテ一地方ニ在テスラ尚ホ小作人ノ種類二三ニ止ラス、永久不変ノ小作料ニ依リ永久小作地占有ノ権ヲ有スルモノアリ、永久占有ノ権ヲ有スルモ小作料永久不変ナラサルモノアリ、又永久占有ノ権ヲ有セサル者、若クハ土地ヲ占有セスシテ惟小作料ヲ徴収スルノ権ヲ有スル者アリ、其小作料ノ割合ニ至ツテモ或ハ一定ノ額ニ拠リ、或ハ一定ノ率ニ依リ、或ハ収穫ノ多寡ニ応ス、且之ヲ納付スルニ或ハ金ヲ以テシ、或ハ物成ヲ以テスルノ別アリ、其他巨細ニ渉ラハ千条万派一朝一夕ノ曲尽スヘキ所ニアラス、且顧フニ此
 - 第10巻 p.270 -ページ画像 
事タル紡績ノ業ニ影響スル敢テ甚大ナリトナサス、故ニ姑ク他日ニ委セントス
更ニ耕作ノ施設ヲ約言センヲ、多クハ自家ノ労力ノミヲ以テシ、或ヒハ補フニ有数ノ雇夫ヲ以テス、耕スニハ概ネ牛ヲ用ヒ或ヒハ罕ニ水牛ヲ用フ、手鋤スルモノノ如キハ殆ト之ナシト謂フモ大過ナカルヘシ、犂ハ通常木製ニシテ鉄ハ尖頭ニ加フ、小ニシテ且軽ク輒スク肩ニ担フヘシ、其土ヲ撹起スルコト僅ニ二三寸ニ過キスト雖、耕スコト常々数回、遂ニ六七寸ノ深サニ至ル、一日一対ノ牛犂ヲ以テ半エークル若クハ一エークルヲ耕スヘシト云フ、近年欧洲ノ犂ヲ輸入シ或ハ之ヲ折衷スルモノアルモ、其用尚ホ僅々ノミ
農圃ノ広狭及施設ノ大小ハ上来述フル所ニ拠テ以テ略ホ其大概ヲ想像スルニ足ルヘシ、更ニ進ミテ綿作ノ方法ニ及ハン、夫レ印度棉作地ハ既ニ記述スルカ如ク数千里ノ間ニ散在シ、平野アリ高原アリ又水田アリ、地質ニ於テモ亦大ニ異ナル、乃チ棉作ノ方法数百年来ノ旧慣ニ依リ始終一律ニ従フト雖、随処其土ニ応シテ経験実施スル所アリ、一朝一夕ニシテ其異同ヲ究ムヘカラス、惟大要ヲ示サンカタメ某書ノ一節ヲ抄訳スルコト左ノ如シ
棉作ヲナスニ方リ撰取スルノ地ハ通常黒色鬆軟ノ土ニシテ、分解シタルパサルトノ組織ニ係リ称シテレイグル即チ黒色棉地ト云フ、播種ノ前犂ヲ加ヒ耕スコト僅ニ数回ナリ、肥料ヲ用フルハ甚罕ニシテ若シ用フルモ僅ニ堆糞若クハ木灰ヲ攤敷スルニ過キス、而シテ前年ノ葉枝ヲ畝上ニ存置シテ以テ肥料タラシムルモ亦往々之アリ
種子ハ自ラ産スルカ若クハ其隣保ノ産スルモノニ係リ、数百年来依然タリ、之ヲ播クノ前牛糞汁ニ浸シ、且乾シテ其粘着スルヲ防キ後撒播ス、或ハ播種器ヲ用ヒ列植スルコトアリ、而シテ他ノ穀物又ハ豆類ト交植スルコト多シ
播種ハ早キハ六月ヲ以テシ晩キハ九月ニ及フ、畢竟風土ニ応シテ差アリ(後ノ表ニ詳ナリ)、其播種シテヨリ三週日ヲ経ルノ後雑草ヲ芟除シ前後大凡二三回ニ及フ、其花ヲ発スルハ凡四月、熟スルハ六月ノ後ニアリ、或ハ九月ノ永キニ渉ルコトアリ
土人ノ農業ヲ営ムニ疎ニシテ不注意ナルハ一般ノ常態ニシテ、殊ニ綿作ニ於テ著シク、其綿花ノ熟スル逐次之ヲ摘収セスシテ、全圃ノ成熟ヲ俟テ甚シキニ至テハ自家ノ都合ニ任セテ時期ノ遅速ヲ顧ミス、而シテ摘収スルニ其人ヲ得ス、若クハ其費ヲ得サルカタメニ遷延シ、又ハ商人ヨリ前金ヲ受ケ其評価ヲ経ルノ後ニアラサレハ摘収ヲナスヲ得サルモ亦屡々之アリ、此ノ如キ種々ノ原因ニ依リ摘収其時ヲ愆ルノ間、綿花ノ三分ハ地ニ落チテ土砂若クハ他物ト混シ、或ハ雨ノタメニ成綿ノ半ヲ失フ二至ル
綿花ヲ摘収スルニ際シ之ニ付着スル葉片及他ノ外物ヲ汰去スルヲ務メス、概ネ雑物ト共ニ収メテ器ニ入レ(通常多クハ竹籃ヲ用フ)、納屋ニ致シ土芥ノ間ニ累積シ(或ハ曰ク土中ニ坎ヲ穿チ其中ニ積ムモノアリト)、其既ニ繰リタル否トヲ問ハス風塵ニ露出シテ顧ルコトナシ
以上摘記スル所ハ綿作法ノ梗概ニシテ、馬徳拉州ノ実況ニ係ル、依テ以テ一般ヲ察スルニ足ルヘシ、但シ他物ト併作スルハ全国随処見ル所
 - 第10巻 p.271 -ページ画像 
ナリ
綿作ハ進度ヲ除クノ外概シテ畝ニ於テシ専ラ雨露ニ依ル、要スルニ印度ノ農事ハ西南貿易風期ノ雨ニ左右セラルヽモノニシテ(井水若クハ溝水ニ依ルハ割合ニ少シ)、其雨ハ例年五六月ノ交ヨリ九十月ノ交ニ至ルマテ全土ニ普及シ、其余ノ月ニ在テハ幾ント一滴ノ雨ヲ得ス、但タ東方海岸ノ地ハ十月ヨリ十二月ノ頃ニ捗リ、北東貿易風ニ随テ降雨アリ、故ニ馬徳拉州ニ於テハ其時ヲ以テ綿作ヲナスモノアリ、即チ各地綿作ノ季節概ネ左ノ如シ
  綿花種類   耕地準備著手 播付   花期    摘取著手  初荷上市期
 ブロウチ    六月     六月七月 十月十一月 一月    二月
 ヒンガンガツト 同      同    八月    十月    十一月
 ウムラワチー  同      同    同     十月十一月 十一月十二月
 ヂアルゴン   同      同    同     同     同
 ドレラ     六月(末)  七月   九月十月  一月二月  三月
 ベンゴール   五月六月   七月八月 九月    十月十一月 十一月十二月
 ダルワル    八月     八月   十二月   二月三月  四月五月
 コムタ     同      同    同     同     同
 ウヰスツルン  六月七月   八月九月 一月二月  四月    五月六月
 ボンナガー   六月(末)  七月   九月十月  一月    二月
右表示スルカ如ク棉ノ成熟ハ馬徳拉州ウヰスツルン(北東風期ヲ以テ耕作スルモノ)ヲ除クノ外、早キハ十月晩キハ三月ニ渉ル、耕件者ハ各地其土人ニ係リ亜桑及ダーズリング等ノ地方ニ在テ茶園ニ従事スル者ヲ除ノ外、他方ヨリ移住シテ農業ヲ営ムハ殆ント之ナシ、千八百八十一年ノ人口調査(最近ノ調査)ニ拠レハ、農業ニ従事スル成男ノ数(其英領ト藩属地トヲ合ス)無慮五千二百〇二万九十〇九十八人ニシテ、之ニ日雇力役者七百廿五万人ヲ加フルハ即チ五千九百二拾七万九千余人ニ及ヒ、実業ニ係ル総人口ノ七割二分余ヲ占ム、此外更ニ間接ニ農業ニ与カル者亦少カラス、女ノ八割三分ハ人口調査ニ拠レハ無業ナリト雖、其業アル者ノ多分ハ実ニ農ニ関ス、又五万以上ノ人口ヲ有スル市府ハ英領印度中僅ニ四十四、其住民ノ数大凡五百五拾万ニシテ総人口ノ三分ニ及ハス、且其市府ナルモノ多クハ村民ノ聚落ニシテ工商ヲ以テ市府ヲナスハ僅ニ三五ノ間ニアリ、即チ印度ハ幾ント全ク農業国ナリト云フノ実ナルヲ徴スヘシ、而シテ人口ハ太タ稠密ニシテ英領印度全体ニ於ケル比例ハ一方哩ニ付二百二十九人、其中ヨリ近来英領ニ帰シタル緬甸及亜桑ノ地ヲ除ケハ二百六十人トナリ、其人口最モ密ナルベハルノ某地ノ如キハ八百人ノ多キヲ告ケ、耕地一エークルニ付一人或ハ二人ノ割合ヲナス、然ルモ土人ハ尚ホ其居ヲ転シテ更ニ余地アルノ境ニ就クヲ好マス、毎ニ其故土ニ繾綣スルノ風アリ(絶テ移住スル者ナキニアラス、南印度人ノ如キ現ニ錫蘭島ニ出稼スル者尠カラス)
印度人民ハ啻ニ其ノ居ヲ転スルヲ好マサルノミナラズ、其業ヲ移スニ於テモ亦頗ル自由ヲ欠キ箕裘相襲クノ慣習他国ニ比スレハ更ニ牢ナルカ如シ、是レ彼ノ品属類別ノ然ラシムル所ニシテ、凡印度ノ土人ハ品属ノ別ヲ厳ニシ(回教徒ハ稍異ナル)、其品属異ナル者ハ互ニ婚嫁セサルノミナラス、共ニ坐シ共ニ食ハス、甚シキニ至テハ異品人ノ汲ミタ
 - 第10巻 p.272 -ページ画像 
ル水、炊キタル食ハ之ヲ飲ミ之ヲ喫ハス、而シテ其同品人ノ間ニ在ツテハ緩急相補助シ善悪相歓懲シ居然タル一団体ヲナス、蓋其類別ノ事タル元ト人種ノ異同ニ基キ職業ノ差別ニ依ルコト疑ヲ容レスト雖、土地ノ境域モ亦類別ノ一源因トナリ各地其沿革ヲ同クセサルノミナラス類別ノ大本ヲ異ニスルモノモ亦之アリ、宗教ノ異同ハ必スシモ品属ノ類別ト相一致セス、但タ其類別ノ法ヲ創起セル者曾テ之ヲ宗教ト連続センコトヲ勉メタルカタメ二者竟ニ相関係スルニ至ル、又血統ハ既ニ述フルカ如ク類別ノ根基ナリト雖、歴年ノ久キ異人種交々相婚シ(異種相婚セサル風ハ後来ノ制ニ係ルト云フ)、人種ノ異同ハ昔日ノ如ク判然タラス、惟現在ノ門地ヲ論スルノミ、畢竟今日ノ類別ニ於テハ職業ヲ以テ最モ顕然タル標準トス
然リ而ルモ各品属必其業ヲ異ニシ互ニ相渉ラサルニアラス、一品属ノ中数業ヲ含ム、且其初ニ在テハ別少クシテ而シテ厳ナリシカ、年ヲ経ルニ従ヒ流又流、派又派今日ニ至テハ一種ノモノニ分レテ数百ノ多キニ及ヒ、尚ホ未タ底止セス、乃チ其間ニ於テ業ヲ移スハ敢テ能ハサルニアラサルヘシト雖、社会其人品ヲ分チ品々殊ニ団結ヲナスニ於テハ其移業ニ自由ヲ欠クコト知ルヘキナリ
印度ノ耕者ハ既ニ其土ニ溢ルヽモ、社会ノ組織之ヲシテ他業ニ移リ難カラシムルコト斯ノ如シ、且今日ニ在テハ農業ノ外更ニ操ルヘキノ業甚尠シ、而シテ人口ハ毎年大凡一分ノ割合ヲ以テ増殖シ、十年ノ後ハ実ニ二千万人ヲ加フヘシ、其間豈ニ他ノ労力者ヲ容ルヽノ余地アランヤ、資本ヲ農間ニ容ルヽノ問題ハ自ラ殊別ニシテ、後ニ陳フルカ如ク農家多クハ貧ニ困ムヲ以テ資ヲ此ニ卸サント欲セハ、想フニ億千モ尚ホ足ラサルヘシ、然ルモ今日欧人ノ其資ヲ投スルハ惟亜桑、ダーズリング等ノ茶園、若クハベハルノ藍作ノミ、其他ニ至リテハ総テ土人ノ経営ニ係ル
終ニ臨ミテ農夫ノ日雇賃銭ノ事ヲ約言センニ、千八百八十七乃至八年孟買行政報告ニ拠レハ該州各綿産地普通労力者一日ノ賃銭左ノ如シ
 地名    ブロウチ シユラツト カンデシ アムダナアガル ダルワル  カラチー ハイデラパツト
 一日ノ賃銭 四ア   五乃至八ア 四ア   四ア      四ア    六ア   六乃至一〇ア
   印度貨         本邦貨
 一ルーパー(留)    四拾四銭六四三
 一アンナ(ア)       二銭七九二
 一パイ(パ)        〇・二三二
 一二パヲ一アトシ一六アヲ一留トス、我カ通貨トノ為換ハ時々異ル惟大概ヲ示ス
又千八百八十七年十二月末日馬徳拉州綿産地ニ於ケル農夫ノ賃銭ハ次ニ表出スルカ如シ、而シテ其賃銭ハ或ハ金ヲ以テ或ハ作物ヲ以テシ、殊ニ収穫ニ使用スル者ハ作物ヲ以テスルコト多シ

図表を画像で表示--

 地名       キストナ  カダハー  アナダブル  ベラリー  チンネワレイ  コインバトル 市府       八留アパ  七留八ア  四留     五留 ア  四留八ア    三留 ア    一箇月賃銭                    五一 〇  六       七 八 村落       五 六 四 二 八   三      三     二 八     三                七 八   五      六     六       七 八 



 - 第10巻 p.273 -ページ画像 
労力者ニ常雇ト臨時雇ノ別アリ、共定雇ノモノハ常ニ賃銭少シト雖、自家ノ用ニ供スルカタメ蔬菜ヲ作リ、或ハ収穫ノ一分ヲ得ルノミナラス、屡々前金ノ支給ヲ受ケ、若クハ衣服金銭等ノ恵与ヲ受クルコトアリ、又賃銭ト食料ヲ併セ給シテ其金額ヲ減スル者亦尠カラス、労働ノ時間ハ全国到処甚不規ニシテ一定ノ時数示シ難シ、要スルニ労働者ハ概ネ汗漫頽索ノ譏ヲ免レサルヘシ
    綿花ノ種類
 綿花ノ種類ハ土地ニ随テ差等アルべシト雖、本邦産ニ類スルモノ多キヤ、又タ埃及南亜米利加産ニ類スルモノ多キヤ
印度ノ綿花ハ実際上ノ便宜ニ依リ、大別シテ内国種外国種ノ二トナス可シ、其内国種ハ学問上ノ類別ニ依レハ概シテ一概ニ属シ(他種ニ属スルモノアリト雖、今日商業上殆ト価値ヲ有セス)、蓋我カ日本ノ産ト類ヲ同クスト雖、其品質形状啻ニ我ト相異ナルノミナラス、彼ノ各地ノ産其互ニ差アリ、是ヲ以テ商業上地名ヲ以テ之ヲ甄別シ其数百余ニ及フ、然ルモ共重要ノモノヲ挙クレハ左ノ数種ニ過キス

図表を画像で表示--

 種 類              地 名                       州 名     輸出港 ヒンガンガツト          ワルダ、ナグホール、ニマー等            中央州     孟買 ブロウチ             ブロウチ、バロダ、シユラツト等           孟買      同前 ドレラ              カチワル、アメダバツト               同前      同前 ボンナガー            ハロダ、カツチ等                  カンデイツシユ、及ナジツク             同前      同前 ウムラワツチー          アメツドナアガー                  同前      同前                  アコラ、アムラオチ、バルダナ等           ベラル     同前 コームタ             ビヂヤボール、ダルワルペルガム等          孟買      同前 ダルワル             ダルワル及南マラタア地方              同前      同前 シンド              ハイデラバツト、シカルボール等           シンド     カラツチー                  デイリー、アンバラ、アムリツツル、ムールタン等   パンジヤツプ  孟買                  ミーラフトア、グラ、アラハバフト、ロヒルカンド等  西北州     甲谷佗及 ベンゴール            シタボール、ラツクナウ等              オウド     カラツチー                  ゼイポール、メイワル、バルドポール、アルワル等   ラヂブタナ   孟買                  グワリヲル、インドール、パンデルガンド等      中央印度    同前                  シヨラボール                    孟買      同前 ウヰスツルン           ベラリー、アナンタボール、カダパー         馬徳拉     孟買及馬徳拉                                            ナイサム地方  同前 サレムス(或ハコインベートル)  コインベートル、サレム               馬徳拉     馬徳拉 ココナダ             キストナー、ネルロアー、ゴタベリー         同前      コヽナダ及馬徳拉 チンネウイリー          チンネウヰリー、馬徳拉トリチノボリー        馬徳拉     ツチコリン 



更ニ各種産出ノ多寡ヲ示サンカ為メ、其耕地ノ面積収穫及孟買輸入ノ数量ヲ左ニ表出セン

図表を画像で表示--

 種 類        産出地方            平均面積      平均収穫  (三百九十二封度ヲ一俵トス)  千八百八十四乃至八十八年  平均孟買輸入高                                           俵       俵             俵              俵 ヒンガンガツト  ワルダ、ナクポール等        六一〇、〇〇〇   六五、〇〇〇  六五、〇〇〇        一二、〇〇〇         一二、〇〇〇          ユリチポール、アコラ等     一、九六〇、〇〇〇  二六〇、〇〇〇               二四六、〇〇〇 ウムラワツチー  カンデイツシバルシー        八八〇、〇〇〇  二二〇、〇〇〇 五七五、〇〇〇       一九三、〇〇〇        五二二、〇〇〇          アメツドナガル等                    九五、〇〇〇                八三、〇〇〇          ボーナツガル、カツケ等 ドレラ                      二、五四七、〇〇〇  四八〇、〇〇〇 四八〇、〇〇〇       四〇二、〇〇〇        四〇二、〇〇〇          カシアワル、アメダバツド ブロウチ     ブロウチ、シユラツトバログ等    五九七、〇〇〇  一五〇、〇〇〇 一五〇、〇〇〇       一三三、〇〇〇        一三三、〇〇〇  以下p.274 ページ画像  コムプタ     ピジヤポールダルワル等       九六八、〇〇〇  一二〇、〇〇〇 一二〇、〇〇〇                                                           一三一、〇〇〇        一三一、〇〇〇 ダルワル     ダルワル及南マラリア諸州      二七七、〇〇〇   三五、〇〇〇  三五、〇〇〇          ハンジヤツプ            八六〇、〇〇〇  二一〇、〇〇〇 ベンゴール    西北州及オウド         一、六三〇、〇〇〇  二九〇、〇〇〇 七八〇、〇〇〇       二二一、〇〇〇        二二一、〇〇〇          孟加拉               一六二、〇〇〇   四〇、〇〇〇          ラジプタナ及中央印度        八四〇、〇〇〇  二四〇、〇〇〇          シヨラポール等            二五、〇〇〇   一〇、〇〇〇 ウースツルンス  ナイサム管轄地           九七〇、〇〇〇  一三〇、〇〇〇 二一〇、〇〇〇        三二、〇〇〇         三二、〇〇〇          ベラリーカツダバー等        六六五、〇〇〇   七〇、〇〇〇 コヽナダス    キストナ等             二四五、〇〇〇   二三、〇〇〇  二三、〇〇〇      ・・・・・・・・       ・・・・・・・・ チンシウヰリー                    七四二、〇〇〇  一〇〇、〇〇〇 一〇〇、〇〇〇      ・・・・・・・・       ・・・・・・・・ 進度       進度                 七五、〇〇〇   三〇、〇〇〇  三〇、〇〇〇        三六、〇〇〇         三六、〇〇〇 アサム      アサム                四〇、〇〇〇   一五、〇〇〇  一五、〇〇〇      ・・・・・・・・       ・・・・・・・・ 緬甸       緬甸                  八、〇〇〇    九、〇〇〇   九、〇〇〇      ・・・・・・・・       ・・・・・・・・ 其他諸種                                  八、〇〇〇   八、〇〇〇      ・・・・・・・・       ・・・・・・・・ 



前出各種ノ品質ハ互ニ相異ナルノミナラス、一種中亦精疎ノ別アリ、故ニ各種通常別テ上中下ノ三等トナス、而シテ毎等尚ホ均一ヲ得ス、蓋綿花ノ耕作ハ他項ニ述フルカ如ク小農区々ノ経営ニ係リ、一地方ニ在テモ尚ホ其産出ニ多少ノ差ヲ免レス、況ンヤ売買ノ間、故ラニ精疎相参雑スルモノアルニ於テオヤ
綿花相場表ヲ観ルニ各種ノ価格常ニ浮沈スルコト固ヨリ論ヲ俟タスト雖、連年高価ヲ占ムルモノハ、ブロウチニシテヒンガンガツト之ニ次ク、惟フニ価格ハ啻ニ品質ノ精疏ニ因ルニアラスト雖、又以テ其質ノ高下如何ヲ酌定スルニ足ル可クシテ(棉花輸出事情参看)、畢竟印度棉ノ冠冕ヲ占ムルハブロウチ、ヒンガンガツトノ二種ニ外ナラス、之ニ反シ其最下ニ居ルヲベンゴールトス(通常多ク市場ニ上ルモノニ就テ謂フ、全般ニ渉ラハ更ニ之ニ劣ルモノアリ)、其ベンゴールト称スルハ従来専ラベンゴール州ヲ経テ輸出セル諸種ノ総名ニシテ、産額最多ク内地ニ於テ使用スルモノ、多分ヲ占ム、然ルモ繊緯短キカ為メ以テ細糸ヲ製ス可カラス、棉花紡減ノ割合ハ各種ノ間大差アリ、或ハ弐割余ノ多キニ及フモ近頃某工場ニ於テ実験スル所ニヨレハ、ヒンガンガツトハ七%、ベンゴールハ十%ニ過キスト云フ
今ヲ距ルコト数年前、孟買州ノ棉花事務官学士フホルブス、ワツトソン氏ハ各種ノ棉花ヲ以テ各種ノ繰器ヲ試験シ、其器ノ優劣並ニ棉花ノ好悪ヲ究明シタリ、今其言ヲ摘挙スレハ左ノ如シ
印度綿ト米国綿ノ比較 印度棉ノ繊緯ハ之ヲ米国棉ニ比スルニ、人ノ常ニ想像スルカ如ク甚タ相劣ラス、其西部及南部ニ産スルモノ(シユラツトト唱ヒ来レルモノ、及馬徳拉地方ノモノ)ハ米国種通常ノモノ即チ短繊緯ノモノト相対スルニ短キコト僅ニ吋ノ拾分ノ一ニ過キス、要スルニ孟買馬徳拉棉ノ五割ハ米国通常品ト其長ヲ相同クス、乃チ其繊緯ハ頗ル佳ナルモ他ノ短処ニ掩ハレテ未タ市場ノ高位ヲ占ムルニ至ラズ、其短処トハ葉片ヲ混スル太タ多クシテ不精ナルコト、及繊緯ノ不同ナルコト即チ是レナリ、而シテ其不精ナルト不同ナルハ之ヲ摘収シ且繰製スルニ方リテ注意足ラサルカ故ノミニ非ス、其棉ノ性質ニ源因スルコト亦多シ、蓋印度棉ノ核ハ米種ニ比スレハ較々小ニシテ核殻ヲ解脱スルコト較々難ク、且種子ニ粘着スルコト亦甚タ固シ、又米国
 - 第10巻 p.275 -ページ画像 
及埃及ニ在テハ摘収ノ秋、其葉尚ホ未タ枯レスシテ幹ニ固着スルモ、ダルワル地方ニ於テハ(其固有種ト米国種トヲ問ハス)既ニ枯レテ且ツ零ツ、故ニ米国ニ於ケルト均シク注意スルモ尚ホ葉ヲ混シ易シ、況ンヤ其不注意ナルニ於テヲヤ、而シテ印度棉花ノ不精ナルハ其葉ヲ混スルノミナラス又種子(挫折シタルト否ト交々混ス)ヲ交雑スルコト稍多キニ由ル、之ヲ概スルニ印度綿試験ノ結果左ノ如シ
第一 印度固有ノ棉ハ之ヲ大別シテ北西地方産ト南東産ノ二トナスヘシ、甲ハ繰綿凡三分一(実棉ノ目方ノ三分一)ヲ出シ、乙ハ凡四分一ヲ出ス、而シテ進度棉ハ其繊緯短キモ産額多クシテ三分一以上ニ及フ以一種殊別ノモノトナス可シ、(出棉ノ割合或ハ参割六分ノ多キニ及ヒ或ハ弐割四分ニ過キス、且同種ノモノト雖、摘収ノ期節繰製ノ方法等ニ依リ四五分ヲ異ニスルコトアリ、玆ニハ唯其大概ヲ示スノミ)
第二 繰製ノ難易ニヨリ之ヲ類別スレハ三種トス、北西産ブロウチ、ドレラボンナガー、オールド、カンジシ(ワラタア綿)ウムラワツテー種ノゼイリー及コムタア、ウヰスツルン、チンホワレイハ第一種ニ属シ即チ繰リ易ク、南東産ヒンガンガツト、ウムラワツテー種ノバンニー、ニユウカンジシ(南東種類中コムタウ、即ウープムハ第一ニ属ス)ハ第二種ニシテ較々繰リ難ク、第一種ニ比スレハ繰高凡五分一ヲ減シ力ヲ費スコト三分一ヲ増ス、進度棉ハ固有種中最モ難クシテ第一種ニ比スレハ出来高三分一ニ過キス之ヲ第三種トス
第三 ダルワル地方ニ移植セシ米国種ハ大凡実棉ノ三分一ノ棉花ヲ出シ、其本種ト相異ナラス、然ルモ種子ニ固着スルコト本種ニ比スレハ更ニ甚ジク為メニ力ヲ要スルコト大ナリ
第四 品質ヲ以テ類別スレハ印度綿中最モ優等ナルハヒンガンガツトブロウチ、コムタア及ダルワル米国種ノ四種ニシテ、之ニ次クモノハカンジン、ウヰスツルン、ドレラ、ウムラワツテー及馬徳拉棉トス、夫ノ進度ノモノハ最下タリ
第五 ダルワル米国種ハ其地方ニ於テ産スル固有種ニ比スレハ葉ヲ混セサルノ一点ヲ以テ優勝トナス、其他ノ点ニ於テハ頗ル本種ノ長処ヲ失ヒ其堅実ナルト平等ナル点ヨリ之ヲ視レハコムタアニ若カサルニ至ル
第六 印度綿ノ最欠点トスル所ハ既ニ前ニ述フルカ如ク葉ヲ混スルノ太タ多キニ在リ、其最モ精ナルモノト雖、米種ニ比スレハ多キコト五割ニ居リ或ハ二倍三倍シコムタアノ如キハ幾ント四倍セリ、而シテ此欠点ハ繰綿家ノ不注意ノミニ由ルニ非サルコト既ニ解悉スルカ如シ
他ノ欠点ハ収穫ノ太タ少キコト是レナリ、其壱エークル毎ニ収穫ノ割合幾許ナルヤ精確ノ報道ヲナスヲ得スト雖、通常平均六拾乃至七拾五封度ニ過キストナス、土産中収穫最モ多キハ進度綿ニシテ是ハ即チ弐百封度乃至三百封度ニ及フ(近来ノ推究ニ由リ地方収穫ノ報告多クハ少ニ失スルヲ徴セリ)、以上ワツトソン氏ノ説
外国種 此種ノ移植ニ着手セシハ印度政府カ綿花ノ必要ヲ感セシ初ニ在リ、即チ千七百九十年始メテマウリチス及コルツヨリ其種ヲ移植シ、尋テ西印度亜米利加及波斯等ノ諸国ヨリ之ヲ伝ヘ、且千八百四十年米国ノ棉作者ヲ聘来シ、其後米国ヨリ欧洲ニ輪出ノ路中絶シ(南北
 - 第10巻 p.276 -ページ画像 
戦争ノ為メ)印度棉花ノ需要(英国ニ於テ)甚急ナルニ会シ、愈々棉作ノ有利ヲ知リ各地ニ試験場若クハ模範場ヲ設ケ、且特ニ棉花事務官ヲ置キ頻ニ綿花ノ耕作ヲ奨励シ、殊ニブラゼール及米国種ノ移植ヲ試ミシカ、遂ニ之カ伝播ヲ勉メンヨリハ寧ロ内国種ノ改良ヲ謀ルニ若カサルヲ了スルニ至レリ、外国種ノ移植ヲ試ミタルハ主トシテ印度棉ノ二欠点即チ其不精ナルト収穫ノ歉少ナルトヲ補フニ在リシカ其初ニ期望セルカ如ク充分ノ功ヲ秦セス、惟孟買ノ一部ダルワル其他両期ノ貿易風ヲ併セ受クルノ地ニ適スルヲ徴セルノミ、且之ヲ其本国産ニ比スレハ未タ同一ノ品位ニ達スルヲ得スト云フ、馬徳拉農学校ノ試験ニ拠レハ米国種壱エークルノ産額ハ繰綿四百封度ノ多キニ及ヒ、之ヲ実際農場ニ施スモ亦百九十封度ヲ得ルコト難キニ非ス、且繊推ノ美ナルコト内国種ノ遥ニ及ハサル所ナリ、而シテ土人ノ依然内国種ヲ可トシテ之ヲ顧ミサルハ、其内国種ハ疎ニシテ短ナルモ尚ホ内地ノ紡績ニ適スルノミナラス、又能ク欧洲大陸ノ需要ニ適シ且耕作ニ注意ヲ要スルコト少キニ由ルト、要スルニ外国種ハ印度全国中繁殖ニ適スルノ地少ク、縦ヒ適スルモ土人ハ頓ニ其旧ヲ捨テ、之ヲ取ルヲ好マサルモノノ如シ千八百八十四年政府ハ夏時用兵服ノ為メ南京棉即チ茶褐色ノ棉ヲ移植センコトヲ謀リ、種子ヲ分与シ且若干ノ価値ヲ以テ買収センコトヲ約シ、以テ其耕作ヲ奨励シタリシモ産出需求ニ応スルニ至ラス、遂ニ之ヲ廃セリ、但タ某地方ニ於テハ能ク其土ニ適スルヲ徴シ、規ニナグフルニ在テハ之ヲ織布トナスモノアルヲ見タリ
之ヲ概スルニ印度産綿ハ其内国種ト外国種トヲ問ハス、一種殊特ニシテ其繊緯ハ本邦又ハ支那ノ産ヨリ較々長キモ色沢美ナラス、且葉片及種子ヲ参雑スルコト太タ多ク、之ヲ一目スレハ其用ニ堪ヘサルカ如シト雖、細ニ究悉セハ其結果蓋意外ニ出ルモノアラン歟
    収穫ノ多寡及農業上ノ揖益
 収穫ノ多寡ハ年ノ農凶ニヨルモノナレ共、通例我一反歩ノ土地ニシテ実綿又ハ繰綿ニテ何程位ヲ収メ、之ニ対シテ何程ノ肥料又ハ農夫賃、器械代其他ノ緒費ヲ仕払ヒ、差引農家ニ於テ得ル所ノ利益何程位ヲ定度トスルヤ
救荒調査委員ノ報告ニ拠レハ、農家ハ概ネ其出納記牒ヲ有セス、従使記牒アラシムルモ朝ハ前圃ニ耕シ夕ハ後田ニ耘リ、且一畝ノ中、惟棉花ノミナラス更ニ他物ヲ併作ス、豈各圃各産ニ就テ出納ヲ区別スルニ遑アランヤ、即チ農作ノ実費得失ハ其綿ニ係ルト他物ニ係ルトニ別ナク之ヲ確知スルヲ得可ラス、世人ノ往々伝フル所真ニ推測タルニ過キス、今印度税務及農務省近刊ノ報告ニ拠レハ綿圃壱エークルノ耕作費左ノ如シ

図表を画像で表示--

 費目   馬徳拉   孟買       北西州及オード   パンジヤツプ   ベラル      留アパ   留アパ      留アパ       留アパ      留アパ 種子代  〇八〇   〇四〇      〇二〇 地耕費                 三〇〇      二〇〇 播付費                 一三〇 地砕費  ・・・・  五四〇      〇四〇 草取費  一八〇            三〇〇 摘取費  一八〇            四〇〇  以下p.277 ページ画像  綿繰費  ・・・・          一一四〇 計    五八〇   五八〇     一三一〇 肥料   ・・・・  用フルコト稀   三〇〇 借地料  一四〇   二〇〇      六八〇 合計   六三〇   七八〇     二二九〇       六一〇九     一三〇〇                              二五一五六     一五〇〇 



更ニ綿花ノ産額ヲ討査スルニ税務及農務省ノ報告ニ拠レハ、左表甲号ノ如クナルニ、孟買某ノ英商ハ其各種ノ市場ニ上ル多寡ニ照シテ之ヲ剖解シ、更ニ私見ヲ付セリ、左表乙号即チ是ナリ

図表を画像で表示--

 地 名                綿圃壱エークルニ付産額                     甲号     乙号                      封度     封度      カンデシ                  九八      パルシー及ナツガル             未詳      カチワル                  七四 孟買   ブロウチ       五、〇五《(マヽ)》 九八・五      ビヂヤホール                五〇      ダルワル                  五〇      平均                    七九 進度               一五二      一五二 ベラル               三六       五二 中央州               四二       四二 ラジブタナ            一三二                           一一二 中央印度              五一 北西州及オード           六三       八〇 パンジヤツブ            九四       九六 ベンゴール             九六       九六 ナイザム              三四       五二・五      ウヰスツルン                四一 馬徳拉  チンネワレー       三七       五四      ココナク                  三七 マイゾル及クールグ         六六       五五 亜桑               四一九      一五〇 緬甸                六六       未詳 平均                五四       七一・八 



是ニ由テ視ルニ甲乙ノ間多少ノ差アリ、未タ孰レカ是ナルヲ知ラスト雖、各地ノ産額ニ大逕庭ヲ現ハスハ二者同一ニシテ其耕作費ニ至リテモ亦太タ差違アリ、果シテ其実ヲ得ルヤ否疑ナキ能ハス、然ルモ更ニ之ヨリ精確ノ報道ヲ得ルニ由ナク、且各地相距ル甚遠キト風土人情ノ相異ル小少ナラサルヲ考察セハ、則逕庭ノ生スルモ亦以エナキニ非サルヲ予スルニ足ル可シ
斯ノ如ク印度綿花、壱エークル当リノ産額ハ甚少ク、聞ク者ヲシテ殆ント信ヲ措キ難カラシムルニ至ル所以ノ源因一ニシテ足ラサルヘシト雖、畢竟栽培ノ方法周到ナラサルニ職由スルコト其絶テ肥料ヲ用ヒサルノ一事ニ徴スルモ明ナリ、(人糞ハ敢テ肥料ニ用フルコトナク、牛糞ハ肥料トナスヨリハ寧ロ燃料トナス、即チ印度全国到ル処牛糞ヲ打
 - 第10巻 p.278 -ページ画像 
テ団トナシ、以テ市場ニ鬻クヲ見ル、然ルモ印度ニ於テ肥料ニ充ツヘキモノ乏カラス、即チ牛骨油滓及硝石製造ヨリ生スル屑物等ニシテ、早晩之ヲ利用シテ以テ其収穫ヲ増スノ日アルニ至ルヘシ)
農家ノ得失損益ヲ知ルノ難キハ内外共ニ致ヲ同クスル所ニシテ、殊ニ印度ノ如キハ難中ノ至難タリ、若シ強ヒテ之ヲ索メハ前出ノ産額及耕作費ト地方ノ市価トヲ乗除推測スルノ一法アルノミ、試ニ印度政府ノ統計表ニヨリ各地輸出綿花壱ホンドレツトウヰトノ平均価値ヲ挙示スル左ノ如シ

図表を画像で表示--

 年紀   地名 千八百  馬徳拉    孟買進度  孟加拉   北西州    オード   パンジヤツブ    中央州   ナイザム   マイゾル   緬甸    亜桑     中央印度  ラジブダナ 八十五  留ア     同上    〃     〃      〃     〃         〃     〃      〃      〃     〃      〃     〃 八十六  二五、五   二五、五  二三、五  二一、一二  二二、五  一九、九、五    二三、〇  一五、一一  二二、七   二三、〇  二六、一三  一七、六  一六、一〇  千八百 八十六  二四、一四  二五、八  二二、〇  一九、一〇  二一、五  一六、一二、七五  二三、四  一八、六   二二、一二  二一、〇  二三、五   一八、六  一六、一 八十七 



馬徳拉州ノ綿作収支損益ニ就テハ稍信ヲ措クヘキ一報アリ、即チジヨン、シヨルト氏ノ実験ニ出ツルモノニシテ其要左ノ如シ
                        留  ア  パ
  耕作費 但壱エークルニ付          六  四  〇
  綿代収入 収穫七拾封度、壱封度弐アンナ替  八 一二  〇
  差引益                   二  八  〇
右ハ壱エークルノ産額繰綿七拾封度ト看做シ計算スルモノニシテ、若シ其額前出産額表甲号ノ如ク参拾七封度ニ過サラシメハ却テ壱留十アンナノ損ヲ看ルニ至ル、農家ノ損益ヲ究明スルノ難キコト上来述フル所ニ拠テ之ヲ知ルニ足ル可シ、且其農家ノ食困ナルハ争フ可ラサル事実ニシテ救荒調査委員ノ報告中ニ言ヘルコトアリ、曰ク農者ノ大凡三分ノ一ハ大債ヲ負ヒ復タ起ス可ラス、他ノ三分一ハ未タ全ク済フ可ラサルノ域ニ達セスト雖、既ニ負債ノ累中ニ落チタリト、其他貧ニ苦ムノ事実ハ歴々枚挙ニ遑アラス、是ニ於テ棉花畝上ニ在ルノ日早ク既ニ抵当トナリ農家自ラ左右ス可ラサルモノ少カラス、豈ニ深ク揖益ヲ計較シテ然ル後売出スルニ遑アランヤ
    棉花ノ繰方
 農家ヨリ綿花ヲ売出スニハ実綿ヲ以テスルヤ、又ハ農家自ラ之ヲ繰綿トナシテ売出スヤ
農家ノ其綿ヲ売出スル多クハ実棉ヲ以テスト雖、又自ラ繰リテ後鬻クモノ亦少カラスト云フ、夫レ農家ノ棉ヲ繰ル概ネ婦女子ノナス所ニシテ、所謂チヤルカアナルモノヲ用フ、チヤルカアトハ本邦ニ於テ従来用フル繰器ト其式ヲ同クシ、上下二個ノ転棍ヨリナリ棍ノ弐個共ニ木製ノモノト其一ヲ鉄製ニスルモノト二アリ、其他構造互ニ異同アリト雖、其大要ハ一ナリ、之ヲ以テ一日(十時間)一人ノ繰ル所平均六封度乃至八封度ノ間ニ在リ、而シテベラリー某工場ニ於テハ拾封度ニ及ヒ、或ハ弐拾五若クハ三拾封度ニ及フヘシト云フ
ダルワル地方(内国種ノミニ用フ)及馬徳拉ノ某地方ニ於テハ、更ニ疎迂ノ方法ヲ用フルモノアリ、即チ実棉ヲ壱弐尺許ノ扁平ノ石上ニ攤開シ、壱尺六寸許ノ鉄棍ヲ其上ニ加ヘ、足ヲ以テ之ヲ推進シテ子実ヲ圧出スルニ在リ、或ハ円錐形ニシテ稍短キ棍ヲ用ヒ之ヲ其石ノ周辺ニ回転シテ以テ種子ヲ擠却ス、其一日ノ繰高四封度若クハ六封度ニ出テ
 - 第10巻 p.279 -ページ画像 
ス、蓋繰器ニ上スノ前雑物ヲ淘汰スルアルモ固ヨリ精ナラス、且其繰器ハ却テ子実ヲ折砕シテ更ニ棉花ニ参混スルノ弊ヲ免レス、而シテ複雑ノ機械ヲ以テ繰綿ノ業ニ従事スル者年ヲ逐ヒテ漸ク多キヲ加フ、其事況ハ掲ケテ次ニ在リ
  第二 工業ノ部
    繰綿事情
 繰綿ハ汽力又ハ水力ヲ以テ専業トナス者アリヤ、又ハ紡績所ノ中別ニ器械ヲ設ケテ自ラ之レニ従事スルヤ、且其費用ハ一ケ年凡ソ百万貫位ノ繰綿ヲ得ルニ幾許ヲ要スルヤ
繰綿ノ事業ハ一科ノ専務トナリ人力又ハ汽力ヲ用ヒテ以テ之ニ従事スル者尠カラス、且頻年愈々多キヲ加フルノ徴候アリ、然ルモ其全国ノ工場若クハ機械ノ数未タ詳ナラス、千八百八十六乃至七年孟買州ニ於ケル繰綿機(複雑ノ繰器)ノ総数ハ千五百弐姶九基ニシテ其中汽力ヲ以テ運転スルモノ弐百五拾弐基、幾ント皆グゼラツト及デカン地方ノ用ニ係リ、カンジシノ如キハ手繰器ヲ廃スルニ至レリ、而シテ其手繰器ヲ以テスルト繰綿器ヲ以テスルトノ多寡如何ハ之ヲ明晰ニセント欲スルモ能ハス、或ハ曰ク繰綿器ノミヲ以テ繰製スルハブロウチ及ダルハルノ二種ニシテオムラワチー及ドレラ亦其機ヲ以テスルモノ漸ク多キヲ加フト雖、其他ハ概シテ手繰及足繰ニ係ルト(ブロウチ外三種ノ産額ハ全国総産出ニ対シ、大凡三九・三%ノ割合ニ居ル)、要スルニ専ラ繰綿機ヲ用フルハ孟買州ノミニシテ中央ノ諸州及馬徳拉ノ如キハ依然トシテ旧法ヲ守ル
但シ繰綿機ヲ以テ繰ルニ適セサルカ為尚ホ手繰ノ法ニ仍ルモノモ亦之アリ、進度綿ノ如キ即チ繰綿機ヲ以テスレハ繊緯ヲ損傷スルノ害アリト云フ
繰綿ノ事業ハ合本会社ニシテ専業トナスモノ殆ト之ナシト雖、包装ト兼営スルモノハ尠カラス(封装会社ノ数ハ後ニ在リ、其資本ハ一五、四二五、六八五留トナス)、紡績所ノ中別ニ機械ヲ設ケテ自ラ繰製ヲナスハ僅ニ綿作地ニ接近スルモノノミ其数固ヨリ少シ、之ヲ畢竟スルニ繰綿ノ業ハ私設ニ属スルモノ蓋半ヲ過ク
綿花ノ包装ハ一大事業ニシテ其工場ノ多キ左ニ示スカ如ク寔ニ意外ニ出ツ
  地名       財務商務省統計    税務農務省報告   某私報
           総数   会社
  孟買       九二   三二      六〇       六二
  進度        五    四       四        六
  馬徳拉      三八    六      三七       三二
  パンジヤブ    一五    五       八       一一
  緬甸        一    二
  ベラル      三一   一〇      二一       二五
  北西州及オード  一三    八      一〇       二二
  中央州       二    一       三        四
  中央印度      三    一       三        三
  ラジプタナ    一二    二      一二       一二
  ナイザム      四    二       四        四
 - 第10巻 p.280 -ページ画像 
  ベンゴール                          一〇
   計      二一六   七三     一六四      一九〇
包装所ハ孟買府ノ拾ケ所、馬徳拉ノ壱ケ所、甲谷佗ノ拾ケ所ヲ除クノ外ハ悉ク産綿ノ境ニ散在シ、需ニ応シテ繰リ且包装スルヲ常トシ、間間綿花ノ売買ヲ兼ネタル者アリ、而シテ年中間断ナク工ヲ続クハ甚罕ニシテ、多クハ綿花収穫ノ期ニ限ル、其繰賃ハ通常(繰綿機ニ就テ云フ)精綿壱封度ニ付壱パイ三分ノ一ヨリ壱パイ七分七厘許ニ至リ、包装費ハ大抵壱留半之ニ包布及鉄条ノ価値ヲ加レハ壱俵大凡弐留半、或ハ三留ニ上ル、其会社ノ出納得失ノ実況ハ後ニ附録スル甲号某社ノ計算表ニ由テ之ヲ看ル可シ
綿花ハ其輸出港ニ出スノ前、先ツ包装所ニ於テ圧搾器ニ上セ麻布ヲ以テ裏ミ、且鉄若クハ鋼条ヲ施シ直ニ海外ニ輸送スルニ便ナラシムルモノ多ク、其圧搾ヲ加ヘスシテ孟買ニ輸入スルハ僅ニ海路ヲ経テ来ルモノニ係ル
孟買及カラチーヨリ海外ニ輸出スル綿花ハ、通常例シテ三ポンドレツト、ウヰト半、即チ三百九十二封度ヲ以テ一俵トシ、他ノ輸出港即チ甲谷佗及馬徳拉等ニ於テハ元ト三百封度ヲ定量トナセシカ、近頃漸ク四百封度トナスニ至ル、而シテチンネワレイ地方ノ産ハ幾ント皆五百封度ヲ一俵トス、風袋ノ量ハ政府ノ鉄道報告ニ於テハ旧来五分ノ算当ナリシカ、頃日三分トナシ孟買商法会議所ハ弐分ヲ標準トナス(運賃ノ項参看)
    工場及紡錘数
 千八百八十四年ノ調査ニ拠レハ孟買府内紡績工場ノ数四十四ケ所ニシテ、其紡錘ノ数合計百二十一万七千七百三十本ナリト云、此内英人所有ノ者何ケ所ニシテ、土人所有ノ者何場ナルヤ、又モフシル地方ニハ工場ノ数十七紡錘数二十七万四千四百四本有リト云フ、英人土人ノ別如何、又其後孟買府内ニ十ケ所モフシル地方ニ四ケ所増設アリテ現今孟買管理区内ノ工場七十五ケ所アリト云フ、此増設工場ノ紡錘ハ幾許ナリヤ
客年六月ノ印度紡績聯合会報告ニ拠レハ、其各地紡績所ノ総数百弐拾壱ケ所紡錘弐百七拾六万弐千五百拾八錘(孟買府内建設中拾四ケ所ノ錘数ハ除ク)、繊機弐万壱千五百六拾一基トス、其中孟買府ニ在リテハ現ニ営業スルモノ五拾五、建築中ノモノ拾四、孟買州ノ地方ニ在ルモノ弐拾弐合計九拾壱個所、錘数弐百万弐千九百九十四錘、織機壱万六千六百七拾七基ニシテ)建設中ノモノ拾四ケ所ノ中八ケ所ノ錘数拾七万八百九拾弐、自余六ケ所ハ未タ明ナラスト雖、姑ク各弐万ヲ設クルモノトナセバ総錘数弐拾九万九百拾弐錘トナル)、大約全数ノ四分ノ三ハ孟買州ニ在リト謂フ可シ、其他馬徳拉ニ九ケ所甲谷佗ニ五ケ所アリ、其馬徳拉ニ在ルハ甲谷佗ヨリ場数多シト雖、紡錘ハ較々少ク甲ハ拾五万弐千八百ニシテ乙ハ弐拾四万九千七百五拾八トス、自余ノ紡績所ハ各所ニ散在シ概ネ綿産地ノ中ニ位ス、其各場ノ名称位置及資本ノ大小紡績ノ多寡ノ如キハ附録乙号ニ詳ナリ
前ニ述フル如ク印度全州紡績所ノ総数百弐拾壱ケ所ナリト雖、其中僅ニ拾六ケ所ヲ除クノ外ハ合本会社ノ組織ニ係リ、其株主ノ何人タルハ
 - 第10巻 p.281 -ページ画像 
一々之ヲ知ルニ由ナク、英人ト土人ノ別ヲ明ニスルハ到底能ハサル所トス、然ルモ多クハ土人ニ属シ殊ニ孟買ニ在ルモノヽ如キハ僅々数工場ヲ除クノ外率ネ土人ノモノタルコト疑ヲ容レス、但タ甲谷佗ノ諸工場及馬徳拉ニ於ケル二三ノ工場ハ主トシテ英人ノ構成スル所ナリ(工場組織ノ項参看)
各紡績所情況ノ詳細ハ附録(乙号)ニ在リ、更ニ玆ニ叙述スルヲ要セスト雖、其規模ノ大小ヲ一覧ニ便ナラシムルハ極メテ緊要ナル可キヲ以テ、紡錘五千毎ニ甄別臚列スルコト左ノ如シ

図表を画像で表示--

  壱千以上五千以下    五千以上壱万以下    壱万以上壱万五千以下  壱万五千以上弐万以下  弐万以上弐万五千以下  弐万五千以上参万以下  参万以上参万五千以下         一            七           一一          三〇          一七          一一          一六 参万五千以上四万以下  四万以上四万五千以下  四万五千以上五万以下   五万以上五万五千以下  五万五千以上六万以下   未 詳         計        一一            七            三           二           一           七         一二四 



    工場組織
 孟買紡績所ノ組繊ハ合本会社ニ係ルモノト、仲間組合ニ係ルモノト一己人ノ専有ニ係ルモノト何レカ多キヤ、又其資本主ハ土人多キヤ将タ英人多キヤ
孟買州紡績所ノ総数(其建築中ノモノヲ併算ス)九拾壱ケ所中、一己人ノ所有ニ属スルモノ僅ニ八、其余ハ皆有限責任株式会社ノ組繊ニ係ル、他ノ諸州ニ在ル紡績所モ亦同ジク、全国ヲ該括スルニ合本会社ニアラサルハ僅々十六箇所ノミ
会社株金ノ総額ハ無慮八千六百三十万五千留、之ニ一己人所属工場八箇所ノ資本ヲ合併スレハ大凡九千十九万八千留余トス、而シテ新設会社八社ノ株金及私有工場八箇所ノ資金ハ未詳ナルヲ以テ姑ク除去セリト雖、壱箇所平均九十万千九百八十留余ト仮定シ之ヲ加乗スレハ其総額一億三百七十二万七千留余ニ上ル、是レ即チ印度紡績事業ニ卸シタル資本ノ大概ナリ、而シテ其株金ハ之ヲ小額ニ分割スルモノ少ク殊ニ孟買ニ於ケル会社ハ多クハ五百留若クハ千留ニ分割セリ
会社ハ其資本金ノ外債券ヲ発行シ、若クハ他ノ方法ヲ以テ借入金ヲナシ、以テ其運動ニ資スルコト幾ント普通ノ例ニシテ、殊ニ英人ノ管理スル会社ハ借入金ノ額甚多ク資本金ニ倍蓰スルモノアリ、其状営業利益ノ項ニ詳ナリ、会社ヲ組繊スルノ順序ハ有力者之ヲ首唱シ自ラ其株式ノ多分ヲ引受クルコト他国ト其例ヲ同クスト雖、首唱者遂ニ会社主管ノ位置ヲ占メ終始会社ノ事務ヲ担任スルニ至ルハ稍々殊特ノ事相ニシテ(工場管理法参看)其実差金会社ニ近シ
斯ノ如ク会社ノ主唱者常ニ社務ヲ担任シテ幾ト全般ヲ専決シ、他ニ類例ナキノ報酬ヲ享クルノ一点ヨリ之ヲ視レハ会社全般ニ不利タルヲ免カレサルカ如シト雖、又株式ノ投機売買ヲ以テ利ヲ漁センコトヲノミ是レ勉メ、会社ノ本務ヲ遺スルカ如キノ弊ヲ生スル蓋尠シ、某ノ報文ニ拠レハ株式ノ売買甚盛ナリト云フモ未タ其証ヲ看ルコトヲ得ス、且株式ノ分割大ナルコト及其売買ノタメ一定ノ市場ナキ等ノ事実ニ徴スレハ其甚瀕ナラサルヲ知ルニ足ルヘシ
会社既ニ株式組織タリ、乃チ其株主ノ何人ニ属スルヤ一々之ヲ審明スルノ難キコト更ニ弁ヲ俟タスト雖、土人其甚多キニ居ルハ既ニ前ニ陳
 - 第10巻 p.282 -ページ画像 
フルカ如シ、就中孟買ノ紡績所ノ多数ハ所謂パーシー人種ノ有ニ属シ他ノ地方ニ在テモ亦其管掌ニ比スルモノ少カラス、英関資本ノ是ニ投入シタ多寡ハ之ヲ測知スルニ由ナク、其英人ノ主管ニ属スル諸会社ノ株金ヲ合スレハ無慮二千二百七十五万六千留(二会社ノ分未詳ナルヲ以テ除ク)ノ多キニ上ルト雖、是レ亦悉ク英人ニ属スルニアラス、顧フニ英人ニシテ孟買紡績事業ニ関シ勢力アルハ夫ノクリーブス、コツトン商会ノミ歟
    工場役員
 各工場ニテ支配人器械方其外各部ノ長等ハ大概土人ヲ採用シ、其中常ニ高給ヲ取ル者ハパアシー人種ナリト云フ、其各員ノ給料ハ工場ノ大小及事情ニ因ルヘシト雖、大抵三万錘ヨリ五万錘位ノ工場ニ於テ役員ト称スルモノ幾名、其給料幾許ナリヤ
各工場ニ支配人ナル者アリ工場一切ノ事務ヲ管理ス、而シテ原棉及他ノ用品ノ購入製品ノ販売ノ如キハ別ニ之ヲ主管スル者アリ(工場管理者ノ項参看)、故ニ支配人ノ務ハ専ラ工場ノ秩序ヲ維持シ工事ノ運歩ヲ監督スルニアリテ毎工場率ネ一人ヲ置ク、然ルモ又一人ニシテ数工場ニ兼渉スル者ナキニアラス、例ヘハグリーブス、コツトン商会若クハデンシヨウマネクヂーベチツトノ主管スル工業支配人ノ如キハ、即チ是ニシテ寧ロ特例トナスヘシ
専ラ工事ニ当リ其運歩ヲ斡旋スルハ機関師・開棉師・紡織布師等ニシテ、其設ケ各処多少ノ差アリ、或ハ各工程毎ニ担当者ヲ専任シ、或ハ一人ニシテ数工程ニ歴渉シ、或ハ支配人ヲ以テ工師ヲ兼摂スルアリ、但タ機関師ニ至リテハ諸工場特ニ其人ヲ置カサルハナシ、其一二ノ例ヲ挙クル左ノ如シ

図表を画像で表示--

 役員     甲(スワジン)七万五千錘   乙(シチー、ヲフ、ボンベイ)三万二千六百余錘   丙(ナクプル)四万二千錘   丁(甲谷佗ダンパー)錘五万三千 支配人    (ト)一           (エ)一                     (ト)一           (エ)一 副支配人   (ト)一                                    (ト)一 開棉師    (エ)一           支配人(エ)                      二           (エ)二 紡棉師    (エ)一           兼帯                          内一名助手       (エ)二 織布師    (ト)一           繊殿ナシ                (五百基)(ト)一 機関師    (エ)一           (ト)一                     (ト)一           (エ)一 同副又ハ見習 (ト)若干          (ト)同上                       四 出納方                                                           (エ)一 書記     (ト)三五          (ト)八                     (ト)四〇          (ト)一〇 (ト)ハ土人ヲ表シ、(エ)ハ英人ヲ表ス 



右表甲ハ孟買ニ於テ紡錘最モ多キモノ、乙ハ工場善ク整ヒ好模範トナスヘキモノ、丙ハ印度中屈指ノ良工場ニシテ利益最モ多キモノ、丁ハ専ラ英人ノ監督ニ属スルモノニ係リ、以テ諸工場役員ノ設置何如ヲ察知スヘシ
打棉部ヨリ精紡部ニ至ルマテ各部ニ監工又ハジヨツバート称シテ工ヲ董スル者アリ、工場ノ大小職工ノ多少ニ応シ其数一ナラス、率ネ監工副監工等ノ名ヲ付シ各部ニ二三名ヲ置キ其給ハ繰業高ニ応スルノ工業アルモ、多クハ一定ノ月額ニヨリ或ハ一百留ノ多キニ及フアリ、其最モ少キハ予輩ノ聞ク所ニヨレハ十二留ニシテ大凡四五十留乃至八十留
 - 第10巻 p.283 -ページ画像 
ノ間ニ在ルモノ多キカ如シ、乃チ之ヲ工場役員ノ一部ト謂フモ亦可ナラン
支配人機関師及諸工師ハ或ハ欧人或ハ土人各処同カラス、孟買諸工場ノ実況ヲ按スルニ設立者ノ種類ニヨリ成ルヘク同種人ヲ使用スルノ傾向アリテ、パーシー人種ノ設立ニ係ル工場ノ如キ支配人ハ幾ント其人種ニ限リ、機関師工師等モ亦率ネ同人種ニ取リ、或ハ欧人ヲ用フルモ其数較々少シ、之ニ反シ甲谷佗ノ諸工場ハ概シテ英人ノ監督ニ属シ支配人ノ如キモ尚ホ英人之ニ任シ、パーシー人ノ管掌スルハ唯一ノミ、馬徳拉工場ノ役員モ亦孟買ト其情ヲ同クシ、土人ノ設立スル工場ニ在テハ外人ハ唯工事ニ関スルニ過キサルニニタリ
支配人諸工師ノ給料ハ工場ノ大小及其人ノ能否ニ依リ差アルコト勿論ニシテ、聞クトコロニ依レハ支配人ノ給料最モ少キハ二百留、最モ多キハ千留ニ上リ普通五六百留ノ間ニアリ、某ノ工場ハ七万五千錘ニシテ支配人ノ給料四百留ニ過キサルニ、他ノ一場ハ四万二千錘ナルモ一千留ノ多キニ及フト云フ、即チ其人ノ能否ニヨリ、大差アルヲ知ルヘシ、又紡綿師等諸工師ノ給料ハ、二百五十留ヨリ三百五十留ヲ普通トシ、或ハ罕ニ四五百留ニ上ル、某ノ工場ニ於テ六百留ヲ給スルハ全ク特別ニシテ例外トス、機関師ノ給料モ亦略々之ニ同シク、要スルニ給料ノ額ハ土人ト欧人トノ間甚シキ逕庭ナク土人ハ僅ニ廉ノミ、書記ハ土人ニシテ率ネ温都人種ニ属シ其給料甲ノ工場ハ十五乃至七十留、乙ハ十六乃至七十五留、丙ハ十乃至百留、丁ハ二十乃至百二十留ナリト云フモ、其最モ高額ヲ受クルハ各工場蓋一二名ニ出テス
    工場管理法
 各工場ヲ管理スルニハ一個人ノ所有ナレハ、其持主会社ナレハ社長又ハ取締役等アリテ支配人工務長以下ノ諸員ヲ管理スルヤ、又其管理者ハ会社ナレハ株主選挙法ニヨリテ出ツル者ナリヤ
既ニ述フルカ如ク印度紡績所ノ多数ハ、合本会社ノ組繊ニ係リ、条例ニ依リ取締役若干名(会社定款ノ定ムル所ニ依ル通常四名乃至八名)検査役壱名以上ヲ置キ、且取締役ノ互選ヲ以テ頭取ヲ設クルアルモ、一ケ月中両三回相会シテ社務ノ要件ヲ視ルノミニシテ、日常会社一切ノ事務ヲ斡旋スルハ所謂主管ニ在リ、或ハ書記ノ名ヲ以テスルモ、其実大同小異ニシテ原料其他用品ノ購入、製品ノ販売等一切ノ出納ヲ主管シ、商事上ノ事務ハ勿論、又工場ノ事務ニ渉リ会社全般ノ枢機ヲ掌トル
主管ハ多クハ合名会社ニシテ紡績会社ノ発起人ナルノミナラス、毎ニ其社株式ノ多分ヲ占メ多クハ自ラ取締役ヲ兼ネ且隠然他ノ取締役ヲ進退スルノ実力ヲ有ス、故ニ主管ノ権限ハ取締役ノ制スル所ナリト雖、実際無限ノ権ヲ握リ会社創立ノ始、既ニ其位置ヲ占メ爾後復タ動ス可カラサルニ至ル
取締役及其長即チ頭取ハ、前述ノ如ク僅ニ数回会議ニ列スルノミニシテ平常社務ニ与ラス、故ニ会議ニ列スル毎ニ若干ノ報酬ヲ受クルノミニシテ一定ノ俸給ナク、検査役モ亦同シ(報酬金額ハ甚多カラサルコト、附録丙号乃至戊号ニ依リ之ヲ推知スルヲ得可シ)但タ主管ハ率ネ其紡出シタル糸壱封度ニ付、壱アンナノ四分一、即チ参パイノ手数料
 - 第10巻 p.284 -ページ画像 
ヲ受ク、而シテ或ハ購入販売ノ多寡ニ応シ、或ハ利益ノ大小ニ依リ手数料ヲ受クルニ過キサルモノアリ、其利益ニ依リ手数料ヲ算スル場合ニ在テハ純益ノ壱割ヲ定度トシ、別ニ事務斡旋ノ為メニ要スル経費ヲ給ス
斯ノ如ク主管ノ報酬ニ関スル慣例一二ノ差アリト雖、製額ノ多少ニ依ルノ法ヲ採ルモノ多キニ居リ、殊ニ土人ノ構成ニ係ル工場ニ在テ然リトス、蓋此法ハ其製糸ノ売レタルト否トニ拘ラス又利アルト否トニ拘ラス、既ニ製出シ了レハ則其量ノ多少ニ応シテ手数料ヲ給スルモノニシテ、其間弊ヲ生スルノ虞アルノミナラス原料其他用品ノ購求製品ノ販売等一ニ主管ノ専決スル所タルヲ以テ、自然物議ヲ惹キ易シト雖其法啻ニ今日ニ大ニ行ハルヽノミナラス、輒スク廃ス可カラサルノ勢アルハ畢竟会社設立ノ方法ノ然ラシムル所ナル可シ(工場組繊ノ項参看)工場ニ在テ其工事ヲ掌理スルハ支配人及諸工師ノ専ラ任スル所ニシテ、既ニ工場役員ノ事ヲ叙述スルニ方テ之ヲ悉セリ
    職工及紡錘割合
 各工場ヲ通計シテ平均一紡錘ニ対スル職工ノ割合ハ幾許ナリヤ、又平均一紡錘ニ付十二時間又ハ六時間ニ幾許ノ糸量ヲ紡出スルヤ
職工賃銀ノ項ニ掲クル一表ニ依レハ、弐万錘ヲ設置スル工場各部ニ要スル職工ノ数ヲ視ルコトヲ得ヘシ、更ニ実蹈シタル工場ニシテ単ニ紡績ノミニ従事スルモノヽ二三ノ実況ヲ臚列スレハ左ノ如シ

  工場名        職工総数    壱万錘ニ付
 ジビリー          六七五   三四三、八七
 シチー、ヲフ、ボンベイ   八五〇   二六〇、〇九
 サウス、インジア      四五〇   二九一、〇七
 ダンパー        一、五〇〇   二八八、四六
 グセリー        一、三〇〇   三一九、五一
曩年紡績工場調査委員ノ諮問ニ応シタル答申、亦之ト大同小異ニシテ率ネ二五〇ヨリ三〇〇ニ及フ、蓋職工ノ紡錘ニ対スル割合、工場ノ大小ニ依リ差アルノミナラス土地ニ依リ異同アルハ自然ノ勢ニシテ、甲谷佗地方ノ如キハ孟買ニ比スレハ著シク多シ、之ヲ竟究スルニ壱万錘ノ工場ニ於ケル職工ハ平均二五〇乃至三〇〇ノ間ニ在リト思定セハ則大過ナカル可シ、但シ孟買諸工場ニ於テ斜針機壱対ニ要スル工夫ハ凡五人ヨリ十人ノ間ニ在リ
一紡錘ニ付紡出ノ糸量亦各工場ノ間差異ナキヲ得ス、夫ノ利益最モ多キモノヽ一ナルナクプル工場ノ例ヲ挙クレハ概ネ左ノ如シ
  番号   量(オンス)   番号   量(オンス)
  四〇   三、六四七    一八   一〇、三四三
  三二   三、九五四    一七   一〇、六八九
  三〇   五、九八一    一六   一一、八一二
  二二   七、八五九    一二   一二、八八八
  二一   八、一五九    一〇   一三、三三三
  二〇   九、二四四     六   二九、〇〇〇
右ハ竪針紡機ヲ以テ拾壱時拾四分間ニ紡出スル各番号糸壱錘当ノ量ニシテ、弐拾番ノモノハ九、二四四オンス即拾弐時間九、八七五オンス
 - 第10巻 p.285 -ページ画像 
許ノ割合ニ当ル、是レ洵ニ異数ニシテ普通七オンス若クハ八オンスノ間ニ上下シ、其八オンス半ニ及フハ上乗ナリト云フ、斜針紡機ニ在テハ其製額較々少キコト論ヲ俟タス、率ネ六オンス若クハ六オンス半ニ出テス、某ノ工場ノ如キハ(サスソン及ポーリヤ等)四オンス半ノ割合ナリト云フ(工費ノ項ニ掲出シタル表中製造要目参看)
    職工賃銀
 男工女工各賃銭幾許ナルヤ又ハ賃銭払方繰業高ニ応スルモノトセハ其割合如何、又聞ク所ニ拠レハ孟買紡績所ニハ半役職工ト称シ幼年工許多アリト云フ、其賃銭ハ幾許ニシテ、且幼年工ト成男女工ト比シ其得失如何
起業ノ始ニ当テハ頗ル職工ニ欠キシカ今ハ則余アリトハ各工場ニ於テ聞ク所ニシテ、顧フニ職工ノ供給ハ幾ント尽ルナク使用者ノ意ニ応シ随時容易ニ募集スルコトヲ得、而シテ其人タル率ネ温柔従順ニシテ曾テ同盟罷工等ノ挙ナク(同盟罷工ナキハ啻ニ其性質ニ由ルノミニアラス、他ニ原因アルカ如シ)機械的ニ使用スルニ於テ極テ適スルモノヽ如シ、或ハ潜心堅持ノ力ニ乏シト云フモノアルモ予輩ノ見ル所ヲ以テスレハ、寧ロ奮発勇進ノ気象ヲ虧クヲ以テ最モ短処トナス
紡績所ノ職工ハ其孟買ニ在ルト他ノ地方ニ在ルトヲ問ハス大半成男ニシテ、本邦ニ在テハ婦女幼者ノ専占ニ属スル事業モ亦、成男之ニ当リ婦女ト幼者ニ至テハ甚少シ、千八百八十五年孟買紡績所調査委員ノ報告ニ拠レハ(孟買全州ノ工場六十一箇所ノ実況ニ依ル)女工ハ総数ノ二割八分二厘強、幼工(男女併算)ハ二分五厘強ノ割合ヲナシ、女工ノ数ハ稍多キニ過キ幼工ハ少キニ過クルカ如シト雖、以テ其大勢ヲ察スルニ足ル(八十五年以来其景況ニ大変ナシ)尚ホ一二ノ実例ヲ左ニ示サン
                 職工総数    女工   幼工(男女併算)
 委員報告           四九、九二七 一〇、七九四   九七五
 ジビリー、ミル           六七五    一五〇   二〇〇
 サスソン、ミル         二、〇〇〇    三〇〇   四五〇
 シテー、ヲフ、ボンベイ、ミル    八五〇
 スワジン、ミル         二、四〇〇
 セントラル、インジア、ミル   二、八〇〇    四〇〇   五〇〇
 バロツキンガム、ミル        八三九     四〇   三七六
 マトラス、ユウナイテツト、ミル   五一四     一二
 サウス、インジアン、ミル      四五〇     一三
 カルナテツク、ミル         八七六     二〇   三三一
右表示スル職工ノ数及ヒ女工幼工ノ数ハ随時多少ノ増減アリ、精確ヲ保スヘカラスト雖、略ホ成男ト婦女及幼者ノ割合如何ヲ見ルニ足ルヘシ、表中甲谷佗ノ例ヲ欠クト雖、是レ亦著シキ差アルナク、要スルニ婦女ハ綛糸若クハ屑綿撰別等ノ業ニ従事スルノミ、某表中幼工ノ数特ニ多キハ竪針精紡機ヲ用フルモノニ係ル、若シ夫レ幼年工ト成男女工ノ得失ノ如キハ更ニ論究ヲ須ヒス、其実際ニ使用スルノ多寡如何ニ依テ之ヲト定スルコトヲ得ヘシ
孟買府内外紡績所ニ従事スル職工ハ、該府ヲ距ル数十里外某ノ地方
 - 第10巻 p.286 -ページ画像 
(孟買ノ南ロツトナクベリー及プーナノ西ニ在ル地方)ヨリ来ルモノ多キニ居リ、率ネ温都人種ニ属シ回教人種ハ少シ、常ニ節倹ノ風ヲ尚ヒ資ヲ得テ家ニ帰ル者往々之アリ、甲谷佗地方ノ職工ハ孟買ニ比スレハ更ニ放逸頽索ニシテ、之ヲ一ニ欧人ニ聞クニ概ネ信ヲ措キ難シト云フ、而シテ馬徳拉ニ於テハ董督某法ヲ得レハ応ニ満足ノ点ニ達スヘシト云フ、各地職工ノ風同一ナラサルコト明ケシ
職工ノ賃銀ハ成ルヘク操業高ニ応シ支払フコト、印度諸紡績所一般ノ慣行トス、而シテ其ノ繰業高ト賃銀ノ割合ハ各処差アルノミナラス、業務ノ種類職工ノ巧拙ニ依リ別アルヲ以テ一定ノ率ヲ得ルコト難シ、某ノ工場ノ例ニ拠レハ一等ピーサーハ出来高百封度ニ付、三アンナ、スピンナア(マインダート同一ナルヘシ)ハ四アンナヲ得ルノ定メニシテ(其工場ノ出来高斜針紡機ニ在テハ一錘ニ付、四オンス半許ノ割合ナリト云フ)、之ヲ要スルニ男工普通ノ労銀ハ凡ソ十留ヨリ二十留女工ハ六七留ヨリ十留、幼者ハ四五留ヨリ八留許ニ至ル、甲谷佗及馬徳拉ハ孟質ニ比スレハ労銀常ニ較々廉ナリ、即チ左表ニ由テ其詳ヲ視ルヘシ
  斜針紡機工場各工賃銀月額表 就業日数 二十八日 製糸 二十手
  職工其他受賃者    孟買 ニ万錘工場ノ例ニヨル 馬徳拉 二万二千錘工場ノ例ニ拠ル
 マインダー又スピンナー      二〇留             一六留
 ピーサー             一二               八
 クリーラー             七            幼工 四・五
 練紡機職工                             八
 間紡機同             二〇               八
 始紡機同                              七
 練条機同             一三               九
 磨針工              一五
 ラツプ及フライ運搬者       一〇          平均  一〇
 梳棉機職工             七
 開棉室同             一二              一〇
 機関手          平均  二〇
 綛工                七               五
 包装手              一三
 鍛冶大工其他           三〇
  孟買ノ例ハ該府ニ於テ最紡績ニ有名ナルワアジア氏ノ曾テ紡績工場調査委員ニ提供セル報告ニ基キ更ニ修正ヲ加ヘタルモノ、馬徳拉ノ例ハ該府某ノ工場ニ於テ数年間支配人タリシ某氏ノ報導ニヨル
右表孟買・馬徳拉賃銀ノ額共ニ大ニ紡績ニ経験アル者ノ啓示ニ出テ且実際ノ勘算ニ依ルト云フト雖、二者ノ間頗ル逕庭アリ、一ハ多キニ過キ一ハ之ニ反スルノ疑ナキ能ハス、尚ホ試ニワアジア氏ノ説ニヨリ二万錘(斜針機)ヲ設置スル工場ニ於ケル職工ノ数及其各職工ニ対スル賃銀ノ総額ヲ挙クレハ左ノ如シ(工費ノ項参看)

図表を画像で表示--

 職工其他受賃者            数   毎工月給    賃銀総計 マインダア              一三  二〇留     二六〇留 ピーサア               五二  一二      六二四  以下p.287 ページ画像  クリーラー              二六  七       一八二 糸管運搬者              一〇  一〇      一〇〇                        六〇 監工                  三  四〇      一二〇                        二〇 基他及予備              四〇  一〇      四〇〇 練紡間紡                    三七  二〇      七四〇 始紡等諸機職工 ドツフハ              三七    六      二二二 練条機職工             一四   一三      一八二 磨針機同              一二   一五      一八〇 ラツプ及フライ運搬者         四   一〇       四〇 梳棉機職工              四    七       二八 開棉室職工             二五   一二      三〇〇                        二人 五〇 監工                 五   二人 三〇   一八〇                        一人 二〇 雑役                一五   一〇      一五〇 番人                一〇   一〇      一〇〇 機関付               一五   平均二〇    三〇〇                        二人 二五 ロウラー及ストラツプ、ピーサア    六   一人 一五   一〇一                        三人 一二 薄記方                四   六〇      二四〇 綛工               一五〇    七     一〇五〇 糸造工《バンドヲラ》         四   一三       五二 鍛冶大工及其他機械工        一二   三〇      三六〇 計                四九八          五九一一 



賃銀ハ一箇月若クハ半箇月ヲ経過スルノ後支給スルコト普通ノ慣例ニシテ、孟買ニアリテハ概ネ翌月末ニ於テス、然ルニ職工ハ之ニ不満ヲ懐キ、動スレハ其支給ノ期ヲ速ニセンコトヲ請ハントス、但シ其支払ハ直ニ職工ニ付シ其間ニ介在スルモノナシ
職工ノ縦ニ遅参スル者若クハ欠業スル者ニ対シ、各工場率ネ懲戒ノ法ヲ設ケ許可ヲ得スシテ欠業スル者ハ両日ノ給料ヲ殺キ、若クハ之ニ相当スル科料ヲ科シ、又遅参スルコト十五分時ニ及フ者ハ一日給ノ八分一、三十分ニ及フ者四分一ヲ殺キ、若クハ之ニ等シキ科料ニ処スヘシ等トナスコト比々皆然リ
職工病患生命保険ノ事、養老貯金ノ法ノ如キ未タ之ヲ実施スル者ヲ見ス、但タナグプル工場ニ於テハ老廃者(三十年勤続ノ後老廃ニ帰スル者)ニ対シテ特ニ賑恤ヲ行ヒ、且廿五年以上勤続ノ者ニ増給ヲ付スルノ制アリ、又該工場ハ毎年操業高最モ多キモノニ賞与シテ奨励ヲ施スト云フモ、他ニ在テハ多ク其例ヲ聞カサルノミナラス、某ノ支配人ノ如キハ之ヲ以テ奨励ノ効ナク却テ工場ノ規律ヲ紊スノ弊アリトナセリ(近頃利益ヲ職工ニ分配スルノ仕組ヲ試ムル者出テタリト云フモ、未タ其実効如何ヲ聞カス)要スルニ紡績ノ業ハ之ヲ他ノ労役殊ニ屋外ノ土工等ニ比スレハ労力少クシテ報酬多ク、随テ之ニ従事センコトヲ好ム者多キカ如シ、惟其労働時間永キニ過キ且休日少キカタメ情苦ヲ訴フルモノ往々之アリ
    職工労働時間ノ長短
 一日操業十二時間ナリヤ、又ハ一週五十八時間ノ制ナリヤ、或ハ昼
 - 第10巻 p.288 -ページ画像 
夜兼業ナリヤ
孟買諸紡績所操業ノ時間ハ日出ヨリ日没ニ至ルヲ普通ノ定規トス、即チ長日ハ無慮拾三時半短日ハ拾壱時半平均拾弐時間ニシテ率ネ正午三十分ヲ休憩ノ時トス(或ハ二十分ニ限ル)、然ルモ職工ノ喫食スル多クハ其休憩時間外即チ就役ノ時ニ於テシ、其他或ハ浴シ或ハ梳ル等ノ為メ職ヲ曠フスルモノ常ニ全工ノ八分若クハ壱割ニ居リ、実際一日ノ労働九時ニ過キサル可シト云フモノアリ
休業ハ二週ニ壱回トス、而シテ掃除ノ為メ休業ノ日尚ホ若干時間出場ヲ要スルアリテ全ク放課スルハ一年中僅ニ五七日ニスギサルモノ諸工場中多キニ居ル、是ニ於テ職工ハ毎週一日ノ休業ヲ得ンコトヲ欲シ曩年政府カ此般ノ事ヲ調査セシメンカ為メ設ケタル委員モ亦、異口同音ニ之ヲ賛成シタリト雖、尚ホ未タ行ハレス、故ニ近頃職工ハ復タ政府ニ請フニ休業ノ制限ヲ設ケ以テ一週一日トナサレンコトヲ以テスルニ至レリ、惟フニ早晩其望ニ副フルニ至ルヤ必セリ
斯ノ如ク定規ノ休日ハ甚少シト雖、職工自己ノ故ヲ以テ業ヲ欠ク者多ク就職ノ日数平均一年三百日内外ニ過キス、或ハ平均二百七十五日ニ及ハス、即チ毎日不参者ノ数少キハ五分多キハ壱割四分ニ至ルト云フ馬徳拉ノ常慣モ亦大同小異ニシテ夏ハ五時半ヨリ六時半ニ至リ、冬ハ六時ヨリ五時半ニ至リ、毎ニ正午三十分若クハ二十五分ヲ休憩ノ時トナシ、且其時外ニ喫食等ヲ許スコト孟買ニ同シ、但タ休業ノ日ニ至リテハ稍異ナリ毎日曜休工ス
甲谷佗紡績所ノ操業時間ハ日出ニ始マリ夜八時ニ終ル、而シテ職工ハ交替シテ役ニ膺リ其工ヲ操ルハ八時若クハ九時ニ過キス(此時間中ニ在テ亦業ヲ曠フスル少カラス、実際労働ノ時間ハ七時ニ出テスト言フモノアリ)日曜ハ毎ニ休日トナスノミナラス土曜ハ午後三時ヲ以テ工場ノ運転ヲ止メテ掃除ヲ行フ
婦女ノ労働時間ハ成男ノ如ク長キニ渉ラス、孟買ニ於テハ率ネ七時半ヨリ五時半ニ至ル、幼者モ亦労働ノ時間較々少ク、且十二年以下ノ者ニ対シテハ条例ノ之ヲ保護スルモノアリ(附録印度工場条例参看)
曩年英国ニ於テ印度工場条例ニ改正ヲ加ヘ、殊ニ女子幼者ノ労働時間及休日等ニ関シ制限ヲ設ケントスルノ説起リシカ、印度ノ工場主ハ勿論政府モ亦之ニ反対シ其説遂ニ止ミタリ
    工費
 工費ハ綿糸一斤又ハ百斤ニ対シ幾許ナルヤ
工費ノ問ニ対シ各紡績家ノ告クル所、洵ニ区々ニシテ輒スク信ヲ措キ難シト雖、之ヲ列記スレハ則左ノ如シ

図表を画像で表示--

 紡績所又ハ紡績家ノ名   錘数       壱封度ノ工費                       アンナ マノクジー、ペチツト   五五、六〇八   二・〇〇 ジビリー         一九、六三二   一・五〇 サスソン         五二、〇〇〇   一・二五 シチー、ヲフボンベイ   三二、六八〇   ☆一・五〇                       パイ タタ氏                   乃至 一〇                          三〇                       〃 コツトン氏                 乃至 一五                          三六  紡績所又ハ紡績家ノ名   錘数         壱封度ニ付工費                         アンナ セントラル、インジア   四二、〇〇〇     一・〇〇 ボーリヤ         四五、〇〇〇     一・〇〇 ウヰクトリア(甲谷佗)  一〇、〇〇〇   * 二・〇〇                       アンナパイ ダンバー         五二、〇〇〇     △一・七                         〃   〃 グゼリー         四一、〇〇〇     一・一、七五                             〃 ユウナイテト、マドラス  二三、〇〇〇        一三 



 - 第10巻 p.289 -ページ画像 
   本表工費ハ斜針紡機ヲ以テ弐拾手ヲ製スル一切ノ経費ニ係ル、但原資消却積立金等ハ之ヲ含マズト雖、修繕補足等ノ為メ実際ニ支出セル経費ハ総テ包括ス
  ☆ 竪針機ヲ以テスレハ此額ヨリ四分ノ一ヲ減スヘシト云フ
  * 竪針機ヲ以テス、而シテ開業後日尚ホ浅シ
  △ 五ニ出ス計表ニ比スレハ小差アリ、而シテ玆ニ掲クルモノハ八十九年前半季ノ実際報告ニ基ク、又其拾手ヲ製スルノ軽費ハ一〇パイナリト云フ
右ノ外更ニ聞ク所アリト雖、大同小異ニシテ畢竟弐拾手ノ糸壱封度ヲ製スルニ要スル経費ハ壱アンナ乃至弐アンナノ間ニアリト云フモノ多シ、而シテ施設経営最モ宜キヲ得ル者ハ蓋壱アンナ以下ニ減ス可クシテ、夫ノタメ此ノタタ氏ノ拾パイヲ以テ最小額トナスハ肯綮ニ中ルカ如シ、尚ホ其経費ノ各項ヲ知ラシメンカ為メ某会社半季実際計算書ニ拠リ一例ヲ挙クルコト左○下段表ノ如シ
是ニ由テミレハ製糸売価ニ対スル原綿ノ代価ハ六五・七三%ニシテ、工費ハ二七・三〇%、又他ノ一紡績所ニ於テハ原綿六七・一二%工費二〇・六八%ノ割合ニ居リ、綿価ノ工費ニ対スル率、甲ニ於テハ弐倍半、乙ニ於テハ三倍強ニ当ル
更ニ進ンテ工費中ノ二要目、賃銀給料ト燃料ノ総費額ニ対スル割合ヲミルニ大約左ノ如シ
   工場名      賃銀給料   燃料     計算期日
 ダンバー       四八・八%  九・三%  八十八年下半期
 セントラル、インジア 三四・八〃 一一・四〃  八十八年六月末日ニ終ル一年

図表を画像で表示--

    工費                                   製造要目  費目        金額ニ付壱封度                   錘数  四七、九八四                     アンナ パイ  アンナ パイ 職工賃銀        八九、〇八七     ・九    六・三六   使用棉高 三、四〇六、九七四封度 給料及賞与       一八、四〇二   一三・二    一・三二   使用減    八〇二、五一六 三/四〃(使用棉ノ二三・四四%)  小計        一〇七、四八九   一三・一一   七・六八   糸出来高 二、六〇八、四五七 一/四〃 石炭          二三、〇八一   一二・三    一・六五   量増得     七九、五二五 三/四〃(出来高ノ三・〇五%) 油及脂          四、六四二   一二・九     ・三三   出売糸高 二、六八七、九八三    〃(使用棉ノ七八・九%) ロウラー巻革等      三、六〇〇    九       ・二六   綛減      五五、九八二    〃(糸出来高ノ二・一五%) 帯絨ストラピング、レイス 三、七七三    六       ・二七   糸ノ番号平均    一四、二五九番 箍 荷造用        二、九四四    六・六     ・二一   操業日数      一五五日 麻布           五、三九三   一三・九     ・三九   壱錘ノ製額      五六封度 包紙、麻糸附札等     七、七二〇    二・四     ・五〇   壱日壱錘ノ製額    〇、三六一五封度 即五、七八オンス ピルレツト        二、一八八    二・九     ・一六 電灯           二、六九二    七・六     ・一九    損益概算 雑用品          三、九一五   一一・四     ・二八   原棉代価 五九八、九三六留  三ア 六パ 雑貨          三〇、四〇八   一一・五    二・一七   工費   二四八、二五五〃 一三〃 六〃 火災保険         四、三六〇   一五・一     ・三一   純収入  九〇九、六三六〃 一二〃 一〇〃 地料税金等        一、五七一    三       ・一一   純益(糸並屑棉共) 六二、四四四〃 一一〃 一〇〃 文房具類           四一三    三       ・三    壱包ノ価《バントル》  三〃 六〃 二〃 修繕          一〇、〇五六     ・一     ・七二   壱封度ニ付利益        四〃 四六 据替           六、六五〇   一〇・一〇    ・四八   壱封度ニ付入費及利益  小計        二二〇、二五五   一三・六   一五・七四   原棉(屑棉ヲ除キタルモノ) 四二〃 七一 債券利子        二八、〇〇〇      二           工費            一七〃 七四 合計         二四八、二五五   一三・六   一七・七四   利益             四〃 五三                                     売価            六四〃 九八 


 - 第10巻 p.290 -ページ画像 
 マノクジー、ベチツト ・・・・・  九・三〃  八十六年下半期
 アルベル、イドワルド 三三・一〃 二二・八〃  八十八年上半期
 ナシヨナール     二三・九〃 一一・八〃  八十七年六月末日ニ終ル一年
 ベラル        三〇・七〃 一〇・四〃  八十六年十二月末日ニ終ル一年
工場管理ノ項ニ於テ記述スル社務主管ノ手数料モ亦工費ニ属スヘキ一要目ナリト雖、(各会社ノ手数料ハ総収入ニ対シテ多額ヲナス、其実況後ニ在リ)其手数料ト他費目ノ割合ヲ明示スルヲ得サルハ頗ル遺憾トス、惟一ニ例ヲ挙ケンニマノクジー、ペチツト会社ニ於テハ工費総額ニ際シ(附録丁号損益計算表借方総額ノ中ヨリ棉代及残金ヲ扣除シタル者ヲ以テ工費ト看做セリ)七、七二、ベラル会社ニ於テハ一二、四二%ノ率ヲナス、即チ其工費ニ対スル影響ノ小少ナラサルヲシル可キナリ、工費ノ他ノ目ニ就テハ一々之ヲ論究スルヲ要セス、前出某会社ノ計算表鈔及附録丙号乃至戊号ニ由テ以テ其要領ヲ知ルニ足ル可シ但シ其表中収入税若クハ税金云々トハ千八百八十六年条例第二号ニ拠リ納ムル所ニシテ、該条例ハ従前ノ商工業免許税ヲ廃シ諸種ノ収入ニ対シ若干ヲ課シ、会社ハ其純益壱留ニ付五パイ即チ弐分六厘余ノ税ヲ納ム可キモノトナス
上来述フル所ニ由テ観レハ製糸壱封度ニ対スル工費幾許ニ止ルヲ得ルヤ略々之ヲ知ルヲ得ヘク、随テ営業利益事情ノ問題ニ掲記セル孟買府手渡ノ価格、一梱幾許マテニ減スヘキヤノ一事ニ至リテモ亦大概ヲ算出スルヲ得ヘシ、但シ其算出ヲ試ムルニ方リ、製糸売買ニ際シ仲買ニ払フ口銭ハ、常ニ売方持ノ慣例タルヲ忘ル可カラス(製糸売捌方法参看)
    起業費割合
 新ニ紡績場ヲ起ス者、其起業費紡錘数ニ割合セ一錘ニ付幾許ニ当ルヤ、但シ各工場悉ク差異アリテ其概情ヲ得ルニ難シトセハ、更ニ其差異ノ概情ヲ査訪スルヲ要ス
印度ニ於テ紡績所ヲ建設スルノ経費ハ之ヲ英国ニ比スレハ、無慮弐倍半ノ多キニ及フヘシトハ当業者ノ皆言フ所ニシテ、某ノ支配人ノ説ニ拠レハ壱万錘ヲ準トシテ之ヲ算スルハ機械器具及付属品ノ代価ヨリ土地建物据付等ニ至ル迄、一切ノ経費斜針紡機ニ在テハ大凡壱錘ニ付三拾留、竪針紡機ハ三拾五留ノ割合ニ当ルト云フ、工場調査委員ニ答申シタル某氏ノ言モ亦之ト略ホ相同シク三拾留乃至三拾弐留ノ間ニ在リトナセリ(斜針紡機ニ就テ計算スルモノトス)、建物ノ精疎紡針ノ多寡其他種々ノ事情ニ依リ其経費ニ差アルコト弁ヲ俟タスト雖、普通ノ割合ハ即チ前出二氏ノ説ニ拠リ以テ之ヲ推知スルニ足ルヘシ
機械器具及附属品等ノ為ニ要スル経費ハ、大ニ本邦ト相異ナルノ理ナク、但タ読者ノ観ンコトヲ欲スルハ蓋敷地及建物等ニ関スル費目ニ在リ、即チ之ヲ論究スルニ大抵機械類ノ半額ニ相当スト云フ、而シテ二三会社ノ財産計算書ヲ按スルニ敷地建物等ノ価格機械類ニ対シテ三分二余、若クハ四分三余ノ割合ニ居ルモノアリ、其敷地建物等ノ価格特ニ大ナルハ職トシテ敷地ニ多費ヲ投シタルカ故ニ由ルカ如シ
    器械
 精紡機ニハ斜針《ミウル》・竪針《リング》ノ二種アリ、孟買紡績所ニ於テハ何種ヲ多ク
 - 第10巻 p.291 -ページ画像 
使用スルヤ、又孟買地方紡績器械製造所アリヤ、若シ其製造所アレハ其製作価値等英国ニ比シテ精粗高低如何、又土人ノ工業者ハ老壊殆ント用ニ堪ヘ難キ敗器ヲ英国ヨリ買入レ製糸ヲ為スモノアリト、其事情如何
客年六月ノ調査ニ拠レハ各紡績所紡錘ノ総数弐百七拾六万弐千五百拾八錘ニシテ(孟買府内ニ於テ建設中ノモノヲ除ク)、其中百七十四万千四十八錘ハ斜針、百弐万千四百七十錘ハ堅針即チスロツメルニ係リ斜針ハ総数ノ六割三分許ニ居ル、(孟買州ノミニ就テ之ヲ視ルニ斜針一、二三四、六五〇堅針七六八、三四四トス、然ルニ孟買輸出糸品位表ニ拠レハ八十八乃至九年ニ輸出シタル製糸壱億弐千参百零弐万封度余ノ中、竪針機ノ紡出ニ係ルモノ僅ニ九万封度余ニ過キサルハ思議ス可ラス、姑ク疑ヲ存ス)
印度紡績所ニ於テ使用スル機械ハ総テ英国ヨリ輸入スルモノニシテ、各家ノ製造ニ係リ、一工場ト雖全部一製造家ニ依ルハ殆ト之ナシ、顧フニ是レ我カ紡績家ノ考案スヘキ一点ナリ
紡績機械製造所ハ啻ニ孟買地方ノミナラス印度全国中未タ其芽ヲ発スルヲ見ス、但タ孟買・甲谷佗等ノ諸港ニ於テ鉄工ヲ営ムモノアリ、其業逐年進歩スト云フト雖、竟ニ精細ノ機械ヲ製出スルノ日アルヤ否、之ヲ今時ニ断定スルコト能ハス
印度鉄山ノ富ハ昔ヨリ人ノ嘖々スル所ニシテ地下之ヲ蘊蔵スルノ大ナル疑ヲ容レス、従来泰西ノ法ニ依リ大ニ掘採溶冶ヲ企ツル者少カラスト雖、未タ功ヲ秦セス、孟加拉政府カ数年来経営スルバルラカル鉄山ハ其近傍ニ石炭及石灰ヲ有スルモ、尚ホ得失相償ハサルノ憂ヲ免レス(本鉱業ハ元ト一会社ヨリ政府カ引続ク所ナリシカ、近頃更ニ会社ヲ起シテ之ヲ引受ケンコトヲ謀ルモノアリト云フ)、況ンヤ其炭料及助鎔礦ヲ欠クノ地ニ於テヲヤ
印度製鉄ノ事業ハ今日ニ於テ郅盛ヲ期ス可カラサルコト斯ノ如クニシテ、従来其家庭ノ用具及耕耘ノ器械皆内国ノ鉄材ヲ以テシ、殊ニ印度ノ利器ハ昔時ニ名アリシモ、頃年舶来ノ鉄材ニ圧セラヽ《(ル)》コト日一日ヨリ愈々急ナルハ尚ホ我カ国ニ於ケルコトシ、然ラハ則機械製造ノ材料ハ之ヲ富有ナリト謂フ可ラス、又其人ノ品質斯ノ如キノ技倆ニ適スルヤ否ヲ観察スルニ、凡ソ印度人ハ農業・美術・土木建築等ノ業ニ達スルノ事実ハ、之ヲ史伝ニ考ヘ之ヲ現象ニ照シテ明ナリト雖、精密ナル機械ノ製造ニ至リテハ否ラス、例ヘハ綿糸ノ紡車ノ如キハ其発明ニ出ツルモ遂ニ改良ヲ加ヘス、依然トシテ旧套ヲ脱セサルニ由テ之ヲ視ルモ機器ニ明敏ナラサルヲ徴ス可シ、要スルニ印度ノ紡績機械ハ之ヲ外国ニ仰カサル可ラサルコト本邦ト同様タリ、但タ其一分ノ補繕ノ如キハ各工場自ラナス所ニテ是カ為メ工場ノ傍ニ機械工場ヲ設置スルモノ比々皆是ナリ
土人ノ工業者ハ老壊殆ト用ニ堪ヘサル敗器ヲ買収シ、製糸ニ従事ストハ抑々何ノ謂カ、予輩未タ之ヲ解スル能ハス、今ヤ世運日新ノ時ニ方リ印度曾有ノ機械ハ既ニ旧式ニ属セリト云フハ敢テ不可ナカルヘシト雖、之ヲ以テ用ニ堪ヘサル敗器トナスニ至リテ寧ロ過酷ナラサルヲ得ンヤ、況ンヤ新製ノ機械ヲ以テ其旧ニ代ヘンコトヲ謀ルモノ比々相踵
 - 第10巻 p.292 -ページ画像 
クニ於テヲヤ、仮令老旧ナラシムルモ其収利ハ敢テ新設ノモノニ下ラサルコト後ニ述フルカ如シ、豈ニ之ヲ侮ルヘケンヤ
    紡績糸品位
 各工場ニテ製出スル糸ハ細糸(四十手以上)中糸(弐拾八手以上)粗糸(十手以上)三種ノ内何種多キニ居ルヤ、且細糸ハ何手マテ、粗糸ハ何手マテヲ製出スルヤ、又其各手ノ差ニ因リ価格ノ割合ハ何様ナルヤ
前項ニ登記シタル在ナグプル、セントラル、インジア紡績所製造額ノ表ニ由テ之ヲ視ルニ、該所ニ於テ製造スル糸ハ、六番ヨリ四拾番ニ至ル、惟フニ是レ印度諸工場ノ製出スル細粗ノ両極ヲ表ス、而シテ其最モ多キヲ占ムルハ拾六番乃至二拾四番タルコト之ヲ左表ニ徴スヘシ
  孟買輸出紡糸類別表(万位ヲ一位トシ封度ヲ以テ算ス)

図表を画像で表示孟買輸出紡糸類別表

 年記    千八百八十一 千八百八十二 千八百八十三 千八百八十四 千八百八十五 千八百八十六 千八百八十七 千八百八十八 同上年記小計ニ       年乃至三年  年乃至三年  年乃至四年  年乃至五年  年乃至六年  年乃至七年  年乃至八年  年乃至九年  対スル百分率 類別 斜針紡糸 十五番以下    八七五  一、一〇〇  一、四〇二  一、九三三  二、二九六  二、六五二  二、八八二  二、三六一 一九・二五二% 自十六番   二、〇四四  三、〇六七  三、二七五  四、三五二         六、二一四  七、九三七  九、八九〇 八〇・六四〇% 至二十四番 自二十五番      三      二      二      五      八      二      一      九   ・〇七三% 至三十二番 自三十三番                           一             二             三   ・〇二四% 至四十四番  小計    二、九二二  四、一六九  四、六七九  六、二九一  七、六〇一  八、八七〇 一〇、八一〇 一二、二六三 堅針紡糸 二十番以下     三七     七七     三二     一六     一四     二一     一五      九 自二十一番      二 至三十番  小計       三九     七七     三二     一六     一四     二一     一五      九 染色紡糸      一〇     一四     一〇     一二     一五            一六     三〇  総計    二、九七一  四、二六〇  四、七二一  六、三一九  七、六三〇  八、九〇九 一〇、八五一 一二、三〇二 



各番糸価ノ割合ハ況ニ応シテ常ニ異動アルコト勿論タリ、姑ク客年十一月二十一日某会社製糸ノ相場ヲ挙ケテ以テ其一例ヲ示サン
 番号    壱封度ニ付         番号    壱封度ニ付
  六   五三/八アンナ        一六   六一/八アンナ
  八   五一九/三二         二〇   六三/八乃至六三/四
 一〇   五五/八乃至六一/一六    三〇   八乃至八一/二
 一二   五五/八乃至六        四〇   八三/四乃至九一/四
    工場灯火
 各工場ニテハ何種ノ灯火ヲ用フルヤ、聞ク所ニ拠レハ両三年前電灯ヲ用ヒタル工場アリト云フ、爾後用灯ノ事情ハ何様ノ変遷ヲナシテ現今何種ノ灯最モ多キニ居ルヤ
孟買ノ諸紡績所ハ他項ニ述フルカ如ク、日出ヨリ日没ニ至ル迄ヲ繰業時間トシ、灯ヲ照シテ工ヲ営ムモノ啻ニ今日ニ之ナキノミナラス、他日ニ至ツテモ亦蓋然リ、是ヲ以テ工場中ニ灯火ヲ備フルモノアルヲ見ス、然ルモ甲谷佗ニ於テハ概シテ午後八時マテ業ニ就キ、照スニ電気灯ヲ以テス
    石炭事情
 各工場使用ノ石炭ハ従前、都テ英国ヨリ輸入セリト云フ、現今他方ヨリ新ニ輸入スルモノナキヤ、且其英国炭ハ如何ナル品位ノモノ多ク其価ハ一万斤幾許ナルヤ
孟買紡績所ハ輸入英国炭ヲ用ヒ、甲谷佗中央州等ハ内国炭、馬徳拉ハ薪材ヲ用ヒ各処其情ヲ異ニス、請フ先ツ内国炭ノ概況ヲ述ヘン、夫レ
 - 第10巻 p.293 -ページ画像 
印度ノ煤田ハ之ヲ概言スレハガンジス及ヒゴダワリー両河ノ間、即チ印度半島ノ中心ニ在リト謂フヘシ、ガンジスノ北方ニ於テモ亦多少ノ煤田ヲ発見セリト雖モ、今日ニ於テ稍観ルヘキハ亜桑ノ煤田ノミ、其全国中多額ヲ出スハ孟加拉州バドワン地方ニシテラニガンジー及カルハリバリーヲ以テ最良トス、全国煤田ノ総況左表ニ明ナリ

図表を画像で表示--

 洲名      煤田ノ数総計   休業        営業者          産額         地方卸売価                       会社  一個人  政府              噸           留 ベンゴール   一〇五      四三   三七  五六           一、三一九、〇九〇   三、三〇四、三〇八 パンジヤブ     一                    官有鉄道一       七、五二三      九二、一七七 中央州       二            一           一     一二八、九八一     六一九、四三一 亜桑        三            三                  八九、三〇二     六二五、一一六 中央印度      一                        一      一五、四九七      六七、五二八 計       一一二      四三   四一  五六       三   一、五六〇、三九三   四、七〇八、五六〇 



   本表ハ八十七年ノ実況ニ係リ大蔵省統計ニヨル煤田総計百十二ノ中、休業四十三ニシテ其十二ハ廃坑ニ帰セリ、依テ営業者ノ項ニ於テ十二ヲ減ス
此ノ如ク印度ノ煤田狭キニアラスト雖、共産ヲ起シテ之ヲ孟買ニ致サンニハ数百里ヲ経過セサルヘカラス、随テ其価値貴キヲ致シ、而シテ其質ハ之ヲ英炭ニ比スレハ頗ル下リ、寧英炭ヲ用フルノ便ナルニ若カスト云フ、蓋印度炭ノ欠点ハ灰分ヲ含ムコト甚タ多キニアリテ英炭ハ其量三乃至六%ニ過キスト雖、印度炭ハ一四乃至二四%ニ上リ、最良ノモノ即チラニガンジー炭ト雖、其効力英炭ニ比スレハ二分一若クハ三分二ニ過キス
大蔵省通商報告ニ曰ク、千八百八十八乃至九年石炭輸入ノ総額八三三、四七八噸ニシテ其四分三ハ孟買ノ需要ニ係ルト、更ニ孟買関税局ノ報告ニ拠ルニ其輸入ノ景況左ノ如シ
     八十八乃至九年                 七十九乃至八十年
        噸           留         噸          留
  六三三、二〇九  一四、九一九、二一六   三八三、七五二  七、六〇二、三三三
是ニ由テミルニ過ル十年間ニ於ケル輸入ノ増加較然タリ、関税局報ハ是ヲ以テ紡績事業ノ増進ト鉄道ノ拡張ニ職由ストナス
客年輸入シタル石炭ノ九九%余ハ英国炭ニシテ、自余五〇〇噸ハ墺地利、一〇〇噸ハ埃及、二五〇噸ハ香港ヨリノ舶来ニ係リ、其豪洲(ウヰクトリヤヨリスニユウサウス、ウヰルスヨリノ輸入ハ絶ヘ)ヨリ輸入スルハ三五〇噸ニ過キス
前ニ示スカ如クベンゴールハ石炭ニ富ミ且亜桑ニモ亦之アリ、是ヲ甲谷佗ニ運転スル其便較々好シ、故ニ該府使用ノ石炭ハ概ネ内国ノ産出ニ係リ外国ヨリ其洲ニ輸入スルハ僅ニ一九、三七六噸ニ過キス、顧フニ沿海航運ノ費軽減セハ馬徳拉・緬甸ハ勿論孟買モ亦ベンゴール炭ヲ用フルニ至ラン、中央洲及ヒナイサム地方亦炭坑アリ、掘採頗ル盛ニシテ其地方ノ紡績所ハ概シテ需要ヲ之ニ取ル、其ベンゴール炭ハ標出馬力一ニ付大約二封度四分一乃至四分三ヲ要スト云フ
馬徳拉ノ工場ハ概ネ薪材ヲ用フ、其量某ノ工場ノ例ニ拠レハ公称馬力四百三十二ノ機関ヲ以テ七百五十四分間営業スルカ為メ、要スル所三十五噸ヨリ五十噸ノ間ニ在リト云フ、其価格ハ之ヲ確知スルヲ得スト雖、蓋一噸四五留ニ出テサルヘシ(某ノ告クル所ニ拠レハ八留乃至十
 - 第10巻 p.294 -ページ画像 
留ト云フモ、是甚多キニ過クルカ如シ)
孟買輸入ノ石炭ハ通常其相場表ニ上ルモノデビソン、ウヰスト、ハートレイ、ウヰスト、ハートレイ、カージフノ三種トス、今其輸入炭ト内国炭ノ価格ヲ表出スル左ノ如シ

図表を画像で表示--

 年紀   炭種                 孟買輸入炭、一噸ニ付               甲谷佗内国炭   同上      デビソン、ウヰスト、ハートレイ  ウヰスト、ハートレイ  カージフ   カルハルバリー  ラニガンジー        留                 留           留    留         留 八十九年  一九              一八          二一、五   一二       九、五 八十八年  二三              二二、五        二五 八十七年  二〇              一九          二〇       二一              二〇          二一 



   孟買ノ相場ハ各年九月最末土曜日ノモノニシテ商法会議所ノ調査ニ拠ル甲谷佗ノ相場ハ十月末旬ノ相場ニシテキルブルン会社ノ報告ニ拠ル
    水利有無
 孟買地方利用スヘキ適宜ノ水力ヲ得ルヘキモノアリヤ
某ノ報文ニ拠レハ孟買地方ニ於テハ利用シ得ヘキ巨大ノ水利アリ、政府モ亦之ヲ利用センコトヲ謀リ種々奨励法ヲ設ケ起業家ヲ誘導セリト雖、進テ之ヲ利用スルモノノ寥々タルハ実ニ怪ムニ堪ヘタリ云々、而シテ此報文タル最モ孟買紡績ノ事ニ経験アル者ノ記述ニ係ルト云フヲ以テ一目ノ初既ニ信ヲ措キタリト雖、尚ホ其実況ヲ究メント欲シ四周探尋スルニ其所在ヲ得ス、之ヲ某人ニ問フ某人笑テ答ヘス、但タ曰ク孟買ハ弾丸黒子ニ等シキ一小島ナリト
夫レ孟買ノ地タル元ト衆小群島ヨリ成ル、而シテ人功ヲ以テ相聯結シ今ハ半島ノ形ヲナシ北ヨリ南ニ向テ斗出ス、其北端最モ広キトコロ大凡三哩、南進スルニ随ヒ漸ク狭ク一岩頭ニ終リ其幅員僅ニ弐拾弐方哩ニ過キス、高塔ニ登テ之ヲ瞰レハ全市一睫ノ下ニ在リ、西東ノ両端ニ在テハ小丘ノ蜿蜒スルアリト雖、地勢概ネ卑湿或ハ海面ヨリ低キ処アリ、池沼ナク河流ナク用水ハ之ヲ数里外ヨリ引致シ、今尚ホ其乏シキヲ憂ヒ更ニ土功ヲ起スノ計画中ニアリ
孟買ノ地勢概ネ斯ノ如クニシテ紡績所ハ市ノ北方ニ列立シ、噴烟相接ス、南方亦三五ノ工場アリト雖、近来新設スルモノハ概ネ北方ノ地ヲ取ル、皆塘ヲ築キテ其水ヲ貯フ豈ニ利用スヘキ水力多シト謂フヲ得ンヤ、然ハ則孟買府外ニ在テ之アルヤ、是レ亦然ラスト云ハサルヲ得サルナリ
    工業条例
 紡績業一般ニ対スル工場条例ノ如キモノアルヤ、又滊械滊鑵扱方、労動時間、雇役職工年齢等ノ諸項ニ関スル政府ノ条例或ハ一定ノ協議アルヤ
千八百八十一年印度政府ハ工場条例ヲ制定シ、英領全国ノ工場ニ適用スヘキモノトナセリ(工場ニ取除ケアリト雖、紡績場ノ如キハ皆適用スヘキ範囲内ニ属ス)、其要領ハ幼者ノ就役ヲ制限シ又機械ヨリ生スル危難ヲ予防スルニ在リテ、七年以下ノ幼者ハ工場ニ使役スヘカラス又十二年以下ノ者ノ使役時間ハ一日九時間ヲ過クルヘカラス、又滊関機械等ノ某ノ部分ハ結柵スヘキモノトナシ之カ処分法ヲ設ケ、又孟買政府ハ千八百八十七年滊鑵検査条例ヲ改定シ、滊鑵ノ使用及其管理者
 - 第10巻 p.295 -ページ画像 
ヲ制限シタリ、其二条例ノ要項ハ載セテ附録ニアリ
右二条例ノ外、更ニ紡績工業ノ施設ニ関スル法律規則ヲ見ス、曾テ其工業条例ヲ一層厳ニシテ或ハ英国ノ工場条例ヲ適用セントスルノ議起リシモ未タ行ハレス、又紡績家ハ相聯合シテ協会ヲ組織シ職工モ亦然リ、然ルモ其協会ニ於テ此問題ノ事項ニ関シテ一定ノ協議アルナシ
    紡績糸流通地
 印度紡績糸ノ四分ノ三ハ綛糸ニ造リ支那地方ニ輸出シ、四分一ハ織布トシテ内地ノ需用ニ供シ、輓近其販路ヲ日本ニ求ムト云フ、其実情ハ如何、且本年春来孟買ニ於テ、本邦綛糸ノ如ク右綛ノモノヲ製シ、包紙装様トモ都テ大阪紡績会社ノ糸ニ類似スル者ヲ輸入シ我市場ニ跋扈セリ、而シテ此種ノ糸ハ我邦二三ノ糸商店ヨリ殊ニ注文スル所ニシテ、彼敢テ著手シタルニアラサルカ如シト雖、既ニ販路ヲ我邦ニ求ムルノ意アリトセハ、此輸出糸ニ対シ彼ノ現今ノ事情ハ如何、又将来ノ挙動ハ果シテ何辺ニ出ツヘキヤ
孟買ノ紡績業ハ幾ント全ク日本及支那ノタメニ存スト謂フヘシ、千八百八十八乃至九年ニ於ケル紡糸及織布ノ售路ヲ按スルニ、其出売ノ総額一億八千三百四十万封度ニシテ、其中印度ノ諸港及鉄路内地ニ輸致セルハ僅ニ総額ノ二割五分八厘一毛許ニ過ギス、自余七割四分余ハ実ニ之ヲ海外ニ出セリ、更ニ糸ト布トヲ区別スレハ糸ハ前出総額ニ対シ七割八分許ノ割合ヲナシ、一億四千二百九十八万封度ノ多キニ及フ、而シテ其糸ノ八割六分強ハ海外殊ニ東洋ニ向テ流出スルモノナリ、尚ホ左ニ二三ノ表ヲ掲ケテ以テ其流通地ノ所在ヲ明晰セン
  孟買紡糸内外輸出表  四百封度ヲ一俵トシ俵ヲ以テ算ス

図表を画像で表示孟買紡糸内外輸出表

        輸出先 暦年       支那       日本      支那日本輸出総計   其他諸国     海外輸出総計    内地輸出総計   内外輸出総計 千八百七十九年   四五、五三〇  一四、八四二   五〇、三七二   三一、七一一    八二、〇八三   一一、〇七二    九三、一五五 千八百八十年    六三、一九四   四、五二七   六七、七二一   三八、八二五   一〇六、五四六   一四、〇九二   一二〇、六三八 千八百八十一年   六一、八七三   七、三七八   六九、一六一   四一、〇九二   一一〇、二五三   一四、三三三   一二四、五八六 千八百八十二年   八一、四三四   九、八五四   九一、二八八   四一、五〇二   一三二、七九〇   一四、四〇〇   一四七、一九〇 千八百八十三年   九四、九八二  一七、四二一  一一二、四〇三   四二、一三〇   一五四、五三三    九、〇九一   一六三、六二四 千八百八十四年  一二七、三一八  一三、八四六  一四一、一六四   四八、二二六   一八九、三九〇    六、〇四九   一九五、四三九 千八百八十五年  一五四、五一七  一九、〇二〇  一七三、五三七   四三、一九七   二一六、七三四    五、一二九   二二一、八六三 千八百八十六年  一九九、四〇七  二〇、五四三  二一九、九五〇   四五、一一二   二六五、〇六二    四、五三六   二六九、五九八 千八百八十七年  二〇五、一五八  三九、七三〇  二四四、八八八   四七、七九八   二九二、六八六    三、四七五   二九六、一六一 千八百八十八年  二三四、〇七一  五二、六九七  二八六、七六八   四九、七八八   三三六、五五六    二、二四九   三三八、八〇五 



  孟買紡糸織布内外仕向高百分率一覧表

図表を画像で表示孟買紡糸織布内外仕向高百分率一覧表

           物名            紡 糸                        織 布                     紡糸織布総量                   内地仕向ケ        外国仕向ケ        内地仕向ケ        外国仕向ケ        内地仕向ケ        外国仕向ケ 年紀              封度     留     封度     留     封度     留     封度     留     封度     留     封度     留 千八百八十五乃至八十六年    二〇    二一     八〇    七九     七九    七六     二一    二四     三七    四一     六三    五九 千八百八十六乃至八十七年    一七    一七     八三    八三     七五    六九     二五    三一     三一    三三     六九    六七 千八百八十七乃至八十八年 一四、八三 一五、六一  八五、一七 八四、三九  六四、三九 六二、六〇  三五、六五 三七、四〇  二五、六六 二八、七六  七四、三四 七一、二四 千八百八十八乃至八十九年 一三、九六 一四、六〇  八六、〇四 八五、四〇  六七、三一 六六、一九  三二、六九 三三、八一  二五、八一 二八、四九  七四、一九 七一、五一 



  印度全国紡糸織布輸出国別表 (千位ヲ一位トシ封度ヲ以テ算ス)

図表を画像で表示印度全国紡糸織布輸出国別表

 物品              紡糸                       繊布   年紀 千八百八十七乃至八年  千八百八十八乃至九年   千八百八十七乃至八年  千八百八十八乃至九年 国名 支那      九二、五七一    一〇一、二四八      四、四八三       一四、六一七  以下p.296 ページ画像  日本      一七、三九一     二三、一四三         三七          一三一 亜典      一、三五四       一、三二七     二〇、七五六       一五、四四五 海峡殖民地     九八一       一、八四四      五、九四八        五、二〇五 亜細亜土耳其    三六五         五〇三      一、五四六        一、七一〇 爪哇        二八三         三二七         皆無           皆無 亜刺伯       二七九         二六一      二、〇七三        二、七一六 波斯         七九         一三九        七八九        一、一六〇 亜非利加東海岸    六六          六四     二四、七一八       一九、八六四 錫蘭         三二          二六      六、九三一        五、九四五 メクラン及ソンミアニ 皆無          皆無      一、二六八        一、二一一 其他諸国       五〇          二四        八八六        二、二四〇 総計     一三、四五一     一二八、九〇六     六九、四三五       七〇、二四四 



  右表輸出積出港別表 千位ヲ一位トシ封度ヲ以テ算ス

図表を画像で表示右表輸出積出港別表

 物名             紡糸                       織布   年紀 千八百八十七乃至八年  千八百八十八乃至九年   千八百八十七乃至八年  千八百八十八乃至九年 港名 孟買   一〇八、五一六     一二三、〇二三      五五、一二二      五七、五六八 孟加拉    三、七八〇                      四七 進度         三                   一、二三二                    五、八八三                  一二、六七六 馬徳拉    一、一三二                  一三、〇三一 緬甸        二〇                       三 



以上掲クル所ノ表ニ拠テ見レハ印度ヨリ輸出スル糸及織布ハ幾ント全ク孟買ヨリシ、而シテ其大半ハ本邦及支那ニ致スヲ了知スヘシ、基本邦ニ分輸スルモノ前表ニヨレハ全輸出額ノ一割八分五厘四毛余ニ出テスト雖、是レ惟孟買ヨリ直輸スルモノニ係リ、此外香港ヲ経テ我ニ入ルモノ亦尠カラス(支那日本ヘノ輸出高ハ総額ニ対シ九六・七九%ノ割合ヲナシ、其中香港ハ六二・五六%ヲ占ム、是レ皆支那及本邦ノ諸港ニ向テ再輸スルモノナリ)、即チ我輸入表ト彼ノ輸出表トヲ対照スルニ左ノ如シ
      孟買港輸出額       印度全港輸出額      日本輸入額
            封度           封度            斤
 糸  二二、七〇七、四八〇   二三、一四三、〇〇〇   二四、一六四、〇九二
           ヤート        ヤーヤ(ト)         ヤート
 布     一二七、五五一      一三一、〇〇〇      一六七、四六〇
孟買港口及同港輸出報告ハ八十八年四月ヨリ九年三月ニ終ル一年、日本輸入報告ハ八十八年ノ暦年ニ係リ其間多少ノ差アリト雖、尚ホ其大要ヲ看ルニ足ルヘシ
以上専ラ孟買紡績所ニ関ス孟加拉・馬徳拉・北西州・中央州等ノ地ニ設立スルモノ、需要ノ在ルトコロハ之ヲ詳ニスルコトヲ得スト雖、聯合会報告ニ拠レハ八十九年六月ニ終ル一箇年ニ於テ、此等紡績所ノ消費シタル棉花ノ高大凡八千五百六十七万三千九百五十二封度(ボンデセリーニ在ル一紡績所ノ分ハ除ク)ナリト云フヲ以テ、今姑ク(二割ノ紡減ト見做シ)六千八百五十三万八千百六十二封度ノ糸ヲ製出セリト仮定スルニ、其海外ニ輸出スルハ蓋総額ノ十三分一許ニ過キサルヘシ、畢竟内部ニ於ケル紡績所ハ其近傍ノ需要ニ供スルモノ多キニ居ルコト疑ヲ容レスト雖、其産額ハ之ヲ孟買ニ比スレハ尚ホ僅々タルコト
 - 第10巻 p.297 -ページ画像 
其消費シタル棉花ノ額ニ徴シテ明ナリ、即チ八十九年六月ニ終ル一箇年印度諸紡績所有棉花見積高ノ中、孟買以外ノ紡績所ニ係ルハ二割四分六厘六毛許ニ出テス、且此紡績所モ亦多少日本支那ニ輸出スルモノアリ、之ヲ概スルニ印度紡績ノ業ハ幾ント日本支那ノタメニ存スト謂フモ大過ナカルヘシ、千八百八十四年乃至八十五年孟買関税局報告ニ曰ク、孟買紡績所ノ存立スルハ職トシテ支那ノ市場ニヨルコト較明ニシテ、印度ニ於テ消費スルハ其産出ノ一部分ニ過キス、尤モシユラツト、ブロウチ、アムダバツト、ナグフル及其他ノ地ニ於テ内地ノ需求ニ供スルノ工場アリト雖、此等工場ノ産額ハ之ヲ合算スルニ孟買産出ノ四分一タニモ及ハス、況ンヤ其工場ノ製糸モ亦支那ニ輸出スルコト少カラサルニ於テオヤ云々、乃チ彼亦自ラ支那及日本ヲ以テ命脈ノカカル所トナスヲ了スルニ足ルヘキナリ、(支那云々トノミアリテ日本ヲ挙ケサルハ当時本邦ニ直輸スルモノ末タ甚タ多カラサリシカタメナルヘシト雖、其後ニ至テハ支那日本ト連呼スル場合多シ)
而シテ其紡績所ヲ起スノ初ニ当テヤ専ラ内国ノ需要ニ供センコトヲ期シタルカ如シ、実ニ綿製品ハ印度輸入品ノ最モ重要ナルモノニシテ千八百十八乃至九年輸入ノ価額三億千五百十一万千留(棉糸三千七百四十六万八千棉布二億七千百六十万千其他六百四万四千)ノ多キヲ致シ且年ヲ逐ヒテ愈々増加ノ勢アリ乃チ之ニ対シテ紡績所ヲ起コシタルハ寔ニ自然ノ情勢トス、然ルニ内地ノ用ハ依然之ヲ外ヨリ取リ其製スル所ハ却テ率ネ之ヲ外ニ搬フニ至レルハ、蓋偶然ニシテ其既ニ輸出ヲ始ムルノ後ト雖、嘗テ今日ノ如ク盛大ヲ期セス、常ニ供給需要ニスクルノ憂ヲイタケル者アリシカ如ク千八百七十八年乃至九年孟買関税局報告ニ云ヘルコトアリ、曰ク内地製造ノ紡糸ハ他ノ外国市場ニ於テ放口ヲ得ス、一瀉シテ支那日本ニ流下セシカ今ハ其市場ニモ亦溜積シテ殆ント腐陳ニ帰スルノ恐アルニ至レリ云々、然ルニ今ヤ日本及支那ニ輸入スルモノ七十八乃至九年ニ比スレハ幾ント六倍ノ多キニ及フモ、尚ホ未タ售路ノ塡塞ヲ見サルノミナラス孟買製糸海外輸出ノ内地需要ニ対スル割合、逐年多キヲ加フルコト前表ニ示スカ如クナルハ豈彼ノ予想スル所ナランヤ
今ハ印度諸紡績所、少クモ孟買紡績所ハ概ネ本邦及支那市場ヲ以テ目的トシ、現ニ経営中ノモノ亦皆然リ、乃チ本邦支那市場ノ一伸一縮ハ彼ノ休戚ノ繋ル所ニシテ苟モ事ノ利スヘキモノアラハ敢テ之ヲ採ルヲ憚ラス、包紙装様ハ勿論、紡織ノ手段ニ至ルマテ若シ真ニ東洋人ノ好尚ヲ博スルニ足ルモノアラハ、之ヲ改ムルニ於テ一日ヲ忽ニセサルモノアルヘシ、且従来ニ在テハ其労セスシテ功ヲ収ムルヲ得、随テ事情ニ通セサルカ如シモノアリト雖、将来其較々難キヲ致スハ必然ニシテ其愈々難キニ随ヒ、注意愈々密ニ渉リ或ハ内地ノ商估ト直接ノ取引ヲ開カンコトヲ謀リ、或ハ布匹ノ売捌ヲ広メンコトヲ企テ百方経営ヲ試ムルニ至ルコト逆メ之ヲ今日ニトスヘシ、彼ノ殊ニ顧慮スルハ我紡績所増加ノ一事ニシテ、従前ニ在テハ我カ規模概ネ狭小ナリシヲ以テ深ク意ニ介セサリシモ、近来ニ迨ンテハ其情一変シ且支那ニ於テモ亦頃日紡績ヲ起スノ計画アルニヨリ往々戒心スルモノアルカ如シ、然ルモ其将来ノ挙効果シテ何辺ニ出ツルヤニ至リテハ之ヲ推知スルニ由ナシ
 - 第10巻 p.298 -ページ画像 
想フニ彼儂ト雖、尚ホ胸中一定ノ成策ナカルヘシ
孟買紡績聯合会ハ其販路ヲ亜米利加ノ東岸ニ拡張センコトヲ謀リ、曾テ試施スル所アリシカ遂ニ充分ノ結果ヲ見スシテ止メリ
既ニ前ニ約言スルカ如ク香港ハ印度糸流通地ノ咽喉ニ当リ、本邦及支那ニ輸入スルモノ往年ニアツテハ概シテ其港ヲ経由シ、今ハ直輸ヲナスニ至レルモ尚ホ経由シ来ルモノ多シ、故ニ千八百七十九年即チ本邦ニ直輸ヲ始メタル年ヨリ五年毎ニ、該港輸出入ノ数量ヲ玆ノ末段ニ開記シテ以テ其集散流通ノ景況ヲ示サン(印度ヨリ上海ニ直輸ノ便ヲ開キタルハ千八百八十五年ニ在リト云フ)
 年紀       香港ヘ輸入 上海及日本ヘ直輸  香港ニ於テ売却 支那日本輸入総計 香港ヨリ輸出
             俵       〃        〃        〃      〃
 千八百七十九年  四七、三三八   六、七二一   五四、〇五九   四二、〇九三  八、八五六
 同  八十三年  九七、二〇〇  一六、五一四  一一三、七一四   八九、八八九  八、五四六
 同  八十八年 一八七、三六八  九〇、二四二  二七七、六一〇  一八二、一九八  八、二四五
是ニ由テ之ヲ視レハ本邦及支那ニ輸致スル印度糸ノ多分ハ、啻ニ香港ヲ経過スルノミナラス其地ニ於テ売買シ人ヲ替ヘテ輸送シ来ルヲ了ス可シ、然ルモ其本邦ニ入ルモノハ想フニ直輸ニ係ルモノ多キニ居ルニ至レリ
    紡績営業利益事情
 各紡績所ノ利益ハ概シテ資本額ニ対シ年幾許位ヲ得ルヤ、又其資本ノ最大ニシテ営業ニ巧敏ナル者ハ年幾許ノ利益ヲ得、其薄資業拙ナル者ハ年幾許位ノ利益ナルヤ、若シ業務巧敏ニシテ綿花ノ買入極メテ宜シキヲ得、職工ノ賃銭、役員ノ給料等皆冗多キヲ省キ諸経費ヲ節シ、而シテ勉メテ低価ニ売ラント欲セハ孟買府手渡ノ価格一梱幾許マテニ減スヘキヤ
各紡績所ノ利益如何ヲ知ラント欲セハ先ツ其勘定ノ方法ヲ視ンコトヲ要ス、故ニ孟買府及其州ノ近傍ニ於ケル一二会社ノ定期計算書ヲ摂収シテ之ヲ後ニ録セリ(附録丙号ヨリ戊号ニ至ル)、蓋其丙号ハ利益多キモノ、丁号ハ少キモノ、戊号ハ普通ノモノノ的例トシテ看ルヘキ所ニシテ、其各社ノ利益総額ト配当額ノ資本ニ対スル割合ヲ約挙スレハ左ノ如シ、(戊号本期計算ニ於テハ株主配当金六・四%ノ割合ナルモ八十九年前半季ノ配当ハ某新聞ノ報スル所ニヨレハ一・六ニシテ一箇年三・二ノ割合ニ過キス)
  会社   利益総額    配当(一箇年)
  丙号   三〇・五%   二〇・〇%
  丁号   二二・二%    八・九%
  戊号   一〇・五%    六・四%
右丙号八十八年六月ニ終ル一年間利益配当額ハ実ニ本表ニ示スカ如ク二〇%ニシテ、八十九年前半期ノモノハ年ニ一八%ノ割合ニアタル、其八十九年ノ算計ニ於テ之ト上下スルハマドラス、ユウナイテツト、チンネワレイ及アメダバツト等ノ紡績会社ニシテ、其配当ノ額年二〇%若クハ一八%ノ割合ニ当ル、而シテ此等ノ会社ハ専ラ内地ノ需求ニ供スルヲ務ムモノニ係リ、其海外輸出ヲ主トスルモノノ利益配当ノ額ハ曾テ此ノ如ク大ナラサルコト左表ニ拠テ之ヲ了スヘシ(海外輸出ヲ
 - 第10巻 p.299 -ページ画像 
主トスルハ孟買ノ紡績所ニ在ルコト既ニ前ニ詳悉セリ)

図表を画像で表示--

  会社名              所在地       株数    一株金額   払込金額    配当     売買相場 アメダバツト            アメダバツト     六〇〇  一、〇〇〇  一、〇〇〇  前半季九〇   一、三〇〇 アルフレツト            ブロウチ     一、〇〇〇    五〇〇    五〇〇  同  一五     三〇〇 アーリヤンス            孟買府      一、五〇〇  一、〇〇〇   全額    同  二五     五四五 アルベルト、イドワード、ミル    ブロウチ     一、〇〇〇    五〇〇    五〇〇  同  二〇     三九〇 アングロ、インジヤン        孟買府      九、三四五    一〇〇    一〇〇  同   二      九〇 ボンベイ、ユウナイテツト      同         九〇〇   一、〇〇〇  一、〇〇〇  同  二五     七三〇 ボンベイ製綿会社          同         六〇〇     五〇〇    五〇〇  同  二五     四二〇 コラバー、ランド、エンド、ミル   同       四、〇〇〇     七〇〇    七〇〇  同  一五     七〇〇 クールラー、ミル          同         八〇〇   一、〇〇〇  一、〇〇〇  同  皆無     四五五 ダビツト、ミル           同       一、四〇〇     五〇〇    五〇〇  同  二五     五〇〇 ダーン、ミル            同       一、〇〇〇   一、〇〇〇  一、〇〇〇  同  五〇     九五〇 インプレス             同       二、一〇〇     五〇〇   全額    同  二五   六六二、五 フラムジー、ペチツト        同       一、二五〇   一、〇〇〇  一、〇〇〇  同  二五     五五五 ゴルドン、ミル           同       二、〇〇〇   一、〇〇〇  一、〇〇〇  同  二〇     一三〇 ホアルド、コンドバルロウ      同       一、五〇〇     五〇〇    五〇〇  同  二五     六五〇 インペリアル            同         九〇〇     五〇〇    五〇〇  同  二五     五三〇 インジアン、マニフハクチユアリング 同         六〇〇   一、〇〇〇  一、〇〇〇  同  五〇     九五〇 ゼイムス、グリーブス        同       一、一〇〇   五、〇〇〇    五〇〇  同  二五     六六〇 ジヤツハル、エリー         シユラツト      六〇〇    五〇〇    五〇〇  同  皆無     一〇〇 ゼムシツド、マニフハクチユアリング 孟買府      一、六〇〇    二五〇    二五〇  同一二、五   二九七、五 ジユラス、パル           同       一、〇〇〇   一、〇〇〇  一、〇〇〇  同  四五     九二〇 カンデシ              ジヤルゴーン     七五〇  一、〇〇〇  一、〇〇〇  同  五〇     六〇〇 カトウ、マケンジ          孟買府      一、〇〇〇  一、〇〇〇  一、〇〇〇  同  四〇     六一〇 レオポルト             同       三、五〇〇     一〇〇    一〇〇  同   五     一五〇 ルキスミダス            同       一、〇〇〇   一、〇〇〇  一、〇〇〇  同  五〇     八八五 マハルキスミー           同         六〇〇   一、〇〇〇  一、〇〇〇  同  二五     五〇〇 マノクジー、ペチツト        同       四、〇〇〇   一、〇〇〇   全額    同  五〇   一、一二五 マザゴン              同       五、〇〇〇     二五〇    二五〇  同   五   一、二二五 モラルジーゴコルタス        同       一、〇五〇   一、〇〇〇  一、〇〇〇  同  七五   一、六一〇 ナシヨナル             同         五〇〇   一、〇〇〇  一、〇〇〇  同  皆無     二五〇 ニユウ、クレイトエスツルン     同       一、四〇〇   一、〇〇〇  一、〇〇〇  同  二五     六七五 オリエンタル            同       五、七二五     六二五    六二五  同  一〇     三九〇 ヒユウブルオフインチヤ       同       一、〇〇〇     二五〇    二五〇  同  皆無      五五 プレシデンシー、ミル        同         七四三   一、〇〇〇  一、〇〇〇  同  三〇   一、〇四〇 プリンス、オフ、ウエルス      同       一、二五〇     六〇〇  一、三五〇  同  皆無      三〇 サスメン              同       一、五〇〇   一、〇〇〇  一、〇〇〇  同  二五   一、五九〇 シヨラポール、ミル         シヨラボール     五〇〇  一、〇〇〇  一、〇〇〇  同  六〇   一、三〇〇 スウデルダス            孟買府        七五〇  一、〇〇〇  一、〇〇〇  同  三〇     四〇〇 サウゼルン、マラツタ        同       一、二一二     二五〇    二五〇  同一二・五     二九〇 スター、ヲフ、インジア       同       一、〇〇〇   一、〇〇〇  一、〇〇〇  同  四〇     八六〇 スワデシ、ミル           同       三、〇〇〇     五〇〇    五〇〇  同  皆無     三九〇 ウヰクトリア、ミル         同         五五〇   一、〇〇〇  一、〇〇〇  同  二五     三八〇 ウヰステルン、インジア       同       一、二〇〇   一、〇〇〇  一、〇〇〇  同  二五     五三五 クエン、ミル            同         八〇〇   一、〇〇〇  一、〇〇〇  同  五〇     七六〇 シチー、ヲフ、ボンベイ       同         六〇〇   一、〇〇〇  一、〇〇〇  同  五〇     九九五 リボン、ミル            同         六〇〇   一、〇〇〇  一、〇〇〇  同  五〇   一、一二五 コンノート、ミル          同         六〇〇     五〇〇    五〇〇  同  二五     六四〇 マドラス、ユウナイテツト      馬徳拉府     五〇〇、五  一、〇〇〇  一、〇〇〇  同 一〇〇   二、〇五〇                            或ハ三五〇 バアキンガム            同         七〇〇   一、〇〇〇  一、〇〇〇  前一年一〇%  一、〇五〇 カルナチツク            同       二、〇〇〇     五〇〇    五〇〇  同 一〇%     五〇〇 サウゼルン、インジア        同       一、〇〇〇     五〇〇    五〇〇  前半季一五     一五〇  以下p.300 ページ画像  ベルラリー、スヒンニング、ウヰビング ベルラリー     八七一    五〇〇    五〇〇  前一年九%     五二五                                     五〇〇 コインバートル           コインバートル    一〇〇     七五                    七五 チネウヰレイ            アンバサムドラム 一、六〇〇    二五〇    二五〇  同二〇%      三七五                                                           四〇〇 セントラル、インジア        ナクブル     三、七五〇    五〇〇    五〇〇  前半季四五   一、二一〇 ヒンガンガツト           ヒンガンガツト    七〇〇    五〇〇    五〇〇  同 四〇      七〇〇 ハイデラバツト           ハイデラバツト    七〇〇  一、〇〇〇  一、〇〇〇  同 三〇      七二五 マプーブシヤヒ           ガルブルガー   二、四〇〇    五〇〇    五〇〇  前一年九%     五〇〇 ムハラジヤ、ヲフ、ムイゾル     バンカロール   四、五〇〇    一〇〇    一〇〇  同  七%     一〇〇                                                           一〇五 パンガロウル            同        四、〇〇〇    一〇〇    一〇〇  同  八%      九〇                                                            九五 ベンガル              甲谷佗               一〇磅    一〇磅  前半季五%     一六〇 ポーリア              同       一八、〇〇〇    一〇〇    一〇〇  同六、五%      六一 カルカツタ             同        五、〇〇〇    一〇〇     七五             七五 ダンパー              同       一三、二八五    一〇〇     七〇  皆無         六〇 インフレス、ヲフ、インジア     甲谷佗       一、七五〇   五〇〇    五〇〇  八十九上半期四%  四五〇 グセリー              同        七、五〇〇    二〇〇    二〇〇  同四、五%     一九五 コオンポール            コオンポール   一〇、〇〇〇   一〇〇    一〇〇  同  五%     一〇四 ミユウイル             同        七、五〇〇    二〇〇    二〇〇  同  五%     二三〇 ウヰクトリア            同        五、〇〇〇    一〇〇    一〇〇  同  五%     一〇一 



  本表ハ千八百八十九年九月二十八日刊行孟買「タイムス」、同八月十七日馬徳拉株式仲買某店広告、同十月二十二日甲谷佗「カピタル」ニ拠ル、配当ノ項前半季若クハ前一年トアルハ八十九年季ノ前半季、若クハ其季前ノ一箇年ニ係ル売買相場ハ前出諸刊行日最近ノ相場ニ係ル
  表中金員ハ特ニ表出スルモノ、外総テ留トス
右表ヲ通覧スルニ半季配当ノ額五%ノ割合ニ当ルモノ最モ多ク、其割合ニ及ハサルモノハ之ヲ合計スレハ全数ノ約半トス(五%以下ニ在テハ二%半ヨリ四%マテノモノ多キニ居ル)、其配当ノ株ニ多キハ率ネ内地ニ在ルモノ即チ内地ノ需要ヲ主眼トスル会社ニ係ル、顧フニ是レ結構ノ適否操業ノ巧拙ニ関スルコト疑ヲイレスト雖、職トシテ元料産出ノ地ニ接シ且需要者ニ接近シテ元料ノ購求製品ノ販売ニ便ナルノミ

図表を画像で表示--

 会社名         会社登録年月      資本額        準備総額     元資償却     火災保険    一季積立元資償却及保険             計算半期 セントラルインジア   七十四年               留        〃        〃             八十八年六月末日   一、八七五、〇〇〇  七六七、五二六  四〇一、五五五  一〇七、一五九  一七五、八九三 オリエンタル      七十四年             八十六年十二月末日  三、五七五、〇〇〇  六六八、九一〇  三〇三、三一〇  一八五、八三四   六九、八七五 シユラジバルコウ    七十三年             八十七年十二月末日  一、一〇〇、〇〇〇  六一五、三六一  三三八、二三八  一三四、五七五   五七、〇〇〇 サウゼルン、マラタ   八十三年             八十八年六月末日     五九七、二五〇            六三、七一七            二八、〇〇〇 アルベルド、イドワート 八十一年             八十八年六月末日     五〇〇、〇〇〇   九六、四六一   六二、五〇〇             六、二五〇 マノクジーペチツト   七十六年             八十六年十二月末日  四、〇五〇、〇〇〇  九一二、一七五            二九、〇六八 



  本表ハ各会社ノ実際報告ニ拠ル
  準備ノ多寡ヲ見ルニハ其創業ノ新旧如何ヲ稽フルヲ要ス、故ニ印度統計ニヨリ会社設立登録ノ年ヲ附記セリ
 - 第10巻 p.301 -ページ画像 
ナラス、職工ノ賃金モ亦較々廉ナルニ由ル
今ヤ印度紡績所利益ノ事ヲ記述スルニ方リテ、特ニ読者ノ注意ヲ望ムハ、諸会社各其元資償却ノタメ工場建物火災保険ノタメ及工場敷地々料等ノ為メ毎年其収入ヨリ若千ヲ抽積シ其余ヲ将テ株主ニ分配スルコト即チ是ナリ、観者苟モ附録丙号乃至戊号ヲ一目セハ則其実況ヲ了スルニ足ルヘシト雖尚ホ之ヲ明ニセンカタメ左○前頁下段ニ一表ヲ掲ケリ
準備金ノ資本ニ対スル割合及其年々積立ツル金額、各社同一ナラサル事右表示スルカ如ク、アルベルド、イワード会社ノ如キハ元資償却ニ対シ積立ツル金額毎半期資本ノ一・四分一%ニ過キスト雖、セントラルインジア会社ハ八%余ニ上リ、或ハ九%ニ上ルモノアリ(シチーヲフ、ボンベイ、.ミルノ如キ是ナリ、之ヲ要スルニ総収ノ中ヨリ元資償却等ノ準備金ヲ抽収シ其余ヲ純益トシ以テ株主ノ配当ニ供スルハ普通ノ法ニシテ、苟モ工場ノ鞏固ヲ欲セハ其準備ナカルヘカラサルコト更ニ多弁ヲ俟タスシテ明ナリ
孟買我舌吐新聞中該府紡績所ノ財政ニ関シテ曾テ開記スル所アリ、本項問題ニ対シテ良答案ナルヘシト信スルヲ以テ其要ヲ次ニ抄録セン、左ニ掲出スル表ハ千八百八十七年十二月若クハ八十八年六月ニ終ル、壱箇年ニ於ケル孟買紡績会社ノ営業収支計算ヲ示スモノニシテ、一年間異状ナク営業シ、且其計算ヲ公告セル会社ノミニ係ル、而シテ予輩ハ支配人ノ人種ニ依リ之ヲ区別シテ三類トナセリ、是レ其人種ノ異同

図表を画像で表示--

   甲英人管理ノ会社第七ハ八十七年十二月末ニ終ル一年、其他ハ総テ八十八年六月末ニ終ル一年ニ係ル  会社名            紡錘     織機   払込資本        借入資本       準備※    借入資本利子   主管手数料    利益      資本ニ対シ利益百分率  株主配当金百分率 第一アングロインジアン    三三、四三三        九三六、〇〇〇    一五四、三九六            一五、〇三八           一二、三七一              七一/二 第二コンノート        二八、〇八〇        四二〇、〇〇〇    九〇四、二八〇   六三、一五〇   四三、七五四  一二、四六〇  一六六、七八七   三九・九七      一〇 第三インブレス        三五、七五〇        八二一、五〇〇    三八〇、一〇四  一四〇、〇二四   一六、七八七  一二、二九一  一六八、九七一   二〇・五六      一〇 第四ゼイムスグリブス     三八、一二四        六六〇、〇〇〇    六四九、六八五  一〇〇、四四八   二八、三八四  一七、九七六  二一九、七四〇   三三・二九      一〇 第五インペリアル       三九、九三七        六八〇、〇〇〇    七四六、三八九   一五、〇〇〇   三三、七六〇  一一、九三五  一〇二、一三六   一五・〇二      一〇 第六レヲポルド        一〇、七二八        三五〇、〇〇〇    二〇九、二三四  一七七、五九三   一五、三六五   八、七四二  一一七、二八三   三三・五〇      一〇 第七ヒユウブルヲフインジヤ   六、八六八        二五〇、〇〇〇    一〇二、一二三    八、四九九    九、〇四一   一、〇一六    九、一五〇    四・三六 計                          四、一一七、五〇〇  三、一四六、二一一  五〇四、七一八  一六二、一二九  六四、四二〇  九〇七、七七七  一六〇・七〇      五七・五〇 利益及配当金平均百分率                                                                          二二・九五       八・二一   ※借入資金ノ一部ハ英国ニ於ケル機械製造家ニヨル 



 - 第10巻 p.302 -ページ画像 
ニ依リ業務ノ情況多少ノ差アルヲ以テナリ
本表○前頁甲表ヲ一目セハ実業家ハ直ニ其実況ヲ観破スヘシト雖、尚一二ノ要点ヲ指示セン、第一アングロ、インジアン、ミルハ其名称ニ表示スルカ如ク英国及印度ノ資本ヲ以テ組織スルモノニシテ其取締役ハマンチスターニ在リ、有給ノ支配人ヲ置テ工場ヲ管理セシムルカ故ニ手数料ヲ要セス、然ルモ是カ為メ工場及事務所費較々多キヲ致シ取締役及委員ノ手数料ヲ合せ一三八、二二四留ニ及フ(第三ハ略ホ同大ノ工場ナルニ其費一二三、七八一留ニ過キス、而シテ更ニ主管手数料一二、二九一留ヲ要セリ)又本表諸工場機械・建物・土地等ノ如キ固定資本ノ額ハ総計大凡五百八十万留ニシテ、払込資本ニ比スレハ其差実ニ百七十万留許トス、之ヲ借入資本参百拾四万留ヨリ扣除スレハ剰ス所百四拾有万留、即チ此金額ト準備金五拾万留トヲ以テ九拾万七千七百七拾七留ノ利益ヲ収メ(払込資本ニ対シ二割三分ノ割合)且借入金ニ対ンテ五一/八%利子ヲ払ヘリ、斯ノ如ク他人ノ資本ヲ利用シテ以テ大イニ益スルノ計ハ順時ニ在テハ寔ニ好手段トナスヘシト雖、一旦逆境ニ会セハ其困慌測ル可ラス、故ニ予メ之ニ備ヘンカ為メ利益ノ多分ヲ

図表を画像で表示--

   乙パーシー人管理ノ会社第三、四、六ハ八十七年十二月、其余ハ八十八年六月ニ終ル一年ニ係ル 会社名           紡錘     織機      払込資本        借入資本        準備       借入資本利子   主管手数料       利益      資本ニ対シ利益百分率  株主配当金百分率 第一シツイヲフボンベイ  二九、六四〇            七〇〇、〇〇〇    三四〇、一七二     四一、四九七   二三、〇七五    二、七三〇    一四二、九六九   二〇・四二       一〇 第二ダン         一七、八〇八            三一八、〇〇〇    二九一、〇〇〇      四、〇五〇   二〇、〇一九   三二、八六一     七一、四九二   二二・五八       一一 第三フレムジーヘチツト  三五、三五二          一、二五〇、〇〇〇    六五六、四七〇     四五、〇〇〇   五三、〇六二   八〇、八五五    一四〇、四四八   一一・二三       五一/二 第四ジヤムシヘツド     八、五七六            四〇〇、〇〇〇    一四八、五〇〇     一三、二三四    五、八八五    九、九九三     七三、二八一   一八・三二       一二 第五クイーン       三一、七四〇            七九九、〇〇〇    五九二、六六三     四〇、〇〇〇   二八、八二七   六一、一九九    一六〇、〇九七   二〇・三七       一〇 第六リツボン       二八、二六〇            六〇〇、〇〇〇    四三七、五〇〇     一〇、〇〇〇   二二、八一三   三五、一〇二    一三七、六二九   二一・六三       一〇 第七クールラ       三八、六〇四    五五一   一、三〇〇、〇〇〇    六六五、六一七     三一、八二    二九、七一四   五三、〇二四     九八、〇七七    七・五四       三一/二 第八マネク、シベチツト  九六、一九二  二、〇二二   四、〇五〇、〇〇〇  一、九九三、〇九七  一、三六八、四〇二  一七二、八六九  一五三、九〇二     七二、〇四二   一七・五五       一一 第九ヲリエンタル     七一、六九一  一、二六八   三、五七五、〇〇〇    四七八、八八八    八一七、六八一   五三、八一三   八一、三三五    二六一、二六〇    七・三〇       四一/二   計                         一三、〇二八、〇〇〇  五、六〇三、九〇七  二、三七一、六七五  四一〇、〇七七  五六一、〇〇一  一、七九六、二九六  一四六・九四       七七・五〇 利益及配当金平均百分率                                                                                 一六・三二        八・六一    ベチツト、ミルノ利子中ニハ仲買口銭及為換料ヲ含ム 



 - 第10巻 p.303 -ページ画像 
挙ケテ以テ準備金ニ供ス、例ヘハ第二コンノートミルノ如キ其利益四割ニ近シ、而シテ払込資本ハ僅ニ四拾弐万留ニシテ固定資本ノ額壱百万留ニ超ユ、即チ九拾万留許ハ他人ノ資本ニ属スルヲ以テ利益ノ四分三ハ之ヲ準傭ニ充テリ
本表○前頁乙表列挙スル会社ハ之ヲ甲表ノモノニ比スレハ財務ノ景況較々宜シ、即チ固定資本金千五百六拾六万留ニ対シ払込資本ノ金額ハ(其大数ノミヲ挙クレハ)無慮千三百弐万留余ニ過キスト雖、別ニ弐百三拾七万留余ノ準備金アルヲ以テ甲表会社ノ如ク危険ノ虞アルコトナシ

図表を画像で表示--

   丙ヒンドウ人管理ノ会社第六、七、及第十ハ八十七年十二月、其余ハ八十八年六月ニ終ル一年ニ係ル 会社名                    紡錘    織機    払込資本          借入資本       準備        借入資本利子   主管手数料      利益       資本ニ対シ利益百分率   株主配当金百分率 第一アーリヤンス             三六、八六四         一、七九一、〇〇〇    四三二、六五五    二〇一、二一二   一九、七九六   四六、二七一    一四九、六六五    八・三五          六 第二ルキミグス              三三、三六四           七八二、〇〇〇    五一八、六〇〇     七七、〇〇〇   三九、四五一   六一、六〇〇    一六八、四〇一   二一・五二         一二 第三マハルキスミー            二四、六九六           六五〇、〇〇〇    三六四、二一〇              一七、〇七〇   二八、〇九八     四五、〇九五    七           四 第四ボンベイユーナイデツド        二二、一三六  四五〇      九〇〇、〇〇〇     四六、六二八    三四七、七五一            三四、三七五    一一五、二八〇   一二・八〇         七一/二 第五ヒンドスタン             三四、〇二八  七〇一    一、二〇〇、〇〇〇  一、〇九二、三三九     三五、〇〇〇   六二、五六七   六〇、七七七    一一六、六二〇    九・七一         七一/二 第六インジアン、マニツハアチユウリング  二〇、五八〇  四〇〇      六〇〇、〇〇〇    五一二、七五五     六二、〇〇〇   三〇、四五三   三三、二四六    一一四、二五三   一九            一四 第七ジユラズ、バルー           三六、九五六  五二一    一、一〇〇、〇〇〇    三〇五、七〇六    六一五、三六一   一五、六八〇   四九、二八七    一六四、四二一   一四・九四         一〇 第八カトー                二五、三六〇  三四〇      九九五、〇〇〇    三九四、六二五    三一五、〇五〇   一七、三五七   三六、一一三     七六、八一一    七・七〇         五一/二 第九モラルジー              三七、〇四八  五一七    一、一五〇、〇〇〇    四八七、七一三    七四七、四八〇   一八、〇一四   六五、七三三    二七九、四八四   二四・三〇        一四一/二 第十グレイトエスツルン          三三、一九二  七〇九    一、五〇〇、〇〇〇    五七五、三四二     一七、五二六   三二、六六〇   六〇、五八六    一三二、二二七    八・八一          四 第十一スウデルタズ            一六、六八〇  二〇一      六五〇、〇〇〇    五二三、二〇八    一四五、六〇〇   三一、五八一   二三、五八四     四六、五一五    七・一五         五一/二 第十二ウイスワルンインジヤ        二八、七二〇  五〇二    一、二〇〇、〇〇〇    八八二、四二五     五〇、〇〇〇   四八、五七二   四五、五一〇     七八、一八三    六・五四          五 第十三ボンベイコツトン、    マニユウハクナユリングコンパニー   六、七一六           二九八、五〇〇    二三三、二五二     一三、七五〇   一五、七二九   二七、九二九     四九、九一四   一六・二四          九   計                                一二、八一六、五〇〇  六、三六九、四五八  二、六二七、七三〇  三四八、九三〇  五七三、一〇九  一、五三七、六七九  一六四・〇三        一〇一・五〇 利益及配当金平均百分率                                                                                        一二・六一          八・〇三 第一サツソン               五一、九五六  九一八    一、五〇〇、〇〇〇  一、〇三三、四三五    四三九、七二六  一〇三、六二〇   六〇、四九五    二九九、二〇八   一九・九五         一〇 



 - 第10巻 p.304 -ページ画像 
要スルニ本表○乙表諸会社借人資金ハ其社有ノモノニ対シ大凡四割三分ノ割合ヲナシ而シテ其利子ハ甲表会社ヨリ貴クシテ平均七分半ニ在リ
 本表会社ノ手数料ニ関スル経費ハ前表○甲表ノモノニ対照スレハ較然タル差アリ、甲表ノ工場ハ総収入九七二、一九七留(手数料ト利益ノ両費目ヲ合セタルモノ)ヨリ支配人(即チ主管)ニ払ヘル金額六四、四二〇ニ過キスト雖、乙表ノ工場ニ於テハ二、三五七、二九七留ヲ得テ而シテ五六一、〇〇一ヲ払ヘリ、而シテ甲ハ総収入ノ六三/四%ニシテ乙ハ二二三/四%ニ当ル
本表中第三及第七、八、九ノ四工場ハ旧設ニ係リ、第八ノ如キハ最モ旧ナリト雖、其準備ノ金額三割五分ニ上リ財政最モ綽々タリ
本表○前頁丙表ニ臚列スル諸工場ハ第三、第六及第十三ヲ除クノ外、概シテ旧設ノモノニシテ其特殊ノ点ハ紡織ヲ兼営スルニ在リ、是レ蓋此人種ハ内地ノ市場ト較々密接ノ関係ヲ有シ、随テ製布販鬻スルノ便ヲ得ルニ由ル、其払込資本及準備金ノ額ハ乙表ノ会社ト略ホ相平行スト雖其固定資金ハ較々多クシテ千六百四拾万留ノ額ニ上リ利子ハ却テ五一/二%ニ出テス、然ルモ収益ニ至ラハ壱割弐分六一ニ過キス(乙ハ壱割六分三二)即チ工場ノ頗ル旧式ニ属スルモノ多キハ織布ノ業ヲ兼営スル故歟
本表会社ノ中最モ鞏固ナルハ第九モラルシー、ミルタルコト疑ヲ容レス、其準備ノ金額ハ資本ニ対シテ六割五分ノ割合ヲナシ、利子ノ配当ハ壱割四分半ニ居リ実ニ旧工場ノ翅楚トス、第六インジヤン、マニフハクチユリングモ亦壱割四分ヲ配当シ、此一点ニ於テハ敢テ第九ニ譲ラスト雖、準備金ノ状ヲ視レハ大ニ逕庭アルヲ察スルニ足ルヘシ
最後ニ掲出シタルサツソンミルハ特立ノモノニシテ一種赤幟ヲ樹ツ、其ノ収入ハ他ノ旧工場ニ比シテ敢テ下ラス、而シテ尚其ノ位置ヲ固クセンカタメ準備金ノ増加ヲ勉メリ、之ヲ概スルニ甲乙丙三類ノ会社総資本参千百五拾万留ヲ以テ総収入五百八拾万留ヲ得タリ、即チ壱割八分ニ当ル、而シテ更ニ内地工場ヲ回覧スレハ収利更ニ大ナルモノアリ云々……以上我舌吐抄訳
甲谷佗及馬徳拉等ノ紡績所ハ往々債券ヲ発行シテ以テ運用ニ資スルアリ、其利子六若クハ七%ニシテ発行ノ高、或ハ資本額ノ三分一余ノ多キニ達ス、孟買ニ於テハ債券ヲ発行スルモノ甚尠シト雖、借入金ヲ以テ運用ニ資スルノ甚多キ事、前ニ記スル所ニヨツテ之ヲ悉知スヘシ、(勉メテ低価ニ売ラント欲セハ、孟買府手渡ノ価格幾許迄ニ減スヘキヤトノ事ハ、工費ノ項ヲ参看推測スヘシ)
    銀価影響
 銀価ノ潮落ハ孟買製糸業者ニ対シ、如何ナル影響アリヤ
銀価ノ異動ヨリ生スル影響ニ関シ孟買紡績家ノ観ル所、蓋二アリ、一ハ著シキ効感ナシト云ヒ、一ハ英国糸トノ競争ニ於テ利アリト云フニ在リ、顧フニ其利アリトノ説ニ左袒スル者多シ、即チ曩ニ英国マンチエスター商法会議所ニ於テ孟買及ヒランカシヤ製糸ノ市況ヲ講究報告スルニ方リ、其多数ノ議決ヲ肯許セス、別ニ所見ヲ叙述シタモノト其旨趣ヲ相同クス、而シテ其会議所講究報告ノ顛末ハ昨年四月三井物産会社々員渡辺専次郎氏ノ当業者ニ頒チタル印度綿糸紡績業ノ実況、本
 - 第10巻 p.305 -ページ画像 
邦同業ニ関スル意見ト題スル冊子ニ訳載スルヲ以テ玆ニ再出スルヲ要セサルヘシ
    近年工場得失
 此両三年間孟買各紡績工場営業ノ情態、利益ノ割合ハ如何
各家ノ得喪損益他人ヲシテ窺知ルコトヲ得サラシムルハ一般ノ状態ナリ、其右捜左索漸クニシテ得ル所既ニ掲ケテ営業利益事情ト題スルノ項ニ在リ、更ニ詳細ニ渉ルニ由ナシト雖、紡績ノ業ニ資本ヲ卸ス者頻年相踵クヲ以テ之ヲ視レハ其利ノ少カラサルコト明ケシ、請フ左ニ其ノ進歩ノ景況ヲ略述セン
印度ニ於テ始メテ紡績ノ業ヲ経営セルハ今ヲ距ルコト大凡三十九年前ニ在リ、然ルモ其実際運歩ヲ起コシタルハ千八百五十四年ニシテ、爾来七十年ニ至ルマテハ其発達遅々トシテ僅ニ六場ヲ増スニ過キサリシカ、尋テ千八百七十九年即チ第一ノ工場営業ヲ創始シテヨリ二十五年ノ後ニ迨ヒテハ其場数五十六、紡錘ノ数大凡百五十万トナリ、其後十一年間ニ於テ更ニ非常ノ進歩ヲナセリ、即チ之ヲ表出スレハ左ノ如シ
  六月三十日   場数     紡錘      織機     職工    使用綿量
 千八百七十九年  五六 一、四五三、〇〇〇 一三、〇〇〇 四三、〇〇〇 二六七、六〇〇
 同  八十九年 一二四 二、七六三、〇〇〇 二一、六〇〇 九一、六〇〇 八八八、七〇〇
   増      六八 一、三一〇、〇〇〇  八、六〇〇 四八、六〇〇 六二一、一〇〇
是ニ由テ視ルニ紡績所ノ数ハ二倍二割一分ヲ増シ、紡錘ハ九割、織機ハ六割六分、職工ハ二倍一割三分、使用棉花ノ量ハ三倍三割二分ヲ増シタリ、而シテ惟孟買ノミニ就テ視レハ進歩ノ跡更ニ著シク、其府内ニ於テ千八百六十五年即チ二十五年以来工場ノ数六倍九割、紡錘ノ数六倍三割六分半ヲ増加シ、府外ニ於テハ工場ノ数七倍一割、紡錘ノ数十一倍五割八分余ヲ増加シタリ、読者更ニ後ニ掲出スル内国使用綿量増加ノ景況及附録乙号ノ表ニ徴セハ、印度紡績事業発達ノ状況愈々明ナルヲ得ン、斯ノ如ク紡績ノ業逐年増加セリト雖、其間一盛一衰アリシコト勿論ニシテ、或ハ工場ノ全部若クハ一部ヲ閉シ、或ハ工場ノ維持ニ堪ヘスシテ之ヲ他人ニ放売スルニ至リ、其惨状ヲ呈スルモノ啻ニ三五ノミナラス、殊ニ千八百八十年前後ニ在テハ工場其持主ヲ転スルモノ少カラサリシカ、是カタメ却テ改良ヲ促シ翻然トシテ起色ヲ顕シタリ、尋テ八十四年、五年ノ交、支那市場ノ糸価大ニ下落シ、之ニ反シ原綿ノ価値上進セルカタメ得失相償ハス、比々復タ難境ニ陥リシモ爾来ハ特殊ノ事変ナクシテ今日ニ至レリ、然ルモ稍々事局ニ達スルモノハ常ニ紡績ノ起業急ニ失シテ其供給需要ニ過クルヲ憂ヒ、其情言ニ発シ書ニ現ハシテ歴然タリ、印度紡績ノ需要ニ超過ストノ憂ヲ懐クハ曾テ所以ナキニ非ス、試ニ左表ヲ一目セハ其輸出ノ愈々増加スルニ随ヒ価値愈々低減ノ傾向アルヲ徴スヘシ
  印度糸香港輸入高並ニ売価一覧表

図表を画像で表示印度糸香港輸入高並ニ売価一覧表

 年紀       輸入高                     売 価                     六手     十手       十六手        二十手     二十四手                俵 千八百八十三    九七、二〇〇   ――     六一、五/七〇   六、九/七五、五  七一/八三    ―― 同  八十四   一三七、〇七五   五五/六二  五八/六七    六八/七三      六八/八〇、五  七二/七九 同  八十五   一五〇、二二一   五四/六三  五七/六七    六六/七二      六六/七五、五  ――  以下p.306 ページ画像  同  八十六   一七五、二九一   五七/六二  五五/六七、五  六六/七二、五    六八/七八、五  七七 同  八十七   一七八、七九〇   二七/五八  五四/六六    六六/七四、五    六六/七八、五  八〇 同  八十八   一八七、三六八 



  印度関税報告輸出糸壱封度価値表
               ア パ
  千八百八十三乃至四年   六 二・一四七
  同八十四乃至五年     五一一・一二二
  同八十五乃至六年     五 七・六一二
  同八十六乃至七年     五 九・七〇七
  同八十七乃至八年     五 九・〇〇三
  同八十八乃至九年     六 五・五八五
糸価ノ高低ハ啻ニ印度ノ供給ノ伸縮ノミニ関スルニアラサルコト固ヨリ弁ヲ俟タス、千八百八十八乃至九年ノ如キ輸出ノ甚伸張セルニ拘ラス、其価値前年ニ比スレハ特ニ貴シ、然ルモ其本年ニ於テ貴キヲ見ルハ蓋殊特ノ事情ニ由ルモノニシテ、更ニ数年ノ形勢ニ徴スレハ漸ク趨下ノ状アルヲ免レス、旦頃年印度糸ノ東洋ニ累積スルモノ小少ナラサルハ人皆知ル所ニシテ、既ニ昨年秋孟買ノ諸紡績家ハ相議シテ休業ノ日時ヲ増シ、以テ供給ヲ減削センコトヲ謀ルニ至レリ、然ルニ今日尚ホ紡績所ノ新設ヲ計画スルモノ少カラサルハ抑何ソヤ、前途ヲ達看シ来テ此ニ至ルヤ将タ又人ノ跡ヲ踏襲シテ遽然此ニ至ルヤ断言シ易カラス
斯ノ如ク論シ来レハ印度殊ニ孟買紡績ノ事業ハ、軽挙暴進シテ前途扞格ヲ免カレサルカ如シト雖、深ク事局ヲ察スレハ必スシモ然ラス、千八百七十七乃至八年ノ通商貿易ニ関シ商務副尚書某氏ノ言ヘルコトアリ、曰ク輸出貿易ハ(糸ノ)持続スルヲ得ルヤ否、姑ク之ヲ論外ニ措クモ印度内地ノ消售ハ甚大ニシテ、五十個所ノ工場ヲ二倍スルモ尚ホ余剰ヲ見サル可シ、苟モ工場ノ措置ヲ誤ラスンハ早晩印度市場ニ於テマンチスターノ粗糸ヲ擠却スルニ至ルハ必然ナリ、又八十四乃至五年ノ通商要覧ニ曰ク、既ニ粗糸ノ輸入ヲ擠却スルノミナラス中糸モ亦漸ク其量ヲ減シ、印度ノ工場ハ此種ノ製品ヲ出シテ以テ市場ヲ占略スルノ兆ヲ著セリ云々、今ヤ印度紡績所ノ多数ハ専ラ東洋ヲ目的トナスト雖、若シ其商路梗塞セハ則更ニ方向ヲ転シテ内地ノ市場ヲ争フニ至ルハ事勢ノ当然ニシテ、竟ニ綽然タル活路ヲ内地ニ索出スルニ庶幾カラン、況ンヤ東洋ノ市況ハ活溌ナラスト評スルニ拘ラス、製糸家ノ利益ハ頗ル多クシテ更ニ其幾分ヲ減スルモ、尚ホ商業上普通ノ利益ニ下ラサルニ於テヲヤ

  第三商業ノ部
    綿花輸出事情
 千八百八十七年印度綿花輸出額七二、二五三、四四〇貫(中略)ナリト云フ、大略英国ヘ輸出シタルモノナリヤ、又其製糸ノ四分三ハ支那地方ヘ輸出スト云フ、果シテ然ルヤ、又印度棉ハ元来劣等ナラス、孟買糸ハ最下等ノ綿花又ハ屑綿ヲ用ヒ、上等綿ハ皆英国ヘ輸出スト云フ、其額毎年大略幾許ナルヤ
綿花ハ印度輸出品ノ首位ヲ占メ其価額壱億五千六拾五万余留ノ多キニ
 - 第10巻 p.307 -ページ画像 
及フ、遡テ其輸出ノ実況ヲ察スルニ伸縮弛張啻ニ小少ノミナラス、最モ盛況ヲ呈シタルハ米国南北戦争ノ時ニ在リテ其価額三億七千五百万余ニ上リシコトアリ、然ルモ是レ其戦争ノ影響ニ因テ生シタル異常ノ現象ニシテ爾来其額頓ニ縮小シ近年ニ及テ漸ク再張ノ勢アルコト、左表ニ示スカ如シ

図表を画像で表示--

    五個年平均輸出高                                     各年輸出高                             本            留                       本            留 千八百六十七乃至八年ヨリ七十一乃至二年 五、八〇九、五八六  二〇〇、一〇九、七二三   千八百八十七乃至八年  五、三七四、五四二  一四四、一二八、四一七 同七十二乃至三年ヨリ七十六乃至七年   四、八一六、〇二三  一三五、〇三二、六七六   同八十八乃至九年    五、三三一、九〇四  一五〇、四六五、九二六 同七十七乃至八年ヨリ八十一乃至二年   四、一〇八、五二一  一一三、二三九、四五二   八十九年四月ヨリ八月迄 二、五一〇、六四    七三、七七九、六一三 同八十二乃至三年ヨリ八十六乃至七年   五、三六七、二三九  一三五、九二九、四九二 



右八十九年四月ヨリ八月ニ至ル五箇月間ノ輸出ハ前年五箇月間ニ比スレハ著シク増加シ、且昨年ノ秋成ハ殊ニ豊饒ナリシニ由リ、其一年ノ総計必多キヲ加フ可クシテ輸出ノ頃年再起色ヲ呈スルコト較然タリ、然ルモ其価値ニ至テハ漸ク低減ノ傾ヲ免レス(収穫ノ多寡損益ノ項参看)綿花ノ内国ニ於テ消費スルモノト海外ニ輸出スルモノト割合ヲ示サント欲スルニ方リ、頗ル困難ヲ感スルハ内国需要ノ額明確ナラサルコト是ナリ、八十八年刊行税務農務省ノ報告ニ拠レハ大凡三百五拾万ボントレツトウヰト、即チ百万俵余(三本半ヲ壱俵トス)ナリト云フモ報告者亦自ラ之ヲ完全トナサス、但タ紡績所ニ於テ製糸ニ使用スルモノ数量ハ稍々明ナリ、即チ左表ノ如シ

図表を画像で表示--

   五箇年平均紡績所使用綿高                       同輪出高       使用及輸出総高ニ対スル使用綿%                           俵    留万位           俵 千八百六十二乃至三年ヨリ六十六乃至七年  六〇、〇〇〇  一、二二一   一、四一七、一三一   四・〇六 同六十七乃至八年ヨリ七十一乃至二年   一〇四、六〇〇  一、二六五   一、六五九、八八二   五・九二 同七十二乃至三年ヨリ七十六乃至七年   一八二、〇〇〇  一、七八五   一、三七六、〇〇七  一一・六八 同七十七乃至八年ヨリ八十一乃至二年   三一一、三五三  三、〇〇八   一、一七三、八六三  二〇・九四 同八十二乃至三年ヨリ八十六乃至七年   五九〇、八三〇  五、二一〇   一、五三三、四九六  二七・八二 同八十七乃至八年            七八六、九八二  七、四三〇   一、五三五、五八三  三三・八八 同八十八乃至九年            八八八、八六四  八、九八二   一、五二三、四〇一  三六・八五 



  輸出ニ関スル年紀ハ四月ヨリ三月ニ至リ紡績所使用綿ニ関スルハ六月ヨリ六月ニ至ル
  本表価格ハ輸出綿花ニ基キ算出ス
  毎俵ノ量三本半トス
本表ハ内地ノ使用ト輸出ノ割合ヲ徴スル資料タルノミナラス、印度紡績事業ノ進歩ヲ表スル好標的ナリ、試ニ看ヨ千八百六十六乃至七年ニ終ル五箇年ノ平均ハ僅ニ六〇、〇〇〇俵ニ過キサリシモ、昨年六月ニ終ル一個年ニ於テハ実ニ八八八、八六四俵ニ上ル、即チ二十二年間ニ於テ一、三八一・四四%ヲ増加シタリ、進歩ノ跡豈ニ大ナラスヤ
印度産綿ノ総額ハ他項ニ叙述スルカ如ク平均大凡二、六〇〇、〇〇〇俵ナリト仮定シ、是ヨリ紡績所使用ノ額及輸出額ノ合計二、三六七、〇〇〇俵(前二年平均)ヲ扣除セハ剰ス所一三三、〇〇〇俵ニシテ即
 - 第10巻 p.308 -ページ画像 
チ紡績所以外ノ使用ニ係ル、之ヲ人口弐億五千万人ニ配当スレハ一人ニ付〇、二一封度ノ割合ヲナシ、之ニ紡績所使用高ノ四分一(紡績所製品ノ内国用ニ充ツルモノ大約四分一ニ過キサルコト既ニ前ニ詳ナリ)ヲ加フルモ尚〇、二四余ニ過キス、然ルモ更ニ輸入綿類ヲ視レハ一人ニ付弐封一七余《(度脱カ)》ニ当リ、之ヲ内国ノモノト相合スレハ二封度四一余ノ割合ヲナス、然ラハ則内国産ノ内国需要ニ係ルモノ一三三、〇〇〇俵ニ過スト謂フモ亦甚シキ無算当ニアラサル可シ
綿花ノ種類ヲ列記スルニ方リ各種ノ輸出港ヲ指示セリ、是ヲ以テ読者ハ既ニ略ホ港口ノ在ル所ヲ了セルナル可シト雖、尚ホ千八百七十五年乃至六年ヨリ千八百八十八乃至九年ニ至ル迄十四年間ノ平均ニ依リ、左ニ各海港ノ輸出額ヲ表示セン

千八百七十五乃至六年ヨリ同 八十八乃至九年ニ至ル 輸出高

図表を画像で表示--

 州名   港名       総俵数         毎年平均俵数     百分比例    千八百八十八年一ケ年百分比例 孟買   同上     一四、六八〇、〇〇〇   一、〇四八、五七一    七五・九五   七六、二〇 進度   カラチー      四七四、〇〇〇      三三、八五七    二・四六     一・八六 孟加拉  甲谷佗     二、〇一八、〇〇〇     一四四、一四四   一〇・四四     七・九八      馬徳拉、 馬徳拉  ココナダ、   一、九一九、〇〇〇     一三七、〇七一    九・九三    一三、八七      ツチコリン 緬甸   ラングーン     二三五、〇〇〇      一六、七八六    一・二二      …… ボンデセリー             ………         ………     ………     〇・〇九 計           一九、三二六、〇〇〇   一、三八〇、四二九  一〇〇・〇〇   一〇〇・〇〇 



尚蘇西運河ノ開通前ニ在テハ印度綿花ノ大部分ハ之ヲ挙ケテ英国ニ輸致シ、尋テ其一分ヲ欧洲大陸ニ転搬セシカ、爾後大陸ニ直輸スルモノ年一年ヨリ愈々多ク今ハ英国ニ輸致セルモノ三割三分余ニ過キサルニ至レリ、即チ左ノ表ニ依テ其増減ヲ看ルヘシ

図表を画像で表示--

 輸出先                        百分率       八十二―三  八十三―四  八十四―五  八十五―六  八十六―七  八十七―八  八十八―九  平均 合衆王国  四六・四   四五・一   四二・一   三四・二   三七・八   三九・八   三三・三   三九・八 伊太利   一五・二   一四・七   一四・六   一九・一   一四・八   一四・四   一四・六   一五・三 墺地利   一二・四   一〇・〇   一一・三   一二・〇   十三・九   一二・六   一四・二   一二・三 仏蘭西    九・五   一一・二   一一・四   一一・三   一一・六    九・二   一〇・三   一〇・八 白耳義    五・四    七・六   一〇・五   一四・八   十三・九   一二・五   一六・四   一一・六 支那     五・九    五・二    四・六    四・九    二・三    三・七    二・六    四・二 日耳曼    一・九    二・二    一・七     ・四    二・五    二・五    三・六    二・一 其他     三・二    三・八    三・六    三・二    三・三    五・三    五・〇    三・九 



是ニ由テ視レハ英国ノ輸入漸ク減シ、白耳義・墺地利等ノ諸国之ニ反シテ漸ク増スコト歴然タリ、且其英国輸入ノ中大約五割ハ欧洲大陸ニ再輸スルモノニシテ至竟印度綿花ノ顧客ハ大陸諸国ニ在テ存ス、千八百七十四乃至五年ノ財務商務省通商要覧ニヨレハ、英国ノ紡績機械ハ元ト繊緯長キモノヲ製スルニ適シテ印度綿ヲ整理スルニ宜シカラス、而シテ大陸ノ機械ハ則然ラス、是レ其大陸ニ於テ好評ヲ博シ英国ニ於テ否ラサル所以ナリト
印度綿花ノ性質ハ既ニ前ニ詳悉シ、其良品ハ敢テ米国普通ノ産ニ下ラスト雖、他物殊ニ葉片ヲ参雑スルノ欠点アルヲ述ヘタリ、而シテ其各
 - 第10巻 p.309 -ページ画像 
種ノ間啻ニ精疎善悪ノ別アルノミナラス一種ノ中亦差アリ、其上等ノモノハ概ネ海外ニ輸出スルコト実ニ問題中ニ掲ケラレタルカ如クニシテ、夫ノブロウチノ如キハ地ヲ払テ外ニ出スト云フ、蓋内地ノ紡績ハ率ネ粗糸ニシテ精綿ヲ要セサルニ由ルナリ(綿花種類ノ項参看、又其製糸ノ輸出地ニ就テハ紡績糸流通地ノ項ヲ看ルヘシ)
更ニ眼ヲ転シテ綿花ヲ海外ヨリ輸入スルノ有無ヲミルニ、僅ニ波斯及メクラン等ノ地ヨリ舶致スルアルモ其量寔ニ尠ク、八十八乃至九年ニ於テ孟買ニ輸入シタルモノ八万ホンドレツトウヰト許ニ過キス、然ルモ波斯ノ綿花ハ印度産ト相混スニ宜ク、随テ其輸入徐ニ歩ヲ進ムト云フ
孟買市場ニ於ケル昨年及一昨年ノ棉花相場ヲ左ニ示サン

図表を画像で表示--

                     八十九年                     八十八年 棉花種類               九月九日             十一月十六日       十二月廿七日 ブロウチ    上  三月渡  三四五留           三月渡  二四〇留   三月渡    (新) 二三六留                                            四月渡        二三七 同       中                                  三月渡    (同) 二三二                                            四月渡        二三三 同       下  三月渡  二三一            三月渡  二二九・五  三月渡    (同) 二二七 ヒンガンガツト 上                     十二月渡  二四〇 同       中                                   現場  二二八ヨリ二三五ニ至ル 同       下                                  一月渡    (新) 二三〇 オムラワチー  上                                  三月及四月渡 (同) 二一七ヨリ二一八ニ至ル 同       中                                   現場  二一五 同       下                                   同上  二一二 カンデイシ   上                                   同上 二一二ヨリ二一三ニ至ル 同       中                                   同上  二〇九 同       下                                   同上  二〇五 ベラチー    上                                   同上  二〇八 同       中                                   同上  二〇三 同       下                                   同上  一九八 ドレラ     上                                  (新) 二二〇ヨリ二二一ニ至ル 同       中                                  (同) 二〇九ヨリ二一〇ニ至ル 同       下                                  (同) 二〇一ヨリ二〇二ニ至ル ベンゴールス  上 十二月渡  一九九           十二月渡  一九七     現場 一九九ヨリ二〇〇ニ至ル            一月渡  一九六            一月渡  一九六 同       中 十二月渡  一八六・五         十二月渡  一八四     同上  一八七            一月渡  一八四            一月渡  一八三・五 同       下 十二月渡  一七九・五ヨリ一八〇ニ至ル 十二月渡  一七七・五   同上 一七五ヨリ一七八ニ至ル            一月渡  一七七            一月渡  一七七 ダルワル    下                      三月渡  二一四    五月渡    (新) 二〇五 ウヰスツルン  下                                  五月及六月渡 (同) 一九六 ボウナグル   上  五月渡  二二六            五月渡  二二四 同       中   同上  二一六             同上  二一四 同       下   同上  二〇五・五           同上  二〇四 カンガム    中  三月渡  二一六            三月渡  二一四 同       下   同上  二一〇             同上  二〇六・五 ジヤルガム   中   同上  二一四             同上  二〇五 同       下   同上  二〇八             同上  一九九 アコラ     中  三月渡  二一五            五月渡  二〇九 同       下   同上  二〇九             同上  二〇三  以下p.310 ページ画像  パルシー    中   同上  二二二             同上  二二〇 同       下   同上  二一四             同上  二一〇 



更ニ孟買市場ニ於ケル綿花各種ノ多少ヲ知ラシメンカ為、昨八十九年其港ニ輸入シタル各種ノ俵数(毎俵三本半)ヲ掲クルコト左ノ如シ

図表を画像で表示--

 種類                      輸入俵数        計                   一月乃至六月   七月乃至十二月 ヒンガンガツト            一三       一二      二五         カンデイシ     二四三       六六     三〇九             カンガム         ベラル アコラ   三四七       七二     四一九             ジヤルガム ラムオ     バルシー      一四九       二一     一七〇         ポウナグル         計         七三九      一五九     八九八 ドレラ               二九四       一六     三一〇 プロウチ              一四一              一四一 コムタア              一〇六       四八     一五四 グルワル ウヰスツルン             一七       一二      二九 チンネワレイ ベンゴール             二三七      一五二     三八九 シンド                二五        四      二九 ペルシャ               一七        八      二五 其他                           一       一 計               一、五八九      四一二   二、〇〇一 



甲谷佗・馬徳拉及馬徳拉州ノココナタ、ツチコリン等ノ港口ヨリ輸出スル綿花ハ或ハ本邦ノ用ニ適スヘシト雖、其量固ヨリ多カラス、且運輸ノ便ニ乏クシテ未タ其貿易後栄ヲ致スノ徴候ヲ見ス
    綿花売買及運送ノ順序
 農家産出ノ綿花ヲ孟買府又ハ他ノ紡績工場アル地方ヘ湊合スル手続ハ、何等ノ売買法ニ拠リ運送ハ何等ノ方法ヲ以テスルヤ、其売買ノ際ニ於テ仲買又ハ問屋等ノ得ル所ノ口銭ノ如キモノハ幾許ノ割合ナルヤ、又其運送ハ何種ノ者之レヲ取扱ヒ、其運賃ノ割合ハ幾許ノモノナルヤ
    綿花仲買有無
 孟買府ノ綿問屋ハ大概英人ナルヤ、又ハ土人モ亦之ヲ営ムヤ、又綿問屋ノ外ニ仲買商アリテ常ニ産地市場ノ間ニ奔走スルヤ、且果シテ仲買アレハ其取引ノ方法手数料口銭等ノ成則又ハ慣例如何
綿花圃上ニ在ルノ日既ニ負債ノ抵当トナルモノ少カラサルコト前ニ約言セリ、蓋綿花ノ未タ収穫ニ至ラサルノ前地租地料ノ納期ニ迫リ、若クハ吉凶不予ノ事ノ為メニ負債ヲ募ルノミナラス、通常ノ日ニ在テ尚ホ種子ノ買入其他耕作ノ経費ヲ借リ、之ニ対シテ収穫ヲ抵当トナス者比々皆是ナリ、債者ハ乃チ秋成ヲ俟チテ之ヲ享ケ多クハ其地方ニ於テ売却シ、間々港口ノ市場ニ搬致ス、又港口ノ商人代理者ヲ地方ニ派シ若クハ常置シテ貸付ヲナシ、以テ綿花ヲ蒐集シ又ハ惟買入ノミヲナサシムル者亦少カラス、之ヲ要スルニ農家ヨリ輸出者若クハ紡績家ニ移ルノ間、二三商人ノ介在スルハ全国普通ノ情態ニシテ、其経由スル手続ハ繁簡一定ノ律ナシト雖、少クモ農家ヨリ土商ニ移リ土商ヨリ仲買ヲ経テ輸出者若クハ紡績家ニ移ル、或ハ行商仲買《トラベリングブローカー》ナル者アリ、各産綿
 - 第10巻 p.311 -ページ画像 
家ニ就キ零々砕々漸ク買収シテ之ヲ較々大ナル土商ニ売付シ、其土商ハ復タ之ヲ港口ノ土商ニ逓伝シ、尋テ仲買ヲ経テ輸出者ニ致スモ亦之アリ
輸出者ハ幾ント全ク欧人ニシテ土人ノ自己ノ計算ヲ以テ海外ニ輸出スルハ甚罕ナリ、千八百八十八年七月一日ヨリ八十九年六月三十日ニ至ル迄孟買ヨリ輸出シタル綿花ノ総数一、二八六、〇七五俵ニシテ、其中土人ノ経営ニ係ルハ僅ニ五五、五八四俵即チ二十三分一許ニ過キス(猶太人ノ土着セル者他ノ場合ニ於テ土人中ニ算入セルモ此ニハ否ラス)其輸出者ハ概ネ港口ノ市場ニ於テ土人ノ仲買ヲ経テ買収スルヲ通例トシ、其口銭〇・五%ヲ売方ヨリ支給ス、而シテ輸出者(問屋ヲ兼ヌ)委托ヲ承ケテ輸出ヲ斡旋スルトキハ常ニ二・五%ノ手数料ヲ要ス、然ルモ若シ其量多キニ及ヘハ一%ニ減スルヲ得可シ
港口ノ市場ニ於ケル売買取引ノ方法及仲買口銭、問屋手数料ノ定率ノ如キ各地大同小異ニシテ孟買ハ最モ備ハル、夫レ該府ノ綿花貿易商ハ相結ンテ協会ヲ組織シ常ニ委員ヲ置テ共同公衆ノ利益ヲ謀ラシメ、且売買取引ニ関スル規定ヲ設ケ、其事ニ就テ紛議ヲ生スルトキハ是ニ由テ以テ調停和解スルヲ勉ム、其規定ハ訳シテ後ニ附録スルアリト雖、尚参看ニ便ニセンカタメ其要款ヲ解剖条晣シ、且之ニ附スルニ一、二緊要ノ慣例ヲ以テスルコト左ノ如シ
イ、現品直取引ノ契約ヲナストキ完装即チ本〆綿花ニ在テハ、其品質ヲ検査スルカ為百分三ヲ開包スルコトヲ得、粗装即チ不〆ニ在テハ毎俵検査スルコトヲ得
ロ、既ニ検査ヲ経テ契約ヲ結了セハ二十四時間ヲ限リ観貫ニ着手シ、毎日三百俵以上ノ割合ヲ以テ引取ルヘシ(其観貫ヲ了レハ直ニ代金ヲ交付ス可シ(観貫期日ノ定規本条ノ如クナリト雖、実際三、四日ノ猶予アリト云フ)
 地方ノ在品ヲ買取ルトキハ鉄道会社受取証書ニ対シテ代金ヲ支払フコトアリ
ハ、相場ハ一カンデーニ付之ヲ定ム、而シテ一俵ハ一カシデーノ正半即チ三百九拾弐封度ヲ定量トス(他ノ地方ノ俵量及風袋ノ事ニ付テハ繰綿事情ノ項ヲ視ル可シ)、然ルモ毎俵多少ノ過不足アリ、先ツ風袋ノ量ヲ測定シ後一々観貫ス
ニ、定期取引ニ在テハ契約証書ニ規定セル期日ノ正午ヲ限リ売主ヨリ引渡通知ヲナスヘキモノトシ、尋テ引渡ヲナスノ手続直取引ニ同シ定期取引ノ契約ニ於テモ通常証拠金ノ差入ヲ要スルコトナシ、但一方ヨリ差入ヲ要スルトキハ之ヲ拒ムヲ得サルコト勿論ナリ
ホ、百分ノ二以上包装ノ破損セルモノアルトキ又ハ再装シタルモノアルトキハ、買主ハ其引取ヲ拒ムコトヲ得
ヘ、協会ハ常ニ各種綿花ノ見本ヲ備ヘ、其品質ニ就キ争議ヲ生スルトキハ是ニ由テ裁決ス
 綿花ハ各種分チテ上《フハイン》、中《フーリーグード》、下《グード》ノ三等トナス
ト、完装綿花ノ売買ニ於テハ五・五%、粗装ニ於テハ三・五%ノ割合ヲナス
チ、仲買ハ売買両者ノ間ニ立テ契約ヲ紹介スルノミニシテ、其執行ノ
 - 第10巻 p.312 -ページ画像 
責ニ任スルコトナシ(公認仲買ナシ)
リ、問屋ハ契約ノ結定執行及船積為替等輸出港ロニ於ケル一切ノ事務ヲ担承シ、自己ノ名義ヲ以テ之ヲ行フ
更ニ甲谷佗ノ綿花売買ニ関スル規約ヲ視ルニ少ク異ナル所アリ、其要項ヲ摘載スレハ左ノ如シ
ヌ、買者ハ綿質ヲ検査シ若クハ見本ヲ引出シ若クハ風袋ヲ測定スルカ為メ、総俵ノ五分ヲ限リ開包スルコトヲ得、其再装費ハ一俵二留ノ割合ヲ以テ売者之ヲ支弁スヘシ
ル、品質ニ関シ異議アル者ハ見本引出ノ翌日ヲ限リ、其旨ヲ売者ニ通告ス可シ
ヲ、売品ハ五拾俵若クハ其乗数ヲ以テ一口トナスヘシ
ワ、買者ハ引渡前各俵ヲ観貫シ、若クハ総俵ノ二割ヲ観貫スルモ其随意タル可シ、二割ヲ観貫シ量目ニ不足アルヲ査定スルトキハ其割合ニ依リ売品総量ヨリ控除ス可シ、純量四百四封度以上ノ過超アルトキハ平均ヲ以テ計算ス可ラス
 売者ニ於テ純量三百九十封度以下ノモノヲ呈出スル場合ニ於テハ、買者ハ売者ノ経費ヲ以テ全部若クハ其一部ヲ観貫スルコトヲ得
カ、売品検査済ノ上ハ現金ヲ以テ直ニ支払ヲ結了ス可シ
右ハ孟買及ヒ甲谷佗綿花売買ニ関スル例規ノ梗概ニシテ、更ニ其詳細ヲ知ラント欲セハ宜ク附録ヲ看ル可シ
綿花ノ買入輸出ニ就キ、問屋カ委托者ニ対シテ要求スル経費ハ常ニ多少ノ差アルヲ免レス、今其百俵ニ対スル一二例ヲ示スコト左ノ如シ

図表を画像で表示--

 費目           孟買              甲谷佗 綿代百俵ニ付     一〇、〇〇〇〇〇留アパ     九、〇〇九一一九留アパ                留   ア  パ           留   ア   パ 綿代ニ対スル利子  (四日分)六   九  二 運賃           四三八   四  二         五〇〇 船積入費          五〇                 五〇 保険            八二   六  二          五四   八 同証書印紙                             二  一二 為替証書印紙                            六 同割引仲買口銭                          一二   六   九 船積証書               四  二          一一   四   六 郵便其他 手数料      (一%)一〇〇   一  六   (二・五%)二四二   五   〇 経費総計         六七七   九  八         八七九   四   三 一俵ニ付経費         六  一二  五           八  一二   八 



右孟買ト甲谷佗ノ綿価ヲ相対スルニ一俵ニ付、幾ント拾留ノ差アルヲ以テ経費亦甲谷佗ニ於テ廉ナルヲ当然トス、然ルニ却テ多キコト一俵ニ付無慮ニ留ナルハ費目ニ於テ差アルノミナラス、手数料ノ割合多キニ職由ス、而シテ孟買ノ例ニ於ケル壱%ハ特別ノ場合ニ係リ、普通ノ率ハ尚甲谷佗ニ同シ
綿花産出ノ地ヨリ之ヲ港口ニ搬出スル方便ハ次項ニ弁スルカ如ク、率ネ鉄道ニ依リ其運賃ノ割合ハ次ニ掲クル所ニ在リ
各種綿花上市ノ時期ハ宜ク悉知ス可キ所トス、即チ税務及農務省ノ報
 - 第10巻 p.313 -ページ画像 
告ニ拠リ左ニ二表ヲ掲ケテ以テ之ヲ指示セン
 上市時期一覧表
  綿花種類      新綿上市初期
  ブロウケ      二月
  ヒンガンガツト   十一月
  オムラワチー    十一若クハ十二月
  ジヤルゴン     同上
  ドレラ       三月
  ベンゴール     十一若クハ十二月
  ダルワル      四月若クハ五月
  コムタア      同上
  ウヰスツルン    五月若クハ六月
  ボウナグル     二月

各時期綿花輸出入額百分率一覧表

図表を画像で表示各時期綿花輸出入額百分率一覧表

 州名          各期輪入割合                              各期輸出割合            三月卅一日ニ終ル一期  六月卅日同  九月卅日同  十二月卅一日同   三月卅一日同  六月三十日同  九月三十日同  十二月卅一日同 馬徳拉          八          三二     四三     一七        † 五     四六      三五      一四 孟買          五四          二六      三     一七        †三四     五四       五       七 進度          五四          二六      四     一六        †五〇     三八       四       八 孟加拉         四三          二〇      五     三二        †三一     三七      一九      一三 北西州及オード                                          四七     一四       四      三五 パンジヤツブ                                           五二     二七       三      一八 中央州                                              四九     一八       二      三一 ベラル                                              六〇     二五       一      一四 亜桑                                               六一     一八      一二       九 ラジプタナ及中央印度                                       四九     三九       五       七 



 †地方ヨリ港口ニ輸出シタルモノニ係ル、港口ヨリ海外ニ輸出シタルモノヲ指スニアラス
    綿花運賃
 綿花各産地ヨリ孟買府ニ至ル鉄道運賃ハ百斤又ハ一梱ニ付一哩幾許ナリヤ、又ハ産地水陸ノ便ニ応シ鉄道ニ依ラサル運賃ノ事情ハ如何若シ時ニ因リ運賃ノ高低スヘキ事情アリヤ、又実綿及纏綿等孟買ヨリ神戸マテノ運賃ハ幾許ナリヤ
孟買ニ輸致スル綿花ノ大約四分三ハ鉄道ニ依リ其汽船又ハ土人船ヲ以テスルハ、カチワル進度及ゴア等ノ地方ヨリ輸致スルモノヽミ、尚ホ其水陸両路運輸ノ量数ヲ分析スレハ左ノ如シ

図表を画像で表示--

     年紀  千八百七十八年     千八百八十七年     千八百八十八年 水陸ノ別            本           本           本 汽船及土人船    九三一、八五三   一、二一七、六四〇   一、四六一、〇五八 鉄道      二、五五五、二六一   四、五〇一、四三五   三、七六九、五四三 計       三、四八七、一一四   五、七一九、〇七五   五、二三〇、六〇一 



是ニ拠テ観レハ水陸両路ノ割合各年多少ノ差アリト雖、鉄道ニ依ルモノ大抵四分ノ三ニ居ル、即チボンベイ、バロダ、エンド、セントラル、インジヤ鉄道及ヒグレイト、インジヤン、ベニンシユラル鉄道ノ搬運
 - 第10巻 p.314 -ページ画像 
スル所ナリ
鉄道運賃ノ制ハ甚錯雑ニシテ輒スク解スヘカラス、今其大概ヲ約記センニボンベイ、バロタ、エンド、セントラル、インジヤ鉄道ニ於テハ貨物ヲ類別シテ五種トナシ、道筋ニ依リ毎種其運賃ヲ定ムルコト普通ノ制ナリト雖、棉花ニ就テハ特別ノ定アリ、較々之ヲ廉ニス、其法包装ノ種類ニ依リ分テ本〆・半〆・四分三〆、即チ中〆、及不〆等トナシ、其軽重大小ニ応シテ運賃ヲ定ム、而シテ通常孟買ニ輸致スル綿花ノ大半ハ所謂本〆ニ属シ、其本〆ヲ再別シテB、C、D、E、Fノ五種トナス、即チ左ノ如シ
 B  立方尺毎ニ二十四封度以上ニ圧縮シタルモノ、即チ三百封度一俵ニ付十二立方尺以下ノモノ
 C  同上三十封度以上ニ圧縮シタルモノ、即チ十立方尺以下ノモノ
 D  同上三十四封度以上ニ圧縮シタルモノ、即チ九立方尺以下ノモノ
 E  同上三十八封度以上ニ圧縮シタルモノ、即チ八立方尺以下ノモノ
 F  同上四十三封度以上ニ圧縮シタルモノ、即チ七立方尺以下ノモノ
右本〆五種各駅ノ間ニ於ケル運賃ハ一モンド一哩ニ付、Bハ〇・五パイ、C及Dハ〇・四、E及Fハ一パイノ三分一ヲ定率トシ、之ニ依リ里程ノ遠近ニ応シテ運賃ヲ算出シ且末局費ヲ加フ、其費額ハ道筋ニ依リ差アリ大凡一モンドニ付三パイヨリ八パイニ至ル、而シテ直接孟買ニ輸致スルモノニ就テハ更ニ特殊ノ定アリ、其一二例ヲ左ニ挙ケン
モンドノ量ニ各種アリ玆ニ掲クルハ八六封度二オンスニ当ル

図表を画像で表示--

 至孟買      里数                一モンドノ運賃                  不〆          半〆          本〆               留   ア  パ   留   ア   パ   留   ア  パ 従シユウツト   一六五                 七   一      三一  〇 従プロウチ    二〇二                             四  一 従アマダパツト  三〇八                一一  一一       九  一 従デイリー    八八八  三  一四  二   三  一二   二   二   五  六 



又不〆・半〆・中〆ノ各駅内ノ運賃ハ左ノ如シ
    包装ノ別                     一モンド一哩ノ運賃
                            メートル軌道 広軌道
                                 パ     パ
 不〆 一俵長尺六幅厚共ニ三尺以下重量三モンド以下    〇、八五  〇、八〇
 半〆 立方尺ニ付六乃至十一封度ニシテ太サ前ニ同キモノ  〇、八五  〇、四五
 中〆 立方尺ニ付十一乃至二十四封度ニ〆メタルモノ    〇、七〇  〇、四〇
右不〆・半〆等ト称スルモノヽ中、軽重長短毎俵同カラス、其差ニ応シテ一々運賃ノ率ヲ異ニスト雖、玆ニ之ヲ枚挙スルヲ要セサルヘシ
更ニグレイト、インジヤン、ベニンシユラル鉄道運賃ノ制ヲ按スルニ本道ニ於テハ棉花ハ普通ノ貨物ト異ニシ各駅ノ間殊ニ運賃ヲ定ム、其例掲ケテ左ニ在リ

図表を画像で表示--

 至ダーダー(孟買府外) 里数              モンドノ運賃                   本〆         半〆         不〆                   留   ア  パ   留   ア  パ   留   ア   パ 従プーナ        一一九      四一  一       七  一       七  一〇  以下p.315 ページ画像  従ワアジ        三七六   一   四  五   一   五  五   一   七  一一 従ナグプル       五一九   一   三  六   二  一三  五   三   六  一〇 従ジヤブルプル     六一六   一   九  一   二  一四  六   三  一三   三 



以上記スル所ハ両鉄道運賃ノ定率ニシテ其率時ニ依リ屡々変動アルヲ見ス、元ト此鉄道ハ共ニ政府ノ補助ヲ受クルモノニシテ、其運賃ノ最高額ノ如キ常ニ該当官ノ承認ヲ要ス
鉄道ニ依ラサルモノハ当初略陳スルカ如クカチワル其他孟買近傍海浜ニ沿フノ地ノミ、即チ千八百八十八年乃至九年ノ関税局報告ヲ次ニ掲出シテ以テ之ヲ示サン
 輸出港名            孟買輸入棉花
                  本           留
 カチワル       七一五、八九一  一九、三〇〇、〇三二
 シンド        一三八、二五四   三、六六四、〇三八
 孟買州内英領諸港   三二五、三八〇   八、四〇〇、九三五
 カアチ         六八、七三五   一、七三七、三七九
 ゴア         一六五、六三七   四、三〇七、〇五二
 其他          一九、七三〇     五四一、五八四
 計        一、四二三、六二七  三七、九五一、〇二〇
右ヲ除クノ外ハ総テ鉄道ニ由テ輸来スルモノニシテ、其綿花ノ種類数量ハ挙ケテ輸出事情ノ項ニ在リ、夫ノ甲谷佗及馬徳拉港ニ湊集スル綿花ハ殆ト我カ国ニ輸入スルノ望ナキヲ以テ、其運賃ノ如キ亦玆ニ叙述ヲ要セサルヘシ
更ニ進ミテ孟買ヨリ本邦ニ至ル棉花ノ運賃ヲ挙示スルノ前、先ツ其船舶回漕ノ太タ頻繁ナル事相ヲ略述センニ、孟買支那及日本ノ間ニ於テ常ニ海運ノ業ヲ経営スルモノ英ノ彼阿、仏ノ「イム」「イム」ノ外墺地利及伊太利ノ汽船会社アリ、彼阿ハ二週毎ニ定期飛脚船ヲ発ン且之ニ加フルニ貨物運送船ヲ以テシ総テ毎週一回トス、仏船モ亦定期ニ往返シ哥倫玻ニ於テ欧洲及ヒ東洋間ノ本線ト連絡ス、澳伊両国ノ汽船ハ蓋無期ナリト雖、毎月ノ発航大凡二回ニ減セス(疑ヲ存ス)然ルニ貨主ハ尚ホ其便ヲ以テ足ラストシ交々船ヲ争フノ情アリ、孟買ヨリ東洋ニ輸送スル貨物ノ大ナル豈ニ驚カサルヲ得ンヤ
孟買ヨリ神戸又ハ横浜ニ至ルノ運賃ハ各汽船会社相約シテ一噸十七留トナシ、外ニ船積仲買口銭百分ノ二ヲ付シ、而シテ百分ノ五ヲ割引ス又船積入費一俵ニ付八アンナ乃至十アンナヲ要ス、甲谷佗ニ於テハ運賃二拾留乃至二十五留積入費八アンナ乃至一留ヲ要シ、馬徳拉ニ於テハ運賃大約二十留ヲ要スト云フ、蓋孟買ハ四十立方尺ヲ一噸トシ(帆船ハ五十立方尺)甲谷佗・馬徳拉ハ五十立方尺ヲ一噸トス
    製糸売捌方法
 製糸売捌ハ工場ニ於テ需要者ヘ直接ニ取引ヲ為スヤ、又ハ仲買ノ手ニ付シテ売捌クヤ、若シ仲買ニ依托スレハ其手数料ノ割合ハ幾許ナルヤ、又聞クカ如キハ工場ヨリ売捌人ヘ付与スル手数料ハ、糸価ニ拘ハラス糸量ニ応スルヲ以テ有志ハ之ヲ非議セリト云、果シテ此ノ如キ事情アリヤ
製糸ハ予メ附嘱ヲ承ケテ之ヲ作ル者アリト雖、是レ惟馬徳拉其他内地ニ在ル数工場ニ過キス、孟買ノモノノ如キハ率ネ自己ノ計算ヲ以テ製
 - 第10巻 p.316 -ページ画像 
出ス、而シテ比々皆孟買ニ於テ他ノ商人即チ輸出者ニ販売スルヲ勉メ自ラ進ンテ海外ニ輸出スルハ其好ム所ニアラス、而シテ紡績者ノ直ニ需要者ト取引ヲナスハ絶対稀有ニシテ内地ノ需ニ供スル者ト雖、多クハ売捌人ヲ経ルカ如シ
輸出者ノ製糸ヲ買収スル常ニ東洋ノ市況ニ照シテ其価格ヲ酌定シ、仲買ヲシテ工場ニ就キ之ヲ約セシム、仲買ハ概ネ土人ニシテ其口銭ハ四分一%、即チ一百留ニ付四アンナヲ定則トシ常ニ売方ノ負担トス
取引ハ現金引換直ニ受授ヲ了スルヲ常規トナスト雖、契約ノ後三五日ノ間ナキ能ハス(輸出者ハ荷為替ヲ組ミ其金ヲ以テ製糸家ニ支払フコト普通ノ例ナリ)、乃チ其間ノ日時ニ対シ当時普通ノ利子ヲ付シ、而シテ売方即チ製糸家ハ更ニ若干日ニ対スル利子ヲ買方ニ付与ス、是レ即チ割引ニ相当スルモノニシテ其日数ハ各社各時同一ナラス、或ハ五日、或ハ十日、或ハ二個月ニ及フ、又売買ノ糸量ニ応シテ月末ヲ以テ割戻ヲナスモノアリテ其致区々ナリ、要スルニ製糸ノ売買ニ就テハ棉花ノ如ク一定普通ノ約款ナク、全ク売買両者ノ協意ニ依ル、若シ孟買商人ニ製糸ノ買入ヲ托セハ、通常一%ノ手数料ヲ要シ売買ノ額多キニ及ヘハ更ニ四分ノ三%ニ減スルコトヲ得可シ、但シ此場合ニ於テ売買ノ契約其他売買ニ関スル一切ノ手続ハ其商人ノ負担ニ属ス
孟買ニ於テ、専ラ製糸輸出ノ業ヲ経営スルハ過半土人ニシテ、其著明ノ者無慮四拾六名中、欧人ハ僅ニ五六人ヲ出テス、而シテ猶太人殊ニサスソン一族ノ之ニ従事スル者尠カラス、紡績会社ノ其名ヲ輸出者ノ間ニ列スルハ敢テ多シトナサス
輸出者ハ自ラ其支店ヲ販売市場、即チ本邦支那等ノ諸港ニ置クコト稀ニシテ、率ネ代理者ヲ設ケテ販鬻ヲ斡旋セシム、其代理者ノ手数料ハ二・五%ヲ定率トシ、而シテ〇・五%ヲ輸出者ニ反付シ、且二%ノ中ヲ以テ陸揚費、桟橋料、蔵敷、火災保険等輸入税ヲ除クノ外一切ノ経費ヲ支弁ス可キモノトス、若シ其受托品ニシテ二個月以上売レサルトキハ二・五%ノ手数料ニ対シテ若干ノ利子ヲ付ス
製糸ヲ本邦ニ輸出スルカ為メ、孟買ニ於テ要スル経費ハ一俵ニ付大凡八留ニシテ、次ニ掲クルモノハ製糸五拾俵ノ輸出ニ繋ル実例トス
  金八千百弐拾五留      綿糸五拾俵代価壱封度ニ付六ア半
   金三百二拾三留五ア九パ  運賃 一噸十七留ノ割合
   金七拾留         保険料印紙代共
   金六留          証券印紙代
   金拾留拾ア        為替証書割引 中買 口銭
   金弐拾五留        荷車人足賃
   金拾三ア六パ       荷積改良《ガサ》
   金拾弐ア         船積証書
   金六留壱ア六パ      三日間利子
      計
   金四百四拾壱留拾ア九パ
    差引
   金弐拾弐留八ア      保険料割引
   金弐拾留五ア       十日間利子割戻
 - 第10巻 p.317 -ページ画像 
    残
   金三百九拾八留拾三ア九パ
    合計
   金八千五百弐拾三留拾三ア九パ
右純経費ノ総額三百九拾八留拾三アンナ九パイニ拠リ、一俵ニ係ル経費ヲ索ムレハ七留拾五アンナ七パイ六二ヲ得、之ニ百分二半ノ手数料ヲ加フレハ則拾二留二アンナ二パイ七一五ニシテ、即チ神戸着一俵ノ価値百七拾四留拾アンナ二パイ七一五トナル(輸入税ヲ除ク)
工場ヨリ売捌人ニ付与スル手数量ノ糸量ニ応スルノ例ハ之ヲ聞クコトヲ得ス、是レ会社主管ヲ誤認シテ売捌人トナセルモノ歟
    販売上英商トノ競争有無
 印度糸販売上ニ於テ英糸ト競争ナキヤ、或ハ将来英糸ト並行スヘキ情勢アリヤ、又ハ英糸ヲ制御スヘキ気力アリヤ、又我邦ニ於テハ孟買糸ハ日本ヲ以テ一大得意場ト見做スヘキ推見アレトモ、実際彼ノ眼中ニ於テ既ニ其販路アルヲ認メタリヤ
印度糸ト英糸トノ競争ハ現下印度内地ニ在ラスシテ遠ク東洋ニ在リ、抑印度ニ於テ紡績ノ業ヲ創起セル初ニ当テハ蓋英国ノ製品ニ当ルノ意ナリシト雖、印度ノ人印度ノ綿及印度ノ機械ハ印度ノ専ラ需要スル精糸軽布ヲ製スルニ適セス、竟ニ内地ハ英糸英布ノ蹂躪ニ委シ更ニ国外ニ於テ衡ヲ争フニ至レリ、蓋其長者ハ粗糸ニ在リテ夫ノ製造家ハ皆粗糸粗布ヲ以テ印度ノ要害トナシ、敢テ一歩ヲ英国ニ譲ルノ意ナシ、之ヲ本邦及支那ノ市場ニ徴スルモ、印度糸ノ勢力年一年ヨリ愈々盛ニシテ、既ニ英系ノ拠所幾分ヲ奪略シ今ノ現況ニ依リ之ヲトスレハ遂ニ東洋ノ牛耳ヲ執ルニ至ラントス、惟彼ノ専ラ顧慮スルハ東洋殊ニ本邦ニ於テ紡績ノ頻ニ起ル一事ニ在リ、其用意周匝ナル者ノ眼中ニハ既ニ第二競争者ノ影響ヲ認メタル可シ
孟買紡績家ノ日本ヲ認メテ以テ一大得意場トナセルハ、想フニ数年ノ前ニ在リ、要スルニ彼ノ紡績所ノ命脈今ハ主トシテ本邦支那ニ繋ルコト、既ニ紡績流通地ノ項ニ縷述スルカ如クニシテ、印度糸ノ今日ニ争フハ実ニ東洋ニ在リ、然ルモ更ニ精糸ヲ以テ内地ニ英糸ト相競フノ日蓋之ア《(ラ脱)》ン歟、若シ果シテ之アラハ則是レ我カ製糸カ印度糸ヲ駆逐セルノ秋ナリ
    輸出入税
 棉花及綿糸等孟買府ニ於テ輸出入税アリヤ、若シ其税アレハ基割合幾許ナリヤ
綿糸及綿布ノ輸出入ニ対シ曾テ関税ヲ課シタルコトアリ、其輸入糸ニ対スル税牽《(率)》ハ或ハ五分或ハ一割或ハ三分半、布ニ対シテハ或ハ一割或ハ五分前後、屡々変更ヲ経千八百七十五年竟ニ全ク之ヲ廃スルニ至リ輸出税ハ常ニ三分ナリシカ是レ亦廃止ニ属セリ
    貨幣及相場
 孟買ニ於テ弗銀トルーピートノ相場割合ハ幾許ニシテ、又同地通常利息ノ割合ハ幾許ナルヤ
弗トルーピートノ為替相場ハ惟フニ単ニ印度ト東洋ノ関係ニ因ルニ非ラス、更ニ英国ト印度及東洋ノ貿易ノ影響ヲ受ク、而シテ之ヲ数年間
 - 第10巻 p.318 -ページ画像 
ノ実歴ニ徴セハ蓋浮沈ニ一定ノ時期アルヲ見ルナル可シ(平常ノ場合ニ於テハ)ト雖、淹留一二月ニシテ之ヲ徴スル能ハス、惟纔ニ実見スル所ニヨレハ其相場百弗ニ付二百二十二留乃至二拾八留ノ間ニ在リ、昨年十・十一月ノ交ニ於テ即チ二百二十八留ノ相場ヲ現ハセリト雖、斯ノ如キハ甚罕ナリト云フ、又利子ノ割合ハ通常六%乃至一二%ニシテ棉花及製糸ノ売買ニ就テ実際支払フタル利子ノ割合ヲ看ルニ、一ハ六%ニ当リ他ノ一ハ九%ニ当ル、株式会社ヨリ先行シタル債券ノ利子ハ七%ノモノ多ク八%ニ上ルハ稀ナリ
斯ノ如ク商業上普通ノ利子ハ敢テ廉ナリトナサスト雖、土人ノ蘊蔵スル金銀ノ額、蓋甚大ニシテ今ハ尚ホ旧事ノ慣習ニ仍リ之ヲ商業上ニ利用セスト雖、果シテ利用スルニ至ラハ、財務ノ量況夫レ或ハ一変セン(印度海外貿易ノ総説ヲ述フルニ方リ、之ヲ詳具スシ)
    総説
印度紡績事業ノ情況ハ上来既ニ条晣シ悉セリ、其特ニ読者ノ注意ヲ要スル事項ヲ摘挙スレハ左ノ如シ
 棉作地ノ面積逐年恢張シ、其産額随テ増加スルコト
 綿花ノ内国紡績ノ用ニ供スルモノ、輸出額ニ対スル割合、頻年非常ニ増進スルコト
 綿花ノ価値ハ時ニ依リ浮沈アルコト勿論ナリト雖、之ヲ数十年ノ市勢ニ徴スレハ漸ク低減ノ傾向アルコト
 労力者ノ供給ハ甚多ク且其人タル機械的ニ使用スルニ適スルコト、又其労力者ノ為メ特ニ休憩所・喫飯所等ノ設ケヲナサヽルニ由リ、興業費幾分ヲ減スルコト
 賃銀及給料等ノ経費ハ予想ノ如ク多カラサルコト
 燃料ニ要スル経費ハ孟買ノ如キ輸入ノ石炭ヲ用フルニモ拘ラス、敢テ甚タ多シトナスヘカラサルコト
 営業ノ利益ハ元資償却・火災保険等ニ充ツル準備金ヲ扣除スルノ後配当スルコト常例ニシテ、而シテ其配当額ハ之ヲ普通預金等ノ利子ニ比スレハ概ネ更ニ多キコト
 紡績ノ事業ハ急ニ其歩ヲ進メ供給需要ニ過クルノ虞ヲ懐ク者アルニ拘ラス、之ヲ経始スル者今日尚ホ少カラサルコト
 印度紡績家ハ内地ノ市場ニ顧ミス本邦及支那ヲ以テ主眼トナス者、十中ノ七八ニ居ルコト
 印度紡糸ハ東洋ニ於テ英糸ノ曾テ占有セル市場ノ多分ヲ領略シタルコト
 株式資本ノ外一年五朱半乃至七朱半ノ利子ヲ以テ借入ヲナシ、其運動ニ利用スルノ便アルコト
右諸項ノ外更ニ考察セサル可ラサルモノアリ
 印度貨物ノ輸出ハ連年其輸入ニ超過シ、随テ印度ニ輸入スル正貨ノ額太タ多ク、其昨年度ニ終ル三十年間ニ輸入スルモノ実ニ三十四億零五百二拾八万九千弐百九拾九留ニシテ、之ニ其前ノ輸入ヲ加フレハ非常ノ巨額ニ達ス可キコト
 印度土人中ニハ商業ニ敏捷練達ノ者少カラサルコト
以上列記スル事項ヲ熟察セハ印度ト角逐スルノ甚難キヲ了スヘシ、而
 - 第10巻 p.319 -ページ画像 
シテ又彼ノ我ニ一籌ヲ輸スヘキモノナキニアラス、即チ会社主管ノ手数料・本邦開港場輸入商手数料及海関税等ニシテ、其他運賃ノ多寡金利ノ高低ニ至ルマテ一々之ヲ計較スルニアラサレハ東洋綿糸ノ市衡、竟ニ何人ニ帰スヘキヤ、未タ判定ス可ラス、請フ別ニ其詳細ヲ具申セン
  ○右「報告書」ハ後掲ノ同書附録ニ於ケル、栄一ヘノ「印度外国貿易ノ概況」報告ヨリシテ、佐野常樹ノ外務大臣ヘノ復命書ト思ハル。
  ○右「報告書」ハ以下頁ヲ改メ、第九五頁迄ニ左ノ表並ニ規則ヲ収メタリ。
   甲号 モフシル会社(千八百八十九年六月三十日ニ終ル半年間)決算勘定
      表、同 同 損益計算表
   乙号(一)印度紡織会社一覧表(千八百八十九年六月三十日調孟買紡績聯合会報告)
     (二)一千八百八十九年印度綿糸紡績所総計表(ボンベイ府ニ於テ建設中十四ケ所ノ紡錘、織機、職工等除ク)
     (三)(自一千八百七十六年至一千八百八十九年)拾四年間印度紡績所総計表
     (四)(自一千八百六十五年至一千八百八十九年)二十五年間ボンベイ州紡績所総計表
   丙号 セントラル、インジア紡績会社(千八百八十八年六月三十日ニ終ル)決算勘定表、同(千八百八十八年六月三十日ニ終ル一年間)収入支出計算表、同 同 損益計算表
   丁号 マノクジー、ペチツト製造会社(千八百八十六年十二月卅一日ニ終ル半年間)決算勘定表
      マノクジー、ペチツト紡績所(千八百八十六年十二月卅一日ニ終ル半年間)損益計算表
      ヂンシヨウ、ペチツト紡績所(千八百八十六年十二月卅一日ニ終ル半年間)損益計算表
      (千八百八十六年十二月卅一日ニ終ル半年間)総損益計算表
   戊号 東洋紡織会社(千八百八十六年十二月卅一日ニ終ル一年間)決算勘定表
      タルデヲ工場(千八百八十六年十二月卅一日ニ終ル一年間)損益計算表
      コラバ支場(千八百八十六年十二月卅一日ニ終ル一年間)損益計算表
   己号 印度工場条例(紀元一千八百八十一年発布)
      汽缶検査条例
      孟買綿花貿易協会規則鈔訳
      甲谷佗棉花貿易協会規則抜萃
      ベンゴール棉花売買規約
      孟買紡織同業聯合規則
      孟買紡績織布聯合会(千八百八十八年一月一日ヨリ同八十九年六月三十日ニ至ル聯合会ノ資金)
      印度諸紡績会社決算概要
      孟買輸出棉毛麻其他俵包尺量測定規則


〔参考〕印度棉産及紡績業事情報告書 附録 第九七―一二五頁(DK100028k-0009)
第10巻 p.319-328 ページ画像

印度棉産及紡績業事情報告書 附録 第九七―一二五頁
曩ニ印度地方出張ノ際、御垂托相成候該地紡績事業ニ関スル取調ノ儀ハ、既ニ外務大臣ヘ復命致置候間、不日同大臣ヨリ御回付可相成奉存候、右復命書ノ外別紙印度外国貿易ノ概況御参考ノ為メ進呈仕候間、紡績事業ニ関スル復命書ト併セテ御一読ヲ賜候ハヽ本懐ノ至ニ候也
 - 第10巻 p.320 -ページ画像 
                         敬具
  明治廿三年三月廿八日          佐野常樹
   大日本綿糸紡績同業聯合会委員
       渋沢栄一 殿
    外国貿易概況
印度ハ商業史上夙ク其名ヲ著シタル邦国ノ一ニシテ、其外国殊ニ亜細亜ノ西部及欧洲ト通商貿易ヲ開キタルハ、蓋数千年前ニ在リ、欧洲人ノ交々印度ニ垂涎シ、為ニ心力ヲ労シタル者ノ尠カラサルコト史上ニ歴然タリ、是レ即チ印度ハ金銀・貴石・香料・顔料・絹布・綿布等ノ如キ珍奇貴重ナル貨物ノ富源ナリト思惟セルカ故ニ外ナラス、然ルニ物換リ星移リ其英人ノ掌裡ニ帰シテヨリ以来、印度ノ富源ハ珍奇貴重ナル貨物ニアラスシテ尋常普通ノ資料タルヲ発覚シ、貿易ノ形勢是ニ於テ一変シタリ、印度外国貿易ノ形勢ヲ按スルニ昨千八百八十八乃至九年ニ於ケル輸出入ノ総価額ハ一、七九〇、九六九、四六四留ニシテ之ヲ十年前ニ比スレハ四割八分余ヲ増加シタリ、而シテ其商品ト金銀貨幣ヲ区別スレハ則左ノ如シ
             商品         貨幣          計
                  留           留           留
 輸入     六六五、七〇三、一八一 一三八、四四九、五九九 八〇四、一五二、七八〇
 輸出 印度産 九二六、四二七、三四六  一七、〇三四、九六九 九八六、八一六、六八四
 入過 外国産  九三、三五四、三六九 一二一、四一四、六三〇 
 出過     二六〇、七二四、一六五             一八二、六六三、九〇四
右商品ノ外、政府ノ用ニ係ル輸入品無慮三〇、二二三、五九七留ニ値ルアリ、之ヲ合併スルモ尚ホ商品ノ出入ヲ相対スレハ輸出ノ超過、実ニ二三〇、五〇〇、五六八留ノ多キニ及フ、将タ何ヲ以テ之ヲ補塡スルヤ宜ク講究セサル可ラス
右ニ挙示スル金額ハ英国政府カ印度政府ニ対シテ振出シタル手形ノ額面ニシテ、即チ印度政府ヨリ英国ニ支払フヘキモノニ係リ、前出貿易ノ差額ヲ補塡スル所以ノモノハ実ニ此ニ在リ

図表を画像で表示--

  千八百八十八乃至九年      二〇八、九九三、〇〇〇留  同七十九乃至八十年            十年間平均 一八九、一二三、〇〇〇  同八十八乃至九年 



此ノ如ク印度政府カ年々巨額ノ金員ヲ英国ニ支払フ所以ハ、政務費・陸軍費・文武官休職俸・恩給及鉄道運河等ノ工事ニ関スル公債ノ利子ニ充ツルモノトス、其他人民カ商工業上得ル所ノ利益、文武官ノ貯蓄及輸出入商品ノ運賃等ノ如キ、私民ノ英国ニ送致スル金額ハ之ヲ詳ニスルコトヲ得スト雖、是レ亦少小ナラサルヤ必セリ、即チ官民両者カ英国ニ転致スル金額ヲ以テ貿易上差額ノ一半ハ之ヲ相殺シ了ル、然ルモ尚ホ金銀ヲ輸入スルモノ甚大ナリ、試ニ過ル三十年間印度ニ輸入シタル金銀ノ価額ヲ表示スレハ左ノ如シ

図表を画像で表示--

     千八百五十九―六十年乃至七十二―三年          千八百七十三―四年 乃至八十八―九年     総計             平均一ケ年        総計             平均一ケ年                留           留               留           留 金    七二六、〇六二、二三〇  五一、八六一、五八八     四〇六、四二〇、二五一  二五、四〇一、二二六 銀  一、一七二、二四二、二四一  八三、七三一、〇〇〇   一、一〇〇、五六四、五七七  六八、七八五、二八六 



   前期ハ綿花ノ輸出特ニ多カリシカ為メ、金銀ノ輸入ヲ増シ、後期ハ凶歉ノ為メニ之ニ反セリ
 - 第10巻 p.321 -ページ画像 
   前期十四ケ年間ニ於ケル金銀平均輸入額ノ割合ト、後期十六年間ニ於ケル割合ハ較然タル逕庭アリテ、金ノ輸入ハ漸ク其額ヲ減セリ、是レ其銀ニ対スル価格ノ騰貴ニ由ル可シ
而シテ此年間ニ於テ貨幣ニ鋳造シタル銀、ノ価格ハ二、〇三一、五〇〇、〇〇〇ニシテ、差引二四一、三〇六、八一八留ト、金ノ全額ハ流通ノ道ニ入ラス、或ハ身体ノ装飾トナリ或ハ徒ニ累積スル所トナル、蓋印度ノ歴史ニ徴スレハ財産ノ不安全ナルコト殊ニ甚シカリシヲ以テ今日ニ迨ンテモ尚ホ他人ノ侵害ヲ恐レテ密ニ隠蔽シ、若クハ緩急事アルニ方リ携提シ去ルニ便ナルヲ素メ、敢テ殖産化居ノ事ニ利用スルヲ為サス、其今日ニ死埋スル金銀ノ額ハ之ヲ窺知スルコトヲ得スト雖、前表三十年間ノ輸入ト其前二十五年間ノモノヲ合算スレハ無慮四、四二〇、二八九、二九九留ニ上リ、惟此額ニ止ラシムルモ尚ホ甚大ナリト調ハサル可ラス、況ンヤ其輸入ハ年頻ニ多キヲ加フルノ勢アルニ於テヲヤ、若シ之ヲ起シテ生意ニ活動セシメハ印度ノ情況必スヤ一変ス可シ
前ニ述フルガ如ク印度商品ノ輸出ハ、既ニ九二六、四二七、三四六留ノ多キニ及ヘリ、今ヤ進ンテ其種類ヲ討究スルノ前、印度物産ノ概状ヲ約言セント欲ス、サア、ジヨン、ストテチー(曾テ印度ニ知事タリシ)ノ曰ク、世界重要ノ農産中一トシテ印度ニ産セサルハナシト、又サア、テムプル(財務長官タリシ)ノ曰ク、印度ノ天産ハ其質他国ノモノニ比スレハ第二流ニ在リト謂ハサルヲ得ス、然ルモ更ニ長所アリ凡百ノ天産欠ク所ナキノミナラス、其量大ニシテ且廉ナルコト即チ是ナリト、印度ノ貿易ハ実ニ此天産ニ因ルモノニシテ固ヨリ尋常普通ノ物料タルニ過キスト雖、其産額ノ特大ナルヲ以テ今日ノ盛況ヲ致シタリ、印度ハ農ヲ以テ国本トナシ東洋普通ノ常套ヲ有ス、其耕野ノ応袤ハ無慮一五四、八二三、九一〇エークルニ渉リ、幾ント我カ田畝ニ拾四倍ス(英領直轄ノ地方ノミニ係リ、藩属地ハ此外トス、但シ直轄地ノ総幅員ハ八六八、三一四方里ニシテ藩属地ハ五〇九、七三〇方里、即チ五割八分余ハ瀋属《(藩)》トナス)、其開墾ス可キ土地ニシテ未タ開墾ニ至ラサルハ僅ニ百分ノ二十二ニシテ孟買州ノ如キハ百分ノ八ニ出テスト云フ、是レ測量未済ノ土地ヲ除キ固ヨリ概算ニ過キスト雖、到ル処耕事普及ノ状ヲ呈シ寔ニ人目ヲ驚スニ足ルヘキモノアリ、其一反別ヨリ得ル所ノ収穫ノ量ハ極メテ寡キモ耕事ノ及フ所、斯ノ如ク太タ広潤ナルヲ以テ其産額竟ニ特大ナルヲ致スナリ
ハンタア氏、印度記事ニ言ヘルアリ曰ク、土地ハ政府歳入ノ本源ヲ組織シ随テ耕作者ハ社会ノ原基ヲ構成ス、村邑ノ聚落中耕作者ノ外幾多ノ人民ヲ包有スト雖、是レ皆耕作者ノ為メニ存スル所ニシテ、其他ノ産物ニ藉テ以テ活過スルコト一般ノ常態ナリ、較々大ナル市府ニ於ケル商業者及職業者ト雖、亦各多少ノ土地ヲ有シ、自家ノ所産ヲ以テ一家ヲ支フル者多キニ居ル、曾テ救荒調査委員ハ村邑住民ノ大約九割ハ農業ニ頼ルトナセリ、実ニ印度ハ幾ント全ク農業ノ国ナリト謂フ可シ云々、紡績事業ニ関スル復命書中、綿花耕作方法ノ項ニ記述シタル人民産業ノ大別及印度国中、工商ヲ以テ市府ヲナスモノ極メテ罕ナルノ事実ヲ観察シ、来リテ尚ホ玆ニ援引スルハンタア氏ノ言ヲ考フレハ、
 - 第10巻 p.322 -ページ画像 
則印度産業ノ実況ヲ推了スルニ足ルヘシ
印度ニ於テ旧来存在セル工業ハ概シテ手工ニ係リ、技倆ノ精趣致ノ妙ヲ以テ其名ヲ博セルモノ尠カラス、綿織物・絹織物・金工・宝玉其他身体ニ附着スル装飾ノ具ノ如キハ特ニ長所ニシテ、一時輸出品ノ主要タリシカ如シ、然ルニ今ハ衰頽シテ貿易上纔ニ淡影ヲ留ムルノミ、耒耟ヲ以テ機杼ニ代ヘ、鍛竈ヲ出テ、畎畝ニ入ル者、比々皆是ナリ
斯ノ如ク固有ノ工業ハ寖ク荒廃シ、貿易上幾ント価直ヲ有セサルニ至レリト雖、更ニ泰西ノ規摸ニ做フノ工業隆興シ、就中綿糸・綿布・麻布・麻袋・及消皮ノ類ハ既ニ一頭角ヲ出セリ、是レ固ヨリ外人ノ創起経営ニ係ルト雖、綿業ノ如キハ土人ニ属スルモノ多キヲ占ムルニ至レリ
綿製品・麻製品・消皮及毛製品ハ、輸出ノ一部ヲナスニ至レルコト既ニ述フルカ如シト雖、此等二・三ノ物品ヲ除クノ外ハ悉ク農産粗生品ニ係リ、製造ヲ加ヘタルハ僅ニ三・五ノ間ニ出テス、今其重要ノモノヲ列記スレハ即チ左ノ如シ(千八百八十八乃至九年ノ輸出ニ係リ、価額ハ千留ヲ一位トス)

図表を画像で表示--

 一、 棉花        一五〇、四五六留                 五、三三一、五三六本 二、 亜片        一〇五、〇八一                     八七、七八九箱 三、 種子         九五、六一七                 一五、五六九、九七八本    草麻子       五八五、七六九本      罌粟子          七三〇、四五五本    エルスノツト    八二七、九九七〃      蕓台子        三、〇六一、五八六〃    亜麻仁     八、四六一、三七四〃      チル又ハヂンヂリー  一、五三七、四四四〃 四、 黄麻         七八、九七一                 一〇、五五三、一四三本 五、 米          七八、四五三                 二二、七六八、二二九〃 六、 小麦         七五、二二七                 一七、六一〇、〇八一〃 七、 綿製品(糸及織物)  六三、七四六 糸               一二、八九一、〇〇〇封度                      織物              七〇、二四四、〇〇〇ヤード 八、 茶          五二、六七三                 九七、〇一一、〇〇〇封度 九、 皮          四七、四三五 牛皮               六、六〇六、一四二枚                      羊皮等              四、三五六、五六一〃 十、 藍靛         三九、四八六                    一四二、四四七本 十一、黄麻製品       二五、七一五 袋                   九九、七九〇個                      布                   一五、一五〇ヤード 十二、加非         一八、八四二                    三六五、二九九本 十三、毛           九、六八七                 二一、九六一、〇〇〇封度 十四、砂糖          五、五〇三 精製                  三四、五二三本                      疎製                 九七八、九五五 十五、生糸          五、一八七 生糸(繰リタル)           四三三、四七三封度                      チヤザム(屑)          一、三一三、八七四                      繭                  三七四、五六七 七六、硝石          四、〇一八                    四二六、五一〇本 



以上臚列スル貨物ハ印度輸出品中ノ重要ナルモノニシテ、或ハ本邦ト直接ノ貿易ヲ開キ、或ハ外国市場ニ於テ本邦ノモノト競争ヲ起ス可シ、其毫モ関係ナキハ纔ニ二三ノミ、殊ニ注目ス可キハ其貨物ノ多分、就中首位ヲ占ムルモノハ概ネ二十五年、若クハ三十年来新ニ商路ヲ開キタルノ一事ニシテ、皆愈々弘暢ノ勢アリ、乃チ其最モ緊要ナルモノノ情状ハ項ヲ分チテ後ニ詳具セントス
更ニ眼ヲ転シテ輸入品ヲ視ルニ其顕著ナルハ左ノ数品トス

 - 第10巻 p.323 -ページ画像 

図表を画像で表示--

 輸入                                                再輸出 一、 綿布 生金巾、晒金巾、染金巾  二七一、六〇一留   二、一二六、二四七、八〇六ヤード   一七、〇五二留 二、 綿糸               三七、四六八       五二、五八七、一八一封度     一、一一五 三、 鉄及銅×             二八、六八三        四、七四二、五一四本        八一〇 四、 鉄道用材◇            二四、九三二 五、 機械類              二三、一六八 六、 砂糖×              二一、一三六        一、八〇八、四七九本      一、八三〇 七、 銅及黄銅×            二〇、四八五          五四一、九二八〃      一、九五五 八、 石油               一八、六一三       三九、九五一、八八五ガロン 九、 絹織物×             一七、二九四       一五、七三〇、七七三ヤード      六四四 十、 毛織物×             一七、一五七                          七七四 十一、石炭×              一六、六三九          八四八、八七八噸          二 十二、生糸×              一一、七四三        二、五九八、五九七封度       四二七 十三、食塩×               七、九五五       四三、〇一一、一九八〃 十四、蝙蝠傘               四、一〇六 十五、紙類                四、一〇五 十六、陶磁器               二、二四八 十七、摺附木               一、九四五 十八、塩魚×               一、四一六       一三、二一四、一八八封度        二一 十九、石鹸                一、〇二三 ◇ハ政府用ノモノハ此外トス ×ハ八十七乃至八年ノ輸入ニ係リ自余ハ八十八乃至九年ニ係ル 



右ハ輸入品中金額ノ多キモノヲ抜萃シタリ、而シテ其第十以下ニ列スルモノト金額相減セサル三五ノ物品アリト雖、特ニ注視ヲ要セルハ省略ニ従ヘリ
玆ニ表出スル輸入品目ニ就テ之ヲ観レハ、綿布綿糸類(此両品其他綿製品ノ総価額ハ実ニ三一五、一一三、〇〇〇留トス)ハ輸入総額ノ六分ノ三ヲ占メ、自余ノ六分一ハ金属及ヒ金属製品(本表記スルモノノ外ニ鉛・錫・亜鉛・水銀等アリ、総計九九、六六三、〇〇〇留ヲナス)之ヲ占ム、其他ノ貨物ハ即チ大略六分ノ二ヲ充スノミ、ストラツチー曰ク、印度人民日常百般ノ需要ハ幾ント皆内地ヨリ産ス、人民ノ多数ハ未タ西洋風ノ嗜好贅沢ヲ知ラス、其外国品ニ対スル需要ノ寡キハ一般ニ貧ナルニ因ルヨリハ、寧ロ其社会上及営業上ノ情況一種特殊ニシテ、之ヲ株守スルノ固キニ因ル、故ニ稍々富メル者ト雖、尚ホ自国ノ産ヲ以テ足レリトナシ、往々外国ヨリ購入スル普通ノ用品ハ止タ衣服ノ料、金属製品及内地工業ノ原質ニ供スル金属類ノミ云々、是レ寔ニ実況ヲ穿テルノ言ニシテ、坭墉ニ居リ繒纊ヲ被キ、穀菜ヲ食ヒ以テ自ラ足リ、其最モ貴重ノ食料ギー(バツターニ類ス)モ亦躬ラ之ヲ作ル可シ、敢テ茗椀酒杯ヲ要セス(印度人ハ率ネ肉ヲ食ハス、酒ヲ飲マス茶モ亦之ヲ喫セサル者多ク、印度内地消費ノ茶量ハ一人ニ付〇、〇二封度ノ割合ニ過キス)食膳ノ具ノ如キモ僅ニ一皿一瓶ヲ備フレハ則可ナリ、且其多数人民ノ営産上ニ要スルハ、疎迂単簡ノ農具ノ外ニ出テス
斯ノ如ク論シ来レハ印度ニ輸入ヲナスノ望ハ殆ント絶ツ可キカ如シト
 - 第10巻 p.324 -ページ画像 
雖、其今日ノ商品輸入額ヲ人口ニ分当シ去テ之ヲ本邦ニ比スレハ、其減スルコト僅ニ四十六・七銭許ニシテ比較上太タ寡シト謂フ可ラス、又其生糸及絹織物ノ輸入額一二、九五〇、五〇二円ノ多キニ上レル一事ニ由テ観ルモ、是カ為メ手ニ唾スルノ敢テ徒為ナラサルヲ了スルニ足ラン、況ンヤ近年其富メルニ随ヒ衣服飲食其他生計上ノ需要漸ク高進シ、輸入ノ増加ハ輸出ヨリ更ニ急ナルノ勢アルニ於テヲヤ、若シ夫レ望ヲ属ス可キ物品ノ事ハ後ニ之ヲ弁晣ス可シ
上来叙述シタル海外貿易ハ概ネ孟買・甲谷佗・ラングーン(緬甸)・馬徳拉及カラチー(シンド)ノ五港ニ依ルキノニシテ、此ノ外ツチコリン(馬徳拉州)及チタゴーン(孟加拉州)ニ渉ルアリト雖、其量誠ニ僅々ノミ、即チ、千八百八十八乃至九年ニ於ケル輸出入ヲ合算スルニ(商品ノミニ就テ云フ)、ツチコリンハ一六、五五一、〇〇〇留、チタゴーンハ一一、三五一、〇〇〇留ニ出テス、是ヲ以テ印度ノ海外貿易ハ全ク孟買以下ノ五港ニ繁ルト云フモ不可ナカル可シ、其各港貿易ノ大小ハ左表ニ依テ明ナリ

図表を画像で表示--

        八十八乃至九年貿易高貨幣出入高合算割合   同上船舶出入高割合   八十三―四年 六個年間貿易高増加                                          八十八―九年  孟買      四四・〇三                 三五・二二       二二・六% 甲谷佗     三五・六                  二五・四一        八・六% ラングーン    五・二                  一〇・一        一九・二% 馬徳拉      五・三                   七・二二       一八・八% カラチー     四・二六                  六・七一       四六・一% 計       九四・三九                 八四・六六 



本表ニ照スニ、孟買ハ何ノ点ニ於テモ他ノ諸港ニ超越スルコト炳然タリ、殊ニ本邦トノ関係ニ於テハ正ニ第一位ヲ占ム、甲谷佗ヲ経由スル貿易亦尠カラス、例ヘハ黄麻・藍靛・硝石・皮革ノ如キハ専ラ其港ノ輸出ニ係リ、又我ヨリ輸出スルモノノ中、亦玆ニ依ルヲ宜シトナスモノアルコト疑ヲ容レスト雖、今日ニ在テ之ヲ孟買ノ綿花綿糸ニ対スレハ固ヨリ同年ノ比ニ非ス(製茶・生糸及ヒ米ノ商情ヲ講究セント欲セハ、甲谷佗ニ依ラサル可カラス)シンドノカラチーハ前表ニ於テ特ニ進歩ノ状ヲ出セリト雖、該港ノ貿易ハ偏ニパンジヤブ州ノ農産、就中小麦ニ限ルヲ以テ年ニ依リ浮沈スルノミナラス、本邦ニ対シテハ殆ト交渉ノ路ナキカ如シ
曩ニ綿花ノ商業ヲ述ムルニ方リ之ヲ産地ヨリ港口ニ薈萃シ、尋テ海外ニ分輸スルノ方法順序ヲ条晣シタリシカ、是レ惟、綿花ノミナラス製茶・藍靛其他麻袋ノ類凡ソ欧人ノ製産ニ係ルモノヲ除クノ外、諸般ノ商品率ネ同一ノ順序ニヨリ其港口薈萃スルニ至ル迄ハ率ネ土人ノ手中ニ在リ(輸出品ノ重要ナルモノハ外人内地ニ入テ買収スルコトアルモ、之ヲ全躰ニ比スレハ甚少シ)更ニ進テ海外ニ漕致スルノ事ハ、即チ外人ノ経営ニ属シ、土人ノ自ラ輸出ヲナスハ甚多カラス、輸入品亦皆港口ニ於テ土人ニ移付シ其内地ニ於ケル集散運転ノ事ハ幾ント全ク土人ニ係ル、其土人ニシテ商業ヲ経営スル者ハ特ニ一種属ヲナスコト尚ホ農業ニ於ケルカコトクニシテ、アリアン人種進入ノ初ニ定限シタル商人種属、即チチウヰエスヤスナル者、判然トシテ今日ニ存セスト雖、専ラ商業ニ従事スル者ハ各地其人ニ別アリ、殊ニ有名ナルハパー
 - 第10巻 p.325 -ページ画像 
シー、バニヤン、マルワリス、チツチー及コマチス等ニシテ各地其名ヲ異ニスルノミナラス、人種・宗教・言語等亦互ニ異同アリ、其ノ人民種属ノ別ニ就テハ綿花耕作方法ニ関スル報告中其大要ヲ記述スル所アリ、宜ク参看ス可シ
外人ノ印度ニ於テ貿易ニ従事スル者ハ英人多キヲ占ムル事自然ノ勢トス、之ニ次クハ猶太人・アルメニアン人・希臘人・独逸人等トス、而シテ其各国ニ対スル貿易ノ割合ハ左ノ如シ
 (千八百八十八乃至九年、商品貨幣合算輸出入全額ニ対スル割合ニ係ル)

図表を画像で表示--

 一、英国       五四・八九   十一、モウリチス    一・四一 二、支那 香港其他   二・六四   十二、波斯       一・三六      ノ開港    七・九五   十三、豪洲       一・〇七 三、仏国        五・三七   十四、亜剌比亜     一・〇五 四、海峡地       三・七八   十五、日耳曼      〇・九五 五、合衆国       三・一一   十六、ジヤンジバー、  〇・八六                       モザンビツク等 六、白耳義       二・九〇   十七、亜丁       〇・六八 七、伊太利       二・三四   十八、日本       〇・五九 八、墺地利       二・二一   十九、亜細亜土耳其   〇・五〇 九、埃及        二・〇七 十、錫蘭        一・七八 



是ニ由テ視レハ本邦ト印度ノ貿易高ハ全額ニ対シ、僅ニ〇・五九ニ過キスト雖、其増進ノ勢洵ニ刮目ス可キモノアリ、即チ左表ニ就テ之ヲ験ス可シ
   両国貿易高(千留一位)全貿易ニ対スル割合
 千八百八十三―四年 三、〇四九 〇・一九七  千八百八十六―七年  四、三一六 〇・二七
 千八百八十四―五年 四、九二〇 〇・三二三  同  八十七―八年  七、四八二 〇・四四
 同  八十五―六年 二、九八九 〇・一九六  同  八十八―九年 一〇、六一一 〇・五九
而シテ両国貿易高ノ九分八厘許ハ輸出ニ係リ、本邦ヨリ支出スルモノハ洵ニ緇銖ノ間ニ在リ、通商要覧ニ曰ク、日本ヨリ輸入スルハ誠ニ些少ニシテ去ル五個年間ヲ通覧スルニ毎年平均大凡三十万留ニ出テス、畢竟銅ノ貿易挽回スルニ非スンハ輸入増加ノ兆ヲ看ル可ラス、之ニ反シテ印度商品ノ輸出ハ、年一年ヨリ愈々多ク、五年間ニ於テ幾ント四倍シタリ、是レ綿糸貿易発達ノ結果ニシテ綿糸輸出ノ価額八、此年間ヲ以テ弐百六拾五万ヨリ進ンテ九百三十七万五千留ニ達シタリ、麻袋ノ輸出亦大ニ進歩セリト雖、其貿易ハ今尚ホ小ナリ云々、更ニ進ンテ両国間輸出入ノ物品ヲ提挙スレハ左ノ如シ

図表を画像で表示--

 日本ヨリ輸入                          日本ヘ輸出 品名     八十七―八年印度全港ヘ  孟買ヘ 八十七―八   品名      八十七―八年印度全港ヨリ  孟買ヨリ 八十七―八                         八十八―九                              八十八―九               留          留                      留           留 服飾        三、三二一                   金巾       一七、四五五      一八、三五五                                                         五、一二七 指物類及家什   一〇、九三二     一〇、九三二      外 薬種薬材      一、一一七                     一八、〇五一        ガム樹脂        一二一 漆器其他     三五、八七七     二八、九七二      国 象牙       一九、八一八      一九、八一八                     一八、九一三                              二、五六二 石炭       三一、〇〇〇                 産 紙類        四、八四七 綿製品          五五 薬種(合剤ヲ除ク) 二、一二五 薬剤  以下p.326 ページ画像  陶磁器      二八、四四〇     二七、七六〇      商 香科        三、六四〇                     一三、三一三        毛製品       七、八二二 宝玉類      二〇、〇七二                 品   未製      三、四二五       七、〇五六 摺附木       一、〇一六                   基他                    三、四二七 銅        八八、四九九        七二二          既製      八、四五八      二一、三五三                      一、一二二                              八、二五七 生糸       二六、二五六     二六、二五六        計        六六、六九二      六六、五八二                    一〇三、八九二                             一九、三七三 絹織物                  二、六二六        綿花                    三、六〇八                      五、八六六                              六、〇六二 茶           一五八                   綿糸    六、七八〇、一〇〇   六、七四三、〇二六 手遊類      三一、〇八四     三〇、九二九                          九、二〇〇、一四五                     一七、七六七      印 綿織物       五、三〇〇       五、三〇〇 木製品         三四三                                        一七、九二四   未製      四、六四一      四、五一四      度 ガム、脂樹     七、七八二       七、七八二 其他                  一三、九三九                             一一、六六七   既製     一一、九五一      八、八二七      産 黄麻(生)    二七、五八七                     一五、四八九        麻袋      二一三、三六二                                 商 樹油        三、一七九                                   貯蓄食料        九六一                                 品 毛生(生)    七〇、一〇〇      七〇、一〇〇                                                       一〇七、〇〇〇                                   毛製品                     五七五                                                            五〇                                      未製     四、八七一         九二〇                                   基他                    一、二九五                                      既製     六、七〇二       三、〇八八                                                         二、九一四                                   計     七、一一九、九四四   六、八三四、三九九                                                     九、三六六、四二七 総計      二九五、七九七    一四一、五三八      総計      七、一八六、六三六   六、九〇〇、九八一                    二〇八、三五二                          九、三六六、二四七 



   全港輸出入額ハ財務商務省ノ統計、孟買港輸出入額ハ該港関税局ノ報告ニ拠ル、而シテ二者ノ間往々舛錯スルモノアルハ其故ヲ解ス可ラス姑ク疑ヲ存ス
印度ヨリ本邦ニ輸出スルモノ、大約九分六厘、及本邦ヨリ輸入スルモノノ五分許ハ孟買ニ係ルコト、本表ニ由レハ則明ニシテ彼我ノ交渉上該港ヲ以テ絶等ノ要地トナス所以ヲ了ス可シ
香港ハ印度及東洋貿易ノ要枢ニ居ルコト、既ニ綿花綿糸ノ商業ニ関シテ述フルカ如クニシテ該港ノ輸出入ハ印度ノ貿易ヲ講究スルニ方テ必ス注目セサル可ラサル所トス、即チ、其輸出入ニシテ延テ本邦ニ連貫シ、若クハ影響ス可シト思惟スル重要物品ヲ摘収スレハ左ノ如シ

図表を画像で表示--

 香港ヨリ輸入                香港ヘ輸出 服飾         一九四、九八七留   外 ガム、樹脂      五六、〇七八留 美術品          三、四八七    品 象牙        一一五、八八七 指物家什        七三、五一四      綿花      四、九九三、三八一 漆器其他       二七〇、五六三      綿糸     二六、三九一、九四七 陶磁器        一〇三、五〇七      薬種薬材      二七九、四九〇 樟脳         三六七、四五四      鳥羽        一二六、一〇五 花火         三八一、三〇〇    印 籾          四八、六一九 玻璃類        九八一、〇一八    度 米          六四、五五九 摺附木          六、三〇一    産 ガム、樹脂       四、〇七九 茣蓙          六一、八一七    商 皮革         二七、六三九 真鍮          一九、〇一一    品 象牙         四六、九五〇 銅類         九六一、四一〇      麻袋      一、〇五二、六五六 紙類          七八、九四九      麻布         六〇、四一三 生糸       七、一三三、一八二      ラツク        一八、三八六 絹縫糸         一三、九三三      萆麻子油      一二八、四七三 絹織物      四、六〇八、五七八      硝石        八六五、二五四 砂糖(精製)   三、七六九、六三六 茶          六九九、四九四  以下p.327 ページ画像  手遊類         二七、二三七 蝙蝠傘        二一〇、四四三 臘(臘燭ヲ除ク)    一三、四三二 木製品         一三、四四四 



右臚列スル品目ハ千八百八十七乃至八年ノ輸出入ニ就キ抜萃スル所ニシテ、玆年香港ニ輸出ンタル商品ノ総価額ハ一〇三、二八八、一七七留ニ上リ亜片其六割五分余ヲ占ム、又其港ヨリ輸入シタルハ二〇、九七二、八二三留ニシテ之ニ貨幣ヲ加算スレハ出入ノ総額大凡一四三、七三五、八九四留ヲナス、而シテ八十八乃至九年ノ輸出入総計ハ一四二、四四三、〇〇〇留ニシテ、前年ニ比スレハ較々減ス、要スルニ香港印度間ノ貿易ハ近年定着シテ甚シキ浮沈ナク動モスレハ却歩セントス、其他支那諸港ニ於テモ亦同シ
貿易ノ隆興シタル所以ノ源因一ニシテ足ラスト雖、顧フニ其効験最モ多キハ鉄道トナス、夫レ印度ニ於テ始メテ鉄道ヲ開キタルハ今ヲ距ルコト大凡三十七年前ニ在リ、尋イテ一二年ヲ経ルノ後大ニ其計画ヲ起シ、爾来着々歩ヲ進メテ八十八乃至九年ニ於テハ其営業スルモノハ壱万五千三百四十五哩余ニ上レリ(此中、中央政府所属八、八五八 一/四、地方政府同一、五八一 三/四、利子保証会社同三、二四三、補助会社同五九四 一/四、仏領葡萄牙領同五八 三/四、及藩属国同九三九ニシテ計一五、二四五 一/四トス)、即チ商業上ノ要地ハ幾ント皆連絡貫通シ内地ノ転遷化居職トシテ是ニ在リ、昨年度ニ於テ運搬セル毎哩頓数《トンマイレイジ》ハ三、五七六、九九七、三三四ノ多キニ及ヘリ、而シテ其特ニ注目スヘキハ運賃ノ廉ナルニ在リ、綿花ニ関スル報告ニ於テ其例ヲ看ル可シ
以上海外貿易ノ概況ヲ記悉セリ、今ヤ其ノ通商貿易ニ対シテ政府カ取ル所ノ主義ヲ約言シテ以テ此局ヲ結ハントス(陸路外国トノ貿易ハ上来記スル所ノ外トス、但シ其貿易ハ萎靡シテ振ハス、八十八乃至九年ノ貿易総額ハ八九、二二九、〇〇〇留ニ過キス)
夫レ印度ノ貿易ハ全ク自由主義ニ依リ、僅ニ一二品ヲ除クノ外課税スルモノナシ、千八百六十年ニ至ル迄ハ諸般ノ輸入品ニ対シテ、従価税一割(其物品ハ更ニ此ヨリ税ヲ課セリ)輸出品ハ三分ヲ課セシカ、六十四年輸入税ヲ減シテ七分半トナシ、越テ七十五年五分トナシ、其間輸出税ハ屡々蠲除ヲ行ヒ、七十五年ニ於テ尚ホ課税ノ制ヲ存スルハ、米・藍靛・及ラツクノ三品ニ過キサリキ、尋テ輸入税ヲ全廃スルニ至レルハ、蓋英国綿業家カ其製糸ノ課税ニ対シテ昂然情苦ヲ訴ヘタルニ由ル、仮令其源因ハ之ニ由ラストナスモ之カ為ニ大ニ其挙ヲ促シタルコト必然ニシテ、千八百七十七年英国下院ハ印度ニ輸入スル綿製品ニ対スル課税ハ、其性質保護税ニシテ公平ノ商略ニ反ス、印度財政ニ於テ支障ナキヲ得ハ則宜ク速ニ之ヲ廃スヘシト決議ヲナシタリ、偶々年ノ凶ナルニ会シ直ニ其決議ヲ実施スルニ及ハサリシモ、漸次歩ヲ進メ七十八年ノ歳計予算表ニ於テ啻ニ綿製品ノミナラス、他ノ輸入品モ亦関税ヲ免センコトヲ宣告セリ、蓋綿製品ハ輸入ノ多分ヲ占ムルコト前ニ陳フルカ如クニシテ、既ニ之カ税ヲ廃セハ更ニ他物ニ及ハサル可ラサルハ自然ノ勢ナリ
斯ノ如ク七十八年以来漸次綿製品各種ノ課税ヲ蠲除シ、竟ニ八十二年
 - 第10巻 p.328 -ページ画像 
ヲ以テ、其全部及他ノ各種ノ商品ヲ挙ケテ悉ク無税輸入ヲ許スニ至レリ、但未タ課税ヲ免レサルハ食塩・酒類・武器類ノ三種ニシテ近来石油モ亦課税品ノ目中ニ加ハレリ、輸出品ハ悉ク無税ニ属スト雖、特リ米ハ一モンドニ付三アンナヲ課ス、然ルモ是ヲ永持スル事理ノ許サヽル所ナル可シ
海関税ノ外更ニ内地ニ於テ某ノ物品ニ課税ヲ加フルコトアリシカ、千八百三十六年以来漸次ニ解除シ、沿海回航製限ノ法律モ亦四十八年ヲ以テ之ヲ廃止シ、通商貿易ノ事今ハ全ク自由ニ帰シタリ