デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.15

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

3章 商工業
25節 取引所
4款 大阪株式取引所
■綱文

第14巻 p.187-224(DK140016k) ページ画像

明治11年6月18日(1878年)

是ヨリ先、五代友厚・広瀬宰平等大阪株式取引所設立ヲ大蔵卿ニ出願シ、本月十七日聴キ届ケラル。
 - 第14巻 p.188 -ページ画像 
是日栄一、五代友厚ニ書ヲ送ツテ第一国立銀行取締役中山信彬ノ辞任ト併セテ当取引所役員就任ノ旨ヲ報ズ。中山ハ七月八日開カレタル株主初集会ニ於テ肝煎ニ選挙セラレ、十九日頭取ニ推サル。栄一当取引所創立ニ関シテ後援スル所頗ル多シ。


■資料

株式取引所創立願書(DK140016k-0001)
第14巻 p.188-189 ページ画像

株式取引所創立願書         (大阪株式取引所所蔵)
    株式取引所創立願書
本年五月太政官第八号布告改定株式取引条例ヲ遵奉シ私共発起人ト為リ其資本金弐拾万円ヲ以株式取引所創立仕度、尤本額ノ内十三万六千円ハ私共ヨリ積立、残余金六万四千円ハ弘ク加入人ヲ相募リ、大阪府下第一大区四小区北浜二丁目十一番地ニ於テ創立開業仕度候ニ付、何卒御許可被成下度奉願候、但創立証書並ニ定款申合規則等ハ蒙許可候上可奉伺上候、仍テ此段奉願上候也
  明治十一年六月四日
             兵庫県第五区摂津国兎原郡
             御影村平民
第壱号          加納次郎右衛門代理
              大阪府第一大区九小区今橋五丁目
              十九番地寄留
              長崎県平民
                      白木保三 
             大阪府第一大区九小区高麗橋
             三丁目弐番地寄留
             兵庫県士族
                      態谷辰太郎 (印)
             大阪府第一大区九小区北浜
             五丁目二十番地平民
                      井口新三郎 (印)
             大阪府第一大区六小区唐物町
             二丁目二十四番地平民
                      山口吉郎兵衛 (印)
             大阪府第一大区八小区備後町
             四丁目一番地笠野源三郎方寄留
             長崎県平民
                      笠野熊吉 (印)
             大阪府第二大区三小区鱣谷
             東ノ町一番地平民
             住友吉左衛門総理代人
              大阪府第二大区三小区鱣谷
              東ノ町八番地寄留
              愛媛県平民
                      広瀬宰平 (印)
             大阪府第一大区九小区北浜
             四丁目十三番地平民
                      平瀬亀之助 (印)
             京都府平民
             三井元之助代理
              大阪府第一大区四小区高麗橋三丁目
              壱番地平民西村虎四郎不在ニ付
              大阪府第一大区四小区高麗橋二丁目
              十九番地平民
                      中井由兵衛 (印)
             大阪府第一大区四小区今橋
             二丁目十四番地平民
                      鴻池善右衛門 
             大阪府第三大区三小区靱北通
             壱丁目十一番地寄留
             鹿児島県士族
                      五代友厚 (印)
    大蔵卿 大隈重信殿
 - 第14巻 p.189 -ページ画像 
 前書之通相違無之候条奥書候也
  明治十一年六月六日  大阪府知事 渡辺昇 
直第百八拾弐号
願之趣聞届候事
  明治十一年六月十七日  大蔵卿 大隈重信 


東京大阪往復要信刺(DK140016k-0002)
第14巻 p.189 ページ画像

東京大阪往復要信刺         (大阪株式取引所所蔵)
  明治十一年六月十四日 於東京
愈御清暢奉賀候小生無異昨日帰京仕候、滞坂中ハ不一方御厚配被下実ニ御蔭ニて百事相運感謝之至ニ候、尚此上之処も拝別之際飽迄願置候義ニ付只々御尽力ニより候事と奉祈候、東京も未タ以て不充分ニ候間着早々心配仕候、是非惣高之事ハ東京ニて募集之覚悟ニ候得共、貴地もせめて弐百五拾万円ニハ相届候様御厚配可被下候
堺之方ハ敢而大坂迄不申来候とも三十弐銀行ヘ取扱可托し置候得共、是ハ御模様次第御周旋被下度、且其都合ハ井口様ヘ御示し可被下候
此公債を以米商会所之証拠金ニ相用候願書ハ、兎ニ角早々差出候様磯野ヘ御申通し被下度候、どふか行届候様ニも被存候、又手付金之後を第三回ニ一時払込之事ハ近日伺済之上公告可仕と存候
株式之御願書も即今大蔵省廻議中之由ニ昨日掛りより承知仕候、御托を蒙り候件々ハ今日東京同所ヘ申談、両三日中肝煎会議を経拝答可仕候併要するニ格別懸念ニハ不及と申説も有之、尚委細ハ後便可申上候
即日半証拠之件ハ東京ニて実地仲買之苦情多く候ニ付別紙之通り改正相願候由ニ候間、貴方も右様更正之方可然と奉存候、又現口銭ハ何分三銭ニてハ高過候苦情多く候間、尚今少々見送り引下可申哉之考も有之候由ニ候
中山ヘハ委細申談置近日株式之方ヘ出勤充分稽古之心得ニ候、又市川ハ即今日々勉強仕候
右不取敢可得芳意 匆々再拝
    五代松陰様          渋沢栄一渋沢」
尚々広瀬・斎藤之諸君ヘ宜御伝声可被下候
   ○「第一国立銀行便牋」ト印刷セル罫紙ヲ用フ、栄一筆ノ如シ。
   ○栄一、五月十六日東京ヲ発シ京阪地方ノ第一国立銀行各支店ヲ巡検シ且ツ起業公債募集方法ノ勧誘ニ努ム。(本資料第四巻第三七四頁。第一国立銀行明治十一年五月二日ノ条参照)旅中五代等ハ大阪株式取引所設立ニ関シテ問フ所アリシモノノ如ク、右書翰ハ帰京後直チニ発シタルモノニテ、文中「中山云々」トアルハ中山信彬ニ関スル件ナルベシ、蓋シ五代等ヨリ首脳者ノ推薦ヲ請ハレ、中山ヲ推シタルモノナランカ。


東京大阪往復要信刺(DK140016k-0003)
第14巻 p.189-191 ページ画像

東京大阪往復要信刺        (大阪株式取引所所蔵)
  明治十一年六月十八日            於東京
拝啓陳者貴地株式取引所創立願之義ハ大蔵省ニ於ても出格之御調査被成下、昨日御許可之御指令相済候趣ニ承知仕候、先以御宿願成就之段慶賀之至ニ候
兼而渋沢栄一ヘ御内話有之候中山信彬義は、第一国立銀行取締役辞退
 - 第14巻 p.190 -ページ画像 
し、貴地株主取引所之役員たらしむる手順ハ頃日栄一帰京後中山ヘ打合毎事協同ニ至候間、昨日中山ハ銀行を辞し、明日より東京株式所ヘ見習之為メ日々出勤いたし充分研究之上貴地ヘ罷越候積ニ相談取極申候、此段御領掌可被下候、将又其前渋沢より五代君ヘ御照会仕候市川武真義も即今専ら事務研精中ニ付向後ハ百事中山と打合せ共々勉励いたし細大遺漏なく修整候様心掛候義ニ御座候、是又御含置可被下候
貴地取引所之場処ハ、北浜元金相場所御買得之上御使用之積ニ承知仕候、就而ハ右場処近日御修繕ニも相成候事ニ候ハヽ、予メ別紙絵図面之如く間取等御設置有之方と存候、尤従来家作之都合も可有之ニ付敢而此絵図通りと申上候ニハ無之、只御参考迄ニ、当地之同場処有形を写取、且愚考をも附紙いたし候義ニ御座候、宜御熟案可被下候
先頃五代君より渋沢ヘ御依托之株主簿帳一覧之件ニ付、定款改正之件ハ東京ニ於てハ既ニ米商会所之習慣ハ仲買之売買高ハ互ニ知り得るを常として別ニ秘隠之所為無之(但客先と仲買との間ハ知らせさる由)もし仲買ニて他之仲買之売買高を会所ヘ聞合せ候ハヽ抜書ニて通知する程之仕来ニ有之、然時ハ敢而簿帳を閲覧せしめさる制度ハ設立ニ不及訳ニて、詰り先日之御草案ハさまて詮無之との評決ニ候、乍去貴地堂島杯ハ矢張其売買玉高ハ飽迄秘隠する慣習ニ候ハヽ貴地ニ於てハ先日之修正案ハ要用と被存候、夫是御照考今一応御申越被下度候
又五代君より御托之廉書中、諸切手雛形株券等之事ハ不取敢別紙封入之分丈ケ入御披見候、但右切手之製方ハ愚考ニハ未タ充全ニ無之候間貴地之為メニハ今一段都合能調成仕度、就而ハ右等之仕立方ハ東京之方巧者と存候ニ付、中山・市川杯申談当地ニて相調ヘ可申歟、もし可然との事ニ候ハヽ其序を以印影等も如何候哉、又洋式之簿帳取究候ハヽ夫も見計可申付哉、夫是御考被下右等之品々東京ニて申付候都合御申越可被下候
簿帳洋式ニ改正之義ハ東京も即今稽古中ニ付、現ニ市川ハ共々其習修ニ従事いたし候間、東京ニて出来候丈ケハ貴地ニも差支無之様致候心得ニ候
貴地之場処ニ於て場帳と唱ヘ、売買混雑中ニ記帳いたし候帳面方雇入候義ハ肝要と存候、然処大坂ハ其習慣無之ニ付其ノ帳面方も得難き哉ニ付、玆ニ可然人物壱人有之由市川より申出候、右ハ予メ貴方ヘ雇入候積内約可致置哉、拙生共ハ其人物ハ承知せされとも市川ハ従来知り合之由ニて手堅きものと申居候間、敢而無用ニハ相成申間敷(仮令場帳之手続ハ貴地ニてハ東京之通り致兼候事有之候とも)是又御考慮之上御申越可被下候
右之件々可得御意如此御座候也
                    中山信彬 (印)
                    渋沢栄一 渋沢
          五代友厚様
          広瀬宰平様
           外発起人御中
 尚々中山義ハ前書申進候通り今日より貴地株式取引所之役員ニ加入すへき筈と相成候間、玆ニ連名仕候、為念此段申添候也
 - 第14巻 p.191 -ページ画像 
 御答書被下候も右之順序を以御来報被下度、且追々往復も相嵩候ハハ書状ヘ番号ヲ附し候方と存候、此状ハ第壱号といたし候、貴方よりも同様御取計可被下候也
   ○「第一国立銀行便牋」ト印刷セル罫紙ヲ用フ、栄一筆ノ如シ。


第一国立銀行半季実際考課状 第一〇回〔明治一一年上期〕(DK140016k-0004)
第14巻 p.191 ページ画像

第一国立銀行半季実際考課状 第一〇回〔明治一一年上期〕
    ○役員進退之事
一取締役中山信彬都合ニ由リ六月○明治一一年十七日職ヲ辞ス○下略


東京大阪往復要信刺(DK140016k-0005)
第14巻 p.191-192 ページ画像

東京大阪往復要信刺         (大阪株式取引所所蔵)
乙第壱号
粛答陳者今回本府株式取引所創立願ニ就而者過日大蔵省より許可之次第電報ニ而承知、尚即今貴方より之御報道実ニ宿望速ニ相遂一同満悦之至ニ候
曩日渋沢君ヘ御談申上置候を以、中山信彬君第一国立銀行を御辞し相成、市川武真君共々百事御打合、貴表株式所ニ於テ実際の事務充分御精研細大遺漏なく御修整之上当方ヘ御越可被下旨敬承、当方一同ニ於ても只管感佩此事ニ候
当取引所設立ニ就而者為見合貴表之図面ニ御高考を御附し御送り被下詳ニ敬承、但当地ハ曾て陳述せし通北浜壱丁目拾三番地借入、在来之建物ハ不残取払御地之図面と大同小異を以て新築之積、右ニ就てハ御送致の図面も大ニ心得ニ相成奉拝謝候
諸切手雛形株券等御送附ニ而得詳悉候、就而者右仕立方ハ御通報之如く中山君市川君ニて精々実際之便を御研究、左候而悉皆貴地ニ而御調整相成願度、尤両君御下阪迄ニ御送致之御取計ニ願度、且簿帳之義当方ハ最初より洋式ニいたし度存候条、此御含を以て御用意被下度相願候
定款改正株主簿帳閲覧せしめさる制度ハ貴地二於てハ到底さまて無詮との御評決ニ承了、併し当地之儀ハ従来之慣習する処もあり且我輩の少々鄙見も有之義ニ付、当方ハ可成先日之通修正案ニ決し度御了承可被下候
一当取引所之場帳と唱ヘ候者市川君の御知り合ニ恰好之人有之趣ニ承知仕候ヘ共、当方ハ当地之風習も可有之義ニ付、当地実際ニ熟したる者撰挙いたし度存候事ニ候間、これハ先御見合被下度候
一当取引所印影之儀ハ都て貴地之通りニ大小異様なく製し度、但其内東京の文字を大阪と改候迄ニて十顆共恰好字様共一体ニいたし度、仍てハ右御煩手なから何卒貴表ニて可成至急ニ御命し被下度、尤是等を始め都而入費者別ニ一纏として一時貴表第一銀行ニ而御仕換当方ヘ御附廻し之御取計ニ相願度候
右之通不取敢御答申上候也
                      広瀬宰平
                      五代友厚
 又云爾後貴表与の往復記号之儀貴方を甲とし当方を乙とし、今回を第一号として遂次順《(マヽ)》を追而記号可致事と御承了被下たく候
 - 第14巻 p.192 -ページ画像 
 追而株式取引所開業ハ八月一日ニいたし度と一同頻ニ奮発罷在候、此段も御含迄申上候也
    渋沢栄一様
    中山信彬様


東京大阪往復要信刺(DK140016k-0006)
第14巻 p.192-193 ページ画像

東京大阪往復要信刺           (大阪株式取引所所蔵)
第弐号
拝啓兼テ御依託相成候当地株式所役員月給之義者、当分之内別紙之通相定申候、右ハ即今益金等預算之見据も付兼候処より仮ニ相定候義ニテ到底之処ハ少々宛も増給不相成而ハ相叶間敷やニ勘考いたし候
一仲買規則御請求之処、当方ニテも別段編纂致候程之ものハ無之、唯同業之者ヨリ最初可差出加入願並営業中本社ト之約定等七八葉ノ文例有之、右雛形ハ壱葉ツヽ申受置候得共、指テ御急用之分ニも有之間敷相考候間、中山出坂之折取纏メ持参可致積ニ御座候
一相庭打合之為メ電信暗号相用候義ハ已ニ貴地第一国立銀行支店ト申合セ通信相成居候得共、株式所設置之場所御確定相成御開業之機ニ至リ候上ハ、御互ニ通信相叶候様当所ニ於テ更ニ電信局ヘ願出御許可ヲ仰キ候手続ニ相談仕置候、然ルトキハ別段貴地ニ於テ御願立ニ不及、御地一定之電信局江其旨御届ケ被成候迄ニテ可然乎ニ相考申候
 右之条件得貴意度如此御座候也
  明治十一年六月廿日
                    中山信彬 (印)
                    渋沢栄一 渋沢
    五代友厚様
    広瀬宰平様
     外発起人御中
 追テ去ル十七日付ヲ以御打合申置候件々ハ可成丈急ニ御決定否御申越有之度候也
    (別紙)

図表を画像で表示--

 等級  一等   二等   三等   四等         五等          六等         七等        八等        合計                  合計 役名  頭取   肝煎   支配人  副支配人       一等書記方       二等書記方      三等簿記方     同助役                  小使                               一等勘定方       二等勘定方      三等勘定方                               一等簿記方       二等簿記方      三等簿記方 月給  六十円  二十円  四十円  二十円以上三十円迄  十八円以上二十五円迄  十三円以上十八円迄  六円以上十三円迄  五円以上八円迄  (朱書)        四円以上七円迄  (朱書)                                                                          現実仕払高三百九円           現実仕払高十六円五十銭 人員 (朱書) (朱書)       (朱書)                   (朱書)       (朱書)      (朱書)     (朱書)        (朱書)     (朱書)     一人   四人         一人                     四人         五人        三人       十八人         四人       四人 



 - 第14巻 p.193 -ページ画像 
右ノ通仮定致シ、現在ノ役員頭取以下助役迄十八人、小使四人、其給料ハ頭取壱人六十円、肝煎三人六十円、支配人壱人四拾円、副支配人壱人弐十五円、二等簿記壱人十八円、同壱人拾五円、二等書記兼勘定方弐人各十三円、三等書記簿記兼三人各拾円、三等勘定方二人各十円助役三人各五円、合計三百九円支出候事


東京大阪往復要信刺(DK140016k-0007)
第14巻 p.193 ページ画像

東京大阪往復要信刺          (大阪株式取引所所蔵)
乙第二号
本月廿日附之御信書正ニ到着謹承仕候、陳者貴表株式所役員月俸当分之仮定表御送附敬承仕候
仲買規則御文例七八葉ハ御在合候ヘ共、即今之急用ニも非さるを以て中山君御出阪之節御携帯可被下との旨承了仕候
一相庭打合せのため電信暗号相用ひニ就てハ、於貴表更ニ電信局ヘ御願可相成候条、於当方ハ願立ニ不及其旨届置候迄ニ而可然旨御報道承了、彼是御手数奉謝候
右不取敢御答迄如此御座候也
  明治十一年六月廿四日
                      広瀬宰平
                      五代友厚
    渋沢栄一様
    中山信彬様
 過る十七日発之御打合書正ニ着、其節不取敢御答申上置候事ニ御座候、定而当時着御了知被下候事と奉察居候
 追啓申合規則中仲買人身元金百円より乃至三百円と貴表ハ御改正可相成義過日御報道承知仕候、但し当方ニ者同条仲買人身元金を百円より乃至五百円迄と改正いたし度、此段御含迄申上候也


東京大阪往復要信刺(DK140016k-0008)
第14巻 p.193-194 ページ画像

東京大阪往復要信刺         (大阪株式取引所所蔵)
甲第四号
拝啓株式所ニ於テ相用候印形並諸切手共御来示ニ寄リ夫々江製造方注文致候処、別紙之通ニ有之候、此内諸切手出来上り日限之義精々差詰メ短縮為致候得共、石版彫刻之手間案外ニ暇取候由ニ而何分愚案通ニ参リ兼、無拠種類毎ニ急ト不急トノ区別相立、漸ク開業前間ニ合セ候丈ニハ約定取極置候得共、皆出来ト申訳ニハ届キ兼申候、尤印形之方ハ左程之延日ニも不相成約定ニ付、中山・市川下坂之折持参之積ニ御座候、左様御承知可被下候
右可申上如此御座候也
  十一年六月廿八日
                    中山信彬 (印)
                    渋沢栄一 渋沢
    五代友厚様
    広瀬宰平様
     外発起人御中
追而本月廿四日附乙第二号貴翰本日拝誦仕候也
 - 第14巻 p.194 -ページ画像 
 (以下栄一筆)
 前書諸切手又ハ諸帳簿等調製候ニ付而之少費ハ中山信彬之名を以第一国立銀行より一時借用いたし置、追而同人赴坂之上同行支店ヘ払人候様可仕と相考居候、右ハ渋沢帰京之節略御打合も申上候義ニ付別ニ御指揮を不待取計候間御聞置可被下候也


東京大阪往復要信刺(DK140016k-0009)
第14巻 p.194 ページ画像

東京大阪往復要信刺           (大阪株式取引所所蔵)
乙第四号
陳ハ当方株式取引所ニ相用ひ候印形並ニ諸切手製造方別紙定約書写之通り御手数被成下千万奉謝候、就テハ製造代料之儀第一国立銀行ニ於テ御払替置キ、近日中山・市川両氏出坂之時当地該銀行エ御振替ニ相成候段可承仕候
右御回答迄如斯御座候也
  十一年七月三日
                      広瀬宰平
                      五代友厚
    渋沢栄一様
    中山信彬様


東京大阪往復要信刺(DK140016k-0010)
第14巻 p.194-195 ページ画像

東京大阪往復要信刺           (大阪株式取引所所蔵)
  明治十一年七月一日              於東京
(欄外横記)
甲第五号
一翰啓上仕候、然者起業公債証書を以米商会所証拠金ニ相用候見込ハ帰京後大蔵卿閣下ヘも申上候処、卒然御許可と申様ニハ不相見候得共兎ニ角願書差出候ハヽ或ハ行届可申景況ニ付其段先日申上候義ニ御座候、爾後尚又其筋ヘ内稟し頻ニ其御允許を乞候処、とふか行届候模様ニ被存候、就而ハ磯野氏ヘも御照会被下、右願書早々御差出相成候様御取計被下度候
右様相成候上ハ株式取引所之証拠金とても同様之義ニ付、当地取引所ハ右願書近日差出候様致度旨今日肝煎中ヘ申入置候間、不日願書上申之筈ニ候、貴境も御開業之上ハ其御順序ニ御取計可被下候
貴地株式取引所役員中山・市川両人ハ本月十日頃出立之積打合置申候尤其前ニ営業手順万端ハ当地之現況ニより充分取調相済候筈、精々両人ニ打合勉励罷在候、但西洋式簿帳之事ハ何分小生之考案通り当地とても直ニ更正いたし兼候ニ付、市川も其伝習丈ケハ全備ニ不至候間、追而当地も更正候迄ハ貴地も日本流ニ被成置、而して当地之改正相備候上伝習之為メ可然人員御遣之方可然と奉存候
中山・市川等出立ニ際し当地取引所役員ニハ色々厄介ニも相成候ニ付留別会一夕相開候筈、且又役員中別而取調物ニて世話ニ相成候人ヘ少少之挨拶いたし候積、今日中山より打合ニ付相談いたし候、右等少々貴方之御入費相嵩候筋ニ候得共御聞届被下度候、委細ハ其中中山罷出可申上候、前段可得芳意如此御座候 頓首
                   渋沢栄一 渋沢
    五代友厚様
    広瀬宰平様
 尚々中野・勝田両君ヘも宜敷御伝語奉願候
 - 第14巻 p.195 -ページ画像 
 □《(問カ)》答書一覧至極御尤千万ニ候、爾来引続き公債募集御尽力被下候由奉万謝候、東京も当行三井両店ニて最早六百万円ニ近き高と相成候間来月中ニハ大概目算ニ相達し候哉と被存候、併此上之小高ハ却而今日迄之大高よりハ一層骨折レ可申奉存候
 広瀬君より御内嘱之一条ハ河瀬君ヘ御聞合も被下度候、又□《(銅カ)》之売却方法ハ益田と申合近日約書草案さし上可申候也
   ○「第一国立銀行便牋」ト印刷セル罫紙ヲ用フ、栄一自筆ノ加シ。


東京大阪往復要信刺(DK140016k-0011)
第14巻 p.195 ページ画像

東京大阪往復要信刺         (大阪株式取引所所蔵)
(欄外横記)
乙第五号
芳墨拝読、陳者米商会所証拠金云々之儀者已ニ先般拙生直々磯野ニ参り委細相咄候処同人も至極同意之趣、然ニ猶今回之御書ニより再ひ□□之儀相尋候処、右者決而等閑ニ打過候訳ニ無之、則壱両日中一同会議ニ上出願可仕事ニ内決いたし居候よしニ付、不遠願出候運ひニ可相成存候、右様相成候上ハ株式取引所証拠金迚も同様云々尤御同意仕候何れ定款申合規則調印相済、右規則願立候上順次出願之運ひニ可仕心得ニ御座候
中山・市川両氏ニハ十日頃出立之儀承知、西洋帳簿式之事如貴命御地御改正之都合相成候迄日本流ニ致し置可然と存候
○中山氏等出立ニ付留別等之儀ニ付御通意之趣是亦承知、同氏着之上可承存候
先ハ右一時御受迄如覚御座候也
御端書広瀬ヘ云々之儀者承知仕候也
  七月八日                広瀬宰平
                      五代友厚
    渋沢栄一様


東京大阪往復要信刺(DK140016k-0012)
第14巻 p.195-196 ページ画像

東京大阪往復要信刺         (大阪株式取引所所蔵)
  明治十一年七月九日             於東京
奉啓愈御清迪奉賀候、陳者貴地株式取引所役員中山信彬・市川武真之両人当地同場処ニ於て之事務取扱伝習も相済候ニ付、兼而御打合之如く明十日之郵船ニて貴方ヘ罷越候間、委細之事ハ同人等御面会ニて御詳悉可被下候、且貴地取引所要用之為メ当地ニ於て相求メ候諸器械帳簿等此度携帯相成兼候分ハ追而出来次第当店ニ於て引受差送候筈御引合申候間、其時ニ怠懈なく取揃さし上候様可仕候、又右諸費仕払として中山氏ヘ御立替之金額ハ御都合次第貴地当支店ヘ御払入可被下候
向後当地株式取引所ヘ御引合之用向等ハ同所ヘ御直接可被下義勿論ニ候得共、御都合ニよりて小生ヘ来諭有之候ハヽ是迄之如く充分馳働き可申ニ付御遠慮なく御申遣し可被下候
商法会議所之事も速ニ御着手之由、幸勧商局長も御滞在ニて御便宜と奉存候、当方も近々該場新築落成ニ付初集会相催し候積ニ候間、是又後来時々御往復申上候心得ニ候
起業公債之事も御尽力ニより大ニ相進み貴方之受持ニて合計四百三拾万円、東京受持ニて六百五十万円余ニ付、之レヲ通計して壱千百万円
 - 第14巻 p.196 -ページ画像 
ニ相成候間最早全額募集ニ心配も無之と存候、畢竟貴方ニ於て厚く御尽力被下候効績と奉多謝候、且右公債ニ付過日御約束之廉々ハ追々相運申候委細ハ中山等より御聞取可被下候、右両人出立ニ托し申上度
                          匆々謹言
                    渋沢栄一 渋沢
    五代友厚様
    広瀬宰平様


東京大阪往復要信刺(DK140016k-0013)
第14巻 p.196 ページ画像

東京大阪往復要信刺         (大阪株式取引所所蔵)
乙六号
本月九日出之御書翰拝見仕候、陳ハ当地株式取引所役員中山・市川之両氏無恙着阪ニ附テハ貴方之景況直接ニ承り、且両氏其事務粗御熟知ニテ百事当方之都合ト大喜不少候、兼テ御依願申上置キ候器械帳簿共携帯ニ相成、追々着手之手順相立候間御安意可被下候
一第一銀行ニて御取替金額云々了承仕候、当御支店より為替ヲ以近日御返済可仕候
一向後該取引所之儀ハ双方直接ニ御照会致し候とも万事御配慮被成下候段、最緊要之件ニ至り候而者是非相願ひ候間不相変御厚意を仰き候
一商法会議所之儀ハ幸ヒ川瀬君御在阪中ニ付打合セ、願書差出し候迄相運ヒ候、御安心可被下候
一起業公債之事ハ迅速ニ相運ヒ全額壱千百万円ニ登り候上ハ最早充分之御効績ト奉存候、当府下も追々其信ヲ得テ今ニ陸続申込候間、到底御布告之額面高より超過可仕哉と想像仕候
一今日之会議ニて当方株式取引所之役員も粗決定可仕候、然ル上ハ追追其役員より御照会申上候間御含置可被下候
右御回答而已如此ニ御座候 匆々謹言
  十一年七月十七日             ―――――
    ―――――              ―――――


東京大阪往復要信刺(DK140016k-0014)
第14巻 p.196 ページ画像

東京大阪往復要信刺         (大阪株式取引所所蔵)
  (中山)
頭取 (印)   肝煎 (印) (印)   (印)
   (広瀬)
副頭取 (印)
然ハ当株式取引所役員中山信彬ハ頭取、広瀬宰平ハ副頭取、永見米吉郎・中井由兵衛・西田永助ハ肝煎ニ撰定、其中永助ハ支配人兼勤致候間爾来ハ百事御厚情之程奉仰候、先ハ右御報知迄如此御座候 謹言
  十一年七月十九日
                        頭取
                        副頭取
     渋沢栄一
     益田孝
     大倉喜一郎
     小松彰
     小林猶右衛門
      右弐通ニ認ル
 - 第14巻 p.197 -ページ画像 

東京大阪往復要信刺(DK140016k-0015)
第14巻 p.197 ページ画像

東京大阪往復要信刺         (大阪株式取引所所蔵)
  明治十一年七月廿日             於東京
           (印)(印)(印)(印)
一翰啓上仕候、陳者貴地株式取引所創立証書・定款等昨日大蔵省より御下付相成、開業免状も御下渡ニ付、不取敢当地同業之小松彰御代理相勤領収致し、其運送方ハ当行ヘ申来候間、今日逓送仕候ニ付御査収可被下候
就而ハ兼而御見込之如く八月一日より御開業相成候事と其迅速ニ感服し其成業を拝祝仕候
小松よりも申上候筈ニ候得共、向後右様貴方之為メ瑣事たりとも官ニ対し応答申上候事ハ貴方より委任状御遣し被下候方御便利と存候間、為念申上候
中山君にも弥肝煎中ニ御担任之由、市川も簿記方課長御命之趣拝承、爾来御勉力該場之繁盛御配算被下度企望仕候
乍序申上候ハ小生益田・小松等之持株一条ハ兼而当行支店井口ヘ申通し置候ニ付、即今井口・熊谷引受之株高ニ籠り居候、就而ハ追而株券御調成之節譲替之手順ニ被成下度、此段御含置可被下候
当地御同業も此間中ニ至り大ニ繁昌いたし、既ニ昨日抔ハ大高取組有之候、貴方も御開業候ハヽ直ニ昌盛ニ赴き可申奉存候、将又後来取扱上之事ニ付而ハ可成丈両所御打合御座候様仕度、此義兼而御含可被下候、右申上度 匆々頓首
  七月廿日
                   渋沢栄一 渋沢
           五代友厚様
           中山信彬様
           広瀬宰平様

東京大阪往復要信刺(DK140016k-0016)
第14巻 p.197-198 ページ画像

東京大阪往復要信刺         (大阪株式取引所所蔵)
                (異筆) (印)
  明治十一年七月廿九日     八月二日披見 於東京
本月廿五日附貴翰本日相達拝読仕候、陳者貴地株式取引所開業免状並創立証書・申合規則共御落手相成、御開業ハ八月十五日ト御決定之旨拝承仕候、右開業免状其他合封之中定款も同様御落手之事と奉存候
株式取引所ヨリ官府ヘ上申等代理取扱之為メ東京株式取引所ヘ委任状御差越之義ハ、尚御協議之上御申越可相成旨拝承、右ハ既ニ御差越相成候旨小松彰ヨリ申聞有之、且右御委任相成候とも都而其取扱ニ付而者是迄通り小生ヘ打合可申旨小松ヨリ申聞有之候間、諸事差支無之様可仕候間御安意可被下候
○中略
此程白木保三子御出京ニ而御申聞之場帳付之者ハ折角小松とも申談山郷善助と申者取極メ申候、尚小松之考ニ而ハ右壱人《(今カ)》を要し候趣ニ而委細ハ白木子と御相談之上取究可申旨ニ御座候、此段乍序御報知申上候先者右拝答旁如此御座候 已上
                 渋沢栄一 渋沢
         五代友厚様
 - 第14巻 p.198 -ページ画像 
         中山信彬様
         広瀬宰平様
   ○「第一国立銀行便牋」ト印刷セル罫紙ヲ用フ、栄一自筆ノ加ク洋墨複写。


東京大阪往復要信刺(DK140016k-0017)
第14巻 p.198 ページ画像

東京大阪往復要信刺         (大阪株式取引所所蔵)
  明治十一年八月七日             於東京
○上略
小松ヘ委任状御遣しニ付拙生も尚心附候様来諭拝承仕候
場帳方ニ御雇之出郷ハ僅之日数丈ニて約束相成候由、又其外之壱人も白木之考ニハ速ニ取究度と切ニ小松ヘ打合居、其者ハ現ニ米商会所之帳面方ニ付拙生より其頭取ヘ打合呉候との事ニて其心配もいたし候事ニ候、併来諭ニてハ先見合候様と有之候得共、既ニ貴地より委托を受候趣ニて白木氏ハ前陳之通配念ニ付拙生ハ別ニ見合候と申事ハ仕兼候、右等何か行違ニても有之候歟、為念更ニ申上候 匆々
                    渋沢栄一 渋沢
          中山信彬様
   ○「第一国立銀行便牋」ト印刷セル罫紙ヲ用フ、栄一自筆ノ如シ。


(大阪株式取引所)大株五十年史 第二一九―二二八頁〔昭和三年一一月〕(DK140016k-0018)
第14巻 p.198-199 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

(大阪株式取引所)大株五十年史 第二二八―二五〇頁〔昭和三年一一月〕(DK140016k-0019)
第14巻 p.199-208 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

東京日日新聞 第一九六六号〔明治一一年六月二四日〕 【○今度五代友厚・鴻池…】(DK140016k-0020)
第14巻 p.208-209 ページ画像

東京日日新聞 第一九六六号〔明治一一年六月二四日〕
○今度五代友厚・鴻池善右衛門・白木保三ほか六名《(七)》ハ資本金二十万円を以て、大阪府下第一大区四小区北浜二丁目十三番地へ株式取引所を
 - 第14巻 p.209 -ページ画像 
創立なし度きよし出願せしに、近日許可をかふむりたれば最はや着手するならんと云ふ、但し此の取引の出来せし上ハ兼て御布告の通り全国中に同業の新設をゆるされず


(大坂株式取引所)第一回半季実際考課状 第一回・明治一一年八月一五日―一二月三一日〔明治一二年一月〕(DK140016k-0021)
第14巻 p.209-214 ページ画像

(大坂株式取引所)第一回半季実際考課状
            第一回・明治一一年八月一五日―一二月三一日〔明治一二年一月〕
第一回半季実際考課状
           大坂府下北浜二丁目 大阪株式取引所
 明治十一年八月十五日ヨリ十二月三十一日ニ至ル五ケ月間当株式取引所ニ於テ、諸公債証書ノ売買高及ヒ当所創立ノ顛末、諸勘定ノ各項等ヲ精査シ、今之レヲ蒐集シテ以テ株主各位ニ報告スル所ノ件々左ノ如シ
    取引所創立ノ事
一明治十一年五月太政官第八号公布株式取引所条例ヲ遵奉シ、五代友厚・鴻池善右衛門代理草間貞太郎・斎藤慶則・三井元之助代理西村虎四郎・中井由兵衛・平瀬亀之輔代理白木保三・住友吉右衛門代理広瀬宰平《(住友吉左衛門)》・山口吉郎兵衛代理西田永助・加納治郎右衛門代理白木保三・笠野熊吉・井口新三郎・熊谷辰太郎等相会シ、取引所創立ノ挙ニ迨ヘリ、而シテ右《(マヽ)》ノ十名ヲ発起人ト定メ当時五代友厚・広瀬宰平ヲ以テ創立事務委員ニ撰定シ一切ノ事務ヲ弁理セシム、同年六月四日創立願書ヲ製裁シ発起人連署大阪府庁ヲ経由シテ之レヲ大蔵卿ニ上ル、同月十七日ニ至リ創立ノ允准ヲ蒙リタリ、此ニ他ノ株主ヲ募集スルニ新聞紙其他ノ手続ヲ以テシ、之レニ応スル株主百廿名ニ及ヘリ、則発起人ト合シテ百三十名ハ七月八日創立証書定款申合規則等ニ記名調印シ、同月十日大阪府庁ヲ経由シテ之レヲ大蔵卿ニ上ル
一取引所ヲ北浜二丁目十一番地ニ設立センコトヲ議定スルニヨリ、旧両替商ノ共有物ナル建家地所ヲ借受ケ、旧両替仲間委員総代谷村伊右衛門・肥田弥兵衛両名ト当取引所創立事務委員五代友厚・広瀬宰平トノ間ニ於テ便宜ニ随ヒ修繕ヲ為スコト、其外緊要ノ事項ヲ挙ケテ契約書二通ヲ作リ、六月十七日ヲ以テ之レヲ交換シ、該約定書ヲ取引所ニ蔵置ス
一七月十九日大蔵省ヨリ開業免状並ニ創立証書定款申合規則ヲ下付セラル旨東京株式取引所ヨリ電報アリ、同廿五日ニ至リ該書類ヲ領収スルニヨリ成規ノ通リ新聞紙ヲ以公告シ、八月十五日ヲ以テ北浜二丁目十一番地ニ於テ開業式ヲ執行ス、曾テ大蔵省ニ開業ノ日ヲ開申セシニヨリ大蔵少書記官岩崎小治郎氏派出シテ厚ク此事ヲ臨視シ、当日該書記官並ニ地方長官或ハ諸官ノ高貴臨席ノ栄ヲ得タリ
    株主集会決議ノ事
一七月八日株主初集会ヲ開ク、此日来会スル者百三十名、爰ニ肝煎撰挙ノコトタルヤ条例第四章第九条ニ照スニ肝煎ハ三十株以上ヲ所持スル者ニ非レハ推選スル能ハズ、故ニ中山信彬・広瀬宰平・永見米吉郎・中井由兵衛・西田永助ノ五名ヲ以テ肝煎ニ推挙シ、此五名ノ性名《(姓)》ヲ会場ニ掲グ
    資本金ノ事
 - 第14巻 p.210 -ページ画像 
一当取引所ノ資本金廿万円ノ十分ノ七金十四万円ハ七月二十日限り募集シ、此金額ハ定款第二章第一条ニ照ラシ営業保証ノ為メ起業公債証書全金払込ノ仮証券此公債額面十七万五千円トナシ大蔵卿ノ允准ヲ得テ八月十二日在阪出納局ヘ上収ナシタリ、然ルニ起業公債応募ノ額其定限ヲ超過セシニ依リ、当所引受高ノ内額面十壱万七千七百円減却ニ係レリ、依テ起業公債証書全金払込仮証券実額六万五千四百八十円此公債額面八万千八百五十円ヲ改メテ引受ケ、猶残額ノ公債証書ヲ買集メ代収セン事ヲ謀ルト雖トモ当時急弁スル能ハス、故ニ三井銀行支店ニ示談シ該銀行所有ノ起業公債仮証券額面八万六千四百五拾円新公債証書額面九千円此実額七万四千七百四拾円ヲ借リ受ケ、之レニ対シテ現金七万五千円ヲ預ケ該証書ト合テ起業公債拾六万八千三百円新公債九千円此実額拾四万弐百廿円ヲ十月十七日在阪出納局ヘ仮上収シタリ、同資本金十分ノ三金六万円ヲ十一月三十日限リ徴集シ、内金ヲ以テ起業公債全金払込仮証券額面弐万千円此実額壱万六千八百三十弐円五拾五銭ニテ十二月四日買求メ現今書替手数中同金禄公債証書額面壱万七千五百六拾円此実額壱万三千七百三十七円卅壱銭ニテ同月十日買求メ現今書替手数中同金弐万円ハ第一国立銀行支店ヘ定期預ケトナシ、同金千〇拾八円余ハ仲買人ヘ売買直違ノ立替金トナシ、同金四千六百廿九円余ハ創立費ニ充テタリ、此総額金拾九万六千六百円余ニシテ残金三千三百円余ハ営業準備金トシテ当取引所ニ現有セリ
    営業事務之事
一七月十六日創立事務所ヲ北浜二丁目天娯楼ニ開キ、同月十八日ヨリ予メ事務ヲ課定シ各其諸務ニ従事ス
一七月廿三日頭取以下支配人ノ上任報告並ニ印鑑及取引所各課ノ印章等ヲ大蔵卿ニ上呈ス
一当所役員岸田源四郎ヲ当取引所名代人ト定メ、八月六日該区戸長役場ヘ其姓名ヲ届出ツ
一当取引所売買上簿記方法習熟ノ為メ東京ニ在ル山郷善介・榎本益次郎ナル者ヲ聘ス、八月九日着坂該課ノ役員ニ伝習シ八月二十七日帰京ス
一申合規則第三款第一条但書中切手五十枚マテノ証拠金差入レ時間正午十二時ナルヲ午前十時ニ改正センコトヲ肝煎集会ニ於テ決議シ、八月十七日大蔵卿ニ稟請、同月廿三日許可ヲ得、同月二十六日ヨリ施行ス
一申合規則節四款第一条現場取引ノ手数料金三銭ナルヲ当分ノ内一銭ニ減却センコトヲ肝煎集会ニ於テ決議シ、八月十七日大蔵卿ニ稟請シ、同月二十七日許可ヲ得、九月二日ヨリ施行ス
一同三款第一条定期売買手数料ノ項ヘ但書ヲ加ヘ、其定期売買ノ内ヨリ翌日本場帳入前ニ買戻シ売戻シ又ハ売渡シ現場勘定トナシタル分ノ手数料ハ金三銭ヲ領収スベキ旨ヲ肝煎集会ニ於テ決議シ、八月十七日大蔵卿ニ稟請シ、同月二十七日許可ヲ得、九月二日ヨリ施行ス
一九月九日太政官第二十五号布告ヲ以テ金録公債証書売買被差許《(禄)》ニヨリ、同月十六日大蔵卿ヘ開申ノ上同日ヨリ該公債七歩利付ノ分ヲ以テ建物トシ、壱割又ハ六歩五歩ノ利付ハ各其価格ニヨリ受渡ヲナスヘキ旨ヲ取引所ニ掲示シテ売買ノ立会ヲ創ム
 - 第14巻 p.211 -ページ画像 
一当取引所ニ於テ預ル所ノ諸証拠金ハ売買双方ノ約定ヲ堅固ナラシムルニ外ナラス、故ニ当所ニ於テ差支ナキト見認ムルトキハ必スシモ通貨ニ限ラサルニ依リ、便利ヲ謀リ起業公債証書全金払込無記名トナルヘキ仮証券ヲ以テ取引上ノ諸証拠金ニ当分代用ヲナシ度旨九月十日右代用手続書ヲ副ヘ大蔵卿ヘ稟請、同十八日特許ヲ蒙リ、同十一月一日ヨリ証拠金代用ノ事ヲ施行セリ
一九月十六日大蔵少書記官岩崎小治郎氏同属官町野五八・松野和邦・戸沢兵次ノ四名検査トシテ当取引所ヘ出張、諸帳簿並ニ在阪出納局資本金預リ仮証書等検閲アリタリ
一申合規則第三款第一条但書中ノ手数料金三銭ヲ二銭ニ減却センコトヲ肝煎集会ニ於テ決議シ、九月廿五日大蔵卿ニ稟請シ、十月二日許可ヲ得、同月九日ヨリ施行ス
一起業公債第一割払仮証券ヨリ売買譲与随意タルヘキノ成規ニ基キ、該証券ノ定期約定売買ヲナスヘキ旨十月廿八日大蔵卿ヘ開申ノ上、十二月以降ノ約定ヲ以テ十一月一日ヨリ皆金払済仮証券ヲ建物トシ第一第二割払済分ハ各其価格ニヨリ受渡ヲ為スヘキ旨ヲ取引所ニ掲示シ、売買立会ヲ創ム□《(コトカ)》
一仲買人ヘ発付スル諸証拠金預リ証書ニ印紙貼用方ノ事其他取引所営業上ノ諸件ヲ東京株式所頭取小松彰ヘ協議セント欲シ、頭取中山信彬十一月一日東京ニ赴キ、同月二十九日帰坂セリ
一即今当取引所ノ仲買人員ハ八十五名ニシテ、該身元金高九千八百円之レヲ定款第七章第四条ノ明文ニ照シ、空貯監護センヨリ寧ロ確実ナル銀行ニ預ケ多少ノ利ヲ得ント欲シ、其云々ヲ十一月二十一日大蔵卿ニ稟請シ、同月二十七日特許ヲ蒙リタリ、因テ右仲買人身元金ノ内九千円ヲ第一国立銀行大坂支店ヘ何時ニテモ取出シ得ヘキ約定ヲナシ之レヲ預ケ、該約定証書ノ写ヲ副ヘ十二月四日大蔵卿ヘ開申セリ
一十一月三十日肝煎五名所有ノ株式三十株ツヽ定款第三章第六条ノ旨趣ニヨツテ当取引所ニ領置ス
一当取引所ニ於テ本年八月十五日ヨリ十二月二十五日ニ至ル迄五ケ月間休業日ヲ除キ営業日数百〇五日、諸公債証書売買ノ総額左ノ如シ
一旧公債証書額面七万〇五百円也
    内
  額面八千五百円      現場取引
  額面四千円        即日取引
  額面五万八千円      定期取引
    内
   額面五万三千円      約定期限内仕切ノ分
   額面五千円        約定期日受渡ノ分
 右総額ヲ立会日数ニ平均スレハ左ノ如シ立会日数百〇五日
     額面六百七十壱円余
一新公債証書額面四万八千三百円也
    内
  額面弐千四百円      現場取引
 - 第14巻 p.212 -ページ画像 
  額面弐千五百円      即日取引
  額面四万三千四百円    定期取引
    内
   額面四万弐千三百円    約定期限内仕切ノ分
   額面千百円        約定期日受渡ノ分
 右総額ヲ立会日数ニ平均スレハ左ノ如シ立会日数百〇五日
     額面四百六十円
                   (鉛筆旁記)  (鉛筆旁記)
一秩録公債証書《(禄)》額面弐百四拾八万《(七)》四千円也《(二)》
    内
  額面七拾壱万六千九百円  現場取引
  額面七百円        即日取引
  額面百七拾五万四千四百円 定期取引
    内
   額面百六拾五万弐千円   約定期限内仕切ノ分
   額面拾万弐千四百円    約定期日受渡ノ分
   額面壱万弐千円      約定期限中十二年ヘ越高
 右総額ヲ立会日数ニ平均スレハ左ノ如シ立会日数百〇五日
     額面弐万三千六百五拾七円余
 一起業公債証書額面七万三千七百円也
    内
  額面四千四百円      現場取引
  額面弐千円        即日取引
  額面五万八千円      定期取引
    内
   額面弐万九千円      約定期限内仕切ノ分
   額面弐万九千円      約定期日受渡ノ分
   額面九千三百円      約定期限中十二年ヘ越高
 右総額ヲ立会日数ニ平均スレハ左ノ如シ立会日数四十七日
     額面千五百六拾八円余
一金録公債証書《(禄)》額面四百六拾九万弐千八百円也
    内
  額面百廿四万九千六百円  現場取引
  額面弐百九拾六万三千百円 定期取引
    内
   額面弐百拾五万三千四百円 約定期限内仕切ノ分
   額面八拾万九千七百円   約定期日受渡ノ分
   額面四拾八万〇百円    約定期限中十二年ヘ越高
 右総額ヲ立会日数ニ平均スレハ左ノ如シ立会日数ハ八十一日
     額面五万七千九百三拾六円余
    取引所株式売買ノ事
一当取引所創立以来本年十二月三十一日迄ノ間ニ於テ当取引所ノ株券ヲ売買セシモノハ第一号表ニ詳カニス
    仲買人ノ事
一当取引所創立以来本年十二月三十一日迄ノ間ニ於テ仲買人ノ加入及
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ヒ退社セシモノハ之ヲ第二号表ニ詳カニス
    営業景況ノ事
一当取引所営業ノ景況ハ本報ノ各条ニ陳述スト雖モ、猶其概要ヲ掲ケテ以テ商況ヲ瞭視セラルヽニ便ニス
   ○諸公債証書ノ売買ハ金禄公債証書売買解禁以前ハ秩禄公債証書多額ニ位ス、以後ハ金禄公債証書ヲ以テ多シトス、新旧公債証書ハ平均金秩公債証書ノ百分ノ八強ニ当ル、起業公債証書ハ仮証券ナルカ故ニ未タ本然ノ景況ヲ顕出セス
 大略如斯ニシテ営業一体ノ景況如何ニ於テハ逐次増進ノ勢ナリ
    役員進退ノ事
一七月十九日肝煎中ニ於テ中山信彬ヲ頭取、広瀬宰平ヲ副頭取、西田永助ヲ支配人ニ選挙シ、株主一同ヘ報告ス、而シテ中山信彬以下肝煎四名ハ成規ニヨリ誓詞ヲ書シ、之レヲ取引所ニ蔵置セリ
一市川武真ヲ副支配人兼勘定方課長六等準俸、青谷惟治ヲ一等書記方兼庶務係六等準俸、香村文之助ヲ三等簿記方兼追敷掛八等準俸、市川晋ヲ三等書記方八等準俸、竹村強ヲ四等簿記方兼日表係九等本俸、芦田篤三ヲ四等勘定方兼出納係九等本俸、小菅庄次郎ヲ五等簿記方兼出納係十等本俸、平瀬捨松ヲ五等書記方兼出納掛十等本俸、山下甚兵衛ヲ五等簿記方兼用度掛十等本俸岸田源四郎ヲ五等簿記方兼市場係十等本俸、中西新助ヲ五等簿記方兼市場係十等本俸ニ命シ、八月十日ヲ以テ示令書ヲ付ス
一中村卯左衛門ヲ五等簿記方十一等本俸ニ命シ、十一月一日示令書ヲ付ス
一市川武真ヲ六等本俸、小菅庄次郎・平瀬捨松・山下甚兵衛・岸田源四郎・中西新助ノ五名ヲ九等本俸ニ進メ、各十一月一日示令書ヲ付ス
一現今当取引所ノ役員ノ総数及ヒ月俸等ハ第三号表図ニ詳カニス
    取引所所有物ノ事
一金四百〇壱円三拾五銭九厘 什器代価
    取引所創立費之事
一金四千弐百廿七円七拾八銭六厘
    此訳
  金千九百七拾六円七拾三銭九厘 営繕費
  金弐千二百六拾壱円〇四銭七厘 創業費
 右両項ノ費額ハ当取引所営業年間ニ割合漸次益金ノ内ヲ以テ償却スル目的ナリ
    取引所諸報告之事
一当取引所毎月実際報告ハ定規ニ従ヒ八月ヨリ十二月迄毎次大蔵省ヘ開申セリ
一当取引所当半季売買実際報告総勘定一覧表株主仲買人姓名表等ハ別表ニ詳覧謄記セリ
    明治十一年下半季利益金之事
一金壱万〇四百拾六円四拾弐銭    諸収入高
    内
 金三千九百卅円〇廿九銭    八月ヨリ十二月マテ収入高
     内
  金弐円三拾六銭        即日売買手数料
 - 第14巻 p.214 -ページ画像 
  金四百六十三円九十壱銭    現場売買手数料
  金三千四百六拾四円〇二銭   定期売買手数料
      内
   金二千三百三十二円五十八銭  約定期間内仕切ノ分
   金千百三十一円四十四銭    約定期日受渡ノ分
 金五千六百五拾三円三拾三銭  公債証書利足
 金三拾三円八拾銭       当取引所株券書替手数料
 金百弐拾円          定期預ケ金利足
 金六百廿五円         約定預ケ金利足
 金五拾四円          通知預ケ金利足
一右収入金壱万〇四百拾六円四拾弐銭ノ十分ノ一、即チ金千〇四拾壱円六拾四銭二厘ヲ定規ニ従ヒ大坂府庁ヘ上納シ、及ヒ諸給料其他ノ雑費ニ係ル金額弐千四百〇八円四拾壱銭四厘ヲ引去リ、残額六千九百六拾六円三拾六銭四厘ノ内ヨリ取引所所有物代価並創業費償却トシテ金百二十九円拾四銭五厘ヲ引去リ、其残額六千八百三拾七円二十壱銭九厘ノ百分ノ十五、即チ金千〇二十五円ヲ諸役員賞与トシテ引去リ、其残金五千八百拾弐円弐拾壱銭九厘ヲ純益金ト為シ、此内金ヲ以テ当半季積立金ヲ引去ルヘキノ処、割賦金壱割以下ニ付積立金ヲ見合セ、而シテ株式壱株即チ百円ニ付弐円五十銭則年五歩収金ノ日数ヲ以テ算スレハ年七歩八厘九毛余ニ当ル割合ヲ以テ金五千円ヲ当半季ノ割賦金トナシ、其残額金八百拾弐円二十壱銭九厘ハ後半季ニ繰込ムヘキ事ヲ十二年一月十二日株主総会ニ於テ決定ス
 右明治十一年八月ヨリ十二月迄ノ間当取引所実際施行スル処ノ営業考課状相違無之候也
  明治十二年一月十五日
            大坂株式取引所
               肝煎兼支配人 西田永助
               肝煎     中井由兵衛
               同      永見米吉郎
               副頭取    広瀬宰平
               頭取     中山信彬
    株主各位御中



〔参考〕東京大阪往復要信刺(DK140016k-0022)
第14巻 p.214-215 ページ画像

東京大阪往復要信刺         (大阪株式取引所所蔵)
奉別後無恙御着坂爾来御壮栄之趣奉敬賀候、御開業前諸般御多務之御事ニ可有之、東西影響之都而何卒御予期之通《(合カ)》り八月一日之御開業ニ願ハしく仰望罷在候事ニ御座候、御呈出創立証書等之義ニ付大蔵省より呼出し有之委任之有無訊問ニ付、渋沢ニハ兼而五代君より委托有之、小生義ハ
老台御出発之砌同様受御依頼居候得共、共ニ別段委任状ハ所持不致、乍去事実受御委托候ニ相違無之候故其趣之書面差出し□□《(差懸カ)》たる通常之義ハ代理候も不苦旨答候処、左候ハヽ其事ニいたし貰度此際書面を以往復いたし候てハ時日を徒消し、且府庁を経由いたし候例規を作為し
 - 第14巻 p.215 -ページ画像 
候てハ将来大坂取引所之為メにも不便なるへく云々之談示ニ付、渋沢とも相談之上左之書面差出置申候
 大坂株式取引所株主中山――外壱名当地出発之砌受嘱托候義も有之候ニ付、不日御下付相成候同所開業御免状私手許江御下渡相成候ハハ早速廻送方可取計ト存候、此段申上置候也
                      小松 ―――
右之都合ニ候故下付次第請取申候、他の切手紙類送り方小川江御托し之趣も有之候ヘハ同人ヘ相渡し、本月中必す参着候事ニ可取計、而して御差出書面中月日記入落並ニ定期定則之誤写等加筆更正之談示も有


〔参考〕東京大阪往復要信刺(DK140016k-0023)
第14巻 p.215 ページ画像

東京大阪往復要信刺           (大阪株式取引所所蔵)

図表を画像で表示明治十一年送達紙

   明治十一年送達紙           ヲヲサカ     トウケイカブシキトリヒキジヨ    私報     キタハマニチ    第百廿三号  ヨウメヂウイ 発局 日本橋分局  チバンチカブ    七月廿日   シキトリヒキヂヨ    午ゼ十一時二九分    字数 百廿六字 コンニチ。カイギヨウメンジヨウ。ゴカフ。ツキテハ。カイギヨウニチゲン。デンシンニテヲヲクラシヨウニ。トドケベシ。カツマタ。コウビンシヨメンニテモ。トドケベシ。ヲヲクラシヨウノ。サシズナリ    第三十八号 着局 天満高麗橋 電信分局印    〃月〃日  技術萩原 



之、共々軽重なき細事ニ付専決取計申候、夫迄之事ニ両其他ハ皆完全之都合故御安意被下、専ら御開業之手続御□《(差カ)》急之程奉仰望候
右申上度、楮外ハ付後信候也 頓首再拝
  七月十九日               小松彰
    中山信彬様
二啓四五日来好晴暑気俄ニ相騰リ本順気ニ相成申候、貴地一段之炎熱ト存候、随時御自重専一ニ奉祈候
五代君ニハ懸違ひ不得拝芝候得共、宜敷御致声奉希候、市川氏ヘもよろしく相願申候 不一


〔参考〕東京大阪往復要信刺(DK140016k-0024)
第14巻 p.215 ページ画像

東京大阪往復要信刺          (大阪株式取引所所蔵)

図表を画像で表示明治十一年送達紙

    明治十一年送達紙              マニチヨウメジウイチバンチカブシキトリヒキヂヨ    私報    第二百三十一号 発局 日本橋分局    七月廿日    午後五時四十分   メンジヨウハ。ジキニ。キホウヘ。ヲクル    字数六十字    第七十一号 着局 大阪高麗橋 電信分局印    七月廿日  技術萩原 



 - 第14巻 p.216 -ページ画像 

〔参考〕東京大阪往復要信刺(DK140016k-0025)
第14巻 p.216 ページ画像

東京大阪往復要信刺           (大阪株式取引所所蔵)
  七月二十日電報
    東京大蔵省宛
トウカブシキトリヒキシヨハチガツシウゴニチ
カイギヨウツカマツリタクソロ
    東京株式取引所宛
ハチカツシウコニチカイキヨウノキオクラシ
ヨウヘトトケルカフノメンシヨウハオオザカフヘ
マハルカキホウヨリマハスカヘンシマツ
   ○「大阪株式取引所」ト印刷セル罫紙ニ記セリ、他ニ頼信紙ニ記セル同文ノ案アリ。


〔参考〕東京大阪往復要信刺(DK140016k-0026)
第14巻 p.216 ページ画像

東京大阪往復要信刺         (大阪株式取引所所蔵)
七月十七日発之貴書来到拝誦、爾来御清勝奉拝賀候
横浜洋銀取引所帳附栄八御採用之件敬承、未た来社無之、参り候ハヽ諸事都合よく打合候様主任者ヘ可申□《(置カ)》、取替金等之事も承知仕候、電報暗号之義ハ兼而申上候通りを以御開業即日より往復相願候心得、多分来月一日之御開業ト心得候ニ付貴意を以電信局ヘ願立許可之写次便可差上申存候
昨日差出候一封ハ御落手可被下、右書面差出候引替ニ開業免状等御下付相成、開業之日限一応電信を以申立尚確定候届書ハ引続郵便を以可差出様可申通之談示ニ付、其由只今電報差立候ニ付此書面到着前既ニ其御手続相済候事ト存候、小川ヘ御托置之義も有之候ニ付開業免状及創立証書定款申合規則ハ同人ヘ相渡し速ニ廻送候様注意仕置候、将来共々大蔵省達示談示等御社ニ関し候義可有之、昨日之処ハ専断取計済候得共、以後ハ如何取扱可申哉御指図次第ニ可致候間、御申合之上否ヤ御答伺置度候
御在京之次様申上御承知にも相成居可申現場口銭減却之義別封写之通御指令済不日より改正し□御見合セにも可相成存し入御覧候
一両日少し景気立、昨日ハ出来高弐千五百株ニ上り申候、御社御開業ニ而相影響いたし候ハヽ一層繁昌可致ト頻ニ御開店相待申候、御返事旁右申上度□急《(取カ)》 匆々頓首
  七月廿日
                     小松彰
                     小林猶右衛門
    中山信彬様
    市川武真様


〔参考〕東京大阪往復要信刺(DK140016k-0027)
第14巻 p.216-217 ページ画像

東京大阪往復要信刺         (大阪株式取引所所蔵)
頭取 (印)  副頭取 (印)   肝煎 (印) (印) (印)
拝啓愈御清適奉賀候、陳ハ過便電報暗号略字表第一銀行支店ヨリ御廻送致置候処、右表而已ニテハ充分明瞭不致候ニ付、尚別帋凡例之通三種三仕切之所ヘ順序ヲ以テ区別相立候ハヽ余程字数省略可致義ニ付、
 - 第14巻 p.217 -ページ画像 
追テ当方開業之上ハ右凡例ニ照シ御往復致度、尤貴方ニ於テ御便法御考定も被為在候ハヽ御示諭之程願上候、依テ凡例等供清覧候、宜敷御高評奉仰候也
  十一年七月二十二日
                     中山信彬
                     広瀬宰平
    小松彰様
    小林猶右衛門様
    追啓
一当取引所ト貴方取引所トノ電信往復双方名前案号已来左ニ
  貴方株式取引ハ   トウカブ
  大坂同所ハ     サカカブ
右之通相定可致候ニ付乍御手数貴表電信御本省ヘ御願立被下度候、尤モ御聞許可相成候ハヽ早々御報知被下度奉願上候


〔参考〕東京大阪往復要信刺(DK140016k-0028)
第14巻 p.217 ページ画像

東京大阪往復要信刺         (大阪株式取引所所蔵)
拝啓当株式取引所場帳方雇入之儀、横浜在住之者ヘ兼而懸合ニ及置候処、其者義無拠差支在之趣ニ而□□《(謝断カ)》致来候、付而者近頃御厄介之至ニ候得共於貴方適当之人物壱名御見立之上当地ヘ御遣し被下度、尤当株式所株主タル白木保三氏今般別用ニ而上京致し候ニ付、前文雇入之義同人ニも委托致置候間、御協議之上可然御配慮被成下度、此段御依頼迄如此ニ御座候也
  十一年七月廿三日
                      中山信彬
    小松彰殿


〔参考〕東京大阪往復要信刺(DK140016k-0029)
第14巻 p.217 ページ画像

東京大阪往復要信刺         (大阪株式取引所所蔵)
拝啓陳者追々御開業ノ日限ニ近寄御多忙ノ御事ト奉存候、扨ハ御出立之節御注文ノ売買半追増等ノ預リ証書四万六千枚、本月十九日出来ニ付彫刻会社より受取、翌廿日第一銀行小川貞之助ヘ引渡し、即日御送り可申トの事ニ有之候間左様御承知被下度、此段一寸申上置候也
  七月廿三日               諸葛信澄
    市川様
       侍史


〔参考〕東京大阪往復要信刺(DK140016k-0030)
第14巻 p.217-218 ページ画像

東京大阪往復要信刺         (大阪株式取引所所蔵)
頭取 (印)
副頭取 (印)
肝煎 (印) (印)
    渋沢氏ヘ之返書案
本月二十日出ノ貴翰今廿四日相達拝読仕候、陳者株式取引所創立証書定款申合規則開業免状御逓送被下正《(以下四字朱記)》ニ領収仕候、《(以下十二字朱記)》彼是御手数奉煩候段奉謝候、当所開業ノ義者兼テ八月一日之見込ニ御座候処、営繕等之都合ニテ延引八月十五日開業可致候間、此段乍序御報告仕候
 - 第14巻 p.218 -ページ画像 
一向後当株式所之為官府ニ対シ応答ノ事ハ兼テ委任状可差出旨云々御厚意万々奉謝候、猶此義者篤ト協議ノ上追テ相答可仕候
一中山信彬本月十九日頭取ニ上任、右者已ニ御報知状ハ当所株主白木保三氏出京ニ付相托候得共行違候事ト奉存候○此ノ条項朱線ニテ抹消シアリ
一益田君《貴下並》小松君《諸君之》御持株一条者委曲承知仕候追テ《尚井口熊谷江相談》株券調成ノ上譲替之手順等取計可仕候《ニ可相運候》
一貴地御事業モ此間中盛大ニ至り候御摸様新紙上等ニテ拝承全御尽力故ト盛佩仕候、何卒当所モ事業隆盛之程相祁候事ニ御座候、将又後来取扱上之事百事御打合可仕候間宜御分光奉願候以上《先ハ右拝答旁如此御座候匆々》○此ノ条項朱線ニテ抹消シアリ
  十一年七月廿五日            五代友厚
                      中山信彬
                      広瀬宰平
          渋沢栄一様
   ○行間小字ハ朱字ニテ訂正加筆ノ個所、本文ハ他ノ抹削ノ部分ト等シク朱線ニテ抹消シアリ。


〔参考〕東京大阪往復要信刺(DK140016k-0031)
第14巻 p.218 ページ画像

東京大阪往復要信刺         (大阪株式取引所所蔵)
頭取 (印)  副 (印)   肝煎 (印) (印)
拝啓大暑之候愈御清寧奉拝賀候、陳者兼テ差出置候当所創立証書並ニ定款申合規則及ヒ開業免状等貴下御同業之訳ヲ以代理トシテ御出頭御領収之上渋沢氏ヨリ御逓送被下正ニ拝受仕候、彼是御手数ヲ相煩候段奉謝候
前条御配意破下候節委任状即無大蔵省ヨリ御訊問相成御取計振リ等御迷惑相懸ケ恐縮之至ニ御座候、乍去渋沢氏御示談ノ上書面御差出被下諸事都合克相運候段深々御礼申上候、就テ者以後抔モ遠隔之地彼是事情貫徹致シ兼候義モ可有之、誠ニ開業前一日を争ふ場合鎖末《(マヽ)》ノ義ニ付延滞等相成候テハ甚以不都合可有之愚考仕候間、予メ別紙御委任状差上置、上申之都度其事柄等明細可申上候ニ付、近頃乍御厄介宜舗御調理被下度奉希候
現場口銭改正減却ノ義御願済相成候由、御願書写トモ拝誦仕候、貴方ニ《(以下十三字抹消シアリ)》倣ヒ当所ニ於テ今般上願致シ開業前改正仕度心得ニ御座候間、《(以下十二字抹消シ、欄外記事アリ)*》大蔵省御出頭之折御督促方宜敷相願候
電信暗号ノ義ハ既ニ電信局御願立相成御許可之写追テ御廻被下候趣御手数之段奉謝候
貴下御所有可相成株式ノ義ハ兼テ第一銀行支店支配人井口・熊谷ニテ仮ニ所有相成居候ニ付、近日中渋沢・益田諸君之分トモ一同分割譲引之手続可致積リ談合罷在候間、其調整之都合ハ後便可申上候
右条々得貴意度如此御坐候也
  明治十一年七月廿五日          中山信彬
    小松彰様
  追テ、五代氏ヨリモ宜シク御挨拶申上候様伝言有之候付、此段申副候也
*欄外記事
 [別紙願書御手許迄差出候間御上進被下猶御督促方共
 - 第14巻 p.219 -ページ画像 

〔参考〕東京大阪往復要信刺(DK140016k-0032)
第14巻 p.219 ページ画像

東京大阪往復要信刺        (大阪株式取引所所蔵)
頭取 (印) 副 (印) 肝煎 (印) (印)
    委任状ノ事
一大蔵省ト大阪株式取引所トノ間ニ於テ《(以下二十字扶消)》諸願伺届等進達又《関スル》ハ下付ノ諸書受収ノ儀《〓件》ニ付東京株式取引所頭取小松彰ヲ代理人ト定メ拙者ノ名義ヲ以左ノ権限ノ事ヲ代理為致候事
割印一当取引所ヨリ原案ヲ以テ差出スヘキ諸願伺届等上進又ハ下付ノ際受取ノ事
  一上進ノ書類中誤字若クハ脱字等アルトキハ之ヲ正ス事
  一御布達ノ主旨ヲ拝承スル事
右代理ノ委任状如件    大阪株式取引所頭取
  明治十一年七月廿六日          中山信彬
   ○行間小字ハ訂正加筆。


〔参考〕東京大阪往復要信刺(DK140016k-0033)
第14巻 p.219 ページ画像

東京大阪往復要信刺        (大阪株式取引所所蔵)
  明治十一年七月廿八日
去ル廿三日附之貴翰相達シ謹而奉拝見候、陳者兼而御厄介相願置候彫刻会社ヘ注文品之内本証拠金売買半追増等之預リ券合計四万六千枚去ル十九日到来即日第一銀行ヘ御渡シ被下候之旨委曲領承致候、則一昨廿六日到着致シ、員数相改メ候処聊カ相違モ無之候、正ニ落手仕候、段々御配慮ニヨリ速ニ調製相成先以安心仕候、此段中山氏ヨリモ厚ク御礼可申上候様右申聞候 匆々頓首
                      市川武真
    諸葛信澄様
        坐下


〔参考〕東京大阪往復要信刺(DK140016k-0034)
第14巻 p.219 ページ画像

東京大阪往復要信刺             (大阪株式取引所所蔵)
頭取 (印)  肝煎 (印)
トウキヨウ                オオサカ
   カブシキトリヒキシウ《(マヽ)》      カフシキ
キカンハイケン、ゲンバコウセン、ゲンキヤク子ガイ、ハヤクキヨカナルヨウ、ヲテカヅ子コウ、イサイハユウビン
  十一年八月二日


〔参考〕東京大阪往復要信刺(DK140016k-0035)
第14巻 p.219-220 ページ画像

東京大阪往復要信刺             (大阪株式取引所所蔵)
    (異筆)
    八月二日披見
拝読如貴諭大睹之候、益御清康奉賀候、陳者貴社創立証書類始開業免状等過日逓送之処無事御入手之由御安堵之義と奉存候、右ニ付御挨拶却而恐縮之至ニ御坐候
大蔵省より下附物等ニ付委任状御取調御廻送ニ相成正ニ入手、右者至急切迫之事件ニ而委任要需之節ニ限り使用いたし可成丈往復御相談之上取扱可仕ト存候
現場口銭減却之義、貴方ニ於テモ御同論御開業前御改正之御含ヲ以願書御廻シニ相成拝承仕候、右者売買寡少之義顧慮いたし候事ニテ素よ
 - 第14巻 p.220 -ページ画像 
り減却ヲ要し候義ニハ無之、已ニ当社モ右願許可之比より可成商況景気立、其初彼是申唱候仲買ニ於テモ最早苦情モ不承、随而前書許可之儘未タ表発不仕、已前ノ口銭ヲ以取扱罷在候事ニ付、貴方之御願出しも如何とハ心付候得共、臨機之為メニハ許可ヲ請置候方モ可然と存近々差出候積ニ御座候、仍而ハ当社発表之運ニ相成候ハヽ必御報可申上と存候間、可相成ハ同時ニ施行候様いたし度候
○中略
白木君より御噂有之候帳付之者撰挙之義、一時山郷善助差出候事ニ可取扱、其委細ハ次便可申上候得共、必御聞相欠候義者致間敷、御安意可被下候
右不取敢御答申上度、酷暑中折角御自愛奉祈候 草々拝具
  十一年七月廿九日           小松彰 
    中山信彬様
  二伸五代君より御伝書之趣拝承、御序ニ宜しく奉願候、御開業も近寄嘸御多端奉察候、追付□《(無カ)》上之御景況相窺度奉待候


〔参考〕東京大阪往復要信刺(DK140016k-0036)
第14巻 p.220 ページ画像

東京大阪往復要信刺 (大阪株式取引所所蔵)
  明治十一年八月二日 (印) (印)
七月廿九日付貴翰忝拝誦仕候、陳而者同月廿五日付を以御依頼仕置候現場口銭減却之義、今二日電信を以至急御許可相成候様御尽力被下度旨相願候訳者、当所仲買連中最前より従来之慣習等を主唱し被是苦情申立居候ニ付、右減却方御申合せ御許可を可仰積り協議中之処、御報ニ寄り断然衆議一決仕候義ニ御座候、連々当地之景況を察スルニ右減却不被行トキハ売買取引之景気上ニ大関係を可醸生ハ勿論、開業後まて其儘据置候而者不都合不少候ニ付、差急キ御許可を仰き候次第ニ御座候間、宜敷御通察之上速ニ御下付相成候様御手数被成下度、且又御下付之上者一先御電報被下度奉願上候、但シ減却発表之義同時ニ相運度御打合之義も拝承仕候処、前文之次第ニ付開業当日施行致度所存ニ御座候間、貴方之御都合如何ニ御座候也、御報告相願候
○中略
場帳付功者之もの御撰挙相願置候処、御繰合を以山郷善助ヲ一時借用被仰付候趣、無是上仕合ニテ深々御礼申上候、尚一名丈ハ入用可致ニ付御撰挙可被成乎之趣伝承仕候処、右者少々物情有之評議中ニ御坐候条、後便御依頼申上候まて御取究之義御見合置被下度奉願候
右得貴意度如此御坐候也
                      中山信彬
    小松彰様
  追テ小林君ヘも宜敷御伝ヘ可被下候


〔参考〕東京大阪往復要信刺(DK140016k-0037)
第14巻 p.220-221 ページ画像

東京大阪往復要信刺         (大阪株式取引所所蔵)
    (異筆)
    八月六日披見 (印) (印) (印)
益御雄健奉慶賀候、然ハ出立之節御托之場帳付人員之儀東京株式所及白木ヘ聞合候処種々事情モ有之候得共、約リ八木藤八ト申者雇入来七日出船ニ而出坂可致筈相成候由、付テハ其旨白木より御報知申上候様承
 - 第14巻 p.221 -ページ画像 
リ申候、定而御承知ト奉存候、岩崎課長開業之節出坂云々ハ得ト申込候処、是非派出有之筈、尤モ陸地相越浜松辺銀行向相調ヘ候由ニ候得共、彼ノ十五日ニハ間ニ合候様可致ト申答候、右ニ付表向御出張相願ヒ候書付之義も相尋候所、差出或ハ不差出決而支ヘ無之ニ付適宜ニ可致旨申聞候□□引手数料弐銭ニ引直シ候儀ハ十五日迄間ニ合候様指令可致ト申居候、然ニ今朝東京同所小林氏ヘ面会実際相尋候処、其後取引景況ニ而ハ二三銭位左程差支不申ニ付、右許可相受有之候得共未実施不致旨申居候、此段御含迄申上候、仍而右御報知申上候迄呈書仕候
                            匆々
  八月一日
                      斎藤慶則 (印)
    中山信彬様


〔参考〕東京大阪往復要信刺(DK140016k-0038)
第14巻 p.221 ページ画像

東京大阪往復要信刺         (大阪株式取引所所蔵)
頭取 (印) 副 肝煎 (印)
七月二十九日付之御返簡本月二日相達拝読仕候、相済之儀ハ貴答ニ不及御海恕可被下候
一当方より小松氏ヘ対シ差出候委任状相達候趣猶宜御心添奉願候
○中略
一場帳方山郷善助之儀彼是御配慮奉謝候、今壱人雇仕之儀ニ付過日小松氏ヘ文通仕置候儀も御座候間、御取極之儀ハ猶御左右仕候迄御見合可被下候、先ハ右貴答如此御座候 謹言
  八月五日                  中山――
    渋沢栄一様


〔参考〕東京大阪往復要信刺(DK140016k-0039)
第14巻 p.221 ページ画像

東京大阪往復要信刺         (大阪株式取引所所蔵)
頭取 (印) 副  肝煎 (印) (印)
  トウケイ                 オオサカ
    カブシキトリヒキジヨ           カブシキ
サンゴウ、ゼンスケ、ハヤクオンツカワシヲ、子ガウ、ナンジツ、シツタツスルヤ
  (五 九ト朱記アリ)
 字数四十七
  十一年八月五日


〔参考〕東京大阪往復要信刺(DK140016k-0040)
第14巻 p.221 ページ画像

東京大阪往復要信刺         (大阪株式取引所所蔵)
頭取 (印) 副  肝煎 (印) (印)
炎熱之候愈御清寧奉欣喜候、陳ハ当取引所資本金三分ノ弐以上ニ当ル金額在坂出納局ヘ預方之儀ニ付先月廿三日付を以大坂府庁ヲ経由シ大蔵省江上達致候処、未た御指令無之、追々開業時日も切迫仕候ニ付、至急御指揮有之候様同省ヘ御督促方、毎々御厄介之至御座候ヘ共、御取扱被下度御依頼仕候、依之別紙願書之写差出候間御収手可下候、先ハ右御依頼迄如此御座候 匆々頓首
  十一年八月六日               中山――
    小松彰宛
 - 第14巻 p.222 -ページ画像 

〔参考〕東京大阪往復要信刺(DK140016k-0041)
第14巻 p.222 ページ画像

東京大阪往復要信刺         (大阪株式取引所所蔵)
    (異筆)
    八月九日披見 (印) (印)
本月二日之貴書拝誦兼而蒙御依托候帳附之義、時々委詳之義者不申上候得共、其以来段々詮義を遂ケ白木君ニモ深く配意と存候処、何分当府下定数之人員ト申位ニ而末長く御用便可相成者無之、山郷善助事当社持来使用し得られ候都合ニ候得者責而ハ二三ケ月も差出シ其間他人充分ニ見習も出来候様にと存候ひしも、既ニ本日発足ニ臨ミ退役聞届候次第ニ而完全之御便利ニ相成不申、乍去現ニ御開業之際之御設備ニ於テ不可欠ものニ候故兎ニ角暫時之間罷出候事ニ結約仕候、其委細者白木君より御通示可相成、且本人よりも御聞取被成下度候、現場口銭減却御願書去ル二日進達其後御沙汰も無之打過候折柄、昨日之貴書ニ而今朝催促申出候処両三日中ニハ必ス御指令可相成趣、右ハ御指令次第速ニ逓送可仕、其上之御取舎ハ御地実際之便害ニ応シ御適宜之事ニハ候得共、前便も申上候通り当所ニ於テも其初甚敷苦情終ニ開業間合も無之内ニ減却願書差出候程之勢ニ候処、其以来公債直段昂低も烈敷相成且米商ニ比較いたし候時ハ大ニ低額ニ候故、折角御指令相済候比より全く苦情も相止り、而して右減却相目論見候ハ只其苦情を慰め候計ニ無之因リ以テ日々之出来高をも増さしめ候内案ニ御座候処、二ト三トノ差ハ決して出来高多少ニ関渉いたし不申、故ニ当所ニ於テハ姑く従前之儘ニ据置申度、御社もし御減却相成候時者随而更ニ減省之義申請候ハ必定ニ有之、且実際ニ於テ前陳之通ニ候条尚今一応御考被下度候、委細山郷ヘも申聞置候間御聞取可被下候
○中略
  十一年八月七日
                     小松彰 
    中山信彬様


〔参考〕東京大阪往復要信刺(DK140016k-0042)
第14巻 p.222-223 ページ画像

東京大阪往復要信刺         (大阪株式取引所所蔵)
  明治十一年八月十一日
本月三日附貴翰ヲ以電信暗号並新旧秩ノ限月等記載方順序之義御申越之趣拝承仕候、就而者昨十日電信ヲ以御相談仕候今後三四日間之貴方相場附毎日御電報被下度相願候義ハ、開業前掲示方ニ必用致候義ニ付電信料御立替之分ハ追テ御返納可相整候間、左様御承知可被下候
山郷善助ヘ御托之御紙面並前後御電報慥ニ落掌拝見仕候、同人御差立方ニ付而者不一方御配慮を蒙リ候段奉万謝候、殊ニ同人内情も有之御説諭方御苦配之義委細白木よりも申越し実ニ御無理之御相談申上何トモ恐縮之至ニ御座候、有様同人御解役相成別段家業相立候様之内情全ク承知不仕前段過当之御相談仕候段御宥免可被下候、外ニ榎本ト申者是また米商会社ニテ見習相勤練熟トハ不被申トモ手形者相覚候由、山郷同行致候趣聞込候ニ付急速当所雇入レ手伝ヘ可為致積リ取計申候
現場手数料減却方之義ニ付廉々御心附之次第拝承仕候、不取敢再評を遂す当所ニ於而ハ未タ営業上実際相試候義も無之、売買出来高之増減論等全ク空談ニ属シ候義ニ付、矢張成規ノ三銭ニ据置キ当分相試候上
 - 第14巻 p.223 -ページ画像 
尚御打合セ可致折も可有之事ニ再考仕候間、左様御承知可被下候、尤兼而御依頼申上置候減却願書之義ハ御聞済相成候様御序御督促被下度相願候
当所資本金三分ノ二起業公債仮証券を以在坂出納局江収納之義願之通リ御聞済相成候由御電報承知仕リ、急速納方之手続取計申候、毎度御手数奉万謝候
右条々拝謝□申上如此御座候也
                      中山信彬
    小松彰様
 追而開業前取紛時々御報答相怠候段御宥免可被下候 以上


〔参考〕東京大阪往復要信刺(DK140016k-0043)
第14巻 p.223 ページ画像

東京大阪往復要信刺         (大阪株式取引所所蔵)
  明治十一年八月十二日 (印) (印)
本月七日附貴翰一昨十日落手拝見仕候、場帳方雇入之義ニ付而者万事我儘之御依頼申上候処、主願之通リ山郷善助下坂之事ニ御配慮被成下度《(マヽ)》、一昨九日着坂急速より勉励罷在、御蔭ニ一同安心仕候段奉深謝候
右山郷滞坂者僅之日数ニ付外壱名雇入方白木よりも御相談致候処、最前当方より御懸合之文意ト齟齬いたし御疑念相成候段者御尤之次第ニ御座候処、当所之主趣者今般全ク立場之振合者一変シ諸事変革致候義ニ付当分之処者場帳練熟之者壱名雇入レ置漸々伝習為致候トキハ、追々手慣之者も出来可申、素ヨリ仲買人モ同様未熟之事故追々漸を追テ相遣シ候義ニ有之、全ク多人数雇入者無用ト之論議ニテ右御見合セ之義御懸合及候次第ニ御座候、尤白木之心附ニテ差越候山郷同行之榎本ナル者ハ幸ヒ立場之振合をも心得候由ニ付、急速雇入之運取計申候間左様御承知可被下候、尚山郷帰京之模様ニ寄リテハ同人替リ之者御撰挙方別段御依頼可申上都合も可有之ニ付、其辺御含置被下度奉希候
右御答旁如此御座候也
                      中山信彬
    渋沢栄一様
 追而当株式取引所定款申合規則等印刷出来候ニ付貴兄ト益田氏江壱部ツヽ差出候間御落握可被下候 以上


〔参考〕大阪経済新聞 第一六九六一号〔昭和一七年三月二六日〕 中山信彬氏小伝(DK140016k-0044)
第14巻 p.223-224 ページ画像

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冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。