デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

7章 経済団体及ビ民間諸会
1節 商業会議所
1款 東京商法会議所
■綱文

第17巻 p.480-490(DK170038k) ページ画像

明治13年11月15日(1880年)

是日栄一、当会議所会頭トシテ松尾儀助ノ建案ニ係ル職工師弟間ニ契約ヲ設クルノ儀ヲ内務卿松方正義・大蔵卿佐野常民ニ建議ス。


■資料

東京商法会議所要件録 第一七号・第二―一三丁 明治一三年一〇月二九日刊(DK170038k-0001)
第17巻 p.480-485 ページ画像

東京商法会議所要件録  第一七号・第二―一三丁 明治一三年一〇月二九日刊
  第十七定式会議 明治十三年十月十日午後六時十五分開場
    議員出席スル者 ○二十名
○上略
於是会頭 ○渋沢栄一ハ此規則改正案ハ今会已ニ其議決ヲ了シタルヲ以テ更ニ工業事務委員松尾氏 ○松尾儀助ノ建議ニ係ル諸職工弟子入年季契約法ノ制定ヲ要スルノ議目ニ移ルベキ旨ヲ告ゲ、原案(参考部ニ附ス)朗読ノ後会頭ノ要求ニ依リ建議者松尾君ハ更ニ建議ノ趣旨ヲ説明シテ曰ク
 近来諸職工師弟ノ間契約ノ十分ナラザルヨリ、其年季ノ未ダ経過セザルノ間ニ於テ徒弟タル者恣ニ其師家ヲ去ル事アルノミナラズ、其父兄タル者モ亦其子弟ヲ責ル事ナク、却テ目前ノ小利ヲ貪リ之ヲ問ハザルニ至ル、故ニ其師タル者モ自ラ其秘術要訣ヲ伝授スルヲ憚ルノ情ナシトセズ、蓋シ昔年ニ在テハ蒔絵師ノ如キハ年季七年ニシテ猶三年ノ礼奉公アリ、凡工事ハ能ク一二年間ニ習熟スベキニ非ズ、先ツ其工事ノ順序ヲ分チテ数科トナシ其一科ヲ卒ルニ及テ更ニ他ノ一科ヲ脩ムルモノニシテ、此一科ノ工業ヲ習熟スルニ於テ猶五年ノ日子ヲ要スルモノアリ、其業タル容易ニ脩ムベキモノニ非ルナリ、然ルニ今ヤ工業ニ従事スルノ徒弟等僅カニ一二年ヲ出デザルニ已ニ師家ヲ去リ自ラ未熟ノ手技ヲ弄シテ些少ノ賃銀ヲ得ントス、工芸ノ進歩ヲ望マントスルモ豈得ベケンヤ、諸君試ニ今日我国工芸ノ有様
 - 第17巻 p.481 -ページ画像 
ヲ見ヨ、従来其製作スル所ノ器物ニ固有ノ妙所アルヲ以テ近時ニ至リ益々外人ノ需求ヲ得タリト雖モ、現ニ今日ニ於テハ良工ニ乏シキガ為メ能ク之ガ需用ニ応ジ難キニ非ズヤ、是レ蓋シ皆職工弟子タル者及其父兄タル者能ク前途ノ大計ナク目前ノ小利ニ趨ルヨリ致スノ弊ニシテ、啻ニ其師タル者ノ損失ニ止ルニ非ズ、国家ノ損害モ亦タ少シトセザルナリ、嗚呼今日苟クモ我国工芸ノ進歩ヲ企図スル者之ヲ軽忽ニ附シテ可ナランヤ、是レ余ガ此ニ一議ヲ発シ以テ諸君ノ高諭ヲ仰グ所以ナリ
会頭曰ク、松尾君ノ建議ノ趣旨ハ諸君ノ聴了セラルヽガ如シ、而シテ此方法タル政府ヘ建議スベキカ否ヤヲ討議スルノ前ニ於テ諸君先ヅ之ガ総体ノ可否ニ就キ其意見ヲ陳述セラルヽヲ要ス
中山 ○中山譲次ハ原案ヲ賛成シ、柴崎 ○柴崎守三モ亦之ニ同意ヲ表シ且ツ曰ク旧幕ノ時代ニ於テハ自ラ習慣ノ存スルアリ、仮令工芸ニ熟達スル者ト云トモ其年季ヲ終ラズシテ師家ヲ去リシ者ハ其職工仲間中決シテ之ヲ雇使セザルノ申合アリ、之ガ為メ弟子タル者必ズ其年季間恣ニ師家ヲ棄ルガ如キノ弊ナカリシガ、維新後旧慣頓ニ破壊シ今日ノ姿ニ至レリ、故ニ今此契約ヲ厳ニシ漸ク旧慣ニ復スルノ法ヲ設クルハ本員モ亦切ニ希望スル所ナリ
条野 ○条野伝平問テ曰ク、本案建議者ハ諸職工師弟間ノ契約法ヲ設クルニ就キ、年季ノ長短及師弟ノ義務等其細目ニ至ル迄挙テ之ヲ政府ニ依頼スルノ意カ、将タ其細目ノ如キハ予メ当会議所ニ於テ之ヲ討論シ然シテ後之ヲ実施セシメントスルノ意カ
松尾曰ク、余ハ法律ノ事ニ至リテハ甚ダ暗ラシ、敢テ之ヲ荅フルヲ為サズ、只余ハ工芸ノ日ニ退歩スルヲ憂ヒ之ヲ救済セントスル者ナリ若シ夫レ師弟間ニ相当之契約法ヲ行ヒ前陳ノ如キ悪風ナキニ至ラバ其政府ヘ要望スルト否トハ素ヨリ諸君ノ高案ニ任スルノミ
福地 ○福地源一郎曰ク、諸職工師弟間契約法ヲ実施スル素ヨリ望ム所ナリ、且ツ商人ノ如キモ年季奉公ナル者アリ、此等ニ至テハ如何スベキヤ
益田 ○益田孝曰ク、商ハ工ト自ラ其業ヲ異ニシ敢テ秘術要訣等ヲ伝習スル者ニ非ズ、只多少ノ知識ト実験トヲ要スルノミ、故ニ商ニ於テハ敢テ此契約法ヲ設クルヲ要セザルベシ
益曰克徳《(益田克徳)》曰ク、法律ヲ以テ弟子ノ修業期限ヲ制定スルハ到底望ムベカラズ、聞ク外国ニ於テモ前時法律ヲ以テ各職工年季期限ヲ制定シタル事アリシト云トモ、此法律ノ遂ニ実行スル事能ハザルガ為メ爾後之ヲ廃シタリト、蓋シ師弟ノ間ニ約定ヲ結バシメ或ハ其師タル者ノ其弟子ヲ虐使スルヲ防グガ如キハ、固ヨリ法律ノ干渉シ得ベキ所ナリ、故ニ今修業期限ヲ定ムルガ如キハ暫ラク措キ只其師弟ノ間ニ必ス契約ヲ行ハシムルノ法ヲ設クルヲ要スベシ、且ツ夫レ職業ヲ習フノ弟子タル者ハ多クバ皆幼穉者ニシテ自ラ契約シ得ベキ者ニ非ルカ故ニ、其師タル者ヲシテ弟子ノ父兄若クハ親戚ト約定証ヲ取換ハサシムルモノトシ、若シ斯ノ確実ナル契約ナキ時ハ如何ナル紛紜ヲ生スルモ、其契約無効ノモノト為スノ法律ヲ設ケラルルニ至ラバ自ラ契約ヲ重ンズルノ慣習ヲ来タスベシ、果シテ如此ナル時ハ師ハ以テ幼穉ノ徒弟ヲ虐使スル事ナク、徒弟ハ以テ師家ヲ棄ルガ如キノ悪風
 - 第17巻 p.482 -ページ画像 
ヲ社会ニ絶ツニ至ラン、而シテ其契約方法ノ如キハ敢テ政府ノ令ヲ待タズ当会議所ヨリ之ヲ各職工ニ示シ漸次誘導スルモ亦可ナルベキナリ
条野曰ク、益田克徳君ノ説最モ以テ可ナリ、仮令工芸ニ熟達スル事アルモ其師タル者ノ私怨ノ為メ其術ヲ使用スルノ道ナキニ至ラバ其情実ニ憫ムベシ、是ヲ以テ啻ニ師タル者ヲ保庇スル而已ナラス兼テ弟子ヲ保護スルノ策亦講セズンバアラザルナリ
大倉 ○大倉喜八郎曰ク、昔時我国ニ於テハ一種ノ慣習アリ、師弟ノ間各其義ヲ尽クシ其弟子タル者其恩義ヲ忘レズ一月一度ハ必ズ師家ノ安否ヲ問フガ如キ例アリ、而シテ師弟間ノ契約ニ至リテハ其成文ヲ以テ之ヲ確守セシムルヨリ寧ロ習慣ヲ以テ之ヲ慥カメタルモノヽ如シ、然ルニ維新後如此善美ノ習慣其跡ヲ絶チシハ実ニ遺憾ト云フベシ、故ニ今此慣例ヲ調査シ各職工ニ就キ其年季期限ヲ定メ以テ之ヲ政府ヘ建言セハ最モ以テ当局者ノ注目ヲ促スニ足ラン
朝吹 ○朝吹英二曰ク、松尾君ノ建議甚ダヨシ、而シテ之ヲ実施スルノ方法ニ至テハ則チ政府ノ法律ニ拠ラズンバ其効ヲ奏スベカラザルモノヽ如シ、故ニ大倉君ノ説ノ如ク各職工ニ就キ年季ノ長短ヲ定メ、譬ヘバ銅工ハ修業年間幾年ヲ要シ、蒔絵師ハ幾年ト定メ政府ヘ上申スルヲ可トス、是レ政府ガ其法律ヲ設クルニ当リ準拠スベキ目安ニ向テ要用ナルヘケレバナリ、而シテ此実際ヲ調スルガ如キハ工業事務委員ノ自ラ任スベキ事ナルヲ信ズ
福地曰ク、第限ヲ定ムルノ説無乃不可ナランカ、夫レ父兄ガ其子弟ニ職業ヲ学ハシムルニ当リ五才ニシテ之ヲ学バシムル事アリ、或ハ十五六才ヨリ之ヲ習ハシムル事アリ、其五才ヨリ学フ者ト十五六才ヨリ学ブ者トハ其修業年限ニ於テ固ヨリ伸縮ナカルベカラズ、然ルヲ今一概ニ其年限ヲ定ムル事アラバ其実際ニ不便ナル蓋シ亦少々ナラザルベシ
益田曰ク、年季中不義ヲ顧ミズ他ヘ転ズル素ヨリ徒弟其分ニ背クベシト雖トモ、若シ他ニ志願ノアルアリテ師タル者ニ於テモ之ヲ許シ然シテ後其師ヲ転ズルガ如キハ決シテ妨ナカルベシ、之ヲシモ猶法律ヲ以テ束縛セントスルガ如キハ寧ロ苛酷ニ失スルモノニシテ、到底実際ニ行ハルベカラザルヲ信ズ
丹羽 ○丹羽雄九郎之ヲ賛成シ且ツ目《(曰)》ク、若シ年季中他ヘ転ズル時ハ、若干ノ金員ヲ師家ニ出ダシ其損失ヲ償フ者トセバ其去就自由ニ在ルベキガ故ニ亦敢テ束縛ノ患ナカラン
大倉曰ク、工部学校ノ如キ仮令公私大小ノ別コソアレ同ジク職業ヲ伝授スル所ナリ、而シテ其学校ト生徒ノ間約束ノ大要ハ即チ卒業セザル前ニ於テ退学セントスル者ハ其学費ヲ一切弁償セシムルニ在リ、由是観之師家ノ損失ヲ償フモノトセバ弟子ノ去就当サニ自由ナルベキハ猶丹羽君ノ所説ノ如シ
会頭曰ク、往年余ガ在官ノ日、横須賀ニ造船学校ヲ設クルノ挙アリ、当時生徒入校ノ契約ハ蓋シ亦此徒弟契約法ト一般ナルヲ記セリ、故ニ各職工間ノ契約ヲシテ此法ニ出テシメバ、師タル者ハ損害ヲ被ル事ナク、徒弟タル者ハ其身ヲ束縛セラルヽノ恐レナキニ至ラン歟
 - 第17巻 p.483 -ページ画像 
柴崎曰ク、年季期限ノ如キ十五才以下ニシテ始テ業ヲ習フモノハ先ヅ之ヲ十年ト定ル時ハ、十五才以上ニシテ職ヲ学フ者ハ五年ヲ以テ之ヲ卒業スルモノトシ、年齢長幼ノ次序ニ従テ之ヲ定メバ恰モ実際ニ適スルモノヽ如シ
丹羽曰ク、年齢ニ応ジ年限ヲ定ムルニ当リ一概ニ之ヲ論スベカラザルモノアリ、即チ彼ノ徴兵令ニ拠ルニ二十一才ニ当レバ必ズ其募集ニ応ゼザルベカラズ、故ニ今政府ガ此法律ヲ設ケ其年限ヲ定メラルヽ等ノ事アラバ、又之ニ抵触セザルノ特典ナカルベカラザルナリ
条野曰ク、現今年季奉公ノ際主従ノ間不十分ナガラ多少ノ約定アリ、然レトモ若シ此約束ニ背ク者アリテ被害者ヨリ之ヲ告訴スルモ法庭ハ之ヲ受理セズト聞ク、是レ其約束タル只ニ道徳ヲ以テ之ヲ確守セシムルニ過ギズシテ法律ヲ以テ確守セシムルノ実ナキガ故ナリ、故ニ師弟間ノ約定ノ如キモ法律ヲ以テ之ヲ確認スルニ至ラズ其弊自ラ其跡ヲ絶ツニ至ルベシ
松尾曰ク、余ガ憂フル所ハ只ニ約束ニ違背スルノ一条ノミニ在ラズ、我国ノ工芸地ニ墜ントスルニ在リ、諸君試ニ看ヨ近来ダツソウ縮緬ノ高価ニ至リシハ其実因何レニ在リトスルカ、只ニ物質ノ価格上進シタルノミニ在ラズ、職トシテ製職者《(織カ)》ノ欠乏ニ是レ因ルモノトス、今日ノ有様ニテ荏苒経過セバ西人ガ甞テ珍重スル我国固有ノ名産ナル錦襴ノ如キモ他日其製織ヲ京都織場ニ見ル事能ハザルニ至ラン、最レ余ガ最モ憂フル所ナリ
会頭曰ク、今各員ノ発議ヲ聞クニ其説各々一ナラズト雖トモ要スルニ皆建議者ノ精神ヲ賛成スル者ノ如シ、然ラバ之ヲ政府ヘ建議シテ法律ノ設立ヲ要望スベキ歟、将タ別ニ法律ノ設立ヲ要望セズト雖トモ、只諸職工間師弟ノ間ニ契約ヲ実施セシメン事ヲ望ムニ止ルカ、此事タル草案制定ニ関シ最モ欠クベカラザルノ議題ナリトス、故ニ先ヅ此二法中其何レヲ取ルベキヤ各員ノ意見ヲ陳ベラルベシ
丹羽曰ク、此事タル政府ノ法律ニ依ラズンバ到底実際ニ行ハルベカラズ、故ニ其契約ヲ実施セシメントセハ之ヲ政府ニ建言シテ其法律ノ設立ヲ要スルニ如カザルナリト、朝吹・大倉モ此説ヲ賛成ス
益田克徳曰ク、師弟ノ間必ズ契約スルモノトセバ政府ハ此約束ヲ確守セシムルノ責アリ、豈何ソ別ニ法律ノ設立ヲ要センヤ、況ンヤ其修業年限ノ如キ政府ノ干渉シ得ベキモノニ非ルオヤ
子安 ○子安峻曰ク、蓋シ年季奉公ノ事タル往年政府ノ禁止スル所ナリシト覚フ、果シテ然ラバ今単ニ師弟間ニ結了セル契約上紛紜ヲ生スルニ方リ、之ヲ法庭ニ訴フルモ蓋シ亦其保護ヲ得ルニ由ナカルベキナリ
会頭曰ク、年季奉公ノ禁止ハ蓋シ明治五年娼妓解放ノ令出デタルノ日ニ濫觴ス、然レトモ職工師弟間ノ約束ハ之ト異ニシテ其職業ヲ修習センガ為メ弟子入スル者ニ至テハ敢テ之ヲ禁スル事ナシ、且ツ政府ハ現ニ地所質入ノ如キ特ニ法律ヲ設ケテ其契約ヲ保護スル者アリ、故ニ政府ハ此師弟間ノ契約ニ至テモ亦法律ヲ以テ之ヲ確守セシムルノ責ナシト云フヘカラザルナリ
原 ○原六郎曰ク、余ハ法律ヲ以テ此契約ヲ制定シ、独リ東京府下而已ナラズ全国一般ニ之ヲ実行セン事ヲ要ス、蓋シ其法律甚タ厳酷ニ失スル
 - 第17巻 p.484 -ページ画像 
ハ余ガ欲セザル所ナリ
益田克徳曰ク、外国ノ法律ヲ案ズルニ前ニモ陳述セシガ如ク幼穉者ハ自ラ契約スル事能ハザルガ故ニ、其親類若クバ父兄之ニ代ハリテ其師ト契約ヲ結了スル者トス、然レトモ其契約上自ラ限界ノ在ルアリ例バ製薬家ノ弟子タル者卒業ノ後三百里以内ニ於テ営業セザル旨ヲ約スル事ヲ得ルト雖トモ、世界中何レノ地ヲ問ハズ営業スル事能ハズトマデ約スル事ヲ得ズ、又其師在命中ハ営業スベカラズト契約スル事ヲ得レトモ、死後マデ営業スル事能ハズト約スルヲ得ザルガ如シ、而シテ政府ハ此限外ニ於テハ決シテ其契約ヲ保護セザルモノトス、故ニ今此限界ノ如キハ政府ニ向テ要望スベシト云トモ脩業年限ノ制定ヲ望ムカ如キハ蓋シ其能ハザルヲ信ズルナリ
後藤 ○後藤庄吉郎曰ク、夫レ今日民間ノ形状ヲ察スルニ職人社会ノ如キハ多クバ皆不学ニシテ、法律ノ如キ高尚ナルモノニ至テハ能ク之ヲ解スル者鮮シ、故ニ今後契約法ノ制定ニ就テハ宜シク下等社会ノ民情ヲ酌量シ、果シテ実際ニ適切ナル法律ヲ設ケザレバ却テ徒法ニ属スルノ恐ナシトセザルナリ
益田克徳曰ク、夫レ法律ヲ求メントナラバ、只師弟ノ間契約ヲ行ハシメ、若シ取換ハセタル証文ノ成存スルニ非レバ其契約ヲ無効ト見做サレン事ヲ政府ニ要望スルニ止ルベキナリ、其他相互ノ取極上ニ干渉スルハ蓋シ法律ノ做シ能ザル所ナリ
会頭曰ク、彼ノ地所質入規則ノ如キハ其契約ノ法律ヲ以テ保護ヲ受クヘキ限界ヲ示スモノナリ、今此師弟間ノ契約ニ於テモ幾分カ其制限ヲ立テ人民ヲシテ其因ル所ヲシラシムルハ決シテ無用ノ事ニ非ズト思ハル
益田克徳曰ク、只政府ニ於テ法律ヲ以テ制定スベキモノハ第一此約束文面中年限ヲ記載セシメ、及ビ衣食等ノ給与方其他解約ノ方法、乃チ父母死去スル時ハ其約束ヲ解クヲ得ル等ノ件々ヲ以テシ、若シ此等ノ条件ヲ記載セザル者ハ之ヲ無効ノ契約ト見做サン事ヲ要スルニ在リ、然ラバ則チ師タル者弟タルモノ共ニ皆自ラ其契約ノ忽ニスベカラザルヲ発明スルニ至ラン
大倉曰ク、若シ益田君ノ説ノ如ク年季期限ノ長短等一ニ之ヲ相対ノ間ニ任シ、政府之ガ制限ヲ立テザルモノトセハ或ハ其年限ヲ十年ト定メ以テ結約スル者ナシトセズ、其酷ナル亦太甚シカラズヤ、故ニ余ハ政府ノ法律ニ依リ之カ制限ヲ立テン事ヲ欲スルナリ
柴崎曰ク、僕婢ヲ雇入ルヽニ当リ其年季数年ニ渉ルノ約定ヲ結ブハ法律ノ禁ズル所ナリト云トモ、職業ヲ習フ者ニ至リテハ此限内ニ非ルナリ
益田克徳曰ク、年季期限十年以上ナルヲ以テ酷ニ過クルトセバ修業年限ハ十年ヲ越ユベカラズト制定スルモ亦可ナラズヤ
原曰ク、舟乗リノ如キハ如何ン、之ヲ諸職工中ニ包含スベキモノ歟
益田克徳曰ク、舟乗リハ別ニ年季規則ノ在ルアリ、決シテ之レト混同スベカラザルナリ
会頭曰ク、政府ヘ建議スルノ事衆皆一致ニ出ルガ如シ、然リ、而シテ之ヲ建議スルニ於テ其細目ヲ挙テ政府ニ建言スベキカ、将タ其大体ニ
 - 第17巻 p.485 -ページ画像 
就テ法律ノ制定ヲ要望スベキカ、若クハ又一方ニ於テハ大体契約ヲ実施セシムベキ法律ノ設立ヲ政府ヘ要望シ、又一方ニ於テハ故ラニ其筋ノ諭達ヲ請ヒ前後相応シテ人民ノ注意ヲ促サバ其効更ニ大ナラン歟、諸君ノ考案如何トス
益曰孝《(益田孝)》田《(曰)》ク方今政府ニ於テモ専ラ民法ノ改良ヲ企図セラルノ際ナレバ此契約法ノ如キ、或ハ已ニ政府ノ配意セラルヽ所ナルモ知ルベカラズ、故ニ先ヅ大体ヲ建議シテ政府ノ注意ヲ促カシ、然シテ後猶之ガ参考ニ供スルニ足ルベキ民間実際ノ慣例等ヲ調査シ追テ之ヲ政府ニ上申スルモ蓋シ遅キニ非ルベシ
益田克徳曰ク、政府ヘ建議スルニ当リ約束ノ細目ヲ以テスルハ之ヲ不可トス、此事ヤ法律ヲ以テ束縛スルノ恐アルカ故ニ只契約ヲ実施セシムルノ法ヲ要スルニ止ルベシ、果シテ如此ナル時ハ其契約ハ自ラ師弟相互ノ間ニ起リ復タ政府ノ干渉ヲ要セザルナリ
丹羽雄九郎曰ク、只弟子ノ放恣ナルヲ論スル而已ナラズ、亦師タル者其弟子ヲ虐使スルノ弊ヲ挙テ以テ之ヲ政府ニ示サバ当局者ノ注意ヲ促スヤ更ニ切ナルベシト信ス
大倉曰ク、此事タル重大ノ件ニシテ軽忽ニ議了ス可ラズ、宜シク調査委員ヲ撰定シテ十分ニ慣例等ヲ調査セシメ然シテ後之ヲ政府ヘ建議セン事ヲ要ス
福地曰ク、大倉君ノ如ク委員ヲ設テ各職工実際ノ景況並ニ従来ノ慣例等ヲ調査シ、而シテ師弟ノ間ニ必ズ契約ナカルベカラザルヲ論ジ、若シ確実ナル為取換証アルニ非レバ其契約ヲ以テ無効ノモノト見做スベシト云フノ法律ヲ制定セラレン事ヲ政府ニ要望セバ、敢テ其細目ヲ挙ゲルヲ要セザルモノト思惟ス、諸君以テ如何トス
於是各員其大体ニ就キ之ヲ建言スルヲ可トシタルヲ以テ、会頭ハ更ニ衆説ニ依リ工業事務委員ヲ以テ立案委員ト定メ、理事本員之ガ立案調査ニ参与スルモノトシ而シテ草案成ルヲ期シ更ニ之ヲ衆議ニ附スベキニ決ス


東京商法会議所要件録 第一七号・第一六―一八丁 明治一三年一〇月二九日刊(DK170038k-0002)
第17巻 p.485-486 ページ画像

東京商法会議所要件録  第一七号・第一六―一八丁 明治一三年一〇月二九日刊
 ○参考部
    諸職工弟子入年季契約法ノ制定ヲ要スル儀ニ付建議
余ガ玆ニ諸君ノ高諭ヲ仰カント欲スルモノハ乃チ我政府ニ於テ諸職工弟子入年季契約法ヲ制定セラレン事ヲ要望スル是ナリ、抑モ維新前ニ在リテハ諸職工同業中年季修業上慣習ノ在ル有リテ子弟ノ間自ラ契約法ノ如キモノ存セリ、譬ヘハ蒔絵師ノ徒弟タル者ハ其年季ヲ十年ト定メ銅工ハ之ヲ七年トシ、其他大工・左官ノ如キモ亦各々其修業ニ定期アリ、而シテ其定期間ニ在テハ徒弟タル者進退去就ヲ自由ニスル事ナク専心其業ニ従ヒ敢テ其尽クスベキノ義務ヲ怠ルカ如キ事ナキヲ以テ師タル者モ亦之ニ秘術ヲ伝授スルヲ憚ル事ナク以テ之ヲ己ガ責トナセリ、是ヲ以テ其業ハ益々熟達シ其芸ハ愈々精巧ニ趨クノ傾向アリキ、然ルニ維新革命ノ際万機一変シ商工業従来ノ慣行モ頓ニ其制ヲ破リ、人心挙テ自由ノ一方ニ偏倚シタルヨリ修業契約ノ如キモ自ラ此自由ノ風潮ニ随テ之ヲ放却スルニ至レリ、是ヨリ後徒弟タル者其年季中ニ在
 - 第17巻 p.486 -ページ画像 
リト云トモ偶々己レニ利便アル時ハ恣ニ去テ其地ヲ換ヘ或ハ其師家ヲ棄テ顧ミサル者往々ニシテ之アリ、是ヲ以テ其師タル者モ亦勢十分ノ望ヲ徒弟ニ属スル事能ハザルヨリ其秘術要訣ヲ授クルヲ憚ルノ情ナシトセス、是レ蓋シ時勢変遷ノ然ラシムル所、固ヨリ不得已ニ出ルノ弊ナルヘシト云トモ、亦以テ我国工業ノ開進ヲ妨クルノ一大障碍ナリト謂ハザルヲ得ン乎
若シ夫レ此形状ヲ以テ荏苒経過スル時ハ我国ノ工業漸ク退縮シテ終ニ挽回スベカラザルノ地位ニ陥ランモ亦知ルベカラザルナリ、苟クモ今ノ之ヲ憂フル者ハ、早ク此一大障碍ヲ排除スルノ計ヲ為サヾルベケンヤ、余熟々此弊ヲ矯正スルノ術ヲ案スルニ蓋シ其法他ナシ、乃チ各職工師弟ノ間ニ結了スル契約ヲ実践セシムルノ法ヲ設クルニ在リ、果シテ如此ナル時ハ仮令此契約ヲ履行セザル者アルモ、法庭ハ其成法ニ依リ之レガ被害者ヲ保護スベキカ故ニ是ヨリ後徒弟タル者ハ漫ニ其身ヲ転スル事ナク専心其業ニ従フノ義務ヲ増シ、又師タル者ハ之ニ技術ヲ授クルノ責ヲ厚フシ師弟互ニ利便ヲ得テ各自其分ニ安シ自ラ我国工業ノ振起ヲ促スノ効極テ大ナルベシ、聞クカ如ンバ米国ニ於テハ各州其契約法アリテ子弟ノ間能ク相互ノ義務ヲ尽クサシム、而シテ該国今日工業上ニ於テ隆盛ヲ呈スルモノハ之ニ因ル居多ナリト、我国ニ於テモ亦其人情ニ問ヒ果シテ実際ニ適切ナル契約法ヲ職工ノ間ニ実施セシムルニ至ラバ啻ニ前陳ノ弊ヲ矯正スルヲ得ヘキ而已ナラス、兼テ工業ヲ振起セシムルノ効ヲ呈スベキハ余カ疑ハザル所ナリ
幸ニ議場諸君ニシテ此議ヲ賛成セラルレバ之ヲ政府ニ上陳シテ以テ此法ノ制定ヲ要望スルハ蓋シ是レ当会議所ノ分外ニ非ルヲ信ス、若シ夫レ諸君之ヲ政府ニ建言スルモ其効ナカルベシトセバ、責テハ之ヲ府庁ニ上申シ其布達若クハ告諭ヲ乞ヒ、以テ府下各職工ノ間ニ修業ノ年季ヲ定メ、相当ノ契約ニヨリ弟子ヲシテ、恣ニ其身ヲ転ズルヲ得ザラシメ、又師タル者ヲシテ其技術ヲ授クルヲ怠ラシメサルノ法ヲ設クルモ亦不可ナキナリ、若シ果シテ之ガ議場ノ問題トナルヲ得バ独リ余輩工業者ノ幸福而已ニ止ラザルナリ、今ヤ余ノ無似ト云トモ工業事務委員ノ列ニ厠ハル敢テ鄙見ヲ吐露シテ以テ之ヲ諸君ニ質ス事爾カリ
               工業事務委員 松尾儀助


東京商法会議所要件録 第一八号・第八丁 明治一三年一一月二九日刊(DK170038k-0003)
第17巻 p.486 ページ画像

東京商法会議所要件録  第一八号・第八丁 明治一三年一一月二九日刊
  第九臨時会議 明治十三年十一月九日午後第六時十分開場
    議員出席スル者 ○二十名
○上略 次ニ会頭 ○渋沢栄一ハ職工師弟間契約ノ事ニ付政府ヘ建議スベキ文案ニ就キ各員ニ其意見ヲ問ヒタルニ、衆皆異存ナキヲ以テ本案中一二妥当ナラザル所ヲ修正シテ理事本員ヨリ直チニ之ヲ政府ヘ建議スルニ決ス ○下略


東京商法会議所要件録 第一八号・第一四―一六丁 明治一三年一一月二九日刊(DK170038k-0004)
第17巻 p.486-488 ページ画像

東京商法会議所要件録  第一八号・第一四―一六丁 明治一三年一一月二九日刊
 ○参考部
    ○諸職工師弟間契約方之義ニ付建議案
 謹テ惟ルニ往時維新前ニ在リテハ諸職工師弟ノ間自ラ其契約ヲ重ン
 - 第17巻 p.487 -ページ画像 
ズルノ風アリ、苟クモ師家ニシテ徒弟ノ授業ヲ怠リ之ヲ虐使スル者アル時ハ同業者ノ擯斥スル所トナリ、徒弟ニシテ其尽クスベキノ義務ヲ怠リ中途ニシテ師家ヲ棄ルカ如キ者アル時ハ当時之ヲ懲戒スルノ便法アリキ、是ヲ以テ彼ノ工芸美術ニ関スル蒔絵師ノ如キ銅工ノ如キ、其徒弟タル者ハ十年若クハ七年ノ年季中必ズ該業ニ関スル各科ノ奥義ヲ習脩シ、其他大工左官ノ如キモ亦各々其修業ニ約束ノ定期アリ、其定期間ニ在テハ徒弟タル者恣ニ去就ヲ決スル事ナク其業ヲ専修シ、敢テ其尽クスベキノ義務ヲ怠ルガ如キ事ナキヲ以テ、師タル者モ亦懇切之ニ其秘術ヲ伝授スルヲ憚ラズ、以テ己ガ責トナセリ、是ヲ以テ工芸ノ道益々進歩シ、巧手良工ヲ輩出スルノ傾向アリキ、然ルニ維新ノ際従来ノ慣例頓ニ一変シ、修業契約ノ如キ自ラ之ヲ忽視スルニ至レリ、熟々今日工業社会ノ実況ヲ通観スルニ徒弟タル者其予約ノ修業年期内ト云トモ偶々己ニ利アル時ハ恣ニ其地ヲ換ヘ、或ハ其師家ヲ棄テヽ顧ミザル者往々ニシテ有之、是ヲ以テ其師タル者モ亦十分望ヲ徒弟ニ属スル事能ハザルヨリ其秘術奥義ヲ授ケズシテ浸ニ之ヲ虐使スルガ如キ弊習ナシトセズ、今此等ノ弊害ヲシテ只ニ大工左官ノ如キ甚シキ精巧美術ヲ要セザル者ノ間ニ止ラシメバ尚可ナリト云トモ、之ヲ彼ノ銅工蒔絵師等ノ如、殊ニ意匠ノ周密手術ノ練熟ヲ要スル職工ノ間ニ流行セシム其禍ノ及ブ所蓋シ少々ナラザルナリ、試ニ我国固有ノ名産ナル陶器漆器等ノ製造ヲ見ルニ近年著シク其品位ノ粗悪ニ失シタルハ職トシテ良工ノ乏シキニ因ル、是レ職工師弟間修業契約ノ完全ナラザルガ為メ、良工ヲ陶冶スル事能ハザルヨリ致ス所ニ非ルナキヲ得ンヤ、如此弊害ヲ醸成スルモノハ固ヨリ時勢変遷ノ然ラシムル所ナリト云トモ、亦我国工業ノ開進ヲ妨クルノ一大障碍ト云サル可ラス、若シ此儘ニテ荏苒経過セバ我国ノ工業ハ漸ク衰頽シテ終ニ挽回ス可ラザルノ地位ニ陥ランモ亦知ルベカラズ、当会議所熟々此弊ヲ矯正スルノ方法ヲ按スルニ他ナシ各職工師弟ノ間ニ鞏固ナル契約ヲ結了セシムルニ在ルノミ、然リ而シテ従来ノ経験ニヨレハ無智ノ細民法律ノ何物タルヲ知ラズ、其契約ノ如キ往々之ヲ忽視スルノ風アルガ故ニ、今政府ニ於テ各職工師弟間ニ結了スル契約ハ、其師タル者並ニ徒弟ノ父兄若クバ親戚ノ間ニ確実ナル契約証文ヲ取換ハセ置クニ非レバ総テ裁判上効力無キモノトスト云フノ意ヲ以テ法律ヲ制定セラレ、兼テ右契約ノ定款ヲ設ケテ以テ各業修業年限ハ勿論年季中ノ勤メ方、衣食ノ給与方、授業方並ニ解約スルトキノ心得方等凡ソ其証文面ニ記載スベキ緊要ノ事項ヲ挙ゲ、就中其項目中師家ノ転業若クハ廃業スル等ノ事アル時ハ其契約ハ此時ヨリ無効ト見做スベキノ一項ヲ加ヘ、之ヲ公布セラルルニ至ラバ是ヨリ後職工社会ニ於テハ漸ク契約ヲ重ンズルノ慣習ヲ養成シ、師ハ懇切ニ其弟子ニ業ヲ授ケ、徒ニ之ヲ虐役シ、或ハ之ヲ束縛スル等ノ悪風ヲ去リ、又徒弟ハ其業ヲ専修シ、修業年限内ニ於テ漫ニ其地ヲ換ルノ弊習ヲ破リ、彼此各其止ル所ヲ知リ、我国工業ノ進歩ヲ養成スルニ至ルハ当会議所ガ確信スル所ナリ、将タ右御制定ヲ要スルノ条款ニ就テハ猶鄙見ノ存スルアリ、幸ニ御下問ヲ蒙ルノ栄ヲ得バ従来各職工ノ慣習等ヲ調査シ併セテ之ヲ上陳スベシ、頓
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首謹白
                  東京商法会議所会頭
  十三年十一月              渋沢栄一
    大蔵卿 佐野常民殿
    内務卿 松方正義殿


東京商法会議所要件録 第二一号・第一九―二〇頁 明治一四年二月一〇日刊(DK170038k-0005)
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東京商法会議所要件録  第二一号・第一九―二〇頁 明治一四年二月一〇日刊
 ○参考部 明治十三年東京商法会議所事務報告
○諸職工師弟間ニ契約之義ニ付内務大蔵両卿ヘ建議之件
  本議ハ諸職工師弟間ノ約束ヲ鞏固ナラシメ我国工業ノ進歩ヲ助成セン事ヲ要シ、松尾儀助君ノ建議ニ出ツルモノニシテ、十月十日第十七定式会ニ於テ衆議之ヲ可決シ、終ニ工業事務委員ヲ立案委員トシ其草案成ルヲ期シ、猶次会ニ於テ衆議ニ附スベシト云フニ決シ、十一月九日第九臨時会ニ於テ右草案ヲ議シタルニ各員更ニ異見ナキヲ以テ同月十五日之ヲ内務・大蔵両卿ニ建議シタリ


竜門雑誌 第六一五号・第四三―四六頁 昭和一四年一二月 東京商法会議所に就て(六)(山口和雄)(DK170038k-0006)
第17巻 p.488-490 ページ画像

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