デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

7章 経済団体及ビ民間諸会
1節 商業会議所
1款 東京商法会議所
■綱文

第17巻 p.695-702(DK170054k) ページ画像

明治14年7月15日(1881年)

是日栄一、当会議所会頭トシテ、商法学校設立ノ急務ナル所以ヲ農商務卿河野敏鎌ニ建議ス。


■資料

東京商法会議所要件録 第三二号・第一八―二六頁 明治一四年七月三〇日刊(DK170054k-0001)
第17巻 p.695-697 ページ画像

東京商法会議所要件録  第三二号・第一八―二六頁 明治一四年七月三〇日刊
 - 第17巻 p.696 -ページ画像 
  第十四臨時会 明治十四年六月廿五日午後七時廿分開場
    議員出席スル者 ○二十一名
○上略
次ニ会頭 ○渋沢栄一ハ今日益田孝・大倉喜八郎・清水九兵衛・鳥海清左衛門・野中万輔・清水誠・木村豊次郎・吉川長兵衛・和久井久次郎・山中鄰之助・小室信夫ノ十一名ヨリ商法学校創設ノ義ニ付建議案(参考部ニ附ス)ヲ差出サレタル旨ヲ述ヘ、先ツ書記ヲシテ之ヲ朗読セシメ且ツ曰ク、建議者十一名ハ則チ本日出席議員ノ多数ヲ占ムルガ故ニ別ニ惣体議ノ可否ヲ問フ迄モナケレトモ猶諸君ノ考案ヲ述ヘラレヨ
佐藤曰ク、商法学校ノ創設ヲ政府ニ要望スル固ヨリ異存ナシ、但シ従来商法講習所ノ如キハ専ラ泰西ノ商業ヲ教フル者ニシテ今日我国商人ニ適セザル所アリ、是ヲ以テ願ハクバ其組織ヲ変シ可成細民ニ至ル迄直チニ其余沢ヲ受ルガ如ク改メタシ、若シ細民ニシテ一般其効能ヲ感スルニ至ラバ其費用支弁ノ法ノ如キ蓋シ亦容易ナラン歟
会頭曰ク、佐藤君ノ望マルヽ所大ニ理アリ、蓋シ東京商法講習所ノ如キ従来其学科稍々高尚ニシテ或ハ一般商人ノ望ニ副ヒ難キノ憂アリシカ、昨年東京府知事ヨリ其教則組織ノ調査ヲ本会ヘ委托セラレテヨリ本会ハ更ニ之ガ委員ヲ撰定シ、可成一般商人ノ望ニ応スヘキ様教則ヲ改正シ現ニ国語科ヲ新設シテ稍々実際ニ適切ナル学科ヲ教授スル事トス、故ニ今政府ヘ創設ヲ建議スルニ於テ必スシモ高尚ノ学校ヲ望ムニ非ルベシ
益田孝曰ク、今日東京商法講習所ノ如キハ人皆尋常簿記ヲ教授スルノ一英学校ナリト思フ者多シ、抑モ余輩ガ政府ヘ創設ヲ建議スルニ当リテハ参考ノ為メ従来東京商法講習所ノ沿革及ビ委員ガ嚮キニ教則ヲ改正シタル所以ヲモ併テ上陳スルヲ可トス
丹羽曰ク、商法講習所ガ前日教則ノ一般商人ニ適切ナラザルヲ云フ者或ハ自ラ誤ル者ト云フベシ、其故如何トナレバ我国曩キニ商法学ノ行ハレザルノ日ニ当リテヤ英米ノ法ニ則トリ其学則ヲ定ムルハ是レ不得止ニ出ツルモノナレバナリ、且ツ夫レ我国ニ於テハ商業未ダ開進セズ世間旧套ニ依リテ商業ヲ営ム者比々皆然リトス、若シ商業ニシテ改良ノ域ニ達セザレバ利用厚生ノ功決シテ望ムベカラザルナリ試ニ看ヨ製産者ガ如何ナル産物ヲ発生スルモ商人ノ力ヲ仮ラザレバ其高価ヲ保ツ事能ハザルニ非ズヤ、商ノ忽ニスベカラザルヤ夫レ如此、之カ模範ヲ作クル亦今日ノ急務ナルニ非ズヤ、由是観之政府ガ本会ノ建議ヲ容ルヽハ至当ノ義務ナルヲ信ズルナリ
野中曰ク、今日ノ商法講習所ニシテ或ハ高尚ニ失シタリト云フ者アレトモ苟クモ唐物商ヲ営ム者ノ如キハ多少外国語ニモ通セザレバ其不便蓋シ少シトセズ、是ヲ以テ学科ノ近易ニ失スルモノハ余ガ敢テ好マザル所ナリ
佐藤曰ク、苟クモ社会ノ公益ヲ図ルトナラバ先ツ中等以下ノ商人ノ望ニ応スルヲヨシトス、若シ夫レ否ザレハ一方ニ偏シテ却テ其効薄キヲ信ズルナリ
丹羽曰ク、鍋焼温飩ヲ売ル者モ亦是商人ナリ、此等ノ細民迄モ商法学校ノ利益ヲ直受セシメント云フハ豈難カラスヤ、例之バ今日我国人
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ガ商業ヲ営ムハ素人ガ家ヲ作クルガ如シ、仮令其手技能ク之ヲ為シ得ルモ到底大工ニ非レバ其木材ノ用方ヲ誤ル事ナシトセズ、夫レ商人ハ猶大工ノ如クニシテ是一ノ専門学ナリ、故ニ今日余ガ商法学校ノ創設ヲ政府ニ建議セントスルモノハ、商業ノ模範ヲ作クリ取引ノ順序等ヲ教授セント欲スルノ意ナリ、細民ニ適スルト云フハ余敢テ之ヲ可トセザルナリ
益田孝曰ク、嘗テ委員ガ府知事ノ委托ニ応シテ東京商法講習所ノ教則ヲ改正シタルノ大要ハ、先ツ国語科ヲ置キ、其学期ヲ三年トシ、送状ノ認方ヨリ帳合為替ノ方法ニ至ル迄尽ク此年間ニ学ビ得ルモノトシ、更ニ又英語科ヲ置キ、泰西商業ノ振合等稍々高尚ナル学科ヲ授クル事トス、今此振合ヲ以テ商法学校ヲ創設スルモノトセバ佐藤・丹羽両君ノ望ニ副フヲ得ン歟
大倉曰ク、商業社会ニ商法学校ヲ要スルハ猶兵隊ノ嚮導団ニ於ケルガ如シ、故ニ政府ニ於テハ商業ノ模範ヲ作クルベキ学校ヲ創設シテ一般商業ノ開進ヲ図リ、民間ニ於テハ有志者商業夜学校ヲ設立シテ稍稍近易ノ学科ヲ置キ、専ラ細民ノ子弟ヲ教授スル事トセバ政府ヘ要望スル所亦自ラ其勢力ヲ増スニ至ラン
松尾曰ク、夫レ細民ノ為メノ如キ之ヲ言フテ却テ建議ノ精神ヲ傷害スルノ恐レアリ、蓋シ本会ハ只商業ヲ改進スルノ目的ヲ以テ創設ヲ政府ヘ要望スルヲ至当ナリトス、其他ニ論及スルハ是蛇足ヲ加フルモノナリ
丹羽曰ク、我国近来商業ヲ営ミ失敗スル者甚ダ多シトス、商範ノ立タザルニヨルモノニシテ、即チ余カ所謂素人ニシテ家ヲ建ツル者ノ類ニ非ズヤ、夫レ美術品等ハ恰モ兵隊ノ如ク商人ハ猶将校ノ如シ、仮令士卒ガ如何ニ兵学ニ熟練スルモ将校ノ能ク之ヲ統御スルナクンバ何ヲ以テカ其長技ヲ利用スベケンヤ、今美術品ノ如キ如何ニ其精巧比類ナキモ商人ノ之ヲ市場ニ提出スルナクンバ何ニ由テカ其高価ヲ保ツ事ヲ得ンヤ、由是観之商業ノ模範ヲ作クルハ最モ今日ノ急務ナルニ非ズヤ
会頭曰ク、諸君ノ説ク所ヲ聞クニ之ヲ政府ニ建議スルハ満場皆同意ナルガ如シ、故ニ本案ノ総体論ハ敢テ起立ニ問フ迄モナシ、但シ其建議ノ要旨ハ如何ガスベキ歟
益田克徳曰ク、本員ハ理事本員並ニ従来東京商法講習所委員ニテ建議案ヲ調査シ直チニ之ヲ上申セラレン事ヲ希望ス
会頭曰ク、只単一ニ商法学校ノ創設ヲ望ムベキカ、将タ其組織教則等ニ迄立入リ之ヲ建議スベキカ、嘗テ委員ガ調査シタル教則ノ如キハ佐藤・丹羽両君ノ望ニ応スベキモノアリ、此等ヲ参考ノ為メ併テ上陳スベキカ如何
益田孝曰ク、嘗テ委員ノ調査シタルガ如ク必ズシモ之ヲ要望スルニ非ズト云トモ、只単一ニ創設ヲ望ムヨリハ此等モ参考ノ為メニ上陳スル方最モ以テ可ナリト信ズ、諸君ノ説ハ果シテ如何ン
於是猶各員ノ間ニ討議アリシガ終ニ本議ハ理事本員及東京商法講習所委員ニ於テ其草案ヲ作クリ、将タ委員ガ嘗テ調査シタル右講習所ノ教則等モ参考ノ為メ併テ之ヲ上陳スルト云フニ決ス ○下略
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東京商法会議所要件録 第三二号・第四五―四八頁 明治一四年七月三〇日刊(DK170054k-0002)
第17巻 p.698 ページ画像

東京商法会議所要件録  第三二号・第四五―四八頁 明治一四年七月三〇日刊
 ○参考部
    ○商法学校ノ創設ヲ政府ニ要望スルノ議案
熟々従来政府施政ノ蹟ヲ察スルニ其方向専ラ農工諸業ヲ勧奨スルノ一点ニ在ルガ如シ、而シテ農ニ於テハ現ニ駒場農学校アリ、工ニ於テハ夙トニ工部大学校アリ、今ヤ又将ニ文部省中職工学校ヲ新設セラレントス、如此農業ニ工芸ニ其学ニ志ス者ヲ養成スルノ黌舎ニシテ政府ノ之ニ学資ヲ支出スルモノ年々無慮十数万ニ及ブ、又至レリト謂フ可シ然リト雖トモ只商業学ニ至リテハ政府未タ之ヲ講習スルノ学校ヲ設ケス、又之ヲ補助スルノ跡ナシ、是余輩ガ常ニ遺憾トスル所ナリ、夫レ農工商ハ共ニ富国ノ原素其偏廃ス可カラサルハ固ヨリ論ヲ待タズ、是レ蓋シ政府ガ曩キニ農商務省ヲ設置セラレタル所以ナラン歟、苟クモ政府ノ主議トスル所此ニ在リトセハ商業豈独リ其学校ノ設ナカル可ケン哉、蓋シ国運ヲシテ隆盛ノ域ニ達セシメントスルニハ以上ノ三者鼎足相持シテ初テ能ク其目的ヲ果タスヘキナリ、由是観之政府此ニ商法学校ヲ設立シテ以テ農工二業ノ如ク其学ヲ講習セシムル亦今日ノ急務ニアラスヤ、今ヤ余輩農商務省ノ新置アルニ際シ本会ノ意見ヲ以テ此議ヲ政府ニ建セント欲ス、是決シテ分外ノ冀望ニ非サルヲ信スルナリ即チ余輩所見ノ概要ヲ記シテ以テ敢テ之ヲ諸君ニ質ス、而シテ其尽クサヾル所ハ猶之ヲ議場ニ陳述セント欲ス、諸君幸ニ余輩ト其見ル所ヲ同フセバ請フ本議ヲ賛成セラレン事ヲ 頓首
  明治十四年六月             清水九兵衛
                      鳥海清左衛門
                      野中万助
                      清水誠
                      木村豊二郎
                      大倉喜八郎
                      吉川長兵衛
                      和久井久次郎
                      山中隣之助
                      小室信夫
                      益田孝


渋沢栄一書翰 梅浦精一宛 (明治一四年)六月三〇日(DK170054k-0003)
第17巻 p.698 ページ画像

渋沢栄一書翰  梅浦精一宛 (明治一四年)六月三〇日   (土肥脩策氏所蔵)
○上略
昨日御遣し之三件ハ商法学校建設願書ハ少々愚案ニハ文章重キニ過候様被存候間、今一段簡易ニ修正仕度と存候得共益田君之考も可有之と存候、其意味相認同氏へ相廻し申候
○中略
  六月三十日
                      渋沢栄一
    梅浦精一様
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渋沢栄一書翰 梅浦精一宛 (明治一四年)七月二日(DK170054k-0004)
第17巻 p.699 ページ画像

渋沢栄一書翰  梅浦精一宛 (明治一四年)七月二日    (土肥脩策氏所蔵)
○上略
商法学校建議ハ尚御再調之上御廻し可被下よし拝承仕候
○中略
  七月二日
                     渋沢栄一
    梅浦精一様


渋沢栄一書翰 梅浦精一宛 (明治一四年七月)一二日(DK170054k-0005)
第17巻 p.699 ページ画像

渋沢栄一書翰  梅浦精一宛 (明治一四年七月)一二日   (土肥脩策氏所蔵)
商法学校建設之議案先日来益田君ニモ御草稿被下候得共、小生ハ少々長文ニ過候様ニモ被存候ニ付、不文ナカラ別ニ草稿仕候、御一覧之上今夕決定仕度、就而ハ一応字句削正且御浄写被下度候日々多事只今執筆不取敢さし上候 匆々
  十二日
                      渋沢栄一
    梅浦様


東京商法会議所要件録 号外・第一―四頁 明治一四年七月二五日刊(DK170054k-0006)
第17巻 p.699 ページ画像

東京商法会議所要件録  号外・第一―四頁 明治一四年七月二五日刊
  第四 委員総会 明治十四年七月十二日午後六時四十分開
本日委員中来会セラレタル者ハ渋沢栄一・益田孝・原六郎・丹羽雄九郎・条野伝平・野中万輔ノ六君ニシテ其他ハ皆病気旅行等ニテ不参ヲ告ケラレタリ、即チ午後六時四十分ヨリ議事ヲ開キ左ノ三件ヲ議決シタリ
○中略
    ○商法学校ノ創設ヲ政府ニ要望スルノ件
渋沢君ハ本件ハ去月廿五日臨時会議ニ議題トナシ之ヲ衆議ニ附シタルニ全会之ヲ可決シ其建議案ハ理事本員ニテ起草スルニ決シタルヲ以テ爾後立案委員ハ其建議ヲ調成シタリシガ、其所論少シク冗長ニ渉リタルヲ以テ更ニ之ヲ再調シテ短簡ナル建議案ヲ草定シタリ、但シ本案調査ノ事ハ已ニ理事本員ニ於テ全会ノ委托ヲ受ケタル事ナレバ必シモ他ノ委員諸君ノ意見ヲ請フニモ及バザルベケレトモ今会序ナガラ敢テ諸君ノ高諭ヲ仰グト述ベラレタリシガ、各員ハ皆此再調ノ建議案ヲ賛成シタルヲ以テ之ハ其儘浄書シテ農商務卿ニ建白スルニ決ス(建議案ハ次号要件録ニ掲載スベシ)
○下略


東京商法会議所要件録 第三六号・第四一―四四頁 明治一四年一〇月一四日刊(DK170054k-0007)
第17巻 p.699-700 ページ画像

東京商法会議所要件録  第三六号・第四一―四四頁 明治一四年一〇月一四日刊
 ○参考部
    ○商法学校ノ設立ヲ政府ニ要望スル之建議
     (以下二件ハ本号議事ニ関係ナシト云トモ此ニ附載シテ読者ノ一覧ニ供ス、宜シク前号ト参考スベシ)
謹テ案スルニ商法講習ノ事ハ商業拡張ノ基礎ニシテ其学校ノ緊要ナル猶農学校ノ耕耘ノ道ニ於ケル工学校ノ製作業ニ述ケルカ如シ、本邦開
 - 第17巻 p.700 -ページ画像 
港以来内外ノ商業漸ク開進シ、方今ニ迄ンテハ其商勢全ク昔時ト一変セントスルノ気運ニ際セリ、然リ而シテ其商估タル者間々或ハ大ニ其体面ヲ革メタルモノナキニ非ズト雖トモ熟々全般ノ実況ヲ通観スルニ尚旧套ニ因依スル者多ク其規模未ダ以テ今日ノ時勢ニ適セリト云フベカラズ、是他ナシ我国古来商業講習ノ如キハ只家庭ノ口授ニ委ヌル者多クシテ亦真正ノ商法学校アリテ之ガ真理ヲ闡揚シ之ガ方法ヲ修習スル事ナキニ職由スルナリ
惟ミルニ我政府ハ夙ニ工部大学校ヲ工部省中ニ設ケラレ又農学校ヲ駒場ニ置カレ今又将ニ職工学校ヲ文部省中ニ新設セラレントスト、其農工ノ業ヲ訓導督励セラルヽヤ実ニ厚シト謂フヘシ、然リト云トモ独リ商法学校ニ至リテハ未ダ措テ顧ミラレサルモノヽ如キハ本会ガ常ニ遺憾トスル所ナリ
夫レ農工商ハ富国ノ原素ニシテ其偏廃スベカラザルハ固ヨリ論ヲ待タズ、若シ之ニ反シテ彼此軒輊スルアラバ仮令農業工芸ハ共ニ進歩シテ能ク殖産ノ道ヲ得ル事アルモ、販鬻ノ途其宜ヲ得ザルカ為メ或ハ却テ他ノ二者ヲ妨害スルニ至ルハ之ヲ古今ノ商業歴史ニ徴シテ彰著ナルモノアリ
曩ニ我政府ガ農商務省ヲ設置セラレタル趣旨、蓋シ亦此ニ外ナラズシテ農工商ノ三者互ニ相聯歩シテ共ニ開進スルヲ期図セラルニ在ラン、果シテ然ラハ、商法学校ヲ設クルノ今日ニ急務ナルハ決シテ他ノ二校ニ譲ラザルヲ信スルナリ、是本会カ茲ニ其建設ヲ要望スル所以ナリ
今ヤ本会カ商法学校ノ建設ヲ欲スル事前条ニ述ブルカ如シ、而シテ其学制ニ於テモ亦聊カ其見ル所ナクンバ非サルナリ、蓋シ商法ノ学タル其教則高尚ニ過クル時ハ却テ実地ニ適セサルノ弊アリ、若シ卑近ニ失スル時ハ又其秩序宜ヲ得ル能ハズ、是ヲ以テ本会ハ其学則ノ偏倚スル事ナクシテ以テ今日ニ適応スルノ制タラン事ヲ切望スルナリ、固ヨリ閣下ノ明鑑能ク其衷ヲ折セラルヘシト雖トモ、敢テ茲ニ本会カ曩キニ東京府知事ヨリ東京商法講習所教則改良ノ事ヲ委托セラレタルニ当リ調査シテ以テ之ニ復命シタル教則一編ヲ副呈ス、是聊カ滄海ニ一滴ヲ添フルノ微意ナリ、伏シテ思フ、閣下幸ニ本議ヲ採択セラルヽヲ得ハ国家ノ慶蓋シ焉ニ過ルモノナカラン 頓首謹言
  十四年七月十五日      東京商法会議所会頭
                      渋沢栄一
    農商務卿 河野敏鎌殿

東京商法会議所要件録 第四一号・第五年―六頁 明治一五年二月二八日刊(DK170054k-0008)
第17巻 p.700-701 ページ画像

東京商法会議所要件録  第四一号・第五年―六頁 明治一五年二月二八日刊
 ○明治十四年東京商法会議所事務報告
    政府ヘ建議  三件
○上略
商法学校設立ノ義ニ付農商務卿ヘ建議
 本議ハ議員清水九兵衛・鳥海清左衛門・野中万輔・清水誠・木村豊次郎・大倉喜八郎・吉川長兵衛・和久井久次郎・山中隣之助・小室信夫・益田孝十一名ヨリノ建案ニシテ、其要旨タル、従来政府ハ専ラ農工二業ヲ保護シ各々之ガ学校ヲ設ケテ以テ其業ヲ勧奨セラルヽ
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ト雖トモ、独リ商業ニ至リテハ未タ他ノ二業ノ如ク学校ヲ設ケテ之ヲ保護セラルヽノ蹟ナシ、願クハ商法学校ヲ設立シ、三業相共ニ勧奨セラレン事ヲ要ストノ意ナリ、乃チ六月廿五日第十四臨時会議ニ於テ衆議ニ付シタルニ、満場異議ナク之ヲ可決シ、終ニ理事本員ニ於テ其立案ヲ担当シ、七月十五日ヲ以テ之ヲ農商務卿ニ建議シタリ
○下略



〔参考〕竜門雑誌 第六一五号・第四九―五〇頁 昭和一四年一二月 東京商法会議所に就て(六)(山口和雄)(DK170054k-0009)
第17巻 p.701-702 ページ画像

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冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。