デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

3章 商工業
25節 取引所
1款 東京株式取引所
■綱文

第13巻 p.513-514(DK130042k) ページ画像

明治20年5月27日(1887年)

栄一、東京株式取引所頭取河野敏鎌、東京米商会所頭取早川勇ト共ニ発起人トナリ、坂本町銀行集会所ニ取引所設立ニ関スル協議会ヲ開催ス。渋沢喜作・大倉喜八郎・川崎八右衛門・谷元道之・朝吹英二・中野武営・中村道太・小川為次郎等出席シ、取引所条例中ノ疑義ヲ検討ス。


■資料

中外物価新報 第一五四四号〔明治二〇年五月二八日〕 ○取引所創立の協議(DK130042k-0001)
第13巻 p.513 ページ画像

中外物価新報 第一五四四号〔明治二〇年五月二八日〕
○取引所創立の協議 渋沢・河野・早川の三氏を始め其外双方にて重立たる人々数名ハ、昨日午後五時より坂本町銀行集会所へ参集して東京取引所創立の件に付協議を開かれたる由、右協議の摸様ハ本紙印刷時限の間に合ハさりし故遺憾ながら次号を以て報道すべし


中外物価新報 第一五四五号〔明治二〇年五月二九日〕 ○取引所創立協議会(DK130042k-0002)
第13巻 p.513 ページ画像

中外物価新報 第一五四五号〔明治二〇年五月二九日〕
○取引所創立協議会 前号の紙上に記載したる通り渋沢栄一・河野敏鎌・大倉喜八郎・渋沢喜作・早川勇・中野武営・谷元道之・川崎八右衛門・中村道太・朝吹英次等《(朝吹英二)》の諸氏ハ一昨廿七日午後五時過る頃より坂本町銀行集会所に会合して取引所創立の協議会を開かれたれど、何分にも未だ同条例施行細則の発表なき今日ゆへ細密の相談にも及ぶ能ハざりしが、兎に角此の施行細則ハ実際の売買取引上の利害に大切の関係を有するものにて、道理に合ひ実際に適するものにあらざるよりハ其功を奏せざるものゆへ、同協議会よりも実際の意見を具して其筋の参案に供へらるゝやの都合なるよし、尚種々聞込たる事もあれど今姑らくハ都合に依て掲載を見合せ置くべし、読者乞ふ諒せよ


時事新報 第一五九九号〔明治二〇年五月二七日〕 取引所設立の協議(DK130042k-0003)
第13巻 p.513-514 ページ画像

時事新報 第一五九九号〔明治二〇年五月二七日〕
    取引所設立の協議
 - 第13巻 p.514 -ページ画像 
過日の紙上に取引所設立に付河野・渋沢・早川の三氏は是まで夫々打合せ置きたる人々を集めて設立の協議を為す旨を記載せしが、河野氏は谷元道之・中野武営・朝吹英二・山中隣之助氏外三名、早川氏は小松彰・中村道太・川崎東作・小川為次郎氏外二名にして、渋沢氏は大倉喜八郎・安田善次郎・原六郎・渋沢喜作氏外二名の筈なりしも、原氏は原籍神奈川県にて管轄も違ひ又他に差支もあればとて相談に加はる事を辞せし故外に数名の相談人を集むる筈の由なれば、取引所設立の協議に加はる人は都合三十名計りなるべくして、其相談日は多分廿八九日の頃なるべしとのことなり


時事新報 第一六〇一号〔明治二〇年五月三〇日〕 取引所創立の協議(DK130042k-0004)
第13巻 p.514 ページ画像

時事新報 第一六〇一号〔明治二〇年五月三〇日〕
    取引所創立の協議
去る廿七日には河野敏鎌・渋沢栄一・早川勇の三氏が幹旋《(斡)》にて新取引所設立に関する相談会を日本橋区坂本町の銀行集会所に開きたる由なるが、右三氏の外谷元道之・朝吹英二・中野武営・中村道太・小川為二郎《(小川為次郎)》・渋沢喜作・川崎八右衛門・大倉喜八郎等の人々出席し、先つ取引所条例の解釈に関し種々の疑点を討議せしが、右疑点は其筋に伺出で明了なる釈義を得たる上にて新取引所創立の事を計画することに決し、又々第二回の相談会を開くことに決して解散せりと云ふ


東京日日新聞 第四六六四号〔明治二〇年五月二八日〕 ○取引所設立の集会(DK130042k-0005)
第13巻 p.514 ページ画像

東京日日新聞 第四六六四号〔明治二〇年五月二八日〕
○取引所設立の集会 銀行集会所にては昨日午後五時より取引所設立の件にて渋沢栄一・川崎八右衛門・河野敏鎌・中野武営等の諸氏が集会せられたり