デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

明治30年5月4日（1897年）

是日京仁鉄道引受組合成立ス。栄一、益田孝・瓜生震ト共ニ選バレテ委員トナル。八日益田・瓜生ノ両人ト共ニモールスト会見シ、京仁鉄道譲受契約ヲ締結ス。

青淵先生六十年史　竜門社編　　第二巻・第三三七―三五〇頁明治三三年二月刊
　○第五十三章　朝鮮事業
　　　　第四節　京仁鉄道
○上略
五月四日ニ至リ京仁鉄道引受組合ノ組織ヲ見ルニ至レリ、組合員ハ青淵先生ヲ始メトシ岩崎久弥・三井髙保・大倉喜八郎・安田善次郎・今村清之助・益田孝・中上川彦次郎・瓜生震・荘田平五郎・前島密・松本重太郎・原六郎・原善三郎・大谷嘉兵衛ノ十五名ニ「モールス」ヲ加ヘ都合十六名ニシテ、其規約ノ全文ハ左ノ如シ
　　　　京仁鉄道引受組合規約
朝鮮国京城・仁川ノ間ニ滊車鉄道ヲ布設シ運輸業ヲ営ムノ特許ヲ得タル米国人「ゼイムス、アール、モールス」ヨリ其業ヲ引受ケ、他日之ヲ日本商事会社ニ譲リ渡ス目的ヲ以テ、玆ニ同志者ノ組合ヲ組織シ、其規約ヲ設クル事左ノ如シ
　　　　　第一条
本組合ヲ京仁鉄道引受組合ト称シ、左ニ列記スル十六名ヲ以テ其ノ組合員トス
　　　岩崎久弥　　　　今村清之助
　　　原六郎　　　　　原善三郎
　　　大倉喜八郎　　　大谷嘉兵衛
　　　中上川彦次郎　　瓜生震
　　　安田善次郎　　　松本重太郎
　　　前島密　　　　　益田孝
　　　三井髙保　　　　荘田平五郎
　　　渋沢栄一　　　　ゼイムス、アール、モールス
　　　　　第二条
京仁鉄道布設ノ特許ヲ「ゼイムス、アール、モールス」ヨリ引受クル為メ契約ヲ締結スルニ付テハ、其契約書ノ草案ヲ組合員ノ会議ニ付シ、全員ノ認諾ヲ得タル後之ヲ締結スルモノトス
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　　　　　第三条
前第二条ニヨリ組合全員ノ認諾ヲ得タル契約ヲ締結シ終リタル後ハ、其契約ノ条項ニ掲載セル権利義務ハ、組合員ニ於テ平等ニ之ヲ享有シ且ツ負担スルモノトス
　　　　　第四条
本組合ハ相当ノ期間ヲ見計ヒ京仁鉄道ヲ日本商事会社ニ譲渡スモノトス
　但シ此譲渡ヲナス迄ハ一時組合ニ於テ運輸ノ業ヲ営ム事アルヘシ
　　　　　第五条
本組合ヲ代表シテ「ゼイムス、アール、モールス」及其他ノ人ト協議ヲ為シ、契約ヲ締結スル為メ、及組合ノ事務ヲ処理スル為メニ、組合員会ニ於テ互撰ヲ以テ委員三名ヲ撰挙シ、組合ニ関スル一切ノ事務ヲ担当セシム
　　　　　第六条
委員ハ本組合ノ事務ヲ処理スルニ付キ、必要ト認ムルトキハ適当ナル使用人ヲ任命シテ之ニ相当ノ俸給ヲ支給シ、且ツ組合ニ要スル諸経費ヲ支出スル事ヲ得
　　　　　第七条
委員ハ三人連帯シテ諸般ノ事務ヲ取扱フモノトス、又必要ト認ムルトキハ何時ニテモ組合員会ヲ招集スル事ヲ得
　　　　　第八条
組合員会ハ組合員全数十分ノ五以上出席スルニアラサレハ、開会シテ決議ヲ為ス事ヲ得ス、又決議ハ出席員過半ノ同意ヲ得ルヲ要ス
　但シ組合員中出資ノ払込ヲ延滞スル者アルトキハ、此決議ノ数ニ加ヘス
　　　　　第九条
組合員会ノ議事ハ年長ノ委員ヲ以テ議長トス、議長ハ自己ノ投票権ノ外ニ、会員ノ意見相半シタル場合ニ於テ、可否決定ノ投票権ヲ有ス
　　　　　第十条
本組合ニ於テ京仁鉄道引受ノ為メニ要スル出資額及其他ノ諸費用ハ、組合員ニ於テ平等ニ之ヲ負担シ、其必要ニ応シテ委員ノ催告ニ従ヒ之ヲ払込ムヘシ
　但京仁鉄道引受ノ為メニ要スル出資額ハ、予メ其極度ヲ金弐百万円ト定ムト雖モ、鉄道工事ノ摸様ニヨリ資金ニ不足ヲ生スルトキハ、組合員ニ於テ平等ニ之ヲ負担スルモノトス
本組合ハ組合員会ノ決議ニ依リ、本組合若クハ組合員ノ名義ヲ以テ、他ニ負債ヲ起シテ本条第一項ノ払込金ニ代フル事ヲ得
　　　　　第十一条
組合員中資金ノ催告ニ応シ出金セサル者アルトキハ、其未払金高百円ニ付一日金四銭宛ノ遅延利息ヲ支払ハシメ、三十日ヲ経テ尚ホ其払込ヲ為サヽルトキハ、組合員会ノ決議ヲ以テ之ヲ処分シ、其処分ニ対シテ異議ヲ唱フル事ヲ得ス
　　　　　第十二条
本組合ハ京仁鉄道ヲ日本商事会社ニ譲渡シタルトキ直チニ解散スルモ
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ノトス
　　　　　第十三条
組合員全数五分ノ四ヨリ少カラサル同意ヲ以テ決議スルニ非サレハ、中途ニ於テ本組合ヲ解散シ、又ハ組合員ニ本組合ヨリ脱退スルコトヲ許サヽルモノトス
　　　　　第十四条
本組合ヲ解散スルトキハ、組合員中ヨリ二名ノ清算人ヲ撰任シテ一切ノ計算ヲ為サシメ、残余ノ財産ハ各組合員現ニ払込ミタル出資ニ応シテ分配シ、若シ又損失ヲ生シタルトキハ、各組合員ニ於テ之ヲ負担スベシ
　　　　　第十五条
脱退ヲ許シタル組合員ヲシテ履行セシムヘキ条件ハ、特ニ組合員会ニ於テ之ヲ決議スルモノトス
　　　　　第十六条
此規約ニ明記セサル事項ト雖モ、組合員会ノ決議ヲ以テ之ヲ増補スル事ヲ得、前記ノ条項ヲ組合員各自ニ確約シタル証拠トシテ、同一ノ本規約十六通ヲ作リ、各記名調印シテ各員其一通ヲ保有スルモノナリ
　　明治三十年五月四日
○中略
青淵先生ハ組合創立ト同時ニ其委員長トナリ、自邸ノ一室ヲ以テ事務所ニ供シ総テ冗費ヲ節シテ万般ノ事ニ当レリ○下略
　　○右ノ組合規約条文ハ大正四年一〇月刊「朝鮮鉄道史」（第二四―三〇頁）並ニ昭和四年一〇月刊「朝鮮鉄道史」第一巻（第二一一―二一三頁）トニ載セタレド両書共ニ「朝鮮国京城仁川ノ間ニ云々」ノ前文並ニ「明治三十年五月四日」日付ヲ欠ク。

朝鮮鉄道史　朝鮮総督府鉄道局編　　第一巻・第二一三―二一四頁　昭和四年一〇月刊
　○第一編　第五章　京仁鉄道
　　　　第二節　京仁鉄道引受組合
　　　　　三、京仁鉄道譲受契約の成立
組合の成立と同時に三十年五月四日の会議に於てモールスとの契約案略々決定を見たるを以て、愈々五月八日契約を締結することとし、引受組合規約に其づき渋沢栄一・益田孝及び瓜生震の三名を委員に選任し○下略

築京釜鉄道記　竹内綱手記　　　　　　　　　（竹内広氏所蔵）
此京仁鉄道買受ニ付テハ我国ノ外国ニ於ケル鉄道経営ノ嚆矢ナリシニヨリ大ニ困難ナリ、初メ委員等ハ此ノ経営ニ付百方尽力シ（セシモ買受ケ資金ヲ得ル能ハス渋沢ハ岩崎三井等《主トシテ資本家ニ》）説ク所アリシモ之ニ応セス、サリトテ此機ヲ逸シテ他外国人ノ手ニ帰スルアランカ、日韓両国ノ関係上其ノ不利益ハ言ニ忍ヒサルモノアリ、之ニ於テ委員等大隈外務大臣ニ就キ之ヲ謀リシカ、同大臣ハ熱心ニ賛成セラレ松方総理大臣ト共ニ大ニ資本家ニ説諭セラルヽ所アリ、遂ニ岩崎・三井等資本家十有名組合《（五脱カ）》ヲ組織シ、京仁鉄道買入資金ヲ醵出シ、モールス氏ヨリ京仁鉄道
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建設ヲ了リ、運輸営業ヲ開始ノ準備ヲ完成スル迄ノ惣価格ヲ弐百万円ト定メ、組合ヨリ金十万円ヲモールスニ寄托シ、買収条約ヲ締結スルニ至レリ
　（欄外記事）
　　京釜鉄道発起委員各自又ハ個人ニテ組合ニ加入スヘキ筈ナリシモ一人ニテ之ニ応スル能ハサルニ依リ、渋沢一人ノミ組合員トナリ其尾崎・竹内――七人ハ前嶋ヲ代表トシテ之ニ加名セシメタリ

京釜鉄道経営回顧録　竹内綱著　　第一二―一三頁
委員等ハ京仁鉄道組合ヲ設クルニ就キ、大隈大臣ニ懇請シ大臣ヨリノ勧誘ニ依リ、組合ノ出資金ヲ八株ニ分チ、一株ヲ二万五千円トシ岩崎弥之助・三井守之助各二株、渋沢栄一・大倉喜八郎・安田善次郎各一株、委員尾崎・竹内・前嶋・大江・中野・井上・大三輪ハ前嶋ヲ以テ代表人トシ一株ノ出資ヲナスモノトシ、弐拾万円ヲ醵出シ寄托金トシテ「モールス」ニ交附シ、京仁鉄道譲受条約ヲ締結セリ、実ニ明治三十五《（衍）》年五月二十《（八）》日ナリ

朝鮮鉄道史　朝鮮総督府鉄道局編　　第三〇―三九頁　大正四年一〇月刊
　○第一期　第一章　京仁鉄道
　　　　第二節　京仁鉄道引受組合
○上略　六日組合ハ法学博士岡村輝彦及ヒ大川平三郎ヲ横浜ニ派遣シ、契約書案ニ付キ更ニモールスト協議ヲ遂ケシメ、次テ八日上記三委員ハモールスト会見シ、岡村輝彦及ヒ外務省雇デニソン立会ノ上、譲受契約書ニ署名セリ、契約書ノ全文左ノ如シ
　　明治三十年五月八日日本帝国横浜現住商人合衆国臣民「ゼームス、アール、モールス」（以後特許人ト称ス）ト、京仁鉄道引受組合ノ代表者タル渋沢栄一・益田孝及瓜生震（以後組合ト称ス）トノ間ニ締結シタル契約書
朝鮮国政府ハ明治二十九年三月二十九日附命令（別紙甲号写ノ通）ヲ以テ、特許人及其譲受人ニ与フルニ、該命令ニ掲載シタル条件ニ遵ヒ朝鮮国京城ヨリ済物浦ニ至ル鉄道ヲ敷設シ、之ヲ運用シ、且之ヲ維持スヘキ特許ヲ以テシ、特許人ハ該命令ニ遵ヒ、適任ナル技師ヲシテ該鉄道ノ線路及漢江ヘ架設スヘキ橋梁ノ位置ヲ測量決定セシメ、該命令ニ規定シタル時期、即チ明治三十年三月二十二日ニ於テ現ニ該鉄道敷設ノ工事ヲ創メ、目下励精施行中ナリ、而シテ特許人ハ該特許ノ唯一ノ所有者タリ、且其所有者タルコトヲ主張シ、該特許及之ニ因リテ許与セラレタル総テノ権利・特権及免除、並ニ之ニ因リテ獲得シ、若クハ獲得スヘキ又ハ築造シ、若クハ築造スヘキ財産（該鉄道ヲ含有ス）ヲ売却譲渡シ、完良有効ノ所有権ヲ移附スルニ充分ナル適法ノ権利権力ヲ有シ、且該権利権力ヲ有スルコトヲ主張ス、而シテ特許人ハ下ニ掲クル所ノ約定及条件ヲ以テ、該特許及前記一切ノ権利・特権・免除並ニ財産ヲ該鉄道ト共ニ組合ヘ売却譲渡シ、組合ハ之ヲ買入ルヽコトヲ契約セリ、依テ本契約書ハ之ヲ証スルコト左ノ如シ
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第一　後ニ掲クルカ如ク、組合ヨリ特許人ニ対シテ履行スヘキ契約ヲ原因トナシ、玆ニ特許人ハ組合ニ対シテ、左ノ契約ヲ為スモノナリ
（イ）特許人ハ嚮ニ其任命シタル技師ノ作製シタル測量設計目録及明細書（右測量設計目録及明細書ノ謄本ハ、本契約書ノ日附ヨリ二箇月以内ニ特許人ヨリ組合ヘ交附スルコトヲ、特許人ニ於テ約定ス、但シ右ハ別紙乙号方法書ト合一ナリ）ニ拠リ、本契約書ノ日附ヨリ一箇年以内ニ於テ、前記京城済物捕間ノ鉄道ヲ総テ良好完全ニ築造敷設完成装備シ、且適当精確ニ運転作用シ得ル状体ニ為スヘキ事、但シ特許人ハ必要ト認ムル場合ニ於テ右鉄道ヲ前記ノ如ク充分ニ完成装備スヘキ期限ヲ六箇月間延引スルノ権利ヲ有シ、且天災其他抗拒シ難キ原因ニヨリテ、避クヘカラサル実際ノ遷延ヲ生シタルトキハ、右鉄道ヲ前記ノ通リ充分ニ完成装備スヘキ前記十八箇月ノ外、更ニ十二箇月以内ノ延引ヲナスコトヲ得
（ロ）特許人ハ組合ノ雇入レタル技師ヲシテ該鉄道ノ既定線路ヲ検査シ、且其築造工事ヲ監督セシムルコトヲ許シ、尚右技師ヲシテ満足ニ其任務ヲ執行セシムルカ為メ、特許人ハ右技師ニ対シ総テ正当且必要ナル便益ヲ与ヘ、又特許人カ雇入レタル技師ト同一ノ資格ヲ与フヘキコトヲ約定ス、但シ右技師ノ報酬ハ総テ組合ニ於テ支払フヘキモノトス
（ハ）特許人ハ組合ヨリ請求アルトキハ、前記測量設計目録及明細書ノ増減変更（仮令ハ線路ノ傾斜ヲ五十分ノ一ヨリ百分ノ一ニ変更シ若クハ曲線ノ半径ヲ九鎖ヨリ十五鎖ト為スカ如キ）ヲ為スヘキコト、但シ之カ為メ増加スル所ノ実費ハ、組合ニ於テ支払フヘキモノトス
（ニ）特許人ハ本項（イ）節ニ規定スルカ如ク、該鉄道ヲ完成シタル時ハ、直ニ該特許及之ニ因リテ許与セラレタル一切ノ権利・特権及免除、並ニ之ニ因リテ獲得シ若クハ築造シタル一切ノ財産（前記ノ通リ築造敷設完成装備シタル鉄道ヲ包含ス）及之ニ附属シ若クハ附添スル一切ノ附属物及附添物、其他各種目ノ車輛、一切ノ橋梁、停車場・倉庫・店舗・工場・建設物並ニ一切ノ器械・装備品・材料・供給品・貯蔵品等、総テ前記測量設計目録及明細書ノ全部若クハ一部ニ依リ製作、築造、建設若クハ装備セラレタルモノハ、前記命令ニ掲載シタル条件ヲ除クノ外何等ノ性質種類ニ係ルヲ問ハス、一切ノ債務・責任及故障ナク之ヲ組合ニ売却譲渡シ、又組合若クハ組合ノ指定シタル一箇人若クハ会社ニ対シテ、前記特許・権利・特権・免除及財産ノ良好完全ナル譲渡証書ヲ作成交付シ、且組合ヲシテ、該鉄道及之ニ附属シ若クハ附添セル権利・特権・免除並ニ財産ヲ、完全ニ且故障ナク保持所有セシムルコト
（ホ）特許人ハ前節ニ規定シタルカ如キ売却譲渡ヲ為スニ当リ、本契約書ノ締結及履行ニ対シテ、朝鮮国政府若クハ其他ノ外国政府・会社・商社若クハ一個人ヨリ故障・異論及要求ヲ申出ルコ
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トアルモ、総テ之ヲ負担シ、全部其責ニ任スヘキコト
第二　本契約書ニ掲クル如ク、特許人ヨリ組合ニ対シテ履行スヘキ契約ヲ原因ト為シ、玆ニ組合ハ特許人ニ対シテ左ノ契約ヲ為スモノナリ
（イ）組合ハ後ニ掲クル購買代金支払ノ担保トシテ、本契約書ノ正当ナル締結及交付ヲナシタル後、特許人ヘ合衆国金貨五万弗ヲ供託スヘキコト
（ロ）特許人ニ於テ、組合若クハ組合ノ指定シタル一箇人又ハ会社ニ対シテ、前記特許及本契約書第一項（ニ）節ニ掲載シタル権利・特権・免除及財産ノ良好完全ナル譲渡証書ヲ作成交付シ、且ツ前ニ規定スルカ如ク、該鉄道及之ニ附属スル権利・特権・免除及財産ヲ完全ニ且故障ナク保持所有セシムルニ於テハ、組合ハ右特許並ニ鉄道ノ購買代金トシテ、本項前節ニ規定シタル供託金ノ外ニ、合衆国金貨九拾五万弗ノ金額（全部合計合衆国金貨壱百万弗）ヲ特許人ヘ確実ニ仕払ヒ、若クハ仕払ハシムヘキコト、但シ前記購買代金ノ仕払ヲ為シタルトキハ、特許人ハ更ニ合衆国金貨弐万五千弗ノ減額ヲ為シ、直ニ之ヲ組合ニ返還スヘキコトヲ約定ス
第三　特許人及組合相互ノ間ニ於テ、尚ホ左ノ事項ヲ契約ス
（イ）若シ組合ニ於テ、本契約書第二項（ロ）節ニ規定シタル購買代金ノ仕払ヲ為サス、若クハ為スコトヲ懈ルトキハ、本契約書ノ契約ハ無効ニ帰スヘク、而シテ本契約書第二項（イ）節ニ規定シタル組合ノ供託金ハ、特許人ノ所有ニ帰スヘキモノトス
（ロ）若シ特許人ニ於テ本契約書第一項（イ）（ロ）（ハ）（ニ）及（ホ）ノ諸節ニ掲載シタル契約ノ全部又ハ一部ヲ、規定ノ方法並ニ期限ニ於テ履行セス、若クハ履行スルヲ怠ルトキハ、組合ハ本契約書ノ契約ヲ尚ホ継続実施シ、或ハ特許人ニ於テ違約怠慢ノ所為アリタルト同時若クハ爾後一箇年以内ニ於テ、何時タリトモ本契約書ノ契約ヲ取消シ及解止スルノ権利ヲ有ス、而シテ若シ組合ニ於テ本契約書ノ契約ヲ継続実施スル場合ニ於テハ、特許人ハ其違約怠慢シタル一日毎ニ、損害賠償金トシテ合衆国金貨壱百弗ノ金額ヲ組合ヘ支払フヘキモノトス、但シ右違約怠慢ノ所為一箇年ノ間継続スルトキハ、本契約書ノ契約ハ無効ニ帰スヘク、且特許人ハ右ニ規定シタル賠償金ノ外ニ、本契約書第二項（イ）節ニ依リテ、組合ヨリ特許人ヘ寄託シタル一切ノ金額ヲ組合ニ返還スヘキモノトス、若シ又特許人ニ於テ違約怠慢ノ所為ヲナシタル為メ、組合カ本節ノ規定ニヨリテ其保有スル権利ニ依リ、其違約怠慢ノ所為アリタルト同時若クハ爾後一箇年以内ニ於テ、本契約書ノ契約ヲ取消シ及解止シタルトキハ、特許人ハ本契約書第二項（イ）節ニ依リテ、組合ヨリ特許人ヘ寄託シタル一切ノ金額ヲ組合ニ返還スヘク、且該金額ノ外、更ニ組合カ被ムル所ノ損害ヲ総テ賠償スヘキモノトス
（ハ）本契約書ノ契約ニ基キ支払フヘキ一切ノ金額ハ、支払者ノ便宜ニ依リ、支払期日ノ当時、横浜ニ於ケル合衆国金貨参著為換
 - 第16巻 p.531 -ページ画像 
相場ニ依リ、日本国通貨ヲ以テ支払フコトヲ得ヘキモノトス
（ニ）若シ特許人ト組合トノ間ニ於テ、本契約書ニ掲載シタル各契約ノ真実ナル解釈、意義若クハ履行法ニ関シ、示談ヲ以テ調停シ難キ争議ヲ発生スルトキハ、之ヲ利害ノ関係ナキ仲裁者三名ノ裁決ニ附スヘシ、右仲裁者ノ一名ハ特許人之ヲ選任シ、其一名ハ組合之ヲ選任シ、猶一名ハ特許人及組合共同ニテ之ヲ選任スヘシ、若シ此第三仲裁者ノ選任ニ関シ、特許人及組合ニ於テ同意シ得サルトキハ、特許人及組合ヨリ選任セラレタル二名ノ仲裁者協議ノ上之ヲ選任スヘシ、而シテ該仲裁者中ノ二名ニテ署名シタル裁決書ハ、最終ノ判決ニシテ、本契約両当事者ヲ覊束スルモノトス
（ホ）本契約書ニ包含スル諸般ノ規定ハ、両契約当事者ノ相続人・遺嘱管財人、選定管財人並ニ譲受人ニ適用シ、且之ヲ覊束スヘキモノトス
右契約ヲ締結シタル証拠トシテ、当初記載ノ年月日、日本帝国東京ニ於テ本契約ノ本証タル日本文ノ契約証書ニ当事者双方記名調印スルモノナリ、但シ正本二通ヲ作リ、各自一通ヲ所持ス
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　James R. Morse(sig.)
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　渋沢栄一　印
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　益田孝　印
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　瓜生震　印
契約当事者ハ左ニ記名セル立会人ノ面前ニ於テ記名調印及交付セリ
　　　　　　　　　　　　　　　　　　立会人
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　H. W. Denison(sig.)
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　岡村輝彦　印
此ノ契約ニ基キ組合ハ十二日手附金五万弗（当日横浜正金銀行ノ紐育参著相場四十八弗四分ノ一ノ計算ニ依リ邦貨十万三千六百二十六円九十四銭）ヲモールスニ支払ヒ、之ニ対シテ彼ヨリ米国貿易会社ノ保証書ヲ提出セシメ、玆ニ完全ニ譲渡契約ハ成立セリ○下略
　　○別紙甲号及ビ乙号右書ニ載セズ、但シ甲号「朝鮮政府明治二十九年三月二十九日付命令」ハ本款明治三十年一月ノ条（第五一六頁）所引ノ特許約定書参照。

東京経済雑誌　　第三五巻第八八一号・第一一五一―一一五三頁　明治三〇年六月一九日
　　　　○駐韓米国公使の告示及び京仁鉄道譲受の議
北米合衆国は外国不干渉を以て国是と為し、「デモクラツト」党政府たると、「レパブリカン」党政府たるとを問はずして皆其励行を期することなるが、人民特に外国に在留せる人民に至りては、本国国是の在る所を知らずして往々外国の政治に干渉せることあり、明治二十七八年戦役の前後に於ける駐韓米国人の挙動は実に之を証するものなりしが去る五月中米国公使は本国政府の訓令を奉して左の告示を発したり
　　　朝鮮国居住合衆国人民に告示す
　国務卿の命を受けて本官は、一時若くは永久朝鮮国に居住する合衆国人民各自に対し、平素本国政府の表明する方法を公に告示せんとす、即苟も外国に在留する忠良なる米国人民は、何国たるを問はず
 - 第16巻 p.532 -ページ画像 
其居留国の内政に関しては本国政府が国際交誼上担ふ処の義務たる厳格なる超然主義を遵守すべきものにして、該国の内政に関し意見を発表し、言議を建白し、若くは政治問題に干渉することは厳に差控ふべし、若し此の如きことを為すものあらば、是れ各自の責に帰し、本国政府及び該国に於ける本国の代表者は決して此の如き行為を可認すること能はず、若し此の訓戒に違背するときは、其結果に対し充分の保護を与ふることの実際行はれ難きに至ることもあるべし、遠く本国を辞して異郷に住する善良なる米国人民が、本国に対し能く忠誠愛国の意を表し、外国在住の間終始有効なる保護を受くべき各自の権利を正当ならしむる方法は、蓋し布教と教育と医療と其他何等に論なく、之が為め外国に移住したる本来の職分を株守し曾て余念なきことを務むるに優るものなかるべし
　右公示するものなり
　　千八百九十七年五月十一日
　　　　　　　　　　　　朝鮮国京城合衆国公使館にて
　　　　　　　　　　　　　　弁理公使兼総領事
　　　　　　　　　　　　　　　　　ジヨン、エム、ビー、シール
是れ実に外国不干渉の米国々是を発揮するものにして、斯る告示を発するに至りたるは米国公使の懈怠に帰するものなりと雖も、米人干渉の被害者たる我が日本政府たるもの、亦決して其責なしと謂ふへからず、而して此の告示にして駐韓米人等の朝鮮の政治に干渉し、其の害を我が邦に及ぼすことを防止するを得ば、是れ独り彼等の為に幸福なるのみならず、東洋平和の為に賀すべきことなり
京仁鉄道の布設権は大鳥公使の締結せる暫定条約に依りて一旦之を我が邦に掌握したりしに、伊藤内閣外交の懈怠せるが為終に米人モース氏の手に落ちたり、是に於て我人民は大に驚き、京釜鉄道の敷設を出願し、是れ亦暫定条約規定中の事たるを以て、政府も百方周旋尽力する所あり、遂に加藤公使をして故王妃の大喪費金四十万円を献納せしめ、之に依りて京釜鉄道の特許を得んことを奏上せしめたるに、国王は其厚意を謝して献金をば謝絶したりと云ふ、蓋し韓廷は収賄の府にして、此般の奏上は敢て怪むべきにあらずと雖も、斯る奏上にして謝絶せられたりとせば、京釜鉄道の特許は殆ど其の望絶えたりと謂はざるべからざることなり
然に京仁鉄道の特許を得たるモース氏は資金の募集意の如くならざる由にて、其の特許権を我が邦人に譲与するに至れり、今其の顛末を聞くに、モース氏の提出したる条件は左の如し
　一無条件を以て株金の半額を日本人にて引受くるに於ては米人自ら主宰する代りに何等の報酬をも要求せず
　二株金の全部を日本に於て引受くるも三年間は表面米人の事業として米人之を主宰する事とせば、モース氏運動費等を償ふ為め報酬として金三十万円を氏に贈与す
　三仮令事実上日本人の有となるも直ちに米人の名を除き日本人に譲渡す事はモース氏に於て断じて応じ難し
此条件に対する双方の交渉は米国に於て開かれ、布哇公使アルビン・
 - 第16巻 p.533 -ページ画像 
星公使・大川平三郎等の諸氏其の間に周旋せり、而して終にモース氏我が邦に渡来し、東京に於て親しく京釜鉄道の発起人等と商議し、左の如く決定せり
　一鉄道は一切モース氏の計画に従ひ、工事は総て氏の手に引受け、竣成の上直ちに日本人に譲渡す事、但し工事に関しては日本人は監督者の位地を占む、起工期は本年四月一日、竣成期は来三十一年三月三十一日とす
　二鉄道は広軌単線にして、漢江其他の鉄橋は最も堅牢なるを択び、機関車・客車・貨車・倉庫・停車場三個所、其他之に必要なるものを包含し、総代価米金九十七万五千弗即ち凡そ我二百万円を以てモース氏より譲り受くる事
　三工事竣成の上モース氏より日本人に引渡を了へたる時は直に全権を日本人に移し、且米国人の名を除き名実共に完からしむる事
元来京仁鉄道は米金七十五万弗にて布設する予算なりしに、之を九十七万五千弗にて譲渡せば、モース氏の利益は、大約二十万弗となるべし、是れ邦貨四十万円にて京仁鉄道の特許権を譲受けたりとの噂ある所以なり、而してモース氏は譲渡契約の手附金として邦貨六十万円を要求し、商議の末十万円を渡すことと為し、我が発起人等は「シンジケート」を組み、一口を金七千円と定め、各自一口若くは数名にて一口を引受け、此総額中より既にモース氏に十万円を払渡し、残余は米国に於ける諸払に差向くる筈なりと云ふ、左れば此の譲渡に依りて米人モース氏の利益する所固より大なりと雖も、兎に角枢要なる京仁間鉄道の我が邦人に帰するは祝せざるべからざることなり