デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2021.9.1

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

6章 対外事業
1節 韓国
3款 京仁鉄道合資会社
■綱文

第16巻 p.538-542(DK160085k) ページ画像

明治31年3月8日(1898年)

是ヨリ先、モールス、京仁鉄道ヲ三百万円ニテ仏国シンジケートニ転売センコトヲ同鉄道引受組合委員会ニ提議ス。是日栄一、総理大臣侯爵伊藤博文ニ報告、政府ノ指揮ヲ請ヒ、十二日組合ハ転売ヲ拒絶ス。


■資料

朝鮮鉄道史 朝鮮総督府鉄道局編 第四四―四六頁 大正四年一〇月刊(DK160085k-0001)
第16巻 p.539 ページ画像

朝鮮鉄道史 朝鮮総督府鉄道局編  第四四―四六頁 大正四年一〇月刊
 ○第一期 第一章 京仁鉄道
    第二節 京仁鉄道引受組合
○上略
 此ノ如クニシテ、組合トモールストノ間一時小康ヲ得シカ、三月五日○明治三一年モールスハ更ニ別種ノ問題ヲ提供シ来レリ、此ノ日彼ハ渋沢事務所ニ三委員ヲ訪ヒ、告クルニ仏国シンヂケート代表者グリールヨリ三百万円ニテ京仁鉄道ヲ譲受ケントノ申込アリタルヲ以テシ、且ツ此ノ金額ハ自己ノ組合ニ対スル契約高二百万円ニ、工事改良費四十万円ノ内、結局自己ノ負担タルヲ免レサルヘキ半額二十万円ヲ加ヘタル合計額ニ比シ、尚八十万円ノ利益アルカ故ニ、若シ組合ニシテ之ニ同意セハ、保証金ヲ即時返還スヘキハ勿論、組合ノ従来費セル経費一切ヲ賠償シ、且ツ其ノ利益ノ幾分ヲ頒タンコトヲ附言セリ
 組合委員ニ於テハ事甚タ重大ニシテ即答スヘキニ非サリシカハ、総会ヲ招集シテ組合ノ意見ヲ一定シタル後、之カ回答ヲ為スコトトシ、同時ニ本問題ノ解決ヲ見ルマテ、工事変更ノ実行ヲ延期センコトヲモールスニ要求セリ、而シテ組合ハ其ノ意思ヲ決定スルニ先チ、一応政府ノ意向ヲ知ルノ必要アリシヲ以テ、八日渋沢委員ハ伊藤総理大臣ヲ訪問シ、モールスノ申出ニ付キ報告ヲ為シタル上、将来ノ措置ニ関シ政府ノ指揮ヲ請ヘリ、政府ハ本線ヲ以テ対韓政策上唯一緊要ノモノナリトハ認メサリシモ、一タヒ之ヲ獲得セル以上、国家ノ体面ヨリ見ルモ、之ヲ失フヘキニ非ストシ、組合ニ諭スニ、モールスニ説キテ売却ヲ中止セシムヘキヲ以テセリ、然リト雖モールスノ希望ヲ斥ケ、売却ヲ防クニ於テハ、彼ハ為メニ数十万円ノ利ヲ失フヘク、従テ曩ニ承諾セル工事改良費ノ負担ヲ肯セサルニ至ルヘキヤ必セリ、此ニ於テ組合ハ改良工事費約四十万円ノ負担ヲ免レス、一方ニ組合員中脱退ノ希望ヲ有スルモノヲ生シ、一時内外ニ対シ甚タ困難ナル地位ニ陥レリ、是ヲ以テ組合ハ政府ニ請ヒテ改良工事費ノ支給ヲ得ントシ、数回交渉ノ結果、曩ニ大隈内閣ノ予約シタル百万円ノ外、八十万円増貸ノ内諾アリタルヲ以テ、三月十二日組合ハモールスニ対シ、転売不同意ノ通告ヲ発セリ
○下略


前嶋密書翰 竹内綱宛(明治三一年)三月五日(DK160085k-0002)
第16巻 p.539-540 ページ画像

前嶋密書翰 竹内綱宛(明治三一年)三月五日   (竹内広氏所蔵)
拝啓本日渋沢君宅ニ例之組合委員会有之、モールス氏より、彼鉄道を仏国シンジケートより買収致し度旨申出候ニ付、若し本組合ニ而約定取消可相成候ハヽ、已ニ払入相成候証拠金ハ勿論諸費用を弁償致し、且若干之償金をも可相払云々申出候
 ○モールス氏も出席之上
 ○仏国シンジケートは義州線之特許を得たる者
右申出ニ対してハ何れ惣代組合員ヘも相諮り篤と勘考之上返答可致旨ニ而本日之会議ハ相済候、而て其後出席委員之談合ニハ、現政府之意見を充分ニ承り、且我々組合之腰弱き為メ此国家問題たる鉄道を外国
 - 第16巻 p.540 -ページ画像 
人之手ニ渡したるとの攻撃を政府之部分及世之人より受けさる丈之手順を尽し可申、而て政府若し冷淡ならハ売渡も可なり、若し又政府ニ而之を保有するの必要ありとの趣ならハ之ニ向て要求する所も可有之孰れニして《(も脱カ)》渋沢氏を以て伊藤・井上両君へ談示員とすへしとの決を為し申候、其他種々之細事ハ有之候得共、是ハ拝晤ニ而相悉し可申、又ハ渋沢君より御聞取可被下候
伊井両君へ渋沢君より談示之上ニ而本組合会可相開、是ハ四五日中なるへし、然ル処迂生ハ海員掖済会之要事ニ而明朝第一列車ニ而出発仕候ニ付、右相談会ニハ出席難致、因而賢台又ハ尾崎両君之内御壱名単ニ名義上之組合員なる迂生ニ代て御出席被下度、是ハ渋沢君及ヒ他之委員各位よりも冀望被致候所ニ御坐候、然ルニ只今拝見仕候貴台之御紙上ニ拠れハ、尾崎君ハ御病褥ニ御在之趣ニ候得ハ、当時殊ニ御繁多可有御坐候得共、貴台乍御苦労渋沢君より通知有之候ハヽ其会ヘ是非御臨席被下候様奉願候、貴台御臨席被下候趣ハ渋沢君ヘ通知可仕置候モールス氏此般之申出ハ孰れの点ニ於ても其好機と存候、何卒一段之御配慮を以て利益(国の為メなり又我々個人之為メなり)相成候様御処決奉願候
迂生ハ本月廿二三日頃ニハ帰京可仕候
右可相願 早々不尽
  三月五日夜
                        前嶋密
    竹内綱様


渋沢栄一書翰 松平隼太郎宛(明治三一年三月八日)(DK160085k-0003)
第16巻 p.540 ページ画像

渋沢栄一書翰 松平隼太郎宛(明治三一年三月八日)   (松平誠一氏所蔵)
過刻岩永ニ申付候京仁鉄道之事ニ付明後十日午前九時兜町宅ニ集会相開候ハ組合員会ニて、大坂松本氏・横浜原善三郎・大谷嘉兵衛(モールス氏ニハ案内ニ不及候事)東京ハ委員も組合員も一同通知致候筈ニ御坐候、且又其通知状ニハ至急緊要之件御評議致度候間御繰合被下御出席相成候様と御申通有之度候
前嶋氏ハ留守中ニ付竹内綱氏へ案内致候筈、先日其宿所追記入之来状有之、其際失念せさる様申付置候事ニ候
右之都合ニ付至急夫々出状御取扱有之度候、此段早々申進候
                         栄一
    隼太郎殿


渋沢栄一書翰 八十島親徳宛(明治三一年)三月一〇日(DK160085k-0004)
第16巻 p.540 ページ画像

渋沢栄一書翰 八十島親徳宛(明治三一年)三月一〇日   (八十島親義氏所蔵)
明後十二日午前十時ニモールス氏と面会を要し候間、明早朝書状を発し、右時刻ニ兜町宅迄来会致候様御申遣可被成候、但コールブラン氏も同行之方必要と被相考候ハヽ同伴被致度と申通候而可然候、吉川へも同様申遣し同時刻ニ参集候様御取計可被下候
右申進度 匆々不一
  三月十日
                         栄一
    八十島殿

 - 第16巻 p.541 -ページ画像 

明治財政史 明治財政史編纂会編 第二巻・第六一八頁 大正一五年九月刊(DK160085k-0005)
第16巻 p.541 ページ画像

明治財政史 明治財政史編纂会編  第二巻・第六一八頁 大正一五年九月刊
 ○第三編 第五章 第八節 償金ノ保管監理及回収使用並運用
    第七款 京仁鉄道ヘノ貸付
○上略 然ルニ爾後工事ノ進行スルニ従ヒ、京仁鉄道引受組合ハ「モールス」ト協議ノ上、設計ノ変更ヲ為シタル為メ、「モールス」ハ組合ニ対シ種々難題ヲ申込ミ、其極遂ニ明治三十一年三月五日ニ至リ「モールス」ハ、該鉄道ヲ仏国「シンジゲート」代表者「グリール」ニ於テ日本ノ組合トノ契約代金ニ優ル価格ヲ以テ買受ケ度旨申込ヲ受ケタルヲ以テ之レニ応シ度旨、引受組合ニ申込ミタリ、因テ該引受組合ハ、右ノ申込ヲ時ノ総理大臣伊藤侯爵ニ上申セシニ、伊藤総理大臣ハ右売却ハ見合セシムヘキ様取計フヘキ旨組合ニ内達セラレシヲ以テ、組合ハ「モールス」ニ対シ再三談判スル所アリ、其結果「モールス」ヨリ工事遅延ニ関スル損害賠償ノ要求及曩ニ組合ヨリ請求シタル工事改良ノ拒絶ヲ申出テタリ、加フルニ一方ニ於テ、該組合員中当初ノ規約ヲ履行スル能ハスシテ除名ヲ申出タルモノアリ、到底最初ノ予算ニテ目的ヲ達スル能ハサル事情ニ立至リタルヲ以テ、政府ニ於テ左記ノ条項ニ依リ貸下金相成度旨、引受組合ヨリ明治三十一年四月十一日付ヲ以テ申出テタリ、其要項ハ左ノ如シ
 一 鉄道受渡ノ際、更ニ金八十万円ヲ限リ、当組合ヘ貸下ノ儀予メ命約アリタキ事
 一 右金員ハ無利息無期限ニテ貸与ノ事
 一 後日ニ至リ株式会社設立ノ運ニ立至レハ、該当ノ株式代金ヲ以テ右金員ハ速ニ返納スル事
○下略
  ○右四月十一日付請願ニ対シテハ正式ノ許可命令書ハ発セラレズ、組合側ハ内閣総理大臣侯爵伊藤博文ヨリ口頭ニテ内諾アリタリト解シ、政府ニ於テハ未タ許可ニ至ラザルモノトス。蓋シ明治三十一年十月三十一日ニ至リ、該組合ヨリ再ビ右貸下金請求再願ニ及ビシ時、右ノ許可内諾ノ有無問題トナリシモ、政府ハ単ニ口頭ニテ差許サレタルモノハ許可アリタルモノト認メズシテ、改メテ請願セシメ之ニ許可ヲ与ヘタリ。本款明治三十一年十月三十一日ノ条(第五四六頁)所引ノ「明治財政史」第二巻(第六一九頁)参照。


築京釜鉄道記 竹内綱手記(DK160085k-0006)
第16巻 p.541 ページ画像

築京釜鉄道記 竹内綱手記         (竹内広氏所蔵)
其後亦モールス氏ヨリ復又建設費ノ不足ヲ唱エ、条約価格ヨリ二十万円余ノ増額ヲ請求シ、若請求ヲ容レサル時ハ、幸ニモ三百万円ニテ他ニ買受ケノ希望者之レ有ルニ依リ、之ヲ売渡ヲナス時ハ、組合ハ八十万円余ノ利益ヲ得ヘキニ付、何レカニ承諾ヲ得タシトノ難問題ヲ提起セシガ、組合中ニハモールスノ売却論ニ応スヘシト云議強カリシモ、(余等ノ意見《又京釜発起委員等》)ハ当初ヨリ京仁鉄道ノ譲受ケハ畢竟国家的ノ事業ナルヲ以テ、仮令条約価額ニ増額ヲ来スモ他ニ譲与スヘカラサルコトヲ主張セシカ、組合ノ評議モ之ニ一決シ、終ニ二十余万円ノ増額ヲ承諾セシガ、其結果トシテ金八拾万円ヲモールス氏ニ貸渡サヽルヲ得サルニ至リ、組合ハ其事情ヲ具シ政府ニ懇願スル処アリ

 - 第16巻 p.542 -ページ画像 


〔参考〕世外井上公伝 井上馨侯伝記編纂会編 第四巻・第六七八―六七九頁 昭和九年五月刊(DK160085k-0007)
第16巻 p.542 ページ画像

世外井上公伝 井上馨侯伝記編纂会編  第四巻・第六七八―六七九頁 昭和九年五月刊
 ○第十編 第三章 実業の振興
    第二節 鉄道事業
○上略
モーリスはその資本を米国に於て募集したが不成功であつたので、窃かに京釜鉄道の発起人渋沢栄一・大三輪長兵衛等にこれが売却方を申出た。依て渋沢は益田孝・瓜生震等の有志に謀り、政府当局者であつた大隈の賛成を得て、政府よりその資金の無利子貸附を得ることになり、既にモーリスが多少敷設しかゝつてゐたこの鉄道を二百五十万円で買収することにした。当時公は朝鮮の形勢に鑑みて之に賛せす、三十一年に大蔵大臣となるに及んで、大隈の所為を違法として、政府の出資を取消さうとした。これは露国政府に対して面白からぬ外交関係が生じはしないかとの懸念からであつて、公の同鉄道敷設に関する意見は、第九編第二章にも掲げた如く「京・仁間ニ於ケル鉄道ヲ朝鮮政府ヲシテ起工セシメ、要スル所ノ機器・材料・技術者等ハ総テ我ニ依頼セシムル」ことにあつたので、公はかくすることに依つて京仁鉄道に於ける我が国の特殊の地位を得、且つ露国との外交関係も無難に過させようとしたものである。併し公は伊藤首相よりの希望もあり、敢へて取消すこともしなかつたので、翌三十二年に政府は百八十万円を京仁鉄道組合に貸附し、愈々その買収は実現されたのである○下略
  ○「世外井上公伝」第九編第二章ニハ明治二十八年七月二日閣議ニ提出セル井上馨ノ対韓策意見書ヲ掲グ、ソノ中ニ鉄道ノ事ニツキ左ノ如ク述ブ。
       鉄道ノ事
    条約案ノ如ク実行セシメントスルニハ尋常ノ手段ニテハ迚テモ結局スルコト難シ。且外観ニ於テモ朝鮮ヲ独立セシムルノ名義ヲ以テ我利益ヲ得ルヲ唯一ノ目的トシ、威迫力ニ因ツテ得ルヤノ嫌ヒモ有之、旁以テ今日ノ処京城・釜山間ニ於ケル鉄道ハ差シテ必要トモ見エズ。唯京城・仁川間ハ貨物ノ運搬旅客ノ往来頻繁ナルヲ以テ差向必要ヲ感ジ居候間、第一案○三百万円恵与案ニ決議相成候ヘバ、先ヅ京・仁間ニ於ケル鉄道ヲ朝鮮政府ヲシテ起工セシメ、要スル所ノ機器・材料・技術者等ハ、総テ我ニ依頼セシムル様裡面ヨリ手段施シ度存候(世外井上公伝第四巻第四八六頁)
   以テ井上馨ノ意見ヲ知ルベシ。