デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2017.6.14

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

7章 経済団体及ビ民間諸会
1節 商業会議所
2款 東京商工会
■綱文

第19巻 p.5-20(DK190001k) ページ画像

明治21年1月27日(1888年)

是日以降当会益田孝ノ建案ニヨリ委員ヲ選ビテ東京湾築港ノ方案ヲ調査セシム。其後委員等調査資料ヲ東京経済学協会ニ供シ同会ノ審議ニ委ヌ。栄一当会会頭トシテ之ニ与ル。


■資料

東京商工会議事要件録 第二八号・第一七―六七頁 明治二一年二月二五日刊(DK190001k-0001)
第19巻 p.5-16 ページ画像

東京商工会議事要件録  第二八号・第一七―六七頁 明治二一年二月二五日刊
  第廿六臨時会  (明治廿一年一月廿七日開)
    会員出席スル者 ○四十七名
○上略
次ニ会長(渋沢栄一)ハ是ヨリ第二号議案ヲ議スベキ旨ヲ告ゲ書記ヲシテ議案ヲ朗読セシム
(第二号議案)
    東京湾築港ノ義ニ付建議
 東京湾築港ノ義ハ曩ニ市区改正ノ件ト共ニ一タヒ内務省市区改正審査会ノ問題トナリシカ遂ニ其結果ノ如何ナリシヤヲ知ラズ、之ヲ除クノ外他ニ未ダ築港ノ企アリシヲ聞カザルナリ、熟々案スルニ運輸開通ノ殖産興業上ニ欠クベカラザル事ハ今更ニ呶々ヲ要セス、近来我国ノ運輸ハ官民ノ協力ニヨリ漸ク進歩ノ兆ヲ呈シ現ニ海ニハ十数万噸ノ滊船ヲ備ヘ、陸ニハ数百哩ノ鉄道ヲ有シ猶益々増進ノ勢アルハ我国前途殖産興業ノ為メ甚ダ満足スル所ナリト雖トモ未ダ此等海陸ノ運弁ヲ連絡スベキ港湾ノ完備セザルハ深ク遺憾トスル所ナリ
 夫レ港湾ノ滊船鉄道ニ於ケルハ猶指ノ手足ニ於ケルガ如シ、若シ此港湾ニシテ完備セザルニ於テハ如何程資本ヲ投シテ滊船鉄道ヲ造設スルモ是指ナキノ手足タルニ過ギズシテ到底其効用ヲ全フスル能ハズ、是海外ノ開明国ガ常ニ築港ノ事業ヲ忽諸ニ附セスシテ官民力ヲ協セ夥多ノ資本ヲ投シテ之ヲ計画実施スル所以ナリ
 熟々我国ノ地勢ヲ察スルニ東ハ桑港ニ隣シ西ハ香港上海ト相望ミ実ニ東洋ノ中心市場タルニ適当セリ、而シテ我東京ハ帝国ノ首都互市場ノ一ニシテ而カモ全国枢要ノ地位ヲ占ムルヲ以テ今東京湾ニ港ヲ築クハ極メテ必要ノ施設タリ、然ルヲ況ンヤ、我東京ハ従来只政治上ノ一都府タルニ過キサリシモ近来滊船鉄道ノ発達スルニ従ヒ漸ク其面目ヲ一新シ、今ヤ我東京ハ全国ニ於テ通商上第一都府タルノ実アリテ之ガ為メ築港ノ必要一層其度ヲ強メタルニ於テオヤ
 以上陳述スル所ニ拠レバ今ヤ東京湾築港ノ必要ハ既ニ目前ニ逼レリ
 - 第19巻 p.6 -ページ画像 
ト云フヘシ、余輩府民豈黙止スヘキノ秋ナランヤ、蓋シ此事業タル其関係スル所極メテ大ナリト雖モ其関係ノ最モ切ナルハ余輩府下商工業者ニ過クルモノナシ、故ニ何卒先ツ之ヲ本会ノ議題トシ委員ヲ撰ンデ実施ノ方案ヲ審査セシメ、一ハ其筋ヘ上陳シテ当路ノ注意ヲ促シ一ハ余輩府民ヲ代表シテ府政ニ参与スル府会議員諸氏ニ謀リテ其賛同ヲ請ヒ以テ一日モ早ク此事業ノ実施ヲ見ン事ヲ希望ス、猶築港ノ必要ナル理由及之ニヨリテ収受シ得ベキ利益等ノ事ハ一々玆ニ詳記セズト雖トモ此等ハ追テ本案ノ議題トナルニ至リ議場ニ於テ充分口陳スベシ、先ハ此段建議候也
  明治二十一年一月廿四日 五十八番会員 益田孝
  東京商工会々頭 渋沢栄一殿
五十八番(益田孝)ハ猶議案ノ趣旨ヲ敷衍シテ曰ク、東京湾築港ノ事ハ会《(曾)》テ内務省ヨリ市区改正ノ建議ト共ニ提出セラレ東京商工会ヨリモ委員ヲ選出シテ其会議ニ与カラシメシ事アリシモ其後遂ニ如何ニ成行キシヤヲ知ラズ、之ヲ外ニシテハ又他ニ東京湾築港ノ計画アルヲ聞カザルナリ、熟々案ズルニ運輸開通ノ殖産興業上ニ欠ク可ラザルハ敢テ贅弁ヲ俟タザル所ニシテ近来我国ノ運便ハ官民ノ協力ニ依テ漸次進歩ノ形跡ヲ示シ現ニ今日ニ於テハ海ニ十数万噸ノ滊船ヲ備ヘ陸ニ数百哩ノ鉄道ヲ有シ、愈ヨ益ス増進スベキノ勢アリテ滊帆船ノ数鉄道ノ延長ハ日ヲ逐テ増加セントスルノ有様ナルニモ拘ラズ、物産ノ最モ多ク集散出入スル沿海ノ要地ニ港湾ヲ築キ船渠ヲ設ケ以テ繋船ヲ安全ニシ貨物揚却ノ便ヲ図ル者ナキハ抑モ何ゾヤ、是蓋シ其必要ヲ直接ニ感ゼザルト其工費ノ巨額ナルニ恐レ逡巡スル者アルニ由ラザルヲ得ンヤ、夫レ港湾ト云ヒ灯台ト云ヒ将タ船渠・倉庫ト云ヒ共ニ皆滊船・鉄道ニ大関係アル事恰モ指ノ手足ニ於ケルガ如キモノナレバ此等ノ要具ニシテ完備セザレバ仮令如何程資本ヲ投シテ滊船・鉄道ヲ造設スルモ到底其効用ヲ全フシ能ハザルヲ奈何セン
 玆ニ倩々欧米開明国ノ形状ヲ察スルニ各国トモ苟モ貨物ノ集散スル沿海ノ要地トアレバ必ズ港ヲ築キ船渠ヲ備ヘ繋船ヲ安全ニシ貨物ノ揚却ヲ便ニスルヲ以テ一大要義ト為サヾルハナク、既ニ英国マンチヱストル・リヴアプール間ノ如キハ其相距ル事遠カラズ、両地ノ間ニハ已ニ数線ノ鉄道ヲ連設シアルニモ拘ハラズ猶七百万磅(凡三千五百万弗)ノ資本ヲ投シテ其間ニ運河ヲ開鑿シ直接ニ物貨ヲマンチヱストルマデ船積シテ費用ヲ節セントスルノ計画アリテ、昨年中遂ニ之ヲ実施スル事ニ決シタル程ナリ、又白耳義国アントウヱルプ港ノ如キモ近来鉄道ノ布設費ト共ニ四百万磅(凡二千万弗)ノ資金ヲ支出シテ築港ヲ為シタル事ナルガ、右築港ノ為メニハ工師ヲ各国ヘ派遣シテ偏ク各国ニ於テ試ミタル方案ヲ研究セシメ其長所ヲ取リテ築港ヲ為シタルモノニテ、各国ガ築港ニ鋭意セル精神ハ概ネ皆ナ此類ナリ
 偖テ此東京ハ従前徳川氏ガ覇府ヲ開キタル処ニテ諸侯ハ皆此ニ参勤交代《(覲)》ヲ為シ、所謂繁昌ノ一都府タリシモ元来我ガ東海ハ風浪陰険ニシテ昔日ノ如キ脆キ帆船ニテハ其航海最モ危険且不便ナリシヲ以テ我国ノ諸貸物《(貨)》ハ江戸ニ入ラズシテ悉ク大坂ヘ輻輳セリ、故ヲ以テ当
 - 第19巻 p.7 -ページ画像 
時ニ在リテハ我国商業上ノ中心市場ハ大阪ニ属シ江戸ハ只政治上ノ首府タルニ過キザリシ、然ルニ爾来我国ノ海運ハ大ニ進歩ヲ現ハシ西洋形滊帆船ノ行ハルヽニ従ヒ東京ヘ入津スル船舶ハ漸次其数ヲ増加シ、遂ニ今日ニ及ンデハ伊勢美濃以東奥羽迄ノ商権ハ大概東京ノ掌握ニ帰スルニ至リタルニ、今ヤ陸上ノ鉄道布設事業ハ益々進歩シ中山道ノ鉄道ハ已ニ横川ニ達シ奥羽ノ鑢道《(鉄)》ハ已ニ仙台ニ通ジテ青森ニ達スルモ将ニ近キニアラントシ、将タ東海道鉄道ハ神奈川ヲ経テ国府律《(津)》ニ達シタレバ尚ホ進ンデ名古屋ニ通シ大阪トノ聯絡ヲ通ズルモ今明年ノ中ナルベキニ、両毛・水戸・甲武等諸鉄道ノ竣工スルモ近キニアルベク、又直江津ヨリ信州ヘ通ズル鉄道モ達《(遠)》カラズ碓氷ニ達シ、横川ト連絡ヲ通ズルノ計画モアリテ将来信越・甲・武・常・野及奥羽地方ヨリ運輸シ来ル貨物並ニ此等ノ地方ヘ向テ供給スベキ貨物ハ皆必ズ東京湾ニ由リテ集散スベキモノニテ、東京ハ啻ニ政治上ノ中心タルノミナラズ将ニ商業上ノ中心タラントスルモノナレバ此際築港ヲ企ツルモ誰カ不ノ字ヲ言フモノアランヤ、築港ノ事ハ実ニ今日ノ急務ナリト謂フベシ
 且ツ夫レ我邦ノ地位タル東ハ米国ニ隣シ西ハ香港上海ト相対シ実ニ東洋ノ中心市場タルヲ得ベキモノナルニ、尚近来欧米人ノ東洋貿易ニ注意スルノ念慮益々深キヲ加ヘ、殊ニ昨年来ハ彼ノ英領加奈陀トノ新航路モ開ケ我ガ海外貿易モ亦年々増進スルノ勢アレバ、今後我邦ヘ往来スル外国船舶ノ増加スベキハ勿論我ガ内地商業ノ益々進歩スルニ連レテ内外船舶ノ出入愈々頻繁ナルニ至ルベキハ是レ自然ノ理数ナリ、今試ニ去ル十五年より昨二十年ニ至ル横浜港ヘ出入シタル船舶及其噸数ヲ挙クレバ
    横浜入港船舶噸数

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 二十年十月迄 十九年 十八年 十七年 十六年 十五年 年次 外国ヨリ 一九八 二三四 二五九 二三五 二四八 二二五 滊帆船数 三一六、二二二 三五九、五四六 三六八、七〇〇 三三三、六二二 三八六、九八七 三七二、二六一 噸数 一五七 一八二 一〇五 一二〇 一一六 一〇三 滊帆船数 内国各港ヨリ 二一六、九三四 二二七、七七六 一二七、〇七二 一四〇、七〇八 一一八、三〇〇 一二五、三五五 噸数 三五五 四一六 三六四 三五五 三六四 三五五 滊帆船数 合計 五三三、一五六 五八七、三二二 四九五、七七二 四七四、三三〇 五〇五、二八七 四九七、六一六 噸数 



    横浜出港船舶噸数

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 二十年十月迄 十九年 十八年 十七年 十六年 十五年 年次 外国ヘ 一一七 一三四 一七九 一八〇 二〇九 一八二 滊帆船数 一九五、三六四 二二二、九五六 二六七、二四三 二六四、八九〇 三三四、三八一 三〇三、三九六 噸数 二四五 二八三 一八七 一七九 一六四 一五九 滊帆船数 内国各港ヘ 三三〇、五二九 三六二、七四六 二三〇、三四三 二〇八、四九八 一七七、〇二二 一八三、二八二 噸数 三六二 四一七 三六六 三五九 三七三 三四一 滊帆船数 合計 五三五、八九三 五八五、七〇二 四九七、五八六 四七三、三八八 五一一、四〇三 四八六、六七八 噸数 



 斯ノ如クニシテ船舶ノ出入ハ年ヲ逐フテ増加スルノ勢ナルニ横浜港ノ不完全ナル貨物積却ニ不便利ナル事今更予ガ喋々ノ弁ヲ要セズシ
 - 第19巻 p.8 -ページ画像 
テ世人ノ知ル処ナリ、故ニ若シ風浪ノ為メニ貨物ノ揚卸ヲ遮ラルヽ時ハ目前ニ商品ノ到着セルモ之ヲ市場ニ致スノ途ナク、商人ハ看々商機ヲ失スルノミナラズ船舶モ空シク繋舶シテ徒ラニ其航海費ヲ嵩メ、随テ運賃モ割高ナルニ至ルベキハ是自然ノ理数ニシテ、其結果タル啻ニ荷主ト船主ノ損失タルニ止マラズ一般商業上ノ利害ニ関スル処甚ダ大ナルモノナリ、加之彼ノ印度・香港ヲ経テ日本ヘ来航スル外国郵便船ノ如キハ孰レモ日本ヲ以テ最終ノ港トスルガ故ニ例ヘバ香港ニ二日間繋泊スルモノナレバ、横浜ニハ五日間ト云フガ如ク割合ニ長ク碇泊シ、日本ニ於テ充分ノ修覆ヲ為スヲ以テ最モ便利トスル事ナレトモ、如何セン横浜近傍ニハ一ノ船渠ナシ、横須賀ニ海軍省ノ船渠ナキニアラズト雖トモ唯一ケ所ノ事ナレバ中々ニ忙ハシクシテ急速ノ間ニ合ハズ、故ニ大抵ハ其船渠ヲ当ニセズ不便ナガラモ香港ニ於テ修覆スルヲ常トシ、日本人ハ何故横浜近傍ニ於テ一ノ船渠ヲ設ケザルヤトハ外人ノ頻リニ訝リ居ル所ナリ、尤モ近来有志者アリテ横浜港ヲ修築シ船渠ヲ設ケ以テ一大改良ヲ加ヘントノ議モアリト雖トモ未ダ容易ニ実行ノ場合ニ至ラズ、若シ之ヲ実行シ得ルトスルモ横浜ノ地形タル将来東洋貿易ノ中心市場タルニハ寧ロ狭隘ニ過グルノ嫌ヒナカルベキヤ識者ノ甚ダ疑フ処ナルガ如シ、又今日横浜ヘ輸出入スル貨物ト雖トモ其過半ハ東京ヲ経由シテ各地方ニ聚散分賦スルモノナルニ京浜間ノ鉄道ハ未ダ以テ商業上貨物運搬ノ用ニハ充分供シ得ラレザルノ憾アリ、故ニ横浜ヨリ東京ヘ輸出入スル貨物ハ概ネ艀船ヲ用ヒザルハナク独リ横浜ヨリ東京ヘ入津スル貨物ノ艀賃ノミテモ毎年凡二十八万円(東京商工会ノ調査)《(ニ脱カ)》ニ達スルノミナラズ之カ為メニ商機ノ活動ヲ失スル事多ク、例ヘバ神戸ヨリ廿七時間ニテ横浜ニ達スルモ更ニ東京ヘ達スル僅ニ七八里ノ間ニ於テ時ニ由リ五六日間ヲ空費スルノ奇談ハ殆ンド常ノ事ニシテ之ヲ怪ム者ナキニ至レリ、是因襲ノ久シキニ由ルト雖トモ蒸気電気ヲ利用シテ商機ニ一刻ヲ争フ文明ノ今日ニ於テハ不便モ亦タ極レリト云フベキナリ、今試ミニ明治十九年中当府下ヘ出入シタル重要品ノ内穀物肥料其他十二品ノ輸出入額ヲ左ニ
    明治十九年中各重要品府下出入表

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 合計 鰹節 酒 醤油 日本紙 塩 砂糖 麻苧  以下p.9 ページ画像  生金巾 綿糸 繰綿 石炭 灯油 肥料 穀物 品種 和糸 洋糸 石油 水油 〆粕 干鰯 小麦 大麦 大豆 米 八〇四、五三一 一、二四三 五七、六〇〇 二七、一八九 三、六〇二 四三、〇一〇 四三、五八一 一、〇四七 一、二三八 五一四 六、四三四 一、八八九 五一、七六三 二二四、二七九 一三、〇五八 二七、七八五 五二四 一四、一三六 一〇、〇四四 二五、六一九 二五二、九七六 噸 輪入 三〇四、八九五 六九〇 一、二四九 二、五九八 一、八八〇 三八、七一〇 二八、〇八六 六二六 一、一一一 四八八 六、一二二 一、一三〇 ………… 一四六、三三八 七、一七八 二八、九六二 五一二 一一、三〇九 一、六七四 一一、三五一 一四、八八一 噸 輪出 




 東京ニ出入スル貨物ノ全計ハ果シテ幾許ノ巨額ニ達スルヤ未ダ精細ナル統計ヲ得ザルモ、右ノ如ク僅々十四種ノ貨物ニ就テ算スルモ現今ノ出入噸数ハ已ニ百十一余万噸ニ達セリ、故ニ目下工事若クハ計画中ノ各鉄道ニシテ愈々竣工ヲ告ゲ、東京湾ノ築港モ成リテ海陸運輸ノ連絡ヲ通ズルノ日ニ至ラバ府下ヘ出入スル貨物ノ数ハ十年ヲ出デズシテ三倍ノ多キニ上ルベク、尚ホ今後内地ノ殖産事業愈ヨ開達シ内外貿易ノ益々増進スルニ至ラバ、独リ我ガ日本ノ中心市場タルヲ得ベキノミナラズ実ニ東洋貿易ノ一大市場タルヲ期シ得ベシ、然ルニ貨物出入ノ港湾ハ前已ニ略陳セルガ如ク極メテ不便不利ナルガ故ニ、今ニシテ海陸運輸ノ連絡ヲ通ズルノ機関タル築港ヲ為サヾルトキハ其貿易ノ進歩発達ヲ妨グルノ恐レ決シテ小少ナラザルナリ、是レ我々ガ今日ニ於テ東京湾築港ノ必要ヲ感スル事益々深キヲ覚ユル所以ナリ、今若シ充分ノ調査ヲ遂ケ東京湾ヲ修築シテ船渠ヲ設ケ如何ナル大船巨船ト雖トモ横付ケトスルヲ得ルニ至ラバ、今日ノ如ク巨額ノ金銭ヲ費ヤシ横浜ヨリ貨物ヲ艀ケルノ不便モナク、数多ノ手数ト雑費ヲ省略シ得ルノミナラズ尚風浪ノ危険ヲ避ケ商賈ハ馳引ノ活機ヲ利用スルヲ得、船主ハ碇舶時日ヲ短縮スルト共ニ其航海費ヲ減少シ得テ運賃ヲ廉ニシ随テ商品ノ運動ヲ快活ナラシメ、且ツ港湾ニ沿ヒ倉庫ヲ建設シテ貨物保管ヲ托スルノ便ニ供シ、又其港内ニハドライ、ドツクヲ設ケテ船舶修繕ノ用ヲ弁ズルニ至ラバ東京湾ニ輻輳スル内外ノ船舶ハ弥ヨ益々増加シテ府下ノ繁栄ヲ助クベキハ勿論、間接ニ我ガ日本全般ノ福利ヲ増進スベシ、言ヲ換テ之ヲ云ヘバ此ノ築港ニ依テ得ル利益ハ独リ我ガ東京府民ノ専有ニ帰スルモノニアラズシテ、苟モ我東京ト商業上ノ関係ヲ有スル土地ノ人民ハ勿論全国ヲ通シテ其余沢ヲ蒙ラザルモノナカルベシ、何トナレバ凡ソ東京湾ヲ経過スルノ貨物ハ此築港事業ノ為メニ多少其運賃ヲ省クヲ得ベクシテ、此等ノ貨物ヲ消費スル者及ビ供給スル者ハ倶ニ其利益ヲ享受スベキモノナレバナリ、左レバ此築港ノ事業タル独リ東京府下ノ工事ニアラズシテ実ハ全国ノ重要工事ナリト云フモ決シテ誣言ニアラザルナリ
 抑モ此築港事業タル実ニ莫大ノ費額ヲ要スルモノニテ容易ナラザル事業ナリト雖モ、充分ノ調査ヲ遂ゲ我東京ノ地勢ニ考ヘ現在及将来ノ商勢ヨリ観察シ果シテ其利益ノ大ナル事ヲ確知シ、官民互ニ同心戮力シテ之ヲ計画シタランニハ未ダ必ズシモ実施ノ方案ナキニアラザルベシ、然ラバ今我国ニ於テモ愈ヨ東京湾ヲ修築スルニ於テハ其
 - 第19巻 p.10 -ページ画像 
工費ノ支弁及ヒ其償却法ニハ種々ノ方案アルベシト雖トモ、今参考ノ為メ彼ノ白耳義国アントウヱルプ府築港ノ方法ナリト云フヲ聞クニ其工費四百万磅ニシテ其ノ全額三分ノ二ハ国庫ヨリ支弁シ、残額三分ノ一ハ同府ガ九十九ケ年ノ返済期限ニテ三分利付ノ府債ヲ起シ之ヲ支弁シタルモノニシテ、同府ハ同港ヘ入津ノ各船舶ヨリ繋泊税水先料・灯明税等ヲ徴収シテ此等収入金ノ中ヨリ府債ノ償却元金及其利子ヲ支弁スルモノナリト云ヘバ今姑ク此例ニ依リ、仮リニ東京湾築港ニ要スル費額ヲ一千二百万円ト定メ其半額即チ六百万円ハ国庫ノ支弁ヲ請ヒ、残額六百万円ハ百年ノ期限ヲ以テ五分利付ノ府債ヲ起シテ之ヲ支弁スルモノトスル時ハ、此府債ノ償却元金及其利子ヲ合セ年凡ソ三十五万円(満期ニ至ル迄償却元金ヲ積立テ之ニ利子ヲ付スルモノトシテ差引スルトキハ此金高ヨリ小額ニテ事足ルト知ルベシ)ヲ要スベシ、而シテ此金額ニ当ツルガ為メ一方ニ於テハ入津ノ船舶ヨリ繋泊料・水先料・灯明税等ヲ徴収シ、一方ニ於テハ更ニ埋立地ヨリ借地料ヲ徴収シ、又船渠営業者ヨリ営業税ヲ納メシメ以テ之ヲ支弁スルト云フガ如キ方案モアルベシ、尤モ現行ノ地方制度ニ拠レハ府県ハ地方債ヲ発行スルノ権利ナキガ故ニ府債ヲ起ス事モ為シ能ハザルニ似タレトモ、已ニ政府ニ於テハ地方制度ヲ革メ可成的自治ノ制度ヲ布カントスルノ趣ナレハ此事業ニシテ果シテ利益アリトセン歟、我々府民ハ進ンテ其筋ヘ建議シテ其特権ノ許可ヲ要望スベシ、政府若シ其事柄ノ利益ナルヲ確認セラレナバ豈必ズシモ其実行ヲ望ミ難シトセンヤ、故ニ其事ノ利害得失ヲ弁セズ唯現行制度ノ許サヾル一事ヲ以テ之ヲ排斥スルノ不可ナルノミナラズ今ヤ築港ノ必要ハ実ニ目前ニ迫レリ、而シテ其関係スル処極メテ大ナリト雖トモ其最モ切ナルモノハ我々商工業者ニ過グルモノナシ、是レ予ガ此ノ議ヲ提出シテ充分ノ調査ヲ遂ゲ果シテ其利益アルヲ確認シタル以上ハ輿論ノ賛成ヲ得テ一日モ早ク此築港事業ノ実行ヲ見ント希望スル所以ナリ
十四番(小川為次郎)問フテ曰ク、築港ノ事業ハ果シテ成功ノ見込アリヤ
五十八番(益田孝)曰ク、築港ノ事ハ既ニ前年内務省ニテ其方案ヲ調査セラレ市区改正審査会ニ附セラレタル程ナレバ余ハ成功ノ見込アルモノト思考ス
七十五番(矢島作郎)曰ク、東京湾築港ノ必要ナル事ハ今更ニ喋々ヲ要セザル所ニシテ此事業タル社会ノ進歩スル今日ニ於テハ一日モ忽ニスベカラザル所ナリ、故ニ此事ハ委員ヲシテ充分ニ其方案ヲ審査セシメ一日モ早ク之ヲ実施セン事ヲ望ム
十四番(小川為次郎)曰ク、東京湾築港ノ必要ナル事ハ申迄モナキ事ナレバ若シ此事業ニシテ果シテ成功ノ見込アルモノトセバ何人ト雖トモ之ニ不同意ヲ抱ク者ナカルベシ、ソハ兎ニ角余ハ今日委員ヲシテ之ヲ調査セシムル事ヲ以テ甚ダ緊要ナリト思考ス、其故ハ近来皇居ノ造営ト云ヒ下水ノ浚渫ト云ヒ、水道其他埋立ノ工事ト云ヒ、土工ニ関スル事業盛ニ行ハルヽノ際ニ当リ、若シ築港ニ就キ大体ノ方案ヲ定ムル事ナク企業者ヲシテ恣ニ此等局所ノ工事ヲ経営セシムル
 - 第19巻 p.11 -ページ画像 
時ハ或ハ之ガ為メ他年築港ノ事業ヲ妨害スル事ナキヲ保セズ、元来此等工事ノ港湾ニ影響ヲ及ボス事ハ蔽フベカラザルノ事実ニシテ、現ニ函館ノ如キハ従来良港ヲ以テ称セラレタルモ近来市街ノ開設等陸上ノ工事ニヨリテ大ニ其港湾ヲ害シタル事アリ、又横浜ノ如キモ開港ノ当年ニ在リテハ其水底頗ル深カリシモ、其後陸上ノ工事行ハルヽニ従ヒ漸ク浅游ヲ生ジ、明治十四・五年ノ交或外国人ガ之ヲ測量シタルニ五年前ニ比シ平均二「ヒート」丈ケ浅クナリタリト云フ左レバ今日委員ヲシテ築港ニ就キ大体ノ方案ヲ調査セシムルハ極メテ緊要ニシテ、若シ其方案ニシテ差向キ着手ノ運ニ至ラズトスルモ之ガ為メ前陳土工事業ヲ経営スル者ニ向テ方針ヲ与フルノ利益少カラザルベシ、蓋シ築港ニ就キ最モ鄭重ニ研究スベキ第一ノ問題ハ此事業ハ果シテ成功ノ見込アルヤ否ヤ是ナリ、夫レ東京湾ノ常ニ浅游ヲ生ズルノ傾向アルハ争フベカラザルノ事実ニシテ、現ニ明治十七年内務省ニテ取調ベラレタル方案ト雖トモ果シテ此浅游ヲ防ギ得ベキヤノ点ニ就テハ技師中ニモ頗ル疑ヲ抱クモノアリシヤニ聞ケリ、夫ノ野蒜ノ如キモ前年夥多ノ資本ヲ投ジテ港湾ヲ築キタルモ其後数年ヲ出デザルニ水底浅クナリ今日ニ於テハ僅ニ満潮六尺ノ深サヲ保ツニ過ギズト云フ、故ニ今東京湾ヲ築港スルニ当リテハ先ヅ第一ニ数年ノ調査ヲ経テ其成功ノ見込ヲ確認スル事肝要ニシテ軽々着手スベカラザル事勿論ナリトス、次ニ起ルベキ第二ノ問題ハ果シテ便利ナル港ヲ築キ得ベキヤ否ヤ是ナリ、仮令此事業ハ充分成功ノ見込アリトスルモ若シ二里外ニ築キ出シヲ要スルガ如キ事アラバ以テ其便ヲ得ル能ハズ、次ニ起ルベキ第三ノ問題ハ此事業ヲ実施スルニハ果シテ如何ナル費額ヲ要スルヤ是ナリ、夫レ費用ヲ惜マズシテ計画スルニ於テハ如何ナル良港ト雖トモ決シテ之ヲ築キ得ザルノ理ナシ、然リト雖トモ今東京湾ヲ築港スルニ当リテハ其費用ハ我国民ノ負担シ得ベキヤ否ヤヲ考究セザルベカラズ、左レバ本案ハ先ヅ兎ニ角委員ノ審査ニ附スルモノトシ以上ノ要項ニ就テハ充分ノ調査ヲ遂ゲシメン事ヲ望ム
三番(梅浦精一)曰ク、東京湾ノ築港ハ実ニ府民ノ利益ヲ進捗スルノ事業ナレバ実ニ一日モ忽ニスベカラザルナリ、此事業ハ極メテ重大ニシテ固ヨリ一朝ニ其成功ヲ期シ難シト雖トモ、苟モ官民協力シテ熱心ニ計画スルニ於テハ決シテ為シ難キノ業ニアラザルベシ、蓋シ近来陸上ノ交通モ開ケ又房総ヨリ府下ヘ貨物ヲ運送スルニハ多クハ東京湾ニ頼ラザルヲ得ズ、然ルニ其港湾ハ甚ダ不完全ニシテ現ニ湾内所々ニ浅游ヲ生ジ、房総ヨリ入津スル船舶ニシテ其水入僅ニ二尺ニ過ギザルモノト雖トモ時々浅游ニ乗上ゲ大ニ困難スル事アリ、又日本郵船会社ノ如キハ本船ヲ横浜ニ繋留シ、其出入ノ貨物ハ一ニ艀ニヨリテ之ヲ運送セリ、港湾ノ修築ハ実ニ焦眉ノ急務ナリト云フベシ、然ルニ府庁ハ昨年幸ニ東京湾浚渫ノ案ヲ発シ府会モ之ヲ可決シテ現ニ其工事ニ着手中ナル趣ナレトモ、余ヲ以テ之ヲ見レバ其竣工期限長ニ失シ猶緩漫ニ堪ヘザルノ感ナキヲ得ズ、思フニ此浚渫工事タル他年築港ノ一段階タルモノニ付今築港ノ事業ニシテ愈々之ヲ実施スベシト決スル以上ハ、建議者ノ希望スル趣旨ヲ拡充シテ先ヅ差
 - 第19巻 p.12 -ページ画像 
向キ本会ヨリ府会ニ照会シテ此浚渫工事ノ竣工期限ヲ今少シク短縮セン事ヲ促シテハ如何ン
二十九番(山中隣之助)曰ク、本案ハ全会一同之ヲ賛成スルモノヽ如シ、此上ハ速ニ此ヲ議題トシ委員ヲ撰ンデ之ヲ調査セシムヘシ、只今三番(梅浦精一)ハ浚渫工事ニ就キ本会ヨリ府会ヘ照会スベシト述ベタレトモ此工事タル他年築港ノ後ニハ或ハ全ク無用ニ属スル事ナキヤノ疑モアリ、殊ニ其竣工期限ノ如キハ府庁ヨリ出来得ル丈ケ短縮シテ請負人ト契約シタルモノナレハ今此件ニ就キ本会ヨリ府会ヘ照会スルハ甚ダ不同意ナリ
二十番(大倉喜八郎)曰ク、東京湾ノ築港ハ要スルニ府下ノ繁栄ヲ来スノ事業ナレバ、余ハ無論其大体ヲ賛成スト雖トモ実際ニ臨ミ容易ナラザル事業ニ付爰ニ一言セン、築港ノ説タルヤ明治初年既ニ有志者ノ論題トナリ、其後新聞記者ノ間ニモ時トシテ築港ノ論議ヲ発表シ又十七年ノ頃市区改正ノ一大問題出テヽヨリ更ニ朝野ノ希図スル所トナリ、随分長キ間ノ問題ニテ敢テ今日ノ新案ニアラザルナリ、如此必要ノ事件ニシテ今日迄行ハレザルハ自カラ又原因アルベシ、ソハ兎ニ角嘗テ前年本会ニ於テ委員会ヲ開キ築港ノ事ヲ審議シタル時余ハ臨席ノ芳川知事ニ向ヒ、此築港ニ要スル工費ハ先ツ府民ニ於テ負担スルモノト覚悟セザルベカラズ、故ニ其工費ノ如何ヲ参照スルニアラザレバ容易ニ築港ノ得失ヲ断定シ難キ旨ヲ陳述シタル事アリシガ、実ニ此ノ築港ヲ企ツルニ当リ第一ニ考究スベキ要点ハ其工費及其支弁法ノ如何ニ在リ、蓋シ内務省ノ調ニ拠レバ築港ノ工費ハ凡千二百万円ヲ要スルトノ事ナレトモ、技師ノ間ニモ議論アル由ニ付猶実際ニ就キ之ヲ調査スルトキハ更ニ是ヨリ多額ヲ要スル事モアラン、而シテ若シ其工費非常ノ多額ヲ要スルモノトセハ府民ノ負担ニ堪ヘガタキ場合モアルベシ、然ル時ハ更ニ築港ノ区域ヲ縮メ、横浜ニ桟橋ヲ架設シ京浜間ニ特別商業鉄道ヲ布設スル等ノ方案起ル事モアラン、故ニ本案ハ一応委員ノ審査ニ附シ充分其工費及其支弁ノ方法ヲ調査セシメン事ヲ要ス
四十二番(松尾儀助)曰ク、東京湾築港ノ必要ナルハ蓋シ或ハ然ラン然リト雖トモ若シ本会ヨリ其筋ヘ建議シテ輿論ノ協賛ヲ得ントスルニハ先ヅ充分其利益アル事ヲ確認セザルベカラズ、夫ノマンチヱストル及リヴアプール間ニ於ケル運河開鑿ノ事業ノ如キハ畢竟近来英独間貿易上ノ競争ヨリ致シタル所ニシテ、之ガ実施ヲ可決シタルハ蓋シ充分其利益ヲ確認シタル上ノ事ナルベシ、然ルニ今建議者ノ演述スル所ニ拠リテ考フルニ余ハ未ダ其利益ノ在ル所ヲ確認スルヲ得ズ、故ニ此築港ノ問題ハ先ヅ委員ヲシテ充分其利害ヲ審査セシメ其利益ヲ確認シタル上ニテ其筋ヘ建議シタシ
会長(渋沢栄一)曰ク、東京湾築港ノ事ハ府下ノ商工業ニ取リ極メテ重大ノ問題ニシテ此事ニ就テハ嘗テ明治十三四年ノ頃或ル新聞紙ニテ之ヲ唱道シタル事アリ、其他一私言トシテ之ヲ論ジタル者アリシガ其後明治十八年東京府知事ヨリ其方案ヲ内務省ヘ上申セラレ一タビ市区改正審査会ノ題案トナルニ至リテ漸ク世論ノ注意ヲ促シタリ而シテ当時小生及益田君ノ両人ハ本会委員ノ資格ヲ以テ共ニ其ノ審
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査ニ参与シタルガ、其原案ハ戸田川筋ヲ利用セズシテ石川島ト霊岸島トノ間ニ締切ヲ築キ、佃島地先ヲ埋立テ玆ニ船渠ヲ造リ如何ナル大船巨舶ト雖トモ横附ケニシ得ル程ノ完全ナル港湾ヲ築クノ方案ナリシト記臆セリ、蓋シ初メ市区改正ノ題案ヲ審査会ニ附セラルヽヤ小生等両人ハ第一ニ市区改正ノ事ハ築港ノ方案如何ニヨリテ大ニ参酌ヲ要スベキモノニ付、単ニ之ノミヲ議スルハ不可ナリトノ意見ヲ発シタルガ審査会長ハ築港ノ事ハ目下伺中ニシテ之ヲ題案トスルヲ得ザルニ付、不得已先ヅ市区改正ノ題案ヲ発シタル迄ニシテ敢テ其間ニ軽重ヲ附シタルニハアラズト弁明セラレタリ、斯クテ其後築港ノ事ヲ審議シタルニ其方策ニ就テハ当任ノ技師中ニモ多少其意見ヲ異ニスル点アリテ、遂ニ衆議ノ末其方案ハ更ニ外国ヨリ適任ノ技術師ヲ召聘スルカ若クハ本邦ヨリ特ニ技術師ヲ海外ヘ派遣シテ之ヲ調査セシムベシト云フニ決シ一タビ其局ヲ結ビタリト覚ユ、又原案ニ拠レバ其工費ハ凡千二百万円ヲ要スルノ計算ニテ小生等両人ハ第一ニ審査会長ニ向テ其支弁法ヲ質問シタルニ、是ハ他ニ支弁ノ方法アルモノト仮定シ只其方案丈ヲ議スベシトノ事ニテ其工費支弁ノ方法ハ別ニ審査会ノ議事ニ附セラレザリシト雖トモ、其後ノ風説ニ拠レバ主務者ノ見込ハ此工費ハ府下ヘ入津スル貨物ニ入府税ヲ課シ之ヲ支弁セラルヽノ意見ヲ有セラレタルニ或ル筋ニ於テハ大ニ此議ニ反対セラレ之ガ為メ主務者ノ意見ハ成立セザリシヤニ聞ケリ、思フニ此築港ノ事ガ一旦其筋ノ題案トナリシニモ拘ラズ其後未ダ如何ナル結果ヲモ呈セザルモノハ多分此等ノ理由ニヨルモノナランカ、抑モ此築港ノ必要ナルハ今更ニ喋々ヲ要セザル所ニシテ余輩府民ニ於テモ其実施ヲ希望スル事勿論ナルベシト雖トモ、只本会ニ於テ必要ナルニ付之ヲ実施セヨト唱道スルノミニテハ或ハ信切ヲ欠クノ嫌ナキヲ得ズ、蓋シ工費又ハ其支弁法ノ如キハ其方案定マル上ハ稍ヤ本会ニテ調査シ得ベシト雖トモ、其方案ノ如キ技術ニ関スル事項ハ専門ノ技師ニ頼ラザレバ之ヲ確定スルヲ得ズ、故ニ今本会ニ於テ此築港ノ実施ヲ熱望スルトナラバ先ヅ少クモ二三千円ノ金額ヲ費シ稍ヤ信任スベキ外国技師ニ依頼シ先ヅ東京湾ノ現況ニテハ如何ナル程度迄港築ヲ為シ得ベキヤヲ研究シ略ボ其方案ヲ規画セン事ヲ要スベシ
五十八番(益田孝)曰ク、充分ナル方案ヲ規画スルニハ其道ニ経験アリ且ツ熟練ナル外国ノ技師ニ依頼セザルベカラズ、仮令今本会ガ二三千円位ノ費用ヲ支出スルトスルモ固ヨリ完全ナル調査ヲ遂グルヲ得ザルベシ、故ニ本会ニテハ先ヅ曩ニ内務省ニ於テ調査セラレタル方案ヲ基本トシ之ニ拠リテ収受シ得ベキ利益ノ程度並ニ其工費支弁法等ヲ調査スル事トシ、技術上ノ事項ニ関スル調査ノ如キハ其筋ニ依頼スル事トシテハ如何ン
十四番(小川為次郎)曰ク、元来技術上ノ事項ノ如キハ本会委員ノ調査シ得ベキ所ニアラズ、此等ノ事項ハ本会ヨリ別ニ費用ヲ支出セザルモ其筋ニ於テ調査ヲ担当セラルベキ事至当ナリト思考ス、蓋シ其方案ヲ確定スルニ当リテ最モ緊要ナルハ只数年間ノ事実ヲ蒐集シテ之ヲ照査スルニ在リ、之ヲ外ニシテハ如何程熟練ナル技師ト雖トモ別ニ良案ナカルベシ、故ニ此等ノ事項ハ随分我邦人ニテモ之ヲ調査
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シ難キニ非ザルベシ
九番(雨宮綾太郎)曰ク、工費支弁法ノ如キハ例ヘバ建議者ノ云フガ如ク千二百万円ノ中半額ハ国庫ノ支弁ヲ仰ギ、半額ハ府債ヲ以テ支弁スルモノトセバ大抵其見込立タザル事ナカルベシ、只少シク懸念スル所ハ過刻十四番(小川為次郎)ノ述ベタル如ク東京湾ノ地形ハ果シテ之ヲ制シ得ベキヤ否ヤニ在リ、故ニ兎ニ角委員ヲシテ其辺ヲ審査セシメタシ
十六番(益田克徳)曰ク、築港方案ノ如キ技術ニ関スル事項ハ到底本会委員ノ調査シ得ベキ所ニアラズ、故ニ本会ハ別ニ調査費ヲ支出シ此等ノ事項迄モ調査スル事ヲ為サズシテ、差向キ先ヅ曩ニ内務省ニ於テ調査セラレタル方案ヲ基本トシ之ニ拠リテ将来築港ノ為メ収受シ得ベキ利益及其工費ノ支弁法丈ケヲ調査スルモノトシ、其他技術上ノ事項ニ関スル調査ノ如キハ其筋ヘ依頼スルノ外ナカルベシ
廿五番(丹羽雄九郎)曰ク、斯ヽル大事業ヲ実施スルニ当リ其終局迄ノ調査ハ到底本会一個ノ力ヲ以テ之ヲ為シ得ベキニアラズ、故ニ余ハ十六番(益田克徳)ノ説ヲ賛成ス、今熟々浦賀ヨリ東京湾ニ至ル地勢ヲ観察スルニ右側ハヤヽ繋船ニ便ナリト雖トモ左側ハ全ク其便ヲ欠ケリ、之ヲ人身ニ譬フルニ恰モ半身不随ノ人ノ如シ、夫レ我東京ハ今日貿易上ノ一大都府タルニアラスヤ、然ルニ其港湾ノ不完全ナル事如此キモノハ是取モ直サズ通商ノ門戸ヲ鎖ヅルモノナリ、由是観之築港ノ必要ナル事ハ蓋シ弁セズシテ明ナリ、然リト雖トモ三四十年前ニ夥多ノ資本ヲ投シテ築造シタル台場ガ今日全ク無用物トナリタルノ実例モアレバ、今此事業ニ着手スルニハ充分ノ調査ヲ遂ゲ周密ノ考案ヲ要スル事勿論ナルベシ
二十番(大倉喜八郎)曰ク、曩ニ内務省ニテ調査セラレタル方案ヲ基本トシテ調査スベシトノ説アレトモ抑モ此方策タルヤ技師ノ中ニモ往々見込ノ相違スルモノアル由聞及ベリ、然ルニ今仮ニ此方案ヲ基本トシテ調査ヲ遂クルモ若シ実地ニ臨ミ非常ノ工費ヲ要スルガ如キ事アラバ折角ノ調査モ徒労ニ属スル事ナキヲ保セズ、故ニ余ハ第一着ニ工費ノ大体ヲ慥カメン事ヲ必要ト信ス、故ニ過刻会長ノ申サレタル如ク相当ノ費用ヲ支出スルモ外国工師ニシテ此道ニ経験アリ、且ツ熟練ナル人ヲ招聘シテ河身ノ位置築港ノ基本ヲ確定セン事ヲ望ム、而シテ其支出シタル費用ノ如キハ他年愈々実施ノ運ニ至ラハ其創業費ノ中ヲ以テ之ヲ償却スルモ妨ナカルベシ、苟クモ如此大工事ヲ計画スル場合ニ臨ミ費用モ掛ケズ挙ケテ其筋ヘ依頼シ一篇ノ献議ニ止ムルカ如キハ予ノ取ラザル所ナリ
九十三番(小松崎茂助)曰ク、余ハ十六番(益田克徳)ノ説ヲ賛成ス本会ニ於テハ技術上ニ関スル事項ニ迄立入リテ之ヲ調査スルヲ要セス、只築港ニヨリテ収受シ得ヘキ利益並ニ工費支弁法丈ヲ調査シテ其筋ヘ建議スルモノトシ、其技術上関スル事項ノ調査ノ如キハ挙ケテ其筋ヘ依頼スベシ、而シテ若シ其筋ニ於テ調査セラルヽ所ニシテ本会ノ意見ニ合セザル所アラバ其節更ニ之ヲ建議スルモ可ナリ
五十八番(益田孝)曰ク、曩ニ内務省ニ於テ築港ノ事ヲ審査セラルヽニ当リテハ鉄道ノ発達今日ノ如ク盛ナラザリシガ、爾後数年ヲ出テ
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ザルニ鉄道益々進歩シテ之ガ為メ今日ニ於テハ築港ノ必要一層其度ヲ強ムルニ至レリ、是余ガ玆ニ此問題ヲ提出シテ大ニ輿論ノ注意ヲ喚起セント欲スル所以ナリ、蓋シ愈々之ヲ実施セントスルニハ其方案ヲ調査スル為メ多分ノ費用ヲ要スル事勿論ニシテ、現ニ白耳義国アントウヱルプ府ノ如キ築港ヲ担当スル技師ハシウズ或《(スエズ)》ハパナマノ大工事ニ関係シテ此等ノ工事ニ充分経験ヲ有スル者ヲ任用シ、又其築港ノ方案ヲ定ムルニ当リテモ特ニ技師ヲ外国ニ派遣シ、凡ソ世界ニ有名ナル港ハ尽ク之ヲ視察セシメ此等ノ為メ支出シタル費用ハ実ニ莫大ナリト云フ、然ルニ今本会ヨリ僅ニ二三千円位ヲ支出スルトモ到底完全ノ調査ヲ遂ゲ難キ事勿論ニ付、余ハ寧ロ本会ニ於テハ先ヅ重ニ商工業上築港ノ必要ナル所以ヲ主唱シテ輿論ノ注意ヲ促シ、幸ニ其協賛ヲ得ルノ日ニ至ラバ更ニ相当ノ方法ニヨリテ之ガ方案ヲ規画セン事ヲ望ム
二十二番(太田信義)曰ク、余ハ嘗テ四日市ノ築港ニ関係シタル事アリ、依テ参考ノ為メ聊カ玆ニ其摸様ヲ一言スベシ、従来四日市ハ港湾不完全ニシテ入港ノ船舶ハ概ネ海岸ヲ距ル数丁外ニ碇泊シ其貨物ヲ荷揚ケスルニハ時トシテ三日以上ヲ要スル程ナリシガ、明治五年ノ頃同地有志者ノ中ニ築港ヲ主唱スル者起リ当時県令モ大ニ此挙ヲ勧誘セラレタルニ付遂ニ之ヲ実施スルニ決シ、翌六年ヨリ愈々工事ニ着手スル事トナリタリ、扨其方案ハ如何ト云フニ先ヅ在来海岸ニ沿フ所ノ浅洲凡三万坪ヲ埋立テ其北手ニ凡百四十間ノ突堤ヲ築キ出シ、其南手ニ凡五十間ノ土砂除ケヲ設ケ此中ニ港湾ヲ造リ其深サヲ干潮平均九尺トシ(四日市ニテハ干満ノ差九尺アリ、故ニ干潮九尺ナレバ満潮ノ時ハ一丈八尺ノ深サヲ得ル訳ナリ)又此埋立地ノ中央ヲ開鑿シテ港湾ヨリ陸地ノ方ヘ一条ノ運河ヲ通シ、其末端ニ舟溜リヲ設ケ入津ノ船舶中日本形船ノ如キハ此運河ヲ経テ船溜リニ入ラシメ、西洋形船ノ如キハ湾内ニ碇泊セシムルノ考案ニシテ其工費ハ凡五万円ヲ要シ、竣工期限ハ三ケ年ヲ要スル予算ナリキ、而シテ此工費ヲ償却スルニハ入津ノ貨物ニ税金ヲ課スル方可然トノ説アリ、即チ既往三ケ年間入津貨物ノ平均高ヲ調査シタルニ其代価一円ニ付六厘ヅヽヲ徴収スル時ハ十五ケ年ニテ全償シ得ル算当ナリキ、依テ其案ヲ具シテ之ヲ其筋ヘ出願シタルニ許容セラレザリシニ付更ニ入津ノ船舶ニ課税スルノ案ヲ定メテ出願シタルニ、是亦許容セラレズシテ之ガ為メ折角発企シタル事業モ一時ハ中止ノ姿ニ至リシガ、発起人等ハ猶百方苦心シテ遂ニ県庁ヨリ補助金ノ下附ヲ請ヒ、漸ク之ヲ実行スルヲ得タリキ、扨テ愈々前記ノ方案ニ拠リテ工事ニ着手シ先ツ突堤百四十間土砂除ケ五十間ヲ築出シタルニ、豈計ランヤ湾内ノ土砂ハ随テ浚ヘバ随テ埋マリ何分予期ノ深サヲ保持スルヲ得ズ、依テ是ハ多分突堤土砂除ケノ短ニ失スル故ナラントテ更ニ突堤ヲ凡二百間ニ延長シ、土砂除ケヲ凡百間ニ延長シタレトモ猶其土砂ノ埋没スル事前時ニ異ナラサリシガ此等摸様替ノ為メ工費モ余計ニカヽリ竣工期限モ大ニ延引シ初メ工費五万円ノ見込ナリシモ八万円ヲ要シ竣工期限三ケ年ノ見込ナリシモ六年カヽリタリ、又調査費ノ如キモ数月間吏員ヲ派出シテ入津ノ貨物ヲ点撿セシメ、或ハ昼夜技師ヲシ
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テ水勢ヲ測量セシメタル等ノ為メ案外ニ多額ヲ要シ初ハ一・二千円ニテ充分ナル見込ナリシモ六千円程ヲ支出シタリ、斯クテ明治九年ニ至リ先ヅ不充分ナガラ全体工事ノ七八分通リ成功セシニ此際伊勢地方ノ土民暴動ノ為メ埋立地ヘ新築シタル建物ヲ焼キ払ハレ、其他工事ノ大半ヲ傷害セラレ、爾後別段之ヲ修補スルノ企モナカリシヨリ湾内漸ク埋没シ、今日ニ於テハ五百石ノ日本形船ト雖トモ容易ク入津シ得ザルノ有様ナリ、当時此工事ノ予期ノ目的ヲ達シ難キ事ニ就キ或経験アル外国技師ノ意見ヲ問フタルニ凡ソ港ヲ築クニハ地形上天然ノ便利ニヨラザルベカラズ、若シ否ラズシテ只人為ヲ以テ地形上天然ノ不便ヲ制セントスルモ到底其目的ヲ達シ難キモノナリト云ヘリ、左レバ今東京湾ヲ築港スルニ当リ最モ研究ヲ要スベキ点ハ此地形上天然ノ不便ハ果シテ人為ヲ以テ制シ得ベキヤ否ヤニ在リ、故ニ余ハ本案ヲ委員ノ審査ニ附スルニ当リテハ先ヅ此要点ヲ研究スルヲ第一ナリト思考ス
二十四番(松木平吉)曰ク、東京湾築港ノ事ハ固ヨリ余ノ希望スル所ナレバ余ハ本案ノ全体ヲ賛成シ併セテ之ヲ委員ノ審査ニ附スルノ説ニ同意ス、蓋シ過刻来十四番(小川為次郎)及二十二番(太田信義)ハ地形上天然ノ不便ヲ制シ得ベキヤ否ヤニ付懸念セラレタルガ余モ此点ニ就テハ私ニ疑ヲ抱クモノナキニアラズ、余ガ壮年ノ頃嘗テ佐藤信淵ノ著ハシタル或ル書籍ヲ読ミタルニ其中ニ今ノ佃島ハ元来上総ヨリ流レ寄リタル土砂ノ堆積シタルモノニシテ、又今ノ品海ト雖トモ数年ノ後ニ至ラバ相州猿島以北ニアル部分ハ悉ク乾潟トナリ、自由ニ其上ヲ歩行スルヲ得ルニ至ルベシトアリタリ、今ヤ水利土工其他百般ノ学術駸々進歩スルノ今日ニ当リ人為ヲ以テ天然ノ不便ヲ制シ得ルノ方略全クナキニアラザルベシト雖トモ、既ニ先輩ノ実験説モアリ、又現ニ数十年前ニ在リテハ今ノ台場辺ヘ大船ノ繋泊シタル事アリシニ此台場ヲ築造シタル以来湾内漸次埋没シ今日ニ於テハ少シク大ナル船舶ハ台場ヲ距ル事数十町外ニアラザレバ繋泊スルヲ得ザルノ事実モアレバ、今東京湾ノ築港ヲ規画スルニ当リテハ最モ深ク此点ニ注意セザルベカラズ、故ニ若シ本案ヲ委員ノ審査ニ附スルモノトセバ可成其道ニ経験ヲ有スル者多人数ヲ撰ミ先ヅ重ニ此点ヲ調査セシメン事ヲ希望ス
右ノ外猶各員ノ間ニ多少発言アリシガ遂ニ衆議ノ末本案ハ兎ニ角委員ノ審査ニ附スルモノトシ、其人員ハ十名ト定メ追テ会長ヨリ指名スルニ決ス


東京商工会議事要件録 第二九号・第三―四頁 明治二一年三月五日刊(DK190001k-0002)
第19巻 p.16-17 ページ画像

東京商工会議事要件録  第二九号・第三―四頁 明治二一年三月五日刊
  第廿七臨時会  (明治廿一年二月十六日開)
    会員出席スル者 ○四十四名
○上略
会長(益田孝)ハ開会ノ趣旨ヲ述ベ先ヅ左ノ二件ヲ報ジ且内外用達会社ヨリ加盟請求ノ件ヲ衆議ニ附ス
 一東京湾築港調査委員撰定ノ件
  去ル一月廿七日ノ会議ニ於テ議決シタル趣旨ニ基キ其後会頭ヨリ
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十名ノ委員ヲ指名シタリ、即チ左ノ如シ
              二番     阿部泰蔵
              三番     梅浦精一
              四番     林賢徳
              十四番    小川為次郎
              十六番    益田克徳
              二十番    大倉喜八郎
              廿九番    山中隣之助
              三十九番   吉川泰二郎
              四十二番   松尾儀助
              八十二番   浅野惣一郎
○下略
  ○是日栄一病気ニテ欠席ス。


東京経済雑誌 第一七巻第四一八号・第六二五頁 明治二一年五月一二日 東京湾築港委員会(DK190001k-0003)
第19巻 p.17 ページ画像

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東京商工会議事要件録 第三三号・第二―一〇頁 (明治二一年九月)刊(DK190001k-0004)
第19巻 p.17-18 ページ画像

東京商工会議事要件録  第三三号・第二―一〇頁 (明治二一年九月)刊
  第十七定式会
          (明治二十一年八月二十日開)
  第三十臨時会
    会員ノ出席スル者 ○三十二名
 - 第19巻 p.18 -ページ画像 
午後六時十分一同着席、会頭(渋沢栄一)ハ差支アリテ欠席シタルヲ以テ副会頭(益田孝)会長席ニ着ク
会長(益田孝)ハ是ヨリ定式会ヲ開クベキ旨ヲ告ゲ規程第五章第二十二条ニ依リ明治二十一年上半季間定式事務ノ成跡ヲ報告ス
  自明治二十一年一月至同六月 半季間事務ノ報告
○中略
    会員ノ建議   五件
○中略
○東京湾ニ築港ヲ要スルノ議
  本件ハ五十八番会員益田孝ノ建議ニ係リ、其要旨ハ近来鉄道滊船ノ便開ケタルニモ拘ラズ此二者ノ鉄鑰タル港湾ノ不完全ナルハ甚ダ遺憾ニ付本会ニ於テ委員ヲ撰ビ東京湾築港ノ方案ヲ調査セシメ官民ノ協力ニヨリテ其実施ヲ規画スベシト云フニ在リ、即チ明治二十一年一月二十七日第二十六臨時会ニ於テ之ヲ審議シタルニ衆議ノ末本案ハ兎ニ角委員ノ審査ニ附スベシト云フニ決シ、其後会長ハ左ノ十名ノ委員ヲ指名シタリ
             二番     阿部泰蔵
             三番     梅浦精一
             四番     林賢徳
             十四番    小川為次郎
             十六番    益田克徳
             二十番    大倉喜八郎
             廿九番    山中隣之助
             卅九番    吉川泰二郎
             四十二番   松尾儀助
             八十二番   浅野惣一郎
  此等ノ委員ハ爾後数回会同シテ目下其方案調査中ニ付其成跡ハ追テ次季ヲ期シテ報告スベシ
○下略


東京商工会議事要件録 第三七号・第四―一五頁 (明治二二年三月)刊(DK190001k-0005)
第19巻 p.18-19 ページ画像

東京商工会議事要件録  第三七号・第四―一五頁 (明治二二年三月)刊
  第十九定式会  (明治廿二年二月廿三日開)
    会員出席スル者 ○三十二名
○上略
次ニ会長(渋沢栄一)ハ是ヨリ本議ヲ開クベキ旨ヲ告ゲ先ヅ規程第五章第二十二条ニヨリ明治二十一年下半季定式事務ノ成跡ヲ報告ス
  自明治廿一年七月至同年十二月 半季間事務報告
○中略
    雑事    十件
○中略
○東京湾ニ築港ヲ要スルノ議
  本件ハ前季既ニ報告シタルガ如ク、特ニ十名ノ委員ヲ撰ビ爾後此等ノ委員ハ数回会同シテ其方案調査中ナリシガ、抑モ築港ノ事ハ重大ノ事件ニシテ其方案ノ如キ本会限リニテ調査シ難キモノモア
 - 第19巻 p.19 -ページ画像 
レバ其筋ノ助成ヲ請フベシトノ議アリ、依テ其旨内務大臣ヘ出願スベキ見込ナリシガ当時恰モ市区改正委員会ノ開設アリテ、其後同会ヨリ築港ノ問題ヲモ審議シタキ旨ヲ其筋ヘ建議シタル趣ニ付暫ク其調査ヲ見合ハセタルガ、今後同会建議ノ採否ニヨリテハ更ニ調査ニ着手スベキ見込ナレバ其成跡ハ追テ次季ヲ期シテ報告スベシ
○下略


東京商工会議事要件録 第四一号・第六―八頁 (明治二二年一二月)刊(DK190001k-0006)
第19巻 p.19 ページ画像

東京商工会議事要件録  第四一号・第六―八頁 (明治二二年一二月)刊
  第二十二定式会
           (明治二十二年十一月廿五日開)
  第三十八臨時会
    会員出席スル者 ○十九名
会長(渋沢栄一)ハ開会ノ趣旨ヲ報ジ先ツ定式会ヲ開クベキ旨ヲ告ゲ左ノ二件ヲ報告ス
○中略
 一築港調査ノ件
  築港ノ事ハ昨年一月五十八番会員(益田孝)ヨリ提出シタルニ全会一致ヲ以テ之ヲ可決シ、特ニ十名ノ調査委員ヲ撰定シタルガ其後委員ハ数回集会シテ築港ヲ主唱スルニハ先ツ府下ニ於ケル貨物集散ノ景況ヲ調査スベシト云フニ決シ、之ガ調査ニ着手シタルニ元来築港ノ如キ事業ヲ論ズルニハ独リ直接ノ利益ノミナラス間接ノ利益ヲモ亦見込マザルヲ得ス、又之ガ実施ヲ促スニ当リテハ予メ大体ノ方案ヲ規画スベキハ勿論其工費支弁ノ方法ニ就テモ亦意見ヲ述ベザルベカラス、依テ爾後試ニ一二水利学者ノ考案ヲ叩キタル事モアレトモ、所謂十人十種ニシテ各自其意見ヲ異ニスルモノアリ是ヲ以テ委員ハ種々勘考中ノ折抦昨年秋頃ニ至リ経済学協会ニ於テモ同一ノ問題起リ当時余 ○渋沢栄一モ同会ノ一人タリシヲ以テ、同会ヘ出席シテ是迄本会ニ於ケル調査ノ手続ヲ述ベタルニ同協会モ本会ト相応援シテ築港ノ実施ニ尽力スル事ニ決シ、数名ノ委員ヲ撰ンデ調査ノ事ヲ托シタリ、蓋シ同協会ニハ随分学者モアリ且ツ斯ノ如キ調査ニ手馴レタル人モアレバ其後本会ハ是迄蒐集シタル材料ヲ同協会ニ送リテ其参考ニ供シタルニ頃日ニ至リ同協会ノ委員ハ漸ク報告書ヲ編成シ目下同協会ニテ審議中ノ趣ナリ、左レバ本会ノ委員モ此際集会シテ右報告書ヲモ充分参考シ其方針ヲ議定スル見込ニテ、不日委員会ヲ催シテ諸事ヲ打合ス筈ナレバ追テ委員ノ意見定マリ次第之ヲ全会ニ提出シテ議決ヲ請フ事モアルベシト雖トモ、為念是迄ノ成行ト将来ノ思入ヲ玆ニ報告ス


渋沢子爵家所蔵文書(DK190001k-0007)
第19巻 p.19-20 ページ画像

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