デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2017.12.12

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

3章 商工業
25節 取引所
1款 東京株式取引所
■綱文

第13巻 p.358-386(DK130030k) ページ画像

明治13年8月27日(1880年)

是ヨリ先、栄一株主並ニ事実上ノ相談役トシテ株主総会ニ屡々出席シ、其他当所ノタメ尽力スル所多カリシガ、是日栄一、東京株式取引所臨時株主総会ニ出席ス。本会合ニ於テ、栄一等ノ擁立スル頭取渋沢喜作・肝煎福地源一郎・肝煎小林猶右衛門・肝煎兼支配人栗原必、袂ヲ連ネテ職ヲ辞ス。蓋シ是年春ノ頃ヨリ当局ノ投機抑制ニ伴ヒ同所株式ヲ譲渡スルモノ多ク、株主分野ニ異変ヲ生ジ、タメニ此ノ挙ノ止ムナキニ至リタルカ。栄一亦コノ頃ヨリ漸次同所株式ヲ売却シ、翌十四年上半季ニ於テ大株主タルコトヲ止ム。


■資料

(小林猶右衛門小松彰)書翰 渋沢栄一・益田孝宛明治一一年六月二七日(DK130030k-0001)
第13巻 p.358-359 ページ画像

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(小林猶右衛門小松彰)書翰 渋沢栄一・益田孝宛明治一一年七月三日(DK130030k-0002)
第13巻 p.359 ページ画像

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東京株式取引所創立証書(DK130030k-0003)
第13巻 p.359 ページ画像

東京株式取引所創立証書         (東京株式取引所所蔵)

  株数         属籍     住所                姓名
九拾八株此金九千八百円 東京府平民 東京府下第六大区深川福住町四番地 小区 渋沢栄一

  ○他ノ大株主ハ左ノ如シ。
   百四十株 一万四千円 深川亮蔵
   九十八株 九千八百円 今村清之助
   八十二株 八千二百円 三井養之助
   八十二株 八千二百円 三井武之助
   八十二株 八千二百円 三野村利助
   八十二株 八千二百円 小室信夫
   八十二株 八千二百円 小林吟次郎
   八十二株 八千二百円 田中平八
   八十二株 八千二百円 岡本善七
   六十六株 六千六百円 木村正幹
   四十二株 四千二百円 小松彰
   四十二株 四千二百円 福地源一郎
   四十二株 四千二百円 渋沢喜作
   四十二株 四千二百円 小林猶右衛門
   四十二株 四千二百円 小野善右衛門
   四十株  四千円   安田卯之吉
   三十株  三千円   大倉喜八郎


株主総会決議録草案 自明治十一年至明治十五年(DK130030k-0004)
第13巻 p.359-362 ページ画像

株主総会決議録草案 自明治十一年至明治十五年  (東京株式取引所所蔵)
  東京株式取引所第一回株主総会要件録
 - 第13巻 p.360 -ページ画像 
明治十二年一月十二日定款第十一章第四条ニ拠リ第一回株主総会ヲ開設セリ、当日会員ノ氏名会議ノ要件等之ヲ左条ニ開列ス
    第一条
当日会同スヘキ株主ノ内自身来会セシ者、及ヒ在遠国又ハ病気ヲ以テ名代人ヲ出セシ者、又差掛リ事故アリテ不参セシ者アリ、其別左ノ如シ
自身来会スル者
  田中平八    今村清之肋   岡本善七
  渋沢栄一    益田孝     渋沢喜作
  小松彰     福地源一郎   小林猶右衛門
  諸葛信澄    小野善右衛門  采野庄三郎
  安田卯之吉   吉川長兵衛   米倉一平
  竹中邦香    前嶋栄太郎   沼間守一
  荒尾亀次郎   須藤吉右衛門  西村郡司
  原三郎治    原兵吉     坂上平次郎
  鈴木源十郎   辻忠次郎    古山数高
  辻忠次郎    富永冬樹    寺田政忠
  岡本浅吉    松沢与七    田辺次郎右衛門
  茅野茂兵衛   吉田藤吉    梁瀬昌幸
  水野九郎    竹口武兵衛   蒲義質
  杉浦直助    川崎芳之助   吉野甚三郎
  鎌田政七    島村助七    花嶌新七
  鹿嶋新兵衛   伊藤幹一    岩田貞幹
  杉浦直也    田中清忠    木村徳次郎
  伊藤宗七    神戸清兵衛   吉川金兵衛
                  合五拾三人《(マヽ)》
在遠国又ハ病気ヲ以テ名代人ヲ出タス者
  三野村利助   三井養之助   三井武之助
  辻金五郎    菱川喜八    中島行孝
  辻純市     荒尾孝之助   須藤勘兵衛
  原兵一郎    高橋恒次郎   小川幸助
  矢野次郎    富永冬樹    高橋又四郎
  原信男     鈴木富吉    沢鼎造
  今村繁三    間宮槈多    高橋七三郎
  下村寛三郎   志倉信忠    平林仁平
  秋山甚蔵    加藤典経    井上庄蔵
  高田徳     一井保     矢島信
  西村七右衛門  松根権六
                  合三拾弐人
差掛リ事故アリテ不参セシ者
  深川亮蔵    小林吟次郎   小室信夫
  大倉喜八郎   後藤庄吉郎   木村梅次郎
  井上高格    井伊直憲    柴崎守三
  高橋藤吉    岩塚利兵衛   中村清蔵
 - 第13巻 p.361 -ページ画像 
  中村彦五郎   中村平次郎   徳田孝平
  西脇悌二郎   下田勘蔵    後藤精一
  高野藤吉    好川保兵衛   松本覚太郎
  木島文六    加藤平吉    小山直三
  鶴岡長次郎   高橋金之助   木村正幹
                  合弐拾七人
                 総計百拾弐人《(マヽ)》
    第二条
参集ノ株主ハ午後第三時ニ於テ議席ニ就ク、此時議長即チ頭取ハ取引所創立ノ顛末及ヒ当半季間ニ於テ為セル諸公債証書諸株式ノ売買約定高等ヲ開示シ、而シテ考課状中要領ノ各項営業ノ景状目的等ヲ詳細演説セリ
    第三条
議長ハ当半季利益金配当ノ項ヲ以テ議目ト為シ、其分割考案ノ算法ヲ細説シ以テ衆議ノ決定ヲ求ム、渋沢栄一氏・益田孝氏等首トシテ異議ナキコトヲ答フ、衆皆ナ之レニ同意シ、原案ノ如ク決定セリ
    第四条
議長ハ十二年上半季営業ノ予算ヲ三様ニ分チテ之ヲ展示セリ、其一ハ十一年十二月ノ実際商況ニ基キ考定スルモノトス、其一ハ十二年一月四日ヨリ十一日ニ至ル八日間ノ商況ニ因ルモノトス、其一ハ十二月ノ売買出来高ト一月四日以降八日間ノ出来高トヲ平均セルモノトス、曰ク斯ノ如ク仮ニ予算ヲ立ルト雖トモ本社ノ業タル公債証書株式等売買自然ノ流融景状ヨリ其盛衰ヲ来タスモノナレハ、今此ニ列陳スル三様ノ予算ハ皆終ニ空想タルヲ免カレス、然レトモ此上半季損益ノ計算ハ右第三案十二月ノ出来高ト、一月八日間ノ出来高トヲ平均セル算法ニ因リ、一ト株ニ付年壱割弐分程ト思量セラレハ大ナル失望ハ無カルヘキコトト信ス
    第五条
議長ハ既ニ諸報告及ヒ各要項ノ陳説ヲ了リテ頭取ノ任ヲ謝ス、同時肝煎役モ亦当任ヲ解ヒテ株主一般ノ権理ニ復セリ、而シテ小松彰曰、本年上任ノ肝煎役ヲ共ニ撰挙スヘシト
 渋沢栄一第一発言シテ曰ク、願クハ旧員五名即チ新任ニ就カンコトヲ要スト、時ニ満場ノ株主共ニ之ヲ切望セリ
此公撰ヲ以テ福地源一郎・渋沢喜作・小松彰・小林猶右衛門等ハ肝煎役ニ再任セリ
 福地源一郎曰、今撰挙ニ当ル肝煎役五名ノ内小室信夫ハ旅行中ニ付キ直チニ其在留先ヘ通知スヘシ
此ニ於テ肝煎役ハ成規ニ従ヒ其互撰ヲ以テ渋沢喜作ヲ頭取ニ任シ、又福地源一郎ハ商議掛、小松彰ハ撿査掛、小林猶右衛門ハ出納掛兼支配人ニ分任スヘキヲ定メ、而シテ株主ニ向ツテ其分任就職ヲ公告シテ衆皆満足ノ旨ヲ表セリ
 渋沢喜作曰、役員即チ頭取肝煎ノ月給ハ開業前実際商況ノ見込モ就キ難キヲ以テ発起人並肝煎限リ仮リニ之ヲ定メ、頭取ハ六十円、肝煎ハ各二十円ト為セリ、然ルニ既ニ半期ヲ実歴シ稍々将来ノ目的モ
 - 第13巻 p.362 -ページ画像 
就キタル以上ハ此際右月給ノ金額ヲ衆議決定センコトヲ求ムト
 渋沢栄一・益田孝・竹中邦香・米倉一平・田中平八等首トシテ衆員ト相議シ、頭取肝煎五名ノ月給ヲ三百円ト為シ、其分割法ハ五名ノ協議ニ任スヘキモノト決定セリ
右会議ノ諸件畢テ午後第四時衆皆退散ス
  明治十二年一月十二日      頭取 小松彰


半季実際考課状 第二回・第一頁明治一二年七月六日(DK130030k-0005)
第13巻 p.362 ページ画像

半季実際考課状 第二回・第一頁明治一二年七月六日  (東京株式取引所所蔵)
    ○株主集会決議ノ事
一本年一月十二日例ニ依テ株主総会ヲ開キ、当任ノ頭取肝煎ハ当取引所創立ノ顛末及ヒ前半季即十一年六月ヨリ十二月マテニ係ル営業要件ノ詳記ヲ株主一同ニ報告シ、並ニ同季利益金割賦ノ算度ヲ決議シ福地源一郎・渋沢喜作・小松彰・小室信夫・小林猶右衛門ヲ再ヒ肝煎ニ撰挙シタリ


株主総会決議録草案 自明治十一年至明治十五年(DK130030k-0006)
第13巻 p.362-364 ページ画像

株主総会決議録草案 自明治十一年至明治十五年  (東京株式取引所所蔵)
  第二回株主総会要件録
明治十二年七月六日例規ニ依テ株主総会ヲ開キ、決議ノ要件、並ニ当日参集セシ株主各位ノ氏名、及ヒ名代人ヲ出シ或ハ不参セシモノ等之ヲ左ニ開列ス
自身出席ノ者
  渋沢栄一    渋沢喜作     福地源一郎
  小松彰     小林猶右衛門   今村清之助
  岡本善七    田中平八     木村正幹
  中島行孝    栗原必      原兵吉
  木村梅次郎   高橋七三郎    高尾惣兵衛
  加藤典経    井上庄蔵     島村助七
  高野藤吉    花島新七     寺田政忠
  伊藤幹一    木村徳次郎    杉浦直也
  中村佐兵衛   毛利文司     中居和三郎
  鈴木富吉    鎌田政吉     諸葛信澄
  前島栄太郎   須藤吉右衛門   西村郡司
  高橋藤吉    鈴木源十郎    岩塚理兵衛
  辻忠次郎    古山数高     西川平三
  坂上平次郎   高橋恒次郎    中村利兵衛
  荒尾孝之助   寺田政成     水野九郎
  西脇悌次郎   蒲義質
                   計四拾七人
在遠国又ハ病気ヲ以テ名代人ヲ出タス者
  小室信夫    深川亮蔵     益田孝
  小林吟次郎   菱川喜八     井上高格
  小野善右衛門  采野庄三郎    原兵一郎
  本多和義    岡本浅吉     原信男
  茅野茂平    吉川金兵衛    林岩
 - 第13巻 p.363 -ページ画像 
  志倉光忠    今村繁三     芦谷久敬
  酒井忠彰    児玉重道     岩田貞幹
  田中清忠    曾根亨吉
                   計弐拾参人
不参セシ者
  三野村利助   三井養之助    三井武之助
  大倉喜八郎   米倉一平     安田卯之吉
  吉川長兵衛   後藤庄吉郎    竹中邦香
  鶴岡長次郎   沼間守一     辻金五郎
  辻純市     矢野次郎     富永冬樹
  徳田孝平    小川幸助     高橋又四郎
  高橋金之助   田辺次郎右衛門  杉本正徳
  松林重太郎   中西孝平     平林仁平
  秋山甚蔵    下田勘蔵     岩田定吉
  橋木助五郎   松沢与七     鹿嶋新兵衛
  好川深兵衛   木島文六     伊藤宗七
  加藤平吉    一井保      矢島信
  神戸清兵衛   増田勝造     野田宗六
  金森太郎    須藤時一郎    西沢善七
                   計四拾弐人
                  合計百拾弐人
    第一節
参集ノ株主ハ午後第三時ヲ以テ議席ニ就ク、此時頭取即チ議長ハ明治十二年上半期営業実際考課状中緊要ノ事項及ヒ諸公債証書諸株式売買ノ総額並ニ其連月ノ売買高相場ノ高低等ヲ報告シ、又営業ノ景況目的ヲ細々演説セリ
    第二節
議長ハ考課状中利益金配当ノ項ヲ以テ議目トナシ、其算度ヲ解説ノ上衆議ヲ以テ決定センコトヲ求ム、渋沢栄一氏ハ此算法ヲ讃成シテ原按ノ如ク決定スヘキ答議ス、続テ木村正幹・田中平八氏始メ一同之レニ同意シ原按ノ如ク決定セリ
    第四節《(マヽ)》
議長ハ営業要件ノ報告ヲ了シ、而シテ曰、当取引所諸役員賞与金ノ議未タ其歩合円額定則ナシ、然ルニ開業爾来既ニ一ケ年以上商況事務繁閑実試経歴ヨリ之ヲ参考スレハ左ノ如ク決定《〔決以下七字抹消、加筆(其ノ歩合定則ト)〕》シテ如何ト諸位敢テ異議ナク原按ニ決定セリ
  役員賞与金増減定則
  利益配当金壱割マテハ       役員賞与金壱割
  同   壱割以上壱割五分未満ハ  同    壱割弐分
  同   壱割五分以上弐割未満ハ  同    壱割五分
  同   弐割以上弐割五分未満ハ  同    壱割八分
  同   弐割五分以上三割未満ハ  同    弐割
 右以上ノ配当高ニ及フトキハ尚協議ノ上決定スヘシ
    第参節《(マヽ)》
 - 第13巻 p.364 -ページ画像 
議長曰、肝煎小室信夫儀疾病ニヨリ当任ニ堪ヘサル旨ヲ以テ退職ノコト再三申シ出セリ、因テ其請フ所ニ任スヘシ、依テハ其ノ新任撰定センコトヲ要ス、小子ハ栗原必ヲ撰挙センコトヲ
 渋沢栄一氏曰、共ニ冀望スト、時ニ諸位モ異議ナキ旨ヲ表セリ
此公撰ヲ以テ栗原必ヲ肝煎ニ任シタリ
右会議ノ諸件畢テ第五時下衆皆解散セリ
  明治十二年七月六日       頭取 渋沢喜作


半季実際考課状 第三回・第一頁明治一三年一月一六日(DK130030k-0007)
第13巻 p.364 ページ画像

半季実際考課状 第三回・第一頁明治一三年一月一六日  (東京株式取引所所蔵)
    ○株主集会決議ノ事
一十二年七月六日例ニ依テ株主総会ヲ開キ、当任ノ頭取肝煎ハ前半季ニ係ル営業ノ要件ヲ株主一同ニ報告シ、而シテ同季利益金割合ノ算度ヲ決議セリ


半季実際考課状 第四回・第一頁明治一三年 月(DK130030k-0008)
第13巻 p.364 ページ画像

半季実際考課状 第四回・第一頁明治一三年 月  (東京株式取引所所蔵)
    株主集会決議ノ事
一一月○明治一三年十六日定式総会ヲ開キ当任ノ頭取肝煎ハ前半季即チ十二年六月ヨリ十二月マテニ係ル営業ノ要件ヲ株主一同ニ報告シ、而シテ同季利益金割合ノ算度及ヒ客年十二月大蔵省銀行課長ヨリ達示セラレタル当取引所定款中仲買人取締上緊要条項ノ改正ヲ決議シ、又更ニ福地源一郎・渋沢喜作・小松彰・小林猶右衛門・栗原必ヲ肝煎ニ撰挙セリ


(松本常蔵) 書翰 渋沢栄一宛(明治一三年)一月一九日(DK130030k-0009)
第13巻 p.364 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

(松本常蔵) 書翰 渋沢栄一宛(明治一三年)一月二〇日(DK130030k-0010)
第13巻 p.364-365 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

(永田甚七) 書翰 渋沢栄一宛(明治一三年)一月二〇日(DK130030k-0011)
第13巻 p.365 ページ画像

(永田甚七) 書翰  渋沢栄一宛(明治一三年)一月二〇日
                    (渋沢子爵家所蔵)
奉啓御不快如何被為在候哉、折角御大切被遊度候
横浜円銀相庭者直物及一月二月者不残三十六銭ニ御坐候
株式取引所利益割賦金五百六十弐円五十銭差越ニ而当座口ヘ入金致候
別紙受取書差上申候、且株式所受取書ヘ御調印奉希上候
本日之出納入金弐十万円ニ而仕払十六万円、差引四万円之入方ニ御座候、出入後弐万五六千円之入金相成可申候
(キ)店者明日横浜ニ而三万円入金之筈ニ御座候本日円銀仕切置候由ニ而製紙会社之廻議封中仕候、且公債之義者別紙松本より上申仕候、三井銀行一両日中者拾弐三万都合出来可致由ニ付撿印之節一時間ニ合可申尚時々問合置可申候、右之段奉申上候 匆々謹言
  一月廿日                永田甚七
    頭取君閣下
  ○永田甚七「書翰」ニ見ユル円銀相場、並ニ同日付松本常蔵「書翰」ニ見ユル金禄公債相場ヨリ永田甚七「書翰」ハ明治十三年一月二十日ノモノト思ハル。(国債沿革略、東京経済雑誌)


株主関係書類[株主関渉書類] 明治十三年中(DK130030k-0012)
第13巻 p.365 ページ画像

株主関係書類[株主関渉書類]  明治十三年中    (東京株式取引所所蔵)
               (栗原)
  明治十三年四月十三日    (印)         (印)
拝啓然者当取引所金銀貨幣売買之儀ニ付別帋写之通大蔵省並東京府庁ヨリ御達相成候間、追テ《(以下二五字抹消)》何分之御沙汰有之候迄今十三日ヨリ売買停止致シ候、此段為御心得不取敢御通知仕候 以上
                東京株式取引所頭取
                      渋沢喜作
    深川亮蔵様
    渋沢栄一様
    滝田正喬様  各通
    益田孝様
    小室信夫様
    小野利助様
 - 第13巻 p.366 -ページ画像 

半季実際考課状 第四回・第二頁明治一三年 月(DK130030k-0013)
第13巻 p.366 ページ画像

半季実際考課状 第四回・第二頁明治一三年 月  (東京株式取引所所蔵)
    株主集会決議ノ事
一○上略
一四月○明治一三年廿六日臨時総会ヲ開キ同月十五日第二十号公布株式取引所改正条例及ヒ同月廿二日大蔵省銀行課長ヨリ下付セラレタル定款申合規則改正ノ要領書ニ準拠立稿シタル定款改正ノ条項ヲ決議セリ


半季実際考課状 第五回・第一頁明治一四年一月九日(DK130030k-0014)
第13巻 p.366 ページ画像

半季実際考課状 第五回・第一頁明治一四年一月九日  (東京株式取引所所蔵)
    ○株主集会決議ノ事
一七月○明治一三年十一日定式総会ヲ開キ、当任ノ頭取ハ前半季営業ノ要件ヲ報告シ、而シテ各株主ノ衆議ヲ以テ同季利益金割賦ノ算度ヲ定メ且肝煎小松彰ノ請ヒニ依リ其本職ヲ解キタリ


半季実際考課状 第五回・第一―二頁明治一四年一月九日(DK130030k-0015)
第13巻 p.366 ページ画像

半季実際考課状 第五回・第一―二頁明治一四年一月九日  (東京株式取引所所蔵)
    ○株主集会決議ノ事
一○上略
一八月廿七日当任ノ頭取渋沢喜作・肝煎福地源一郎ハ臨時総会ヲ催シ身上不得已事故アル旨ヲ以テ退職ヲ請ヒ、次テ肝煎小林猶右衛門・同兼支配人栗原必モ亦解職ヲ請ヒ出タリ、此ニ於テ株主一同ハ衆議ノ上之ヲ解キ、而シテ更ニ投票ヲ以テ肝煎五名ヲ撰挙セシニ、当撰者中或ハ自己ノ都合アリテ、其撰ニ応スヘキモノハ僅ニ井関盛艮・朝吹英二・諸葛信澄ノ三名ノミナルニ依リ、先ツ此三名ヲ当撰者ト為シ、二名ノ欠員ハ追テ推撰スヘク、而シテ該撰挙ハ別ニ総会ヲ要セス回章ヲ以テ協議スヘキコトニ決定セリ、因テ其一名ハ九月八日松林義規ヲ、一名ハ同月十八日松隈謙吾ヲ以テ之ニ充ツヘキヤ否ヲ衆株主ニ稟議シ、其異議ナキニ因リ該二名ヲ肝煎ニ撰挙セリ


東京経済雑誌 第三七号・第七一〇頁〔明治一三年九月五日〕 【○東京株式取引所に於…】(DK130030k-0016)
第13巻 p.366-367 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

(芝崎確次郎)日記簿 明治一三年(DK130030k-0017)
第13巻 p.367 ページ画像

(芝崎確次郎)日記簿  明治一三年  (芝崎猪根吉氏所蔵)
  八月廿七日
早朝出頭、昨夜花房公使ヘ来ル廿九日朝鮮人招キニ付テ手配方伺ニ参リ指揮有之候通リ之取計ニ奔走致シ、主人株式所集会午後銀行《(マヽ)》ヘ御出ニ付王子行之件上申直ニ王子ヘ参リ待受候処、外務省十等属太田芳也ナルモノ参リ打合済、夜ニ入退散、小生銀行ヘ立寄未タ元方並書記共退社無之、主人ハ株式所ヘ御出ニ相成居遅刻之模様ニ付直ニ帰ル○下略


東京株式取引所第三回半季実際考課状 明治一二年七月―一二月(DK130030k-0018)
第13巻 p.367 ページ画像

東京株式取引所第三回半季実際考課状  明治一二年七月―一二月
               (東京株式取引所所蔵)
    東京株式取引所株主姓名表
 深川亮蔵    壱四〇
 滝田正喬    壱三九
 今村清之助   壱弐弐
 渋沢喜作     七九
 渋沢栄一     七五
 小松彰      七五
 三井養之介    七弐
 下村忠清     六八
 小室信夫     六四
 三野村利助    六弐
 福地源一郎    五五
 益田孝      五弐
 岡本善七     五弐
 木村正幹     四六
 小林吟次郎    四四
 諸葛信澄     四四
 中村利兵衛    四〇
 三井武之助    三五
 栗原必      三弐
 浅井仁兵衛    三壱
 小林猶右衛門   三〇
 小野善右衛門   三〇


東京株式取引所第四回半季実際考課状 明治一三年一月―六月(DK130030k-0019)
第13巻 p.367-368 ページ画像

東京株式取引所第四回半季実際考課状  明治一三年一月―六月
               (東京株式取引所所蔵)
    株主姓名一覧表
 滝田正喬    壱七〇
 深川亮蔵    壱四〇
 小松彰      七五
 三井養之助    七弐
 - 第13巻 p.368 -ページ画像 
 小室信夫     六四
 三井武之助    六三
 三野村利助    六弐
 渋沢栄一     六〇
 渋沢喜作     六〇
 下村忠清     五八
 諸葛信澄     五六
 福地源一郎    五五
 益田孝      五弐
 木村正幹     四五
 今村清之助    四弐
 岡本善七     四〇
 栗原必      三五
 浅井仁兵衛    三壱
 小林猶右衛門   三〇
 小野善右衛門   三〇
 中村利兵衛    三〇
 朝吹英二     三〇
 早矢仕有的    三〇


東京株式取引所第五回半季実際考課状 明治一三年七月―十二月(DK130030k-0020)
第13巻 p.368 ページ画像

東京株式取引所第五回半季実際考課状  明治一三年七月―十二月
               (東京株式取引所所蔵)
    東京株式取引所株主姓名表
 滝田正喬    一七〇
 深川亮蔵    一二五
 諸葛政太     七〇
 松林義規     四七
 三井養之助    四二
 小室信夫     四〇
 今村清之助    三八
 下村忠清     三八
 近藤廉平     三八
 松隈謙吾     三五
 森岡晋三     三五
 小松彰      三二
 太池源重     三一
 渋沢栄一     三〇
 岡本善七     三〇
 朝吹英二     三〇
 井関盛艮     三〇
 小林猶右衛門   三〇


東京株式取引所第五回半季実際考課状 附録・明治一三年七月―一二月(DK130030k-0021)
第13巻 p.368-369 ページ画像

東京株式取引所第五回半季実際考課状  附録・明治一三年七月―一二月
               (東京株式取引所所蔵)
 - 第13巻 p.369 -ページ画像 
    明治十三年下半季東京株式取引所株式売買一覧表

 月 日  売渡人姓名 株数   代価     買受人住所         買受人姓名
八月  六日 渋沢栄一 一〇 一六〇〇・〇〇 芝区三田二丁目二番地     藤本管太郎
    十日 〃     一  一六〇・〇〇 長門国豊浦郡蒲野村四番地   石川直介
   二十日 〃     四  五七八・二八 日本橋区蠣殻町三丁目十一番地 三浦信夫
十一月 一日 〃     一  一九二・〇〇 芝区西久保桜川町二番地    中山信樹
   三十日 〃     九 二四七五・〇〇 麹町区永田町一丁目十七番地  松林義規
十二月 一日 〃     一  二三三・〇〇 同区本町四丁目七番地     木村源兵衛
  二十四日 〃     一  二五〇・〇〇 神田区一橋通町十六番地    青木善七
  二十四日 〃     三  七五〇・〇〇 本郷区竜岡町二番地      近藤廉平



東京株式取引所第七回半季実際考課状 明治一四年六月―一二月(DK130030k-0022)
第13巻 p.369 ページ画像

東京株式取引所第七回半季実際考課状  明治一四年六月―一二月
              (東京株式取引所所蔵)
    明治十四年下半季東京株式取引所株式売買一覧表

図表を画像で表示明治十四年下半季東京株式取引所株式売買一覧表

 明治十四年十二月三十一日   月   日    売渡人姓名  株数      代価  買受人住所          買受人姓名   同日 ○八月一日  渋沢栄一   三  七八〇・〇〇  北豊島郡金杉村四百五十番地  松本常蔵   九月   十二日  渋沢栄一   五  七五〇・〇〇  日本橋区大門通弥生町二番地  川島半兵衛   十一月   一日  渋沢栄一   二  四二〇・〇〇  同区青物町三十一番地     中村守廉   十二月 二十四日  渋沢栄一   三  六九三・〇〇  日本橋区南茅場町四番地    今村清之助 





雑書類 明治十三年(DK130030k-0023)
第13巻 p.369-370 ページ画像

雑書類  明治十三年    (東京株式取引所所蔵)
 明治十三年十二月廿七日
  頭取(印)   支配人(印)   書記(印)(印)(印)
  肝煎(印)(印)
    来ル一月四日商始之節御招待之向ハ左之通ニテ可然哉、依テ御案内状稿案相添此段御伺候也
拝啓□一御清栄奉恭賀候、陳者例年之通来ル一月四日商始執行候ニ付テハ、同日午前十一時当所本場立会之頃ヨリ御光臨被下度奉冀望候
                            拝具
                東京株式取引所頭取
                      井関盛艮
   ・渋沢栄一様
    深川亮蔵様
    三野村利助様
    渋沢喜作様
    福地源一郎様
    小松彰様
   ・小林猶右衛門様
 各通 滝田正喬様
    益田孝様
    安田善次郎様
   ・永田甚七様
    安田忠兵衛様
 - 第13巻 p.370 -ページ画像 
    第三十二国立銀行御支配人御中
   ヽ松本常蔵様
   ヽ今村清之助様
    岡本善七様
    兜町米商会所
   ヽ  頭取肝煎御中
    蠣殻町米商会所
      頭取肝煎御中


株主総会決議録草案 自明治十一年至明治十五年(DK130030k-0024)
第13巻 p.370-373 ページ画像

株主総会決議録草案  自明治十一年至明治十五年  (東京株式取引所所蔵)
  第五回株主総会決議録
明治十四年一月九日第五回株主定式総会ヲ開キ、当日来集セシ者及ヒ不参人ノ姓名並ニ会議ノ要件等之ヲ左ニ列記ス
    第一節
当日来会スヘキ株主ノ内ニテ自ラ会同セシモノ及ヒ名代人ヲ出シ又ハ不参セシモノ左ノ如シ
本人来会セシ者
  深川亮蔵    井関盛艮    朝吹英二
  松林義規    松隈謙吾    小松彰
  今村清之助   小林猶右衛門  竹中邦香
  芦田順三郎   竹山祐嗣    栗原必
  吉川金兵衛   福地源一郎   諸葛小弥太
  杉本正徳    西川平造    橋本政八郎
  梅沢竜佐    蜷川緝     野村潤次郎
  伊藤幹一    木村嘉兵衛   安井泉
  杉平新造    高橋金之助   伊藤弥太郎
  中西孝平    一井保     升本喜太郎
  木村源兵衛   吉田勝     高野藤吉
  津久井徳三郎  岩田定吉    岩田貞幹
  原代九郎    野口興忠    寺村民二郎
  井上庄蔵    須藤吉右衛門  本村文六
  菊嶋清八    中村英吉    浅井光造
  西村誠造    先槻与禰    山口金二郎
  大塚藤八    西沢善七    本間武兵衛
  渋沢栄一    三野村利助   原兵吉
  関谷善八    平林喜三郎   下田勘蔵
                   計五拾七名
名代人ヲ出セシ者
  福田仙蔵    諏訪鏸蔵    諸葛政太
  鳥山重信    遠藤敬止    酒井忠彰
  伊東小三    鈴木周四郎   近藤廉平
  三浦信夫    今富清作    吉永治道
  上田鍵三    森田晋三    村野高潔
  西脇悌二郎   白井喜平    木村利兵衛
 - 第13巻 p.371 -ページ画像 
  稲垣喜右衛門  千村与八    岩田誠吉
  松林義之    松林ヱツ    岡本善七
  滝田正喬    斎藤長作    高木喜一郎
  高橋芳兵衛   岩上彪     杉浦久大
  藤本菅太郎   沢田恒五郎   渡辺勝三郎
  加藤忠蔵    青木勝重    青木善七
  原信男     小松操     小松春三
  大池源重    太田宗七郎   浅井仁兵衛
  玉村庄三郎   平岡シケ    原兵一郎
  弘田忠五郎   早矢仕有的
                   計四拾七名
不参セシ者
  三井養之助   小室信夫    下村忠清
  坂本夏     二神種備    益田孝
  吉川長兵衛   平池玄四郎   木村正幹
  沼間守一    大倉喜八郎   山本徳次郎
  川村源兵衛   宮崎代七    辻専三
  中山信彬    高橋又四郎   小野善右衛門
  三井武之助   大竹亮蔵    諸隈宜明
  後藤庄吉郎   水野九郎    須藤時一郎
  阪本甲子    富永冬樹    鈴木源十郎
  林岩      大島稽介    友田八五郎
  田沢等     富岡新三郎   拝司永造
  藤本良興    加賀精一    秋山千百
  小野義真    阪上平次郎   山県保兵衛
  北島庄兵衛   志倉光忠    加藤典経
  岡野勘兵衛   宮本新右衛門  阿部弥惣太
  福井忠兵衛   奥村信造    野口利右衛門
  高橋為之    中川光栄    井筒新兵衛
  高橋七三郎   清水清八    鹿島新兵衛
  好川保兵衛   木島文六    増田勝造
  中山彦輔    石橋栄蔵    立原八十次郎
  多崎忠七    今井篤     渋沢喜作
                    計六拾三名
                  総計百六拾七名
    第二節
一参集ノ株主ハ午後三時二十分ニ於テ議場ニ列ス、此時議長即チ当任ノ頭取ハ当半季間ニ於テ為セル諸種売買ノ約定高及ヒ其景況、商務ノ要件、仲買人ノ入退社並ニ役員ノ進退等ヲ報告セリ
    第三節
一議長ハ当半季間ニ在リテ収入支出ノ顛末ヲ開示シ、而シテ其利益金配賦ノ項ヲ議目ト為シ其考按ヲ陳述シ以テ衆議ノ決定ヲ求メ、且曰ク、曾テ各位ノ決定セラレシ準則ニ拠リテ今回役員ノ賞与金ヲ算出スレハ、壱万円以上ノ巨額ニ上ルヲ以テ特ニ之ヲ減少シ、五千円ト
 - 第13巻 p.372 -ページ画像 
為セリ、各位請フ之ヲ諒セヨ
 小松彰氏曰、役員ノ賞与ハ前規ヲ癈シ大ニ其額ヲ減少セラレシハ実ニ厚志ノ至リトス、就テハ此挙ニ従ヒ更ニ将来賞与金ノ制度ヲ衆議決定セラレンコトヲ望ム、又当半季割賦ノ計算ハ原按ヲ可トス
 深川亮蔵氏及ヒ各位モ原按ヲ賛成シテ之レニ決定セリ
一議長曰、客年七月ノ定式総会ニ於テ、当時ノ頭取肝煎ハ社費節減ノ為メ該月給ノ総額三百円ノ内弐百円ヲ頭取肝煎ニテ受領シ、残余ハ本社ニ預ケ置キ半季営業ノ景況ニ依リテ之ヲ収受スヘシト各位ニ報告セシトノ旨ニ基キ、我輩就職ノ後モ毎月二百円余ヲ受領シ来リタレハ、今玆ニ若干ノ残余ヲ存在セリ、之ヲ如何スヘキヤ
 小松彰氏曰、該金ハ素ヨリ肝煎諸君ノ給料定額内ノモノナレハ無論ニ之ヲ受領セラレテ可ナラン、衆株主亦皆同意ノ旨ヲ陳セリ
    第四節
一議長曰、仲買委員ナルモノハ其名義定款ニ載セテ日常営業上ノ事務ニ尽力スルモノナレハ、幾分カノ慰労アリテ然ルヘシ、就テ今回ハ我輩役員ヘ付与セラレタル賞与金ノ内ヲ以テ之カ報酬ヲ為スベシト雖モ、今後ハ半季毎ニ此慰労金ヲ公費中ヨリ支出シ、而シテ役員ノ賞与ハ其額ヲ減少スルノ方按ヲ設ケンコトヲ望ム
 深川亮蔵氏・小松彰氏曰、後来委員ヘノ慰労金ハ公費ヨリ支出シ、而シテ今回ノ慰労金モ亦賞与金ヨリ出スヲ欲セス、幸ヒ後半季ヘノ繰越金七百円余アレハ、此内ノ幾分ヲ慰労金ニ充テヽ可ナラン
 肝煎朝吹英二曰、当半季ノ賞与金ハ資本金ニ対スルモ充分ナリトス因テ賞与ノ準則ヲ改定セシ上ハ格別ナレドモ、先ツ当半季ハ賞与金ノ内ヨリ委員ノ報酬金ヲ支出スベシ
 此ニ於テ深川・小松ノ両氏ヲ始メ其他諸氏モ之レニ同意セリ
    第五節
一議長曰、当取引所々有ノ起業公債証書ヲ金禄公債証書ニ交換スヘキコトハ既ニ前任役員ニ於テ各位ノ決議ヲ得タリ、然ルニ爾後未タ之ヲ果サヾルヲ以テ、起業公債証書総額七万八千四百円ノ内客年十一月中四万円ヲ七分利付金禄公債証書四万円ト交換ノ約定ヲ為シ、本年五月利子交付ノ期迄ニ完結スヘキ筈ナリ、玆ニ之ヲ報告ス
一議長曰、従前当所ノ交際費ハ頭取肝煎限リノ議決ヲ以テ、予テ諸証拠金ヲ銀行ヘ預ケ其報酬金ヲ以テ之レニ充テタリシカ、客年八月中更ニ諸証拠金ヲ国立銀行ニ当坐預ケノ方法ヲ以テ之ヲ預ケ、幾分ノ利子ヲ収受センコトヲ大蔵省ヘ稟請シテ允可ヲ得タルニ依リ、我輩役員ニ上任セシ以降ハ諸証拠金ヲ第一第三ノ両銀行及ヒ第三十二銀行支店ヘ当座預ケト為シ、十二月迄ニ三千円余ノ利子ヲ得テ之ヲ総益ノ内ニ加エリ、故ニ営業交際ノ諸費及ヒ書記以下臨時賞与金等併セテ千三百円余ヲ公費ヨリ支出シテ尚ホ千七百円余ノ益ヲ剰セリ、是レ当半季ヨリ創マル所トス
    第六節
一議長ハ定款中営業上実際ノ経歴ニ従ヒ条項中其主義ノ尽サヾルモノハ其字句ヲ更正シ、又仲買人及ヒ手代ノ取締上ニ係リ加除改正ヲ為シタル議案数冊ヲ会同ノ株主ニ頒付シ、又更ニ議長之ヲ朗読シテ衆
 - 第13巻 p.373 -ページ画像 
議ノ決定ヲ求メタリ、就テ渋沢栄一氏・深川亮蔵氏・小松彰氏・今村清之助氏等其意見アルモノハ各之ヲ陳述シ、諸氏ト衆議ノ上別冊ノ如ク決定セリ
    第七節
一議長ハ当総会ニ於テ予シメ将来役員賞与金ノ準則及ヒ営業上交際費ノ額ヲ定メンコトヲ求メリ、於是渋沢栄一氏・三野村利助・深川亮蔵氏等主トシテ衆株主ニ謀リ、先ツ役員賞与金ノ制ヲ左ノ如ク決定セリ
  利益金ニ対シ   一割ヨリ少ナカラズ
           二割ヨリ多カラズ
 渋沢栄一氏曰、交際費ハ予シメ其額ヲ定メス実費支払ニセンコトヲ望ム、仮令ヒ定限ナシト雖モ役員ハ臨機其意見ヲ以テ之ヲ施行シテ可ナリ、決シテ不相当ノ措置ナキヲ信ス
 三野村氏・深川氏モ亦渋沢氏ト同案ニシテ、衆皆ナ之レニ同意シ、実費仕払ノコトニ決定セリ
    第八節
一議長ハ既ニ諸報告及ヒ各要件ノ開陳ヲ了シタルヲ以テ頭取ノ任ヲ謝シ、同時肝煎役モ亦当任ヲ解キ株主一般ノ権利ニ復セリ、此ニ於テ株主ハ井関盛艮ニ仮議長ノ任ヲ嘱シ、投票ヲ以テ本年肝煎役ノ撰挙ヲ施行セシメタリ
  投票数
         七百九拾九票    井関盛艮
         七百四拾六票    朝吹英二
         七百四拾六票    松林義規
         七百参拾五票    松隈謙吾
         六百五拾三票    小松彰
右五名ハ投票ノ高点ナルヲ以テ各其撰ニ応シ、当総会ノ局ヲ結ヘリ、時ニ午後四時三十分衆皆議場ヲ退ケリ
                   頭取
                     井関盛艮
  明治十四年一月九日


半季実際考課状 第六回・第一頁明治一四年七月一〇日(DK130030k-0025)
第13巻 p.373 ページ画像

半季実際考課状  第六回・第一頁明治一四年七月一〇日  (東京株式取引所所蔵)
    ○株主集会決議ノ事
一一月九日第五回株主定式総会ヲ開キ、当任ノ頭取ハ昨十三年下半季営業ノ要件及ヒ収入支出ノ詳細ヲ報告シ、株主ノ衆議ヲ以テ其配賦金ノ算程ヲ定メ、並ニ定款各条ノ更正ヲ議決セリ、而シテ例ニ照シ肝煎役改撰ノ投票ヲ施行セシニ、小松彰・井関盛艮・朝吹英二・松林義規・松隈謙吾ノ五名其撰ニ当リ、各之ヲ承諾ス


株主関渉書類 明治自一一年至一四年内一三年分ヲ除(DK130030k-0026)
第13巻 p.373-374 ページ画像

株主関渉書類  明治自一一年至一四年内一三年分ヲ除
                  (東京株式取引所所蔵)
当取引所株式売買申合規則之儀不完全之廉有之候ニ依リ、今般大蔵卿之允許ヲ得別冊之通改正候ニ付即チ一部差進申候、因テ本書モ共ニ差
 - 第13巻 p.374 -ページ画像 
出候間御調印被下度、此段得御意候也
  明治十四年四月二日            東京株式取引所
      川本清一殿ヽ
    ヽヽ深川亮蔵殿ヽ
      諸葛政太殿ヽ
     ヽ三井養之助殿ヽ
      小室信夫殿ヽ
    ヽヽ下村忠清殿ヽ
      近藤廉平殿
      諸葛小弥太殿ヽ
    ヽヽ森田晋三殿ヽ
      大池源重代理
      小松彰殿ヽ
      二神種備殿ヽ
      坂本夏殿ヽ
      岡本善七殿ヽ
    ヽヽ弘田忠五郎殿ヽ
    ヽヽ渋沢栄一殿ヽ
      吉永治道殿ヽ
       以下百五拾名略ス 鈴木周四郎殿
                今村清之助殿
                益田孝殿


株主関渉書類諸会社往復 明治十六年自一月至十二月(DK130030k-0027)
第13巻 p.374 ページ画像

株主関渉書類諸会社往復  明治十六年自一月至十二月
                  (東京株式取引所所蔵)
当取引所定款申合規則過般臨時総会之決議ヲ以テ改正相成候分御認許可相成旨之御指令ヲ得、来ル四月一日ヨリ施行致シ度、且当所営業継続之儀別紙写之通准許相成候ニ付併テ至急御調印相成度候、尤定款申合規則ハ印刷次第差進可致候間、追テ御熟閲可被下候 以上
 一定款申合規則正副書  四通
 一創立証書正副     二通
    以上
  明治十六年三月廿四日     東京株式取引所東京株式取引所印


株主関渉書類諸会社往復 明治十六年自一月至十二月(DK130030k-0028)
第13巻 p.374-376 ページ画像

株主関渉書類諸会社往復  明治十六年自一月至十二月
                   (東京株式取引所所蔵)
(朱筆)
願之趣満期後更ニ五ケ年間営業継続差許候条、創立証書ニ別紙奥書按之通現在ノ株主記名調印シ、地方長官ノ奥書ヲ得、当省ヘ可差出事
  明治十六年三月廿三日
             農商務卿西郷従道代理
                 大蔵卿 松方正義
 (以下墨書)
    別紙
此創立証書ニ拠リテ明治何年何月幾日ヨリ尚五ケ年間営業継続センコ
 - 第13巻 p.375 -ページ画像 
トヲ株主一同協議ノ上取極メタル証拠トシテ玆ニ奥書シ、各姓名ヲ自記調印致候、追テ加入候者ハ順次連署セシメ可申候也
  年 月 日           株主
    株主
      朝吹英二殿
      深川亮蔵殿
      野依周吉郎殿(印)
      安田善次郎殿(印)
      河辺昌殿
      川崎八右衛門殿(印)
      小松彰殿
      諸葛政太殿
      中田宗寧殿
      寺村鉄造殿(印)
      岡崎修身殿
      大池源重殿
      近藤廉平殿
      松林義規殿
      松隈謙吾殿
      森田晋三殿
      山中隣之助殿
      小林猶右衛門殿
      寺西成器殿(印)
      田口卯吉殿(印)
      中島行孝殿(印)
      今村清之助殿
      弘田忠五郎殿(印)
      吉永治道殿
      渡辺勝三郎殿(印)
      益田孝殿
      野村儀兵衛殿
      岡本善七殿
      串田孫三郎殿
      諸葛十弥太殿
      中山信彬殿
      小松春三殿
      三野村利助殿
      原信男殿
      松本常蔵殿(印)
      竹中邦香殿(印)
      原代九郎殿(印)
      相良剛造殿(印)
      小松精一殿
      青村善七殿
 - 第13巻 p.376 -ページ画像 
      西川平三殿(印)
      橋本政八郎殿(印)
      疋田平造殿
      渡辺福三郎殿
   代理 平尾保義殿(印)
      沼間守一殿
      小室信夫殿
      渋沢栄一殿栄一
      山本徳次郎殿(印)
      吉川長兵衛殿
          ○以下百一名略ス
  ○九十九名、尚他ニ二名記名シ抹消セリ。


株主関渉書類諸会社往復 明治十六年(DK130030k-0029)
第13巻 p.376-377 ページ画像

株主関渉書類諸会社往復 明治十六年 (東京株式取引所所蔵)
拝啓然者今般太政官第弐拾七号布告ヲ以テ金銀貨幣定期取引店差許候ニ付、不取敢売買申合規則別冊之通リ調製其筋之内覧ヲ経候処、此方法ニテ差支有之間敷趣示諭ヲ蒙リ候間、各位之御承認ヲ得、速ニ進達立会挙行ノ運ニ至リ度、即チ正副弐通差出候間早々御調印相成度候、此段得貴意候也
 追テ本文申合規則ハ曾テ御議定相成候株式申合規則ト大同小異ニ有之、御参照ノ為メ右規則書一冊相附シ置申候也
  明治拾六年八月九日
             東京株式取引所 東京株式取引所印
  朝吹英二殿    吉永治道殿    野依周吉郎殿
  森田晋三殿    深川亮蔵殿    松林義規殿
  川崎八右衛門殿  山中隣之助殿   小松彰殿
  諸葛政太殿    寺村鉄造殿    大池源重殿
  岡本善七殿    松隈謙吾殿    小林猶右衛門殿
  田口卯吉殿    中島孝行殿    今村清之助殿
  諸葛小弥太殿   野村潤次郎殿   弘田忠五郎殿
  相良剛造殿    青木善七殿    渡辺勝三郎殿
  益田孝殿     野村儀兵衛殿   串田孫三郎殿
  小松春三殿    中山信彬殿    富岡克次郎殿
  杉原新造殿    三野村利助殿   原信男殿
  竹中村香殿《(竹中邦香)》  原代九郎殿  小松精一殿
  橋本政八郎殿   平尾保義殿    沼間守一殿
  増井久右衛門殿  渋沢栄一殿    小室信夫殿
  山本徳次郎殿   吉川長兵衛殿   田中平八殿
  疋田平造殿    小松操殿     宇都宮礼蔵殿
  伊東小三殿    河上左右殿    西川平三殿
  伊藤幹一殿    平岡しけ殿    山郷善助殿
  安田善次郎殿   坂本夏殿     加藤典経殿
 - 第13巻 p.377 -ページ画像 
  近藤善助殿    黒須仙太郎殿   松本常蔵殿
  西村誠造殿    富永冬樹殿    神戸儀助殿
  水野九郎殿    平林喜三郎殿   天矢正則殿
  関谷善八殿    青木勝重殿    大島稽介殿
  岡本真一殿    松林義之殿    酒井忠彰殿
  寺田勝殿     須藤時一郎殿   本村文六殿
  杉山弘憲殿    田中震殿     石黒保兵衛殿
  加藤忠蔵殿    鈴木源十郎殿   滋賀八兵衛殿
  遠藤敬止殿    大塚藤八殿    野口利右衛門殿
  北島庄兵衛殿   井上庄蔵殿    蜷川緝殿
  多崎忠七殿    野本貞次郎殿   竹山裕嗣殿
  白洲雪麿殿    住吉太助殿    平松甚四郎殿
  藤田盛太郎殿   福井とみ殿    横山岩二郎殿
  池田浩平殿    丹羽亀之助殿   中西孝平殿
  阿部弥惣太殿   新井儀兵衛殿   鹿島新兵衛殿
  木島文六殿    高野藤吉殿    今村篤殿
  三村君平殿    古川景愛殿    嶋野半助殿
  峰沢徳兵衛殿   岩田誠吉殿    木村源兵衛殿
  今村繁三殿    吉沢作之助殿   神戸清兵衛殿
  山県保兵衛殿   安川善兵衛殿   別府五兵衛殿
  鹿島宇之吉殿   金丸清吉殿    山中正兵衛殿
  前田又平殿    竹内平右衛門殿  鹿嶋昌三殿
  白極惣平殿    寺林藤太郎殿   岡本弥兵衛殿
  木村弥重殿    小川栄殿     松橋銀殿
  吉沼兼吉殿    中川嘉豊殿    山本市蔵殿
  石見重三郎殿   堀秀知殿     金子茂兵衛殿
  市川善兵衛殿   小林与一殿    甘楽玄清殿
  篠崎天民殿    吉田良栄殿
  ○明治十六年東京株式取引所申合規則金銀貨売買之部ナル別冊ヲ付ス。


株主関渉書類諸会社往復 明治十六年自一月至十二月(DK130030k-0030)
第13巻 p.377-378 ページ画像

株主関渉書類諸会社往復  明治十六年自一月至十二月
                  (東京株式取引所所蔵)
当取引所家屋漸ク大破ニ及ヒ、且売買品種類相増候ニ応シ、諸掛用場狭隘ニ相成、彼是業務上差支不尠候ニ付、建増並ニ大修繕目論見可申考ニ有之候折柄、旧兜町米商会所家屋売却候間当所ニテ買取相成度旨東京米商会所ヨリ協議有之、仍テ実地遂撿査候処、搆造堅窂倉庫附属火災等ノ懸念モ少ク、其価格ハ八千五百円ニテ年賦払(凡ソ五ケ年賦ノ見込)ノ利便モ有之、旁以現住家屋ニ建増修繕ヲ加ヘ一時ノ急ヲ補充致シ候ヨリハ右家屋前述ノ割合ヲ以テ買得候方甚長策ト相考申候、尤買得移転ノ上ハ現住ノ分ハ相当代価ヲ以テ売却致シ可申ト存候、右御同意ノ有無至急致承知度、以輪札及御協議候也
  明治十六年八月卅一日
                  東京株式取引所
      朝吹英二殿 異議無御座候可然御取計可被下代理小松彰
 - 第13巻 p.378 -ページ画像 
      吉永治道殿   御同意仕候
      野依周吉郎殿  御同意ニ候(印)
      森田晋三殿   御同意仕候
      深川亮蔵殿   □□□□《(大嶋稽介カ)》代理
      川崎八右衛門殿 異存無之候(印)
      山中隣之助殿  御同意仕候也(印)
      諸葛政太殿   (印)
      寺村鉄造殿   御同意候(印)
      伊東蔓殿    御同意
      岡本善七殿   
      今村清之助殿  代理近藤善助(印)
      諸葛小弥太殿  
      野村潤次郎殿  御同意ニ御座候
      弘田忠五郎殿  御同意ニ在之候
      相良剛造殿   御同意ニ御座候代理小松彰
      青木善七殿   同上代小松彰
      渡辺勝三郎殿  御同意(印)
      益田孝殿    御同意仕候
      野村儀兵衛殿  (印)御同意
      串田孫三郎殿  (印)御同意可仕候也
      小松春三殿   御同意代理小松彰
      中山信彬殿   同上代理小松彰
      富岡克次郎殿  (印)
      杉平新造殿   
      三野村利助殿  
      原信男殿    御同意ニ御座候代理小松彰
      竹中邦香殿   (印)
      原代九郎殿   御同意
      小松精一殿   御同意ニ候代理小松彰
      橋本政八郎殿  異以存無是《(衍)》(印)
      平尾保義殿   御同意代理渡辺(印)
      沼間守一殿
      増井久右衛門殿 御同意ニ候也
      渋沢栄一殿   御同意(印)
      小室信夫殿
      山本徳次郎殿  (印)
          ○他九十八名略ス


株主関渉書類諸会社往復 明治十六年自一月至十二月(DK130030k-0031)
第13巻 p.378-379 ページ画像

株主関渉書類諸会社往復 明治十六年自一月至十二月
                  (東京株式取引所所蔵)
拙者実印盗難ニ罹リ紛失候ニ付、今回別紙印鑑之通改刻致候、此段御届申候也
  明治十五年
   七月三日            渋沢栄一栄一
 - 第13巻 p.379 -ページ画像 
    東京株式取引所
           御中
  ○別紙ヲ欠ク。


半季実際考課状 第一九回・第一三頁明治一六年一月(DK130030k-0032)
第13巻 p.379 ページ画像

半季実際考課状 第一九回・第一三頁明治一六年一月  (株式会社第一銀行所蔵)
         東京日本橋区兜町壱番地 第一国立銀行
    ○諸御達並願伺之事
一当銀行頭取渋沢栄一奥羽支店巡回旅行中実印見留印ヲ窃盗ニ遭ヒ紛失セシニ付両印ヲ改刻シ、七月○明治十五年四日其印鑑ヲ以テ大蔵卿閣下ニ上進セリ


中外物価新報 第七〇一号〔明治一六年九月二九日〕 ○東京株式取引所(DK130030k-0033)
第13巻 p.379 ページ画像

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東京株式取引所第一期営業報告 第三五四―三五七頁明治一七年四月(DK130030k-0034)
第13巻 p.379-380 ページ画像

東京株式取引所第一期営業報告  第三五四―三五七頁明治一七年四月
 ○第五款 営業事務之事
    第四項 役員進退ノ事
頭取肝煎撰挙就職ノ方法ハ定款第三章ニ規定スルカ如ク他ノ一般銀行諸会社ノ撰任法ト大異アルコトナシ、今開業以来上任ノ人名並ニ就職退職ノ年月日ヲ記シテ更迭ヲ詳ニスルコト左ノ如シ


図表を画像で表示--

 姓名    頭取                   肝煎       就職月日       退職月日      就職月日        退職月日 小松彰   十一年五月九日    十二年一月十二日  十一年五月九日       十四年一月十三日再任           十二年一月十二日再選       十五年一月十六日三任           十三年一月十六日三選  十三年七月一日       十六年一月十七日四任           十四年一月九日四選       十五年一月七日五選       十六年一月七日六選 小室信夫                       十一年五月九日                            十二年一月十二日再選  十二年七月六日 福地源一郎                      十一年五月九日                            十二年一月十二日再選                            十三年一月十六日三選  十三年八月廿七日 渋沢喜作                       十一年五月九日       十二年一月十二日       十三年一月十六日再任 十三年八月廿七日              十三年八月廿七日 小林猶右衛門                     十一年五月九日                            十二年一月十二日再選                            十三年一月十六日三選  十三年八月廿七日                            十四年二月七日四選                            十五年一月七日五選                            十六年一月七日六選  以下p.380 ページ画像  諸葛信澄                       十三年九月十八日    十三年十二月廿一日病死 栗原必                        十二年七月六日                            十三年一月十六日再選  十三年八月廿七日 井関盛艮  十三年九月十八日   十四年一月十三日  十三年九月十八日再選  十四年一月三十一日       十四年一月十三日   十四年一月卅一日  十四年一月九日       副頭取 朝吹英二                       十三年九月十八日                            十四年一月九日再選   十六年二月十五日                            十五年一月七日三選                            十六年一月七日四選 松林義規                       十三年九月廿日                            十四年一月九日再選                            十五年一月七日三選                            十六年一月七日四選 松隈謙吾                       十三年九月廿五日                            十四年一月九日再選                            十五年一月七日三選                            十六年一月七日四選 寺西成器                       十五年一月七日     十五年九月十二日 田口卯吉                       十六年一月七日 中島行孝                       十六年三月十日 



前記ニ由テ之ヲ観レバ、頭取肝煎ノ選任ハ概シテ前任者ヲ再三推挙シタル者アルヲ見ル可シ、又第一期営業年間ヲ終ル前季ノ在職頭取及ヒ肝煎ノ姓名ヲ掲クレバ左ノ如シ
           松林義規   田口卯吉
 頭取 小松彰 肝煎 松隈謙吾   中島行孝
           小林猶右衛門
支配人以下ノ諸役員ハ頭取肝煎ノ協議ヲ以テ之ヲ撰定スル者ニシテ、其責任頭取肝煎ノ重且ツ大ナルカ如クナラズ故ニ今之ヲ掲ケズ


農商務卿第二回報告 第五七―五九頁明治一五年(DK130030k-0035)
第13巻 p.380-381 ページ画像

農商務卿第二回報告  第五七―五九頁明治一五年
    株式取引所
東京大阪ノ両株式取引所ハ曾テ金銀貨幣ノ取引ヲ中止セシカ客歳ニ於テ再ヒ之ヲ開始セリ、乃チ大阪ハ三月東京ハ六月ヲ以立会シ其日尚ホ浅キヲ以テ未タ営業ノ盛衰ヲ詳ニスル能ハスト雖トモ、横浜株式取引所ニ於テハ十四年十二月一日ヨリ十五年十一月三十日ニ至ル取引貨幣総計四億弐千壱百七拾弐万四千壱百円ニシテ、之ヲ前年ノ営業高ニ比スレハ六千零壱拾七万八千六百円ヲ増加セリ、而シテ東京及ヒ大阪ノ両所ニ於テハ通計壱億七千八百三拾六万六千六百円ニ過キサルナリ、又諸株式取引高ハ東京大阪横浜ノ三所ヲ通シテ六拾五万五千三百円トス、而シテ其受渡高壱拾七万九千壱百円ナリ、之ヲ前年度ノ売買高及ヒ其受渡高ニ比スレハ売買高ニ弐百四拾四万三千五百円ヲ減シ受渡高ニ壱拾九万五千四百円ヲ減セリ、又公債証書売買高ハ其額面壱億四千
 - 第13巻 p.381 -ページ画像 
零弐拾四万六千壱百円ニシテ其受渡高九百零九万零五百円ナリ、而シテ之ヲ前年度ノ売買高及ヒ其受渡高ニ比スレハ売買高ハ弐億五千五百万三千六百円ヲ減シ、其受渡高ハ弐百九拾弐万三千弐百円ノ多キヲ加フ、是レ蓋シ前年度ニ各米商会所久シク休業スルヲ以テ投機者一時株式取引所ニ就キ大ニ売買ニ従事セシモノニシテ、米商会所ノ復旧スルヤ再ヒ去テ米商ニ赴キシヨリ此ノ減額ヲ来セシモノニシテ、到底彼ニ入リ此ニ出ルニ過キサルナリ、又客歳間ニ於テ公債証書ノ受渡高ヲ増加セシハ蓋シ実利ノ取引ヲ主トスルモノ稍々多キヲ加ヘ、貨幣取引ノ増加セシハ本年ニ在テ金銀貨幣時価ノ昂低日ニ甚シキニ基ヒスルモノト云フヘシ


農商務卿第三回報告 第五七―六一頁明治一六年(DK130030k-0036)
第13巻 p.381-382 ページ画像

農商務卿第三回報告  第五七―六一頁明治一六年
    株式取引所
株式取引所ニ於テ従来違約人ヲ処分スルニ、其違約ニ依リ対手人ニ於テ失タル利得ト被リタル損害トヲ償ハシムルハ其証拠金ト身元金トヲ以テスルニ止リタルモ、十五年十二月第六拾四号布告ヲ以テ之ヲ改正セラレ、損失ヲ償フコト能ハサルトキハ取引所ヲシテ弁償ノ責ニ任セシムルコトトナレリ、此一条ハ取引所営業組織ノ全体ニ及ホスヲ以テ全国三所ノ株式取引所ニ向テ其定款並申合規則ヲ改正セシメタリ、又其税額ハ手数料其他現収セル総金高十分ノ一ナリシヲ十五年十二月売買手数総金高ノ十分ノ一ト改定セリ、且新タニ仲買人納税規則ヲ布キ公債証書並諸株式ノ定期約定代金ノ千分ノ一ト金銀貨取引代金ノ千分ノ二半トヲ売買双方ヨリ納税セシムルコトトナシ、十六年四月一日ヨリ之ヲ実施セリ
爰ニ株式取引所ノ売買高ヲ調査セントスルモ是亦米商会所ト其情ヲ均シクスルニヨリ、本季間ニ於テハ同ク去ル十五年十二月一日ヨリ起リ十六年六月三十日迄ニ止メ以テ前年度ノ報告ニ継続セシメントス、即チ全国三所ノ株式取引所ヲ通シ之カ売買高ヲ総計スルニ、諸株式六拾弐万九千九百円ニシテ前年度即チ明治十四年十二月ヨリ同十五年六月迄ノ売買高ニ比スレハ壱拾七万三千三百円ヲ増シ、其受渡高ハ壱拾五万四千四百円ニシテ同ク前年度ノ受渡高ニ比スレハ壱万五千九百円ヲ減セリ、又諸公債証書ハ東京大坂二所ノミヲ通シ四千三百七拾弐万零七百円ニシテ、同ク前年度ノ売買高ニ比スレハ六千九百三拾七万六千八百円ノ減少ヲ見ルモ、其受渡高ニ至リテハ五百弐拾七万六千五百円ニシテ、前年度ニ比スレハ四万四千円ノ増加ヲ来ス、此時ニ当リ公債証書ノ売買取引ノミ独リ著シキ減退ヲ視サリシハ、其帰スル所一ハ税額ノ卑キト、一ハ当時会々一般ノ商況不振ニ際シ公債証書ノ価格高位ニ進ムノ傾向アリシ等ニ因レリ、又金銀貨ノ売買高ハ明治十五年十二月ヨリ十六年三月マテ、横浜株式取引所ノミノ売買高弐億五千九百零九万四千壱百円ニシテ、前年度ノ売買高ニ比スレハ九千六百九拾五万壱百円ノ増加ナリ、又大坂株式取引所ニ於テ同ク四箇月間売買セシ金銀貨ノ総計ハ七千弐百三拾九万三千円ニシテ、前年度中止ノ後ヲ受ケ爰ニ正確ナル比較ヲ得ル能ハスト雖トモ、明治十五年三月ヨリ同六月ニ至ル四閲月間ノ売買高ニ比スレハ壱千零四拾九万円ヲ増加セリ、客
 - 第13巻 p.382 -ページ画像 
歳七月兵庫県神戸港ニ株式取引所ノ設立アリ、本所ハ即チ五港ノ一ニシテ貿易上ノ関係最モ多ク随テ銀貨ノ需用亦夥多ナルニヨルナリ、又其八月第弐拾七号布告ヲ以テ金銀貨定期売買ヲ許可セラル、由テ各株式取引所ニ向ヒ申合規則中其取引ノ方法ヲ規定セシメタリ
    米商会所株式取引所仲買ニ関スル件
元来米商会所株式取引所共其仲買人ハ会所及取引所ノ規約ニ由リ一年乃至二年ノ期限ヲ以テ認許セシト雖トモ、其進退ノ間ニ於テ自然弊習ニ陥ルノ情況アルヲ以テ、其品格ヲ改良セシメンカ為メ客歳八月太政官第弐拾八号布達ヲ以テ米商会所及株式取引所ノ仲買人認許料ヲ制定セラレ、本省ニ於テハ更ニ告示ヲ以テ其会所及取引所等ノ仲買人人員ヲ限定セリ、即チ東京米商会所ハ八拾名、大坂米商会所ハ六拾名、其他ハ毎一所三拾名トシ、又株式取引所ニ於テハ東京横浜ハ各七拾名トシ、大坂神戸ハ各六拾名トス、爾来此布達ニ拠リ認可シタル者米商会所ハ仲買人七拾九名、株式取引所ハ仲買人三拾壱名、金銀貨取引所ハ仲買人五拾壱名ニ乃《(及)》ヘリ、而シテ米商会所及株式取引所等ノ営業ヲ視ルニ、東京・大坂・兵庫・三重等米商会所ノ如キ大ニ其申合規則ヲ改正シ、連日ノ売買価格ヲシテ均一ナラシメ、計算上便利ノ為メ一定ノ約定直段ヲ設ケ、而シテ証拠金ノ如キ従前ハ売買時間終了ノ後一時三十分ヲ期シテ差入シメシカ、之ヲ改メテ翌日前場立会前ニ差入レシムルコトトナシ、手数料ノ如キ従前ハ千分ノ一三以上ヲ徴収セシヲ改メテ千分ノ一乃至万分ノ六ト軽減セシカハ、売買人ニ対シテ大ニ猶予便利ヲ与ヘタリ、又株式取引所ハ金銀貨定期売買ヲ許サレタルモ、之ニ由テ市場ニ繁況ヲ増シタルニモアラス、概スルニ会所及取引所一般ノ景況ハ前季ニ比シテ敢テ著シキ変更ヲ来サヽルナリ
本季間局員ヲ各地ニ派出シ米商会所及株式取引所ニ就テ其営業ノ実況ヲ調査セシムルニ、兵庫・松山・徳島等ノ米商会所及横浜株式取引所等ノ実況ヲ概言スルニ、各所トモ其市場ニ繁昌ヲ示サヽルハ恰モ同一轍ニ出ルカ如ク、而シテ現場振ハサル形跡ノ如キハ本季ト前季トノ売買高ニ徴シテ判然タリ


公事提要(DK130030k-0037)
第13巻 p.382 ページ画像

公事提要              (芝崎猪根吉氏所蔵)
  明治十五年第十二月
主人方資産調取扱候ニ付写置候事
  資産   貸方
○中略
金千円    株式取引所 十株
○下略


公事提要(DK130030k-0038)
第13巻 p.382-383 ページ画像

公事提要              (芝崎猪根吉氏所蔵)
  明治十五年第十月三十日
主人渋沢栄一所有財産第一国立銀行ヘ保護預ケニ相成居候分左ニ
○中略
東京株式取引所
 株式 拾株
 - 第13巻 p.383 -ページ画像 
 金千円
売買
 通価千五百円
     但シ一株百五十円ノ割
○下略



〔参考〕財界太平記 (白柳秀湖著) 第八一―八三頁〔昭和四年一月〕(DK130030k-0039)
第13巻 p.383 ページ画像

財界太平記 (白柳秀湖著)  第八一―八三頁〔昭和四年一月〕
  第三篇 三井物産地方の小資本家と協調の事三菱会社左右奮撃海上独占の事
    「六」若山儀一に種本を仰いだ犬養毅氏
 東京株式取引所は明治十一年五月の創立で所長は小松彰といふ人であつたが、実際の経営者はヤハリ渋沢栄一氏であつた。我国で株式取引所条例の制定されたのは明治六年であつたが、当時は時機尚ほ早くまだ市場の開設を見るに至らなかつたが、明治九年八月渋沢氏の奔走で、銀行条例に大改正が加へられてからは一たび頓挫した銀行業も再び活気を呈し、明治九年から同十一年にかけて百五十三の国立銀行が起り、銀行紙幣の発行に対する保証用として公債証書の需要が漸く盛になり、一般社会も亦頻りに公債を要求するに至つたので玆に初めて有価証券売買取引市場の開設が痛感せられるに至つた。然るに当時の株式取引所条例には尚ほ実際に適せぬ所が多かつたので、渋沢氏は、益田孝・小松彰・三井養之助等九十五名と謀つて、一方にその改正意見を具申すると同時に、他の一方に資本金二十万円の株式取引所を創立した。当時此株式取引所には田口卯吉・岡山兼吉などいふ当時の新人が出入して盛に談論を闘はせて居た。田口卯吉は是より先、渋沢氏の依頼をうけて手形の方書を作り、之を第一銀行の得意先に配つて、当時の目星しい商人に手形取引の便利を教へるといふやうな仕事をして居たものであるが、株式取引所の創立にも参画し、その常連として出入して居た。
 三菱では渋沢・益田の両氏に一泡吹かせ東京風帆船会社の創立を妨害するには、秘密に此株式取引所の株を買収して、同社を乗取り、渋沢氏等が同社の金を風帆船会社の方に利用することの出来ぬやうにしてしまふ方がよいといふので、莫大の金を散じて極秘に同所の株を買収し、大隈を抱込んで小松との関係を割き、渋沢・益田の両巨頭を排斥して遂に株式取引所乗取りの目的を達した。
 何がさて当時の三菱は西南戦争で八ケ月間に一千五百万円の不当利益を占め、東洋の波濤を支配する海上王となつた際とて金に厭目をつけず、八方に手を廻して東京風帆船会社の妨害をしたのである。之にはさしも三井家の大勢力を背後に負ふ益田孝氏も辟易し、東京風帆船会社は創立を了つたまゝで、事業を開始する事が出来ず、到頭立往生の姿となつてしまつた。
 かくて三菱は東京株式取引所の乗取りで先づ三井家の前哨線に一撃を加へることに成功したけれども、田口卯吉は是から自分の主宰する『東京経済雑誌』に拠り、猛烈に三菱会社の攻撃を開始した。
○下略

 - 第13巻 p.384 -ページ画像 

〔参考〕朝吹英二君伝(大西理平著) 第七一―七四頁〔昭和三年一二月〕(DK130030k-0040)
第13巻 p.384-385 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

〔参考〕明治商工史 (渋沢栄一撰) 第一一四頁〔明治四四年三月〕(DK130030k-0041)
第13巻 p.385 ページ画像

明治商工史 (渋沢栄一撰)  第一一四頁〔明治四四年三月〕
  第五章 経済機関の起源(男爵 渋沢栄一)
    六 株式取引所
○上略
取引所創立 斯くて取引所は明治十一年に至り設立せられ、予は創立当時に於て之に関係する所ありしが、後ち渋沢喜作に托して其主脳者たらしめたるも、他に反対の説ありて遂に小松彰をして之に当らしめたり、元来取引所の設立は予輩自ら之によりて輪贏を争はんとするの念なく、単に社会実業の具に供するの意に出でたりしが、事実其弊多くして時に甚しき害の生ずるを看破したるを以て、銀行業者として之に遠ざかるの得策なるを認め、相当の株を所持せしも遂に之を売却し爾来全然之と関係を絶つに至りしなり


〔参考〕東京株式取引所史(東京株式取引所編) 第二三―二四頁〔大正五年一二月〕(DK130030k-0042)
第13巻 p.385-386 ページ画像

東京株式取引所史(東京株式取引所編)  第二三―二四頁〔大正五年一二月〕
 ○第一章 総説
    第一節 第一期(自明治十一年創立至同十四年)
○上略
開業当初売買セラレタル物件ハ新・旧及秩禄ノ三国債証券ノミナリシカ、既ニシテ明治十一年七月十五日ヨリ当所株ノ売買ヲ開始シ、次テ金禄・起業両国債証券並兜町及蠣殻町両米商会所株ニ及ヒタルカ、株券ノ売買ハ極メテ少クシテ国債証券中流通最モ多額ナル金禄公債証書ノ売買最モ多キヲ占メタリ
西南戦役後不換紙幣ノ氾濫ニ因リ金紙ノ差価ヲ生スルヤ金銀ノ売買盛ニ行ハレ、特ニ横浜ニ於ケル洋銀取引最モ殷賑ヲ来セリ、是ニ於テ本所ニ於テモ十二年十月十四日ヲ以テ金銀貨売買ヲ開始シタルカ、投機熱ノ流行ト相俟テ市場益々活気ヲ帯ヒ来リ従来不振ナリシ株券ノ売買モ亦著シク増加シタリ、此年一月頭取小松彰氏肝煎トナリ肝煎渋沢喜作氏頭取ニ就任シタルカ、翌十三年八月井関盛良氏頭取《(井関盛艮)》ニ就任シ肝煎全部更迭セリ、後幾許モナク十四年一月小松彰氏再ヒ頭取ニ就任ス
明治十三年四月十二日金銀貨幣ノ売買ヲ当分ノ間停止セラレ、次テ売買取引上各種ノ取締法ヲ制定セラレタルヲ以テ、本所ハ之ニ準拠シテ定款並申合規則ヲ改正シ、仲買人ヲ甲公債株式仲買人乙金銀貨仲買人ノ二部ニ分チ而シテ乙部仲買人ニ対シテハ一層其取締ヲ厳ニシ且ツ其身元金ヲモ増加シ、五月四日解停ノ命ヲ得テ再ヒ其売買ヲ開始シタルニ、商況旧ニ依リ殷賑ヲ致シ依然差金取引ノ弊ヲ免カレサルヲ以テ同月十九日遂ニ金銀貨幣ノ定期取引ヲ禁止スルニ至レリ(四頁参照)、之ト同時ニ其現場取引モ廃絶ニ帰シタルヲ以テ、乙部仲買人中或ハ業ヲ公債株式仲買人ニ転シ或ハ全然其業ヲ廃スルモノアリ、越エテ十五年六月一日再ヒ
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金銀貨幣ノ現場取引ヲ復活シタルモ、遂ニ実際売買ノ成立ヲ見ルニ至ラサリキ
是ヨリ先キ、金銀貨幣ノ取引ヲ再開スルヤ、本所ハ其好況ノ永続ス可カラサルヲ察シ、只管事業ノ基礎ヲ鞏固ニシ他日ノ不慮ニ備ヘンカ為メ、特ニ大蔵省ノ允許ヲ得テ仲買人ヨリ納入スル諸証拠金ハ国立銀行ノ外確実ナル私立銀行ニモ分預シテ相当ノ利子ヲ収メ、一方ニハ経費ヲ節減シテ積立金ヲ増シ、且ツ少シク手数料ヲ増加スルノ傍ラ仲買人ノ取締ヲ厳ニシテ、以テ自ラ警戒スル所アリタリ