デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2017.6.14

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

5章 農・牧・林・水産業
1節 農・牧・林業
1款 柳林農社
■綱文

第15巻 p.471-480(DK150060k) ページ画像

明治7年1月(1874年)

栄一、渋沢喜作・古河市兵衛・福田彦四郎等ト共ニ柳林農社ヲ興シ、栃木県芳賀郡柳林村ノ地ヲ開墾シテ養蚕・製茶ノ事業ヲ行フ。八年一月小野組閉店ニヨツテ古河市兵衛脱社ス。


■資料

渋沢子爵家所蔵文書(DK150060k-0001)
第15巻 p.471-473 ページ画像

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渋沢子爵家所蔵文書(DK150060k-0002)
第15巻 p.473-474 ページ画像

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渋沢子爵家所蔵文書(DK150060k-0003)
第15巻 p.474-475 ページ画像

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渋沢子爵家所蔵文書(DK150060k-0004)
第15巻 p.475-477 ページ画像

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(渋沢喜作) 書翰 渋沢栄一宛(明治八年カ)三月一〇日(DK150060k-0005)
第15巻 p.477 ページ画像

(渋沢喜作) 書翰 渋沢栄一宛(明治八年カ)三月一〇日
                    (渋沢子爵家所蔵)
前略昨夜御遣し之書類則捺印仕候間差進申候、向後可然祈候、別一綴之義高崎表江持帰リ浄書之上調印夫より才三郎子江相廻し同様調印之上追而御手元江相廻リ候様可仕候
一昨夕相願置候前橋高崎並ニ信州表之買取景況ニ寄リ急使ヲ以テ申上候間尚御時借之義願候
一留守宅より申出候て三百円より五百円迄之処御借用相願候
一小子名入之秩禄証券持参候て、八拾円位之割合ニ候、一時御借用願候、尤モ弐千円計ニ有之候
一野州農社古河分割戻し金大蔵省之上納金は是又一時御立替願候
一当年分奉還之者江着手之摸容は追々書面ヲ以テ得高慮、若し第二銀行と乗合ニ有之候て証書類は総而小子之一名ニ取扱、内実第二銀行と申談之約定証書ヲいたし置候積ニ有之候、右要件而已申述置候、宜敷御許容奉祈候 以上
  三月十日
    青淵盟台                 蘆陰拝
        御直披


(福田彦四郎) 書翰 渋沢栄一宛明治八年四月六日(DK150060k-0006)
第15巻 p.477-478 ページ画像

(福田彦四郎) 書翰 渋沢栄一宛明治八年四月六日(渋沢子爵家所蔵)
 (裏端書別筆)
   四月十日入
三月廿六日御発―之御書翰ハ三十一日到着奉謹読候処、尾高様御内室御儀御産後御急症ニて御養生不相叶三月初旬被為成御終去候由御慟之段奉恐察候、且御令正様御愁眉ハ別段之御事と奉存候、此御凶変御書翰ニて始て奉承知、誠以当方ニ於ゐても驚入候次第ニ御坐候、甚々時日相後れ候得共右為御弔奉申上候 謹言
当社創立願書類御取揃差上方第一・第二・第三と御仕分ケ、且栃木県
 - 第15巻 p.478 -ページ画像 
令殿より御添書壱通一同ニ御差送リ被成下候趣正ニ奉請取候
古河氏金割戻し之儀先頃御伺之通リ金三百三拾三円弐拾銭御上納済之由、此は不残御立替置被成下候旨是又奉承知候
前件願書類古河一件万端御世話被成下候段万々不浅難有仕合奉感佩候桑園之儀も昨春苗八万五千本植付申候趣之懲役之開発麤夫相極リ、加ルニ当所ニて一昨年極月中買入候分永ク代出しニ植置其ため大苗之根の少き分大ニ相傷み申候ニ付、今春弐万五千本計植続キ仕候則三割減之枯れニ御坐候外ハ可也ニ盛木仕、即今見積凡桑六万束位今年五枚掃位之養䗝ハ仕度積リニ奉存候
屋敷附も当春開墾仕、先頃中上林氏江茶実三石約束いたし置当節蒔入候所五反歩仕上ケニ相成申候間此段奉申上候、会計向も人足賃払諸道具より始米噌醤油之仕込夫々思《(マヽ)》ひ之外仕払相嵩ミ候ニ付、一月之集金ニて七月迄之仕払致兼候間、来月初旬頃帳簿類持参之上申上度奉存候間、七月集金分取越し集合仕度儀ニ御坐候、其節前古河江割戻し御立替金御返済可仕候間此段奉申上候
当社出願之儀ニ付御伺旁先月三十一日出湯島君江充テ書面差出し行違ニ御書翰着仕候次第ニ御坐候
右奉敬復候 頓首謹言
  明八                福田彦四郎(印)
  四月六日                    九拝
    渋沢正五位様
          閣下
○下略


(渋沢喜作) 書翰 渋沢栄一宛(明治未詳年月)一八日(DK150060k-0007)
第15巻 p.478 ページ画像

(渋沢喜作) 書翰 渋沢栄一宛(明治未詳年月)一八日(渋沢子爵家所蔵)
愈御佳勝奉恭賀候、毎度推参彼是御高配ニ預深謝仕候、柳林会社概算書甚タ遅引恐縮之至則一冊写差進上候御落掌是祈候、且御多忙ながら愚児碑表御揮毫其内懇祈候、書外拝語可申尽候 匆々頓首
  十八日
                       喜作拝
    青淵老台玉御下


(渋沢市郎) 書翰 渋沢栄一宛(明治未詳年)三月一八日(DK150060k-0008)
第15巻 p.478-479 ページ画像

(渋沢市郎) 書翰 渋沢栄一宛(明治未詳年)三月一八日(渋沢子爵家所蔵)
一翰奉啓上候、余寒未難去御座候処先日者御光来被下甚御麤末仕種々御心配ニ相成候、猶又昨日奥殿下手計御出立ニ而御帰京被遊於ていも御道々仕誠ニ御厄介段奉恐入候、猶後日之様子可申上候
三月十三日御認ニ柳林農社一条之書面渋沢喜作様より御廻シニ相成、相速調印仕差送《(早カ)》リ申候間、御落手之程奉願上候、先者如此ニ御座候
                          匆々敬白
  三月十八日
                      渋沢市郎
    渋沢正五位様
          貴下
 - 第15巻 p.479 -ページ画像 
  尚々奥殿無滞御着与奉存候、信州廻りも須永兄ト彦次郎両人ヲ急ニ出立致様頼ミ置申候 匆々


(福田彦四郎) 書翰 渋沢栄一宛明治一四年七月二二日(DK150060k-0009)
第15巻 p.479-480 ページ画像

(福田彦四郎) 書翰 渋沢栄一宛明治一四年七月二二日
                      (渋沢子爵家所蔵)
 (異筆)
   七月廿五日入渋沢
賤翰奉謹呈候 其後ハ殆ト御無音仕大暑之候ニ御坐候処、愈御堅剛被為在御坐奉恐賀候、然ハ六月廿四日附御尊翰本月三日着拝見御尊命之件々謹テ奉拝承候、偖当社養䗝之義悪種之桑園凡壱町五反歩計当春植替仕、昨年より六枚程相減シ掃立仕、養䗝中ハ至極好模様ニ御坐候得共、本年ハ時候至テ遅ク昨年より十日以上払立後レ、然ルニ䗝ハ頻リニ急キ平年ノ日数より稍十日も早ク止リ、遂ニ十分ノ喰込も為致兼候故成繭も悉ク薄皮ニ御坐候、成繭高ハ弐百八十三貫余、昨年ニ比校仕候ハヽ凡七分作位ト奉存候、分方ハ平均七分以上ニも御坐候処元より喰込ノ不十分故種下リ尤も不宜、紙壱枚ヘ蛾ノ百七十疋余も載セ候ても十分ノ厚取ト申程ニ無御坐且再出も可也ニ御坐候間、追々掘リ掛ケ抔も仕精々千四百十七枚漸昨廿一日迄ニ取切ニ相成申候、内四十二枚ハ来歳ノ元種中ニ取切物引残輸出分千三百七十五枚ニ御坐候、本年輸出分䗝種ノ裏面ヘ当社ノ全景ヲ真写仕是ヲ方弐寸位ニ復写いたし証紙トシテ貼用仕度奉存候、此代価其職ニ掛合候処壱枚八厘位ニテ出来可仕積リニ御坐候、左スレハ証紙代拾円余ニテ貼用も出来仕候間此段如何ニ可仕候哉奉伺候
出殻繭も昨今円ニ五升内外ニ御坐候よし未タ弊地ヘハ一人も買人相見ヘ不申候得共、其内相当ノ相手御坐候ハヽ此所生繭ノ内ニ売却如何ニ御坐候哉奉伺申上候
製茶壱番ハ霜枯ニて無毛同様ニ御坐候故、二番も十分ノ摘取も出来兼都合製茶七十貫余漸出来仕候、尤下タ物多分ニ御坐候
貸附金取立義農家ノ弊習ニて皆済いたし候人ハ誠ニ稀ニて、利上ケ借替ノ人ノミ多、中ニハ利金も元金ヘ加ヘ借替いたし度旨申出ル人三四分通りも御坐候、是を強て断言仕候ハヽ唯姑息日延のみにて終ニ公裁を仰候場合にも成行申候間、人ニより元利ヲ合セ貸替仕候人も御坐候故、此所何分取立金も出来兼、就中四五月以来農家ノ金用時節ニて当節ニ至リ尚更入金ハ一切無御坐候間、既ニ銀行ノ方ヘ四月より六月迄ノ正利御入金可仕筈御定約ニ御坐候処真ニ差支罷在申候、何れ新穀出来無御坐候間ハ取立金も難仕心痛罷在候、併返金御坐候ハヽ漸次御入金可仕候間偏ニ御猶予被成下度此段伏て奉願上候、尤も三ケ年ノ内御入金御定約之義尚御尊命之処謹テ銘肝仕精々皆納仕候様仕度奉存候
玆ニ御内々之一条其後尚又大不都合之出来御坐候趣始テ御尊翰ニ於ゐて奉拝承真ニ驚入申候、併目今之所別ニ差支ハ無御坐候との御内命、此儀必定御尊公之御説明故大難を脱れ候義と想像仕候、真ニ難有仕合万々奉感謝候、元より人ノ盛衰抔ノ事ハ、小子抔ノ別て不憚義ニ御坐候得共、其業務ノ地堅固ノ人ハ悉ク嫌フ場所柄ニ兼て承リ居候ハヽ終ニ一時ノ幸を求メ走リ可申候間、将来ハ追々実業ニ移リ候様仕度事ニ御坐候、勿論御尊公之御蔭も御坐候ハヽ重て大失敗も有御坐間敷と奉
 - 第15巻 p.480 -ページ画像 
存候得共、其営業之地位ヲ変換被遊候様今日焦眉之急ト奉愚考候間、奉申上候も恐入候得共、此ノ人ノ可否ヲ御説明被成下候ハ御尊公ニ非スシテ他ニ申仁ノ御坐候哉、実ニ一片之端書ニて奉恐縮候得共、尚向後之所偏ニ御厳談被成下度伏て奉懇願候、余ハ元より愚筆ニて紙上ニ難尽候間何卒御賢察之程奉願上候、右謹復旁奉申上度如斯ニ御坐候
                         恐々頓首謹言
  明治十四年七月廿二日夜          福田彦四郎
                          九拝
    渋沢栄一様
         閣下
  副啓過日ハ愚父参上仕種々御馳走頂戴万々難有奉拝謝候、愚父よりも宜御厚礼奉申上候 敬白


(芝崎確次郎) 日記簿 明治一三年(DK150060k-0010)
第15巻 p.480 ページ画像

(芝崎確次郎) 日記簿 明治一三年 (芝崎猪根吉氏所蔵)
第二月十三日 晴
本日例刻出頭、昨夜御渡相成候野州福田彦四郎殿ヘ届ケ金千円かやば町江持参、喜作殿御手許ヘ差出受取証受取夜ニ入帰宅、君公並奥様御同席ニ付奥様ヘ差上候事
○中略
  一金千円 柳林社出金分かやば町ヘ届ル
   〆
   ○中略。
九月廿九日 曇
○上略
又外ニ金五拾六円十弐銭八厘ハ柳林農社益金分福田彦四郎殿より入金分ニテ、同様当座口ヘ入金致し受取証弐枚持帰リ奥様御手許ヘ差上申候


公事提要(DK150060k-0011)
第15巻 p.480 ページ画像

公事提要 (芝崎猪根吉氏所蔵)
  明治十五年第十二月
主人方資産調取扱候ニ付写置候事
 資産       貸方
○上略
金三千六百円   柳林農社出金
○下略