デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

7章 経済団体及ビ民間諸会
1節 商業会議所
2款 東京商工会
■綱文

第19巻 p.505-510(DK190062k) ページ画像

明治24年11月17日(1891年)

是日当会使命ヲ果シテ解散シタルヲ祝シ終宴ヲ開ク。栄一出席シテ演説ス。梅浦精一当会ヲ代表シ正副会頭ニ対シ謝状ヲ朗読ス。


■資料

東京商工会残務整理報告 第二五―三九頁 (明治二五年)刊(DK190062k-0001)
第19巻 p.505-510 ページ画像

東京商工会残務整理報告  第二五―三九頁 (明治二五年)刊
○同年 ○明治二四年十一月十七日兼テ議決ノ趣旨ニ従ヒ、江東中村楼ニ於テ宴会ヲ開ク、当日出席ノ会員ハ左ノ如シ
 阿部泰蔵君     梅浦精一君    前川忠七君
 笠井鉦太郎君    方波見平兵衛君  辻粂吉君
 神崎三郎兵衛君   伊藤幹一君    桑原七兵衛君
 梅岡正吉君     大倉喜八郎君   太田信義君
 喜谷市郎右衛門君  岩出惣兵衛君   野本伝七君
 阿部孝助君     渋沢栄一君    山中隣之助君
 吉田幸作君     森島松兵衛君   田中佐次兵衛君
 若松源八君     吉川泰二郎君   若林清茂君
 今村清之助君    米林乾吉君    渡部温君
 生島一徳君     浜口熊岳君    奥三郎兵衛君
 谷敬三君      牧原仁兵衛君   大塚艮城君
 榎本小兵衛君    益田孝君     手島鍈次郎君
 酒井泰君      金子茂兵衛君   笹瀬元明君
 高羽総兵衛君    新井平吉君    高田慎蔵君
 北村英一郎君    岩下清周君
以上四十四名其他三十四名ノ諸君ハ病気又ハ事故アリテ不参ヲ告グ、又当日招請ニ応シテ臨席セラレタル来賓ハ左ノ如シ
              侯爵  蜂須賀茂韶君
                  斎藤修一郎君
                  塚原周造君
                  銀林綱男君
                  矢野次郎君
                  手島精一君
                  成瀬隆蔵君
                  南貞助君
                  福地源一郎君
                  小林義則君
                  伊井吉之助君
                  中沢彦吉君
 - 第19巻 p.506 -ページ画像 
                  中野武営君
                  太田実君
                  三輪信次郎君
                  佐々木慎思郎君
                  佐々木勇之助君
                  木村清四郎君
                  山中譲三君
左ノ諸君ハ招請シタレトモ差支アリテ臨席セラレザリキ
                  芳川顕正君
              男爵  高崎五六君
                  富田鉄之助君
                  楠本正隆君
                  田尻稲次郎君
                  有島武君
                  鈴木利亨君
                  安藤太郎君
              侯爵  池田章政君
                  川田小一郎君
                  奈良原繁君
                  森岡昌純君
                  西村乕四郎君
                  園田孝吉君
                  荘田平五郎君
                  河上謹一君
                  佐野常樹君
                  河瀬秀治君
                  森島修太郎君
                  田口卯吉君
当日午後五時主客一同宴会席ニ就キ左ノ順序ニ依リ儀式ヲ執行ス
(一)残務整理委員渋沢栄一君会員一同ニ代リ開会ノ趣旨ヲ口演ス
   来臨ノ貴賓参集ノ諸君、希ハクハ暫ク清聴ヲ僕ガ一言ニ仮借アレヨ、今日ノ集会ハ即チ東京商工会全ク其終局ヲ告クルノ竟宴タルヲ以テ、僕憖ニ会頭タルニ由リ列座ノ会員ニ代リ、第一ニハ来賓諸君ニ対シテ賁臨ノ栄ヲ賜ハルヲ謝シ、次ニハ会員諸君ト共ニ我商工会ガ斯ノ如ク其終ヲ全クセルノ美ヲ慶セント欲スルナリ、抑モ東京商工会ガ八年前ニ創立セラレ今年ニ至ツテ終局スル迄ノ顛末ハ既ニ諸君ノ倶ニ熟知セラルヽ所ナレバ僕敢テ之ヲ言ハズト雖トモ創立ノ当初某公ハ其祝辞ニ於テ「始アラザルナシ克ク終アル鮮シ」ト云ヘル格言ヲ引用シテ商工会ノ前途ヲ予箴セラレタル事アリキ、是諸君ノ記臆ニ存セル所ナルベシ、而シテ商工会員ハ皆此ノ格言ヲ恪守シ予箴ニ背カザラン事ヲ冀ヒ常ニ其帰嚮ヲ苟モセザリシガ故ニ赫々ノ功績ヲ一時ニ挙テ世上ノ視聴ヲ驚カスノ跡ナキモ駿々《(駸)》トシテ其歩ヲ進メ勉メテ高談放論ヲ避ケテ真視実察ヲ専トシタルニ於テハ朝野ノ信用ヲ求メザルニ得タル事実際ニ明白ナ
 - 第19巻 p.507 -ページ画像 
リトス、試ニ此八年間ノ歳月ヲ商工会ハ如何ナル事務ニ使用シタル乎、当路ニ対シテハ如何ナル復申ヲ為シタル乎、其建論持説調査報告ハ一般ノ為ニハ如何ナル影響ヲ与ヘタル乎、其会議ハ啻ニ我東京ノ商工ノミナラズ徧ク各地ノ商工業ニ如何ナル裨益ヲ得セシメタル乎ハ僕ガ喋々ノ弁ヲ俟タズ、世上自カラ之ヲ諒知スルノ人アルヲ以テ其功績永ク商工業ノ実際歴史ニ存シテ堙滅セザルヲ信スルナリ、且夫完備ノ商業会議所ヲ起シテ大ニ商工社会ノ為ニスル所アラン事ハ商工会員ガ夙ニ希望ヲ属シ屡々建議シタル所ナルニ、今ヤ其商業会議所ノ創立スルニ遭ヒ我商工会ヲ閉チテ彼ヲシテ此ニ継ガシムルノ好結果ヲ得ルハ実ニ我会ノ喜ビニシテ僕カ諸君ト共ニ歓呼シテ慶賛スル所ナリ、是ニ於テカ商工会ハ果シテ其終ヲ全フシタルモノト云フベクシテ某公ノ予箴ヲ空クセザルニ幾カラン乎、回顧スレバ諸君ト相会シ相議シテ其進止ヲ倶ニスル幾ト八年ノ今日ニ於テ亦此竟宴ヲ与ニス、其快楽実ニ如何ソヤ、而シテ知ラザル者ハ見テ以テ訣別ノ宴ト為サンカ、是太タ我会員ノ本意ヲ誤ルモノナリ、蓋シ目的アツテ聚マル者ハ其目的尽テ散スルハ世間ノ情態ナリ、凡ソ聚散会離ノ跡ヲ視ルニ皆然ラザルハナシ、仮リニ若シ我商工会員ヲシテ一個ノ営利事業若クハ一個ノ娯楽事業ノ目的ヨリシテ聚会スル者タラシメハ其利熄ミ其楽ミ竭クルニ及テ散離スベキヲ疑ハズト雖トモ、然レトモ我商工会ノ目的トセル所ハ商工業上ノ公利ナリ、公益ナリ、故ニ此公利公益ニシテ尽期ナク会員モ亦之ヲ度外ニ放閣スル事ナクバ、商工会形而下ノ散離ニ係ラス形而上ノ目的ハ依然各自ノ胸懐ニ存スルヲ以テ決シテ此聚会ヲ散離スル事無キハ弁ヲ費サズシテ知ルベキナリ、況ヤ商工会員相互ノ交際ハ常ニ胸襟ヲ披テ心事ヲ吐露シ、能ク情理ヲ調和シ能ク公私ヲ保合シテ洒々落々光風霽月ノ如クナルニ於テオヤ、依テ今日ノ集会ハ商工会ガ終ヲ告ルノ竟宴ナルト共ニ会員ガ将来ニ於テ益々其友誼ヲ公利公益ノ為メニ篤クスルノ会合タル事ヲ諸君ニ開陳スト云爾
(二)委員梅浦精一君、会頭渋沢栄一君ニ向テ謝状ヲ朗読ス
   東京商工会今ソノ終局ヲ告ルニ臨ミ会員一致ノ決議ヲ以テ玆ニ此謝辞ヲ貴下ニ贈進ス、回顧スレバ我商工会ハ明治十六年太政官布達之趣意ニ基キ東京府知事ノ勧誘ニ依リ、同年十一月ニ組織ノ実ヲ挙テヨリ以来今日ニ至ルマデ幾ド八年ノ星霜ヲ経過シタリ、其間当路ノ諮問ニ答申シ本会ノ意見ヲ建議シ調査ノ煩報告ノ労ヲ厭ハズシテ以テ我商工業ノ為ニ其規画ヲ案シ其利益ヲ謀リタルモノ既ニ事実ノ成績ニ於テ顕然タリ、是会員全躰ノ功ナリト雖トモ、貴下ガ常ニ会頭ノ当選ヲ応諾シ一同ノ望ヲ負ヒテ会務ヲ統宰シ公事ニ鞅掌スル八年一日ノ如クニテアリシコト最モ与リテ力アルハ疑ナキ事実ナリ、況ヤ貴下ガ本会ノ組織ニ先ダツ数年前夙ニ東京商法会議所ノ創立ニ従事シ、率先シテ其進路ヲ定メ商工業ノ為ニ深ク現今将来ノ利害得失ヲ慮リ、我商工会ノ嚮導タリ先駆タルノ功労ハ明ニ公衆ノ記念ニ永存スルニ於テオヤ、抑モ東京商法会議所ヲ転シテ東京商工会ヲ組織シ以テ其終ヲ告ルノ今日ニ至ル迄ノ
 - 第19巻 p.508 -ページ画像 
事躰ハ本会沿革始末ニ詳叙スルカ如ク也ト雖トモ、其前ニ遡リテ其跡ヲ案ズレバ明治維新之後数年ニシテ当時ノ東京府知事ハ幕政ノ頃ヨリ残留セル府下共有財産ノ剰余ヲ将テ是ヲ府下数名ノ豪商ニ委托シ公共事務ニ適宜支弁ノ事ヲ任シタルニ由リ、東京会議所ヲ設置シテ其事ヲ掌レリ、然ルニ其会議所員ハ事ノ挙ラザルヲ憂ヒ、其管理ヲ貴下ニ請ヒタルニ貴下ハ一身ノ繁忙ヲ顧ズ慨然其請ニ応シ、同志ノ諸氏ヲ喚起シ共有財産ヲ将ニ竭ナントスルニ保護シ管理其宜ヲ得セシムルニ尽力アリシコト数年ナリキ、其後東京府会開設之日ヲ俟テ其管理ヲ東京府庁ニ還附シ同時ニ彼会議所ヲ一転シテ我商工ノ利益ヲ進ムルノ機関タラシメント冀ヒ、同志ノ諸氏ニ協議シ当時ノ内・蔵両卿ニ稟請シ政府ノ保護ヲ得テ初メテ明治十一年ヲ以テ東京商法会議所ヲ創立シ、頗ル其実効ニ必要ヲ発達セルニ及ビシガ、明治十四年農商工諮問会規則ヲ以テ農商工業議会ノ制ヲ定メラレタルガ為ニ東京商法会議所ハ俄然ソノ発達ヲ阻遏セラレ、加ルニ政府ノ保護モ亦随テ止ミ僅ニ会議ノ名ヲ存シテ会議ノ実ヲ失ヒタリキ、蓋シ当時ノ世論ハ商法会議所既ニ無用之長物トナリヌ商工業諮問如何ゾ復其効アルヲ望ムベケンヤト速了ニ断案ヲ下シ去リテ往々其興廃存亡ヲ意ニ介セズ豪商紳士皆黙シテ自然ノ結果ヲ俟テルガ如クナリシニ、貴下ハ毅然トシテ其間ニ立チ会員ヲ鼓舞作興シテ与ニ商工会議ヲ東京ニ組織スルノ方案ヲ考究シ之ヲ東京府知事ニ謀リ、屡々農商務省参事院及ヒ其他ノ諸官衙ニ往復シテ親ク意見ヲ開陳シ利害ヲ論弁シ遂ニ布告ノ改正ヲ得テ即チ明治十六年ヲ以テ我東京商工会ヲ組織スルニ至レリ是全ク貴下之績ナリ、今ヤ東京商業会議所新ニ設立セラレヌ此設立ハ我会員ガ当初ヨリシテ前途ニ希望シタル所ナレハ本会ガ数年間経営シタル事業ト財産トヲ挙テ此円満ニシテ適法ナル東京商業会議所ニ継譲セントス、是本会ノ満足スル所ニシテ貴下ノ喜マタ知ルベキナリ、憶フニ貴下ニシテ若シ此十余年間斯ノ如ク卒先尽力セラレシ事ノナカリセバ今日ノ成績ヲ見ム事モ亦或ハ期シ難カルベキ歟、是豈商工業ノ中心タル東京ニシテシカモ慶長開府以降三百有余年間常ニ全国ノ首府タル東京ノ利益ト名誉ナランヤ、然ラハ則チ我会員ガ我市ノ商工業ノ為ニ今日ニ於テ貴下之功労ニ対シテ謝詞ヲ述フルコト実ニ至当ノ務ナリ、之ニ依テ本日東京商工会其終局ヲ告ルニ臨ミ全会一致ノ決議ヲ以テ謹テ此謝辞ヲ貴下ニ贈進シ、以テ貴下ノ功労ヲ謝シ、以テ貴下ノ勲績ヲ表シ、以テ貴下ノ名誉ノ東京商工業史ニ不朽ナルヲ保シ併テ貴下ノ幸福健康ヲ祈ル、冀クハ貴下此謝辞ヲ欣受セラレヨ、恐惶謹言
    明治廿四年八月廿五日東京商工会員全会一致之決議ヲ以テ会章ヲ鈐ス
                     東京商工会
     東京商工会会頭 渋沢栄一殿 貴下
(三)委員梅浦精一君、副会頭益田孝君ニ向テ謝状ヲ朗読ス
○中略
(四)会頭渋沢栄一君其謝状ニ対シテ答辞ヲ述フ
 - 第19巻 p.509 -ページ画像 
   我商工会員諸君ハ曩ニ僕ニ与フルニ謝詞ヲ以テスルノ議ヲ決セラレ、今ヤ委員諸君ノ手ヲ経テ僕ニ贈ルニ最モ慇懃ニシテ且鄭重ナル謝詞ヲ以テセラレタリ、僕ノ光栄焉ヨリ大ナルハ無シ、而シテ其文中功労ヲ叙述セラルヽニ至リテハ恐喜交々集リ僕敢テ当ラサルヲ知ルト雖トモ、其辞セザル所以ノモノハ抑説アリ、彼ノ東京商法会議所ノ事ハ措テ云ハス明治十六年ノ末会議所已ミテ商工会起ルノ時ニ当テハ僕モ諸君ト共ニ聊カ周旋尽力スル所有リシ、既ニシテ商工会設立シ、僕誤リテ乏ヲ会頭ニ承ケタルヨリ常ニ会員諸君ノ心ヲ以テ心ト為シ窃ニ商工会ノ主旨ヲ貫徹スル事ヲ以テ任トセリ、真摯ナル建議ハ会員諸君諤々トシテ議決スル所ナリ、精確ナル報告ハ会員諸君孜々トシテ調査スル所ナリ、僕ハ唯黽勉会務ヲ整理スルニ怠ラザリシノミ、然リ而シテ会員諸君ハ今ヤ僕ニ賜フニ此謝詞ヲ以テシテ大ニ栄誉ヲ顕ハス僕実ニ慚愧ニ堪ヘザルナリ、然リト雖トモ商工会ノ功績ハ会員諸君ノ精励物ヲ理スルノ功績ニシテ商工会ノ名誉ハ会員諸君ノ才識事ヲ能クスルノ名誉ナリ、諸君自ラ此功績名誉ヲ賞表スル能ハザルヲ以テ乃チ諸君ノ代表タル僕ノ一身ヲシテ此名誉ヲ負荷セシメシナラン、果シテ然ラバ僕ハ謹テ諸君ノ盛意ヲ領シ此ノ賚賜ヲ我家ニ襲蔵シテ諸君ノ為メニ永遠ニ保伝シ、僕モ亦従テ其余光ノ栄ヲ辱フスヘシ、恭シク諸君ニ対シテ敬テ此ニ鳴謝ス
(五)副会頭益田孝君其謝状ニ対シテ答辞ヲ述フ
○中略
(六)東京商業会議所常議委員中野武営君、該会議所役員ヲ代表シテ左ノ如ク演説ス
   諸君今日ハ東京商工会ヲ閉鎖シ、其終リヲ告グル為メ蜂須賀侯ヲ始メ多クノ紳士ヲ招待シ斯ル盛大ナル宴会ヲ開カレ、我々ハ東京商業会議所役員タルノ故ヲ以テ共ニ御招待ヲ辱フシ貴賓ノ末席ニ列ルヲ得タルハ甚ダ光栄ニシテ、余輩一同ノ感謝ニ堪ヘザル所ナリ、又過刻渋沢栄一君ガ開宴ノ趣意ヲ演説セラレ東京商工会ガ八年間公利公益ノ為メニ規画経営セラレシ顛末ヲ謹聴セリ、此点ハ今更余輩ノ言ヲ待タス、夙ニ社会公衆ノ感佩スル所ナリ、又会員諸君ヨリ会頭副会頭ニ対スル謝辞応答等ヲ謹聴スルニ全会ノ和気靄然トシテ堂ニ満テリ、抑モ此ノ如ク全会一致和合ヲ為セバ蓋シ何事カナラサラン、乃チ知ル商工会ガ其始終ヲ全フシテ爰ニ目出度竟宴ヲ開クニ至リタルハ偶然ニアラザルヲ、会員諸君ノ御満悦実ニ掬スベキ有様ニシテ誠ニ欣羨ノ至リナリ、此段ハ会員諸君ニ慶賀ヲ呈スル所ナリ、余輩此ニ於テ所感禁スル能ハザルモノアリ請フ一言ヲ述ベン、抑モ明治二十四年ノ本月本日ハ是レ如何ナル時ゾ、東京商工会ガ天寿ヲ全フシテ終焉ヲ告グルノ日ナリ、余輩ハ本月本日ヲ以テ最モ貴重ナル紀念日トシ永ク之ヲ記臆ニ存セン蓋シ東京商工会ガ八年間ニ在テ公利公益ヲ経営セラレシ成績ハ枚挙ニ遑アラスト雖トモ、中ニ就キ商業者団結ノ基礎ヲ鞏固ニシ其議権ヲ拡張センガ為メ法律ノ制定ヲ促ガシ唱道ニ力ヲ尽シタルハ明ナル事実ナリ、果シテ然ラハ昨二十三年九月商業会議所条例ナ
 - 第19巻 p.510 -ページ画像 
ル法律ノ世ニ顕出シタルハ東京商工会ノ力ニ由リタルモノト云フモ敢テ過言ニアラス、我東京商業会議所ハ該法律ニ由テ組織シタルモノナレハ其法律ヲ生ミタル商工会トノ関係ハ殆ント親子モ啻ナラサル情由ヲ有スルモノナリ、今ヤ東京商工会ハ其希望セラレタル如ク我東京商業会議所ノ誕生スルヲ待チテ玆ニ目出度其終ヲ告ゲントス、此際ニ方リ後代ノ商業会議所タルモノ豈之ヲ軽々看過スベケンヤ、是余輩ガ本月本日ヲ以テ最モ貴重ナル紀念日トシテ永ク記臆ニ存スヘシト云フ所以ナリ、又先刻東京商工会ノ会頭タル渋沢栄一君ハ同会ガ創立ノ際、某公ヨリ予箴セラレタル「始メアラザルナシ克ク終アル鮮シ」トノ格言ヲ常ニ恪守シタル事ヲ述ヘラレタガ、此格言ハ後代タル我々ニ於テモ先代ノ賜トシテ常ニ之ヲ服膺スヘシ、何トナレバ法律ハ死物ナリ、其発揚ヲ為スト否ラザルトハ人ニ存セリ、故ニ先代ガ法律ノ始ヲ為スモ後代タル商業会議所会員ガ其発揚ヲ勉メスンバ夫レ或ハ其終リヲ全フスル能ハサラントス、故ニ今後我々ハ益商業上ノ公利公益ヲ進捗スルヲ勉メ以テ先代ガ我々ニ属望スル所ニ背カサラン事ヲ期セサルベカラス、不肖中野武営聊カ役員一同ニ代ハリ玆ニ所感ヲ一言スル事爾リ
右終リテ直チニ宴会ヲ開キ主客各々歓ヲ尽シ、午後九時散会ス
  因ニ記ス、兼テ八月二十五日ノ臨時会ニ於テ議決シタル正副会頭ノ功労ヲ謝スル事ニ就テハ、其後委員梅浦精一・山中隣之助両君ノ考案ニ依リ謝状(本文ニ記載スルガ如シ)美麗ナル横軸ニ裱装シ、紀念品ヲ兼テ之ヲ正副会頭ヘ贈呈スル事トナリヌ ○下略



〔参考〕東京経済雑誌 第二四巻第五九九号・第七五八―七六〇頁 明治二四年一一月二一日 ○東京商工会終局の宴会(DK190062k-0002)
第19巻 p.510 ページ画像

東京経済雑誌  第二四巻第五九九号・第七五八―七六〇頁 明治二四年一一月二一日
    ○東京商工会終局の宴会
○上略
又商工会々員の一人たる奥三郎兵衛氏は、正副会頭へ左の如き自作の詩一軸を贈与せり
鶯児語渋暁煙匀。夢暖風流藪沢春。陶富季栄何足道。古今第一理財人
     明治二十四年歳次辛卯秋八月下浣贈
     商工会会頭渋沢栄一先生以其姓名挿句中
                     眷弟 蘭田奥玄宝
○下略