デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

3章 商工業
21節 瓦斯
2款 東京府瓦斯局
■綱文

第12巻 p.441-442(DK120054k) ページ画像

明治12年6月13日(1879年)

曩ニ仏人技師ペレゲレンヲ解雇セシガ、改メテ東京石川島造船所平野富次傭英人技師アーチボールド・キングヲ同年七月ヨリ一ケ年ノ雇傭契約ヲ以テ一ケ月三日宛ニテ雇入レタキ旨、是日栄一瓦斯局事務長トシテ府庁ニ上申ス。


■資料

瓦斯局書類綴込 明治十二年自一月至十二月会計課(DK120054k-0001)
第12巻 p.441-442 ページ画像

瓦斯局書類綴込  明治十二年自一月至十二月会計課 (東京府文庫所蔵)
    英人キング日雇之義ニ付上申
当局工事模様査察之義ハ、客年当局傭仏人ペレゲレン解約雇止メノ節予メ具申仕置候通リ、現今当局工事掛リノ者而已ニテハ十分行届キ候共難申、誠ニ増瓦斯建設中ニモ有之候ニ付、即今平野富次雇入有之英人キングナル者ハ瓦斯専務之者ニは無之候得共、総テ器械運転等之事ニハ熟練之者ニ有之候付、此度平野富次ヘ申談之上右キング氏ヲ壱ケ月ニ三日宛出頭為致、且右雇給ハ三日分ヲ壱円銀貨ニて四拾円ト定メ其余臨時相頼候節ハ壱日ニ付同銀ニて拾五円ヲ支給致、来ル七月より月極メヲ以テ予メ向壱ケ年間相雇申度、左候得は増瓦斯建築及鉄管布列等モ時々工事之都合ニ補助ヲ得テ一段懸念無之様奉存候間、別紙平野富次えノ文通案相副此段上申相伺候、早々何分之御指揮奉仰候也
  明治十二年六月十三日
                瓦斯局事務長
                  渋沢栄一 
    東京府知事楠本正隆殿

    平野富次ヘ文通案
拝啓、然は過日来御相談仕候貴家御雇英人キング氏ヲ瓦斯局ヘ出勤為致候義ハ、壱ケ月ニ三日間ト相定、右雇給ハ三日間ニ付壱円銀貨四拾円トシ、来ル七月より月極ヲ以テ予メ向壱ケ年間相雇申度、尤モ其余当局之都合ヲ以テ臨時出勤ヲ相頼候節ハ、壱日ニ付同銀拾五円ヲ支給可致、若又右三日之中貴家之都合ニて欠勤致候節ハ、本文日割ヲ以テ引去可申、且又瓦斯局都合ニヨリ向壱ケ年間ト雖モ出務相断候節ハ、該月限リ雇給之外ハ支給不致筈ニ取極申度候付、此段及御照会候間否哉御確答被下度候也
 - 第12巻 p.442 -ページ画像 
追て出勤日ハ御協議之上相定可申、且又出勤中食事其外共一切の費用ハ当局ニ於テハ都て関係不致候間、此段副て申進置候
 明治十二年六月 日
                  瓦斯局事務長
                     渋沢栄一
    平野富次殿
                      (東京瓦斯局)
  ○英人技師キングナル者詳カナラザレトモ「東京石川島造船所五十年史」ニ左ノ如ク記ス。
   「明治十二年(一八七九年)政府は幕府が横須賀海軍造船所と並立せしむる為、慶応元年横浜石川口に設立せし横浜製鉄所をも廃止したれば、平野氏は海軍省に出願してこれが借用を許され、横浜石川口製鉄所と改称し、英国人技師アーチボールド・キング氏を傭聘し、こゝに舶用機関及び諸機械の製造を開始したり。」