デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

5章 農・牧・林・水産業
1節 農・牧・林業
1款 柳林農社
■綱文

第15巻 p.471-480(DK150060k) ページ画像

明治7年1月(1874年)

栄一、渋沢喜作・古河市兵衛・福田彦四郎等ト共ニ柳林農社ヲ興シ、栃木県芳賀郡柳林村ノ地ヲ開墾シテ養蚕・製茶ノ事業ヲ行フ。八年一月小野組閉店ニヨツテ古河市兵衛脱社ス。


■資料

渋沢子爵家所蔵文書 【柳林農社 柳林農社申合略則】(DK150060k-0001)
第15巻 p.471-473 ページ画像

渋沢子爵家所蔵文書
  柳林農社
    柳林農社申合略則
養蚕製茶ハ現今開産中ノ要品ニシテ国家富殖ノ枢機トス、然リ而シテ其洪利ヲ興スヤ素ヨリ勉強耐忍ノ能ク致ス所ト云トモ、抑亦其事ニ熟達シテ土宜ノ適ヲ得ルニアラサレハ徒労其効ヲ見ル能ハサルニ至ラン玆ニ下毛芳賀郡絹水東涯ノ地タルヤ土壌膏腴ニシテ最モ養蚕ノ便地タリ、而シテ瀕年水害ノ烈シキト土民ノ未タ養蚕ニ習熟セサルトニヨリテ棄テ之ヲ空漠ニ附ス、苟モ開産ニ志アル者豈之ヲ憂惜セサルヲ得ンヤ、於是乎吾儕相共ニ商量協議シテ本郡柳林村内ニ於テ若干ノ地ヲ購入シ、以テ養蚕製茶ノ業ヲ開キ共同ノ公利ヲ興シテ国恩ノ万一ニ報酬セントス、乃チ此農社ヲ設立シテ其処事ノ節目ヲ略定スルコト如左
  第一条
此社ノ名称ハ柳林農社ト称スヘシ、蓋シ其地名ト営業トニ拠レハナリ
  第二条
此社ノ業ハ生糸・蚕卵・製茶ノ三科トス
  第三条
此社ノ資本金ハ先ツ金壱万円ト定メ、之ヲ十株ニ分チ一株ヲ金千円トシ、而シテ其株主ニ連ナル者ハ左ノ人名株高ノ通リタルヘシ
 弐株 渋沢栄一 弐株 渋沢喜
 弐株 古河 弐株 福田
 壱株 細野 壱株 渋沢才
  第四条
此社開業初歩ノ年限ハ差向明治七年ヨリ明治十二年マテノ五ケ年間ト定メ、満期ノ時ハ社中ノ協議ニヨリテ更ニ之ヲ論定スヘシ
 但此期限ニ至リ脱社セント欲スル者ハ第 条ノ手続ニ従フヘシ
  第五条
社業ノ現務ハ社中開農養蚕熟達ノ者一人ヲ撰挙シ、之ヲ支配人トシ百事担当調理セシムヘシ
 但社長其外ノ役員ハ追テ社中ヨリ之ヲ撰挙スヘシ、尤モ開農ニ関ス
 - 第15巻 p.472 -ページ画像 
ル傭夫又ハ手代等ハ支配人ノ考案ニヨリテ之ヲ雇入ルヘシ
  第六条
支配人社業ヲ調理スルハ別冊ノ開業概算書ニヨリテ順次其事務ヲ取リ行フヘシ
  第七条
株高壱万円ノ中金八千円ハ別冊開業概算書ノ通五ケ年間開業着手ノ諸費ニ充テ、残リ弐千円ハ追テ製茶業ノ器械購入等ノ諸費ニ充ツヘシ
  第八条
株金集合ハ毎年一月二十五日迄ニ支配人ニ於テ其年ノ諸入費高見積書ヲ詳記シ之ヲ社中ニ廻覧シ、社中承諾ノ上其撿印ヲ受ケ其年分ノ出金高及出金日限等ヲ公定シ、株主ハ右割合ニ従ヒ期限通リ株金ヲ出金スヘシ
 但支配人ニ於テ取扱ヒタル壱ケ年間ノ実際諸費仕払高右見積高ヨリ多クシテ集合金不足スレハ、支配人ハ其次第ヲ社中ニ稟議シテ臨時出金ヲ乞フヘシ、若又実際ノ諸費見積リ高ヨリ減少シテ残金アレハ之ヲ翌年ノ諸費ニ加算シテ其計算ヲ為スヘシ、尤モ支配人ハ此壱ケ年間ノ諸費見積書ヲ作ルニハ可成丈実際ノ仕払ト差違ナキ様注意シテ其取調ヲ為スヘシ
  第九条
支配人ニ於テ此社ノ開業諸費ヲ仕払フニハ其費用ノ区分ヲ左ノ四項トシ最初ノ開業概算書第六条ノ別冊並年々ノ諸費見積書第八条毎年一月二十五日迄差出ス分ト照準シテ其遣払ヲ為シ、都テ之ヲ詳記シテ其計算ヲ誤ラサルヘシ
 第一項 地所買入桑茶笛木代価
 第二項 蚕室建築費並其他ノ家屋
 第三項 農具・養蚕器具・製茶器械ノ類ニテ往々其社ニ現存スル器具ノ代価
 第四項 支配人給料・諸傭夫給料、其他紙・墨・筆・薪炭・書状賃等ノ類ニテ其時々消滅スル費用ノ分
 但支配人ハ毎年ノ諸費ヲ此四項ニ類別シ其年ノ合計ヲ為シ、其計算ヲ正クシテ之ヲ社中ニ廻覧シ、社中ノ撿印ヲ受テ大切ニ庫中ニ蔵メ置クヘシ
  第十条
社業永続ノ年期ハ予メ限ルヘカラスト云トモ、開業初歩ノ年期ヲ第四条ノ通五ケ年間ト議定セシニ付而ハ、右年限中株主ハ自己ノ都合ヲ以脱社スルヲ得ヘカラス
  第十一条
若シ右年限中不得已コトアリテ脱社セサルヲ得サル株主アラハ、社中衆議ノ上夫マテ出金シタル株金割戻シ方ハ、第九条ニ記シタル第一項ヨリ第三項マテノ諸費ニヨリテ社中ノ有物ヲ調査シ、之ヲ時価相当ノ代価ニ見積リ、総株主ノ出金高ニ配当シテ其脱社ヲ望ム株主ノ所有部分ヲ按算シ、合高ノ中三割減ヲ以テ社中ヘ買受ルモノトシテ、他ノ株主ヘ配当シテ之ヲ引受ケヘシ
 但第四項消費ノ分ハ此見積リ計算ニ加ヘサルヘシ、モシ又株主ノ中其持株ヲ他人ニ譲リ渡シ度者アレハ、書面ニテ社中ニ申込、其承諾
 - 第15巻 p.473 -ページ画像 
ノ上ハ之ヲ譲替ユルコトヲ得ヘシ、尤モ其譲替ユル者社中不同意ナレハ其譲替ハ見合ハスヘシ
  第十三条《(二)》
開業年期五ケ年中養蚕製茶其外ニテ新墾地ニテ開作ス雑穀ノ類収獲《(穫)》ノ品アレハ支配人ハ遺漏ナク之ヲ収集シテ社中ヘ報告シ、其金ハ株高ニ応シテ社中ヘ分配スヘシ、尤モ発起ヨリ三ケ年間ハ多ク費用而已ニテ収獲ナキ筈ナレハ社中収獲品ノ売捌方法ハ、四ケ年ノ初ニ於テ更ニ集議ノ上其順序ヲ決定スヘシ
  第十三条
支配人ノ給料ハ開業着手此申合略則ヲ決定スル月ヨリ三ケ年間ハ一年ニ付金弐百円ト定メ社中ヨリ支給スヘシ、尤四ケ年目ヨリハ前条収獲物品売捌方法ト共ニ社中ノ集議ヲ以テ社中収獲高ノ部分中ニ於テ割合ヲ定メ、年給ノ外ニ之ヲ支給スヘシ
  第十四条
社中ノ損益ハ都テ株高ニ従テ配当スルコト勿論タルニ付、株主ハ此社ニ対シ其持株丈ノ権利ヲ有スヘシ
  第十五条
開業年期相満テ後社中相満レハ社中集議ノ上開墾セシ桑茶田ハ相当ノ割合ヲ以テ株高ニ応シ之ヲ各株主ニ分割シ、家作諸器械類ハ時価ニ従テ其代価ヲ積リ公売又ハ私売ヲ用ユルトモ其時ノ都合ニ従フヘシ其金高ヲ以テ株高ニ配当シテ此社ヲ解キ此申合規則ヲ廃スヘシ、若シ又此社中ノ集議ニ於テ更ニ年限ヲ定メ此申合規則ニヨリテ此社ヲ永続セント欲スルモ勝手タルヘシ、モシ又株主中ニテ若干ハ脱社シ若干ハ此社ヲ永続セントスルトキハ其永続ヲ望ムモノニテ脱社ヲ望ムモノヨリ家作・諸器械等ノ分ヲ時価ニ従テ之ヲ引受ケ且配当ノ地所モ其協議ニヨリテ之ヲ引受クヘシ
  第十六条
開業年期中他人ヨリ此社ニ加入ヲ望ムモノアルトモ資本金ノ限額アレハ之ヲ引受ケサルヘシ、併シナカラ相対ノ示談ヲ以テ株主中ノ株高ヘ加入スルカ、又ハ株高ノ幾分ヲ譲替スル等ノコトハ社中承諾ノ上ハ便宜之ヲ取扱フヘシ
  第十七条
万一此年限中開業ノ目途違却イタシ永続ノ見据ヲ失スルコトアレハ、株主中ノ集議ヲ以テ其節現存スル地所家作其他ノ器具ヲ売払ヒ公売私売トモ其時ノ都合ニ従フヘシ其代金ヲ以テ株高ニ配当シテ此社ヲ廃スヘシ
  第十八条
此申合規則他日実際ニ於テ不都合ノ件アレハ社中集議ノ上増損改正スヘシ
右十八条ヲ協議決定シタル証トシテ左ノ連名ノ者各其姓名ヲ自記シ且調印イタシ候也
 ―――――――                 ―――――――
                         ―――――――
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渋沢子爵家所蔵文書 【明治八年一月 日 柳林農社/明治八年三月二日 大蔵卿】(DK150060k-0002)
第15巻 p.473-474 ページ画像

渋沢子爵家所蔵文書
 - 第15巻 p.474 -ページ画像 
私共申合之上昨明治七年一月ヨリ栃木御県下ニ於テ柳林農社ヲ創立致シ一同之協議ニ由テ別紙申合略則ヲ相定夫々出金仕候処、其節小野組古河市兵衛儀モ右株主中ニ相加リ割合之通出金可致筈ニテ、既ニ第一回・第二回ニテ高金六百八拾円出金仕候得共、昨年十一月中同組閉店ニ付右株高向後ノ入金難出来旨先般同人ヨリ被申出候ニ付テハ、申合略則第十一条ノ趣意ニヨリ此処ニ於テ脱社為致、右出金分割戻シノ方モ同条記載ノ通第九条第一項ヨリ三項迄ノ実費中ニ於テ、現今存在イタシ候物品ノ時価相当ノ見積リ相立、右割合ニヨリテ古河市兵衛出金中ニテノ所有部分ヲ取調、其三割減ヲ以テ社中一同ヘ引受候様仕度、就テハ右部分相定候儀ハ早々同地ヘ罷越実地取調ノ上可申上候、且右部分相定候上ハ前書、古河市兵衛ヘ割戻シノ金額ハ其儘御省ヘ上納仕候テ可然哉、依テ申合略則写相添此段奉伺候也
  明治八年一月 日
                    柳林農社
                     支配人
                       福田彦四郎
    大蔵省
      御中

伺之通取計右割戻シ金額ハ至急当省ヘ上納可致事
  明治八年三月二日
                大蔵卿 大隈重信


渋沢子爵家所蔵文書 【柳林農社々中古河市兵衛義此度脱社ニ付、申合略則第十一条之趣意ニより是迄入金之分割戻勘定書】(DK150060k-0003)
第15巻 p.474-475 ページ画像

渋沢子爵家所蔵文書
 柳林農社々中古河市兵衛義此度脱社ニ付、申合略則第十一条之趣意ニより是迄入金之分割戻勘定書
一金弐千五百五拾円也 第一回・第二回入金総高
   但明治七年四月・同年六月両度株主一同より入金
    此訳
 一金三百四拾円也    弐株 渋沢栄一
 一金五百拾円也     三株 渋沢喜作
 一金六百八拾円也    四株 古河市兵衛
 一金六百八拾円也    四株 福田彦四郎
 一金百七拾円也     壱株 細野時敏
 一金百七拾円也     壱株 渋沢才三郎
  〆如高
右集合金を以地所買入並蚕室建築蚕具買入其他之社費仕払候に付、其中申合略則第九条之区分に従ひ向来存在之分と一時之消費と類別して其計算左之通り
  一金千七百八拾五円也 地所其外蚕室蚕具等現在物品之代価
    此訳
   一金千三百円也 桑畑外蚕室建築地反別拾弐町壱反四畝歩代価
   一金三百円也 建家弐タ棟代価
   一金百八拾五円也 家財道具外蚕具代価
 - 第15巻 p.475 -ページ画像 
   〆如高
  一金七百六拾五円也 消費仕払之分
右現在物品之時価によりて古河市兵衛入金高六百八拾円ニ割合ひ其所有部分左之通り
  一金四百七拾六円也 元入金高六百八拾円之三割減ニ当ル
   内三割減
    金百四拾弐円八拾銭 社則第十一条之趣意ニより此度脱社ニ付減高
  引残金三百三拾三円弐拾銭也 外株主ニ於て引受出金可致分
右ハ此度古河市兵衛義脱社ニ付、社中申合略則ニ従ひ前書之計算を以同人へ引合およひ候処、至当之割合ニ付承諾之段申聞有之候間、書面之残金此度相渡し、脱社致度奉存候、尤右現在物品時価取調之義は実地入札等之手数は不仕候得共、決而不相当之見積ハ無之候、此段奉申上候也
                   柳林農社
                    支配人
  明治八年二月二日
                      福田彦四郎
    大蔵省
      勘査局御中


渋沢子爵家所蔵文書 【柳林農社略則】(DK150060k-0004)
第15巻 p.475-477 ページ画像

渋沢子爵家所蔵文書
    柳林農社略則
養蚕製茶ハ本邦開産中之最良品ニシテ、各自便益至要之業ニシテ苟モ其ノ業ヲ研磨シ、其ノ真理ヲ尽サント欲スルニハ、物品耕作培養地質ニ適否ヲ察撿シ、適良ノ地ニ従テ其ノ品ヲ耕シ物ヲ製スルニアリ、依テ玆ニ協同商議シテ下毛絹川東涯ニ就テ若干ノ地ヲ購入シ、此ノ二業ヲ耕製シ共同ノ公利ヲ起サン事ヲ謀リ、此ノ会社ヲ創立シ左ノ略則ヲ決定ス
    第一条
会社ノ名号ハ○○会社ト称ス可キ事
    第二条
此会社ノ業ハ生糸・蚕卵・茶製造ノ三科トス
    第三条
此社ヲ創立スルニ養蚕方法ヲ熟知スル者壱人ヲ社中連名之内ヨリ相撰会社ノ支配人ト当分相定、前条ニ掲載スル三科之諸務ヲ担当スル事ヲ任スベシ
  但社長始其他役員ハ追テ衆議之上相定可申事
    第四条
此社ノ資本ハ先ツ金一万円ト相定メ、此ヲ十株ニ分チ則一株ヲ以テ金千円トナシ、結社之着手ヨリ満五ケ年間会社諸費入用高ニ従テ定額過不足共株高ニ応シ出金之事
  但本文計算高諸件割合者内八千円者別記積書桑樹植附・䗝室建築場共地所買入代価始培養其他開墾着手ヨリ満五年間諸費之見積、残余金弐千円製糸器購入次ニ製茶等諸費之積ニ当テ候事
    第五条
 - 第15巻 p.476 -ページ画像 
集金方ハ壱ケ年ニ○度ト時日相定、年々第一月二十五日限リ支配人其年之諸費入用高ヲ見積リ概算シ此ヲ丁寧ニ簿記シ社中江廻達、一同承認之上○度ニ概算高ヲ入用ノ時日ニ区分割当ノ上集金之事
  但概算見積集金高ト実際諸費仕払高ト一歳之総計差引決算致シ、差引残余ノ金ハ改而明年分集金之内江加ヘ、同様差引不足金ハ更ニ前割合ヲ以テ別廉相集其年限リ諸費計算明瞭可致事
    第六条
諸費仕払方区分ハ地所買入桑茶苗木代価之類ト、䗝室始家屋等建築筋ト養蚕具始農具類ノ如キ物品存在候諸具買入代価ト、支配人給料始雇仕候男女給料其他当時ニ消滅候分ト概略四廉ニ仕払方ヲ区別、仕払簿冊ヲ精密ニ致シ一歳限社中一同ヘ廻達承諾ノ印ヲ加ヘ簿冊ハ社中ニ蔵置候事
    第七条
此会社ハ開墾着手ヨリ五ケ年間ヲ桑茶樹蕃殖三科業施行整頓之期ト為ス、故ニ五ケ年ヲ掲載社則ノ一期トシ、満期ニ至リ社中一同更ニ協議ノ上便宜ニ従ヒ更正社則相設可申事
  但入社ノ後ハ自己ノ都合ヲ以テ妄ニ脱社ヲ許サス、若シ不得止情事有之節ハ社中衆議ノ上脱社セシムベキ事
    第八条
社中ノ者不得止事情有之衆議ノ上脱社セシムル時ハ結社着手ヨリ株高分限ノ諸費出金分割戻シ、方法ハ第六条諸費仕払方区分ニ従テ割合区別計算致シ割戻方左ニ
一 桑茶樹植附ノ畑並両種苗木等買入代価ハ原価ニ不拘、時下ノ代価ヲ見積リ株高分限出金高区別割合ヲ以テ分限丈割戻シ可申事
一 䗝室始其他家屋建築筋ニ相掛リ候諸費ハ、入用高ヲ株高分限出金高ヘ割当其割合高ノ四割ヲ相減シ残六割ヲ割戻シ可申事
一 会社要用ノ農具養蚕具製糸器等始其他物具現存候諸具買入ノ代価ハ、現存ノ分限リ買入代価ノ五割ヲ相減シ残五割ヲ株高分限出金高区別ヘ割当テ割戻シ可申事
一 支配人給料始会社営業ノ為雇仕候男女給料其他ノ諸入用其時々消滅候諸入費分者一切会社ヘ没入割戻シ無之事
右ノ通割戻シ方区別方法相定メ仕払方四廉ニ毎年致置候上ハ、其砌ニ至リ一同トモ自己ノ勝手ヲ申割当テ違戻致間敷候事
    第九条
会社ニ於テ三科始収獲ノ物品売捌方ハ着手三ケ年ノ後ニ至リ社中一同協議ノ上、自他ノ景況ヲ考案シ売捌方順序相定可申事
  但三ケ年内ニ収獲《(穫)》ノ物品ハ、支配人之考按ヲ以テ便宜ノ売捌方致シ、売捌代価等詳細相記シ社中一同江通知ノ上、社ノ諸入費ノ内江相加ヘ仕払決算可致事
    第十条
支配人給料ノ儀ハ結社着手ヨリ三ケ年間ハ年給弐百円ト相定、四ケ年目ニ及ヒ第九条収獲物品売捌方法順序衆議ノ砌同様協議相定可申事
  但支配人ノ外会社営業ノ為メ雇仕候男女職工給料雇方等ハ、都而支配人ノ考案専断ヲ以テ相定雇仕給与可申、尤モ其ノ従事職分ニ
 - 第15巻 p.477 -ページ画像 
過不及無之様精々注意可致候事
    第十一条
結社着手三年後四五両年間会社ニ於テ収獲候物品売払代価処分割合ノ儀ハ、四ケ年目ニ至リ物品売捌方順序協議ノ節同様決議可申事
    第十二条
社中人員株敷持高連名左ニ
                      渋沢栄一
                      同 喜作
                      古河市兵衛
                      福田彦四郎
 一  一株                細野時敏
右連名ヲ差向株主トシ、結社営業ノ摸容ニ寄テ入社ヲ望ム者有之節ハ一同衆議ノ上ニテ入社之許不許相定可申事
右十二条当分結社ノ略則決定シタル証トシ各姓名ヲ記シ連印致シ候也
   ○柳林農社ノ結末ニ就イテハ資料ヲ得ズ。
   ○所収ノ渋沢子爵家所蔵文書ハ栄一自筆草案ナリ。


(渋沢喜作) 書翰 渋沢栄一宛(明治八年カ)三月一〇日(DK150060k-0005)
第15巻 p.477 ページ画像

(渋沢喜作) 書翰 渋沢栄一宛(明治八年カ)三月一〇日
                    (渋沢子爵家所蔵)
前略昨夜御遣し之書類則捺印仕候間差進申候、向後可然祈候、別一綴之義高崎表江持帰リ浄書之上調印夫より才三郎子江相廻し同様調印之上追而御手元江相廻リ候様可仕候
一昨夕相願置候前橋高崎並ニ信州表之買取景況ニ寄リ急使ヲ以テ申上候間尚御時借之義願候
一留守宅より申出候て三百円より五百円迄之処御借用相願候
一小子名入之秩禄証券持参候て、八拾円位之割合ニ候、一時御借用願候、尤モ弐千円計ニ有之候
一野州農社古河分割戻し金大蔵省之上納金は是又一時御立替願候
一当年分奉還之者江着手之摸容は追々書面ヲ以テ得高慮、若し第二銀行と乗合ニ有之候て証書類は総而小子之一名ニ取扱、内実第二銀行と申談之約定証書ヲいたし置候積ニ有之候、右要件而已申述置候、宜敷御許容奉祈候 以上
  三月十日
    青淵盟台                 蘆陰拝
        御直披


(福田彦四郎) 書翰 渋沢栄一宛明治八年四月六日(DK150060k-0006)
第15巻 p.477-478 ページ画像

(福田彦四郎) 書翰 渋沢栄一宛明治八年四月六日(渋沢子爵家所蔵)
 (裏端書別筆)
   四月十日入
三月廿六日御発―之御書翰ハ三十一日到着奉謹読候処、尾高様御内室御儀御産後御急症ニて御養生不相叶三月初旬被為成御終去候由御慟之段奉恐察候、且御令正様御愁眉ハ別段之御事と奉存候、此御凶変御書翰ニて始て奉承知、誠以当方ニ於ゐても驚入候次第ニ御坐候、甚々時日相後れ候得共右為御弔奉申上候 謹言
当社創立願書類御取揃差上方第一・第二・第三と御仕分ケ、且栃木県
 - 第15巻 p.478 -ページ画像 
令殿より御添書壱通一同ニ御差送リ被成下候趣正ニ奉請取候
古河氏金割戻し之儀先頃御伺之通リ金三百三拾三円弐拾銭御上納済之由、此は不残御立替置被成下候旨是又奉承知候
前件願書類古河一件万端御世話被成下候段万々不浅難有仕合奉感佩候桑園之儀も昨春苗八万五千本植付申候趣之懲役之開発麤夫相極リ、加ルニ当所ニて一昨年極月中買入候分永ク代出しニ植置其ため大苗之根の少き分大ニ相傷み申候ニ付、今春弐万五千本計植続キ仕候則三割減之枯れニ御坐候外ハ可也ニ盛木仕、即今見積凡桑六万束位今年五枚掃位之養䗝ハ仕度積リニ奉存候
屋敷附も当春開墾仕、先頃中上林氏江茶実三石約束いたし置当節蒔入候所五反歩仕上ケニ相成申候間此段奉申上候、会計向も人足賃払諸道具より始米噌醤油之仕込夫々思《(マヽ)》ひ之外仕払相嵩ミ候ニ付、一月之集金ニて七月迄之仕払致兼候間、来月初旬頃帳簿類持参之上申上度奉存候間、七月集金分取越し集合仕度儀ニ御坐候、其節前古河江割戻し御立替金御返済可仕候間此段奉申上候
当社出願之儀ニ付御伺旁先月三十一日出湯島君江充テ書面差出し行違ニ御書翰着仕候次第ニ御坐候
右奉敬復候 頓首謹言
  明八                福田彦四郎(印)
  四月六日                    九拝
    渋沢正五位様
          閣下
○下略


(渋沢喜作) 書翰 渋沢栄一宛(明治未詳年月)一八日(DK150060k-0007)
第15巻 p.478 ページ画像

(渋沢喜作) 書翰 渋沢栄一宛(明治未詳年月)一八日(渋沢子爵家所蔵)
愈御佳勝奉恭賀候、毎度推参彼是御高配ニ預深謝仕候、柳林会社概算書甚タ遅引恐縮之至則一冊写差進上候御落掌是祈候、且御多忙ながら愚児碑表御揮毫其内懇祈候、書外拝語可申尽候 匆々頓首
  十八日
                       喜作拝
    青淵老台玉御下


(渋沢市郎) 書翰 渋沢栄一宛(明治未詳年)三月一八日(DK150060k-0008)
第15巻 p.478-479 ページ画像

(渋沢市郎) 書翰 渋沢栄一宛(明治未詳年)三月一八日(渋沢子爵家所蔵)
一翰奉啓上候、余寒未難去御座候処先日者御光来被下甚御麤末仕種々御心配ニ相成候、猶又昨日奥殿下手計御出立ニ而御帰京被遊於ていも御道々仕誠ニ御厄介段奉恐入候、猶後日之様子可申上候
三月十三日御認ニ柳林農社一条之書面渋沢喜作様より御廻シニ相成、相速調印仕差送《(早カ)》リ申候間、御落手之程奉願上候、先者如此ニ御座候
                          匆々敬白
  三月十八日
                      渋沢市郎
    渋沢正五位様
          貴下
 - 第15巻 p.479 -ページ画像 
  尚々奥殿無滞御着与奉存候、信州廻りも須永兄ト彦次郎両人ヲ急ニ出立致様頼ミ置申候 匆々


(福田彦四郎) 書翰 渋沢栄一宛明治一四年七月二二日(DK150060k-0009)
第15巻 p.479-480 ページ画像

(福田彦四郎) 書翰 渋沢栄一宛明治一四年七月二二日
                      (渋沢子爵家所蔵)
 (異筆)
   七月廿五日入渋沢
賤翰奉謹呈候 其後ハ殆ト御無音仕大暑之候ニ御坐候処、愈御堅剛被為在御坐奉恐賀候、然ハ六月廿四日附御尊翰本月三日着拝見御尊命之件々謹テ奉拝承候、偖当社養䗝之義悪種之桑園凡壱町五反歩計当春植替仕、昨年より六枚程相減シ掃立仕、養䗝中ハ至極好模様ニ御坐候得共、本年ハ時候至テ遅ク昨年より十日以上払立後レ、然ルニ䗝ハ頻リニ急キ平年ノ日数より稍十日も早ク止リ、遂ニ十分ノ喰込も為致兼候故成繭も悉ク薄皮ニ御坐候、成繭高ハ弐百八十三貫余、昨年ニ比校仕候ハヽ凡七分作位ト奉存候、分方ハ平均七分以上ニも御坐候処元より喰込ノ不十分故種下リ尤も不宜、紙壱枚ヘ蛾ノ百七十疋余も載セ候ても十分ノ厚取ト申程ニ無御坐且再出も可也ニ御坐候間、追々掘リ掛ケ抔も仕精々千四百十七枚漸昨廿一日迄ニ取切ニ相成申候、内四十二枚ハ来歳ノ元種中ニ取切物引残輸出分千三百七十五枚ニ御坐候、本年輸出分䗝種ノ裏面ヘ当社ノ全景ヲ真写仕是ヲ方弐寸位ニ復写いたし証紙トシテ貼用仕度奉存候、此代価其職ニ掛合候処壱枚八厘位ニテ出来可仕積リニ御坐候、左スレハ証紙代拾円余ニテ貼用も出来仕候間此段如何ニ可仕候哉奉伺候
出殻繭も昨今円ニ五升内外ニ御坐候よし未タ弊地ヘハ一人も買人相見ヘ不申候得共、其内相当ノ相手御坐候ハヽ此所生繭ノ内ニ売却如何ニ御坐候哉奉伺申上候
製茶壱番ハ霜枯ニて無毛同様ニ御坐候故、二番も十分ノ摘取も出来兼都合製茶七十貫余漸出来仕候、尤下タ物多分ニ御坐候
貸附金取立義農家ノ弊習ニて皆済いたし候人ハ誠ニ稀ニて、利上ケ借替ノ人ノミ多、中ニハ利金も元金ヘ加ヘ借替いたし度旨申出ル人三四分通りも御坐候、是を強て断言仕候ハヽ唯姑息日延のみにて終ニ公裁を仰候場合にも成行申候間、人ニより元利ヲ合セ貸替仕候人も御坐候故、此所何分取立金も出来兼、就中四五月以来農家ノ金用時節ニて当節ニ至リ尚更入金ハ一切無御坐候間、既ニ銀行ノ方ヘ四月より六月迄ノ正利御入金可仕筈御定約ニ御坐候処真ニ差支罷在申候、何れ新穀出来無御坐候間ハ取立金も難仕心痛罷在候、併返金御坐候ハヽ漸次御入金可仕候間偏ニ御猶予被成下度此段伏て奉願上候、尤も三ケ年ノ内御入金御定約之義尚御尊命之処謹テ銘肝仕精々皆納仕候様仕度奉存候
玆ニ御内々之一条其後尚又大不都合之出来御坐候趣始テ御尊翰ニ於ゐて奉拝承真ニ驚入申候、併目今之所別ニ差支ハ無御坐候との御内命、此儀必定御尊公之御説明故大難を脱れ候義と想像仕候、真ニ難有仕合万々奉感謝候、元より人ノ盛衰抔ノ事ハ、小子抔ノ別て不憚義ニ御坐候得共、其業務ノ地堅固ノ人ハ悉ク嫌フ場所柄ニ兼て承リ居候ハヽ終ニ一時ノ幸を求メ走リ可申候間、将来ハ追々実業ニ移リ候様仕度事ニ御坐候、勿論御尊公之御蔭も御坐候ハヽ重て大失敗も有御坐間敷と奉
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存候得共、其営業之地位ヲ変換被遊候様今日焦眉之急ト奉愚考候間、奉申上候も恐入候得共、此ノ人ノ可否ヲ御説明被成下候ハ御尊公ニ非スシテ他ニ申仁ノ御坐候哉、実ニ一片之端書ニて奉恐縮候得共、尚向後之所偏ニ御厳談被成下度伏て奉懇願候、余ハ元より愚筆ニて紙上ニ難尽候間何卒御賢察之程奉願上候、右謹復旁奉申上度如斯ニ御坐候
                         恐々頓首謹言
  明治十四年七月廿二日夜          福田彦四郎
                          九拝
    渋沢栄一様
         閣下
  副啓過日ハ愚父参上仕種々御馳走頂戴万々難有奉拝謝候、愚父よりも宜御厚礼奉申上候 敬白


(芝崎確次郎) 日記簿 明治一三年(DK150060k-0010)
第15巻 p.480 ページ画像

(芝崎確次郎) 日記簿 明治一三年 (芝崎猪根吉氏所蔵)
第二月十三日 晴
本日例刻出頭、昨夜御渡相成候野州福田彦四郎殿ヘ届ケ金千円かやば町江持参、喜作殿御手許ヘ差出受取証受取夜ニ入帰宅、君公並奥様御同席ニ付奥様ヘ差上候事
○中略
  一金千円 柳林社出金分かやば町ヘ届ル
   〆
   ○中略。
九月廿九日 曇
○上略
又外ニ金五拾六円十弐銭八厘ハ柳林農社益金分福田彦四郎殿より入金分ニテ、同様当座口ヘ入金致し受取証弐枚持帰リ奥様御手許ヘ差上申候


公事提要(DK150060k-0011)
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公事提要 (芝崎猪根吉氏所蔵)
  明治十五年第十二月
主人方資産調取扱候ニ付写置候事
 資産       貸方
○上略
金三千六百円   柳林農社出金
○下略