デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

7章 経済団体及ビ民間諸会
1節 商業会議所
2款 東京商工会
■綱文

第19巻 p.187-193(DK190031k) ページ画像

明治22年9月9日(1889年)

是ヨリ先農商務大臣伯爵井上馨、商業会議所条例草案諮問ノ為各商工会ヨリ委員二名ヲ招集セントス。是日栄一、益田孝ト共ニ当会ヲ代表シ同委員ニ推薦セラル。諮問会九月二十日ヨリ二十八日迄農商務省ニ於テ開催セラレ、栄一之ニ出席シ討議ニ与ル。


■資料

東京商工会議事要件録 第四一号・第二―四頁 (明治二二年一二月)刊(DK190031k-0001)
第19巻 p.187-188 ページ画像

東京商工会議事要件録  第四一号・第二―四頁 (明治二二年一二月)刊
  第三十七臨時会  (明治二十二年九月九日開)
    会員出席スル者 ○二十三名
会頭(渋沢栄一)ハ差閊アリテ欠席シタルニ付副会頭(益田孝)代リテ会長席ニ就ク
 - 第19巻 p.188 -ページ画像 
会長(益田孝)ハ兼テ各員ニ通知シタルガ如ク、今般農商務大臣閣下ヨリ商工会議所ノ儀ニ関シ諮問セラレタキ件アルニ付、本会ヨリ二名ノ委員ヲ撰挙スベキ旨御達アリ、且ツ斎藤商務局長ヨリ別ニ親展書ヲ送附セラレタル旨ヲ告ゲ書記ヲシテ其全文ヲ朗読セシム
                    東京商工会
商工会議所ノ儀ニ付諮問及ヒ度儀有之候条其会員中二名来ル九月二十日当省ヘ出頭スベシ
  明治廿二年八月三十日
              農商務大臣 伯爵 井上馨
今般商工会議所ノ儀ニ付貴会員招集相成候ハ会議所条例草案諮問ノ為メニ候処、考案ノ次第モ之レアルヲ以テ該草案ハ下付不相成候ニ付出省スヘキ会員ハ期日以前可成速ニ出京ノ上草案熟覧候様致度、且出省会員ハ実際商工ノ営業上ニ経験アル者ヲ要シ候条此旨ヲ体シ人選相成候様致度此段申入候也
  明治廿二年八月三十日
              農商務省商務局長 斎藤修一郎
    東京商工会々頭 渋沢栄一殿
  追テ貴会ノ外大坂・京都・横浜・堺・長崎・名古屋・大津・福岡各商工会ヨリ各二名招集相成儀ニ候条為念申添候也
会長(益田孝)ハ各員ニ向ヒ委員撰挙ノ方法ニ就キ意見ヲ問フタルニ二十番(大倉喜八郎)ハ既ニ昨年十月中東京府知事ヨリ市区改正委員二名ヲ撰挙スベキ旨ヲ達セラレタル節ニハ、別段投票ノ手数ヲ用ヘズ直チニ現任ノ正副会頭両人ニ其任ヲ托シタル先例モアレバ今回モ亦此例ニ依リ現任正副会頭ニ其任ヲ托スベシトノ説ヲ発シ、此説ニ一同賛成アリタルヲ以テ遂ニ前記諮問会ニ参列スル委員ハ会頭渋沢栄一及副会頭益田孝ノ両人ニ其任ヲ托スルニ決ス
於是会長(益田孝)ハ本日ノ議事完了シタル旨ヲ告ゲ一同ニ散会ヲ命ズ、時ニ午後六時ナリ


東京商工会議事要件録 第四一号・第六―七頁 (明治二二年一二月)刊(DK190031k-0002)
第19巻 p.188 ページ画像

東京商工会議事要件録  第四一号・第六―七頁 (明治二二年一二月)刊
  第二十二定式会
           (明治二十二年十一月廿五日開)
  第三十八臨時会
    会員出席スル者 ○十九名
会長(渋沢栄一)ハ開会ノ趣旨ヲ報ジ先ツ定式会ヲ開クベキ旨ヲ告ゲ左ノ二件ヲ報告ス
 一商工会議所条例ノ儀ニ付諮問会ノ件
  曩ニ農商務大臣閣下ノ御達ニヨリ諮問会ヘ参席セシムベキ会員二名ヲ撰出セシガ、右諮問会ハ九月二十三日ニ開会シ同二十八日ヲ以テ閉会シタリ、其議事ノ詳細ハ秘密ニ属シ商務局長ヨリ特達ノ次第モアレバ玆ニ公言シ難シト雖トモ、大体ノ趣旨ハ法律ヲ以テ商工会議所ヲ保護スベシト云フニ帰着セリ、右ハ其後果シテ農商務大臣閣下ニ於テ採納セラレ内閣ノ題案トナリタルヤ否ヤハ知リ難シト雖トモ為念右諮問会ノ成行ヲ玆ニ報告ス
○下略
 - 第19巻 p.189 -ページ画像 


東京商工会議事要件録 第四二号・第六―一三頁 (明治二三年三月)刊(DK190031k-0003)
第19巻 p.189 ページ画像

東京商工会議事要件録  第四二号・第六―一三頁 (明治二三年三月)刊
   第二十三定式会  (明治二十三年二月廿六日開)
    会員出席スル者 ○四十七名
○上略
次ニ会長(益田孝)ハ是ヨリ本議ヲ開クベキ旨ヲ告ゲ先ヅ規程第五章第二十二条ニヨリ明治二十二年下半季定式事務ノ成跡ヲ報告ス
  自明治二十二年七月至同年十二月 半季間東京商工会事務報告
○中略
    雑事    六件
○商工会議所諮問会ノ義ニ付委員撰挙ノ件
 明治二十二年八月三十日附ヲ以テ井上農商務大臣閣下ヨリ商工会議所ノ義ニ関シ諮問会ヲ開カルヽニ付本会ヨリ会員二名ヲ撰ビ出頭セシムル様御達アリ、依テ同年九月九日特ニ臨時会ヲ開キテ撰挙ヲ執行シタルニ渋沢栄一及益田孝ノ両氏其撰ニ当リタルガ右諮問会ハ同月二十三日ニ開会シ同二十八日ヲ以テ閉会シタリ
○下略
   ○是日栄一出席遅延シ、其間益田孝会長席ニ着ク。


東京経済雑誌 第二〇巻第四八六号・第三二二頁 明治二二年九月七日 ○商法会議所委員諮問会(DK190031k-0004)
第19巻 p.189 ページ画像

東京経済雑誌  第二〇巻第四八六号・第三二二頁 明治二二年九月七日
    ○商法会議所委員諮問会
農商務省に於ては全国商工会議所の組織を変更し、権限を拡張するの目的を以て東京・京都・大坂・神戸・横浜・福岡・長崎・堺・大津・名古屋等の各商工会議所より二名宛の委員を召集し、来る廿日より諮問会を開かるゝ由、右に付き岩村農商務次官・斎藤商務局長・杉山会計局長・原参事官等は去る三日鳥居坂なる井上伯の邸へ参集して会議を開き、東京商工会幹事益田孝氏も臨席せりと云ふ



〔参考〕(大阪商法会議所)月次報告 第一五号・第二三―二五頁 明治二二年一一月三〇日 商工会議所条例諮問会(DK190031k-0005)
第19巻 p.189-190 ページ画像

(大阪商法会議所)月次報告  第一五号・第二三―二五頁 明治二二年一一月三〇日
    ○商工会議所条例諮問会
予て記載したる商工会議所条例諮問会は愈々九月廿日より農商務省に於て開会せられたり、本会は今般会議所条例を制定せらるゝに付各会議所委員の意見を諮問し其参考に供せらるゝの趣旨にて固より議事を公開せられしものに非らされば編者未た其詳状を公然掲記するを得ざれとも東京よりの報道に由て景況の概略を左に掲けん、扨今回招集に応し上京したる各会議所委員ハ東京・大阪・京都・神戸・横浜・堺・名古屋・大津・福岡・長崎の十ケ所各二名総べて二十名にして会場は本省官房の議事堂を用ひ当日午後二時より開会したりしが、議事に先立ち岩村農商務次官は諮問会を開く所以の趣旨を述べて曰く、今般本省に於て商工会議所条例を制定せんとするは近来実業の進歩に由り特に会議所を改良し有益の機関たらしめんと欲するものにて、各会議所委員を招集したるハ此法律を実地に適合せしめんには先づ諸氏の意見を聞き完全なる規則を制定せんと欲すればなり、然るに本省に於て此草案を起すに最も苦心したるは会議所維持経費の事なり、諸氏望らく
 - 第19巻 p.190 -ページ画像 
ば此点に付良方法を案出せよ云々、斯くて斎藤商務局長は岩村次官の命に応して議長の職を行ふ旨を告げ且つ曰く、本会は法律の草案に付諸君の意見を諮問するに過ぎざれば会議法に依らさるは勿論の事にて諸君は本省の趣旨条例の精神を失ハさる様注意して発言ありたし、而して本会は強て秘密を要するには非らさるも法律として他日発布すへきものなれば草案の他に漏聞せんことを慎むへしと演説せられ、議事は翌廿一日より開会すへき趣きを以て正午十二時ごろ各々退散したり次て翌廿一日よりは会議所の組織方法・権理義務・会員の資格・経費の事等に付各委員より意見を陳述し委員中主として意見を提供し発言多かりしは東京・大阪・長崎の三ケ所にて議事着々と捗取り、草案に係る諮問終るの後は現在会議所処分法の事も諮問せられ廿八日を以て全く結了を告げたりと、其詳細は本会委員が帰坂の上総会に報告するの日を待つべし
    ○各会議所上京委員
又た今回商法会議所条例諮問会に付各会議所より委員として上京したる諸氏は左の如し
         東京商工会      渋沢栄一
                    益田孝
         横浜商法会議所    小野光景
                    大浜忠次郎
         神戸商法会議所    池田貫兵衛
                    井上保蔵
         堺商業集会所     藤本荘太郎
                    大西五一郎
         大津商工会議所    高谷光雄
                    古望伊兵衛
         名古屋商工会     鈴木善六
                    片野東四郎
         長崎商工会      松田源五郎
                    加悦章平
         福岡商工会      中尾卯兵衛
                    門司軌挙
         京都商工会議所    浜岡光哲
                    中村栄助
         大坂商法会議所    寺村富栄
                    兼松房次郎



〔参考〕東京経済雑誌 第一六巻第三七九号・第一八八頁 明治二〇年八月六日 ○商工会の組織(DK190031k-0006)
第19巻 p.190-191 ページ画像

東京経済雑誌  第一六巻第三七九号・第一八八頁 明治二〇年八月六日
    ○商工会の組織
現今各府県の市府に散在せる商工会又は商法会議所なるものは各種の商工業者より総代を出し全般の利害得失を商議する所なれば、固より公共的なものには相違なきも未た全く其全都若くは全市区を代表する程の性質にあらざれば其権力及び利用の区域も亦自然広からざるやの憾あれば、今一層其組織を改革して全般の商工会社を代表す可き者と
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して往く往くは実業社界に関する制法上の力をも分割し、今の各府県農商課にて取扱ふ事務をも大概の部分は此商工会に附属せしむることになさんとの内議あるよし、去四日の中外物価新報に見へたり



〔参考〕東京経済雑誌 第一八巻第四四四号・第六二一―六二二頁 明治二一年一一月一〇日 ○商業会議所に関する談話会(DK190031k-0007)
第19巻 p.191 ページ画像

東京経済雑誌  第一八巻第四四四号・第六二一―六二二頁 明治二一年一一月一〇日
    ○商業会議所に関する談話会
当府下の実業者諸氏は去る五日東京商工会の議事堂に於て開きたる談話会に於て商業会議所のことに関して談話講究せし由なるが、是は即ち井上農商務大臣の所謂自治独立躰の商業会議所のことにて大臣は現今東京・大坂其の他の地方に設置ある商工会若くは商法会議所は嘗て干渉主義の政府に盛なりし頃に成立せしを以て種々の撿束を免れず、随ひて活溌の運動を為すこと能はさるに見る所あり先きに奥田・鬼頭の両参事官に命して自治独立躰の商業会議所を設立すへき方案を調査せしめたるに、両参事官は去月中に其調査を遂け一の考案を起草して大臣に捧呈せり、大臣は更に実業者に其の利害得失を諮問することを望まれたる由にて、奥田参事官は直に右草案を渋沢栄一氏に見せて氏の意見を問ハれたり、然るに氏は仮令自分一人に諮問せられたるにもせよ其の事抦たる公共の利害に関する重要の問題なれば商工会員中重立ちたる人々の意見を聞き然る後ち奉答せし方然るべしと思惟せし折柄、幸に談話会の催ありしを以て右草案を同会に提出し共に之を講究せしなりと云ふ、而して右草案の要旨は商業会議所は内外商業に関する利害得失を審察し、其盛衰の因果を観察し及商人間に生ずる紛議を和解するを以て目的とし、凡商業上必要の地方に於て其地の商人農商務大臣の認可を得て設立し、又商業会議所は一個人として権利及義務を有す、其事務は農商務大臣の監督を受けて自ら処理す、商業会議所は商業に関する法律規則の制定改正及其施行方法に付官庁に意見を陳ぶることを得、議員は所轄区内の銀行諸会社及重要物産に関する同業組合より選挙す、商業会議所は直接に官庁へ往復通信するを得、経費は議員を選出したる銀行会社又は同業組合に於て負担す等なり、渋沢氏は当日講究せし主旨に基きて加除修正し、脱稿の上にて再び各自へ示すべしとのことにて一同散解せり



〔参考〕東京経済雑誌 第二〇巻第四九三号・第五三九―五四一頁 明治二二年一〇月二六日 ○商法会議所条例(DK190031k-0008)
第19巻 p.191-193 ページ画像

東京経済雑誌  第二〇巻第四九三号・第五三九―五四一頁 明治二二年一〇月二六日
    ○商法会議所条例
近年商工業の漸次発達すると共に、之に関する団結若くは評議会の必要実際に起りたる乎、商工会と云ひ、商法会議所と呼び、或は商工会議所と称へて、称呼名号こそ異なれ、一種同類なる商工業機関の各地に成立するもの、今や殆んど百を以て数ふるに至れり、然れども発程の初歩に在ては、総て錯雑不整頓なるを常例とするが如く、此等の機関も亦た其の数を免かれずして、先づ大躰に於て実際に効力を著はす如何の疑問に対し、決して遺憾少なしとせざるなり、蓋し民間の人既に之を知らざるに非ず、政府も亦疾くに之を知て改良の策を講せらるる趣きを伝聞せしは今より数年以前にてありき、爾来月を積み年を累ねて今年となり、政府は既に研究練磨の工を終りたるにや、遂に「商
 - 第19巻 p.192 -ページ画像 
法会議所条例」を制定せられんと聞けり、曩に予輩が之を聞くや、先試みに其主義を臆測せしに「干渉」即ち「反自治」と云ふ易断を得たり、傍らに人あり此易断に服せずと云へり、而して予輩が之に対する答弁の要領凡そ如左
予輩は高島流の易断を用ひて陰陽の玄理を解かず、単に政府殊に農商務省の近来の方針を細考せば遂に此の断言に達せさる可からざるを思ふなり、抑々現任農商務大臣井上伯は、自治主義の張本、主唱者の一人なり、故に此の主義の愛護者たるは固より論を俟たず、進みて之れが実行の義務を有せらるゝ者なり、左れば昨年七月廿五日井上伯か宮中顧問宮《(官)》より入て農商務大臣となるや、自治主義を実行すべしとの決心ありしハ既に明かにして、伯自からも之を明言せられたり、若し夫れ証拠を此に取りて推測を進むれバ、商法会議所条例ハ固より自治主義に則らざる可らざるべし、然れ共伯が方針の変遷とても云ふべき乎或ハ自治主義の熱度ハ秋冷と共に下りたる乎、兎に角全躰の局面は中道にして変したるか如し、蓋し当時農商務の三大事件と評せし、ブールスの事、十州塩田の事及鉱山の事の如きハ稍々自治の実行を見たりとするも、次て蚕糸業の事件起るに会し、先きの数件の処分に関して緩たる自治主義ハ更に根拠を伯の胸中に失したりと云ふ、去れバ理論上ハ自治主義を以て可なりとする伯も、実際上の衝突に遇ふて不可なりと認めらるゝの伯となれり、予輩か商法会議所条例の制定を聞ける当時の易断実に玆に基くなり、果せる哉先きに農商務省の草案なりとして、世に現はれたるものを見るに、幾分か画一にして区々に流れず粛然として順序あるに至るべしとハ、是れ唯々最も礼儀を主としたる評語のみ、若し親切に深く入りて其精神を考ふるときハ、動もすれバ規則ヅクメに縛り付んとするものにして、決して活世界の活道具とハ見るべからざるに似たり
抑々自治は自治なり、行政学者ハ稍々精密に之を解釈して「自治とは自から行政するの謂なり」と申すなり、今此の解釈を以てするも、自治とは権利義務の主格にして法律既定の限界に在りて、自から処弁するものなり、又独立するものなるや明かなるへし、予輩は敢て自治・自由等の文字に泥みて之を主張するにあらず、凡て事斯の如くならずんば自治の本義にあらざることを確信するか故なり、而して今ま商法会議所の制度に於ても小項瑣目は暫らく措き大躰に於て此の自治の精神に出づるにあらずんば、予輩は決して同意せざるものなり、若し又た自治に任せば各地に立派なる会議所の起らざるを憂ふる乎、是れ自然の勢復た已むを得ざるなり、若し又た各地の機関区々乱雑にして纏まらざる乎、何ぞ之を一束し法律を以て強制するの必要あらんや、蓋し当局の人悉く商工業に明敏なりとは云ふべからざるも、広く事実を探くり普く情状を聞き善く民間の言を容れらるゝことは、決して難事にあらざるなり、殊に従来我か商工業者中、真の生抜《ハヘヌキ》と称する者はタトヒ経験に富むも、卓説を蓄ふるも、之れを順序立ちて述ふるの技能を有せず、之れを数多公衆の前に陳ぶるを得意とせざるもの十中七八に居る、而して理論解剖に長じ、応答弁舌に巧みにして、能く自家の業務に関する意見を論議表白するものは、蓋し稀れと云ふて可なり、
 - 第19巻 p.193 -ページ画像 
故に我か国の商法会議所は成るべく簡易に、成るべく究屈ならず、会員をして快適恰かも居家に在りて対談するか如くするを必要なりとす予輩は商法会議所の振はんことを切望し、従て其の不振今日の如き有様を見て、妙工風の出づるを待つものなり、何ぞ図らん、我か農商務の議論之にあらずして彼に出でんとは(若し伝聞の如くならば)、然れとも予輩は復た玆に多弁せざるべし、何となれば其の実商法会議所条例の精神、未だ確定せずして寧ろ予輩若くは実業者の多数の希望の如く、遂に自治主義となるやも計られざればなり
将又た予輩の考ふる所によれば、今日の商工界は共同の団結を以て運動するを要するや、或は自他に関せず一個一個の働きに限るを便とするや、此二点は実に我か商法会議所をして、生れしめ、又た殺さしめ発達せしめ、又た退却せしむるの力あるもの也、予輩は之に就て別に詳論すべしと雖とも、兎に角我か商工海を航するは自力に依るよりは寧ろ他力(即ち政府)に依るを以て便利とする間は、我か国の商法会議所は到底其の真光を放つ能はざるなり