デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

3章 商工業
25節 取引所
1款 東京株式取引所
■綱文

第13巻 p.503-510(DK130040k) ページ画像

明治20年5月17日(1887年)

是日栄一他七名発起人トナリ、府下商賈等百二十五名、坂本町銀行集会所ニ会ス。栄一発起人代表兼議長タリ。本会合ニ於テ、東京株式取引所・東京米商会所派ト合流シテ取引所ヲ創立スルノ件、取引所創立委員ノ人選ハ本会発起人ニ附託スルノ件等可決セラル。


■資料

中外物価新報 第一五三六号〔明治二〇年五月一九日〕 ○取引所創立に関する集会余聞(DK130040k-0001)
第13巻 p.504 ページ画像

中外物価新報 第一五三六号〔明治二〇年五月一九日〕
○取引所創立に関する集会余聞 一昨夜七時過より銀行集会所に開きたる取引所に関する相談会の模様ハ粗昨朝の紙上に報じたるが如くなるが、尚ほ之を詳報せんに当夜来会されし人々ハ渋沢栄一・原六郎・大倉喜八郎・安田善次郎・三野村利助・渋沢喜作(西村虎四郎・川崎八右衛門の両氏ハ欠席)の六氏を始とし、今村清之助・池田栄亮・石崎政蔵・林賢徳・原亮三郎・西村勝三・丹羽雄九郎・堀越角次郎・大村和吉郎・奥三郎兵衛・小原勝五郎・小野善右衛門・渡辺治右衛門・川村伝衛・米倉一平・横井孝助・梅浦精一・久住五左衛門・串田孫三郎・久次米兵三郎・山本三四郎・山脇善助・山形保兵衛・山中隣之助・安田善四郎・益田克徳・小林吟次郎・小林猶右衛門・蘆田順三郎浅野総一郎・阿部泰蔵・木村正幹・木村源兵衛・三井武之助・三越得右衛門・島田慶助・肥田昭作・平沼八太郎・平松甚四郎・森島松兵衛・諸葛小弥太其他諸氏にて都合百二十五名にて孰れも八時半頃迄に揃ハれしかば、渋沢栄一氏ハ発起人一同に代りて諸氏が来会の労を謝し了りて当日集会の趣意を簡短に述べ、我々ハ今回発表に相成りたる取引条例ハ至極宜しきものと思ふ故条例を遵奉して取引所を創立せんと欲するが衆意如何とて人々の所存を問ハれし処、米倉一平氏ハ賛成なれば創立委員にても撰むの運びなるやと問返されしに、渋沢氏ハ然り衆人賛成とあらば其運びになるべしと答へられたり、依て人々にハ取引所を創立するハ賛成なりと云ハれたる処賛成と云へば是非会員に加ハらねばならぬものとの心配ありしと見え、肥田昭作氏にハ此時拙者ハ取引所創立ハ賛成に違ひなけれど夫歟と云つて会員に加ハらんと云ふにあらず会員に加ハるをハ暫く見合ハすべしとの旨を断ハられたり、次に益田克徳氏ハ弥よ衆人が取引所創立に同意なりとあれば事の順序として玆に創立委員を撰むことが必要なるが斯く大勢且つ突然の集会に於て投票など云ふ時ハ啻に手数を煩ハすのみにて其実利少なければ、委員の数ハ十名なり二十名なりと定め、其人撰ハ当会の発起人方に任す方宜しからんとの旨を発言されしが、遂に委員の人数を何名と限るハ却て宜しからざれば其人員ハ二十名なり将た三十名なり発起人が必要なりと認める丈けの人を撰むことゝし、之に創立の下調べを委托することにせんといふ山中隣之助氏の説に決したるに付、発起人にハ是より東京株式取引所・東京米商会所派の人々とも協議を遂げ創立委員を定めたる上にて定款・申合規則等の下た調へを為し、且つ設立の場所等をも定めたる上追て集会を開き創立出願の手続に及ぶべしとの事にて一同散会せしハ同九時半頃にてありし、此外玆に記さゝることハ前号の紙上に記しあれば就て見らるべし


時事新報 第一五九二号〔明治二〇年五月一九日〕 取引所設立の協議(DK130040k-0002)
第13巻 p.504-505 ページ画像

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中外物価新報 第一五四〇号〔明治二〇年五月二四日〕 ○取引所創立の準備(DK130040k-0003)
第13巻 p.505-506 ページ画像

中外物価新報 第一五四〇号〔明治二〇年五月二四日〕
    ○取引所創立の準備
去る十四日勅令第十一号を以て取引所条例を公布し現行米商会所条例及び株式取引所条例は米商会所及び株式取引所の営業満期を待て廃止し本条例は来る九月一日より施行する旨制定せられたるより、以来未だ旬日ならざるに東京・兵庫・大坂・西京・横浜及び大津・石の巻等を始め各地到る処として新取引所創立の計画を為さゞるの地なきは本社に達する電報及び通信に依て読者の已に知了せる所ならん、而して其創立に奔走せる人々は如何なる種族の者なる乎と云ふに現在相場会所に無関係の実業家もあれば現今の当業者もありて其種類一ならずと雖も取引所条例を遵奉し土地の情況に依て商業取引の便利快活ならん事を欲するの希望は皆一轍に出づるものゝ如し、今吾輩が接取したる報道と伝聞とに依て試みに新取引所創立に関する各地の実状を記述し以て本条例に対する人気の概況を示さんに、抑も東京に於ては本条例の発表あるや渋沢・原・安田及び大倉等の諸氏は即日を以て書を府下の実業者に発し十七日を期し坂本町なる銀行集会所に会合し取引所創
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立の相談を遂げたりしに、此日会したるものは孰れも銀行者・廻米問屋・肥料商・藍商・綿油商及び米商会所・株式取引所に関係あるもの等実業家にて百三十有余名にしてして一人の異議なく一同皆賛成の意を表したり
然るに一方に於ては是より先、既に東京米商会所及び東京株式取引所の人々も互に相団結して創立願書を提出せんとするの計画もあれば、此儘打過るときは東京の一方内よりして弐通の創立願書を差出すことと相成り実際甚だ不都合なるのみならず、斯くては銓なき次第ゆへ未だ其之を差出さゞるの前に於て両派宜しく一致和合し以て創立するに如かずとは蓋し渋沢・河野・早川・谷元・中野等諸氏の意見なるべし故に最初の程は隠然相対して其創立を計画するものゝ如くなりしにも拘らず、右の諸氏は交々相会して協同此事を果さんと欲し、双方の議も略ほ相整ひ両派よりは各々相当の委員を出し不日相会同して創立の手続を議定するの運びに至れるは諸君の能く知る所なり、又横浜に於ては過日来原善三郎・茂木惣兵衛・渡辺福三郎・平沼専蔵・箕田長次郎・小野光景・西村喜三郎等の諸氏相会して、取引所創立の事を議決し、且同所にては生糸・茶・砂糖・石油・穀物・洋糸及び公債・株式等の諸品を取引すべき予定にて定款規約の起草委員には原善三郎・小野光景・渋沢作太郎の三氏を推挙したる趣に聞けり、又兵庫米商会所に於ては去十六日を以て仲買人総会を開き四ケ条の議案に付きて討論審議したるに、第一号議案の勅令第十一号によりて其組織に改正すべき歟又満期迄は旧組織の儘営業すべきやと云ふに対しては仲買総員新条例の組織に更改出願するを可とし、第二号議案条例総則第三条に依り取引所創立員たらんことを志願する者ありやと云ふに対し、沢野定七・西田仲右衛門・泉谷要介・島徳次郎・須々木庄平・寺本伊太郎の六氏希望し、第三号議案新条例第二章第十条に依り会員たる事を志願する者と仲買人たるを志願するものゝ区別如何に対し、仲買人過半数以上は仲買人たらんことを希望し、第四号議案当地へ取引所を設立するに於ては其取引すべき種類何品を以て適当とするやと云ふに対しては第一米穀現品売買と定期売買との二株《(様カ)》を可とし、第二諸株券・諸公債証書等を可とし、第三肥料、第四砂糖・石炭・製茶を可とす、其売買は孰れも現品売買と定期売買の二様に別つを可とすとの意見に決議し、又西京に於ても有志者此設置の計画を為し株式・米・茶・糸・油の五品を目的とする由にて、去る十九日該発起人は同所商工会議所に集会協議したりと云ふ、又大津にては去る十七日藪田・北村・下郷・逸見・中村等の重もなる商業家十五六名程同地商業会議所に相会して取引所設立の相談を為し、大坂にても現行相場会所の株主役員は未だ日和待の工合にて落附き居るが如くなるも仲買人及び一般の商家は他に卒先して疾く其計画を為すべしとて目下頻りに奔走中なりとの報あり、又陸前石の巻に於ては紳商十五名創立員となり已に其筋へ出願したりと云ひ、又神奈川・高田等に於ても寄り寄り同様の相談を為し居れりと云へり、以上は吾輩が昨日までに接手したる報道の要略にして未だ全国の実情を尽すに足らずと雖も兎に角一般人気の大勢を見るに足るべしと信ずるなり(以下次号)

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中外物価新報 第一五四一号〔明治二〇年五月二五日〕 ○取引所創立の準備(前号の続)(DK130040k-0004)
第13巻 p.507-508 ページ画像

中外物価新報 第一五四一号〔明治二〇年五月二五日〕
    ○取引所創立の準備(前号の続)
世人が取引所条例の公布を欣び一日も早く其設立を成就せんと欲して其準備に汲々たるの実状は略ぼ前号の紙上に叙述したる所の如し、而して其取引所内に於て売買すべき物件は現行条例の如く唯米穀及び株式・公債の三種に限らず重要物品は皆此の取引《(所脱カ)》に於て定期現場の売買を為し得べき者と定められたるが故に例へば東京に於ては米穀・公債株式及び綿・肥料・油等の如き、横浜にては米穀公債株式の外尚生糸製茶・砂糖・石油・洋糸等の如き、又兵庫に於ては株券・公債・米穀及肥料・砂糖・石炭・製茶等、函館に於ては海産物及肥料・米穀と云ふが如く土地の情況と産物聚散の模様とに因りて其品種を異にすと雖も兎に角新条例に依て将来取引物件を増加し随て取引所の面目を一新し且つ其全数の上に於ても今日よりは必ず其数を増加する事なるべし而して此の新取引所を創立するに当り従来米商会所又は株式取引所の現存せざる場所に於ては恰も無人の郷に手を入るゝが如く、其実行の労は唯其着手の手続方法を考定するに止まるが如しと雖も将来取引すべき物件の中には公債・株式と異なり同一の品種と雖も唯精粗優劣の差あるのみならず其製法区々錯雑なるが故に或は銘柄に依て売買するものもあるべく又見本に依て取引約定するものもあらん、故に此等の要点に就ては新取引所の創立委員たり発起人たるべきものは能く実際の事情を考へ且つ施行細則を参照し以て充分の売買取引法を定め、又其計画に依て取引所建築の方法を立てゝ将来取引の便利を謀り売買上の紛議を予防するに注意すること最も肝要の義なりと信ずるなり
取引所創立の準備に就て注意すべき要点は吾輩の言を待たず実際家の妙案もあるべければ敢て実際の営業に不都合なき様定款規約を取極むべしと雖も、扨て之を実行せんとするに臨み場合に依ては甚だ困難の事情なき能はざるものゝ如し、而して其事情とは何ぞや他なし、今日特許の会所取引所の利益と一般公衆の福利を増進すべき取引所の設立は利害の互に相両立すべからざるものあればなり、蓋し取引所の設立は公衆の挙て賛同し其創業の一日も速かならん事を熱望する所なるも之に反して米商会所・株式取引所の株主役員等は可成的永く其営業を保続せんと冀ふこと是れ自然の人情にして、東京株式取引所の人々が既に取引所条例の発表ありたるにも拘らず敢て営業延期を請ひ大に尽力する所あるは毫も怪むに足らざるなり、然れども一方の益する処は即ち他の一方が損する所以にして延期の成否は実に一般の利害に差響き、殊に取引所条例の附則に米商会所及び株式取引所は其の営業満期を俟て廃止する旨の勅令もあることなれば右の延期願は果して願意を貴徹すべきものなる乎吾輩の得て知る所にあらずと雖も、若し東京株式取引所の営業期限一ケ年を猶予したりと仮定せんか大坂・横浜・西京相次て其延期を出願することならん、而して又此の延期願は独り株式取引所に止らず施て米商会所に及び遂に之を許可せざるを得ざるに至らん、果して玆に及ばゞ其影響する処豈唯一般商業の上にのみ止らんや、勅令を以て公布せられたる条令《(例)》も自然其実行を遅らせしむるの
 - 第13巻 p.508 -ページ画像 
情なき能はざるに至るべし、故に延期説の実行は吾輩が甚だ覚束なしとして大に疑ふ所以なり、好し又一歩を譲りて今一ケ年の営業を延期したりとするも、既に条例を以て今日の米商会所及株式取引所は満期を待て廃止するとある以上は、其期限の尽くると同時に新取引所創立願を許可せざるべからず、然らざれば之を拒絶して其創業を抑止するの理由を発見し得ざるべし、故に若し延期願と創立願とを共に許可せらるゝ事どもありたらんには同一の場所に於て二種の取引所が相対して営業するに至るべく、随て甲は益す衰へ乙は愈々栄へ、米商会所・株式取引所は存立の名あるも事実の上に於て自滅するに及ぶべし、故に満期後の営業延期は設令許可あるも遂に其詮なきに終るべきは是れ自然の理数ならん、左れば営業延期の価値あるは満期年限内と同様一ケ年は一ケ年其延期中は設ひ他に新取引所を創立せんと出願するものあるも之を許可せざるに在るなれ、若し然らずして延期中は許可せらるゝも他の創業を認可せらるゝとせば寧ろ満期年限中専業の利を得て其期限の尽くると同時に新取引所を創立し之に加入して共同の利益を得るに如かざるべし、我が東京株式取引所は一ケ年の営業延期を出願したりと云ひ、渋沢・河野・早川等の諸氏は相協同して新取引所の創立に尽力すると云へり、営業延期願は到底如何なるべきや、新陳代謝の手続は如何なる順序に相成るべきや、諸氏が区々たる私情を捨てゝ公明正大の熟議を遂げ相協同して此の改革に任せらるゝ事なれば、必らずや地方の摸範となるべき好結果を奏すべきは更に疑を容るべからず、我輩の刮目して見んと欲する所なり


中外物価新報 第一五三四号〔明治二〇年五月一七日〕 ○東株激動の原因(DK130040k-0005)
第13巻 p.508-509 ページ画像

中外物価新報 第一五三四号〔明治二〇年五月一七日〕
○東株激動の原因 昨年来ブールス説の消長に由りて浮沈定りなかりし東京株式取引所株券は去る十四日の夜官報号外を以て愈よ取引所条例の公布ありたるに付同様一昨日曜日の内景気は先づ二百十円位の唱へなりしかば、衆人共昨朝は必らず二百円搦に寄附くならんと思ひ居たる処豈図らん「角十」「角七」「八一」等の仲買が突然鋭とく買煽りたるため滅法界の上放れにて、即ち五月限三百十五円、六月限三百三十円、七月限二百八十円より三百○五円の高直ありて如何にも不穏の激動なりしかば、直ちに其原因を探りたるに右は全く延期説を唱ふる者ありし為め一時斯る相場外の相場を現出したるものにて、其主唱者は曾て暫らく其筋の重職に在りて現時東京株式取引所の重役を勤めらるゝ人が其発頭なる由、聞く所に拠れば同氏は此程より或部分の人人に向ひて東株を買置くべしと勧告し昨朝は殊更に本場第一節の立会時限を後らし置き突然仲買連中を傍近く招きて云はるゝ様、各々方も知らるゝ如く已に取引所条例は発表せられたれど斯る漠然たる法律は我国今日の商業社会にては決して実地に臨みて行はるへきものにあらず、故に渋沢・大倉其他の人々より取引所設立の相談あれば来る十七日午後七時半に銀行集会所へ来るべしとの招状を贈られたれど自分は此相談会に列席せざるのみならず如斯相談には断じて与らざる覚悟なり、予は其筋の顕官に向ひ兎に角当取引所の常業期限を名古屋株式取引所同様来廿四年七月迄又は向一二ケ年延期されたしとの事を伺ひた
 - 第13巻 p.509 -ページ画像 
るに至極尤の事なれは詮議及へし多分聞届になるべしとの内命ありたれば、差向き向一ケ年間の延期願書を認めて本日差出す筈なれば早速聞届になる事は予が飽迄も保証すべければ、新会所の創立咄や世間の風説に迷はず大丈夫の心持にて東株の売買をなさるべし云々と演べられ、右畢るや否や撃柝を入れて開市したる故、此説を真向に受けたる人々が慾の字の間違より無暗と買立たるより起りたる者なる由、然るに少しく事理を解する者は曩に政府が東京外八ケ所の米商会所に向て来廿一年五月卅一日迄の延期を与へられしは則ち東京株式取引所へ已に許可しある営業期限を標準とされし者なり、而して今度公布されたる取引所条例の施行は来る九月一日よりと定めあれば延期の許可は覚束なしとの判断を下したれど余り不穏当の市況なれば何時其筋より定期売買を中止さるゝやも測り難く、万一斯る場合に立至れは中止前三日間の平均相場を以て請渡を為さゝるへからす、左れは結局米商株紛議事件の二の舞を演することなきを保し難けれは如斯剣呑なる株券は売買ともに見合すに如かずとの考を起し、是迄の売方が小損を見切て大抵の所にて踏み切り買埋を為したるゆゑ相場割合に下落せず、二番は七月限二百五十八円迄引緩み遂に二百六十円〇五十銭に引取れり、然るに株式取引所の役員は飽迄延期となるべしとの事を確信し居らるるものと見へ、態々十株以上の株主へ郵書を発して招集し所有株は此際成べく売却せざる様致さるべしとの旨を懇篤に勧告されたる由、以上記する所は昨日兜町近辺にて世人が喋々と大声に噂する所を聞込たるものなるが、果して実際斯る事のありたらんには記者は東京株式取引所の役員方は啻に同所の存廃に就ては斯く迄に株主仲買人に向て周到親切に世話さるゝに感得せざるを得ず、世人は之を役員が職務上の注意とでも評さるゝや否や


中外物価新報 第一五三五号〔明治二〇年五月一八日〕 ○延期説頼むに足る歟(DK130040k-0006)
第13巻 p.509-510 ページ画像

中外物価新報 第一五三五号〔明治二〇年五月一八日〕
○延期説頼むに足る歟 東京株式取引所にては来廿一年六月一日より向一ケ年間営業を延期されたしとの歎願書を認め昨朝東京府庁を経て農商務省へ差出されたる由、聞く所に拠れば此延期願の事に就ては余程深き仔細のあることなりと云へり、而して今局外の記者が虚心平気に之を考ふるに、抑も今回政府が新条例を発布されたる趣意に遡りて顧みれば、現行の株式取引所条例並米商会所条例は我国今日の商業社会に不適当の廉あるが為めに此両条例に代るに新に取引所条例を制定し、現行の両条例は米商会所及び株式取引所の営業満期を俟て廃止すと云ふ新条例の附則に依て察するも、此の延期願許可は至て覚束なきものゝ如し、又此延期の義に付世間に於ては取引所の重役が吉田農商務次官に面会したる節右延期の事は同官が堅く請合はれたるが如く噂する者あれど記者が聞く所に拠れば同官は決して去る受合をされたることなく嘗て同所役人が来りたる時の返答に願書を差出すは敢て妨けなしと程よく申断られたる迄なりと云へり、左れば彼此種々の事情より考察するも延期の事は深く頼むべからず政府に於ても恐らく許可せられざるべしと確信するも敢て失当の事にあらざるべき歟、而して又一歩を譲り仮に来廿二年五月迄延期となるものとするも取引所条例
 - 第13巻 p.510 -ページ画像 
は本年九月一日より施行すべき附則をも添へられたる程の事なれば、何時までも永々と新取引所の創立を抑へ置く事もあらざるべきが故に今月以降に至れば早晩必ならず新取引所の起るありて相対峙する事なしとすべからず、然るときは一方は売買手数料の高価なるのみならず其寿命に限りある会所と、一方は売買手数料の低廉にして営業期限の万々歳なるものとせば其孰れが繁昌して孰れが衰微するやは識者を俟たずして明かなるべし、然れ共何事に限らず彼我の間に於て其見解を異にするは其例少からされは中外物価新報記者が見解の当不当は一に之を看客の判断に任し、記者は唯記者が見解を玆に記して不日其筋より指令の下る日を俟つあるのみ