デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

3章 商工業
21節 瓦斯
3款 東京瓦斯株式会社
■綱文

第12巻 p.650-655(DK120081k) ページ画像

明治32年10月2日(1899年)

東京市街電気鉄道敷設ニ関シ、当会社ニ於テ架空単線式ニ反対ノ陳情書ヲ、是日栄一、取締役会長トシテ内務大臣侯爵西郷従道並ニ逓信大臣子爵芳川顕正ニ提出ス。


■資料

渋沢栄一 日記 明治三二年(DK120081k-0001)
第12巻 p.650 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治三二年
九月十三日 晴
○上略 午後六時瓦斯会社重役及中島土木学士来会シテ、電気事業ニ付瓦斯鉄管ニ与フル妨害ノコトヲ談話ス


竜門雑誌 第一三七号・第五四―六一頁 〔明治三二年一〇月二五日〕 ○東京市街電気鉄道敷設の件に関する陳情書(DK120081k-0002)
第12巻 p.650-655 ページ画像

竜門雑誌  第一三七号・第五四―六一頁〔明治三二年一〇月二五日〕
    ○東京市街電気鉄道敷設の件に関する陳情書
東京瓦斯会社にては、去月廿九日重役会議を開き、東京市街電気鉄道の動力に関し、同社埋設の瓦斯鉄管に容易ならざる危険を及ほすの恐ありとて、左の意味の陳情書を、内務逓信両大臣に具申することに決し、乃ち昨二日同社取締役会長より、両大臣に右陳情書を提出したる由なり
  東京市街電気鉄道敷設の件に関する陳情書
東京市内の交通機関を改良し、之を整備せんが為に、市街鉄道を全市の要部に敷設することは、自分等も世人と共に其完成の速ならんを渇望するは固よりなるも、所謂市街鉄道の方式にして、若し選択の宜きを失はば、或は角を撓めて牛を殺すの悔を遺すことなきを保せず、而して窃に聞く所によれば、将来敷設の市街鉄道は架空単線式の電気鉄道を許可せられんとするの議あり、其の利害に関し、近来特に専門技術家を委員に選任し、専ら調査せしめつゝありと伝ふ、惟ふに調査委員会に於ては必ず学理上間然すべからざる決定を見るべきを疑はざるも、自分等また従来市街の地下に瓦斯鉄管を埋設し、電気鉄道の敷設には至密の関係を有するを以て、従来実験する所及調査せる所を陳べ以て、危害を未発に防止せんと欲する者あり、乃ち其の趣意を左に縷陳す
    第一 架空単線式電気鉄道は到底電気の漏洩を防止し難き事
架空単線式電気鉄道は種々の欠点多きが中に、危害の最も恐るべきは軌鉄接続の間より電気を漏洩し、忽ち散して地下に埋設せる水道電話瓦斯等の鉄管を腐蝕せしむるにあり、其実例は近く米国電話会社技師
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フアーンハム氏かボストン府に於ける電気鉄道と地中電話ケープルとの関係の実験、ブルツクリン市地下電線調査委員会技師バーレツト氏が地下金属管腐蝕に関する実験、桑港に於るスチユワート・スミス氏が電気鉄道と水道鉄管及瓦斯鉄管との関係の実験、ウイスコンシン大学教授ジヤクソン氏が電気鉄道の為に、金属管腐蝕の実験等に徴するに、皆其の危害を証せざるは無し、加之我国に於ても明治二十八年六月逓信技師浅野応輔、工科大学助教授山川義太郎の両氏が東京市区改正委員会電気鉄道調査会々長に提出せられたる詳細の報告に徴するも亦上陳の事実を例証し、地中の水分中に溶解せる化合物は電気の分解を受けて更に化学的作用を起し、終に地中の金属鉄管を腐蝕せしむる所以を説明し、其理由として
 一金属管に腐蝕を起すに要する所の電圧は甚た低くして単に其の端緒を開くのみにて足ること
 二腐蝕の多少は其の点を通する電流の強弱に伴ひ、又其の強弱は近傍土地の抵抗と電圧とに依て異なること
 三金属管の近傍に於て極めて少量の溶解性塩類にても存するときは以て腐蝕作用の端緒を開くを得へく、而して一旦其の腐蝕作用発すれば、電流の通する間は断へず継続するものなること
 四金属管腐蝕の多少は一定の面積より流出する電流の量及其の近傍の土中に存する塩類の性質に依て異なり、而して最も迅速に腐蝕を起さしむるものは塩素化合物にして、窒素化合物之に次き、硫化物又之に次ぐこと
を列挙せられたり、又近く明治卅一年一月工学士三根正亮氏が東京府知事の嘱托により調査せられたる電気鉄道設計の復命書中にも、軌鉄の接続には地下埋設の水道管瓦斯管及其の他金属体の腐蝕予防の為に具さに意を用ひしも、学理上絶対的に軌鉄より大地に漏洩する電流を防止すること能はさる者なるが故に、地下金属をして全く腐蝕を免れしむるを得べしとは断言すること能はすと言へり、内外専門技師の実験及研究の成蹟既に此の如くなるを見れば、架空単線式電気鉄道が地下の金属体を腐蝕せしむることの必然にして、其の防止の困難なるも頗る明白なることなりとす
熟ら架空単線式電気鉄道の実況を視るに、主として北米合衆国に行はれ、欧羅巴諸国には猶甚た少きが如し、即ち工学博士藤岡市助氏の調査によれば、本年一月架空単線式電気鉄道統計は米英独仏の四国を合せて総延長一万七千五十一哩の中、米国は一万六千哩にして、英国は僅に九十七哩、仏国は二百四十七哩、独国は七百七哩に過ぎず、其の然る所以を考ふるに、米国に在ては彊域広く人口猶甚だ多からず、其の都市の創立を望むこと急なるが為に、先づ交通機関の設備に力めて深く其の利害を究むるに暇なく、比較的に経費少くして工事の容易なる方法を選べるより、終に彼の如く架空単線式電気鉄道の発達を見るに至りしものゝ如し、而して英独仏の諸国に在ては、一には他の交通機関の設備完全なるにも由るべけれど、抑も亦該式電気鉄道の危険に慮る所ありて、之が採用を躊躇せるに由らずんばあらず、加之米国に於ても一旦架空単線式敷設の後、尚頻に他の方式を研究し、比較的に
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起業費営業費共に多額を要するのみならず、其の工事も亦困難なるをも顧みずして、種々の電気鉄道式を試験しつゝある者は、他なし架空単線式の経費最も少きは何人も熟知する所なるに、猶経費総て該式より多きを要する諸他の式を採用せんとするの状態に視ても、亦該式の危険太甚なるを証するに足るべし、而て近来架空単線式の地下金属体に及ぼす弊害の漸く著大なるを知るや、シンシナチ市の電気鉄道会社は複線式を採用して腐蝕作用を防ぎ、又ワシントン府の市会は全く架空単線式を禁じたるが為に、電気鉄道会社は暗渠式複線法を採用するに至れり、且殊に我東京市に於て近日架空単線式採用の議あるや、東京帝国大学総長菊池理学博士は所謂三派出願の架空単線式電気鉄道を大学附近に敷設するを非とせる上申書を文部大臣に提出せらる、其第四項に曰く
 電漏の害を予防するの道は之なきに非ざるも、到底今日の学術の程度にては完全なる予防を施す能はず
と、各科専門大家の淵藪なる帝国大学にして今日の学術の程度にては予防を施す能はずとの議あらば、該式鉄道を無害的に今日敷設するの事は到底絶望せざる能はず
    第二 架空単線式電気鉄道は特に東京市の交通機関には適せざる事
畢竟交通機関に諸種の方式ある者は、皆其敷設すべき土地の状況に依りて彼此を撰取すべき者なることは、欧洲の市府の如き、一会社にして同一市中に於て道路人煙の広狭疎密に応じ、或は架空単線式を或は蓄電池式を採用せるの実例に徴して明著なりとす、故に都市の状況に依り、地下に埋伏せる金属管之なき市には架空単線式を取るも甚しき危害はあらざるべしと雖も、繁盛なる大市に在りては今日未だ水道電話瓦斯等の諸管なきも、将来是等を設くるの必要あるべければ、或る交通機関を採用せんとするに当りては深く鑑みる所なかる可からず、況んや我東京市の如き既設の諸管を有する者は、此際深く考究して適応の方式を選ぶべきこと勿論たり
或は曰く地下の金属体腐蝕を防止する為には、軌鉄敷設の地下四五尺以下の厚さをコンクリートにて固むれば可なりと、然れども是亦言ふべくして行ふ可からず、何となればコンクリートは六尺立方の費用殆ど二十円を要するを以て、毎一哩に対して約十万円を費さざるを得ずして、此の如きは単に費用の一点より云ふも、到底営利業者の力能く堪ふる所に非ず、且斯る厚積のコンクリートを敷かんとするには、我東京の如き輭柔なる地盤は先つ更に大に底面を鞏固にしたる上ならざる可からず、且コンクリート其物の資質をも十分精良なるを選はざる可らざれば、従て之に要する費用も亦不貲なりと云ふべし
或は曰く軌鉄の地下五六寸の厚さをコンクリートにて固むれば、以て軌鉄と地下の金属管間の電気流導を杜絶するを得べしと、然れとも是れ或は欧洲の地盤鞏固なる諸国に就て言ふを得べし、我東京市の如き輭柔なる地盤に在ては、僅に五六寸許の厚さなるコンクリートは昼夜間断なき車輛の往復の為めに揺盪せられ、久しからずして亀裂を生するは免かれざるべく、殊に欧米諸国と異なり、本邦の如き地震頻繁な
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る国土に在ては、コンクリートの亀裂を促すこと一層甚たしきは理の最も覩易き者たり、コンクリートにして一旦亀裂を生ぜんには、其虧隙より忽ち電気を漏出せんは、水の低きに就くよりも急なる者あらん或は曰く軌鉄の接合を完全にし、地下還流の支線として更に一条の銅線を埋設すれば、之に依て能く漏洩する電気を誘き去るを得べしと、然れとも軌鉄の接続点より発する所の枝線と、地下の銅線とをして常に適当に接続せしむることは甚た困難にして、車輛往復の揺盪又は地震の為に屡々齟齬を生すべく、甚しきは銅線を切断するにも至るべくして、到底危害を防止すべからす
或は曰く軌鉄の下底と左右とに破砕せる砂礫を十分塡充し、其下底は微に勾配を附して、至る所最低部を排水溝に通し、電気の流導を媒介する所の水分を除去せしめ、以て軌鉄と大地との電流連絡を杜絶し、且つ軌鉄を地下に埋設する金属体より隔離せは、以て腐蝕を防止すへしと、然れとも之れを以て防止するの難きは、三根工学士か東京府知事に対する復命書具に之れを尽せり
欧洲諸市に在ては先天的に地盤乾燥鞏固にして湿気塩分を有せざるのみならず、又道路の修築排水の設備殆と間然すべき者なし、且企業者の資本亦優に豊富なるを以て、費用を惜ますして数尺の厚きコンクリートを以て固むるを得れとも、我東京市の如きは土質輭柔にして、所謂下町地方の如きは独り湿気に富むのみならず、亦塩分を含有して、尤も感電性を具ふるを以て、十分コンクリートを厚くせさる可らさる事情あり、然るに瓦斯其他の鉄管は地面下僅に一二尺以下よりして縦横交叉せるを以て、今軌鉄の為に数尺のコンクリートを用ひんとすれば、勢ひ既設の諸金属管装置を悉皆改更せざる能はず、是亦殆んと行ひ難きの論なり
加之我東京市の道路は其修築太だ不完全にして、排水の設備亦殆んと之あらさるを以て、現時の東京馬車鉄道株式会社の実行せる如く、仮令軌鉄の中央及び左右各二尺づゝ花崗石を敷甃するも、一旦雨ふる時は潦水一面に汎濫して、電気流導の媒介者たる土泥と水とは縦横其の作用を逞くし、或は地上或は地底より随所腐蝕の力を縦にすべし、故に若し該式軌鉄を敷設するも、他に危害を及ぼさゞる底の道を求めんとするには、必ず莫大の資本と許多の歳月とを費消して、軌鉄を敷設すべき道路の全面を根本より改造し、完全なる排水溝渠を疏通して、欧洲諸市の如く為さゞる可らず、而も我東京市の道路修繕費は実に僅僅にして欧洲諸市と固同日の談に非す、而して欧洲諸市の道路の今日の状態に至りし者は、毎一坪約四五十円乃至六七十円を投じたるに依れりと云ふ、然らば先天的に地盤輭柔なる我市に在ては、一坪の費す所更に多かるべきは論なし、若し我軌道通過の全路を挙げて完全の修築を為し、之に伴ふて排水の設備をも完備せしめんことは、到底今日に望む可らず、乃ち無害的に該式軌道を採用せんことは亦決して今日の東京市に望み得べきに非ざるなり
    第三 電気漏洩の為に及ぼす損害莫大なる事
架空単線式電気鉄道の到底電流漏洩を防止す可らざるは欧米既に然り我邦尤も然ることは前既に述べたる如し、果して然らば今日必す該式
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を採用すとせば、則ち電気は当然漏洩すべきものと断定するの外あるべからす、然らば為に生する所の危害の程度如何を講究するは目下の最大急務なりとす
方今東京市街の地下に埋設せる鉄管は、水道電話瓦斯の諸種ありて、皆電気鉄道の電流漏洩の為に腐蝕の患害を被るべき性質を有せり、而も諸他の眼前に表現せる機関は微細の欠点も直ちに発見することを得て、其害を未大に防くことを得るも、地下に埋伏するものは其危害の発生を予知する能はざるを以て、大害既に発するに及ひて始て之を知るに過ぎす、而して其一たび発するや、水道鉄管に在ては殆んと全市民の生活を危くすべく、電話鉄管に在ては官私急要の交通を阻遏すべく、殊に瓦斯鉄管に至ては其修繕工事の成るまで、東京市内の街灯並に各家の室内灯火ともに一時に其光を滅するのみならす、近来瓦斯動力を以て機械を運転するもの各種の新聞紙印刷其他の諸工業場の其数二百有余に上れる者、忽ち瓦斯の供給を絶たれて悉く其業を能《(罷)》めざるを得ず、其他海軍省の火薬製造官立諸学校の理化学的試験用は勿論、或は瓦斯を以て厨下の薪炭に代用する家々の如き、総て瓦斯供給の停止の為に一切の必要具を欠くに至る、細かに此等危害の及ぼす所を考ふれは、誰か悚然として寒心せざる者あらんや、曾て一千八百九十四年米国プルクリンに於て三百哩に亘る鉛被電話線の電気鉄道の為に腐蝕して廃物と為りし以来、同国ボストン・オーマハ・セントルイス・ビオリア・ケムブリツヂ・ノーウヲーク・ウヰルミントン・ブルクリン・ミルウヲーキー・桑港・ポーキープシー・カンザス・デートン・ニユーベツドフオード等の各市は、皆其の危害を実験したるのみならず、僅に数輛の電気車を有する小都市と雖も、亦其の危害を免かるゝ能はざることは、同国ガンザス市メトロポリタン水道会社の為にカンザス大学教授ルシヱン・アイ・ブレーク氏の調査したる者、審に之を証せり、其他近来発刊の欧米の諸新聞紙及諸雑誌中には、架空単線式電気鉄道の危害を報するもの陸続相踵ぎ、同式の根原地たる米国に於てすら今や形勢一変せんとす、而して従来電気作用に依れる鉄管腐蝕の為に、電気鉄道と電話水道諸会社の間に数々争訟を生じたること亦甚だ多くして、官民其煩に堪へざる為に、今後新たに工を起さんとする者に在ては、殷鑑として審に考察する所なりと云ふ、我邦万一該式を用ふるあらば、為に起る所の争訟頻繁なることも亦予め期せざる可らず、其官民の煩労と費用と亦著大なる者あるべく、殊に我邦の現状を以てしては、之が監督も頗る困難なるは勿論、其監督の為に要する費用亦貲られざる者あるは必然なりとす、方今東京全都市民の生命を托する水道工事は将に漸く落成を告げんとし、鉄管幹線の敷設を了したる者約三百五十哩に上り、我が社瓦斯管本支線の地下に埋設せるもの亦既に二百哩を下らず、而して若し架空単線式電気鉄道を敷設せらるるあらば、皆電気作用の為めに腐蝕を免かる能はざるは、米国の実例之を証して余あり
況んや東京市内の街路は概ね狭隘にして、既設の電信電話電灯非常報知線等既に其の一大部分を占塡す、然るに今後更に電気鉄道の為めに十五間乃至二十間毎に電柱を樹立し、毎柱鉄線を引きて道路の中央に
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電車線を架する時は、一朝の火災に一柱を焼失するも、電車線は忽ち堕落して人を殺し物を傷くる、其危険実に測る可らず、乃ち帝都繁華の中心たる日本橋区を始めとし、至る所の街衢は皆頭上に此の大危険を戴くものとせは、豈悚然として恐る可らざらんや、明治廿九年五月九日発布の現行逓信省令第五号電気事業取締規則は此に見るあり、其第八条には電気事業上特別高圧の電気を使用せんとするときは、特種の保安装置を為すものに限り、土地の状況に依り之れを許可することあるべしと定められ、其第七十五条に逓信大臣は土地の状況に依り必要と認むるときは、帰線の一部として大地の使用を許可せざることあるべしと明記し、特に土地の状況を以て許否の最要条件とせられたるは、最も時態と世情とに鑑み、公益保護の為に該令適用上の大余地を存したるものにして、則ち東京市の如き地に該式を採用せしむることは、全然此省令の美意を没却する者と云ふべし
    第四 市街鉄道は強ち危険多き架空単線式に限らざる事
惟ふに市街鉄道の速成は何人も之を望む所なるは論なし、然れで《(ど)》も其方法は必らずしも危険なる架空単線式電気鉄道に由るに限らざるなり現に該式電気鉄道敷設の出願せられたる後、其危険に鑑みる所ありて更に他の方法に由りて出願するもの一にして足らず、複線式あり、空気圧搾式あり、セルボ・レー式、其他種々の方法あり、皆架空単線式に比して危険較少しと聞く、然るを尚強て危険最も多き方式を採用せんとする者あるは、甚だ其意を解するに苦むなり、凡そ一利の有る所一害之に伴ふは数の免かる能はざる事なるも、要は利害を計較して利の多く害の少きを選むの外無し、今該式の利点とする所は、単に他式に比して起業費営業費の低廉なりと云ふに在るのみ、而も既設事業に危害を与へ、全市住民に危険を及ぼす斯の如く大なるに視て、纔に費用の低廉を取り、他に避け得べき方法あるを棄てゝ顧みざるは、断して事の宜きを得たるものにあらず、然れども玆に以上縷々の言を為す者、固より自分等の従事する一会社の利害の為に計るに非ず、東京全市の為に思ふの情、実に黙止する能はざる者あればなり
前述の理由により、架空単線式電気鉄道が地下に埋設せる金属を腐蝕せしむる作用は全く之を防止する能はず、而も其危害の極めて大なるは甚だ顕著なるのみならず、市内鉄道を敷設すべき方法は此の如き有害危険の方法に依らざるも、尚他に多く其の道あるものとせば、架空単線式の採用は最も熟考を要するものと信じ、他の無害的方式を採用せられんことを望み、敢て理由を具して聞す、伏して願はくば閣下公論の帰する処事実の証する処を明鑑せられ、公正なる処置に出でゝ全都の公益を保全せられんこと、偏に切望の至に堪へざる也
  ○九月二十九日重役会出席ノ事、栄一日記中ニ見エズ。九月二十六日ノ日記ニ「午後五(三)時瓦斯会社重役会ニ列ス」ト見ユ。
  ○東京市街電気鉄道敷設ニ関シテハ本資料第九巻第二十七款「東京市ノ市街鉄道」明治三十二年十月十四日ノ条(第四一九頁)参照。