デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

7章 経済団体及ビ民間諸会
1節 商業会議所
1款 東京商法会議所
■綱文

第17巻 p.702-723(DK170056k) ページ画像

明治14年9月28日(1881年)

是ヨリ先遠藤吉平、当会議所ニ書ヲ寄セ、内務省ニ建議シテ俵造改良ニ関スル前建議ノ趣旨ヲ貫徹サレタキ旨ヲ依頼ス。依テ会議所ハ爾来該件ニツキ審議ヲ重ネシガ、是日ノ会議ニ於テ建議セザルコトニ決セシニヨリ其旨同氏ニ回答ス。栄一会頭トシテ之ニ与ル。


■資料

東京商法会議所要件録 第四号・第二―三丁 明治一二年四月一七日刊(DK170056k-0001)
第17巻 p.702-703 ページ画像

東京商法会議所要件録  第四号・第二―三丁 明治一二年四月一七日刊
  第七定式集会 明治十二年三月十一日午后第六時二十分開場
    議員出席スル者  三十一名
    同 欠席スル者  二十六名
    遠藤吉平氏ヨリ俵造改良ノ義ニ付再議
昨年十一月新潟県平民遠藤吉平氏ヨリ米塩〆粕等俵造改良ノ議ヲ当会ニ質シタルニ遂ニ当会ノ賛成スル所トナリ、之ヲ内務省ニ上申シタルヲ以テ、同氏ハ大ニ之ヲ悦ビ爾来該省ノ指令ヲ渇望セシガ、目下ニ至ルマデ嘗テ其指令ナキヲ慨歎シ、今回幸ニ出京スルヲ以テ自ラ書ヲ齎
 - 第17巻 p.703 -ページ画像 
シ来ツテ前会ノ賛成ヲ謝シ、併セテ前議ノ如何ヲ内務省ニ請問シ建議ノ趣旨ヲ貫徹セン事ヲ請求セラレタリ、依テ之ヲ今会ノ議場ニ上ボスノ可否ヲ各員ニ問フ
十一番(福地源一郎)昨年当会ヨリ副簡ヲ以テ遠藤氏ノ建議書ヲ其筋ニ上申セリト雖トモ、尚ホ其指令ナキハ何等ノ障礙ニ原由スルヤ余曹ノ知ル所ニ非レトモ、已ニ之ヲ賛成シタル以上ハ再ビ其許否ヲ請問スベシ、然トモ今唯之ヲ上申シ之ヲ取次クモ殊ニ其効ナキガ如キヲ以テ、此事タル内国貿易並ニ運輸船舶ノ両委員ニ関係スル所アルガ故ニ之ヲ該員ニ付シ、更ニ日ヲトシテ一会ヲ開キ親シク遠藤氏ノ出席ヲ乞ヒ其可トスル処ヲ賛成シ、其遺漏アルヲ補綴シテ更ニ之ヲ上申セバ其議懇到周悉スルヲ得ン
時ニ会頭 ○渋沢栄一ハ遠藤氏ヲ会頭席ノ左方ニ導カシメ、議員ニ紹介シタル後其書面ヲ朗読セシニ、各員十一番ノ発議ニ同意ヲ表シタルヲ以テ之ヲ内国・船舶ノ両委員ニ附シ調査ヲ経タル後再ビ内務省ヘ建議スルニ決ス


東京商法会議所要件録 第一〇号・第一一丁 明治一三年一月一九日刊(DK170056k-0002)
第17巻 p.703 ページ画像

東京商法会議所要件録  第一〇号・第一一丁 明治一三年一月一九日刊
 ○参考ノ部 東京商法会議所年報
    議場建議ノ諸項
○上略
俵造改良ノ議
 本議ハ昨年十一月新潟県平民遠藤吉平氏ヨリ寄贈セラレタル所ニシテ当時衆議ノ末同氏建白ノ趣旨ヲ賛成シテ之ヲ内務省ニ上陳セリ、然ルニ爾来其採可ヲ得ザルヲ憂ヒ、同氏親シク当会ニ就キ更ニ政府ニ向ツテ建言ノ裁批ヲ促サン事ヲ請求セリ、仍テ三月十一日定式会ニ於テ再ビ之ヲ衆議ニ付シタルニ、本議ハ特ニ当会ニ於テ実際ノ調査ヲ尽シ之ヲ建議スルノ実効アルノ優レルニ若カズト云フニ依リ、遂ニ内国商業事務並ニ運輸船舶ノ両委員ニ於テ其調査ヲ担任スルニ決シ、同月二十日ニ於テ小集会ヲ開キ各自其調査ノ成ルヲ期シテ之ヲ内務省ニ上陳シ、傍ラ之ヲ新聞紙上ニ登録シテ以テ各実業者ヲシテ其改良ヲ請求スルノ理由ヲ知ラシムルニ決セリ、然トモ其調査未ダ全ク成ルヲ告ゲザルヲ以テ本議其局ヲ結ブニ至ラズ
○下略


東京商法会議所要件録 第一五号・第三―六丁 明治一三年六月二一日刊(DK170056k-0003)
第17巻 p.703-705 ページ画像

東京商法会議所要件録  第一五号・第三―六丁 明治一三年六月二一日刊
  第十五定式会議 明治十三年五月十八日午後第七時五十分開場
    議員出席スル者 ○二十二名
    同 病気旅行其他事故ニヨリ欠席スル者四十一名
○上略 更ニ会頭 ○会頭渋沢栄一君ハ旅行中ニ付第一副会頭福地源一郎君之ニ代ルハ諸君ノ相識者タル新潟県遠藤吉平氏ヨリ頃日俵造改良ノ義ニ付再ビ書ヲ当会ニ寄贈セラレタル旨ヲ告ゲ且ツ曰ク、此改良之議タル明治十一年十一月同氏ガ書ヲ寄セテ当会ノ意見ヲ問ハレタルニ起リ、爾来本会ノ賛成スル所トナリ、之ヲ内務省ニ上陳シ後復タ同氏ノ出京ニ際シ、昨年三月十一日ノ第七定式会ヲ以テ之ヲ再議ニ附シ、終ニ内国商業並ニ運輸船舶事務ノ両委員
 - 第17巻 p.704 -ページ画像 
ニ於テ実際ノ調査ヲ尽スベキニ決シ、実ニ同月廿日ヲ以テ第一国立銀行ノ楼上ニ於テ同氏ヲ招キ委員小集会ヲ開キ、時ニ其調査ヲ担当スル者米ニ於テ益田孝・渋沢喜作。塩ニ於テ渋沢栄一・朝吹英二。〆粕・干鰯ニ於テ遠藤吉平ノ五名トシ、各自其調査ノ成ルヲ期シテ之ヲ内務省ニ上陳シ、傍ラ之ヲ新聞紙上ニ登録シテ以テ各実業者ヲシテ其改良ヲ請求スルノ理由ヲ知ラシムルニ決セリ、然ルニ爾来已ニ一年ヲ経テ未ダ其調査成ルヲ告ゲズ、又政府ノ上陳ヲ聞カザルヲ以テ今回更ニ同氏ヨリ再ヒ右改良ノ挙否ニ就キ国家ノ損益得失ヲ較筭シ、且ツ其意見ヲ詳記シテ以テ此書ヲ寄セラレタリ、依テ此書面ニ添書シテ直チニ政府ニ上申スベキカ将タ委員ノ調査成ルヲ期シ改メテ当会ヨリ之ヲ建議スベキ乎、各員之ヲ如何スヘキヤ
益田孝曰ク、本議ノ内務省ヘ建言以来日已ニ久シト云トモ、今日ニ至ル迄之ヲ挙行セラレザルヲ見レバ蓋シ政府ニ於テハ此改良ヲ以テ敢テ不可視セラルヽニハアラザルベシト雖トモ、各地方ニ厳令ヲ下タシテ之ヲ挙行スルガ如キハ実際能クシ難キノ事情アルモノヽ如シ、若シ夫レ然ラバ仮令再ビ之ヲ政府ニ建議スルモ恐ラクバ復タ徒労ニ属セン、是故ニ当会ニ於テハ更ニ之ガ改良ノ方法ヲ講究シ、小費ヲ以テ大利ヲ受クベキノ道ヲ籌筭シ、而シテ其改良ノ挙止ニ就テハ如此損益アルヲ示シ云々ノ得失アルヲ明カニシ以テ之ヲ各府県知事県令又ハ各地豪農巨商及ビ商法会議所等ニ通告シ、漸ク以テ各地方之レガ賛成者ヲ得、協同衆力之ヲ挙行スルニ至ラハ之ヲ政府ニ建議シテ其厳令ヲ仰キ改良ヲ施サントスル者ニ比スレバ其効能ノ大小ニ至テハ決シテ同日ノ論ニ非ルヲ信ズ、且ツ併セテ余ガ所見ヲ述ヘテ以テ諸君ノ注意ヲ促サント欲スルモノアリ、即チ近年肥前地方ノ人民ガ米穀ノ石数ヲ増サンガ為メ細鉄管ヲ以テ米俵中ヘ水ヲ注射スルノ悪弊ヲ生シタル是ナリ、蓋シ此事タル明治十年西南争乱ニ際シ該地方ニ於テ米穀ノ需用急劇ナルヲ奇貨トシ、農家若クバ仲買等ガ一時射利ヲ謀リ此奸策ヲ施シタルニ濫觴シタルモノナラン、而シテ爾来今日ニ至ル迄依然トシテ尚此悪習ヲ存セリ、抑モ肥前米タル多クバ大阪ニ輻輳スルモノナルガ故ニ東京商人ニ至テハ敢テ甚シキ痛痒ヲ覧《(覚)》ヘザルモノヽ如シト云トモ、現ニ堂島米商会所ニ於テ取引スル所ヲ見ルニ米価通例一石十円余ノ売買アルニモ拘ラズ僅カニ五円内外ノ価位ヲ以テ取引スル者アリ、是レ即チ水ヲ注射シタル米ニシテ之ヲ倉廩ニ貯蔵セハ忽チ腐敗ニ属シ食用ニ供シ難キニ至ルニ由ル、其国産ヲ毀損スルモノ決シテ軽々ニ非ルナリ、今ニシテ此悪弊ヲ匡救スルノ術ヲ施サヾレバ、其損失ヲ被フル豈独リ該地方人民已《(而脱)》ニ止マランヤ、蓋シ其之ヲ匡済スルノ道他ナシ、即チ復タ之ヲ該地方ノ豪農巨商ニ質タシ、併セテ之ヲ大阪及ヒ長崎商法会議所ニ謀リ、又長崎県ニ報道シ、以テ其矯正ヲ農商有志者ノ協同合力ニ委スルニ若カザルナリ、故ニ余ハ俵造改良之議並ニ本件ノ如キハ其調査ヲ挙ゲテ之ヲ本年当任ノ内国商業並ニ運輸船舶事務委員ニ任シ、其成ルヲ期シ、共ニ之ヲ各地有志者ニ通告シテ以テ其賛成協力ヲ求メント欲スルナリ
各員皆此説ニ同シタルヲ以テ会頭ハ此調査ヲ以テ当任ノ両委員ニ委シ
 - 第17巻 p.705 -ページ画像 
其成ルヲ期シ、之ヲ各府県並ニ商法会議所等ニ通告シテ改良矯正共ニ各地農商有志者ノ協力ニ頼ラント云フニ決シ、於是定式会議ノ終ルヲ告ゲ、尚諸君ニ発議ノ要セラルヽモノナキ乎ヲ問フ ○下略


東京商法会議所要件録 第一五号参考部・第一―九丁 明治一三年六月二一日刊(DK170056k-0004)
第17巻 p.705-708 ページ画像

東京商法会議所要件録  第一五号参考部・第一―九丁 明治一三年六月二一日刊
    俵造改良之儀ニ付再建議
米塩〆粕俵造リ改正ノ儀ニ付明治十一年三月八日内務省ヘ建白書差出其後同年十一月廿七日付ヲ以テ東京商法会議所諸君閣下ヘ右建白ノ得失便否ヲ御協議下サレ度御依頼仕候処、同年十二月五日定式集会ニ於テ衆議ノ上可決セラレ、吉平建白ノ素志貫徹相成候様会頭渋沢栄一殿ヨリ内務省ヘ上申相成候趣御回報有之、諸君ガ国家ヲ愛スルノ厚キニヨリ吉平ガ素志貫徹ノ好期モ遠カラザル事ト深ク感喜ニ堪ヘス候、当今地方官会議ニ付各府県知事県令ノ諸氏モ皆東京ニ出会セル趣ナレバ此機会ニ際シ吉平ガ熱望スル俵作リ改良ノ議目中前ノ建白尽サヾル処ヲ詳論シ、今又諸君閣下ノ御教諭ヲ煩シ、一日モ早ク此ノ大弊害ヲ除カン事内務省ヘ急ニ御上申相成度只管歎願スル所以ナリ
夫レ事ニ緩急アリ、物ニ前後アリ、改ムルニ難カラス、行フニ易キモノハ急且前ニセザル可カラズ、抑モ吉平ガ熱望スル俵造改正方法タルヤ村童村婦モ編製スルニ手易ク、又タ農家ノ歳出金ヲ増加シテ為メニ農夫ノ貧窮ヲ来ス可キ事ニアラズ、只古来ノ悪習ヲ一洗スルノミナレバ甚ダ行フニ手易事タリ、或ハ書生学士カ欧米ノ良法ヲ説テ皇国ノ習慣ヲ変更セント論ズルガ如キ高尚ノ思想ニハ非ラザルナリ、然ルニ政府ハ之レヲ難事トシテ吉平ガ赤心ヲ採用セザルカ、将タ国家ノ損益上ニ関セザル論議トシテ之ヲ度外視スルカ、未ダ何等ノ御諭達モナキハ畢竟不急ノ事ト見做スベキ乎、吉平愚ニシテ更ニ了解スルヲ得ズ、請フ試ニ吉平ガ思想上ニ於テ了解スルヲ得ザル要点ヲ順次ニ論窮シ以テ諸君閣下ノ教諭ヲ仰カント欲ス
今ヤ全日本国中ノ輿論ニ於テ一大難事タルハ何ゾヤ、海外貿易ノ景況ニ於テ輸出入ノ権衡ヲ失シ我ガ貿易権ヲ外国人ニ侵略サルヽモノ是ナリ、之ヲ挽回スルニ条約改正ヲ論ジ或ハ勧商勧農法ヲ設ケテ物産ノ蕃殖ヲ議シ、就中蚕卵・生糸・製茶ノ如キハ著シク政府ニ於テ奨励ヲ施セリト云ツ可シ、物産ヲ蕃殖シテ貿易ヲ隆盛ナラシムルハ政府モ人民モ共ニ論弁喋々スル所ナレバ、之レヲ全日本国ノ輿論ト云ザルヲ得ズ吉平殊ニ輿論ニ感慨スル所アリ
斯ノ如ク物産ヲ蕃殖スルニ奨励法ヲ設ケテ出産高ヲ増額セント欲セバ須ク先ヅ出産有高ノ減額廃棄セザル様ニ方法ヲ設クルヲ急務トス、現ニ目下ノ大弊害アリテ俵造ノ粗略ナルヨリ莫大ノ出産有高ヲ減額廃棄スルアリ、之ヲ改良スルニ手易方法ヲ以テ建議スレトモ之ヲ採用セス政府ハ単ニ物産蕃殖法ニ偏寄シテ斯ル目下ノ急ヲ度外視スルハ所謂緩急前後ヲ誤ルカ如シ、豈ニ国家ノ不幸ナラズヤ、乞フ之ヲ譬ン、富ヲ求ムル人アリ、入金高ト出金高ヲ平均シテ残余ノ純益金ヲ得ルニ熱中セリ、而シテ其人心ニ純益金ヲ欲シテ行ヒニ節倹ヲ勤メズ、奓侈放逸冗費百端常ニ其貧ヲ愁歎シテ而シテ冗費ノ節減法ヲ施サレハ人之レヲ何トカ云ハンカ、物産蕃殖ヲ奨励シテ出産有高ノ減額廃棄スルヲ改良
 - 第17巻 p.706 -ページ画像 
セザルト一般ナリ
抑モ米塩ハ本邦風土ニ適当シテ産額ノ最モ多ク、之ヲ獲スルニ最モ容易ニシテ全国人民ノ命脈之ニ係リ、国家ノ治乱盛衰ノ基ク所ナルハ古史ニ昭々タリ、又タ現今新聞紙上ニ徴スルモ米価昂騰ノ為メ人心ヲ激動シ竹鎗席旗ヲ翻ヘシ、米塩欠乏ノ為メニ飢餓ヲ訴フルアルノ情態ハ吉平カ贅言ヲ俟タスシテ諸君ノ詳知スル所ナリ、然リ而シテ就中米穀ハ内国民ノ需用一日モ欠ク可カラサルノミナラス亦タ外国人モ既ニ我カ米穀ノ美質ナルヲ了知シ、価格モ稍高位ニ昂ラントス、吉平嚮キニ税関局ニテ編製シタル明治十年七月ヨリ十一年六月迄ニ至ル各港輸出年表ヲ視ルニ輸出米ノ総斤数二億壱千零十二万三千二百三十二斤(仮リニ二百三十斤ヲ以テ壱石ト見做シ筭スレハ我九十壱万三千五百石ニ当ル)ニシテ、此価四百七十七万二千五百二十八円七十七銭七厘ナリ依之観之海外貿易品中ニ於テモ最モ貴重ノ物産ニシテ内外国需用欠ク可カラサルヤ明カナリ、況ンヤ全国ノ農夫カ雨ニ風ニ旱水ニ至困至苦ノ間々耕作産出シタルモノナレハ、之カ取扱ヲ軽忽ス可カラザルハ看易キ道理ナラスヤ
古平幼年ノ時ヨリ諸国ノ米塩ヲ買売各県各港ニ回漕シ、一家ノ生計ハ此商業ニ拠テ成リ立ツヘキ身柄ナレハ、彼此回漕ノ間便否得失ハ常ニ思想スル所ナリ、現ニ俵製ノ粗悪ナル為メ海中土上ニ委棄シ為メニ一家ノ損失ヲ生スル事少々ナラズ、啻ニ一時ノ不運ニ帰セズ二十有余年間身親カラ経歴シテ感スル所ノ損失ヲ全国ニ及ボシ左ニ統計セン
 甲
  食用米穀ニシテ陸地ヲ運搬シ、為メニ減額廃棄スルモノ、一ケ年平均少ナクモ凡千分ノ一、即一万石ニ付十石
 乙
  一般ノ需要米穀ニシテ日本船ヲ以テ各港ヘ回漕シ、為メニ減額廃棄スルモノ、一ケ年平均凡百分ノ一、即一万石ニ付百石
 丙
  一般ノ需要米穀ニシテ西洋形滊船及帆走船ヲ以テ各港ヘ回漕シ、為メニ減額廃棄スルモノ、一ケ年平均凡百分ノ三、即一万石ニ付三百石
此原因俵造リ粗略ナルニヨル
  甲乙平均
   一ケ年少ナクモ凡百分ノ二、即一万石ニ付二百石
    ○
今俵造リヲ改良シテ精密ナルニ至レバ減額廃棄スルモノ減少シ
 一ケ年平均凡千分ノ二、即一万石ニ付廿石
 従来ノ粗略ナル俵造ト精密ナル俵造ニ改良スルト差引計筭スレバ
  改良ノ為ニ生スル利益(減額廃棄ノ減少セシモノヲ云)
   一万石ニ付凡百八十石
    ○
 之ヲ輸出米ト内国需用米穀トヲ合計シ全国一ケ年出産高ト見積リ(三千五百万人酒菓子食用合シテ一人ニ付一日五合ノ需用ト見做)六千四百七十八万八千五百石
 - 第17巻 p.707 -ページ画像 
  此出産高ヘ加除スル計筭左ノ如シ
俵造リ粗悪ナル方今ノ習慣ナレバ、一万石ニ付凡百分ノ二、即二百石此減額廃棄一ケ年分
  百二十九万五千七百二十石
之ヲ改良スル時ハ減額廃棄減少ニヨリ左ニ記スル利益アリ
  千分ノ二、即十万六千六百十九石三斗
 差引残百十七万九千百五十石零七斗
之ヲ俵造リ改良ノ利益トス
之ヲ壱ケ年ノ損失ト見積タリ、尚五年・七年・十年ト見積計算スレバ言語ニ述フルモ実ニ驚ニ堪ヘタリ、次ニ塩ノ統計ニ及バントス
    ○
 俵造粗略ナル為メニ壱ケ年平均塩ノ減額廃棄スルモノヲ計筭セバ
 東海・南海・山陽ノ三道ハ海上平穏ニシテ就中減額廃棄スル高少ナシ
  凡千分ノ二、即壱万石ニ付廿石
 五畿内・東山・山陰道ハ皆道路険難殊ニ牛馬ヲ以テ陸運スルヲ以テ減顧廃棄《(額)》スル高稍多シ
  千分ノ五、即壱万石ニ付五十石
 北陸道ハ良港乏シク概ネ川港ニテ航海船ヲ沖ニ繋キ、艀ヲ以テ運搬スルニヨリ減額廃棄スル高最多シ、西海道モ亦同シ
  凡百分ノ二、即壱万石ニ付弐百石
北海道ハ殊二良港乏シク随テ運搬スルニ気船《(汽)》・帆走船ヲ用ヒ、又タ漁猟場ノ如キハ常ニ彼是運搬スル事屡ナレバ減額廃棄スルモノ愈多シ
 凡百分ノ八、即壱万石ニ付八百石
以上ニ記スル如ク各地情態ヲ異ニシ、多少ノ増減アレトモ之ヲ全日本国平均シテ其減額廃棄スルモノヲ計筭スレバ左ノ如シ
 (各港ヘ回漕スルモノ及各土食物日用品共合シテ全日本国中収獲高即出産高ヲ平均シテ見ル)壱ケ年平均
  凡百分ノ五、即壱万石ニ付五百石
今俵造リヲ改良シ、精密ナル荷造ニナレバ減額廃棄スルモ大ニ減少シテ国家ノ利益小少ナラザルナリ、左ニ記ス
  俵造精密ナルニ改良シテ其ノ減額廃棄ノ減少スル高ヲ見レバ
 凡百分ノ一、即壱万石ニ付百石
 差引
  俵造改良ノ為メニ生ズル利益ハ、壱万石ニ付四百石トス
爰ニ国家ノ損益上ニ関係スル統計ヲ明示シ俵造改良ノ国家ニ急務ナル所以ヲ論弁シ畢レハ別ニ論題ヲ設ケテ再度諸君ノ教訓ヲ仰カントス
明治八年第百八十四号廻漕貨物取扱条例第壱条ニ廻漕貨物ノ荷造リハ濡沾減損或ハ漏脱等ノ難ヲ防クベキ様務メテ堅固ニシテ、其品柄又ハ荷造リノ摸相ニヨリテハ錠鎖或ハ封印スヘシ○第二条穀物塩類等ノ俵物ハ第三条第四条濡沾減損或ハ漏脱等ノ難ヲ運漕中ニ生スレトモ船主ニ対シ其弁償ヲ要スル権利ナカルベシ、此ノ廻漕条例ニ依レバ米塩俵造リモ廻漕ノ毎ニ一々貨主カ堅固ナル俵造リニ改良シテ廻漕スルヲ当
 - 第17巻 p.708 -ページ画像 
然トス、然レトモ数万ノ米ナレバ恐ラクハ口陳スルヲ得ルトモ実際ニ執行スルヲ得ザルヤ三尺ノ児童モ知ル所ナリ、唯吉平ガ思想ニ帰セズ商賈一般ノ輿論タリ、果シテ実際ニ之ヲ執行スルヲ得ザル事ナレバ法律上ニ於テ貨主ノ廻漕中ニ濡沾脱漏等ノ難ヲ船主ニ対シ弁償ヲ要スル権利ヲ失スルヤ実ニ難渋至極ト云ハザルヲ得ズ、抑モ政府ノ法律タルヤ固ト貨主ノ権利ヲ保護スルニ出デヽ却テ実際上ニ至テ此ノ法律ノ為メニ権利ヲ保護スルヲ得サルヤ明カナリ、然カラバ則此ノ法律ノ精神ヲ活用スルニハ是非共荷造リヲ粗悪ニスル習慣ヲ改良シテ精密タラシムル方法ナカル可カラズ、政府ハ此ノ法律ヲ設ケテ此法律ノ実際執行上ノ便否ヲ公衆ニ教諭セス粗悪ナル荷造リノ悪習ヲ矯制セザレバ所謂緩急前後ヲ誤ルモノヽ如シト思考セザルヲ得ズ、故ニ吉平ガ俵造改良建議ノ貫徹セザルハ殊ニ遺憾ニ堪ヘザル所以ナリ
又論鋒ヲ転シテ和船ト西洋形船ノ貨物取扱習ニ及シ以テ俵造改良ノ急務ナル所謂ヲ陳述セン、今ヤ海路物貨ヲ運搬スルニ至急ヲ要スルモノハ滊船ヲ以テシ、普通ノモノハ西洋形風帆船及在来ノ日本船ヲ取交ヘ之ヲ使用ス、然ルニ日本船ハ脆弱ニシテ西洋形風帆船ノ堅牢ナルニ及バザルヨリ同船ノ需用日ニ多ク、目下東北諸国ニ製造所ヲ設ケ之ヲ業トナス者数十名アリ、日本船ハ勢漸々廃絶ニ属セントス、然ノミナラズ輿論上ニ於テモ既ニ日本船製造禁止ノ令ヲ発セラレン事政府ニ向テ希望スルニ至レリ(経済雑誌ニ論説アリ)然レトモ一利ノ興ル一害モ亦随テ生ズ、米塩〆粕等ヲ日本船ニ積入ルニハ貨主ニ於テ予シメ容赦ヲ定メ、欠減ヲ船手ニ請負ハシムルヲ以テ荷物ノ取扱懇切ニシテ我ガ所有物ノ如クス、故ニ漏泄スルモノ少ナシ、之ニ反シテ蒸気船西洋形風帆船等ノ積入ルヽニハ多ク俵渡、俵受取ノ習慣ナルニヨリ荷物ノ取扱粗漏ニシテ毫モ欠減ニ注意セズ故ニ廃滅スルモノ夥シ、今日ノ有様ヲ以テ将来ヲ推スニ西洋形風帆船ノ製造多クシテ米・塩・〆粕等ノ海中土上ニ委棄スルモノ弥夥シキヲ加ルト言フヘシ、夫レ斯ノ如ク既ニ和船製造禁止ノ令ヲ希望ノ輿論アレバ今一歩先ジ此大弊害ヲ除却セン事ヲ議セサルヲ得ズ、然ルニ政府ハ依然トシテ俵造改良法ヲ発令セザルハ実ニ感慨ニ堪ヘサルナリ
前条々ニ論弁スル如ク荷造改良法ヲ御採用ナキニヨリ国家ノ弊害ヲ増殖スル事実ニ夥シク一日此弊害ヲ除クヲ怠タルトキハ国家一日ノ損失ヲ被ムルハ言ヲ俟タズ、之ヲ救済スル俵造ヲ改正スルニアリ、仰キ願クハ諸君吉平ガ一日モ黙過シ能ハザル畢生間ノ願望ヲ御諒察再ビ内務省ヘ副申セラレン事ヲ頓首謹言
            新潟県管下第二十四大区四小区六番組
            笹口浜村八百七十四番地商
  明治十三年三月            遠藤吉平
    東京商法会議所
         御中

荷造改良に関する意見 遠藤吉平著 第一九―二二頁 大正八年六月刊(DK170056k-0005)
第17巻 p.708-709 ページ画像

荷造改良に関する意見 遠藤吉平著  第一九―二二頁 大正八年六月刊
 ○荷造改良促進の経過
    二 東京商法会議所其他の援助
 - 第17巻 p.709 -ページ画像 
○上略
此間明治十三年の六月頃、今一度内務卿ヘ建言書を出さうと思ひましたが、先づ此第二回の建言書を呈出する前に、東京商法会議所の意見を聞かうとして、之れを会議所に送附し、賛成であるならば、どうか之れに副申して、内務卿へ出して貰ひたいと申出でました。処が東京商法会議所からの返事は、左の如くでありました。
 今般更ニ御廻附相成候俵造改良再建議案之義即チ去ル十八日定式会議ニ相附シ候処素々本案之義ハ一昨年一タビ建議以来于今何等之御指令無之次第ニテ畢竟其議タル至要ニシテ定メテ政府ノ善ミスル所ニハ有之候得トモ、何分余ノ義ト違ヒ厳令ヲ下シテ実施致候場合ニ至リ兼不得已渋滞今日ニ立至候義ト存候間、仮令今復タ再応建言致候トモ政府ノ採択無覚束自然徒労ニ属シ候様ノ義有之候テハ遺憾不少、仍之更ニ本会衆員ノ見込ヲ以テ右米塩等俵造ノ義ハ猶精細ノ調査ヲ尽シ、併セテ其改良ノ方法ヲ講明致候上貴殿御建議ノ廉ヲ以テ当会議所ヨリ直チニ各地方長官及各地商法会議所其他豪農巨商等ヘ通知シ、互ノ申合ヨリ漸ク勧誘致候ハヾ一層効能モ可相立ニ付、即チ右様決議候間其旨御承知相成度、尤右改良方法調査ノ義ハ本年当任ノ内国商業事務委員並ニ運輸船舶事務委員ヘ担当為致置候間、追テ右調成ノ上各地方ヘ通知ノ手順ニ相運候ハヾ其節更ニ可及御打合候得トモ先以此段申進度如此御坐候也
  明治十三年五月廿一日         東京商法会議所
    遠藤吉平殿
此文面で知られる通り、東京商法会議所の意向では、荷造改良のやうな事は、政府が賛成であるとしても、法令で以て取締るといふ訳にも行くまいから、寧ろ我々民間の方で充分調査し、関係者に直接改良を促さうではないか、其為めに、会議所で特に調査をさせる積りだといふのであります。之れは首府の歴々の商人の意見として、誠に尤も千万なことで、これで私も大に発明するところがあつて、如何にも我々民間の方で此改良を努めやう、私も微力ながら大に骨を折ろうと決心しました。
此間私は単に書面でばかり東京商法会議所と交渉したのでなく、時々東京へ出て行つては、会議所の集会へ番外として列席し、荷造の事に就いて色々と説明したのです、それであるからして、会議所の役員も大に私の為めに努力して呉れて、其趣旨を貫徹させやうと応援して呉れたのです。
夫れで此十三年の暮に、東京商法会議所での調査も、或程度まで進みましたので、其結果として荷造改良の勧誘を、全国の豪農巨商其他の関係筋へ発し、又各県勧業課へも出して、其管内に荷造改良を諭達されたいと申し送りました、此時の勧誘書は不幸にして私の手にありませんから、精しい内容を記すことは出来ませぬが、前の書面にもある通り、改良すべき方法などを細かに書いてあつたと記憶して居ます。


東京商法会議所官衙諸達並上申書綴 三(DK170056k-0006)
第17巻 p.709-711 ページ画像

東京商法会議所官衙諸達並上申書綴 三
                   (東京商工会議所所蔵)
 - 第17巻 p.710 -ページ画像 
(案)
  明治十三年六月九日
近来我国海陸運輸之道大ニ開ケ互市貨物ノ運搬次第ニ増殖シ就中米穀ノ如きハ著重ノ国産にして随而東西其運送繁劇ニ有之候処、従来右俵造ノ儀ハ各地概ネ皆粗造にして運搬ノ際米粒ノ脱漏シテ海陸ニ委棄スルモノ少小ニ無之、現ニ其東京市場ニ到着スルモノヲ見ルニ俵造ノ粗鹵ナルヨリ米量ヲ減損スルモノ夥シク実ニ国家ノ一大損失ト窃ニ憂慮ニ罷在候処、偶々一昨十一年中新潟県平民遠藤吉平ナル者ヨリ右俵造改良ノ儀ヲ要シ当会議所ニ書ヲ寄贈致候ニ付、当時之ヲ賛成シ一応政府ニ建言モ仕候得共、爾後退而考フルニ此議ノ如きハ敢而政府ノ布達ヲ待テ後可被行モノニモ無之、只其改良ヲ期スルハ農家ヲシテ実際改良ノ利否得失ヲ暁ラシムルノ一途ニ可有之ト奉存候間、幸ニ御県ニ於テ此議御賛成モ被為在候得は御県下農家並ニ其売買筋ノ者ヘ前条御告諭ノ上次第ニ右改良ニ赴き候様御注慮被成下度相成候得は、至極御国益トモ可相成ト奉存候ニ付、前書遠藤吉平ヨリ先般当会議所へ寄贈いたし候書面之要領ヲ抜萃シ別紙相添ひ此段申進候也
                 東京商法会議所会頭
                      渋沢栄一
  群馬県・高知県・鹿児嶋県・沖縄県・開拓使ヲ除クノ外
    各府県勧業課宛
(別紙)
    新潟県下遠藤吉平ノ寄贈ニ係ル書面ノ要領左ノ如シ
(欄外朱横書)
〔第一表
    米俵粗造ニ付米穀減損一覧表
(太字ハ朱書)

図表を画像で表示米俵粗造ニ付米穀減損一覧表

 運送米穀           俵造粗略ニテ一ケ年平均米穀減損ノ割合   運送米高   減損米高 食用米穀陸地運搬之分     千分ノ一                 一万石ニ付  拾石 一般需用米日本船廻漕ノ分   百分ノ一                 同      百石 同西洋形滊船帆船等廻漕ノ分  百分ノ三                 同      三百石 右三項平均          凡千分ノ十四弱              同      百四十石弱 



 此表ニ由テ之ヲ見ル時ハ米俵造方粗略ナルガ為米穀ノ減損スル割合ハ一ケ年平均凡運送高千分ノ十四弱ニシテ、其減損スル米高ハ一万石ニ付百四十石弱ナリトス
(欄外朱横書)
〔第二表
    米俵造方精粗損益比較一覧表

図表を画像で表示米俵造方精粗損益比較一覧表

 俵造ノ精粗         一ケ年平均米穀減損ノ割合   米穀元高    減損米高 俵造粗略ナル時ノ減シ高   千分ノ十四          一万石ニ付   百四十石 同 精密ナル時ノ減シ高   千分ノ二           同       二十石 右二項ノ差引        千分ノ十二          同       百二十石 



 此表ヲ見ル時ハ俵造精粗造ニヨリ米穀減損高ノ割合ニ生スル所ノ差違ハ千分ノ十二ニシテ即チ一万石ニ付百二十石ナリトス、而シテ此百二十石ハ全ク米穀一万石ニ付其俵造ノ改良ヨリ致ス所ノ実益ナリトス
(欄外朱横書)
〔第三表
 輸出米及内国需用米ヲ合計シテ全国一ケ年産出高六千四百七十八万
 - 第17巻 p.711 -ページ画像 
八千五百石ト見積リ、第一・第二、二表ノ割合ヲ以テ之ヲ算スル時ハ俵造精粗ニヨリ生スル所ノ損益比較左ノ如シ

図表を画像で表示--

 俵造精粗        全国一ケ年産出米高         一ケ年平均減損米高             千分ノ十四 俵造粗略ニテ減シ高   六千四百七十八万八千五百石ニ付   九十万〇七千〇三十九石             千分ノ二 同 精密ニテ減シ高   同                 十二万九千五百七十七石 右二項ノ差引      同                 七十七万七千四百六十二石 



 此表ニ就テ見ル時ハ精粗二項ノ差引七十七万七千四百六十二石トナルベシ、而シテ此差違タル即チ米俵造方改良ヨリ日本全国一ケ年ニ得ル所ノ実益ナリトス
一米俵ハ土地ニヨリ其造方ヲ異ニシ多少精粗ノ別アリト云トモ、概スルニ第一図ノ如ク只四条ノ縄ヲ以テ編ミタルモノ最モ多キガ故ニ之ヲ運搬スルノ際ニ方リ、誤テ其一条ヲ断切スル時ハ忽乱俵トナリ、入実ヲ減損スル事極テ多シトス、然ルヲ今此造方ヲ改良シ第二図ノ如ク十二条ノ縄ヲ以テ之ヲ編ム時ハ仮令誤テ其一条乃至二条ヲ切断スルトモ容易ニ乱俵トナル事ナク、其入実ヲ保存スルヲ得ベシ、且ツ夫レ此俵タル一度米穀ヲ盛ルニ供シタル後猶其他大豆等ヲ貯蔵スルニ供用スベキガ故ニ当初其造方ヲ精密ニセザル時ハ二重ノ損失ヲ受ケザルヲ得ザルナリ、今其図ヲ示ス事左ノ如シ
   ○米俵図面ハ現存セズ。


東京商法会議所官衙諸達並上申書綴 三(DK170056k-0007)
第17巻 p.711-713 ページ画像

東京商法会議所官衙諸達並上申書綴 三
                   (東京商工会議所所蔵)
勧第九拾号《(太字ハ朱書)》
遠藤吉平俵造改良之儀ニ付御細書之趣了承、該件之如キハ農家従来之慣習有之、実際上得失ノ関スル所甚重大ニ付容易ナラサル事ニ候得共本課ニ於テハ固ヨリ御同意之儀ニ付漸次改良之場合ニ立到候様精々注意可致候、右御荅旁申進候也
                  愛知県
  明治十三年六月           勧業課愛知県勧業課
    東京商法会議所
          御中

番外
米穀俵造改良之儀売買筋之者江告諭方之儀ニ付云々本月十日付ヲ以御報道之趣了知候、此段及御荅候也
  明治十三年六月十七日
                千葉県 勧業課千葉県勧業課
  東京
    商法会議所
        御中

米穀俵造之儀ニ付新潟県平民遠藤吉平ヨリノ建議書相添農家並其売買筋ノ者江諭達之儀御申越之趣委曲了承、右ハ経済上有用之建議ト被存候ニ付漸次改良之利否得失ヲ普ク暁得セシメ候様誘導可致、此段及御
 - 第17巻 p.712 -ページ画像 
回荅候也
  明治十三年           茨城県
   六月十六日            勧業課茨城県勧業課
    東京商法会議所
          御中

勧丙第六十壱号
米俵粗造ナルニ依リテ生スルトコノ損失不少《(口脱カ)》、之ヲ改良スルハ今日之急務タルヲ以テ管内農家並ニ売買之筋之者等江告諭可取計云々照会之趣了承、本県ニ於テハ両三年来稲作改良等ニ着目シ鋭意勧奨致居候際ニも有之候ヘハ右俵造改良ノ如キハ兼而要望之話ニ付追々注意到底全管江行ハレ候様可取計見込ニ候条、尚更可然方法等も有之候ハヽ追々御報知ニ預リ度回荅旁如斯ニ候也
  明治十三年           福岡県
   六月十八日            勧業課福岡県勧業課
    東京商法会議所
          御中

第七百三拾六号
新潟県下平民遠藤吉平ナルモノ建議ニ拠リ米俵製造改良方奨励之義御照会之趣致了承、管内産米之改良方ニ付而ハ一昨年来規則ヲ設ケ夫々奨励候処大ニ品位ヲ進メ其功ヲ奏スルニ至レリ、此上俵拵等ニ至ル迄最注意為致度積依而ハ御申越之趣モ農事研究会等ニ附シ一層奨励方可取計候、先一応之及御回荅候也
  明治十三年六月廿一日      宮城県
                    勧業課宮城県勧業課
    東京商法会議所
          御中

米穀俵造改良之儀新潟県平民遠藤吉平ヨリ寄贈書写ヲ属シ委曲御申越之趣了承、右ハ素ヨリ御同按之事ニ付夫々取計候積ニ有之候、然ルニ当県ニ於テハ曩キニ其弊害ノ甚シキヲ察シ候間、十一年中別紙之通管内一般ヘ諭達相成居、爾来於其筋不怠奨励罷在候ニ付漸次改良ノ姿ニハ候得共未タ十分ノ功ヲ顕スニ不至遺憾之事ニ候、然ルニ目今売買上ノ実況ヲ以テスレハ独リ之ヲ農民ノミニ告諭スルモ一般ノ改良ヲ見ルハ万々期シ難カルヘシ、何ントナレハ藩政ノ時ト雖トモ俵造粗悪ノ弊ハ亦免《(レ脱)》カサルモノナルモ、藩々ノ成規アリテ其制ニ違ヒテ粗悪ナルモノハ収入セサル法アリタルヲ以テ其弊風モ自ラ増長セサルモノト考ヘラレ、然ルニ廃藩置県及ヒ米納ヲ廃シ金納トセラレシヨリ全ク右ノ取締モ廃シタル姿ニ相成、自然今日ノ弊風ヲ為サシメタルモノト相考候就テハ之ヲ農民ニ告諭スルハ不待論候得共、市上ニ於テモ亦此改良ニ注意シ其粗造ナルモノハ之ヲ劫斥《(却)》シ或ハ其価格ヲ落ス等ノ取計相成候ハヽ農民ノ改良ハ期シテ待ツヘキ儀ト存候、仍テ於貴場モ其辺御審議有之度存候、此段御回答旁意見申進候也
  明治十三年六月廿八日
 - 第17巻 p.713 -ページ画像 
                  長崎県
                    勧業課長崎県勧業課
  東京
    商法会議所御中
(別紙)
乙第四拾壱号
                        各区々戸長
俵米仕立方之義ハ従来旧藩々ニ於テ夫々之約束有之、各自鄭重ニ拵来候処、近来外俵之仕立方自然ト粗悪ニ推移候ヨリ、運搬之度々多少之欠米ヲ生シ、甚シキニ至テハ桝目不足ノ者モ有之赴、為ニ従来之声価ヲ落スニ至ルハ実ニ遺憾ノ至ニ付、自今製造之際一層注意ヲ加エ候様区内人民エ諭達可致候事
  明治十一年二月廿五日      長崎県権令 内海忠勝

勧第三二号
本月十日附ヲ以米穀俵造改良之儀減耗比較表並新旧俵図面等相添御懇示之趣了承、追テ農談会開設之上右改良方ハ必ス勧奨可致候、御厚志之段御挨拶旁御回答ニおよひ候也
  十三年六月廿八日
                徳島県 勧業課徳島県勧業課
  東京
    商法会議所御中
 副申当県下有志輩商法会議所設立致度旨志願之者有之候所、素ヨリ都鄙大小霄壌ノ懸隔ハ有之候得共其概則等心得置度ニ付、乍御手数其大要領ト概則トヲ速ニ御示シニ預リ度此段序ヲ以及御依頼候也

米穀俵造之義各地概ネ皆粗造ナルヨリ之ヲ改良致し度趣ヲ以テ新潟県平民遠藤吉平ヨリ差送リ候書面之要領ヲ抜萃云々申越之趣了承、県管内農家並其売買筋之モノヘ改良候様注意可致候、此段回答旁申進候也
                  長野県
  十三年七月七日           勧業課長野県勧業課
    東京商法会議所
           中


東京商法会議所官衙諸達並上申書綴 三(DK170056k-0008)
第17巻 p.713-714 ページ画像

東京商法会議所官衙諸達並上申書綴 三
                   (東京商工会議所所蔵)
(案)
其御県下産出ニ係ル肥前米之義ハ、御国産中要部ヲ占ムルモノニシテ其販路狭少ナラズ、現ニ大阪並ニ当府下ニ於テモ多分之取引有之候処近年産地ニ於テ米俵中ヘ湯水ヲ注射シ其桝目ヲ増大ナラシムルノ弊相生シ候趣ニテ、既ニ当府市場ニ於テモ右様之米間々相見ヘ、其直段尋常米価ニ比スレバ幾割方之下落ニ有之、過般大阪商法会議所ヘ問合候処同様之義申来、方今米価騰貴之際商人社会之難渋不少深遺憾之義奉存候、元来右等之事ハ無智之細民目前之小利ニ眩惑候ヨリ致ス所ニシ
 - 第17巻 p.714 -ページ画像 
テ、其御懸リニ於テモ其改良方十分御配意被為在候義ト奉存候得共、何分斯ル悪弊追々所在ニ伝播候テハ只其取引営業者之迷惑而已ナラズ実ニ御国益ヲ損スルノ基不容易義奉存候ニ付、此末当府下並ニ大阪等之義ハ同地商法会議所ヘモ協議之上精々改良ニ尽力可仕候得共、猶其御懸ニ於テモ産地農商ヘ厚ク御諭達相成候上右悪風全ク跡ヲ絶候様致度此段及御依頼候也
  十三年六月十六日            東京商法会議所
    長崎県勧業課
        御中


東京商法会議所官衙諸達並上申書綴 三(DK170056k-0009)
第17巻 p.714 ページ画像

東京商法会議所官衙諸達並上申書綴 三
                   (東京商工会議所所蔵)
其府下ニ於テ取引有之候県下肥前米ノ儀ハ近来該産地ニテ湯水ヲ注射シ桝目ヲ増大ナラシムル悪弊有之ヲ以縷々御申越之趣致了承候、右ハ曾テ諭達致置候得共今般御申越ノ次第ニ寄リ猶其筋ヘ別紙写之通諭達相済候ニ付此段及御回答候也
                  長崎県
  十三年九月廿七日          勧業課長崎県勧業課
    東京商法会議所
          御中
(欄外朱書)
 〔写
俵米仕立方ノ儀ニ付テハ明治十一年二月当庁乙第四拾壱号ヲ以相達置候次第も有之候処、爾来改良セサルノミナラス益粗悪ニ趣キ、甚敷ニ至テハ俵中ニ湯水ヲ注射シ或ハ木枝ヲ挿入シ桝量ヲ増大ナラシムル等其他種々ノ悪弊有之趣、之カ為メニ東京・大阪等ノ市場ニ於テハ大ニ其声価ヲ落シ、現ニ筑後米ノ下等ニモ及ハサルノミナラス時トシテハ市場ニ擯斥セラルヽニ至ルト、若シ如此ニシテ荏苒経過セハ全国ノ市場終ニ肥前米ヲ厭棄スルニ至ルハ疑ヲ容レサルナリ、右ハ農民ノ所為ナルカ又ハ仲買商ノ奸計ニ出ルカ未タ其原因ヲ詳ニセスト雖トモ到底肥前米ノ声価ヲ落シ、其帰スル所農民ノ損失ニシテ米商モ亦生計上多少ノ障碍ヲ来タシ損益相償ハサルニ至ラン、抑米穀之儀ハ近来外国ヘモ輸出相成、販路尤広ク欧羅巴各国ニ於テモ大ニ声価ヲ得、后来尤望アルノ一大物産ニシテ就中肥前米ノ如キハ其上等ニ位スルモノナリ、然ルニ今如此ノ弊習アルハ独リ肥前米ノ声価ヲ落スノミナラス本邦一体ノ声価ヲ損シ其販路ヲ狭フスルニ至ルヘク其害実ニ少小ナラス、就而は一人一己目前ノ小利ヲ謀ラスシテ専ラ公衆永遠ノ大利ニ着目シ、断然此弊ヲ一洗シ、自今一層米質精撰俵造等ヲ改良シ、速ニ声価ヲ復シ将来全国物産ノ高点ヲ占メ候様注意スヘキ旨、各農民及ヒ米商ヘ懇篤諭達可致此旨相達候事
  明治十三年       内海県令代理
    九月三日        長崎県少書記官 金井俊行


東京商法会議所要件録 第一六号・第五―八頁 明治一三年九月一一日刊(DK170056k-0010)
第17巻 p.714-715 ページ画像

東京商法会議所要件録  第一六号・第五―八頁 明治一三年九月一一日刊
  第十六定式会議 明治十三年八月五日午後第七時五十分開場
 - 第17巻 p.715 -ページ画像 
    議員出席スル者 ○二十名
○上略 右了リテ会頭 ○渋沢栄一ハ ○中略 又遠藤吉平氏ノ建議ニ係ル彼ノ俵造改良之議ハ五月十八日ノ定式集会ニ於テ決議スル所ニ基キ之ヲ内国商業並ニ運輸船舶ノ両委員ノ調査ニ付シタルニ、此両委員ハ六月四日更ニ小集会ヲ催シ、其議決ニ拠リ全国中米産ニ乏シキ群馬県・高知県・鹿児島県・沖縄県・開拓使ヲ除キ其ノ他ノ各府県勧業課ニ照会シ各管下農商ニ諭達ヲ求メタルニ、爾来其答ヲ得タルモノ宮城県・長崎県・福岡県・茨城県・千葉県・愛知県・徳島県・長野県ノ八県ニシテ共ニ皆本議ヲ嘉納スルノ書ナリ、又彼ノ肥前米ニ水ヲ吹クノ悪弊ヲ矯正スルノ議ニ就テハ爾来之ヲ大坂商法会議所ニ照会シタルニ、該会議所モ亦切ニ此弊アルヲ憂フル所ナルヲ以テ、共ニ其矯正ニ力ヲ致サン事ヲ望ムノ意ヲ以テ回答アリシニ依リ、六月十六日之ヲ長崎県ニ通告シテ其弊害矯正ニ就キ之カ諭達ヲ請求セリ、今亦併セテ一言ノ諸君ニ報ズベキモノアリ、即チ彼ノ米俵改良ノ義ニ付曩日栃木県官余ニ告テ曰ク、米俵ノ改良タル敢テ至難ノ業ニ非ズ、若シ東京商人ニシテ俵造ノ堅良ナルモノハ之ヲ高価ニ買収スルノ実ヲ示サバ之ヲ売ル者即チ農民ハ其高価ナラン事ヲ欲スルガ為メ自ラ之ヲ改良スルニ至ラン、如此セバ如何ト、余ハ之ニ答テ曰ク、是レ只会議所議員中ノ申合ニ止ルベキモノニシテ府下一般ノ米商ニ求メ得ベキモノニ非ズ、固ヨリ奥州ノ精俵米ノ如キハ其造方ノ善良ナルガ為メ之ヲ市場ニ提出スルニ方リ其市価ハ他ニ比スレバ幾分ノ高価ヲ得、爾後此精俵米追々増進ノ勢アリ、故ニ其価ヲ高クシ其改良ヲ求ムルハ可ハ則チ可ナルガ如シト雖トモ、之ヲ府庁ニ上申シ、其布告ニ依テ之ガ協議ヲ促スガ如キハ到底為スベカラザルモノニ似タリト、然レトモ此答タルヤ余カ独案ニ過ギザルヲ以テ敢テ諸君ノ高案ニ問フト、時ニ福地君ハ三業会社ノ最モ米穀売買ニ関係アルヲ以テ之ヲ該社ニ照会シテ其注意ヲ促ガスニ若カズトシ、柴崎君ハ今日俵造ノ粗悪ニ流レタルハ貢米ノ廃停ニ根スルモノニシテ、其粗悪ナルガ為メ全国ノ損失極メテ太ダシキヲ述ベ、福地君ノ発議ヲ賛成シタルニ他モ亦之ヲ可トスルニ依リ、会頭ハ前顕栃木県ノ告知ヲ副ヘ之ヲ三業会社ニ照会スベキ旨ヲ告グ
○下略


東京商法会議所要件録 第二一号・第一一―一三頁 明治一四年二月一〇日刊(DK170056k-0011)
第17巻 p.715-716 ページ画像

東京商法会議所要件録  第二一号・第一一―一三頁 明治一四年二月一〇日刊
 ○参考部 明治十三東京商法会議所事務報告
    会外ヨリ本会ヘ建議  二件
○俵造改良之議附肥前米産地方之悪弊ヲ矯正スル之議
 本議ハ明治十一年十一月新潟県平民遠藤吉平氏ヨリ書ヲ寄セテ当会ノ意見ヲ問フタルニ起リ、爾来本会ノ賛成スル所トナリ、之ヲ内務卿ニ上陳シ、後復タ同氏ノ出京ニ際シ、明治十二年三月十一日第七定式会ニ於テ之ヲ再議シ、終ニ内国商業並ニ運輸船舶事務ノ両委員ヲシテ実際ノ景況ヲ調査セシムルニ決シ同月廿日ヲ以テ更ニ委員小集会ヲ開キ米・塩・干鰯等之ガ苞装ノ精粗改良ノ得失ニ就キ其調査ヲ委員ニ分任シ、其調成ヲ期シテ之ヲ内務卿ニ上陳シ、且ツ其調査ノ顛末ヲ新聞紙上ニ掲載シ各実業者ノ注意ヲ促ガサン事ニ決シタリ
 - 第17巻 p.716 -ページ画像 
然ルニ爾後未ダ其調成ヲ了ラザルニ本年三月同氏ハ再ビ本会ニ向テ書ヲ寄セ、俵造精粗ニヨリ生ズル所ノ損益得失ヲ精細ニ計較詳記シテ以テ更ニ其改良ヲ促ガシタリ、是ニ於テ本会ハ五月十八日第十五定式会ヲ以テ之ヲ再議ニ付シタルニ益田孝君ノ本件ノ如キ政府ノ厳令ヲ以テ実行スヘキニ非レバ暫ラク政府ヘ再陳スルヲ止メ、本会ハ更ニ改良ノ方法ヲ案出シ、各府県勧業課若クバ豪農富商ニ通告シ漸次改良ヲ企図セントノ説ニ同意者多キヲ以テ六月四日特ニ委員小集会ヲ開キ其改良ノ方法ヲ議シ、終ニ同月九日ヲ以テ遠藤氏寄書ノ要領ヲ表出シ、之ニ通告書ヲ添ヒ群馬県・高知県・鹿児島県・沖縄県開拓使等米産ニ乏シキ地方ヲ除キ其他各府県ニ之ヲ照会シタリ、又益田孝君ハ五月十八日第十五定式会ニ於テ近年肥前地方ノ人民ガ米殻《(穀)》ノ斗量ヲ増大ナラシメンガ為メ細管ヲ以テ俵中ニ湯水ヲ注射スルノ悪弊アリ、此事ヤ国産ノ声価ヲ失墜スルノ恐アルヲ以テ大阪商法会議所並ニ長崎県ヘ之ヲ通告シ、其改良ヲ企図スベシト発議セラレ乃チ議場ノ賛成スル所トナリ、六月十六日ヲ以テ其通告書ヲ発シタルニ長崎県並ニ大阪商法会議所ハ大ニ本会ノ云フ所ヲ嘉納シ共ニ其改良ヲ望ミタリ
○下略


渋沢栄一書翰 梅浦精一宛 (明治一四年)八月三一日(DK170056k-0012)
第17巻 p.716 ページ画像

渋沢栄一書翰  梅浦精一宛 (明治一四年)八月三一日   (土肥脩策氏所蔵)
○上略
却説例之遠藤吉平ヨリ俵作改正案ニ付尚又別紙送逓有之候間、幸ひ先日之法制部下問調査之事も有之候ニ付来ル三日之委員会議ニ付し、尚一応之心配仕候方と存候、縦令不被行まても尽力候方同人之丹精ニ酬候訳と存候、夫是拝眉之節万可申上候
○中略
  八月三十一日
                      渋沢栄一
    梅浦盟台


渋沢栄一書翰 梅浦精一宛 (明治一四年)九月七日(DK170056k-0013)
第17巻 p.716 ページ画像

渋沢栄一書翰  梅浦精一宛 (明治一四年)九月七日   (土肥脩策氏所蔵)
○上略
遠藤吉平俵作之事を小生も頓と失念仕候、来会披露可仕候
○中略
  九月七日
                      渋沢栄一
    梅浦老兄


東京商法会議所要件録 第三四号・第三一―三二頁 明治一四九月一七日刊(DK170056k-0014)
第17巻 p.716-717 ページ画像

東京商法会議所要件録  第三四号・第三一―三二頁 明治一四九月一七日刊
  第十五臨時会議 明治十四年九月十日午後第六時開場
    議員出席スル者 ○二十二名
○上略
次ニ会頭 ○渋沢栄一ハ新潟県平民遠藤吉平ヨリ俵造改良一条ニ就キ今般再ヒ本会ヘ書ヲ寄セラレタル旨ヲ報告シ、先ツ書記ヲシテ其全文ヲ朗読セシメ、各員ノ意見ヲ問フタルニ益田孝君ハ本件ハ已ニ再三本会ノ衆
 - 第17巻 p.717 -ページ画像 
議ニ附シテ尽クスベキヲ尽シタレバ、今之ヲ取次グモ無益ナルベシトノ旨ヲ述ベラレタリシガ、抑モ本件ハ当初同氏ヨリ建議アリタル時本会ニ於テモ之ニ同意シ内務卿ヘ建白シタリシガ、其後再ヒ同氏ヨリ催促ヲ受ケタル時ニ当リ之ヲ議場ニ提出シタルニ本件ノ如キ政府ノ令達ヲ以テ其目的ヲ達スベキモノニ非ザレバ、寧ロ各府県勧業課其他地方ノ有力者ニ図リ協賛ノ力ヲ以テ其目的ヲ達スベシト云フニ一決シ、爾後夫々手配致シタリシニ諸府県ヨリ回答モアリ、就中某県ノ如キハ俵造改良ノ事タル先ヅ市場ニ於テ之ヲ貴買スルノ実アラザレバ到底誘導モ無詮ナルベケレバ之ヲ貴買スルノ方案ヲ尽クサレタキ旨ノ回答アリタル程ニテ、已ニ本会ニ於テモ十分力ヲ尽クシタリト云トモ同氏ノ此挙ニ熱中スル頗ル感スルニ余アレバ直チニ之ヲ謝断セズ、猶次会ニ於テ一応之ヲ審議シテハ如何ント会頭ヨリ発議セラレタルニ、満場異議ナク之ニ可決シ、右終テ会頭ハ各員ニ退散ヲ命ズ、于時午後八時四十分ナリ


東京商法会議所要件録 第三七号・第三―一五頁 明治一四年一〇月二〇日刊(DK170056k-0015)
第17巻 p.717-720 ページ画像

東京商法会議所要件録  第三七号・第三―一五頁 明治一四年一〇月二〇日刊
  第二十二定式会 明治十四年九月廿八日午後四時三十分開場
    議員出席スル者 ○二十名
○上略
於是会頭 ○渋沢栄一ハ是ヨリ新潟県遠藤吉平氏ヨリ寄書ニ係ル俵造改良之件ニ付討議ヲ始ムベキ旨ヲ述ベ、先ヅ書記ヲシテ同氏ヨリ農商務卿ヘ捧呈スベキ建議案ヲ朗読セシメ(参考部ニ付ス)且ツ曰ク、此件ハ去十日ノ臨時会ニ於テ其大要ヲ報道シタリシガ、抑モ此俵造改良ノ事タル明治十一年一月同氏ヨリ書ヲ寄セテ本会ノ意見ヲ問フタルニ起リ、爾来本会ノ賛成スル所トナリ当時本会ヨリ内務卿ヘ上申シタリシガ、昨年三月ニ至リ同氏ハ再ビ本会ニ向テ書ヲ寄セ其改良ヲ促カサレタルニ依リ一応之ヲ議事ニ付シタルニ、衆議ノ末終ニ本件ノ如キハ政府ノ厳令ヲ以テ実行シ得ベキモノニ非ザレバ暫ラク政府ヘ再陳スルヲ止メ各府県勧業課ニ通告シ、誘導協賛ヲ以テ漸次改良ヲ期スベシト云フニ決シ、爾後其旨ヲ各府県ヘ照会シタルニ其回答ヲ得タルモノ併テ八県ニ及ビ、就中栃木県ノ如キハ其勧業課員出京ノ序ヲ以テ俵造ノ改良ハ啻ニ誘導ヲ以テ其功ヲ奏スベカラズ、先ヅ宜シク農民ヲシテ俵造精粗ノ損益ヲ感受セシムベシ、市場ニ於テ俵造ノ精粗ニヨリ其市価ヲ昂低シ得ルノ道アリヤトマデニ打合セアリタルニヨリ、当時米穀三業会社ニ之ヲ謀リタレトモ別ニ良案ナク其趣ヲ同県ニ通報シタリ、夫レ俵造改良ノ其功ヲ期シ難キ事如此、然ルニ今同氏ノ建議案ヲ通覧スルニ其意殆ド政府ノ厳令ヲ望ムガ如ク、其精神ハ実ニ本会ガ賛成スル所ナリト云トモ、其方法ニ至リテハ稍々其見ル所ヲ同フセザルモノアリ、且ツ夫レ本会ハ固ヨリ一個人ノ建議書ヲ必ズシモ取次クベキ所ニモアラザレバ其所見ノ同シカラザル要点ヲ同氏ニ示シ、断然之ヲ謝絶スベキカ、然レトモ又一方ヨリ之ヲ見ル時ハ如何ニモ同氏ノ熱心ニ対シ甚ダ気之毒ナレバ成否ニ拘ラズ再応之ヲ政府ニ取次クベキカ、諸君以テ如何トナス
大倉 ○大倉喜八郎曰ク、已ニ本会ハ之ヲ賛成シテ各府県ヘモ照会シタル程ナ
 - 第17巻 p.718 -ページ画像 
レバ此度モ亦同氏ノ建議書ヲ政府ニ取次キ十分配意スル方ナランカ
会頭曰ク、抑モ俵造改良ノ事タル農民ハ其精粗ニヨリ直接ノ損益ヲ感受スルニ非ザル限リハ仮令地方官ノ懇切ナル諭達アリトモ其効ヲ見ル実ニ難シトス、是栃木県官ガ精俵米ヲ貴買スルノ途ヲ我ニ求メラレタル所以ナリ
益田孝曰ク、譬ヘハ茶ニ不正物ヲ混和スルカ如キ、又ハ有害物ヲ以テ昆布ニ着色スルガ如キハ厳令ヲ以テ其悪弊ヲ禁止シ得ベシト云トモ俵造改良ノ事ノ如キハ大ニ之ト異ナル所アリ、抑モ藁ハ本邦固有ノ産物ニシテ之ヲ米塩ノ包装ニ供用スルモノハ従来ヨリノ慣習ナリ、其粗造ヨリ米塩ノ委棄スル事ハ世人ノ皆知ル所ナリト云トモ、之ヲ精造スルノ費用モ亦少シトセザレバ農民ハ得ル所失フ所ヲ償テ猶余アリヤ否ヲ勘考セザルベカラズ、蓋シ曩キニ委員ガ実際ニ調査シタル所ニヨレバ其得決シテ其失ヲ償フニ足ラザルモノトス、抑モ此等ノ事ハ先ツ商人ガ其精粗ニヨリテ市価ヲ昂低シ以テ製産者ヲシテ痛痒ヲ直感セシムルニ非ザレバ其実効ハ決シテ期スベカラズ、然ラバ之ヲ謝絶スルモ豈敢テ不可ナランヤ
大倉曰ク、俵造ノ粗ナルヨリ国益ヲ損スルモノ実ニ少々ナラズトス、彼ノ石灰ノ如キ其包装ノ精密ナラザルガ為メ運搬ノ際道路霜ヲ降ラスハ余ガ往々目撃スル所ナリ、是実ニ惜ムベキニ非ズヤ、抑モ遠藤氏ノ建議ノ如キ全ク国家ノ利益ヲ進捗セントスルノ赤心ニ出ヅルモノナリ、然ルヲムゲニ之ヲ謝絶スルハ情ニ於テ忍ビザル所トス、況ンヤ之ヲ政府ヘ取次グニ於テ毫モ本会ノ体面ヲ損スル事ナキニ於テオヤ
益田孝曰ク、諸君ハ大倉君ヲ以テ仁慈アリトシ余ヲ以テ甚ダ残忍ナリト思惟セラルヽカハ知ラザレトモ、抑モ斯ル事件ヲ議スルニ当リテハ一人一個ニ対スル道徳主義ハ第二段トシテ先ツ其事業ノ成否ヲ考察スルヲ以テ第一トス、其事果シテ実行スベカラズトノ見込ナラバ仮令遠藤氏ニ向テ之ヲ謝絶スルモ豈全国ニ対シテ不親切ナリト云フベケンヤ、況ンヤ同氏ノ篤志ナル事ハ固ヨリ余輩ガ敬服スル所ニシテ、只ニ其精神ヲ賛成シタルノミナラズ其実行ヲ見ンガ為メニハ已ニ十分力ヲ尽クシタルニ於テオヤ
大倉曰ク、抑モ遠藤氏ガ此度本会ヘ望ム所ノ大旨ハ如何ン
会頭曰ク、同氏ガ農商務卿ヘ建議セントスル所ノ趣旨ハ殆ド厳令ヲ以テ俵造改良ノ効ヲ遂ケント望ムガ如ク、而シテ本会ヘ対シテハ之ト同一ナル趣旨ヲ以テ右建議案ト共ニ本会ノ意見ヲモ併テ同卿ニ建議セン事ヲ望ムモノヽ如シ、夫レ本会ノ規則ニ拠レバ凡ソ会外ヨリ建議ヲ得ルニ当リ本会之ヲ可トセバ則チ之ヲ本会ノ意見トシテ其筋ニ上陳シ、若シ夫レ然ラザレバ則チ之ヲ擯斥スベキ耳、只其建議ニシテ本会ノ所見ニ副フト否トヲ問ハズ之ヲ伝達スルハ本会ノ義務ニ非ズ、否ナ決シテ本会ノ為サヾル所ナリ、蓋シ曩キニ遠藤氏ガ俵造ノ改良ヲ望ンデ本会ニ寄セタル書面ハ敢テ政府ノ厳令ヲ要シタルニ非ズ、左レバコソ本会此議ヲ賛成シタルニ非ズヤ、然ルニ今遠藤氏ノ寄書ニ拠レバ本会ガ当初ヨリ同意セザル所ノモノ即チ政府ノ厳令ニ資リテ之ヲ全天下ニ実行セント要スルモノヽ如シ、今本議ヲ討議スルニ方リテハ諸君宜シク
 - 第17巻 p.719 -ページ画像 
此ニ注意セラレンコトヲ望ムト、於是会頭ハ書記ヲシテ明治十一年十一月遠藤氏ノ来書ヲ朗読セシム
大倉曰ク、同氏ガ前年本会ヘ書ヲ寄セタル趣旨ハ必ズシモ厳令ヲ以テ其効ヲ遂ゲン事ヲ望ミタルニ非ズ、然ラバ先ヅ同氏ニ向テ厳令ヲ以テ改良ヲ望ム事ハ本会同意スル事能ハズ、若シ誘導ノ方法ヲ以テスルトナラバ同意スベシト照会シ、追テ其回答ヲ得タル後ニテ重テ之ヲ議スル事トセバ如何ン
益田孝曰ク、暫ク大倉君ノ説ノ如ク先ツ彼ニ問合センニ必ズシモ厳令ヲ以テ改良ヲ要スルトノ答書ヲ得バ即チ可ナリ、然レトモ若シ誘導ノ方法ニテモ妨ナシトノ答書ヲ得バ果シテ如何ナル方法ヲ経画シテ其改良ヲ政府ニ望ムノ見込ナルヤ、余ガ見ル所ヲ以テセバ先ヅ宜シク委員ヲ定メ改良ノ効ヲ果タスノ良法アリヤ否ヲ調査セシメ、然ル後同氏ニ照会スルヲ可ナリトス、若シ夫レ事業ノ成否ヲ究メズ、漠然之ガ改良ヲ政府ニ望マバ決シテ粗漏軽忽ニ失スルノ譏ヲ免カルベカラサルナリ
丹羽 ○丹羽雄九郎曰ク、遠藤氏ノ国益ヲ損スルヲ憂フルノ赤心甚ダ嘉ミスベシ、然リト云トモ先ヅ其事ノ成否ヲ論究スルヲ以テ第一トス、夫レ牛肉ヲ喰ヒ滋養物ヲ食スルハ健康ニ益アリ実ニ人命ヲ貴重スルノ要道タリト云トモ此等ノ事政府ノ厳令ヲ以テ下民ニ強ユベカラズ、遠藤氏ノ説豈少シク之ニ異ナル事ナキヲ得ンヤ
益田克徳曰ク、天物ヲ廃損セザルハ経済ノ要理ナリ、然リト云トモ此等ノ事ハ其成否ヲ論察シタル後果シテ其実功ヲ見ルベシトナラバ之ヲ建議スルモ可ナリ、蓋シ余輩ガ見ル所ヲ以テセバ斯ル事ハ決シテ其効ヲ見ルベカラザルモノト信ズ、而シテ其事ノ成否ヲ決スルハ左迄思慮ヲ要スル程ニモ非ザレバ直チニ起立ヲ以テ可否ヲ決セラレン事ヲ望ム
会頭曰ク、彼ノ生糸ノ如キ其包装ノ精密ナラザルモノニハ荷為換ヲ付セズト云フヲ以テ自ラ其改良ヲ見ルト雖トモ、抑モ米俵ノ如キ之ヲ精造スルト否トニヨリ農家ハ直接ノ損益ヲ受ケザレバ其改艮ノ功ヲ見ル極テ難シトス
丹羽曰ク、例ヘバ美術品ノ如キ其精工ヲ競フテ価ヲ論ゼザル物ハ格別ナリト云トモ、其他ノ品物ハ概ネ価ノ低廉ナルニ従ヒ其需要ヲ増スモノナレバ米俵ヲ精造シタレバトテ之ヲ貴買スル事実際ニ其功ヲ期シ難カルベシ
益田克徳曰ク、厳令ニヨリテ必ズシモ俵造ヲ改良スベシト云フガ如キ余ハ視テ以テ空論ト為ス、余ハ実ニ遠藤氏ノ志ヲ嘉賞スト云トモ其挙ハ賛成スル事能ハズ、或ハ前年一タビ之ヲ賛成シタレハ今更謝絶スベカラズト云フ者アルベシト云トモ、人ノ思想ハ一年ノ不変ヲ保スベカラズ、左レバ今会更ニ其挙ノ実行シ得ベキカ否ヲ決シ成功ノ見込ナキモノナレバ之ヲ謝断スルニ於テ何ノ不可カ之アラン
於是会頭ハ衆議ヤヽ尽キタルヲ以テ、此度遠藤氏ヨリ寄書ノ次第ハ本会ニ於テ是ヲ取リ次キ建議スルカ、将タ之ヲ謝絶スルカ両項ニ就キ起立ヲ命シテ可否ヲ決セントスルニ当リ、赤井君 ○赤井善平ノ注意ニテ非建議論者ノ中ニモ猶改良ノ方法ニヨリテハ或ハ建議ニ同意スル者アルベ
 - 第17巻 p.720 -ページ画像 
ケレバ、問題ヲ数項ニ分テ可否ヲ決セラレタシトノ説モアリシガ、畢竟改良ノ方法ニヨリテハ建議ニ同意スベシトノ論者ハ非建議論者ノ限ニ非ズトノ衆議ニテ、会頭ハ終ニ建議ヲ非トスル者ニ起立ヲ命ジタルニ三人ヲ除クノ外総起立過半数ヲ以テ之ヲ建議セザルニ決ス、而シテ会頭ハ各員ニ向ヒ已ニ建議セザル事ニ決セシ上ハ其趣ヲ遠藤氏ニ回報セザルベカラズ、其文案ハ理事本員ニ於テ立稿シ直チニ之ヲ同氏ニ郵送スベキ旨ヲ告ゲ右終リテ会頭ハ六月以来定式事務ニ係ル議員ノ退会及会計ノ両件ヲ報告シ午後六時三十分議事ヲ終リ、各議員ハ芝公園紅葉館ニ於テ秋季懇親会ヲ開キ、各員退散シタルハ午後十時三十分ナリ



〔参考〕荷造改良に関する意見 遠藤吉平著 第二二―二四頁 大正八年六月刊(DK170056k-0016)
第17巻 p.720 ページ画像

荷造改良に関する意見 遠藤吉平著  第二二―二四頁 大正八年六月刊
 ○荷造改良促進の経過
    三 建言書の効果
翌明治十四年に、東京上野で開かれた第二回内国勧業博覧会に、政府から出した参考品の中に、私 ○遠藤吉平の荷造改良の建言書の要領と、其俵装の改良案模型の掛図とがありました、之れで以て、政府でも矢張り私の建言の趣旨を賛成して、之れを実行させやうといふ意志のあることが解かつた次第で、私としては、今まで奔走の効果が追々実現される徴として、大に喜んだ次第であります。恰度此年に農商務省が新設されまして、農事に関する政務は内務省から分離されました、謂はば専門的の役所が出来た訳です、私は是を好機として農商務卿河野敏鎌殿に宛て、明治十一年三月内務卿へ提出したものと同一の趣旨を以て、再び建言書を呈しました、越へて明治十五年一月、西郷従道殿が代つて農商務卿となられましたが、其年三月三たび建言書を呈しました、此時の書記官は奥青助氏でありましたが、同氏が私が本件に関し明治十一年以来の努力を諒とし、国家の為め一日も忽諸に附すべからざる事業として、多大なる同情を以て斡旋をして呉れました、其年六月十六日に至り農商務省から、各府県へ俵造改良に関し、左の通りの諭達が発せられました。
 農達第二号
 米塩ハ人生一日モ欠クベカラザル要品ニ付、殊ニ荷造上注意可致之処、近来其ノ製粗略ニ流レ、海陸運輸ノ間米塩ノ散失スルモノ甚ダ多クシテ国家ノ損失ヲ致スコト不尠候条、各地ニ於テ米塩ヲ始メ水陸産ノ重ナルモノハ逐次其俵製荷造ヲ改良候様管内ヘ懇篤諭達可致此旨諭達候事
  明治十五年六月十六日
                 農商務卿 西郷従道
此諭達を出した趣きを、農商務卿から私の本籍地の新潟県令へ、新潟県令から更に私の寄留地の函館県令へ通諜が来まして、夫れから私へ通知が届きました、約まりお前の建言の趣旨を通したぞよとの知らせでありました。 ○下略



〔参考〕竜門雑誌 第六一五号・第五〇―五三頁 昭和一四年一二月 東京商法会議所に就て(六)(山口和雄)(DK170056k-0017)
第17巻 p.720-723 ページ画像

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冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。