デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

7章 経済団体及ビ民間諸会
1節 商業会議所
2款 東京商工会
■綱文

第18巻 p.359-380(DK180034k) ページ画像

明治18年8月15日(1885年)

是日栄一、当会会頭トシテ三菱会社ト共同運輸会社トノ間ノ競争ヲ抑止セシメンコトヲ農商務卿西郷従道ニ建議ス。


■資料

東京商工会議事要件録 第一四号・第二―三八頁 明治一八年八月二二日刊(DK180034k-0001)
第18巻 p.359-368 ページ画像

東京商工会議事要件録  第一四号・第二―三八頁 明治一八年八月二二日刊

 - 第18巻 p.360 -ページ画像 
  第十三臨時会  (明治十八年八月三日午後七時三十分開会)
    ○会員出席スル者 ○三十三名
会長(渋沢栄一)ハ第一号議案即チ運輸ノ義ニ就キ四十五番会員外六名ヨリ提出シタル建議案ハ目下重要ノ件ナリト認ムルニ付、先ツ之ニ就テ議事ヲ開キ次デ倉庫条例ノ復申案ヲ審議スベキ旨ヲ告ゲ書記ヲシテ第一号議案ヲ朗読セシム
(第一号議案)
    運輸ノ議ニ付建議
別紙ノ要項何卒本会ノ意見トシテ其筋ヘ建議相成度此段及建議候也
  明治十八年七月廿三日
             四十五番   渡辺治右衛門
             四十三番   梅浦精一
             四十二番   松尾儀助
             二十五番   丹羽雄九郎
             二十番    大倉喜八郎
             五番     喜多村富之助
             四番     林賢徳
  東京商工会々頭
    渋沢栄一殿
(別紙)
案ズルニ運輸航通ノ便否ハ貿易ノ盛衰国力ノ消長ニ関スルモノニシテ苟クモ国家ノ富強ヲ図ルニハ最モ其業ヲ拡張セザルベカラス、特ニ我邦ノ如キ四囲環海ノ邦土ナレバ啻ニ兵事上ノミナラス貿易上ニ於テモ其伸張ヲ謀ルノ必要ナルハ今更ニ論ヲ待タザルナリ
政府夙ニ玆ニ見ル処アリ、維新創業ノ際万般ノ政務未ダ其緒ニ就カザリシニモ拘ラズ勉メテ海運ノ進歩ヲ企図セラレ、当時有志者ヲ誘導シテ沿海回漕ノ事業ヲ保護セラレタリシニ、明治七年台湾征討ノ役ニ際シ偶々船舶ノ欠乏ヲ告ゲタルヨリ爾来益々海運拡張ノ急務ナルヲ感ゼラレ、又民間此議ヲ起ス者少カラザリキ、是蓋シ政府ガ明治八年以来三菱会社ニ向ツテ非常ノ特典ヲ与ヘラレ大ニ之ヲ保護セラレタル所以ナラン、然リ而シテ其間政府カ該会社ニ船舶ヲ附与シテ其運転ヲ任シ或ハ資金ヲ貸与シテ船舶ヲ購入セシメタル等其保護至ラザル処ナク、為メニ我国船舶ノ数逐年増加シ、即チ明治五年ニ於テ滊船帆船ノ数百三十一艘、其噸数三万一千六百八十四噸ナリシガ、明治十三年ニ至リテハ其船数五百三十九艘、其噸数八万九千三百〇九噸トナリ、之ヲ五年ニ比スレバ船数ニ於テハ四百〇八艘ヲ増シ、噸数ニ於テハ五万七千六百二十五噸ヲ増シタリ
斯ノ如ク我国ノ船舶大ニ増加シタルニモ拘ラズ其運賃ニ至リテハ啻ニ低落セザルノミナラズ或ハ却テ騰貴ノ一方ニ傾キタリ、今試ニ北海道産二三商品ニ就キ其明治十三年九・十月ノ交ニ於ケル産地ノ原価ト販売地ノ売価トヲ比較スル時ハ
 産地  品名    産地百石ニ付キ相場  販売地百石ニ付相場    差額
             円                円      円
 小樽  身欠鯡   八五〇        東京  一、七〇〇    八五〇
 同   鮭     一、二三〇      同   二、〇〇〇    七七〇
 - 第18巻 p.361 -ページ画像 
 同   鯡〆糟   八五〇        大阪  一、三五〇    五〇〇
 浦河  同     七四〇        同   一、四〇〇    六六〇
 同   昆布    五三〇        同   一、〇〇〇    四七〇
抑モ産地ト販売地ト其相場上斯ノ如キ差額ヲ見ルモノハ固ヨリ他ニ特別ノ事情アリテ然ルモノナルベシト雖トモ、当時沿海運賃ノ高貴ナリシ事亦其主因ナリト謂ハザルヲ得ザルナリ
夫レ船舶ノ増加シタル事前陳ノ如クナルニモ拘ラズ其運賃猶甚ダ高度ヲ保チシモノハ、蓋シ此際内地ノ製産漸ク繁殖シ随テ外国貿易次第ニ増進シタルヨリ沿海ノ運輸大ニ頻繁ヲ告ゲタルニ因ラザルヲ得ズ、今熟々当時ノ景状ヲ回想スルニ貨主ハ常ニ運漕業者ニ制セラルヽノ姿ニ陥リ此時ヨリ運輸壅塞ノ歎声漸ク四方ニ喧伝シタリ
夫レ運輸ノ便否ハ製産ノ消長ニ至大ノ関係ヲ有スル事勿論ニシテ、若シ運賃騰貴ノ為メ物価ヲ引上グル時ハ需用者其損ヲ蒙ラザルヲ得ズ、若シ又運賃騰貴スルモ物価ヲ引上ゲザル時ハ製産者其損ヲ受ケザルヲ得ズ、之ヲ要スルニ運賃ノ騰貴ハ単ニ運送業者一個ノ利益ニ止リ到底製産者並ニ需用者ノ損失タルヲ免カレサルナリ、於是乎民間船舶ヲ増加シテ以テ運賃ヲ低下セン事ヲ望ム者其数ヲ増シ、政府モ亦大ニ此点ニ注目セラレ、遂ニ明治十五年ニ於テ共同運輸会社ノ設立ヲ翼賛シ以テ只管運輸ノ開通ヲ経画セラレタリ、然リ而シテ該会社設立以来船舶ノ数一層増加シ、随テ運賃次第ニ低下スルニ至レリ、即チ明治十五年上半季ニハ石ノ巻東京間米百石ニ付滊船ノ運賃凡七十八円ナリシガ、同十六年上半季ニハ凡六十八円トナリ、同十七年ノ上半季ニハ凡五十二円トナリ、同年下半季ニ至リテハ遂ニ四十七円ヨリ三十二円迄ニ低落シタリ
於是乎沿海ノ通船漸ク其便ヲ得、我国ノ海運是ヨリ益々発達スベキノ傾向ヲ呈セシガ、近時偶々三菱会社ト共同運輸会社トノ間ニ非常ノ競争ヲ起シ、互ニ其運賃ヲ度外ニ低下シ其勢昨今ニ至リ益々甚シク毫モ其損失如何ヲ顧ミザルガ如キノ有様ニ立至レリ、蓋シ同業者ノ競争ハ殆ド避クベカラザルモノニシテ、今此両会社競争ノ如キモ之ヲ適当ノ範囲ニ止マラシムル時ハ互ニ其専横ヲ制シ、冥々ノ中製産業ヲ鼓動スルノ効少カラザルベシト雖トモ、既ニ競争其度ヲ失シ毫モ損失ノ如何ヲ顧慮セザルガ如キニ至リテハ之ガ為メ益々両会社ノ資力ヲ減損シ遂ニ我国ノ海運ハ到底挽回スベカラザルノ衰況ニ沈淪スルノ虞ナシトセザルナリ、抑モ両会社ノ如キハ共ニ全国ノ海運ニ任シ其資力極メテ大ニ且ツ各々有為ノ人ニ乏シカラザルベキガ故ニ、如斯非常ノ競争ヲ為スヤ必ズ深ク慮ル所ナキニアラザルベシト雖モ私ニ局外ヨリ之ヲ観察スル時ハ殆ド無謀ノ極ト云フモ不可ナキガ如シ、今此競争ヲシテ一時ニ止ラシムレバ其害敢テ憂フルニ足ラズト雖トモ、若シ其競争久キニ弥リ愈々其勢ヲ加フルニ於テハ遂ニ両会社共ニ貴重ノ資産ヲ蕩尽シテ破滅スルニアラザレハ則チ其一社敗滅スルノ不幸ニ陥ルヤ必然ナラン果シテ然ル時ハ其勝ヲ制シタル会社ニ於テハ既ニ是迄競争ノ為メ莫大ノ資産ヲ消糜シタル事ナレバ勢必ズ運賃ヲ引上ゲテ其損失ヲ償ハザルヲ得ズ、左レバ今日運賃度外ノ低落ハ他日必ズ度外ノ騰貴トナリ、遂ニ全国商工業ニ如何ナル禍害ヲ及ボスベキヤ測リ知ルベカラザルナリ
 - 第18巻 p.362 -ページ画像 
今ヤ全国ノ農商工業一般衰況ニ陥リ、到ル処民間不景気ヲ訴ヘザルナク、政府大ニ之ガ救済ノ方法ヲ経画セラレ我輩商業社会ニ於テモ只管之ガ挽回ノ策ヲ講究スルノ秋ニ際シ、偶々全国ノ海運ヲ壟断スル者起リテ其専横ヲ逞フスルニ於テハ我国ノ製産ハ之ガ為メニ益々委蘼退縮シ、終ニ農商工業不景気ノ挽回ハ到底望ムベカラザルニ至ラン
且ツヤ近来欧米諸国ニ於テ造船ノ事業盛ニ行ハレ、目下船舶ノ数ハ殆ド需用外ニ増加シ滊船会社ニ於テハ運賃ノ低下ヲ憂ヘ、私ニ我国沿海ノ航通ニ望ヲ属スルモノ多シト聞ケリ、左レバ若シ此等ノ輩ガ他日内地沿海ノ航運外国人ノ自由ニ帰スルニ当リ両会社ガ競争ノ為メ其資力ヲ減損シタルノ虚ニ乗ジテ競争ヲ試ムルニ至ラバ或ハ鷸蚌ノ争漁夫ノ利トナルノ恐ナシトセザルナリ
由是観之今日両会社ノ競争タル全国ノ農商工業上ニ非常ノ禍害ヲ及ボスベクシテ、畢竟是迄政府ガ海運ヲ保護セラレタル盛意ニ副ハザルモノナルニ付、此際政府ニ於テ決シテ之ヲ忽諸ニ附セラレザルハ確信スル所ナリト雖トモ、昨今ニ至リ両会社ノ競争殆ド制スベカラザルノ勢ニ迫リ、一日之ガ救済ヲ怠ル時ハ農商工業上ニ百年ノ禍害ヲ醸生スルノ恐ナシトセズ、故ニ此際政府ニ於テ相当ノ方法ヲ設ケテ以テ其運賃ヲ適当ノ度ニ制シ、両会社ヲシテ各々確実ニ其業ヲ営ムヲ得セシメ将来我国海運ノ進歩ヲ誤ラザル様御経画アラン事切望ニ堪ヘザルナリ
七十四番(鳥海清左衛門)ハ建議案ヲ賛成シ、且ツ建議者ニ問フテ曰ク、近頃諸新聞ノ報ズル処ニヨレバ両会社競争ノ事ニ就テハ其筋ニ於テモ現ニ種々配慮セラルヽ趣ナレトモ、其競争ハ昨今益々激烈ヲ加フルノ勢アリ、建議者ハ運賃ニ制限ヲ設ケ法律ノ力ヲ以テ之ガ競争ヲ制止セン事ヲ望ムノ見込ナルヤ
会長(渋沢栄一)曰ク、八十三番(荘田平五郎)ハ本日差支アリテ欠席セシガ頃日同氏ニ面会シタル時同氏ハ本案ニ就キ其意見ヲ述ベタリ今其大要ヲ挙グレバ左ノ如シ
 本案ノ主意ハ要スルニ競争ノ弊害ヲ指陳スルニ止マリテ其競争ヲ制止スルノ方法ニ至リテハ挙ゲテ之ヲ政府ニ一任スルガ如シ、是レ所謂竜頭蛇尾ニ類スルノ嫌アリ余ガ私ニ遺憾トスル所ナリ、然レトモ本案ノ精神ニシテ若シ只両会社競争ノ余弊ヲ陳ベテ其筋ノ注意ヲ促スニ止マルモノトセバ、余ハ全体ノ要旨ニ就テハ更ニ異論ナシト雖トモ、本案ニ引証シタル一二ノ事例ニ至リテハ大ニ実際ニ相違スルモノアルニ付聊カ之ヲ弁ゼザル可ラズ、第一ニ建議者ハ明治十三年ニ於テ産地(北海道)ト販売地(東京・大阪)ノ相場ニ甚シキ差額ヲ見ルモノハ当時運賃ノ高貴ナリシニ主因スルモノナリト云フト雖トモ、抑モ三菱会社ハ明治十二年ニ北海道ニ社員ヲ派シテ其運輸ノ実況ヲ視察セシメ、其後始メテ滊船ノ航路ヲ開キタル程ニテ、当時北地ノ人民ハ専ラ和船ニ貨物ヲ積ミ込ミタルガ故ニ自然運漕中多クノ時日ヲ要スルノミナラス其危険亦甚ダシク、殊ニ此際紙幣益々下落シテ物価上進ノ勢ヲ逞フスルノ時期ナリシヲ以テ、其運賃ノ高カリシハ固ヨリ蔽フ可ラザルノ事実ナリト雖トモ、是レ蓋シ産地販売地ノ相場ニ如此キ差額ヲ生ジタル程ナレバ運賃モ亦之ニ連レテ騰貴セシノミ、然ルニ運賃高貴ノ為メ此差額ヲ生ジタリト云フハ豈事実
 - 第18巻 p.363 -ページ画像 
ヲ誤ルモノニ非ズヤ、又第二ニ建議者ハ「此時ヨリ運輸壅塞ノ歎声漸ク四方ニ喧伝シタリ」ト記シタルガ、前文ノ語勢ヨリ之ヲ推スニ此時ヨリトアルハ蓋シ明治十三年頃ヲ指シタルモノナラン、然ルニ前陳ノ如ク三菱会社ガ始メテ北海道ニ滊船ノ航路ヲ開キタルハ明治十二年ニシテ、其翌十三年頃ハ北地ノ貨主漸ク滊船ノ便ヲ感ジタルノ時期ナレバ建議者ガ此時ヨリ運輸壅塞ノ歎声漸ク四方ニ喧伝シタリト云フハ寧ロ事実ヲ夸大ニシタルモノト云フベシ、要スルニ建議者ガ引用シタル右ノ二例ハ大ニ事実ニ相違スルモノニシテ或ハ一個ノ私業ヲ攻撃スルノ嫌ナキニ非ザレバ願ハクハ猶再応之ヲ詳査セラレン事ヲ希望ス云々
  右記スル所ニヨリテ之ヲ見ルニ八十三番ノ意見ハ頗ル其当ヲ得タルモノト思考ス、凡ソ既往ノ事ヲ論ズルニ当リテハ動モスレバ事実ニ誤謬ヲ生ジ立論往々誣罔ニ陥リ易キモノナレバ、建議者ニ於テモ猶当時ノ事情ヲ詳査シテ不穏当ノ文字ハ可成之ヲ削正セラレン事ヲ望ム
四十三番(梅浦精一)曰ク、只今八十三番ノ意見ナリトテ会長ヨリ詳細ノ弁明アリタルガ、抑モ本員等ガ此議案ヲ提出シタル主意ハ要スルニ我国海運ノ為メ此無謀ノ競争ヲ制止セントスルニ過ギズ、故意ニ事実ヲ誣ヒテ一個ノ私業ヲ傷ケントスルガ如キハ素ヨリ其念慮ノアラザル所ナリ、而シテ建議案ニ引用シタル相場表ノ如キハ一二実業者ニ就テ之ヲ調査シタルモノニシテ只当時沿海運賃ノ甚ダ高貴ナリシ事ヲ例証スルニ過ギズ、且ツ此運輸壅塞云々ノ文字ノ如キモ畢竟只船舶ノ需用愈々切ナリシ事ヲ形容スルニ過ギズ然リト雖トモ若シ八十三番ノ意見ノ如ク果シテ一個ノ私業ヲ攻撃スルノ嫌アリトセバ相当ニ字句ヲ修正スルモ可ナリ、其大体ノ精神ヲ損セザル限ハ我々固ヨリ異論アラザルナリ
四十二番(松尾儀助)曰ク、運賃ノ事ニ就テハ兼テ八十三番ニモ照会シタル事アリシガ何分其実ヲ得ザリシニ付不得已一二ノ問屋営業者ニ就テ纔ニ其大要ヲ窺フヲ得タリ、左レバ本案ニ記スル所固ヨリ詳密ヲ欠クモノナキニ非ズト雖トモ明治十三年頃ニ当リ東京・長崎間ト東京・倫敦間ノ運賃ト其高殆ド同一ナリシ事ハ余ノ嘗テ実験スル処ナレバ、当時我国沿海運賃ノ高貴ナリシハ蓋シ掩フ可ラザル事実ナリトス、抑モ運賃ノ高貴ハ製産上至大ノ禍害ヲ来スベキモノニシテ若シ両会社ノ競争此後益々激シキヲ加ヘ、終ニ一方敗滅シテ沿海ノ航権全ク他ノ一方ニ帰スルニ至ラバ運賃一層騰貴シテ農商工業ノ禍害実ニ測リ知ル可ラズ、加之両会社競争ノ虚ニ乗ジテ外国船ノ侵入スルアラバ我国民ガ蒙ル処ノ損害亦将ニ測ラレザルモノアラントス、是レ本員等ガ此議案ヲ提出シタル所以ナリ、左レバ事実ヲ誣ヒテ一個ノ私業ヲ傷ケントスルガ如キハ本員等ノ毫モ其念慮ヲ抱カザル処ナリ
会長(渋沢栄一)曰ク、先刻競争ヲ制止スル方法ニ就テ七十四番ノ質議アリタルガ此事ハ八十三番モ同感ナリト聞ケリ、建議者若シ其方法ニ就テ見込アラバ之ヲ陳ベラレタシ
二十番(大倉喜八郎)曰ク、只今八十三番及ビ七十四番ノ質問モアリ
 - 第18巻 p.364 -ページ画像 
タルガ余モ建議者ノ一人ナルニ付聊カ玆ニ一言ヲ述ブベシ、夫レ運輸ノ便否ハ商工業上ニ至大ノ関係ヲ有スルモノニシテ近時両会社ノ競争ノ如キハ実ニ我々商工業者ノ傍観坐視スベキモノニ非ズ是レ本員等ガ此建議案ヲ提出シタル所以ナリ、而シテ近日諸新聞紙ノ報ズル所ニヨレバ其筋ニ於テハ両会社ヲ合併シテ一滊船会社ヲ新設スルノ経画アリトノ事ナレトモ、若シ此両会社ヲ合併スル時ハ他日必ズ専横ノ弊害ヲ生ジ貨主船客共ニ意外ノ迷惑ヲ蒙ル事必然ニ付本員等ニ於テハ固ヨリ此両会社ヲ合併スルヲ望マズ、只相当ノ方法ヲ設ケテ無益ノ競争ヲ制止セント欲スルノミ、蓋シ商業上ノ競争ハ利益アルノ度ヲ以テ極点ト為スモノナレドモ近日両会社ノ競争ノ如キハ既ニ其利益ノ如何ヲ顧ミズ互ニ一方ノ倒ルヽヲ待ツモノヽ如シ、豈無謀ノ競争ト云ハザルベケンヤ、然リ而シテ其競争ヲ制止スルノ方法ニ至リテハ吾々建議者ハ追テ其筋ノ御下問ヲ待テ開陳スル見込ニシテ、未ダ一定ノ考説アラズト雖ドモ暫ク余ガ一私見ヲ略陳センニ、元来運輸ノ便否ハ一国ノ盛衰ニ至大ノ関係ヲ有スルモノナレバ余ハ政府ガ十分之ニ干渉セラレン事ヲ望ムモノナリ、現ニ北米合衆国ノ如キハ国会ノ決議ヲ以テ国内馬車鉄道ノ賃銭ニ一定ノ制限ヲ置クト聞ケリ、故ニ我政府ニ於テモ能ク運輸ノ現況ヲ視察シテ運賃ニ至当ノ制限ヲ設ケラルヽアラバ、庶幾クハ此無謀ノ競争ヲ制止スルヲ得ンカ
七十四番(鳥海清左衛門)曰ク、只今二十番ノ述ベタル如ク運賃ニ制限ヲ設クルハ余ノ最モ賛成スル所ナルガ、余ハ一歩ヲ進メテ猶川滊船ノ運賃ニモ至当ノ制限ヲ設ケン事ヲ希望ス
四十二番(松尾儀助)曰ク、本員等ガ此議案ヲ提出シタルハ七月二十三日ニシテ政府ニ於テ合併ノ評議アリシ事ハ未ダ全ク聞知セザル所ナリシガ、当時建議者ニ於テモ一応ハ競争ヲ制止スルノ方法ニ関シテ評議シタル事アリシモ元来此方法ヲ定ムルハ甚ダ難事ニシテ遂ニ一定ノ考説ヲ議定セズシテ止ミタリ、而シテ今日余ガ最モ切望スル所ハ要スルニ沿海ノ運賃ヲシテ能ク其権衡ヲ得セシムルニ在リ、若シ夫レ運賃ニシテ高低常ナキ時ハ之ガ為メ殖産貿易ヲ障礙スル事将ニ測ラレザルモノアラントス、往時肥前ヨリ大阪ニ貨物ヲ回漕スルニハ大抵往復ニ十二日乃至三十日ノ日子ヲ要シタリシガ、当時其運賃ハ概ネ三斗三升入一俵ニ付銀三匁二分位ニ止マリ、若シ之ヨリ騰貴シテ三匁五分以上ニ達スル時ハ貨主ハ之ガ為メ貨物ノ回漕ヲ猶予シタル程ナリキ、又現今欧洲各地ヨリ我国ニ輸入スル商品ノ運賃ヲ見ルニ為替相場ノ高低ニヨリ時々多少ノ変動ナキニアラズト雖トモ、要スルニ其割合大抵一致シテ敢テ非常ニ其権衡ヲ失スル事ナシ、然ルニ近来両会社ノ運賃ニ至リテハ一高一低常ニ其適度ヲ失シ之ガ為メ農商工業ノ困難実ニ少シトセズ、故ニ政府ガ之ニ干渉シテ其運賃ニ制限ヲ設ケラレン事余ノ最モ希望スル所ナリ
四十番(隅山尚徳)曰ク、余ハ曾テ北海道ノ海草類ヲ取扱ヒシ事アリシガ、現ニ明治十三年頃ニハ随分高価ノ運賃ヲ払ヒシ事アリ、而シテ今建議者ガ玆ニ引用スル運賃高貴ノ例証ノ如キハ決シテ其事
 - 第18巻 p.365 -ページ画像 
実ヲ誤ラザルモノト思考ス、故ニ原案ノ字句ハ敢テ修正セザルモ別段不都合ナカルベシト信ズ
四十三番(梅浦精一)曰ク、明治十三年頃運賃ノ高貴ナリシハ明白ナリト雖トモ猶篤ト実際ヲ調査シテ修正スルモ可ナリ、然リ而シテ先刻八十三番ノ意見ナリトテ会長ノ弁明セラルヽ処ニヨレバ運賃ノ高貴ナリシハ物価ノ高貴ナリシニ主因スルモノト云フガ如シ、今此主旨ヲ以テ之ヲ推ス時ハ近来運賃ノ低落シタルモ亦物価ノ低落ニ主因スルモノト云ハサル可ラズ、果シテ然ル時ハ是或ハ立論ノ精神ヲ失フノ恐ナキ歟
会長(渋沢栄一)曰ク、四十三番ハ蓋シ余ガ弁明ヲ誤解シタルモノナラン、余ノ弁明シタル所ハ此相場表ヲ以テ全ク運賃ノ高貴ヲ証スルニ足ラズト云フノ意ニ非ズ、只運賃ノ高貴ヲ以テ単ニ相場ニ差額ヲ生ジタルノ主因ト為スハ非ナリト云フノ意ニ過ギズ、故ニ若シ相当ニ字句ヲ修正スル時ハ決シテ立論ノ精神ヲ失フノ恐アラザルナリ
四十番(隅山尚徳)曰ク、運賃ノ高低ハ物価ニ随伴スルモノナリトノ説アレトモ実際ニ於テハ決シテ然ラザルモノアリ、現ニ余ガ取扱フ所ノ角又ノ如キハ明治十三年頃ニハ其相場一円ニ付三貫目ナリシガ、近来ニ至リテハ十六貫目トナリ、殆ド八割方以上ノ下落ヲ来シタレトモ、運賃ニ至リテハ未ダ斯ノ如キ下落ヲ来シタル事ナシ、就テハ更ニ建議者ヲ委員トシテ能ク此等ノ事状ヲ詳査シタル上ニテ本議ヲ上申スル事トスベシ、而シテ近来房州通ヒノ小汽船ノ如キモ往々競争ノ弊ヲ免カレザルニ付政府ニ於テハ更ニ一歩ヲ進メ一般ノ回漕事業ニ就テモ相当ノ取締法ヲ設クル様建議アラン事ヲ望ム
十六番(益田克徳)曰ク、競争ヲ制止スルノ方案ニ就テハ先刻二十番ノ演説モアリタルガ今熟々本案ノ文面上ヨリ之ヲ観ルニ単ニ無謀ノ競争ヲ制止セラレン事ヲ望ムト云フニ止リテ敢テ其方法ニ論及セザルモノヽ如シ、若シ只競争制止ノ希望ニ止ルモノトセバ余ハ寧ロ之ヲ建議セザルヲ可ナリトス、建議者ハ其競争ヲ制止スル方法ハ御下問ヲ待テ更ニ上申スル見込ナリト云フト雖トモ、是レ自惚ノ甚シキモノニシテ余ハ可成其方法ヲ詳具シテ之ヲ建議セン事ヲ切望ス、蓋シ二十番ハ米国政府ガ馬車鉄道ノ賃銭ニ制限ヲ設クルガ如ク、我邦ニ於テモ運賃ニ制限ヲ設クベシト主張スレトモ、抑モ米国政府ガ此制限ヲ設クルハ、只運賃騰貴ノ一方ヲ制止スルノ主意ニ出デタルモノニシテ、今日両会社ノ競争ノ如ク頻リニ其運賃ヲ低下スルノ場合ニハ、米国ノ制度ヲ採テ之ヲ行フモ更ニ其効ナカルベシ、蓋シ両会社ヲ合併スルハ是亦競争ヲ制止スルノ一考案ナルベシト雖トモ、若シ両会社ヲ合併スルハ不利益ナリト云ハヽ更ニ此建議書ニハ其合併ノ弊害ヲ指陳シ、且ツ運賃ノ最高度ト最低度ニ制限ヲ設クルカ、若シクハ航海線路ヲ区分スル等充分其方法ヲ審案シテ之ヲ併具セン事ヲ望ム
二十番(大倉喜八郎)曰ク、只今十六番ハ単ニ運賃ノ高度ニ制限ヲ置クモ到底今日ノ競争ヲ防止スルニ足ラズト云ヒシガ、余ノ望ム所
 - 第18巻 p.366 -ページ画像 
ハ固ヨリ其低度ニモ制限ヲ置クノ意ナリ、而シテ合併スベキヤ否ヤノ問題ニ就テハ余ハ固ヨリ合併ヲ非トスルモノニ付、十六番ノ説ノ如ク此建議書中充分合併ノ弊害ヲ指陳セン事ヲ要ス
十一番(犬塚駒吉)曰ク、余モ合併ヲ望マズ、故ニ此建議書中ニハ充分合併ノ非ナル事ヲ論述スベシ
四十番(隅山尚徳)曰ク、十六番ノ説甚ダ可ナリ、而シテ余ハ競争ヲ制止スルノ方法ニ就キ聊カ意見ナキニ非ズト雖トモ是ハ先ツ大体ヲ可決シタル後之ヲ陳述スベシ
於是会長(渋沢栄一)ハ先ヅ本案ノ採否ニ就キ決ヲ採ルベキ旨ヲ告ゲ建議ヲ可トスル者ニ起立ヲ命ジタルニ殆ド総起立ナリシヲ以テ乃チ之ニ可決ス
会長(渋沢栄一)曰ク、過刻十六番ハ此建議書中ニ先ヅ合併ノ非ナルヲ論ジ次ニ競争ヲ制止スルノ方法ヲモ併具スベシトノ説ヲ発セシガ、抑モ建議者ハ此等ノ点ニ就キ如何ナル意見ヲ有スルヤ
四十三番(梅浦精一)曰ク、競争ヲ制止スル方法ニ就テハ建議者中ニモ或ハ両会社ヲ合併シテ政府ノ所属ト為シ、清国招商局ノ如クナスベシト云ヒ、或ハ航路線ヲ分ツベシト云ヒ、或ハ運賃ニ制限ヲ設クベシト云ヒ諸説紛々トシテ未ダ一定ノ考説アラザリシガ、近日諸新聞紙ノ報ズル所ニ拠レバ其筋ニ於テハ既ニ合併ニ内決セラレ現今其手続経画中ノ趣ナレバ今改メテ本会ヨリ併立ノ建議ヲ呈スルモ以テ廟議ヲ動カスニ足ラザルベシ、故ニ此建議書中ニハ先ヅ合併ノ非ナル事ヲ論シ、而シテ若シ既ニ合併ニ決スル上ハ不得已ニ付責メテハ云々ノ方法ヲ設ケテ充分専横ノ弊害ヲ予防スヘキ旨ヲ述ブベシ
二十番(大倉喜八郎)曰ク、建議者ガ互ニ其意見ヲ異ニスルハ甚ダ不都合ナレトモ余ハ四十三番ノ説ニ同意スル能ハズ、蓋シ我々商工業者ハ商工業上ノ利害ヲ討議スルヲ以テ本分ト為ス者ナレバ、両会社合併ノ挙ニシテ苟クモ商工業上ニ不利益アリト認ムル以上ハ仮令其筋ニ於テ既ニ合併ニ内決セラレタリトスルモ充分其意見ヲ上陳スベシ
四十番(隅山尚徳)曰ク、余ハ二十番ノ説ヲ賛成ス、夫レ我国運輸事業ニ就テハ昨今漸ク民間ニ自営ノ精神ヲ発生スルニ至リタル程ナレバ、今日政府ガ両会社ヲ合併シテ清国招商局ノ如キモノヲ創設セラルヽニ於テハ啻ニ自営ノ精神ヲ沮喪スルノミナラズ其弊害蓋シ測ラレザルモノアラン
八十二番(山中隣之助)曰ク、仮令政府ニ於テ合併ニ内決セラレタリト云フモ未ダ之ヲ公示セラレザル以上ハ是レ只新聞記者一個ノ想像説ト見做シテ可ナリ、今本会ニ於テ苟クモ両会社併立ノ一般商工業上ニ利益アル事ヲ知ラバ之ヲ建議スルニ於テ何ノ憚ル所カ之レアラン、故ニ其草案ハ建議者ヲ委員ト定メ速ニ之ヲ調査セシムベシ、殊ニ来ル十五日ニハ共同運輸会社ニ於テモ臨時株主総集会ヲ開キ合併ノ可否ヲ決スル趣ナレハ成ルベク其前ニ本議ヲ上申セン事ヲ希望ス
四十二番(松尾儀助)曰ク、競争ヲ防止スル方法ニ就キ建議者中互ニ
 - 第18巻 p.367 -ページ画像 
其意見ヲ異ニスル者アレドモ、余ハ兎ニ角其方法ヲ併具セン事ヲ望ム
七十四番(鳥海清左衛門)曰ク、余ハ十六番ノ説ヲ賛成スルモノナルガ、願ハクバ速ニ委員ヲ設ケテ建議案ヲ詳査スルニ決セン事ヲ望ム
十六番(益田克徳)曰ク、委員ヲ撰ムニ先ダチ本案ノ要旨ヲ一定セザル可ラズ、抑モ本案ノ要旨ニ就テハ単ニ競争ヲ制止スベシト云フノ説ト更ニ一歩ヲ進メテ合併ノ非ナルヲ論ジ併セテ競争ヲ制止スルノ方法ヲ詳具スベシトノ二説アリ、若シ本案ノ要旨ニシテ前者ニ在リトセバ、余ハ寧ロ此建議ノ廃案ヲ望マザルヲ得ザルナリ
四十三番(梅浦精一)曰ク、余ト雖ドモ固ヨリ敢テ合併ヲ好ム者ニアラザル事ハ蓋シ本案ノ末文ニ因リテ明カナル所ナリ、然レドモ既ニ其筋ニ於テ合併ニ内決セラレタル上ハ今改メテ併立スベシト云フモ殆ド其効ナキヲ信ズルナリ
十六番(益田克徳)曰ク、果シテ然ラハ四十三番ハ余ト反対ノ意見ヲ有スル者ニアラザルナリ
会長(渋沢栄一)曰ク、十六番ノ説ハ合併ハ非ナルニ付先ヅ両会社ヲ併立セシメ而シテ相当ノ方法ヲ設ケテ無謀ノ競争ヲ制止スベシト云フニ在リ、四十三番ノ説ハ合併ハ固ヨリ非ナリト雖トモ既ニ政府ニ於テ合併ニ内決セラルヽ上ハ不得已ニ付責メテハ相当ノ方法ヲ設ケテ之ヨリ生ズベキ専横ノ弊害ヲ予防スベシト云フニ在リ、思フニ此両説ハ固ヨリ其手段ヲ異ニスレトモ専横ノ弊害ヲ避ケントスルノ希望ニ至リテハ彼此共ニ同一ナリトス、左レバ此両説ハ敢テ黒白ノ差アルモノト云フ可ラザルナリ
右ノ外猶多少ノ議論アリシガ要スルニ、第一合併ハ非ナルニ付先ヅ両会社ヲシテ併立セシメ而シテ相当ノ方法ヲ設ケテ無謀ノ競争ヲ制止スベシ(十六番ノ説)、第二合併固ヨリ非ナリト云トモ既ニ政府ニ於テ合併ニ内決セラルヽ上ハ不得已ニ付、責メテハ相当ノ方法ヲ設ケテ之ヨリ生ズキ専横ノ弊害ヲ予防スベシ(四十三番ノ説)、第三両会社ヲ併立セシムル時ハ到底充分ニ運賃ノ不平均ヲ防グ可ラザルニ付寧ロ合併スベシ(四十二番ノ説)、第四合併ハ固ヨリ非ナリ而シテ両会社ノ営業ヲ規正スルト同時ニ猶一般ノ回漕業ヲモ規正スベシ(四十番ノ説)、ノ四説ニ帰着セシニ付、会長ハ先ヅ第一ノ説ヲ可トスル者ニ起立ヲ命ジタルニ多数ニ付之ニ可決セシガ猶衆議ノ末更ニ調査委員ヲ撰ンデ建議案ヲ作ラシムベシト云フニ決シタルニ付、会長ハ左ノ十二名ヲ委員ニ指名シタリ
             四番     林賢徳
             五番     喜多村富之助
             二十番    大倉喜八郎
             廿五番    丹羽雄九郎
             四十二番   松尾儀助
             四十三番   梅浦精一
             四十五番   渡辺治右衛門
      以上七名ハ本案ノ建議者ナリ
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             十六番    益田克徳
             四十番    隅山尚徳
             七十四番   鳥海清左衛門
             八十二番   山中隣之助
             百九番    森嶋松兵衛


東京商工会議事要件録 第一五号・第三―四一頁 明治一八年九月五日刊(DK180034k-0002)
第18巻 p.368-376 ページ画像

東京商工会議事要件録  第一五号・第三―四一頁 明治一八年九月五日刊

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 第十四臨時会 第七定式会           (明治十八年八月十四日午後六時四十五分開会) 



    ○会員出席スル者 ○三十三名
会長(渋沢栄一)ハ開会ノ趣旨ヲ報ジ先ヅ前会ノ決議ニ基キ委員十二名ノ調成シタル運輸ニ関スル建議案ヲ議スベキ旨ヲ告ゲ書記ヲシテ之ヲ朗読セシム
 (建議案ハ衆議ノ末全ク原案ニ可決シ、即チ八月十五日附ヲ以テ之ヲ農商務卿ニ進達シタルガ其全文ハ本号ノ参考部ニ記載スルヲ以テ重複ヲ厭ヒ玆ニ之ヲ略ス)
十一番(犬塚駒吉)曰ク、本案ノ初ニ我国海運ノ沿革ヲ詳記シナガラ本年一月農商務卿ガ競争ヲ防ガン為メ両会社ニ懇諭シテ条約ヲ締結セシメタルノ事実ヲ載セザルハ少シク遺憾ナキ能ハズ、是委員ガ不必要ト認メテ之ヲ載セザリシカ如何ン
会長(渋沢栄一)曰ク、是レ委員ガ敢テ不必要ト認メテ之ヲ載セザリシニ非ズ、只前会決議外ノ事項ナルガ為メナリ
十七番(松林義規)曰ク、本案ニ掲グル方案ノ第二条ニ運賃ノ定度ヲ制限シ、両会社ヲシテ之ヲ遵守セシムベシトアリ、抑モ此運賃ノ定度ヲ制限スルトハ其高低ノ度ヲ共ニ制限スルノ意カ将タ単ニ高度ノミヲ制限スルノ意カ
会長(渋沢栄一)曰ク、単ニ高度ノミヲ制スルノ意ナリ、本案ノ末文ニモ向後若シ両会社ガ無益ノ競争ヲ試ミントスル時ハ命令書及約定書ニヨリテ之ヲ制止スベク云云トアルヲ以テ之ヲ知ルベキナリ
十七番(松林義規)曰ク、然ラバ運賃ノ高度ニノミ制限ヲ置キ其低度ニハ別段制限ヲ置カズシテ只命令書及約定書ニヨリテ之ヲ制止スルノ意カ
会長(渋沢栄一)曰ク、然リ
十七番(松林義規)曰ク、余ハ既ニ政府ガ運賃ノ高度ヲ制限スル程ナラバ寧ロ今一歩ヲ進メテ其低度ヲモ制限シ、充分我国ノ海運ヲ規正セン事ヲ望ム、或ハ是レ不当ノ干渉ナリト云フ者モアルベケレトモ、今ヤ我国ノ海運ハ実ニ危急存亡ノ秋ニ際スルモノナレバ政府ガ如斯キ手段ヲ施スモ決シテ不当ノ措置ト云フベカラザルナリ
六十六番(柴原武雄)曰ク、只今十七番ノ説モアレトモ余ハ原案ノ儘ニテ可ナリト思考ス
八十三番(荘田平五郎)曰ク、余ハ此議案ニ不同意ナリ、此議案ハ前回ニ於テ既ニ其大体ヲ可決シ、尚ホ委員ヲ撰ミ決議ノ趣意ニ従テ修正セルモノナレトモ余ハ前会ニ出席スルヲ得ザリシニ付今其不同意ノ点ヲ陳述セン、抑モ此議案ハ運輸ノ義ニ付建議ト題スレト
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モ其実ハ只近頃三菱会社ト共同運輸会社トヲ合併スベシトノ説アルニ付之レヲ不可トシ、宜シク無益ノ競争ヲ防テ両会社ヲ併立セシムベシト云フノ建議ニ過ギズ、余ハ三菱会社ノ役員ナレバ素ヨリ併立シテ我三菱会社ノ事業ヲ益々隆盛ニシ、我十数年ノ勉強経営ヲ以テ今日稍ヤ海外人ヲシテ日本帝国ニ三菱郵船アル事ヲ知ラシメタルノ名誉ヲ永久ニ保存シ此海運ノ事業ヲ海ノ内外ニ拡張セン事ヲ期図スル者ニシテ、現ニ運輸会社ノ創立以来営業ノ困難日一日ヨリ甚ダシク終ニ若干ノ損失ヲ蒙ルノ今日ニ至ルモ尚一層ノ勇気ヲ鼓舞シ飽迄此困難ニ当ルモノハ蓋シ其併立ヲ望ムガ故ナリ然レトモ今日ノ勢ニヨリテ之ヲ察スルニ我海運ニハ到底両会社ヲ容ルヽノ余地アラザルナリ、而シテ之ヲ優勝劣敗ノ自然ニ放任センカ必ズ劣者敗滅ノ不幸ヲ来スベシ、然ラバ更ニ進デ此両会社ヲ併立セシメ益々其事業ヲ進歩セシメルノ方法ヲ求メンカ其良案ノ得難キヲ如何セン、諸君若シ此ニ良案アラバ余ハ之ヲ賛成スルノミナラズ力メテ其方策ヲ実施セント欲スルモノナリ、然レトモ此議案ニ条記スル方案ノ如キハ決シテ実際ニ行ハルベキモノニ非ズ加之其立論ノ趣意甚ダ中正ヲ失シ頗ル事実ヲ誣ユルモノアリ若シ此建議ヲシテ行ハレシメンカ余ハ商工会ヲシテ諺ニ所謂賊ヲ捕ヘテ縄ヲ綯フノ冷評ヲ蒙ラシメ、併セテ一個ノ私業ヲ誹謗スルノ汚名ヲ帯バシメン事ヲ恐ル、故ニ余ハ極メテ両会社ノ併立ヲ望ムト雖トモ此議案ニ同意スル事ヲ得ザルナリ
  建議者ハ今日三菱会社ト共同運輸会社ノ事項ヲ論ジ起サンガ為メニ最初ニ我海国ニ海運ノ必要ナル事ヲ論ジ、政府ガ三菱会社ニ特典ヲ与ヘ之ヲ保護シタルヨリ我国船舶ノ数ハ漸次増加セリト雖トモ、其運賃ニ至リテハ騰貴ノ一方ニ傾キ明治十五年ノ頃ニ至リ運輸渋滞ノ歎声ヲ聞クニ至レリト叙記セリ、此一段ハ建議者ガ悪意ヲ以テ三菱会社ヲ誹謗セルモノニ非ザルベシト雖トモ其文章ヲ仔細ニ翫味スル時ハ取リモ直サズ三菱会社ヲ攻撃スルノ文字ナリ、何トナレバ建議者ハ明治十三年北海道物産ノ産地ト市場ノ相場ヲ掲ゲ其差額ヲ以テ運賃高貴ノ証拠トスレバナリ、凡ソ物ノ高低ヲ論ズルニハ必ズ先ヅ其標準ナカル可ラズ、抑モ建議者ガ運賃高貴ナリト云フモノハ其標準果シテ何クニ在ルヤ、蓋シ明治十三年ハ三菱会社ガ嘗テ明治十年西南ノ乱ニ際シ兵隊輜重ヲ運送スル為メニ購入シタル数艘ノ汽船ノ用途ニ苦ミタルノ時期ニシテ、三菱会社ハ明治十一年以来越羽及北海道ノ各地ニ航路ヲ経営セントシ、翌十二年ニ至リ稍ヤ其緒ニ就クヲ得タリ、左レバ小樽其他ノ海産物ヲ東京ニ輸送シ新潟其他ノ米穀ヲ東京ニ輸入スルノ航路ヲ開通シタルハ実ニ明治十三年ニ在リ、此時ニ方リテ運賃比較ノ標準ヲ得ントスルニハ之ヲ旧来ノ和船ニ求メザルヲ得ズ、然ルニ余ハ当時新潟若クハ小樽ヨリ和船ヲ以テ其米穀肥料等ヲ東京ニ輸入シタルノ例ヲ聞カズ、知ラズ建議者ハ果シテ之ヲ穿鑿セルヤ如何ン、今仮リニ従来其例アリトスルモ若シ滊船ノ運賃果シテ高貴ナランカ、何故ニ貨主ハ旧来慣熟セル和船ヲ棄テヽ専ラ其運送ヲ滊船ニ依頼シタルヤ、是レ必ズ滊船運送ノ商業ニ利アルガ為メニシテ要
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スルニ当時滊船ノ運賃ハ和船ニ比シテ猶低廉ナリシ事実ヲ証明スルニ足レリ、蓋シ会員中実際此等ノ商業ニ従事セラルヽ諸君ハ必ズ余ノ説ノ妄ナラザルヲ了知セラルヽナラン、又滊船ノ運賃ヲ以テ更ニ当時ノ物価ニ比シテ其高低ヲ察センニ銀米及金利ノ最モ騰貴シタル時期ハ亦実ニ明治十三年ニ在リ、要スルニ此明治十三年頃ハ各種ノ商業共ニ活溌ニシテ所謂商売ニ花ノ咲キタル時期ト云フモ可ナリ、左レバ明治十三・四年ノ頃運輸営業上ニ利益多カリシハ一般ノ商況ニ随伴シタルモノニシテ是レ毫モ当時金融其他ノ営業上ニ利益多カリシト異ナラザルナリ、然ルヲ建議者ハ他ノ商業ノ高利ヲ得タルヲ云ハズシテ独リ運賃ノ高貴ナリシ事ヲ論ズ、何ゾ立論ノ甚ダ偏頗ナルヤ
  又建議者ハ北海道物産ノ産地ト市場ノ相場ニ大差アル事ヲ示シテ運賃ノ甚ダ高貴ナリシ事ヲ証明スト雖トモ、余ハ之ヲ以テ当時一般ノ商業ニ大利益アリシ事ヲ証明セント欲スルナリ、又世ノ論者或ハ我国ノ運賃ヲ海外ノ運賃ニ比較シテ其高貴ヲ説ク者アリ、余モ亦我国運賃ノ英国沿海ノ運賃等ニ比シテ甚ダ高貴ナルヲ信ズ、然レトモ我国ノ如キ近来漸ク滊船ヲ以テ貨物ヲ運送スルノ地ト英国ノ如キ数十年来滊船営業ノ発達セル地ト其運賃ヲ比較スベカラザルハ尚我国ノ金利ト英国ノ金利ト比較スベカラザルガ如シ、若シ強テ之ヲ比較セントスルニハ三菱会社ガ未ダ頭角ヲ出サヾル日ニ在テ、米国郵船ガ我函館ヨリ長崎ノ間ニ於テ各港間収入セル運賃ニ比スル時ハ稍ヤ其当ヲ得ルニ庶幾カランカ、今三菱会社創立前米国郵船ノ運賃ト明治十三年三菱会社滊船ノ運賃トヲ比較スル時ハ左ノ如シ

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                           上等船客       下等船客       通常貨物一噸 三菱会社創立前米国郵船ノ運賃定額  横浜ヨリ神戸  洋銀四十枚      洋銀十五枚      洋銀四枚                   同   長崎  同六十枚       同 二十枚      同 八枚                   同   上海  同八十枚乃至百枚   同 二十五枚     同 十枚乃至十二枚                   同   函館  同七十五枚乃至九十枚 同 十五枚乃至二十枚 同 八枚 明治十三年三萎会社滊船ノ運賃定額  横浜ヨリ神戸  同十八枚       紙幣六円五十銭    同 三枚                   同   長崎  同三十五枚      同 十二円      同 四枚半                   同   上海  同五十五枚      同 二十円      同 六枚                   同   函館  同紙幣十六円     同 八円       紙幣六円 




  前表ニヨリテ之ヲ見ル時ハ我国ノ運賃明治十三年ニ至リ大ニ低落シタルノ事実ヲ知ルヲ得ベシ、然ルニ建議者ハ此等ノ事項ニ就テ穿鑿ヲ遂ゲズ漫然筆ヲ下シテ運賃ノ甚ダ高貴ナリシヲ説キ去ルハ仮令故意ニ三菱会社ヲ毀損セントスルニ非ザルモ其実三菱会社ヲ誣ユルニ運賃ヲ貪ルヲ以テスルモノナリ、若シ世人ガ此建議案ニ記スル所ヲ以テ是レ或ハ曾テ某新聞ガ三菱会社ヲ讒誣セルノ言論ニ誘惑セラレタルモノナリト評スルモ余ハ商工会ノ為メニ之ヲ弁疏スルノ言辞ナキニ困シムナリ
  又建議者ガ共同運輸会社ノ創立ヲ以テ運賃ノ甚ダ高貴ニシテ運輸渋滞シタルノ因ニ帰スルハ其実ヲ得ルモノニ非ズト雖トモ、余ハ今其事実ノ原因ヲ弁明スルヲ好マズ、唯諸君ノ注意ヲ促サン為メ玆ニ一言セント欲スルモノハ抑モ明治十五年ニ在テ運輸渋滞シテ
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果シテ物産ノ繁殖ニ伴フニ足ラザリシカ運賃高貴ニシテ果シテ商業ヲ害シタルカノ問題即チ是レナリ、余ノ知リ得ル処ノ統計ニ拠リテ明治十年末ト十五年末トヲ比較スルニ、西洋形船ノ数五百余艘ヲ増シ噸数殆ド三万噸ヲ増シタルニ五百石積以上即チ大洋ヲ航シ得ベキ和船ノ数ハ敢テ減ズルヲ見ズ却テ若干ノ増加ヲ呈セリ、然ルニ之ニ反シテ農産物中海運ニ最モ関係アル米麦ノ類ハ此間格別大ナル増殖ヲ見ザルナリ、蓋シ明治十三四年ノ交ニ於テハ物価頓ニ騰貴シ農業者生計ニ裕ナリシガ為メニ舶来品消費ノ度ヲ増シタル事夥シク、随テ開港場ヨリ各地ニ輸送セル貨物其数尠カラズト雖トモ之ヲ米麦等ノ農産物ニ比スレバ其容量甚ダ狭小ナルガ故ニ船舶ノ量ニ対シテハ甚ダ小量ナルノミ、事実既ニ如此シ、豈之ヲ運輸渋滞ト言フベケンヤ、殊ニ北海道産肥料ノ如キ前年ニハ只大坂ヲ以テ市場ト為シタルモノモ近頃ハ自由ニ東京ニ輸入スルノ便ヲ得、新潟・酒田・秋田等ノ産米モ亦東京ノ市場ニ現出スルノ便ヲ得タルヲ見レバ却テ運輸開通ノ実ヲ呈セリト云フモ可ナリ、蓋シ此際ハ我商業頓ニ膨脹シ各商業者ハ如何ナル物品ヲ買フモ必ズ利ヲ得ルノ時期ナレバ、商賈各々先ヲ争フテ貨物ヲ運送シタルガ故ニ時トシテ運送ニ不自由ヲ感ジタル事アリシハ疑ヲ容レズ、然リト雖トモ是レ猶各銀行ニ金融ヲ求ムル者活溌頻繁ニシテ金利ノ甚ダ高貴ナルニモ拘ラズ商賈ハ猶金融ノ不足ニ苦シミ公債証書ノ下落ヲ致セルト一般ニシテ之ヲ運輸渋滞ト云フ可ラズ、寧ロ他ノ商業ト等シク運輸繁昌ノ時期トコソ云フ可キナリ
  此時ニ当リ世間或ハ運送業ノ一時繁昌ナルヲ見テ深ク其事実ヲ考察セズシテ喋々船舶ノ不足ヲ論ゼシモノアリ、然レトモ是レ猶当時商業活溌ニシテ金利ノ甚ダ騰貴セルヲ見テ通貨ノ不足ナルヲ論ズルモノト一般ニシテ、若シ当時金利ヲ低下セン為メ紙幣ヲ増発シ或ハ国立銀行ヲ増設シタラバ其弊害果シテ如何ゾヤ、夫レ船舶ト雖トモ亦是レ商業ノ一機械ナリ、一時其需用ノ急ナルヲ見テ実際運送物ノ多寡増減ヲ考究セズ突然之ヲ増加スル時ハ其弊害豈紙幣ノ例ト異ナル事アランヤ、左レバ共同運輸会社ノ創立アルヤ忽チ船舶需用ノ度ニ過ギタルヨリ早ク既ニ此競争ノ端緒ヲ開キ、十六年ヨリ漸次運賃低落シ、十七年ノ冬ニ至リテ益々甚ダシク運送業者ハ唯貨主ノ命ズル処ニ随テ纔ニ運賃ヲ収メ得ルノミニシテ、終ニ運賃ハ航海費用ニ充ツルニ足ラザルノ今日ニ至レリ、然ルニ建議者ハ此低下ヲ以テ運輸開通ノ効ニ帰シ、恰モ商業ニ大利益ヲ与ヘタルガ如ク論ジ去リ三菱会社ト共同運輸会社トノ競争ハ本年ニ至リ始メテ無益ト唱フルノ度ニ達セルガ如ク見做スハ実ニ其当ヲ失スルノ論ナリ、今之ヲ事実ニ徴スルニ明治十年以来造築セル各地ノ西洋形風帆船ハ両会社競争ノ為メ其営業ヲ維持スル事ヲ得サルヨリ爾後漸次其数ヲ減ジ、十七年ニ至リテハ殆ド海上ニ帆船ノ蹤ヲ絶ツニ至レリ、左レバ此競争久シキニ弥リ益々其勢ヲ加フル時ハ終ニ優勝劣敗ノ理ニヨリテ一方ハ斃レ一方ハ傷クカ或ハ両会社共ニ斃ルヽニ至ラン、果シテ然ル時ハ是レ我国ノ海運廃滅ノ時期ニシテ、余ハ此論点ニ於テ全ク建議者ノ論ニ異議ナキノミナ
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ラズ余ハ特ニ我海運事業ノ為メニ之ヲ憂フルナリ
  建議者ハ余輩ト等シク既ニ今日我国ノ海運事業ノ甚ダ危険ナルヲ憂フル者ナリト雖トモ、其ノ之ヲ救済スルノ方案ニ至リテハ全ク取ルベキモノナシ、建議者ハ此議案ノ末段ニ於テ其方案ヲ説キ出スニ当リ先ヅ両会社ヲ解テ一大会社ヲ組織スベシト云フノ合併論ヲ駁シタルガ其要旨トスル処ヲ見ルニ、曰ク合併シテ一会社ト為ス時ハ其弊専横壟断ニ陥リ、他日外国ノ敵ニ当ルノ力ナク外船ヲシテ虚ニ乗ゼシムルノ恐レアリト、又曰ク一会社ニ合併スルハ規模狭隘ナリト、余ヲ以テ之ヲ観ルニ其立論ハ理論ト実際トニ悖戻スルモノナリ、抑モ両会社ヲ合併スル時ハ其相互ニ抵抗スル事ナキハ即チ実ナリ、然リト雖トモ此抵抗ヲ以テ相制セシメントスルハ即チ両会社ノ活動ヲ抑圧スルニ外ナラズ、今外敵ニ当ラントスルニ際シ両会社互ニ内ニ相制シ相顧ミル時ハ何ノ暇アリテカ能ク外敵ニ抗スルヲ得ンヤ、建議者ガ両会社ヲ併立シテ外敵ニ当ラシメントスルハ偶々以テ外敵ヲシテ侵入ノ閑隙ヲ得セシムルモノト云フベシ、又合併ヲ以テ規模狭隘ナリトスルハ解スベカラズ、余ハ却テ建議者ノ所論ヲ以テ規模狭隘ナリト評センノミ、建議者ハ我国両三年以来海運ノ有様ヲ忘却セルヤ、抑モ明治十四年ノ頃迄各地ニ西洋形船舶ヲ以テ運輸事業ヲ営ム者漸次其数ヲ増シタルモ共同運輸会社創立以来ハ啻ニ其数ヲ増サヾルノミナラズ、今日ニ至リテハ終ニ衰頽シテ殆ド其跡ヲ留メザルニ非ズヤ、然ルニ向後両会社幸ニ併立シ共ニ敗滅ノ災厄ヲ免ルヽヲ得ルトスルモ、此両会社ガ互ニ相制スル間ハ双方等シク相当ノ運賃ヲ収入スルヲ得ズシテ纔ニ其営業ヲ維持スルニ止マリ、他ノ小船主ハ遂ニ其成立ヲ得ルノ期ナカルベシ、果シテ然ル時ハ是レ即チ運輸事業ヲシテ両会社ニ限ラシムルモノニシテ規模狭隘ナル蓋シ之ニ過グルモノナカルベシ、余ハ両会社ノ併立ヲ欲スル者ナリ、我三菱会社ヲ永遠ニ存セント欲スル者ナリ、然レトモ両会社併立ノ為メニ我海運ノ進歩ヲ防害スルヲ好マザルナリ、若シ夫レ内ハ海運進歩ノ望ミナク外ハ海外ニ航業ヲ競フノ余力ナクンバ両会社併立スルモ何ノ益スル所カ之アラン、建議者猶両会社ノ相制スルヲ以テ真ニ競争ノ利ト信ズルヤ、余ハ其合併ト併立トニ関セズ内ハ各地ニ小船主起リテ互ニ其業務ヲ励磨シ、外ハ進ンデ海外ノ航業者ト競争スルノ日ニ於テ始メテ同業競争ノ真利ヲ得ベシト信ズルナリ
  又建議者ガ両会社ヲ併立セシムルノ方策ナリトシテ陳スル所ノ六項ヲ見ルニ一モ実際ニ行ハルベキモノナシ、第一政府ガ両会社ノ営業ニ就キ遵守スベキ条項ヲ命令スル事ハ曾テ政府ニ於テ両会社ニ下セル命令アリテ今之ヲ変更スルハ両会社ノ甘従スル所ニ非ズ良シヤ甘ンジテ其命令ニ従フトスルモ建議者ガ所謂其命令トハ下五項ノ意味ニ過ギズシテ到底満足ノ結果ヲ期スルコト能ハザルベシ、第二政府ガ運賃ノ定度ヲ制スル事ハ猶金利ヲ制限シ米麦ノ価格ヲ定ムルト同一ナリ、建議者ハ果シテ実際政府ガ物価ヲ定メ得ベキモノト考フルヤ、第三両会社ノ約束ヲ定ムル事ハ既ニ之ヲ試ミタリ、然レドモ人ノ心術ヲ一片ノ約定ヲ以テ拘束スル事ハ到底
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為シ得ベカラザル事ヲ実験セリ、第四積荷約束周旋屋ノ取扱等ヲ定ムル事ハ両会社創立ノ基礎ヲ異ニシ、又各々其営業ノ流儀アリテ一方ニ利アレバ一方ニ不利アリ、仮令其事柄ノ大綱領ハ両会社各々其不利ヲ忍ンデ之ヲ定メ得ベシトスルモ建議者ノ欲スル如ク綿密ニ条記スル事ノ難キハ、猶各商家ガ其得意先ニ対スル些少ノ事迄モ同業組合ノ規約ヲ以テ之ヲ定メ強テ其流儀ヲ画一ニセントスルノ類ニシテ実際行ハルベキ事ニ非ザルナリ、第五政府ガ両会社ノ営業ヲ監督スル事ハ適々以テ両会社ノ営業ヲ妨グルニ過ギザルノミ、第六政府ノ懲艾ハ如何ナル規則ニ拠ルモノカハ知ラザレドモ元来競争ノ念慮ハ人々ノ脳裏ニ存スルモノナレバ、其有無ヲ断定スルハ最モ難シトスル所ニシテ政府ト雖ドモ決シテ人民ノ意想ニ立入ルベキモノニ非ザルナリ、由是視之以上六項ノ方法ハ畢竟机上ノ考案ニシテ余ハ断ジテ其実施シ難キヲ明言スルナリ
  建議者ガ両会社ヲ併立セシムルノ方案ヲ玩味スルニ、政府ヨリ極メテ厳重綿密ナル命令ヲ下シ又両会社ヲシテ極メテ細密ナル約束ヲ結バシメ政府ノ権力ヲ以テ充分ニ之ヲ制御シテ競争ヲ強テ防遏セントスルモノヽ如シ、若シ幸ニ両会社ノ船舶ニシテ充分収入ノ利ヲ見ル時ハ両会社或ハ此制限ノ下ニ立チ満足シテ其業ヲ営ム事アルベシト雖ドモ、若シ其損益相償ハザル時ハ両会社ハ何等ノ方法ヲ以テ其業ヲ維持シ猶進ンデ之ヲ拡張セントスルカ、抑モ建議者ハ運輸事業ノ全体ニ意ヲ注ガズシテ単ニ運賃ノ低下ヲ望ムト雖ドモ、若シ両会社併立シテ建議者ガ望ム所ノ如ク低下ノ運賃ヲ収メンカ両会社ハ決シテ永遠ニ併立スルヲ得ズ、必ズヤ数年ヲ出デズシテ優勝劣敗ノ終局ニ帰スベシ、又両会社併立シテ其業ヲ維持スルニ足ルベキ運賃ヲ収メンカ却テ共同運輸会社創立前ヨリモ一層其運賃ヲ高貴セザルヲ得ズ、是レ建議者ガ前文運賃低下ノ利ヲ喋々シタルノ議論ト相戻ルモノニ非ズヤ、余ハ建議者真意ノ在ル処ヲ知ラザルナリ、又建議者ハ両会社ヲシテ制限内ニ在テ競争セシメント望ムト雖ドモ抑モ政府既ニ厳重綿密ナル命令ヲ下シ、両会社亦細密ナル約束ヲ締結シ、加之政府ハ競争ノ念慮ヲ絶タシムルニ厳正ナル懲艾ヲ以テセントス、両会社ガ競争シ得ルノ制限内幾何ノ余地ヲ存スルヤ、若シ建議者ノ意ノ如ク此方案ニヨリ充分ニ両会社ヲ制御シテ細大政府ノ命令スル処ニ従ヒ一挙手一投足モ其自由ヲ得ザラシメントセバ余ハ両会社ヲ併立セシムルノ利益何レノ点ニアルヤヲ知ラザルナリ、余ハ寧ロ建議者ガ運輸ノ事業ハ政府之ヲ営ミ人民ノ私業ニ属セシムベカラズト論ゼザルヲ怪ムナリ、之ヲ要スルニ建議者ノ説ク所ハ全ク政府ヲシテ直接ニ此業ヲ営マシムルモノト異ナラズシテ唯両会社ニ役員ヲ置キ二重ノ費用ヲ要スルノ損失アルノミ、何ゾ両会社ノ併立ヲ論ズルヲ要センヤ余ハ既ニ本案ヲ分析シテ逐一之ヲ弁論セリ、今此議案ノ採否ヲ論決スベシ、抑モ運輸事業ノ今日ノ困難ニ陥リシハ今日ニシテ始メテ知ルベキ事ニアラス、当初共同運輸会社ノ創立ニ際シ須ク予期スベキ所ナリ、然ルニ商工会ハ何ゾ前日ニ之ヲ言ハズシテ今日ニ之ヲ言フヤ、本会創立ノ時ニ於テハ既ニ競争ノ端緒ヲ開キ、其勢
 - 第18巻 p.374 -ページ画像 
日一日ヨリ甚シキハ世間ノ認識セシ処ナリシニ非ズヤ、当初此徴候ノ発シタル時ニ之ヲ論ゼズシテ今日既ニ此ヲ救フノ方法ナキニ及ンデ始メテ之ヲ論議スルモ、余ハ其実効ヲ見ザルノミナラズ却テ世人ヲシテ商工会ガ今日ニ到ル迄此弊源ヲ看破スルノ明ナカリシヲ疑ハシメン事ヲ恐ルヽナリ、又本案ノ如キ実際施行スベカラザルノ方案ヲ以テ政府ニ建議スルモ政府豈之ヲ容ルベケンヤ、商工会ハ何ゾ先ヅ我運輸事業全体ノ得失ニ着目シ、而シテ後両会社ヲ併立セシメ且ツ我海運ヲ拡張スルノ方法ヲ求メザルヤ、余ハ商工会ガ本案ノ如キ浅薄ナル議論ヲ建議シテ徒ニ世上ノ笑ヲ招キ且ツ一個ノ私業ヲ讒誣スルノ汚名ヲ蒙ランヲ恐ルヽナリ、故ニ余ハ本案ニ同意スルヲ得ズ、寧ロ之ヲ廃棄セン事ヲ切望スルナリ
二十番(大倉喜八郎)曰ク、只今八十三番ハ本件ノ直接ニ其営業上ニ関係スルガ為メ特ニ甚ダ深切ナル議論ヲ演述シタルガ、抑モ本員等ガ此建議ヲ提出シタルモノハ亦全国農商工業ノ為メ甚ダ深切ナル念慮ヨリ出デタルモノニシテ、初ヨリ一個ノ私業ヲ攻撃スルノ念慮ハ本員等ノ毫モ挟マザル所ナレバ之ガ為メ世上ノ毀誉ヲ来スモ固ヨリ本員等ノ辞セザル所ナリ、蓋シ八十三番ハ本案ニ記スル所ノ運賃ノ比較ハ其当ヲ得ザルモノニ付、明治ノ初年ニ当リ太平洋滊船会社ガ我国ノ沿海ニ航路ヲ有セシ時ニ収入シタル運賃ト比較スベシト云フト雖トモ、抑モ此比較ニヨリ我ノ運賃彼ニ比シテ低廉ナルモノハ畢竟政府ガ内国ノ運送業者ヲ非常ニ保護シタルニ因ルモノナレバ、是レ決シテ正当ノ比較ト云フベカラザルナリ、又八十三番ハ当時ノ運賃ハ他ニ比較スベキモノナキヲ以テ決シテ高シト云フベカラズト云フト雖トモ、当時運賃ノ高貴ナリシハ一般貨主ノ知ル所ナリ、殊ニ運送営業者ニ於テ為換ヲ附スルノ貨物ニ限リテ先ヅ之ヲ積込ムト云ガ如ク、其他猶貨主ヲ冷遇シタルノ実例ハ往々余輩ノ聞知スル所ナレバ兎ニ角当時貨主ガ大ニ困厄ヲ受ケ運送ノ不便ヲ喋々シタルハ蓋シ蔽フ可ラザルノ事実ナリトス又八十三番ハ競争ノ端ハ既ニ共同運輸会社設立ノ時ニ発セリ、然ルヲ今日ニ至リテ之ヲ制止セン事ヲ建議スルハ商工会ヲシテ無先見ノ譏ヲ蒙ラシムルモノナリト云フト雖トモ、抑モ同業者ノ競争ハ其事業ヲ開進スルニ甚ダ必要ナルモノナレバ固ヨリ之ヲ制止スルヲ要セズ、然レトモ今日ノ如ク其競争愈々勢ヲ増シ互ニ其損失ノ如何ヲ顧ミズシテ只一方ノ倒ルヽヲ待ツガ如キニ至リテハ決シテ之ヲ傍観スベキニ非ズ、是レ今日之ヲ建議スルノ必用ヲ感ジタル所以ニシテ必ズシモ先見ナシト云フ可ラサルナリ、又八十三番ハ本案ニ記スル所ヲ以テ一個ノ私業ヲ讒誣スルモノナリト云フト雖トモ、抑モ運賃高シト云フハ米価高シト云フニ異ナラズシテ決シテ讒誣ノ言辞ニ非ズ、蓋シ八十三番ガ此僻見ヲ抱クモノハ畢竟自ラ運輸営業者ノ地位ニ在リテ之ヲ見ルガ為メナリ、若シ暫ク局外者ノ地位ニ立テ虚心平気之ヲ見ル時ハ容易ニ其所見ノ誤ヲ発悟スルヲ得ベキナリ
四十三番(梅浦精一)曰ク、只今八十三番ガ本案ヲ攻撃シタル要領ハ合セテ八項ニ帰スルモノヽ如シ、今各項ニ就テ簡単ニ之ヲ弁解セ
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ンニ第一ニ併立ハ素ヨリ望ム所ナレトモ此方案ニヨレバ決シテ其併立ヲ期ス可ラスト云フニ在リ、然レトモ建議者ノ見ル所ハ之ニ反スルモノニシテ此方案ニヨリ充分其望ヲ達スルヲ得ベシト信スルナリ、既ニ今日ニ至ル迄両会社各々併立シテ営業シタル事ナレバ此後決シテ併立スルヲ得ザルノ道理アラザルベシ、第二ニ本案ニ記スル所ハ一個ノ私業ヲ讒誣スルモノナリト云フニ在リ、然レトモ建議者ガ前会ニモ既ニ述ベタルガ如ク本案ノ主旨ハ結局両会社ノ競争ヲ防止シテ我国海運ノ進歩ヲ期図スルニ外ナラズシテ一個ノ私業ヲ攻撃スルガ如キ野卑ノ念慮ハ毫モ抱カザルナリ、第三ニ運賃決シテ高キニ非ズ、是レ只当時船舶ノ需用急切ナリシガ為メナリト云フニ在リ、然レトモ当時運賃ノ高貴ナリシハ衆人ノ普ク知ル所ニシテ其事実ハ歴然今日ニ於テ徴スベキモノアリ、若シ当時運賃ヲシテ相当ノ度ニ止ラシメハ此ニ支消シタル者ヲ以テ他ノ有用ナル事業ノ資本ニ転用シ為メニ世ノ公益ヲ進捗シタルヤ亦疑フ可ラズ、之ヲ要スルニ当時運賃高貴ノ為メ農商工業一般ニ損害ヲ蒙リタル事ハ明白ノ事実ナリトス、第四ニ運輸渋滞ハ事実ニアラス寧ロ開通ナリト云フト雖トモ、抑モ貨主ガ貨物ヲ甲処ヨリ乙処ヘ回漕スルニ当リ之ニ応スルノ船舶其数ニ乏シクシテ運賃為メニ高貴ヲ来シ一般不便ヲ感シタルノ実アリシニモ拘ラス之ヲ目シテ開通セリト云フカ、是所謂運輸渋滞ニ非ズシテ何ソヤ、第五ニ今日運賃非常ニ低落シタルニモ拘ラズ此儘之ヲ放任スル時ハ終ニ我国ノ海運滅亡スルニ至ラン、寧ロ両社ヲ合併シテ此衰運ヲ救護セント欲スル者ノ如シ、今熟々其語勢ニヨリテ推考スルニ八十三番ハ蓋シ将来益々運賃ノ高貴ナラン事ヲ切望スルノ意ナランカ抑モ本員等ガ此建議案ヲ提出シタル者ハ畢竟他日運賃ノ騰貴セン事ヲ恐ルヽガ故ナリ、然ルニ八十三番ハ之ニ反シテ運賃ノ高貴ナラン事ヲ望ム者ナリトセバ是レ実ニ全国農商工業ノ為メ甚ダ不深切ナル意見ニアラズヤ、第六ニ両会社ヲ合併シテ一会社トスル時ハ外国人ト競争スルニ利アリト云フト雖トモ、抑モ其業務一個ノ手裏ニ帰シテ全ク他ニ之ト抵抗スル者ナキ時ハ必ズ偸安ノ念ヲ生ジテ研精ノ力ヲ欠クハ自然ノ勢ナリ、寧ロ之ヲ合併セズシテ互ニ相刺激セシメ其励磨ノ力ヲ以テ之ヲ外国人ト競争セシムルニ如カザルナリ、第七ニ本案ニ掲グル所ノ方案ニヨリ厳重ニ両会社ヲ規正スル時ハ双方共ニ活動ノ力ヲ失シ営業上ニ利益ヲ期スル能ハズシテ遂ニ共倒レノ結果ヲ呈スベシト云フニ在リ、然レトモ建議者ノ見ル所ヲ以テスレハ両会社ガ今日ノ如ク無益ノ競争ヲ逞フスレバコソ共ニ其営業上ニ利益ヲ期スル事能ハズト雖トモ、若シ此競争ヲ適度ニ制止スルニ於テハ決シテ斯ル心配アラザルヲ信ズルナリ、第八ニ競争ノ端ハ既ニ共同運輸会社設立ノ時ニ発セリ、然ルヲ今日ニ至リ之ヲ建議スルハ時機ヲ失スルモノニシテ世上ノ笑ヲ招クニ至ルベシト云フニ在リ、由是観之八十三番ニ於テハ只商工会ガ此建議按ヲ提出スルノ遅カリシヲ憾ム者ノ如シト雖モ、我輩建議者ニ於テハ共同運輸会社設立ノ当時果シテ競争ノ端ヲ開キタルヤ否ヤハ之ヲ探知スルニ由ナキヲ如何セン、然ルニ今ヤ両社ノ
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競争ハ殆ンド極度ニ達シ、我輩貨主ハ運賃ノ低落ヲ喜フノ同時ニ於テ其結果終ニ全国農商工業上ニ非常ノ禍害ヲ及ホサン事ヲ恐ル是レ此ニ本按ヲ提出シタル所以ニシテ其時機ヲ失シタリト云フノ論ニ至リテハ決シテ取ルベカラザルナリ、以上八十三番ガ駁議ニ対シ聊カ其要点ヲ弁疏シテ以テ敢テ本按ヲ維持セントス
八十三番(荘田平五郎)曰ク、余ハ此上敢テ異議ヲ主張セズト雖トモ四十三番ハ余ノ説ヲ誤解シタルニ付キ聊カ玆ニ一言ヲ弁ズベシ、四十三番ハ余ヲ以テ併立ヲ望マザルモノナリト云ヘトモ余ハ素ヨリ併立ヲ望マザルニ非ズ、只良案ナキヲ以テ不得已本案ニ同意セザルナリ、又四十三番ハ余ヲ以テ他日益々運賃ノ高貴ナラン事ヲ望ム者ナリト云ヘトモ、余ハ只今日ノ勢ハ既ニ我国ノ海運ニ両会社ヲ容ルヽノ余地ナキニ付、強テ之ヲ併立セシムルニハ勢ヒ運賃ヲ高メテ営業上ノ利益ヲ期セザル可ラズ、果シテ然ル時ハ或ハ建議者ノ希望ニ反スルノ結果ヲ生ズベシト云ヒシノミ、余ハ決シテ他日運賃ノ高貴ナラン事ヲ望ム者ニ非ザルナリ
会長(渋沢栄一)曰ク、八十三番ハ本案ニ掲グル所ヲ以テ一個ノ私業ヲ讒誣スルモノナリト云ヒ、又本案ニ掲グル所ノ方案ハ之ヲ実行スル事能ハザルモノナリト云フト雖トモ、余ハ決シテ其ノ然ラザルヲ信ズルナリ、之ヲ要スルニ今日ノ競争タル互ニ其損益ノ如何ヲ顧ミズ徒ニ一方ノ倒ルヽヲ相待ツガ如キノ情況ナレバ、政府ニ於テ之ヲ制止スルハ固ヨリ其分ニシテ決シテ不当ノ干渉ト云フ可ラズ而シテ政府ハ両会社ヲ保護スルノ念ヲ以テ充分之ヲ監督シ、両会社ハ併立ノ趣旨ヲ体認シテ各々着実ニ其業務ヲ経営スル時ハ必ズヤ満足ノ結果ヲ生ズベキヲ信ズルナリ
二十九番(西村庫次郎)曰ク、八十三番ノ説ハ一応理アルガ如シト雖トモ本案ハ既ニ委員ニ於テ充分思慮ヲ悉シタル上ノ事ナレハ兎ニ角之ヲ建議スベシ
十七番(松林義規)曰ク、八十三番ノ述ブル所ハ畢竟本会ノ面目ヲ保持スル為メナレバ、本案ハ更ニ委員ヲ撰ミ一個ノ私業ヲ讒誣スルノ嫌アル部分ハ充分之ヲ削正セシメ、然ル上ニテ之ヲ建議セン事ヲ要ス
六十六番(柴原武雄)曰ク、本件ハ目下世上ノ一問題ニ付可成速ニ之ヲ建議セン事ヲ要ス、故ニ本案ハ別段修正ヲ要セズ直チニ之ヲ進達スベシ
百六番(田中重兵衛)ハ六十六番ヲ賛成シ六十八番(小崎由兵衛)ハ十七番ヲ賛成ス
於是会長(渋沢栄一)ハ議論稍ヤ尽キタルヲ以テ先ヅ原案ニ同意スル者ニ起立ヲ命ジタルニ多数ニ付之ニ可決ス


東京商工会議要件録[東京商工会議事要件録] 第一五号・第七五―八八頁 明治一八年九月五日刊(DK180034k-0003)
第18巻 p.376-379 ページ画像

東京商工会議要件録[東京商工会議事要件録]  第一五号・第七五―八八頁 明治一八年九月五日刊
 ○参考部
    運輸ノ義ニ付建議
案ズルニ運輸航通ノ便否ハ貿易ノ盛衰国力ノ消長ニ関スルモノニシテ苟クモ国家ノ富強ヲ図ルニハ最モ其業ヲ拡張セザルベカラズ、特ニ我
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邦ノ如キ四囲環海ノ邦土ハ啻ニ兵事上ノミナラズ貿易上ニ於テモ其伸張ヲ謀ルノ必要ナルハ今更ニ論ヲ待タザルナリ
政府夙ニ玆ニ見ル所アリテ維新創業ノ際万般ノ政務未ダ其緒ニ就カザリシニモ拘ラズ勉メテ海運ノ進歩ヲ企図シ、当時有志者ヲ誘導シテ沿海運輸ノ事業ヲ保護セラレタリシニ明治七年台湾征討ノ役ニ際シ偶々船舶ノ欠乏ヲ告ゲタルヨリ爾来益々海運拡張ノ急務ナルヲ感ゼラレ、明治八年以来三菱会社ニ向ツテ非常ノ特典ヲ与ヘテ大ニ之ヲ保護シタルガ為メ爾来我国ノ船舶逐年其数ヲ増加シ、即チ明治五年ニ於テ滊船帆船ノ数百三十一艘、其噸数三万一千六百八十四噸ナリシガ、明治十三年ニ至テハ其船数五百三十九艘、其噸数八万九千三百〇九噸トナリ之ヲ五年ニ比スレバ船数ニ於テハ四百〇八艘ヲ増加シ噸数ニ於テハ五万七千六百二十五噸ヲ増加シタリ
斯ノ如ク我国ノ船舶大ニ増加シタルニモ拘ラズ其運賃ニ至リテハ啻ニ低落セザルノミナラズ或ハ却テ騰貴ノ一方ニ傾キタリ、今試ニ当時ノ景況ヲ回想スル為メ、北海道産二三商品ニ就キ明治十三年九・十月ノ交ニ於ケル産地ノ原価ト販売地ノ売価トヲ比較スル時ハ左ノ如シ

 産地 品名   産地百石ニ付相場 販売地百石ニ付相場   差額
             円           円      円
 小樽 身欠鯡    八五〇    東京 一、七〇〇    八五〇
 同  鮭    一、二三〇    同  二、〇〇〇    七七〇
 同  鯡〆粕    八五〇    大坂 一、三五〇    五〇〇
 浦河 同      七四〇    同  一、四〇〇    六六〇
 同  昆布     五三〇    同  一、〇〇〇    四七〇

抑モ産地ト販売地ト其相場上斯ノ如キ差額ヲ見ルモノハ此際北海ノ運航ハ概子日本形船舶ノ便スル所ニシテ、独リ其運送ニ多分ノ時日ヲ要スルノミナラズ其危険亦甚ダシク、殊ニ此際紙幣益々低落シテ物価上進ノ勢ヲ逞フスルノ時期タルニ因ルベシト雖トモ、亦以テ沿海運賃ノ甚ダ高貴ナリシ事ヲ証明スルニ足レリ
西洋形船舶ノ増加シタル事前陳ノ如クナリシト雖トモ内地ノ製産漸ク繁殖シ販鬻ノ景況大ニ頻繁ヲ告ゲタルガ為メ、従来日本形船舶ヲ以テ廻漕シタル者モ其遅達ト危険トヲ厭フテ切ニ西洋形船舶ニ依頼スルノ企望ヲ増シタルガ故ニ西洋形船舶ノ増加ハ未ダ以テ沿海回漕ノ需用ニ応ズルニ足ラズ、爾来漸ク各貨主ハ船舶ノ不足ヲ感ジ明治十五年頃ニ在テハ到ル所運輸渋滞ノ歎声ヲ聞クニ至レリ
夫レ運輸ノ便否ハ製産ノ盛衰ニ至大ノ関係ヲ有スル事勿論ニシテ運賃騰貴ノ為メ物価ヲ引上グル時ハ需用者其損失ヲ蒙ラザルヲ得ズ、若シ又運賃騰貴スルモ物価ヲ引上ゲザル時ハ製産者其損ヲ受ケザルヲ得ズ之ヲ要スルニ運賃ノ騰貴ハ単ニ運送業者ノ利益ニ止マリ、到底製産者並ニ需用者ノ損失タルヲ免レザルナリ、於是乎民間船舶ヲ増加シテ以テ運賃ヲ低下セン事ヲ望ム者其数ヲ増シ、政府モ亦大ニ此点ニ注目セラレ遂ニ明治十五年ニ於テ共同運輸会社ノ設立ヲ翼賛シテ以テ只管運輸ノ開通ヲ経画セラレタリ、然リ而シテ該会社設立以来船舶ノ数増加シテ随テ運賃次第ニ低下スルニ至レリ、即チ明治十五年上半季ニハ石ノ巻東京間米百石ニ付滊船ノ運賃凡金七十八円ナリシガ同十六年上半季ニハ凡六十八円トナリ、同十七年ノ上半季ニハ凡五十二円トナリ、
 - 第18巻 p.378 -ページ画像 
同年下半季ニ至リテハ遂ニ四十七円ヨリ三十二円迄ニ低落シタリ
斯ノ如ク運賃ノ次第ニ低落シタルモノハ近来紙幣ノ復価スルニ際シ一般物価ノ低落ニ伴フテ然ルモノナルベシト雖トモ是レ主トシテ其効ヲ運輸ノ開通ニ帰セザルヲ得ズ、然リト云トモ凡ソ物中正ヲ失スレハ必ス一方ニ偏セサルヲ得ス、終ニ本年ニ至リ三菱会社ト共同運輸会社トノ間ニ非常ノ競争ヲ起シ互ニ其運賃ヲ度外ニ低下シ、其勢昨今ニ至リ益々甚シク毫モ其損失如何ヲ顧ミザルガ如キノ有様ニ立至レリ、蓋シ同業者ノ競争ハ其事業ヲ励磨改進スルニ於テ最モ必要ナルモノニシテ今此両会社ノ競争ノ如キモ之ヲ適当ノ範囲ニ止メテ、其力能ク之ヲ維持スルニ堪ユルモノナラシメハ互ニ其専横ヲ制シテ運輸事業ノ改良ヲ勉メ大ニ製産業ヲ鼓動スルノ効アルベシト雖トモ、既ニ競争其度ヲ失シテ共ニ一方ノ斃ルヽヲ待ツモノヽ如クナルニ至リテハ之ガ為メ両会社ノ資力ヲ減損シ、其競争久シキニ弥リ愈々其勢ヲ加フルニ於テハ遂ニ両会社共ニ倒産破滅スルカ、又ハ其一社先ツ失敗スルノ不幸ニ陥ルヤ必然ナラン、果シテ然ラハ将来我国ノ海運ハ何レニ向テ其望ヲ属スヘキヤ実ニ関心ニ堪ヘサルナリ、試ニ一ハ敗レテ一ハ存スルモノトスルモ其勝ヲ制シタル会社ニ於テハ既ニ是迄競争ノ為メ莫大ノ資産ヲ消糜シタル事ナレバ勢必ス運賃ヲ引上ゲテ其損失ヲ償ハザルヲ得ズ、左レバ今日運賃度外ノ低落ハ他日必ズ度外ノ騰貴トナリ遂ニ全国商工農ノ事業ニ如何ナル禍害ヲ及ボスヘキヤ測リ知ルベカラサルナリ
現況ニ拠リテ将来ヲ推想スレハ我邦ノ運輸事業ハ其危キコト実ニ累卵ノ如シ、故ニ今日政府ニ於テ適当ノ法則ヲ設ケラレテ此有害無益ノ競争ヲ制止スルハ緊要ノ急務ナリト謂フヘシ、或ハ説ヲ為スモノアリ曰ク、両会社ノ競争ハ理勢ノ止ムヘカラサルモノナリ、縦令政府ニ於テ之レカ法則ヲ設ケラレテ表面之レヲ牽制スルモ隠慝ノ行為ニ至リテハ決シテ之レヲ抑制スル能ハサルヘシ、寧ロ両会社ヲシテ共ニ其社業ヲ解カシメ各其資財ヲ合シテ新ニ一大会社ヲ設立シ、而シテ政府ハ此新設会社ニ向テ厳正ナル命令書ヲ付与シ其営業上ニ特典ヲ与フルト同時ニ常ニ之レヲ監督シテ万一モ専横壟断ノ弊ナカラシムルニ如カスト、此言実ニ然リ、然リト云トモ未タ其一ヲ見テ其二ヲ見サルモノナリ、今夫レ両会社共ニ其社業ヲ解キ更ニ一大会社ヲ新設セハ固ヨリ競争ノ弊害ヲ止メテ恰好ノ営業ヲ為スヲ得、而シテ政府常ニ其業務ヲ締視監督シテ之レカ宜キヲ得セシムルニ於テハ専横驕恣ノ患ナカルヘシト云トモ、凡ソ世間百般ノ事業ハ常ニ相競争剌激スルモノアルヲ以テ始メテ其改進ヲ見ルヲ得ヘシ、苟モ其業務一個ノ手裏ニ帰シテ全ク他ニ之レト抵抗スルモノナキ時ハ何時何人ヲ論セス必ス偸安ノ念ヲ生シテ研精励磨ノ力ヲ尽ス能ハサルハ宇内古今ノ通情ト言フヘシ、故ニ今此両会社ノ資財ヲ合併シテ一大会社ト為スニ於テハ此新設会社ハ他ニ抵抗スルモノナキヲ以テ、勢ヒ其業務勉強ノ念ヲ減損シ不知不識自恣ノ実ヲ生シ貨物乗客等ノ取扱上ニ付テモ常ニ貨主ヲ満足セシムル能ハサルニ至ラン、苟モ然ラハ仮令専横壟断ノ弊ナシトスルモ我邦ノ運輸事業ヲ将来ニ隆盛ナラシムル能ハサルヲ以テ他日内地沿海ノ航運外国人ニ於テモ之レヲ営ム事ヲ得ルノ時ニ至ラハ、是レ労ヲ以テ逸ヲ待ツモノニシテ遂ニ我国沿海ノ航運ハ外国人ノ手ニ帰センモ亦測リ知ルヘカラ
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サルナリ、況ンヤ商業日ニ開進シ物産日ニ増殖スル事ヲ勉ムルノ今日ニ於テ独リ其物貨ノ廻漕ニ従事スルモノハ競争ノ制止スル能ハサルヲ以テ只一会社ニシテ足レリトスルハ抑モ亦狭隘ノ規模タルモノアルニ於テヲヤ
情勢斯ノ如クナルニ付今我邦運輸事業ノ隆盛ヲ将来ニ企図センニハ宜シク先ツ両会社ヲ併立セシメ、政府ニ於テ特ニ厳格ノ法則ヲ設ケラレテ此無益ノ競争ヲ制止シ共ニ其業ヲ勉励シテ均シク維持スル事ヲ得セシムルニアリ、而シテ本会熟々之レヲ審案スルニ未タ甚タ難事トセサルナリ、依テ其方法ヲ左ニ条記スヘシ
第一 農商務省ニ於テ此際更ニ三菱会社及共同運輸会社ニ向テ其営業ニ付テ恪奉遵守スヘキ条項ヲ明記シタル命令書ヲ付与セラルヘキ事
第二 農商務卿ハ各地貨物運搬ノ実況ト航運ニ必須ナル経費トヲ審案シテ運賃ノ定度ヲ制限シ、両会社ヲシテ之ヲ遵守セシムベキ事
第三 農商務省ハ両会社ヲシテ前記ノ命令書ニ準拠シテ各其営業上ニ就キ詳細ナル条款ヲ記載シタル約定ヲ締結セシメ、且ツ其約定書ハ農商務省ニ於テ之ヲ審査シテ認可セラルヘキ事
第四 右ノ約定書中ニハ貨物乗客ニ対スル運賃ノ予定額(時ニ或ハ改正セントスル時ハ固ヨリ両会社協議ノ上農商務省ノ認可ヲ受クヘキモノトス)及各貨主ト積荷ニ関スル約定ノ振合其他各地ヘ船舶ヲ航運スル時限、周旋屋ト唱フル者ノ処置等ニ至ルマテ可成丈ケ綿密ニ条記セシメ勉メテ無益ノ競争ヲ生スヘキ弊竇ヲ防塞スヘキ事
第五 農商務省ニ於テハ管船局ノ事務ヲ拡張セラレ航運頻繁ノ各港ヘ撿察官ヲ派出シ、常ニ両会社営業ノ実況ヲ視察シ貨物乗客及運賃ノ割合等ヲ両会社ヨリ報告セシメ、且別ニ其隠慝ノ競争有無ヲモ審査シテ本局ニ報道シ、本局ハ全体ノ景況ト各地ノ報告トヲ参照シテ常ニ両会社営業ノ実際ヲ監督スヘキ事
第六 右ノ撿査又ハ両会社ヨリノ申牒ニヨリテ其一方ニ競争ノ念ヲ以テ経営セシ跡アルトキハ農商務省ハ厳正ニ之ヲ懲艾シテ聊モ仮借スヘカラサル事
以上ノ法則ヲ設ケテ之ヲ実施セラルヽニ於テハ向後若シ両会社ガ互ニ無益ノ競争ヲ試ミントスル時ハ命令書及約定書ニヨリテ之ヲ制止スベク、又或ハ之ニ反シテ共ニ親密ニ過キ相謀テ運賃ヲ引上ゲ其利益ヲ増サント欲スル時ハ運賃ノ制限ニヨリテ之ヲ防遏スベキガ故ニ、両会社ハ其制限ノ範囲内ニ於テ正当ノ競争ヲ為シ互ニ相刺衝シテ我国海運ノ改進発達ヲ勉ムルヲ得ベシ、果シテ然ラバ両会社ノ営業ハ共ニ益々確実トナリ我国運輸ノ事業ハ商業ノ進歩物産ノ増殖ト相待テ、共ニ熾昌隆盛ノ域ニ達スルヲ得ベキ事ト奉存候依テ此段建議仕候也
  明治十八年八月十五日        東京商工会々頭
                      渋沢栄一
    農商務卿 西郷従道殿


東京商工議事要件録[東京商工会議事要件録] 第一七号・第六―一〇頁 明治一九年三月二〇日刊(DK180034k-0004)
第18巻 p.379-380 ページ画像

東京商工議事要件録[東京商工会議事要件録]  第一七号・第六―一〇頁 明治一九年三月二〇日刊

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 第九定式会 第十六臨時会       (明治十九年二月廿八日午後四時開会) 



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    会員出席スル者 ○六十六名
次ニ会長(渋沢栄一)ハ規程第五章第廿二条ニヨリ明治十八年下半季定式事務ノ成跡ヲ報告ス
  自明治十八年七月至同十二月 半季間事務報告
○中略
    政府ヘ建議   二件
○運輸ノ儀ニ付農商務省ヘ建議
  本件ハ四番林賢徳外六名ノ建議ニ係リ其要旨ハ近来三菱共同両汽船会社ノ競争益々烈シキヲ加ヘ殆ド底止スル所ヲ知ラサルノ状アリ、若シ此競争久シキニ弥リ益々其勢ヲ加フルニ於テハ遂ニ両社ノ損耗ヲ来スノミナラズ為メニ我国農商工業ノ進歩ヲ妨害スル事少カラサルベキニ付此際政府ニ於テ至当ノ方法ヲ設ケテ以テ其競争ヲ制止セラレン事ヲ望ムト云フニ在リ、依テ明治十八年八月三日第十三臨時会ニ於テ之ヲ審議シタルニ先ツ委員ヲ設ケテ之ヲ調査セシムベシト云フニ決シ会長ハ左ノ十二名ヲ委員ニ指名シタリ
             四番     林賢徳
             五番     喜多村富之助
             二十番    大倉喜八郎
             廿五番    丹羽雄九郎
             四十二番   松尾儀助
             四十三番   梅浦精一
             四十五番   渡部治右衛門
     以上七名ハ本案ノ建議者ナリ
             十六番    益田克徳
             四十番    隅山尚徳
             七十四番   鳥海清左衛門
             八十二番   山中隣之助
             百九番    森島松兵衛
 此等ノ委員ハ八月六日集会ヲ催シ種々審議ノ末、遂ニ農商務卿ハ両会社ニ命令書ヲ下附シテ厳ニ之ヲ恪守セシムル事、運賃ノ定度ヲ設ケテ之ヲ遵守セシムル事、両会社ヲシテ各其営業上ニ就キ約款ヲ締結セシムル事、右ノ約定書ハ可成詳記セシメ競争ノ弊竇ヲ防ク事、管船局ノ事務ヲ拡張シテ両社ノ営業ヲ監督スル事、前陳ノ趣旨ニ背ク者ハ厳正ニ懲艾スル事、以上ノ六項ニヨリテ草案ヲ作リ八月十四日第十四臨時会ノ可決ヲ経、翌十五日附ヲ以テ之ヲ農商務卿閣下ニ進達シタリ
  ○本資料第八巻所収「共同運輸会社」ノ条(第三七頁)参照。