デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

3章 商工業
21節 瓦斯
1款 東京会議所瓦斯掛
■綱文

第12巻 p.359-363(DK120039k) ページ画像

明治9年5月25日(1876年)

是ヨリ先、東京府権知事楠本正隆ニ稟請セシ東京会議所行務還納ノ儀、同月二十二日許サレ、是日行務還納ヲ了セリ。依ツテ瓦斯事業モ東京府ニ移管サル。栄一会頭トシテ之ニ与ル。


■資料

会議所伺 第四号 自明治九年至明治一〇年(DK120039k-0001)
第12巻 p.359-360 ページ画像

会議所伺 第四号 自明治九年至明治一〇年 (東京府文庫所蔵)
東京会議所ノ議事行務ヲ分界シ、其職掌章程ヲ予定シテ、之カ允裁ヲ
 - 第12巻 p.360 -ページ画像 
蒙リシハ、昨明治八年十二月七日ナリシカ、幾クモナクシテ前知事大久保公教部省エ転任コレアリ、閣下当職御兼任被為成タルニ付、向来会議所ノ方向ニ於テ高慮如何ヲ拝聴シ、更ニ現時履行ノ会議所規則ヲモ釐革コレアリ度ト、本年一月三日同十七日再度拝謁御稟議ノ末御内諭ノ要趣ヲ奉シ、即チ現今ノ議員一同ノ衆議ヲ経、爰ニ其釐正方ヲ左ノ三頃ニ上陳仕候
    第一項 議員上任ノ順序 ○略ス
    第二項 行務還納ノ手続
〇上略
一行務各課中瓦斯ランプ灯ノ如キ、是迄府下人民ノ共有金ヲ以テ器械ヲ購入シ、及其建築ヲ為シ、向後各市街ヨリ収入スヘキ目途アルモノヽ類ハ、其方法ヲ議事ニ附シ、本資金ヲ償却セラルヘキ事
○下略
    第三項 資金保存ノ方法
一会議所ノ貯有金即チ府下人民ノ共有金額ハ、明治五年八月府庁ヨリ旧幕府中町会所積金ノ内トシテ、漸次下附セラレタル金額ヲ本資トシ、其後道路橋梁ノ修繕、養育院費用及通常ノ雑費役員ノ給料等ニ之ヲ仕払ヒ又ハ所有ノ地所ヲ売却シテ金額ヲ収入セシ等、当所起立以来金銀ノ出納概算ハ第一表ノ通ニテ、現今所有ノ金額及地所家屋又ハ瓦斯ランプ学資金ノ立替等ヲ詳算シ、追次基償却アルモノトスレハ、所有ノ資本額ハ第二表ノ通ニ付、改メテ之ヲ市民共有金ノ本額トナシ、向後此金額ノ出納事務ハ府庁ニテ管轄シ、而ル後其旨ヲ府民ヘ布達セラルヘキ事
○下略
右三項ハ此釐正ニ於テノ綱領ナレハ、府庁御採用ノ命アラハ、尚議事ノ規則細目ヲ調整シテ具陳スヘシ、依テ右三項ニ就テ参覧ニ供スル書類金銀出納計算表ハ別紙目録之通相副進呈仕候間、御審按ノ上早々何分ノ御指揮奉仰望候也
  明治九年第四月    東京会議所会頭 渋沢栄一
    東京府権知事 楠本正隆殿


会議所伺 第四号自明治九年至明治十年(DK120039k-0002)
第12巻 p.360 ページ画像

会議所伺 第四号自明治九年至明治十年 (東京府文庫所蔵)
知参事                 第一課
 (印)              (朱書)
                 二十二日 達済
    指令案
書面伺之趣聞居候事
 但事務還納之期ハ追テ可相達候事
   ○朱書ノ「二十二日」ハ明治九年四月二十二日ト推定サル。


東京商工会沿革始末(東京商工会残務整理委員編纂) 第一三―一四頁〔明治二五年五月〕(DK120039k-0003)
第12巻 p.360-361 ページ画像

東京商工会沿革始末(東京商工会残務整理委員編纂)
                     第一三―一四頁〔明治二五年五月〕
○上略
斯クテ会議所ノ行務ハ漸ク其整理ヲ告ゲタリト雖トモ、之ニ供スルノ共有原資金ハ已ニ欠乏ヲ告ゲタルニ由リ、会議所ハ其管理ノ地所ヲ公
 - 第12巻 p.361 -ページ画像 
売シテ之ニ継グノ状況ニ迫リ、且ヤ会議所此行務ヲ執行スルヲ以テ府下公共事務ハ、自ラ府庁ト会議所ノ二途ニ出ヅルガ如キ実アリテ到底市民ノ利益ニ非ザルヲ悟リ、是ニ於テ会議所ハ同年一月ノ会議ヲ以テ『其行務科ノ事業ヲ挙テ悉皆之ヲ府庁ニ引渡スヘシ、次ニ会議所管理ノ資金ハ市民共有金タルヲ以テ府庁ヲシテ其管理ヲ為サシメ、会議所ハ其収支ノ決議ニノミ与ルヘシ』ト議決シ、会頭ヨリ其事ヲ府知事ニ内稟シ、三月七日ヲ以テ会議所起立以来ノ計算ヲ明ニシテ府知事ニ行務還納ヲ稟請シ、其聴納スル所トナリテ、乃チ五月廿五日ヲ期シテ行務ト原資金トヲ会議所ヨリ府庁ニ引渡シタリ
○下略
   ○資料ハ第二編第二部第六章政治・自治行政中「東京会議所」明治九年五月二十五日ノ条参照。
   ○尚第二款東京府瓦斯局明治十二年十月二十四日ノ条(第四四九頁)「東京十五区会議事録第壱号」中栄一ノ共有財産沿革説明ヲ参照。


東京商工会沿革始末(東京商工会残務整理委員編纂) 第一五―一六頁〔明治二五年五月〕(DK120039k-0004)
第12巻 p.361 ページ画像

東京商工会沿革始末(東京商工会残務整理委員編纂)
                     第一五―一六頁〔明治二五年五月〕
○上略
是ヨリ後会議所ハ共有原資金財産ニ関スルノ出納収支ヲ議決スルヲ専務トシ、其他ハ府知事ノ諮問ニ答フルヲ事トシタリ、然ルニ同年十一月府知事ハ太政官公布区町村会規則ニ基キ小区町村総代人選挙法ヲ定メ、新ニ其総代人ヲ選定セシメタリ、而シテ小区総代人ハ府知事ノ召集ニ応シ明ニ臨時民会ノ性質資格ヲ有スル者ト定マレルニ付キ、会議所ハ其議決ヲ以テ同年十二月廿日ニ於テ府知事ニ具申シテ会議所ノ議事ト所有物件トヲ将テ此総代人ニ交附センコトヲ望ミタリ、其故如何トナレハ、総代人ハ純乎タル東京市民ノ公選ニ出テ即チ会議所ガ曩ニ稟請シタル公選民会ノ実ヲ今日ニ挙グルモノナレバ、会議所ハ此総代ト並立テ議権ノ撞着アラシムベカラズ、宜シク会議ヲ解キ顧問ヲ辞シ総代会議ヲシテ其名実ヲ全クセシム可ケレバナリト、府知事ハ此具申ニ接シ翌明治十年一月ヲ以テ之ヲ認可シ、乃チ同年二月十八日ヲ以テ其家屋物件ヲ府庁ニ納附セシメタレバ、東京会議所ハ是ニ於テ其解散ヲ告ゲタリキ


会議所伺 第四号自明治九年至明治十年(DK120039k-0005)
第12巻 p.361-362 ページ画像

会議所伺 第四号自明治九年至明治十年   (東京府文庫所蔵)
知参事                  第一課
                      会議所
本日行務還納ニ付而者属員之義ハ在来之儘ヲ以可引渡此旨相達候事

事務受取出張官員より属員江達
 追テ何分之達有之迄事務可取扱事
   御請書
当会議処各課役員之儀追而何分之御沙汰有之候迄事務可取扱旨御達之趣承知仕候、此段御請申上候也
  明治九年五月廿五日
 - 第12巻 p.362 -ページ画像 
                     庶務課
                      増田充積(印)
                     ○中略
                     瓦斯課
                      筒井与八(印)
                      平内彦三(印)
                     ランフ課
                      阿部潜(印)
                      片山喜八(印)
                     ○下略


会議所伺 第四号自明治九年至明治一〇年(DK120039k-0006)
第12巻 p.362-363 ページ画像

会議所伺 第四号自明治九年至明治一〇年 (東京府文庫所蔵)
当会議所一切之行務及共有金共今般還納相済候ニ付、起立以来各課事務ノ沿革一覧ヲ編成シ並金銀出納総勘定書トモ調査仕候間、別紙之通新聞紙ニ付シ府下人民ヘ公告仕度候間早々御允裁被下度奉存候、此段上陳仕候也
  明治九年六月一日         会頭
                    渋沢栄一
    東京府権知事楠本正隆殿

    東京会議所沿革一覧
○上略
    瓦斯灯料
一明治四年二月東京府知事由利公正君ハ新吉原町ニ瓦斯灯ヲ建設センコトヲ謀リ、横浜ノ商人高島嘉右衛門ヲシテ其器械ヲ英国ニ購求セシム
一五年七月英国ヨリ瓦斯灯器械ヲ舶齎ス、乃チ官諸ヲ深川清住町旧仙台邸ノ倉庫ニ納レテ保存ス
一同年八月府庁ハ瓦斯灯器械ヲ営繕会議所ニ付度ス、是則旧町会所ノ蓄積ニ就テ購求スル所ニ係ルヲ以テナリ
一六年六月府庁ノ説諭アリテ曰ク、若シ瓦斯灯器械ヲ長ク庫中ニ納テ歳月ノ久キヲ経レハ、必ス銹腐シ、竟ニ用ルニ堪ユヘカラサルニ属セン、宜ク会議所頭取掛リノ者戮力結社以テ、其灯器建設ヲ試ムヘシ、其代価建築費等ノ如キハ、或ハ諸レヲ会議所ニ仮借スルモ亦可ナリト、是ヨリ先キ横浜ニ瓦斯会社ヲ設立シ、高島嘉右衛門其社長トナリ能ク其事ニ担任スル有ルヲ聞キ、同氏ニ就キ其事ヲ諮謀ス、同氏曰ク、今吉原ニ建設スベキ小器械ヲ以テ之ヲ宏街ニ施サント欲セハ、恐クハ冗費極メテ多ク、実利果シテ挙ラス、計ノ得タル者ニアラス、庶クハ応ニ焚炉ノ建築ヲ三倍シ、以テ其業ヲ興サハ、則成功ヲ期スヘキナリ《(ト脱カ)》、然リト雖トモ当時会議所ニ於テ能ク瓦斯ノ実利アルヲ知ル者ナリ《(クカ)》、費用ノ夥多ナルト民情向背ノ何如トヲ顧慮シ、竟ニ結社スルコト能ハス、府庁更ニ諭シテ曰ク、瓦斯灯建設ノ如キ宜シク知識発明ヲ求ルカ為メ諸レヲ会議所ニ任シテ設立スヘシト、此際松本金兵衛ナル者アリ、礦油灯ヲ新製シ、其効用瓦斯ニ優ルヘ
 - 第12巻 p.363 -ページ画像 
キコトヲ主張シ、之ヲ建設セント欲セリ、又西村勝郎ナル者アリ、現華灯ノ効用毫モ礦油灯ニ譲ラス、且其価殊ニ廉ナリ、須ラク之ヲ建設スヘシト希望セリ、府庁令シテ曰ク、其試験ヲ求メンカ為メ宜ク三灯各五百基ヲ建設スヘシ、於此カ瓦斯焚炉ヲ木挽町八町目ノ工部省跡地ニ設ク
一同年十二月廿六日府庁ハ芝浜崎町三番地ヲ貸与シ、為ニ瓦斯焚炉ヲ移サシム、木挽町ハ人家稠密ノ地ニ接シ、近傍ノ居民其苦情ヲ鳴ラスニ因テナリ、此月高島嘉右衛門ヲシテ建築ノ事業ヲ規画セシメ、明年一月ニ至リ其築工ヲ創ム
一七年十二月十五日建築已ニ成ル、因テ三日間焚法ヲ試験シ、其十八日初テ開業ス、則京橋以南点灯八十五基、其未タ橋北ニ及ハサル者ハ、当時京橋ノ築造中ニ係レバナリ
一八年三月卅日京橋ヨリ万世橋ニ迄ル街灯百九十四基《(百〇九)》、常盤橋ヨリ浅草橋ニ迄ル並両国広小路ヲ合セテ同五十三基、皆各点灯ヲ始ム
一同年五月一日幸橋山下橋数寄屋橋鍛治橋呉服橋通《(冶)》ヘ合セテ街灯三拾基ヲ点火ス
一同年六月一日浅草橋内ヨリ浅草雷神門趾ノ頭リニ迄ル街灯六十三基ヲ点火ス
一同年十一月柳橋内柳町ニ街灯七基ヲ点火ス
一九年一月両国橋落成ス、乃チ街灯三基ヲ点火ス
一街灯ノ各処ニ建設スル者其数三百五十基アリ、其創立ヨリ本年 ○明治九年 五月廿五日ニ迄ル経費ノ総計金拾七万千五百五拾六円六拾五銭八厘、其点費トシテ諸レヲ市井ヨリ徴集スル所ノ金六千三百拾円九拾六銭則金拾六万五千弐百四拾六円六拾八銭八厘是会議所ノ貯蓄金ヲ以テ市弁《(支)》スル所ナリ
○下略