デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

7章 経済団体及ビ民間諸会
1節 商業会議所
1款 東京商法会議所
■綱文

第17巻 p.130-140(DK170016k) ページ画像

明治12年6月13日(1879年)

是日イギリス国香港知事ヘンネツシー、当会議所ニ来リテ貿易ノ趣旨ヲ演説ス。栄一、福地源一郎・益田孝・岩崎弥太郎・三野村利助ト共ニ同氏ヲ深川大工町三井家ノ別業ニ請ジテ饗応ス。


■資料

(芝崎確次郎)日記簿 明治一二年(DK170016k-0001)
第17巻 p.130 ページ画像

(芝崎確次郎)日記簿  明治一二年    (芝崎猪根吉氏所蔵)
六月十三日 天気
例刻出頭、本夕ハ三井別荘ニテ香港領事ヘン子ツシー夫人共御招待ニ付、参議諸省長官参集ニ付増田○啓蔵同所ヘ世話役ニ罷越 ○中略 主君奥様十一時半ニ御帰館相成候
六月十四日 晴
例刻出頭、増田氏ハ三井別荘片付ニ参リ、頭取ハ午後五時御外出、六時退社


東京日日新聞 第二二五六号 明治一二年六月一四日 香港知事ヘンネツシー来朝(DK170016k-0002)
第17巻 p.130-131 ページ画像

東京日日新聞  第二二五六号 明治一二年六月一四日
 - 第17巻 p.131 -ページ画像 
    香港知事ヘンネツシー来朝
昨日の午後二時より香港知事ヘンネツシー氏は、東京商法会議所議員の需に応じて木挽町なる同会所に来られ、貿易の趣意を演説せられ益田孝君是を訳述せらる、其大旨は日本と支那との貿易の次第に昌盛に赴くべき理由より、終に東洋の貿易の益々昌盛して併せて大英国の繁昌を致さんことを冀望するとの事なり、右終りて議員福地君答詞を述べらる。其の大略はまづ氏の来臨ありて最も緊要なる忠告を忝したる段を謝し、併せて将来全地球の貿易を昌盛ならしむるは、現今の利己主義を捨てゝ他を利し且つ己を利するの主旨に基きて交通するに外ならざるを信ずる、との意なりき(この演説は何れも詳しき書取を得て次号に掲ぐべし)同夜六時より渋沢栄一・福地源一郎・益田孝・岩崎弥太郎・三野村利助の五君が主人となられ、深川大工町の三井の別業に於てヘンネツシー氏を饗応せらる。相客の貴紳には伊藤・大隈・井上の三参議、松方大蔵大輔・楠本知事・安藤領事・英国公使館一等書記官ケンネージー氏(この諸君は何れも夫人を伴はれ、中に井上君は令嬢、大隈君は令息を伴はれたりと)ピツトマン氏・アルビン氏及同氏妹・渋沢喜作・小室信夫・大倉喜八郎・米倉一平・三井八郎右衛門の諸君にて、亭主の人々も悉く其令室を伴はる、此日の料理は浜町常盤屋の調進にてニノ膳付の日本料理なれば座食は勿論なり、酒間盲人の三曲を簾の中に奏し、外に長唄下方三味線ひく者ども十六人、給仕は妙選の芸妓を用ゐられたりとや、何れ詳しき次第は明後日の紙上に於て報道せん


東京日日新聞 第二二五八号 明治一二年六月一七日 【明治十二年六月十三…】(DK170016k-0003)
第17巻 p.131-133 ページ画像

東京日日新聞  第二二五八号 明治一二年六月一七日
 明治十二年六月十三日香港太守ジヨン、ホープ、ヘン子ツシー閣下ハ東京商法会議所議員ノ招待ニ応シテ午後二時半ヲ以テ会議所ニ来臨セリ、会頭渋沢栄一コレヲ導キ議場ニ登リテ各員ニ紹介シ、揖譲ノ礼ヲ畢リテ後ニ太守左ノ演説ヲ為セリ
 本日ハ会議所ノ理事本員理事委員議員ミナ出席シテ議場ニ着席シ、傍聴席ニハ大隈参議・井上参議・松方大蔵大輔・河瀬商務局長・楠本東京府知事・遠藤大蔵大書記官ヲ初トシ朝野中外ノ紳士ヲ併セテ其数凡ソ二百人ニ近ク、又太守ノ演説ハ第二副会頭益田孝自カラ其ノ通弁ヲ務メ、第一副会頭福地源一郎ノ荅詞ハ他日之ヲ英語ニ訳シテ太守ニ贈呈スベキ旨ヲ述ベタリ
    ○香港太守ヘン子ツシー閣下ノ演説
諸君ヨ、余イマ外語ヲ以テ演説ヲ為スニ当リ、諸君ノ中ニハ必ラズ余ガ言語ヲ解スルノ人々多カルベシト信ズ、抑モ余ガ諸君ノ招待ニ応シ敢テ今日ノ演説ヲ為ス事ヲ辞セザル所以ノ者ハ種々ノ因理アリテ然ルナリ、何トナレバ則チ現ニ今大英国ノ外国貿易ニ取リテ最モ盛大ナル港津ハ乃チ余ガ奉職ノ地ニシテ、既ニ去年我ガ所轄ノ地ヲ経テ船積シタル貨物ノ数量ハ百七拾万噸ニシテ、其代価ハ決シテ五億万円《(ドルラル)》ヨリ少ナカラザリキ、夫ノ香港ノ貿易ノ斯ノ如クニ盛大ナル者ハ、他ナシ、其日本・支那両帝国ニ密接スルガ故ナルノミ、然則チ余ガ日本ト香港ノ間ニ於ケル貿易旺隆ノ状況ヲ述ブル者ハ、実ハ日本ト支那トノ間乃
 - 第17巻 p.132 -ページ画像 
至我ガ本国即チ大不列顛愛蘭合同帝国トノ間ニ於ケル貿易ノ旺隆ヲ目的トスル者ナリ、凡ソ諸君ガ実際ノ商務ニ於テ日本ト支那トノ貿易ノ高ヲ確知シ、如何ノ方法ヲ以テ此商売ヲ盛大ナラシムル乎ヲ確知スルハ最モ緊要ナルベシト思ハル、今ヤ日本ノ外国貿易ニ於ケル、大英国ハ一ケ年凡ソ二千五百六十五万円ニ上リ、合衆国ハ七百八十八万二千円仏蘭西ハ八百四十一万二千円、日耳曼ハ百零八万七千円ニ上レリ、是レ千八百七十七年(即チ明治十年)六月ニ至ル迄一年度間ノ合計ナリ今日本ト支那トノ貿易ハ果シテ幾許ノ高ナリシ乎ト問ハンニ、一千零四十五万二千円ノ巨額ナレバ、実ニ日本ト仏蘭西・日耳曼両国トノ貿易ヲ併セタル高ヨリモ大ナリトス、加之支那トノ貿易ニ関シテハ尚諸君ニ利益アルノ要理アリ、試ミニ千八百七十八年(明治十一年)七月ヨリ十二年マデノ半年間ニ於テ諸君ト支那トノ貿易高ヲ見ニ其高ハ五百十五万千三百廿九円ナリ、而シテ其貿易ハ如何ニ成リタル乎、諸君ハ此半載ニ於テ三百三十万七千五百八十二円ヲ輸出シ、僅ニ百八十四万三千七百四十七円ヲ輸入セリ、以テ諸君ガ支那及ヒ合衆国ニ於ケル其貿易ハ啻ニ盛大ナルノミナラズ大ニ日本ノ殖産ヲ利シ、日本ノ輸出ニ益アルヲ見ルニ足レリ、又其貿易ハ正貨ヲ貴国ニ輸入セシムルガ故ニ貴国政府ノ財政ニ利益アルヲ見ルニ足ルベシ、請フ一例ヲ挙テ之ヲ証センニ、曩ニ余ガ松方君ヲ広東総督ニ紹介セシニ方リテヤ夫ノ四千万ノ人口ヲ管轄スル総督ハ、支那ト日本トノ交誼ニ篤キハ自然ノ勢ナリ、両帝国ニ取リテハ其互ニ他国ヨリ篤キハ大ニ利スル所アルベシト云ハレタリ、此時余ハ総督ニ向ヒ目下大英国ト日本トノ貿易ノ高ハ日本ト支那トノ貿易ノ高ニ倍セリト述ベタルニ、総督ハ将来ニ於テ日本物産ノ最大市場ハ必ラズ支那ナルベシトハ答ヘラレタリキ
偖テ余ガ香港去年ノ貿易高ハ凡ソ五億万円ト概算シタルニ付キ、今貴国政府ノ刊行セラレタル同年ノ文書ヲ見ルニ諸君ハ巨額ノ玄米・樟脳(十七万七千円)巨額ノ銅(五十六万円)人蔘(十六万千円)石炭・乾魚ヲ輸出シ、現ニ乾鱈ノミニテ凡ソ五千万円《(十カ)》、昆布ノミニテ凡四十一万円、海菜ノミニテ凡ソ十三万円ヲ支那ニ輸出セラレタリ、余マタ諸君ニ告ケン、支那ニ於テ如是ノ物品ヲ消費スルハ実ニ驚愕スベキノ巨額ナレバ諸君ノ力ヲ竭スモ支那ノ需求ニ供スルハ迚モ及ハザル所ナルベシ、現時海峡物産ノ名ヲ以テ新嘉坡地方ヨリ支那ニ輸入スル高ハ逈カニ此上ニ出テ、其乾魚・鱶鰭・昆布等ノ諸品ノボル子オ及ビ海峡地方ヨリ来ルヲ見ルニ、香港ヨリ算スルモ猶二千四百里ノ遠地ヨリスル者ナレバ、海路ノ遠近ヲ以テスルモ貴国ノ彼ノ地方ヨリ近キ殆ト一千里、夫レ同一ノ物産ヲ輸出スルニ付キ已ニ一千里ノ近便ナルアリ、而シテ諸君ガ多ク之ヲ輸出セザル者ハ抑モ何ゾヤ、諸君ハ実地ヲ主トスルノ人々ナリ、必ラズ之ヲ答フルコトヲ得ベシ、偖又諸君ハ一ケ年ノ間ニ於テ小麦二千三百七十万斤、麦粉七十三万五千斤ヲ支那ニ輸送シタルヲ以テ、小麦ノ高ハ逈ニ麦粉ノ高ヨリ多キヲ知ル、諸君ガ商務ノ人タルヲ以テ余ハ諸君ノ注意ヲ喚ハント欲ス、香港居住ノ支那人ガカルホルニアヨリノ麦粉ヲ支那ニ輸入スルハ已ニ数年以来ノ事ナレバ香港ナル米国巨商ハ復タ麦粉ノ商業ヲ止メ、今ハ全ク支那商人ノ手ニ帰シタリ、此支那商人中ニハ香港ニ生レ即チ大英国臣民タル支那人モ
 - 第17巻 p.133 -ページ画像 
アリ、蓋シ此事タル概ネ支那人ノ商業ヲ営ナムヤ廉価ヲ専ラトシ、自カラ奉スルヤ節倹ヲ旨トスルニ由リ、麦粉ノ如キモ之ヲ米国商館ニ比スレバ幾分カ廉価ニ売ルヲ得ルガ故ナリ、今日本ノ商人ハ已ニ巨額ノ小麦ヲ支那ニ輸送セリ、而シテ却テ麦粉ニ製造シテ輸送スルノ利ヲ占メザル者ハ何ゾヤ、其代価ノ利アルハ云フ迄モ無ク、海路四千里ノ近便ハ余ガ言ヲ俟タズシテ明ナルベシ、余之ヲ箱館駐在ノ大英領事ニ聞ク、曰ク「蝦夷(北海道)ノ地タルヤ地広ク土沃ヘ其果物ハ以テ全支那帝国ノ夥シキ人口ノ需求ニ供スルヲ得ベシ、其海路ヲ香港ニ取ルモ他港ニ取ルモ只命ノマヽナリ」ト又曰ク「政府ハ今専ラ夫ノ島嶼ノ漁業ヲ勧奨セリ、今日坤輿ノ諸方ヨリ支那ニ輸入スルノ乾魚ハ将来都テ蝦夷ヨリ之ヲ用供スルニ至ルベシ」ト、又カノ領事ユーステン氏ハ余ガ手中ニアル報告書ヲ観テ「此ノ文書ハ信ニ確実ナリ、日本政府ハ蝦夷地方ニ関渉シテ曾テ空漠ノ報告ヲ為シタル事ナシ」ト、云ハレタリ是レ余ガ此期ヲ以テ聴衆諸君ノ為ニ演ヘザルヲ得ザル所ナリ、今夫レ諸君ガ支那市場ニ香港ニ輸送スルハ幾許ゾヤ、余ガ概算ニ拠レバ去年香港ヨリ日本ニ積送リタル高ハ凡五万噸ナリ、苟モ日本ノ隆盛ヲ謀ラバ此高ニ加フルニ更ニ五万噸ヲ以テセザル可カラズ
今ヤ余ガ開演セシ所ハ利己ノ益ヲ《セルヒシイントレスト》是レ謀ルナリ、如是ノ要地ニ奉職スル太守ノ分ニ於テ、余ハ日本及ビ支那ニ向テ我大英国ノ貿易ヲ拡張スベキ責ヲ有スルガ故ニ凡ソ維多利亜《ウヰクトリヤ》女皇ノ臣民タラン者ハ皆此帝国ノ隆盛ニ由リテ利益セラルヽ者ナリト固信ス、抑モ大英国ノ旗章ハ諸君ノ明知セラルヽ如ク海ノ各方ニ翻リ、大英国ノ船舶ハ東西ノ間ニ於テ運輸ノ業ニ従事セザルナシ、是故ニ今余ガ日本前途ノ隆盛ニ望ヲ属スル者ハ即チ大英国ノ貿易及ビ大英国ノ製産ニ利アラシメンガ為ナリ、是故ニ余ガ此地ニ来ル未ダ数日ナラザルニ早クモ此帝国ノ隆盛ニ関シテ数言ヲ演ブルハ敢テ咎ヲ得ルニ至ラザルベキ也(以下次号)


東京日日新聞 第二二五九号 明治一二年六月一八日 香港太守ヘン子ツシー閣下ノ演説(昨日ノ続)(DK170016k-0004)
第17巻 p.133-136 ページ画像

東京日日新聞  第二二五九号 明治一二年六月一八日
    香港太守ヘン子ツシー閣下ノ演説 (昨日ノ続)
余ハ大英国ノ臣民ナリ、日本ノ隆盛ニ関シテハ頗ル得色アルヲ覚ルナリ、何トナレバ則チ回想スルニ貴国ノ歴史上ニテ革命ノ大運ニ臨ミ今日諸君ガ奉戴セラルヽ政府ヲ恢復セシニ当リテヤ我大英国公使ソル、ハルリ、パルクスハ与リテ大ニ其力アリキ、今夫ノソル、ハルリ、パルクスガ政府恢復ニ与リテ尽力セシ当時ノ形勢ヲ回想スレバ誰カ日本ハ坤輿各国ニ比シテ同時ニ於テ著大ノ進歩ヲ為シタルヲ是認セザランヤ、且ツ夫レ日本ニ於テ見聞スベキ事物ノ多キハ固ヨリ然リト雖トモ既ニ余ガ親シク目撃セシ所ニシテ、大ニ余ヲ感動セシメタル者アリ、何ゾヤ、此帝国ノ政府ヲ組織セル内廷及ヒ宰相ノ大ニ欧洲近接ノ東洋諸国ニ同シカラザル者即チ是ナリ、夫レ阨日多ノ国タルヤ之ヲ日本ニ比スレバ固ヨリ小国タリ、而シテ阨日多ト貴帝国トノ間ニ於テ余ハ著ク三条ノ相同シカラザル者アルヲ知ル、請フ之ヲ述ベン、余ハ阨日多藩王《ケジーブ》及ヒ其内廷ガ東洋華靡ノ驕奢ニ耽ルヲ目撃シタリ、余ハ藩王ノ宰相等ガ宏壮ノ宮殿ニ住シ奢侈ノ寵嬖ヲ蓄ルヲ目撃セリ、然ルニ頃日余ガ貴国ニ来リテ 天皇陛下ノ謁見ヲ辱クスルニ方リ、其皇居ハ真正ノ
 - 第17巻 p.134 -ページ画像 
威徳ヲ保チ給フニ止マリテ更ニ驕奢ノ迹ヲ見ズ、又貴国政府ノ諸公ハ紳士ニ適応スル丈ケノ生活ニ止マリ、曾テ外面ノ奢侈ヲ飾ラズ、故ニ絶テ国財ヲ私スルノ悪弊アルヲ見ザルナリ、且ツ夫レ一事ノ又更ニ阨日多ニ同シカラザル者アリ、夫ノ阨日多ハ其国ヲ見レバ貴国ヨリ小ナリ、其歳入ヲ算スレバ貴国ヨリ寡シ、而シテ夥シキ公債ヲ負ヒ其公債ハ皆之ヲ外国ニ募リタルノ外国債ニ係ル、然ルニ今貴国ノ大蔵卿モ亦公債ヲ募ラレタリト雖トモ、其公債タル概子皆内国債ニシテ其利息ハ即チ貴国人民ノ掌中ニ帰シ、外国債トテハ寔ニ僅々ノ小数タルヲ知ルナリ、又此二国ノ間ニ於テ其公債ニ集募シタル金額ヲ使用セシ方途ノ太ダ相異ナルハ諸君ノ善ク明知セラルヽ所ナルベシ、抑モ阨日多ノ公債募金ハ専ラ藩王ノ短策ニ消費シ、其驕奢ニ消費シタレトモ貴国ノ公債ノ如キハ之ヲ物産興起ノ途ニ供シ貴国康福ノ用ニ供セラレタリ、談論已ニ公債ノ事ニ至ル以上ハ余モ太守ノ任ニ在ルヲ以テ、請フ諸外国ノ人口ト其公債高トヲ比較シテ諸君ニ告ゲン、蓋シ貴国ノ公債ハ余ガ概算ニ拠レバ貴国ノ人口一人別ニ付凡ソ十円ニ当ルナラン、善哉、大英国所領ノ要地タル喜望峯州ハ英金四百〇六万四千磅ノ公債ヲ負ヒ、即チ其一人別三十円ニ当リ、又他ノ一要地タル加那太州ハ一人別四十五円ニ当ルナリ、其余濠斯太利亜諸州ノ如キ凡ソ大英所領ニ隆盛スルノ要地ニ於テ其人口一人別ニ負ヒタル公債ハ皆貴国ニ於ケルヨリモ大ナリトス、然レトモ、此諸州ノ公債ハ皆是レ確信ヲ措テ危カラザルノ公債ナリ、何トナレバ其公債ハ恰モ貴国ニ於ケルガ如ク其領地ノ貿易ヲ進捗シ其領地ノ財源ヲ増殖スル為ニ使用スルガ故ナリ、最後ニ至リ阨日多ト此帝国トノ間ニ於テ、尤モ相異ナル者アリ、現時英吉利・仏蘭西ノ強国ヨリ藩王ニ迫リ両国ヨリシテ該国ノ大蔵卿ヲ選任スベシト請求セリ、何ゾヤ、其ノ外国債ノ債主ハ英国人・仏国人タルヲ以テノ故ナリ、嗚呼外国債ノ危キヤ斯ノ如シ
今将ニ論局ヲ結ブニ方リ、余ハ尚一事ノ尤モ貴国ト阨日多ノ間ニ於テ著ク相異ナル者ヲ挙示スベシ、近時一英人アリ、東洋ニ営業スル銀行ノ主管ナリ、其人曾テ余ニ語テ「余ハ十分ノ信用ヲ日本ノ大蔵卿ニ措キ、日本帝国ノ前途ニ隆盛ナルベキヲ信ズルナリ」ト云ヘリ、然レトモ諸君、今大隈君ハ何程ニ経済ニ長セラルヽトモ内閣ハ何程ニ政務ニ達セラルヽトモ、此諸宰相カ帝国ノ経済ヲ調理スルニ於テ依頼スル所ノ者ハ実ニ諸君各自ノ奮発ト貿易ノ練達ニ在ルノミ、諸君是故ニ余ハ今東京商法会議所ノ盛運ヲ冀ヒ、聴衆諸商ノ吉利多福ヲ冀ヒ、帝国一般ノ繁栄ヲ冀フト云爾
    第一副会頭福地源一郎ノ荅詞
東京商法会議所議員一同ニ代リ、余ハ謹テ閣下ガ我輩ノ招待ニ応セラレタルヲ謝シ、閣下ガ日本ト香港乃至支那南方トノ間ニ於ケル貿易ノ関係ヲシテ更ニ隆昌ナラシムルノ目的ヲ以テ有益ノ注意ヲ為シ、善計ヲ画セラルヽニ感シ、敢テ閣下ニ乞フテ一言ノ荅詞ヲ呈セント欲ス、抑モ我邦ノ支那ニ於ケル纔ニ一海峡ヲ隔ツルノ隣国ニシテ、其貿易ノ殊ニ日本ニ利益アルヤ信ニ閣下ノ挙示セラルヽガ如シ、況ヤ今香港ハ其地勢ト云ヒ其貿易ト云ヒ、恰モ此両帝国ノ要衝ニ当ルノ地ニ位シ、又兼テ東洋貿易ノ第一位ヲ占ムルノ大英国ト日本トノ貿易ニ向テハ実
 - 第17巻 p.135 -ページ画像 
ニ海門ノ咽喉トモ云フベキ要地ナルガ故ニ、我輩ハ閣下ガ深ク日本貿易ノ実況ヲ観察セラレン事ヲ冀望セザルヲ得ズ
日本ニ両隣アリ、東隣ヲ北米合衆国トシ、西隣ヲ支那トス、而シテ此東西両隣ノ我国ニ於ケル貿易余贏ノ我ニ利アルハ閣下ノ言ノ如シト雖トモ、却テ全局面ニ就テ我国ト諸外国トノ貿易余贏ヲ観レバ其太ダ我ニ損アルヲ奈何センヤ、是余ガ悲嘆スル所ナリ、且ツ夫レ我物産ノ漸ク増殖シ開進スルニ拘ラズ現時ニ於テハ我外国貿易ハ未ダ以テ我国民ニ利アリ益アリト云フニ足ラズ、其貿易ニ生スルノ歳入ハ外国ニ於テ同種ニ生スル如ク多カラザレバ未ダ以テ著ク我国財ヲ補助スト云フニ足ラザルヲ奈何センヤ、是レ其ノ現状ノ常ニ日本商賈ノ社会ヲシテ憂懼シテ措ク事能ハザラシムル所ナリ、幸ニ今 聖天子上ニ在シテ万機ヲ統御アラセラレ、賢相良弼ノ補翼スルアレバ、我政府ノ我理財ヲ経綸シ、我物産ヲ奨励シ、又我国ノ貿易ヲ進捗スルニ成ルベキ丈ケノ力ヲ竭スヤ閣下ノ明説ノ如ク信ニ然リ、之ヲ約言スレバ我政府ハ我輩ノ康福ヲ増進スルガ為ニハ敢テ一事ノ行ハザル者ナキニ至ルヲ以テ、苟モ政府ノ計画スル所ヲシテ牽掣ノ患ニ遇ハザラシメバ我輩ガ東洋貿易ニ於テ其第一流ノ地位ニ昇ルヲ得ルノ時機ハ蓋シ近キニアルベシト信ズル也、然レトモ若シ貿易ノ不平均ヲシテ将来ニ打続キ余贏ハ常ニ我ニ損タラシメバ又悪ゾ今其近キニ在ルベシト信ジタル時機ハ遼遠ノ涯際ナキニ隔離セザランヤ、果シテ然ラバ此事タル啻ニ日本ノ衰頽ノミナラズ外国貿易ノ実益ヲモ衰頽セシムベキニ至ルヤ必然ノ勢ナリ、況ヤ又我内地ノ運輸ヲ便ニスルハ間接ニ於テ外国製産ノ消費者ヲ内地ニ増加シ、貿易ノ通交ヲ親密ナラシムルノ利益アレバ此国費ニ供スルノ租税ヲ適応ニ賦課スルハ固ヨリ正理ニ基キタル政府ノ本分ニシテ、敢テ之ヲ牽掣ス可カラザルニ於テヲヤ、蓋シ坤輿ノ広キ何ノ国タルヲ問ハズ其需求ハ尽ク之ヲ外国ノ市場ニ仰ク程ニ貨幣ニ富メルノ国モ無ク又更ニ一物モ外国ノ市場ニ仰ガズシテ、皆自カラ需求ニ用供スル程ニ物産ニ饒ナル国モ無シ、到底貿易ハ有無相通ズルニ過キズ、日本ト雖トモ亦実ニ然ルノミ、閣下ノ是理ニ明達ナルヤ固ヨリ我輩ノ上ニ居ルヲ知ル
閣下マタ勉メテ大英国ノ貿易ヲ隆盛ナラシメンガ為ニ其冀望ハ利己主義ノ目的ニ出ルナリト云ヘリ、善カナ閣下寔ニ英国ノ盛大ナル製造及ビ船運営業者ノ為ニ其ノ実利ヲ増加セント冀望セバ、先ヅ彼営業者流ヲシテ日本ノ殖産ヲ奨励シ日本ノ輸出ヲ増加スルノ太タ利己主義ニ緊接ナルヲ知ラシメザル可カラズ、彼輩ヲシテ日本人ガ夥多ノ英国製産ヲ購求スルニ十分ナル程ノ富饒ニ至ラン事ヲ希ハシメザル可カラズ、苟クモ日本ノ殖産ニシテ殷富ナラバ輸入貿易ハ求メザルモ随テ増加スベク、又苟クモ日本ノ殖産ニシテ衰頽セバ英国ノ製造者ハ熱心スルトモ日本ニ於テ其製造ヲ鬻グニ足ルノ市場ヲ求ムルヲ得ザルベシ、是故ニ現今ニ於テモ将来ニ於テモ我殖産ヲ奨励シ、我輸出ヲ増殖セシムルハ敢テ日本国民独占ノ利益ニアラズ、実ハ間接ニ於テ大英国ノ製造者船運者ノ実利ヲ謀ル者ナリ、殊ニ閣下ノ本国タル大英国ハ坤輿中第一等ノ船運国ナレバ其実利ヲ得ルハ素ヨリ他国ヨリ多カルベキヲ知ル、我ガ古訓ニ所謂ル己レ利セント欲セバ先ヅ人ヲ利ストハ即チ是義ニシ
 - 第17巻 p.136 -ページ画像 
テ、閣下ノ利己ト云ハレタルモ亦必ラズ此訓話ノ徳義ニ外ナラザルベシ、果シテ然バ此レ公利ノ目的ナリ、利己ノ目的ニ非ザルナリ
結局ニ於テ尚一言スベシ、今ヤ日本貿易ノ現状ヲ観察スルニ其運ハ将ニ隆盛ノ地位ニ進行スル者也ト雖トモ、恨ムラクハ二三ノ障碍物ノ其進路ヲ妨遮スル者アリ、此障碍物ヲ排除スルハ実ニ国家ノ為ニ最大緊務ナリトス、何トナレバ則チ此障碍物ハ我理財ノ経綸ヲ妨ケ我貿易ノ隆盛ヲ妨ケ、我物産ノ増殖ヲ妨ルガ故ナリ、余悪ゾ之ヲ痛息セザルヲ得ンヤ、今夫レ閣下ハ大英国所轄中ニ於テ最モ貿易ノ要地ニ大守ノ任ヲ帯フルノ君子ナリ、閣下ノ才敏ナル必ラズ其障碍物ハ如何ノ性質ニ出ツル乎ヲ詳ニシ、又必ラズ之ヲ排除スルノ方法ヲ察スルニ容易ナルベシ、幸ニ此障碍物ヲ排除スルノ期ニ至ラバ外国貿易、就中大英国ノ貿易船運ハ将来ニ於テ頗ル隆盛ヲ極ムベキヤ敢テ疑フ迄モ無シ、是レ余ガ此帝国ノ貿易ヲ進捗スルニ十分ノ計画ヲ施サシムルハ其期決シテ猶予スベカラズト信ズル所以ナリ、且ツ夫レ近時英国船運ノ利益ノ退減セルハ我輩モ亦之ヲ知ラザルニ非ズト雖トモ、此退減ハ英国貿易固有ノ闕点ニ因ルニ非ズ坤輿一般ノ市場ノ状勢ニ因ル者ナリト思ハル、殊ニ我国ノ如キニ至リテハ我本分ノ進捗ヲ以テ夫ノ退減ニ代ヘ、以テ速ニ閣下ノ政府ト大英国トヲシテ貿易ノ増加ニ於テ其効ヲ明証セシムルヲ得ベシ、余ハ今玆ニ閣下ガ公正ノ良政ヲ以テ民庶ヲ収宰セル大英国所轄ノ要地ニ関シ、我日本ノ貿易ヲ進捗センガ為ニ有益ノ教ヲ辱シ我輩感謝ニ耐ヘザルノ意衷ヲ表シ謹テ此言ヲ呈ス     (畢)



〔参考〕東京日日新聞 第二二五六号 明治一二年六月一四日 【頃日我邦ニ来客タル…】(DK170016k-0005)
第17巻 p.136-138 ページ画像

東京日日新聞  第二二五六号 明治一二年六月一四日
 頃日我邦ニ来客タル香港ノ知事ハ一昨十二日ニハ横浜商人ノ招請ニ因テ同所ノ夜会ニ赴カレ、又昨十三日ハ東京商法会議所ノ案内ニ応ジテ同所ニ至リ演説アリ、同議員福地氏ハ其荅詞ヲ呈シ、畢リテ渋沢氏等ハ知事ヲ深川ナル三井ノ別荘ニ延キ日本料理ノ饗讌アリタリト云フ、是レ吾曹ガ曾テ希望シタル所ナレバ今マ諸紳士ノ此挙アリシヲ聞クヤ吾曹ハ歓喜ニ勝ヘザルナリ、其昨日ノ知事ノ演説及ビ議員ノ荅詞ノ如キハ是レ大ニ東洋前途ノ貿易ニ関係スルモノタルガ故ニ将サニ詳論スル所アラント欲スト雖モ、玆ニ其論域ニ進ムノ前ニ於テ先ヅ吾曹ガ聞及タル知事ノ美蹟ヲ挙ケテ其叙トナスト云爾
    香港知事ノ美蹟
爰ニ正義ヲ守リ公道ヲ尚ブノ君子アリ、其姓ヲジヨン、ポープ、ヘン子ツシー、シー、ヱムジー、ト曰フ、愛蘭人ニシテ加特力教ヲ奉信ス才高ク学博シ、特ニ政事ニ経済ニ通達シ曾テ選ハレテ英ノ下議院ニ入リ議員トナリ、持論確実、心術忠誠ニシテ保守党中ニテ其声最モ錚々タリ、故ヲ以テ英京ノ名紳巨卿モ多クハ其交契タラザルハナシ、後チ出テヽ亜米利加西部ノバルバドースノ知事トナリ、大ニ治蹟アリ、遷リテ香港ノ知事トナリ今日ニ至リ、未ダ多年ナラザルモ其経綸ノ実効ハ著ルク人ノ耳目ヲ愕カスニ堪ヘタルモノ少ナカラズ、今マ其一二ヲ挙ゲンニ、是ヨリ前キ英人ノ香港ニアル者ハ印度地方ヨリ阿片ヲ買ヒ来リ、之ヲ同地ニテ製シテ吸用阿片ト成シ、以テ清国内地ニ売込ミ其
 - 第17巻 p.137 -ページ画像 
利益ヲ壟断スルヲ以ツテ常トセリ、又タ同地ノ巡査ハ悉ク本国人ヲ用井、而シテ其巡査ガ本国人ヲ遇スルヤ頗ル寛大ニシテ懇切ナルモ、清人ヲ待ツヤ太ダ厳刻ニシテ且ツ苛虐ナリ、加之ナラズ同地ニ在籍シ又ハ寄寓スルノ清人ハ政治ニ商買ニ一トシテ自由ヲ得ル所ナク、恰モ西人ノ奴隷タルモノヽ如ク実ニ惨楚ノ状ヲ窮メタリキ、然ルニ氏ガ始メテ任ニ莅ミ、英人ガコノ偏頗不正ノ行事ヲ為シ恬トシテ恥ザルヲ見ルヤ、乃チ奮然トシテ我レ是ヨリ公平無私ノ政策ヲ以テ一切矯正スベシト自ラ誓ヒ、此英領香港ニ在リテ租税ヲ収ムル者ハ英人タルト清人タルトヲ問ハズ是レ等ク香港ノ良民ナリ、豈ニ此ニ厚ク彼レニ薄クスベケンヤトテ、曰ク、来タレ爾等香港ノ良民ヨ、商売ニ自由ヲ得セシメン、阿片製造ノ利ヲ本国人ニノミ壟断セシメザルベシ、爾等清国人ニマレ英国人ニマレ、税ヲ収ムルモノハ誰レ彼レヲ論ゼズ来リテ業ヲ営ムベシ、我レ其保護ヲ同一ニセント、又タ曰ク、来タレ爾等、政治ノ自由ヲ得セシメン、是レマデ警吏ノ本国人ヲ待ツヤ寛大ニシテ、清国人ニノミ厳刻ナリシノミナラズ清国人ヲシテ巡査タルヲ得セシメザリキ、今ヤ我レハ爾等清国人ニマレ英国人ニマレ合格ノモノハ巡査タルヲ得ベシ、今ヨリ政治上決シテ彼我ノ別アル事ナク、知事ハ英領香港ノ良民ヲ遇スルニ同一ノ趣旨ヲ以テセン」ト、於是乎清人ノ香港ニアルモノハ競フテ阿片製造ノ業ニ従事シ、争フテ巡査タルヲ願ヒシヲ以テ是マデ僅ニ十万余弗ノ阿片製造税モ忽チ二十一万弗ヲ収ムルニ至リ官民トモニ其便ヲ得タルノミナラズ警察上彼我ノ別ナクナリタルヲ以テ、清人ハ皆ナ謳歌シテ氏ノ盛徳ヲ頒賛セザルモノナシ、然ルニ之ニ反シテ英人ノ香港ニアルモノ及ビ東洋ニ来リ貿易スルノ商人等ハ、氏ガ愛蘭人ニシテ加特力教徒タルガ上ニ其心術ノ公平ニシテ最モ此挙ノ東洋人ニ利ナルモ己等ガ為メニハ太ダ不利ナルヲ恐ルヽヨリ、囂々タル怨謗ノ声ハ忽ニ氏ガ一身ニ向テ叢射シ来リ、又此際ニ方リテ若シ尋常ノ人物タラバ一日モ堪ユベカラザルベキニ氏ハ固ヨリ斯クアルベキ事トハ兼テ期シタル所ナレバ毅然トシテ動カズ、愈ヨ正誼ニ仗リ公論ヲ尚ビ、如何ニモシテ本国人等ガ東洋ニ来テ他ヲ倒シ己ヲ利セントスルノ幣風ヲ矯正センモノヲト思ヒ、一身ノ毀誉栄辱ノ如キハ顧ルニ遑ナシトシテ耳之ヲ聞カザルモノヽ如クセラレタリ、然ルニ会マ当春海賊アリ、窃ニ香港ニ来リテ貨物ヲ攘奪シ去リタル事アリ、是時ニ英人ノ此地ニアルモノ皆揚言シテ曰ク、是レ今ノ知事ガ清国人ヲ待ツニ寛大ニシテ警察ヲ等閑ニシタルガ故ナリ、斯ノ如キ政策ヲ以テ此地ニ莅マルヽトキハ我々ハ安寝ノ暇ナキナリ、最早ヤ我々ノ財産生命ノ保護ニ於テハ今ノ知事ハ頼ミニ思ハレザルナリ、イザ来タレ人々ヨ集会決議ノ上ニ此事ヲ本国政府ニ訴ヘンモノヲトテ各々町会所ニ向テ去レリ清人ノ之ヲ聞クモノハ大ニ驚キ、曰ク、我々モ応分ノ税ヲ収ムレバ同一ノ権利アル香港良民ナリ、各々ト共ニ議スルニ何ノ妨ゲカ之レアラントテ、同ク町会所ニコソ集ルモノ陸続トシテ途ニ絶ヘザリシカバ、サシモニ広キ町会所モ此ノ多数ノ人ヲ入ルベキニモアラズ、且ツ英人ハ清人ト共ニ議スル事ヲ欲セサル事ナレバ再ビ去テ広庭ニ於テ議セントテ出デ行キタルニ、清人モ透サズ其蹤ヲ追フテ同ク広庭ニ至リ、諸君ハ清語ニテ議セラルヽカト問ヘシニ、英人ハ此議事ハ英語ニテナス
 - 第17巻 p.138 -ページ画像 
ナリト荅ヘシカバ、然ラバ我々ハ清語ヲ以テ別ニ会議ヲナスベシトテ傍ニ清人ノミノ議場ヲ開キ、遂ニ我々ハ英官ノ苛刻ニ苦ミ、英人ノ無状ヲ憤リタル事久シカリシニ、現在ノ知事ヘン子ツシー氏ガ来ラレシヨリ始メテ英政府ノ善良ナル事ヲ知レリ、而ルニ今マ英人ノ香港ニ在ルモノ等ハ皆ナ氏ガ正直公平ナルヲ忌ミ、徒党ヲ結ビ虚構ノ言ヲ恣ニシテ以テ氏ヲ誣告セントスルヲ聞ク、希クハ聖明ナル大英皇帝陛下彼等ノ言ヲ容レ以テ聖徳ヲ涜カス莫カラン事ヲ祈ルトノ趣ヲ認メタル申牒ヲ出セハ、英人モ亦タ兼テ巧ミ置キタル讒毀ノ訴状ヲコソ出シタリ而シテ此二通ノ書ハ等ク藩務卿ノ手ヲ経テ内閣ニ呈シタルニ、乃チ大英皇帝ハ清人ノ書ヲ嘉納アラセラレタル旨ノ勅荅アリシカバ、是レヨリ清人ノ氏ヲ喜ブ事愈ヨ厚クシテ英人ノ氏ヲ怨ム事弥ヨ深シ、独リ香港ノ英人ノミナラズ、今ヤ方サニ我ガ日本ニ来遊セラルヽニ際シテハ我邦在留ノ英人モ亦タ大ニ懼レ、且ツ忌ム所アルト云フ
嗚呼、夫ノヘン子ツシー氏ハ君子ノ人ナル哉、毀誉ノ為メニ志操ヲ替ヘズ、能ク正義ヲ守リ、公道ヲ尚ビ、一タビ来リテ香港ヲ治ムルヤ僅ニ二年ニシテ在留ノ奸商黠賈ヲシテ胆ヲ冷ヤシ、股ヲ栗セシメ、東洋ノ遠人ヲシテ其徳ヲ謳歌セシムルニ至レリ、実ニ氏ノ如キハ文明英国ノ貴紳タルニ慙ヂズ、英皇ガ勅授ノ顕官タルニ背カザルモノト謂ツベシ、然レバ是レ独リ香港一路ノ福星タルノミナラズ亦タ本国ノ為メニ無量ノ光輝ヲ添ユルモノナリ、若シ之ヲ彼ノ利己主義ヲ以テ東洋ノ政略ト誤認シ、或ハ其非ヲ知ルモ亦タ居留人ノ怨謗ヲ来スヲ恐レ、揣々乎トシテ其歓心ヲ買ヒ、以テ己レノ職俸ヲ保タントスルモノニ比スレバ其差豈ニ霄壌ノミナランヤ



〔参考〕東京日日新聞 第二二六一号 明治一二年六月二〇日 ○支那貿易(DK170016k-0006)
第17巻 p.138-140 ページ画像

東京日日新聞  第二二六一号 明治一二年六月二〇日
    ○支那貿易
香港太守ヘン子ツシー氏ノ演説及ビ東京商法会議所ノ荅詞ハ吾曹之ヲ十七・十八ノ両日ヲ以テ我紙上ニ登載シタルニ付、諸者ハ已ニ之レヲ熟読セラレタルベシ、右ノ演説書取ハ夫ノ会議所ノ厚意ヲ以テ中外ノ諸新聞社ニ贈付セラレタレバ一時世上ノ知ル所ト成リ、殊ニ中外ノ商賈社会ニ向テハ最モ等閑視去スベキニアラザルノ一論題トハ相成タリ吾曹今此ノ演説ヲ熟読スルニ、其主趣ハ専ラ我国ト支那トノ貿易ヲ前途ニ隆盛ナラシムルハ実ニ我国ニ取リテ貿易ノ大利益タルベキ事ヲ述ルニ在ルヲ知ルガ故ニ、其主趣ハ固ヨリ吾曹ガ平日ノ宿論ニ符合シ、其頗ル善計タル疑ハズ、又其演説ノ我聴衆ニ裨益アルヲ疑ハザルナリ然ルニ今我国ニ在留スル外国人等、殊ニ英国人ニテ現ニ横浜ニテ某新聞ヲ編輯スル記者ノ如キハ、其意偏ニヘン子ツシー氏ガ我国ニ来遊シテ優待セラルヽヲ嫉ミ、又其主義ノ渠輩ト同一ナラザルヲ嫌ヒ、悪言以テ之ニ屡シ、夫ノ演説ノ如キモ之ヲ排斥批難シテ殆ド余地ヲ遺サヾルニ至レリ、鳴呼何ゾ外人ノ偏執ニ貪着スル一ニ此ノ如クナル乎(頃日横浜刊行ガゼツト新聞ヲ見バ、此言ノ虚妄ナラザルヲ徴スルヲ得ベシ)夫レ香港太守ノ老練ニ加ルニ智識ヲ以テスルモ其我国ニ来ルノ日ヤ尚浅ク、其我国情ニ通ズルヤ未ダ薄シ、其論弁中或ハ些小ノ瑕瑾アルベキハ固ヨリ当然ノ事ナルノミ、敢テ太守ヲ疚シムルニ足ラズ、又
 - 第17巻 p.139 -ページ画像 
ソノ引証セル数額ノ相違アリト詰ル者アリト雖トモ、吾曹ハ果シテ相違スルヤ否ヲ推問スルヲ止メ、設ヒ二三ノ相違アリト仮定スルトモ其相違ハ又敢テ太守ノ論趣ヲ傷ルニ足ラザルヲ信ズ、何トナレバ則チ夫ノヘン子ツシー氏ガ我東京商法会議所ニ演説スル趣意ノ眼目ハ香港貿易ノ輸出入高ヲ報告スルガ為ニハアラズ、日本貿易ノ品類商況ヲ報告スルガ為ニモアラズ、只々其主眼ハ日本ノ貿易ハ隣国ノ支那ニ向テ大ニ前途隆盛ノ目的アリ、清人ガ需求スル所ノ貨品ハ皆日本ノ産出ニ係ルヲ以テ之ヲ用供スルニ難カラズト云フニ在リテ、専ラ我々商売社会ヲ奨励シテ支那貿易ノ利ヲ得セシメント冀フノ良念ニ外ナラザレバナリ、此主眼ニシテ苟モ商法会議所ノ聴衆ニ利益スル所アラバ復タ何ゾ区々ソノ論弁ノ余波ヲ扣テ以テ其疵ヲ求ムルヲ事トセンヤ、是レ吾曹ガ夫ノ非難論者ヲ以テ人ノ善ヲ悪ミ徒ニ之ヲ傷ルヲ喜ブノ徒ナリトスル所以ナリ
幸ニ我同業ノ益友タル報知記者ノ明識ナル、早ク其慧眼ヲ以テ香港太守ガ主義トスル所ト、東洋ニ営業スル英人等ガ一般ニ主義トスル所トノ間ニ於テ前後異同ノ別ヲ昨日ノ紙上ニ開析シタルガ如ク、ヘン子ツシー氏ハ東洋貿易ニ於テ日本人ヲモ利シ、外国人ヲモ利シ、自他相共ニ貿易ノ利ニ依ラント望メトモ、他ノ外国人等ハ之ニ反対シ日本人ハ損ヲセヨ、外国人サヘ貿易ノ利ヲ得レバ可ナリト云フ偏私ノ利己ニ固著スルヲ以テ其説ノ自カラ相遇ハザル蓋シ勢ノ不得止モノナルベシ、此際ニ在リテ孰ヲ益友トシ、孰ヲ損友トスルハ商法会議所及ビ公衆ノ選択スベキアレバ、復タ吾曹ガ之ヲ明言スルヲ俟タザルベキ也、然バ則チガゼツト記者ガ今日ニ於テ頻ニ香港太守ヲ傷ツケント欲スルノ説ヲ作為スルガ如キ者ハ啻ニ之ヲ傷クルノ効ナキノミナラズ、却テ自カラ傷クルノ禍ヲ惹キ、所謂怯人ガ大阿ヲ弄スルト一般ノ観ヲ現ハスニ過ギザルノミ、実ニ気ノ毒千万ノ事ドモナリ
将又支那貿易ヲ隆盛ナラシムルノ我国ニ利アルハ数々吾曹ガ切論セシ所ニシテ且ツ現時最モ商務ニ通暁ナル中外物価新報記者ガ頗ル注意スル所ノ論点ナレバ、今マタ更ニ吾曹ガ反覆論解スル迄モ無ク読者応ニ其太ダ我国ノ利益タルヲ明知セラルヽナルベシ、蓋シ清国ノ地タルヤ凡四百万方英里ノ広キ四億二千五百万人ノ多キヲ以テ凡ソ貿易ノ為ニハ最モ富饒ノ商賈国ト称セラルヽニ付キ、其貿易百科中ニ就テ何物カ尤モ我国ニ利アル乎ヲ覓メント欲セバ先ヅ何物カ尤モ彼国ニ乏シキ乎ヲ問ハザル可カラズ、今夫レ清国ノ富饒ナルモ其常ニ供用ヲ他邦ニ仰グ所ノ品物ハ食物ニシテ其食物中ニテ海産物ハ最モ其外ニ仰ガザル可カラザルノ品類タリト聴ケリ、現ニ香港太守ノ言ノ如ク凡東洋沿海諸国ヨリ毎歳清国南部ノ諸港ニ輸入スル海産物ハ莫大ノ巨額ニシテ我国ヨリ輸送スル所ハ纔ニ其一部分ニ充ルニ足ラズ、而シテ此海産物所謂ル乾鮑・乾魚・鰑・煎海鼠・寒天・昆布・鱶鰭・乾貝・乾蛤・貝柱淡菜・乾海老等ノ如キハ我国沿岸ノ漁産ヲ盛大ナラシムルニ従テ其用供ハ幾許ノ高ニモ至ルヤ必然ナリ、況ヤ清国ニテ需求ノ多キ何程ニ我国民ノ力ヲ竭シテ漁産ヲ盛大ニシ用供スルトモ決シテ未ダ其需求ニ充満ヲ告ゲシムル事能ハザルニ於テヲヤ、又況ヤ香港太守ノ言ノ如ク海路ノ便且ツ近キハ其利共ニ我国ノ有スル所タルニ於テヲヤ、然則チ今
 - 第17巻 p.140 -ページ画像 
日ニ於テ我国将来輸出貿易ノ市場ヲ覓メンニハ清国ヲ捨テヽ夫レ安ニカ之ヲ覓メンヤ、香港太守ヨク此理ニ明達シ故サラニ其演説ヲ以テ我商賈社会ノ注意ヲ促ガシ、其自国タル英国ノ利益ヲ日本ニ謀ランガ為ニ先ヅ日本ヲシテ其利益ヲ清国ニ謀ラシメント望ム、良ニ以アル也