デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

3章 商工業
26節 倉庫業
1款 倉庫業創設運動
■綱文

第14巻 p.278-288(DK140027k) ページ画像

明治10年11月7日(1877年)

是日栄一、大蔵卿大隈重信ニ、私信ト共ニ貸庫設立ニ関スル銀行業者ノ意見書ヲ非公式ニ送ル。


■資料

渋沢栄一 書翰 大隈重信宛(明治一〇年)一一月七日(DK140027k-0001)
第14巻 p.278 ページ画像

渋沢栄一 書翰 大隈重信宛(明治一〇年)一一月七日
                    (大隈侯爵家所蔵)
拝稟過頃建言仕候貸庫設立之儀ニ付愚案一昨夕各銀行之集会ニ一応開陳仕候得共、連署建言候ニハ少々時間モ相掛候哉ニ奉存候間、御内披迄ニ写壱本上呈仕候、右拝趨愚意も并而申上度之処、昨夜より風邪気ニ付乍失敬書中奉得芳意候、右陳上如此御坐候 頓首
  十一月七日
                      渋沢栄一
    大蔵卿閣下


択善会第五回録事 第一―三七頁(DK140027k-0002)
第14巻 p.278-285 ページ画像

択善会第五回録事 第一―三七頁
明治十年十一月五日択善会第五回ノ会同ヲ東京木挽町第十五国立銀行ニ於テ開設シ、盟員畢ク集リ午後四時下場ニ上リ、一案ヲ議了シテ七時下会食ニ就キ、畢テ復タ二件ヲ決議シ、十時ニ際シテ衆皆退散ス、詳録左ノ如シ
      会員 第十五国立銀行取締役  池田章政
      同  同      世話役  岩倉具定
      同  同      支配人  中村清行
      同  同     副支配人  岩橋徹輔
      同  第一国立銀行  頭取  渋沢栄一
   ○会員十八名、傍記者一名、傍聴者二名ノ役職名・氏名略ス。
○渋沢栄一ハ前会ニ於テ各位ノ委托ヲ受ケテ起草スル所ノ貸倉建設ノ申文並方法条案ヲ出シテ之ヲ示シ其申文ヲ展読ス、其文左ノ如シ
    貸倉場創設之儀ニ付願書
頻年彼我貿易ノ権衡均等ヲ失スルニヨリ厚ク物産増殖ノ事ニ御注意被為在鋭意其保護ノ御措置有之候折柄、私共営業ノ如キハ素ヨリ其力敢テ当ラサル所ト云トモ又以テ多少世間ノ公益ヲ計画スヘキ業務ト存込各銀行共ニ再三商議仕候得共、到底銀行者ハ直接ニ殖産ニ従事スヘカラサル業体タルニ付一般ノ商況ニ応シ間接ニ其便益ヲ増シ以テ万一ヲ裨補仕度就テ熟慮仕候ニ、今日輸出入ノ均当ヲ失シテ商事ノ衰頽ヲ来シ候ハ其原因多緒ナルヘシト云トモ、内地産物ノ運搬売買ニ際シテ未タ其便法ヲ得サルニ根スル事少ナカラサル儀ト奉存候、今ヤ官府ニ於テ勉メテ新産ノ興起ヲ御世話被為在候ハ実ニ目下ノ急務ト奉存候得共旧来ノ物貨運搬売買ノ間ニ於テモ其便法ヲ得サルトキハ恐クハ充分ノ
 - 第14巻 p.279 -ページ画像 
成績ヲ見難カラン、試ニ之ヲ人身ノ健康ヲ保ツニ喩フレハ新産ノ繁殖ヲ欲シテ其理ヲ講シ其法ヲ授クルハ猶病ヲ見テ薬石ヲ与フルカ如クニシテ、旧来ノ物貨販売購取ヲ便ニスル為メ運搬ノ利ヲ興シ融通ノ路ヲ開クハ身体ノ運動ヲ勉メ飲食ヲ節シテ常ニ気血ヲ暢達スルカ如シ、夫レ気血暢達セスンハ神心否塞シテ薬石モ亦其功ヲ奏セサルヘシ、是故ニ旧産ノ供儒《(需)》ヲ便ニスルハ新産ノ興起ヲ謀ルニ於テ欠クヘカラサルノ要旨ト奉存候、由テ再考仕候処、御国旧産万品ノ中ニ就テ米穀ノ如キハ其産出モ莫大ニシテ第一ノ良品ニ位シ候得ハ昔時幕政ノ時ハ各藩其力ニ応シテ運搬売買ノ便法ヲ購《(講)》シ稍其制度ヲ存シタリシカ如キモ、維新ノ後ハ未タ適宜ノ施設ナキ而已ナラス、近頃貢租金納改正セラレシヨリ毎歳徴租ノ期ニ際シテ殊ニ価位ノ不均ヲ生シ、独リ細民ノ其低価ニ困スルノミナラス、其品汎濫各人ノ手ニ在リテ徒ラニ之レヲ競売シ甚シキハ既ニ販売ノ約ヲ為シテ後更ニ其価ノ貴キニ際セハ卒然又之ヲ他ニ売却スルノ幣《(弊)》アルヲ以テ、確実ノ経業ヲ事トスル商売者其価廉ナルモ猶之ヲ買フ事ヲ難ンスルノ勢ニシテ、民間ノ不便融通ノ凝滞スル職トシテ之ニ坐スル事ト奉存候間、此幣害《(弊)》ヲ救正スル為メ差向彼ノ欧州各国ニ行ハルヽ貸庫方法ヲ斟酌折衷シ、各府県下恰好ノ地ヲ撰定シテ官府ニ於テ貸倉御創説相成《(設)》、其預リ券ヲ以テ随意売買借貸ノ都合ヲ得セシメ候様仕度奉存候、若シ又目今官府ニ於テハ此方法御施設難被為游事ニ候ハヽ私共各銀行ヘ此業務経業ノ儀ヲ御允許被下度候、然ル時ニ各相奮励シ適宜ノ地ヲ卜シテ貸倉ヲ建設シ、以テ農商ノ利便ニ供シ申度奉存候、依之別紙貸倉規則草案相添此段奉願候也
  年 月 日               各銀行連署
右展読畢ツテ更ニ各位ニ諮テ曰、宜ク先ツ此文ヲ論定シ然後条案ノ議ニ及ホスヘシト、乃チ質問アリ、答弁アリ、左ニ其大要ヲ叙列ス
 岩橋徹補問《(岩橋徹輔)》フ、将ニ今日ヲ以テ之ヲ決議セントスルカ
 渋沢栄一答フ、否敢テスルニアラス、然レトモ已ニ前会ノ約アリ、因ツテ討議ヲ求ムル所ナリ
 岩橋質問ス、幕政ノ日横浜ニ於テ貸倉ノ法アリ、本案ノ如キハ之ニ類スルモノカ
 渋沢答フ、彼ハ則「エンテルポツト」ノ法ニ出ツル者ナリ、即チ此法ト同シカラス
 中村清行問フ、今此貸倉ノ旨ヲ述ルハ貢租米納ノ方ヲ開クニ在ルモノカ
 渋沢答フ、然ラス、要スルニ人民ノ為メニ其儲蓄・運搬・売買等ノ便利ヲ与フルヲ以テ之ヲ設クルモノナリ
 岩橋請フ、本案ノ概要ハ前会ニ当ツテ已ニ吾参臨者ヨリ之ヲ聞キ今日復タ其詳案ヲ領ス、且当席取締役モ参臨シ敢テ之ヲ議セサルニアラスト難《(雖)》トモ、事重大ニ係ルヲ以テ軽卒ニ議スルヲ願ハス、若シ之ヲ妨ケン《(スカ)》トセハ敝社ニ貸スニ阿蒙ヲ以テシテ凡ソ両三日間ヲ与ヘラレン事ヲ要ス
 渋沢弁説ス、玆ニ前会ノ約ヲ履ンテ此議ヲ求ムルモノハ蓋方今ノ急務ニ係ルヲ以テス、試ニ看ヨ、奥羽地方ノ如キ米穀ノ産ニ富ンテ運輸ノ便備ハラス、然ルニ世人之ヲ措テ問ハス、而シテ競フテ新
 - 第14巻 p.280 -ページ画像 
産ノ途ニ務ムルノ情勢アリ、是ニ因テ早ク本案ノ旨ヲ開述シ、幸ニ農商ノ為メニ其宿患ヲ医治セン事ヲ欲セハ、敢テ急議ヲ求ムル所以ナリ
 岩橋答フ、聞得テ寔ニ然リ、因テ各位ニ請フ、今敝社ニ両三日ヲ貸スヲ以テ各位又因依スル事勿レ
 辻金五郎答議ス、我新瀉《(潟)》ノ如キハ殊ニ米務ニ肯綮ナルヲ以テ前会発題ノ旨ハ已ニ本店ニ照議セリ、未タ其回答ヲ得スシテ今日復タ其完全ナル議案ヲ看ル、因テ之ヲ再報シ其回示ヲ俟ツテ確答スヘシ且以為ラク、吾本店ハ必ス喜ンテ此議ニ従フヘシ、又聞ク、吾県官モ亦已ニ其事ニ考慮スル所アリト云
 杉本正徳答フ、前会已ニ副支配人ヨリ本案発議ノ旨ヲ領承シ今日復タ其詳案ヲ領ス、我相馬近区ノ地勢ハ米穀出津ニ便ナラサルヲ以テ本案尤モ適当スヘシ、因テ更ニ本店ニ照議シ回答ヲ待テ確議スヘシ
 又木元衛問フ、目下何ノ地ニ於テ幾数ノ倉庫ヲ建造セントスルヤ
 渋沢答フ、地処倉敷ノ如キハ聊所見アリト雖トモ今日敢テ指点スルヲ須ヒス、大蔵省能ク之ヲ詳察セリ、而シテ今要スル所ノモノハ官府カ其創業ニ着手セラレン事ヲ求ムルニ在リ
 又木問フ、此方法ノ要旨ハ銀納ノ便ヲ得ルヘキカ為メカ
 渋沢答フ、特リ銀納ノ便ノミナラス、給需融通併セテ其便ヲ得ルヘキモノナリ
 原田銀造陳議ス、新瀉《(潟)》県内旧新発田領沼垂《ヌツタリ》ニ旧倉アリテ近時其地方ノ豪富此ヲ用ヒテ貸倉ノ法ヲ開クモノアリ、頃ロ稍信憑ヲ取リ商沽ノ間其保券ヲ流用スルニ至レリ、此ニ由リ之ヲ看レハ本案ノ如キモ亦以テ良法ナリトス、惟タ其廩庾創立ニ至リ之ヲ銀行ニ担当スルトセハ、未タ以テ其難易ヲ計ルヘカラス
 渋沢弁説ス、今廩庾創立ノ挙ハ敢テ此同盟ヲ以テ担当セントスルニアラス、要スルニ此案旨ヲ以テ広ク銀行営業ノ一科目ヲ増殖スルニ在リ、仍テ其允准アルニ当テハ又必一斉ニ営ムヘシト云ニアラスシテ、各自随意ニ或ハ数行連合シ或ハ孤行独立シテ以テ之ヲ開設スルヲ得ヘシ
 又木問フ、吾旧社員タリシ白木保蔵ナルモノ曩時計画セシ一法アリ本案ノ旨モ蓋之ニ類スルモノカ
 渋沢答フ、若シ其皮相ヲ論スレハ或ハ以テ似タル所アランカ、而シテ彼ハ其実米商会社ニ類シテ且其限界モ兵庫一区ニ止マル者ナレハ、本案ノ旨ハ之ト同シカラス
 今井兼角問フ、設人アリ、穫穀十俵ヲ貸倉ニ寄頓シ、其保券ヲ以テ若干金ヲ銀行ヨリ需借シ、而シテ未タ貢納ヲ了セス其金ヲ盗掠セラルルモノアラハ、以テ若何スヘキヤ
 渋沢答フ、若シ其失フコトヲ論スレハ豈特リ盗掠ノミナランヤ、酒以テ失フヘク色以テ失フヘシ、而シテ其失フト否トハ此貸倉法ノ預ル所ニアラス、今貸倉ヲ設ケ以テ便利トスルモノハ一邑一郡ヨリ数郡闔州ニ至リ、人民協同シテ其米穀ヲ質典セント望ムトキハ時価ニ従テ之ヲ貸シ以テ需用ニ応ス者ナリ、而シテ今者各地方ノ
 - 第14巻 p.281 -ページ画像 
人民是等ノ方法アルヲ霓望スルモノ甚タ少ナシトセス
 三野村利助謂フ、本案ノ如キモノハ自店旧来之ヲ施行スルヲ以テ敢テ異案ト看傚サス、依テ本案ニ協同ス
 辻金五郎謂フ、顧フニ本案建倉ノ如キハ東京ニ在テハ敢テ要スルモノニアラサルヘシ
 杉本正徳謂フ、我相馬地方ニ此倉廩ヲ設クル時ハ、桑折地方ノ如キ旧来糶輸ニ艱ム所ノ者ハ欣然相喜シテ皆悉ク其米穀ヲ相馬ニ輻集スヘシ、果シテ然ルトキハ、其倉宇ヲ建築スルハ極メテ大工ヲ起サヽルヲ得ス、又隣壌若松地方ノ如キモ宜シク此設ケナカルヘカラス、故ニ政府若シ此挙ヲ行フトキハ、一相馬ニ止ムヘカラスシテ均シク若松地方ニモ施サヽルヲ得ス、玆ニ至テ其挙又容易ニアラサルヘシ
 渋沢弁説ス、其甚タ過想ト謂フヘシ、今本案ノ要ハ只其大法ヲ開陳スルノミニシテ、政府之ヲ採用スルニ至ツテハ更ニ其規模ヲ撰定ス可シ、依テ今其詳細ニ渉ツテ之ヲ論スルヲ無用トスヘシ
 安田善次郎議ス、本案尤モ良図ト謂フヘシ、然レトモ尚願クハ一途ニ政府ニ向テ之ヲ慫慂シ、若シ採用セラレサルトキハ銀行担任シテ更ニ之ヲ禀請スル者ハ如何
 原田議ス、此挙允准ヲ得ルノ後ニ於テ若シ踟蹰セハ如何、又安田氏ノ説モ其可ナルヲ覚フ、然而シテ自行ハ到底本店ニ照議シ其回示ヲ待テ確答スヘシ
 渋沢ハ右ノ諸説ヲ判別シ之ヲ開叙スル事左ノ如シ
   岩橋徹輔  熟按ノ為メ数日ノ猶予ヲ望ム
   原田銀造  本案ニ異議ナシ、本店ニ照議ヲ経テ確答スヘシ
   辻金五郎  同上
   杉本正徳  較原田ノ答議ニ類ス
   三野村利助 異議ナキコトヲ明言ス
   安田善次郎 較同上
   今井兼角  未タ可否ヲ明言セス、頗ル質問スル所アルノミ
   又木元衛  同上
 渋沢謂フ、衆説此ノ如ク一致セサレハ敝社独リ之ヲ上稟スヘシト雖トモ、抑本案ノ旨ハ前会ニ於テ芽萌シ、当日ノ会員皆之ヲ要望シテ其立案ヲ小子ニ委托セリ、依テ今日各位ト与ニ之ヲ議セントスルハ蓋シ其約ヲ履ムノ義務タルナリ、因テ申文ニ次キ其条案ヲ陳説スヘシ、請フ各位其大体ヲ可否セラレン事ヲ
 岩橋議ス、已ニ条案ヲ一読セリ、而シテ其二十四条アルモノナレハ未タ之ヲ詳ニセス、然レトモ子ノ考案ナルヲ以テ信シテ全壁《(璧)》ナル者トナス、而シテ只其政府ニ於テ着手セサルトキハ各銀行担当シテ之ヲ行フト云ニ至テハ深ク後日ヲ慮カラサルヘカラス、要スルニ只其営業ノ一科門ヲ開クニ止ルトセハ更ニ以テ異議アルナシ
 渋沢答フ、実ニ一科門ヲ闡クニ止ル者ナリ
 岩崎議《(岩橋)》ス、条案ノ如キハ実ニ一朝ニシテ議スヘカラサルモノ、更ニ日ヲ期シテ各位検按答議アルヲ要ス
 渋沢答フ、若シ各位相去テ検按セハ或ハ以テ解シ難キモノアルヲ免
 - 第14巻 p.282 -ページ画像 
カレス、今之ヲ一読シテ各位ノ質問スル所アルニ如カサルヘシ
玆ニ於テ同氏ハ条案ヲ展読シテ間マ解説ヲモ加ヘタリ、其文左ノ如シ
    貸倉規則
     第一条
貸倉トハ農商ノ望ニ応シテ其所持スル米穀ヲ預リ之ヲ管保シテ蔵敷ヲ収ムルモノナリ
     第二条
米穀ヲ貸倉ニ預ケント欲スル者ハ其米ノ銘柄及ヒ俵数、石数等ヲ記シタル書面ヲ以テ貸倉掛ニ申出ツヘシ、貸倉掛ハ其申出ニ従テ積入ルヘキ蔵場ヲ指示スヘシ
     第三条
貸倉ニ預クル米穀ハ少クトモ壱口ノ高拾俵以上タルヘシ、且預ケ人多クシテ貸倉ニ場所ナキトキハ申出ノ順次ヲ以テ之ヲ引受ケ、過剰ノ分ハ之ヲ断ルヘシ
     第四条
貸倉ヲ承諾セシ米穀ヲ蔵詰スルトキハ貸倉掛立会ニテ升廻シヲ為シテ升廻ノ方法ハ貸蔵ノ定規ニ従フヘシ其石数ヲ定ム可シ、而シテ其升廻シ及ヒ蔵詰カ《(マヽ)》ニ付テノ費用ハ預主ノ受持タルヘシ
     第五条
貸倉ノ時間ハ一ケ月以上満六ケ月ヲ限リ預主ノ望ニ任ス可シ、故ニ満期ニ至リテ更ニ預ケ継ヲ望ム者ハ再ヒ其積入レタル米穀ノ升廻シヲ為シ且預券ヲ書替テ交附スヘシ
 但其預リタル米性ノ善悪ニヨリテ再升廻シヲ為サスシテ預継キヲ承諾シ又ハ之ヲ断ルコトアルヘシ
     第六条
貸倉蔵敷ハ貸倉掛ニ於テ定ル割引《(合カ)》ヒニ従ヒ米穀蔵結《(詰)》メノトキニ之ヲ受取ルヘシ、尤モ追テ其米穀蔵出シノ時間約束定限ヨリ早キトキハ十六日以上ハ半ケ月分、三十日以上ハ一ケ月ノ割合ヲ以テ前ニ受取リタル蔵敷ヲ返却スヘシ、若シ又約束定限ヲ超ルトキハ(満六ケ月ノ定限ハ此例ニアラス)同割合ヲ以テ更ニ蔵敷ヲ取立ツヘシ
     第七条
升廻シヲ為セシ米穀ニテモ追テ蔵出シノ時ノ欠減ハ鼠食又ハ腐化痛等ノ類貸倉掛ニ於テ其責ニ任セサルヘシ
     第八条
貸倉中天災地変火難其他抗拒スヘカラサル事変ニ付テノ損傷ハ貸倉掛ニ於テ其責ニ任セサルヘシ、尤モ倉掛《(貸脱カ)》ノ不注意ヨリシテ其米穀ノ粉失《(紛)》シタル事アレハ之ヲ償弁スヘシ
     第九条
貸倉掛ハ預リタル米穀ニ対シ二様ノ預リ券ヲ作リ之ヲ預ケ主ニ交附スヘシ
     第十条
右預リ券ハ一ヲ売買用預リ証書ト唱ヘ、一ヲ抵当用預リ証書ト唱ヘ、二枚ヲ聯併シテ預ケ主ニ渡シ置クヘシ
     第十一条
 - 第14巻 p.283 -ページ画像 
右二様ノ預リ券ニハ預ケ主ノ住所・姓名・職業、及ヒ米穀ノ銘柄・石数・俵数等ヲ同一ノ体裁ニテ詳記スヘシ
     第十二条
右二様ノ預リ券ハ預リ主ノ便宜ニ従ヒ一併ニ他人ニ転与シ又ハ分割シシテ《(衍)》之ヲ転与スルヲ得ヘシ、且此預リ券ハ所持主ニ於テ之ニ裏書セシ上ハ甲ヨリ乙、乙ヨリ丙ト順次ニ輪転融通スルヲ得ヘシ
     第十三条
売買用預リ証書ハ其米穀ヲ売買ニ便用シ、抵当用預リ証書ハ典質ニ便用スルモノナリ、故ニ其証書ノ裏書ハ二様トモニ其主義ヲ証スルノ効ヲ有スヘシ
     第十四条
二様ノ預リ券ハ一併又ハ分割スルトモ裏書シテ他ニ転与スルトキハ必ス其渡シ先ノ住所・姓名及ヒ事由売買又ハ抵当ノ義年月日ヲ自記シテ且之ニ調印スヘシ
     第十五条
売買用預リ証書抵当用預リ証書トヲ併有スルモノハ最初ノ預ケ主ニアラサレハ都テ裏書ヲ証トスヘシ何時ニテモ貸倉掛ニ抵リテ其米ヲ受取ルヲ得ヘシ、尤モ蔵敷ハ第六条ニヨリテ過不足アレハ貸倉掛ニ於テ之ヲ清算スヘシ
     第十六条
二様ノ預リ券ヲ所持スルモノ最初ノ預リ主ニテモ又ハ之ヲ買取リタル者ニテモ単ニ其米穀ヲ他ニ売渡ストキハ、売買用預リ証書ニ其事由ヲ記入シ抵当用預証書ヲ副ヘテ併テ之ヲ買主ヘ交付スヘシ、若シ又之ヲ典質セント欲セハ抵当用預リ証書ニ其借用金額・利足割合・返済期限其他ノ事由ヲ詳記シテ之ヲ分割シテ債主ニ交付シ、売買用預リ証書裏面ニモ此借用セシ金額其外ヲ記入シテ手許ヘ残シ置クヘシ
     第十七条
前条ノ手続ヲ以テ其米穀ヲ他ニ抵当ニセシ後ニ其分割シタル売買用預リ証書ヲ以テ其米穀ヲ売買スルハ所持人ノ随意タルヘシ、然レトモ買主ハ其既ニ抵当トシテ借用セシ金額ノ元利ハ此米穀ヲ以テ返償スヘキモノナルニ付、宜シク之ヲ見積リテ其売買ノ代価ヲ決算スヘシ
 但一旦買取リタル人更ニ之ヲ他ニ売渡ストキモ買人ハ本条ノ趣意ヲ了得シテ其代価ヲ決算スヘシ
     第十八条
万一分割シタル売買用預リ証書ノミニテ其米ヲ買取リ相当ノ代価ヲ仕払ヒ、既ニ抵当トナリタル事ヲ了知セサル趣ヲ以テ証書面ノ米穀受取方ヲ申出ルトモ、抵当用預リ証書ヲモ共ニ持参スルニ非レハ貸倉掛ハ其米穀ヲ渡サス、且其苦情ハ受ケサルヘシ
     第十九条
貸倉掛ヨリ発附スル抵当預リ証書ハ殊ニ其米ヲ抵当トシテ金融ヲ為ス所ノ債主ニ対シテ其米穀ノ管保ヲ証スルモノナレハ、若シ負債主即チ其米ノ所持人債主ニ対シテ借用金返済ノ期限ヲ怠リ債主ヨリ其米ノ売却ヲ望ム時ハ、証書裏面ノ約束ニ従テ之ヲ承諾シ、其売買ヲモ公売又ハ私売取扱フヘシ
     第二十条
故ニ抵当用預リ証書ニ裏書セシモノヲ抵当ニ受取リ貸金ヲ為シタル債
 - 第14巻 p.284 -ページ画像 
主ニ《(ハカ)》其証書面ノ米穀銘柄・俵数・石数・所持人ノ姓名・住所最初預ケ主ノ姓名住所等及現在所持人ノ姓名住所共貸附金額返済期限等ヲ詳記シ、貸附ヲ為シタル日ヨリ三日間往復日数ヲ除クニ郵便又ハ直報ニテ貸倉掛ニ報知シ、返金済ノ時モ同シク其事ヲ報知スヘシ
     第二十一条
抵当用預リ証書ヲ抵当トシテ貸金ヲ為シタル人ハ更ニ其預リ証書ヲ以テ他ノ借金ノ抵当ニ供スルヲ得ヘシ、其転質シタル債主ヨリ前条ノ例ニ傚ヒ貸倉掛ニ報知スヘシ
     第二十二条
売買用預リ証書ノミニテ其米穀ヲ買得セシモノ現米ヲ受取ラント欲スルトキ、若シ抵当用預リ証書ノ所有主ヲ知ラサルカ、或ハ之ヲ知ルモ借金返済ノ期限未満ニテ債主ヘ之ヲ返済スルノ協議ヲ遂ケ得サルトキニ於テハ、其借入タル元金及証書裏ニ記載スル約束ニ応シテ期限迄ノ利息トヲ取揃ヘ貸倉掛ヘ完納スレハ其米穀ヲ受取ル事ハ勝手タルヘシ
     第二十三条
万一二様ノ預リ券ヲ粉失《(紛)》セシモノハ其預リ券ニ記載シアル要件ヲ詳記シテ且粉失シタル趣ヲ盗難水難ノ類速ニ貸倉掛ニ申出ツヘシ、貸倉掛ハ篤ト其粉失ノ次第ヲ聞糺シ、且其紛失ノ趣ヲ新聞紙ヲ以テ広告シテ後二人已上ノ確実ナル証人ヲ立テシメ代リ預リ券ヲ作リテ其者ニ交付スヘシ
 但新聞紙ノ広告料ハ紛失セシ者ヨリ之ヲ納ムヘシ
     第二十四条
此規則他日改正増補ヲ要スル事アレハ貸倉掛ノ都合ヲ以テ之ヲ加除《(衍)》ススヘシ、尤モ之ヲ加除セシトキハ速カニ其趣ヲ広告スヘシ、而シテ其加除セシ前日ニ係ルノ取扱ハ都テ従前ノ約束ニ従テ措置スヘシ 終
右展読畢ツテ質問討議アリ、左ニ之ヲ開叙ス
 岩橋議ス、保単二種ヲ造ルハ畢竟詞訟ヲ煩ハスニ至ラン、且証書ヲ逓譲スルハ憲法ニ抵触スルヲ以テ、今此方法ヲ行ハントセハ先ツ其憲条ヲ廃シテ更ニ此保単ノ法ヲ国ノ一ニ置カサルヲ得ス、又此法ノ行ハルヽ時ハ恐クハ其貸方ハ毎ニ借方需用ノ金額ヲ折減セントスルノ情幣《(弊)》ヲ醸成スヘキカ
 渋沢謂フ、果シテ此ノ如キ論見アリ故ニ敢テ展読セシ所ナリ、然而シテ実際施行ノ日ニ至テハ復タ其取捨改正スヘキ所アリ、是ヲ以テ頻ニ討論アラン事ヲ要ス
 岩橋問フ、若シ政府ノ之ヲ施行スルアラハ其倉敷料ハ若何スヘキヤ
 渋沢答フ、倉敷料課収ノ法ハ其建築費ヲ永年ニ償フヘキ目的ヲ以テ宜シク低廉ナル手数料ヲ取リ以テ之ヲ償却スヘシ
 原善三郎議ス、此方法ヲ行フニ当テハ、其変災□防ノ設ケアルヲ要ス、然ラサレハ甲地ニ在ツテ乙地ノ貸倉ニ変災アルヲ知ルヘカラス、因テ此貸倉ニ並ンテ其保険ノ業ヲ起サヽルヘカラス
 渋沢問フ、此等高見アルニ由レハ保単ノ如キハ尚能ク其得失ヲ詳覈シ、並ニ全案ノ要領ヲモ通論スヘキ為メ各位幾数日ヲ期シテ議了セントスルヤ、一週間ヲ与フルカ、又ハ来会ヲ期シ、或ハ臨時会ヲモ設クヘキカ
 岩崎答《(岩橋)》フ、五日間ヲ要ス
 - 第14巻 p.285 -ページ画像 
 又木答フ、十日間ヲ要ス
 渋沢問フ、今日ヨリ二週間ヲ期シ各確議ヲ裁スルモノハ如何、而シテ其限内ニ出ツル者ハ妨ケナシトスヘシ
 衆皆之ニ同ス
右ノ如ク協議スルニ因ツテ各自来ル十八日ヲ期シ第一国立銀行ニ向ツテ其確答ヲ回報シ、第一国立銀行ハ其異同ヲ条別シテ稟牒ヲ整理スヘキ事ニ決定ス
○下略


第一国立銀行半季実際考課状 第九回〔明治一〇年下期〕(DK140027k-0003)
第14巻 p.285 ページ画像

第一国立銀行半季実際考課状 第九回〔明治一〇年下期〕
    ○営業事務ノ事
○上略
一旧来固有ノ物産ヲ盛ナラシムルハ其運搬ノ途ヲ便利ナラシムルヲ要シ、此ヲ便利ナラシムルハ内国各地方ニ就テ貸倉ヲ創設シテ其尤モ運搬ニ艱ム所ノ米穀ヲ管保シ、並ニ其売買質典等ノ便利ヲ開設スルヲ急務トス、依テ択善会即チ銀行集会ノ第五回ニ於テ其方法ヲ撰定シ且此挙ヲ政府ニ於テ施行セラレサレハ銀行一般ノ科業トシテ允准セラルヘキコトヲ欲シ、同盟連署シテ十二月四日大蔵省ニ開申セリ
○下略


渋沢栄一 書翰 大隈重信宛(明治一一年)二月二五日(DK140027k-0004)
第14巻 p.285 ページ画像

渋沢栄一 書翰 大隈重信宛(明治一一年)二月二五日
                    (大隈侯爵家所蔵)
謹白頃日来拝謁之上奉願之事共有之既ニ一昨日も中山より申上置、今朝ハ益田同行参邸之覚悟ニ御坐候処、朝来風邪気ニて何分雨中外出仕兼候ニ付無拠参上不仕候、尤も益田同行奉願候事ハ同人今朝申上候ニ付、既ニ高旨も拝承仕候得共、小生銀行奉願候件々ハ恐悚之至ニ候得共左ニ申上候
華族鉄道組合ヘ御下金之義ハ何卒御聞届被下、且右金を以海上保険会社創立之事御許可被下度候事
通貨拾万円を上納し紙幣抵当公債証書拾万円と当分入替之義御聞届被下度候事
兼而申上置候貸倉方法之義成否之御沙汰奉願候事
割引手形文案を以奉伺候分何卒御聞届被下度事
右等之件々ハ何卒早く《(々カ)》御許允之程奉願候、何れ不日快方次第昇邸尚可奉願候得共、不取敢書中前段達尊聴置度 匆々頓首敬白
  二月廿五日                    渋沢栄一
    大蔵卿閣下


銀行集会理財新報 第八号・第一―三二丁〔明治一一年一二月一六日〕 ○銀行集会第十七回録事(DK140027k-0005)
第14巻 p.285-286 ページ画像

銀行集会理財新報 第八号・第一―三二丁〔明治一一年一二月一六日〕
    ○銀行集会第十七回録事
十二月二日択善会第十七回ノ会同ヲ築地精養軒ニ於テ開設ス、盟主ハ第十四国立銀行(信州松本)会員ハ第十五国立銀行北川亥之作・戸田欽堂、第一同渋沢栄一・三井八郎次郎○中略計三十九名ナリ
○中略
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第四次渋沢栄一ハ「前稟貸倉法創設ニ拠リ再ビ其批裁ヲ要求スルノ議案」及ビ米票旧法彙述ヲ展示シ之ヲ告テ曰ク、該案ヲ議定スルニ於テハ諸位先ヅ彙述ヲ通閲セザルヲ得ズ、乃チ不日其理財新報ニ載スルヲ俟チ熟読ノ後ニ於テ議定スルヲ要スト、衆皆領諾ス(本篇乙号ヲ付シ下ニ載ス)
○中略
(乙)前稟貸倉法創設ニ拠リ再ビ其批裁ヲ要求スルノ議
貸倉ノ方法ハ多ク米穀ヲ産出スル我邦ノ如キ者ニ適当シ、而シテ著大ナル功用ヲ起スベキハ余深ク之ヲ信ズルニ因テ、前ニ其建設ノ方法ヲ擬設シ諸君ノ高評ヲ煩ハセリ○下略



〔参考〕(芝崎確次郎)日記簿 明治十一年(DK140027k-0006)
第14巻 p.286 ページ画像

(芝崎確次郎)日記簿 明治十一年 (芝崎猪根吉氏所蔵)
八日○一月 朝雲午時晴
○上略今朝主人売場ヘ出張○中略
邸ニおゐて主人より蔵方改革之儀御談御座候○下略
   ○中略。
十七日○三月 曇
 本日々曜
○上略小柳町出火、益大火ニ相成直ニ銀行ヘ駈付消防用意致し、主人も御出頭相成御指揮御座候、大火ニ相成蔵所用慎ニ罷帰リ候様御下命ニ付帰ル、彼是十二時頃主君一旦御帰邸、暫時ニシテ大火、夫より再御出頭○下略


〔参考〕(油屋喜兵衛)書翰 渋沢栄一宛(年未詳)五月四日(DK140027k-0007)
第14巻 p.286 ページ画像

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冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

〔参考〕中外物価新報 第八四号〔明治一一年四月一三日〕 東京商況(DK140027k-0008)
第14巻 p.286-287 ページ画像

中外物価新報 第八四号〔明治一一年四月一三日〕
    東京商況
 本社々員の京摂間に在る者より兵庫・神戸・大坂等の商況を筆記して郵送せしものあり、一見空しく筐底に蔵するハ少しく遺憾なきにあらず、因て爰に掲げて諸君参考の一端に供せんとす
  兵庫
○上略
当地貸蔵の夥多なること実に驚く程にして、加ふるに大蔵省に於て常
 - 第14巻 p.287 -ページ画像 
平倉御建設相成るを以て、仮令二三十万俵の現米一時に輻輳するも決して貯蔵に差支あるべからず、而して将来我が米麦の輸出盛大に至らば、内外の米商ハ主として此の地に来り取組を為すへく、湊口の便利も他の比にあらず、大艦にても沖積み等の憂なければ今一層の奮発を以て聊修補を加へバ、我が国第一の米穀互市場とならんこと余の確信する所なり
○下略


〔参考〕中外物価新報 第一五二号〔明治一一年一二月一一日〕 東京商況(DK140027k-0009)
第14巻 p.287-288 ページ画像

中外物価新報 第一五二号〔明治一一年一二月一一日〕
    東京商況
〓ら方今世上信憑の形状を察するに、維新の際諸般の旧慣を破却し一般交際の風を変せしに由り、従前の信憑なるものハ地を掃ひ、明治七八年に至て甚しく其弊を現ハし、小野島田の瓦解も幾分か是に影響せられしものなり、於是か上政府を始め下も人民に至る迄人間の交際に信憑の欠くべからざるを暁知し、就中商估の交際ハ最も信憑の重すべきを覚悟し、自来今年迄纔かに両三年に過ぎずと雖も稍恢復の徴候を見るハ吾輩の大に喜ぶ所なり
然りと雖も此信憑なるものハ特に人に存する無類の信憑にして未物品の信憑なるものあるを見ず、物品の信憑なきときハ荷為換等の要事も開進すべからず、随て一般の商業も振ふべからず、如何となれバ、玆に人あり、何等の物品を所有し東京に来て販売せんと試み、已に其物品ハ到達するも時価の期望に適せざるを以て市上に販売する能ハず、他に商事を営まんとするも、所有の物品を却売し代価を入手せざれバ為す能ハず、於是其物品を某銀行に抵当と為し金融を依頼せんに、其人銀行に年来の交りありて銀行に於て充分其人を信用せバ其依頼の如くすることもあるべしと雖も、今日の形状を以てすれバ十の八九ハ謝絶すること必せり、況や其人其銀行に懇親ならざるに於てをや、是れ今日の信憑ハ特に人に存して、物品を信用すべきの途なきに依れバなり、故に銀行の設立ハ百を以て数ふるに至り其資本ハ千万を以て算ふるに至るも其金額ハ物品と相待て運転する能ハず、遂に其流通に困しみ公債証書を買収して集蒐の資本を空しく飛散せしむるに至る、豈歎せざるべけんや、是れ蓋し一の原由ありて存る故なり
今我が国の銀行なるものハ欧米の如く、或ハ荷為換を専業とし或ハ物品抵当貸を専業とし或ハ普通貸附を専業とする如き分業の体なく、何れの銀行も皆普く銀行の業務を行ふべき体裁なるを以て、若し今日にして物品抵当貸しを為さんとするときハ凡百の物品を一々に鑑別し、又た之を蓄積すべきもの迄全備せざるべからず、是れ銀行者の能すべき処にあらざるなり、故に今日の如く物品に信用を保すべき途なき間ハ到底物品と通貨と相待つて運転するの域に至るべからず、何をか物品の信用を保すべき途と云ふ、曰く貸倉是なり
抑貸倉の売買上に緊要なるハ今更嘖々を要せず、現に仏蘭西にてハ巨大の会社を設立し資本を政府に預けて世の信憑を厚ふし専ら貸倉に従事するものあり、又英京倫敦に於てハ港口税関外の埠頭へ巨大の倉庫を設けて貸倉を為すものあり、此貸倉の為め銀行ハ少しの手数も要せ
 - 第14巻 p.288 -ページ画像 
ずして物品抵当の貸出をするを得、商估ハ少々余分の失費あるも其貸倉の物品を取扱ふや甚信切にして、唯抵当の便あるのみならず之に依頼するときハ物品の揚げ卸し等頗る手数を省くを以て其便益甚大なり我が国の如きも只米一種に於てハ従前藩政の頃稍貸倉に類似の法を行ふものありき、則ち武州忍・江州大津・肥後熊本・出羽庄内等なり、然れども是等の旧様を聞くに多く其倉の預り券を売買し或ハ今日の米商会所に似て非なるものなり、然るも廃藩置県の後、忍・熊本とも廃絶し今其旧様を増損して存するものハ大津並庄内等のみ
然り而して吾輩の所謂貸倉なるものハ如斯ものにあらず、其方法ハ一紙上の尽す所にあらずと雖も、固より米穀の一種に止るべからず、世上百般の物産を取扱ひ物品の信用を保すべきに在り、是敢て至難の業にあらざるべし、今簡略に説明せんに、玆に幾干の資本を募り一会社を結び、物品運搬に緊要の便地を撰で堅牢なる倉庫を建設し(他に資本幾許を官府或ハ某銀行へ預け世上の信用を博取するも亦可なり)物品の鑑別に堪へたるものと之を出入運搬する人夫を使雇し、依頼者の求めに供する而已、而して通常の預り荷ハ其利得蔵敷賃及び出入運搬の賃銀に止ると雖も、若し前に云ふ如く物品を預けて他に金融せんとする依頼者にハ別段の預り券を発附すべし、然るにハ該物品の良否数量斤目等詳細に撿査し、例バ米なれバ米何石此俵何俵の中何俵ハ何斗入何俵ハ何米何斗何升入何俵ハ濡沢手何俵ハ更痛み或ハ虫付等の如き総て之を券面に詳記するなり、故に如何依頼者にハ別に相当の手数料を要すべし、是其会社の所得なり、又依頼者ハ仮令些少の手数料を費すも此預り券を得れバ之を銀行に抵当として金融を謀り得るときハ、其便利決して浅少に非ざるを以て皆悉く此預り券を欲するに至らん、而して銀行者ハ此預り券を抵当に金融せんこと寔に簡便にして(会社の信不信ハ暫らく論せず)物品と通貨と相待て運転し、随て荷為換の事業も進暢せん、是れ則ち物品の信用を保する一大要法なり
聞く、或る紳士ハ嘗て此貸倉の緊急なるに注視し頻りに銀行者に執行せしめんと慫惥せらるゝと、是蓋し他の有志者を待て此挙行を望むも容易に行ハれ難く、寧ろ銀行者を慫惥し之に因て銀行の本務を拡充せんとの画策なるべしと雖も、吾輩の所見を以てすれバ此挙たる決して至難の業にあらず、況や銀行者ハ即ち金融者にして俗に所謂商売敵きなれば其間多少の扞格を生ぜざるを保すべからず、而して貸倉会社なるものハ銀行と商估とを得意として汎く経営するものなれば、吾輩ハ之を銀行者に望まず、却て他の有志者にして是を挙行せんことを欲するなり