デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.15

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

3章 商工業
21節 瓦斯
1款 東京会議所瓦斯掛
■綱文

第12巻 p.280-312(DK120036k) ページ画像

明治7年11月(1874年)

是月栄一、東京会議所共有金取締ニ推薦サレ、尋イデ八年十二月二十七日会頭並ニ行務科頭取ニ選バル。是ヨリ先、同会議所ハ東京市内ノ瓦斯灯建設ニ従事ス。栄一之ニ与ル。


■資料

青淵先生六十年史 (再版) 第二巻・第七一―七二頁 〔明治三三年六月〕(DK120036k-0001)
第12巻 p.280 ページ画像

青淵先生六十年史(再版)第二巻・第七一―七二頁〔明治三三年六月〕
  第二十八章 瓦斯業
    第一節 緒言
瓦斯供給事業ノ我邦ニ興リタルハ横浜ヲ以テ権輿トシ、尋テ東京ニ起レリ、而シテ青淵先生ハ実ニ東京会議所瓦斯掛ノ昔ヨリ東京瓦斯株式会社ノ今日ニ至ルマテ常ニ事務長トナリ、社長トナリ、取締役会長トナリテ事業ヲ経営シ、斯業ノ発達ニ付テ最モ功労アルモノナリ
    第二節 東京瓦斯局
東京瓦斯局ハ明治七年十二月瓦斯製造所建築工事成リ、其月十八日ヨリ事業ヲ開始セリ
是ヨリ先キ四年二月、時ノ府知事由利公正新吉原町ニ瓦斯灯ヲ建設セシメントシ、瓦斯機械ヲ英国ヨリ購ヒ、同年八月之レヲ東京会議所ニ交付セリ、然ルニ六年六月ニ至リ議一転会議所ヲシテ府下各所ニ瓦斯街灯ノ建設ヲ企テシム、同年十一月同所ニ瓦斯掛ヲ置キ仏国人ペレゲレンヲ雇聘シテ専ラ経営ノ任ニ当ラシメ、其十二月地ヲ今ノ芝区芝浜崎町三番地ニ撰ミテ瓦斯製造場ヲ設ケンカ為メニ工ヲ作シ、越テ七年十二月工場並ニ京橋以南街灯八十五基ノ建設成ル、其瓦斯製造力ハ最大一日凡ソ二万五千立方呎ニシテ其瓦斯定価ハ一千立方呎金参円七十五銭ナリキ、而シテ同八年中街灯ノ建設成リ、之レニ点火セシモノヲ挙クレハ三月京橋以北万世橋浅草橋内街灯百六十二基、五月幸橋山下橋数寄屋橋鍛冶橋呉服橋通リ同三十基、六月浅草橋雷神門同六十基、十一月柳原町ニ同七基ナリ○下略


東京商工会沿革始末 (東京商工会残務整理委員編纂) 第一〇―一一頁〔明治二五年五月〕(DK120036k-0002)
第12巻 p.280-281 ページ画像

東京商工会沿革始末 (東京商工会残務整理委員編纂)
                      第一〇―一一頁〔明治二五年五月〕
○上略斯ノ如ク東京会議所ハ道路橋梁修繕事務ノ外ニ養育院事務、共同墓地事務、瓦斯灯及街灯事務、商法講習所事務ヲ管理処弁シタルニ付キ、委員ハ皆其事務ノ煩擾ニシテ整理完全セザルヲ憂ヒ、且共有金原資ノ漸次減少シテ余分ナキニ至ルヲ憂ヒ、府知事ニ推薦スルニ府下有志者才幹アル者某々等ヲ委員ニ依嘱セラレン事ヲ以テシタルニ、府知事ハ其推薦ヲ納レ、明治七年十一月ヲ以テ渋沢栄一等ニ共有金取締ノ
 - 第12巻 p.281 -ページ画像 
事ヲ嘱托シ、其後翌明治八年四月ヲ以テ此諸氏ヲ会議所ノ委員ニ任シタリキ○下略


会議所伺 第二号明治自六年至七年(DK120036k-0003)
第12巻 p.281 ページ画像

会議所伺 第二号明治自六年至七年
知事       (印)
参事(印)        庶務課(印)
奏任出仕(印)           (印)
会議所惣代西村勝蔵外壱名《(西村勝三)》ヨリ別紙之通願出候儀、御差支モ有之間敷ト被存、御聞届相成可然哉相伺候也
達シ案
書面願之通聞届候事
     (印)   (印)

                         渋沢栄一
当今人望有之者両三名当所ヘ出頭為致度候処、差向キ右ハ下情ニ通シ有名之人物ニモ有之候間出頭相頼申度衆議一定仕候ニ付、御沙汰被仰付度奉願候也
  明治七年第十月       会議所掛総代
                    西村勝三
                    田畑謙蔵
    東京府知事大久保一翁殿
   ○栄一、明治七年十一月東京会議所共有金取締トナリ、同月十七日始メテ新場橋際東京会議所ニ出勤ス。
   ○第二編第二部第六章「政治・自治行政」所収「東京会議所」ノ条参照。


東京商工会沿革始末(東京商工会残務整理委員編纂) 第一二―一三頁〔明治二五年五月〕(DK120036k-0004)
第12巻 p.281 ページ画像

東京商工会沿革始末(東京商工会残務整理委員編纂)
                     第一二―一三頁〔明治二五年五月〕
○上略是ヨリシテ会議所委員等ハ、其組織ノ官民ノ間ニ中立シ名実相適ハザルヲ以テ更ニ純乎タル公選民会ニ改良アランコトヲ冀ヒ、乃チ同年○八年六月九日ヲ以テ其改良組織方案ヲ具シ、之ヲ府知事ニ稟請シタリ、然レトモ府知事ハ元来此会議所ノ組織ハ、府知事ノ諮問ニ備ハルト共有金ノ出納ヲ掌理スルノ目的ニ在ルヲ以テ其稟請ヲ納レザリキ」尋デ会議所委員ハ同年十二月二日ノ会議ヲ以テ其議事ト行務ノ間ニ判然タル分界ヲ劃シ、議事ニハ議事規則ヲ設ケ、行務ニハ行務章程ヲ定メ以テ相混スルコト勿ラシム可シト議決シ、其規則章程ヲ具シテ府知事ニ稟請シ、同月四日其認可ヲ得タリ、依テ更ニ委員数名ヲ選挙シ、従来ノ委員ト合併シテ一団体ヲ為シ、向後委員ノ進退ハ会議ニ於テ之ヲ決行シ、府知事ニ報申スル事トナセリ」尋デ又翌明治九年一月ニ至リ会議所ノ議事行務ノ分割ヲ実施シ、各其権限ヲ明ニシ、更ニ議員即チ従前ノ委員ニシテ議事規則ニ由テ議員ト改称シタル也ノ投票ヲ以テ会頭、副会頭、録事、其行務ノ各科長ヲ選挙シ、渋沢栄一ヲ会頭兼行務科頭取ニ選挙シタリ」


会議所伺 第三号明治八年(DK120036k-0005)
第12巻 p.281-282 ページ画像

会議所伺 第三号明治八年
(朱書)
第三百拾五号
当会議所議事規則行務章程改正向之儀、今般御允裁相成候ニ付、別紙
 - 第12巻 p.282 -ページ画像 
之通議事役撰挙之上投票ヲ以テ行務科頭取会頭副会頭ヲ公撰仕候間、此段上申仕候也
  明治八年十二月二十七日
                 東京会議所 会議所之印
    東京府権知事 楠本正隆殿

    議事役名前書
  会頭行務頭取         渋沢栄一
 ○中略
 右之通御座候也
  明治八年十二月廿七日               東京会議所
   ○東京会議所ノ前身ハ営繕会議所ニシテ、明治維新変革後五年三月廃セラレタル江戸町会所ナルモノノ再現トモ考ヘラルルナリ。江戸町会所ハ、徳川幕府時代ニ於ケル江戸ノ自治機関ト云ヒ得ベク、名主制度ニヨリテ府民ノ広汎ナル行政ヲ掌レリ。而シテ町会所ハ松平定信ノ創業セル所謂七分金ヲ以テ金穀ヲ蓄積シ、府民ノ公共救恤ノ用ニ備ヘタル備荒儲蓄金穀ヲ保有セリ。然ルニ維新後モ其一部ガ戦乱ノ中ニ減ジタリト雖モ尚多額ノ金穀ヲ遺シ、又維新ノ政変アルニ関セズ明治三年一月マデ断続的ニ此七分金積立法ハ実行サレタルガ、町会所ノ廃止ト共ニ府民ノ共有財産ハ一且東京府庁ノ手ニ帰セリ。然レドモ元々此蓄積財産ハ府民ノ所有ニシテ政府ノ管理支弁スベキモノニ非ラザルヲ以テ、当時ノ大蔵大輔井上馨ハ府知事大久保一翁ト共ニ、市民ニシテ信用アル豪商地主数名ヲ招キ、之ニ説諭シテ東京営繕会議所ヲ設立シ、彼七分金儲蓄金額ト旧町会所管理ノ地所トヲ交附シテ専ラ東京市中ノ道路橋梁等ノ修築事務ヲ命ジタリ。其後営繕会議所委員等ハ市民ノ共有金ノ単ニ道路橋梁ノミニ支弁スルニ止リタルニ因リ、更ニ一歩ヲ進メ他ノ公益事業ヲ開設シ府下一般ノ利害得失ヲ衆議スル東京府民会ノ階梯タラント冀ヒ、会議規則ヲ議定シテ之ヲ府庁ニ申請シ、許サレテ五年九月東京会議所ト改称スルニ至レリ。東京会議所ハ営繕会議所ニ東京府ヨリ附托セシ道路橋梁ノ管理事務ノ他ニ次第ニ養育院、共同墓地、瓦斯灯及礦油灯、商法講習所ト其所管事務ハ数ヲ加ヘ煩雑ヲ加フルニ至ル。
   ○共有金取締ノ性質ハ不分明ナリ。然レドモ共有金取締ノ職分ハ上掲「東京商工会沿革始末」ニ見ル如ク、会議所所管ノ諸事務ノ管理及ビ之ガ原資タル共有金ノ管理保全ヲ計ルモノノ如シ。明治八年十二月会議規則及ビ行務科章程ヲ定メテ議事ト行務トノ分界ヲ明カニシ、栄一選バレテ会頭兼行務科頭取ト為ル。
   ○栄一、粟京会議所共有金取締トナリテ東京会議所諸事務ヲ総轄シテヨリ瓦斯事務ヲモ管理ス。而シテ瓦斯掛ハ建設当時ヨリ西村勝三・蔵田清右衛門之ガ掛リニ任ゼラレタリ。抑々東京会議所所管瓦斯事務ハ前身東京営繕会議所ヨリ承継ギシモノニシテ其起源ハ更ニ遡ルベシ、即チ明治四年二月由利公正ノ発意ニテ新吉原ニ瓦斯灯ヲ建設センコトヲ謀リ、横浜ノ豪商高島嘉右衛門ヲシテ其器械ヲ英国ヨリ購求セシメ、同五年六月英国ヨリ瓦斯灯器械来着シ、之ヲ深川清住町旧仙台邸ノ倉庫ニ納レテ保存セリ。蓋シ瓦斯灯建設ノ発起者タル由利公正東京府知事ヲ罷メ、大久保一翁代ツテ其職ニ就キタルタメナランカ。
   ○栄一、関係以前ノ瓦斯資料ハ末尾ニ附セリ。


東京瓦斯七十年史 第七―九頁〔昭和三一年三月〕(DK120036k-0006)
第12巻 p.282-283 ページ画像

東京瓦斯七十年史 第七―九頁〔昭和三一年三月〕
    ○本邦ガス事業の成立
 - 第12巻 p.283 -ページ画像 
    二、東京のガス事業
 旧幕時代、火事は江戸の華といわれた。ことに夜の歓楽境新吉原は不夜城といわれたほど灯火の明るい巷で、それだけにしばしば大火を出したので、東京府知事由利公正は、横浜のガス灯建設計画にならつて、新吉原にガス灯を立てようと計画し、江戸町会所の共有金を以てガス製造器械を買入れることとし、これを高島嘉右衛門に依頼した。
これは横浜の瓦斯社中が建設許可を神奈川県から受けて間もない明治四年二月のことであつた。その翌三月初旬ペルグラン技師(当時はペレゲレンと呼んだ)は横浜、東京双方のガス製造器械を買入れるためイギリスに向け横浜を出帆した。
 註 横浜瓦斯史(第一五一―一五二頁)
  瓦斯建設資材購入のためペルグランが来浜して渡英の途に上つたのは明治四年三月初旬であつた。彼はその途次上海に於て上海仏蘭西瓦斯会社技師たりしユールブリツチを横浜瓦斯社中に雇傭することを取極め、次いで英国並びに仏国に於て横浜瓦斯及び東京瓦斯の建設に要する資材購入を契約し、これが運送に関する手続を終了した後、仏蘭西に於て瓦斯製造の熟練工ペリンガードを雇入れて同年八月十日横浜に帰着したのである。
○中略
 さて、ガス製造器械は明治五年七月に到着したが、この時すでに由利公正は東京府知事を退職していたし、またそれを扱う技術者がいなかつたため、その器械は深川清住町の大蔵省土木寮セメント工場(旧仙台屋敷)の倉庫に保管され惜しくも死蔵されていた。高島嘉右衛門は横浜におけるガス事業成功の余勢を以て、同年十一月保管中の器械を活用せんと「瓦斯灯建設願」を東京府知事大久保一翁に提出した。
 これより先、明治五年二月二十五日丸の内和田倉門内の旧会津藩邸の出火は、折柄の強風に火勢を増し、日本橋・京橋・築地・木挽町界隈までも焼失したので、その復興には銀座を煉瓦建築として、不燃焼市街とする案が都市計画の一環として、既に府知事由利公正によつて計画されていたし、このとき、また高島嘉右衛門から「建設願」が申請されたので、東京会議所は明治六年六月に至り新吉原におけるガス灯の計画を変更し、同所の事業として、ガス灯は、これを府下各所に建設することを決議した。越えて十一月、東京会議所は西村勝三・蔵田清右衛門両名を総代として、ガス灯建設の許可を府知事大久保一翁に出願し、十二月十二日許可を得、翌十三日ガス製造所敷地として芝浜崎町の元丹羽邸跡三千四百二十三坪の貸下げを得た。


摭要録古乾(DK120036k-0007)
第12巻 p.283-284 ページ画像

摭要録古乾            (近世実業史博物館所蔵)
  □書瓦斯灯器械買上ケ金は町会処金之内より一時操替払出可然事
   (判事)
    (印)         (印)
     (北島)
  大参事 (印)
     (平岡)       (印)
  権大参事(印)              (印)
一金壱万八千両也
 右者今般当府下之内江瓦斯灯御取建ニ相成積を以、右新器械御注文相成候ニ付、書面之代金今日請負人高嶋嘉右衛門江可相渡候間、御出方之儀出納局江御達可被下候、此段申上候也
 - 第12巻 p.284 -ページ画像 
   辛未二月廿三日


摭要録古乾(DK120036k-0008)
第12巻 p.284 ページ画像

摭要録古乾            (近世実業史博物館所蔵)
    本証書案
一今度横浜江瓦斯灯取建相成候ニ付ペレゲレンを雇ひ器械買入方等相托し候処、追而東京江も瓦斯灯被取建候ニ付、今又一ケ所之器械注文丈ケ引受爰ニ壱万八千両之金被相渡正ニ落手承諾セリ、然ル上は兼而積り書を以申出セし通り瓦斯灯ニ属せる器械一式ヲ注文し、品之善悪を篤と検査し買調ヒ相渡ス事相違無之候也
                     高嶋嘉右衛門
                     ヱッチ・ペレゲレン
前書之通高嶋嘉右衛門とヱツチ・ペレゲレンと相約セシ上ハ、我等証人ニ相立都テ右ニ付候事件ハ引受可申、且ヱツチ・ペレゲレン義万一不時災難等ニテ其功を不尽時は末々引請所置可致候、右約定相違無之ため奥印ヲ調セリ
  明治四辛未年二月
  西洋千八百七拾壱年第 月日   シーベル・フレンワルド


摭要録古乾(DK120036k-0009)
第12巻 p.284 ページ画像

摭要録古乾            (近世実業史博物館所蔵)
    瓦斯灯取設ニ付インシ子ール英国江
    差立候入費之儀奉申上候書付
横浜彼我市中江瓦斯灯取建方私共願ニ寄御免許受旨未年三月中雇入之外国人インシ子ール英国江差立可申ニ相決、然ル所各国都下ハ勿論家員千軒余之場所ニは必ス取設有之趣ニ伝聞罷在候間、御府下江御取設之儀欠ク可ラサル儀と心付候儘奉申上候所、吉原郭内江御取設相成場所一式引受方ヲも被仰付候趣ヲ以金壱万八千両御下ケ渡、其節前書インシ子ール英国往返入用月給共御差出無之旨御談示御座候得共、篤と勘考仕候処右ニ而は乍恐不公平かと奉存候間、何卒インシ子ール英国往返中月給並旅費とも其入用之割合御下渡之程御憐察被成下置度、且瓦斯灯取建手続ハ別紙書類之通りニ御座候
右は兼而奉願上候心得ニ付此段奉願上候 已上
                    横浜
  申○明治五年四月           高嶋嘉右衛門
    東京府
      御用掛


摭要録古乾(DK120036k-0010)
第12巻 p.284-285 ページ画像

摭要録古乾             (近世実業史博物館所蔵)
  (三島)(川勝)
参事 (印) (印) (印) (印)       常務掛(印)
一洋銀弐万千九拾壱弗壱分
    内
  金壱万八千円      去未二月渡済
   此洋銀壱万七千八百二拾壱弗八分
 差引 割印
   洋銀三千弐百六拾九弗三分  今度渡高
 - 第12巻 p.285 -ページ画像 
右者兼而英国江御注文相成候瓦斯灯器械去月中横浜江着、同所入船町高嶋嘉右衛門より東京積廻し方取計、深川元仙台蔵敷江追々積込申候、就而は彼国より横浜迄着荷揚早々残金相渡候約定ニ付、書面之残金御下渡之儀、同人より別紙勘定書を以申出、尤当時大蔵省御打合中ニは候得共、外国引合之儀ニ付何れ之御金口ニテも繰替御渡シ方相成度、出納掛江御達有之度候也
   壬申七月

(別紙)
    東京府瓦斯灯器械代調書
一洋銀百八拾弗弐分八厘     蒸気積器械手形表
一同五百三拾三弗六分三厘    右同断
一同壱万三千百弐拾四弗五分   帆前器械手形表
一同百三拾弐弗弐分弐厘     蒸気積船賃
一同弐千五百六拾五弗壱分壱厘  右同断
一同拾弐弗九分弐厘       蒸気請合料
一同三百五拾六弗五厘      帆前請合料
一同百九弗七厘         元船積込入用
一同百三拾八弗四分       フランヲール手代口銭《(フランヲールト)》
一同九弗九分三厘        同人手代立替手紙賃其外
一同百八拾三弗四分壱厘     ハンク口銭
一同九百九拾壱弗六厘      九十番フランヲールト口銭五分
 〆洋銀壱万九千五百七拾七弗五分弐厘
      外
  洋銀六百弗         洋暦千八百七十壱年第正月一日より第三月卅日迄ペレゲリン月給
  洋銀三千五百弗       同第四月朔日より第十月三十一日迄同氏月給
  同 千百四拾七弗四厘 同年ペレゲリン氏英国江往返旅費
   〆洋銀五千弐百四拾七弗四厘
   此〆高ノ八拾五分ノ弐拾即ハチ
一洋銀千弐百三拾四弗七分八厘 東京瓦斯会社ノ入費割合ナリ
一洋銀弐百七拾九弗
  是は洋銀弐千七百九拾弗余ノ未七月クラスゴーヲエテ九十番立替金同月より申六月迄十二ケ月分利足
合洋銀弐万千九拾壱弗三分
   内
  金壱万八千両      請取
   此洋銀壱万七千八百弐拾壱弗八分
 差引
   洋銀三千弐百六拾九弗五分
右之通御座候 以上
                  横浜
  壬申六月廿一日          高嶋嘉右衛門(印)
    東京府
      御用掛


摭要録古乾(DK120036k-0011)
第12巻 p.285-286 ページ画像

摭要録古乾            (近世実業史博物館所蔵)
 - 第12巻 p.286 -ページ画像 
    証
一洋銀三千弐百六拾九弗三分     今度御渡高
  外
   洋銀壱万七千八百弐拾壱弗八分 去未二月御渡済
    此金壱万八千円
右者私江御請負被仰付英国江御注文相成候瓦斯灯器械今般着船、横浜表より御府下江積廻し候ニ付、右器械代其外書面之通被成御渡請取申候然ル上ハ器械皆着之上万一損シ又は不足等有之候ハヽ、御不都合之義無之様諸事私引受取計可申候、為後証仍如件
                横浜入船町
                  地処拝借人
  明治五壬申年七月十三日        高嶋嘉右衛門(印)


摭要録古乾(DK120036k-0012)
第12巻 p.286 ページ画像

摭要録古乾            (近世実業史博物館所蔵)
    目録
一洋銀三千弐百六拾九弗三分
      此訳
  弐千四百拾四弗十セント  ヲーンタルバンク為替手形 弐枚
  五百枚          六十弐番手形 壱枚
  五拾枚          同番手形   壱枚
  五枚           同番手形   壱枚
  三百枚          通商為替会社手形 三枚
  弐拾銭          為替座三井組手形 壱枚
   〆
右相渡候也
                     元町会所分課
  壬申七月十四日               出納掛


摭要録古乾(DK120036k-0013)
第12巻 p.286-287 ページ画像

摭要録古乾           (近世実業史博物館所蔵)
参事                   常務掛
    土木寮              東京府
      御中
兼而御談有之候瓦斯灯器械代金並運送其外入費惣高、別紙之通相成候間則差進申候、委細は右ニ而御承知有之度候也
  壬申七月
尚以器械員数銘書何分未タ調方届兼候間、従跡差進可申候也

(別紙)
一洋銀弐万千九拾壱弗壱分     瓦斯灯器械代其外口々入費
一金六百四拾七円四拾銭八厘三毛  運送船賃并人足賃
 此外右運送方ニ付数日骨折候請負人、横浜入船町高嶋嘉右衛門手代共江相応之手当金差遣候積金高不定ニ付不差加候事
 (以下朱書)
 外
  横文翻訳写    一通
 高嶋より差出候
 - 第12巻 p.287 -ページ画像 
  運送入費書写
  諸掛り調書上写
   〆三通添達
   ○添達三通ナシ。


摭要録古乾(DK120036k-0014)
第12巻 p.287-289 ページ画像

摭要録古乾 (近世実業史博物館所蔵)
    東京新吉原郭内瓦斯灯取建
    右器械買上ケ代金其外諸入費積書付
道路惣長延八百拾六間、灯之矩離拾間《(距カ)》ニ付灯数壱本之割を以、凡八拾本より九拾本迄ヲ要ス
灯壱本ニ付千百立方尺之瓦斯を毎月費す事
娼家三拾軒丈ケ瓦斯ヲ要スルトシテ、壱ケ月瓦斯之入用高三拾六万立方尺トナル
右製造之ため壱ケ月石炭四拾八頓を要ス、一日分英斤ニシテ三千六百斤也
    第壱 地面家作之事
壱番家作間口四拾五尺ニ奥行三拾五尺ニシテ石又ハブレツキニ而造築シ家根ハ鉄板ニ而吹立木品ハ一切用ひさるを要ス
                       但和尺以下同断  千百弗
ブレツキにて煙出しを造ル高サ六拾尺               千三百弗
弐番家作間口百尺ニ奥行三拾尺平家壱棟通例之木品ヲ以石或ハ瓦ヲ以外廻りを造候事是ハ瓦斯を冷澄シ或ハ瓦斯を清浄ニスル器械を置所ニ用ユ
                                千六百弗
石炭蔵壱ケ所是ハ家根計ニ而壁なし但間口三拾尺奥行百尺      千弗
東河岸通り 伏見町 竪九十八間四尺 幅二間 江戸町弐丁目 竪九十八間四尺 幅四間 隅町 竪九十八_四尺 幅四間 京町弐丁目 竪九十八間四尺 幅四間 大門 仲ノ町通り 竪百四拾八間五尺五寸 幅四尺 裏門 江戸町壱丁目 竪九十間 幅四間 揚屋町 竪九十四間 幅四間 京町三丁目 竪九十間 幅四間 西河岸通り 惣延間数八百二十六間五尺五寸 灯□七十二 十間一灯ノ□ 門所五十間下リ四ヨリ六灯加也
 - 第12巻 p.288 -ページ画像 
三番小二階屋壱棟二階下ハ瓦斯取扱所壱部屋器械物置壱部屋二階上四部屋ニ分チ住居ニ用ユル事右木瓦ニ而造ル
                                 弐千弗
四番家作日本普請弐軒壱ケ所ハ仕事場壱ケ所ハ職人部屋ニナル     千弗
右第一〆高八千弗
    第二 英吉利江注文之器械代料之事
瓦斯釜ニ而用ユル石炭蒸シ之為ニ要スル瀬戸物器械拾弐並竈四ツ    七百三拾弗
瓦斯出シ器械拾弐本                        四百弐拾弗
右拾弐本より壱ケ所ニ受ケテ瓦斯箇径《(筒カ)》リ壱尺五寸長サ弐拾尺 弐百四拾弗
瓦斯ヲ冷澄スル器械径リ五寸長サ弐拾尺之箇並ニ石炭油箱弐ツ     五百弗
瓦斯掃除器械径リ三尺高サ壱丈ノ鉄桶                弐百七拾弗
鉄鍛《(マヽ)》ニ而造タル五尺四方之箱弐ツ石炭ヲ入ル器械      五百弗
瓦斯メートル一日三万六千立方尺ノ瓦斯ヲ計ル器械          三百六拾弗
鍛鉄製瓦斯溜壱ツ径リ三拾七尺高サ拾四尺半             千弗
水溜鉄桶壱ツ寸法瓦斯溜より稍大ナリ                弐千弗
瓦斯ヲ出入する器械弐ツ並溜ヲ受テ傾ケさるため之柱六本是ニ属スル車其外小道具共 四百弗
瓦斯番器                             弐百弗
マノメートル瓦斯配当之高ヲ計ル器                 弐百三拾五弗
瓦斯止メ器弐拾五                         五百弗
鍛冶銅壷師其外職人共是ニ携ハル器械一式並火焼道具竜吐水共     千百七拾五弗
ゴム鉄粉塗油鉛類瓦斯管繋ギノタメニ用ユルモノ           五百弗
屈曲瓦斯管径リ五寸百五拾本                    六百弗
同断直管径リ五寸長九尺八拾本                   三百六拾弗
前同断之鉄管一千五百尺                      六百八拾弗
仲之町通リ江引ク三寸弐分鉄管                   四百四拾弗
横町々々江引ク壱寸六分鉄管凡四千尺                五百九拾五弗
郭中出火之節瓦斯止メ十四ケ所                   弐百六拾弗
瓦斯灯籠並鉄柱ランプ共                      千五百弗
第壱第弐
 惣〆弐万千四百六拾五弗
    第三 運賃海上請負並仕立方其外諸入用
諸器械欧羅巴より積来ル目方凡弐百頓右之内半分ハ帆前船半分ハ蒸気船此船賃  四千弗
海上請負元金壱万三千四百六拾四弗之処弐万弗ト見積リ此三分     六百弗
ペレゲレン往返旅費弐ツ割                     六百弗
第二等インジ子ヤ旅費                       五百弗
ペレケレン給金弐ツ割壱ケ年                    三千弗
第二等インジ子ヤ給金壱ケ年分                   弐千四百弗
瓦斯竈築立入費                          五百弗
釜組立入費                            七百弗
釜元所々地形                           弐百弗
瓦斯取建手伝人足                         四百弗
 - 第12巻 p.289 -ページ画像 
管埋込ミ入費長サ八千尺但百尺弐弗半ニ而              弐百弗
惣〆三万四千五百六拾五弗
    内訳
 第壱〆高八千弗
 第弐〆高壱万三千四百六拾五弗
 第三〆高壱万三千百弗
右之通

  新吉原瓦斯元より凡日本橋最寄迄瓦斯灯配置スル
  見積
 家作建築入用          壱万〇六百弗
 惣器械之代料          弐万千六百九拾五弗
 海上請負より船賃其外諸入用   壱万六千七百弗
 惣〆四万八千九百九拾五弗
右之通


摭要録古乾(DK120036k-0015)
第12巻 p.289-290 ページ画像

摭要録古乾            (近世実業史博物館所蔵)
    瓦斯灯ニ要スル石炭代銀凡積書
壱ケ月瓦斯之入用惣高四拾七万立方尺ヲ費ス、此石炭目方四拾八頓ヲ要ス、則吾カ壱万三千〇〇八貫目也但壱頓ハ吾カ弐百七十壱貫目
    此訳
 灯壱本ニ付壱ケ月千百立方尺之瓦斯ヲ費ス、此石炭目方三十貫〇四百四拾四匁弐分五厘五毛余
  此石炭代
   銀三拾九匁九分五厘八毛余也 但石炭拾六貫目ニ付代銀弐拾壱匁壱貫目ニ付代銀壱匁三分壱厘弐毛五糸替
 灯数百本ニ付壱ケ月拾壱万立方尺之瓦斯ヲ費ス
 此石炭目方三千〇四拾四貫四百弐拾五匁五分余
  此石炭代
   銀三貫九百九拾五匁八分〇七毛余 但前同断
 右之灯壱本一夜銀五匁之税ニシテ、百灯ニ付壱ケ月之税銀拾五貫目也、内石炭之代銀三〆九百九拾五匁八分〇七毛八糸除
  差引残銀
   拾壱貫〇〇四匁壱分九厘弐毛弐糸也 但諸入費除之
 娼家大小交り瓦斯入用高壱ケ月三拾六万立方尺
 此石炭目方九千九百六拾三貫五百七拾五匁
  此石炭代
   銀拾三貫〇七拾七匁壱分九厘弐毛 但石炭十六貫目ニ付代銀弐拾壱匁壱〆目ニ付代銀壱匁三分壱厘弐毛三糸替
 右者壱ケ月燭油ヲ費ス凡積弐拾五両より五拾両ニ至ル平均ニシテ、三拾七両弐分トナル者三拾軒此合金千百弐拾五両也、内石炭之代銀拾三貫〇七拾七匁壱分九厘弐毛除ク
  差引壱ケ月之残
   金九百〇七両ト銀弐匁八分壱厘也 但諸入費除之
 合差引残金壱ケ月分
  金千〇九拾両壱分三朱ト
 - 第12巻 p.290 -ページ画像 
    銀六分五厘弐毛余
右之通


街灯瓦斯建設書類 自明治六年至同八年庶務課(DK120036k-0016)
第12巻 p.290-292 ページ画像

街灯瓦斯建設書類 自明治六年至同八年庶務課 (東京府文庫所蔵)
先般及御懸合候瓦斯灯器械之儀者、最初無代引受之積ニ有之候所、代金既ニ於其御府市中積金より取替払ニ相成候様之風聞も有之、種々紛云も有之由ニ付、於当寮他日苦難ヲ受候様成行候而者致迷惑候ニ付一ト先書類御返却ニ及ヒ候、尤代金其佗後来差縺無之様御所分済之上ニ相成候得者於当寮建築之儀ハ取扱候而も不苦候、此段及御聴合候也
  明治六年二月十八日             (土木寮印)
    東京府               土木寮
      御中

    (一翁)
知事   
    (川勝)                    (印)
参事   (印)                庶務本課 (印)
    (相原)(黒岩)                 (印)
奏任出仕 (印) (印)                  (印)
    土木寮御中
瓦斯灯器械之儀当春以来御掛合之末尚御詮儀之次第有之ニ付、方今如何相成候哉云々御問合之趣承知いたし候、即会議所江申達候処、別紙之通申出候間書面其儘御廻申候、可然御承知有之度此段及御回答候也

瓦斯灯器械之儀、当春逐次御懸合之末尚詮議之次第有之候ニ付、右瓦斯之儀即今如何相成居候哉其筋巨細御取調有之度、且時機ニ寄リ当寮ニ引受候ハヽ如何様之手続ニ而御引渡被成候我、夫是至急御申越有之度候也
  明治六年六月廿七日            土木寮
    東京府
      御中

瓦斯灯之儀去ル六月廿七日、即今之模様如何相成居候哉其筋巨細御取調有之度、且時機ニより当寮ニ引受候ハヽ如何様之手続ニて御引渡被成候哉之旨御懸合申置候処、干今御回答無之依而再ヒ御懸合ニおよひ候、至急御回報有之度此段申入候也
  明治六年七月七日             土木寮
    東京府
      御中
知事                          (印)
参事                     庶務本課 (印)
    (朱書)                    (印)
奏任出仕 黒
    土木寮御中
瓦斯灯器械之儀先般及御回答置候処、別紙之通会議所ヨリ申出候間書面御廻申上候、可然御処置有之度候也
  八月十日
 - 第12巻 p.291 -ページ画像 
(別紙)
  土木寮より御掛合之書面拝見評議可仕旨承知仕候

瓦斯灯器械之儀者、市中積立金より取替払相成候義相違無之事ニ候、然ル処右器械者当時不用相成候ニ付、売却致し積立金江戻し置候筈ニ候得共、如此良器械市中之為筋ニ相成候ハヽ至当之事と存候間、土木御寮江差出し代価御下渡し之義相運ひ候也、乍然向後御苦難之御遠慮も被為在候ハヽ右御見合相成候様仕度、売却等之義尚会議之上可申上候也
  明治六年二月         会議所当番
                         (朱印)
                    鹿嶋清兵衛 (印)
                         (黒印)
                    藤田東四郎 (印)
    御掛
     御中
知事                        (印)
                          (印)
参事                   庶務本課 (印)
    (相原)(黒岩)               (印)
奏任出仕 (印) (印)                (印)
    土木寮御中
瓦斯灯器械之儀ニ付、会議所ヨリ尚又別紙之通申出候間否至急御回答有之度此段申進候也
  八月十三日
(別紙)
本府御買上之瓦斯灯器械者悉町会所積金より仕払相成候ニ付而者、右御不用相成候ハヽ払下ケ本積金江操戻《(繰)》し可申筈ニ候得共、追々都会開化ニ進歩候処街中常夜灯無之而者繁華ニ相当不仕、且兼而常灯御取立之御達も有之候由承知仕候ニ付、瓦斯会社為取結右常灯を、瓦斯ニ仕度、依而者積金之内右会社江拝借被 仰付追々株切手等も相願本江操戻し候様仕度、拝借中者相当之利金差出し可申義と奉存候、方法委曲之義尚追々可申上候、此段会議之上奉願候也
  明治六年第六月           会議所 東京会議所印
    御掛御中
                 会社人名
                    斎藤純蔵
                    田端謙蔵
                    林留右衛門
                    岡田平馬
                    藤田東四郎
                    西村勝三

瓦斯灯造営之儀者是迄之通会議所取扱可然儀ニ付、当寮ニ於テ異存無之候条右様御知有之度、依而別紙書類三種返却此段及御答候也
  明治六年八月廿三日
                        土木寮
 - 第12巻 p.292 -ページ画像 
    東京府
      御中
   ○別紙書類三種不明ナリ。
   ○由利公正ノ発意ニテ英国ヨリ購入セシ瓦斯器械ハ、名義上東京府ノ購入セシモノナルガ其代金ハ共有金ヨリ支払ハレタリ、而シテ其器械ハ来著後深川清住町仙台邸倉庫ニ納入保管セラレタリ、然ルニ何故仙台邸倉庫ニ納メタルヤハ詳カナラザレドモ、多分器械保管倉庫ナキタメ東京府ハ之ヲ大蔵省土木寮ニ仮托シタルモノノ如シ、前掲資料ニ見ユル如キ東京府ト大蔵省土木寮トノ交渉ハ、当時瓦斯建設ニ就キ東京府ハ建設方ヲ土木寮ニ依頼シタルモノナリ、然ルニ後掲工部省製作寮出張所ヨリ推シテ、仙台邸倉庫ハ営繕事務ニ属スルモノナリ、瓦斯器械ハ来著ニ際シ大蔵省土木寮営繕事務ニ附托保管サレ、瓦斯建設ニ著手セス其儘ニテ放置サレタリ、営繕事務ハ明治三年七月営繕司ヲ大蔵省ニ置キ、民部省土木司ヨリ移属ス、同四年八月改メテ寮トナシ、二等ニ班シ、同十月之ヲ廃シ工部省所轄ノ土木寮ト併セテ之ヲ大蔵省土木寮ニ被管ス、同七年一月土木寮ヲ内務省ニ属スルヲ以テ之レニ随伴ス、同月土木寮中ノ営繕事務ヲ分離シテ工部省ニ属シ製作寮ノ所管トナス、斯クノ如ク営繕事務ノ移管ト緒ニ仙台邸ハ其被属ヲ転ス、明治七年一月内務省土木寮ノ営繕事務ヲ工部省ニ割属ノ日、製作寮之ヲ継承シ、同二月摂綿篤製造所ヲ深川製作寮出張所ト称スルニ到リ、更ニ同十年一月同寮ヲ廃シ工作局ヲ置クニ及ンテ、之ニ転属シテ深川工作局ト改称ス、同十六年四月之ヲ廃シ、其工場ヲ人民ニ貸与シ、同十七年七月之ヲ浅野総一郎ニ売与ス、即チ現在ノ浅野セメント工場ノ所在地ナリ。


瓦斯局書類 自明治六年至同九年会計課(DK120036k-0017)
第12巻 p.292-294 ページ画像

瓦斯局書類 自明治六年至同九年会計課     (東京府文庫所蔵)
    九月十日 雨
一瓦斯灯器械   一式 此代金弐万弐千円
 会議所積立金之内
一金八万円
右瓦斯灯器械者於本府会議所積立金之内を以而兼而御買上相成候処、其後御不用相成候ニ付而者御払下ケ積立金江繰戻し可相成筈ニ候得とも、府下追々繁華相増、瓦石営造之家屋盛ニ相成瓦斯灯無之而者右景気ニ相当不仕、乍然入費莫大ニ付人民自費ニ難及、幸前器械積金ヨリ操替有之且積金之内右取立入費《(繰)》ニ操替候而も差支無之候間、私共会社取立瓦斯灯設立仕度、右器械会社ニ而引請更ニ積金之内八万円無利足を以借用仕、出来之上株手形其外収納金を以追々操戻返納仕度奉存候猶又器械代金も借用金同様無利足を以而出来之上返納仕度、瓦斯灯設立之義者人民便利之為ニ候間右両様共会議ニ於而異議無御坐ニ付、此段御聞済被成下度奉願候 以上
  明治六年第九月十日        瓦斯灯会社
                       杉村甚兵衛
                       蔵田清右衛門
                       林留右衛門
                       西村勝三
  (朱書)       (東京府印)    岡田平馬
  「書面願之趣聞届候事   藤田東四郎
  明治六年九月十四日」           田畑謙蔵
                       斎藤純蔵
 - 第12巻 p.293 -ページ画像 
    東京府知事 大久保一翁殿
前書調印相済候ニ付、今日午前九時西村勝三代人藤本真を以而差出候処川上大属御請取相成候 但シ両通差出し候事
    十二日 雨
高嶌屋並野田彦三同伴ニ而罷越、瓦斯仕様荒増之見込書持参、斎藤・田畑・藤田・林・依田諸氏江種々相談有之、書面者先預り置追而此より可及挨拶旨相答両人退出
    十四日 雨
去ル十日差出候願書朱書を以而御聞届相成候、右願書面川上大属御持参相成ル (会議所用紙)
                           (印)
    (一翁)                   (印)(印)
知事            庶務本課 (印) (印)
  (川勝)
参事 (印)                 営繕取扱 (印) (印)
    (与倉) (千田)                 (印)
奏任出仕 (印)   (印)          地券取扱
       (印)                  (印)
         (印)

瓦斯灯取設之儀別紙之通会議所ヨリ願出候、別段差支之筋も無之間御聞届相成、右之通正院・大蔵省江御届相成可然哉相伺候也
     (朱書)
  十二月達案
(朱書)
書面願之趣聞届候事
    右大臣 岩倉具視殿
府下会議所頭取之者ヨリ瓦斯灯取設之儀別紙之通願出候、右ハ客歳横浜ニ於而も已施行相成、方今府下夜灯之設有之方可然、且人民開化之一端ニも相成可申、幸ヒ旧町会所於而買入候器械其儘廃置候も可惜ニ付別段差支之筋も不相見候間、先試ニ取立方聞届候間此段御届申上置候也
    大蔵省江も
 同断
   ○此達案ハ年号ヲ欠クモ明治六年ナルベシ。

近来万国都会繁華之地者率子瓦斯灯を相用ひ黒夜終霄白日ニ異ならすと承知仕候、客歳於横浜右瓦斯灯取立免許相成当今追々盛大之趣ニ相聞候、於東京も京橋以南煉化石屋営造相成追々家屋も右ニ相倣可申、左候ハヽ瓦斯灯自然可相用時勢と存候ニ付、今般於当所衆議之上瓦斯灯取立、先差向大道街灯ニ相用申度存候、兼而町会所之節買入候瓦器械有之《(斯脱)》、右者吉原妓院ニ相用候積之由小器械ニ而大都会ニ相用候ニ者不足ニ候得とも、其儘廃置候者可惜事候間今般先試ニ取立度決議仕候尤建築出来之上者人民之望ニ従ひ会社取設永続為仕可申候、何卒瓦斯灯取立之儀免許被仰出度、別紙方法概略相添此段奉願候 恐惶敬白
  明治六年二十九日《(月ヲ欠ク十一月カ)》  会議所惣代
                             (黒印)
                         西村勝三 (印)
                         蔵田清右衛門 (印)
    東京府知事 大久保一翁殿
 - 第12巻 p.294 -ページ画像 
(別紙)
    瓦斯灯建設方法概略
一此瓦斯製所者芝海辺ニ於而三千坪の地を要す
一右器械者五十万立方尺の瓦斯を製し得へし
一右一千立方尺の瓦斯を以而灯壱基の用とす、五十万立方尺の瓦斯ハ五百基の灯を設くるを得へし
一瓦斯灯ハ東京新橋より筋違橋迄壱丁毎ニ五基、本町壱丁目より浅草橋まて同しく凡二百五十基を立つへし
 其余二百五百基《(十)》ハ築地新橋辺の人家需ニ応して建つるを得へし
一右瓦斯造立入費大略
一三万二千五百円  瓦斯灯器械一式
一三万九千円    建築入費
一洋銀弐万千七百弗 街灯五百基代価並建築入費
一右瓦斯を買んと欲するものハ一千立方尺ニ付価三円七十五銭を要す
一五十万立方尺の瓦斯価千八百七十五円を毎月収むるを得へし
一右建設者十二ケ月を費すへし
   右


街灯瓦斯建設書類 白明治六年至明治八年庶務課(DK120036k-0018)
第12巻 p.294-295 ページ画像

街灯瓦斯建設書類 自明治六年至明治八年庶務課 (東京府文庫所蔵)
 第二大区小三ノ区芝浜崎町三番地
一地坪三千四百二拾三坪余
 右者瓦斯灯取立場所ニ御渡シ相成正ニ奉請取候也
                            (朱印)
  明治六年十二月               会議所 
    庶務本課
       御中
    (欄外)
    (一翁)
    
    (相原)                    (印)
秦任出仕 (印)                 庶務本課 (印)
                            (印)
 製作寮出張所
      御中
其御出張所先般当府附之節邸内蔵中江瓦斯灯器械入置、其後右邸土木寮建築局江引渡之節其儘差置候間、右器械今般当府江受取申度、依而ハ明後廿七日官員差出候間御引渡有之度、此段及御掛合候也
  二月

瓦斯灯器械御受取之為明廿七日御官員御出張被成候由承知致候、其節御引渡可申此段御答申候也
  明治七年二月廿五日          製作寮出張所
    東京府
      御中
  以書付御頼申入候
当会議所と御約定御府下瓦斯灯建築方費用追々出来、形ニ応し御渡相
 - 第12巻 p.295 -ページ画像 
成候得共見込之手配且手元之事業旁金渇仕候ニ付、建築費用御渡残金引宛を以第一国立銀行より金壱万円借受候積りニ御坐候、依而ハ返金方期限ニ至り調達行届兼候節ハ瓦斯建築費用残金之内右員数丈ケ御引留メ銀行江直ニ御渡し可被下、右御承知之上ハ其段銀行江可申入候間此段御頼申候 以上
  明治七年第六月四日       高島嘉右衛門代
                        (朱印)
                    野田彦三 (印)
    会議所
     瓦斯灯御掛中

本文之趣承届候也
                    会議所 


瓦斯局書類 自明治六年至同九年会計課(DK120036k-0019)
第12巻 p.295-297 ページ画像

瓦斯局書類 自明治六年至同九年会計課 (東京府文庫所蔵)
  於東京瓦斯灯取建一件ニ付岡田平蔵君より御依頼ニ任セ左之通申述候
一第一瓦斯灯取建之義ハ確定したる期限より勉励を尽し日積りを減する事を専らにす、右諸機械之之義《(衍)》ハ三万弐千フヒートの長きに用ゆる管数並灯柱之数四百本是而已不足にして、其外之諸械《(機脱カ)》ハ現在当地ニ有之候間、大凡左之月割ヲ以建築方取掛る日より凡八ケ月之間に成業ならしめんと見込有之候、依而此期限ニ引受ケ可申と存候
一取建場所測量いたし絵図面曳立《ヒキ》、且不足新機械欧羅巴江註文可致迄之期限凡壱ケ月也
一地中機械据置方並家屋建築方、且註文之新機械当地安着迄之期限等凡四ケ月也
一諸道江管之埋方其外地中之諸働且灯柱取建等迄ニ而此期限凡三ケ月也
 右は大凡拙者之目的之期限ニ候、然りと雖も註文機械運送方海上ニ而不幸ニして相滞又地震大風雨等天変有之節、且御国人職方不馴ニ而難捗取節は定期月より成巧延引《(功)》なるへしと存候
一第二拙者御雇入定約之義凡八ケ月間は相掛り可申、是は瓦斯取建方ニ付事実要用なる時限ニ有之候、併貴国ニ而瓦斯灯取建之義ハ御国人数名之職方江瓦斯ニ関係セる数多之技術無相違様教授致候義要用ニ候、然ルに右は御国内新規之職業ニ付而は、取建方其町数之四分之一も成業相成候場合ニ至り仕損し等見出し候事必定ニ可有之、尤精々注意ヲするといへとも職方不馴なれハ是以無余義事ニ候、旁再三再四時日ヲも費可申候也、依而定約期限は、都合宜敷候ハ継々ニ而凡弐ケ年も取極之義可然歟と勘考仕候也
一第三右申述候期限ニ製造方成業相成候様仕度、就而は外国之職方二名職業補助之ため御雇奉希候、其内壱名は地中機械据付方専務ニして、則瓦斯溜りより是を他江引事僅弐三ケ月之間ニ成巧相成候様致《(功)》し度、此もの義ハ横浜諸店之内ニ而心当り有之候、且其者給料之義は前件報告之次第ニ而諸入費御計算之上ニ而御取極可然と存候、又他之壱名は瓦斯建築手伝械師ニ付、期限ヲ以正ク定約ニ而御雇入有之
 - 第12巻 p.296 -ページ画像 
度、此者義ハ横浜相上海之内《(歟カ)》ニ而相尋候ハヽ出来可申、併最初家屋取立中ハ測量中之三ケ月間ハ入用ニ無之者ニ候得とも、欧羅巴より新機械当着之上《(到)》ニ而此もの要用ニ有之候也
一第四前申述候通り瓦斯灯製造方御国職方之者江教授致し候義ハ容易ニ出来不申ニ付、右手伝械師勤向は粗此教授方を専ニ為致度、就冊は製造成巧後《(功)》も数ケ月教授為致候方可然、右ニ付此もの定約期限は可相成丈長キ月数御定メ相成候方可然、右御雇期限勘考いたし候処凡三ケ年間ヲも期限として可然歟、尤今般之御雇期限相済改メ而御雇ニ而も可然歟、乍去是は其節之都合ニより候事ニ御座候なり
 右定約期限之長短ハ会議所之御所置ニ有之候事ニ候得とも一応報告仕置度候、且又横浜瓦斯社頭高嶋嘉右衛門と取極たる拙者之前約定書為御承知差添差進申候、尤其約書中ニ有之候器械為注文ロントン府江旅行し、又上海より横浜迄之旅中之件々第四ケ条ニ記載有之候分、且第十一ケ条之部ニして拙者前約定期限中高嶋方ニ而東京江瓦斯取建候時は云々と申義有之候得とも、全ク是等之三件は可取除ケ条之有之《(ニ)》、其他之ケ条は其儘御用ひ相成候ともよろしく義と存候也右件々御報知申進度如此御坐候也 頓首謹言
   在横浜千八百七十三年
     第六月二十一日           ユツチ ペレケン
                              手記
    東京会議所御中
                          (会議所用紙)
   ○右「ユツチ・ペレケン」ナル者ハ高島嘉右衛門ノ横浜ニ瓦斯会社ヲ建設スル為メ招聘セル在上海仏人技師ナリ。原名 Henri Pelegrin 通称「ペレゲレン」ト云ヘリ。

    高嶋屋とペレケレンと之約定書
一第一ケ条 此度 政府之免許を得て、横浜江瓦斯灯を取建るニ付而者、ヘレケレンを雇ひ、器械を取建、瓦斯製方を管轄せしむる也
一第二ケ条 其所為者絵図を引き、器械を注文し、品々善悪を見極メ其建築方を司り、日本之石炭を用ひ、其外諸入用之品々を吟味し諸事瓦斯之事を取扱ひ、尤入費者見積書と大同小異者あれとも格外之事ハあるましき事
一第三条 ヘレケレンハ直ニロンドン江出発し器械を注文し、其製造を検査し、一両輩の欧羅巴械師を雇ひ来るへき事
一四ケ条 旅中も平常同段月給を取り、往返之旅費も都而高嶋屋より差出し、且ペレケレン雇入中は瓦斯取建場所之最寄を
 政府江願之上住家を建貸遣し、月給相渡、瓦斯社中之用ニあらさる其身ニ属する品衣食等総自分入費たるへき事、尤是迄既ニ三ケ月之間ハ空敷此社中之為ニ此地ニ滞留なし、上海より日本江之旅費もあれハ是を差含ミ六百弗直ニペレケレン江可渡事、月給ハ月々五百弗と極メ、毎日西洋月末《(月カ)》ニ可払事
一第五ケ条 ペレケレンハ、横浜瓦斯社中之器械師ニ雇ひ切りたれとも、瓦斯ニ全く関係せさる事ニ付、若し高嶋屋より此者ニ托す事有
 - 第12巻 p.297 -ページ画像 
之時、新ニ約定を取替し、瓦斯之事とハ区別を立、全く新規之事ニなすへし
一第六条 此度之約条者我明治四辛未年二月十二日、西洋千八百七拾一年第四月朔日より二ケ年之間雇期限定メたり、然れとも大病之事有之、外国医師両人江為見、此国を去り可申事之書面を出したる時ハ別段償金を不出して暇をとり、帰国なす時ハ其日迄之給料を出すへき事
一第七条 又双方意ニ的し約定期限之後も尚此者を雇ひたく望ミある時ハ、遅くも六ケ月前ニ談判いたし取極可申事
一第八条 万一病気差起り前約之通り帰国いたし候節者勿論、斯限相済候而帰国《(期)》いたし候とも、帰国之節之旅費差出し不申候事
一第九条 ヘレケレン死去いたし候時ハ約条終り之事、但し葬式其外始末之義者社中ニ於而一切関係無之事
一第拾条 ペレケレン之所業高嶌屋其外社中之意ニ不的事有時ハ、其事ヲ明し暇差出すへき事、且雇中其身ヲ勝手ニする時者期限中ニ而も給料を不払して暇差遣スへき事
一第十一条 東京瓦斯取建候事あら者、月給諸費等別段受取事なし、東京横浜往返之入用而已高嶋屋より可差出候事
右之通り約定いたし惣方調印《(双)》いたしたり
  明治四未年二月十六日
                横浜
                 瓦斯社頭
                    高嶋嘉右衛門
                    ヱツチ ペレゲレン
此度高嶋君社頭ニ立、横浜市中並外国人居留地迄瓦斯取建之免許を政府より与ゐり《(マヽ)》、是偏ニ横浜盛大ニ可相成時と思へり、依而我等請人ニ相立、瓦斯インジニヤ仏国人ペレケレンと申者、芸業慥ニ付世話致し候事、然る上者同人身分不事災難等《(時)》ニ而自然成切《(功カ)》ニ至り兼候事件出来いたし候節者、代りインシニヤ相尋相尽し可申候、尤右入費者社中より差出し可申事
                    シーベル ブレンワルド
                         (会議所用紙)


瓦斯局書類 自明治六年至同九年会計課(DK120036k-0020)
第12巻 p.297-299 ページ画像

瓦斯局書類 自明治六年至同九年会計課     (東京府文庫所蔵)
(朱書)
「瓦斯灯取建方高嶋嘉右衛門本府願書差出候写」
    瓦斯灯取建方願書
瓦斯灯施設之法方と其便利トノ儀は兼而官許ヲ以而当今現ニ横浜港内ニ於而施行罷在候処、聊故障無之人々其盛大を希望仕候様相成、起立之節とは相変り拒絶仕候者壱人も無之、実ニ百聞は一見ニ不若、当港之景況更ニ面目を変候姿ニ御坐候、就而は御府ニ於而御注文相成候瓦斯器械其儘御仕舞被為置候趣ニ承知仕候得とも、右器械之儀は鉄器ニ有之候は錆朽之憂も不少、且亦右注文教師ペレゲレン帰国後ニも相成候得は、外教師御雇相成候而も彼是器械之可否等申出必然多分之御損失可相立、旁以莫大之金高品其儘御捨置相成候も歎ケ敷と奉存候間、
 - 第12巻 p.298 -ページ画像 
右器械私方江御任セ被下、新橋ステーシヨンより日本橋迄之街道取立候儀被仰付度、然ル上はペレゲレン引留右事業ニ為取掛器械代価之儀も成功之上より割済上納可仕、第一開化之進歩を相助ケ其末莫大之御損失をも相贖、尤以可然義と奉存候間此段奉願上候、教師ペレゲレン帰国ニ相成候而は迚も難及義と奉存候間、若シ御採用相成ニ於而は至急御沙汰被下置度此段奉願上候 以上
  壬申○明治五年十一月        横浜瓦斯会社長
                       高嶌嘉右衛門
                    代兼
                    木挽町五丁目
                       高嶌徳右衛門
    東京府知事 大久保一翁殿
                         (会議所用紙)

    東京新橋より日本橋辺迄瓦斯灯ニ付申上候書付
東京吉原町江御取立之御積を以て欧州《(洲)》ヨリ御取寄之瓦斯灯器械一旦御模様替相成以来、今以其儘相成居御不益之至と奉存候ニ付、此程已ニ新橋ステーシヨンより日本橋大手前まて御取建相成度旨奉願上置候処、未タ御沙汰不相成、元来瓦斯灯之弁理ハ、横浜表ニおゐて現ニ施行罷在、衆人之珍重不大方義ニ而灯油蝋燭之費用を省キ其益不少義と奉存候、幸ひ未タ瓦斯灯教師ペレゲレン其外器械師等も猶横浜瓦斯会社雇中、旁以御都合可宜敷奉存候間、別紙瓦斯仕様並利益見込調書奉差上候、願之通御採用器械御下ケ渡相成候上ハ、月々益金を以金高ニ割合器械代返納可仕候間、速ニ御沙汰奉願上候 以上
  明治六酉年一月八日
                  横浜湊町五丁目
                     高嶋嘉右衛門
(別紙)
    東京新橋辺より日本橋大手前迄瓦斯灯
    取建費用並利益調書
一金弐万弐千両也    英国より御取寄瓦斯キカイ代一式見込
一金三万両也      瓦斯元釜所其外管伏込迄費用一式見込
一金壱万両也      器械買足し見込
  是者元吉原町丈ケ江御取建可相成御見込之キカイニ付、灯籠其外不足器械買入可申見込ニ御坐候
 合金六万弐千両也   見込通計
   壱ケ月仕上見込調へ
一金六百六拾両也    唐津石炭六十六トン壱トン金拾両ツヽ見込
一金三拾両也      石灰三千斤百斤ニ付金壱両ツヽ見込
一金弐百五拾両也    インシ子ール壱ケ月給料
一金百五拾両也     器械師壱人月給
一金六拾両也      火焚六人壱人ニ付金拾両ツヽ見込
一金五拾両也      火配五人右同断見込
一金五拾両也      帳場其外手代月給見込
一金百両也       壱ケ月小買物見込
一金弐百両也      釜元其外終復料見込《(修)》
 - 第12巻 p.299 -ページ画像 
〆金千五百五拾両也
     内
  金三百六拾両也 コーク三十トン壱トンニ付金拾弐両見込
差引
 金千百九拾両也    全ク入費見込
一消失瓦斯五拾万立方尺積 壱ケ月
  此売出直段金千八百七拾五両也 但現ニ横浜瓦斯代一千立方尺ニ付金三円七十五銭之割
     内
   金千百九拾両也  壱ケ月費用引

 残益金六百八拾五両也
 即壱ケ年
  益高金八千弐百弐拾両也
右者発行弐ケ年目之目撃私用人追々相増候上《(使カ)》ハ已後三ケ年之間年々益金高五割ハ相進ミ可申見込、尤西洋各国ニ而者取建費用惣高ニ年壱割八分余之利益ニ相当仕候節ハ、瓦斯代減少可仕規則之趣ニ御坐候間此段奉申上候 以上
  明治六酉年           横浜湊町五丁目
    一月八日              高嶋嘉右衛門
                      (東京高嶋用紙)

瓦斯灯建築不遠落成相成候処点火入用物品之義ハ、其節横浜瓦斯会社准備之内ヲ以テ譲ヲ受当分之処差支無之見込之処、今般高島石炭政府御払止被仰出候ニ付第一必用之石炭差支候趣申出候、依之右売捌人先般会社江及掛合候処、鉱山寮伺済之上、七百噸壱噸金九円横浜渡来十二月十五日限御払下相成候趣ニ付、右買約定致置候而ハ如何歟ニ存候右者兼而御委任相成居候建築外之義ニ御坐候得共、当今より手当致置不申候ハヽ点火之期ニ到り差支可申ニ付此段御相談ニ及候也
                      瓦斯灯掛
  (朱書)
 「小印済本書ハ瓦斯掛筒井氏江渡シ置候事」
                      (会議所用紙)


摭要録古乾(DK120036k-0021)
第12巻 p.299-300 ページ画像

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摭要録古坤(DK120036k-0022)
第12巻 p.300 ページ画像

摭要録古坤             (近世実業史博物館所蔵)
    木挽町江瓦斯元取建新橋より筋違
    本町壱丁目より浅草見付迄元管布列
    凡積調書
一金千五百両也     元場所平均廻リ囲ヘ其外とも一通一式入用
一金弐千五百両也    器械組立所建物一式入用見込
一金四千八百両也    西洋人住居並会社兼西洋形建物壱棟六十坪見込
一金千六百両也     石炭納壱棟立瓦ニ而一式仕上ケ入用見込
一金千六百両也     物置納屋壱棟右同断
一金三千両也      釜元石積上地形其外一式入用
一金弐千両也      メートル地形並組立とも一式
一金千五百両也     火薬釜築立煉化石石灰砂利砂とも代見込
一金千五百両也     鍛冶場見張所其外とも小建物一式見込
一金三千両也      布列管延長六十丁見込掘返し元形直しとも壱間ニ付金五十銭見込如此
一金壱万両也      インジ子ール並職人日本工頭手代其外とも一ケ年月給見込
一金六千両也      壱ケ年之間壱月毎諸職人足会所小買物とも五百両ツツ遣払
一金壱万両也      不足管其外買足し物一式見込如此
〆合金四万九千両也
  外ニ金弐万弐千五百円也 器械元代
右ハ成功迄元入費凡見積書面之通り御座候、尤成功後ニ至り候而も会社基本金ニ関スル事業も少々ハ有之候得共、是ハ月々利益金之内より仕出し方も有之候間別段見込立不申候、勿論書面見込ハ大概ニ付、弥元場所取極り絵図面出来候上ハ小異も有之候事
  第九月十一日
                 高嶋嘉右衛門代
                     野田彦三


摭要録古坤(DK120036k-0023)
第12巻 p.300-301 ページ画像

摭要録古坤 (近世実業史博物館所蔵)
    木挽町江瓦斯元取建新橋より筋違本町壱丁目より
    浅草見附迄元管布列凡積調書
 - 第12巻 p.301 -ページ画像 
一金千五百両也     元場所平均廻リ囲ひ其外とも一通一式入用
一金弐千五百両也    器械組立所建物一式入用見込六拾坪
一金四千八百両也    西洋人住居並会社兼西洋形建物壱棟六拾三坪見込
一金千六百両也     石炭納屋壱棟七拾五坪立瓦ニ而一式仕上ケ入用見込
一金千六百両也     物置納屋壱棟七拾五坪右同断
一金三千円《(マヽ)》  釜元石又ハ練化石《(煉)》ニ而積上地形其外一式入用
一金弐千両也      メートル地形並組立とも一式
内 千五百両五百両   組立入用地形タヽキ其外
一金千五百両也     火筒釜築立煉化石石灰砂利砂とも代見込
一金千五百両也     鍛冶場手代住居其外共小建物一式見込
一金三千両也      布列管延長六拾丁と見込掘返し元形直し共壱間ニ付金五拾銭見込如此
一金壱万両也      インジニール並職人日本番頭手代其外共一ケ年月給見込
一金六千両也      壱ケ年之間壱ケ月毎諸職人足会所小買物共五百両宛仕払之見込
一金壱万両也      不足管其外買足し物一式見込如此
 合金四万九千両也
      外
 一洋銀弐万千七百弗
  是は街灯五百本内四百本新規買足し其外附属品共一式市中江運送掘返し取建入用共成功迄別紙調書之通リニ有之候
 惣合金四万九千両也
   洋銀弐万千七百弗
右は成功迄一切入費横浜瓦斯会社建築費用ニ照準し見積書面之通り御座候、然ル上は若見込違入費相嵩候共増金等は不申入御約条面通り無相違成功可仕、依而見積書如此御座候 以上
  明治六年第十月
                      高島嘉右衛門
    東京
     瓦斯会社


摭要録古坤(DK120036k-0024)
第12巻 p.301-302 ページ画像

摭要録古坤            (近世実業史博物館所蔵)
    街灯籠代価調書
一取建見込街灯五百本
   内
  百本        先般取寄候器械内ニ有之
  四百本       新規買足分
  〆
一街灯四百本      新規買入之分
  此代洋銀七千弐百弗   但壱本ニ付洋銀拾八弗見込
一ヲピ子ランプ共四百組
  此代洋銀三千百六拾八弗 但壱組ニ付七弗九分弐厘
一小管四百通り 弐万四千フート
  此代洋銀八千百六拾八弗 但 壱本ニ付六十フート壱本当リ弐拾弗四分弐リ
一同 弐千フート
  此代洋銀六百八拾弗六分五厘
   是は先般取寄候街灯百本附属小管道巾広狭ニ寄リ壱本ニ付二十フートツヽ増加見込如此
 - 第12巻 p.302 -ページ画像 
一街灯五百本取建入用
  此代洋銀弐干五百弗
   是は市中江運送掘返し石石工手間其外共《(右カ)》ペンキ塗迄一式入用ニ有之候
 〆洋銀弐万千七百拾六弗六分五厘
右は街灯取建費用書面之通り御座候 以上
  明治六年第十月             高島嘉右衛門


新聞集成明治編年史 第二巻・第一〇一頁〔昭和一〇年二月〕(DK120036k-0025)
第12巻 p.302 ページ画像

新聞集成 明治編年史 第二巻・第一〇一頁〔昭和一〇年二月〕
  五十万立方尺の瓦斯を製造し
    五百基の瓦斯灯に供給す
      会議所総代西村勝三等出願許可
〔一・四〇明治七年郵便報知〕会議所に於て瓦斯灯設立せんとの議決定し、投票を以て其掛りを定め、則ち掛り西村勝三・蔵田清右衛門の両名より左の願書を府庁へ奉り、本月十二日免許になりしかば、更に瓦斯製造の地を芝浜崎町元丹羽邸にて三千四百有余坪を願ひし処、同二十三日御渡しになりたり、依て掛りの者速かに成効を奏せんと日夜勉励従事しけると云。
○下略
   ○明治六年(十一月)二十九日附「東京府知事宛会議所惣代西村・蔵田願書」及ビ「瓦斯灯建設方法概略」、前掲(第二九三頁)ニツキ略ス。


新聞集成明治編年史 第二巻・第一五三頁〔昭和一〇年二月〕(DK120036k-0026)
第12巻 p.302-303 ページ画像

新聞集成 明治編年史 第二巻・第一五三頁〔昭和一〇年二月〕
    瓦斯灯の需要増大
      拡張工事の資金なし
〔四・一五〇明治七年日新真事誌〕 東京ヘ瓦斯灯ヲ建築スル企ハ、元来北部ノ花街ヘ設立スル目的ニテ、其製造ノ器械タル僅カ五百灯ヲ点ズルノ用ニ供スル小器械ナレバ、製造者高島嘉右衛門ヨリノ会議所ヘ商議スル旨意ハ、京橋以南煉瓦築造ノ家屋ハ瓦斯灯ヲ点用スルノ望ミアリ、且海軍省工部陸軍等ノ教師館モ点灯ヲ要スレバ、方今築造ノ器械ニテ其必需ノ用ニ供シ難ク、今一倍ノ器械ヲ増加スベク、若シ会議所ニテ其費用ヲ肯ゼザレバ、高島ノ自力ヲ以テ増加スベク、然ルトキハ増加スル丈ケノ瓦斯ハ、高島ノ利潤タルベキ旨ヲ請フニ、会議所ニテハ、之ヲ決スル事能ハズ、之ガ為メ、金杉ノ製造場ニテハ、工事ノ目的、準備ノ方法定ラズ、無益ノ光陰ヲ費セリト云フ。横浜ニテ建築スル処ノ器械ハ、方今金杉ニテ建築スルモノヨリ、四増倍ノ大器械ナルモ、中外人民ノ需メニ応ズレバ、若干ノ不足ヲ生ズト。然ルニ東京ノ人口稠密ナル、其幾層倍ナルヲ知ラズ、且点灯ヲ需用スル多ク、斯ク小器械ヲ創造シテ人望ニ副ハザルノミナラズ、目前ノ大利ヲ知ラズ、増加ノ論ニ議員ノ曠日決セザルハ何ナル因循ナルヤ、議員ニ人ナキヲ徴スヘキナリ、会議所金力ナクバ、速ニ高島ノ請ニ任スベク、左モナクンバ、府下人望ニ応ズル丈ケノ器械ヲ増加シ、利用厚生ノ道ニ注意シテ、有志ノ者ヲ募リ、セメテ横浜ノ器械ニ劣ラヌ一層ノ大器械ヲ建築シ、高島ノ独力ニ優リタル物ヲ建築シテ、世ノ嘲笑ヲ防グベシ。余等一日モ早ク街衢ニ瓦斯点灯、不夜ノ盛況ヲ目撃センコトヲ冀望ス。
 - 第12巻 p.303 -ページ画像 
今会議所ノ因循ヲ聞クニ忍ビス、一言ヲ貴社ニ投ジテ府下有志ノ諸彦ニ質ス。云フ、速カニ皇国ノ首府タル東京ヲシテ、横浜ノ右ニ出デン事ヲ。斯ク贅言ヲ発スルハ銀座練化室ニ住スル開化堂主人ナリ。



〔参考〕東京瓦斯株式会社 沿革及事業成績 第一―五頁〔明治四〇年三月〕(DK120036k-0027)
第12巻 p.303-304 ページ画像

東京瓦斯株式会社 沿革及事業成績 第一―五頁〔明治四〇年三月〕
今を距る三十七年前明治四年二月、時の東京府権知事由利公正氏(由利子爵)は瓦斯灯を市内に建設するの一歩として、先づ之を浅草新吉原廓内に試用せんとし、市の共有金を支出し高島嘉右衛門氏をして新に器械を倫敦より購入せしめ、同五年七月器械は到達せしも業嶄新に属し急遽に着手すること能はず、機ならずして由利氏去り大久保一翁氏(大久保子爵)之に代り、舶載の器械空しく深川清住町仙台倉屋敷(今の浅野セメント工場)に堆積せらるゝこと三年に及べり(市の共有金とは市内非常救助に充つる目的を以て老中松平定信が制定したる寛政町法に基き蓄積したる所謂七歩積金にして、因襲怠らず、明治の初年東京府庁の管轄に帰し町会所之を経理し、金額六十一万八千両、其他貯蔵米穀所有地所家屋の代価数十万両に上りたり、此共有金は明治五年三月町会所廃せらるゝに及び一旦東京府庁の手に移りたるが、同年五月東京営繕会議所起るに及ひ更に其管理に帰し、専ら市中の道路橋梁を営繕するの原資に供せられたり、其後同年九月に至り営繕会議所は其組織を改正して東京会議所と更称し、市の共有金を以て養育院其他の用途にも支出することゝなりたり)
当時高島嘉右衛門氏は横浜瓦斯会社を興し之が社長と為り、大に其便益に鑑み、東京府庁が購入したる器械を以て新橋日本橋間に瓦斯街灯建設を出願し、東京会議所も此器械を利用して市内枢要の地へ瓦斯街灯五百基の建設を決議し、会議所は遂に知事の認可を得、明治六年六月仏国技師ペレゲレン氏を雇入れ工を董さしむ、此時に当り松本金兵衛氏(新吉原金瓶大黒主人)は礦油灯を新製して其効用遥かに瓦斯灯に優れるを論じ、西村勝郎氏(西村勝三氏の弟)は現華灯(礦油灯にして形状蓮花に類す)の効用は毫も礦油灯に劣らずして経費は却て廉なりと説き、各之が短長を争いて其建設を会議所に申請したるを以て会議所は実検の為め此二灯と瓦斯灯と三者鼎立せしめ各種五百基宛を建設することに決し、瓦斯焚炉を木挽町八丁目元工部省敷地に設け、十二月二十六日芝浜崎町三番地地所三千四百二十三坪を瓦斯工場敷地として借り受け焚炉を此地に移し、高島嘉右衛門氏建築の設計を受負ひ、明治七年一月京橋以南瓦斯街灯の建設に着手し、其十二月十五日試点火を行ひ、越へて三日即ち十二月十八日より始めて点火せり、其数八十五基、是実に東京に於ける瓦斯事業の起原なりとす、是より先八月礦油街灯四十八基を馬喰町通に建設し九月一日より点火し、八月十二日に至り現華灯五百基を西村勝郎氏より購入したり、当時東京会議所は大に市政の刷新に熱中し、近頃大蔵三等出仕を辞して第一国立銀行の総監と為りたる渋沢栄一氏(渋沢男爵)の善く民情に通暁するを以て、会議所総轄を嘱託するの決議を為し知事の認可を得たり、実に明治七年十月一日なり、渋沢氏の入るや鋭意之が整理に当り、会議
 - 第12巻 p.304 -ページ画像 
規則を制定し、議目を修路・修築・瓦斯街灯建築・商法講習所・養育院・墓地取締・会議所所属金銭出納・附属地販売等に分ち、行務を庶務・会計・修築・街地・救育の五課として、渋沢氏会頭を以て行務頭取を兼ねたり、街灯の制は前述の如く瓦斯灯・礦油灯・現華灯の三種に分ち順次設置し、明治八年に至り瓦斯灯三百五十基、礦油灯四百十八基に及びたり、明治九年一月会議所は其行務科の事業を挙げて悉皆之を府庁に引渡し、次に其管理の資金は市民共有金たるを以て府庁をして之を管理せしめ、会議所は其収支の決議にのみ与るべしと議決し、即ち五月二十五日を以て行務と原資金とを東京府庁に引渡したり


〔参考〕東京瓦斯七十年史 第五―七頁〔昭和三一年三月〕(DK120036k-0028)
第12巻 p.304-305 ページ画像

東京瓦斯七十年史 第五―七頁〔昭和三一年三月〕
 ○本邦ガス事業の成立
    一、ガス事業の起源(横浜市瓦斯局)
 横浜にガス灯を作ろうという機運は、維新後間もない明治二年頃から動いていた。明治三年八月十二日横浜居留地のドイツ人商社シキルツ・ライス商会は、横浜にガス灯を建設する計画を立て神奈川県庁に出願した。
 これを伝え聞いた高島嘉右衛門は、かような利権を外国人に与えることは、将来に禍根を残すものであると憂慮し、九名の社中(組合)を作つて十月十六日に、これも横浜にガス灯の建設を許可されるよう出願した。ここに、はしなくも競願のため紛争が起つたが、迂余曲折を経て結局その年十二月七日、日本人の社中に許可された。
 これより先き、高島嘉右衛門は出願の日に、すでに許可の内示を受けていたので、上海のフランス瓦斯会社の技師であつた仏人H・ペルグラン(Henri Pelegrin)を雇入れてガス灯の建設計画を進め、翌明治四年三月初旬ガス製造器械を購入するため同技師をイギリスに派遣し、他方ガス製造所および事務所の敷地として、横浜伊勢山下石炭蔵(後の花咲町)の二千坪を選定した。越えて翌五年四月十三日、製造器械がイギリスのグラスゴーから到着するや、建設工事に着手し、同年(一八七二年)九月二十九日神奈川県庁附近および大江橋より馬車道、本町通に至る間に、街灯十数基を点火することが出来た。これわが国におけるガス事業の創始である。
 明治六年八月全設備完成時における横浜の瓦斯事業の規模は、水平五本式ガス発生炉八門、製造能力は一日最大八万立方呎(二、二六五立方米)、ガス溜は三万立方呎(八四九立方米)のもの一基、市内に敷設したガス管は八吋管延長七万九千呎余であつた。また、ガス使用料は屋内灯一千立方呎三円七五銭、街灯一灯一ケ月四円四四銭四厘、外に点滅手数料および手入費一一銭五厘であつた。
 横浜のガス事業は、その後社中の脱退者が相次いだため、高島嘉右衛門独りの手に移り、設立後数年間は「横浜瓦斯灯会社」として経営されたが、明治八年七月一日第一大区町会所の手に移つて公有の「瓦斯局」となり、明治十二年八月三十日に本町外十三カ町の共有となつた。さらに、明治二十五年四月一日から市営となり、爾来横浜市瓦斯局として約六十年の間存続した。(その後、昭和十九年二月二十日に
 - 第12巻 p.305 -ページ画像 
横浜瓦斯株式会社となり、設立当初の民営に復し、次ぎに同年十一月十日合併によつて当社に吸収され、わが国ガス事業創始の光輝ある歴史を七十三年にして閉じた。)
   ○東京会議所ノ瓦斯建設ハ其範ヲ横浜瓦斯会社ニ採レル所多キヲ以テ左ニ参考トシテソノ資料ヲ掲グ。



〔参考〕摭要録古坤(DK120036k-0029)
第12巻 p.305-306 ページ画像

摭要録古乾               (近世実業史博物館所蔵)
    瓦斯灯書類之内写
以手紙致啓上候、然者拙者共横浜市中ニ瓦斯灯ヲ取建申度目論見御座候ニ付、何卒早々御採用有之候様仕度存候、右瓦斯灯ハ油並ニテロシ子抔ニ比ベ候得ハ廉価ニも有之候旁、多分之利益有之候段ハ別段玆ニ弁明致し候迄も無之候、右目論見之儀は横浜市中惣体堀割川内ニ有之候、日本町家弁天並外国人居留地並山手居留地共不残瓦斯灯取建、日本政府より御免許相成候ハヽ十二ケ月之内ニ出来可仕見据ニ御座候、尤右ニ付外商会又は商人江十二ケ年之間瓦斯灯取建之為居留地外ニ地所相求候共御免許無之様仕度、且又外商会又は商人江瓦斯管ヲ取付候為メ市中道路一切取崩候儀御免許無之様仕度存候間此段御承知可被下候若日本政府ニおゐて右之段御聞済被下候ヘハ、拙者共左之御用向取扱可申存候
第一鉄造之灯台ハ既ニ居留地ニ御取建相成居候分並向後御取建相成可申分共総テ買入可申候事
第二右期限之間横浜ニ有之候ハヽ裁判所と唱来候政庁江は無賃ニ而瓦斯灯ヲ点火致シ、且附属之器械取附方とも無銭ニ而百ケ所出来可申事
第三日本政府より堀割川外日本製鉄所と吉原町と之間ニおゐて五千坪之地所壱区ヲ買入又は借用仕度存候、尤直段ハ当時地之姿《(沼カ)》ニて壱坪ニ付洋銀壱弗、又ハ政府ニて其前々御座候堤防之高サニ御埋立被下候ヘハ壱坪ニ付洋銀弐弗ニ而引受、百坪ニ付壱ケ年拾弐弗宛之地税相納可申候、但此地所ハ瓦斯灯取建之為並機械方職人等之建物並石炭置場等取建候為ニ相用候事
第四日本政府江御免許期限之間瓦斯灯歳入之五分ヲ運上して相納可申候事
第五瓦斯管取附之為取崩候道路ハ総テ拙者共入費ヲ以元形之通修覆相加ヘ可申事
猶以別紙政府之御益並年々租税上リ高等取調候書付壱通入御覧候、右者拙者共江願之通御聞済被下候而之御利益ニ有之候、拙者共ニおゐても右目論見之儀ハ大業ニも有之候間、右願之趣御許容無之候而は難仕義ニ御座候 已上
  千八百七十年○明治三年第十月四日
                    シキツライス商会《(ル脱)》

    横浜瓦斯灯シキルツライス商会江
    御許容相成候ニ付政府江歳入租税調書
○印
一洋銀四千五百弗
 - 第12巻 p.306 -ページ画像 
  右ハ鉄道灯台百五十本代壱本ニ付三十弗宛
一洋銀五千弗
  右ハ沼地五千坪之代但壱坪ニ付壱弗
一洋銀九千五百弗
  右ハ目論見御聞済ニ付差出候分
已下歳入
一洋銀六百弗
  右ハ五百坪之地税但壱坪《(マヽ)》《(マヽ)》ニ付拾弐弗
一洋銀千弗
  右ハ裁判所御用灯火之代
右之外横浜市中より取立候瓦斯灯上リ高五分之租銀ハ左之通相成候
外国人居留地道路とも但当地明地之分除キ毎日瓦斯之入用三万七千立方尺
   此代壱ケ年洋銀五万弗
山手居留地道路共
   此代壱ケ年洋銀壱万弗
弁天在住外国人並日本町家
   此代壱ケ年洋銀壱万弗
日本市中並弁天之道路ニ於而灯台弐百本毎夜十二時之間点火として、壱ケ年灯台一本ニ付洋銀六十六弗則壱ケ月壱本ニ付五弗半
   此代壱ケ年壱万三千弐百弗
 合洋銀八万三千弐百弗
   右商初年壱ケ年上リ高ニ御座候此五分
一洋銀四千百六十弗
右之通追々居留地並日本市中共明地塞リ候得ハ、必らす少くも年々十分一ハ相増可申存候、右ニ付五ケ年之後ハ右五分四千百六十弗之高相増凡七千弗ニも可相成存候 已上
                   シキルツ ライス商会


〔参考〕摭要録古坤(DK120036k-0030)
第12巻 p.306-307 ページ画像

摭要録古乾 (近世実業史博物館所蔵)
    乍恐以書付奉願上候
私共御当港ニ而家業営罷在、然ル処各国都下ニは瓦斯灯取建有之、上下之弁用至極宜敷趣ニ相聞、就而は御当港之儀日増ニ繁栄仕候ニ付、私共申合社中相立市中江右瓦斯灯取建、追而は外国人居留地江も及し申度、弥被仰付被下置候ハヽ自分入用ヲ以相仕立可申、尤巨細仕法書は追而取調可奉差上候、右之趣御聞済被成下置候様奉願上候 以上
  明治三庚午年十月十六日
                    右
                    鈴木保兵衛 印
                    西村七右衛門代卯兵衛 印
                      田中平八
                      石川米右衛門
                      高島嘉右衛門
                      西村勝郎
                      伊藤幸之助
                      中山譲治
 - 第12巻 p.307 -ページ画像 
                      中徳兵衛
    神奈川県
      御役所


〔参考〕摭要録古坤(DK120036k-0031)
第12巻 p.307 ページ画像

摭要録古乾           (近世実業史博物館所蔵)
    乍恐以書付奉願上候
                     中山議治
                     中徳兵衛
                     鈴木保兵衛
                     西村卯兵衛
                     高島嘉右衛門
                     田中平八
                     西村勝郎
                     伊藤幸之助
                     石川米右衛門
右之者共一同奉申上候、今般御当港市中並居留地江瓦斯灯取建度段奉願上候処、御聞済相成難有仕合奉存候、然ル処右ニ付御用之節ニ一同打寄相談之上御受申上候様ニ而は、御用御差支は勿論銘々おゐても差支之儀も御座候ニ付、一同評議入札之上嘉右衛門頭取ニ相立候事ニ評決仕候、然ル上は都テ同人取計ニ一同兎角不申候事ニ取極仕候間、御用之節同人御呼出被仰付可被下候、依之一同連印此段奉願上候 以上
  午十月廿日
                     石川米右衛門 印
                     高島嘉右衛門 印
                     中徳兵衛 印
                     中山議治 印
                     田中平八 印
                     西村勝郎 印
                     西村卯兵衛 印
                     鈴木保兵衛 印
                     伊藤幸之助 印
   神奈川県
     御役所

〔参考〕街灯瓦斯建設書類 自明治六年至同八年庶務課(DK120036k-0032)
第12巻 p.307-312 ページ画像

街灯瓦斯建設書類 自明治六年至同八年庶務課 (東京府文庫所蔵)
神奈川県下横浜湊瓦斯街灯取設之義、県庁より御布達之有無御尋ニ付同所瓦斯会社江問合則別紙書類奉差上候也
  明治七甲戌年六月十九日        会議所 
    御掛
      御中

    横浜市中街灯瓦斯代取立方調書
横浜港彼我市井瓦斯灯取建方県庁之許可を得、町会所始メ別冊条例三通定約済、工業之取懸リ成功之上、街灯瓦斯消火代市井より取立方は
 - 第12巻 p.308 -ページ画像 
壱ケ月港内丈之灯数費用高は即港内官庁地私有地とも惣坪ニ割合、壱坪当を以取立、尤空地多又は土蔵等も取立多所持之者より苦情申立候得とも、庁ニ於て御採用不相成、港外も同様壱坪当リ又は地券代価ニ割合取立候向も有之候、瓦斯代価其外は条例ニて御承知可被下、此段御問合ニ付申上候 以上
  明治七年六月十六日        高嶋嘉右衛門代
                     野田彦三
    会議所
      瓦斯灯懸リ 御中
                    (東京会議所)
    (印刷)
    市中瓦斯管ヲ布列シ或ハ之ヲ公橋ニ引渡シ或ハ之レカ為メ新ニ橋梁ヲ建営スルニ其免許ヲ乞フノ条例
横浜瓦斯会社ノ持主等市中野毛町場所ニ於テ瓦斯管ヲ布列スル事創メ且ツ之ヲ引続キ成業ヲ要スルニ付テ左件ヲ神奈川県庁ノ免許ヲ乞フ
或ハ瓦斯管ヲ桜木川ニ架渡シテ桜木町ヲ通シ、大江橋ヲ架渡シ、其他ノ公橋ニ架渡シ、或ハ場所ニ於テ瓦斯管架渡シノ為メ格叚《(段)》ノ橋梁ヲ建営スル事、其工業ハ七月朔日ニ始ムベシ、而シテ去ル第六月十三日瓦斯工建築師ノ選述セル雛形書並ニ指示ニ従ヒ設為スベシ、尤モ其他ノ場合ニテハ下ニ著ス雛形書並ニ指示ニ従フベシ
其工業ヲ為スニハ市中ノ水道及ヒ其他ノ公工ニ傷害ナキヤウ、且其ノ住民ニ障碍ナキヤウ成丈注意スベシ
且ツ此障碍ヲ避ンカ為メ市街ヲ堀ルニハ其長サ一百五十尺乃至弐百尺ヲ一度ニ堀ルベシ、而シテ其他《(地カ)》ヲ埋立ツル後、又其他ノ地所ニ堀掛ルベシ
其堀方並ニ埋立及ヒ其他之ニ管渉スル諸般ノ雑費ハ尽ク社中ヨリ弁スベシ、且ツ是等ノ地所ノ市中他ノ部分ト同様ノ有様ナラシムヘキ普請ハ又社中ノ受持ナリ、瓦斯管ヲ橋梁ニ架スルトキハ橋上ノ通行ヲ妨ケサルヤウ能ク注意スベシ、且又其公工ヲ務メテ損害セサルヤウニスベシ、若シ余儀ナク損害セサルヲ得サルトキハ、社中ニ於テ自ラ修復ヲ加ヘテ其橋ヲ以前ト同様ノ有様ニ営繕スベシ、心得違ノ者此ノ公益ノ工業ニ妨害ヲ為サヽルヤウ、相応ノ命令ヲ県庁ヨリ遍ク布告アランコトヲ希望ス
  横浜ニ於テ明治五壬申年六月十五日
                     高島嘉右衛門
                   戸長
                     岡本鉄之助
                     梅田半之助
                     島田源次郎
                     小野兵助
                     苅部清兵衛
  明治五壬申年六月十五日 神奈川県令 陸奥宗光

    神奈川県庁ノ免許ヲ得テ神奈川県下横浜町会所ト
 - 第12巻 p.309 -ページ画像 
    同所瓦斯会社トノ間結約ノ条例
      第一条
神奈川県庁ハ横浜瓦斯会社ノ持主高島嘉右衛門ヲ始トシ、其他同社ノ人或ハ規則ニ従ヒ同人等ノ所持ヲ買フ処ノ人々ニ左ノ専権ヲ免許ス、市中ニ瓦斯管ヲ布列スル事
此定約ヲ結フ日ヨリ向後二十五箇年ノ間瓦斯ヲ製造スル事
同年限ノ間横浜港内外ノ市中ニ瓦斯ヲ売ル事
      第二条
横浜市街ニ於テ右ノ年限中必ス絶ヘス通路ノ公灯ニ瓦斯ヲ用ユベシ
 但シ其灯ノ員数ヲ限ルコトナシ
      第三条
灯管ヲ取建及ヒ都テノ公灯ニ瓦斯ヲ供フヘキ適宜ノ製造装置ヲ建置クニハ、官許ヲ得タル市中並通路ニ於テ瓦斯管ヲ布列スル経費ハ会社ノ持主ニ於テ自ラ之ヲ弁スヘシ
      第四条
官道ニ沿フ処ノ工業、即市中ニ布列スル瓦斯管或ハ之ヲ公橋ニ掛渡シ或ハ其ノ管ノ為ニ新ニ建営スルニ工業或ハ後来其工業ニ付肝要ナル改正又ハ修理ノ如キハ、雛形及ヒ其事情ノ届書ヲ以テ県庁ニ出願シ、其免許ヲ得テ其工業ヲ始ムヘシ、必届ケナクシテ取掛ルヘカラス、如斯工業ハ公益ノ工業トナル故ニ官ノ命令ニ依テ遅延ナキコトヲ要ス
      第五条
市中ノ重立タル瓦斯管タケハ瓦斯会社ノ持主ヨリ其経費ヲ弁スヘシ、而シテ其管ハ即永世持主ノ所有タリ、灯柱或ハ其他公灯ニ係ハル諸装置ノ物品買上、之ヲ取建テ之ヲ取附ケ並後来夫レ等諸品ノ修理或ハ改正ハ町会所ノ公費ヲ以テ調フベシ、而シテ是等ノ諸品ハ即永世町会所ノ所有タリ、併シ瓦斯工業方ニテハ右諸品ノ取建並ニ取附ハ不足ナキヤウ十分ニ注意スヘシ、且ツ後来其諸具ノ修理改正ノ価直其時々取極メ、互ニ不同意ナキヤウ公平ニ取扱フ可シ
      第六条
公灯ハ唯街灯ノミナラス官廨又ハ町家モ亦是ヲ供フ
官廨町舎ノ灯ハ瓦斯計量ヲ以テ瓦斯ヲ供給ス、其消費ハ毎月末其ノ計量ノ書上ニ従ヒ一千立方尺ニ付三円七†五銭《(十カ)》ノ割合ヲ以テ、之ヲ払フヘシ、街灯ニハ瓦斯計量ヲ用ヒスシテ瓦斯ヲ供給ス、但シ其価ハ下条ニ記載スル割合ナリ
      第七条
街灯ノ瓦斯ハ毎一時間三立方尺七分消化ノ灯火器ヲ以テ之ニ誌ス、街灯ハ年中左ニ記載セル時刻ニ於テ毎夜点火シ並ニ消火ス
西洋
 正月中  夕五字十五分点火  朝五字三十分消火
 二月中  同五字四十五分点火 同五字消火
 三月中  同六字四十五分点火 同四字四十五分消火
 四月中  同六字三十分点火  同四字三十分消火
 五月中  同七字三十分点火  同四字十五分消火
 六月中  同七字三十分点火  同四字十五分消火
 - 第12巻 p.310 -ページ画像 
 七月中  同七字十五分点火  同四字十五分消火
 八月中  同七字点火     同四字三十分消火
 九月中  同六字四十五分点火 同四字四十五分消火
 十月中  同六字四十五分点火 同四字四十五分消火
 十一月中 同五字三十分点火  同五字四十五分消火
 十二月中 同五字十五分点火  同五字三十分消火
右ハ終年間一夜毎ニ平均十時半ノ燃焼ニシテ、其ノ瓦斯ノ消失ハ毎夜三十八立方尺八分五厘、即毎月千百八十五立方尺也、代価ハ一千立方尺ニ付三円七†五銭《(十カ)》ノ割合ニテ毎月四円四十四銭四厘也、持主ハ此ノ瓦斯料ノ外ニ右ニ記載セル時刻ニ点火並ニ消火ノ手間賃及ヒ灯籠嘴子燃焼器等ヲ掃除ノ賃銀ヲ、修復料ノ外毎月毎灯ニ付十一銭五ノ割合ニテ総体ノ公灯ヲ不断手入可シ、其等ノ失費ヲ合テ毎月毎灯ニ付四円五十五銭九ノ高ヲ町会所ヨリ請取可シ
      第八条
右二箇条ノ規約ハ向後ノ事宜ニ因リ官許ヲ得テ変更ス可シ、勿論県庁ハ政治或ハ他ノ意見ヲ以テ其都合ニヨリ街灯点及消火ノ時刻ヲ遅速スル権アリ、但シ其時間ノ増減ニ従ヒ一灯コトニ払フヘキ割合即月々ノ金高モ亦改テ相当ノ増減無ル可ラス、且又若シ瓦斯ノ代価ハ其工業ノ年々ノ利益ヲ県庁ノ検査ヲ乞フヘキ差引勘定帳ニ於テ元銀ノ幾割ヲ超ユル時ハ、瓦斯元方ハ前条ニ定タル瓦斯ノ一千立方尺ニ付三円七十五銭ノ割合ヨリ相当ノ減価ニ至ルヘキ様ニ勉強スヘシ
      第九条
瓦斯工業ノ持主ハ其親切ヲ以一般ニ其職分ヲ丁寧ニ注意スベシ、且此事業ハ一般公益ナル者故ニ其持主等並向後同社ノ権宜ト所有トヲ買フ所ノ人々ハ、始終県庁ノ差図ニ従ヒ且ツ其監督ヲ受クヘシ
此約条ハ明治五壬申年六月十五日横浜ニテ整正シ之ヲ二紙ニ誌ス
                横浜町会所市中総代タル
                    戸長
                      苅部清兵衛
                      小野兵助
                      島田源次郎
                      梅田半之助
                      岡本鉄之助
                同所瓦斯会社ノ長タル
                      高島嘉右衛門
右結約ノ条例聞届置候、勿論後来記名ノ者共自身並相続人引請人代職人等ニ至ル迄必ス此条例ニ遵奉シ違背ス可ラサル者也
  明治五壬申六月十五日  神奈川県令 陸奥宗光
    横浜瓦斯社中ヨリ瓦斯灯ヲ私用スル人ニ瓦斯ヲ供給スル為ニ結約セル条例
      第一条
瓦斯灯ヲ私用スル人ニ瓦斯ヲ供給スルニ市中ノ幹管ニ取附ルニ枝管ヲ
 - 第12巻 p.311 -ページ画像 
以テス、但シ是ハ灯ノ為ニ幹管ヲ設ケ置タルニ《(衍カ)》場所ニ限リ、且ツ斯クノ如キ瓦斯ノ備ハ唯々街灯ノ為ニ右ノ幹管中ニ瓦斯ノ流通ノアル時ニ限リ之ヲ供給スルナリ
然モ街灯ノ為メノ幹管ヲ装置セサル場所又ハ其装置アル場所トモ瓦斯ノ供給ナキ時間ニ於テハ、瓦斯灯ヲ私用スル人ニ瓦斯ヲ供給スルコトヲ許スト不許トハ瓦斯会社持主ノ特権ニアリ
      第二条
瓦斯灯ヲ私用スル家ニ瓦斯ヲ供給スルニハ瓦斯斗量ヲ用ルナリ、而シテ此ノ瓦斯斗量ヲ売出スコトハ瓦斯会社持主ノ特権ナリ
且又枝管ヲ取附ルニ就テノ工業則チ管ヲ総ノ嘴子(嘴子トハ管孔ヲ開閉スルモノヲ云)及ヒ市中幹管ト瓦斯斗量ノ間ノ諸装置ノ取附等ハ、瓦斯会社ノ手人ニテ之ヲ為シ且ツ之ヲ監督スヘシ
瓦斯灯ヲ私用スル人等、其会社持主ノ免許ナクシテ右ノ枝管並瓦斯斗量ヲ変更スルコトヲ禁ス、而シテ私用スル人ハ是等ノ装置ニ損害ノ起ルトキハ速ニ会社ニ報告スヘシ
市中幹管ト私用スル人所有ノ屋敷内トノ間ノ枝管ハ社中ノ失費ニテ取設ケ、且ツ爾後ノ手入レモ亦タ社中ノ経費ニシテ、其管ハ永世社中ノ所有タリ、之ニ反シテ私用スル人家内部ノ分ハ瓦斯斗量トモ都テ私用スル人ノ失費ニス可シ
      第三条
瓦斯斗量ヨリ灯火ノ諸具マテノ間家内ヘ装置スル諸取附ケノ差配ハ全ク勝手タルヘシ、故ニ私用スル人随意ノ人ニ托シ得可シト雖モ、若シ之ヲ私用人ノ手ニテ出来ノ時ハ必ス瓦斯会社ノ検査ヲ得ル後始テ瓦斯ヲ供給ス可シ
然レトモ瓦斯会社ニ於テハ常ニ要用ノ管〔シヤンドリヤ〕及ヒ其他ノ瓦斯用具ヲ貯ヘ置キ、並ニ功者ノ職人ヲ抱ヘ置ク可シ、是等ノ用意ハ前章家内ノ諸取附ケノ工業ヲ公平ノ価直ニテ企ンカ為ナリ
私用スル人等自己ノ好ミニ従ヒ其家内ノ諸取附ヲ変改スルハ勝手タルヘシ、而シテ瓦斯会社ノ職人ヲ用ルモ尚ホ瓦斯会社ニテハ右家内ノ取附ト諸装置トノ修理改正ノ責ニハ決シテ任セサル可シ
      第四条
瓦斯消失ノ勘定書ハ瓦斯斗量ノ多少ノ売高ニ従テ取極ム可シ、而シテ毎月末其売高ヲ取調ヘル時ノミナラス瓦斯斗量ニ損害ノ起ルトキニ於テ、其私用スル人ハ瓦斯方ノ人ニ其瓦斯斗量ヲ自由ニ見察スルコトヲ許スヘシ、斯ノ如キ場合ニ於テ自由ニ右ノ瓦斯斗量ヲ見察スルコトヲ妨ナスモノアレハ、瓦斯会社ハ其筋ノ取扱ヲ以テ之ヲ処置スヘシ
瓦斯斗量ノ多少ノ売高未タ尽キサルニ其瓦斯斗量ニ損害ノ起リテ閉塞スル場合ニ於テハ、私用スル人等ハ速ニ其趣ヲ会社ニ執《(報カ)》シ、同日ヨリ十五日ノ内ニ自分ノ経費ニテ其装置ヲ修復シ或ハ取替ルヘシ、此期限後ルヽトキハ瓦斯会社ニ於テハ瓦斯ノ供給ヲ止ムル権アリ、瓦斯斗量ノ変改或ハ修復ノ間ハ、私用スル人家ニ於テ毎夜費ス所ノ瓦斯高ヲ算スルニハ、其前月中毎夜費セシ所ノ瓦斯高ノ平均ヲ以テ之ヲ現月昼夜ノ長短ニ従フ可シ、其高ノ先月ノ高ノ十分一ノ加減ヲ以テ之ヲ算定スルナリ
 - 第12巻 p.312 -ページ画像 
      第五条
供給スル所ノ瓦斯ノ代価ハ、一千立方尺ニ付三円七拾五銭発ト定ム、但シ瓦斯斗量ノ多少ノ売高ニ従ヒ、毎月末ニ私用スル人家ヨリ払フ可シ
勘定ノ日限ハ十五日ヲ過ク可ラス、此日限ヲ過ル時ハ社中ニ於テハ私用スル人家ニ瓦斯ヲ供給セサルノ権アルヘシ、且ツ其筋ノ裁判ヲ経テ右高ヲ再ヒ会社ニ請取ルコト得ヘシ
      第六条
預知シテ避ク可ラサル事故ニ因テ工業ニ損害ノ起ルトキ、又ハ市中ノ公益トナル可キ工業等ニ因テ一時瓦斯ノ供給ヲ妨クルトキニ方リテハ社中ハ私用スル人ニ瓦斯ヲ供給セサルノ理アリ、而シテ会社ニ於テ之ヲ償フコトアルナシ
      第七条
右約定ノ総箇条ハ其壱冊ヲ県庁ニ呈シ置キ、県庁ノ免許ヲ得テ条約スル仲間双方ニ於テ承知調印セシ上ハ向後之ヲ遵奉執行ス可シ
 此条約ハ明治五壬申年六月十五日横浜ニ於テ取結ヒ同文意ノ書弐冊ニ之ヲ誌ス
                   瓦斯会社持主
  明治五壬申年六月十五日
                      高島嘉右衛門
右之条々聞届置候条向後此条例ヲ変換又ハ増減スル時ハ逐一届出免許之上執行可致事
  明治五壬申年六月十五日 神奈川県令 陸奥宗光