デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

3章 商工業
26節 倉庫業
3款 倉庫会社並ニ均融会社
■綱文

第14巻 p.327-342(DK140031k) ページ画像

明治17年8月(1884年)

是ヨリ先、栄一均融会社及ビ倉庫会社ノ経営振興ノタメ尽力スル所多カリシガ、是月均融会社営業振ハズシテ休業、翌年七月倉庫会社モ亦休業ス。


■資料

(均融会社)書翰 取引各銀行宛明治一七年一月(DK140031k-0001)
第14巻 p.327-328 ページ画像

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廻議録 会社明治一七年自一月至四月(DK140031k-0002)
第14巻 p.328-329 ページ画像

廻議録 会社明治一七年自一月至四月(東京府庁所蔵)
(朱書)
第一五一六号
    均融会社定款増補更正願承認ノ儀ニ付伺
均融会社頭取勝部静男より該社定款中増補更正ノ儀、別紙ノ通願出候ニ付、調査候処、差支候廉無之候間、及承認可然哉、此段相伺候条、御指揮有之度候也
  明治十七年二月十四日
            東京府知事 芳川顕正
    大蔵卿 松方正義殿
(以下四行朱書)
第千九百四十二号
伺之通
  明治十七年三月十二日
            大蔵卿 松方正義
    定款改正願
当会社ハ倉庫会社ヨリ発付スル貨物預リ証券ニ限リ、抵当貸付営業致来候処、今般更ニ業務拡張ノ儀、去月十五日株主総会ニ於テ決議仕候ニ付、定款別紙ノ通改正仕度奉存候間、何卒速ニ御許可被成下度、此段奉願候也
     深川区佐賀町二丁目十八番地
                均融会社頭取
  明治十七年二月四日          勝部静男(印)
    東京府知事 芳川顕正殿
    第三章 営業ノ事
第七条 当会社ハ左ニ記載スル物品ヲ支払保証トシ、貸付金ヲナスヲ以テ目的トス
  一倉庫会社貨物預リ証券
 - 第14巻 p.329 -ページ画像 
  一金銀貨
  一各種公債証書
  一株券類
  一銀行並諸会社ノ切手及預証
  但シ末ノ二項ハ其種類ト会社ノ都合ニヨリ貸付ヲ許否スルコトアルベシ
第八条 前条ノ貸附金ハ支払保証品ノ価格ニ拘ハラス、当会社ノ鑑定ヲ以テ相当ノ割減ヲナスヘシ
第九条 当会社ヘ貸附ヲ求ムル者ハ、其金高ヲ記載シ、当会社ヘ宛テタル約束手形ヲ振出サシメ、支払保証品並支払保証品ニ対スル副証ヲ添付セシムヘシ
第十条 約束手形ノ支払期限ハ満三箇月以内トシ、支払保証品ノ模様ニヨリ之ヲ約定スヘシ
第十一条 当会社ハ予テ貸附金ニ対シ取リ置キタル約束手形、及之ニ添付スル支払保証品ト共ニ、取引各銀行ヘ割引ヲ取組ムベシ
第十二条 前条ノ約束手形割引ハ成ル可ク東京横浜銀行為替打合所ニ於テスベシ
第十三条 当会社ハ倉庫会社ニ於テ預リタル貨物ノ価格鑑定ヲ精密ナラシムル為メ、予テ同会社ニ照会シテ常ニ鑑定方ヲ派出シ置クヘシ
第十四条 倉庫会社貨物預リ証券ヲ支払保証トシテ貸附金ヲ為シタルトキハ、当会社ハ速ニ其金高期限利足割合及貨物預リ証券ノ番号借用主ノ住所姓名等ヲ、倉庫会社ノ規則ニ照ラシ、同会社ヘ届ケ置クベシ、其返済アリタル時モ亦同ジ
第十五条 当会社ハ前ニ列記スル条々ヲ除クノ外ハ、如何ナル場合アルトモ決シテ他ノ貸附金ヲ為シ、又ハ約束手形ヲ振出スベカラサルハ勿論、一切他ノ事業ニ関係スヘカラス
第十六条 当会社ノ営業ハ此定款ニ拠テ之ヲ頭取取締役ニ委任スヘシ
原第十六条ヲ第十七条ニ改メ
原第十七条ヲ改正第十八条中祝日ノ下(日曜日)ノ三字新加
原第十八条ヲ第十九条ト改メ
原第十九条ヲ第二拾条ト改メ
原第二十条ヲ第二十一条ト改メ
原第二十一条ヲ第二十二条ト改メ
第二十三条ヨリ第二十九条迄原文ノ通
第三拾条中(第三十九条)ヲ(第四十条)ト改正
第三拾一条以下原文ノ通リ


委員決議 明治一六年―明治二二年(DK140031k-0003)
第14巻 p.329-330 ページ画像

委員決議 明治一六年―明治二二年(東京銀行集会所所蔵)
明治十七年二月二日 銀行集会所(印)
 委員(印)栄一(印)(印)
二月九日
割印
  今般均融会社業務拡張ノ為メ定款並営業規則等改正ニ付、同盟各行ヘ照会之次第モ有之候ニ付、更ニ各行連署ヲ以テ日本銀行ヘ御依頼按御廻議申上候也

今般均融会社業務拡張致度趣ヲ以テ定款並営業規則改正按相副別帋写
 - 第14巻 p.330 -ページ画像 
之通照会有之、其要旨ハ手形流通之利便ヲ増加スルモノト相見ヘ候間承諾之旨回答仕候、然ル処去十四年十一月該会社開業之砌各銀行ヘ請求廉書中割引手形期日前ニ支配候節《(払カ)》ハ前払打歩ノ内其翌日ヨリ期日迄ノ分日割ヲ以テ返戻致呉度トノ一項有之、元来該会社ニ於テハ貸付期限前ト雖トモ返金アルトキハ速カニ抵当品ヲ還付スヘキ筈ニ付、随テ割引取組先ヘ直チニ其支払ヲナシ抵当品引戻シ候モ当然之儀ニテ、若シ其請求ニ応セサルトキハ該会社ヲシテ打歩ノ損失ヲ被ラシメ候儀ニシテ事実無余義次第ニ付右請求承諾仕置候処、此度該会社業務拡張致候トキハ自然割引取組モ増加可致、因テハ予テ御聴許被下候通銀行ヘ再割引相願候儀モ多少増加可致儀ト奉存候ニ付テハ、前陳該会社請求ニ対シ承諾仕置候事情御諒察被成下、今後該会社ヨリ割引ノ手形ニ限リ同盟各銀行ヨリ再割引相願期日前御支払申上候節ハ、其翌日ヨリ期日迄ノ打歩ハ御返戻被成下候儀ハ相協申間敷哉、右ハ手形性質ニ於テハ御聞届難被成下御儀ニ可有之ト奉存候得共、既ニ該会社ヘハ打歩返戻之約有之候事故、自然御行ニ於テ此御払戻之義御許允無之候ハヽ今後割引増加致候トモ各銀行多数ノ余金有之候時ノ外ハ其需ニ応シ兼候情況モ相生シ、独リ同盟各銀行ニ於テ打歩損失ヲ顧慮仕候ノミナラス終ニハ手形取引ノ端緒ヲ起スヘキ冀図ヲモ杜絶セシメ候様可相成ト奉存候間、右等ノ情状御諒察之上、此手形ニ限リ特殊之御評議ヲ蒙リ度此段連署ヲ以テ御依頼申上候也
  明治十七年二月 日      第一国立銀行外 行連署
    日本銀行総裁宛
  追テ均融会社ヘ差入候抵当品所有主其貨物売買ノ都合ニヨリ臨時引出シ候砌割引取組中ナルトキハ、価格並預リ期限トモ前品ニ下ラサル他ノ預リ証券ヲ以テ引換候儀ハ予テ稟請仕置候得共、右ハ倉庫会社貨物預リ証券ノミニ付テノ儀ニ付、今後該会社業務拡張ニヨリ増加可致抵当品目即チ支払保証品ニ於テモ亦前同様引換之義御允諾ヲ蒙リ度、此度副テ稟請仕候也(東京、銀行集会所)


委員決議 明治一六年―明治二二年(DK140031k-0004)
第14巻 p.330-331 ページ画像

委員決議 明治一六年―明治二二年(東京銀行集会所所蔵)
明治十七年二月廿六日           銀行集会所(印)
                (印)
 委員 栄一(印)
        (印)
均融会社割引手形打歩之義ニ付第一外廿五行連署日本銀行ヘ御依頼相成候処、別帋之通回答有之候ニ付供回覧候也
  追啓連署各行ヘハ本日臨時集会ニ於テ報道可仕候
                    (東京、銀行集会所)
(朱書)
第三九五号
(墨書)
本月九日付ヲ以均融会社手形本行ニ於テ再割引ヲ為シタルモノ其期日内ニ於テ仕払相成トキハ日割ヲ以テ割引料払戻方之義ニ付、該会社定款及営業規則改正按相添御照会之趣致披見右期限内ニ於テ手形金額仕払之義取引不致ハ一般ノ事ニ候得共、今回ノ御請求ハ御配慮之情実も有之次第ニ付此際其手形割引日数半ヲ過キタルモノニ限リ(但シ日数半又ハ十日未満ハ本文之限ニ無之候)御請求ニ応シ割引料日割ヲ以テ其手形ヲ売戻候様可致、然レトモ本行金融之都合ニ依テハ或ハ御請求
 - 第14巻 p.331 -ページ画像 
ニ応シ難キ場合モ有之候間予メ御承知相成度候、右御回答およひ候也
                 日本銀行総裁 (総裁之印)
  明治十七年二月廿三日          吉原重俊(印)
    第一国立銀行
    三井銀行
    第三国立銀行
    第二国立銀行
    第七十四国立銀行
    第五国立銀行
    第二十国立銀行
    第二十七国立銀行
    第三十三国立銀行
    第六十国立銀行
    第百十九国立銀行
    川崎銀行
    第十三国立銀行支店
    第百国立銀行
    安田銀行
    第三十二国立銀行支店
    第百七国立銀行支店
    第百十二国立銀行支店
    第四国立銀行支店
    第十国立銀行支店
    第二十八国立銀行支店
    第六十三国立銀行支店
    第八十九国立銀行支店
    第十九国立銀行支店
    第九十三国立銀行支店
      頭取支配人御中
 尚々御追啓ヲ以テ御照会之割引取組中仕払保証品引替ノ義ハ、均融会社定款第七条ニ記載有之保証品第一項ヨリ第三項ニ至ル品目ニシテ、其価格等前品ニ下ラサルモノニ有之候得ハ、御依頼ニ応シ交換可致候、此段申添候            (日本銀行)


渋沢栄一 書翰 萩原源太郎宛(明治一七年)四月四日(DK140031k-0005)
第14巻 p.331 ページ画像

渋沢栄一 書翰 萩原源太郎宛(明治一七年)四月四日 (萩原英一氏所蔵)
○上略
均融会社より申出候手形取扱ニ付廉書之文字ハ朱字之方ニて可然と存候
○中略
  四月四日
                   渋沢栄一
    萩原源太郎様


第一銀行京都支店所蔵文書 青淵翁名義書類五(DK140031k-0006)
第14巻 p.331-332 ページ画像

第一銀行京都支店所蔵文書 青淵翁名義書類五
 - 第14巻 p.332 -ページ画像 
    甲申京摂巡回日記
六月○明治一七年廿一日 雨
朝八時ノ滊車ニ駕シテ神戸ニ趣ク、三ノ宮駐車場ニ至レハ長谷川氏来リ迎フヲ以テ共ニ支店ニ至リ、相伴フテ小野浜造船所ヲ一覧シ、桟橋新築ノ模様及倉庫築造工事ヲ歴覧シテ後一洋食亭ニ於テ午餐シ、更ニ兵庫出張所ニ至リ事務取扱方及諸帳簿ヲ点検シ、倉庫融通両会社ノ支店ニ至リテ事務ノ景況ヲ見聞シ、海浜ヲ歩シテ兵庫倉庫ヲ一覧シ、湊川ヲ過キ楠公社ニ詣シ、午後四時神戸支店ニ帰リテ行務ノ各項ヲ検査ス、北風正造来話ス、検査畢テ午後七時諏訪山常盤楼ニ一宿ス


東京銀行集会所半季実際考課状 第九回・第一―八頁明治一七年七月一日―一二月三一日(DK140031k-0007)
第14巻 p.332 ページ画像

東京銀行集会所半季実際考課状 第九回・第一―八頁明治一七年七月一日―一二月三一日
                  (東京銀行集会所所蔵)
    同盟銀行諸集会決議及報道ノ事
一八月十五日第四十五回定式会ニ於テ○中略
 又均融会社営業休止ヲ告ケタルヲ以テ、予テ手形取引所同盟銀行ヨリ手形再割引等ノ事ヲ日本銀行ヘ請求シタルヲ以テ、今般該社ノ休止ニ至リタル旨ヲ申報スヘキコトニ議決セリ
 前項均融会社営業休止ヲ告ケタルカ為メ、乃チ倉庫会社頭取支配人等本日此会席ニ出頭シテ均融会社営業休止ノ事情及従来両社取引シタル実際ノ状況ヲ縷述シ、而シテ倉庫会社ヨリ手形取引所同盟銀行ニ将来請求スル所ノ取扱方廉書ヲ提出シ之ヲ聴容センコトヲ委頼セリ、因テ委員ハ其請求書ヲ以テ逐条衆員ノ意見ヲ問ヒ、乃チ衆議ヲ経テ竟ニ同社請求ノ大体ニ応スヘキコトニ帰シ、其節目ニ至リテハ多少考按ヲ異ニスルモノナキニアラサルヲ以テ、更ニ熟考ヲ経テ回答スヘキコトニ決定セリ
一九月九日手形取引所同盟銀行集会ニ於テ前項倉庫会社請求廉書ノ節目ニ渉リ大ニ討議スル所アリテ竟ニ脩正増補ヲ加ヘ、更ニ同社ヘ照会シ並ニ日本銀行ヘモ稟議スヘキコトニ議決セリ
○中略
一十月廿九日同盟銀行臨時集会ニ於テ○中略
 又本年八月中倉庫会社ヨリ手形取引所同盟各銀行ヘ請求セシ其割引取組方法ハ之ヲ取消ニ付シ、更ニ荷主直接ノ取引ニ改ムヘキヲ以テ其廉書ヲ添ヘ更ニ請求有タル旨ヲ報道シテ其来書ヲ宣読セリ、而シテ此件タル当時日本銀行ヨリ大蔵省ヘ手形使用ノ方法ヲ以テ稟候中ナル趣ニ付、其指令ヲ得ルノ時ヲ俟テ倉庫会社ヘ回答ス可事ニ決議セリ


集会録事 明治一五年一月―明治一九年一二月(DK140031k-0008)
第14巻 p.332-333 ページ画像

集会録事 明治一五年一月―明治一九年一二月
                  (東京銀行集会所所蔵)
    第四十五回定式集会録事
明治十七年八月十五日月番第百十九・第六十三支店ノ二行盟主トナリ同盟第四十五回ノ定式集会ヲ万町柏木亭ニ開キ、左ノ事項ヲ談論シ議竣テ晩餐ヲ了シ八時下一同退会ス
 但当日ハ倉庫会社ヨリ手形取引処同盟銀行ヘ其取引上ノ義依頼ノ廉
 - 第14巻 p.333 -ページ画像 
有之、同社ヨリ頭取小島信民・支配人梅浦精一出席セリ
    会員
 第一国立銀行以下一同列席
○中略
次ニ均融会社都合ニヨリ営業休止候旨通知有之タルニ付テハ、手形取引処同盟銀行ヨリ日本銀行ヘ右ノ趣報道スヘキ旨ヲ協議シ、一同之ニ同意セリ
前項ノ如ク均融会社営業休止ニ付テハ倉庫会社ヨリ手形取引処同盟中江廉書ヲ以テ請求有之候、即チ其請求ノ旨趣及手続等ハ親シク同社頭取支配人ヨリ弁明スヘキ為メ爰ニ小島・梅浦ノ両氏出席セラレタル旨ヲ告ケ、乃チ梅浦氏ヨリ均融会社営業休止ノ事情及従来同社ト取引シ来リ候商買実際取引《(マヽ)》ノ状況ヲ演述シテ、廉書ノ通聴容アランコトヲ乞ヘリ
此ニ於テ委員渋沢氏ハ其請求廉書ノ逐条ニ渉リ衆員ノ意見ヲ問フニ、甲論シ乙駁シ談論稍々時ヲ移シ而シテ後チ遂ニ其大体ハ同社請求ニ応スヘキコトト為シタレトモ、其節目手続等ニ至リテハ多少考按ヲ異ニスル向モ有之ニ付、更ニ熟考ヲ加江其上回答スヘキ事ニ議セリ、已上


集会録事 明治一五年一月―明治一九年一二月(DK140031k-0009)
第14巻 p.333 ページ画像

集会録事 明治一五年一月―明治一九年一二月
                  (東京銀行集会所所蔵)
    臨時集会録事
明治十七年十月廿九日午後第四時ヲ期シ臨時集会ヲ日本橋区万町柏木亭ニ開キ議竣テ晩餐ヲ了シ午後第八時下一同退会セリ、詳録左ノ如シ
    出席員
第一国立銀行   渋沢栄一
○中略
  計弐拾五行
   不参各行 三井・七十四・百拾弐・第六・第十・八十九 〆六行
 合計参拾壱行
                  銀行集会所
                      山中譲三
○中略
次ニ倉庫会社ヨリ手形取引書同盟各銀行其割引取組方《(所)》ノ件ニ付本年八月中ノ請求ハ取消シ、更ニ荷主直接ノ取引方ニ付廉書相添請求之アリタル旨ヲ報シ且其来書ヲ朗読セシメ、而シテ之レカ回答ハ当時手形使用ノ件ニ付日本銀行ニ於テ大蔵省ヘ伺中ニ付其御指令ノ摸様ニヨリ更ニ協議ノ上決スヘキ旨ヲ報道シ、一同之ヲ承諾セリ、已上


中外物価新報 第八三一号〔明治一七年八月一二日〕 ○均融会社(DK140031k-0010)
第14巻 p.333 ページ画像

中外物価新報 第八三一号〔明治一七年八月一二日〕
○均融会社 追々不景気の余響にや、又ハ曾て東洋銀行閉店の余波にや、東京の均融会社ハ随分の損失を来たしたるとかにて株主中に苦情を唱ふるもの多く、不得已近日解社するやに聞きぬ


中外物価新報 第八三二号〔明治一七年八月一四日〕 ○倉庫会社(DK140031k-0011)
第14巻 p.333-334 ページ画像

中外物価新報 第八三二号〔明治一七年八月一四日〕
 - 第14巻 p.334 -ページ画像 
○倉庫会社 均融会社の解社に及バんとする由ハ、前号にも記載せしが、右と共に起り毎に密接の関係を有したる倉庫会社も同様の厄運に罹り、役員中にハ同会社ハ均融会社と違ひ全国の首府たる東京にハ尤も必用のものなれバ、是れのみハ継続せんと頻りに尽力する人もあれど、何分前号にも記るしたる如く横浜港の株主ハ異議を唱へ、実地必用と認むる以上ハ横浜ハ横浜にて別に一社を設くる旨を主張し居り話しも纏らざる模様なれバ、折角の会社も均融会社と共に亦閉店するならんと云ふが、実に然らバ誠に惜しき事共なり


東京経済雑誌 第二二八号・第二五一―二五二頁〔明治一七年八月二三日〕 ○倉庫会社及均融会社(DK140031k-0012)
第14巻 p.334 ページ画像

東京経済雑誌 第二二八号・第二五一―二五二頁〔明治一七年八月二三日〕
    ○倉庫会社及均融会社
深川に在る倉庫会社及均融会社の社運近来漸く衰微し、均融会社ハ既に株主総会の議決を以て閉鎖することとなり、倉庫会社も株主中に紛議起りて維持甚だ困難なる由ハ、既に諸新聞の報道せし処なるが、今日両社が斯る不幸に立至りたる原因に就てハ、浮説紛々として未だ確かなる報道を得ざりしに、頃日右に付一報を投するものあり、其大要に云く、元来倉庫会社ハ創業日猶浅くして業務未だ繁栄せず、深川本店にて預る処のものハ重に米麦綿糖の類にして、横浜支店にて預るものハ大抵生糸類なりしが、是とても些細の保管料と手数料とを収めて営業することなれバ、別段過分の利益も見へざりしを以て、同社に関係ある人々ハ別に均融会社なるものを設けて、専ら倉庫会社の預り証券を抵当として貸附を営み、一ハ以て荷主に金融の便を与へ、一ハ以て倉庫会社を幇助せんと企てたるに、同意者多くして遂に同社を設立したるハ昨春の頃なりき、斯くて均融会社の設立以来ハ荷主等多少の便益を感じたるにや、倉庫会社の預り品も稍々増加し、均融会社の貸附業も漸次繁栄に趣くべき見込立ちけれバ、今春均融会社にてハ倉庫会社の預り証券のミならず、金銀貨・公債・確実の株券・銀行諸会社の切手及預り証券を抵当として貸附を営まんことを其筋へ請願し、且つ二三の便法を設けて借主に便益を与へんことを計画し、以て大に業務を拡張せんことを勉められたり、然るに右の計画未だ実施の運びに至らざるに、東洋銀行の閉店あり、丸家銀行の支払を停止するあり、此等商海の動揺によりて均融会社の損失せしもの少からず、東洋銀行閉店の為めにハ預ケ金を損失し、丸家銀行停業の為めにハ同銀行の無限責任にして均融会社と組織を同くするに就き、株主の恐怖心を生じ随て信用を損することあり、加之該会社が利益を導くの本源と頼みし横浜にてハ、正金銀行が低利を以て貸附を営むに至りしかバ、之が為めに金融を該社に依頼する者殆んと絶無と云ふべき有様に立至れり、是に於て株主総会を開き、大に其存廃を協議したるに、左なきだに無限責任の為めに恐怖せる株主なれバ、種々の異論を発して終に之を閉鎖することとハなれり、均融会社と輔車唇歯の関係ある倉庫会社ハ固より利益少き会社にして、均融会社の保庇に頼りて、僅かに生存するものなれバ、同会社にして既に解社と決せし上ハ、争で倉庫会社のみ独り生存し得んや、今日該社の閉鎖に垂んたるハ、全く均融会社の解社に因るものにして他故あるに非さるなり
 - 第14巻 p.335 -ページ画像 


渋沢栄一 書翰 萩原源太郎宛(明治一七年)九月一一日(DK140031k-0013)
第14巻 p.335 ページ画像

渋沢栄一 書翰 萩原源太郎宛(明治一七年)九月一一日
                  (萩原英一氏所蔵)
倉庫会社条例之義ニ付浄書類御遣し被下落手仕候、御手数万謝之至ニ候、右原稿ハ手許ニ扣置度候間御写取之上御返し可被下候、且日附ハ今月今日名宛ハ品川農商務大輔へ内呈せし義ニ候、為念申上候
手形之義ニ付復申案ハ次会之議決を要し候由、就而ハ下問之件二件有之候ニ付本月廿日過廿二日頃ニ開会仕度と存候、其議案ハ右下問二件と此復申案ニ候間可然御取計可被下候
○中略
  九月十一日
                    渋沢栄一
    萩原源太郎様


中外物価新報 第八四六号〔明治一七年九月一六日〕 ○東京倉庫会社(DK140031k-0014)
第14巻 p.335 ページ画像

中外物価新報 第八四六号〔明治一七年九月一六日〕
○東京倉庫会社 同社も均融会社と共に閉店するとの風聞ありし為め曾てその旨を記載し又倉庫会社ハ存すべく廃すべからずとの論題を掲げ卑見を陳べし事ありしが、此頃聞く所にてハ同社の支配人梅浦精一並に株主渋沢栄一の両氏をハじめ諸氏の周旋尽力にて依然その業務を継続することとなり、各銀行よりハ三十万円の金を醵出しその融通を助くる由の内約も已でに整ひし旨にて、業務の方法等も改正し愈々盛大に営業すると云ふ、実に同社ハ商業社会に在て欠くべからざるものなれバ、是れより益す進んで其功用を逞ふし、我が今日の商估をして同社の必要なるを実験せしむるに至らんことを偏に望む所なり
   ○右中外物価新報ノ記事ハ其ママ東京日日新聞第三八三五号(明治一七年九月一八日)ニ転載シアリ。


東京経済雑誌 第二三二号・第三八〇頁〔明治一七年九月二〇日〕 ○東京倉庫会社(DK140031k-0015)
第14巻 p.335 ページ画像

東京経済雑誌 第二三二号・第三八〇頁〔明治一七年九月二〇日〕
    ○東京倉庫会社
東京倉庫会社は均融会社と共に閉店する由の風聞ありて、既に本誌にも其由を掲けしことありしか、尚ほ聞く所に拠れは、同社支配人梅浦精一氏・株主渋沢栄一氏等の尽力に因り、其業務を継続することとなり、各銀行よりハ三十万円の金を拠出し、其融通を助くる由の内約も既に整ひしと云ふ
   ○東京倉庫会社ハ倉庫会社ノ通称ナルガ如シ。


中外物価新報 第八五一号〔明治一七年九月三〇日〕 ○倉庫会社(DK140031k-0016)
第14巻 p.335 ページ画像

中外物価新報 第八五一号〔明治一七年九月三〇日〕
○倉庫会社 大坂中之島の同会社ハ事業日を逐ひ盛大ニ赴き最早今迄の倉庫にてハ不足を告るの有様なれバ、今度同社西手の地所へ本社並びに倉庫六棟を新築するに決し其坪数ハ四百四十坪なりと(以上東京日日新聞)云ふが、流石に商人の淵藪とも呼バるゝ大坂丈けの事ありて早くも倉庫会社の功用を験みし会社をして進盛の勢を取らしむるもの歟、之に引換へ日本第一の都会なる東京の商人にして未だ遍く倉庫会社を利用するに至らざるハ何事ぞや
 - 第14巻 p.336 -ページ画像 


(芝崎確次郎)日記簿 明治一七年(DK140031k-0017)
第14巻 p.336 ページ画像

(芝崎確次郎)日記簿 明治一七年(芝崎猪根吉氏所蔵)
廿八日○一二月 晴
 休日
 今夕ハ例年之通リ御邸ニテ忘年会御催ニテ銀行重立候モノ不残亦商工会・倉庫会社・集会所・製紙会社・製銅会社各員其外共合テ三十八人来客大盛会ニ御座候、芸人ハよし原の俄連・円朝・菊太夫・清瀬太夫、柳橋・よし原大小芸妓大勢参リ候事


渋沢栄一 書翰 萩原源太郎宛(明治一八年)四月二五日(DK140031k-0018)
第14巻 p.336 ページ画像

渋沢栄一 書翰 萩原源太郎宛(明治一八年)四月二五日
                  (萩原英一氏所蔵)
○上略
倉庫条例復申書案ハ一覧之上更ニ可申上候、右ニ付御下問案も御廻し被下正ニ落手仕候
○中略
  四月廿五日
                    渋沢栄一
    萩原様


中外物価新報 第九六四号〔明治一八年六月二三日〕 ○神戸の近況(DK140031k-0019)
第14巻 p.336 ページ画像

中外物価新報 第九六四号〔明治一八年六月二三日〕
○神戸の近況○上略
又同港ハ近年輸出入品とも次第に増加し来り、是迄ハ横浜に来りて買入れを為せしものも皆神戸居留の外商より買入るゝ等大に繁昌の摸様となれり、又兵庫の米問屋にて旧家なる某と倉庫会社金融会社と丁度過日東京深川に起りし如き一大紛紜を生じ、倉庫金融の両社ハ其の迷惑も少なからぬ由にて、其れが為め地方の荷主へも損失を掛くる等随分の騒動なりしと云ふ、実に地方の荷主達ハ累年の不景気より各自商売に損失を為せし上、東京兵庫等にてまた斯る不幸に遭ふとハ如何なる不運なるや、去れバ吾々が曾ても記るせし如く地方より送り荷を為すものハ其依托する問屋を稍々注意して撰ぶべき事にこそ


東京経済雑誌 第二七六号〔明治一八年八月一日〕 ○倉庫会社(DK140031k-0020)
第14巻 p.336 ページ画像

東京経済雑誌 第二七六号〔明治一八年八月一日〕
○倉庫会社 彼の深川廻米問屋騒動に関係ありし同所倉庫会社も、此程の総会にて愈々休業の事に決したる由なり
   ○深川廻米問屋ノ騒動云々ハ十八年五月四・五日頃ヨリ起リ十五・六日ニ至リ大騒動トナリシ深川区万年町米問屋等ノ信用恐慌ヲ称ス。蓋シ当時蔵保守ヲ兼ネタル某米問屋カ汽船会社ニ対シ荷為替付ノ米穀貨物ヲ内金ノミニテ受渡ヲウケ、之ヲ倉庫会社ニ預ケ、倉庫会社ノ預リ証書ヲ得テ之ヲ抵当ニ銀行ヨリ資金ヲ借リヰタル関係ガ暴露シ、銀行・倉庫会社・廻漕会社ノ三者ノ間ニ縺レヲ生シ、ヒイテ当時同様手段ニヨリ資金ノ廻転ヲハカレル米問屋数軒ノ破綻ヲ見ルニ至レルナリ。(東京経済雑誌第二六八号〔明治一八年六月六日〕・同書第二六六号〔明治一八年五月二三日〕記事ニ拠ル)


中外物価新報 第一〇〇五号〔明治一八年八月一四日〕 ○東京倉庫会社(DK140031k-0021)
第14巻 p.336-337 ページ画像

中外物価新報 第一〇〇五号〔明治一八年八月一四日〕
○東京倉庫会社 同会社の事ハ曾て屡々中外物価新報に論したること
 - 第14巻 p.337 -ページ画像 
ありしが、一朝轗軻の障りに遇ひしよりも兎角滑動の運転を失ひ何事も思ふ様に廻り兼、株主諸氏ハ色々と維持の計画に尽力したれども竟に見込も立たざるにや、今度ハ多分解社して均融会社も共に閉店するならんと云ふ、商業社会に欠くへからさるの要具にして殊に日本の首都たる東京に斯の会社を闕んとするハ吾々の最も惜む所になん


松方家文書 第二号之三四 【倉庫会社御保護願】(DK140031k-0022)
第14巻 p.337-338 ページ画像

松方家文書 第二号之三四 (大蔵省所蔵)
    倉庫会社御保護願
                            私共儀
去明治十五年中当府下ニ倉庫会社ヲ設立仕候趣旨ハ、当時其御筋ヘ開陳仕候通リ、貨主ヨリ委托スル商品ヲ保管シ、之ニ向テ預証券ヲ発付シ、以テ其売買又ハ抵当ノ用ヲ弁達スルノ目的ニ有之、然ルニ右預証券ヲ利用スルノ道ハ、専ラ手形取引ノ拡充ニ可有之義ト存候ニ付、傍ラ均融会社ナルモノヲ設立シテ、以テ右預証券ヲ仕払保証トシテ手形割引ノ一法ヲ開キ貨主ニ向テ金融ノ便ヲ与ヘ来リ候処、爾来商業者ニ於テ漸ク其便利ヲ感受シ、倉庫会社ニ向テ貨物ヲ委托スルモノ其数次第ニ増進致シ来リ候得共、熟々其実況ヲ観察仕候ニ、倉庫会社ヘ貨物ヲ委托スル者ハ、偏ニ金融ノ利便ヲ達スルノ一方ニ傾キ、終ニ倉庫会社・均融会社ヲ同視シテ、貸附専業者ト誤認スルノ姿ニ立至リ、大ニ当初創設ノ趣旨ニ相反シ候ニ付、昨明治十八年八月中均融会社ノ業ヲ廃停シ、倉庫会社ヲシテ独立ノ体面ヲ全フセシムル様種々計画仕候得共、元来当市場ニ輻輳スル貨物ハ、概ネ皆産地ヨリ荷為替ヲ以テ輸送スルモノナルニ付、府下到着ノ後ト云トモ、均シク金融ノ便ヲ得サレハ、随テ倉庫会社ヘ委托スル処ノ貨物其数減少可仕ハ必然ノ勢ニシテ殊ニ倉庫営業ノ如キハ、其収益只倉敷料ノ一途ニ止リ候処、従来府下諸問屋ニ於テハ、貨主ヨリ委托スル貨物ニ対スル収益ハ、其販売手数料又ハ口銭ヲ目的トシ、倉敷料ニ至リテハ其割合極メテ低下ニシテ、恰モ之ヲ算外ニ置クガ如キ姿ナルカ故ニ、今倉庫会社ニ於テ遽カニ倉敷料ヲ引上ケ候義ハ、実際得テ行フヘカラサル処ニ有之、即チ現今ノ会社ハ此等種々ノ事情ト習慣トニ制セラレ、未タ其実用ヲ発揮スル能ハス、所謂窮途ニ彷徨スル有様ニ御座候、惟フニ倉庫営業ノ商業地ニ必要ナルハ、猶金融運輸ノ二業ノ如ク、互ニ鼎立シテ商業取引ノ便益ヲ幇助スルモノナルカ故ニ、欧米諸邦苟モ貨物ノ集散稍ヤ頻繁ナル地方ニ於テハ、到ル処其設立ヲ見サルナク、政府モ亦相当ノ保護ヲ与ヘテ之ガ隆盛ヲ企図セラルヽ趣承及候、今ヤ我国ノ如キハ内外商業次第ニ進歩シ、貨物ノ集散比年其数ヲ増加スルノ景況ヲ呈シ、自今倉庫営業ノ益々必要ナルニ至ルベキハ必然ノ勢ニ御座候、然ニ方今我国倉庫営業ノ現況ハ只ダ旧慣ニ因依シ、其貨物保管ノ方法ニ至リテハ殊ニ粗脱ヲ極メ、偶々会社ノ施設有之モ、前陳ノ如ク種々ノ事情ト習慣トニ制セラレ、其組織正確ナラサルヨリ、之ガ証券ニ拠リテ貸付金ヲ為シタル者ハ、往々不測ノ損害ヲ蒙リ、為メニ商業取引ノ途ヲ壅塞スルコト少カラズ、実ニ慨歎ノ至ニ御座候、就テハ此該営業ニ関スル一般ノ条例御制定相成候共、直正確実ノ倉庫営業成立致候儀ハ無覚束コトト奉存候間、前陳ノ情況御賢察ノ上、今般私共発起仕候会社ニ向テ、別
 - 第14巻 p.338 -ページ画像 
紙記載ノ通リ特別ノ御保護被成下度、尤モ右御特許相成候上ハ、其営業ノ要項ハ御省ヨリ御命令書ヲ以テ御指示被成下、百事之レニ遵由シテ経営可仕奉存候、依之別紙相添、此段奉願候也
                倉庫会社株主五拾六名総代
  明治十九年一月             梅浦精一
                      小島信民
                      朝吹英二
                      馬越恭平
                      渋沢作太郎
                      平沼専蔵
                      茂木惣兵衛
                      原善三郎
                      安田善次郎
                      原六郎
                      渋沢栄一
    農商務大臣 谷干城殿
  別紙
第一項 倉庫会社ノ資本金ハ百万円ト定メ、私共ニ於テ其三割即チ三拾万円ヲ引請、残七割即チ七拾万円ハ本支店設立ノ場所ニ於テ募集可仕候事
第二項 右資本金百万円ノ内、開業ノ際其弐割ヲ募集シ、開業後凡一ケ年間ニ尚三割ヲ募集シ、其残額ハ追而営業上ノ都合ニヨリ漸次募集可仕候事
第三項 右募集資本額ニ対シ、営業上ノ純益年八朱ニ満タサル時ハ、此割合迄御補給ノ儀向十ケ年間御保証被成下度候事
第四項 右募集金額ノ内十分ノ三ヨリ四迄ヲ倉庫家屋等ノ建築資本ニ供シ、残十分ノ六ヨリ七迄ヲ公債証書ニ換ヘ、営業保証トシテ政府ヘ御預托仕度、尤最初募集ノ資本金ハ先ツ営業上必要ナル倉庫家屋等ノ建築費用ニ充テ、後々募集スル金額ヲ以テ公債証書ニ換ヘ候様可仕候事
第五項 倉庫会社ノ本店ハ東京ニ置、横浜・四日市・石ノ巻・秋田・酒田・新潟其他商業枢要ノ場所ニ於テ、支店ノ設立ヲ要スルトキハ其都度稟請ノ上御允許被下度候事
第六項 倉庫会社ニハ特許命令書ヲ御下附被下候様仕度、而シテ右本支店設立御許可有之候地方ニハ、他ニ同種会社ノ設立ヲ御允許不相成様御規制被下度候事
第七項 倉庫会社ハ有限責任トシ、負債弁償ノ義務ハ資本額限リト相定メ申度候事
第八項 倉庫ノ制限営業ノ方法等ニ付テハ、相当之取締法ヲ御施設被下、且特ニ其管理官ヲ置カレ、十分御監督被下侯様仕度候事
  以上
   ○右請願ノ許可セラレシカ否カ確証未ダ得ズ。蓋シ政府ヨリ倉庫会社設立ニツキ特許命令書発セラレズ、会社再興セザリシモノノ如シ。
   ○本款明治十五年七月二十八日ノ条(第二九五頁)参照。
 - 第14巻 p.339 -ページ画像 


中外物価新報 第一二七四号〔明治一九年七月八日〕 ○深川米問屋の抵当品(DK140031k-0023)
第14巻 p.339 ページ画像

中外物価新報 第一二七四号〔明治一九年七月八日〕
○深川米問屋の抵当品 昨年の五月下旬頃深川の米穀問屋某が日頃たくらみし奸計の馬脚を露ハしたるを手始めとし、其他四五間の米穀問屋蔵保守等が行ひたる種々の悪計の露顕したるより大に東京の米商社会の恐慌を引起し一時物議騒然たりしの事情ハ已に其頃の紙上に記せしが、此程其抵当品に関係ある第一・第八・第四十二・第七十七・第百の国立銀行並に倉庫会社等一同立会の上封印を切て橋本清右衛門の蔵を改めたるに、其中にハ米六千俵余と小麦・大小豆合せて五千俵余ありし由、然れども名にしおう封印の儘にて丸一年を越したる事なれば米麦大小豆とも非常に品傷みを生じ、何れも掌に載せて吹けば飛ぶやうになりし故、米ハ一円に付二斗五升より三斗位、小麦ハ七斗二升大豆ハ五斗五升、小豆ハ三斗位に減価し、各銀行とも損毛の上ハ塗りを為したる勘定なりと云ふ


中外物価新報 第一三一八号〔明治一九年八月二八日〕 ○倉庫会社設立の計画(DK140031k-0024)
第14巻 p.339 ページ画像

中外物価新報 第一三一八号〔明治一九年八月二八日〕
○倉庫会社設立の計画 今回府下の有志者数名が発起人となり株金を募集して広大なる倉庫会社を設立し、本店を東京に置きて支店を大坂神戸兵庫及び横浜等に設け、此等の地方に於ける貨物保管事務ハ特例を以て該社一個の専有に帰せしめられたき趣意にて既に其筋へ出願に及びたりと云ふ、先年当府下に倉庫会社の設立せられたりしも何かの事情に由て昨年来ハ殆んど全く休業してあれども世の用に立たず、此の首府に一の倉庫会社なきハ実に商業上の一欠典なれば成るべく速に一大倉庫会社の設立を見たきものなり、併し専有特権を附与して倉庫会社を起さしむるが如き事ハ其筋に於ても勿論せられざる所なるべきが、吾々も斯かる事にハ賛成するを得ざるなり


中外物価新報 第一三七三号〔明治一九年一一月二日〕 ○倉庫会社創設願ハ叶ハず(DK140031k-0025)
第14巻 p.339 ページ画像

中外物価新報 第一三七三号〔明治一九年一一月二日〕
○倉庫会社創設願ハ叶ハず 倉庫会社を創設して本店を東京に置き支店を全国各要地に設け荷預り等の倉庫事務ハ、全く此一会社に掌握せしめらるゝ丈けの特許を得度と其筋へ出願せしものある由ハ嘗ても報道したる所なるか、斯かる専権を一会社に許すべしとハ吾々の期せざる所なりしが、果して吾々の予期したる通り其筋に於てハ此程愈々許可し難き旨を以て願書を却下せられたりと云ふ


中外物価新報 第一四一一号〔明治一九年一二月一八日〕 ○倉庫条例(DK140031k-0026)
第14巻 p.339 ページ画像

中外物価新報 第一四一一号〔明治一九年一二月一八日〕
○倉庫条例 其筋に於てハ近々倉庫条例を制定せらるゝ由にて目下該草案編纂中なりと云ふ


渋沢栄一 書翰 原六郎外七名宛 明治一九年一一月二六日(DK140031k-0027)
第14巻 p.339-340 ページ画像

渋沢栄一 書翰 原六郎外七名宛明治一九年一一月二六日
                      (株式会社第一銀行所蔵)
(別筆)
拝啓仕候陳者是迄倉庫会社ニ係ル訴訟事件者頭取小島ノ名義□《(ニ)》テ成リ立チ居リ候処、此度該社廃業候ニ付テハ頃日決議之通リ残務委員一同ニテ担当可致筈ニ御坐候得共、右事件取扱方ノ儀ハ是迄ノ手続詳知致
 - 第14巻 p.340 -ページ画像 
居候者ニ無之候而ハ不都合不少儀ニ付、残務委員中ヨリ小島・梅浦両人ヘ右訴訟事件終局ニ至ル迄一切ノ取扱方ヲ委任致候方便宜ト存候ニ付、右御同意ニ候ハヽ御名前ノ下ヘ御小印被下度、此段得貴意度如此ニ御坐候也
  明治十九年十一月廿六日          渋沢栄一
    原六郎様
    安田善次郎様
    原善三郎様
    茂木惣兵衛様
    平沼専蔵様
    渋沢作太郎様
    朝吹英二様
    馬越恭平様


渋沢栄一 書翰 安田善次郎外七名宛明治二三年八月(DK140031k-0028)
第14巻 p.340 ページ画像

渋沢栄一 書翰 安田善次郎外七名宛明治二三年八月
                    (株式会社第一銀行所蔵)
(別筆)
拝啓各位益御清適奉賀候□《(然)》者旧倉庫会社残務取纏メ方之義、頃日残務委員総代ヨリ回議ノ通リ二十及三井両銀行ヘ対シ示談ノ上代償金引渡方相済ミ候処、其後に至リ第百銀行ヨリ上告訴訟費金四百拾参円四拾銭ノ請求突然相生シ残務結了差支候趣申出テ有之、然ルニ前陳ノ通リ会社有金悉皆右両銀行ヘ引渡済ミノ今日ニ於テ如何ニモ出金ノ道無之去迚各株主ヨリ逸々徴集致シ候儀ハ実際困難ト存候付、不得止御同様ニ於而右分担出金ノ上残務取纏方相付候様致度、右御同意に候ハヽ御一分御出金有之候様冀望仕候、元来右残務取扱方ノ儀ハ、別紙ノ通リ小島・梅浦両人ヘ御一同ヨリ委任致候儀之処、今日ニ至ル迄両人共彼是非常ニ尽力有之候儀ハ実際承知被致居候付、御一同ヨリ右委任ノ廉ニ対シテハ此際相当報酬ノ儀モ御相談致度存候得共、前陳ノ次第ニシテ其運ニモ致リ兼如何ニモ気ノ毒ニ存候付、小生より御一同ニ代ハリ書面なり共一応挨拶致候様取計申度、是亦併セテ得貴意度如此御坐候也
  明治二十三年八月
                       渋沢栄一
    安田善次郎様
    原六郎様
    原善三郎様
    渋沢喜作様
    平沼専蔵様
    茂木惣兵衛様
    朝吹英二様
    馬越恭平様


渋沢栄一 書翰 安田善次郎外七名宛(明治二三年月日未詳)(DK140031k-0029)
第14巻 p.340-341 ページ画像

渋沢栄一 書翰 安田善次郎外七名宛(明治二三年月日未詳)
                    (株式会社第一銀行所蔵)
(別筆)
拝啓過日御廻議申上候旧倉庫会社残務整理ニ係ル訴訟入費金四百拾参円四拾銭之義者、各位ニ於ても其一分を御出金可被下事に御承諾相成
 - 第14巻 p.341 -ページ画像 
候に付而ハ其九分ノ一即金四拾五円九拾参銭参厘宛梅浦氏ヘ御払込被下度候、且同時ニ御相談申上候小島・梅浦両氏ヘ之謝状者拙生より一書差出申候間左様御領意被下度候
右之得御意度 草々敬具
                       渋沢栄一
    安田善次郎様
    原六郎様
    原善三郎様
    渋沢喜作様
    平沼専蔵様
    茂木惣兵衛様
    朝吹英二様
    馬越恭平様
 追而拙生之負担額ハ已ニ梅浦氏ヘ払込申候間此段為念申進候也


渋沢栄一 日記 明治一九年(DK140031k-0030)
第14巻 p.341 ページ画像

渋沢栄一 日記 明治一九年
    京坂巡回紀行
明治十九年十二月八日午前六時四十分深川邸ヲ発シ、七時新橋駐車場ニ抵リテ滊車ニ搭ス
○中略
此夜湯本ニ於テ陸奥宗光氏・原善三郎氏ニ書状ヲ裁ス○中略
佐々木勇之助ヘ古河銅ノコト、梅浦精一氏ヘ横浜倉庫会社家屋ノコト益田孝氏ヘ仏書反訳ノコト等ニ付郵書ヲ発ス
○下略


倉庫会社訴訟覚書(DK140031k-0031)
第14巻 p.341-342 ページ画像

倉庫会社訴訟覚書 (渋沢子爵家所蔵)
東京始審裁判所ヘ初審
  上告人ヨリ起訴  明治十八年六月十五日
  被上告人ヨリ答弁 同 十九年六月廿二日
   裁判      同 十九年十一月廿二日
    掛官 柳田直平殿
東京控訴院ヘ扣訴
  被上告人ヨリ扣訴 明治十九年十二月八日
  上告人ヨリ答弁  同 二十年一月十三日
   才判      明治二十年七月十五日
    掛官 裁判長 三坂評定官
       専理  津村評定官
大審院上告
  上告人ヨリ上告  明治廿一年三月六日
       答弁  同    五月八日
   才判      同    七月廿五日
    才判官掛長 岩谷評定官
大阪控訴院ヘ審判願
  被上告人ヨリ審判願 明治廿□《(虫クヒ)》年九月三日
 - 第14巻 p.342 -ページ画像 
      答弁   同    十月九日
   才判      同    十二月廿八日
    才判長 飯田評定官
大審院再上告
  上告人ヨリ上告  明治廿二年二月 日
       答弁  同    八月十日
                     (横浜倉庫会社用箋)


竜門雑誌 第二三〇号・第一頁〔明治四〇年七月二五日〕 ○新事業解散に就て(青淵先生)(DK140031k-0032)
第14巻 p.342 ページ画像

竜門雑誌 第二三〇号・第一頁〔明治四〇年七月二五日〕
    ○新事業解散に就て(青淵先生)
 此篇は先生が時事新報記者の懇請に応じて談話せられし所にして同記者が之を筆記し六月二十八日の該紙上に掲げしものなり
新事業幾多の難関 近来折角企てたる新事業の中止若くは解散を希望する方が甚だ少なくないやうに承知致します、自分も時節柄其情を酌量せぬ訳ではない、けれどもが理に於ては御同意なりと申上ぐる程の勇気を持たぬ、自分等が多年の経験に依れば、如何に前途有望なりと属望せる事業でも扨て着手して見ればナカナカ当初目論見通りの利益を挙ぐる能はざるのみか、中には欠損に欠損を重ねて左しもに忍耐強き当業者が殆ど匙を投げんと迄意気沮喪したる事業でさへ、マアマア辛抱が肝腎なりと云ふて、経費の節約をするやら製品の改良を工夫するやら刻苦経営の結果、人造肥料事業なり煉瓦事業なり麦酒なり倉庫業なり、其他有らゆる事業皆幾多の難関を切抜けて始めて成功の彼岸に達し、最早今日に於ては株主に対し相当の配当を為し得るやうになつた次第で御座ります、是れは自分等の経営したる事業のみならず、世間の事業多く然りと云はねばならぬ