デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2022.3.15

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

3章 商工業
6節 製紙業
5款 製紙所聯合会
■綱文

第11巻 p.136-139(DK110026k) ページ画像

明治13年12月26日(1880年)

栄一、製紙所聯合会ヲ興シ、是日上野精養軒ニ集会ヲ開キ、条規ヲ制定シ、紙価ノ協定ヲ試ム。


■資料

社事要録 第一巻(DK110026k-0001)
第11巻 p.136 ページ画像

社事要録 第一巻 (王子製紙株式会社所蔵)
明治十三年
六月 当会社主トナリ、創メテ府下各製紙業者及洋紙商ヲ会シ、諸般事業上ノ事件ヲ議ス


王子製紙株式会社回顧談 (男爵 渋沢栄一) 第三六―四三丁(DK110026k-0002)
第11巻 p.136-137 ページ画像

王子製紙株式会社回顧談 (男爵 渋沢栄一) 第三六―四三丁
    一〇、新聞雑誌出版物の発達と製紙高
○上略
一方紙価の方は如何と顧みると、此は明治十三年に上等印刷紙一封度金拾四銭といふ相場であつたから、日本の紙の価といふものは当時非常に高かつたのである。然るに明治十五年の二三月頃になつて洋銀の価格の低落した時に際し、品質優良の洋紙を廉価で沢山に輸入したのと、経済界の不振とに原因して、其の年の四月紙価一封度を十二銭五厘に引下げた。それが明治廿六年には一封度五銭以内に下つたのであるが、此の紙価に就いて、当事者は一通りならぬ苦心をしたのであつた。製品の少量の時代には紙価も高価であつたのが、製造高が増大し販路も拡張されると他に競争が起つて紙価が低落する。これは恐らく何種の事業にも免る可らざる状態であらうが、製紙会社も亦これにはひどく苦しめられた。それで已むを得ず製紙業の聯合会といふものも起り、又従つて紙価の協定といふ問題も起つたのであつた。
    一一、同業会議と紙価協定及び舶来紙防遏策
明治十三年までには製紙所も諸方に起つて来た。東京では本社を初めとして有恒社・三田製紙所・印刷局抄紙部。大阪では中の島の大阪製紙所。京都では其の頃府庁の経営に嘱せし梅津製紙所等である。而して此等の工場は各其の製品を市場に鬻いで西洋紙の舶来を駆遂しようと試みたが、其の結果は独り舶来品と競争するのみならず、同時に亦内地紙とも競争しなければならぬことゝなつたから、詰り競争負けがして同業者は相互に損失を来し、各製紙所共に非常な窮地に陥つたのである。其処で当時の結果として同業者は相提携して共同一致の歩調を取り、輸入品に対抗して自他の保護をせねばならぬといふことになり、人気は自然と其の方に向つて行つた。偖て其の目的を達成するには一の同業会を組織しなくてはならぬといふので、先づ本社が主唱者となつて、十三年の六月始めて府下の各製紙業者と洋紙商とを会し、事業経営に関して諸種の相談会を開いて見た。これが同業会議の準備会ともいふべきものになり、超えて十二月二十六日に始めて内地の同業
 - 第11巻 p.137 -ページ画像 
者一同が上野精養軒に会合することになつた。当時の参会者は本社から社長として自分及び谷支配人、新帰朝者の大川平三郎、分社から陽其二・大西正雄、有恒社からは梶川屯・久保元三郎、神戸居留地米国人経営の神戸製紙所よりトーマス・ウヲルシユといふ米人と二見昇、大阪製紙所及び三田製紙所を代表して真島襄一郎の十氏、洋紙商側からは谷鍈太郎・荏司常七《(庄司常七カ)》・椙井幾三郎・菊地辰蔵・川上正助の五氏、合計拾五人が集まつた。依つて此の団体を製紙所聯合会と名づけ、経営上に関する幾多の議決を為した。其の決議を経たる各項は煩しけれど当時の情勢を知るの便あると思ふから、左に聯合会条規の全文及び其の他大要を掲げて参考に資する。
    製紙所聯合会条規○略ス
此の議決条規の末に、渋沢・梶川・ウヲルシユ・真島の四氏が署名した。それから又第一条に規定してある紙価に就いて来会の売捌人と協議し、次の如き事項を議決した。
 一、新聞用紙即ち普通印刷紙は最低価を一ポンド金拾四銭替、最高価一ポンド金弐拾銭替と定めたる事
 一、製紙所は前書印刷紙代価金弐百五拾円以下は一切直接に売捌を為す可からざる事
 一、製紙所は前書印刷紙代価金弐百五拾円以上金五百円未満直接売捌は定価壱割増、金五百円以上金壱千円未満は定価七分増、金壱千円以上は定価五分増を以て売捌くべき事
 一、前書の条件は来る明治十四年一月一日より履行すべき事
これに依つて見れば当時の事情が能く了解される。即ち一口弐百五拾円以上の販売は卸売と見做されたる如き、当時尚以て如何に洋紙の需要が遅々なりしかを知るに足るのである。それに又製紙所より直接売捌く分に対しては幾分の増金を附して洋紙商を保護したことも、即ち洋紙商を奨励するの一手段であつた。○下略


製紙所聯合会条規原稿(DK110026k-0003)
第11巻 p.137-139 ページ画像

製紙所聯合会条規原稿 (日本製紙聯合会所蔵)
    製紙所聯合会条規
 日本の各製紙所は其製紙法を改良し、更に事業を拡張し、且其紙価をして外国輸入の紙品より低価ならしむるの目的を以て、爰に製紙所聯合会を開き、其条規を設くること左の如し
第一条 聯合会は三ケ月に一回宛其会議を開き、出席会員の議決を以て印刷用紙上等品の最高価格と下等品の最低価格とを定むべし、但し此価格を定むるときは、重立ちたる紙商人の意見をも問合せ之を斟酌すべし
第二条 各製紙所は此極度価格を会議に於て議定せし後は、他日再議して之を改定する迄は、必ず之を遵守し、決して密に之を増減すべからず
第三条 最高最低の価格は専ら外国輸入紙の時価に基き、且紙材原料の価格と工費の高低とに応じ、定式又は臨時の会議に於て随時之を更正するを得べし
第四条 各製紙所は抽籤を以て其順序を定め、輪番に聯合会の幹事た
 - 第11巻 p.138 -ページ画像 
るべし、而て此幹事たるものは其製紙所の主任者に限るべし
第五条 聯合会の会頭は月番の幹事之を務むべし、而て其議事は会員過半数の同意を以て之を決すべし、若し両説同数なるときは会頭の助説を以て之を決すべし
第六条 会員は各製紙所毎に二人を出すべし、若し当日の都合によりて或は三人に増加し又は一人に減ずることあるも、決議の投票は必ず二人宛を以て之を計算すべし
第七条 聯合会は会議毎に衆議を以て其次回に於て開会すべき場所を予定すべし
第八条 聯合会は其雑務を処弁する為め書記一名を傭任すべし
第九条 幹事は書記をして郵便到達の日数を除き、少くも会議の十日前迄に、召集状を以て会議の時日及会場等を各会員に報道せしむべし
第十条 幹事は書記をして毎会の議事を明瞭に書記せしめ、会員の記名調印を受くべし、且此記録は聯合会の私書なるに付、会員にあらざるよりは決して他人の閲覧を許すべからず
第十一条 会員は必ず自身会議に参するか、或は委任者を差出すべし若し然らずして後日に至り、其会議に於ての決議を非難すべからず
第十二条 毎会の議事は其前会の議事の引続きに依り、順を追て議定すべし、故に会議の招集状にも亦其議目を列載し、正しく其順序を追ふことを務むべし
第十三条 臨時会議は会員の望に応じて之を開くべしと雖も、之を要望するの会員は、先づ其前回定式会幹事の、賛成を得ざるべからず、而て其臨時会を要するの場合に於ては、前会の幹事猶之が幹事となり、郵便到達の日数を除き、少くも会議の十日前迄に、臨時会を要する趣旨会場時日等を各会員に報道すべし
第十四条 会員は一般の製紙を改良増加し、且紙価をして輸入品より低廉ならしむるの目的にて、都て工場の処置製造法等に於て便益なりとする所の事は、隠蔽することなく聯合会に通報するを務むべし、特別なる秘密新発明を除くの外且此聯合会は互に相賛けて外国との競争に勝利を獲んとするものなれば、現に外国に於て普通に行はるゝ方法にして、己之を知り、他人の未だ之を知らざるが如き場合に於ては、之を秘密新発明と称して隠匿すべからず
第十五条 会員は互に其工業を奨励する為め、毎会各自工業の三ケ月分の製出及売捌表を作り、之を書記の手許に送り、書記は之を取集め会場に差出すべし
第十六条 此聯合会に加盟する製紙所の役員若くは職工を、其雇主に協議せずして窃に煽誘し之を使役せんとするの所業をなすべからず、又十八ケ月以内に於て他の製紙所に従事せる役員職工を其工場に断りなく雇使すべからず、而て此条目を実施するに便ならしむる為め、各会員は毎年両度変改することあれば毎会其工場に在る役員職工の性名録《(姓)》を会場に差出すべし、若し不正の所業等にて放免せし者あるときは、臨時之を各製紙所へ通報すべし
 - 第11巻 p.139 -ページ画像 
第十七条 製紙所は工業を以て専務とするものなれば、製紙の売捌は成るべく紙商人を選て之を売捌人と為すべし、而て聯合会は務めて其売捌人を補助し、其営業の便利を謀るべし、故に此目的を以て時々売捌人と聯合会との間に係る規則を協議すべし、又聯合会は其会議の席に売捌人を招き、議事を傍聴せしむることあるべし
第十八条 紙価は通例会議に於て決定するものなれども、若し臨時其改正をなさざるべからざる場合に於ては、前会の幹事より其趣旨及改正価格を詳記したる廻章を以て、各製紙所の意見を問ひ、多数の同意を得て之を改正することあるべし
第十九条 聯合製紙所は若し此条規に背く者あるときは、聯合会は之を除名するの権利ありとす、然れども其犯則者にして其非を悔悟するときは、其事情を酌量し、会議に於て多数の同意により相当の過怠金を徴収し、之を宥恕することあるべし
第二十条 此聯合会へ新加入を望むものあるときは、篤と其模様を聴了して後、定式会議に於て会員三分の二以上の同意を得て其許否を決すべし
第二十一条 聯合会の諸入費は其会員に平等賦課するものとす、故に各製紙所は三ケ月に一回宛相当の出金をなすべし
第二十二条 此条規は何時に《(て脱カ)》も会員多数の同意を得るときは之を改正増補することを得べし
       以上
  前書原稿ノ条款ハ悉ク同意ニ付爰ニ記名致シ候、尤モ本書ハ追テ調成ノ上、更ニ記名調印可致候也
    明治十三年十二月廿六日
                 王子製紙会社
                     渋沢栄一
                 有恒社
                     梶川屯
                 For Kobe Paper Mill
                      Ths. Walsh
                 大阪製紙所
                 三田製紙所
                     真島襄一郎
   ○右条規末尾「前書原稿」云々以下署名迄栄一自筆。
   ○「此条規原稿の末尾に於ける文言は各社代表として署名された渋沢・梶川ウオルシ・真島の四氏の内、疑もなく渋沢子爵の自筆に相違ない○下略」
    (「日本紙業綜覧」第三四八頁 昭和一二年九月二〇日)