デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

3章 商工業
28節 貿易
9款 蚕卵紙輸出問題
■綱文

第14巻 p.627-636(DK140068k) ページ画像

明治10年6月1日(1877年)

是日栄一、益田孝・原善三郎ト共ニ蚕種会議局委員宛ニ書翰ヲ送リ、前年蚕種紙輸出ノ成績宜シカラズ、且ツ欧洲ノ蚕病減退ノタメ日本産蚕卵紙ノ需用減少セルヲ以テ其輸出ニ期待スルコトナク製産ノ制限ニ努ムベキ旨ヲ勧告ス。


■資料

蚕種景況広告 第一―一三頁(DK140068k-0001)
第14巻 p.627-630 ページ画像

蚕種景況広告 第一―一三頁
    渋沢氏外二氏ヨリ報知書
各位愈御清暢被成御勤務奉賀候、陳者昨年来種々御助力被下候御国蚕種売却並予備方法ノ儀ハ、敢テ徒労ニ属シ候訳ニモ無之哉ニ候得共、詰リ充分之効験不相立、折角御配意被下候厚志ニ対シ、却テ慚愧相増申候、就テハ右取扱之景状ハ別紙報告書並計算書差上候間御詳知被下度、将又本年之現況モ爾来承及候処ニテハ、頻リニ製種望人相増シ候由、弥以其望ミニ応シ蚕種出来候ハヽ、其弊害ハ昨年之比ニアラズシ
 - 第14巻 p.628 -ページ画像 
テ、実ニ底止スル所ヲ知ルベカラザル事ト奉存候、生輩モ昨年ニ懲艾仕候間、最早方案之生スベキ様モ無之、只々断念仕候得共、亦以テ将来之得失迄モ恝然スル能ワザルニ付、敢テ婆心申添ヘ候、何卒各位之御尽力ニテ、精々其製造ヲ減少セシメ、幾分ノ弊害ヲ除却候様御配算有之度、依テ別紙相添ヘ此段申進候也
  明治十年六月一日            渋沢栄一
                      益田孝
                      原善三郎
    蚕種会議局
      委員御中
    明治九年製造蚕種調書
一蚕種百九拾万〇三千四百〇八枚  全国現製高
 但原紙百九拾三万四千弐百三拾壱枚勧業寮ヨリ御払下ノ内残紙三万〇八百弐拾三枚引
   内
 百拾七万四千六百四拾六枚    蚕種会議局改済横浜入港ノ分
    此内
  壱万三千七百六拾五枚     内国用トシテ引戻シノ分
  九拾九万弐千三百九拾七枚   海外輸出高
     此内訳
   拾三万五千枚        下村善太郎梅原親固外国エ持渡リノ分
   凡三万三千枚        日本商人輸出之分
   八拾弐万四千三百九拾七枚  全ク外商人エ売込高
   拾六万八千四百八拾四枚   蚕種貸附所抵当流込ノ分
     此内訳
   拾六万七千六百九拾六枚   各県ヘ内国用予備トシテ配賦高
   七百八拾八枚        此分ハ悪種ニ付廃物トシテ配賦セサル分
  小以締
七拾弐万八千七百六拾弐枚 内国用高
 但前記内国用引戻シ壱万三千七百六拾五枚並ニ抵当流込ノ内各県ヘ配賦高拾六万七千六百九拾六枚ヲ内国用ト見做シ本文ノ員数ヘ合計スルトキハ九拾一万〇弐百弐拾三枚トナル

本邦昨年蚕種貿易ノ事情ハ、内国ノ製造額モ甚タ多キニ過キス、加ルニ外国蚕業ノ凶歉ニ際スレハ、其価格ハ概子我カ商估ノ望ミヲ達シテ外商ノ購求スルハ少ナカラサルヘシト想像セシカ、豈計ンヤ其期ニ至リ、絶ヘテ売買ノ気色ナク、彼我塁ヲ対シテ互ニ虚実ヲ窺フモノヽ如ク、我商賈ノ困迫ヲ取ルコト実ニ言フヘカラスシテ、其然ル所以ノモノハ伊仏ノ商人ハ当年彼レカ歉ニ際シ、我レノ豊ヲ仰クヘキニ当リ、若シ其蚕種ヲ競売《(買)》セントセハ、価位必ス騰昂シテ制限スヘカラサルニ至ラントスルヲ思量シ、相契約シテ其買入レニ着手セス、延ヒテ其価ノ低下スルヲ待チ、機ニ投シテ之ヲ占買センコトヲ計ル者ニ似タリ、而シテ我カ商賈ハ概ム子久耐ノ気力乏シキト、資産堅実ナラサルトニ由ツテ、其術中ニ陥ラントセシカハ、吾儕之ヲ傍看スルニ忍ヒスシテ
 - 第14巻 p.629 -ページ画像 
尚其情実ヲ究メテ、回護ノ方策ヲ設ケ、官ニ請フテ之ヲ施行シ、以テ売售ノコトヲ拮据セシカ、幸ニ気色ヲ起シ、価位モ漸ク騰リ、初メテ売買ノコトヲ開キシモ、奈何セン其供給ノ数ハ需用ノ度ニ踰ルヨリ、竟ニ充分ノ売買ニ至ラスシテ、吾儕ノ方策モ全効ヲ顕ハスヲ得ス、商估モ各失望セシハ寔ニ慨歎ノ至リニ堪ヘサルナリ、此際又吾儕ノ方策ニ基キ、其残売ノ蚕種ヲ輸出センコトヲ計リ、其精良ノモノヲ択ンテ買収シ、合高拾六万八千余枚ヲ将ツテ、遠ク伊国ニ赴クモノアリシカ今其報道スル所ヲ聞クニ、同国ノ養蚕家ハ窃カニ望ミアツテ少シク売買モ行ハレシカ、時ニ金融渋滞シテ一般工作ノ資本ニ乏ク、加ルニ我カ要スル価位ノ高度ナルト、品物ノ多キトヲ以テ、是亦十分ノ目的ヲ達セサリシハ、更ニ痛惻ニ堪ヘサルナリ、然而シテ全体残売ノ蚕種、我儕ノ手ニ流込トナリタル数ハ十六万八千四百八十四枚ニシテ、或ハ明年ノ原蚕種ニ欠乏ノ憂ヒアルモ計ルヘカラサレハ、更ニ官府ニ請フテ其蚕種ヲ全国ノ府県ニ播布センコトヲ計リ、直チニ府県ニ向ツテ之ヲ逓送セシカハ、地方官モ深ク吾儕ノ微衷ヲ嘉納シ、大ニ其挙ヲ賛成セラレタリト雖トモ、是亦十分ノ需用ヲ得スシテ、其廃棄ニ属スルモノ少ナカラスシテ、又如何トモスルナキニ至レリ、是ニ由テ之ヲ観レハ、吾儕回護ノ方案ハ曾テ当ラサルニアラスシテ、且其多少売買ニ係ルモノハ、皆此方策ノ範囲ヲ外レスト雖トモ、結局十全ノ望ミヲ達セスシテ、我カ蚕業ニ一般ノ幸福ヲ与ヘサリシハ、吾儕深ク遺憾ト為シ又悚惧ノ至リニ堪ヘサル所ナリ、此ニ因ツテ今吾儕ハ更ニ蚕業家ニ向ツテ一片ノ婆心ヲ忠告シ、以テ今年再ヒ覆轍ヲ踏マサランコトヲ切望ス、抑我邦開港以来蚕種貿易上ノ窮通一ナヲ《(ラ)》スシテ、其鑑ミ遠カラスト雖トモ、猶遠大ノ長策ニ務メス、目前ノ小利ニ溺ルヽヨリ、需用ノ度ヲ計ラスシテ各製出ノ多キヲ致シ、加ルニ其多数ナル品ヲ以テ十分ノ利益ヲ占メント欲スレハ、其価位ノ低下シテ己カ望ミニ足ラサルノ理ヲ悟ヲ《(ラ)》ス、尚熱中競売セントシテ、竟ニ損敗ヲ招キ、美良ノ国産ヲ芥屑ト等シク廃棄スルニ至ルモ、其実ハ損セサル所ニ損シ、求メテ其望ミヲ失フ者ニシテ、已ニ本年ノ如キモ、吾儕ノ聞ク所ハ、其原紙要求ノ数殆ント四百三拾万枚ノ多キニ至レリト、是ヲ昨年ニ比スレハ実ニ一倍ノ上ニ出テタリ、如此ニシテ復タ外出ノ利ヲ望マントセハ、其害ノ生スル処果シテ何ノ点ニ至ランコトヲ知ルヘカラス、吾儕ハ此事ヲ以テ今日ヨリ悲歎ノ情ニ勝ヘサルナリ、願クハ各家此理由ヲ猛省シテ、今年ノ蚕事ハ相共ニ痛ク製出ノ数ヲ減少シ、以テ所謂損セサル所ニ損シ、求メテ其望ミヲ失フノ轍ニ陥ラサランコトヲ、依テ昨年ノ蚕種製造調書ト府県ヘ逓送セシ会計表トヲ添ヘテ、吾儕ノ微衷ヲ陳述シ併セテ前日ノ無効ヲ謝ス、冀クハ諸君愿諒セヨ
  明治十年六月一日            渋沢栄一
                      益田孝
                      原善三郎
   ○内国予備蚕種需用廃棄高一覧表略ス。

    伊太利亜美蘭府在留富田氏ヨリ通信ノ写摘要
 当国蚕種販商之状勢ハ、逐次開申仕候通、気配不相進ヨリ無余義成
 - 第14巻 p.630 -ページ画像 
行ニ随ヒ、精々売却方ヲ相勉メ、騰貴ヲ期望仕居候処、豈料此程ヨリ価格却テ堕落シ来リ、昨今ハ平均凡六仏之低位ニ立至リ、買人寥寥殆ント其跡ヲ絶ントスルノ情況ニ至リ、衆説変転シ、或ハ本年輸入之高ハ当国需要之高ニ過シト云、或ハ農家之資金不融通ヨリ飼養之数ヲ減縮セシニ因ルト云、既ニ昨年之形情ハ本月六七日頃ヨリ価格騰貴ニ赴キ候由、本年ハ最早其期ヲ過キ、尚堕落之状勢ニ候上ハ価格騰貴ノ時機ハ期シ難キ而已ナラス、該品商販之形状ハ最下之点ニ降下セシ義ト被存候
一現時尚当国内ニ売レ残リ候蚕種紙ハ概算弐拾万内外之由ニテ、内拾万ハ即本邦二商之所持ニ係リ、余之拾万ハ尚当国商人之手ニ存在候次第ニ付、目今之状形ハ独本邦二商之失望而已ナラス、当国商人ノ所見モ総テ錯誤候義ト被察候事ニ候
一今日ヨリ尚蚕種発生之季節迄ハ、凡十五日乃至二十日之間合モ可有之ニ付、唯此上ハ原価並諸費等ノ当否得失ニ不拘、一向価格之成行ニ随ヒ、売捌ノ外有之間敷ト決定仕候得共、此後価格一仏以下ニ迄低落致間敷トモ難保、若シ一仏以下売捌キ候テハ、今回渡来商人ノ失体ハ勿論、且此後之販売上ニテ幾分之障害ヲ相遺可申哉ニ相考ヘ本年ノ損失ハ実ニ無余義次第ニ付、尚景況ニ依リテハ預メ価格定限ヲ立テ、其已下ニ堕落セシ時ハ、残品ハ抛棄セシメ、将来渡来之国商之為メ地歩ヲ遺シ置候方可然哉ト、一同商議中ニテ、右議決之次第並此後之景況ハ尚後便申上候様可仕候
 右近況申上度如此候也
  明治十年四月十日於米蘭
○会議中決定印紙料十分ノ一会議局維持歩金御給与之儀願上候処、御聞届不相成、書面御下ケ相成候事
○原紙買受高各組ヨリ其紙数報知有之候様、先般及通知候処、未タ各地ヨリ通信無之ニ付、右買受紙数報知候様、更ニ各組ヘ達スル事
 右之件々及広告候也
  明治十年第六月             蚕種会議局
    各府県下
     組々正副頭取御中


(鈴木利亨)書翰 渋沢栄一宛(年未詳)四月一一日(DK140068k-0002)
第14巻 p.630 ページ画像

(鈴木利亨)書翰 渋沢栄一宛(年未詳)四月一一日 (渋沢子爵家所蔵)
拝啓陳ハ一昨日御嘱托之趣ヲ以在伊富田冬三ヘ別紙甲印之通電報およひ候処、本日乙印之通返報有之候間則訳文トモ御廻し申上候、右返報之趣ニテハ過日来之報告トハ案外之相違如何ニも異敷事ニ奉存候、併不取敢御廻申上候義ニ候間、尚御考案も可有之歟示諭被下度奉存候
                          匆々敬具
  四月十一日
                      鈴木利亨
    渋沢栄一様


(原善三郎)書翰 渋沢栄一宛(年未詳)三月二日(DK140068k-0003)
第14巻 p.630-631 ページ画像

(原善三郎)書翰 渋沢栄一宛(年未詳)三月二日 (渋沢子爵家所蔵)
今朝者樋口登久次郎ヲ以押付ケ間敷御融通相願候処、速ニ御聞済被下
 - 第14巻 p.631 -ページ画像 
洋銀預ケ合紙幣弐万円御渡し被下正ニ落手仕候、御安心可被下候、承リ候得者昨日より撿印御出張之趣嘸々御手数之儀与奉遠察候、御繁多も不顧押而相願候趣実ハ恐縮仕候得共昨夕申上候通洋銀之引換相嵩ミ無余儀次第ニ付、御腹立無之様不悪御承引奉願上候
一明三日御廻章ニ付而夕三時迄ニ出頭相伺可申候、其節御礼可申述候也
  三月二日
                      原善三郎
    渋沢栄一様

横浜沿革誌 (太田久好著) 第一九一頁〔明治二五年七月〕(DK140068k-0004)
第14巻 p.631 ページ画像

横浜沿革誌(太田久好著) 第一九一頁〔明治二五年七月〕
○上略
同年○明治一〇年蚕種紙売買ノ景況ハ前年稍良結果ヲ得シヨリ横浜港輸入ノ総額百五拾八万余枚ニ達シ、外国人ノ之カ購買ヲ約スルモノ殆ント稀ナリ、蚕種商大ニ困難昼夜寐食ヲ忘レ東西ニ奔走シ、恰モ狂顛ノ如ク競テ売却セントスルモ、外国人ハ愈々束手傍観シテ其挙動ヲ推測スルノミ、玆ニ於テ売込商明治八年以来重ナル売込商ハ蚕種ニ関セス及各地方荷主集議ノ末蚕種摺潰ヲ為シ減額センコトニ決定シ、横浜公園ニ於テ三拾壱万弐千四百弐拾壱枚ヲ竹箆ニテ摺落ス拙劣ノ業ナレトモ原紙ヲ助クルノ法ナリ其減額施行以来漸ク売買ニ着手シ、総計九拾万三百六拾四枚ヲ売込、尚残余三拾七万千四百〇五枚ハ内国用トシテ積戻シタリ
○下略


開港と生糸貿易 (藤本実也著) 中巻・第五二七―五二八頁〔昭和一四年一〇月〕(DK140068k-0005)
第14巻 p.631 ページ画像

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〔参考〕開港と生糸貿易 (藤本実也著) 中巻・第五二八―五三五頁〔昭和一四年一〇月〕(DK140068k-0006)
第14巻 p.632-636 ページ画像

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