デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

  詳細検索へ

公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

6章 対外事業
1節 韓国
1款 韓国ニ於ケル第一銀行
■綱文

第16巻 p.36-37(DK160006k) ページ画像

明治20年5月30日(1887年)

明治二十年六月政府ガ十銭紙幣ノ通用ヲ禁止スルニ先ダチ、是日日本銀行ハ韓国ニ通用スル同紙幣交換事務ノ取扱ヲ当行ニ委託ス。コノ頃ヨリ韓国ニ於ケル当行ハ次第ニ営業ヲ拡張セリ。


■資料

第一銀行五十年史稿 巻四・第五一―五三頁 大正一二年刊(DK160006k-0001)
第16巻 p.36 ページ画像

第一銀行五十年史稿 巻四・第五一―五三頁 大正一二年刊
 ○第一編 第四章 営業の満期
    第四節 朝鮮支店の発達
○上略
初め明治二十年六月政府が十銭紙幣の通用を禁止するや、本行は其前月なる五月三十日を以て、日本銀行より朝鮮国内に流通する同紙幣交換事務の取扱を委託せられ、交換資金として銀貨五千円の下附を受け釜山支店及び元山・仁川の両出張所にて取扱を開始せり、廿七年九月一日また日本銀行と兌換銀行券交換事務取扱に関する約定を結び、交換基金として銀貨二十五万円の下付を受け、釜山・仁川の両支店及び京城出張所にて取扱しが、独り兌換券のみならず政府紙幣・鎖店銀行紙幣交換の請求にも応ずべきを命ぜらる、蓋し此時政府紙幣の内新紙幣十銭を除く改造紙幣のなほ流通せるを以てなり、此外にも明治二十五年十二月には釜山支店外一店と三井銀行馬関支店との間に預金及び貸越限度三千円の為替約定を結び、二十八年一月には釜山支店外二店と三井銀行長崎支店との間に為替取引極度預り高各五千円なるを、以後無極度に変更することを約定し、七月には釜山支店と横浜正金銀行上海出張所との間に為替取引を約定し、二十九年十月には釜山支店と横浜正金銀行神戸及香港出張所との間にも為替取引を約定し、又明治生命保険会社とは明治二十七年一月に、明治火災保険会社とは三月に、いづれも釜山支店との間に代理店事務取扱の約定を結びたりき。
かくて朝鮮の各支店及出張所は次第に其営業を拡張し信用を増したるが、殊に日清戦後においては、同国に在留せる清国商人等概ね本国に帰り、貿易市場は殆ど我商人の掌中に帰し、金融また従うて繁忙なりしかば、行務ますます隆盛にして収益尠からず、然れども独り元山出張所のみは経営尚困難なるが故に、本行は二十九年八月長崎第十八国立銀行と契約を結びて、同行元山支店を本行の代理店と定め、元山の海関税取扱を依託して一時出張所を閉鎖せり。○下略


第一国立銀行第三十二回株主総会要件録(DK160006k-0002)
第16巻 p.36-37 ページ画像

第一国立銀行第三十二回株主総会要件録
                    (株式会社第一銀行所蔵)
明治廿一年七月十五日例ニ依リ第一国立銀行第三十二回株主総会ヲ東京本店ニ開設ス、当日来会シタル者左ノ如シ
 - 第16巻 p.37 -ページ画像 
○中略
一次ニ格段会議ヲ開キ、朝鮮仁川出張所ハ開設以来領事館ノ出納取扱ニ従事シ、後又朝鮮政府ノ為メニ海関収税取扱ヲ代弁シ、該地貿易ノ事業モ追々繁盛ニ至リ銀行営業ノ必用ヲ感スルニヨリ、改メテ支店トナシ、銀行一般ノ事務ニ従事スヘキ事ニ議決セリ


第一国立銀行半季実際考課状 第三一回・第一―二頁明治二二年一月刊(DK160006k-0003)
第16巻 p.37 ページ画像

第一国立銀行半季実際考課状 第三一回・第一―二頁明治二二年一月刊
    ○株主総会決議ノ事
○上略
一次ニ格段会議ヲ開キ、朝鮮仁川出張所ハ開設以来領事館ノ出納取扱ニ従事シ、後又朝鮮政府ノ為メニ海関収税取扱ヲ代弁シ、該地貿易ノ事業モ追々繁盛ニ至リ銀行営業ノ必要ヲ感スルニヨリ、改メテ支店ト為シ、銀行一般ノ事務ニ従事スヘキ事ニ議決セリ


第一銀行五十年史稿 巻四・第五〇頁 大正一二年刊(DK160006k-0004)
第16巻 p.37 ページ画像

第一銀行五十年史稿 巻四・第五〇頁 大正一二年刊
 ○第一編 第四章 営業の満期
    第四節 朝鮮支店の発達
○上略
明治二十一二年の交にかけて我が内地の商況回復せる頃、朝鮮の形勢も亦佳良となりしが、就中仁川港の経済的発達は特に著しかりければ二十一年九月を以て仁川出張所を陞せて支店となし、大に其業務を拡張し、新に京城に出張所を設け、専ら漢城方面における官民の預金及貸付に従事せしめたるが、翌二十二年八月逓信大臣より郵便為替資金保管事務の取扱を釜山・仁川の両支店及び京城出張所に命ぜられ、前年以来の営業不振は今は旧夢となるに至れり○下略