デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.15

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

3章 商工業
25節 取引所
1款 東京株式取引所
■綱文

第13巻 p.413-458(DK130034k) ページ画像

明治19年10月19日(1886年)

共同相場会所設立ニ関スル農商務当局ノ調査終了セルヲ以テ、次官吉田清成、府下有力実業家等ニ諮問セントシ、ソレニ先立チ栄一ヲ招致、内示スル所アラントス。是日栄一諾ス。蓋シ是月十四日農商務省ニ於テ商品取引所条例草案ノ成リシコトアルヲ以テ、該草案ヲ示セルカ。


■資料

渋沢栄一 書翰 吉田清成宛(明治一九年)一〇月一九日(DK130034k-0001)
第13巻 p.413 ページ画像

渋沢栄一 書翰  吉田清成宛(明治一九年)一〇月一九日
              (京都帝国大学文学部国史研究室所蔵)
華翰拝読仕候、然者兼而御内示被下候一条夫々御調査も出来候ニ付、府下実験ニ富たる人々ニ御下問被下候御見込之処、尚其前小生ヘ御垂示被成下度ニ付、明夕又ハ明後朝之中尊邸ヘ参上候様御内諭拝承仕候然処明夕ハ無拠約束を引受候ニ付何分参上仕兼候間、明後朝拝趨可仕候、尤兎ニ角明日午後御省ヘ向ケ御伺可申上候ニ付、もし御寸暇有之其節御示を得候ハヽ尚更難有奉存候、右奉復まて 匆々頓首
  十月十九日               渋沢栄一
    吉田次官閣下
  ○吉田清成ノ農商務次官ニ任ゼラレシハ明治十九年三月四日ニシテ、ソレヨリ元老院議官ニ転ゼシハ翌廿年七月廿六日ナルヲ以テ、本書翰ハ明治十九年十月十九日付ノモノナルヲ知ル。(顕要職務補任録参照)


中外物価新報 第一三四八号〔明治一九年一〇月三日〕 ○共同相場会所(DK130034k-0002)
第13巻 p.413 ページ画像

中外物価新報  第一三四八号〔明治一九年一〇月三日〕
○共同相場会所 其筋に於てハ早晩現今の米商会所及び株式取引所の如き株式組織を変更して、更に彼のブールス並にストツク・ヱキスチヱンジ等の組織に倣ひ共同相場会所を設立して、資産あり名誉ある真の商人を以て組織し、米・雑穀・油・綿・砂糖等の如き重要物品並に株式公債をも此の会所内に於て定期現場とも其売買を自由に為さしめらるゝ都合なる由ハ、嘗ても報道したる所なるが、尚頃日聞く処に拠れば此義に就てハ当府下の二三の紳商も右に同趣意の願書を其筋へ差出し、又其実施の手続等に関して過日某処に会合し相談を遂げたりと云へば、我国の相場会所に一大変更を見るも敢て期し難き事にはあらざるべきなり


中外物価新報 第一三五四号〔明治一九年一〇月一〇日〕 ○米商株大下落の原因(DK130034k-0003)
第13巻 p.413-414 ページ画像

中外物価新報  第一三五四号〔明治一九年一〇月一〇日〕
○米商株大下落の原因 東京米商会所株は一時中々に気勢強く、去る五月頃にハ五月限にて四百五十円以上もしたりしが、其後ハ敢て気配わるしといふにもあらざれどぢりぢりと下直へ運び、一昨日頃迄ハ十月限三百八十円内外に保合居りしに、昨日ハ俄然として低落を現ハし本場第二節には三百飛で九円とまで引下げ、夫より又引戻して三百四十円に引けるなど大変動を現ハし、何か引込み節にてもあらん歟とも想像さるゝ摸様に見へたれば、其原因ハ何なる乎と探り見たれど目下
 - 第13巻 p.414 -ページ画像 
差当り敢て是と指す程の原因もなきが如し、去れど昨日の如きハ大分早耳筋よりの売注文もあり、且つ買人も何に臆して歟買進まざる所より察すれば過日の本紙に記したる共同相場会所の設立も近きにあるを暁り、そうなる時ハ大変と徐々売り始めたるにハあらざる歟、若しも斯る訳柄より此下落を引起したるものならんにハ其低落ハ決して此位のものにハあらざるべし、多額の株主にハ御用心さつしやりましよう


中外物価新報 第一三五六号〔明治一九年一〇月一三日〕 ○早まる勿れ(DK130034k-0004)
第13巻 p.414 ページ画像

中外物価新報  第一三五六号〔明治一九年一〇月一三日〕
○早まる勿れ 商業ハ迅速を貴ぶが中にも凡そ投機師程迅速を貴ぶものハなく、千万金の損得も僅か一刻の掛引より生ずる事なれば速きを貴ぶ、其の間にハ自然早まり過ぎて損毛を招くことも往々之れあることにて敢て怪しむにハ足らざる事乍ら、此の頃共同相場会所設立の噂を聞て東株を先き売し、予め其禍を避けんとするが如きハ随分大早計の沙汰にハあらざる歟、聞く所に拠れば昨今東米株が大下落を来したるハ全く右相場所設立の影響を気構へ売人気となりし結果なりとの事なるが、彼の気早連の中にハ弥よ右相場会所の設立を許可されたる以上ハ我が政府に於て一片の布告以て米商会所並に株式取引所をも廃止し、之れを合併せしむるものならんなどゝ空想を抱きて投機売買を為す者もありとか聞けり、成る程東京米商会所ハ其の営業期限も来年の七月までにて切れることなれば、若し我が政府にて現時株式の組織を不得策と思ハるゝ等の事あらんにハ右相場会所の創立あるを機として東京米商会所の営業継続を許可せられざることもあらん歟なれと如何に思考するも其の営業期限内に其の営業を差止めらるゝ抔の事ハ真逆あるまじと想像せらるゝなり、去れば昨今世間に其評判ある共同相場会所てうものハ良し近々に其の設立あるものと仮定むるも、米商会所並に株式取引所にして其の営業期限に満たざる間ハ左程心配にハ及ばざるべし、殊に東京株式取引所の如きハ其の期限迄にハ今五年もある程なれば昨今同株券が何となく不味下向きとなりたるハ全く別の原因より来りしものと察せらるゝなり


中外物価新報 第一三六三号〔明治一九年一〇月二一日〕 ○共同相場会所(DK130034k-0005)
第13巻 p.414-415 ページ画像

中外物価新報  第一三六三号〔明治一九年一〇月二一日〕
○共同相場会所 現今の米商会所並に株式取引所の株式組織を一変して仏のプールス、米のストツク・ヱキスヂエンジ《(マヽ)》又ハ英のローヤル・ヱキスチヱン《(ジ脱)》等の組織に倣ひ、更に共同相場会所を創設して資産あり名誉ある真正の実業者を以て仲買とし、米・雑穀・綿・石油及株式公債等其他重要品の現場定期の売買を為さしめらるゝ計画の専ら朝野の間に行ハるゝあれば、早晩今日の相場会所が面目を革むるの日あるべしとハ既に吾輩が去る六月以来機に触れ事に臨んで報道し、且つ此の義の実行せられん事を切に論弁したる事屡々なりしに、或る同業新聞の如きハ何とか角とか妙な思想を以て妙な評説を加へたりしが、併し世の中の事ハ如何なる制度にてもよき組織の行ハるゝハ固より自然の事にて云ふ迄もなき事ながら、爾来此の改革説ハ益々世間に勢力を得て其筋に於てハ此義に関する取調事務も疾くに相済みたる由なれば、夫々の手続を経て公然発布せらるゝも多分ハ本年中に在るべしと云ふ
 - 第13巻 p.415 -ページ画像 
又其筋に於てハ英米仏其他都合七ケ国の相場会所組織を参考せられたる由なれは将来起るべき相場会所ハ定めて完全のものなるべし


東京日日新聞 第四四八三号〔明治一九年一〇月二一日〕 ○佐野商務局次長(DK130034k-0006)
第13巻 p.415 ページ画像

東京日日新聞  第四四八三号〔明治一九年一〇月二一日〕
○佐野商務局次長 去る十七日東京株式取引所臨時惣会の節臨席せられし佐野次長が会議の未だ終らざるに先立ちて退場せられ、直様吉田農商務次官の邸へ赴かれ数刻対話ありしは何か至急の御用向ありてのことか、又た一昨日も同邸へ参られて内密の御話どもありしと聞く


中外物価新報 第一三六七号〔明治一九年一〇月二六日〕 ○東京株式取引所(DK130034k-0007)
第13巻 p.415 ページ画像

中外物価新報  第一三六七号〔明治一九年一〇月二六日〕
○東京株式取引所 同所に於て売買する東京株式取引所株式並東京米商会所株式ハ去る廿三日俄然大変動を呈したる由ハ前号の紙上へ掲載せしが、余りの大下落なりしゆゑ右両所株式及び其他の株式公債等現在売買取引ある仲買人よりハ夫々成規の追証拠金を徴収されしが、其中野村儀兵衛・渡辺平吉の両人ハ両所株式都合四百余株郵船会社株式三千有余株其他にも相応多数の買約ありし所、昨日午後に至るも追証拠金の差入れをなさゞるに付、遂に東京株式取引所にてハ申合規則第十章第三十八条を適用して両人を処分する旨左の如く掲示したり
    掲示
             株式仲買 野村儀兵衛
             同    渡辺平吉
右野村儀兵衛ハ東京株式取引所株式外四種買約定ニ係る追証拠金、渡辺平吉ハ東京株式取引所株式及横浜正金銀行株式の買約定に係る追証拠金の差入を怠り候付、申合規則第十章第三十八条に依りて廿五日本場第二節に於て違約処分候事
 但本日本場第一節商より違約者ハ総て売買を禁止候事
  明治十九年十月廿五日          東京株式取引所
右の取調にて昨日ハ午後六時を過るも未た一回の売買立会もなく、同所役員方を初め他の仲買人にも前日より徹夜にて余程混雑を為し居らるゝ由、因に記す米商会所仲買人の身元保証金ハ千二百円なるが株式取引所ハ僅に四百円にて且証拠金の如きも米ハ価格の十分一なるも株式券ハ実価三百円以上ハ百分の五にて丁度米の半額に当るゆゑ、右両名の違約者が不納に係る損金も随分少からざるべく、其弁償ハ株式取引所の積金を以て償却さるゝ事ならんが、此処分方ハ随分六ケ敷事なるべく、新任役員方の御困難ハ一入なるべしと察せらるなり


東京株式取引所史(東京株式取引所編) 第一一六―一一八頁〔大正五年一二月〕(DK130034k-0008)
第13巻 p.415-416 ページ画像

東京株式取引所史(東京株式取引所編)  第一一六―一一八頁〔大正五年一二月〕
    第六章 市況概観(自明治十一年六月至大正四年十二月)
○上略
○明治十六年 金銀貨ノ売買一度廃滅ニ帰シテヨリ市況頓ニ沈睡ノ域ニ陥リタリシカ、此間本所ハ営業上種々ノ改良ヲ施ス所アリシカ為メ、明治十六年上半期ニ至リテ公債株式ノ売買高日ニ漸ク多キヲ加ヘタリ、然ルニ同年四月以降仲買人納税規則実施セラレタルヲ以テ一旦伸張セントシタル市場ノ売買取引モ復漸ク沈衰ニ向ヒタリ、該
 - 第13巻 p.416 -ページ画像 
規則ニ拠レハ株式仲買人ノ納税額ハ銀米ニ比シテ較々軽カリシノミナラス、当時銀貨ノ売買ハ既ニ廃滅ニ帰シ、仲買人ハ最早其売買ノ利益ニ依頼セサルノ覚悟アリタルヲ以テ、当市場ノ衰頽ハ大阪・横浜両取引所及各地米商会所ノ如ク著大ナラサリシモ、而モ其商勢漸ク閑散ノ域ニ沈淪シタルコト疑フ可カラス、同年下半期間ノ商勢ヲ観ルニ、新・旧・秩禄・起業等ノ諸公債ハ其売買殆ント絶無ニ帰シ独リ金禄公債ノ売買取引行ハレタルノミ、而シテ其売買高額面弐千五百参拾参万参千円ニ過キスシテ、之ヲ前期ニ比スレハ実ニ弐百九拾壱万参千余円ヲ減シ、株式ノ売買高モ亦幾分ノ退縮ヲ見タリ、然ルニ此時更メテ金銀貨幣ノ二限月取引ヲ許可セラレタルヲ以テ、八月二十日ヨリ之カ売買ヲ開始シタルモ、商勢依然トシテ振ハス、当時僅ニ弐拾参万五千余円ノ取引アリシノミニシテ、爾後絶テ其売買ナク全然休止ノ状ヲ呈スルニ至レリ
○明治十七―十八年 尋テ明治十七年上半期ニ至リ公債ノ売買日々益益衰頽ノ状ヲ呈シ其取引高僅々千六百八拾万余円ニ過キス、又株式ハ日本鉄道会社株式ノ売買ヲ開始シタル以来大ニ取引ノ数ヲ増進シタルモノノ如シト雖モ、而モ市場ノ大勢ハ萎靡不振ノ状ヲ免レス、十八年ニ至ルモ遂ニ恢復ヲ見サリキ、蓋シ其原因一ニシテ足ラスト雖モ、要スルニ不換紙幣整理ニ依リ通貨収縮シ物価ノ下落ヲ来シ率ヰテ不景気ヲ誘致シ、加フルニ十六年四月以降実施セラレタル仲買人納税規則カ其影響ヲ市場ニ及ホシタルモノト謂ハサル可カラス
○明治十九年 明治十九年紙幣整理完了シ、金紙ノ差価消滅スルニ及ヒ景気漸ク恢復シ、十八年十二月ヲ以テ仲買人納税規則廃止セラレタルヲ以テ、十九年上半期ニ至リ市況漸ク挽回ノ兆ヲ現シ、同年三四月ノ交ヨリ株式ノ売買殊ニ繁盛ヲ来シ、爾来商勢駸々トシテ進ミ公債ノ取引モ亦之ニ伴ウテ次第ニ増加ノ傾向ヲ示シタリ、去レハ同半期ニ於ケル売買総出来高ハ公債額面千拾四万七千五百余円、株式弐拾四万五千六百余株ニシテ、之ヲ前期ニ比スレハ公債ニ於テ弐倍強、株式ニ於テ拾倍強ノ増加ヲ見タリ、下半期ニ入リ株式ノ売買益益好況ニ向ヒ売買高激増シタリ○下略


自明治十一年至同四十年沿革及統計(東京株式取引所編)第一〇〇―一〇一頁〔明治四一年一一月〕(DK130034k-0009)
第13巻 p.416-417 ページ画像

自明治十一年至同四十年沿革及統計(東京株式取引所編)第一〇〇―一〇一頁〔明治四一年一一月〕
    損益表 其一収入

図表を画像で表示損益表 其一収入

 決算期別        手数料      株券書換手数料  所有々価証券利子    預金利子        雑益       前期繰越金       合計                円       円           円          円         円         円           円 明治十一年下半期 一〇、九八〇・五七〇  四四・五〇〇   六、一六〇・一七〇  一、一〇〇・三九二   一一五・七〇〇         ―  一八、四〇一・三三二 同 十二年上半期 二二、一一四・五二〇  三四・四〇〇   五、二七四・九一七  二、二三五・三五〇   一四三・八一三     六・七〇三  二九、八〇九・七〇三  以下p.417 ページ画像  同 下半期    一九、五七二・五一〇  六三・七〇〇   六、七六四・六〇〇  一、三七七・一五六   二二〇・〇八〇   五〇五・二九二  二八、五〇三・三三八 同 十三年上半期 二五、〇五七・六一〇  三九・二〇〇   七、四四七・二六七    九五〇・九二九   三八八・七九七     一・〇四三  三三、八八四・八四六 同 下半期    五八、九五〇・二五〇 一一〇・四〇〇   七、六六八・九七五  三、〇一四・二六四   六三〇・四三〇   三一〇・〇〇八  七〇、六八四・三二七 同 十四年上半期 七三、〇九九・二四〇  九四・二〇〇   七、七二〇・九九六 一〇、三四六・一五四   六〇五・一七七   七〇二・三四〇  九二、五六八・一〇七 同 下半期    一九、四二五・七一〇  四〇・三〇〇   九、〇六九・九七五  六、五四七・九一〇   一二〇・五〇〇 二、〇二六・七四二  三七、二三一・一三七 同 十五年上半期 二一、一六五・五三〇  二六・七〇〇   八、九七三・七一八  六、六五二・三三九   一九四・四七五    八八・七三九  三七、一〇一・五〇一 同 下半期    一〇、七七九・六九〇  三三・〇〇〇   八、九五三・六九九  四、五五七・四五七 一、八二五・八八四    八〇・三六八  二六、二三〇・〇九八 同 十六年上半期 一六、九三七・九一四  五六・七〇〇   八、〇八四・八四〇  七、六八九・五四六   一九五・〇六六   二〇四・二四七  三三、一六八・三一三 同 下半期    一五、五八四・四七〇  四三・三〇〇   七、九三四・九五四  五、七七七・八八八 二、九七六・三四七   九六七・九三九  三三、二八四・八九八 同 十七年上半期 一五、九八一・七五八  二一・二〇〇   七、〇九六・一〇〇  六、五〇二・九三六   一一六・六〇〇   六三八・四三二  三〇、三五七・〇二六 同 下半期    一三、三九四・六九五  一五・九〇〇   七、〇九六・九一二  五、六六七・一一四       一〇〇   五〇五・三一二  二六、六八〇・〇三三 同 十八年上半期 一三、三〇一・一八〇  二一・〇〇〇   七、〇七四・一〇〇  六、三七五・三七二         ―   一五八・四六六  二六、九三〇・一一八 同 下半期     七、三七〇・〇六一  一五・四〇〇   七、〇七七・一七五  三、八一〇・六三二         ―   九七六・五三四  一九、三〇九・八〇二 同 十九年上半期 五九、五八七・九二七 一一一・〇〇〇   六、九九〇・三五〇  六、六三八・七三一       〇〇四     八・七六七  七三、三三六・七七九 同 下半期   一一四、五四一・八〇〇 二八一・六〇〇           ― 一六、一七六・二七〇         ―    九五・五五八 一三一、〇九五・二二八 




自明治十一年至同 四十年沿革及統計(東京株式取引所編)第一〇三―一〇四頁〔明治四一年一一月〕(DK130034k-0010)
第13巻 p.417-418 ページ画像

自明治十一年至同 四十年沿革及統計(東京株式取引所編)第一〇三―一〇四頁〔明治四一年一一月〕
    損益表 其二支出

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 決算期別          取引所税  雑税  所得税   諸支出        賞与金       積立金      別途積立金   配当金年利率      後季繰越金      合計                円                 円          円         円      円          円         円            円 明治十一年下半期  一、七三三・三四二  ―   ―  六、一九一・二八七  一、四七〇・〇〇〇         ―    ―    九、〇〇〇・〇〇〇     六・七〇二   一八、四〇一・三三二                                                                           九分  以下p.418 ページ画像  同 十二年上半期  二、九八〇・三〇〇  ―   ―  七、一七四・一一一  二、六五〇・〇〇〇 一、五〇〇・〇〇〇    ―   一五、〇〇〇・〇〇〇   五〇五・二九二   二九、八〇九・七〇三                                                                         一割五分 同    下半期  二、七九九・八〇五  ―   ―  七、三〇二・四九〇  一、九〇〇・〇〇〇 一、五〇〇・〇〇〇    ―   一五、〇〇〇・〇〇〇     一・〇四三   二八、五〇三・三三八                                                                         一割五分 同 十三年上半期  三、三八八・三八〇  ―   ―  八、四八六・四五八  二、七〇〇・〇〇〇         ―    ―   一九、〇〇〇・〇〇〇   三一〇・〇〇八   三三、八八四・八四六                                                                         一割九分 同    下半期  七、〇三七・四三二  ―   ―  九、九四四・五五五  五、〇〇〇・〇〇〇 三、〇〇〇・〇〇〇    ―   四五、〇〇〇・〇〇〇   七〇二・三四〇   七〇、六八四・三三七                                                                         四割五分 同 十四年上半期  九、一八六・五七七  ―   ― 二〇、三五四・七八八  七、〇〇〇・〇〇〇 四、〇〇〇・〇〇〇    ―   五〇、〇〇〇・〇〇〇  二、〇二六・七四二  九二、五六八・一〇七                                                                           五割 同    下半期  三、五二〇・四四〇  ―   ―  八、四二一・九五八  三、二〇〇・〇〇〇 二、〇〇〇・〇〇〇    ―   二〇、〇〇〇・〇〇〇     八八・七三九  三七、二三一・一三七                                                                           二割 同 十五年上半期  三、七〇一・二七六  ―   ―  八、一一九・八五七  三、二〇〇・〇〇〇 二、〇〇〇・〇〇〇    ―   二〇、〇〇〇・〇〇〇     八〇・三六八  三七、一〇一・五〇一                                                                           二割 同    下半期  二、六一四・九七三  ―   ―  七、一一〇・八七九  二、三〇〇・〇〇〇         ―    ―   一四、〇〇〇・〇〇〇    二〇四・二四七  二六、二三〇・〇九八                                                                         一割四分 同 十六年上半期  一、七三八・四〇八  ―   ―  七、九六一・九六六  三、〇〇〇・〇〇〇 一、五〇〇・〇〇〇    ―   一八、〇〇〇・〇〇〇    九六七・九三九  三三、一六八・三一三                                                                         一割八分 同    下半期  一、五五八・四四七  ―   ―  八、〇八八・〇一九  三、〇〇〇・〇〇〇 二、〇〇〇・〇〇〇    ―   一八、〇〇〇・〇〇〇    六三八・四三二  三三、二八四・八九八                                                                         一割八分 同 十七年上半期  一、五九八・一七六  ―   ―  七、七五三・五三八  三、〇〇〇・〇〇〇 一、五〇〇・〇〇〇    ―   一六、〇〇〇・〇〇〇    五〇五・三一二  三〇、三五七・〇二六                                                                         一割六分 同    下半期  一、三三九・四七〇  ―   ―  七、一八二・〇九七  二、五〇〇・〇〇〇   五〇〇・〇〇〇    ―   一五、〇〇〇・〇〇〇    一五八・四六六  二六、六八〇・〇三三                                                                         一割五分 同 十八年上半期  一、三三〇・一一八  ―   ―  六、六二三・四六六  二、五〇〇・〇〇〇   五〇〇・〇〇〇    ―   一五、〇〇〇・〇〇〇    九七六・五三四  二六、九三〇・一一八                                                                         一割五分 同    下半期  一、五六二・四四三  ―   ―  五、九九八・五九二  一、四四〇・〇〇〇   三〇〇・〇〇〇    ―   一〇、〇〇〇・〇〇〇      八・七六七  一九、三〇九・八〇二                                                                           一割 同 十九年上半期 一七、九八〇・九〇五  ―   ―  八、五六〇・三一六  六、〇〇〇・〇〇〇   七〇〇・〇〇〇    ―   四〇、〇〇〇・〇〇〇     九五・五五八  七三、三三六・七七九                                                                           四割 同    下半期 二八、二八九・五一五  ―   ― 一四、九一八・二二六 一三、五〇〇・〇〇〇 四、〇〇〇・〇〇〇    ―   七〇、〇〇〇・〇〇〇    三八七・四八七 一三一、〇九五・二二八                                                                           七割 



東京株式取引所史(東京株式取引所編) 第二四―二六頁〔大正五年一二月〕(DK130034k-0011)
第13巻 p.418-419 ページ画像

東京株式取引所史(東京株式取引所編)  第二四―二六頁〔大正五年一二月〕
 ○第一章 総説
    第二節 第二期(自明治十五年至同二十六年)
明治十五年十二月政府ハ株式取引所条例中ヲ改正シテ取引所ノ賠償責任ヲ定メ所謂売買担保制度ヲ確立シタルカ、十六年四月仲買人納税規則ノ施行セラルルニ至リ取引所及仲買人ノ負担加重シ為メニ将ニ復活セントセシ市場ハ再ヒ不振ニ陥リ、同年八月許可セラレタル金銀貨幣二ケ月限定期取引ヲ開始シタルモ商勢依然振ハス、十七年上半期ニ至リ商況益々衰頽シタリ、此間日本鉄道株ノ上場ニ依リ売買高増加シタ
 - 第13巻 p.419 -ページ画像 
ルモ未タ大勢ヲ挽回スルニ足ラスシテ、十八年下半期ニ至リ其極ニ達シ、同半期ニ於テ本所ノ収入シタル売買手数料ハ以テ其支出シタル経費ヲ償フコト能ハサルノ非境ニ沈淪シタリ、明治十六年五月三十一日ヲ以テ本所ハ営業満期ニ達スルニ依リ、同年二月臨時株主総会ニ於テ更ニ五箇年間営業継続ヲ申請ス可キコトヲ議決シ、同時ニ前年十二月発布ノ改正株式取引所条例並仲買人納税規則等ニ基キ定款並申合規則ノ改正ヲ議決シ、営業継続ノ件ハ三月二十三日農商務卿ノ允許ヲ得タリ
不換紙幣ノ整理開始セラレテヨリ通貨収縮ノ為物価下落シ商業沈静ニ趨キ、特ニ明治十六・七・八ノ三年間ハ最モ甚シカリシカ、十九年ニ至リ該事業完成シ金紙ノ差価消滅スルニ至ルヤ、経済界ノ気運一転シテ合本会社漸次興起シ随テ株券ノ売買取引ハ著シク活況ヲ呈スルニ至レリ、然ルニ同年十月頃ニ至リ政府ハ欧米取引所ノ組織ニ倣ヒテ「プールス」ヲ設立スルノ議アリト伝ヘラレ、為メニ取引所株ノ価格動揺甚シク市場ハ殆ント恐慌ノ状ヲ呈シタリ、斯クテ翌二十年五月取引所条例発布セラレ、旧条例ニ拠リ設立シタル会所又ハ取引所ハ各営業満期ニ至リ廃滅スルコトトナレリ、是レ即チ「プールス」条例ト別名セラレタルモノニシテ、我取引所界ニ大動揺ヲ惹起シ爾後数年間ニ亘リ朝野ノ一大問題トシテ盛ニ論議セラレタルモノナリ○下略


農商務省第六回報告 明治一九年(DK130034k-0012)
第13巻 p.419-420 ページ画像

農商務省第六回報告  明治一九年
    各株式取引所売買高比較表

図表を画像で表示各株式取引所売買高比較表

     十九年自一月至十一月売買高        十八年自一月至十一月売買高        増          減 東京  公債    一六、八三三、〇〇〇円      一六、六五九、〇〇〇円    一七四、〇〇〇      ……………         現物直取引 三四、一二〇                       三四、一二〇     株式       六四七、八一九           四四、八〇七株    六〇三、〇一二      ……………         現物        三八                           三八     金貨      …………… 十八年十一月第三拾九号ヲ以テ金銀貨取引ヲ禁セラル  ……………        四〇〇                                   四〇〇円     銀貨         ……………        四、一二〇、〇〇〇       ……………  四、一二〇、〇〇〇 横浜  公債  (十九年七月ヨリ休業ニ付六ケ月分)三、四〇〇 一七、〇〇〇       ……………     一三、六〇〇     株式  同        四八〇              二〇五         二七五      ……………     金貨         ……………     東京ト同断  ……………       ……………      ……………     銀貨         ……………        現場直 四、〇〇〇       ……………      四、〇〇〇                             二、〇二〇、四〇〇   二、〇二〇、四〇〇 大阪  公債    二五、一四五、二〇〇        九、一〇二、九〇〇  一六、〇四二、三〇〇      ……………         現物直    二、二〇〇            一、〇〇〇       一、二〇〇     株式        三四、四〇一               八〇      三三、九六〇      ……………         同          一                            一     金貨         ……………     東京ト同断    六〇〇       ……………        六〇〇     銀貨         ……………          九〇八、二〇〇       ……………    九〇八、二〇〇 京都  公債     八、六五四、三〇〇        二、〇二三、〇〇〇   六、六三一、三〇〇      ……………         現場直一、〇四五、四〇〇                    一、〇四五、四〇〇     株式        三七、四五四              五四八      三六、九〇六      ……………         現物       二一三                          二一三     金貨         ……………     東京ト同断  ……………       ……………      ……………     銀貨         ……………            ……………       ……………      …………… 神戸  公債         ……………            ……………       ……………      ……………     株式         ……………     十八年七月廃業……………       ……………          八     金貨         ……………            ……………       ……………      ……………  以下p.420 ページ画像       銀貨         ……………     十八年七月廃業六、〇〇〇      ……………       六、〇〇〇                          現場直  一九九、三〇〇                一九九、三〇〇 名古屋 公債  十九年七月二日開業               ……………   一、五一五、一〇〇      ……………            一、五一五、一〇〇                        一、五〇〇         現物直    一、五〇〇     株式  同        二〇八            ……………         二〇八      ……………         同          一                            一     金貨         ……………            ……………       ……………      ……………     銀貨         ……………            ……………       ……………      …………… 合計  公債    五二、一五一、〇〇〇円      二七、八〇一、九〇〇円 二四、三四九、一〇〇円     ……………         現物 一、〇八三、二二〇            一、〇〇〇   一、〇八二、二二〇     株式       七二〇、〇〇一株          四五、六四八株    六七四、三五三      ……………         同        二五三                          二五三     金貨         ……………            一、〇〇〇円      ……………      一、〇〇〇     銀貨         ……………        五、〇三八、二〇〇       ……………  五、〇三八、二〇〇                          現物 二、二一九、七〇〇              二、二一九、七〇〇 





吉田家文書(DK130034k-0013)
第13巻 p.420-424 ページ画像

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吉田家文書(DK130034k-0014)
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吉田家文書(DK130034k-0015)
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吉田家文書(DK130034k-0016)
第13巻 p.433-435 ページ画像

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吉田家文書(DK130034k-0017)
第13巻 p.435-441 ページ画像

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秘書類纂 実業・工業資料(伊藤博文編) 実業関係資料・第一五九―一六四頁〔昭和一〇年一〇月〕(DK130034k-0018)
第13巻 p.441-444 ページ画像

秘書類纂 実業・工業資料(伊藤博文編)
                   実業関係資料・第一五九―一六四頁
                   〔昭和一〇年一〇月〕
    商品取引所条例施行規則ノ説明
 商品取引所ノ要旨ハ条例ノ逐条ニ就キ曲サニ之ヲ弁晣シ且添フルニ
 - 第13巻 p.442 -ページ画像 
理由書ヲ以テセリ。今又施行規則ノ毎条ヲ説明スルハ却テ煩冗ニ渉ルノ恐レアリ、因テ止タ其要項ヲ略述セントス。
第一章 本条《(章)》ハ取引所ヲ創立セントスル者ノ履行スベキ手続ト心得ベキ事項ヲ開示ス。
 第一条ニ於テ商品取引所ノ発起人ハ各種類ノ取引商定員半数以上ヲ要スルモノハ、是其株式会社株式ノ如ク募集スベキモノニアラズ而シテ既ニ半数以上ヲ得バ則売買取引ヲ実行スルニ足ルヲ以テナリ。
 第三条ニ一市府内ニ於テ二ケ所以上ヲ設立スルコトヲ得ズトナシ、其種類ノモノト雖分設ヲ許サザルハ、百貨取引ヲ一所ニ湊合シ、交通運輸ヲ便ニシ又以テ取締ヲ容易ニシテ経費ヲ省減シ、而テ取引ヲ起ス所以ノ本旨ニ適セント欲シテナリ。
第二章 本章ハ取引所全般ノ規程ヲ示スモノナリ。其業務ヲ操行スルノ標準タル要目ハ載セテ此章中ニ在リ。
 第八条ニ於テ売買取引スベキ商品ヲ限リタルハ需用供給ノ多寡ニ随ヒ、標準ヲ産額百万円ニ超ヱ全国偏ク需用スルモノニ取レリ。外国品ノ如キハ条約中収税ニ関スル明文アルヲ以テ姑舎キ、此所ニ取引スルモノハ特ニ内国産ニ限ル。或ハ其額百万円ニ上ルモ建物ヲ定メ又ハ格付ヲナシ難クシテ此方法ニ準ズベカラザルモノ、又ハ従来ノ慣習ニ由リ此所ニ取引スルコトヲ要セザルモノハ之ヲ省ケリ。玆ニ掲グル商品ノ外一地方或ハ特ニ取引ヲ要スルモノハ本条但書ニ従フベシ。
 第九条ニ於テ取引商ノ人員ヲ限リタルハ、其業務ニ種々ノ制限アリ又多額ノ身元金ヲ出スノ義務アリテ、尋常商賈ト大ニ其状ヲ異ニシ特ニ保護ヲ与ヘテ得失相償フコトヲ得セシメ、又監督ヲ加ヘテ其業ヲ真正確ナラシムルヲ要ス。然ルニ其人員ニ定限ナクンバ保護普及セズ、監督周到ナラザルベキヲ以テナリ。之ヲ欧米ノ例ニ徴スルニ仏国ハ六十人、露国ハ百人ヲ限リ、独逸又ハ英国ノ如ク其取引商タラント欲スルモノハ取引所ノ承認ヲ経、主務庁ノ許可ヲ請フモノトス。是亦其人員ヲ制限スルノ意ニ外ナラザルベシ。
 第十条ニ於テ取引商タラント欲スルモノハ其部内同業者ノ同意ヲ要スベシトナセシハ、其同業者間売買取引ヲナスニ方リ、互ニ信ヲ措クニアラザレバ其事能クスベカラズ、故ニ予メ同業者ニ諮ツテ新入ヲ許スハ理ノ当ニ然ルベキ所ニシテ、仏独英米皆然ラザルナシ。
第三章 本章ハ取引商ノ心得ベキ事項ヲ示ス。第十九条ニ売買立会中銀章ヲ佩用スベシトナセシハ露国ノ例ニ拠ル、又本邦米商会所ノ実験ニ由リ其取引所ノ整理ニ必要ナルヲ以テナリ。
 第廿一条ニ於テ取引商ノ兼業ヲ許サヾルハ、此市場ニ於テ売買スベキ物品ハ皆需要供給最多ク一人ヲ以テ両業ヲ兼営スルニ暇アルベカラズ、縦ヒ其暇アリトスルモ専ラ一業ヲ経営セシムルノ確実ナルニ若カズ、又兼業ヲ許セバ其利ヲ壟断セシムルノ恐アルヲ以テナリ。
 第廿八条ニ於テ補助員一名若クハ二名ヲ取引所ニ出シ其業務ヲ補助スルヲ得セシムルハ売買周旋ノ間補助者ナクンバ能ク其事ヲ弁ズベカラザルガ故ニシテ、仏国ノ如キハ他ノ取引商ヲシテ代理セシムルコトヲ得又各補助員一名若クハ二名ヲ使用シ売買ノ結約ヲナスコト
 - 第13巻 p.443 -ページ画像 
ヲ得セシメ、其他英独等ノ国ニ於テモ亦補助員ヲ用フルノ例アリ。
第四章 本章ハ取引商ヨリ出スベキ身元保証金ノ規程ヲ明ニス。夫之ヲ徴スルハ無産ノ徒ヲシテ取引商タルコトヲ得セシメズ、又売買ヲ確実ニシ違約ノ賠償又ハ罰金等ニ充テシムルガ為メナリ。其金額ニ多少ノ別アルハ、都鄙ト品類トニ依リ売買取引ニ繁閑ノ差アレバナリ。
第五章 本章ハ役員ノ選挙及其権限責任等ヲ示ス。其役員ハ農商務省ノ認許ヲ請ケテ就任シ、又農商務省ハ時宜ニ由リ改選ヲ命ズルコトアルベシト為セシハ、此取引所ノ原務ハ全国ノ経済ニ関係シ尋常一商社ノ類ニアラズ、或ハ取引所ニ利ニシテ一般社会ニ不利ナルモ未知ルベカラズ。故ニ全般ノ経済ヲ主裁スルノ衙門ニ於テ其役員ノ当否ヲ鑑視スルコト必要ナルヲ以テナリ。
第六章 本章ハ売買取引ノ方法手続ヲ示スモノニシテ、其第三十六条ニ一定ノ建物ニ拠ルノ制ヲ設ケシ所以ハ、商品中見本ヲ以テ売買ヲナスコト能ハザルモノアルガ故ニシテ、即物品ノ種類品等数般ノ差アル場合ニ於テ、一定ノ標準ヲ設ケ是ニ拠テ以テ売買ヲ約定シ受渡ヲ結了セシムルモノトス。東京米商会所ニ於テ武州中米ヲ建物トナシ以テ売買ノ約ヲ定メ、格付ニ照シ他国ノ米ヲ以テ其受渡ヲナスノ類即是ナリ。此他株式取引所ニ於テモ亦七朱利付ノ公債ヲ建物トナシ、之ニ準ジテ他ノ公債証書ヲ授受スルヲ以テ例トナス。要スルニ建物ハ定期売買上苟モ欠クベカラザルモノナリ。
 第三十八条ニ転売買戻ヲ許セシハ、従来ノ旧慣ニ仍リ主意ヲ発揚センガタメ必要ナレバナリ。欧米ノ例ヲ按ズルニ皆然リ。
 第三十九条ニ於テ証拠金ヲ差入ルヽト否ヲ取引所ニ任ジタルハ、米国紐育株式取引所ノ例ニ拠ル。取引商ハ既ニ多額ノ身元保証金ヲ取引所ニ出シ、以テ売買契約ノ担保ニ当ルニ足ルベシ。故ニ売買ノ時別ニ証拠金ヲ差入レシムルノ要ヲ見ズ。況ンヤ取引商互ニ信ヲ措キテ取引スルニ於テオヤ。
第七章 本章ハ取引商ノ収受スベキ口銭ノ事ヲ示スモノニシテ、営業ノ種類ニ由リ口銭ノ異ナルハ固ヨリ当然トス。而シテ認許ヲ得セシムルハ過重ニ失スルノ弊ヲ避ケンガ為ナリ。墺魯両国ノ如キ政府ニ於テ之ヲ定ムルモ蓋此意ニ外ナラザルベシ。
第八章 本章ハ公定相場ノ種類及其算出ノ方法等ヲ示スモノニシテ、公定相場ヲ要スル所以ハ既ニ条例ニ於テ之ヲ詳説セリ。但仏国相場表調製ノ方法ヲ一言センニ、毎日取引契約中首尾ノ相場ト最高最低相場ノ四者ヲ記載シテ直ニ取引場内ニ掲示スルヲ以テ例トス。
第九章 本章ハ取引所ノ経費支出ノ事ニ係ル其賦課徴収ノ方法ニ至テハ、取引商ノ売買高ニ応ジテ支出セシムルコトアルベク、又ハ人頭ニ配付スルコトアルベシ。要スルニ取引所ニ於テ自ラ之ヲ議定スルニアリ。
第十章 本章ハ会議ノ種類、会議ニ付スベキ事項及議事ノ規程等ヲ掲グルモノナリ。
 第五十二条ニ於テ組長ヲシテ役員会ニ参ズルコトヲ得セシムルハ、役員ハ躬ラ売買取引ニ従事セズ、殊ニ取引商外ヨリ出テ役員ト為レ
 - 第13巻 p.444 -ページ画像 
ルモノノ如キハ売買取引ノ事ニ暗ク実利実益ヲ謀ルヲ得ザルノ虞アルヲ以テナリ。然レドモ組長ハ役員ニアラズ、故ニ決議ノ数ニ加フベカラザルコト理ノ当ニ然ルベキ所ナリ。
 第五十六条但書ニ於テ議長ヲ選挙スル所以ハ役員ノ当否ヲ議スルニ方リ、幹事長之ニ長タルハ甚ダ不可ナレバナリ。独逸ノ如キハ議事若シ役員ノ利害ト取引商一同ノ利害ト相牴触スルモノニ渉レバ、役員ヲシテ其議ニ与ラシメザルハ勿論、其議事中ハ議場ニ入ルヲ許サザルヲ以テ例トス。
 第五十七条ニ於テ議件ヲ届出デシメ、及時宜ニ由リ開会ヲ差止メ若クハ中止スルノ制ヲ設ケシハ、取引所ノ業タル啻ニ其者一己ニ止ラズ、公衆一般ノ利害ニ関シ其議或ハ公衆ヲ害スルノ事ニ渉ルナキヲ保スベカラザルヲ以テナリ。
第十一章・第十二章及第十三章 第十一章ハ報告スベキ事項ヲ示シ、第十二章ハ帳簿記載方及其保存期限ヲ掲ゲ、第十三章ハ監督ノコトヲ明ニス。其条項ハ皆弁晣ヲ俟ザルベシ。
第十四章 本章ハ仲裁和解ノ方法ヲ開示スルモノニシテ、其初審ト終審ヲ分チタルハ米国チカゴ取引所及独墺等ノ国ニ於テ実行スル所ノ例ニ拠ル、其終審申告ヲ十日以内ニ限ルモ亦各国ノ例ニ拠リ之ヲ斟酌シタルモノトス。



〔参考〕松方家文書 第四六号・第二七文書 【仏国ノ例ニ模倣ス相場会所規則案】(DK130034k-0019)
第13巻 p.444-452 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

〔参考〕松方家文書 第四六号・第二六文書 【伯林府ニ摸倣ス相場会所条例】(DK130034k-0020)
第13巻 p.452-456 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

〔参考〕新聞集成明治編年史 第八巻・第二六一―二六二頁〔昭和一〇年一二月〕(DK130034k-0021)
第13巻 p.456-458 ページ画像

新聞集成 明治編年史 第八巻・第二六一―二六二頁〔昭和一〇年一二月〕
  ブールス論の起原及び経過
 〔六・一六○明治二五年時事〕株式米商両会所条例延期の日限も追々に切迫したれば、昨今又々ブールス論再興の兆あり、次第によりては大ひに利害の討論も起ることならんが、既往の事実に徴して其の論争する所を見れば必ずしても利書のみの討究にあらず、其間に幾多の情実纏綿
 - 第13巻 p.457 -ページ画像 
して彼の紛擾を起したるものなれば今般此の議論を決するに付ても深く既往の経歴を知るの要あるべし、故に本紙は先づブールス論の起原より今日迄の経過を記して関係者の参考に供すること左の如し。
    ブールス論の起原
 ブールス論の起原は実に明治十九年七八月の交にあり、当時其筋にて株式取引所・米商会所の満期近きに在ればとて条例改正の説起りて取調中、西洋諸国にはブールスなるものあり、売買実着に行はれて投機めきたる取引なしと云へば、迚もの序に根柢より現行の株式米商の両条例を廃し、ブールスに模倣して株式に限らず米に限らず重要の品物は凡て同一市場にて取引せしめては如何との議起りたる折も折とて丁度其砌当時の大臣中にて数名の紳商を伴ひ北海道に渡航したることあり、其の帰途談ブールスの事に及び、夫れ是れ話の相一致して遂に政府中の問題となりたるが其の発端なり。時に農商務省に次官たりし故吉田清成氏は端なくブールスに左袒し、果ては身を以て之れが取調べに任じ、十月に早くも新取引所の草案成り、一応は実業家にも諮詢すべしとて紳商某々等に顧問したるに何れも同善の意を表したり。然るに此事早くも世間に漏れて夫れより是非得失の紛論は風の如く生じ潮の如く湧き、天下輿論の風潮はブールス設立を非として外国新聞迄も其の失政を議するに至りたれども、世論は遂に当局者の耳を傾けしむるに足らずして、取引所条例は二十年五月十四日を以て公布するに至れり。今新法の主意を言短かに云へば、曰く現行の制にては株主を以て組織し、売買取引には別に仲買あり、株主は其の資本を売買の担保に充て、手数料を収入する定めなれども、実際に於ては保険の必要なきのみならず、売買本主より出す所は過半株主の掌中に入り、仲買の利益少なきを以て相率ゐて冒険の道に向ひ甚だ危険なれば、宜しく之を廃して会員組織とすべし、又現行の法にては株式なり米穀なり売買取引に実品を外にし、徒らに損益差金を授受するのみ、斯の如くにして捨置かば、浮利を網し空物を弄ぶの念益益増長するは固より其所にして、株式米商は一種賭博の府となり、市価の平準を保つべき功用は地を払へり、須らく此法を変へ一切の売買法を改むべしと云ふにあり。是れ即ち新法を立てたる精神にして、世論は大概其の非を弁じ、其の誤を駁して囂々止まず、「ブールスを論ず」或は「相場所改良意見」などゝ題したる冊子を作りて新法を議するもの新聞紙の外に甚だ多く、議論の囂々たりしことは世人の今尚ほ記憶する処ならん。
    新取引所の取合ひ
 以上の如く世論は大概新法を非議し、現取引所に関係の人々は直接に利害の関するものあれば熱心に新法排斥に奔走したれども、大令一定、ブールスの新法既に法律となりて日本臣民の遵奉せざるべからざるものとなりたる上は、最早詮術なし、左らば我こそ新取引所の相続者たらんとて其の道の人も忽ち心事を翻し、日本橋の采芳亭に打寄るもの百六七十名は願書を裁して記名調印の上新取引所の創立に任ぜんとすれば、又一方の紳商派は此の条例に賛成して此の条例を発布せしめたるは我一派なれば我こそ創立者たるべきは当然なり、彼等に好き事せしむべからずとて銀行集会所に百有余名の集会を催し、同じく新
 - 第13巻 p.458 -ページ画像 
取引所の創立を謀り、主意一にして党派二ツに分れ、互に旗幟を立てて新取引所を我物にせんとし、双方の軋轢は弥々募る計なりし。
    両者合体の議整ふ
 両派の勢斯の如き有様なれば実業社会の為め甚だ憂ふべき事なりとして彼是れの間に調停を試むるものあり、折しも吉田次官の口より一時現在の株式米商会所に延期を与へんとの一言ありしかば、会所派も漸く折れ来りて合体の議調ひ、双方ともに新取引所の経営に掛るに至りたるは実に五月十七日なり。玆に於て銀行集会所に集りし人々の中よりは渋沢栄一・川崎八右衛門・西村虎四郎・三野村利助・安田善次郎・渋沢喜作・大倉喜八郎の七氏、采芳亭に会せし人々の中よりは河野敏鎌・中野武営・谷元道之・早川勇・小川為次郎・中村道太・朝吹英二の七氏、都合十四名を創立委員となし、取引所条例施行細則発表の当日即ち同年六月一日に銀行集会所に於て第一集会を開き、条例細則の旨に従ふては迚ても取引成立ち難ければ先づ法律に構はず試みに規約を編まんとて、中野武営・小川為次郎・渋沢喜作及び朝吹英二の四氏を起草委員に撰びたれども、兎に角条例細則に就き不審の廉々を指摘して其筋の説明を仰くことゝなり、同七月七日商務局次長佐野常樹氏は属関根親光氏外一名を従へ銀行集会所に臨み、発起人の面前に於て自から疑問に答へたる処は大抵委員の所説の如くにして、帰する処現行の株式米商の制度を再演するに近ければ、七月十八日創立員百七名の人々は銀行集会所に打寄り、右の問答を標準として新取引所の創立を決し、更らに創立委員を撰びしに、従前の発起人十四名に町野五八氏を加へ、同氏又前の四名の人と共に起草委員の任に当り、早速創立願書を時の農商務大臣谷干城子の許迄呈出したるに八月一日を以て認可の命を得たり。