デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

7章 経済団体及ビ民間諸会
1節 商業会議所
1款 東京商法会議所
■綱文

第17巻 p.641-656(DK170051k) ページ画像

明治14年6月27日(1881年)

当会議所、農商務省商務局長河瀬秀治ノ諮問セル銀米価格下落ノ原因ニ付調査シ、是日之ヲ復申ス。栄一之ニ与ル。


■資料

東京商法会議所要件録 第二九号・第三二頁 明治一四年六月一三日刊(DK170051k-0001)
第17巻 p.641 ページ画像

東京商法会議所要件録  第二九号・第三二頁 明治一四年六月一三日刊
  第十三臨時会 明治十四年五月廿五日午後七時開場
    議員出席スル者 ○二十一名
○上略
次ニ猶平野君 ○平野富二建議ノ件並ニ商務局下問ノ件 ○銀米下落ノ原因調査ノ件ヲ議シ
○下略


東京商法会議所要件録 第二九号参考部・第九頁 明治一四年六月一三日刊(DK170051k-0002)
第17巻 p.641 ページ画像

東京商法会議所要件録  第二九号参考部・第九頁 明治一四年六月一三日刊
    ○銀米下落之原因商務局長ヨリ御下問之件
一昨今米価下落之原因
二昨今銀価之相場(紙幣ニ対スル)低下之原因
右両件於其会議所探訪調査之上何分之見込至急当局ニ向テ回申有之度候、此段申進候也
  明治十四年五月十二日
                  商務局長 河瀬秀治
  東京商法会議所
    会頭 渋沢栄一殿


東京商法会議所要件録 第三〇号・第一―四頁 明冶一四年六月一四日刊(DK170051k-0003)
第17巻 p.641-642 ページ画像

東京商法会議所要件録  第三〇号・第一―四頁 明治一四年六月一四日刊
 - 第17巻 p.642 -ページ画像 
  内外貿易運輸船舶事務三課委員会議 明治十四年五月卅日午後六時四十五分開会
    来会シタル委員 〇八名
    ○商務局下問ニ係ル銀米下落ノ原因調査ノ件
本件ハ去ル十二日ノ下問ニ係リ、之ヲ廿五日ノ臨時会ニ附シタルニ先ツ内外貿易事務委員ニ於テ之ガ考案ヲ作リ、更ニ全会ノ可決ヲ待テ之ヲ答申スベシト云フニ決シタリシガ、今会渋沢君ハ其草案ヲ提出シ、調査ノ顛末ヲ演説セラレタリ、其大要ニ曰ク
 今回銀米下落ノ現状ハ、市場給需ノ権衡其度ヲ変シタルヨリ来タス所ノ結果ニシテ、敢テ経済ノ要理ニ背クモノニ非ズ、今試ニ明治十三年五月ヨリ今年四月ニ至ル迄銀米価格ノ変動、並ニ其出入増減ノ跡ヲ見ルニ其最モ高価ヲ保持シタル時ハ即チ是レ供給減少シタルノ時ニシテ、其慚《(漸)》ク下落スルヤ是其供給最モ増加シタルノ時ナリトス以テ此事実ヲ証明スルニ足ルベシ、熟々昨年来ノ市況ヲ察スルニ、初メ米価ノ諸物価ニ先タチテ独リ騰貴スルヤ、農民暴カニ其富ヲ増シ舶来品ニ向テ購買力ヲ養成シタルガ故ニ、其勢ヤ必ズ又銀価ノ騰貴ヲ致サヾルヲ得ズ、而シテ米銀価ノ騰貴ハ漸ク物価ニ影響ヲ及ボシ終ニ農民ノ購買力ヲ減殺シ、重テ又貯米ノ急売ヲ促ガス、是今回銀米下落ノ原因ナリト謂ハンカ、夫レ如此ノ給需ノ権衡ニヨリテ銀米ノ価格昂低スルハ是経済上ノ真理ニシテ、亦不得已ノ事ナガラ僅カニ数月間ニシテ其変動常ニ過激ニ出ツルハ実ニ嘆スベキ事ナリトス、盖シ世或ハ此急変ヲ以テ全ク投機商ノ所為ニ帰スルモノアリト云トモ、是レ実ニ浅見ナリト謂フベシ、抑モ投機ナルモノハ先ヅ之ニ乗スベキノ余地ヲ与フルモノアリテ始テ之ニ発生スルモノニシテ仮令投機ノ空商ナリ云《(ト脱)》トモ豈毫モ前途ニ見ル所ナクシテ漫リニ其手ヲ下ダスモノナランヤ、是ヲ以今回銀米下落ノ如キモ遠ク其真因ヲ探究スル時ハ之ヲ我国貨幣ノ制度ニ根スルト云ハザルヲ得ズ云々
次ニ大倉君モ亦銀米下落ノ原因ニ就キ其意見ヲ条陳セラレシガ、委員中種々討議アリテ終ニ渋沢君ノ立案ニ賛成者多ク、委員ハ更ニ彼此取捨シテ草案ヲ修正シ之ヲ次回ノ臨時会ニ付シ、全会ノ可決ヲ得直チニ之ヲ答申スルニ決シタリ


渋沢栄一書翰 梅浦精一宛 (明治一四年)六月六日(DK170051k-0004)
第17巻 p.642 ページ画像

渋沢栄一書翰  梅浦精一宛 (明治一四年)六月六日   (土肥脩策氏所蔵)
○上略
銀米下落調査表愚案別冊之通ニ相認候字句ハ尚御添刪被下清書御取計可被下候、且計表ハ第一第二と御記し被下且東京在米之計表ニ勘定不都合有之候処ハ其表中ニ断書を加ヘ(商況報告中より取調候ものニ付差引ニ幾分之差違有之云々)候ハヽ、過日益田克徳之如き疑念ハ相生し申間敷候、大倉之説ハ何分加入いたし兼候ニ付別紙ニハ認入不申候
○中略
  六月六日                     渋沢栄一
    梅浦精一様


渋沢栄一書翰 梅浦精一宛 (明治一四年)六月二一日(DK170051k-0005)
第17巻 p.642-643 ページ画像

渋沢栄一書翰  梅浦精一宛 (明治一四年)六月二一日 (土肥脩策氏所蔵)
御細書拝読仕候漸昨日帰京未タ取込中ニ付今日一寸益田ニも面会候得
 - 第17巻 p.643 -ページ画像 
共、会議所之模様迄ニハ相及不申事ニ候、商務局ヘ之答申書印刷之分陸羽各県ヘ廻付仕度ニ付、明日ニも御遣し可被下候、其外同所ニ係り候件々御指示敬承仕候
○中略
  六月廿一日               渋沢栄一
    梅浦賢契


東京商法会議所要件録 第三二号・第一―七頁 明治一四年七月三〇日刊(DK170051k-0006)
第17巻 p.643-644 ページ画像

東京商法会議所要件録  第三二号・第一―七頁 明治一四年七月三〇日刊
  第十四臨時会 明治十四年六月廿五日午後七時廿分開場
    議員出席スル者 ○二十一名
○上略
午後七時二十分ヲ以テ議員着席之時ニ会頭(渋沢栄一)ハ各員ニ向ヒ今会議事ニ付スベキ件々ハ兼テ印刷之上諸君ニ通知シタルガ如ク、第一銀米下落原因調査、第二運輸船舶景況調査ノ両件ナリ、而シテ此中甲号(銀米下落原因調査)之分ハ内外両委員ノ担当スル所ニシテ、乙号(船舶運輸景況調査)之分ハ則チ運輸船舶事務委員並ニ理事本員ノ其調査ヲ担当シタル所ナリ、就テハ今夕以上ノ調査ヲ担任シタル諸氏モ幸ニ出席アレバ諸君其手続等ニ就キ不審アラバ十分質問セラルベキ旨ヲ述ベ、且ツ此議案ハ甲乙共ニ例ニ拠リ朗読セシムベキヤヲ議場ニ問フタルニ、各員已ニ熟覧ヲ了シタルノミナラズ議案頗ル長文ナレバ朗読ノ為メニ数時間ヲ費ヤスニ及ハザル旨荅ヒタルニヨリ、会頭ハ則チ朗読ヲ止メ直チニ各員ノ意見如何ヲ問フタルニ井上君 ○井上安右衛門ハ本員ノ如キ近頃新入ノ議員ニシテ其調査ノ誰ノ手ニ成リシヲ知ラズ、先ツ之レガ調査委員ノ姓名ヲ承リタシト請ヒタルヲ以テ、会頭ハ甲号議案ノ調査委員タル人ハ渋沢栄一・益田孝・大倉喜八郎・松尾儀助・丹羽雄九郎ノ五名ニシテ、乙号議案ノ調査委員ハ理事本員ノ三名並ニ運輸船舶事務委員中野中万輔・益田克徳・平野富二ノ諸君ナル旨ヲ述ベ而シテ先ツ甲号議案調査手続ノ大要ヲ演述シテ曰ク
抑モ甲号議案ニ載スル所、去月十二日商務局ノ御下問ニ係ル銀米下落原因ニ就キ熟々委員ノ考フル所ハ、銀米下落ノ事タル元ト市場給需ノ権衡ヨリ生ズル所ニシテ別ニ格段ナル奇因アリトモ覚エス、然レトモ只此一事ノミヲ以テ答申スル時ハ或ハ簡短ニ失スルノ恐ナシトセス、故ニ先ツ此理ヲ証明スル為メニハ遠ク数年前ニ溯リ又広ク各地ニ渉リ右二品価位ノ高低及其給需ノ増減等ヲ詳査統計セザルベカラズ、然リト云トモ商務局ニ於テハ目下下落ノ実因ヲ熟察セラレンガ為メニシテ至急荅議ヲ要セラルヽ旨ニ依リ、委員ハ先ツ東京ニ於テ右二品一年間ノ市況ヲ調査シテ以テ前段ノ理由ヲ証明スルノ考案ヲ定メ、其給需増減、価格高低ノ統計ハ即チ四表ニ示ス処ノ如シ、但シ第四表ニ示ス所ノ米国輸入・消費・貯藤高等《(蔵)》ノ如キハ甞テ本会ニ於テ発兌シ来レル商況報告ニ拠リテ調査シタルモノニシテ、之ヲ精察スル時ハ其数量差引増減ニ至リテ或ハ前後符合セザル所ナキヲ保セズ、其然ル所以ノモノハ此商況報告タル元ト実業者ノ胸算ニ成ルモノニシテ、寧ロ只其市況盛衰ノ大盛ヲ観察スルノ用ニ供スルノ調査ナレバナリ、今右ノ四表ニ拠リテ彼此対照スル時ハ銀米各々其価位ノ高低ハ常ニ給需ノ増減ト相
 - 第17巻 p.644 -ページ画像 
応スルハ実ニ掩フ可カラザルノ事跡ニシテ、其原因モ亦以テ此大則ニ背カザルヲ証スルニ足レリ、而シテ之ガ下落ノ原因ヲ考査スルニ当リ併テ騰貴ノ事ニ論及スルモノハ元ト価格騰貴ノ極度タル下落ノ反動ヲ起スノ主点ニシテ、一昂一低重テ旧路ヲ来往スルハ物価ノ常勢ナレバ今下落ノ事ヲ論ズルニ当リ騰貴ノ因ヲ説カザルヲ得ザレバナリ、然リ而シテ委員ハ猶又其遠因ヲ論究シテ、幣制改良ヲ切望スルノ徴意《(微)》ヲ其中ニ寓シタリ、是敢テ本件御下問ニ対シテ緊切ナル荅議ニ非ルベシト云トモ、其市況ノ激変ヲ生ズルモノ我国幣制ニ関スルヤ頗ル大ナルガ故ニ、委員ハ此ニ一言ヲ陳ズル亦全ク無用ニ非ルヘシト思惟ス、請フ諸君意見ノ在ル所、十分之ヲ陳述セラレン事ヲ
井上曰ク、此両案ハ前会福地君ノ発議ニテ、各員ニ熟考ノ余暇ヲ与ヘン為メ之ヲ印刷スルニ決シ、即チ去ル二十二日議案ノ到達スルヤ直チニ之ヲ熟覧スルヲ得タリ、抑モ本案ノ如キ其調査周密懇到ニシテ本員ハ両日ヲ費シテ漸ク之ヲ閲了シタリ、亦以テ委員諸君ノ苦心ヲ想フベシ、且ツ其条理逸々精確ニシテ敢テ一字ノ賛《(贅)》スベキナク固ヨリ異見ノ在ルナケレバ願ハクバ此儘ニテ上申セラレン事ヲ
木村 ○木村豊次郎・鳥海 ○鳥海清左衛門・小西 ○小西義敬・益田克徳続テ之ヲ賛成ス
会頭曰ク、諸君ニ向テ一言ノ注意ヲ請フベキ事アリ、委員中甲号議案七葉目之ヲ要スルニ以下其段末迄ハ之ヲ除クベシトノ説アリタリシガ已ニ印刷ニ附シタル後ナレバ不得已旧案ノマヽニシテ諸君ニ通知シタリ、是ヲ以テ右数行ハ全ク之ヲ刪除シタルモノト心得ラレタシ
次ニ小暮 ○小暮直次郎・清水誠両君ノ発議ニテ本案中空商投機ヲ絶タン事ヲ欲スル云々トアルハ、銀米会所仲買人ノ営業ヲ指摘スルノ嫌アレバ少シク之ヲ修正シタシトノ説アリシガ、委員ヨリ所謂空商ナルモノハ己レガ所有セザルヲ売リ、又其要セザルモノヲ買フガ如キ只目前ノ景気ニヨリテ輸贏ヲ試ムル者ヲ指スモノニシテ、直チニ仲買人ノ営業ヲ指スニ非レバ別ニ修正セスシテ可ナリトノ説明アリ、終ニ本案ハ其儘商務局長ヘ荅申スルニ決ス(上申案ハ参考部ニ付ス)


東京商法会議所要件録 第三二号・第三三―四四頁 明治一四年七月三〇日刊(DK170051k-0007)
第17巻 p.644-650 ページ画像

東京商法会議所要件録  第三二号・第三三―四四頁 明治一四年七月三〇日刊
 ○参考部
    ○銀米下落原因調査上申書
銀米価値下落ノ原因御垂問ニ対シ本会ハ先ツ委員ヲシテ其実状ヲ調査セシメ、更ニ之ヲ全会ニ質シタルニ其論究スル所ハ左ノ如ク帰着シタルニ付、之ヲ条陳シテ御下問ニ奉答セントス
凡ソ物品ノ市場ニ出ヅルヤ、供給需用ノ二者能ク相平均シテ始テ適当ノ価位ヲ保持スルヲ得ベキハ経済上ノ原則ニシテ、更ニ本会ノ贅言ヲ要セス、故ニ若シ偶々給需其権衡ヲ失シ一方ニ偏倚スルガ如キ事アレバ市価忽チ其度ニ随テ上下スルハ是亦動スベカラザルノ定数ニシテ、而シテ今回銀米ノ価値下落ノ如キハ亦固ヨリ此理ニ外ナラザルナリ、今此理ヲ証明センカ為メ、本会ハ玆ニ昨明治十三年五月ヨリ十四年四月迄一ケ年間ノ銀米給需ノ景況ト、其価位昂低ノ実状トヲ調査シテ第一表ヨリ第四表迄ノ統計ヲ作リ、併テ之ヲ呈シテ対照参観ノ便ニ供セント欲ス
 - 第17巻 p.645 -ページ画像 
第一表 ○円銀価格表
 - 第17巻 p.646 -ページ画像 
第二表
   各港輸出比較表

図表を画像で表示各港輸出比較表

        五月         六月         七月         八月         九月         十月         小計          十一月        十二月        一月         二月         三月         四月         小計          総計 出      一、七八一、七五七  二、一八七、八〇四  二、一二〇、〇七九  三、〇三八、五〇七  二、一九七、七六八  二、九五一、九八五  一四、二七七、九〇〇  三、五七六、五一一  三、〇四七、九九五  二、七四四、八三八  二、四五二、五九五  二、七四八、一八七  一、四九四、五四六  一六、〇六四、六七二  三〇、三四二、五七二 入      三、六九四、九〇五  二、八八二、六八三  三、一一七、九七五  三、五八六、七六一  三、五六九、九九八  二、八八一、六九四  一九、七三四、〇一六  二、三八八、四〇一  二、六〇八、六一五  二、六四一、三一七  二、二二四、一一五  二、四三八、三〇一  二、五五九、二六九  一四、八六〇、〇一八  三四、五九四、〇三四 合計     五、四七六、六六二  五、〇七〇、四八七  五、二三八、〇五四  六、六二五、二六八  五、七六七、七六六  五、八三三、六七九  三四、〇一一、九一六  三、九六四、九一二  五、六五六、六一〇  五、三八六、一五五  四、六七六、七一〇  五、一八六、四八八  四、〇五三、八一五  三〇九二四、六九〇   六四、九三六、六〇六 出過                                                               七〇、二九一              一、一八八、一一〇    四三九、三八〇、   一〇三、五二〇    二二、八四八〇    三〇九、八八五              一、二〇四、六五二                                                                                                                        (二二八、四八〇カ) 入過     一、九一三、一四七    六九四、八七九    九九七、八九六    五四八、二五四  一、三七二、二三〇              五、四五六、一一五                                                         一、〇六四、七二三               四、二五一、四六二 銀貨毎月平均 一、三八五厘     一、三六五厘    一、三八〇厘      一、三八八厘     一、四九〇厘     一、六五〇厘                 一、八一二厘     一六五〇厘      一、七二〇厘     一七四五厘      一七七五厘      一、七九八厘 




第三表

   玄米上中下一石ニ付毎月平均相場昂低表
 - 第17巻 p.647 -ページ画像 
第四表

   米穀輸入消費貯蔵高増減表
   発例 表面諸項ノ数額ハ本会ノ調査ニ係ル商況報告中ヨリ抜載シタルモノニシテ其毎月輸入・消費・貯蔵三項ノ差引増減高ノ逐月相対照シテ前後符合セザルモノハ是レ此調査人カ毎月米穀諸問屋ノ報告ニ就キ其遠国入津地廻リ入場高並ニ市中消費高等ヲ見積リ而シテ其深川・浅草倉庫並ニ市中ニ残在スルモノ何程ト推測概算シタルモノナルニ由ル又此毎月輸入高ノ米輸入増減表ニ記スル毎月ノ高ヨリ多キモノハ此中大小豆麦等ノ雑穀ヲ加算スルカ為メナリ
 - 第17巻 p.648 -ページ画像 
右ノ計表ニヨリテ之ヲ観察スレバ第一表円銀価格表最高ノ極点ハ十三年十・十一月ノ交ニ在テ之ヲ第二表各港輸出入表ニ徴スルニ十三年五月ヨリ此月ニ至ル迄輸入品常ニ超過シテ円銀需用ノ気勢最モ急切ナルノ時ニ在リ、又第三表米価ノ昂低ニ就テ其最高ノ点ヲ見レハ均シク十三年十一・十二月ノ交ニシテ、其高価ハ独リ東京而已然ルニアラズシテ全国各地凡ソ米穀ノ市場タルノ地ハ皆以テ高価ヲ唱ヒ、其供給ノ乏シキニ苦ミタルノ時ニシテ姑ラク之ヲ第四表米穀輸入・消費・貯蔵高増減表ニ徴スルニ当府下ニ於テモ亦他ノ米市場ノ如ク供給ノ殆ト極度ニ減少セシ時ナリ、之ニ反シテ円銀低落ノ兆ヲ見ルハ輸出品輸入品ニ勝ツノ時ニ於テシ、米価ノ漸ク下落スルハ市場残在高ノ増加スルニ追随ス、而シテ本年四月中ニ於テハ円銀米価共ニ未タ大ニ低下ノ勢ヲ現セスト云トモ、其低落スヘキノ実理存スルヲ以テ五月ニ至リテ頓ニ円銀ハ一円六十銭以内ニ低下シ、米価モ亦十円以内ニ至レリ、是只其供給次第ニ裕ニシテ其需用漸ク緩ナルノ致ス所以ニシテ其高低ノ基ク所全ク此原則ニ従フヲ証スルニ足ルヘシ
然リト云トモ、此僅々数月間ニ於テ其昂低斯ノ如ク夫レ甚ダシク、其変動斯ノ如ク夫レ急ニシテ、曩キニ一円八拾銭以上ニ騰上シタル銀価モ今ハ一円六拾銭ニ下タリ、十二円以上ニ達シタル米価モ殆ト九円前後ニ至ルガ如キ忽進忽退ノ現象ヲ市場ニ現出スルハ蓋シ其近因給需ノ偏重ニ在ルヘシト云トモ、又之ガ遠因ノ存スル在リテ斯ノ如キニ至リタルナキヲ得ンヤ、請フ更ニ之ニ論及セン
夫レ商況ノ盛衰アル物品ノ消長スル決シテ一方ニ沈定固着スルモノニアラスシテ必スヤ一往一来常ニ時勢ト共ニ相進退スル猶彼ノ動錘ノ自ラ動揺シテ暫ラクモ止マサルガ如キモノアリ、是故ニ苟クモ之ニ原動力ヲ伝フルヤ其勢忽チ進テ止マサルガ如キモ其力ノ漸ク尽ルヲ待テ復タ反動ヲ起コスニ至ル、想フニ明治十二・十三年ニ在テ我国ノ米産豊収ヲ重ネ其産出額ハ益々多ヲ加ヒシモ、其価格ハ却テ年ヲ逐フテ騰貴セシモノハ是蓋シ紙幣流通額ノ此際ニ其数ヲ増加シタルニ因ルベシト云トモ、之ヲ要スルニ明治十年ヲ以テ減租ノ特典ヲ布カレシヨリ農民大ニ余裕ヲ生シテ其貯蔵力ヲ養成シ、市場米穀ノ供給ハ頓ニ減少ヲ来タシタルニ根セスンバアラズ、而シテ此米価ノ騰貴ハ他ノ物品ノ騰貴ニ先テ発現シタルヲ以テ明治十二年秋成ノ時ニ於テ農民所得ノ計算ハ実ニ其望外ニ出デ、僅カニ収穫ノ半ヲ売却シテ尚平時ニ超過シタル資財ヲ得タリキ、是ヲ以テ其剰ス所ノ米穀ハ之ヲ貯蔵シテ更ニ騰貴ヲ待ツノ念ヲ生シ、終ニ米穀売買ノ景況全ク前日ト相反シ商売却テ農民ノ為メニ制セラレテ常ニ其価格ヲシテ敢テ想像セザルノ高点ニ上進スルニ至レリ
然リト云トモ、農民ノ余財ヲ生ズルヤ随テ又其購買力ヲ増加スルハ当然ノ勢ニシテ、而シテ陋ヲ去リ華ニ趨キ、旧ヲ捨テヽ新ニ就クハ世人ノ常情ナルガ故ニ其増加スル所ノ購買力ハ概ネ輸入貨物ニ傾向スル所トナリ、唐糸・モスリンノ如キ又石油・砂糖ノ如キ其舶載運入ノ額ハ更ニ此時ヨリ一層其増進ノ勢ヲ顕ハシタリ、是レ本会ガ一昨年中甞テ関税局ニ復申シタル各地方輸入品ノ消費増加ノ景況ヲ以テ之ヲ証徴スルヲ得ベシ
 - 第17巻 p.649 -ページ画像 
夫レ既ニ斯ノ如ク輸入品ノ其需用ヲ増加スルヤ勢直チニ円銀ノ需用ヲ繁劇ナラシメ、以テ其価位ヲ騰貴スルハ亦実ニ免カルベカラザルモノトス、左レバ昨年二三月ノ頃ニ至リ輸入益々頻繁ニシテ銀価ハ駸々騰上シ殆ド其底止スル所ヲ知ラザルガ如クナリシニ、此際政府ハ鋭意救護ノ策ヲ施サレ、其価位ノ益々進テ止マラサラントスルノ間ニ之ヲ防禦セラレタリト雖トモ、如奈ニセン此上進ハ輸入頻繁ノ実因ヨリ来タリタル自然ノ勢ナレバ、其十月ニ至リ政府防禦ノ力弛ムヲ待テ其価位忽チ復タ一円八十銭以上ノ高点ニ達シタリ
蓋シ米価ハ円銀ニ主伴シテ上進ノ度ヲ逞フシ、他ノ物品ハ又米価ニ追随シテ騰上スルハ爾来ノ常観ナリシヲ以テ農民ハ円銀ノ激昂前ニ述フルガ如ク甚シキヲ見テ米価モ亦之ニ随テ上進スベシト予想シ、買者アルモ之ヲ放売スルヲ好マザリシガ故ニ此際市場米穀ノ供給ハ日々ニ減少ヲ告ケ、実ニ昨年十一月ノ如キハ東京輸入ノ残米在高ハ僅カニ五万四千石余ニ過ギザリキ、是銀米最高ノ期節ニシテ当時ニ在リテ之ヲ観レハ其進度尚未タ止ル所ヲ知ラザルガ如キ想ヲ懐ク者アリシト云トモ既ニ円銀ハ斯ノ如ク騰上シタルニ由リ、輸入品ハ俄カニ其内地ニ於ケル価位ヲ上進シタルヲ以テ此時ヨリ輸入ハ漸ク其勢力ヲ減シ、之ニ反シテ輸出ハ自ラ勃興ノ色ヲ呈シ、其貿易ノ景状全ク前日ト其趣ヲ異ニシタリ、而シテ翻テ米穀ノ商情ヲ観レバ昨年来酒造税其額ヲ増シ且ツ其密醸ノ取締甚タ厳ニシテ之ガ為メ米穀ノ消費高ヲ減少シタルガ如キ又近来陸稲ノ収額漸ク増加シタルガ如キ、其他海外ノ輸出近来益々其額ヲ減シタル等、此等数個ノ諸因相集合シテ其勢ノ及ブ所一時大ニ米ノ供給裕ニシテ需用ノ却テ減縮シタルヲ以テ、甞テ農民ガ更ニ其価格騰上ヲ予期スルニモ拘ラズ都会需用者ノ購買力ハ聊カモ之ヲ競買スル事ナク、彼此自ラ相持重スルカ如キ姿ナリシカ、終ニ本年ニ入リテ漸ク農民ヨリ之ヲ競売スルニ至レリ、是ヲ以テ其商勢全ク昨年ト一変シテ随テ売レバ随テ其価ヲ低下スルヲ以テ、其得ル所ノ金額ハ之ヲ他ノ必需品ノ購入ニ供スルニ足ラザルヲ以テ、猶其売却高ヲ増加セザルヲ得ズシテ彼此相依テ更ニ其価格ノ低落ヲ助成スルニ至レリ、是他ナシ農民ニ在リテハ曩キニ米価ノ俄然騰上セシ時ニ於テハ他ノ需用品ノ如キハ漸ク之ニ追随シテ其価ヲ増セシニ、今日ハ他品悉ク騰上セシヲ以テ、其必需品ノ購入ニ強迫セラレテ終ニ其米穀ノ価位更ニ益々騰上スルヲ待ツ能ハザルナリ、情勢斯ノ如キヲ以テ農民ノ其米穀ノ価位騰上ヲ待ツ能ハズシテ之ヲ放売スルハ、即チ其他品ノ購買力ニ於ルモ尚牽制セラルヽ所アリテ相待テ此低落ヲ生シタルハ照々トシテ夫レ明カナリ、故ニ本会ハ単ニ此原因ヲ論スレバ之ヲ供給需用ノ不平均ニ生スル者ト定ムル所以也
或ハ此銀米価格ノ昂低ヲ以テ其原因ヲ直チニ投機者ノ所為ニ帰シ、或ハ之ヲ限月売買ノ実果トシ今回銀米下落ノ如キモ亦投機者ノ致ス所ト断定シテ米銀取引所ヲ廃停シ、投機者ノ跡ヲ絶ツ時ハ此昂低ヲ制スルヲ得ベシト謂フ者アリト云トモ、本会ノ見ル所ヲ以テスレバ是妄見謬説ノ太シキモノト云フベシ、夫レ空商投機ハ固ヨリ正経ノ業ニ非レバ之ヲ厭テ其跡ヲ絶タント欲スルハ本会モ共ニ企望スル所ナリト云トモ苟クモ市場ノ給需ニシテ常ニ其度ニ適シテ以テ変化ヲ生スルノ実因ナ
 - 第17巻 p.650 -ページ画像 
キ時ニ於テハ、仮令百投機者アリト云トモ固ヨリ其術ヲ施ス所ナキナリ、之ヲ要スルニ投機ナル者ハ商勢ノ変動ヲ揣摩シテ先ツ其前兆ヲ示スモノナリ、近ク之ヲ喩フレバ猶一陽ノ来復スルアリテ黄鳥其声ヲ発スルガ如シ、故ニ投機者其跡ヲ絶テ物価ノ昂低ヲ制スルヲ得ルトスルモノハ、黄鳥ヲ殺尽シテ時気ノ春ナラン事ヲ拒クガ如シ、其妄見モ亦甚シト謂フベシ
以上ニ条陳スル所ヲ以テ今回銀米低落ノ原因ヲ詳明スルニ足ルベシト云トモ、更ニ一言ヲ副ヘテ此論ヲ終局セントス
今夫レ物価ノ俄カニ昂低スルモノハ、必ズヤ其給需ニ於テ平均ヲ失フ所アルニ由ルト云トモ、然レトモ今日其動揺条忽《(倏)》ニシテ変化常ナキ所以ノモノヲ推察セバ、之ヲ貨幣ノ制度ニ帰セザルヲ得ズ、蓋シ不換紙幣ノ制ハ他ノ真貨ノ如ク自ラ伸縮スル事能ハザルヲ以テ、或ハ一旦其流通ノ額ニ消長スル所アルカ、又ハ其物貨ニ於テ大ニ増減ヲ加フルモノアルニ於テハ、其変動ハ人意想像ノ外ニ出ツルヲ以テ此間或ハ正経着実ノ業ヲ営ム者モ尚其危険ヲ免ル能ハザルモノアリ、是経済ノ真理ヲ害シテ国家ノ損耗亦是ヨリ大ナルハナシ、故ニ我国ノ貨制ヲシテ今日俄カニ完全ノ改良ヲ求ムル能ハズト云トモ、当局諸公ハ深ク此ニ注意セラレ、漸ク此改正ニ従事シテ、其勤揺《(動)》ノ病根ヲ絶ツニ勉焉セラルルハ本会ガ切望スル所ナリ、因テ此下問ニ奉答スルニ当リテ聊カ其遠因ニ論及シテ以テ平生翹足以テ待ツアル所ヲ陳スト云爾


東京商法会議所要件録 第四一号・第九―一〇頁 明治一五年二月二八日刊(DK170051k-0008)
第17巻 p.650 ページ画像

東京商法会議所要件録  第四一号・第九―一〇頁 明治一五年二月二八日刊
  ○明治十四年東京商法会議所事務報告
    政府ヨリ下問  五件
○上略
銀米下落ノ原因商務局長ヨリノ下問
 本件ハ五月十二日商務局長河瀬秀治殿ヨリノ御下問ニ係ル乃チ同月廿五日第十三臨時会議ニ於テ議事ニ附シタルニ、衆議ノ末終ニ内国商業事務委員並ニ外国貿易事務委員ニ於テ之ガ考案ヲ定メ、更ニ全会ノ審議ヲ経テ之ヲ答申スベシト云フニ決シ、爾後同月三十日ノ委員会ニ於テ該調査委員ハ銀米出入ノ増減及時価ノ昂低等先ツ其統計ニ就キ既往ノ商況ヲ観察シテ以テ其下落ノ原因重ニ需給ノ権衡ニ依ル所以ヲ証明シテ答申案ヲ調成シ、六月廿七日ヲ以テ之ヲ商務局長ニ復申シタリ
○下略



〔参考〕中外物価新報 第四九四号 明治一五年四月二二日 商法会議所諸君に望む(DK170051k-0009)
第17巻 p.650-651 ページ画像

中外物価新報  第四九四号 明治一五年四月二二日
    商法会議所諸君に望む
近今諸物価の低落に就ては之が説を為す者啻に一ならずして或は之を納税期の短縮に帰し或は之を米銀価昂騰の反動なりとし或は何に或は何にと其源因を弁ずるや各一理あらさるはなし、吾輩記者も亦之を対岸の火として看過すべからざるの責任なきにあらざれば、備さに其源因を捜り得て之を公けに報道せんと欲すれども未だ左程の確徴を捕ふ能はざるに苦みしことなるが、政府に於ても此に顧慮せらるゝの深き
 - 第17巻 p.651 -ページ画像 
にや、農商務省商務局にては去る十七日商法会議所へ左の如き諮問案を下附せられたりと云ふ、即ち其条目は
 第一低落せし商品は何歟、第二低落は何程なる歟。(但し数を以て前年と比較すべし)第三低落せざる商品。(但し同上)第四低落せし原因及低落せざる原因。第五金利の昂低及金融の景況。第六農商家の景況。第七諸製造所の景況及販売の多寡。第八諸職工の賃銭昂低及其景況。第九商品出入の多寡。(但し販売在荷の多寡)第十舟車賃銭の昂低及其景況。第十一雑況総論。第十二貿易盛衰の景況
通計十二件にして、此条件は一も今日に欠くへからさる枢要の問題なり、会議所諸君は固より其然るを了知せられ、又吾輩と其感を同ふせらるゝに相違なく、況んや平素実務に長し経験に富み実理に明かなる有識の諸君たれば、這般の諮問に対し適実至尽の答案を呈出して充分に政府の仁意に応へらるゝや疑なし、されば退いて諸君が解明を与へらるゝの日を竢つべきなれど、熟々右の条件を併観すれは第十二問は要の要なるものにて、第四問は又其最も要なるものに似たり、そは元来吾輩の痛く関心せる所にして如何にも黙止す能はさるの情由あれば今将に答案を草せられんとするの際に臨み敢て一言を贅し、以て特に諸君に請はんとす、請ふ此問題に於ては殊に注意せられ殊に之を詳悉せられんことを、是れ独り吾輩が雲霓の望を飽かしむるのみならす、農に利し商に益し或は又吾が財政上の殷鑑ともなるべき功果あらん、何となれば此原因は素と一区域に萌し一部分に生せし者に非さればなり、然れども他の条目も亦自ら此問題と相交渉する者の如くなれば之を要するに条を逐ひ目を挙て究明詳悉するに非すんは矢張完全大成の答案を成すへからす、又財政に参照の用を為さゞるなり、諸君よ、諸君に望む今回の諮問に対しては別して調査の煩を厭ふ勿れ、有識者の淵叢たる会議所の信任に負く勿れ、吾輩は早晩諸君の答案を拝読せんと楽しめる而已



〔参考〕稿本日本金融史論 滝沢直七著 第一一九―一二七頁 大正元年一〇月刊(DK170051k-0010)
第17巻 p.651-654 ページ画像

稿本日本金融史論 滝沢直七著  第一一九―一二七頁 大正元年一〇月刊
 ○第二編 第七章 第一節 紙幣の下落と銀及び米の価格
    第二節 米価及び物価
米価は十二年夏頃より騰貴し来つて四円乃至五円の間に高低して居つたが俄に八円台に暴騰し、十二年は早く農作を見越して定期米市場は売人気であつたけれども、十月新米の出廻時季に入りてすら東京深川の在米僅に四万俵に過ぎずして、明治十三年四月に至りては昂騰して十二円台に達した。当時政府はこれを憂へ、糸平・渋沢喜作及び益田孝等に内命して期米市場に売らしめ、或は越中米を東京へ廻送し、或は陸軍の御用米を一時借入れ渡米に使用せしほどであつたが。随て売れば随て騰貴し、十二年の豊作にあつて日を逐つて騰貴したから農民は豊かにして売惜み、現米不足に制せられて大勢に抗し難く遂に失敗してしまふた。政府はかくの如く米価騰貴する所以に疑を抱き、妄断にも米会所あつて不自然なる売買の行はるゝが故にこゝに至るものとなし、十二年二月全国の取引所に取引停止の命を下した。然るになほその効果なかりしは別に大原因の存するあつてのことで。今日よりこ
 - 第17巻 p.652 -ページ画像 
れを見れば滑稽なる誤謬であつたのである。
夫れ米価の高低は第一にその年の豊凶に依らざるべからず、その年の豊凶はやがてその年の供給の増減を示すものであつて、需用に於ける人口の増加は豊凶の如く急激なる需要関係に影響せず。されば米価は重に豊凶によつて制せらるゝのである。吾人は米価の高低を見る前にその豊凶を調査して見たいのである。即ち、

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 年次      作附反別          平年ニ対スル作付増減     収獲石高                町              町              石 明治十年   二、一二八、三一一・七   (減)四五四、一七九・五   二六、五九九、一八一 同十一年   二、四八五、七六五・二   (減) 九二、七二六・〇   二五、二八二、五四〇 同十二年   二、五四一、六六一・三   (減) 四〇、八二九・九   三二、四一八、九二四 同十三年   二、五六二、四六〇・四   (減) 二〇、〇三〇・八   三一、三五九、三二六 同十四年   二、五六四、一二五・九   (減) 一八、三六五・二   二九、九七一、三八三 平年     二、五八二、四九一・二                  三一、五〇五、八六二 



前表によつて見るに、明治十年より同十五年までは概して平年作より減収した。最も多く十一年に減収し、次で十年に減収し、明治十二年には平年作より増収を見たのである。然るに、

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   年次  十年     十一年    十二年    十三年     十四年     十五年 月次     円      円      円       円       円      円 一 月   四・六三   五・三七   七・一四    八・一五   一一・四四   九・七三 二 月   五・〇〇   五・五八   七・〇五    八・三六   一一・五三   九・六五 三 月   四・九一   六・〇〇   六・八八    九・一四   一一・四八   八・八六 四 月   四・七五   五・八八   七・一二    七・七一   一〇・八〇   八・三四 五 月   四・七八   六・一四   七・一二   一〇・七九   一〇・〇二   八・三四 六 月   五・三〇   六・二四   九・三〇   一〇・八八   一〇・四五   八・五九 七 月   五・三〇   五・八九   七・五六   一一・二一   一〇・二八   八・五〇 八 月   五・五八   五・八四   八・四四   一一・六四    九・六九   九・一二 九 月   五・三九   五・八三   九・三二   一〇・九七    九・四四   九・一七 十 月   五・二四   五・九八   八・八五   一〇・九五    九・七五   九・三一 十一月   五・三一   六・六六   八・九三   一一・六九   一〇・三〇   八・八八 十二月   五・六七   七・〇三   八・九九   一二・一一   一〇・六九   七・七八 平均    五・一六   六・二九   八・一四   一〇・四七    九・五九   八・九五 



一直線に昂進して明治十三年十二月に至つた。若し米の供給の如何によつて騰貴せしものとすれば、寧ろ十年に於て将た十一年に於て騰貴し、十三年に於て下落せなければならぬ。全く豊凶の如何に関係せざるものゝ如くである。これを紙幣発行高に対照して見よう。

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 年次     毎月平均紙幣流通高     平均米価                 円     円 明治十年   一一、三六六、五二〇    五・一六 同十一年   一五、九五一、三八〇    六・二九 同十二年   一六、六〇四、一〇九    八・一四 同十三年   一六、二〇七、四一〇   一〇・四七 同十四年   一五、五一八、〇八三    九・五九 同十五年   一四、六四九、二四八    八・九五 



この表を見るときは明治十三年に於て米価は最高点であるのに拘らず紙幣流通高は減少して居つて二者一致せざるの感がある。然れども、紙幣の流通高も明治十三年が最高点であつて、その一月二月及三月が
 - 第17巻 p.653 -ページ画像 
最も増進せし時である。然るを四月より急速なる減少を来したから平均数に於ては減少して居るのであつて、紙幣増発の状況と米価騰貴の景況とは殆ど相一致して居る。而して増発紙幣の戦地より都会まで溢流し来たり、且つ紙幣の最高点であつた明治十三年に於て物価の王者たる米価騰貴の極に達したのである。されば貨物の生産費が増加して来るし、農民の購買力が増進して一般の物価を騰貴せしめたのであらう。左に物価を見よう。

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 年次     東京重要品物価指数   十年ノ物価ヲ百トシテ換算指数   米価     米価指数                                      円 明治十年   一一一         一〇〇              五・六一   一〇〇 同十一年   一一五         一〇三              六・二九   一二二 同十二年   一二七         一一四              八・一四   一五七 同十三年   一四五         一三〇             一〇・四七   二〇三 同十四年   一五一         一三六              九・五九   一八五 同十五年   一四九         一三四              八・九五   一七三 



前表を見るに米価は物価に先んじて騰貴し、先んじて降下した。而して物価の紙幣増減に準じて騰貴せしことは米価と相均しきを見るのである。物価は米価と相随伴してかくの如く騰貴した所を見ると、紙幣は正にそれと反比例に下落したのであると推断するも甚しき軽卒でなからうと思
はるゝのである。今物価指数により紙幣価格を表はして見よう。

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 年次     物価指数   物価指数ヨリ換算シタル紙幣価格指数 明治 十年  一〇〇    一〇〇 同 十一年  一〇三    九七 同 十二年  一一四    八七 同 十三年  一三〇    七六 同 十四年  一三六    七三 同 十五年  一三四    七四 同 十六年  一〇九    九三 



  (備考)貨幣制度調査会報告ノ物価指数ニヨリ明治十年ヲ百トシテ換算シタルモノナリ
紙幣の下落は驚くべきほどである。更に紙幣の下落を銀貨の相場に対比して論じよう。
    第三節 銀貨価格
吾人は輸出の趨勢を観察して正貨の需要即ち銀貨の需要如何を考へ。而して銀貨騰貴の原因を研究し、以て紙幣下落との関係を論じて見よう。
蓋し貨物輸出入の統計は本国の原価を記載するものであるから、実際売払はれたる価格とは多少の相違あるべく。また貨物の輸出入に於ては金貨の如きも一円は一円と算し、銀貨一オンスを一円と算するものあるを以て精密に比較し能はざれども大勢はこれを知るに難からず。左に紙幣流通高と輸出入との統計を見よう。

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  年次   毎月平均紙幣流通高    物品輸出入超過高       金銀輸出入超過高                円              円              円 明治十年  一一、三六六、五二〇   (入)四、〇七二、三八一   (出)七、二六七、七七二 同十一年  一五、九五一、三八〇   (同)六、八八六、六九三   (同)六、一三九、五五一  以下p.654 ページ画像  同十二年  一六、六〇四、一〇九   (入)四、七七七、二三二   (出)九、六四四、〇五九 同十三年  一六、二〇七、四一〇   (同)八、二三一、二一四   (同)九、五八四、七六三 同十四年  一五、五一八、〇八三   (同)  一三二、三五八   (同)五、六三四、四〇〇 同十五年  一四、六四九、二四八   (出)八、二七五、一五六   (入)一、七三〇、五二七 同十六年  一三、四三三、八五一   (同)  八二三、一七七   (同)二、二九四、九三五 



実によく紙幣流通高増減と輸出入の関係が符節を合すやうに一致して居る。この表は紙幣下落して物価騰貴し、物価騰貴して輸入増進し、輸入増進して正貨流出の状をよく表はしてある。また輸入の増進し来るや正貨は流出し、銀貨の需要勢ひ増加してその価格を騰貴せしめしことを示して居る。実際に於て銀貨は騰貴し来たつて殆ど底止するところを知らなかつた。その騰貴は世界に於ける金銀比価の変動によつて左右されたるものではない。世界に於ける金銀比価は寧ろ日に日に下落の大勢を有して居つて、銀貨は騰貴するよりは下落せざるべからざるを世界の大勢とするものなれば、世界於ける金銀比価の変動とは全く関係なき現象なることは左の表を以て知ることが出来よう。


図表を画像で表示--

 年次    紙幣百円ニ対スル銀貨相場   倫敦銀塊相場          円             片 明治八年  一〇二・九〇〇        五六・八七五〇 同 九年   九八・九〇〇        五二・七五〇〇 同 十年  一〇三・三〇〇        五四・八一二五 同十一年  一〇九・九〇〇        五二・五六二五 同十二年  一二一・二〇〇        五一・二五〇〇 同十三年  一四七・七〇〇        五二・二七〇〇 同十四年  一六九・六〇〇        五一・九三七五 同十五年  一五七・一〇〇        五一・八一二八 同十六年  一二六・四〇〇        五〇・六二五〇 



前表の如く銀貨は紙幣に対して明治十年より漸々騰貴して明治十四年に至つたのである。然るに倫敦銀塊相場は明治十年より絶えず下落したること水の低きに就くが如くなるを見る。こゝに於てか本邦に於ける銀貨の騰貴は、特に本邦に限つて起れる現象であることが解せられる。これを輸入超過に徴し、金銀の輸出超過に徴し、物価騰貴に徴して銀貨騰貴は紙幣の増発に原因することを論断することが出来る。而して銀貨相場に対して紙幣は如何に下落せしかを表によりて左にこれを示そう。

図表を画像で表示--

 年次    紙幣一円ニ対スル銀貨毎年平均価格   銀貨一円ニ対スル紙幣毎年平均価格         円                 円 明治十年   一・〇三三              ・九六八 同十一年   一・〇九九              ・九〇九 同十二年   一・二一二              ・八二五 同十三年   一・四七七              ・六七二 同十四年   一・六九六              ・五八九 



紙幣の下落は銀貨と対比すれば明治十四年に至りては殆ど半額下落したのを見るのである。



〔参考〕竜門雑誌 第六一五号・第四七―四九頁 昭和一四年一二月 東京商法会議所に就て(六)(山口和雄)(DK170051k-0011)
第17巻 p.654-656 ページ画像

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