デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2017.6.14

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

3章 商工業
15節 造船・船渠業
2款 浦賀船渠会社
■綱文

第12巻 p.5-9(DK120001k) ページ画像

明治18年7月10日(1885年)

是ヨリ先、十七年六月十四日、栄一他十二名連署シテ神奈川県浦賀ニ船渠会社ヲ設立セントシテ農商務卿ニ出願セシモ許サレズ。是日再度、栄一他益田孝・渡部温等十二名連署ヲ以テ農商務卿西郷従道ニ、相州長浦内務省衛生局伝染病消毒所ニ船渠設立ヲ出願ス。同所ハ内務・海軍両省ニテ必要ノ場所ナリトノ故ヲ以テ許サレズ。


■資料

東京府日誌 巻之七一 明治一八年九月(DK120001k-0001)
第12巻 p.5-6 ページ画像

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廻議録 第二類会社 明治一七年二(DK120001k-0002)
第12巻 p.6-8 ページ画像

廻議録 第二類会社 明治一七年二 (東京府庁所蔵)
明治一七年六月四日出
             (印)  (印)
知事 代理 書記官 勧業課
府下平民渋沢栄一外十二名浦賀船渠会社創立ニ付別帋ノ通リ奥書願出候ニ付取調候所、別冊会社定款第三条中本社ヲ相州浦賀ニ置キ、出張所ヲ東京ニ設クト有之候ニ付而ハ、即本社所在ノ地方神奈川県庁ヲ経
 - 第12巻 p.7 -ページ画像 
テ可申立筋与被存候、而シテ又条例成規外ノ会社ヲ設立スルトキハ、総テ地方庁限適宜所分可相成筈ニ而農商務省ヘ稟議不致ノ成例ニ有之候所、本書ニ限リ同省卿江宛直願候ハ、浦賀地所払下願ニ連帯シ、特別ノ詮議ヲ請願スルノ主意ナル歟、願人召喚一応取調候上、何分ノ御所分有之可然哉相伺候也
(別紙)
    奥書願
                   東京府平民
              発起人    渋沢栄一
                   同
              同      益田孝
                   同士族
              同      渡部温
                   札幌県平民
              同      堀基
                   大阪府士族
              同      小室信夫
                   東京府平民
              同      渋沢喜作
                   同
              同      大倉喜八郎
                   同
              同      藤本精一
                   同 士族
              同      山田昌邦
                   札幌県士族
              同      稲田邦植
                   東京府平民
              岡      高雄琢磨
                   同
              同      小原勝五郎
                   神奈川県平民
              同      浅野宗一郎
 右者別紙之通農商務省江浦賀船渠会社創立出願候ニ付、奥書被成下度此段奉願候也
                右惣代人
  明治十七年六月三日        渡部温(印)
    東京府知事 芳川顕正殿
 右渡部温儀当区在籍ニ相違無之候也
               牛込区長 久住秋策
   ○別紙願書ヲ欠ク。

明治一七年六月七日出
知事 書記官 勧業課
府下平民渋沢栄一等浦賀船渠会社設立願ニ付、別帋御判決ノ趣ヲ以、昨六日発起人総代渡部温江相尋候所、今般右書面上取調直シ度旨ヲ以地所払下願トモ併テ下戻有之度段願出候間、例ニ依リ左ノ符箋ヲ以却下取計度相伺候也
 申出ニ依リ書類下戻候事
 - 第12巻 p.8 -ページ画像 
    願書御下ケ願
一相州浦賀海軍省御用地御払下願
一右奥書願
一浦賀船渠会社創立願
一右奥書願
右本月三日付ヲ以テ差出置候処、取調落之廉有之候間、御下ケ戻シ被下度此段奉願候也
  明治十七年六月七日
                渋沢栄一外拾壱人惣代兼
                    渡部温(印)
                      牛込白銀町廿九番地
    東京府知事 芳川顕正殿
   ○右願書本文ヲ得ザレド、六月七日一旦下戻ヲウケ、訂正ノ上、六月十四日改メテ農商務省ニ提出セシナラン。前掲明治十八年七月十日付再願書冒頭ニ言ヘルモノコレナルベシ。
   ○右願書下戻トハ、先ニ小室派・渡部派ノ二派請願書ヲ提出シ、互ニ競争アリシニ因リ双方ヨリ栄一ノ下ニ合併請願スルコトトナリ、前請願書ヲ下戻シ、更メテ請願書ヲ提出スル意ナリ。


東京経済雑誌 第二二三号・第九三―九四頁〔明治一七年七月一九日〕 浦賀船渠設置の企(DK120001k-0003)
第12巻 p.8-9 ページ画像

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