デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

明治19年3月26日（1886年）

是ヨリ先当会、農商務卿伯爵西郷従道ノ諮問ニヨリ各地農商工業衰頽ノ景況ニ就キ審議調査セシガ是日栄一当会会頭トシテ衰頽ノ原因・現況及対策ヲ具申ス。

東京商工会議事要件録　　第一三号・第三―二一頁　明治一八年七月一三日刊
　　第十二臨時会　　（明治十八年六月廿二日午後六時四十五分開会）
　　　　会員出席スル者　○五十一名
会長（渋沢栄一）ハ兼テ前会ニ於テ去十六日ニ開会スベキ旨ヲ報ゼシガ議案調査ノ都合ニヨリ本日ニ延会シタル旨ヲ報ジ、先ヅ第一号議案即チ各地農商工業ノ衰況ニ付農商務省ヨリ御諮問ノ件ヲ議スベキ旨ヲ告ゲ、書記ヲシテ其議案ヲ朗読セシメ且説明者ヲ番外席ニ着カシム
第一号案
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　東京商工会
　各地農商工業目下ノ情況等別紙問題ヲ以テ及下問候条至急審議ヲ遂ゲ報答可致此旨相達候事
　　明治十八年五月廿五日　　農商務卿　伯爵　西郷従道
（別紙）
　　　　問題
　一目下各地農商工業上非常之衰運ニ陥リタル実況如何
二十番（大倉喜八郎）問テ曰ク、本案問題中衰運ニ陥リタル実況如何トアリ、是ハ単ニ現況ノミヲ調ベヨトノ意ナルカ将タ之ガ原因及救治法ヲモ調ベヨトノ意ナルカ
番外（鬼頭悌二郎）答テ曰ク、問題中ニハ単ニ実況如何トアレトモ若シ其原因及救治法ニ就キ所見アラバ忌憚ナク復申アリタシ
百九番（森島松兵衛）問テ曰ク、問題中衰運ナル語ハ所謂不景気、困難、急迫ノ意ヲ共ニ包含スルガ如シ、果シテ然ルカ
番外（鬼頭悌二郎）答テ曰ク、然リ
会長（渋沢栄一）曰ク、近時農商工一般ニ衰況ヲ呈シタルハ蓋シ蔽フベカラザルノ事実ニシテ、誠ニ各当業者ガ自ラ其営業ノ上ニ就テ之ヲ考フル時ハ容易ニ其衰運ノ程度ヲ測ルヲ得ベシ、故ニ我々当業者ハ先ヅ其営業上ニ発現スル所ノ衰況ヲ詳査シ、然ル後適実ニ其原因並ニ救治法ヲ講究シテ之ヲ復申スル時ハ大ニ其筋ノ注意ヲ促スニ至ラン、蓋シ今日我国ノ不景気ヲ来シタル原因ハ決シテ一種ニ止マラズ、例ヘバ近来欧洲ニ於テ金ノ価諸物価ニ対シテ大ニ昇進シタルガ如キ、或ハ諸物価製造《（貨）》ノ方法熟達シテ其供給需用ニ超過スルカ如キ共ニ皆其遠因タルベキモノニシテ、我国ニ就テ之ヲ言ヘバ近来流通紙幣高ノ減縮シタルガ如キ、或ハ政費ノ漸ク重ヲ加ヘタルガ如キ是亦共ニ重立タル原因ナルベシ、又農商工ノ三
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業ニ就テ更ニ其特因ヲ求ムル時ハ農業ノ衰運ハ培養ヲ怠リタルニ因リ、商業ノ衰運ハ信用ノ減ジタルニ根シ、工業ノ衰運ハ熟練ヲ欠キタルニ基ク等ノ類モアルベシ、左レバ今其原因ヲ探究セントスルニ当リ先ヅ以上ノ諸項ニ就キ充分実際ノ景況ヲ詳査スルニ非ザレバ到底確実ノ見込ヲ立ツル事能ハズ、故ニ各員先ヅ此意ヲ諒シ其調査ノ方法ニ就キ意見ヲ述ベラレタシ
時ニ二十番（大倉喜八郎）ハ本件ハ実ニ必要ナル問題ニシテ仮令其筋ノ御諮問ナキモ之ヲ詳査シテ上呈スルハ本会ノ本分ナレバ、本会ニ於テハ今回ノ御諮問ヲ好機トシ先ヅ委員ヲ撰ンデ実際ノ景況ヲ詳査セシメ充分其所見ヲ復申セン事ヲ望ム旨ヲ述ベ、且ツ目下不景気ノ原因ニ就キ聊カ見ル所アリトテ会長ノ許可ヲ得テ其意見ヲ陳述ス、即チ左ノ如シ
　今玆ニ我国不景気ノ原因ヲ探究スルニ当リ先ヅ世界ノ不景気、亜細亜ノ不景気及日本ノ不景気ノ三項ニ分チ、各項ニ就テ其原因ヲ詳説セン
　　　　第一　世界一般ノ不景気
　　今ヲ去ル十年前（千八百七十四五年ノ頃）迄ハ世界貨物ノ運転最モ頻繁ヲ極メ之ヲ運搬スル船舶其数乏シカリシヨリ随テ運賃モ相応ノ価格ヲ保持シ、当時欧米滊船会社ニ於テハ其株券ニ対シテ大概八分ヨリ九分迄ノ配当ヲ為シタリシガ、其頃ヨリ資本家ハ専ラ其資本ヲ造船ノ事業ニ放下スルノ傾向ヲ呈シ、遂ニ船舶ノ数俄ニ増殖シテ其供給遥ニ需用ノ上ニ出デタルヨリ随テ各航路ノ運賃低落シテ貨物ノ捌方宜シクナリタル為メ、欧米諸国ニ於テハ続々製造所ヲ新設スル者起リ、此等ノ製造所ハ何レモ蒸気力ヲ用ヒタルガ故ニ其製造力強大ニシテ遂ニ需用外ノ商品ヲ製出スルニ至リタルヨリ、随テ其商品ノ相場亦大ニ下落シタリ、是目下欧米諸国ノ製造所ガ非常ノ困厄ヲ極ムル所以ニシテ蓋シ世界不景気ノ一大原因ナリトス
　　　　第二　亜細亜全洲ノ不景気
　　近来外国為換相場非常ニ変動シ、之ガ為メ亜細亜諸国ノ蒙リタル損害実ニ不少、現ニ慶応ノ末年ヨリ明治五年ノ末ニ至ル迄欧米諸国ノ市場ニ於テ銀価ノ変動甚ダ少ナカリシガ、明治六年独逸国ニ於テ金貨本位ノ制度ヲ立テ其他世界各国ニ於テ貨幣又ハ他ノ目的ヲ以テ金ノ需用ヲ増加シタルガ為メ、此時ヨリ漸次銀価ノ低落ヲ来シタリ、今其低落ノ度ヲ示サンニ明治五年七月頃ニハ墨銀一枚（量目四百十六ゲレーン）ノ相場英金貨四志六片ナリシガ、其後銀価漸ク低落シ（時ニ多少ノ高低アリシト雖トモ）遂ニ明治十八年五月十九日ニ至リテハ其相場英金貨三志六片四分ノ一ニ低下シタリ、由是視之其低落ノ度ハ墨銀一枚ニ付二十八仙四分（二割八分四厘）ノ割合ニシテ即チ墨銀百枚ニ付二十八弗四十仙ノ損毛ナリトス、抑モ亜細亜ノ市場ハ印度支那日本ヲ問ハズ総テ銀取引ニシテ恰モ其貿易ハ銀ニ支配セラルルノ実況ナルニ付、今此銀貨低落ノ為メ其影響ヲ蒙ル事特ニ甚ダ深シトス、試ニ亜細亜市場ニ流通スル銀貨ノ高ヲ二億万円ト仮定スル時ハ、其損失五千六百八十万円ノ巨額ニ達スベシ、其他従来殆ンド亜細亜ノ特産ニテ欧米市場ニ稍ヤ高価ヲ保持シタル貨物ニ
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シテ近来欧米諸国ニ於テ其産出アリタルヨリ頓ニ其価格ヲ低落シタルモノ尠カラズ（伊国「シヽリー」ニテ硫黄ヲ産シ米国智利ニテ銅ヲ産スルノ類）是亦亜細亜不景気ノ一原因ナルベシト雖トモ、要スルニ銀貨ノ低落実ニ之ガ一大原因ナリトス
　　　　第三　日本国内ノ不景気
　　我国目下不景気ノ現状ハ内外諸新聞紙ノ報ズル所ヲ以テ既ニ甚ダ明カナル所ニシテ、其原因種々アルベシト雖トモ要スルニ近来政府ガ紙幣兌換ノ国是ヲ定メ紙幣ノ流通高ヲ減縮セラレタル事蓋シ之ガ一大原因ナリトス、回顧スルニ明治十四年ノ頃ニ於テ我々ノ予想シタル所ニテハ不換紙幣ノ制ヲ改メテ兌換紙幣ノ制ヲ立ツルニハ少クモ十年乃至十五年ノ後ニアラザレバ其成功ヲ期スベカラズト思惟シタルニ、今年ニ至リ政府ハ兌換銀券ヲ発行セラレ今又来明治十九年一月ヨリ漸次紙幣ヲ銀貨ニ交換スベキ旨ヲ布告セラレタリ、是実ニ意外ノ一英断ニシテ現任財務官ノ改良ニ鋭意ナルハ我々ノ深ク感謝スル所ナリ、左レバ今斯ヽル不景気ノ現状ヲ呈シタルモ是蓋シ免カレ難キ結果ナリト云フベシ、其他近来合本会社ノ倒産輸出品中生糸ノ低落等共ニ皆其原因ノ一ニ居ルベシト雖トモ、之ヲ前ノ紙幣兌換ノ国是ニ比スレバ蓋シ小原因タルニ過ギザルベシ
　以上陳述スル所ヲ以テ之ヲ見レバ目下我国ニ於テハ世界一般並ニ亜細亜全洲不景気ノ余波ヲ受ケタル上、更ニ内国特有ノ不景気ヲ感ジタルモノナレバ今日農商工業一般困難ニ陥リタルハ蓋シ呶々ヲ要セズシテ明カナル所ナリ
十二番（熊谷吉兵衛）曰ク、此調査ハ例ニ依リテ委員ニ委托スベシ、而シテ各組合ノ営業上ニハ夫々特殊ノ情況アリテ或ハ今日不景気ノ影響ヲ蒙ル事自ラ其深浅ヲ異ニスルモノモアルベキニ付、各組合ヲシテ各自其景況ヲ取調ベ委員ノ参考ニ供セムベシ
十七番（松林義規）曰ク、各地ノ全況ヲ詳査シテ逸々其原因ヲ細論スルガ如キハ実ニ容易ノ事ニ非ズ、故ニ十二番ノ説ノ如ク先ヅ委員ヲ撰ミ各組合営業上ノ景況ヲ参酌シテ復申案ヲ作ラシムベシ
会長（渋沢栄一）曰ク、各員ノ間別段ノ異説ナクシテ結局委員ヲ撰ンデ調査セシムベシト云フノ説ニ帰スルガ如シ、就テハ其委員ノ数及調査ノ区域並ニ其方法等ニ就キ更ニ意見ヲ陳述セラレヨ
八番（大塚藤平）曰ク、余ハ十二番ノ説ヲ賛成ス、而シテ我ガ組合ニ於テハ明治初年以来営業ノ景況ヲ詳査シタルモノアレバ委員ノ参考ノ為メ追テ之ヲ報告スベシ
百九番（森嶋松兵衛）曰ク、余モ不景気ノ原因並ニ救治法ニ就キ聊カ見ル所アレトモ冗長ヲ恐レテ今玆ニ陳述セズ、兎ニ角此調査ニ就テハ先ヅ各会員ヲシテ其営業上ノ景況ヲ報告セシメ、然ル後委員ヲシテ此報告ヲ参酌シテ復申案ヲ作ラシムベシ、尤モ農業ニ至リテハ本会ト稍ヤ其因縁ヲ遠クスルガ故ニ其細況ヲ知ルハ甚ダ難シト雖トモ、会員中ヨリ地方ノ得意先ヘ依頼スル時ハ稍ヤ其概況ヲ知ルヲ得ベキカ、而シテ委員ハ可成多数ナラン事ヲ要ス
十二番（熊谷吉兵衛）曰ク、是迄ハ先ヅ委員ニ於テ復申案ヲ作リ然ル
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後全会ノ見込ヲ問フノ例ナレトモ、今回ニ限リ先ヅ各会員ヲシテ充分其意見ヲ報告セシメ、然ル後委員ヲシテ此等ノ意見ヲ参酌シテ復申案ヲ作ラシメタシ
於是会長（渋沢栄一）ハ委員ノ数ニ就キ各員ノ意見ヲ問ヒタルニ、十七番（松林義規）ハ五名以上七名迄ニテ可ナリト云ヒ、四十番（小林惣兵衛）ハ少クモ十名以上ヲ要スト云ヒ、二十番（大倉喜八郎）ハ十名位ニテ可ナリト云ヒ、九十九番（浅野彦兵衛）ハ十名以上十五名迄ヲ要スト云ヒ、二十三番（小林鉄次郎）ハ十五名以上二十名迄ヲ要スト云ヒ議論一決セザリシニ付、会長ハ先ヅ十名ヲ可トスル者ニ起立ヲ命ジタルニ多数ニ付之ニ可決ス、又委員ノ撰挙法ニ就テハ衆議ノ末例ニ依リ会長ノ指名ニ任スルニ決シ、即チ会長ヨリ追テ指名ノ上之ヲ各員ニ報告スベキニ決ス
時ニ四十二番（松尾儀助）ハ委員タルベキ諸氏ノ参考迄ニ一言スル旨ヲ告ゲ、左ノ如ク演述ス
　今日我国ノ不景気ハ蓋シ明治十年以来地券ノ発行及金禄公債証書ノ発行アリテ、恰モ在来ノ不動産ヲ動産ノ形ニ変ジ民間ノ流通大ニ其便ヲ得タル上、西南ノ役ニ征討費トシテ政府ガ多分ノ通貨ヲ民間ヘ注出セラレタル為メ人民ニ於テ不知不識其資財ヲ濫費シタルノ結果ニシテ、要スルニ其原因ハ人民ノ労働其報酬ニ比シテ甚タシク権衡ヲ失シタルニ在リ、今試ニ其次第ヲ細説センニ統計年鑑ノ載スル所ニヨレバ我国田畑ノ反別ハ合計凡四百五十万町歩、此地券価格凡金十四億八千七百万円ニシテ、明治十年ヨリ同十四年迄五ケ年間ニ其転売及質入シタル高ヲ全額ノ四分ノ一ト見積ル時ハ此金高三億七千二百万円トナルベシ、又大蔵省ノ報告ニヨレバ金禄公債証書ノ発行高ハ額面凡金一億七千四百万円ニシテ、今額面百円ニ付八十円替ト仮定シ、明治十一年（此年ニ其売買ヲ許サル）ヨリ同十四年迄四ケ年間ニ其転売及質入シタル高ヲ全額ノ三分ノ一ト見積ル時ハ、此金高四千六百万円トナルベシ、又同省ノ報告ニヨレバ明治十年西南ノ役ニ征討費トシテ支出セラレタル金高ハ凡四千万円ナリ、今以上三口ノ金高ヲ合計スル時ハ実ニ四億五千八百万円ノ高額ニシテ、此内地券ノ転売質入ハ明治十年ヨリ同十四年迄ノ間ニ在リ、公債証書ノ転売質入ハ明治十一年ヨリ同十四年迄ノ間ニ在リ、西南征討費ノ支出ハ明治十年中ニ在ルガ故ニ其運転ノ摸様ハ各多少ノ相違アルベシト雖トモ、要スルニ明治十年ヨリ同十四年迄五ケ年間ニ其ノ民間ノ流通上ニ非常ノ便利ヲ与ヘタルハ疑フベカラザルノ事実ニシテ、此金高タル恰モ人民ガ通常労働外ニ得タルモノナレバ当時之ヲ濫費シタルハ亦明白ナル事実ナリトス、左レバ明治十一年以来同十四年ニ至ル迄ハ外国輸入品ノ価格殆ド増進ノ姿ヲ呈シ、随テ銀貨ノ如キモ明治十年ニハ平均一円〇三銭二厘三毛ナリシモ、同十一年ニハ一円〇九銭四厘トナリ、同十二年ニハ一円二十四銭トナリ、同十三年ニハ一円四十七銭七厘トナリ、同十四年ニハ遂ニ騰貴シテ一円六十九銭六厘ノ高価ヲ呈スルニ至レリ、以上陳述スル所ニ由テ之ヲ視ルニ今日我国ノ不景気ハ明治十年以来人民ガ労働外ニ多分ノ報酬ヲ得テ之ヲ濫費シタルノ結果ナレバ、今之ガ救治ノ策ヲ講ゼントスルニハ先ヅ深ク此点ヲ
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考察セザル可ラズ、是余ガ玆ニ冗言ヲ顧ミズ一言ヲ述ベテ以テ予メ委員タルベキ諸君ノ注意ヲ促サントスル所以ナリ
　　（会長ハ其後委員トシテ左ノ十名ヲ指名シタルニ付参考ノ為メ玆ニ附記ス）
　　　　　　　　　　　　　八番　　　　大塚藤平
　　　　　　　　　　　　　十六番　　　益田克徳
　　　　　　　　　　　　　二十番　　　大倉喜八郎
　　　　　　　　　　　　　四十二番　　松尾儀助
　　　　　　　　　　　　　四十三番　　梅浦精一
　　　　　　　　　　　　　四十五番　　渡辺治右衛門
　　　　　　　　　　　　　八十二番　　山中隣之助
　　　　　　　　　　　　　八十四番　　荘田平五郎
　　　　　　　　　　　　　百二番　　　谷敬三
　　　　　　　　　　　　　百九番　　　森嶋松兵衛

東京商工会議事要件録　　第一五号・第四一―四六頁　明治一八年九月五日刊

　　　　会員出席スル者　○三十三名
○上略
次ニ会長（渋沢栄一）ハ是ヨリ定式会ヲ開クベキ旨ヲ告ゲ本年一月ヨリ六月迄半季間事務ノ成跡ヲ報告ス、即チ左ノ如シ
　　自明治十八年一月至同年六月　半季間事務ノ報告
○中略
　　　　政府ヨリ下問　　　三件
○中略
○各地農商工業上ノ衰況如何ニ付農商務卿ヨリ下問
　　本件ハ明治十八年五月廿五日附ヲ以テ西郷農商務卿閣下ヨリノ御諮問ニ係リ、其要旨ハ目下各地農商工業上ノ衰況ヲ調査シテ報答スベシト云フニ在リ、即チ同年六月廿二日第十二臨時会ニ於テ之ヲ審議シタルニ先ツ委員ヲ撰ンデ之ヲ調査セシムベシト云フニ決シタルニ付、其後会長ハ左ノ十名ノ委員ヲ指名シタリ
　　　　　　　　　　　　　八番　　　　　大塚藤平
　　　　　　　　　　　　　十六番　　　　益田克徳
　　　　　　　　　　　　　二十番　　　　大倉喜八郎
　　　　　　　　　　　　　四十二番　　　松尾儀助
　　　　　　　　　　　　　四十三番　　　梅浦精一
　　　　　　　　　　　　　四十五番　　　渡辺治右衛門
　　　　　　　　　　　　　八十二番　　　山中隣之助
　　　　　　　　　　　　　八十四番　　　荘田平五郎
　　　　　　　　　　　　　百二番　　　　谷敬三
　　　　　　　　　　　　　百九番　　　　森島松兵衛
　　此等ノ委員ハ同月廿九日集会ヲ開キテ調査ノ手続ヲ審議シ、其復申案ハ目下調査中ニ付其顛末ハ更ニ次季ヲ待テ之ヲ報告スベシ
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渋沢栄一書翰　　萩原源太郎宛　（明治一八年）七月一五日　　　（萩原英一氏所蔵）
○上略
不景気原因取調ニ付問合書面之義ハ再考之上取捨之廉有之歟と存候ニ付、両三日中ニ取究可申候得共、外ニ東京府より下問之取調物即市区改正ニ付之分ハ其後如何相成候哉、是又模様相伺候
右回答旁如此御座候　匆々不宣
　　七月十五日　　　　　　　　　　　　　　　渋沢栄一
　　　　萩原源太郎様

東京商工会々外諸向往復文書　第一号
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（東京商工会議所所蔵）
　　　　　　　　　　　　　　　　栄一　　印《（萩原）》
今般農商務卿閣下ヨリ各地農商工業上ノ衰況本会ヘ御諮問有之候ニ付本会ニ於テハ目下其復申案審査中ニ御座候処、先以連年各地田畑ノ小作料及土地ニ関スル政費ノ割合等参照仕度義有之、就テハ乍御手数何卒貴県下ノ分別紙雛形ニ準シ御取調ノ上本月卅一日迄御報告被下候様仕度、此段別紙相添御依頼申上候也
　　明治十八年八月三日　　　　東京商工会々頭　渋沢栄一
　　　　各地商法会議所宛
　　　　　　　　　　　　　　　　栄一　　印《（萩原）》
謹啓酷暑之候時下益々御清栄可被為渉奉拝賀候、陳ハ今般農商務卿閣下ヨリ各地農商工業上ノ衰況本会ヘ御諮問有之候ニ付、先以参考ノ為メ連年各地田畑ノ小作料及土地ニ関スル政費ノ割合等承知仕度存候処貴県下ノ分ニ就テハ何分外ニ取調方ノ依頼スヘキ場所無之甚ダ困却致候、就テハ何卒乍御手数貴県下ノ分別紙雛形ニ御取調被下本月卅一日迄御報告被下候様仕度、此段別紙相添厚ク御依頼申上候也
　　明治十八年八月三日　　　東京商工会々頭　渋沢栄一
　　　　各地銀行頭取宛
　　商工会無之地ヘハ各銀行者ヘ依頼スヘキニ付其文案ハ今一段依頼ノ趣旨ヲ認入御手数ナカラ外ニ御依頼申候場処無之ニテ云々ト申意味ニテモ認入申度候事《（栄一筆）》　栄一
（別紙）
　　　　取調雛形　○次頁ノ表参照
一右小作料及地租地方税区町村費ノ割合等ハ貴県下総体ノ平均高御取調被下候ヘバ最モ都合宜シク候ヘドモ、右ハ容易ニ御取調行届兼候事ト存候間、差向御最寄重立タル郡村二三ケ所ノ平均高ヲ御取調被下度、尤此場合ニ於テハ某地及某地ノ平均トカ、若クバ何郡最寄ノ平均ト御附記被下度候事
一小作料ニハ田地一反歩ニ付小作米何程、畑地一反歩ニ付小作金何程ト、ヤヽ一定ノ割合可有之候得共、此中年柄ニヨリテハ水損引・旱損引等ト唱ヒ幾分カ引去リ候事可有之、又時トシテハ未進等ト唱ヒ小作料ヲ延納致候事モ可有之存候、依テ前表ニハ前記一定ノ割合ニ拘ラズ地主ガ一反歩ニ付毎年正味収入スル実地ノ平均高ヲ取調ベ御
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　　　　　　　　　　　取調雛形

　記入被下度候事
一小作ノ種類ニヨリテハ一反歩ニ付小作料何程ト云ハズシテ、一蒔キニ付小作料何程ト云フガ如ク、其他種々ノ唱ヒモ可有之、此等ハ総テ一反歩ニ付何程ト換算シテ御取調被下度候事
一前表ニハ明治八年ヨリ同十七年迄ト記載致置候ヘドモ、若シ明治八年頃ノ分御取調行届兼候ハヾ差向最近ノ分、即チ明治十三四年頃ヨリ同十七年頃迄四五年分丈ニテ宜シク候事

　［明治十八年現在全国商法会議所及商工会《（附箋）》
　　東京　　　　　東京商工会
　　京都　　　　　京都商工会議所
　　大阪　　　　　大阪商法会議所　　五代友厚
　　　　　　　　　堺商業会議所　　　藤本荘太郎
　　神奈川　　　　横浜商法会議所　　原善三郎
　　兵庫　　　　　神戸第一国立銀行支店　　長谷川一彦
　　長崎　　　　　長崎商工会議所　　松田源五郎
　　新潟　　　　　新潟奥商会
　　函館
　　埼玉
　　群馬　　　　　前橋第三十九銀行　安井醇一
　　千葉　　　　　銚子商法会議所
　　茨城
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　　栃木　　　　　足利工商会
　　三重　　　　　三重商法会議所　　木村誓太郎
　　愛知　　　　　名古屋第十一銀行　中村与右衛門
　　静岡　　　　　静岡第三十五銀行　小林年保
　　山梨　　　　　山梨商法会議所　　栗原信近
　　滋賀　　　　　大津商工会議所　　高谷光雄
　　岐阜　　　　　岐阜第十六銀行　　渡辺甚吉
　　長野　　　　　飯田商法会議所　　奥村収蔵
　　宮城　　　　　宮城商法会議所　　遠藤敬止
　　福島　　　　　福島第一銀行支店　北村芳太郎
　　岩手　　　　　盛岡第一銀行支店　尾高惇忠
　　青森　　　　　弘前第五十九銀行　大道寺緊禎
　　山形
　　秋田　　　　　秋田商法会議所　　菅礼治
　　福井　　　　　武生商法会議所　　内田甚右衛門
　　　　　　　　　阪井商法会議所　　内田惣右衛門
　　　　　　　　　勝山商法会議所
　　　　　　　　　大野商法会議所
　　石川　　　　　大聖寺商法会議所　前田幹
　　富山　　　　　富山商法会議所　　関野善次郎
　　鳥取
　　嶋根
　　岡山　　　　　岡山第二十二銀行　村上長毅
　　広嶋
　　山口　　　　　赤間関商法会議所　佐々木男也
　　和歌山　　　　和歌山商法会議所　愛宕直三郎
　　　　　　　　　新宮商法会議所　　湯浅弥兵衛
　　徳嶋　　　　　徳島商法会議所　　山田楽
　　　　　　　　　撫養商法会議所　　篠原雅太郎
　　愛媛　　　　　高松商法会議所　　鈴木伝五郎
　　　　　　　　　松山商法会議所　　小林信近
　　高知　　　　　高知第七銀行　　　由比直枝
　　福岡　　　　　福岡商法会議所　　熊谷又七
　　　　　　　　　小倉商法会議所　　中原嘉左右
　　大分　　　　　大分第三銀行　　　磯辺八郎治
　　佐賀
　　熊本　　　　　熊本商法会議所　　白木為道
　　宮崎
　　鹿児嶋　　　　鹿児嶋商法会議所　山田海三
　　沖縄
　　札幌
　　根室

渋沢栄一書翰　　萩原源太郎宛　（明治一八年）九月九日　　　（萩原英一氏所蔵）
 - 第18巻 p.479 -ページ画像 
別紙小印済返上仕候、先日大坂商工会より相廻候不景気云々付復申書ハ尚余分有之候ハヽ一冊此者ニ御渡被下度候、先日之分ハ旅行中取落し候ニ付相願候義ニ御坐候
当商工会より之復申書も最早大概材料ハ相纏候事と存候ニ付近日委員会相開候都合ニ仕度、就而ハ右取調書類出来之模様至急御申越被下度候乍序此段申上候　匆々
　　九月九日　　　　　　　　　　　　　　　　　　　栄一
　　　　萩原様

渋沢栄一書翰　　萩原源太郎宛　（明治一八年九月）一七日　　　（萩原英一氏所蔵）
○上略
不景気原因取調書ハ貴兄と共々一覧致し度ニ付、明日午前十時頃銀行ヘ御越可被下候
右申上度　匆々
　　十七日　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　栄一
　　　　萩原源太郎様

渋沢栄一書翰　　萩原源太郎宛　（明治一八年）一一月一〇日　　（萩原英一氏所蔵）
○上略
拝見仕候、来ル十二日定式会之節例之不景気ニ付取調之草案委員会ニて一応相談可致事ハ拝承仕候、午後四時よリ小生も出席可仕候、且右草案ハ其前一覧いたし意見あらハ尚加除も御相談可致候　○中略
　　十一月十日　　　　　　　　　　　　　　　　渋沢栄一
　　　　萩原源太郎様

渋沢栄一書翰　　萩原源太郎宛　（明治一八年）一二月二一日　　（萩原英一氏所蔵）
別冊ハ先日一覧済ニ付返上仕候、不景気原因取調之事ハ何分小生之手許不捗取恐悚之至ニ候、年内余日無之候間来年ニ廻し候外致方無之と存候
○中略
　　十二月廿一日　　　　　　　　　　　　　　　渋沢栄一
　　　　萩原源太郎様

渋沢栄一書翰　　萩原源太郎宛　（明治一九年）二月二一日　　　（萩原英一氏所蔵）
○上略
昨日之御状拝読仕候、不景気取調之件復申案ハ今日再応熟覧之上朱字ニて尚加除いたし、且末文ニ少々字句相添申候、蓋シ是ハ各項中其方法をも附記仕度候得共夫ニてハ余リ長文と相成可申ニ付、末段ニ此一言を加ヘ候方ト存候義ニ御坐候　○中略
　　二月廿一日　　　　　　　　　　　　　　　　渋沢栄一
　　　　萩原源太郎様

東京商工会議事要件録　　第一八号・第三―五四頁　明治一九年四月刊
　　第十八臨時会　　（明治十九年三月九日午後六時十五分開会）
 - 第18巻 p.480 -ページ画像 
　　　　会員出席スル者　○五十四名
会長（渋沢栄一）ハ開会ノ主旨ヲ述ベ先ヅ前会ニ引続キ不景気救治策ノ逐条議ヲ開クベキ旨ヲ告ゲ、書記ヲシテ順次議案ヲ朗読セシム
　第一政費ヲ節約シテ農税ヲ軽減スル事
　　近来我国ノ農商工ハ物価下落ノ為メ大ニ其収益ヲ減シ、加フルニ政費増加ノ為メ其負担年々重ヲ加ヘ殊ニ農ニ於テハ甚ダ切迫ノ情態ヲ呈セリ、蓋シ一国ノ富強ヲ図ルハ国民一般ニ希望スル処ニシテ之ガ為メ其費用ヲ負担スルハ固ヨリ其分ナリト雖トモ、若シ民力ノ耐否ヲ考察セズシテ其負担ニ重ヲ加フルトキハ或ハ之ガ為メ国力消耗シテ遂ニ其希望ヲ達スル事能ハサルヲ恐ル、夫レ農商工業ハ国ノ元気ナリ、若シ此元気ニシテ衰頺ノ極ニ陥ルトキハ仮令堅艦利兵アルモ頼テ以テ其強ヲ観スニ足ラス、故ニ今日ノ急務ハ勉メテ政費ヲ節約シテ殊ニ農税ヲ軽減シ農民ノ休養ヲ図ラレン事実ニ本会ノ深ク切望ニ堪ヘサル処ナリ
七十四番（鳥海清左衛門）曰ク、原案ヲ賛成ス
会長（渋沢栄一）曰ク、前会ニ於テ既ニ陳述シタル如ク余ハ常ニ委員ト共ニ此議案ノ調成ニ与リタルヲ以テ各員若シ質議アラバ委員ニ代リテ之ヲ弁明スヘシ
十四番（川原英次郎）問テ曰ク、本項ノ冒頭ニ農税トアルハ地税ヲ言フカ
会長（渋沢栄一）答テ曰ク、農民ニ課スル租税ノ謂ニシテ重ニ地税ヲ言フ
三十二番（吉田幸作）問テ曰ク、本項ノ冒頭ニ農税ヲ軽減スルトアリ然ラバ本項ノ精神ハ只農民ニ課スル地税ノミヲ軽減シ商工ニ課スル地税ハ之ヲ顧ミザルノ意カ
会長（渋沢栄一）答テ曰ク、熟々統計ヲ案ズルニ明治十二三年以来一方ニハ国税・地方税・区町村費ノ土地ニ課スルモノ年々重ヲ加ヘ一方ニハ農産ノ価格減縮シタルガ為メ農民ノ最モ困厄ヲ受ケタルハ著明ノ事実ナリトス、故ニ本項ノ精神ハ重ニ農地ニ課スル租税ヲ軽減スルノ意ニシテ市街地ニ課スルモノヽ如キハ之ヲ減ズルノ主意ニアラザルナリ
十四番（川原英次郎）問フテ曰ク、農税ヲ軽減スベシトアルハ現行二分五厘ノ地税ヲ何分位ニ減ズルノ見込ナルヤ
会長（渋沢栄一）答テ曰ク、其割合ニ就テハ委員中確定シタル考案ナシ、蓋シ此等ノ事ニ関シテハ本案ノ末文ニモ略陳スルガ如ク追テ其筋ニ於テ本議ヲ採択セラレ其細目ニ就テ諮問セラルヽニ当リ更ニ討議ノ上復申スルノ見込ナリ
五番（奥三郎兵衛）三番（平野富二）共ニ原案ヲ賛成ス
本項ハ各員ノ異議ナク遂ニ原案ニ可決ス
　第二繁文ヲ省キ農商工ヲシテ時間ノ利用ヲ得セシムル事
　　我国人民ハ概シテ強壮ニシテ能ク勤労ニ耐フルノ力ニ富ムト雖トモ、独リ時間ヲ利用スルノ念ニ乏シキガ為メ往々事業ノ成功ヲ遅滞スル事アルハ本会ノ甚ダ遺憾トスル所ナリ、是蓋シ人民知識ノ贍富ナラサルニ由ルベシト雖トモ、抑モ亦現行制度ノ然ラシムル
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モノアリ、現ニ租税徴収ノ手続ノ如キ、諸願進達ノ手続ノ如キ頗ル繁雑ニシテ之ガ為メ往々就業ノ時間ヲ妨ゲ、人民ヲシテ政費ノ負担ヨリハ寧ロ時間ノ空費ヲ厭ハシムルモノアリ、夫レ政費増加ノ為メ負担ヲ重クスルハ固ヨリ人民ノ好マザル所ナリト雖トモ、政務ノ手続繁雑ノ為メ時間ヲ空費スルハ亦同ジク人民ノ最モ不便トスル所ナリ、故ニ今政費ヲ節約セラルヽニ当リ併セテ繁文ヲ省キ勉メテ農商工ヲシテ時間ノ利用ヲ得セシメラレン事、本会ノ深ク希望スル所ナリ
本項ハ各員異議ナク原案ニ可決ス
　第三流通紙幣ノ限度ヲ立ツル事
　　不換紙幣ノ経済ヲ紊乱スル事ハ敢テ此ニ喋々ヲ要セス、政府ハ近来幣制釐革ノ国是ヲ定メテ鋭意流通紙幣ヲ減縮セラレ明治十八年六月六日太政官第十四号ヲ以テ政府発行ノ紙幣ハ明治十九年一月ヨリ漸次銀貨ニ交換スヘキ旨ヲ布告セラレタリ、是実ニ多年経済上ノ病根ヲ救治スルノ偉業ト云フヘクシテ本会ノ公衆ト共ニ称賛敬佩スル所ナリ、然リト雖トモ凡一国ニ流通スル紙幣ニハ其国商売ノ情態ニ応シテ自ラ適当ノ限度アリ、若シ此限度ヲ超ヘテ俄ニ伸縮スルトキハ之ガ為メ物価ノ劇変ヲ来シ其商売上ニ与フル不便蓋シ浅少ニアサルヘシ《（ラ脱）》、今我国ニ流通スル紙幣ハ果シテ如何ナル高ヲ以テ適当ノ限度トスヘキヤハ容易ニ確言シ難シト雖トモ、姑ク数年来ノ経験ニヨレバ少クモ一億二三千万円ヲ以テ稍ヤ便利トスヘキガ如シ、今明治十八年十一月末ノ調査ニ拠レハ現時我国ニ流通スル紙幣ノ総額ハ政府紙幣及銀行紙幣ヲ合シ一億一千八百七十万〇七千〇十三円十三銭二厘アリ銀行紙幣ハ本来政府紙幣ト其性質ヲ異ニスル事勿論ナレトモ、我国ノ現況ニヨレハ其効用毫モ政府紙幣ト異ナラサルニ付暫ク之ヲ通貨トシテ観察ス而シテ此内、銀行紙幣三千〇三十二万六千五百十三円ハ明治十六年五月太政官第十四号ヲ以テ布告セラレタル改正国立銀行条例第百十二条ノ旨趣ニヨリ其営業年限内ニ悉皆消却スヘキ方法ナルヲ以テ、之ヲ扣除スルトキハ其残高八千八百三十八万〇五百円〇十三銭二厘ニシテ、是即チ我国ニ流通スヘキ紙幣ノ高ナリトス、蓋シ将来我国ノ商業発達スルニ従ヒ信約取引漸次拡帳《（張）》シテ通貨ノ欠乏ヲ多少補フ事アルヘシト雖トモ、其流通紙幣ノ額殆ド一億万円ニ下ラントスルハ其縮小ニ過グルニアラサルカ、抑モ紙幣ヲ減縮スル事ハ今日兌換ノ制度ヲ決行セラルヽニ甚ダ必要ノ方略ナルヘシト雖トモ、若シ減縮ノ一方ニ偏急ナルトキハ商売上ノ不便或ハ之ヲ増加セラルヽノ時ニ劣ラサルモノナキヲ保セズ、故ニ本会ニ於テハ今此兌換ノ制度ヲ決行セラルヽニ当リ其美挙ヲ称賛スルト同時ニ併セテ流通紙幣ノ限度ヲ立テ此上減縮ノ一方ニ偏急ナラサラン事ヲ私ニ希望シテ措カサルナリ
本項ニ就テハ七十四番（鳥海清左衛門）ハ本項中我国ニ流通スル紙幣ハ一億二三千万円ヲ以テ便利トスルガ如シトアレトモ、現ニ我国ノ歳入額ハ紙幣ノ流通額ト大差ナク是実ニ全国ノ不融通ヲ来ス所以ナレバ本項ノ説明中一億二三千万円トアルヲ一億七八千万円ニ改ムベシト切論シ、会長（渋沢栄一）ハ計算上ヨリ見レバ歳入額ト紙幣ノ流通額ト
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大差ナキ時ハ大ニ全国ノ不融通ヲ来スガ如シト雖トモ、実際ニ於テハ一旦国庫ニ流入スルモノハ再ビ市場ニ流出スベキモノナルガ故ニ敢テ之ガ為メ大ナル不融通ヲ来スモノニアラザル旨ヲ弁ジ、且ツ本項ハ流通紙幣ノ減縮ニ偏急ナルベカラズトノ意ヲ以テ立案シタルモノナレトモ、其説明中今我国ニ流通スル紙幣云々トアル字句ハ少シク妥当ナラザルニ付、此紙幣ノ二字ハ通貨ノ二字ニ改ムル方可ナラント述ベタルニ、偶々委員中本項説明中ニアル紙幣ノ文字ニ就キ其見解ヲ異ニスル者アリ、即チ四十二番（松尾儀助）十六番（益田克徳）八番（大塚藤平）二十二番（森島松兵衛）四十五番（渡辺治右衛門）ハ本項ノ精神ハ紙幣ニ限度ヲ立ツルノ意ナリト論ジ、二十番（大倉喜八郎）四十三番（梅浦精一）ハ通貨ニ限度ヲ立ツルノ意ニシテ、今日ノ場合ニハ紙幣モ銀貨モ同等ノ価格ナレバ、紙幣ト云フヨリハムシロ銀貨ト云フ方可ナラント云ヒ、双方ノ間種々ノ議論ヲ生シ、他ノ会員中ニモ多少ノ議論アリシガ、会長（渋沢栄一）ハ先ヅ紙幣ニ限度ヲ立ツルノ意ヲ可トスル者ニ起立ヲ命ジタルニ殆ド総起立ニ付、遂ニ本項ハ委員ニ於テ紙幣ニ限度ヲ立ツルノ意味ヲ以テ更ニ字句ヲ修正シ、直チニ復申スルニ決ス
　第四地租徴収期限ヲ改正スル事
　　我国地租徴収ノ期限ハ曩ニ明治九年一月二十四日太政官第三号ノ布告ヲ以テ始メテ之ヲ制定セラレ、其後数回ノ改正ヲ経シガ今其変遷ノ次第ヲ略叙スレバ左ノ如シ
　　　　○明治九年一月廿四日太政官第三号布告
　　第一期　該年七月一日ヨリ収入シテ同年九月卅日限完納スヘシ
　　　但シ市街ノ地租全額ノ半数及夏納金ノ類ハ各地ノ旧慣ニ仍リ収納シテ其他同年租額ノ内幾分カ納ムヘキ金額ヲ管庁ニ於テ適宜ニ定メ、此期限内ニ管庁ヘ徴収スル事トシ、納付ノ日限及金員等ハ該庁ニ於テ分賦ノ上管下ヘ触示スヘシ
　　第二期　該年十月一日ヨリ収入シテ翌年三月三十一日限完納スヘシ
　　　但シ市街ノ地租残額収納ハ旧慣ニ依ルヘシ、其他初納九月三十日迄ニ上納セシ残額ノ総数ヲ此期限内ニ管庁ヘ徴収スル事トシ該庁ヨリ管下ヘ分賦触示シ方等ハ上ニ同シ
　　　　○明治十年七月十四日太政官第五十三号布告
　　第一期　該年七月一日ヨリ同八月三十日限　　　　畑方及宅地・山林・原野・牧場　　　二分
　　第二期　同九月一日ヨリ同十月卅一日限　　　　　同　　　　　　　　　　　　　　　　五分
　　第三期　同十一月一日ヨリ同十二月廿五日限　　　同　　　　　　　　　　　　　　　　三分
　　第四期　同十二月一日ヨリ翌年一月三十一日限　　田方　　　　　　　　　　　　　　　五分
　　第五期　同二月一日ヨリ同三月卅一日限　　　　　同　　　　　　　　　　　　　　　　三分
　　第六期　同四月一日ヨリ同四月三十日限　　　　　同　　　　　　　　　　　　　　　　二分
　　　　○明治十四年二月十七日太政官第十四号布告
　　第一期　該年七月一日ヨリ同八月卅一日限　　　　畑方及宅地・山林・原野・牧場　　　五分
　　第二期　同九月一日ヨリ同十月卅一日限　　　　　同　　　　　　　　　　　　　　　　五分
　　第三期　同十一月一日ヨリ同十二月十五日限　　　田方　　　　　　　　　　　　　　　五分
　　第四期　翌年一月一日ヨリ同二月廿八日限　　　　同　　　　　　　　　　　　　　　　五分
　　　　○明治十八年六月十五日太政官第十五号布告
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　　第一期　該年七月一日ヨリ同八月三十一日限　　　畑方及宅地・山林・原野・牧場　　　五分
　　第二期　同九月一日ヨリ同十月三十一日限　　　　同　　　　　　　　　　　　　　　　五分
　　第三期　同十一月一日ヨリ同十二月十五日限　　　田方　　　　　　　　　　　　　二分五厘
　　第四期　同十二月十六日ヨリ翌年一月二十五日限　同　　　　　　　　　　　　　　二分五厘
　　第五期　同一月廿六日ヨリ同三月廿一日限　　　　同　　　　　　　　　　　　　　二分五厘
　　第六期　同四月一日ヨリ同四月二十日限　　　　　同　　　　　　　　　　　　　　二分五厘
　　前表ニ示スガ如ク当初明治九年一月ニハ田方・畑方ヲ区別セズ其租額ヲ二期該年七月一日ニ始リ翌年三月卅一日ニ終ルニ徴収スル事ニ定メラレ明治十年七月ニ至リ更ニ田畑等ヲ区別シ各種ノ地租ヲ六期該年七月一日ニ始リ翌年四月卅日ニ終ルニ徴収スル事ニ改メラレ、其後明治十四年二月更ニ之ヲ四期該年七月一日ニ始リ翌年二月廿八日ニ終ルニ短縮セラレシガ明治十八年六月十五日ニ至リ更ニ復タ之ヲ六期該年七月一日ニ始リ翌年四月二十日ニ終ルニ延長セラル、是則チ現今行ハルヽモノトス、斯ノ如ク我国地租徴収ノ期限ハ明治九年以来今日ニ至ル迄其長短寛厳時ニ同シカラズト雖トモ、要スルニ全国均一ノ制度ナルガ故ニ此際各地方ノ農民ハ同時ニ産米ヲ急売セントシ、勢米価ヲシテ遽カニ低落セシムルノ情況アリ、殊ニ其期限短縮セルガ故ニ全国ノ通貨一時俄ニ中央ニ集合シテ復タ容易ニ散出スル事ナシ、是各地方ニ於テ常ニ通貨ノ欠乏ヲ告ゲ納租者ノ大ニ困難ヲ極ムル所以ナリ、蓋シ往時徳川政府ノ治下ニ在リテハ所謂御年貢米金銀皆済ノ期月ヲ均一ニセス、例ヘバ武・総・野ノ如キ都府ニ接近シテ且ツ運漕ニ便利ナル国ハ其ノ期月ヲ正月トシ、越後・出羽ノ如キ都府ニ遠隔シテ運漕モ亦不便ナル国ハ之ヲ七月トスルガ如ク、要スルニ其ノ期限ハ専ラ諸国ノ地勢ニ応シ適宜ニ之ヲ定メタルモノヽ如シ、今ヤ我国運輸ノ道開通シテ全国ノ物価平準ヲ得ル事決シテ昔日ノ比ニアラズ、然リト雖トモ武・総地方ト越・羽地方ト同一ノ期限ヲ以テ地租ヲ徴収スルガ如キハ納租者ノ最モ不便トスル所ナリ、抑モ徴税ハ之ヲ一時ニセズシテ例ヘバ一年ノ租額ヲ六千万円ト仮定スルトキハ毎月五百万円ヲ徴収スル事トシ、全国各地方ヲシテ大略融通ノ道ヲ得流用ノ便ヲ達セシムルヲ以テ最モ良制トスト雖トモ、如此ハ歳計ノ都合ニヨリ或ハ実施シ難シトスレハ更ニ現行均一ノ制度ヲ改メ凡ソ地租ハ毎年七八月頃ヨリ翌年五六月頃迄ノ間各地ノ摸様ニ応ジ適宜期限ヲ定メテ徴収セラレン事、是本会ノ深ク希望スル所ナリ
本項ハ各員異議ナク原案ニ可決ス
　第五農商工業ヲ一層奨励スル事
　　聞ク所ニヨレバ欧洲諸国ニ於テハ農商工業者中爵ヲ有スル者少カラズ、随テ其地位人ヲシテ羨望セシムルモノアリト云ヘリ、然ルニ我国ニ於テハ数百年来ノ因襲ニヨリ一般ニ農商工ヲ賤視スルノ風アリテ之カ為メ大ニ其進歩ヲ沮滞スルモノアリ、是蓋シ我国ノ人民自ラ進ムノ念ニ乏シキヨリ致ス所ナルヘシト雖モ、畢竟之ヲ奨励スルノ道ニ於テ猶欠ク所アルニヨラズンバアラズ、蓋シ政府ハ近来大ニ農商工業ヲ奨励セラレ博覧会・共進会開設ノ挙ノ如キ専売特許条例・商標条例制定ノ挙ノ如キ之カ為メ農商工業ノ進歩ヲ幇助シタル事浅少ニアラスト雖トモ、退テ熟々実際ノ情況ヲ査
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察スルニ猶未ダ足ラザル所アルガ如シ、故ニ今後ハ一層奨励ノ道ヲ尽サレ例ヘバ農商工ニ関スル法令ヲ定ムルニ当リテハ可成当業者ノ意見ヲ諮問シテ之ヲ参考スルト云フカ如ク、或ハ其事業ニ功労アリテ公衆ノ亀鑑タルヘキ者ハ之ヲ褒賞シテ名誉ヲ表章スルト云フカ如ク、要スルニ之ヲ敬愛シテ其地位ヲシテ益々重カラシムルノ道ヲ尽サレン事是本会ノ深ク希望スル所ナリ、既ニ農商工ヲシテ名誉ノ地タラシメバ各当業者ハ自ラ発奮励磨シテ大ニ各業ノ進歩ヲ促サン事本会ノ信ジテ疑ハザル所ナリ
本項ハ各員異議ナク原案ニ可決ス
　第六現行裁判ノ制度ヲ改正シ財主ヲシテ安心ヲ得セシムル事
　　熟々現行裁判ノ制度ヲ案ズルニ債主カ負債主ニ対シ貸金要求ノ訴ヲ起スニ当リ、其裁判終決ヲ得ル迄ニハ多分ノ時日ヲ要シ、此間負債主ニ於テ往々不正ノ所業ヲ為ス者アリ、殊ニ負債主ガ身代限ノ処分ヲ受クル場合ノ如キ種々口実ヲ設ケ巧ニ時日ヲ稽延シテ陰ニ己ノ財産ヲ隠匿シ、以テ債主ヲシテ非常ノ困厄ヲ被ラシムル事其実例少カラズ、是本会ノ常ニ遺憾トスル所ナリ、夫レ商業取引ハ一瞬ノ時間ト雖モ之ヲ忽ニスベカラザルモノナリ、然ルニ尋常貸金要求ノ訴ノ如キ其事理極メテ簡明ナルモノニシテ猶裁判終決ヲ得ル迄ハ殆ド十数月ノ時日ヲ空費シテ、負債主ヲシテ往々奸曲ヲ行フノ余地ヲ得セシムルニ至ルハ財主ノ最モ困苦スル所ナリ、既ニ財主ニシテ常ニ危懼戒心シテ其資本ヲ有利ノ途ニ放下スルヲ好マザラシムレバ焉ゾ信憑発育シテ融通円滑ナル事ヲ望ムベケンヤ、顧フニ近来政府ガ鋭意信約取引ノ拡張ヲ企図セラレ民間有志者ニ於テモ只管之ガ普及ヲ経画スルニモ拘ラズ、取引上ノ信憑依然トシテ進歩ノ跡ナク市場ノ融通却テ益々渋滞セントスルカ如キハ抑モ亦現行裁判ノ制度ニヨリテ然ルモノナキヲ得ンヤ、是本会カ特ニ現行裁判ノ制度ニ改正ヲ切望スル所以ナリ
本項ニ就テハ十四番（川原英次郎）ハ、本項ニ記スル所ハ単ニ金銭貸借ノ場合ノミニ就テ言フガ如シト雖トモ、商品取引ノ場合ニ於テモ裁判遅延ノ為メ当業者ノ困苦スル事少ナカラズ、故ニ本項ニハ商法裁判所ノ設置ヲ望ミ総テ商業ニ関スル裁判法ヲ改良シタシト論ジ、二十番（大倉喜八郎）ノ賛成アリ、又十六番（益田克徳）ハ裁判ノ制度ニ関シテ詳論スル時ハ能ク一朝ニシテ之ヲ尽シ難シ、故ニ本項ニハ原案ノ如ク只其希望ノ大要ヲ略言シ当局者ノ注意ヲ促ス迄ニテ足レリト論ジ其他猶多少ノ議論モアリシガ遂ニ本項ハ冒頭ノ字句ヲ総テ商業上ノ裁判ヲ迅速ナラシムルノ意ニ改メ、委員ニ於テ此主意ニ基キ説明中ノ字句ヲ修正シ直チニ復申スルニ決ス
　第七外資移入ノ道ヲ開キ外人ニ内地雑居ヲ許ス事
　　抑モ我国ハ気候温和ニ地味豊肥ニシテ天賦ノ富源ヲ特有シ加之傭直極メテ低廉ニシテ頗フル興産ニ便利アリ、然ルニ只其資本ノ匱乏スルガ為メ産業未ダ振興スルヲ得サルハ本会ノ深ク遺憾トスル所ナリ、故ニ此際大ニ資本供給ノ道ヲ開ク事、実ニ目下ノ一大急務ナリトス、蓋シ資本ヲ増加スルノ法固ヨリ一ニシテ足ラズ、彼ノ信約取引ヲ拡張スル事ノ如キ亦是一法ナルベシト雖トモ近来社
 - 第18巻 p.485 -ページ画像 
会ノ悳義衰頽シテ信憑全ク地ニ墜チタルノ際ニ当テハ能ク此法ヲ利用スル事実ニ容易ニアラズ、然ラバ則チ此時ニ当リ資本ヲ増加セントスルニハ外資移入ノ道ヲ開クヨリ便且利ナルハナシ、而シテ之ヲ実行スルノ一着歩トシテ先ツ外人ヲシテ我国ノ公債証書ハ勿論諸会社ノ株券ヲ所有スルノ権利ヲ得セシムヘシ、若シ必要ナル場合ニ臨テハ新ニ外債ヲ募集シテ興業ノ資本ニ充ツルモ可ナリ苟モ其方法宜シキヲ得ハ充分ノ供給ヲ得ル敢テ難キニアラサルナリ、又外人ニ内地雑居ヲ許ス事ハ経済上種々ノ利益アリ、就中外資ヲ移入スルニ於テ最モ便利ナルモノアリ、若シ果シテ之ヲ実行スルトキハ啻ニ有形資本ヲ移入スルヲ得ルノミナラズ智識熟練等ノ無形資本ヲモ移入スルヲ得ヘキガ故ニ之ガ為メ我国ノ産業ヲ振興シ目下農商工業ノ衰況ヲ救治スルニ於テ意外ノ効験ヲ奏スヘシト信ス、蓋シ将来我国ノ富実ヲ養成セントスルニハ先ツ勉メテ農商工業ノ改進ヲ企図セサルヘカラス、而シテ之ガ改進ヲ企図スルニハ政府ノ誘掖指導ヲ要スル事勿論ナリト雖トモ、其改進ノ速力ヲ前途ニ保維セシムルニハ啻ニ政府之ヲ奨励スル等ノ他動ノ力ノミニ依頼セズシテ更ニ自ラ奮励興起スル自動ノ力ヲ発育セシムルヲ要ス、而シテ其方法ハ先ツ外人ニ内地雑居ヲ許シ、我国農商工業ノ局面ニ一大刺激ヲ与フルヨリ良キハナシ、然ラハ則チ外資移入ノ道ヲ開キ外人ニ内地雑居ヲ許スノ策タル啻ニ目下我国ノ衰況ヲ救治スルニ必要ナルノミナラズ、猶将来我国ヲシテ欧米ト対立シテ其富実ヲ争フノ地位ニ進マシムルニ於テモ亦欠クヘカラサル良策ナルヲ以テ、本会ニ於テハ特ニ其実行ヲ熱望シテ措ク能ハサルナリ、或ハ此等ノ策ヲ以テ恰モ敵国ニ兵ヲ仮スルガ如ク甚ダ危道ナリト云フ者ナキニアラサルヘシト雖トモ、経済ノ道ハ内外ノ別アルコトナク資本ノ廉所ヲ去リテ貴所ニ就クハ富ノ本性ナリ、此本性ニ従テ其流動ヲ自在ナラシムルハ是豈完全ノ策ニアラズヤ若シ之ヲシモ危道ナリト云ハヽ天下何事カ危道ナラサランヤ、蓋シ之ヲ実行スルニ当リテハ固ヨリ適当ノ方法ヲ要スヘクシテ当局其人ニ乏シカラザレバ本会敢テ玆ニ論及セサルナリ
会長（渋沢栄一）ハ本項ニ就テハ委員中ニモ意見ヲ異ニスル者アリ、又現ニ出席ノ会員中ヨリモ意見書ヲ差出シタル者アリトテ書記ヲシテ之ヲ朗読セシム
　　　　　　意見書
　去月廿六日配附相成候不景気之儀ニ付復申案ノ意案七項ヲ熟考仕候ニ其第一項ヨリ六項迄ハ追テ議場ニ於テ意見ヲ陳述可仕候得共、第七項ニ至リテハ実ニ之カ重大ノ件ニシテ同胞三千八百有余万人ノ利害得失ニ関係致義ニテ容易ニ利害ヲ述ル不能、然レトモ内地雑居ヲ許シテ外人ト軒ヲ交ユルノ日ニ至ラハ原案ノ明文ニモアル如ク外資移入スルノ便ノミナラズ、智識煉磨ナル外人ヲシテ我農商工業ヲ改良シ其面目ヲ一洗セシムルトキハ必スヤ外人ノ需要ヲ広大ニシ、随テ我国殖産ヲ増加シ今日マデ寥々タル商業一朝豹変シテ大ニ隆盛ヲ来ス敢テ疑ヲ容レザル所ニシテ経済ノ主針タル此挙ニ外ナラザルベシ仰冀クバ速ニ内地雑居ノ美挙アラン事ヲ切望ニ堪ヘザルナリ、然
 - 第18巻 p.486 -ページ画像 
レトモ原案ノ明文アル所ヲ以テ考察スレバ不景気挽回ノ外ナラズ且ツ末項ノ其細節ニ至テハ云々アリ、蓋シ定約改正ノ為メ雑居ヲ許サザルヲ得ザルヤハ我輩今予メ陳述スル不能、乍去定約改正ノ為メ雑居ヲ許サヾルヲ得ザルモノトスルモ奈何セン未ダ我国ノ法律完全セズ、聞ク仏国ニ於テハ憲法・民法・商法・訴訟法・刑法・治罪法六法ノ外ニ種々ノ条例ヲ以テ人民ヲ保護シ且雑居外国人ノ為メ設アル法律ヲ合セテ之ヲ遵守セシムルニアリト、我国ニ於テハ仏国六法ノ内二法即チ刑法・治罪法アリト雖トモ訴訟法ノ如キハ漸ク訴訟手続ノミ、民法・商法ノ如キモ形アルノミ、果シテ雑居ヲ許スニ方テハ是等及小作条例・幼属責任破産法等最モ欠クベカラザルノ法律完全セザル間ハ外国人ト雖トモ或ハ惑フ所ナキ能ハズ、況哉我国人民ハ未ダ法律商売ノ何タルヲ知ラズ、実ニ幼稚ナルニ於テヲヤ、而シテ我国ノ法律ハ外国法ヲ人情ニ折衷制定セラルト、果シテ然バ若シ雑居外人ト自国人ノ間ニ紛議起ルトキハ彼レハ伶利ニシテ鍛錬ナル生産国ノ法律ヲ引用スルモ我レハ外国交通未ダ日浅ケレバ百事不熟練ヨリシテ往々失敗ヲ蒙ルノ恐レナキモ計ル可カラザルナリ、依テ今我輩ノ考フル所ニテハ此七項ハ他日ノ問題トシテ之ヲ除キ、第一項ヨリ六項迄ヲ聊修正復申シ、幸ニ其筋ノ採用セラルヽニ於テハ不景気挽回ノ救助ナルベク、而シテ外資移入雑居ノ件ハ各会員諸君ト共ニ篤ト利害得失ヲ研究シ、追テ其筋ヘ建議候事ニ仕度、猶詳細ノ義ハ議場ニ於テ陳述可仕候也
　　明治十九年三月
　　　　　　　　　　　　　　　五番　　　　奥三郎兵衛
　　　　　　　　　　　　　　　拾四番　　　川原英次郎
　　　　　　　　　　　　　　　二拾四番　　松木平吉
　　　　　　　　　　　　　　　三拾二番　　吉田幸作
　　　　　　　　　　　　　　　五拾九番　　鈴木周四郎
　　商工会々頭
　　　　渋沢栄一殿
七十四番（鳥海清左衛門）曰ク、余モ此意見書ニ述ブル所ニ同意シ、本項ヲ削除セン事ヲ望ム
二十番（大倉喜八郎）曰ク、余ハ二十年前ヨリ海外貿易ニ従事シ、今ヲ距ル十三年前ヨリ英国倫敦ニ支店ヲ創置シテ其業ヲ営ミ海外ノ事情ニ就テハ聊カ得ル所アルニ付諸君ノ参考ノ為メ爰ニ卑見ヲ吐露スベシ、第一外資ヲ移入シ外人ニ内地雑居ヲ許セバトテ直ニ不景気ヲ挽回スベシト云フ事ハ決シテ一概ニ定メ難シ、殊ニ物ニ軽重ノ度アレバ内国租税納期ヲ改正シ、或ハ商業裁判ヲ迅速ナラシムル等ノ事ト、国家重要ノ一問題ニシテ軽々其利害ヲ判定スベカラザルモノトヲ混交シテ復申スルハ余ノ同意ヲ表スル能ハザルモノニ付、本項ハ不景気救治策中ヨリ之ヲ除キ、更ニ後日本会ノ一問題トシテ充分利害得失ヲ審案シ然ル後之ヲ其筋ヘ上申セント欲ス、請フ本項ノ我国ノ利害ニ至大ナル関係ヲ有スル所以ヲ述ベン夫レ外人ニ内地雑居ヲ許スニ就テハ、第一其国ノ位置及大小ニ依テ利弊ノ分ルヽ所大ナルモノアリ、米国ノ如キ濠洲ノ如キ国土広
 - 第18巻 p.487 -ページ画像 
濶ニシテ人口稀少ナル国柄ニ於テ雑居ヲ許ス時ハ移住ノ外人資本ト智力トヲ輸入シテ以テ其土地ヲ開拓シ、自ラ其地主トナリ、人口ノ集合スルニ随ヒ議院ヲ造リ集会所ヲ設ケ以テ公私ノ便益ヲ計ル等百事資産ヲ保護スルノ便法ヲ得ルノ望ミアルガ故ニ資力アル者爰ニ移住シテ能ク其国ノ富強ヲ資クベシト雖トモ、之ニ反シテ国土狭少ニシテ人口繁殖セル国柄ニ於テ雑居ヲ許ス時ハ資力名望アル輩ハ移住セズシテ奸黠不良ノ徒移住シテ啻ニ其国ヲ利セザルノミナラズ、却テ其国民ノ職業ヲ奪ヒ社会ヲシテ益々貧弱ナラシムルニ至ルモ計ルベカラズ、印度ノ如キハ国土大ナリト雖トモ人口亦多キガ故ニ移住外人ノ数ハ十五万人ニ満タズト聞ク、而シテ熟々其衰頽ノ現況如何ヲ観察スレバ内地雑居未ダ必ズシモ国ノ富強ヲ資ケザルヲ知ルニ足レリ、今土地狭小ニシテ人口蕃殖セル我国ノ如キ国柄ニ於テ雑居ヲ許シ果シテ其国ニ利益ヲ与フベキヤ、次ニ亜細亜ニ在ル某帝国ノ如キ其習俗ニ宿弊アルガ為メ米国ニ於テ其人民ノ移住ヲ拒絶セラレタルニアラズヤ、然ルニ此等ノ諸点ヲ考察セズシテ一般ニ移住ヲ可トシ、他日若シ其ノ害ヲ被ルニ至ラバ臍ヲ噛ムモ及バザルナリ、余ハ敢テ雑居ヲ拒ム者ニアラズ、素ヨリ開国論者ナリ、故ニ彼我ノ利害ニ就テハ適実ノ審議ヲ遂ゲン事ヲ望ム、蓋シ文明国民ト雑居シ都会ニ軒ヲ並ベテ営業スルニ至ラバ啻ニ外資ヲ移入スルノミナラズ智識熟練等無形ノ資本ヲモ移入シ大ニ我国ヲ利スベキハ余固ヨリ之ヲ信ズト雖トモ、之ニ伴フノ弊害モ亦大ニ顧慮セズンバアラズ、余ハ此内地雑居ノ事タル若シ一着歩ヲ誤ルニ於テハ忽チ国ノ存亡ニ係ルヲ恐ルヽナリ、故ニ此項ハ他日本会ノ一問題ト為シ、我会員ハ勿論地学協会ノ如キ亜細亜協会ノ如キ又ハ近設ノ貿易協会ノ如キ何レモ我国ノ利益ヲ保護スルノ目的ヲ以テ成立ツモノナレバ、是等ノ諸協会其他学者社会ヘモ広ク其意見ヲ諮詢シ丁寧ニ之ガ審案ヲ遂ゲ、然ル後其筋ヘ上申セン事ヲ望ム
二十六番（石関利兵衛）曰ク、余ハ二十番（大倉喜八郎）ト同感ヲ抱ク者ナリ、現ニ我国在留ノ支那人中ニハ新潟又ハ府下築地ニ於テ酒類ヲ醸造シ日本政府ガ定メタル造酒税ヲモ納メズシテ之ヲ内地ニ廉売スル者アリテ、我酒類営業人ハ之ガ為メニ非常ノ困難ヲ感ジタリト云ヘリ、他日外人内地ニ雑居スルニ至ラバ其害決シテ今日ノ如クニ止ラザルベシ、是豈ニ恐ルベキニアラズヤ
四十二番（松尾儀助）曰ク、内地雑居ノ事ニ就テハ過刻来種々ノ反対説モアリタレトモ余ハ委員ノ一人ニシテ熱心ニ之ヲ賛成スル者ナリ、是レ蓋シ外人ニ内地雑居ヲ許シ内外貿易ヲ盛ンニスルニアラザレバ到底我国ノ不景気ヲ恢復スル能ハサルヲ信スレバナリ、抑モ我外国貿易ハ維新以来漸次隆盛ノ域ニ進ミ輸出物ノ数量亦次第ニ増加セザルニアラズト雖トモ、我工業者ガ欧米人ノ使用スル物品ノ嗜好ヲ熟知セザルヨリ我輸出品ヲシテ特有物産トナリテ永ク欧米市場ニ於テ其価格ヲ維持スル事能ハザラシメ、随テ取引上意外ノ損失ヲ来ス事少シトセズ、今若シ外人ニ内地雑居ヲ許ス時ハ彼我ノ交際漸ク親密ヲ加ヘ我工業者ガ彼ノ嗜好如何ヲ熟知シ、今
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日ノ如ク物品ノ流行ヲ需用者ニ制限セラルヽ事ナク却テ我々供給者ガ欧米市場ノ流行ヲ支配シ、之レガ為メ内外貿易次第ニ進歩シ我商工業ヲシテ活動セシムルニ至ルハ余ノ深ク信ズル処ナリ、加之外人ノ智識経験ニ富ムハ諸君ノ能ク知ラルヽ処ニシテ往年倫敦ニ於テ開設シタル発明品博覧会ノ際ニモ外人中松葉ヲ以テ製シタル織物ヲ出品シ大ニ世上ノ喝采ヲ博シタル者アリタルガ、今若シ斯ノ如ク慧敏ナル外国人ガ我内地ニ雑居スルニ至リナバ有形ノ資本ハ勿論智識熟練ヲモ移入シ来リ、北海道ノ雑草ヲ製シテ我国ノ産物ト為スニ至ルヤモ知ルベカラズ、而シテ我工業者ノ如キモ亦固有ノ美術工芸ト移入ノ智識経験トヲ利用シテ大ニ天賦ノ富源ヲ開発シ以テ我国ヲシテ益々隆盛ナラシムルニ至ルベシ、夫レ今日ノ不景気タル畢竟人為ニ出ヅルモノニシテ余ヲ以テ之ヲ見レバ今日ハ猶不景気進行ノ中途ニシテ、其極度ニ達スルハ今ヨリ数年ノ後ニアリト思考ス、左レバ今ニシテ能ク確乎タル救治策ヲ施スニ非ザレバ之ヲ回復スル事実ニ容易ニ非ズ、蓋シ其方法固ヨリ一ニシテ足ラザルベシト雖トモ先ヅ外人ニ内地雑居ヲ許シ、移入ノ智識経験ヲ以テ天賦ノ美術工芸ヲ練磨シ我ガ貿易ヲシテ将来益々振作セシムルニ若クモノナシ、今玆ニ海外諸国及我国ノ輸出入額ヲ挙テ各其人口ニ付割合ヲ対比スレバ
国名　　　　　　　　　　　　　　　　輸入　　　　　　　　人口一人ニ付割合　　　　　　輸出　　　　人口一人ニ付割合
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　円　　　円　　　　　　　　　　　　　　　　　円　　　円
英国　　　　　千八百七十七年　一、九七二、〇九八、四一〇　五八・九六〇　本国　九九四、四六五、三三五　二九・七三一
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　属地　二六七、二六四、七七五　九六・六八九
仏国　　　　　千八百七十六年　　　八七〇、〇〇〇、〇〇〇　二三・二〇〇　　　　九六四、〇〇〇、〇〇〇　二六・二〇〇
全濠洲及二島　千八百八十年　　　　二二五、二五三、三二五　八二・二九九　　　　二四四、三三〇、八四〇　八九・二七〇
伊国　　　　　千八百七十六年　　　二六六、〇二九、五六五　　九・五七〇　　　　二四三、三八四、二四〇　　八・七六〇
日本　　　　　千八百八十三年　　　　二八、九八三、九三二　　　・七八三　　　　　三七、八六〇、一四二　　一・〇二三
　　前表ニ拠リテ我国ノ輸出入額ヲ英仏ニ比スルニ其割合ノ相懸隔スル実ニ驚クベキモノアリ、試ニ之ヲ伊国ニ比スルモ猶十倍以上ノ差アリ以テ我国ノ貿易猶甚ダ幼稚ナルヲ見ルニ足レリ、是レ余ガ外人ニ内地雑居ヲ許シ我ガ貿易ヲ振作スルニ非ザレバ到底不景気ヲ全治スル事能ハズト思考スル所以ナリ、蓋シ余ハ直チニ英仏ノ盛大ヲ望ムモノニアラズ、先ヅ姑ク伊国ヲ標準トシ徐々ニ歩ヲ進メ終ニ英仏ノ盛大ニ達セント欲スルナリ
十四番（川原英次郎）曰ク、先刻提出シタル意見書中ニモ記スルガ如ク我国ノ法律ハ猶甚ダ不完全ニシテ幼属責任法等未ダ具備セザルガ故ニ、若シ英仏米諸国ノ人民ヲシテ我国人ト雑居セシムルニ至ラバ裁判上種々ノ困難ヲ生ズル事アルベシ、加之彼レ我国人ヲ軽蔑シテ商業上種々ノ奸策ヲ逞クスル事亦決シテ之ナシト云フベカラズ、現ニ横浜居留ノ外国商人ノ中ニハ我国商人ト一旦取引ノ約定ヲ取結ビタル後ト雖トモ、偶々外国市場ノ景況己レニ不利ナル事アル時ハ破約ヲ申込ミ強テ其約定品ヲ押返ス者アリテ之ガ為メ我ガ売込商ノ迷惑スル事少カラズト聞ケリ、左レバ外国人ニ内地雑居ヲ許ス事ハ其利益固ヨリ少カラザルベシト雖トモ其弊害亦甚ダ恐ルベキモノアリ、且ツ此件ハ国家重要ノ問題ニシテ之ヲ救治
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策ノ一項トスルハ寧ロ不釣合ノ嫌アリ、故ニ余ハ飽迄本項ヲ刪除セン事ヲ切望ス
二十五番（丹羽雄九郎）曰ク、救治策中ニ内地雑居ノ項目ヲ列記スルハ不釣合ナリト議スル者アレトモ、目下我国ノ不景気ハ国家重大ノ件ナレバ之ヲ救治スルニ内地雑居ヲ以テスベシト云フハ決シテ不釣合ニアラズト思考ス、況ンヤ此内地雑居ノ事タル既ニ開国ノ主義ヲ定ムル以上ハ到底避クベカラザルモノニシテ、今日之ヲ許スハ頗ル好時機タルニ於テヲヤ、蓋シ本項説明中ニハ、外資ヲ移入スルガ為メニ内地雑居ヲ許スベシトアレトモ、余ノ見ル処ヲ以テセバ資本ノ事ハ実際左迄緊要ナラザルニ付、寧ロ商工業ノ局面ニ一大刺激ヲ与フルノ点ヲ以テ、内地雑居ヲ希望スルノ要旨トシタシ
四十三番（梅浦精一）曰ク、過刻十四番（川原英次郎）二十番（大倉喜八郎）等ノ反対論アリタルガ其要旨ハ蓋シ内地雑居ハ尚早シト云フガ如シ、夫レ今日ヲ以テ尚早シト云ハヾ果シテ何レノ日ヲ以テ適当ノ時期トスベキヤ、畢竟此等ノ論旨ハ恰モ小児ノ外出ヲ禁シテ遂ニ之ヲ愚ニスルモノニ均シ、誠ニ我国ノ現況ヲ見ルニ利息高貴ニシテ事業興ラズ商工一般ニ衰頽ヲ極ムルノ有様アリ、此際若シ低利ノ資本ヲ移入シテ巧ニ之ヲ運用スル時ハ事業容易ニ興リ商工随テ振作スルヲ得ベシ、且ツ論者ハ外国人ニ雑居ヲ許ス時ハ我国人ノ職業ヲ奪フベシト懸念スレトモ抑モ今日我国不景気ノ為メ労力者ノ如キ其職ヲ得ズシテ彷徨スル者其数少カラズ、此等ノ輩ハ他日外国人内地ニ雑居シテ新事業ヲ発企スルニ至ラバ容易ニ其職ニ就クヲ得ベシ、由是観之余ハ決シテ斯ヽル懸念ナキノミナラズ我国人ハ却テ之ガ為メ其ノ職業ヲ拡張スルノ便ヲ得ベシト思考ス、是豈不景気ヲ救治スルノ一大策ニアラズヤ、蓋シ治外法権ノ制タル大ニ我国人ノ利益ヲ害スルモノニ付他日内地雑居ヲ許スニ当リテハ必ズ此制ヲ廃シ、以テ外国人ヲシテ我国ノ法律ニ服従セシメザルベカラズ、而シテ我国ノ法律タル決シテ今日ノ如ク永ク不完全ノ地位ニ止ルベキモノニ非ズ、社会進化ノ情況ニ応ジテ漸次進歩スベキモノナレバ裁判上ノ不都合ノ如キハ敢テ顧慮スルニ足ラザルナリ、又二十番（大倉喜八郎）ハ内地雑居ノ事ハ重要ノ問題ニ付亜細亜協会・貿易協会等ノ意見ヲモ諮詢シテ丁寧ニ之ヲ審案シ然ル後復申スベシト論スレトモ、本会ハ東京商工業者ヲ代表スルモノナレバ只己レノ意見丈ヲ具陳スルヲ以テ足レリトス豈他ノ協会等ノ意見ヲ問フヲ要センヤ
十六番（益田克徳）曰ク、抑モ治外法権・海関税則・立合裁判法ノ事ノ如キハ当局者ノ当ニ審議スベキ所ニシテ、本会ニ於テ之ヲ審議スルヲ要セズ、只我々ガ玆ニ審議スベキ要点ハ内地雑居ノ果シテ不景気ヲ救治スベキヤ否ヤニ在リ、而シテ若シ本会ニ於テ此事果シテ不景気ヲ救治シ得ベシト思考スル時ハ直ニ其意ヲ上申スベキノミ、豈ニ他ノ協会等ニ諮詢スルヲ要センヤ、且ツ夫レ反対論者ハ外人ニ雑居ヲ許ス時ハ其弊害恐ルベキモノアリト議スレトモ、凡ソ苦楽ノ相伴フハ人事ノ常態ニシテ今若シ外人ニ雑居ヲ許ス時
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ハ我々ガ苦痛ヲ感ズル事ハ決シテ今日ノ比ニアラザルベシト雖トモ、我々ガ頼テ以テ幸福ヲ受クル事亦今日ニ勝ルモノアラン、今日我々ガ電信鉄道等文明ノ利器ヲ利用シテ営業上無限ノ便益ヲ受クルニ至リタルモ畢竟スルニ開国ノ賜ナリト云フベキナリ、若シ永ク東洋ノ小乾坤ニ蟄居シテ安心立命ヲ希望スルトナラバ寧ロ鎖国ニ若クモノナカルベシト雖トモ、既ニ開国ニ決心スル以上ハ須ク発奮砕励シテ外人ニ拮抗スルノ勇ナカルベカラズ、又反対論者ノ言フ如ク内地ニ移住スベキ者ノ中ニハ必ズ奸黠不良ノ徒モ多カラン、然レトモ此等ニ処スル為メニハ社会自ラ其道アリ、敢テ顧慮スルニ足ラザルナリ、或ハ内地雑居尚早シト云フ者アレトモ我ニ一年ノ進歩アレバ彼ニモ亦一年ノ進歩アリ到底幾年ヲ経ルモ適当ノ時期ヲ見出ス能ハザルベシ、故ニ寧ロ之ヲ今日ニ断行スルニ若カザルナリ
会長（渋沢栄一）曰ク、過剋来本項ニ就テハ種々ノ反対論モアリタルガ、抑モ各員中互ニ其見ル所ニヨリテ之ヲ可否スルハ固ヨリ毫モ妨ゲナシト雖トモ、只内地雑居ノ件ハ重大ニシテ之ヲ不景気救治策ノ中ニ列記スルハ不釣合ナリト云フニ至リテハ聊カ之ヲ弁ゼザルベカラズ、夫レ内地雑居ノ重大問題タル事ハ今更ニ言ヲ待タザル所ニシテ、今反対論者ガ之ヲ除クベシト言フモノハ畢竟不景気ヲ軽視スルガ為メナルベシト雖トモ、抑モ此不景気ノ事タル全国商工業ノ浮沈ニ至大ノ関係ヲ有スルモノナレバ其重大ナル事亦決シテ内地雑居ニ譲ルベカラズ、是レ委員ガ之ヲ救治策中ニ列記シタル所以ナリ
廿九番（西村庫次郎）曰ク、本項ニ就テハ反対論ヲ主張スル者モアレトモ、余ハ内地雑居ヲ以テ充分不景気ヲ救治シ得ベシト思考スルニ付、其筋ノ採否ハ暫ク措キ、兎ニ角原案ノ儘ニテ復申セン事ヲ望ム
十四番（川原英次郎）曰ク、第一項ヨリ第六項ニ至ル救治策ハ一旦其筋ニ於テ之ヲ実行セラレタル後ト雖トモ都合ニヨリテハ復タ之ヲ改正スルヲ得ベシ、然レトモ第七項ノ救治策ニ至リテハ一旦之ヲ実行セラレタル後ハ如何ナル事情アルモ再ビ之ヲ動カスヲ得ズ、是レ本議ヲ議スルニ当リテ最モ熟慮ヲ要スル所以ナリ、若シ夫レ採否ハ当局ノ都合ニ任スト申ス位ノ精神ナラバ寧ロ之ヲ言ハザルニ若カザルナリ、且ツ過刻モ既ニ略陳シタルガ如ク英国ノ如キハ外人雑居ノ事ニ就テハ各種ノ法令アリテ、例ヘバ外国人ハ移住後数年ヲ経ルニアラザレバ英国内ニ於テ不動産ヲ所有スベカラズ、或ハ入籍シタル後ニアラザレバ卸売ヲ為スベカラズト云フガ如キ条例アル趣ナレトモ、我国ニ於テハ未ダ斯ヽル条例ノ制定ナキガ故ニ、一旦外国人内地ニ雑居スルニ至ラバ我商工業者ガ彼ノ為メニ圧倒セラルヽハ蓋シ必然ノ勢ナラン、故ニ此内地雑居ノ件ハ暫ク救治策ノ中ヨリ除キ、他日更ニ本会ノ一問題トシテ充分其利害ヲ審議セン事ヲ望ム
二十番（大倉喜八郎）曰ク、我々反対説ヲ主張スル者ヲ以テ恰モ鎖国論者ト同視スル者アレトモ余ハ固ヨリ内地雑居ノ利益アルヲ知リ
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併テ其弊害ヲ恐ルヽ者ニシテ決シテ鎖国ヲ唱フル者ニアラズ、我商工会ハ実業家ノ集合スル処ナレバ世間ノ皮相論者ノ如ク一利ヲ見テ俄ニ之ヲ可決スルカ如キハ余ノ好マザル所ナリ、原案維持論者ハ外人ニ雑居ヲ許シ外資ヲ移入セバ不景気ヲ救治シ且ツ我商工業ヲモ振興スルヲ得ベシト議スレトモ、現ニ埃及ノ如キ「ペルシヤ」ノ如キ今日ノ衰運ハ皆外資ヲ移入シタルノ結果ニアラズヤ、夫レ負債ノ恐ルベキ小ニシテハ一家ヲ亡シ大ニシテハ一国ヲ失フモノアリ、豈思ハザルベケンヤ、由是視之外資移入未ダ俄ニ社会ニ利アリト速断スベカラザルナリ、之ヲ要スルニ内地雑居ノ利害ヲ論定スルニ先タチ治外法権ノ区域モ知ラザルベカラズ、我ヨリ法権ノ全廃ヲ望ミテ彼レ聴カザル時ノ処置法モ講ゼザルベカラズ其他移住人ニ対スル約束法等猶審案熟慮ヲ要スルモノ一ニシテ足ラズ、故ニ本件ハ更ニ別問題トシテ我商工社会ニ関スル所ヲ丁寧ニ審議セン事ヲ望ム
是ニ於テ会長（渋沢栄一）ハ議論全ク尽キタルヲ以テ先ヅ本項ヲ救治策中ヨリ除クベシト云フノ説ニ起立ヲ命ジタルニ、起立スル者二十九名、即チ多数ニ付之ニ決ス
　以上条陳スル各項ハ只其大綱ヲ略記スルモノナリト雖トモ、幸ニ採択セラルヽヲ得バ其施行ノ方法ニ至リテハ審思熟案シテ其宜ヲ撰バザルベカラズ、而シテ其細節ニ至リテハ本会亦少シク意見ナキニアラズ、故ニ更ニ御下問ヲ蒙ルノ栄ヲ得バ謹デ之ヲ復申セント欲ス
本項ハ異議ナク原案ニ可決ス

東京商工会議事要件録　　第一七号・第四三―四五頁　明治一九年三月二〇日刊

　　　　会員出席スル者　○六十六名
○上略
右終リテ会長（渋沢栄一）ハ是ニテ定式会ヲ終リタルニ付引続キ臨時会ヲ開クベキ旨ヲ告ケ、先ヅ第二号議案ヲ朗読セシメ（全文ハ次ニ分載ス）且ツ曰ク、此不景気ノ諮問案ヲ下附セラレタルハ昨年五月中ニシテ其後委員ハ集会シテ篤ト其調査法ヲ審案シタルニ只想像説ノミニテハ論拠明確ナラザルニ付、先ヅ紙幣ノ流通高、政費ノ割合等ハ勿論其他苟モ参考トナルベキ事項ヲ詳査シ統計ニ就テ立論スベシト云フニ決シ、爾後或ハ諸官衙ニ就キ或ハ各府県ノ商法会議所等ニ就キ只管材料ノ蒐集ニ尽力セシガ、中ニハ非常ニ手数ヲ要スルモノアリテ近頃ニ至リ漸ク其調査ヲ完了スルヲ得タリ、是レ今日迄時日ヲ移シタル所以ナリ、而シテ此草案ハ委員ガ前陳ノ材料ヲ審査シ且ツ各自ノ想像説ヲモ参酌シテ立案シタルモノニシテ、其大意ハ紙幣減縮政費増加ノ為メ農民ノ困厄ヲ来シタル事ヲ不景気ノ主因トシ、海外ノ不景気ヲ其助因トシテ各統計ヲ以テ其事実ヲ証明シ、終ニ至リ更ニ救治策七項ヲ条記シテ各説明ヲ附シタルモノナリ、余モ常ニ委員ト共ニ専ラ調査ニ尽力シタル者ニ付、若シ各員本案ニ就キ質議アラバ委員ニ代リテ答弁スベシ
本案ノ総体ニ就テハ各員異議ナキニ付会長（渋沢栄一）ハ更ニ議案ヲ
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数段ニ分チテ逐条審議セシム
　　（第二号議案）
　　　　（不景気ノ義ニ付復申案）　　○略ス
　　　○「不景気ノ義ニ付復申案」ノ逐条審議ハ第十六臨時会（明治十九年二月二十八日）第十八臨時会（明治十九年三月九日）ノ二回前後半ニ分タレテ行ハレシガ、第十六臨時会ニ於テハ主トシテハ計表ノ解説ヲ審議シタルモノニシテ原案ニ可決セラレタリ。ヨツテ後掲「不景気ノ義ニ付農商務大臣ヘ復申書」ト重複スルニヨリ資料ヲ省略セリ。尚要件録ハ三月九日ノ臨時会ヲ第十八回トナセドモ「十七」ガ正シク、以後総テ誤レドモ訂正セズ。

渋沢栄一書翰　　萩原源太郎宛　（明治一九年）三月一二日　　　（萩原英一氏所蔵）
不景気救治策之復申案中修正之草案御取調御遣被成拝収仕候、只今取込中ニ付明後日迄ニ熟覧尚御打合可申上候、委員ヘハ廻覧ニて相定候方と存候　○中略
　　三月十二日　　　　　　　　　　　　　　　渋沢栄一
　　　　萩原様

東京商工会議事要件録　　第一九号附録・第一―四八頁　明治一九年四月二〇日刊
　　　　不景気ノ義ニ付農商務大臣ヘ復申書
　昨明治十八年五月廿五日附ヲ以テ御諮問有之候各地農商工業ノ衰況等如何ノ件ニ就テハ其後数回ノ会議ヲ開キ篤ト遂審議候処、別紙ノ通リ議決仕候間不取敢復申仕候、尤本件ハ極メテ緊要ノ問題ニシテ且各地ノ実況ヲモ推究スベキニ付其往復等ニモ多少ノ時日ヲ要シ何分軽卒ニ議了シ得ヘカラサル義ニ有之、殊ニ之ガ原因救治策等ニ至リテハ最モ鄭重ノ審査ヲ要シ候ヨリ不得已今日迄遷引仕候義ニ御坐候、此段併テ上陳仕候也
　　明治十九年三月廿六日　　　東京商工会々頭
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　渋沢栄一
　　　　農商務大臣　伯爵　西郷従道殿
（別紙）
方今我国ノ農商工一般衰境ニ陥リタルハ之ヲ統計ニ徴シテ甚ダ著明ナリトス、其原因ニ至リテハ固ヨリ一ニシテ足ラザルモノアリ、今本会ノ審案スル処ヲ以テセバ、近来我政府ニ於テ幣制釐革ノ為メニ勉メテ紙幣ヲ減額セラレ政事改良ノ目的ヲ以テ漸ク政費ヲ増加セラレタルヨリ、農産ノ収利俄ニ減縮シ農民ノ困厄ヲ被リシモノ之ガ主因ナリト謂ハザルヲ得ズ、試ニ明治十二年ヨリ十七年ニ至ル六ケ年間流通紙幣ノ高並ニ政費ノ高ヲ提スレバ左ノ如シ

　　　　　年次　　　　　　　　　政府紙幣　　　　　　　　　　　　銀行紙幣　　　　　　　　　　　　　合計
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　円　　　　　　　　　　　　　　円　　　　　　　　　　　　　　　円
　明治十二年七月一日　一一三、四二七、九九二・〇〇〇　三三、〇七一、三四六・〇〇〇　一四六、四九九、三三八・〇〇〇
　同　十三年七月一日　一〇八、六八三、二〇三・六〇〇　三四、四一五、〇六四・〇〇〇　一四三、〇九八、二六七・六〇〇
　同　十四年七月一日　一〇五、九七五、七三三・九八二　三四、四〇九、八四四・〇〇〇　一四〇、三八五、五七七・九八二
　同　十五年七月一日　一〇五、六三五、二二八・三八二　三四、三九六、八一三・〇〇〇　一四〇、〇三二、〇四一・三八二
　同　十六年七月一日　　九八、二九〇、三五〇・四三二　三四、三二七、六九〇、〇〇〇　一三二、六一八、〇四〇・四三二
　同　十七年七月一日　　九三、四三二、二五七・六三二　三一、四一二、三八〇・五〇〇　一二四、八四四、六三八・一三二

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　（元統計院ノ調査ニ拠ル）

　年度　　　　　　　　国税　　　　　　　　　　　　地方税　　　　　　　　　　　区町村費　　　　　　　　　　　　　合計
　　　　　　　　　　　　　　　円　　　　　　　　　　　　　　円　　　　　　　　　　　　　　円　　　　　　　　　　　　　　　円
十二年度　五五、五七九、六八五・一七一　一一、四五七、三七一・〇〇〇　一二、九八一、七〇六・〇〇〇　　八〇、〇一八、七六二・一七八
十三年度　五五、二六二、四二一・六七八　一二、八六一、〇七〇・〇〇〇　一四、〇七〇、二〇三・〇〇〇　　八二、一九三、六九四・六七一
十四年度　六一、六七五、九二七・三九六　一七、三五五、七〇七・〇〇〇　一六、九八一、四五一・〇〇〇　　九六、〇一三、〇八五・三九六
十五年度　六七、七三八、五三五・三八五　一八、九八九、六六三・〇〇〇　一八、〇六三、六〇八・〇〇〇　一〇四、七九一、八〇六・三八五
十六年度　六七、六五九、七六二・七六九　一八、六八三、三一三・〇〇〇　一七、四三二、七〇八・〇〇〇　一〇三、七七五、七八三・七六九
十七年度　七〇、二六〇、七七六・〇〇〇　一七、五二九、六六三・〇〇〇　一七、四三二、七〇八・〇〇〇　一〇五、二二三、一四七・〇〇〇

　（国税ハ元統計院ノ調査ニヨリ地方税及区町村費ハ内務省県治局ノ調査二拠ル、但シ十七年度ノ区町村費ハ不詳ニ付仮リニ前年度ト同ジキモノト看做ス）

此表ニ拠レバ此六年間流通紙幣ノ額ハ次第ニ逓減シ政費ノ額ハ次第ニ増加シタルヲ知ルベク、而シテ通貨ノ増減ニヨリテ物価ノ高低スルハ経済上奪フベカラザルノ原則ナルガ故ニ、明治十三四年ノ交府下ニ於テ玄米一石ノ相場平均十円五六十銭ニ達シタルモノモ其後漸次下落シ明治十七年ニハ五円二三十銭トナリ、其他ノ貨物モ皆之ニ準ジテ其相場ヲ下落シタリ、試ニ米価ノ一ヲ以テ其高低ノ度ヲ比較スレバ殆ド半額以上ノ減価ナリトス、此際ニ当リ農民ノ負担スル政費ノ割合ハ仮令昔時ニ同一ナリトスルモ猶且ツ困難ナラザルヲ得ズ、然ルヲ況ンヤ政費ノ高ハ大ニ昔時ヨリ増加シタルニ於テヲヤ
本会ハ更ニ前説ヲ敷衍シ某証跡ヲシテ充分明確ナラシメンガ為メニ明治九年ヨリ十七年ニ至ル迄ノ各地方田畑一反歩ニ対シテ、地主ノ収入スル小作料ノ高、其負担スル政費ノ高及此政費ノ地券面価格ニ対スル割合等ノ項ヲ較計スルニ其大略ハ左表ノ如シ

　（本表ハ本会ニ於テ二府二十五県ヨリ報告ヲ得之ヲ統計シタルモノニ係ル）

此表ニ拠リテ此九年間農民収支ノ景況ヲ考察スレバ明治九年ヨリ十三年迄ハ地主ノ収益ハ漸ク増加シテ其負担ハ漸ク減少セシガ爾後明治十七年迄ハ全ク之ニ反シテ其ノ収獲ハ尚減ゼザルモ其価額ハ大ニ減少シ而シテ其負担スル政費ハ益々重ヲ加ヘタリ、加之十二三年ノ交農産ノ呼価騰上シタルヨリ農民一時浮利ノ勢ヲ作シ俄ニ生計ノ度ヲ進メタルガ為メニ今日ニ至リテ特ニ困難ヲ感ズルノ情一層切ナルモノアリ、或ハ説ヲ作ス者アリ曰ク、今日農民ノ困厄ハ只地主ニ止リ小作人ニ於テハ未ダ甚シキ窮状ヲ告ゲズト、斯言或ハ然ラン、然リト雖トモ我国ノ農民ハ一二ノ地方ヲ除クノ外ハ多クハ地主ニシテ小作人ヲ兼ヌルガ故ニ地主ノ困難ハ即チ小作人ノ困難ナリト云ハザルヲ得ズ、仮リニ政費
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ノ負担ハ地主ニ帰シテ小作人ハ之ヲ免カルヽモノトスルモ、既ニ農産ノ価格ハ漸ク低落シ、農業ノ方法ニ至リテハ未ダ改良スル処アラザルヲ以テ、小作人ノ如キハ夙夜労働辛苦シテ以テ豊歳纔ニ口ヲ糊スルニ過キズ、玆ニ明治十六年各地方毎一反歩各種農産ノ収支損益ヲ計算スレバ左ノ如シ

　（農商務省元書記局ノ調査ニ拠リ大坂府外八県ノ平均ニ係ル、而シテ表中甲種ノ計算ハ製産費ノ中ヨリ耕作手間代ヲ引去リ収穫価金ト対比シタルモノナリ、乙種ノ計算ハ製産費ト収穫価金ト対比シタルモノナリ、又本表ニ掲グル処ハ総テ地主ニシテ小作人ヲ兼ヌル者ノ収支損益ヲ示スモノナリ）
以上九種ノ農産中実綿・葉煙草・甘藷ノ三種ヲ除クノ外ハ製産費ト収穫価金トヲ比較セバ皆多少ノ損失アラザルハナシ、仮令製産費ノ内耕作手間代金ヲ除キ収穫価金ト比較スルモ其利益ハ甚ダ僅少タルニ過ギズ、小作人ノ窮迫スル亦以テ証明スルニ足レリ
夫レ農ハ我国人民中ノ最多数ヲ占ムルモノナリ、而シテ其衰頽スル年一年ヨリ加ハリ、偶々余資アル者モ危懼戒心シテ以テ其資ヲ有利ノ途ニ使用スルヲ得ズ、無資ノ細農ニ至リテハ或ハ産ヲ破リ家ヲ亡シ妻子離散シテ道路ニ呻吟スルモノ亦尠シトセズ、顧フニ十二三年ノ交ニ在リテハ僻陬ト雖トモ農夫ヲ賃スル尚且ツ得難シトセシガ、今日ハ然ラスシテ一村挙テ雇夫タラント欲スル者アルヲ見ルニ至レリ、是ヲ以テ農家大ニ購買力ヲ減シタルノミナラズ其生産上ニ於テモ亦或ハ昔日ヨリ退縮セシモノナクンバアラズ、農民ノ情態既ニ此ノ如クナレバ商工モ亦安ゾ独リ繁盛ナルベケンヤ、蓋シ物価騰貴ノ際ニ当リテハ都テ之ヲ買フ者ニ利アリテ之ヲ売ル者ニ損アリ、然リ而シテ一タビ其ノ低落スルニ臨ンデハ其情之ニ反シ商賈貨物ヲ買フテ暫ク之ヲ貯蔵スレバ随テ多少ノ損失ヲ喫シ、工人器物ヲ製出スレバ其間既ニ価格ノ低下ヲ来スモノトス、故ニ此時ニ当テハ、仮令多数ノ農民ヲシテ其購買力ヲ昔日ニ減ゼザラシムルモ商工業ノ萎蘼スルハ実ニ免ルベカラザルノ数ナリ、然ルヲ況ンヤ農民ノ購買力大ニ減耗シタルニ於テヲヤ、由是観之今日商工業ノ衰頽セルハ其淵源全ク農民ノ困迫ニ在リト断言スルヲ得ベシ
然リト雖トモ玆ニ述ブル処ハ商工業ガ内ニ被リタル衰頽ノ原因ニシテ尚外ヨリ波及セラレタル一原因アルヲ査察セザルベカラズ、蓋シ近来
 - 第18巻 p.495 -ページ画像 
世界ノ市場ニ於テ金価騰貴シ、且ツ貨物ノ供給大ニ増加シタル為メ一般ニ物価ヲ低落シタル事即チ是ナリ、夫レ世界ノ銀相場ハ慶応三年ヨリ明治五年ニ至ル迄著シキ変動ナカリシガ明治六年独逸政府ガ金貨鋳造条例ヲ発行シテ銀貨ヲ廃止シタルヨリ各国概ネ貨幣其他ノ目的ヲ以テ金ノ需用漸次増加シ、此際又米国産銀ノ数非常ニ多キガ為メニ一方ハ即チ金ノ需用ヲ増シ一方ハ則チ銀ノ供給ニ余リ大ニ其権衡ヲ失セリ今試ニ明治元年ヨリ明治十八年ニ至ル迄ノ毎年倫敦市場ノ銀相場ヲ査求スル処左ノ如シ
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　片
　　明治元年　　　（銀一「オンス」ニ付）　　　六〇　一／二
　　同　二年　　　　（同）　　　　　　　　　　六〇　七／一六
　　同　三年　　　　（同）　　　　　　　　　　六〇　九／一六
　　同　四年　　　　（同）　　　　　　　　　　六〇　一／二
　　同　五年　　　　（同）　　　　　　　　　　六〇　五／一六
　　同　六年　　　　（同）　　　　　　　　　　五九　一／四
　　同　七年　　　　（同）　　　　　　　　　　五八　五／一六
　　同　八年　　　　（同）　　　　　　　　　　五六　七／八
　　同　九年　　　　（同）　　　　　　　　　　五二　三／四
　　同　十年　　　　（同）　　　　　　　　　　五四　一三／一六
　　同十一年　　　　（同）　　　　　　　　　　五二　九／一六
　　同十二年　　　　（同）　　　　　　　　　　五一　一／四
　　同十三年　　　　（同）　　　　　　　　　　五二　一／四
　　同十四年　　　　（同）　　　　　　　　　　五一　一一／一六
　　同十五年　　　　（同）　　　　　　　　　　五一　五／八
　　同十六年　　　　（同）　　　　　　　　　　五〇　九／一六
　　同十七年　　　　（同）　　　　　　　　　　五〇　五／八
　　同十八年　　　　（同）　　　　　　　　　　四八　二／三
　　（倫敦「ビキスレー及アベル」社及倫敦支那ヱキスプレツスノ調査ニ拠ル）
此表ニ拠レバ明治六年ニハ倫敦ニ於テ銀一「オンス」ノ相場五十九片一／四ナリシガ、其後漸ク下落シテ明治十八年ニハ四十八片二／三トナリ、其下落ノ割合ハ殆ド二割ナリトス、而シテ此間横浜ニ於ケル倫敦為替相場モ亦非常ニ下落セシヲ見ルベシ、即チ明治五年五月頃ニハ四志六片ナリシモ、其後漸ク下落シテ明治十八年十二月頃ニハ殆ド三志四片トナリ其下落ノ割合ハ二割五分以上ナリトス、蓋シ此為替相場ハ輸出入物品ノ多少ニヨリテ変化スル事アリテ単ニ金銀相場ノ高低ノミニ従フモノナラズト雖トモ其主因ハ金価ノ騰貴ニ帰セザルベカラズ、既ニ世界ノ市場ニ於テ金価騰貴スルトキハ之ガ為メ一般ニ物価ヲ低落セシムルハ固ヨリ免ルベカラザルノ数ニシテ、之ニ加フルニ近来欧米諸国ニ於テ運輸進歩シ蒸気力発達シタル為メ、製造力大ニ膨脹シテ其極遂ニ貨物ノ供給ヲ増加シ之ガ為メ一層物価低落ノ勢ヲ助長シタル事モ亦蔽フベカラザルノ事実ナリトス、斯ノ如ク一方ニハ金価漸ク騰貴シ一方ニハ貨物ノ供給俄ニ増加シ、首尾互ニ相援引シテ以テ物価ヲ沈淪セシム、比年海外諸国一般ニ衰況ヲ呈シタルハ実ニ之ニ原因セズンバアラズ、此ニ明治三年ヨリ十八年ニ至ル迄倫敦市場重要品相場ノ比較ヲ示セバ左ノ如シ

　　　（前表ハ倫敦経済雑誌ノ調査ニ拠リ調成シタルモノニ係リ、弘化二年ヨリ嘉永三年ニ至ル六年間ノ平均相場ヲ仮リニ百個トシテ之ヲ本位ニ定メ、明治三年ヨリ同十八年マテ毎年一月一日ノ相場ヲ之ニ対照シテ其高低ノ割合ヲ算出シタルモノナリ）
此表ニ拠リ試ニ明治十八年ノ相場ヲ以テ明治六年ノ相場ニ比スレバ平均殆ド三割ノ下落ナリトス、亦以テ近来海外市場衰況ノ一斑ヲ窺フニ足ルベシ、既ニ海外諸国一般ニ衰況ヲ呈シタリトセバ我国豈独リ其余波ヲ免ルヽ事ヲ得ンヤ、左レバ従来海外市場ニ在リテ大ニ声価ヲ博シタル我国産モ近頃此一般不景気ノ風潮ニ制セラレテ其価格ヲ失墜シタルモノ挙テ数フベカラズ、而シテ此衰況ニヨリテ我国ノ貿易上ニ及ボシタル損毛モ蓋シ浅少ニアラズ、之ニ加フルニ金価騰貴ノ為メ特ニ貸借上ニ被リタル国損ヲ以テセハ其高果シテ如何ソヤ、然ラハ則チ近来世界ノ市場ニ於テ金価騰貴シ且ツ貨物ノ供給増加シタルノ事タル今日我国商工業ノ衰頽ヲ助成シタル外部ノ一原因ニアラズヤ、夫レ内ハ紙幣減縮政費増加ノ為メニ農民ノ購買力ヲ減耗シ、外ハ金価騰貴貨物ノ供給増加ノ為メニ輸出物品ノ価格ヲ減損ス、農商工業一般衰境ニ陥リタルハ亦怪シムニ足ラザルナリ
因テ又近来我国ノ貿易ハ如何ナル景況ナリシヤヲ査察スル為メ、玆ニ明治十年以来十七年ニ至ル迄ノ外国輸出入原価一覧表ヲ示セバ左ノ如シ

　　　　（十六年迄ノ分ハ元統計院ノ調査ニ拠リ、十七年ノ分ハ主税局ノ調査ニ拠ル）
 - 第18巻 p.498 -ページ画像 
此表ニ拠レバ我国ヨリ輸出スル貨物ハ明治十年ヨリ十五年迄ハ頻ニ其額数ヲ増進セシガ、十六年以降啻ニ騰進ノ勢ヲ呈セザルノミナラズ或ハ却テ退縮セントスルガ如キ勢アリ、又其輸入品ニ於テモ明治十四年以来漸ク衰微ノ一方ニ傾クノ跡ヲ示セリ、夫レ貿易ハ社会ノ事情進化スルニ従ヒ年々当ニ進歩スベキモノニシテ、殊ニ本邦ノ如キ維新以降官民一ニ此ニ注目シテ勉励スル所ナレバ日ニ月ニ其増進ヲ見ルベキ筈ナルニ、今明治十年ヨリ十四五年ノ交迄ハ其進歩ノ度意想ノ如クナリシモ爾後漸ク其進度ヲ止メタルノミナラズ或ハ却退セントスルモノハ畢竟外ニ在テハ金価騰貴シテ貨物ノ供給増加シタル為メ海外ノ市場衰況ヲ呈シタルト、内ニ在テハ紙幣減縮政費増加ノ為メ人民ノ購買力ヲ減耗シタルトニ由ルモノニシテ、亦以テ今日我国農商工業衰頽ノ程度ヲ推測スルヲ得ベシ
今本会ハ我国農商工業ノ衰頽ヲ以テ紙幣ノ減縮ト政費ノ増加トニ由ルモノトスレバ或ハ本会ノ意見ヲ誤認シテ幣制ノ釐正ヲ好マザルモノトスル者アルモ知ルベカラズ、苟モ此ノ如キ者アラバ宜ク又本会ノ深意ヲ弁明シテ以テ予メ其誣ヲ防ガザルベカラズ、請フ其深意ヲ述ベン、蓋シ我国ノ不換紙幣ヲシテ早ク兌換紙幣ノ美質ヲ得不変不易ノ良貨トナリテ永ク我国商業社会ノ権衡タラシメントスルハ本会ガ嘗テ翹足シテ望ム所ナリシガ、幸ニ我政府ハ明治十四年以降鋭意其籌画ヲ尽シ、一方ニハ紙幣ヲ逓減セラレ一方ニハ準備ノ正貨ヲ貯蔵セラレテ、今玆十九年ニ至リテ始メテ兌換ノ制ヲ実施セラレ、真成ニ国家ノ通宝タルノ実力ヲ有シタルハ独リ本会歓躍ニ堪ヘザルノミナラズ全国挙テ賛揚スル所ナリ、然リ而シテ此兌換ノ制ヲ実施セラルヽニ於テハ先ヅ紙幣流通ノ額ヲ減ジ、併テ準備ノ正貨ヲ貯蔵セラルヽハ固ヨリ至当ノ方法ニシテ、而シテ之ガ為メニ通貨其価ヲ復シテ物価低落スルハ是亦理ノ最モ睹易キモノナリ、物価既ニ低落スレバ商情随テ萎蘼スルモ亦以テ免カレザル所ナリ、故ニ此幣制釐革ノ為メニ商情ノ萎蘼スルハ本会ノ敢テ憂フル所ニアラズ、商賈一般一時ノ転換ニ耐ヘ更ニ奮励鞠躬シ各自ノ知識ヲ研磨シテ以テ其萎蘼ヲ回治シ、貿遷昌運ノ域ニ達スル事ヲ企図セザルベカラズ、政費増加ノ如キモ亦敢テ厭フベキニアラズ、凡ソ人民タル者誰カ其国ノ開明ヲ望マザル者アランヤ、故ニ政治ナリ法律ナリ兵制ナリ教育ナリ之ヲ欧米文明ノ諸国ニ比シテ恥ザルノ度ニ達セン事ヲ望ムハ亦国民憂国ノ情ニ於テ已ムベカラザルモノナレバ、其政費増加シテ国民ノ負担重ヲ加フルハ是亦免ルベカラザル所ナリ、然リト雖トモ凡ソ国家ノ政事ハ要スルニ完全具備スルヲ求ムベカラズ、能ク民力ニ適応シテ其権衡ヲ失ハザルニ在リ、苟モ適応ヲ失スレバ善政良法ト雖トモ亦意外ノ結果ヲ現出スル事ナキヲ保セズ、今我国ノ農商工業一般ノ形状ハ前項ニ縷述スル所ニシテ殊ニ農民ノ如キハ殆ド窮迫ノ極ニ沈淪セリ、故ニ此際ニ当リテハ聊カ政事ノ進歩ヲ沮滞スル所アルモ寧ロ農民ヲ休養シテ其元気ヲ回護スルノ方法ヲ施行セザルベカラズ、其計此ニ出デズシテ政事ノ方向改進ノ一途ニ趨リ、人民ノ負担愈々重ヲ加フルニ至リテハ国家ノ元気全ク沮喪シテ復タ挽回スベカラザルニ至ルモ知ルベカラズ、蓋シ人民租税ヲ出シテ国費ヲ支フルハ宇内万国ノ通法ナリト雖トモ、之ヲ課スルニ当リテハ須ク其負担ノ耐否
 - 第18巻 p.499 -ページ画像 
ヲ考察セザルベカラズ、今本会ニ於テ熟々我国人民国費負担ノ軽重如何ヲ察スルニ農商工トモ比年収益漸ク減少シテ其負担スル所益々重ヲ加フルノ勢アリ、殊ニ農ニ在リテハ一層甚シトス、試ニ明治九年ヨリ十七年ニ至ル迄六年間普通農産中重要ナル一二種ノ産額並ニ土地ニ課スル政費ノ割合ヲ以テ比較スレバ左ノ如シ

　　　（数量ハ元勧農局及元統計院ノ調査ニ拠リ価格ハ東京ノ平均相場ニ依リテ算出シタルモノナリ、又政費ノ割合ハ本会ニ於テ二府二十五県ノ報告ニ就キ田畑ヲ平均シタルモノニ係ル、但シ十七年農産ノ数量ハ不詳ニ付仮ニ前年ト同額ナルモノト見做ス）
此表ニ拠レバ三種ノ産額ハ明治九年ヨリ十三年迄多少増加シ、爾後十七年迄ハ甚ダ増減ナシト云フベク、然ルニ其価額ハ九年ヨリ漸ク増加シ十三年ニ至リテ最高ノ点ニ達シ、爾後十七年迄ハ漸ク還タ減少セリ而シテ政費ノ割合ハ九年ヨリ十二年迄漸ク減少シ、爾後十七年迄ハ漸ク増加セリ、因テ前表ニ就キ更ニ一表ヲ設ケ各増減ノ如何ヲ徴スル事左ノ如シ　○次頁上段表
此表ニ拠レバ明治十三年ヨリ十七年ニ至ル迄其産額ハ別ニ増殖セズシテ其政費ハ却テ年々重ヲ加フルノ跡アリ、因テ仮ニ十七年ノ農産ヲシテ十三四年ノ価格ヲ保タシムルトスルモ猶且ツ農民ニ在リテハ其負担ノ重ヲ感ゼザルヲ得ズ、然ルヲ況ンヤ物貨下落ノ為メ大ニ其収益ヲ減却シタルモノアルニ於テヲヤ、農民ノ負担決シテ軽シト謂フベカラザルナリ、又試ニ海外諸国ノ地税ト各種租税ノ総計トノ比較ヲ表明スレバ左ノ如シ
 - 第18巻 p.500 -ページ画像 
政費　数量　価＠　百分ノ割合　九年　十年　十一年　十二年　十三年　十四年　十五年　十六年　十七年

 - 第18巻 p.501 -ページ画像 
此表ニ拠レバ我国地税ノ割合ハ他ノ諸国ニ比シテ特ニ甚ダ多キモノアリ、是畢竟我国ノ主農国ナル所以ナリト雖トモ、亦以テ地税ノ率度ハ他ノ租税ニ比シテ特ニ重キヲ証スルニ足レリ、蓋シ租税ヲ徴収スルニ務メテ収税費ノ少キヲ撰ムベキハ経済上ノ原則ニシテ、現今我国ニ於テ租税ノ土地ニ偏重ナルハ自ラ亦此原則ノ主意ニ拠ルモノナランカ、然リト雖トモ今土地ニ課スルモノ地価百分ノ四若クハ其以上ニ達スルモノアルハ恐ハ偏重ニ失スルナキ歟、若シ斯ノ如ク土地ノ費用益々増加スルトキハ其収益愈々減少シテ、農民ハ遂ニ地力ヲ尽シテ培養ヲ勉ル事ヲ廃スルニ至ラン、果シテ然ラバ物産ノ増殖商業ノ昌盛ハ決シテ期スベカラズ、又聞ク処ニ拠レバ明治十六年度国税地方税区町村費ノ怠納金額ハ総計四十一万七千八百二十二円、公売代金ハ二十七万五千百四十二円ニシテ公売処分人員ハ三十万〇千二百八十八人、同処分着手中ノ人員ハ十七万千二百七十人ナリト云フ、夫レ貢納ハ我国人民ノ最モ重ズル所ノモノタレバ、窮境僻邑淳朴ノ民ノ如ハ仮令一家凍餒ニ瀕スルモ尚貢納ヲ怠ラザルノ風アリ、然ルニ今ヤ怠納ノ為ニ其公売処分ヲ受ル者斯ノ如ク多ヲ見レバ蓋シ其力能ハザル者アルヲ察スルニ足レリ
以上条陳スル所ヲ以テ我国方今不景気ノ由テ来ル所ハ物価ノ低落政費ノ増加ニヨリ農民ノ衰頽スルニ起因シ、其生産力ト購買力トヲ減縮セシガ為メニ終ニ商工業ニ波及シ一般ノ衰況ヲ現ハシタルノ理由明晰ナルヲ得ベシ、因テ本会ハ更ニ翻案シテ之ヲ救治スルノ意見ヲ申陳セント欲ス、蓋シ此不景気ノ歎声ハ固ヨリ今日ニシテ発スルモノニアラズ明治十五年以降既ニ世上ノ一問題トナリ、其間学士論者各々論説ヲ為ス者一ニシテ足ラズ、或ハ遠大ニ過ギテ遽カニ行フベカラザルモノアリ、或ハ目下ノ惨状ニ感ズルニ急ニシテ其由来ヲ論ズルニ於テハ少シク実ニ過グルモノアリ、今本会ノ企望スル所ハ能ク其原因ヲ推覈シテ事実ニ違フ事ナク、而シテ之ヲ救護スル策ノ如キモ切ニ其肯綮ニ適シテ敢テ偏依スル所ナカランヲ欲スルナリ
惟ルニ我政府ハ夙ニ此ニ見ル所アリテ昨年六月第十五号ノ布告ヲ以テ貢租納期ヲ改定セラレ、其八月中第廿五号ノ布告ヲ以テ土地ニ賦課スル区町村費ノ制限ヲ設ケラレ、尋デ十二月大ニ官省ノ制置ヲ釐革セラレタルハ本会ノ感佩シテ已マザル所ナリ、然リト雖トモ本会窃ニ惟ルニ今日農民ノ疾苦ヲ解キ休養ノ途ヲ急ニセント欲セバ未ダ前述ノ布告ヲ以テ足レリトセズ、宜ク農民ノ情態ヲ細察シテ土地ニ課スルノ政費ヲ節減セラレ農民ヲシテ其業ニ贏利アラシムル事ヲ勉メザルベカラズ農民其業ニ贏利アルヲ得バ、其生産力ト購買力トハ自ラ以テ増加スベクシテ随テ商工ノ業モ亦繁盛ニ至ルヲ期スベシ、蓋シ本会ノ意見ハ此不景気ヲ救治スルノ道偏ニ農民ニ賦課スルノ政費ヲ軽減スルニ在ルノミト言フニアラズ能ク其力ノ程度ヲ較量シテ適応スル所ニ従ヒ、而シテ之ヲ督励シ之ヲ愛撫シテ其ノ業ニ倦マザラシメ、又商工業ニ於テモ更ニ規正スル所ヲ以テ奨励改進セシメ且ツ其政費ノ如キモ若シ農ニ減ジテ贍ラザル所アリトセバ、仮令別ニ賦課ノ方法ヲ設クルモ必ズ偏重ニ失セザルノ計ヲ求メ、農商並ビ馳セ商工共ニ進ミテ各福祉ヲ享ケシムルニ在リ、果シテ然ラバ国家ノ事物蒸々トシテ日ニ騰ルヲ得ベシ
 - 第18巻 p.502 -ページ画像 
是レ本会ガ今日ニ切望スル所ナリ、依テ左ニ意案六項ヲ列挙シテ聊カ採択ノ一端ニ供ス
第一政費ヲ節約シテ農税ヲ軽減スル事
　近来我国ノ農商工ハ物価下落ノ為メ大ニ其収益ヲ減ジ加フルニ政費増加ノ為メ其負担年々重ヲ加ヘ殊ニ農ニ於テハ甚ダ切迫ノ情態ヲ呈セリ、蓋シ一国ノ富強ヲ図ルハ国民一般ニ希望スル所ニシテ之ガ為メ其費用ヲ負担スルハ固ヨリ其分ナリト雖トモ、若シ民力ノ耐否ヲ考察セズシテ其負担ニ重ヲ加フルトキハ或ハ之ガ為メ国力消耗シテ遂ニ其希望ヲ達スル事能ハザルヲ恐ル、夫レ農商工業ハ国ノ元気ナリ、若シ此元気ニシテ衰頽ノ極ニ陥ルトキハ仮令堅艦利兵アルモ頼テ以テ其強ヲ観スニ足ラズ、故ニ今日ノ急務ハ勉メテ政費ヲ節約シテ殊ニ農税ヲ軽減シ農民ノ休養ヲ図ラレン事、実ニ本会ノ深ク切望ニ堪ヘザル所ナリ
第二繁文ヲ省キ農商工ヲシテ時間ノ利用ヲ得セシムル事
　我国人民ハ概シテ強壮ニシテ能ク勤労ニ耐フルノ力ニ富ムト雖トモ独リ時間ヲ利用スル念ニ乏シキガ為メ往々事業ノ成功ヲ遅滞スル事アルハ本会ノ甚ダ遺憾トスル所ナリ、是レ蓋シ人民智識ノ贍富ナラザルニ由ルベシト雖トモ、抑モ亦現行制度ノ然ラシムルモノアリ、現ニ租税徴収ノ手続ノ如キ諸願進達ノ手続ノ如キ、頗ル繁雑ニシテ之ガ為メ往々就業ノ時間ヲ妨ゲ人民ヲシテ政費ノ負担ヨリハ寧ロ時間ノ空費ヲ厭ハシムルモノアリ、夫レ政費増加ノ為メ負担ヲ重クスルハ固ヨリ人民ノ好マザル所ナリト雖トモ、政務ノ手続繁雑ノ為メ時間ヲ空費スルハ亦同ジク人民ノ最モ不便トスル所ナリ、故ニ今政費ヲ節約セラルヽニ当リ併テ繁文ヲ省キ勉メテ農商工ヲシテ時間ノ利用ヲ得セシメラレン事、本会ノ深ク希望スル所ナリ
第三兌換紙幣ノ発行額ニ適当ノ限度ヲ設ケ流通紙幣ヲシテ減縮ノ一方ニ偏傾セシメザル事
　不換紙幣ノ経済ヲ紊乱スルハ敢テ玆ニ喋々ヲ要セズ、政府ハ近来紙幣釐革ノ国是ヲ定メテ鋭意流通紙幣ヲ減縮セラレ明治十八年六月六日太政官第十四号ヲ以テ政府発行ノ紙幣ハ明治十九年一月ヨリ漸次銀貨ニ交換スベキ旨ヲ布告セラレタリ、是レ実ニ多年経済上ノ病根ヲ救治スルノ偉業ト云フベクシテ本会ノ公衆ト共ニ称賛敬佩スル所ナリ、然リ而シテ此兌換ノ制度ヲ決行セラルヽニハ流通紙幣ヲ減縮シ、先ヅ其価位ヲシテ正貨ト均一ナラシムル事ヲ務ムルハ甚ダ必要ノ方略ナルベシ、然リト雖トモ既ニ兌換紙幣タルノ今日ニ於テ尚其減縮ニ偏急ナル時ハ之ガ為メ商売上ニ与フル不便蓋シ少々ナラザルベシ、夫レ正貨ト云ヒ紙幣ト云ヒ同ジク通貨ノ真性ヲ具備スル以上ハ固ヨリ其間軒輊アル事ナキガ故ニ、仮令一方ニ於テ流通紙幣ヲ縮小スルモ一方ニ於テ正貨増加シテ之ヲ補フニ於テハ敢テ取引上甚ダシキ不便アラザルガ如シト雖トモ、抑モ紙幣ハ正貨ニ比シテ授受ノ間種々ノ便利アルガ故ニ実際ニ於テハ各人必ズ之ヲ好ムノ情アリ、現ニ今日我国市場一般ノ取引ニ於テ専ラ通貨ノ実用ヲ弁スルモノハ全ク紙幣ニ在リト云フベシ、然ルニ此紙幣ニシテ今後益々減縮ノ一方ニ偏傾スル時ハ市場ノ融通上如何ナル渋滞ヲ来スヤモ亦知ルベカ
 - 第18巻 p.503 -ページ画像 
ラザルナリ、今我国兌換紙幣ノ発行ハ如何ナル額ヲ以テ適当ノ限度トスベキヤハ容易ニ確言シ難シト雖トモ、姑ク既往ノ経験ニヨリテ之ヲ推考スルニ少クモ一億二三千万円ヲ要スルガ如シ、試ニ明治十八年十一月末ノ調査ニ拠リテ現時我国ニ流通スル紙幣ノ総額ヲ案ズルニ政府紙幣及銀行紙幣ヲ合シ一億一千八百七十万〇七千〇十三円十三銭二厘アリ　銀行紙幣ハ本来政府紙幣ト其性質ヲ異ニスル事勿論ナレトモ我国ノ現況ニヨレバ其効用毫モ政府紙幣ト異ナラザルニ付暫ク之ヲ同視ス　是レ実ニ今日ニ適応スル所ノ員額ナリトス、然リ而シテ此内銀行紙幣三千〇三十二万六千五百十三円ハ明治十六年五月太政官第十四号ヲ以テ布告セラレタル改正国立銀行条例第百十二条ノ旨趣ニヨリ其営業年限内ニ悉皆消却スベキ方法ナルヲ以テ、之ヲ扣除スル時ハ其残高僅ニ八千八百三十八万余円トス、蓋シ政府ガ此兌換ノ良法ニ拠リテ我国ノ幣制ヲ将来ニ処理セラルヽニハ必ズヤ正理ト実際トヲ参酌シテ其宜ヲ制セラルベシト雖トモ、仮リニ前述ノ政府発行紙幣ヲ以テ漸次兌換紙幣ニ交換シ銀行紙幣ノ如キハ毎季ニ之ヲ消却スルモノトセバ、或ハ他日紙幣ノ流通額ハ縮小ニ偏シテ融通ノ不便ヲ生ズルノ恐ナシトセザルナリ、故ニ本会ニ於テハ今此兌換ノ制度ヲ決行セラルヽニ当リ其美挙ヲ称賛スルト同時ニ併テ兌換紙幣ノ発行額ニ就キ適当ノ限度ヲ審案セラレ、今後流通ノ紙幣ヲシテ減縮ノ一方ニ偏傾セシメザラン事ヲ私ニ希望シテ措カザルナリ
第四地租徴収期限ヲ改正スル事
　我国地租徴収ノ期限ハ曩キニ明治九年一月廿四日太政官第三号ノ布告ヲ以テ始メテ之ヲ制定セラレ、其後数回ノ改正ヲ経シガ今其変遷ノ次第ヲ略叙スレバ左ノ如シ
　　　　○明治九年一月廿四日
　　　　　　　太政官第三号布告
　　第一期　該年七月一日ヨリ収入シテ同年九月卅日限完納スベシ
　　　但シ市街ノ地租全額ノ半数及夏納金ノ類ハ各地ノ旧慣ニ仍リ収納シ、其他全年租額ノ内幾分カ納ムベキ金額ヲ管庁ニ於テ適宜ニ定メ、此期限内ニ管庁ヘ徴収スル事トシ、納付ノ日限及金員等ハ該庁ニ於テ分賦ノ上管下ヘ触示スベシ
　　第二期　該年十月一日ヨリ収入シテ翌年三月卅一日限完納スベシ
　　　但シ市街ノ地租残額収納ハ旧慣ニ依ルベシ、其他初納九月三十日迄ニ上納セシ残額ノ総数ヲ此期限内ニ管庁ヘ徴収スル事トシ該庁ヨリ管下ヘ分賦触示シ方等ハ上ニ同ジ
　　　　○明治十年七月十四日
　　　　　　　太政官第五十三号布告
　　第一期　該年七月一日ヨリ同八月卅日限　　　　畑方及宅地・山林・原野・牧場　二分
　　第二期　同九月一日ヨリ同十月卅一日限　　　　同　　　　　　　　　　　　　　五分
　　第三期　同十一月一日ヨリ同十二年十五日限　　同　　　　　　　　　　　　　　三分
　　第四期　同十二月一日ヨリ翌年一月卅一日限　　田方　　　　　　　　　　　　　五分
　　第五期　同二月一日ヨリ同三月卅一日限　　　　同　　　　　　　　　　　　　　三分
　　第六期　同四月一日ヨリ同同三十日限　　　　　同　　　　　　　　　　　　　　二分
　　　　○明治十四年二月十七日
　　　　　　　太政官第十四号布告
 - 第18巻 p.504 -ページ画像 
　　第一期　該年七月一日ヨリ同八月卅一日限　　　畑方及宅地・山林・原野・牧場　五分
　　第二期　同九月一日ヨリ同十月卅一日限　　　　同　　　　　　　　　　　　　　五分
　　第三期　同十一月一日ヨリ同十二月十五日限　　田方　　　　　　　　　　　　　五分
　　第四期　翌年一月一日ヨリ同二月廿八日限　　　同　　　　　　　　　　　　　　五分
　　　　○明治十八年六月十五日
　　　　　　　太政官第十五号布告
　　第一期　該年七月一日ヨリ同八月卅一日限　　　畑方及宅地・山林・原野・牧場　五分
　　第二期　同九月一日ヨリ同十月卅一日限　　　　同　　　　　　　　　　　　　　五分
　　第三期　同十一月一日ヨリ同十二月十五日限　　田方　　　　　　　　　　　二分五厘
　　第四期　同十二月十六日ヨリ翌年一月廿五日限　同　　　　　　　　　　　　二分五厘
　　第五期　同一月廿六日ヨリ同三月廿一日限　　　同　　　　　　　　　　　　二分五厘
　　第六期　同四月一日ヨリ同四月廿日限　　　　　同　　　　　　　　　　　　二分五厘
　前表ニ示スガ如ク当初明治九年一月ニハ田方・畑方ヲ区別セズ其租額ヲ二期該年七月一日ニ始マリ翌年三月卅一日終ルニ徴収スル事ニ定メラレ明治十年七月ニ至リ更ニ田畑等ヲ区別シ各種ノ地租ヲ六期該年七月一日ニ始マリ翌年四月卅日ニ終ルニ徴収スル事ニ改メラレ其後明治十四年二月更ニ之ヲ四期該年七月一日ニ始リ翌年二月廿八日ニ終ルニ短縮セラレシガ明治十八年六月十五日ニ至リ更ニ復タ之ヲ六期該年七月一日ニ始リ翌年四月廿日ニ終ルニ延長セラル、是レ即チ現今行ハルヽモノトス、斯ノ如ク我国地租徴収ノ期限ハ明治九年以来今日ニ至ル迄其長短寛厳時ニ同ジカラズト雖トモ要スルニ全国均一ノ制度ナルガ故ニ此際各地方ノ農民ハ同時ニ其産米ヲ急売セントシ勢米価ヲシテ遽カニ低落セシムルノ情況アリ、殊ニ其期限短縮セルガ故ニ全国ノ通貨一時俄ニ中央ニ集合シテ復タ容易ニ散出スル事ナシ、是レ各地方ニ於テ常ニ通貨ノ欠乏ヲ告ゲ納租者ノ大ニ困難ヲ極ムル所以ナリ蓋シ往時徳川政府ノ治下ニ在リテハ所謂御年貢米金銀皆済ノ期月ヲ均一ニセズ、例ヘバ武・総・野ノ如キ都府ニ近接シテ且ツ運漕ニ便利ナル国ハ其期月ヲ正月トシ、越後・出羽ノ如キ都府ニ遠隔シテ運漕モ亦不便ナル国ハ之ヲ七月トスルガ如ク、要スルニ其期限ハ専ラ諸国ノ地勢ニ応ジ適宜ニ之ヲ定メタルモノヽ如シ、今ヤ我国運輸ノ道開通シテ全国ノ物貨平準ヲ得ル事決シテ昔日ノ比ニアラズ、然リト雖トモ武・総地方ト越・羽地方ト同一ノ期限ヲ以テ地租ヲ徴収スルガ如キハ納租者ノ最モ不便トスル所ナリ、抑モ徴税ハ之ヲ一時ニセズシテ例ヘバ一年ノ租額ヲ六千万円ト仮定スルトキハ毎月五百万円ヲ徴収スル事トシ、全国各地方ヲシテ大略融通ノ道ヲ得、流用ノ便ヲ達セシムルヲ以テ最モ良制トスト雖トモ此如ハ歳計ノ都合ニヨリ或ハ実施シ難シトスレバホ更ニ現行均一ノ制度ヲ改メ、凡ソ地租ハ毎年七八月頃ヨリ翌年五六月頃迄ノ間各地ノ模様ニ応ジ適宜期限ヲ定メテ徴収セラレン事、是レ本会ノ深ク希望スル所ナリ
第五農商工業ヲ一層奨励スル事
　聞ク所ニ拠レバ欧洲諸国ニ於テハ農商工業者中爵ヲ有スル者少カラズ、随テ其地位人ヲシテ羨望セシムルモノアリト云ヘリ、然ルニ我国ニ於テハ数百年来ノ因襲ニヨリ一般ニ農商工ヲ賤視スルノ風アリテ之ガ為メ大ニ其進歩ヲ沮滞スルモノアリ、是レ蓋シ我国ノ人民自ラ進ムノ念ニ乏シキヨリ致ス所ナルベシト雖トモ、畢竟之ヲ奨励ス
 - 第18巻 p.505 -ページ画像 
ルノ道ニ於テ猶欠ク所アルニ由ラズンバアラズ、蓋シ政府ハ近来大ニ農商工業ヲ奨励セラレ博覧会・共進会開設ノ挙ノ如キ、専売特許条例・商標条例制定ノ挙ノ如キ、之ガ為メ農商工業ノ進歩ヲ幇助シタル事浅少ニアラズト雖トモ、退テ熟々実際ノ情況ヲ査察スルニ猶未ダ足ラザル所アルガ如シ、故ニ今後ハ一層奨励ノ道ヲ尽サレ、例ヘバ農商工ニ関スル法令ヲ定ムルニ当リテハ可成当業者ノ意見ヲ諮問シテ之ヲ参考スルト云フガ如ク、或ハ其ノ事業ニ功労アリテ公衆ノ亀鑑タルベキ者ハ之ヲ褒賞シテ名誉ヲ表章スルト云フガ如ク、要スルニ之ヲ敬愛シテ其地位ヲシテ益々重カラシムルノ道ヲ尽サレン事是レ本会ノ深ク希望スル所ナリ、既ニ農商工ヲシテ名誉ノ地タラシメバ各当業者ハ自ラ発奮励磨シテ大ニ各業ノ進歩ヲ促サン事本会ノ信ジテ疑ハザル所ナリ
第六商業上ノ裁判ヲ迅速ナラシムル事
　熟々現行ノ裁判法ヲ案ズルニ商業上ノ裁判ハ他ノ普通ノ裁判ト其審理ノ方法ヲ同フスルヲ以テ常ニ稽延渋滞シ為メニ商業上不測ノ損害ヲ生ゼシムルモノアリ、試ニ一二ノ例ヲ挙グレバ貸金要求ノ訴、又ハ手形不渡ノ訴、又ハ商品取戻ノ訴ノ如キ其起訴ノ日ヨリ裁判終結ヲ得ル迄ハ時トシテ十数月ヲ超ユルモノアリ、故ニ其間負債主ハ其財産ヲ隠慝スルヲ得ベク、商品ハ其価ヲ低落シ又ハ品質ヲ毀損スベクシテ其弊害啻ニ其時日ヲ空費スルニ止マラザルナリ、夫レ商業ノ取引ハ一瞬ノ時間ト雖トモ之ヲ忽ニスベカラザルモノナリ、然ルニ其稽延渋滞スル猶斯ノ如クナル時ハ独リ商業社会ノ困厄ヲ来スノミナラズ随テ全般ノ融通ヲ妨害シ国家ノ昌盛ヲ阻滞スルニ至ラン、顧フニ近来政府ガ鋭意信約取引ノ拡張ヲ企図セラレ、民間有志者ニ於テモ只管之ヲ計画スルニモ拘ラズ取引上ノ信憑依然トシテ進歩ノ跡ナク、市場ノ融通却テ益々渋滞セントスルガ如キハ大ニ現行ノ裁判法ニ関係スルモノナキヲ得ンヤ、故ニ本会ハ商業上ノ裁判ニ於テハ特ニ其裁判所ヲ置カルヽカ又ハ適当ノ法制ヲ設ケラレテ勉メテ其終結ノ迅速ナラン事ヲ切望シテ措カザルナリ
以上条陳スル各項ハ只其大綱ヲ略記スルモノナリト雖トモ、幸ニ採択セラルヽヲ得バ其施行ノ方法ニ至リテハ審思熟案シテ其宜ヲ択バザルベカラズ、而シテ其ノ細節ニ至リテハ本会亦少シク意見ナキニアラズ故ニ更ニ御下問ヲ蒙ルノ栄ヲ得バ謹デ之ヲ復申セント欲ス

渋沢栄一書翰　　萩原源太郎宛　（明治一九年）三月三〇日　　　（萩原英一氏所蔵）
○上略　不景気之件ニ付復申書印刷之上諸方ヘ配付之義ハ御同意ニ候、英国ヘ送付之時ハ其書状案御取調尚御打合可被下候　○中略
　　三月三十日　　　　　　　　　　　　　　　渋沢栄一
　　　　萩原様

東京商工会議事要件録　　第二一号・第六―三一頁　明治一九年一〇月二〇日刊

　　　　会員出席スル者　○三十七名
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○上略
次ニ会長（渋沢栄一）ハ明治十九年上半季間事務ノ成跡ヲ報告ス
　　自明治十九年一月至同六月　半季間事務ノ報告
○中略
　　　　雑事　　　　七件
○中略
○不景気ノ義ニ付復申ノ件
　　本件ニ就テハ兼テ会長ヨリ指名シタル十名ノ委員ニ於テ復申案調査中ナリシ事ハ前季既ニ報告シタルガ如クナリシガ、同委員ハ其後明治十九年二月十六日ニ至リ更ニ集会ヲ開テ漸ク其調査ヲ完了シ、即チ不景気救治策トシテ左ノ七項ヲ議定シタリ
　　　第一　政費ヲ節約シテ農税ヲ軽減スル事
　　　第二　繁文ヲ省キ農商工ヲシテ時間ノ利用ヲ得セシムル事
　　　第三　流通紙幣ノ限度ヲ立ツル事
　　　第四　地租徴収期限ヲ改正スル事
　　　第五　農商工業ヲ一層奨励スル事
　　　第六　現行裁判ノ制度ヲ改正シ財主ヲシテ安心ヲ得セシムル事
　　　第七　外資移入ノ道ヲ開キ外人ニ内地雑居ヲ許ス事
　　依テ同月廿八日第十七臨時会及翌三月九日第十八臨時会ニ於テ之ヲ審議シタルニ以上七項ノ中第七項ハ之ヲ削除スル事ニ決シ、其他ハ総テ原案ノ如ク可決（但シ第三及第六ノ両項ハ多少其標題ノ字句ヲ修正シタリ）シタルニ付、同年三月廿六日附ヲ以テ其復申案ヲ農商務大臣閣下ヘ進達シタリ、抑モ此不景気ノ諮問案ハ去明治十八年五月廿五日附ヲ以テ農商務卿閣下ヨリ下附セラレタルモノニシテ其後殆ド一年ヲ経テ漸ク復申書ヲ呈スルヲ得タルガ、此間参考ノ為メ本会ニ於テ各般ノ事項ヲ調査シタルモノ無慮百数十種ニ下ラズ、委員各位ノ煩労蓋シ推知スベキナリ、思フニ此件タル本会ガ創立以来取扱フタル事務中最モ肝要ノ事項ナリトス
○下略
　　　○大蔵卿松方正義ニヨル紙幣整理ハ、インフレーシヨンノ対応策トシテ実行サレタルモノニシテ、明治十三年ヨリ開始同十八年ヲ以テ一応完了セリ。此整理事業ハヨク所期ノ目的ヲ達シ、新興日本ノ財政経済的基礎ヲ確立セシメタルガ、他方、此整理ノ為メ経済界ハ極度ノ不況ニ陥リ深刻ナル社会分化ヲ随伴セリ。斯ル影響ハ当時者タル松方自身事前ニ予知シタルトコロニシテ、彼ハ整理ニ着手セントスルヤ、先ヅ太政大臣三条実美・右大臣岩倉具視ノ列席ノ下ニ、天皇ヨリ中途ニテ見合スコトナシ、トノ御思召ヲ頂キ身命ヲ擲ツ牢固タル決心ノ下ニ着手シタリト言ハル。
　　　　斯ノ如ク、紙幣整理ニヨル大不景気ノ招来ハ当局自身已ムヲ得ザル犠牲ト観念セシトコロナルガ明治十八・九年ノ交ニ至ルヤ、整理完了ヘノ見透シモツキ、寧ロ随伴現象タル不景気ヲ如何ニセバ救治シ得ルヤガ当局並ニ民間経済界ノ問題タルニ至レリ。明治十八年五月、農商務卿西郷従道ノ東京商工会ヘノ諮問ノ如キモ斯ル情勢ノ下ニ発セラレシモノナラン。而シテ、東京商工会ガ諮問ニ復申シタルハ十九年三月二十六日ニシテ、既ニ此時迄ニハ整理モ一応完了シ、活溌ナル産業発達ノ新時代ニ転入シ初メタル時ナリキ。従ツテ商工会ノ建案ノ如何ニ拘ラズ、我国経済ハ爾後急速且ツ着実ニ発展スベキ必然性ヲ有セシガ、其建案ガ全然効果無カリシニハ非ズ。以
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下建案六条ノ効果ヲ吟味セン。
　　　　一、政費ヲ節約シテ農税ヲ軽減スル事
　　　　特ニ政費並ニ農税ノ減少セシコトナシ。試ミニ当時ノ歳出ト地租ヲ示セバ次表ノ如クニシテ、歳出ハ寧ロ増大ノ傾向ニアリ地租モ殆ンド同一ナリ。タヾ、此建案ノ趣旨ガ要スルニ農民購買力ノ増進ニアリタル点ヨリスレバ整理以後物価ノ漸次的騰勢ニヨリ其方面ヨリ農民購買力ガ多少増進セシコトハ勿論ナリ。
　　　　　　　　　　　　　　　歳出

　　　　　　年次　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　地租
　　　　　　　　　　　　　　総額　　　　　　　人口一人ニ付
　　　　　　　　　　　　　　　　　千円　　　　　　　円　　　　　　　　　　　千円
　　　　　　明治一二　　　六〇、三一七　　　　　　一・六八　　　　　四一、八八九
　　　　　　同　一三　　　六三、一四〇　　　　　　一・七四　　　　　四二、〇七九
　　　　　　同　一四　　　七一、四六〇　　　　　　一・九五　　　　　四三、〇〇九
　　　　　　同　一五　　　七三、四八〇　　　　　　一・九八　　　　　四二、九八三
　　　　　　同　一六　　　八三、一〇六　　　　　　二・二〇　　　　　四三、〇五六
　　　　　　同　一七　　　七六、六六三　　　　　　一・六一　　　　　四二、八二九
　　　　　　同　一八　　　六一、一一五　　　　　　一・六〇　　　　　四二、四五二
　　　　　　同　一九　　　八三、五五五　　　　　　二・一六　　　　　四二、四一七
　　　　　　同　二〇　　　七九、四五三　　　　　　二・〇三　　　　　四二、一五二
　　　　　　同　二一　　　八一、五〇四　　　　　　二・〇六　　　　　四二、〇八九
　　　　　　同　二二　　　七九、七一三　　　　　　一・九九　　　　　四二、二四八

　　　　　　備考　東洋経済新報社編「明治大正財政総覧」ニヨル。
　　　　二、繁文ヲ省キ農商工ヲシテ時間ノ利用ヲ得セシムル事
　　　　建案自体抽象的ナルヲ以テ其効果モ如何ナル程度ナリシカ明白ナラズ。
　　　　三、兌換紙幣ノ発行額ニ適当ノ限度ヲ設ケ流通紙幣ヲシテ減縮ノ一方ニ偏傾セシメザル事
　　　　右ハ、既ニ十八年後半ヨリ十九年初頭ニ至ルト、民間商工業者側ヨリモ、デフレーシヨン政策ノ転回ヲ要望スルニ至リシコトヲ示ス点ニ於テ重要ナル意義ヲモツ。勿論、政府ニ於テモ此頃ニハ転回ノ必要ヲ認メ十九年一月兌換条例ノ公布ヲ発端トシテ整理ヲ打切リタルヲ以テ、流通紙幣ハ再ビ増加ノ傾向ニ向ヒタリ。

　　年次　　　　政府紙幣　　　　　　　　銀行紙幣　　　兌換銀行券　　　　計
　　明治　　　　　　　　　千円　　　　　　　　　千円　　　　　　千円　　　　　　　千円
　　一三年末　　一二四、九四〇　　　　　三四、二四六　　　　　　――　　一五九、三六六
　　一四年末　　一一八、九〇五　　　　　三四、三九六　　　　　　――　　一五三、三〇二
　　一五年末　　一〇九、三六九　　　　　三四、三八五　　　　　　――　　一四三、七五四
　　一六年末　　　九七、九九九　　　　　三四、二七五　　　　　　――　　一三二、二七五
　　一七年末　　　九三、三八〇　　　　　三一、〇一五　　　　　　――　　一二四、三九六
　　一八年末　　　八八、三四五　　　　　三〇、一五五　　　三、九五六　　一二二、四五六
　　一九年末　　　六七、八〇〇　　　　　二九、五〇一　　三九、五四六　　一三六、八四九
　　二〇年末　　　五五、八一五　　　　　二八、六〇四　　五三、四五四　　一三七、八七三
　　二一年末　　　四六、七三四　　　　　二七、六七九　　六五、七七〇　　一四〇、一八四
　　二二年末　　　四〇、九一三　　　　　二六、七三九　　七九、一〇八　　一四六、七六〇

　　　　　　備考　東洋経済新報社編著「明治金融史」附録「累年兌換銀行券一覧表」ニヨル。
　　　　四、地租徴収期限ヲ改正スル事
　　　　建案ノ要旨ハ現行均一制度ヲ改正シ、毎年七・八月頃ヨリ翌年五・六月迄ノ間ニ各地ノ模様ニ応ジ適宜期限ヲ定メテ徴収サレタシ、トイフニアリ。米価低落ト通貨ノ中央集中トヲ防止センガ為メナリキ。然シ建策ハ採可サレズ、其後モ依然全国均一制行ハレ、明治二十四年ニハ徴収期ヲ更ニ次ノ如ク改正セリ。（明治二十四年三月十四日法律第二号）
　　　　　第一期　該年九月一日ヨリ同九月三十日限　　　畑方・宅地・山林・原野・牧場　五分
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　　　　　第二期　同十一月一日ヨリ同十一月三十日限　　同　　　　　　　　五分
　　　　　第三期　同十二月十六日ヨリ翌年一月十五日限　田方　　　　　　　二分五厘
　　　　　第四期　同二月十一日ヨリ同二十八日限　　　　同　　　　　　　　同
　　　　　第五期　同三月一日ヨリ同三十一日限　　　　　同　　　　　　　　同
　　　　　第六期　同五月一日ヨリ同三十一日限　　　　　同　　　　　　　　同
　　　　五、農商工業ヲ一層奨励スル事
　　　　整理以降モ政府ガ農商工業ヲ奨励セシハ勿論ナレドモ、以前ト比較シ其程度如何ノ問題ハ事項ノ性質上必ズシモ明瞭ナラズ。
　　　　六、商業上ノ裁判ヲ迅速ナラシムル事
　　　　建案ノ骨子ハ商業裁判所ヲ設置スルカ適当ノ法制ヲ設クルカシ、商業上ノ裁判ヲ迅速ナラシムベシ、トイフニアリタルモ直チニ実現セラレズ。
　　　　但シ、明治二十三年民事訴訟法ノ制定サレルニ及ビ此間ノ事情ハカナリ改善サレシモノノ如シ。
　　　○明治十八年十月二十九日ノ条（本書第三九六頁）参照。

東京日日新聞　　第四二九六号　明治一九年三月一七日
　　　　東京商工会の不景気救治策
東京市中の商工を代表する東京商工会に於てハ現に不景気救治策の逐条審議に従事せること已に吾曹が読者に報道せる所たり、其議案ハ吾曹之れを本月十一日より十四日に至る迄の紙上に連載したれバ読者ハ必らず一閲ありける事と信ずるなり、蓋し此議の由て来る所以のものハ農商務大臣に於てハ頻年世上に不景気の嘆声を告げ、農商工の諸業に衰替の状あるを見て其の原由を探究し、其の救治を計画するを以て最も緊要なりとし、諸府市の商工会若くハ商法会議所に諮問するに此件を以てせられたり、東京商工会にても此諮問を受けたれバ調査委員の諸氏ハ先づ相議して復申議案を取調べ、乃ち本年二月廿八日を以て其の復申議案を会議に提出し引続き本月九日を以て其の次会を開きて漸く之を議決したり、其の不景気救治策方案ハ之を七項に分ちて左の如くなり
　第一　政費を節約して農税を軽減する事（原案に可決せり）
　第二　繁文を省き農商工をして時間の利用を得せしむる事（原案に可決せり）
　第三　流通紙幣の限度を立る事（委員に托して字句を修正することに議決せり）
　第四　地租徴収期限を改正する事（原案に可決せり）
　第五　農商工業を一層奨励する事（原案に可決せり）
　第六　現行裁判の制度を改正し財主をして安心を得せしむる事（字句に穏当ならざるもの有れバ商業取引上の裁判ハ成るべく速決あらん事を望むと云ふ主意に修正すべしと議決せり）
　第七　外資移入の道を開き外人に内地雑居を許す事（内地雑居の事たる国家重要の問題にして利害ハ容易に断言すべからざるを以て、本項を刪除し更に別問題として審議すべしと云ふ議の多数なるに由りて之を刪除する事に議決せり）
吾曹が聞知する所に拠れバ、農商務卿ハ去十八年五月廿五日附を以て目下各地農商工業上非常の衰運に陥りたる実況如何と云ふ問題を東京
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商工会に下問し、至急審議を遂けて報荅すべしと命したり、東京商工会ハ此の下問に付き同年六月廿二日を以て出席五十一名にて臨時会を開き右の問題に衰運に陥りたる実況如何とあるに対してハ単に現況のみを審議するに止るべきか、将たその原因及び救治方案をも取調ぶべき乎と問ひたるに、当局者ハ問題中にハ単に実況如何とあれども若し其の原因及救治法に就き所見あらバ忌憚なく復申ありたしと説明したり、左れバ農商務卿の下問ハ更に其の区域拡張して目下各地農商工業上非常の衰運に陥りたる実況及び其の原因及救治法如何これを上申せよと云ふ程の意味を示したるに付き、東京商工会々長渋沢栄一君ハ大塚藤平・益田克徳・大倉喜八郎・松尾儀助・梅浦精一・渡辺治右衛門・山中隣之助・荘田平五郎・谷敬三・森島松兵衛の十君を指名して調査委員として正副会頭幹事と共に問題の実況を調査し、兼てハ原因及救治法の調査に従事せしめたり、抑も農商務卿ハ至急審議を遂けて報荅可致とハ望まれたれども、如是の調査ハ日を期して成るべきものにも非ざれバ東京商工会ハ鄭重に重ぬるに鄭重を以てし、時日に加ふるに時日を以てし、半年余の光陰を費して漸く復申案を調査するを得たり其為にハ各地に問合せて蒐集せる材料ハ百三十余種の多に及べりと聞えぬ、斯くて調査せる案なれバ吾曹ハ読者と共に東京商工会に対し殊にハ其の会頭幹事調査委員の諸君に対して其の公益の為に辛苦したるの労を謹謝せざる可からざるなり
斯く謹謝の意を表したる上にて吾曹ハ右の審議に関して聊か所見を開陳して教を請ハんと欲する所あり、吾曹かの復申案即ち不景気救治策と題せる七項の方案を見るに其言ふ所ハ尽く日本全国一般の事に渉りて所謂日本経済議の一部分たるに外ならざる者なり、若し日本全国の農商工を代表するの会議にして此議あらバ則ち可なりと雖ども今夫れ東京商工会ハ東京市中の商工を代表するの会なり全国の農商工を代表するの会にハ非ざるなり、已に一般を代表せずして一般に渉るの事項を議する時ハ是れ東京商工会の資格を失ひ其の本拠を去りて他に奔出するものなりと或者が批評したるも敢て一応の理なきに非ざるが如し然れども此の救助策ハ畢竟農商務卿の下問ありて之に報荅するが為なれバ此の批評を当否するにハ先づ下問の意味を明にするを以て第一着とせざる可からず、下問の明文に各地農商工業上非常の衰運云々とあるを見れバ其の各地とハ蓋し日本全州各地の意なるべき乎、当局者が当時商工会にて説明したる所も亦この意なりと伝聞せり若し此意に非ずとせば当局者ハ十八年六月廿二日の会議に参席したれば其席に於て其然らざる旨を弁明して以て商工会に十分の注意を与へざる可からず果して然らば是れ農商務卿ハ東京の商工を代表する者に求むるに全国一般の農商工の代表を以てするの情状あれバ寧ろ其求むる所ハ区域の外に出たる如くに思ハるゝなり、次に東京商工会に於てハ良しや農商務卿の下問ハ全国一般に渉るの意味なりとも該会が東京の商工を代表するの資格を以て報荅する限ハ其の資格に本拠す可きハ勿論の事たり、東京商工会が全国一般の商工業殊にハ農業上衰運の原因を探究するに見聞の及ぶ可からざるハ言を俟たずして知るべきなり、若し之を探究し得ると云ハヾ是東京の商工を代表するの資格より来らずして却て其の一個人たるの資格より来るものなり、此の会に列れる諸君別して渋沢・益田・大倉
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松尾・梅浦・荘田・山中・谷等の諸君が一個人としてハ全国経済の問題に就きても十分の学問あり識見あるに加ふるに十分の実験あるハ世上の挙て信ずる所なれバ、其の調査する所ハ大に農商務卿の参照たるに足るべき方法たるを疑ハずと雖も、東京商工会の資格ハ其会員の一個人たる卓超の故に遽に之を進化すべき者にハ非ざるなり、然らば則ち下問の趣意已に其の区域の外に出で報荅も亦同じく其の区域に出で遂に東京商工会をして公然全国経済を議するの場たらしむるに至れりと云ハんこと頗る苛刻の言に似たれども敢て失当にハ非ざるべき歟
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（未完）

東京日日新聞　　第四二九七号　明治一九年三月一八日
　　　　東京商工会の不景気救治策二
東京商工会が議決する所の専ら全国経済議に渉りて為に東京市中の商工を代表するの資格を失へる原由ハ吾曹が前に開陳せるが如し、而して其の結果に於て遂に東京商工会の本分を外にしたるの責ハ其免るゝ事を得ざる所なるべし、若し東京商工会が此の問題を議するに当りて先づ東京市中の商工業上非常の衰運に陥りたる実況如何を調査して其の原因を討究し、次に東京の商工業の為に之を救治するの方法を求むるを主眼とし夫よりして其の原因及救治を討議するが為に更に他の各地にも論及し、例バ東京を近因とし各地を遠因として之を差別し東京の云々の救治を要するを目的とし、之を得るには各地に云々の救治を要すべしと順序を定めて主客を明かにせバ、仮ひ其議ハ自から全国経済の一般問題に渉るとも尚ほ東京の為にするの本意を失ハざりしならんに、其然らざるハ遺憾の次第ならずや、尋常凡庸の士を以て組織せる設立ならバ世上にても其の論議に注目もなさゞれバ、吾曹も亦これを顧さるべしと雖ども左しも世に知られたる紳士の集合体たる東京商工会にして之あること是れ吾曹が備を君子に求むるの意よりして惜む所なり、且つ夫れ集合体たると一個人たるとを問ハず事を当路に議するの目的ハ其議の実行せられん事を望むに在り、議すれバ則ち可なり其行ハるゝと行ハれざるとハ之を問ハずと云ふハ是れ空議徒論の所為にして東京商工会の取らざる所なるべし、已に之を取らずして其の議論の実行を望みて此の救治策を復申するなりとせバ其間何ぞ其実行を望むの機に乗ぜざりし乎、抑も農商務卿の下問ハ即ち意見の諮問なれバ其の取捨ハ固より下問者の意に在りて復申者が毫も与ることを得ざる所なれども、東京の商工を代表する東京商工会にして東京商工の為に議する所たらバ徳義上に於て幾分の重を其の復申議に見るの情勢なしとせざるなり、然るを東京の本拠を出て全国一般の経済に渉りたる以上ハ折角の集合体よりする議論も代表する所に非ざるが故に、其の重を失ひて一個人の空論徒議と其の効力を同くするの地に陥ること豈に惜からずや
右ハ東京商工会不景気救治策の全体に就て論ずる所なれバ吾曹ハ是よりして其逐条に渉りて所見を略叙せんと欲す、但し逐条各項ハ孰れも重要の問題にして或ハ吾曹が已に論述せる点もあり、或ハ未だ利害の判然たらざる点もあり、而して之を詳論するにハ数多の論弁を要すべ
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きを以て、玆にハ只々其の要領を摘て簡略に述べて其の細論ハ之を他日に譲らざるを得ざるなり、扨て東京商工会の救助方案を見るに、政費を節約して農税を軽減するを第一方法なりとせり、夫政費を節約するハ政府の要務にして農商工業の盛衰如何に拘らず常に節約し得べき程ハ之を節約して毫厘の冗費なからしむるハ勿論の事なれバ吾曹ハ固より此義に同意を表する迄も無く現内閣の方向も亦専ら此に在ること已に去年十二月内閣総理大臣の達に於ても明白なりとす、然れども今日の時勢を見るに此の日本と云へる国家を保持するハ年を累ぬるに従て須要なる政費ハ寧ろ増加すべき傾向あるも減少すべき傾向ハあらざるべき歟、次に農税を軽減する事、是亦吾曹が尤も冀ふ所なりと雖ども、政費にして迚も減少の傾向あるべからざる以上ハ農税に軽減する程ハ之を政費に節減せよと云ふ事ハ言ふ可くして行ふ可からざるが如し、農税過重ならバ之を軽減して以て其負担を他の物品に重加するの手段あらんのみ、要するに視る所ハ国力の果して負担に堪ふべきや否を察するに在るなり、今や我国の政費ハ総て一歳幾許の金額を要する乎を見るに、明治十七年予算に拠れバ歳入総計七千五百九十八万二千九百六十九円たり、之に加ふるに全国地方税収入総計十七年度千六百十八万七千二百九十七円、全国賦金収入総計十七年度七十六万八千三百五円、全国区町村費収入総計十七年度但し山梨山形佐賀ハ調査未成を以て除きたり千三百八十七万二千三十六円たるを以て、此の四項を合計すれバ実に一億〇六百八十一万〇六百〇七円にして是を日本全国の政費なりとす、此内にて商工会が農税と名くるものハ蓋し土地に賦課するの税なりと解して其の課目を挙ぐれバ十七年度左の如し

以て政費の過半ハ之を土地に賦課するの租税に仰ぐを見るに足れり、此内にハ市街宅地租あり、地租割地価割にも亦市街宅地に賦するものあれども全体に比すれバ僅小の高なれバ凡そ五千万円ハ之を農税なりと認て不可なかるべし、斯く政費の過半を農業上に負担するハ実に過重なるに相違なけれバ、苟も他に之に代るべき税源あらバ彼に加えて此に減せんハ得策なるべけれども徒らに此に軽減して彼に増加するの道なくバ、是れ商工会の望む所ハ農税に軽減するの額ハ之を政費に節減すべしと云ふに外ならざるが如し、畢竟するに商工会ハ日本全国の政費一億万円を支出するハ国力の堪えざる所なりと議しながら、其堪ざるの証憑に至りてハ之を不言に附し去れり、又幾千万円の政費ならバ国力の堪る所なるべしと云ふ推測を示さず又幾許に節約するとも政費ハ夫にて支弁するを得べしと云ふ考案をも為さゞるが故に、其の論趣の信切なるに係らず所謂新聞紙論と幾と其の逕庭を見ざるが如し、
 - 第18巻 p.512 -ページ画像 
蓋し政費を議するに臨みてハ第一に幾許の租税ハ国力の堪る所なるべしと算し、次に幾許の高ハ政費に必要なりと計りて彼此を較へて後に増税をも議すべく又減税をも議すべき事にぞある、政費の程度を算せずして偏に減税を唱ふるハ国力を量らずして漫に増減を説に同じくして未だ与に政治を語るに足らざる者なりと云ハざる可からず、蓋し政費と租税の関係を議するに四種の論者あり、其一ハ国力を量らずして妄に強盛ならんことを冀ひ、政費をも増加して国家生計の度を高くすべし、私費をも増加して各自生計の度をも高くすべしと云ふもの、其二ハ頻に国力を養ハんことを希ひて政費をも節減し私費をも減少して国家及各自の生計倶に其度を低くすべしと云ふもの、其三ハ政費を減少して国家生計の度を低くし以て国民をして其の余力を以て各自生計の度を高からしむべしと云ふもの、其四ハ私費を減少して各自生計の度を低くし以て其余力に由りて政費を増加し国家生計の度を高からしむべしと云ふものなり、此の四者の言ふ所ハ各々其の方向を相異にすと雖ども苟も生計の度を計るに其の国家と各自とを分離し相互に関係なきものとして論断するに至りてハ乃ち四者みな其惑を同くするものなりと云ハざる可からず、而して東京商工会の如きハ此の第三論趣を執るものに非らざるを得んや　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（未完）

東京日日新聞　　第四二九八号　明治一九年三月一九日
　　　　東京商工会の不景気救治策三
東京商工会ハ繁文を省き農商工をして時間の利用を得せしむる事を以て救助方案の第二項としたり、其説明に拠れバ現に租税徴収の手続の如き諸願進達の手続の如き頗る繁雑にして之が為に往々就業時間を妨げ、人民をして政費の負担よりハ寧ろ時間の空費を厭ハしむるものあり、今や政費を節約するに当り併て繁文を省き勉て農商工をして時間の利用を得せしむることを希望すと云へり、是れ道理あるの希望なりと云ハざる可からず、現に東京の如き納税手続（国税地方税区町村費）に於て府民をして頗る此情を起さしむるの勢なきにあらず、例ハ東京市中にて其日稼に営業する細民が僅か十銭にも足らざる営業税を収むる為に区役所に出頭せんに納税者の多く集れる時などハ或ハ為に半日を費し甚しきハ一日を要することも有り、其煩ハ推して知るべきなり其外諸官衙に招喚せらるゝに当り其の時刻に出頭せざれバ違令の恐あり、出頭すれバ場合によりてハ掛り官員の御用多なるが為に数時間をも扣所に罷在ること亦少なからざるべし、東京商工会が繁文と云へるものハ即ち此類を指すものと知らる、今や内閣総理大臣ハ上任の初よりして繁文を省くを以て其の処務綱領の一に置かれ、各省も其官制の定まれるに従て皆その繁文を省くに鋭意なれバ各省の事務取扱に於てハ已に著く其効を見るに至りぬ、此の趣意を拡張して以て人民に直接すべき諸官衙に及ほし従来の繁耨なる手続を省き凡そ納税及願伺届等に其の簡にして且つ速なるを見んハ吾曹が東京商工会と共に期して待つ所なり
次に東京商工会ハ流通紙幣の限度を立る事を以て救助方案の第三項としたり、其説明に拠れバ我国に流通する紙幣ハ数年の経験によれバ少
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くも一億二三千万円を以て稍々便利とすべきが如し、然るを流通紙幣額の殆んど一億万円に下らんとするハ縮少に過るに非ざる乎、今や紙幣兌換の制度を決行するに当り其の美挙を称賞すると同時に併て流通紙幣の限度を立て此上減縮の一方に偏急ならざらんことを特に希望すとハ云へり、是れ経済上の一大問題にして特に其の一億二三千万円を以て適当の額なるべしと想定するに至りてハ其関する所尤も大なりと云ハざる可からず、但し此の問題に関してハ吾曹ハ熟考を要し且証憑を明にするに非ざれバ可否を商工会の意見に加ふること能ハざるものなれバ姑く之を他日の論題に譲る
次に東京商工会ハ地租徴収期限を改正する事を以て方案の第四項としたり、其議に拠れバ現行各地均一の制度を改め凡そ地租ハ毎年七八月頃より翌年五六月頃までの間各地の模様に応し適宜期限を定めて徴収せられんことを深く希望すと云へり、是亦頗る道理ある希望なるべし東京市中にてこそ地租徴収期限の関係する所ハ少かるべけれ他の地方に於てハ実に関係の最も重きものなりとすれバ、其の徴収期限の伸縮に由りて影響する所も亦大なりと云ハざる可からず、是れ政府が特に地租徴収期限に改良を屡せる所以なるべし、但し納税者より見れバ其期の永くして割賦するを利とし徴租者より見れバ其期の短くして割賦せざるを便なりとするが故に、其間動もすれバ主客の勢を異にするに由りて其の所説をも殊にするの情状あるが如し、然れども要するに徴租の方法ハ納租者の都合を謀るを第一の主眼とすること勿論なれバ国庫の出納に於てハ其の都合に応して之を計画し、苟も力の及ハん程ハ納租者をして苦痛を感するの思を少なからしむべし、徒に国庫出納計算の都合を先にして納租者の便否を後にすることハ有るまじき義なりとす、去れバ此の問題に就きてハ大蔵省にて其の会計を整理するに大なる差支なき程ハ如何にも斟酌を竭して此上にも納租期限を改正あらんこと吾曹も亦倶に希望する所なり
次に東京商工会ハ農商工を一層奨励する事を以て第五項としたり、其言に云く、我国数百年来の因襲にて農商工を賤視するの風あり、為めに進歩を沮滞す、是れ進取の念に乏しきの致す所なりと雖ども、之を奨励するの道に於て猶欠くる所あり、今後ハ一層奨励の道を尽し、或ハ其の意見を諮問し、或ハ其の功労を賞し、名誉を表章して農商工を敬愛し其の地位をして益々重からしむるの道を尽されんことを希望すと云へり、是亦一応の理なきに非ざるなり、然れども農商工をして其の地位を社会に高からしむるハ漸を以てすべし急を以てすべからざるの事なり、仮ひ一時の権道を以て俄に之を高からしむるとも其の本来の自力によりて高に達せるものに非ざれバ永く其高を保つこと能ハざるハ必定なりとす、然らハ則ち一方にてハ他より之を奨励して其の地位を栄誉あらしむると同時に一方にてハ農商工も亦自から社会の上流に立たんことを奨励せざる可からず、今や社会ハ農商工を待つに別に高度の栄誉を以てするに至らざれども農商工が自から進みて社会の上流に昇るとも社会ハ敢て其の昇進を妨けざるなり、現に東京商工会員の中にて社会に名望ある諸君ハ通常の商工と其の出処を同くするに係らす朝野の敬愛を一身に集むるに於てハ常に第一流に位するを見る、
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是れ此の諸君が自から進取する所にして東京の社会ハ毫も諸君に向て此の進取の道を妨ざるに非ずや、故に吾曹ハ他よりして農商工を一層奨励する事を望むに当り農商工も亦自から一層奨励する事を望まんと欲する者なり
次に東京商工会ハ商業取引上の裁判ハ成るべく速決あらん事を以て方案の第六項としたり、但し此項ハ原案に現行裁判の制度を改正し財主をして安心を得せしむる事と云ふ趣意にてありけるを穏当ならずとして此の主意に修正したるものなるが、修正の意味も亦頗る漠然たるが如くなれバ吾曹ハ所見を開陳するに由なし
終に東京商工会ハ外資移入の道を開き外人に内地雑居を許す事を以て方法の第七項となさんと試みたれども、衆議にて此項を刪除したりと云へば吾曹ハ復た之を是非するを要せざるなり　　（未完）《（衍）》

東京経済雑誌　　第一三巻第三〇九号・第三八〇―三八五頁　明治一九年三月二七日
　　　　○東京商工会の権限如何（駁東京日々新聞）
東京日々新聞記者が曩に我東京商工会の不景気救治策を批評し農商務卿の諮問及該会の報答は共に正当の区域外に奔出したる者なりと論せしは頗る吾輩をして驚かしめたる者也、豈独り吾輩のみならんや、蓋該新聞の読者ハ挙て之に驚きしなる可し、何となれば若し東京商工会は東京市中の商工を代表する者にして全国一般の事に渉りて議する能はずとせば是れ実に該会の功利を至狭の区域内に限る者にして世人が該会に望む所と全く反すればなり、若し此論をして他の新聞記者の口に出でしめば吾輩は深く之を歯牙に懸くるを要せずと雖も日々新聞は政府に特別の縁故ありとは世に其噂高き所にして常に政府の意見を表示し、其政略を説明するを以て自ら任ずるの状あれば吾輩は之を等閑に附すること能はざるなり、抑日報記者の論せし所実に左の如きなり
　吾曹カノ復申案即チ不景気救治策ト題セル七項ノ方案ヲ見ルニ、其言フ所ハ尽ク日本全国一般ノ事ニ渉リテ所謂日本経済議ノ一部分タルニ外ナラザル者ナリ、若シ日本全国ノ農商工ヲ代表スルノ会議ニシテ此論アラハ則チ可ナリト雖トモ今夫レ東京商工会ハ東京市中ノ商工ヲ代表スルノ会ナリ、全国ノ農商工ヲ代表スルノ会ニハ非ザルナリ、已ニ一般ヲ代表セズシテ一般ニ渉ルノ事項ヲ議スル時ハ是レ東京商工会ノ資格ヲ失ヒ其本拠ヲ去リテ他ニ奔出スル者ナリト或者ガ批評シタルモ敢テ一応ノ理ナキニ非ザルガ如シ（中略）下問ノ明文ニ各地農商工業上非常ノ衰運云々トアルヲ見レバ其各地トハ日本全州各地ノ意ナルベキ乎（中略）果シテ然ラバ是レ農商務卿ハ東京ノ商工ヲ代表スル者ニ求ムルニ全国一般ノ農商工ノ代表ヲ以テスルノ情状アレバ寧ロ其求ムル所ハ区域ノ外ニ出テタル如ク思ハルヽナリ、次ニ東京商工会ニ於テハ良シヤ農商務卿ノ下問ハ全国一般ニ渉ルノ意味ナリトモ該会ガ東京ノ商工ヲ代表スルノ資格ヲ以テ報答スル限リハ其資格ニ本拠ス可キハ勿論ノ事タリ（中略）然ラバ則チ下問ノ趣意已ニ其区域ノ外ニ出デ報答モ亦同ジク其区域ニ出デ遂ニ東京商工会ヲシテ公然全国経済ヲ議スルノ場タラシムルニ至レリト云ハンコト頗ル苛刻ノ言ニ似タレドモ敢テ失当ニ非ザル可キ歟去十七日紙上
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東京商工会ガ議決スル所ノ専ラ全国経済議ニ渉リテ為ニ東京市中ノ商工ヲ代表スルノ資格ヲ失ヘル原由ハ吾曹ガ前ニ開陳セルガ如シ、而シテ其結果ニ於テ遂ニ東京商工会ノ本分ヲ外ニシタルノ責ハ其免ルヽ事ヲ得ザル所ナル可シ去十八日紙上
故に東京商工会が全国一般の事に渉りて議したるハ其資格を失ひ其本拠を去りて区域外に奔出したる者なれば、東京商工会の本分を外にしたるの責を免れずして農商務卿の諮問も亦区域外に奔出せりと論ぜるものなり、然れども日報記者にして試みに初め我商工会を創立するに至れる趣意如何を回顧せバ醒然として此見解の全く誤れるを悟る可きなり、蓋此商工会は明治十六年太政官第十三号布達に基き府知事の誘導に因て起りし者にして、当時の府知事芳川顕正君が府下の商工者を明治会堂に招集し該会の創立を勧告せられたる演説中左の如き語あり曰く然ラバ此会ハ実ニ商工人一般ノ輿論ヲ写スノ鏡ニシテ例ヘバ政府ニ於テ海関税其他商工業ニ関スル諸税法ヲ設ケラレ又ハ全商工業ニ関スル諸法令ヲ制定セラルヽニ臨ミ其利害ヲ此会ニ下問セラルヽノ場合アルトキハ勿論、拙者ガ府政上ニ就キ現ニ府民ノ営業ニ関スル諸布達ヲ発スルニ当リ、其得失ヲ此会ニ諮問スル等ノ事アラバ、其会員タル人々ハ元各商工人ガ選挙シタル総代人ナレバ其利害ヲ深切ニ考究スルハ言ヲ待タザル事ニシテ、其得失ニ就テハ遠慮ナク意見ヲ復申ス可シ云々、又曰く苟モ従来ノ法規ニシテ商工業ニ不便アリトスルトキハ其取捨如何ヲ其筋ニ建白シ又ハ其便益ヲ振起スルニ足ル可キ新案アルトキハ之ガ施設ヲ望ム事ヲ得可シ云々」と、且前記の達第六条に
　区町村若クハ聯合区町村ニ於テ農業会・商業会・工業会又ハ農商工ヲ併セタル勧業会其他同業会ヲ設置スルトキハ勧業委員ヲシテ会員タラシムル事ヲ得
又第九条に
　農商務卿及主務ノ官署ハ各地方勧業上ノ件ニ付諮問会又ハ第六条各会ノ意見ヲ問フ事アル可シ、諮問会又ハ第六条ノ各会ハ勧業上公益ノ件ニ付農商務卿及主務ノ官署ニ意見書又ハ報告書ヲ呈スル事ヲ得
とあり、故に東京商工会が全国の事に渉りて議するの権あり、農商務卿及其他主務の官署が全国の事に渉りて諮問するの権あるハ極めて明瞭ならずや、蓋斯くてこそ東京商工会の功利も始めて完きを得べきなれ、左れバ東京商工会規程第二条にハ「本会ハ東京府下各商工業ノ全般ニ関係スル利害得失ヲ会議スルノ場トス」とあれども、是れ該会が東京なる二字を冠するに対して此一条を置きしに過ぎずして、其第十一条第一項に該会の議事を釈定して「本会ノ意見又ハ会外ヨリ寄送セル考案ヲ（本会ノ同意ニヨリテ本会ノ意見トシテ）諸官衙ニ建議スルモノ及ヒ諸官衙ヨリ本会ヘ諮問セラレタル事項ニ対シ之ニ復申スルモノ」と為せるを見れバ該会の権限決して日報記者の云ふ如き者に非ざるや知るべきなり、然れども日報記者を駁するに又多言を要せず該記者が曾て其紙上に公載したる論説中より左の数節の文を摘出せば該記者赧然として其説の表裏常なきに恥ちざるを得ざる可し
該記者ハ十六年九月廿七日の紙上に「東京聯合商工業会」と題し一般の商工者は兎角に直接の利害耳に注意して間接の利害を謀らされバ商
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法会議所等を起すも畢竟直接の利益を僥倖するの意に出で、一旦直接の利益なきを知るに及んでは忽ちに其衰運を来たすことを憂慮し、之を救ふは間接の利益の商工者に大関係あるを知らしむるに在りと為し且論して曰
　之ヲ知ラシムルノ方法如何ト云フニ、吾曹ガ考ル所ニテハ東京府知事ハ府政上ニ現ニ府民ノ営業ニ関スル諸布達ヲ発スルニ当リ其得失ヲ此会ニ諮問スルハ言ヲ得《（待）》タズ、政府ニ於テ海関税其ノ他商工業ニ関スル諸税法ヲ設ケラレ、又ハ全般商工業ニ関スル諸法令ヲ制定セラルヽトキハツトメテ此会ニ諮問セラルヽニ在ルナリ、而シテ此会ニハ常ニ諮問ノ陸続トシテ下ダルガ為ニ忙キホドナルヲ可トス云々
嗚呼記者よ、海関税・商工業に関する諸税法・全商工業に関する諸法令は特に東京商工者の利害のみに関係して全国商工者の利害に関係せざる者なる乎、豈其れ然らんや豈其れ然らんや、然るに記者前日には政府が此等の件を勉めて商工会に諮問せられんことを望みながら、今や反て農商務卿の諮問を以て区域外に奔出したりと為すは是れ豈撞着に非ざる乎
又同年十一月廿六日「東京商工会」と題する論文中に云ふあり、曰く
　今ヤ東京商工会ハ府下ノ重立タル各組合会社ヲ以テ組織スルヤ斯ノ如ク、役員其人ヲ得ルヤ斯ノ如ク、我東京ニ在リテ自カラ全国ノ機軸タルヲ得ルノ地位ヲ占ムルヤ斯ノ如クニシテ、備ハラザル所ナケレバ此商工会ノ盛衰消長ハ実ニ関係ノ大ナルヲ覚ルニ足レリ云々
嗚呼記者よ、全国の事に渉りて議する能はざる東京商工会が如何にして全国の機軸たるを得可き乎、然るに記者前日にハ該会を以て全国の機軸たりと為し、今や全国の事に渉りて議するハ其本分に背くと為すは是れ豈撞着に非ざる乎
又昨年三菱・共同二会社が競争するに当り東京商工会が之を制止せんとせし時、日報記者ハ「競争を制止するの意見」と題する論文を掲げ八月六日之を賛したるに非ずや、其中云ふあり
　三菱・共同両社ガ競争ヲ始メテヨリ既ニ数月ナリ、其利害ハ世論ノ問題トナリ合併ノ是非モ亦紛然タレバ商工会ニテハ疾ニ此相談アリテ然ル可キ筈ナルニ其今日マデ躊躇アリケルゾ不審ナル云々、幸ニ商工会ノ勢力ト適当ノ方法トヲ以テ其ノ制止ヲ謀ラバ或ハ両社モ之ニ服シテ幡然競争ヲ止ムルノ結果アラン歟、吾曹ハ切ニ商工会諸賢ノ憤起シテ之ニ従事アラン事ヲ希フ者ナリ
嗚呼記者よ、此両社の競争は全国の利害に関係する最も大なる問題にして特に東京商工者の利害に関係する者に非ざるなり、然るに記者前日にハ商工会が此問題に干渉せんとせしを喜びて称揚惜む所なかりしに、今や該会が全国の事に容喙するは越権なりとして非難するは是れ豈撞着に非ざる乎
東京日々新聞が時に触れ機に応して其説を変するハ該新聞の特性とも称す可き所にして敢て珍らしきに非ずと雖も、昨日の是は則今日の非にして其表裏常なきこと此の如きハ又驚かざるを得ざるなり、且東京商工会は東京商法会議所の相続者とも称す可き者にして旧商法会議所が曾て条約改正の建議を為し、其他海関税・外国貿易・内地運輸等の
 - 第18巻 p.517 -ページ画像 
件に関し当局者の諮問に応して全国一般の事に渉りて論したるハ愚か遠く外国の事にまで渉りて論したるハ朝野に著明なる事実に非ずや、日報記者よ、又近くハ商工会となりてより後の議事要件録を一読するの労を取れよ、該会が全国一般に渉る事に関して諮問を受け且之に応して報答書を出したるの例ハ数ふるに遑あらざるに非ずや、且東京商工会ハ曩に倫敦商法会議所よりの照会に応じ或ハ其会員を倫敦商法会議所の会議に出席せしむることもある可き旨を回答したるに非ずや、又其回答書の文中商工会の目的を示し「其目的ハ日本帝国内全般ノ商工業ヲ進捗スル為ニ有之候」と明言せるに非ずや、而て日報記者ハ旧商法会議所及商工会の此等の所為を称賛せしことこそあれ曾て越権なりとして之を非難せしことなきに非ずや、然るに今回に及び突然越権なりとして之を非難せるハ吾輩之を怪まざらんと欲するも得ざるなり且近年我国の不景気ハ東京一府の不景気に非さるなり、其原因及救治策ハ又東京一府の原因及救治策に非ざるなり、故に既に不景気の事に関して議すと云ふ以上は、全国に渉りて議するに非ざれバ之を議する能ハざるなり、徒らに府下料理店の盛衰・銭湯客の増減等に関して詳細なる統計を調製するも将た何の益かあらん、左れバ農商務卿が昨年五月
　目下各地農商工業非常之衰運ニ陥リタル実況如何
との諮問を商工会に下たさるゝや、二十番議員は
　本案問題中衰運ニ陥リタル実況如何トアリ、是ハ単ニ現況ノミヲ調ベヨトノ意ナルカ将タ之ガ原因及救治法ヲモ調ベヨトノ意ナルカ
と問ひたるに番外即農商務省の説明員ハ
　問題中ニハ単ニ実況如何トアレトモ若シ其原因及救治法ニ就キ所見アラハ忌憚ナク復申アリタシ
と答へたり、是に於て乎各議員は此問題は我日本国に取て極めて緊要なりとして乃ち議事に着手し、二十番議員の如きハ世界の不景気・亜細亜の不景気・日本の不景気の三項に分て滔々論出せし程の次第なりしに非ずや、故に日報記者之を越権なりとせバ何故に当時之を論して予め商工会を戒めざりし乎
然らハ則旧商法会議所及商工会が曾て議したる件中、其特に東京の商工のみに関する者は反て全国一般の事に関する者の更に多きに如かずと云ふも決して不可なかる可し、而て党局者曾《（当）》て之を制止せられしことなく、世論曾て之を尤めしことなきを見れバ斯の如きは当局者と世論とが商工会に向て望む所たるや知る可きなり、故に商工会が全国の事に渉りて議するの権あるハ歴々として明にして、若し該会に関する布達規程等の中該会の此権を曖昧ならしむるの点ありとせば、須らく之を修正して以て此権あるを明にせざる可からざるなり、嗚呼日報記者如何に文壇の老将なりと云ふと雖も吾輩の此駁議に対しては又一語の答解だに吐く能はざる可し

東京経済雑誌　　第一三巻第三一〇号・第四二六―四二七頁　明治一九年四月三日
　　　　○不景気の原因及救治策
近来農商工業一般に衰境に陥りたるハ明白なる事実にして、其原因及
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救治策に就てハ世上之を論議する者少からず、而して各地商法会議所に於ても昨年来主務の官庁の下問に応じて之が原因及救治の方法を討究し、各其意見を上呈したるもの少からざりき、余輩ハ今特に三府数県の商工会等が上申したる復申書に就き其原因及救治策の要旨を摘記して各地商工業者の輿論を読者に表示すべし

東京経済雑誌　　第一三巻第三一二号・第四八〇―四八二頁　明治一九年四月一七日
　　　　○不景気諮問の結果如何
我が国近年の不景気ハ世界の歴史に多く其の例を見ざる所にして、其の四民の困窮せる失業者の増加せる実に言ふに忍びざる者あるなり、然り而して此の事既に社会の共に知る所にして我が政府も亦深く之を憂慮し、百方之れか救治を謀らるゝ者の如し、何を以て之を知る乎、当局者か客年来東京商工会を始めとして京都・大阪・高松・大津其他の商法会議所に対して不景気の現況及び原因等を諮問せしことを以て之を知るなり
夫れ医家の病を治むるや其の手術を施すの難きにあらずして其の病源を発見するの難きに在るなり、病源既に定れるあらバ其の之を療医するに手術を施すか如きハ易々たる業なりと、然らハ則ち此の重大の問題たる不景気挽回の策の如きも其の原因にして一たび定れるあらバ容易に治術を施行するを得可くして決して難事とするに足らざる可き歟而して此等各地の会議所ハ当局者の不景気原因の諮問に対して如何なる答案を呈したる乎と問ふに、紙幣減縮の外に政費増加即ち国税地方税協議費等の増加せしを以て不景気原因の一大事項となしたることハ殆んと皆期せずして一致したるが如き者あるを覚ふるなり、抑も我か邦近年の不景気原因ハ紙幣の減縮、政費の増加等を以て其の重なる者とすることは既に新聞演説に論尽せるを以て敢て今日に珍しからずと雖ども、老練着実を以て名ある会議所の説にして此くの如く同一轍に帰するは豈又奇ならずや、試に之を左に挙示せんに、東京商工会ハ其の原因の第一に於て曰く政費増加の事、大坂商法会議所ハ其の原因第三に曰く近来国税地方税区町村費の増加したる事、高松商法会議所ハ其の原因の第二に曰く政費増加、大津商法会議所は原因を分て遠因近因の二と為し、其の近因の第三に地方税増加と記せり、而して京都・福岡の二商法会議所の意見には明に其の原因中に政費増加の事を載せざれども、救治策中にハ共に土地に課する諸税を軽減すべきことを云へるを以て視れバ、諸税の増加は不景気原因の一に居ることを認めたるならん、原因既に此くの如くにして其救治策如何を視るに皆悉く政費を節減して租税を減少すべきことを掲けざる者無きなり、之に由て之を観れバ租税軽減を以て不景気挽回の一策と為すことハ独り吾輩書生の机上論に非ずして実業家の輿論たるを知るべきなり
抑も当局者が客年来此等の会議所に向て此の不景気の実況及原因を諮問したるは想ふに必ず理由無かる可らず、而して此の会員諸君が身繁劇なる職業をも忘れ許多の日子と費用とを費して其の事実を調査討究したるが如きも亦想ふに必ず期する所無かる可らず、元来人は報酬無
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きの労費を冒すを好まざる者なり、故に其の政府か諮問したるも必ず為めにする所ありて而して其の諮問に応じたる商工会議員も亦為めにする所あるに相違無かるべし、然らバ其の為めにする所とハ何ぞや、思ふに必ず不景気挽回の冀望是れならん、而して今や不景気挽回の一策として租税を軽減すべきことハ各商工会議所の一致したる決議なるのみならず、其の復申案も既に已に当局者の手裏に達せしならん、然るに今日に至り政府は未だ何等の救治法だも発布せられざるは何故なる乎、若し夫れ政府にして之を救治するの意無からん乎何ぞ多数の商工会員並に商法会議員を煩すを要せんや、況や廟堂君子の賢明なる無益の勤労を他人に求むるが如きは其決して為されざる可き所なるをや故に吾輩は必ず其の早晩之を決行せらるべきを信ずるなり、然れども唯た其の未た決行せられざるを以て敢て玆に一言して之を促すのみ