デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

明治24年6月（1891年）

当会社臨時総会ヲ開キ、第二社債金二万円募集ノ議ヲ決セシガ応ズル者無シ、栄一乃テ侯爵蜂須賀茂韶ト謀リテ各金一万円ヲ出資ス。

日本煉瓦製造株式会社所蔵文書
評議第三三四号　　　　　　　　　　　　　日本煉瓦製造会社
　　理事
　　　　社債募集及臨時株主惣会開会之件
曾テ及御評議候当会社運転資金ヲ増加スルノ件ハ、其節ノ御評決ニ基キ、一時金五千円ヲ第一国立銀行ヨリ借入レ、以テ焦眉ノ急ヲ凌置候処、今ヤ右返済之期（来六月十五日）相迫候ノミナラズ、製造之進歩ト共ニ益益資金ノ切迫ヲ来シ、此儘ニ打捨置候トキハ、遂ニ事業ヲ休止セサルヲ得サルノ悲境ニモ陥リ候次第、依テ此際別紙方法ヲ以金弐万円ノ社債ヲ募集シ、以テ社業ノ継続ヲ計リ候様致度、実ニ容易ナラサル困難ノ場合ニ付、運転資金ノ如キモ為シ得ル限リ少額ヲ以テ繰廻シ候事勿論ニ候得共、第一国立銀行ノ一時借金ヲ始メ約束手形及物品代等、目前支払ヲ要シ候モノ金弐万円以上ニ相達居候ヘバ、今後ハ月々ノ支払ハ其月々ノ収入ヲ以テ支弁候事トシ、尚右弐万円是非共必用ニ有之候前陳ノ趣旨御認可相成候上ハ、来六月四日株主惣会相催シ、右社債案提議仕度、依テ此段及御評議候也
　　明治廿四年五月廿六日

　　　　第二社債募集之議
従来当会社第一工場製造方ノ儀ハ、乾燥室不成蹟等ノ事情ニヨリ、焼窯三個ノ内二個ヲ使用致居候所、昨年来鋭意乾燥室ニ改良ヲ行ヒタルノ結果ハ、終ニ本年五月ニ至リ三個トモ使用スルノ運ト相成、随テ大ニ工費ヲ減シ、従前ハ其製造原価壱万個ニ付金三拾七円ヲ要セシ所、今日ハ金三拾円ヲ以テ出来候事ト相成候
如斯三個ヲ使用スルノ結果ハ、大ニ工費ノ減少ヲ来セシト雖モ、其製造高ノ増加ト共ニ、運転資本モ又増額ヲ要スルハ不得止儀ニ候、当会
 - 第11巻 p.543 -ページ画像 
社ニ於テ現ニ有スル製造用諸物品代及ヒ煉瓦石掛売代金等ハ金四万八千七百余円ニシテ、之ニ対スル実際運転資本額ハ金弐万三千百余円ニ過ギズ、故ニ是迄ト雖モ常ニ其欠乏ニ苦シミ、不得已長期ノ約束手形ヲ振出シ、以テ一時ヲ弥縫シ置候処、今ヤ事業ノ進歩ト共ニ愈其急迫ヲ加エ、該資金ノ増額ヲナスハ最早一日モ猶予スベカラサル場合ナルヲ以テ、玆ニ社債ヲ起スノ方案ヲ提出仕候、而テ若シ此社債募集相成兼候トキハ、当会社ノ営業ハ今日ニ於テ閉鎖致候外無之次第ニ候、依テ此社債ニハ、当会社負債中他ヨリ借入タル分ヲ除キ、第一先取権ヲ付スルタメ、議案中ノ証書式三項ニ其明文ヲ記入セシ儀ニ候、且又此社債案ノ本意トスル所ハ、其募集惣額ヲ現今ノ株主ニ於テ其株数ニ応シ引受クルニ在リト雖モ、若シ一般株主之ニ応シガタキ場合ニハ、当会社株主中蜂須賀茂韶・渋沢栄一両氏ニ於テ不得已之ヲ引受クベシトノ申出モ有之候、実ニ此案ノ成立ツト否トハ当会社興廃ノ因テ岐カルル所ニ有之候得バ、株主各位ノ速ニ御賛成御同意アランコトヲ希望ノ至ニ候
右議決ノ為メ去本月四日臨時株主惣会開設致候得共、出席者定数ニ満タズ、決議ニ至ラサリシヲ以テ、更ニ左ノ議案提出仕候間、御同意ニ候ハヽ御名下ヘ御証印被下度候也
　　　　第二社債方法
　第一条　当会社ニ於テ募集スベキ、第二社債ノ金額ハ金弐万円ニシテ、当会社株主中ヨリ募集スルモノトス
　第二条　此社債ノ利息ハ壱ケ年金百円ニ付金拾円トシ、毎年六月・十二月ノ両度ニ払渡スモノトス
　第三条　此社債ハ当会社毎半季ノ純益金ヲ以テ償還スルモノトス
　第四条　当会社ニ於テハ、此社債ノ償還ヲ終ルマテハ、純益金ノ配当ヲナサヾルモノトス
　第五条　此社債ノ証書式ヲ定ムル左ノ如シ
　　何某殿儀当会社ニ於テ其運転資金ニ供スルノ目的ヲ以テ、明治廿四年何月何日当会社株主惣会ノ決議ニ依リ、今般募集スル当会社社債惣額金弐万円ノ内金何円ノ債主タルヲ証スルタメ、此債券ヲ交付シ左ノ四項ヲ約ス
　　　第一項　此社債ノ元金ハ当会社毎半季ノ純益金ヲ以テ償還スル事
　　　第二項　此社債ノ償還ヲ終ルマテハ、当会社純益金ノ配当ヲナサヾル事
　　　第三項　此社債ハ自今五ケ年間ヲ経テ尚ホ純益金ヲ生セサル場合ニ於テハ、当会社ノ所有財産ヲ売却シ、其代金ヲ以テ償還スル事
　　　第四項　此社債元金ニ対シテハ壱ケ年壱割ノ利息ヲ附シ、毎年六月・十二月ノ両度ニ払渡ス事
　　　　　　　　　　　　　　　　　日本煉瓦製造会社
　　年　月　日　　　　　　　　　　　　　　　理事員連署
第六条　此社債ヲ引受ケタルモノハ、当会社ヨリ通知シタル期日其払込ヲナスモノトス
 - 第11巻 p.544 -ページ画像 
　　　但払込期日ハ十日以前ニ通知スベシ
　　明治廿四年六月
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　蜂須賀茂韶
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　渋沢栄一
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　益田孝
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　木村正幹
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　藤本文策
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　池田栄亮
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　秋田映季
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　隅山尚徳
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　北川俊
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　太田資信
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　松下市郎右衛門

日本煉瓦製造会社報告表　第五回（明治二四年七月）
　　　　株主総会ノ事
本年二月四日定式株主総会ヲ開キ、二十三年六月ヨリ十二月三十一日ニ至ル業務上ノ景況及諸勘定ノ報告ヲナセリ、又タ同年五月九日臨時株主総会ヲ開キ、第二社債募集ノ議ヲ決ス、該社債募集ノ旨趣ハ、当社資本金ノ内金弐拾壱万余円ハ起業上ノ固定資本トナリ、随テ運転資金ノ欠乏ニ苦ムノ折柄全業着手ノ事トナリ、益々資金ノ切迫ヲ来シタルヲ以テ、之ニ供用スル為メ金弐万円ノ社債ヲ起セシナリ、而シテ此社債償還法ハ当社将来ノ純益金ヲ以テ第一ニ之ニ充ツルコトトセリ
　　○右ニ「五月九日臨時株主総会ヲ開キ」トアルモ上掲資料「評議第三三四号」ト期日ニ於テ符合セズ。寧ロ六月ニ総会開催セルモノト推定サル。

青淵先生六十年史（再版）　　第二巻・第二三八―二四〇頁〔明治三三年六月〕
　○第四十二章第二節日本煉瓦製造会社
　　　　青淵先生ト我社トノ関係（諸井恒平述）
○上略
斯ル多難ノ際ニ於ケル一条ノ活路トモ謂フヘカリシハ、二十四年春初ヲ以テ起工セラレタル碓氷鉄道工事ノ為メ、多額ノ煉瓦需用ヲ生セシコト是ナリ、同工事ニ対スル我工場ハ比較的頗ル優勝ノ地位ヲ占メタルヲ以テ、其ノ入札購買法ヲ以テセラレタルニ拘ハラス、相当価格ヲ以テ之レカ大部分ヲ吾社ニ引受クルコトヲ得タルハ、所謂地獄テ仏ノ感ナクンハアラサリシ、然レトモ此ノ注文ノ成立ト同時ニ、忽チ事業拡張ノ必要ヲ生シ、随テ資本ノ需用益々急ヲ告クルニ至リヌ、一難去ツテ一難復タ来ルトハ夫レ此ノ謂ヒ乎、昨年増株案ノ墨痕未タ乾カサルニ、又モヤ玆ニ増資ヲ訴ヘンコト、苟モ血アルモノヽ殆ント堪ユヘカラサル所ナリ、サハ言ヘ今ヤ事情切迫一日モ猶予ス可カラス、爰ニ於テ予等断然意ヲ決シテ第二回ノ増資意見ヲ先生ニ具状セシニ、先生ハ刻下ノ事情不得已モノトシテ直チニ採納セラレタルモ、之ヲ増株トシテハ到底成功ノ望ナク、又他ヨリ借入レントスルモ、信用欠乏ノ吾社ニ対シ応スルモノナキハ明カナルヲ以テ、乃チ先生ノ意見ニ基キ、
 - 第11巻 p.545 -ページ画像 
株主中ヨリ金弐万円ノ社債ヲ募集スルノ方案ヲ立テ、之レヲ株主総会ヘ提出シタリ、時ニ二十四年五月ナリキ、幸ヒニ此ノ案ハ異議ナク総会ヲ通過セシモ、一人ノ之レニ応セントスルモノナシ、然ルニ先生予メ此ノ事アルヲ慮リ、当時蜂須賀家ヲ代表シテ吾社ノ取締役タリシ故藤本文策氏ニ謀リ、万一斯カル場合ニハ先生ト蜂須賀家トニ於テ之ヲ引受クヘシトノ予約ヲ与ヘラレシカ、遂ニ此ノ社債ハ両家ニテ各々壱万円宛ヲ担当セラレ、以テ円満ニ局ヲ結フヲ得タリ、今ニ始メヌ先生ノ明識ト之ヲ信任シテ大ニ翰旋ノ労ヲ取ラレタル、故藤本氏ノ功労トハ、今日ニ至ル迄予等ノ追憶シテ忘ルヽ能ハサル所ナリ
吾々当事者カ日夕齷齪トセシ経済問題ハ、社債ノ成立ニ依リテ玆ニ一段落ヲ告ケタリ、而シテ二十四年ノ春初納入ニ着手セシ碓氷鉄道工事用煉瓦ハ二十五年ノ下半期ニ跨リテ之ヲ完納シ、其ノ結果当時ノ吾社トシテハ相当ノ収益ヲ得タルヲ以テ、偖テハ之ヨリ漸々愁眉ヲ開クノ端緒ニ就クナランカト、喜ヒ祝セシハ束ノ間ノ夢ニシテ、暗憺タル黒雲ハ又モヤ吾人ノ頭上ニ覆ヒカヽラントシツヽアリ、嗚呼吾人何ソ独リ悲劇ニ富ムコト斯クノ如ク甚タシキヤ、見ヨ碓氷工事ニ依テ得タル収益ハ僅ニ積年ノ損失ニ対スル幾部分ヲ償フニ過キサリシノミナラス碓氷納ノ終結ト共ニ、販路ノ方向一転シテ、競争上最モ不利益ナル東京方面ヘ向テ販路ヲ求メサル可カラサルナリ、而カモ此ノ際東京煉瓦業ノ景況タル頗ル萎靡不振ヲ極メ、不景気ノ歓声到ル所ニ満チ、瓦解倒産ノ悲運ニ陥レル工場モ亦タ尠カラサリシナリ、彼ヲ想ヒ之レヲ想フテ転々憂悶ノ情ニ堪ヘサリシニ、不祥ノ予言ハ的中シ易キノ諺ニ漏レス、爾来数月ナラスシテ着々事実ノ上ニ現レ来リ、製法ノ改良経費ノ節減、苛クモ手段トシテ尽サヽル莫キニ拘ハラス、毎期ノ勘定必ス若干ノ損失ヲ醸シ、偶々収益ヲ見ルコトアルモ、之レヲ損失ニ比スレハ実ニ十ノ一ニモ足ラサルノ悲況ニ陥リヌ、如斯ニシテ荏苒日ヲ経過センカ、青淵先生アリト雖モ夫レ竟ニ奈何センヤ、株主ノ迷惑予等ノ痛心果シテ如何計リソ、凡ソ吾社ノ歴史ニ於テ最モ悲惨絶望ノ極ニ達セシコト実ニ此ノ時ノ若キハアラスカシ
○下略