デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

3章 商工業
21節 瓦斯
3款 東京瓦斯株式会社
■綱文

第12巻 p.632-647(DK120078k) ページ画像

明治24年9月3日(1891年)

是ヨリ先、東京市会ハ瓦斯灯電気灯調査委員ヲ設ケ、瓦斯電気両灯ノ光力ヲ比較セシメ、其結果瓦斯灯ヲ採用スルコトニ決シタルガ、コノ間栄一、
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採算ヲ無視セル競争ヲ避ケシメンガ為メ、是日東京電灯会社幹事皆川四郎ニ書ヲ致シテ注意ヲ促ス所アリ。


■資料

渋沢栄一 書翰 皆川四郎宛(明治二四年)九月三日(DK120078k-0001)
第12巻 p.633 ページ画像

渋沢栄一 書翰  皆川四郎宛(明治二四年)九月三日  (皆川厳氏所蔵)
残炎赫々之候益御清適御坐可被成奉賀候、然者兼而東京市会ニ於て一問題と相成居候瓦斯電気灯光力比較之事ハ本月一日より実施相成候処此程聞知する処ニてハ電気灯会社ニてハアーク灯之方ニテ不充分と相成候上ハ白熱灯を以て瓦斯灯同様之灯台を設置し、是非とも光力之競争ニ打勝、街灯ハ電気灯会社へ引受候様との計画中之由、尤も右様被成候而も営業上利益有之候事なれハ、詰リ電気瓦斯之比較上優勝劣敗之原理ニ帰し候事故、素より不得已次第ニ候得共、もしも計算上ハ第二之問題とし只光力競争之勝を制する之趣意のみニ出候様ニてハ営業上之競争と難申、頗ル残念之事と存候、貴社とても管理者ニハ安田藤本君も有之、実務ニハ貴台御担当ニ付必ス右様之義者有之間敷と存候得共、昨今之聞知ニてハ殆ント勘定上ニ頓着せす単ニ瓦斯灯之領分を掠奪之主義ニ出候哉ニ申唱候者も有之候間、一応御模様相伺候、何卒右辺御注意被下度候、尚委細拝光可申上候得共不取敢書中此段申上候
                         匆々不宣
  九月三日                渋沢栄一
    皆川四郎様
  ○皆川四郎ハ当時東京電灯会社幹事タリ。


渋沢栄一 書翰 皆川四郎宛(明治二四年)九月五日(DK120078k-0002)
第12巻 p.633 ページ画像

渋沢栄一 書翰  皆川四郎宛(明治二四年)九月五日  (皆川厳氏所蔵)
華翰拝読然者街灯点火之事ハ今日之委員会ニ於て殷煥灯を以再試験と申事ハ取止候都合ニ議決いたし候由、右ニ付態々尊来被下候由之処小生義今日ハ商業会議所集会ニ出席致居、其為拝眉も不仕失敬之至ニ候右様議決相成候上ハ瓦斯会社も大に安心之次第御厚配陳謝之至ニ候、右不取敢拝答申上候、尚其中拝眉相伺可申候 匆々不一
  九月五日                渋沢栄一
    皆川四郎様


渋沢栄一 書翰 皆川四郎宛(明治二四年)九月十日(DK120078k-0003)
第12巻 p.633-636 ページ画像

渋沢栄一 書翰  皆川四郎宛(明治二四年)九月十日  (皆川厳氏所蔵)
華翰拝読然者市街点灯競争之事ハ尚又物議相生し候処、安田氏之論弁ニより漸く再試験ハ見合之事ニ決定之由、段々之御厚配万謝之至ニ候小生敢而私情より賢台へ相願候義ニハ無之候得共、過日も縷陳仕候通リ一方ニハ地方業務上《(マヽ)》ニ徳義消滅と申有様も歎敷と存、一方ニハ瓦斯会社株主之苦情相生し候も懸念ニ付彼是痛心仕候義ニ御座候、先以安田君之御尽力ニて右様相成候ハ真ニ難有奉存候、此段拝答如此御座候
                            不宣
  九月十日                渋沢栄一
    皆川四郎様
  ○右栄一書翰中ニ陳述セル東京市会ニ於ケル瓦斯電気両灯ノ光力比較問題発生ノ端緒ハ、明治二十四年二月十七日第一号議案タル東京市明治二十四年
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度歳入出総計予算可決前、同案中ノ歳出経常費第八款瓦斯街灯費(瓦斯街灯四百七十五基、一基一ケ月金弐円六十銭合計壱万四千八百弐拾円)予算上議ノ際、議員松田秀雄ヨリ次記ノ如キ大意ノ建議提出アリタルニ始ル。即チ『瓦斯街灯費ヲ市ヨリ支出スル以上ハ、其光力ノ強弱、代価ノ高価等ヲ調査セザルベカラズ。聞ク所ニ依レバ、瓦斯灯ニ比シテ電気灯ハ光力強ク且ツ廉価ナリ、若シ果シテ斯クノ如クンバ市ノ経済上已ムヲ得ズ、瓦斯灯ヲ廃シテ電灯ヲ用フルノ外ナシ。此際本市ト瓦斯会社トノ関係、及電灯ノ光力、安危、点火料ノ差違等ヲ充分ニ調査センコトヲ望ム』ト。右ニ対シ賛否アリテ風間信吉、左ノ動議提出アリタリ。即チ『瓦斯会社ノ基本トモ云フベキ瓦斯街灯ヲ廃止スルトキハ瓦斯会社ノ浮沈ニ関スル重大ナル問題ニシテ軽々シク議決スベキモノニ非ズ。依テ調査委員五名ヲ選定シ、本市ト瓦斯会社トノ間ニ如何ナル関係アルカ、又電気灯ハ果シテ危険ノ虞ナキヤ、且ツ瓦斯灯ニ対照シテ光力ノ強弱、点火料ノ高低等ヲ此ノ会期中ニ充分取調ベシメ、其報道ヲ俟テ本款ヲ議スル事トシタシ』ト。結局右ノ動議ノ通リ期限付ニテ、松田秀雄・宇川盛三郎・芳野世経・浦田治平・風間信吉ノ五名調査委員ニ当選シ、調査ニ掛レリ。種々調査ノ末、松田秀雄ハ委員会ヲ代表シテ左ノ如キ大意ノ報告ヲナセリ。『此ノ調査タル、瓦斯会社ニ対スル契約及ビ徳義ノ関係如何ヲ主眼トナスベキモノト認メ、委員ハ専ラ此二点ヲ審査シタリ。契約ニ就テハ会社設立命令書中ニ街灯点火ニ属スル条件ハ一モ記載ナク、瓦斯街灯ニ関シテ何等契約ナシ、従テ区部会ハ瓦斯会社ニ対シ毫モ何等ノ義務ナキモノト認定セリ。次ニ徳義上ノ関係ニ於テハ、抑々瓦斯局売却代価ハ該局一ケ年ノ純益金ニ基キ算定シタルモノニシテ、其純益金中ニハ勿論街灯点火料モ包含シ居レリ、又当時ノ区部会ハ表面何等ノ契約ハナサザルモ、瓦斯会社ヲシテ事業ヲ誠実ニ継続セシメ我モ亦徳義上俄ニ街灯ヲ廃減スルガ如キ所置ハナサザルベシトノ精神ヲ以テ売却セシコトハ、当時ノ区部会議事ノ結果ト手続上ノ事実トニ照シテ瞭然タリ。故ニ我々委員ハ全会一致ヲ以テ、別段契約ハアラザルモ瓦斯局売却ノ際現設ノ瓦斯街灯ヲ今更廃止又ハ減少スルハ、瓦斯会社ニ対シテ気ノ毒ノ事実アリト認定セリ。委員ノ意見ハ斯クノ如シ』ト。之ガ報告ニ対シテ調査委員ノ一人ナル風間信吉ハ、松田秀雄君ノ報告サレタル調査委員ノ意見ハ多数ノ圧制ニ依リテ決定シタルモノナリトテ、少数委員ノ意見ヲ述ベ『本会ニ於テ委員ヲ設ケタル主意ハ単ニ契約及ビ徳義トノ関係ヲ調査スルノミヲ以テ足レリトスルニ非ズ。電気ト瓦斯トノ光力、点火料ノ比較及ビ電気ノ危険性ヲモ調査ノ委託ヲ受ケタルモノト信ジ、右報告ハ殆ンド無効ニ等シ』ト駁ス。松田秀雄更ニ之ヲ反駁ス。結局伴直之助ノ動議ニテ、第一瓦斯街灯点火料ヲ調査シ時宜ニ依リ之ヲ減ズルノ見込ヲ立ツル事、第二瓦斯灯ト電気灯トノ優劣ヲ調査スル事、但必要ノ場合アルトキハ今後契約ノ見込ヲ立ツル事、第三電気灯ヲ以テ優レリト決スルトキハ之ヲ用フル方法ヲ定ムル事、第四瓦斯灯ヲ廃スルトキハ之ヲ廃スルニ至ル迄ノ年限等其処分ニ関スル方法ヲ定ムル事、以上ノ条件ヲ調査スベキコトヲ可決シ、宇川盛三郎・伴直之助・鈴木信仁・伊沢修二・末吉忠晴ノ調査委員五名ヲ選定セリ。其調査顛末ヲ七月九日ノ会議ニ於テ左ノ如ク報告セリ。
      瓦斯灯電気灯調査委員第一回報告
   本年二月二十日本員等該調査委員ニ選挙セラレシ以来、怠ラス其調査ニ従事スト雖モ、未ダ終了ノ運ニ至ラス。今其経過ノ大略ヲ報告シ諸君ノ参考ニ供ス。
   第一 電気街灯ノ事タル、学理上ニ関スルモノ少ナカラザルニ依リ、専門学家ノ結成セル電気学会ニ対シ、十箇条ノ質問ヲ発シ、其調査ヲ依頼セシニ、幸ニ該会ノ承諾ヲ得、一応ノ答案ハ得タレドモ、調査費ノ関係等ヨリ、未ダ十分精確ナル成績ハ得ルコト能ハザリキ。
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  第二 瓦斯会社ニ対シ、街灯点火料ノ減額ヲ聞合セシニ、瓦斯会社ハ、府庁ヨリ瓦斯局払下ゲニナリシ当時、街灯点火ノ期限ヲ出願セシニ、府会ニ於テハ永年契約ノ議権之レナキユヘ、契約ハ為シ難キモ、徳義上約セシモ同様ノ旨、府庁ヨリ諭示セラレ、其諭示ニ服従シ、瓦斯事業ヲ継続シ来リシト雖モ、時勢ノ変遷ニヨリ他ニ競争者ノ出ル上ハ、困難ヲ忍ビ街灯一基一箇月金弐円参拾銭迄ニ点火料ヲ減ズベキニ依リ、此際向フ十五箇年間点灯ノ契約ヲ結ビ度旨申出デタリ。
   第三 前条ノ申出ニ対シ、向フ十五年間ノ契約ヲ為スニ非レバ、瓦斯点灯料ヲ前条ノ価格ニ下グル能ハザルカ、又其年限ハ多少減縮シ得ベキカ、又無年限ニテモ何分ノ減価ハ為シ得ベキカノ三点ヲ問合ハセシニ、無年限ニテハ減価シ難シト雖モ、調査上ノ都合ニ依リ、止ムヲ得ザレバ多少年限ハ減縮スベキ旨ヲ回答シ来レリ。
   第四 瓦斯、電気両街灯ノ事タル、単ニ学理上ヨリ論断スベカラザルモノアルニ依リ、先ヅ其光力ノ優劣ヲ実地ニ試験スルヲ必要ナリト認メ、其場所ハ従来瓦斯灯ノ点火アリ、且衆人ノ観察ト、利害ノ判断ニ便ナルノ地ニ於テスルヲ至当ナリト決シ、電灯会社ニ対シ、右試験ノ成否ト、費用ノ如何トヲ問合セシニ、固ヨリ公共ノタメ試験セラルヽコトナレバ、該会社ニ於テ無代価ニテ弧光灯五基(瓦斯灯十基ニ対シ電気灯略ボ一基ノ割合)ヲ建設シ、無料ニテ十五日間点火シ、以テ実験ノ用ニ供スベシトノ答ヲ得、乃チ其場所ハ京橋・日本橋ト定メ、目下建設ノ許可ヲ其筋ニ出願中ニ係レリ。
    右及報告候也
      明治二十四年七日九日
                      瓦斯灯電気灯調査委員連名
   右ハ単ニ市会ヘ報告アリタルノミ。次イデ同年八月二十四日ノ会議ニ於テ左ノ第二回報告アリタリ。
      瓦斯灯電気灯調査委員第二回報告
   去月九日第一回報告第四項ニ基キ、来ル二十五日ヨリ向十五日間京橋・日本橋間ニ於テ、試験ノ為メ電気街灯ヲ点火スルノ運ニ至リシニ付キ、実地ノ景況ニヨリ試験区内ノ瓦斯灯ヲ点セサル場合モ可有之、依テ此義本会ニ於テ承認セラレンコトヲ希望ス。
      明治二十四年八月二十四日
                          調査委員連名
       市会議長 楠本正隆殿
   右報告ハ同日開会ノ市会ニ於テ、多数ニテ承認スル事ニ決セリ。斯クテ同年九月二十九日ノ会議ニ於テ、伊沢修二ハ委員会ヲ代表シテ、電気灯点火実験ノ結果ヲ左ノ如ク報告セリ。『予テ諸君ニ通報セシガ如ク、京橋・日本橋間ニ弧光灯五基ヲ点ジ、八月二十七日ヨリ五日間之ガ燭力ヲ試験シタリ。其成績ハ、夙ニ諸君ノ熟知セラルヽ所ナルベキニ依リ本員又別ニ喋々セザルナリ。其後試験満期、即チ八月三十一日ニ至リ電灯会社ハ、現在試験ニ供セル弧光灯ヲ撤却シ、更ニ瓦斯灯ト同数ノ殷煥灯ヲ建設シ、之ガ試験ヲ受ケタシトノ趣ヲ申出デタルニ依リ、委員ハ之ヲ承諾セシガ、九月十日ニ及ビ同会社ハ再ビ書面ヲ提出シ、曩ニ要請シタル殷煥灯試験ノ義ハ、拠ナキ都合アルヲ以テ取消アリタキ旨申出デタリ。其拠ナキ都合トハ果シテ何事ナルカ、素ヨリ之ヲ知ルニ由ナキモ、同社員ノ云フ所ヲ聞クニ、電灯会社ハ瓦斯会社ト競争スルコトヲ好マズ、是ヲ以テ殷煥灯試験ヲ見合セタシトノ趣意ナルガ如シ。且ツ我々委員ニ於テモ、電気灯ヲ街灯ニ用フルノ可否ハ、大抵先夜ノ試験ニ由テ会得シタル所アルニ依リ、最早再ビ試験ヲ行フノ必要ナシト認メ、旁々会社ノ申出ヲ諾シ、尋デ種々審議ノ末、現設ノ瓦斯街灯ハ、当分従前通リニ据置クノ外ナシト決定シタリ。尤モ橋台又ハ広場等ニ点ズル街灯ハ、瓦斯灯ヨリモ弧光灯ヲ以テ優レリト考フ。電気灯試験ニ関スル報告ハ、則チ斯クノ如シ。是ヨリ瓦斯街灯点火料、及其点火期限ニ就テ一言スベシ。第一回報告書ニモ記載シタル如ク、我々委員
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ハ三月二十七日ヲ以テ、瓦斯会社ニ対シ、街灯点火料ノ減額方ヲ聞合セタリ。然ルニ同会社ハ五月二日ニ至リ、拾五箇年間引続キ点火ノ契約ヲ結バレナバ、街灯一基一箇月ノ点火料、金弐円参拾銭迄ニ低減スベキ旨ノ答書ヲ出セリ。此ニ於テ委員ハ、六月二十六日再ビ契約期限ノ減縮方等ヲ聞合セタルガ、該会社ハ同月三十日ニ至リ、敢テ困難ヲ忍ビ、少許ノ年数ナラバ減縮スベキ旨申出デタルヲ以テ、爾来委員ハ屡々集会シ、成ルベク契約期限ノ短カランコトヲ欲シ、同会社ニ向テ或ハ五箇年ニ、或ハ十箇年ニ種種相談シタルモ、議遂ニ熟セズ、結局会社ハ九月二十六日ヲ以テ、来年度ヨリ向フ十二箇年間点火ノ契約ヲ結ビ、而シテ其点火料ヲ一基一箇月金弐円参拾銭ニ低減センコトヲ申立テ、尚ホ今後新タニ建設サルヽ街灯ニハ、十五箇年間点火ノ契約ヲ結バレ度旨附記シタリ。由是観之、瓦斯街灯ナルモノハ拾五箇年継続点火シ、而シテ後之ヲ廃スルモ会社ノ経済上ニ於テハ更ニ損失ナキモノヽ如シ。然ラバ現設ノ街灯タル、明治十八年九月ノ払下ニシテ、爾来六箇年余ノ裘葛ヲ易フルニ依リ、今後十箇年ノ契約ヲ結ビナバ、前後通ジテ十六箇年余トナルベシ、左レバ此年期後ニ於テ仮令瓦斯街灯ヲ廃スルコトアルモ、会社ニハ何等ノ迷惑ナキ筈ナリ。故ニ委員ハ、現時ノ瓦斯街灯点火料ヲ一基一箇月金壱円参拾銭《(マヽ)》トシ、而シテ其点火期限ヲ今後十箇年ト定ムルヲ至当ト認メタリ。』以上ノ伊沢修二報告後本問題ハ一日ヲ争フ程ノ急要事件ニ非ズトナス芳野世経ノ動議成立シ、瓦斯問題ハ二十四年中ニハ遂ニ議題ニ上ラザリキ。翌二十五年三月十四日ノ会議ニ於テ最後ノ報告ヲ為シ、委員ハ依託条件四個ニ対シ左ノ如キ意見ヲ決定セリ即チ(一)街灯ハ姑ク現在ノ儘ニ据置キ、而シテ其点火期限ヲ今後改約ノ時ヨリ起算シテ、向フ十箇年トシ、且ツ点火料ハ壱基一箇月金弐円参拾銭ノ割合ヲ以テ、瓦斯会社ト契約スルヲ相当トスル事。(一)橋台若クハ広場ニハ、瓦斯灯ヨリモ弧光電灯ヲ優等ト認メシ事。翌十五日ノ会議ニ於テ賛否両論アリタレドモ採決ノ結果調査委員ノ報告通リ可決セリ。


東京経済雑誌 第二四巻第五九三号・第五二九―五三〇頁〔明治二四年一〇月一〇日〕 ○瓦斯電気両街灯の優劣調査問題の結局は如何其一(DK120078k-0004)
第12巻 p.636-637 ページ画像

東京経済雑誌  第二四巻第五九三号・第五二九―五三〇頁〔明治二四年一〇月一〇日〕
    ○瓦斯電気両街灯の優劣調査問題の結局は如何 其一
東京市近来の大問題たる水道公債の件略ぼ緒に就かんとするに当りて更らに又た至重なる問題の襲ひ来るものあり、瓦斯街灯電気街灯の優劣調査問題即ち是れなり、抑々本問題は去る二月二十日の市会に於て四十二番議員伴直之助氏の発議により、十三人に対する二十九人の多数を以て可決せられ、宇川盛三郎・伴直之助・鈴木信仁・伊沢修二・末吉忠晴の五氏之れか調査委員に挙けられたるに起る、爾来調査の為めに八旬の日子を費やし九月廿九日に至りて遂に調査結果の報告を見るを得たるものなり、余輩は玆に於て当初発議者の提出せし要旨と調査の結果報告とを対照するを以て最も緊要なりと認む
発議者か調査すべしとして提起せし発議の要旨は凡て四個条なり、曰く
 第一 瓦斯街灯点火料ヲ調査シ時宜ニ依リ之ヲ減スルノ見込ヲ立ツル事
 第二 瓦斯街灯ト電気街灯トノ優劣ヲ調査シ必要ノ場合アルトキハ今後契約ノ見込ヲ立ツル事
 第三 電気街灯ヲ以テ優レリト決スルトキハ之ヲ用フルノ方法ヲ定ムル事
 第四 瓦斯街灯ヲ廃スルトキハ之ヲ廃スルニ至ルマテノ年限等其ノ処分ニ関スル方法ヲ定ムル事
 - 第12巻 p.637 -ページ画像 
以上四箇条なり、而して調査委員の報道の略に曰く
 第一 委員ハ電気灯会社ノ請願ニヨリ議会ノ承認ヲ経テ京橋日本橋両橋間ニ五基ノ「アーク」灯ヲ点火シ実地ニ就テ試験セリ、其ノ成績及ビ光力ノ如何ハ委員及議員諸氏ニ於テ実見セラルル所ノ如シ
 第二 次テ委員ハ電気灯会社ノ再願ニヨリ目今設置セル瓦斯街灯ノ数ニ準シ京橋日本橋両橋間ニ三十九基ノ「インカン」灯ヲ点火シ更ラニ同灯ノ光力ヲ試験スルコトヲ許可セシモ、会社ガ前願ノ取消シヲ申出タルニ付之ヲ許容セリ、依テ電気街灯ノ試験ハ玆ニ止メタリ
 第三 之ヨリ先キ委員ハ瓦斯会社ヘ点火料直引ノ事ヲ協議セシニ、向フ十五ケ年間使用ノ契約ヲ結ブ以上ハ一基ニ付キ金二円六十銭ヲ金二円三十銭(総計四百七十五基、即チ一ケ年ニ付キ金一千七百十円ノ減下)ニ直引スベキ旨ヲ答ヘタリ
 第四 然レトモ委員ハ瓦斯会社ヨリ申出テタル直引ノ点火料ニテ向フ十ケ年間ノ使用ヲ契約スルコトヲ至当ト認メ、同会社ヘ協議ノ末年限ヲ十二ケ年間ニ短縮スルコトトナリテ未タ全ク委員ノ意見ノ如クナラザルモ、猶ホ前議決ヲ至当トシテ玆ニ報告スルニ至レリ
此の報告は去る二十九日の市会に於て報告せられたる大要なり、即ち調査の結果は左の如しと云ふべし、曰く、瓦斯街灯点火の事は従前と異なるなく、唯々点火料に於て壱基壱ケ月分金参拾銭を減下し、壱ケ年四百七十五基の総計に於て、金壱千七百拾円を減し、依て此金額の市費を節省したることを知るべし
其の結果は蓋し斯の如しと雖とも電気と瓦斯との優劣は一市一府の問題にあらずして実に世界の大問題なり、学士も実際家も倶に刮目して之れが得失成敗の判別を待ちつゝあるなり、殊に本市に於ける此の優劣問題に関しては従来の縁故情実の纏綿するものあれば、余輩は本問題の如何に市会に於て議決せらるゝに拘らず二三稿を累ねて卑見を陳せんと欲す、況んや市会に於ては未だ其議決に至らざるをや、故に玆に該問題を提起するに至れり


東京経済雑誌 第二四巻第五九五号・第六〇一―六〇三頁〔明治二四年一〇月二四日〕 瓦斯電気両街灯の優劣調査問題の結局は如何其二(DK120078k-0005)
第12巻 p.637-639 ページ画像

東京経済雑誌  第二四巻第五九五号・第六〇一―六〇三頁〔明治二四年一〇月二四日〕
    瓦斯電気両街灯の優劣調査問題の結局は如何 其二
思ふに、電気・瓦斯両灯優劣の問題は、近頃初めて我か国に起りしと雖とも、英仏に在りては、十六年以前より間断なく争論の中に没入せられて未だ決定の場合に至らざるなり、其の間或は電気を止めて瓦斯を置き、或は瓦斯を廃して電気を設くるなど、試験の区域は単に学士技術家の試験室に止まらず、実際巨大の資金労力を費やして、而して其の結果の不満足なること斯の如し、其の至難の問題たるや知るべきなり
我か東京市に於ける瓦斯電気両街灯優劣の問題たる単に光力の如何を以て判定すべからざるなり、費用の点、放光の点、美観の点、危険の点、施設の点は固より言ふまでもなく、以上の諸点決するの後ち、之
 - 第12巻 p.638 -ページ画像 
か採用の方法即ち当初伴直之助氏か発議の要旨に言へる事項を決定せざるべからざるなり、是に於て乎適当の見解を得んと欲せば、勢ひ既往に遡ぼりて、瓦斯会社と東京市との関係を一言せざるべからざるに至る
抑々旧瓦斯局の廃止即ち瓦斯払下の事如何と問ふに、実に明治十八年六月臨時東京府区部会の決議に基くなり、而して何故に当時之を払下けしや、又た府庁は当時払下人に対し、払下人は府庁に対し、如何なる関係即ち権利義務を有せしや、之を聞く、初め東京瓦斯局なるものは深き考慮のありて起りしにあらず、偶然一時の出来心に出で、明治の初め府下人民の共有金を用ひて、瓦斯器を購入したるに起因せりと云ふ、当時諸器械整はず、灯光亦た従て不満足なりしが、明治七年の末、始めて瓦斯街灯の点火を試み、広く公衆の望に応するに至ると雖とも、需要甚だ少なく、其の後更らに規摸を拡め器械を増し、明治十二年七月東京府区部会が同局を管理するに至りて諸事稍々整頓するに至れり、然れども十二年以後引つゞける物価の騰貴と商業の不景気との為めに需用者多からずして未だ収支相ひ対するに至らざる際、明治十四五年の交、電気灯の説亦た頻りに起りて速かに同局を処置するの必要を生せり、仍て之を売却すべしとの議当時当局者の間に起りしも如何んせん、よし全局を挙けて公売に附するも、猶ほ僅かに経費の半額にも及はずとて、此の議終に止みしとかや、爾来事務は次第に整頓し、需用者は漸く増加し、明治十五年以降は稍々相当の利益を得るに至りしも、玆に営業上甚だ不利益なる事情起れり、即ち当時当局者の言ふ所によれば瓦斯局は府庁の監督を受け、府庁は区部会の議決を経ざるべからずして、其の間に費やす所の冗費と徒労とは非常にして且つ此の究屈なる制度に撿束せられて自由営利的の仕事を為す能はず、従ひて業務の伸暢も亦た到底望むべからざるに至れりと、是れ瓦斯局の公売せられし最大最重の理由なりと余輩は聞く
当時東京府庁か区部会へ提出せられたる瓦斯局売却案(即ち明治十八年度より同二十年度に至る区部共同金収支予算議案)の説明中曰へるあり
 該局ノ事業ハ漸次伸張シ需求者陸続絶ヘズ業已ニ最初予期ノ事業極度ニ達セシノミナラズ、殊ニ現今御造営ノ 皇居ニ許多瓦斯引用ノ設計アルニ遭遇セリ、今其ノ需求ニ応センニハ固ヨリ相当ノ利益アルベシト雖モ工場器械ニ数十万円ヲ要スベシ、加之瓦斯引用ノ数逐日増加シ其ノ遂ニ全府内ニ普及スルニ至ル迄ハ屡々増費ヲ要スルコト必然ナリ、於是瓦斯事業ノ得失ヲ考フルニ旧慣ニヨリ府庁ニテ管理スルトキハ制規ニ撿束セラレ諸事官庁ノ躰裁ニ準シ従テ多費不便ノ遺憾ナキニ非ス、之ヲ私立会社ニ委スルトキハ会社ノ例習ニ依リ便宜ノ方法ヲ設ケテ処理スルヲ得、多少ノ費用ヲ減少シ業務暢達スルノ利益亦誠ニ少カラザルヘシ、蓋シ該局ノ業務タル一般ノ工業ト異ナルニアラス、固ヨリ私会社ノ性質ニ適スルモノナリ云々
又た本案の説明者として討議の日議会に臨まれたる銀林書記官の説明は以て簡単に売却の要旨を言顕はせりと思はる
 此ノ事業タル商売上ノ性質ヨリスルモ随分危険ノモノナリ、例ヘハ
 - 第12巻 p.639 -ページ画像 
瓦斯管ノ破損セル如キアリテ其ノ点火ニ差支ヲ生スルアランカ、引用者ニ向テ其ノ損害ヲ弁償セザルベカラザル等ノコトアリ、余リ安心ノ出来ルモノトハ思ハレズ云々
之を聞く、瓦斯局創始以来明治十八年迄区部共有金支出の金額は実に金六拾弐万五千百余円に上る、但し同局より返戻せし金参拾六万九千三百余円、並に明治七年十二月より同十年二月までの灯点火料収入未済金参万六千九百余円は同局の資金より適当に扣除せらるべきものにして其の残額は金弐拾壱万八千九百余円なりと、而して一ケ年の収入は金七万八千弐百余円にして諸経費一切を引去りて猶ほ金弐万四千余円の純益を生せり、故に当時瓦斯局の事業たる少なくも壱割以上の利益を共じ得ること極めて容易なりとす(該案討議の日番外一番銀林書記官は、実際壱割壱厘位に当ると明言せり)此の利益ある事業を最も好望ある明治十八年に於て金弐拾四万円三ケ年賦にて売却せんとす、区部会に於て稍々反対の説起りしと雖とも、府庁の之を管理するに於ては不便不利なりと云ふの理由によりて原案の通り可決し、瓦斯局は金弐拾四万円を以て売却せられたり、


東京経済雑誌 第二四巻第五九六号・第六三五―六三七頁〔明治二四年一〇月三一日〕 瓦斯電気両街灯優劣調査問題の結局は如何其三(DK120078k-0006)
第12巻 p.639-641 ページ画像

東京経済雑誌  第二四巻第五九六号・第六三五―六三七頁〔明治二四年一〇月三一日〕
    瓦斯電気両街灯優劣調査問題の結局は如何 其三
東京府瓦斯事業払下の事情は以上述ふるか如し、而して瓦斯会社は明治十八年九月を以て組織せられたり、当時本事業払受入は之が為めに損失せし乎、将た利益せし乎、其は暫く措き兎に角、瓦斯会社株券の売買は甚た盛にして其価格亦非常に暴騰せり、則ち開業以来多額の配当を為したる結果として、明治廿年二三月の交、六十円払込の株券百四十円以上に達せり、此事実たる蓋し該事業の有利なることを示して余りあるべし、爾後自治制の施行に際し、瓦斯灯費目の市会に移されし等幾分の変遷あり、灯基に多少の増加ありしと雖も、会社は一定の点火料を支払はれて平穏無事に五ケ年を過きげ《(ぎけ)》り
玆に今春東京市会に於て明治廿四年度の収支予算を議するに当り、一の波瀾を生せり、即ち本市は永久瓦斯灯を使用せざるべからざるや如何、若し之に優れる光灯の発明あるに当りては如何との事是れなり、而して此の疑問調査の事、遂に四十四番松田秀雄氏によりて提出せられ、全会一致を以て可決の後特に調査委員五名を選定することとなりて、松田・宇川・芳野・風間・浦田の五氏其の選に当る、是れ本年二月十七日なり、次で同月廿日松田氏委員調査の結果を報道して曰く、委員は瓦斯事業を会社に払下けたる当時の書類を取調べ、又は銀林書記官に就て質せし所によるに本市は会社に対して使用上の契約なく、然れとも当時の命令書中「会社は事業を誠実に継続すベし」との明文ある以上は今に於て瓦斯灯の使用を廃し若くは減少するは気の毒の事と認めたりと、是に於て瓦斯問題は一段落を告けんとする際、更らに進みたる発議、即ち本篇の第一に掲けたる発議出で来れり、是れ他なし、元と松田氏の発議が全会一致を以て可決せられしは篤と電気灯と瓦斯灯との優劣を取調べ、場合によりては之を改置すること本市の利益なるべしと云ふこと議会の意見なりしに、此の報道たる単に過きに
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し払下当時の事情を取調べて其の変改の気の毒なることを証明したるに過きざればなり、然れとも市費は即ち租税にして、瓦斯灯費の支出は即ち悉とく此の租税を以てせらるゝ以上は、光力美観の如何んと又た経費の多少を謀りて相当の変更改良を施こすことは正当にして固より本市の利益なるべし、更らに進みて其優劣を精査すべしとの発議は真に時機に合し、自然に適ふものなり
此の問題の市会に起るや、東京電灯会社は瓦斯に代りて取らんとせし乎、将た唯々議会の参考に供せん為めのみなる乎、本年二月廿日附を以て街灯請負願を、市会議長に差出せりと云ふ、該願書の要旨を聞くに、皇居に於て使用せらるゝ一千二百燭力の弧光灯は瓦斯灯拾に対する一の光力あり、若し之にて不充分なるときは、其不充分なる場所に殷煥灯を加へ点すべしとの意を以て、現今使用せる瓦斯の灯数に準して、左の建設見積を立てたりと云ふ
 一壱千弐百燭力弧光灯        四十八基
    右一ケ年終夜点火料   金八千六百四拾円
      但一基終夜点火料一ケ月金拾五円の割
    右弧光灯器具損料    金壱千百五拾弐円
      但一基に付一ケ月金弐円の割
     合計        金九千七百九拾弐円
若し此の目論見計算にして果して信拠すべくんは、市費の節せらるゝこと固より論を俟たずと雖も、如何にせん電気灯を以て街灯となすことに付ては欧米に於て頗ぶる議論の存する所にして、本市会も亦た玆に見るある乎、今回は全力を振ひて、出来得る丈け精細に審査せんとの意気込を以て、着々其の歩を進められたるは余輩市民の只管ら感佩する所なり
新委員か第一着の手段は第一、瓦斯街灯の減価に関する協議、第二、電気灯の学理上の研究と実地の試験にてありき
第一の瓦斯灯点火料直下けの事は三月廿七日を以て始めて協議の端を開らき、九月廿六日を以て局を結びしか、其の結果は会社は四百七十五基に対する一ケ年の点火料を金壱万三千百拾円とし、向ふ十五ケ年間引続き点灯の事を契約せられんことを希望し、委員会は其契約年限を十ケ年とすべしと議決し、協議は終に行き届かずして已みたりといふ
第二の電気灯学理上の研究と、実地の試験とは殆と委員に於て為し得べからざるの事なり、然れども当時電気学会に於て之と同様なる問題に付調査を遂けらるゝに際し、委員は該会に向ひて十ケ条の疑問を発して調査を委托せり、其の質議応答の要は左の如し
第一 通常街灯用に適する電気の種類(交番、接続)電圧及光力
 一街灯用には交番直通両式を用ふれとも直通の方適当なるへし、電灯の種類は弧状灯を用ふるを通例とす
 二電圧は「ランプ」の電圧なれは四十五乃至五十「ボルト」発電機電圧なれは弐千乃至三千「ボルト」
 三光力は千弐百乃至弐千燭光
第二 前項の街灯一基に付実用上に適する光力の達する距離
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   但若干燭力を以て最極点とす
 目下市中に点火しある瓦斯の一基を拾五燭光と認むるときは、千弐百燭光の弧状灯を凡そ四丁に壱本建設すれば現今瓦斯と同じ位の光を放つなれど、地形に依り増設を要する故に平均弐丁乃至三丁に壱本設置すれば可なり
   但電灯の高さは凡そ三十尺なり
第三 燭電に依り人畜の大負傷若くは絶命に至る電動力及強さの概定直通式なれば五百「ボルト」、交番なれば弐百五十「ボルト」以上、尤人躰の健康に依る
第四 欧米諸国の大都府に行はるゝ電気街灯には多く地下線を用ふるや空架線を用ふるや
   但空架線を用ふるものあらば其都府名
 ニウヨルク府、ベルリン、パリーの部分を除くの他は概ね空架線なり
第五 空架線を用ふる場合に当り災害予防等の為め構造上其他注意すべき要項
 一建築を丁寧にすること
 二善良なる絶縁線を使用すること
 三出火の際危険を防ぐ適当の方法を設くること
第六 欧米諸国及本邦にて電気街灯より不虞の災害を起したる実例本邦になし、外国にては高圧電流の為め負傷せし例種々あれ共街灯のみより起因せし災害は不明
第七 第一項の電気街灯を空架線と仮定し、一基に付平均一夜の費用「ランプ」の数線路の延長其他実場の摸様詳細を知るにあらざれは不明
第八 空架線と地下線とにより構造上の費用の差異
   但東京市に最も適当し最も廉価なる地下線架設の考案あらば其案に依りて算定ありたし
第九 欧米の首都に於ける電気街灯の成蹟及沿革
第十 右諸項の外猶貴会にて緊要と認められたる諸項
   第八以下は委しき取調をなさゞれば答ふる不能
又た実地試験の事に付ては委員は東京電灯会社の請願を許可し、八月廿七日より九月三日まで京橋日本橋間に弧光灯五基殷煥灯二基を点して試験したるに、其の結果は稍々不満足にして江湖の喝采を博するに至らざりしかは会社は更らに八月三十一日を以て殷煥灯三十九基(瓦斯と同数)を両橋間に新設して瓦斯灯との優劣を試みられんことを追願し、委員会は之を認許したるも会社が都合上此の再願を取消したるにより、実地の試験は玆に中止せられたり
東京府会、市会に於ける瓦斯問題の由来斯の如し、而して二回まで設けられたる調査委員の決議報道に至るまでの道行きは略ぼ之によりて明かなりと信ず
余輩が街灯に関する意見は委員会の決議と同一なるや否やを言はず、別に一個の論として予て蓄ふるものあり、即ち瓦斯電気両灯併用の説是れなり

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東京経済雑誌 第二四巻第五九七号・第六六九―六七二頁〔明治二四年一一月七日〕 瓦斯電気両街灯優劣調査問題の結局は如何其四(結論)(DK120078k-0007)
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東京経済雑誌  第二四巻第五九七号・第六六九―六七二頁〔明治二四年一一月七日〕
    瓦斯電気両街灯優劣調査問題の結局は如何其四(結論)
顧みれば此調査問題の市会に上ぼりしより玆に九ケ月の久しきに亘ると雖ども、市会の意見未だ何れにも決せざるなり、蓋し彼れ其の決議を鄭重にするに由る乎、余輩は此の際本市の為めに聊か卑見の述べざるべからざるものあり、他なし前篇に於て一言したる電気瓦斯両灯併用の説、即ち是れなり、人あり若し過般挙行したる電気灯瓦斯灯実地の試験如何んと問はゞ、余輩は電気灯の不結果を以て答へざるを得ず電気学会の答辞に曰はずや、千二百燭光の弧光灯を凡そ四丁毎に一本宛建設すれば現今の瓦斯と同様の光を放つべしと、実地の試験は京橋日本橋の間に千二百燭力の弧光灯五基を点し、別に殷煥灯二基を点したり、而して其の結果は如何なりしぞや、其の成果の不満足なりしは単に局外の人のみならず、実地試験の願人たる東京電灯会社の自から認めし所なるにあらずや、今ま電灯試験の結果の一二を言はゞ午前二三時の頃は灯火の明滅数々にして終に数分間は全く消火する事、甲乙両基の全中間は、ぬば玉のあやめを分かぬ暗黒となる事、点灯の下は光力強しと雖とも灯基を隔るに従ひ漸く薄暗となり瓦斯の如く光力の平均せざる事、等は電気灯の顕著なる欠典なりしが如し、余輩之を市会の委員某氏に聞く、委員は此の試験の徒労徒費に属せざらんことを慮り、第一暗黒の夜を選び、第二商家点灯の消滅せし時を選び、成るべく充分に電気灯の街灯たる光力を発揚せしむることを期せしに、其成果の彼か如く不満足なりしは、蓋し電灯配設の宜しからざる事と、地上と「ラムプ」の距離の遠きに過きし為めならんと云へり、蓋し然らん、然らずんば其成果の不印なる焉んぞ斯の如くならんや、行灯は「ラムプ」に劣り、「ラムプ」は瓦斯に及ばず、而して瓦斯灯も亦た漸く電気灯の為めに其の後を窺はる、是れ蓋し自然の順序なり、況んや又た単純なる光力、即ち妨害因のあらざる光力を以て相ひ比ぶるときは電気の瓦斯に優ること殆んど明かにして、此の点に於ては瓦斯は則ち一歩を電気に輸せざるを得ざるをや、又た況んや点灯の基数の如き瓦斯よりも電気に於て大に節減し得べきをや、是に於て乎、電気は頻りに世人の注意を引くこととはなれり
余輩は電気灯の善良なる街灯たるを認む、然れども電気街灯の布設に就て第一に考ふべき事は其の布設の方法なり、電気作用の激烈なるや恰かも其の便利なるの度と相ひ追随して甚た恐るべき災厄を生ずべきは歴然たり、殊に之を広く市中の街灯どして用ふるに於ては此の辺の予防こそいと肝要なれ、譬へば誘電線の如き、架空線たる今日の制度は甚た危険なるが故に、到底之を伏込線と為さゞるべからず、彼の市会の調査委員の質議に対する電気学会の答辞によれば稍々此の危険あらざるが如しと雖とも、余輩の之を言ふもの決して空理に出づるにあらず、誠とに実例実事に基くなり、抑々電気灯は出火の原因となるや否や、の一疑問は上下両議院の焼失によりて一時世論を驚動し其の結局今に至りて未だ確定せられずと雖ども、電気灯は失火の原因たることなし、との証明も亦た世に公表せられざるなり、唯々之のみならず
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電気灯は動もすれば失火の媒介たるべし、とは世の多く許す所なるが如し
電気灯か失火の原因たる乎、或は失火の媒介たる乎の疑問は暫らく措き、失火の際電灯線に触れて死を致せし実例は遠く欧米に求むるを要せず、近く大坂久宝寺町の出火によりて挙けらるゝなり、明治二十三年十一月一日附西村大坂府知事より峰須賀当府知事へ宛てたる照会書に曰く
 一明治二十三年十月二十日午後七時四十分東区南久宝寺町二丁目十六番屋敷竹田勘兵衛方より出火、同九時十分鎮火す、別紙図面の通(図面は略す)
 一右出火の際電灯線焼断し之れに触れて死傷せし者左の如し
         死    二等消防手  山本松治郎 二十一年
         死           橘梅吉   二十九年
         傷    二等消防手  岡本宇之助 二十四年
  右之外間接に電線に触れ電気に感したる者(直接者を救護する為め等にて)数名ありしも死傷に至らす
 一右死傷は何れも電線焼断して地上に垂れたる為め、進まんとして或は之を排除せんとして触れたるものなり、山本松治郎は鞋か電線に触れて仰倒したるものにて当時腹部の辺に電線接し居たり、医師撿按の概略左の如し
  右手拇指背及根部示指中指食指の掌側手腕関節撓骨背部に各壱ケ処の溝状焼烙痕あり深さ筋関に達す、又右大腿外上部に三ケ処及左臀部に二ケ処の小擦過傷あり、之に依て強流の電撃に因り頓斃したるものと鑑定す
橘梅吉は消防手にあらさるも現場に居合はせ、電線の垂れ来るに依り之を排除せんとして感撃せられたるものゝ如し、当時手に一線を掴み他の一線は身体に掛け居たり、医師撿按の概略は左の如し
  左顱頂後頭骨縫部に長五分許の挫創深さ骨質を侵し稍々骨面粗糙なるか如し、前額右側に五厘銅貨大の擦過傷あり、左右膝蓋下部に一厘銅貨大の擦過傷あり、電気の感撃に因て「シヨツク」を起し卒死したるものと認む
岡本宇之助は梯子に拠て屋根に上りしとき電線一条断れ二三歩すると又一条断れて身体に触れんとするにより、之を排除せんとして手に掴みたるまては知りしも其後は何事も知らす既にして人事を弁するに至りたるときは身既に警察署に在りしと謂へり、医の鑑定は左の如し
  右手拇示指間部示指根掌側食指根掌側小指掌側に各一ケ処溝状烙傷あり深さ筋肉を侵す、目下下肢不随起立する能はす、之れ強電を感触し一時人事不省に陥り卒倒せしも適当の療養に由り神識常に復したるものとす、向後三周日の良経過を得は全治すへし
 一電灯会社に於て技師岩垂出火の報を聞き直に発電処に至り注意を
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命し、且諸器械「スウツチボール」を見つゝありしに第四号発電器の「フユーズ」溶解し尋て流電計に多量の電気を見たるに付、「スウツチ」を揚て全線の電灯消したれ共、「フユーズ」にて既に本町橋辺(出火場と同辺)に達する線に異状あることを知り其線を除く外「スウツチ」を元に復したり、而して一面は既に技手辻某を現場に派遣せり、辻某は現場に馳付けしに架線は既に焼断して地に垂れありしを以て直に柱際より全線を切断せりと云ふ
   会社か右等の手当を為したるは全く死傷の後に在りと認めさるを得す、然れとも死傷以前に於て玆に至らしめさるへき手当を為し得たりしや否や、即ち右の死傷は会社の怠慢に因るや否や取調中なるも未た確知するを得す
 一現場に架せるは白熱焼饋電線にして弧光灯饋電線は在らさりしなり
 一電灯線の危険なることは当府既に之を覚知し、客年十二月需用家の取扱上及出火其他非常事変等の場合に於て危険の虞なき様適当の予防法を定め届出認可を受くへき旨を命令書中に追加したり、而して其方法は多数の「スウツチ」を電線中の各要処に装置し社員は勿論警官吏に於ても必要と認むるときは何時にても送電を遮断するを得ることと為し、其他発電局は二三ケ処に分設し又予備線を設け、一方よりの送電を遮るも其遠方にして遮電の必要なき処は予備線に依り他の一方より送電する等の方法を設けしむるの目的にて、会社は既に「スウツチ」の製作に着手し居りしも、未た整頓して認可を受くる場合に至らすして此不幸を見るに至れり
斯の如き実例既に我が国に起りし以上は、大に電灯を採用するに当り余輩は電線の伏込を主張し、架空線は頗ぶる危険ありとして避けんことを忠告せざるべからず、況んや車馬絡鐸、往来織るか如き市街の中央に於て巨柱大木の林立するか如きは市区の体裁に関し、人馬の通行を妨くること少からざるおや、故に余輩は曰く電灯線は須らく伏込線となすべしと、(少なくとも繁盛の市内丈けは)
余輩を以て之を見るに電気瓦斯両街灯の優劣を取調べて、実地に判然之を分たんことは目下殆んど出来得べからざるなり、然れども電気の優点、瓦斯の長所、各々其の互に及ばざる所は今日に於て蓋し明かなるべし、故に彼此の長短優劣を取捨して其の優れる所を用ふるは極めて緊要にして、又た最も巧みなる方法なりと信ず、譬へば大道の四ツ辻、大橋の中央、公園地の高処等遠見遥達を要する所には艶美なる弧光灯を用ひ、普通の道路には通常の瓦斯灯を用ふるが如き是れなり、又た此の併用説を拡張するときは通常の道路と雖とも瓦斯と電気とを交互若くは二三本置きに設くるも或は可なり、且つ又た或る町区を限り電気灯町、瓦斯灯町と各々区別して点火するも不可ならず、又た或は半夜瓦斯灯を点し、半夜電気灯を点するが如きも亦た蓋し費用節減の一方ならん歟、要するに両街灯併用の方法は種々あるべく、必らずしも一灯ならざるべからずと思ふは文明の利器を用ふるの策を知らざるものなり
今や欧米に於ける電気瓦斯両街灯の争論は実地我が国に来りて目下至
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る所に其の紛争を見る、而して其の優劣の未だ確定せざるに当りて急に彼れを廃して之を設け、之を止めて彼を用ふるが如き軽挙は断じて慎しまざるべからざるなり、左ればとて日新の発明、文明の利器、日に我が国に輸入するに当りて、大日本帝国の首都たるものか徒らに世に後れたる旧物を保守して文明の利に依らざるか如きは又た至愚と云はざるを得ず、故に彼れ果して優れる乎、此れ果して劣れる乎、其の差の未た判然せざるに当りては、俄かに旧物を棄てずして漸次に新物を用ふること、即ち新旧併用の事は最も安全にして且つ最も便利なる方法なるべし、況んや電気一たび出で、瓦斯の将さに勢力を失はんとするや、瓦斯に於ける進歩亦た次で起りて雄を振ひ、電気も亦た愈々新発明を加へて旧物を破らんとし、両虎相ひ戦ひて勝敗の数未だ決せざるをや、依然旧物を固守するは非なり、而して俄然新物に代ふるも亦た失敗の原因となるべし
余輩は望む、此問題に就て本市の市会議員たるものは須らく本市の経済と、本市の安全と、本市の灯光との外何物をも見る勿らんことを、一方に於ては本市の為めに更らに新規なる、更らに改良せる灯光を得ると、同時に灯火料の減省を為すことを得ば、余輩は諸士を以て真に其の職任を尽したるものとし、最も公義と深切とを重んずるものとすべし、是れ豈に両灯併用の事に外ならんや (完)



〔参考〕竜門雑誌 第三五号・第一五―一八頁〔明治二四年四月二五日〕 ○瓦斯灯ト電気灯ノ優劣(巽洲閑人稿)(DK120078k-0008)
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冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

〔参考〕東京経済雑誌 第二三巻第五七二号・第六七六―六七七頁〔明治二四年五月一六日〕 竜門雑誌「瓦斯灯と電気灯との優劣論」を読みて巽州閑人に寄す(伴直之助)(DK120078k-0009)
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東京経済雑誌  第二三巻第五七二号・第六七六―六七七頁〔明治二四年五月一六日〕
  竜門雑誌「瓦斯灯と電気灯との優劣論」を読みて
  巽州閑人に寄す          (伴直之助)
本年の春帝国議会議事堂炎上の原因調査の結果より、本問題は俄かに輿論の注意を惹き起し、先きに東京市会に於ても亦た特に調査委員を設けて、丁寧に之れが調査を遂けんとするに至れり
抑々此問題は一方には学術上の深奥なる原理に因らざるべからず、而して他方に於ては現時の事情に就て之れが適用の方法を講せざるべからざるか故に、学術上仮令ひ可なりと決するも実際目下の事情にして若し許さゞるときは未だ以て充分可なりと云ふ能はざるなり、其の得失優劣の遽かに判断すべからざること、以て知るべし」竜門雑誌に巽州閑人と申さるゝ紳士ありけり、同雑誌第三十五号に於て、瓦斯灯と電気灯との優劣を論じて、大胆にも其優劣自から判然たりと云へり、其の理由の冒頭に曰く、瓦斯の輸入は早く今や老姑の位地に居れり、電気の輸入は遅く自から新婦の状態ありと」又進みて論して曰く、瓦斯は素より炎烈しくして火光も電灯の温光に及はず、殊に臭気ありて鼻を貫き、火炎炯々として眼を射ること特に鋭し、点火料も稍々廉ならず、電灯は火質烈からずして点火料も廉に、燭光も月色の玲瓏たるに似て甚た愛すべく、温軟なる光色は眼の為めに害なく、臭気なければ衛生の為めにも宜し、是を以て数十年ならずして東京市中は悉皆銀光色の電灯に変し不夜城の観を呈すること疑なかるべし云々」巽州閑
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人の眼力は瓦斯電気の光力よりも鋭し、豈に夫れ驚くべき哉
巽州閑人は重に街灯に就て言ふものゝ如し、蓋し其の立論結論倶に街灯を主とすればなり、故に余は街灯に就て之を観察せんと欲す、抑々巽州は何に由りて電灯の灯火料を以て瓦斯よりも廉なりと云ふ乎、又た何にか故に電気光と瓦斯光との温鋭愛悪を判別する乎、瓦斯街灯の臭は何人の鼻を貫きし乎、又た衛生に果して幾何の害を与へし乎、最後に目下の瓦斯灯を廃して新たに電気灯を用ひんとせは如何なる方法を以てすべき乎、電気街灯は往々失火の原因たらざる乎、又た往々死傷の媒介たらざる乎、其他架上街灯は啻に市中の外見を損するのみならす、車馬往来の危険を醸さゞる乎、依て之を伏込にせん乎、其の費用は大約如何、今の東京市の経済之を許すや否や、凡そ此の数者は余輩か切に巽州の高見を叩かんと欲するものなり、聞く巽州は多識の士なりと、若し幸に教ゆる所あらば其の余光たる豈に夫れ余一人に止まらんや